警察の捜査によって、フィアッセ達を襲った犯人は重度の薬物中毒者であり、誰の差し金なのか、聞きだす事は不可能であると伝えられた。

ある種、無差別にも近い黒幕の行動に、怒りと共に自分達の認識の甘さを覚えてしまうエリス達。

そんな中で恭也は一人、贈られたメッセージカードに、因縁めいたものを感じていた。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー
         外伝  聖歌の守護者達

         第二話  それぞれの戦場



襲撃を受けたフィアッセ達は、その後の予定をキャンセルして、CSSへと帰って来た。

恭也はフィアッセの事を美由希に任せ、何処かへと行ってしまった。

それが引っ掛かったエリスは、恭也を探していた。

夕日の差し込む廊下に件の人物を見つけ、声を掛けようと近付く。

「………えぇ、分かりました。あっ、それと宜しければ、美沙斗さんに伝えて下さい」
恭也は誰かと電話中で、その声がエリスの耳にも聞こえてきた。
「今回フィアッセを狙っている相手は……あの男かも知れないんです」
「っ……!?」
「黄色いクローバー……あの時と同じカードでした。………えぇ、大丈夫ですよ。じゃあ」
恭也はエリスに気付くと、電話を終わらせた。

「犯人に心当たりが……!?」
「……少しな」
やはり聞かれていたかと、恭也は内心で嘆息した。
まだ確証を得た訳ではない。あくまでも可能性の域だ。とはいえ、いずれは分かる事でもある。
ならば、早い方が良いのかの知れないと恭也は思い直した。

「フィアッセの父親……アルバート・クリステラ議員を狙った、十数年前のテロの事は……?」
「知っている。というより……その場には私も居たんだ」
思い出したくない何かを思い出したように、エリスの顔に影が差した。

「あの時の犯人の予告状と同じマークが……今回もあった」
「ッ!?」
「妙に回りくどい手口も、そういえば何処か似ている」
「じゃあ、まさか……っ!!」
「それはまだ分からない……だが、誰であろうとも同じだ」
恭也は壁に預けていた背を放すと、夕闇近い空を睨んだ。

「守るべき相手を必ず守る……それが、御神の剣士だ」
恭也は静かに拳を固める。
敵が何者であろうとも、御神の二刀で必ずフィアッセを守り抜く。

心の中で、決意を新たに。


「――それに、俺もいますしね?」
「――ッ!?」
いきなり背後から掛けられた声に、エリスがビクッと肩を震わせる。弾かれたように振り返れば、そこには一人の少年が立っていた。

「気配を消すのは流石に上手いな。俺でも気付けないとは……」
「当たり前でしょ?恭也さんよりも、俺の方が本職なんですから」
「そうだったな」
連音が怒った風に言うと、恭也は笑って肩を竦めた。

「帰って来てから姿を見なかったが……?」
「ちょっと、野暮用を。ところで、イリアさんはどちらに?」
「イリアさんなら、校長室だが……?」
「分かりました。じゃ、ちょっと行ってきます」
連音は恭也に背を向けて、廊下を走っていってしまった。

それを見送った後、エリスが口を開いた。
「キョウヤ……あの子は一体、何者なんだ?こう言っては何だが……あの子は異常だよ」
「………?」
「警察からの報告を聞いて驚いた。あの子を襲った連中は、全員重傷を負わされていた。
全員が躊躇無く急所に一撃入れられ、酷いのになれば、恐らくは再起不能だろうと……」
エリスは言いながら、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「腕が立つのは認めるよ。だけど、あの子は自分が何をしたのか、分かっていないんじゃないのか……!?」
「……そんな事はないさ」
「なら、どうしてあそこまで出来る!?何の迷いも無く、銃やナイフを持った相手に向かって行き、挙句、相手を再起不能にまで追い込む!
そんな事を……分かっていて、やったとでも言うのか!?」
エリスはいつの間にか、恭也を責める様な視線を向けていた。
「……その通りだ」
恭也は視線を伏せて、口を開いた。

「あの子は……連音君はあの歳で、俺達の想像もつかない様な重荷を背負っている。
だからこそ強く、真っ直ぐで………そして、優しい子なんだ」
恭也はエリスを見据え、《異常》という彼女の言葉を、真っ向から否定する。

「………私には、理解できないな」
しばしの睨み合いの末、エリスは顔を背けると、そのまま元来た道を戻っていってしまった。










校長室で、イリアはコンサート用のファイルを整理していた。
このツアーは只のツアーではない。チャリティーの基金として、莫大な額の金が動く。
寄付の約束を取り付ける為の書類等も、多く用意されている。

その整理を終え、イリアは溜め息を吐いた。


先刻、フィアッセに遺産について尋ねられた。渡せるものなら、渡してしまえば良いと。

だが、それは全く意味を成さないのだ。

何故ならそれは、フィアッセにしか受け継ぐ意味を持たない。正確に言えば、フィアッセにしか価値が無い物だ。
如何してこんな事になってしまったのかと、イリアは再び溜め息を吐いた。

「―――今晩は、イリアさん」
「―――ッ!?」
いきなり掛けられた声に振り返れば、来客用のソファーに人影が在った。
「貴方は……何処から!?何時の間に!?」
「ついさっき、ちゃんとドアからですよ?」
連音は、ソファーの背もたれに寄り掛かりながら答えた。
「……それで、何か御用ですか?無いのでしたら、どうぞお引取りを」
内心の動揺を努めて抑え、イリアは連音に尋ねた。
「ちょっとお聞きしたい事がありまして……そんなに時間は取りませんから」
「何でしょう……?」
連音はソファーから立ち上がると、イリアに向かって、ゆっくりと歩み出した。
「ティオレ・クリステラの最後の遺産……それは、カナダの銀行に預けてある物で、間違いないですか?」
「っ……!?」
イリアの目が、驚愕に見開かれる。
何故その事を、この少年が知っているのか、全く理解出来ない。何処でそれを何処で調べたと言うのか。

そもそも、彼が恭也らと共に来て、今日で二日目。調べる時間など無かった筈だ。

「貴方は一体……?」
思えば、彼は襲撃を受けて、しかしそれを、全て返り討ちにして見せたという。

幼い姿の後ろに得体の知れない何かを、イリアは感じずにいられなかった。

「すみません。ちょっと、調べさせて貰いました……」
そんなイリアの同様を余所に、連音は少しだけ笑った。


「銀行に預けられているのは、とある建物の権利書。それとDVDが一枚……で、合っていますか?」
「……その通りです。ですが脅迫をしている犯人達は、それを何処かで思い違いをしているのでしょう。
本当の事を言って、それを渡したとしても……それで終わるとは思えません」
「誰かが銀行の事を探っていた痕跡も見つけました。でも、肝心の中身に関しては調べが及ばなかったみたいですね。
その辺りは脅迫状の文章を見る限り……間違いないと思います」
「貴方は、何者なんですか?あの恭也さんが信頼し、ティオレの遺産の事を僅かな時間でこうも調べ上げる……とても、普通の子供とは思えない」
イリアの瞳が真っ直ぐに連音を映し、その中で、連音は口元を僅かに歪ませる。
「蛇の道は蛇………そういう事です」
「………」
イリアは僅かに眉を顰め、そして理解した。
この少年は、自分の想像も及ばない世界に生きていると。

「じゃあ、俺も部屋に戻ります。お邪魔して、どうもすみませんでした」
連音は頭を下げ、そして校長室を後にした。
「………」
一人残ったイリアは、ファイルをデスクに投げるように置くと、手で顔を覆った。
(ティオレ……私はどうしたら?)

