機動六課に課せられた任務。
それは海鳴市に落ちたロストロギアの回収であった。

思わぬ帰郷となったなのは達。
一先ずの捜索を終え、一度、ベースであるコテージへと戻る事となった。





   魔法少女リリカルなのはStrikerS ファントムアリス


         第4話  海鳴る町へ(後編)





日が傾き、夕闇に染まり始めた山道を、フェイトと無事に合流したなのは達を乗せた車が走る。
「しかし、フェイトちゃんの暴走振りは凄かったわね〜。お店から随分と遠くまで行っちゃうんだから」
「だ、誰のせいだと思ってるんですか!?」
「テスタロッサ。ちゃんと前を見ろ」
思わず後ろを見てしまったフェイトは、シグナムに怒られ、慌てて前に向きなおした。
「と、とにかく……余り、ふざけたりしないで下さい!! いいですね!?」
「は〜い」
アリスが呑気な返事を返すと、フェイトは不服そうな表情のまま、口を噤んだ。



「……あれ、この音は?」
コテージに到着し、降車した一同が最初に気付いたのは音だった。
そして次に、鼻腔をくすぐる香り。

どちらも、鉄板などで肉を焼いた時のものだ。
「……スバル、ヨダレを拭きなさい」
「あっ……」
ティアナの冷ややかな指摘に、慌てて口元を拭うスバル。音と香りでこの反応、パブロフもビックリである。

とはいえ疑問もある。一体誰がやっているのだろうか。
その答えはすぐに出た。
「はやて達が晩ご飯の準備、もうやってるのかな?」
「え……?」
フェイトがそうポツリと言ったのを、ティアナは聞き逃さなかった。
まさか、そんな筈は無いだろうと思う。そういった事はどこでも大概は下っ端の仕事である。
仮にもはやては部隊長。六課で一番上の人間が給仕に勤しむなど想像もできない。
「なのは、フェイトーッ!お帰りーッ!!」
「なのはちゃん、フェイトちゃん!!」
そんな疑問を霧散させるように、コテージの方からこちらに掛けてくる姿があった。
一人はアリサ。バニングス。そしてもう一人、腰ほどまであるロングヘアーの女性。
遠目からでも分かる程の、同姓にも美人と思わせる雰囲気を持っている。

「すずかちゃん!!」
「すずか!? 久しぶりだね……元気だった?」
「うん。元気だよ!」
「いつもはメールばっかりで、声聞けてなかったもんね」
「だよね。だから色々心配で……でも良かった、元気そうで」
なのはとフェイトは、そのもう一人――月村すずかとの再会に顔を綻ばせる。

再会を喜ぶ親友同士の姿。
それに唖然とするのは新人達である。

『……ティア、隊長達がなんか……普通の女の子だよ……?』
『同感……どうよ、ライトニング的には?』
『あ、あの……僕的には、なのはさんもフェイトさんも、普通の女性ですので……』
『そっか。エリオ君、わたし達の中だと一番昔からなのはさん達の事、知ってるんだよね』
『うん。でも……こんなにはしゃぐ姿を見るのは初めてかな?』
普通の女性、と言っても、やはり同世代の気の置けない相手との会話となれば、エリオも見た記憶がない。

『あなた達……色々ズレた事を言ってるのね?』
『っ……! シスターアリス!?』
『エリート執務官だの、エース・オブ・エースだの、オーバーSランクだのと……そんな大層な包装紙に包まれてても、
中身を見れば、年だって皆とそう幾つも違わない……普通の女の子なのよ』
どこか呆れ気味に、アリスの声が響く。
『立場や階級を警視しろとは言わないけれど、それだけに囚われて相手の本質を……本音を見逃したら意味が無いわよ?』
『………』
アリスの言葉に、面々は複雑な表情をする。

アリスの言いたい事は分かる。だが、それはどこか理想論に思えた。
まして自分達が、立場や階級に囚われているなどとは思えなかったからだ。

むしろ、そういったものに縛られていないとさえ思える。
それはなのは達を、階級などで呼ぶ事をしていない事からも分かる。


「…………」
そんな考えを何となく察し、これはかなり面倒くさい事になっていると、アリスは肩を竦めた。

「あら……?」
と、アリスは、自分達が来た道からまた一台、車が来たことに気付いた。
それは所謂コンパクトカーで、あまり山道を走るような車ではない。

一体誰が来たのかと一同が見やる中、車は停車し、人が降りてきた。
「ハーイ!」
「皆、お仕事してるか〜?」
「お姉ちゃんズ、参上〜っ!!」
後部座席から現れたのは、なのはの姉の美由希。そして運転席からと助手席からも女性と、犬耳尻尾の少女が降りてきた。
その二人を見て、エリオとキャロが驚いた。
「エイミィさん!?」
「アルフッ!?」
「それに……美由希さん? 何で?」
「さっき別れたばかりなのに……?」
スバルとティアナは、早過ぎる美由希との再会に驚いていた。

「いや〜、エイミィがなのは達と合流するっていうから……あたしも丁度、シフトの合間だったからね」
「そうだったんですか……」
やはり美由希もバツが悪いのか、苦笑しつつポリポリと頭を掻いている。

「エリオ。キャロ。元気だった?」
「「――ハイッ!」」
「二人とも……チョット、背が伸びたか?」
「あはは……どうだろう?」
「少し伸びた……かな?」
ライトニングの二人は、エイミィ、アルフと話している。
その状況をシンプルに表すなら、『年に一、二度程会う親しい親戚』のような雰囲気である。

『う〜ん………このアルフって子、誰かの使い魔かな?』
『犬耳と尻尾……ワンコ素体?』
ティアナとスバルは、フリフリと揺れる尻尾を前に、無駄に謎を深めつつあった。『あの子はアルフね。山犬を素体にした、フェイトちゃんの使い魔よ』
「えっ!?」
思わず振り返ると、アリスがすぐ後ろに立っていた。
「シスター、何でそんな事知ってるんですか?」
「なんでって……四年ぐらい前まで現役の局員だったし。なにより、六課関係者の使い魔だもの。ちょっと調べれば、名前ぐらい出てくるわよ?」
「そういうものですか……?」
「そういうものよ」
スバルは何となく釈然としない。これでは知らない自分達の方がお可笑しいみたいだからだ。
「………」
ティアナはティアナで、アリスに懐疑的な視線を送っている。

聖王教会が管理局と友好的な関係にあるとはいえ、外部組織に属するアリスが本局人員に関して情報を持っているのは不自然な気がした。
何故なら局員に関する情報は局員でなければ普通は調べられない。ましてフェイトはSランク魔道師。個人情報はロックされている。
つまり彼女に関わる情報――例えば使い魔に関する情報もその対象の筈なのだ。
(アリスさんは教会に所属する前はどこに……?もしかして、局にいたとか……?でも、こんな目立つ人が噂にも聞かないとか……ありえるかしら?)
地上部隊所属の自分達ならありえるが、本局所属組もアリスの事を知らない様子。