最早、自分に出来る事など無い。それでも何かをしなければならない、という思いが胸の中で燻っていた。
しかしそれを晴らす術など無く、誰もそれを教えてはくれなかった。
















ロンドンの某所にある、薄暗い室内。
その中で、幾つかの声が響く。
一つは中年ぐらいの低い男の声。もう一つは若い男の声。
「やぁ、よく来てくれたね。噂は聞いている……会えて光栄だよ」
「こちらも噂は聞いている。《スナッチ・アーティスト》《クレイジー・ボマー》……The FUN」
「只の通り名だよ。君達の、《スライサー》や《グリフォン》と同じさ」
ファンと呼ばれた男は、ビリヤード台を挟んで立つ男と、それに腰掛ける女に言った。
女は何も言わず、その細い指先にある爪を、細かく磨ぎ上げていた。

「貴様の仕事を手伝うつもりは無い。“あれ”に会えるかどうか……それだけだ」
「―――会えるさ。とびきりの三人がいる」
ファンの言葉に、《スライサー》は僅かに口元を歪ませる。
そしてその手にした刃を、目にも留まらぬ速さで抜き放ち、そして再び鞘に納めた。

ぽとり。
ビリヤード台に、両断された蝿が落ちた。

《スライサー》は飛んでいたそれを、一撃で両断して見せたのだ。

それを見て、ファンは愉快そうに含んだ笑いを零す。
「パスポートとチケット、必要な書類はこれで全部だ。宜しく頼むよ」
投げるように出したのは二つの封筒。《グリフォン》は台から降り、奪うようにそれを手に取る。
そして《スライサー》も、もう一つの封筒を手にした。
「繰り返すが、手を組むつもりは無い。こちらのゲーム……『御神』との戦闘の邪魔は――」
「――分かっているさ。それぞれが、それそれの目的の為だけに、動けば良い……」
「―――私からも良い?」
と、今まで黙っていた《グリフォン》が口を開いた。

「フィアッセ・クリステラは……やっぱり殺したらダメなの?」
「それでは何の意味も無くなってしまう。すまないが、遠慮して欲しい」
「……じゃあ、他の連中は?」
《グリフォン》の瞳が禍々しく光り、細まる。その奥に、激しい悪意が蠢いていた。
「それは幾らでも構わない……好きにすると良い」
「そう。それだけ聞ければ充分……じゃあね、《クレイジー・ボマー》?」
言うが早いか、《グリフォン》は足早に部屋を後にした。そして《スライサー》も、その後に続きドアを潜った。

《スライサー》がドアを閉じた瞬間、ビリヤード台に線が走り、ズルリと両断され、崩れ落ちた。

それに一瞬だけ驚いたような表情を見せたファンだったが、直ぐにそれは消え、継いで心の底から愉快とばかりに笑い出した。


全ては、自分の思うままに進んでいる。

そしてもう直ぐ、念願が叶うのだ。
あの美しい存在を、自分だけの物にする事が出来る。そう思うだけで、笑いを抑える事が出来ない。


「ククク……ハハハハハ……っ!!」



















翌日。
朝靄の中で、美由希は一つ一つの動きを確かめる様に、小太刀を振るっていた。

それを、恭也と連音は室内から見つめていた。
「先日の襲撃は、脅しの目的と同時に……こちらの事を調べる為のものだったと思います」
「その根拠は?」
「……何者かが、俺達の事を調べた痕跡があったと報告が入りました」
「流石は、竜魔の情報網だな」
「その気になれば、世界中の機密を丸裸に出来ますよ?」
恭也はそれを聞き、肩を竦めた。実際に冗談でないのが恐ろしい。

「恭也、連音君、準備は出来てる?」
ノックの後にドアが開き、アイリーンが声を掛ける。
「「――はい」」
連音と恭也は、アイリーンに揃って返事を返した。





校長室ではイリアが、いよいよ迫ったコンサートツアーについて、再度の説明を行っていた。
「この週末……ツアーの最初のスタート地、日本に移動を開始します。大事を取って、飛行機は専用機をチャーターして貰っています」
「うん、信用の置ける所だから問題は無い」
エリスがそう付け加えると、彼女はフィアッセに向き直る。
「一応、義務だから言うよ。コンサートの中止は……出来ないんだよね?」
「……うん、ゴメンね……」
申し訳無さそうに謝るフィアッセに、エリスは深い溜め息を吐いた。

「―――デミス、チームを集めて!警備のミーティングを始める!!」
「――はい」
「急いで!!」
部下に指示を出し、一瞬だけ恭也と連音に厳しい視線をぶつけると、エリスはそのまま校長室を後にした。

恭也はただ、腕を組んだままそれを受け流し、連音は何処かしら、冷ややかな視線を送り返した。

「………じゃあ、俺達も行くか」
「そうですね」
そして二人も、校長室を後にするのだった。







恭也は連絡する所があると言うので、途中で別れ、連音は一人でスクールの中を歩いていた。

「フィアッセさんは……どうしてあそこまで、歌おうとするんだろうな?」
ふと、疑問を呟いた。

普通、自分の身が危険に晒されて、それでも大勢の前に立つ事など、恐ろしくて出来る事ではない。
それでも立とうとする、フィアッセを支える物が何なのか、連音は気になった。

意地や、頑固というものとは違う。もっと強く、不動の意思とも言えるものさえ感じる。

そんな事を考えつつフラフラとしていると、廊下の向こうに珍しい取り合わせを見つけた。
「美由希さんとアイリーンさんと……エリスさん?」
と、更にそこに恭也も加わる。何となく気になった連音は、彼らの後を追う事にした。

「――恭也さん、どうかしたんですか?」
「ん?あぁ、ちょっと美由希がな……」
辿り着いたのは、モニターとデッキのある部屋。アイリーンの手には一本のビデオテープ。
恭也に尋ねてみたが、彼も何かは知らないらしい。

アイリーンがテープをデッキに入れ、再生を開始する。
始まったのは昨年、アメリカで放送されたドキュメンタリー番組。その回で特集されたのはここ、クリステラ・ソングスクール。


CSSのチャリティーコンサートの収益が慈善病院や、各地の医療不足地区に贈られている事等が伝えられている。

それだけでなく、CSSの歌姫達の歌声が、病や負傷に苦しむ人達に生きる力を与えているとも伝えられている。


そして映像は、現校長フィアッセへのインタビューに変わる。
『前校長だった母は戦災地区の生まれで、たった数セントの薬が無い為に失われていく命を沢山、見てきたそうです。
母は歌を歌う事しか出来なかったから……その歌で、そんな人達を救う道を探しました。
私達はその思いを受け継いで……沢山の人に助けられて、歌っています。
歌を歌う声がある限り、私達はきっと歌い続けます……』

(こんなフィアッセの顔を……私は見た事が無い)
そこに映るフィアッセの姿は、とても気高く、真っ直ぐで、とても強く見えた。

幼馴染であり、友人である彼女の初めて見る強い眼差しが、エリスの心を強く揺さぶった。

「――待っている人達がいるんです。世界中に、たかが歌で救われる人達がいるんです!」
「ミユキ……?」
エリスは美由希に、このツアーをたかがコンサートだと言い放った。
「我侭なんかじゃないと思います……!理不尽なのは、歌いたい人が歌って、救われるべき人が、救われる場所を壊そうとする人がいる事……!」
エリスは美由希に、フィアッセがコンサートを強行しようとしているのを、只の我侭だと断じた。
「そんな理不尽な暴力に晒された人を……そんな理不尽と戦う力を持たない人を守る為に、私達がいるんじゃないんですか!?」
「ッ……」
美由希の言葉の一つ一つが、エリスの心を抉るように突き刺さる。
「馬鹿者、いい加減にしろ……!」
見かねた恭也が美由希の頭を小突く。
「あたっ!?恭ちゃん……?」
「俺達とエリスでは立場が違う。勝手な理論を押し付けるな」
エリスは仕事でこの場にいるのであり、自分達のような感情で此処にいる訳ではない。
仕事である以上、フィアッセを守る事が何よりも優先される事であり、彼女の身が危険に晒される行為を止めようとする事は、むしろ当然の事だ。
フィアッセの身に何事かがあれば、それはひいては会社の信用―――そこに勤める人達の生活すら危ぶませるのだから。
「でも、恭ちゃん……!」
小突かれた頭を摩りながら、それでも美由希が文句を言おうとするが、その頭を押さえ強引に下げさせる。
「すまないエリス。こいつは子供だから、聞き流してくれ」
「あうっ、恭ちゃんッ!?」
じたばたとする美由希を、恭也は強引に押さえつける。