「お〜い、何してるの〜?」
「……え?」
ふと気がつけば、そこにいるのは自分一人。
ティアナは慌てて皆を追い駆けたのだった。



コテージの所まで戻ってきた一同。
そこで新人達は驚くべき光景を目の当たりにする。
「お、帰ってきたな。丁度良いタイミングやな〜」
果たしてそこには、フェイトの呟いた通りの光景があった。
袖をまくり上げ、エプロンを付けて菜箸を動かす、部隊長八神はやての姿である。「ぶ、部隊長自ら……鉄板焼き!?」
「うわぁ……美味しそ……あたっ!?」
目にした光景に驚愕しつつも、ティアナの手がスバルの頭を叩く。
「あの、そんなの僕達がやりますからっ!!」
「そ、そうですよ! 部隊長がそんな……!」
ライトニングは軽いパニックを起こしているらしく、慌ててはやてから菜箸やらエプロンやらを取ろうとする。
「おっとっと、そんなん気にせんでええよ?どうせ時間あったし……それに料理は元々、私の趣味なんよ」
「そうだぞ〜、お前ら。八神隊長の料理はギガ美味だからな、有難くいただけよ………でだ」
「シャマル……お前は、手を出していないだろうな?」
「えぇッ!?」
ヴィータとシグナムの冷ややかな視線が、ボウルを持つシャマルに突き刺さる。
「大丈夫、ちゃんと材料切りとか手伝ってくれたよ。なぁ?」
「そ、そうよ! 人聞きの悪い事言わないでっ!!」
はやてのフォローを受けて、シャマルは口を尖らせながら反論する。
「……まぁ、”切るだけ”なら、問題はないな」
「あぁ、”切るだけ”ならな……」
二人は顔を見合わせ、ウンウンと頷く。何故か『切るだけ』を異様に強調している。
その意味する所を何となく察したスバルが、恐る恐る尋ねた。
「もしかしてシャマル先生って……?」
「ち、違うもん!! シャマル先生、料理下手じゃないもん!!」
「貴様、まだそんな世迷言を言うか?」
「お前の淹れた茶で一人、病院行きにもしたくせに……よく言えんな?」
「アレのせいでザフィーラも危うかったしな……」
シャマルの叫びを容赦なく粉砕するシグナムとヴィータ。
「ふぇえええん! はやてちゃん、皆がいじめますぅ〜っ!!」
苛烈な責に耐えられず、シャマルは泣きながらはやてに救いを求める。
「おぉ〜、よしよし。シグナムもヴィータも、あんま苛めたらあかんよ?」
そう軽く叱りつつ、胸に飛び込んできたシャマルの頭を撫でてやる。
「ですが………」
シグナムの視線が、横にスライドする。
「………?」
はやてもそっちの方に視線を向けてみた。

そこにあったのは、銀色の水筒。シャマルがミッドから持ち込んだ物だ。
はやては何か、嫌な予感を感じる。

「――はやてちゃん」
「な、何や……?」
「はやてちゃんは、飲んでくれますよね?」
「な……」
何を。と、言おうとするが、言葉が出ない。

「私……新しいブレンドティーを作ってきたんです。今度こそ、絶対最高の自信作で……もう、一撃必殺なんですよ」
どうしてブレンドティーが一撃必殺なのか。そこを激しくツッコミたい。
だがその前に、言うべき言葉がある。
「………シャマル?」
「はい?」
「それは封を開けず、ミッドに持ち帰り。そして正規の手順で処分するように」
「酷っ!?」

こうして、『シャマルブレンドver8.3 シャマルシンフォニー』は永遠に日の目を見ること無く、闇に葬られたのだった。







「さてと、食事と飲み物は行き渡ったかな?」
「えっと……うん、大丈夫」
見回して、全員にグラスがある事を確認し、すずかははやてに頷く。
「えー、では皆さん」
はやてはそう言いながら立ち上がり、テーブルを囲むように座る一同を見回した。
「任務中にも拘らず……なんか、休暇みたいになってますが……」
「丁度、サーチャーの反応と広域探査の結果待ちという事で、少しの間、休憩できますし」
「六課メンバーは、お食事で英気を養って引き続き任務を頑張りましょう!!」
はやての言葉にフェイト、なのはが続ける。
「「「「――ハイッ!!」」」」
それに対して四人が元気よく返事を返すと、なのはは満足そうに笑う。

「……で、現地の皆さんは、どうぞごゆっくり」
「「「「は〜い」」」」
と、こちらも一人を除いて返事を返した。
その一人―― アリサはちょっとだけ苦い顔をした。

現地の人。
そう言われると、もうはやて達はこの世界の人間ではないと感じてしまう。
実際、住んでいるのもミッドチルダだし、局員として務めている以上、言葉は間違っていないのだが、
それはそれとして、感情面は如何ともし難い。

「―― アリサちゃん」
「―― 分かってるわよ」
隣りに座るすずかに名前を呼ばれると、アリサは軽く肩を竦めた。
今更なのだ。
なのは達が局員になって、ここからミッドチルダに居を移した時から。


何度も感じた。
何度も思った。
そして、何度も今更と結論づける。


世界を隔てる壁の向こうに居ようと、この友情は変わらない。
だから、今更なのだ。




アリサは毎度ながら心を砕いてくれる親友に感謝しつつ、顔を戻す。


「――じゃあ、そっちの端っこから、どうぞ?」
話はこちら側の自己紹介になっていた。
別に考え込んでいた訳でもないので、アリサにも話は聞こえていた。

彼女はわざわざ立ち上がり、そして明るく言い放った。
「”現地”の一般人、アリサ・バニングスです」
ここが自分の世界だと、主張するように。







自己紹介はアリサから始まり、すずか、アルフ、エイミィ、美由希と続いた。
それぞれ、なのは達との関係、出会い、そういった話を簡潔に話していく。

流れは六課メンバーに続き、そして最後。
「ほんなら最後はシスター、上手く締めてや?」
「嫌なフリをしないで欲しいんですけど………こほん」
軽く咳払いしつつ、スッと立ち上がる。
「私はアリス・ノーランド。ここにいる皆さんと違い、聖王教会に所属しております。
今回の出張任務が教会からの依頼である為、同行しました。宜しくお願いします」
「聖王教会……て事はシスター? 何でシスターが六課に?」
「エイミィ、聖王教会って?」
「聖王教会は、次元世界で一番規模の大きい宗教組織よ。管理局とは協力関係にあるんだけど……大丈夫なの?」
美由希に説明するエイミィだが、少しばかり声を潜める。
地上本部のトップ、レジアス中将は本局と聖王教会を嫌っている。
本局の地上部隊である機動六課は、ただでさえ彼の不機嫌の原因であろうに、教会所属のアリスの存在で、痛くもない腹を探られるのではと懸念しているのだ。
その意図を感じ、アリスはクスリと笑う。
「大丈夫。教会騎士ならまだしも、ただの新米修道女がやって来ただけですよ? その程度で地上本部が目くじらを立てることもないでしょう?」
「………う〜ん、そうかな……?」
心配の”し”の字さえも見せないアリスに、エイミィは自分の杞憂である気きがしてきた。

「その微笑が曲者なんや」と、はやては心の中で呟いた。




さて、料理が得意なはやての作った鉄板焼きは絶品であった。
美味い料理はそれだけで胸襟を開く。
和やかな歓談の続く中、いまいちその雰囲気に馴染めていない者がいた。
「どうしたの、ティア?」
「いや、ちょっと戸惑ってるだけ………てアンタ、何でそんな山盛り!?」
「え〜、だって美味しいんだもん。うかうかしてたら全部無くなっちゃうよ?ほら、ティアも……」
「……アンタが自分の食う量気にするだけで、全員に行き渡るわよ」
「うぅ〜、ティアがいつも通り酷いよ〜」

アリスはちびっ子フォームのアルフを適度に弄びつつ、横目でその様子を見ていた。
いつもの様なやり取り。一見そう思えるが、しかしどこかティアナの表情は暗い。

「あ、もうジュースが無いかな……?」
「まだ五、六本ボトルがあるわよ」
「湖の水で冷やしているの」

「じゃあ、あたしが取ってきます」
だからか、ティアナの反応は早かった。
「あ、あたし達も行くよ。エリオとキャロも手伝って?」
「「はい!」」
そしてスバル達も、先に行ったティアナの後を追った。



「いや〜、何か賑やかだね〜。リイン曹長とかヴィータ副隊長とか、普通にアリサさん達に可愛がられてるし」
「そうですね」
「でも、ああいうあったかくて賑やかな家族と友達なら……全身全霊で守りたいって思いますよね」
「うん」
「………でしょうね」
どこか微笑ましげに話す三人とは対照的に、ティアナの言葉は冷たかった。
「………」
顔を見ようにも、背中しか見えない。だけど、スバルには今のティアナの気持ちが分かり、自分の言葉を反省した。

「……あのですね」
少し重さを増した空気の中、キャロが口を開いた。
「その……わたし最近、機動六課も何だか家族みたいだなって思うんです」
「……そう?」
足を止めて、ティアナが振り返る。
「わたしが前にいた自然保護隊も、隊員同士仲良ししでしたけど……六課のはそれともちょっと違ってて……」
「う〜ん……隊長達が仲良いし、シャーリーさんとかリイン曹長も気さくな感じだしね」
「アルトさんやルキノさん。メンテスタッフの皆さんも優しいです」
スバルとエリオもキャロの言葉を少し考えながら、答えた。
「それと……勿論、スバルさんとティアナさんも」
そう言って、キャロはティアナにニッコリと笑いかけた。
「………」
恐らく本心だろうが、いらない気遣いをさせたとティアナは苦笑した。
そして唯一言。「ありがと」とだけ言って、再び足を動かした。





程なく湖の畔に到着した。
桟橋から湖面を覗くと、中にジュースの入ったケースが二つばかり沈んでいる。そこに紐が括り付けられていた。
「きゃ、水冷たい……!」
湖に指を何気なく差し入れたキャロが、その冷たさに驚く。
「うわ〜、本当だ……!」
エリオも釣られて指を差し入れ、やはり驚いている。
「ちょっと二人とも、落っこちたりしないでよ!?」
「は〜い」
「大丈夫です〜!」
何が大丈夫なのか、ティアナはそんな返事を返す二人を見て、どこか大人びた考え方や言葉遣いの二人が見せる子供らしさに、少し安心する。
(何だかんだで、歳相応に子供らしい所もあるのね……)

などと思っていると、突然ガタン!という音が響いた。
桟橋の板の釘が緩くなっていたのか、板が外れ、キャロがそれに足を取られバランスを崩してしまった。
「危ないっ!!」
「キャロッ!!」
エリオがとっさにキャロの手を掴むが、湖に向かい倒れる体を支え切れず、エリオもまた湖に向かって倒れる。

スバルとティアナも動いているが、間に合わない。


「っ……!!」
キャロは一瞬後に襲ってくるであろう冷たさに、ギュッと目をつむった。



が、一瞬どころか数秒経っても冷たさは襲ってこなかった。
恐る恐る目を開いてみると、直ぐ目の前には波打つ湖面。
わずかに前髪がそこに触れているだけだった。
「ふぅ……ギリギリ、間に合ったかしら?」
背中越しに聞こえた声に顔だけで振り返る。
「あ、アリスさん……!?」
果たしてそこには、アリスの姿があった。
片手でキャロのスカートのベルトを鷲掴みにし、もう片方でエリオを胸に抱きかかえている。
「ふ、ふが………」
胸に顔を埋める形になったエリオが耳まで真っ赤になっているのに、キャロがちょっとだけムカッときたのは仕方ないことだろう。

アリスはそのまま、二人を抱えたまま桟橋から降りた。
「ったくもう! だから気を付けなさいって言ったでしょ!?」
「ご、ごめんなさい……」
大事なく帰還した二人に待っていたのは、ティアナのお叱りであった。
「まぁまぁ。ドキドキハラハラは子供の特権よ。二人とも、これを持って先に戻ってて。後は私達でやるから」
「は、はい……!」
二人はアリスに渡されたボトルを抱えて、逃げるように走っていった。
「転ばないでよー!」
「「はーい!!」」



「さて、残りも持って行きましょっか?」
「いやその前に……あなた、どっから出てきたんですか!?」
「どっからって……普通に向こうからよ?」
ティアナに尋ねられ、指差したのは食事中の皆がいる場所。
勿論、そこからアリスは来た。だが、ティアナにはそれこそが納得できなかった。
何故なら“アリスが目の前を通り過ぎる瞬間”をティアナは見ていないのだ。
当然、スバルも見ていない。そもそも、瞬きすらせずエリオ達を見ていたのだから、見落とすはずがない。
文字通り、忽然と“そこに現れた”のだ。
「シスター、あなたは何者なんですか?」
「聖王教会から派遣された新米シスター ………ただ、ちょっと変わった呼び名があるだけよ?」
「変わった呼び名?」
ティアナの訝しむ視線にも平然とした表情が、少しだけ変わる。
「ファントム………《亡霊》よ」
「っ……!」
僅かに細まる視線に逆に気圧され、動揺するティアナの顔を見て、アリスの表情が崩れた。
「……な〜んてね。私が神出鬼没だから、揶揄されて付けられただけよ。さ、早いとこジュース持って行きましょ?」
そう言って踵を返すアリス。何故かスバルはホッとしたように嘆息した。
「なんだ、てっきりアリスさんって実は幽霊なのかと………て、あれ?あのジュースは?」
「それは力持ちのスバルちゃんに任せるわ。おねーさん、ホウキより重い物持ったこと無いのよ〜」
「いや、さっきエリオとキャロ持ち上げてましたよね!?」
「じゃあ、よろしくね〜」
スバルが呼び止める間もなく、アリスはさっさと行ってしまった。
仕方なくスバルはケースを持ち上げた。
チラリと見ると、ティアナはまだアリスの事を気にしている様子だ。


スバルは何となく、口を開いた。
「ねぇ、ティア?」
「……何よ?」
「機動六課……来て良かったよね?」
「はぁ!? 何よいきなり!?」
スバルの余りにも唐突な問に、ティアナは思わず目を丸くした。
が、まっすぐに見つめる訓練校時代からの相棒に、ポリポリと頭を掻いた。
「……そんなの、まだ分かんないわよ。訓練だってずっと、基礎と基本の繰り返しで……本当に強くなってるのか、いまいち分かんないし」
「なってるよ。威力とか命中率とか、明らかに上がってるし」
たしかにデータ上、ティアナの射撃の腕は向上している。精密射撃も弾丸の威力も、六課に来る前とは比較にならない程だ。
だが、それをそのまま受け取る程、ティアナは安直ではない。
「それはデバイス……クロスミラージュが優秀だからよ。実力じゃないわ」
六課に来る前と後、自作のアンカーガンからインテリジェントデバイスに、ティアナのデバイスは変わっていた。

初めてクロスミラージュを使用したのは初出撃の時。
その時、その性能に驚きを禁じ得なかった。
だからこそ、今の自分の力が見えない。

「それ、きっと違うと思う。クロスミラージュは、ティアの為に生まれたデバイスだって、リインさん達言ってたでしょ?
あたしのマッハキャリバーと同じ。ティアの夢を……これからを一緒に行く相棒なんだよ?」
「………」
ティアナは思わず視線を落とす。
スバルはデバイスの性能も、全部ひっくるめて一つの強さと捉えている。
でも、自分はそれを別々と思っている。

才能の無い自分。
それを嫌というほど分かっているから。

亡くなった兄も、スバルもエリオもキャロも。
自分とは違う。非凡な才能を持っている。


凡人の自分に与えられた、優秀なデバイス。
もし今もアンカーガンを使っていたら、絶対に同じ結果にはならない。
断言できる。



「……ねぇ、ティア」
「…………何よ?」
埋没していきそうな思考が、スバルの声で戻る。
ティアナの相棒たる少女は、いつもと違う優しい微笑みを彼女に向けていた。
「エリオもキャロも、ティアの事好きになってくれてるし……アリスさんも、何だかんだで結構気に掛けてくれてるよ?
……だから、ティアは独りじゃないから。ティアとコンビでいる間は勿論。いつか離れても……。
あたしは、ティアの事……大好きだからね」
「ッ……!!」
思わぬ言葉に、ティアの顔が驚きと羞恥で真っ赤になる。
「こ、このバカっ!! 誤解を招くような物言いをしてんじゃないわいわよ!!」
恥ずかしさのあまり、ティアナはスバルの頭に跳びかかっていた。そのまま腕を回しヘッドロックでギリギリと締め上げる。
「痛たたたっ!! 落とす、落としちゃうから〜っ!!」
「うっさい! 大好きとか……このバカっ!!」
ティアナは締め上げていた腕を乱暴に離し、「フンッ!」と鼻を鳴らした。

「妙な気の使い方しなくたって寂しかないし。アタシは平気よ。あんたに好かれてなくてもね」
「うぅ……」
ティアナに両断されて、スバルはガックリと肩を落とす。
「天涯孤独も独りぼっちも……幸せな家庭を見て羨ましいなって思うのも………もう、慣れてるんだからさ!」
そう言って、ティアナは夜空を仰いだ。
それはウソだ。孤独に、独りぼっちに慣れる人間などいない。いたとすれば、それは寂しさに気が付いていないだけだ。