「―――いや」
「……?」
「―――多分、私が悪い」
「エリス……?」
何故、そう思ったのか。エリスにも良く分からない。
美由希の言う事は、尤もだと思う。だが、それでもフィアッセが危険に晒される事は、やはり納得出来ない。
だが、と思うエリスの脳裏に、先程のインタビューの、フィアッセの顔が過ぎった。
何かが、もやつく。
それが言葉となって、いつの間にかエリスの口から出ていた。


「………あぁ、なるほど。だからフィアッセさんは……」
「っ……?」
いつの間にか、連音はテープを巻き戻し、インタビューをもう一度見ていた。そして何かを納得したように、「うんうん」と頷いている。
その顔は難題の答を見つけたように、スッキリとした表情だった。

「一体、何がなるほどなの?」
アイリーンが問うと、連音は微笑を湛えたまま答えた。
「フィアッセさんがどうして、ここまでステージに立とうとするのか……フィアッセさんも、俺達と同じなんだって」
「え……?」
「俺達は銃やら刀やらで、フィアッセさんの事を守っています。
でも、同じ様に……フィアッセさんはステージで、歌で多くの人達の命と心を守っているんです。
立っている場所が違うだけで……フィアッセさんも戦っているんです。だから、退けない。
そこを退いてしまったら……きっと、誰も守れなくなってしまうから。
守っているとか、守られているとかじゃなくて……それぞれが、それぞれの戦場で戦っている。それだけの事なんだって……」
「―――ッ!!」
その瞬間、エリスは自分の中にあったものが何なのか、やっと気が付いた。

それは―――フィアッセを、どこか見下していた自分。


たかが歌を歌う為に、自分の身を危険に晒すなど理解出来ない。
これだけの目に遭って、よくも意地と我侭を通せる。

こちらはその為に、自分の身を危険に晒す事になるというのに。


無意識か、そうでないのかは分からない。
だが、エリスは確かにそう思っていた。

自分は人の命を守る立場にあり、フィアッセは守られる立場。なのに、何故こちらの言う事を聞いてくれないのか、と。


あれだけの目に遭って、それでも歌う事を諦めない彼女の事を、自分は全く理解しようとしなかった。


意地だ。頑固だ。我侭だ。
そんな言葉を吐いて、フィアッセを貶めていた。


戦っているのは自分達だけだと思い、フィアッセが戦っているなど、考えもしなかった。


そして思い出す。
インタビュー時の、あのフィアッセの瞳。見た事が無いのでは無い。

自分が今のフィアッセの事を、ちゃんと見ていなかっただけなのだ。



そうでなければ、連音が気付けた事を、友人である自分が気付けない筈が無い。

そして同時に、恭也の言った意味が少しだけ分かったような気がした。




「………?」
どこからか、歌声が響き始める。
「これって……フィアッセさんの歌、ですよね?スピーカーから……?」
フィアッセの声に、全員が同じ様に上を見上げる。


その歌は学園中に響き渡り、生徒達も皆作業の手を止めて、耳を澄ませた。



「そういえば、フィアッセがティールームでお茶を入れてくれるんで、それで皆を呼びに来たんだった。すっかり忘れていた」
「恭也さん、駄目じゃないですか」
「すまない。全てはこの愚妹のせいだ」
「酷いっ!!」
「じゃあ仕方ないですね。ティールームに行きましょうか?」
「こっちも何気に酷い!?」
涙目になりながら文句を言うが、二人は揃ってスルーする。br> 恭也と連音はさっさと行ってしまい、美由希はその後を慌てて追い掛ける。



窓が開けられ、微風にカーテンが揺れる。
温かな日差しに、ブロンドの髪がキラキラと輝く。

まるで一枚の絵画のようなその光景に、四人は直ぐに声を掛ける事が出来なかった。


「………警備の増員手配は、こちらでも行っている」
「「……?」」
「だけど、やっぱり人手が足りない」
エリスが静かに、恭也達に向く。
「守らなきゃ行けない……手伝ってくれるだろうか?」
立場も、意地もない。ただ純粋に、彼女を守る為に。
その瞳は今までに無い程に穏やかで、真っ直ぐな意思の光を宿していた。
「あぁ……!」
「はいっ!」
「当然です」

答えは唯一つ。彼女の歌声を、それに救われる人達を守る為に。
















昼の休憩中の剣道場では、頭をつき合わせて、携帯電話でTVを見ている生徒達の姿があった。
「おい、もうちょっとこっち!」
「あっ!俺が見えないだろうが!?」
「あんた達うっさい!!聞こえないでしょ!?」
「まだ来ないのか、フィアッセ・クリステラは?」
「う〜ん、まだかな………あっ!!」
少女が声を上げる。と、スピーカーから歓声が聞こえてくる。

『あっ、いらっしゃいました!!クリステラ・ソングスクールの若き校長!デビュー後二年で得た、フィエッタルフィニア賞に次いで、
昨年はドイツ・クラウス賞も受賞した、世界に響く【光の歌姫】!フィアッセ・クリステラさんです!!』
若干、興奮気味のレポーターの声と共に、フィアッセの姿が3インチ程度の柄奇妙に映る。

それに興奮気味の歓声を上げる生徒達。そんな彼らを少し離れた所で見つつ、お茶を飲む別の男子。
「真一は……CSSに興味無いの?」
彼に声を掛けたのは久美という少女。彼女はこの真一少年と幼馴染に当たる。
彼女は何故か、後ろ手に封筒を持っていた。
「興味ねぇよ……歌なんて」
「あ……そ、そうだよね〜」
真一は脇に置いてあった竹刀を持ち、久美は隣に腰を下ろした。
「これ振ってる方が、ずっと面白い!」
「っ……!」
竹刀を軽く振って、笑う真一。その顔に思わず、久美は見惚れてしまう。

「っ!?おっ、オイ!!真一ッ!!」
「なっ、なんだよ!?」
TVを見ていた男子が、ドタドタと真一に向かって走ってきた。
「これ見ろ!!」
突き出されたのは携帯電話。
「何だよ、俺は興味ねぇって――」
「違ぇよ!!ここ!!」
全員が揃って、一箇所を指差す。余りにも必死過ぎる様子に引き気味になりながらも、そこを見てみる。
そこには、フィアッセと共に来日したCSSの卒業生、在校生の一団があった。

「……あっ!!」
真一はその中に、見覚えのある顔を見つけ、思わず声を上げた。

流れる黒髪と、しゃんと伸びた背中。吸い込まれそうな切れ長の瞳。
その姿を、見忘れる訳が無い。
「これ、ずっと前に翠屋に居た子だろ!?あれから見なくなったと思ったら……CSSの生徒だったんだな〜!」
「………」
「海外じゃ、会えない訳だよなぁ〜」
「…………」
「……真一?お〜い、真一〜?」
友人が声を掛けるが、真一は画面に釘付けになったまま動かない。