だから、スバルは同じ様に夜空を仰いだ。
「それでも、あたしはティアの傍にいるよ。ずっと一緒に頑張ってきた……コンビだからね」
『あなたは、孤独なんかじゃない』と、伝えたいから。

「………はいはい。さっさと行くわよ。皆待ってるんだから」
ティアナは深々と溜息を吐き、ジュースの入ったケースを持ち上げた。
「えっ!? あたし、ちょっと良い事言ったよね!? それを完全無視っ!?」
スバルはもう一つのケースを持ち上げ、急いでティアナの後を追った。

「………スバル」
「な〜に?」
「……………ありがと」
「………うん!」


星空は、ミッドチルダと同じように、優しく二人の上で瞬いていた。












スバルが鉄板焼きの大半を胃に納め、更に翠屋のケーキもしっかりと食し、全員を呆れさせた食事の時間も終わった。
「ごちそうさまでした!」という元気良い締めの言葉で終わった夕食の後は後片付けである。
とは言っても調理器具は調理と並行して片付けられており、皿は紙皿、コップも紙コップ。
それらをゴミとして分別して捨て、テーブルと椅子を片すぐらいである。
「しかしスバルちゃんはよく食べるわね〜。あれだけ食べてケーキも平らげちゃうとは……ナカジマ家のエンゲル係数は幾つなのかしら?」
「翠屋で散々ケーキ食べておいて、その上普通に鉄板焼きを食べてたシスターが言うことではないと思いますが?」
アリスが呆れ気味に言うと、ティアナが更に呆れ気味に返した。
「ティアナちゃん、甘いものは別バラなのよ?」
「その言葉、明らかに使い方間違えてますよね!?」

「ねぇ、なのはちゃん。あのシスターさん、何時もああなの?」
「まぁ、大体あんな感じかな……?」
「何ていうか……修行に出されるのが分かる気がするわ」
などと人聞きの悪い事を言っているのを当然、アリスは聞いていたりする。
さて、この子達を如何してやろうかと考えていると、パンパン、という音が響いた。
「さて皆。サーチャーの監視しつつ……今の内にお風呂、済ませとこか?」
「お風呂って……そんな呑気な……」
はやての言葉に、フェイトは若干呆れ気味な言葉を返す。
「いやいや。どうせ反応待ちするだけやから。それに、デバイス持っとったら反応もすぐ分かるやろ」
「最近、本当に便利になったね〜」
なのはは自分が入局した頃を思い出した。その頃はサーチャーシステムはデバイスと連動できなかった。
なので計測班がデータを纏め、デバイスに転送。というのが普通だったのだが。
「技術の進歩、てやつですね〜」
リインの、何故か胸を張っての言葉に苦笑いする。
「てーか、なのは。今の言葉、おばさん臭いわよ?」
「ハウッ!?」
そしてアリサの一言が容赦なく胸を抉った。


「というか、はやて。ここお風呂無いわよ? 湖で水浴びって季節でもないし……」
「そうすると………やっぱり、あそこ?」
「あそこ、だね?」
「あそこでしょう!」
すずかの言葉にエイミィと美由希も乗っかる。
はやては満面の笑みを浮かべ、そして高らかに宣言した。

「それでは各自、着替えを用意して出発準備や!! 機動六課はこれより、市内のスーパー銭湯に出撃するで!!」

「すーぱー……?」
「せんとう……?」
聞き慣れない言葉に、スターズの二人が首を傾げる。

「スーパー銭湯か……そういえば、そんなのもあったような……ん?」
クイクイと袖を引っ張られる感触に、アリスは下を向いた。
すると、そこにはキャロの姿があった。
「あの、『すーぱーせんとう』って、何ですか?」
「……あぁ、ミッドには無い施設だものね。というか、銭湯そのものがこの世界独自の文化か。
えっと、銭湯って言うのは……この世界に於ける公衆浴場。つまり不特定多数の人間が出入りするお風呂の事よ」
「それってつまり、隊員寮の入浴施設みたいなものですか?」
「そうね……それをもっと大きくした感じかしら?」
「もっと大きく………あっ、だから『スーパー』なんですね!!」
得心が行ったと、キャロは満面の笑みを浮かべてコクコクと頷く。
「いや、そういう訳じゃ……まぁ、行けば分かるわね」
百聞は一見にしかず。実際に体験すれば分かる事だと、アリスは訂正するのを止めた。








着替えを用意し、ぞろぞろと一行がやって来たのは大きな建物の前。
自動ドアが開き、中に入ると、カウンターに立つ従業員の女性が声を掛けた。
「はい、いらっしゃいませ! 海鳴スパ ラクーア……っ!? だ、団体様でですか?」
ぞろぞろと、個性豊かと言うには濃い面々に従業員は一瞬、言葉をつまらせるがすぐにスマイルを返した。
なかなかのプロ根性である。
「えっと……大人が十三人と……」
「子供、四人でお願いします」
そんな事に気付いていないのか、それとも敢えて気にしていないフリなのか、はやてとフェイとは人数を伝える。
「4人……エリオとキャロと……?」
「わたしとアルフですよ」
「あぁ、そっか。なるほど…………あれ?」
一瞬、納得しかけたがすぐに首を傾げた。だが、それを口にするのは恐ろしい事のような気がした。
が、それをものとのしない猛者(おバカ)がいた。
「あの……ヴィータ副隊長は?」
スバルは耳打ちするようにリインに尋ねる。
「………アタシは大人だ」
しかし丸聞こえであった。ヒクヒクと、こめかみの辺りが痙攣しているのが良く見えた。さらばスバルよ。


「はい。ではこちらの方にどうぞ」
「私は会計してくから、先行っててな」
カウンターとは別の従業員の案内で、はやてを除いた全員が靴からスリッパに履き替え中に上がる。

少し進むと、脱衣場の入り口が見えた。
「良かった。ちゃんと男女別だ」
エリオが心からホッとしたように呟く。
「隊員寮よりも、おっきなお風呂なんだって。楽しみだね」
「あ……うん、そうだね。スバルさん達と一緒に楽しんできて?」
キャロがウキウキとした感じでエリオに笑顔を向ける。それにドキリとしながら、エリオも何とか笑顔を返した。
「え……?エリオ君は?」
だが、キャロの方はその答えに戸惑いを覚えた。
まるでエリオは一緒に入らないと言っているようだったからだ。
「えっ……!? ぼ、僕はほら……一応、男の子だし……」
ところが、その言葉に逆に戸惑ったのはエリオだ。
まるでキャロは一緒に入りたいと言っているようだったからだ。

ドギマギとしながら何とか返すも、キャロの攻撃はまだ続く。
「でもほら、あそこに『女湯への男子入浴は11歳以下のお子様のみ』って。エリオ君、10歳だよね〜♪」
「えぅっ!?」
珍妙な呻き声を上げるエリオ。そこに更に敵の増援が襲い掛かった。
「そうだよ。せっかくだし、一緒に入ろうよ?」
「フェイトさん……!」
フェイトの、恐らくは普通にコミュニケーションの一環として言っているのだろうが、エリオにとってそれは悪夢への誘いでしか無い。
「え、あ、いや……でも……えっと、ほら……スバルさんとかティアナさんとか隊長達とかアリサさん達もいますし……!!」
追い詰められたエリオは、救援を求める。ここで誰か一人でも難色を示してくれればそこから脱出できる。

「え? アタシは別に構わないわよ?」
「ていうか、前から頭洗ってあげようか〜?とか、言ってるじゃない」
「えぇっ!?」
スターズ(なぜかスバルの頭にはたんこぶ)はあっさりと見捨てる。

エリオは追い詰められた。

「アタシらも良いわよ。ねぇ?」
「うん」
「良いんじゃないかな。仲良く入れば?」
「えぇえっ!?」
海鳴三人娘もバッサリと切り捨てた。というか明らかにフェイト側に付いた発言である。

エリオは更に追い詰められた。

「エリオと入るの本当に久しぶりだし………一緒に入りたいな?」
止めとばかりに、微笑み混じりのフェイトの一撃。効果は抜群だ!!