「ダメだ、完全に止まってる……」
「まぁ、しゃあないって。なんたって、諦めてた子が見つかったんだし」
ニヤニヤと笑い合う友人達。その後ろに、幽鬼が立っている事に気付かないでいた。
「―――アンタタチ?」
「「!?!?」」
振り返ると、すぐさま顔面を鷲掴みにされる。ギリギリと、こめかみから鳴る嫌な音が、容赦無く鼓膜に届けられる。
「ドウイウコトカ……キッチリ、キッカリ、セツメイシナサイ?」
「「い、いえっさ〜………」」

この後、洗いざらいを吐かされ、更に彼女のヤキモチの巻き添えを、彼らは食らうのだった。


「――なぁ、久美さ……」
ボロボロになった二人を転がした所に、真一が空気に気付いていないのか尋ねる。
「――何?」
「………CSSのコンサートチケットって、まだ手に入る―――ブハッ!?」
そう言った瞬間、真一の顔面には見事な飛び蹴りが決まっていた。

宙を舞い、そして転がっていく落ちる少年の体。
「バカッ!最低!!そこで一生転がってろっ!!」
吐き捨てるような久美の言葉は、しかし真一の耳に届く事はなかった。


















時間は遡り、出立をいよいよ翌日に控えた夜。
「う〜ん……」
エリスは唸りながら、首を捻っていた。
「どうしたの、エリス?」
「いや、どうしても違和感が否めなくて……」
「そう?良く似合ってると思うけど……?」
フィアッセがエリスの視線の先に向くと、そこには連音の姿があった。

今、室内では連音と恭也、美由希がスーツの試着を行っていた。

フィアッセに付く以上、フォーマルな服装は必須。とはいえ、三人は香港での訓練を終え、そのままイギリスに来た為に用意をしていない。
なので、エリスが用意した物を試着しているのだ。

「いや、似合っていると私も思うよ?でも……やっぱり、浮いて見える」
エリスは深く溜め息を吐いた。

連音の身長は、同じ歳の子供と比べれば頭一つ高いぐらいだ。
とはいえ、やはり子供であり、他の大人の中に雑じると、如何しても目立ってしまう。

護衛には、犯人の制止と行動の抑止と二つがあるが、スーツ姿の連音はそのどちらにも向かない。

どうしたものかとエリスが苦心していると、フィアッセは顎に指をつけて少し考え、ポン、と手を打った。
「私に良い考えがあるわ」
「―――不安を禁じ得ない言い回しが気になるけど……何?」
エリスは額に伝う汗を気付かないフリをしつつ、フィアッセに尋ねる。

しかしフィアッセはその問い掛けには答えず、ニコニコとしたまま、何事かをアイリーンに耳打ちする。
「えっ!?それはちょっと不味くない……?」
「大丈夫、大丈夫。じゃあ、先に行って、用意してきて?」
明らかに戸惑っているアイリーンの背中を押して、部屋から出すと、今度は連音の所に行ってしまった。

そして何かを連音に良い、彼を伴って部屋を後にした。

その姿が消えるのを見て、エリスは気付いた。
あの笑顔は、ティオレ・クリステラが悪戯を思いついた時と、とても良く似ていた事に。
(すまない。私は余りにも迂闊だった……!!)
それに気付いた次の瞬間、エリスは心の中で即行、連音に謝っていた。








フィアッセに連れられてやって来たのは、見るからに立派な扉。
「ここって……?」
「私の部屋よ。さ、入って?」
フィアッセの手がドアノブを捻ると、重そうな外見と異なり、軽い音を立ててドアは開いた。

中はシンプルながら、女性らしい飾り付けがされており、ぬいぐるみなども置かれている。

「それで……一体、何の用ですか?」
「あ〜……うん、もうちょっとだけ待って?」
「はぁ……?」
フィアッセの態度にいぶかしんでいると、ドアがノックされた。

「は〜い、どうぞ〜?」
「フィアッセ、頼まれたの持ってきたけど……」
顔を見せたのはアイリーン。手には紙袋を提げている。
「じゃあ〜、ハイ、これ」
フィアッセはそれを受け取ると、そのまま連音の前に差し出した。

(何だろう……数年前、似たシチュエーションを体験した記憶が……?)

デジャブを覚えつつ、連音が袋の中身を見る。

「………さて、明日の為にもう寝ないと」
「ちょっと待って!何処に行こうとしているの!?」
紙袋を放って、出て行こうとする連音の肩を鷲掴みにする。
「何処って……自分の部屋に帰るんですよ?何を当たり前な事を聞くんですか?」
連音はそのまま、フィアッセを引き摺りながら部屋を出ようとする。
「ちょっと待って!?アイリーンも止めて〜ッ!!」
「いや、これは説明しないフィアッセが悪いでしょ?」
「うぅっ……そうかな?」
「間違いなくね」
「分かった。ちゃんと説明するから……そうしたらこれ、着てみてくれる?」
「………」
「そ、そんなに睨まないでくれないかな……?」
「―――睨んでねーです。元からこういう目付きです」
鉄槌の某の様な目付きで睨まれ、フィアッセはおずおずと説明を始めた。


「……という事で生徒に紛れれば、分からないんじゃないかなぁ〜って」
「むぅ……」
連音は不満げな表情で、フィアッセを見返していた。

人を隠すなら人の中。秘密裏に動くにはその方が良い。それは分かる。だがそれでも、この選択は出来るなら選びたくない。

「………」
紙袋から見える物に、2・14の悪夢が過ぎる。

フィアッセは祈るような表情で、アイリーンは苦笑いしながら連音を見ている。

(……これも、試練という事か………)
天を仰ぎ、連音は深々と嘆息した。

「………分かりましたよ。着れば良いんでしょう?」



フィアッセとアイリーンを部屋から追い出し、連音は紙袋の中身を取り出した。
“主”
「何も言うな……良いさ、これも変装の常套手段の一つだ……」
連音は服を脱ぎ、紙袋のそれに着替えると、小さな小瓶を取り出した。
「だが……絶対に、正体を知られる訳には行かない………!!」
連音は心の中で血涙を流しながら、小瓶の蓋を開けた。


そして数分後、フィアッセはノックをし、返事が返ってきたのでドアを開けた。

「どう?着替えられ…………………あれ?」
「フィアッセ、どうし…………………え?」
二人は部屋の中を―――そこにいた人物を見て、唖然とした。
そこに、連音の姿は無かった。

代わって居たのは、CSSの制服を着た少女。
足元にまで届く綺麗な黒髪は、照明に反射し深い紫色を湛えている。

振り返った少女の切れ長な瞳に、フィアッセは漸く、その少女の正体に気が付いた。

「つ、連音君………なの?」
「……何ですか?」


「「えぇ〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」」

髪を掻き揚げながら連音が答えると、二人の絶叫が響き渡った。



その後、変わり果てた連音は、フィアッセと美由希に髪を弄ばれ、恭也に慰められたのだった。








そして時間は進み、日本へと向かう飛行機の中。
恭也と連音は隣同士の席に座り、日本に着いてからのスケジュールを確認していた。
「日本に着いてからも忙しいですね……結構、色んな所を回るんですね」
「チャリティーの為にする事は山程ある。基本、俺達はフィアッセに付いて、一緒に回る事になる」
「了解です。えっと………うわ、大きい所ばっかしだ」
名うての企業が名を連ねるリストに目を通しながら、連音はふと、その手を止める。

「あの……恭也さん?」
「何だ?」
「この【バニングス・グループ】って、もしかして……?」
「あぁ、アリサちゃんの所だな」
恭也の言葉に、連音は頭を抱えざるを得なかった。


アリサ・バニングス。海鳴市に住むすずかの友人。
連音とは顔見知り程度だが、彼女は次元世界や魔法の事を、なのは達から告白された。

その際、フェイトがうっかりと、連音に助けられた事を口走ってしまったのだ。

ここからはアリサ、すずかのツートップによる尋問の始まりである。
何故そこで連音の名前が出るのか。どうしてそんなに嬉しそうなのか。連音も魔法使いなのか。どうして頬を赤らめているのかete……。