(だ、だめだ……もう、これ以上は……)
頑張れエリオ! ここで崩れれば、君の未来はきっと大変な事になる!!
(もう、僕……頑張ったよね……?ゴールしても、いいよね……?)
まだだ! 諦めてはいけない!!倒れるな、エリオ・モンディアル!!



最早これまでか。誰もがそう思った時、救いの手は差し伸べられた。
「こらこら、我侭言わないの。エリオ君が困ってるでしょ?」
「あ、アリスさん……!」
初めての味方の登場に、エリオは感動を禁じ得なかった。
今、彼女の姿が女神のようにさえ思える。

「さ、エリオ君は男湯に行きなさい。何かあったら念話して頂戴?」
「は、はい!それじゃ、失礼します!!」
アリスの言葉にエリオは頭を下げ、そして駆けこむように男湯の入り口を潜って行った。
「アリスさん、どうしてあんな事を?」
「そうです。せっかく一緒に入りたかったのに……」
少しばかり非難するような視線をフェイトとキャロに向けられ、アリスは呆れ気味に嘆息した。
「あのねぇ……ただでさえ前線メンバー唯一の男性として、あの子は色々と気を使ってるのよ?
たまには一人で、ゆっくりとさせてあげなさい」
「で、でも……せっかくなんだし、一緒の方が……」
「フェイトちゃん。あなたにだって肌を見られたら恥ずかしい相手ぐらいいるでしょう?」
「っ……そ、それは……その……」
「エリオ君にとって、あなたはそういう相手の一人なのよ。子供扱いもいいけど、その辺り、もうちょっと気付いてあげられないとダメよ?」
「………はい」
「キャロちゃんも、取り敢えず入りましょ。何時までもここにいたらじゃまだからね」
「……はい」
すっかりシュンとしてしまったフェイトとキャロの背を押して、女湯の入口を潜った。






「うわっ、凄……! アリスさん、胸大きい……っ!!」
脱衣場で感嘆の声を上げたのはスバルだ。その視線は凶悪なアリスの胸に注がれている。
「フフ〜ン。これが純国産、天然100%のGよ」
「ほほう、それはアタシらに対する嫌味と取っていいのね?」
「アタシらって……アリサさん、人の事を頭数に入れないでくれません!?」
自慢気にアリスがバストを持ち上げれば、ジト目で睨むアリサと、それに巻き込まれるティアナ。
「でも、スバルちゃんもなかなかどうして、将来有望な気がするけど?」
「いや〜、人のが大きいのは良いんですけど自分のは……動き難くなるし、触っても楽しくないし」
「せやな。スバルは近接タイプやから、大き過ぎるのはマイナスか……」
二人のバスト談義に、合流したはやてが加わる。

無論、その間にも服を脱ぐ手は止められていない。

はやての参加に、嫌な気配を覚えた者はいそいそと、そしてコソコソと浴場に向かった。
「――― せっかくやし、皆の胸……あれ?」
はやてがこれでもかという程の素敵スマイルで振り返る。が、そこにはヴィータとリイン、キャロ以外はいなくなっていた。
「皆、先行ったぞ」
「というか、経験則から逃走を判断したですね」
「おのれ……なのはちゃん達だけでなくティアナもかい……追うでスバル!」
「ラジャーッ!!」
スバルとはやてはおっぱ……もとい、先に行った面々を行って浴場に向かった。
そして呆れ気味に、ヴィータとリインが続いた。

そしてアリスも行こうとした所で、キャロが頻りに男湯の方を見ているのに気付いた。
「……キャロちゃん。エリオ君のこと、気になる?」
「えっ………はい」
やはりエリオの事を気にしているようだった。
(本当ならのんびりさせてあげたい所だけど……仕方ないわね)
心の中でエリオに軽く謝り、ある張り紙を指差した。
「ね、あそこに貼ってある注意書き……読んでごらんなさい」
「注意書き? ……あっ!」
そこには男湯に関する事が書かれていた。
「女子の男湯への入浴は11歳まで……つまり、キャロちゃんは向こうに行っても良いのよ?」
アリスがそう言ってやると、キャロの顔がパァ、と明るくなった。アリスは入り口近くにいた従業員に声を掛ける。
「すみませ〜ん。この子、男湯の方に行っても大丈夫ですか〜?」
「えっと……何歳でしょうか?」
「ちょうど10歳です」
「分かりました。では、こっちのドアからどうぞ」
従業員は頷き、頻りに備えられたドアを開けてくれた。
キャロは「ありがとうございます」と言い、ドアの向こうに行った。
折角、エリオには一人を堪能してもらおうと思ったが、潔く諦めてもらおうと、アリスは心の中で合掌した。


「さて、私もお風呂に……っと」
浴場に行こうとしたアリスは、その足をピタリと止めた。
眼鏡をつけたままだったのだ。というか、服を脱ぐにも眼鏡をしたままするのはある種の癖になっていた。
どうしようかと少しばかり悩む。
「……ま、錆ないと思うけど、外しておきましょうか」
眼鏡を外し、ロッカーに仕舞うと、今度こそ浴場に入っていった。








さて、男湯のエリオは初めての銭湯に苦戦していた。
何せロッカー 一つとっても、初めての体験だ。これほどアナログな物は、本局施設育ちのエリオには使い方も分からない。
近くにいた親切なおじさんに教えてもらい、何とか服を脱ぐに至った。
「……ふぅ。それにしても、フェイトさんにも困ったものだなぁ。スバルさん達も、もうちょっと色々気にして欲しいよ……」
自分を、男として見てもらってない。というのは仕方ないとしても、せめてああいった場面では羞恥の一つも見せて欲しい。

そうでなければ、いつも気にしている自分がバカバカしく思えてしまうではないか。

その辺り、ヴァイスに相談しても「羨ましいじゃねぇか。今の内だけだぞ、楽しんどけ?」とか言われ、
ならばとグリフィスに相談してみたら、何故か遠い目をされた。

仕方なく、無理を承知で保護責任者の義兄に相談に乗ってもらった(何故か仮面を付けていた)が、
「素晴らしいじゃないか女ばかりで!(略)今思えば、あれは実に良いものだよ!!」
と意味不明な熱弁をした挙句、フェイトにどつかれ、奥さんにしこたま怒られたそうだ。
その後も、変なフェレット着ぐるみの不審者がやって来て、なのはに追いかけられて行ったり。
その後「どんな状況でも為すべき事を為せば良いのだ」と言われたが、結局あれは誰だったのだろうか。
というか、あの時間こそ、何だったのだろうか。時間の無駄というのを表現する例えとして、あれ程ピッタリなものはないだろう。
「せめて、もうちょっと年の近い同姓が部隊にいてくれたらなぁ……。
例えば、タバコとか周りを気にせず吹かしたりするちょいワルな兄貴分、とか………はぁ」

そんな全く生産性のない思考を巡らせつつ、エリオは服を脱ぎ終えた。
入浴は一人になれる数少ない時間。解放の時だ。

そんな時間を守ってくれたアリスに心の中で感謝しつつ、浴場のドアを開けた。

「エリオ君〜!」
「なッ!?」
それは鈴のような声であった。だがエリオにとっては地獄の底から響く歌声のようであった。
ありえない。ある筈がない。そう言い聞かせながら、しかし振り返ることは出来なかった。
しかし、現実は無情であった。どれだけ見ないようにしても、相手はエリオの隣にまで来てしまったのだから。
「キ……キャロ!? 何で!? ここ、男湯だよ!?ていうか、ふ……服は!?」
タオルを巻いているだけのキャロの姿をモロに見てしまい、エリオは心臓バクバクの状態に陥り、言葉がかなり怪しくなってしまう。
レでも何とか搾り出したエリオだったが、キャロは何事もないかのように言った。
「女性用更衣室の方で脱いできたんだよ。だからほら、タオルのし――」
「見せなくて良いからっ!!ていうか、何でこっちに来てるの!?」
「女の子も11歳以下は男湯に入っても良いんだって。アリスさんが教えてくれたの」
「あ、ありすさんが………?」
「うんっ!」
その瞬間、エリオはアリスが悪魔のように思えた。
一瞬でも女神のように見えたとか、心から感謝した自分を殴り飛ばしてやりたい。
そして無邪気な笑顔を見せる子悪魔はエリオの手をしっかと掴んだ。
「じゃあ、早く入ろ?」
「…………うん」
もう、エリオの逃げ場なんて何処にもなかった。