ベクトルの違いすぎる質問を浴びせられ、プレッシャー負けしたフェイトは落ちた。
当然、連音はその事でキッチリ、フェイトにお仕置きをした。



それによって、アリサは海鳴に向かう度に、連音にちょっかいを積極的に出してくるようになった。
具体的には、「どんな魔法が使えるのよ?ちょっと見せなさい」とか、
「なのはやフェイト、はやてのバリアジャケット……?てのは見たけど、あんたのはどんななのよ?」などなど。
それに加えてなのはが、演習先で起きた事件で撃墜された時など、不安の捌け口にされ、当り散らされもした。

その辺りは連音にも原因はあるのだが、ともかくそういった経緯から、連音はアリサを苦手としていた。



もしもアリサにこの姿を見られ、そしてその正体を知られたりしたら。
「その時は……奴をやるしかないか?」
「物騒な事を言うな!?」

口を突いて出てきてしまった言葉に、恭也のツッコミが光った。












約十二時間のフライトを終え、到着は八時間の時差を加えて、ほぼ一日後。
そして日本で待っていたのは凄まじい数の報道陣。そしてファンの人達。

連音はCSSの生徒として、アイリーンと共に生徒や卒業生組に付いている。
そして恭也と美由希は、エリスと共にフィアッセに。なので当然、フラッシュとファンの圧力を押さえる側に回る。

「いや〜、凄い光景ですね……」
「本当やね〜。こっちにも有名処がおるっちゅうのに」
「確かに、アイリーンさんとかも有名ですよね………え?」
アイリーンは関西弁で話したりしたい。連音の知っている中でそれを使うのは、たった一人だけだ。

だがその人物が、この厳戒態勢の空港に入って来られるとは思わない。
なので何者かと、連音は声の方を向いた。
そこに居たのは、大きめのサングラスで顔を隠した、明るい栗色の髪の女性。
「………何方ですか?」
愉快そうに口元を歪ませる女性に、首を傾げる連音。と、その後ろでアイリーンがあっ、と声を上げた。
「ゆうひっ!態々来たの!?」
「久しぶりやね、アイリーン。せやけど、あんまりデカイ声で呼ばんといて?」
「あっ……ゴメン。でも、合流はホテルでも良かったんじゃないの?」
「いやいや、スケジュールのせいで、イギリス行けんかったし……皆にも早う会いたかったからな?」
「あの、アイリーンさん……この方は?」
なにやら親しげに話す二人に、連音は尋ねる。

「あぁ、ゴメンね。彼女は椎名ゆうひ。CSSの卒業生で、今回のツアーの参加者よ……って、SEENAって言った方が分かるかな?」
「そうでしたか……初めまして、辰守連音と言います。今回、CSSの皆さんと、フィアッセさんの護衛を務めさせて頂いています」
「あ、これはご丁寧に………………は?」
連音が頭を下げると、ゆうひも釣られて下げる。が、すぐに顔を上げ、何か呆けたような顔を見せた。
「あ、あれ〜……?うち、耳おかしくなったかな……?もう一度、ええかな?」
ホジホジと耳を掃除し、耳に手を添えて万全の体制を整える。
「えっと……CSSの皆さんと、フィアッセさんの護衛を務めさせていただいています、辰守連音です」
「…………はぁっ!?ちょっ、アイリーン!?この子、生徒じゃないん!?ていうか、護衛って何や!?」
「落ち着いて、ゆうひ。道すがら説明するから……ほら、フィアッセが行くから、一緒に来て?」
アイリーンはゆうひの背中を押して、先へと進んでいく。
「……じゃあ、こちらも移動しましょう。離れないで下さいね?」
連音は他の出演者に先んじて、進んでいく。

その結果、数人の少年が地獄を見る事になり、一人の少女の恋心が苦難の道を進む事になるなど、知る由も無かった。






「――あの、ライザさん?」
「何……?」
連音は隣にいる褐色の肌の女性―――ライザに尋ねた。
「ゆうひさんって……もしかして、有名な方なんですか?」

「「「「………………」」」」

その言葉に、全員が凍りついた。
SEENAといえば、人気が女性中心とはいえ、少なくとも、連音の世代では知っていて当たり前の名前だ。

「それ……絶対に、ゆうひに言ったらダメだからね?」
何故かガックリとしながら、クレスビーがポン、と肩に手を置いた。


知らぬが仏。
CSSの関係者達はこの日、日本に伝わる偉大なる先達の言葉を、じっくりと噛み締めたのだった。








その後、フィアッセは幾つもの会談を行い、緻密なスケジュールの元、コンサートの打ち合わせにも顔を出した。
美由希は他の主演者に、恭也と連音はフィアッセに付き、共に幾つもの企業を回った。

来日し、あっという間に数日が経過。明日はいよいよ、バニングス・グループ総帥デビット・バニングスとの会談である。



夜。連音は待ち人の為に一人、ホテルの外に立っていた。
四月とはいえ夜は冷える。吹く風に首を竦ませながら待っていると、目の前に影が降り立った。
「――遅くなり、申し訳ありません」
現れたのは竜魔の里の使者。膝を着き深々と頭を下げている。
「いや、構わないよ……それで、件の品は?」
「はっ、こちらに……」
顔を上げぬまま、懐から布に巻かれた物を取り出し、それを連音に献上するように差し出した。
それを受け取ると、連音は早速、包みを開く。
中にあったのは眼鏡のケースと、お守り。そしてケースを開ければ、やはりそこには細い銀縁の眼鏡があった。

連音はそれを確かめる様に様々な角度から見ると、おもむろにそれを掛けた。
「――うん。サイズも丁度良い。後はこのお守りを、フィアッセさんに渡しておけば良いな……ありがとう、ご苦労様」
「では……」
と言って立ち上がった忍者は、何故か懐からデジカメを取り出し、レンズを連音に向けた。
「は……?」

カシャ。パシャ。

「――何をしている?」
「はっ。束音様からのご命令で、連音様の制服姿を取って来るようにと―――わッ!?」
瞬間、デジカメに苦無が突き刺さった。
見事に貫通し、内部メモリもメモリーカードもおじゃんだ。
「兄さんに言伝を……くたばれ、この変態!!って……良いね?」
「し、承知致しました……」
ニッコリと笑って言い放つ連音の迫力に、思わず身を震わせて、忍者は姿を消した。


受け取る物を受け取り、連音はホテルに戻った。
「さて、これの効果の程は……と、丁度良い処に」
フロアに恭也の姿を見つけ、早速、眼鏡の効果を確かめる事にした。

「――恭也さん?」
「――うん、連音く………ん?」
振り返った恭也は、連音を見ると何故か、いぶかしんだ顔をした。
「君は……誰だ?いや、連音君だよな………いや、しかし……?」
「―――俺ですよ」
その反応に、連音は満面の笑みを浮かべて、眼鏡を外した。
「っ!?連音君……!?でも、何故だ?別人に見えたぞ……?」
「ふふっ……それは、この眼鏡の力なんですよ」
戸惑う恭也に連音は若干、得意になる。

「この眼鏡は竜魔の変装道具の一つで、レンズに幻術式が施されているんです。これを掛けると、相手の顔の認識力を狂わせてしまうんです」
「つまり、見知った相手でも分からなくなるという事か……?」
「その通りです。でも効き方はまちまちで、恭也さんみたいに勘の鋭い人には、効力が落ちますけど……」
「もしかして、それを受け取りに行ってたのか?」
「えぇ。明日の為に………間に合って良かった」
「別に、アリサちゃんに会うとは限らないだろうに……」
「万が一、いえ億が一でも可能性があるのなら……俺は準備を怠りませんよ?」
「そこまでか……?」
恭也は呆れつつ、苦笑した。