「相変わらず、なのはってスタイルのバランスが良いわね〜」
「そうかな? 鍛えてるから……かな? でも、アリサちゃんだってバランス良いよ」
「フェイトちゃんの肌、やっぱりスベスベだね」
「す、すずか……くすぐったいよ」
「ティア、あっちのお風呂入ってみよっか? キレイだよ〜!」
「あ、ホントだ。じゃあ、行ってみましょう」


アリスが浴場に足を踏み入れると早速、風呂を堪能する様子が飛び込んできた。
まずは体を洗おうと、適当な所に腰を据えて蛇口を撚る。
シャワーヘッドを手にして、全身隈無くかけ湯をした。
「あれ? アリスさんって使い方、分かるんですか?」
「え……?」
隣から聞こえた声に振り向いてみると、そこにはエイミィの姿があった。
そして、アリスの顔を見てビックリしたように、軽く目を見開いた。
「えぇ。こういった施設は何度か使った事があるので、大体は………どうかされました?」
理由は分かっているが、アリスは敢えてエイミィに尋ねた。
「いや、その……眼鏡取ると印象が随分変わるなぁ〜、て……」
エイミィは歯切れ悪く、苦笑いを浮かべて答えた。
「ストレートに、この顔が気になると言って下さい。フェイトちゃんにも言われてますから」
「えっ……フェイトちゃんが?」
「えぇ。何かお母さんに似ているとか……私も前に言われた事ですし、気に病まなくて良いですよ?」
「え? いや、どっちかと言うと、フェイトちゃんに似ていると思うんだけど……?」
「え゛っ? そ、そうですか……?」
「うん。何て言うか……3Pカラー?」
「格ゲーの同キャラ対戦ですか?て、3P? 2Pじゃなくて?」
「いや、2Pは昔いたから……青い子が」
「はぁ……」
エイミィは何とも言えない表情をしていたので、これ以上聞くのは躊躇われた。


体を洗い終え、皆は湯船に浸かる。
「う〜〜〜ん! やっぱりこう、無駄に大きいお風呂って素敵ね〜〜〜♪」
目一杯手足と体を伸ばし、アリスが恍惚の溜息を漏らす。
「………ちょっとフェイト。こっちに来なさい」
アリサがフェイトを呼ぶ。何だろうかと行ってみると、いきなりガシッ、とフェイトは肩を掴まれた。
「えっ?」
アリサはフェイトに有無を言わさず、くつろぐアリスの横に押しやった。
「え、何……?」
横並びにされた二人を、一同が凝視する。
戸惑うフェイトを余所に、アリスは呑気にタオルを頭に乗せたりしている。
「……似てるわね」
アリサが言う。
「本当、そっくりだね……」
すずかが吃驚して息を飲む。
「………」
アリスの眼鏡を外した顔を見た事のあるなのはでさえ、こうして比べてみると驚くことしか出来ない。
初見の面々の驚きは殊更であった。

「……はっ!? こ、これはまさか……っ!!」
その時、はやてが何かに気付いた。
「はやてちゃん……?」
鬼気迫る表情でザバザバとお湯をかいて進むはやてに、シャマルが声を掛けるも、彼女の耳には届かない。

そしてはやてはアリスの前に来ると―――


むにゅっ。


――― 思いっきり、アリスの胸を揉んだ。
瞬間、緊迫していた面子が、ガクリと崩れ落ちた。

「おうっ!?こ、これは……!!」
当の本人はそんな事を気にもせず、アリスの胸にご執心だ。
「形も見事で、この張り、しかして柔らかく……何よりこれは……フェイトちゃんよりも大きい!?」
「何でフェイト隊長のサイズを知ってるんですか!?てか、触っただけで分かるんですか!?」
「甘いでティアナ!!私は皆のバストサイズアップに貢献してきとるんや。それぐらい把握しとるわ!!」
「最低な事を堂々と言わないで下さいッ!!」
ティアナがツッコミを入れるも、しかしはやての手は止まらない。

「……はやてちゃんは、自分のバストアップには貢献しなかったの?」
「――ッ!?」
アリスがポツリと零すや、はやての手がピタリと止まった。
「私の胸が何故、こうも大きく美しいのか……分かるかしら?」
「………」
問いかけに、沈黙で答えるはやて。それを否と受け取り、アリスが続ける。
「偉大なる先人は、こう言い残された……『汝 隣人の胸を愛すが如く 己が胸を愛せよ』と……。
この胸はいわば、私の空よりも広く海よりも深い、(胸に対する)愛の表れなのよ!!」
ざっぱーん!と、荒れ狂う日本海の白波を召喚し、アリスは高々と拳を突き上げた。
「「おぉ〜〜〜っ!!」」
アリスの振るった熱弁にはやて、そしてスバルが感嘆の声を上げた。



「………バカばっかだな」
ジャグジーに浸かるヴィータが、ポツリと呟いた。






「そういえば……キャロは何処行ったんだろ?」
今更ながら、フェイトはキャロがいないことに気付いた。
これだけ目の前で馬鹿な事をされれば、忘れてしまうのも無理ない事なのかも知れないが。
「二人ならきっと、外の露天風呂に居るんじゃないかしら?」
アリスが指差した所には、外へと出る扉がある。
「露天風呂ですか? じゃあ、ちょっと見に行ってきます……って、二人?」
フェイトは湯船から立ち上がり、扉へと向かった。


「……てか、何で露天風呂に?」
アルフが素朴な疑問を口にする。
「キャロちゃんは男湯に行ったの。で、エリオ君的にはそれはそれで気まずいでしょうね……いくら本人が気にして無くても」
「ふむふむ」
「では、どうするか? 比較的人目に付かず、かつ男性のいない場所……露天風呂(当然女湯)に行くだろう、と……」
「………どんだけ行動予測完璧なんですか」
ティアナは、フェイトが開けた扉の向こう側に見えた二人の姿に、呆れ気味に呟いた。




恥ずかしげにうつむくエリオの手を引っ張って、キャロがゴキゲンな様子で帰ってきた。
「どう、色々話せたかしら?」
「はい、いっぱい話せました! アリスさん、ありがとうございます!!」
「……僕はもの凄く色々と、言いたい事があるんですけど?」
「まぁまぁ。フェイトちゃんに髪、洗ってもらうんでしょう?キャロちゃんは私が洗ってあげるわ」
「ありがとうございます、アリスさん」
不服そうにするエリオをなだめつつ、アリスはキャロと共にシャワーへと向かった。
「じゃあ、エリオ。私達も行こうか?」
「えぇっ!? いや、自分で洗えますか…………あの、そんな顔しないでくださいっ!!」
エリオは何とか断ろうとするも、フェイトの寂しそうな表情に、エリオは泣きそうな声を上げた。








「しかし、賑やかやなぁ〜」
「なんて言うか……部隊って言うより、クラスメイトみたいな感じだね?」
「確かに。それは言えてるかもな〜」
賑やかしい面々を見て、自然と笑みを零すはやてとすずか。
「事件も早く解決して、平和にせんとな。皆が真っ直ぐ、自分の夢に辿りつけるように。それが、この部隊を立ち上げた私の責任やからな……」
「はやてちゃん……無理だけはしないでね?」
「あはは……部隊長なんやし、無理は付き物やで?」
心配するすずかに、しかしはやては笑って返した。

(無理ぐらい……それぐらいせな、申し訳立たんよ)
はやては目を伏せ、そんな事を心の中で呟いた。






















風呂で、すっかりリラックスモードになった一同であったが、事態は急変する。
キャロとシャマルのデバイスが、ロストロギアの反応を捉えたと警告を発したのだ。

民間人であるアリサ達と別れ、至急、現場へと向かうフォワード陣。
ティアナが幻術、オプティックハイドを発動。シャマルとリイン、はやての姿を消し、そのまま三人は空に上がる。
「このまま空から、結界内に閉じ込めるわ! 中で捕まえて!!」
『――ハイッ!!』
四人が気合の入った返事を聞き、はやては号令を発した。
「ほんならスターズ&ライトニング……出動や!!」
『了解!!』







先行した三人によって結界が展開され、幾何学模様の空が周囲から侵入を許可された者以外が消し去る。
そこは、サッカーゴールや野球用ネットなどのある河川敷であった。

「第一戦闘空間を河川敷、グラウンドに固定!」
「スターズとライトニング、目標とエンゲージ!!」

緊迫する瞬間。その時、新人達が見たものは――― ポヨンポヨン。


「な、何これ……?」
「ポヨポヨ……スライム?」
楕円球状をした半透明な柔らかめな存在が、グラウンドで跳ねていた。何体も。
「ちょっと、可愛い……」
ポヨンポヨンと跳ねる様が、キャロの琴線に触れたようで、少し好奇心をそそられた表情をしていた。
「これ、全部が本体なんですか……?」
『いや。危険を感じると複数に分裂してダミー体を増殖するんや。でも、本体は一つだけやから、それを叩けばえぇ』
『本体を封印すれば、ダミーは全て消滅するです』
『放っておけば本体から離れたダミーが町に拡がりかねん』
『空戦チームは拡がったダミーを回収する。そっちはお前らがやってみろ』
『忘れないで。素早く考えて、素早く動く、だよ?』
『練習の通りでいける筈だから……頑張って?』

『はいッ!!』
なのは達からの指示、応援を受けて、フォワードメンバー四人が戦場に躍り出た。







その様子を、現場より少し離れた所から、アリスは見守っていた。
「あ〜、これはなかなか苦戦かしら?」
スバルが繰り出した一撃は、弾性の強い体に弾かれてしまった。
そしてエリオのストラーダも、刺突、斬撃、共に弾かれてしまう。
フリードの炎も、ティアナの魔力弾も効果が無い。

危険度の低いロストロギアであるが、イコールその能力が低いという事ではない。

アリスが目を通した資料には、ロストロギアの性質が事細かに記されていた。
攻撃能力が殆ど無い代わりに、防御能力がとても高いのだ。
今のフォワードメンバー単体の攻撃力では、とても突破できないだろう。

ふと意識を空に向けると、はやて達の声が聞こえてきた。
「新人達、悪くない動きよね。入隊当時から比べたら別人みたい」
「なのはちゃんの教導の成果かな?」
「ヴィータちゃんも最近は教導、頑張ってくれてるです」
「うん、いい感じやな……」
何処か満足気なはやて。アリスは思わず頭を抱えてしまった。

(なんて微妙にズレた事を言ってるのかしら……?)
たしかに、個々の能力向上は教導の成果である。
だが、個人訓練と模擬戦の繰り返しで基礎を叩き込む中で、なのはは戦術理論を教えていないのだ。
それは空戦型であるなのはと、地上型であるスバル達とでは、全くスタイルが異なる為である。
空戦の理論は地上戦では意味を成さない。
それ故に、戦術の組み立て、理論を独自に考え、実践しているのは―――ティアナなのだ。

スバル達が悪くない動きをしている理由はティアナが、チームがどう動けば良いかを確実に判断しているからだ。

その経験を導いているのは、なのは達との模擬戦である以上、外れているとも言い難いのである。








そうこうしている内に、スバルとエリオがロストロギアを囲むように動きだした。拡がろうとするスライム達を弾き、その場に留めさせる。
それは間違い無く、ティアナの指示である。
現場指揮官として、彼女はその才能を発揮しつつあった。

「――ッ!」
見守るアリスの背後から、スライムが一体飛び出してきた。そのままアリスめがけて落下してくる。
“Wand Form”
「せいッ!」
その手に出現した特異な形の杖で、それを一蹴。スライムは塵となって消滅した。
「この状況、どう覆すのか………見せてもらうわ」








まるで、羊を追い込む牧羊犬の如く動くスバルとエリオ。その合間を狙ってティアナが一体一体に射撃を撃ち込んでいく。
やがて、一体だけ攻撃を受けた時の反応が違う物を発見する。
「あいつだけ反応が違う……あれが本体ねっ!!」
「捕まえます。錬鉄召喚、アルケミックチェーンッ!」
本体の真下にピンクの召喚魔法陣が出現し、そこから幾本もの鎖が、まるで意思を持っているかのように本体目掛けて襲い掛かる。
だがそれは、突如として現れた光の壁によって遮られてしまう。
「バリア展開……っ!?」
「意外と出力が………ぅうっ!?」
拮抗する鎖とバリア。だが徐々に、鎖に亀裂が走りだした。
「不味い……このままじゃ、逃げられる!?」
ここで逃げられれば、本体をロストする可能性は極めて高い。ダミーに紛れられてしまったらお終いだ。


その状況で二人が動いた。
「エリオ、アサルトコンビネーション……行くよ!!」
「はい、スバルさんっ!」
“Explosion”
エリオのデバイス、ストラーダがカートリッジを爆発させる。刀身に雷電をまとい一気に突撃する。
「マッハキャリバーッ!!」
“Load Cartridge”
スバルの両足に装備されたデバイス、マッハキャリバーがリボルバーナックルに装填されたカートリッジを爆発させる。
リボルバーナックルに装備された歯車状のパーツ、ナックルスピナーがすさまじい勢いで回転を始めた。
「うぉりゃあああああああああっ!!」
裂帛の気合と共にスバルが突撃する。そしてその横を、バーニアを噴射してエリオが飛んだ。
「「ストライク……ドライバーッ!!」」
繰り出される拳、そして槍。それらは同時にロストロギアの展開したバリアに打ち込まれた。
錬鉄の鎖と拮抗していたバリアは、それに耐えられずに砕け散る。
「バリア破壊っ! クロスミラージュ、バレットSッ!!」
“Load Cartridge”
カートリッジを爆発させ、封印弾を構成する。
「我が乞うは捕縛の檻。勇前の射手の弾丸に封印の力を……!」
“Get Set”
オレンジの封印弾に、ピンクの光が混じっていく。
「「シーリング……シュートッ!!」」
ティアナがトリガーを引いた瞬間、弾丸は二色の残光を放ちながら、一直線にロストロギアに向かっていった。

バリアを失ったロストロギアはそれの直撃を食らう。弾丸が撃ち抜いた瞬間、周囲にいたダミー達は、瞬く間に姿を消していった。
「やった! 封印成功だ!!」

それはモニターで見守りつつ、ダミーに対処していたシグナム達の所でも起きた。
「ふぅ……終わったか」
ヴィータはグラーフアイゼンを担ぎ、自体の終息に安堵する。
「……なかなか、悪くない」
シグナムは少しだけ口元を歪ませ、レヴァンティンを鞘に納めた。





「………よし、動作停止確認。完全封印処理しよか……シャマル?」
「はい。すぐにしますね」
はやての指示を受け、シャマルが現場に降りようとした時、声が掛かった。
『あの、すみません八神部隊長、シャマル先生……?』
「キャロ……なんや?」
『完全封印、わたしがやってみても良いですか? 練習しておきたいんです』
「うんうん、いい心掛けです」
そう申し出るキャロに、リインは腕組みしてウンウンと頷いている。
「じゃあ、ここから見てるから……やってみて?」
『はいっ!』
シャマルの許可を得ると、キャロはいそいそと封印準備に取り掛かった。





その様子を見ていたフェイトは、ふと呟いた。
「ロストロギアの封印っていうと……なんだか昔を思い出すね」
「そうだね……フェイトちゃんがすっごい無茶な事してたのが、ついこの間みたいだよ」
「うっ……そんな事を言いたいんじゃないのに……」
思い出されるのは、ジュエルシードをめぐる日々。まっすぐに向き合う事を知った大事な時間。
それを教えてくれた――― 一人の少年の事。
『えっと………よし、封印できました!』
『じゃあ、わたしが確認するです』
『お願いします!』