「しかし、面白いな……流石は忍道具、という所か」
眼鏡を受け取ると、恭也はまじまじとレンズを見る。
「あっ、恭ちゃん、連音君」
丁度そこに美由希が顔を出したので、恭也はおもむろに眼鏡を掛けた。
サイズが合わず耳に掛からないので、手で押さえながら振り返る。
「あれ?ご、ごめんなさい、人違いでした!!」
「いえいえ、気にしないで下さい。それで、何方かお探しですか?」
気付かない美由希に、いけしゃあしゃあと他人のフリをする恭也。
「あっ、そうだった!連音く……ちゃん?恭ちゃん見なかった?」
「え……?えっと……」
「―――俺がどうした?」
困り顔の連音を尻目に、恭也は眼鏡を外した。
「うえぇっ!?恭ちゃん!?あれ!?えっ!?」
美由希は目をパチクリとしながら、驚きと戸惑いの声を上げた。
「ふむ、中々に面白いな……それで、どうしたんだ?」
「あ、そうだった。明日のデビットさんとの会談、中止になるって」
「どうしてだ?」
「デビットさん、今アメリカに行ってるんだけど……向こうが天候不良で、飛行機が飛べないんだって」
「そうか……それじゃ、仕方ないな。折角、連音君も準備していたのにな」
「いえいえ。そういう事では、仕方ないですよ♪」
眼鏡を受け取りながら、空いた手は小さくガッツポーズ。
さらばバニングス。お前の事は忘れないぞ?そんな思いを込めて。

「じゃあ、寄付の話はどうなるんだ?」
そこは一番の問題であると、恭也は尋ねた。
コンサートの収益に加え、様々な企業、団体からの援助を得る事がこのツアーの目的である。
バニングス・グループからの援助が無いというのは、中々厳しい事になりそうだ。

その辺りまで恭也の心配する所ではないが、それでも気になるものは気になる。
「その事なんだけど……恭ちゃん、『ワイバーン』って知ってる?」
「ワイバーン……?もしかして、『WYVERN』か?スポーツ用品の?」
WYVERN。それは飛竜を模ったマークが特徴の、スポーツ用品の新興メーカーである。
リーズナブルな価格設定と、それに見合わない性能で株価急上昇。多くのアスリート達に愛好者が生まれている。
本社は日本だが、ヨーロッパを中心に展開が拡がっている。

「そう。そのワイバーンが援助を申し出てきたんだって。で、明日もし、時間の都合がつけば、その辺りを話し合いたいって、言ってきてるんだけど……」
「……怪しい、か?」
「エリスさんも、そう言ってた。余りに都合が良過ぎるって……」
エリスが怪しむのは当然であった。
バニングス・グループとの会談が無くなってしまった矢先、新興企業からの援助の申し入れ。
余りにも出来過ぎた話で、子供でも疑うというものだ。

「―――あぁ、それなら大丈夫ですよ」
ヒラヒラと手を振りながら、連音は言った。どういう訳か、その表情は暗い。

「そこって家の、表の顔の一つですから………」


「「………は?」」














そして翌日の朝。
ワイバーン社の代表達がホテルにやって来た。その顔は、やはり連音の知る顔であった。
「態々出向いて下さって、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらから申し出た事です。ならば出向くのも、こちらが筋というものです」
出迎えたフィアッセが恭しく頭を下げると、先頭のスーツを着た壮年の男性は顔を上げさせた。
「では、余り時間もありませんので、早速始めたいのですが……宜しいですか?」
「はい。では、こちらに」
フィアッセ達は、ホテルの会議室を借りており、そこに案内した。

「っ……!?」
一瞬、連音と代表達の視線が重なる。

(お久しぶりでございます。連音様)
(お久しぶりですね、三枝さん……)
(その姿、とてもお似合いです。亡き奥様そっくりです……)
(ハハハ、冗談でも許しませんよ?)
(それは厳しい。では、失礼致します)

というようなやり取りが、その一瞬で行われたりした。





やって来たのは、裏では竜魔の忍として活動している面子であり、恭也と美由希も共に行ったので、とりあえず連音は見回りをする事にした。


表に出て敷地内を回っていると入り口から、何やら言い合いに似たやり取りが聞こえてきた。
「何だ……?」
連音がそちらに向かってみると、二つの人影が、やはり言い合いに近いやり取りをしていた。

一人は、マクガーレンセキュリティの社員。

もう一人は、日本人にしては異常にでかい男性。その手には大きな包みを持っている。


「だから、俺はこの弁当をゆうひに届けに来ただけで、怪しくないって!!
『ですから、関係者へのそういった物の差し入れも禁止されているんです!!』
「だから、俺はゆうひの家族なんだって!!」
『こちらからは、関係者以外通す事は出来ません!!』
「渡したら、すぐに帰るから!!」
『ですから!関係者以外を―――』

英語と日本語が乱れ飛び、全く通じ合っていないのに、何故か意味だけ見ると通じている。

このコントを、もうちょっと見ていたいとも思ったが、そういう訳にも行かず、連音はセキュリティの人に話し掛けた。

『どうかしましたか?』
『あぁ、丁度良かった!この人、英語が通じなくて……事を荒立ててエリスの手を煩わせるにも行かなくて……』
『じゃあ、俺から話してみます』
『お願いします』
連音は彼に代わって、長身の男に話し掛けた。

「申し訳ありませんが。こちらから先は関係者以外をお通しする事が出来ません。どうか、お引取り下さい」
「おぉっ!君は日本語が話せるのか!?よかったぁ〜ッ!!実はゆうひにこれを差し入れようと思ってきたんだが、この人が通してくれないんだよ?」
ズイ、と顔を寄せる男性。身長差もあってか、まるで倒壊するビルの様である。
「えっと、現在このホテルには利用者、もしくは関係者以外の立ち入りを背減させて頂いております」
半歩ばかり身を引きつつ、連音は答えた。
「いや、それは分かってるんだけど……俺はただ、この弁当をゆうひに渡したいだけなんだ。如何にかならないかな?」
「少しばかり話は聞いていましたが……失礼ですが、貴方のお名前は?」
連音が名前を聞くと、男性はハッとした。自分が名前も名乗っていない事に、漸く気が付いたのだ。

「こいつはすまなかった……俺は槙原耕介。さざなみ寮って所の管理人をしている。で、ゆうひは元、さざなみ寮の住人なんだ」
「なるほど、それで家族と………分かりました。お通しする事は出来ませんが、代わりに私から、ゆうひさんに責任をもってお届けします」
「おぉっ、それは助かるよ!!じゃあ、これ……重いから、落とさないでくれよ?」
「大丈夫です。あ、後……言伝もあれば預かりますよ?」
そう言いつつ、連音は携帯電話を取り出し、カメラを起動させた。
「おぉっ!じゃあ、お願いしようか……良いかい?」
「――どうぞ」
連音が撮影を開始すると、耕介は軽く咳払いをして、メッセージを言い始めた。




「じゃあ、ありがとうな?後、色々と面倒を掛けてどうも申し訳ない」
耕介はガードと連音に、深々と頭を下げた。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。何分、厳戒態勢中ですので……」
「……いや、やっぱり悪いのはこっちだよ。それじゃ、俺はこれで」
耕介は道路脇に止めてあったバイクに跨ると、手際良くエンジンを始動させた。
そして、メットを被る前に、連音にもう一度向いた。
「もし時間があったら、君も家に遊びに来てくれ!歓迎するよ!!」
「――はい、機会があれば」
「――待ってるよ!」
耕介はニッと笑うと、メットを被り、アクセルを盛大に噴かせた。そしてそのままエンジン音を響かせ、ホテルから去っていった。

「良いんですか、勝手にそんな事をして……?」
「一応、ゆうひさんに面通ししますよ?その為に態々、メッセージを預かったんですから」
連音がメッセージを預かったのは好意からではない。単純に写真よりも、動画の方が、なりすまし難いからだ。
声、表情、言動、その他のちょっとした仕草。その全てを他人になりきる事は不可能に近い。
「ま、個人的には問題無いと思いますけど………念の為です。勿論、これの中身も調べますよ?不審物じゃないかとか、毒じゃないかとか……」
「……では、そちらはお任せします。私はこのまま、巡回に戻ります」
「はい。ご苦労様です」

連音はガードが立ち去るのを確認し、踵を返した。
人気の無い物陰に入ると、包みを地面に置く。そして術方陣を展開させた。
「サーチ、開始」
“内部透過開始”
琥珀色の光が、包みを包み込む。
「………ふむ、取り合えず金属反応無し。」
“毒物 及ビ 薬物反応無シ”
「安全性確認……と。じゃあ、持って行きますか」
連音は術方陣を消すと、包みを持って歩き出した。

(そういえばあの人……バイクなのに、どうやってこれを持って来たんだろう?リュックとかも背負ってなかったのに……?)

何か、気付いてはいけない事に気付いてしまった感を覚えつつ、連音はホテル内に戻った。













「あ〜………うちはもうダメやぁ………」
ホテルのレストランではSEENAこと、椎名ゆうひがテーブルに突っ伏していた。
「どうしたのよ?声も出ていたし、調子良さそうに見えたけど?」
アイリーンが尋ねると、ゆうひはひらひらと手を、力無く振って返した。
「あかんねん。もう、耕ちゃんのご飯を食べな……うち、きっとこれまでや」
「あなたねぇ……もうすぐ、コンサート本番なのよ!?」
「そんなん分かっとるわ!!せやけど……あぁ、耕ちゃんのご飯食べて、猫達とゴロゴロ、ウニャ〜ッ!て、したいよぉ……」
「………前と違ってそれ、本当にやったら怒るからね?」
「うぅ〜っ……猫〜ッ!ご飯〜ッ!!」
などと言いながら、ゆうひがウダウダやっている所に、連音は丁度やって来た。

「ゆうひさん?」
「何や〜?今のうちは只の関西人やで〜?」
「いや、意味が分かりませんから………それより、ちょっとこれを見て欲しいんですけど……」
「何?アイリーンのドッキリ寝姿盗撮映像、本俸初公開?」
「何よそれは!?」
やる気が無い割に、ボケる事を忘れない。本場関西人の矜持であろうか。

連音が携帯電話を取り出し、先程録画したものを再生させる。
そして、それを見た瞬間、ゆうひの目がグワァッ!!と、見開かれた。
携帯電話を連音の手から奪い取り、食い入るようにそのメッセージを聞く。

『ゆうひ〜、元気か〜?今回は都合がつかなくて、さざまみ寮に来られないそうだから、差し入れを持ってきたぞ。
コンサート本番も近いし、気合が入るように思いっ切り手間隙掛けた自信作だ。CSSの皆と良かったら食ってくれ。
それと、もしコンサート後に時間があるようなら、こっちに顔を出してくれ。皆喜ぶから……ま、無理が無ければ程度で良いからな?
それじゃ、コンサートは皆で聞きに行くから………とちるなよ?』

そしてメッセージを見終えると、ゆうひがグリンッ!と、連音に向いた。
「差し入れは何処や!?耕ちゃんのご飯は!?まさか、無くしたとか隠したとか食ったとか言うんやないやろなぁ!?」
「言いません!言いませんからぁあああああああ〜〜〜〜〜っ!?!?!」
連音の胸元をわし掴み、ガクガクと揺する。連音の長い髪がバッサバッサと揺れ動き、瞬く間にグシャグシャになっていった。

「ほら。其処に包みがあるでしょう?あれですよ」
「あれかっ!!」
ゆうひは連音を脇に放り投げ、飛び付く様に包みを手にした。
まるで飢えた獣さながらに包みを解くと、現れたのは五段重ねの重箱。

ゆうひが一番上の蓋を開ける。
「ほぉおおおおおおおおあああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
開口一番、魂の叫びを上げた。そしてお重を天に掲げている。

「………何なんですか、あの人は?」
「ごめんなさいね。ああいう子なのよ」
アイリーンが、乱れた連音の髪を梳かしながら謝る。

「耕ちゃんのご飯っ♪耕ちゃんのご飯っ♪耕ちゃんのご飯〜〜〜〜♪」
謎のテーマソングを歌いながら、笑顔で一段づつ下ろして行く。
「――――――――あれ?」
そして四段目を持ち上げた時、ゆうひの笑顔は凍りついた。

そこにあったのは、今までの美しい物と、真逆に位置する存在。

全てを言い表す事は出来ず、「らしき物」としか表現できない。
禍々しきカオスの結晶。


「こ、これ……明らかに愛さんの手作りやんかぁああああああああッ!!天国から地獄とは、正にこの事やぁああああああああッ!!」
ダンッ!と、拳をテーブルに叩きつけて、慟哭するゆうひ。

「うわぁ〜、これは凄いわね……」
「私、チキンがこんな色になるって初めて知りました……」
「えっと、これ………ピーマン?何か、紫になってるけど……」
絶望に打ちひしがれるゆうひを尻目に、その五段目を見ようと、人だかりが出来る。

「も、もしかしたら……見た目と違って、美味しいかも知れないわよ?」
「ほほう?せやったらアイリーン……食うてみるか?」
「う゛……」
鼻先に差し出された混沌の化身に、アイリーンは脊髄反射で顔を反らした。
アイリーン自身、自分の言葉がとんだ的外れであると分かっている。
それなのに、何故あんな事を言ってしまったのか。それは自ら、死地に踏み込むようなものなのに。

チラリとゆうひを見る。ダメだ。目がマジだ。此処で自分が果てるまで、ゆうひは退かないだろう。


死ぬしかないのか?そんな時、思わぬ所から援軍は現れた。


脇からヒョイと誰かの手が伸びて、混沌の一つ――恐らくはエビ的な物体を摘まみ揚げると口に放り込んだ。
「あっ!?」
誰かが、思わず声を上げた。そして、全員の視線がその人物に集中する。

「…………?」
「つ、連音君………?」
もぐもぐと口を動かす連音。全員がその後に起こるであろう惨劇を、予想せずにはいられなかった。

「………言うほど、酷くないですよ?」
その瞬間、誰もが驚く中、ゆうひがガバッと立ち上がった。
「んなアホなッ!?愛さんの手料理は必殺兵器やで!?食った人間を一撃で粉砕する筈や!!」
連音のリアクションが信じられないとばかりに、ゆうひは適当な混沌を取って口に放り込んだ。



―――――ガシャアアアアアアアアアンッ!



「ゆうひぃいいいいいいいいいッ!?」
一拍の間を空け、椎名ゆうひがテーブルに崩れ落ちた。
アイリーンが慌てて起こすが、ゆうひの目は瞳孔を開きかけていた。

「あぁ、お祖母ちゃんが……お花畑の向こうで、手ぇ振っとるわぁ……」
「ダメーーーッ!!そっちに行っちゃダメーーーーーーーッ!!帰って来てーーーーッ!!」
「…………………ハッ!?」
アイリーンの願いが天に届いたのか、ゆうひが目を覚ます。

「あ、危なかったわ……久しく空いとったブランクに加えて、愛さんの張り切り具合が破壊力を相乗させとった……」
青褪めた顔で冷や汗を拭いながら、命の水――つまり口直しのお茶を飲む。


恐怖の物体]は、重箱の最下層を支配下に置いたまま、そこに鎮座していた。
そして人は愚かにも、その恐怖に好奇心を覚え、自ら死地に踏み入ろうとする。

「ここまでなると、逆に気になるわね……」
ライザが混沌に興味を持ったようです。

「ちょっと、ライザ!?」
周りが止めるも聞かず、ライザは暗黒物質――恐らく玉子的な何かに掛けられているソースを、ほんの少し指先に付けた。
ゆうひを一撃で彼岸に送る程の破壊力とはいえ、これ位ならば大丈夫だろう。
そう思いつつ、ペロリとソースを舐めた。


「―――――――――――――――ブフッ!?」


ライザは盛大に吹いた。口を押さえながら、キョロキョロと不審に周囲を見回すと、飛びつくように命の水――お茶を手にして口を洗浄した。
「ブハッ!!こ、これはダメ………!人類の範疇に無いわっ!!」
ライザがそんな面白いリアクションをするものだから、怖いもの見たさ、ふざけ半分の野次馬根性が、歌姫達を動かしてしまった。




斯くして始まったのは、混沌が生み出す阿鼻叫喚の世界。
というよりも、無駄にノリの良い歌姫達が、きゃあきゃあと騒いでいるのだが。

なので、実際に地獄を見たのはゆうひ一人である。


グッタリするゆうひの携帯電話が、けたたましく音を鳴らした。
ディスプレイには『槙原耕介』の文字。ゆうひは電話を取った。

『おぉ、ゆうひ!大丈夫か!?』
「―――耕ちゃん、やってくれるやないか……人を喜ばせといて地獄に突き落とすやなんて」
『いやいや!わざとじゃないって!?』
「せやったら、どういう事や?」
『美緒の奴が愛さんを唆して、弁当を作らせたんだ。でもって、それを丸まる一段とすり替えたんだ……』
その言葉に、ゆうひの脳裏に「ニャ〜ハッハッハ〜!」と笑う猫娘の姿が浮かんだ。
「あ〜、耕ちゃん……日本でのコンサート終わったら、さざなみ寮に顔出すわ………絶対に」
『あぁ、美緒にもちゃ〜んと伝えておく。で、《それ》はどうした……?』
耕介に言われ、ゆうひがそれのある方を向いた。
既に先程の馬鹿騒ぎは鳴りを潜め、代わって何やら賑やかしくなっている。

何だろうかと、ゆうひが首を動かした。


ゆうひの網膜には、CSSの歌姫達に次々とダークマターを食べさせられる連音の姿が映っていた。

一頻り騒いだ後、本当に連音は食べても大丈夫なのか?という流れになったのだ。
「はい、あ〜ん」
「いや、あの………あ、あ〜……んぐ」
歌姫の一人、ウォン・リーファが連音の口に、かつて魚であった物を放り込む。
「……で、どう?」
興味津々で尋ねるリーファ。
「いえ、まぁ……美味しくはないですけど、やっぱり食べられない程じゃないです」
「「おぉ〜〜〜〜」」
何故か、感嘆の声が上がる。

弁当は決して美味しいとは言えない。だがしかし、連音にとってはそれだけの事。

食材を毒物にしてしまう母の手料理に比べれば、愛の料理は不味いだけで、何て事は無かった。


「じゃあ、今度はこれ!!」
リーファを押し退けて、今度はエレン・コナーズが、先程ライザに大打撃を与えた暗黒物質を、フォークに刺して差し出してきた。

それを別段迷う事も無く、連音は口に入れた。
「これは何と言うか……色んな意味で凄いですね」
「でも、平気?」
「………まぁ」

「じゃあ、これならどうかしら!?」
「いやいや、こっちの方が凄いと思うわよ?」
「もっとソースを、がっちり絡めて〜……これならどう!?」
やいのやいのと言いながら、歌姫達は連音を囲み、その口に料理という名のバイオウエポンを放り込もうとする。
「いや、あの……近いです!近いですって!?」
世界に羽ばたく麗しき歌姫達に囲まれ、彼女達に料理を食べさせて貰うなど、ファンならずとも羨ましさに殺意を抱くだろう。

例えその料理が、命を軽くホイホイしてしまう物だとしてもだ。


だがしかし、連音にとってこれは地獄の苦痛であった。

周囲を囲まれ、逃げ場が無い。まさか押し退けて通る訳にも行かず、残された手段は一つだけ。

さっさと、この槙原愛特製弁当を食い尽くす事だ。

しかし、肝心のお重は姫達の向こう側。結果、彼女達に食べさせて貰うか、彼女達が飽きるかだ。


そうしている内にまた、料理が差し出される。
(終われ〜ッ!!早く終わってくれ〜〜〜〜ッ!!)

内心で叫びつつ、連音は料理を食べるのだった。





「―――耕ちゃん?」
『どうした?』
「この世の中にはな……おんねん」
『何が?』
「正しく、人智を超えた存在っちゅう奴がな………つーか、どんな味覚しとんねん!?」

彼女の感想は、どこまでも正しかった。











そんな大騒ぎが丁度終わった頃、フィアッセの方も会談を終え、ワイバーン社の代表とフィアッセ達がフロアに現れた。
その一人が、植え込みの葉っぱを何気なく触れた。

「では我々はこれで失礼します。コンサートを見られないのは残念ですが……成功を願っています」
「はい。ありがとうございます」
フィアッセは心からの感謝の言葉と共に、深々と頭を下げた。


ワイバーン社の代表が去った後、連音は植え込みの中を探った。
「……あった」
植え込みの土に刺さっていたのは、四つ折にされた紙。
連音はそれを抜くと、中を確認した。

「…………」
内容を読み終えると、連音はその紙をビリビリに破き、灰皿に放り込む。
すると、紙がメラメラと燃え上がり、数秒と経たずに灰も残さず燃えてしまった。

「―――恭也さん、今回の実行犯が分かりました」
「………?」
「裏世界で『クレイジー・ボマー』、もしくは『スナッチ・アーティスト』と言う通り名で呼ばれているテロリストです。
彼が好んで使うマークは、黄色のクローバーと死神の鎌。十数年前のアルバート・クリステラを狙った爆弾テロも、こいつで間違いありません」
「……そうか、やはりな」
「それと先日、龍所属と思われる戦闘者達が入国したという情報も入ってきています」
「このタイミング……間違いなく、コンサートを襲う連中だな。どうやら、かなり厄介な事になりそうだ……」
そう言うと、恭也の表情が厳しいものになる。
「それでも、フィアッセさんを護り抜く……でしょ?」
「………あぁ」
連音の言葉に、恭也は自然と、拳を握り固めていた。
かつて恭也の父――高町士郎が現役を退く切欠となったアルバート議員への爆弾テロ。
その犯人が再び姿を現し、フィアッセを狙っている。

これが、因縁というものか。

だがしかし、犯人の好きにさせる心算は無い。

必ず守ってみせる。フィアッセと、その夢と思いを。


「御神の名に賭けて………必ずだ」


決戦の時は、すぐそこまで迫っていた。





























では、拍手レスです。


※犬吉さんへ
待ってましたOVAストーリー!!見た目は子供(しかも女の子っぽい)、中身は鬼神(修羅でも可)の連音君に皆が度肝を抜かされることでしょうwww

>感想ありがとうございます。
見た目と違って、えぐい攻撃を平然と打つ連音に、皆さんは若干引き気味でした。
普段とのギャップが、確実に拍車を掛けています。

見た目女の子っぽい……というかまぁ、今は女装中で、半端無く女子の子ですがwww

次回は、いよいよバトル全開のお話となります。どうかお付き合い下さい。







拍手を送って下さり、ありがとうございます。
引き続きまして、お願いです。
今作品に限らず、拍手を送られる際には、何方宛かをお書き加え下さいます様、お願い致します。

全ての拍手は、管理人であられるリョウさんの手によって分けられております。
皆様の感想がちゃんと届くよう、どうかお願いします。









作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。