フェイトが思考を巡らせている間に、キャロは封印を終えていた。リインがその側に向かっていくのが見える。
「今日の事……後でユーノ君にメールしておこうっと」
「―――うん、そうだね。きっと喜ぶよ……」
消えてしまった影を想いつつ、フェイトは、なのはにそう答えた。

河川敷に吹く風は、とても冷たかった。














「……そう。もう、帰っちゃうんだ」
「一晩ぐらい泊まってけば……って訳にも行かないか」
待っていたアリサ達に、はやてはすぐにミッドに帰る事を伝える。残念そうな顔をするすずかとアリサに、はやても再度頭を下げた。
「本当にごめんな。出来るならそうしたいんやけど……向こうを空けとくのも出来んし」
「本当にごめんね……せっかくなのに」
「今度来る時は休暇で遊びに来るから……」
「うっさい。このワーカーホリック!!」
「にゃっ!? 何で私だけ!?」
一緒に謝ったフェイトと態度が違い、なのはが軽く涙目になる。
「なのはちゃん、四年前以降、休暇殆ど取ってないでしょ?」
すずかの笑みに、なのはの表情がひきつる。
「いや、それだったらフェイトちゃんだって……!」
「フェイトはアンタと違って休暇取って、こっち来てるのよ」
「ウソッ!? 本当なの、フェイトちゃん……!?」
裏切られたとばかりに詰め寄るなのはに、フェイトは苦笑う。
「一応……でも、最後に来たのは一年半ぐらい前で………な、なのは?」
「裏切られた……フェイトちゃんもきっと一緒だって思ってたのに………ぐすん」
イジイジとといじけるなのは。フェイトはどうしたら良いか分からず、オロオロとする。

「じゃあ、その時を待ってるからね」
「今度は家にも遊びにおいで。カレルとリエラも待ってるから」
「はい、是非に」
美由希とエイミィにはやては笑顔で答える。なのは達の事は華麗にスルーして。







皆が撤収の準備をしている間、はやては報告の為に通信を繋げていた。
「―――という事で、封印したロストロギアは今夜の内に、シグナムがそっちに運んでいくから」
『お疲れ様、はやて。今回の迅速な解決……部隊にとっては順調な実績よ』
通信の相手は聖王教会のカリム・グラシア。そしてその後ろに控えるシスター、シャッハ・ヌエラ。
『騎士シグナム。私が途中まで、お迎えにあがりますね』
「はい。ありがとうございます、シスターシャッハ」
シグナムはその申し出に、軽く頭を下げる。

『……はやて。少しくらい寄り道とかしてきても良いのよ? 行きたい場所とか、会っておきたい人とか、いるんじゃない?』
すぐに帰ると言ったはやてに、カリムは少しだけ寂しい顔を見せた。

これから、色々と無理をさせてしまうだろう妹のような存在に、せめて一時の帰郷をと、カリムはそう思ったのだ。

「“寄り道”なんて、してる時間は無いよ」
だが、はやては小さく首を振った。

「帰りたくなったら、何時でも帰れるし、それに友達にも会えたから……」
この海鳴市で親しくした人は多い。だが、そんな人達と会うには時間が足りない。
何より、全てを終えた後、その時にこそと決めている。

本当に逢いたい相手はいないが、代わりに親友とは会えた。今はそれだけで良い。

「それに私の帰る場所は……私達の部隊『機動六課』やからな……」
そう言って、はやては笑ってみせた。
『………うん』
そしてカリムも、微笑を返したのだった。









「……?本局捜査部からメールが来てる。スカリエッティに関する調査報告と、新しい任務の依頼……?」
「あ、こっちにも来てるです」
リインがそれをフェイトに見せる。
「私とはやてに同報で来てるね……一体、何だろう?」
フェイトは早速、それを見てみる事にした。











「あれ、ティアどうしたの? せっかく任務完了したのに……何でご機嫌斜めなの?」
荷物を持ったところで、スバルはティアナの様子に気づいた。
眉を潜め、どこか憮然とした表情。それはティアナの機嫌が悪い時のものであると、すぐに分かった。
「いや………今回のアタシ、どうもいまいちね……」
バッグのファスナーを閉じ、ポツリと零す。
「そんな事ないと思うけど……?」
それを聞いたスバルは首を傾げた。
ティアナの指示は的確で、実際にその指示があったからこそ、任務は達成できたのだ。
何をどう思っていまいちと言うのか、スバルには分からなかった。

「もし隊長達や副隊長達なら……それこそ、一瞬だったろうなって……」
「う〜ん……それは確かにそうかも知れないけど………」
ティアナの言った事は合っているとスバルも思う。だが、何かが違う気がした。
「でも、ティアだって進歩してるよ? だから……大丈夫だよ!」
何が違うのか分からず、スバルにはそう言ってやる事しか出来なかった。
「うん………ありがと」
スバルの言葉に、ティアナは歯切れ悪く返す。


と、コテージのドアが開き、なのはが入ってきた。どうやら立ち直ったらしい。
「あ、片付けはもう終わったね」
その後ろからヴィータも入ってきた。
「掃除も………よし、綺麗にしてあるな」
お前は何処の姑だと、ツッコミたくなるような事をしてコテージ内を確かめ、ヴィータは満足そうに頷く。


奥の方にいたエリオとキャロも呼び、四人を整列させる。
「今日の連携は良い感じだったよ」
「……ま、まだ甘い所も多いけどな」
「それでも、ちゃんとやれてた……この調子だよ」
「「「「ありがとうございますっ!!」」」」
なのはからの及第点をもらい、四人は一斉に礼をした。
「明日も朝から練習だからね……頑張っていこう?」
「「「「ハイ――ッ!!」」」」
「うん。それじゃ、鍵かけるから外に出てくれるかな」


なのは達は踵を返してドアへと向かう。その後を荷物を持ったスバル達も追うように歩く。
その場に留まったまま、ティアナはそれを見送る。


なのはがドアを開け向こうに消える。ヴィータがその後ろに続き、そしてスバル達も。

それは、今の自分を見せつけられているような光景だった。


隊長陣は誰もが実力、経験、才能、地位、全てを持っている。
そして新人メンバーも戦闘員、非戦闘員拘らず誰もが将来を期待されている、豊かな才能と、可能性を秘めた金の卵。


(遠い………何もかもが遠い……)


魔力も平凡。突出した才能も無い。あるのは多少自信のある射撃と、使い手が殆どいない幻術ぐらい。

だがそれも、射撃はなのはにも、今は亡き兄にも遠く及ばない。
幻術も魔力を食う割に、使用中は動けず、長時間、広範囲の維持は魔力が足りずで、使い勝手は悪い。


だが、それでも。

ティアナは進む事を諦める訳には行かない。
兄の汚名をすすぐ為にも、才能を努力が必ず超えると信じて。



ランスターの弾丸が、何者を撃ち抜くと証明するために。


「――ほら、ティアナ。早く出ないと閉じ込められちゃうよ?」
「―――はい。今、行きます」
その為に、追いついてみせる。その背中に。

ティアナは一歩を踏み出した。










「………はぁ」
アリスは溜息を吐いた。
これからを思うとそれも仕方ない。

視線の先にいるのはティアナ。
その彼女の体に、わずかに見える黒い影。
(ティアナちゃんの心が陰に傾いてる………六課に来た時よりも)

アリスが六課に来た時感じたトラブルの火種。その一つがティアナから感じる陰氣であった。
僅かとはいえ、視認できるそれは必ず六課に、其れ以上にティアナ自身に不幸を呼ぶだろう。


(未来ある才能を無くす訳には行かないわよね……何より、彼女達の夢の為にも)
アリスは空を見上げる。
「………未来のない“亡霊”なんだから、せめてそれぐらいは頑張ってみますか」

アリスはパチンと頬を叩き、足元のバッグを持ち上げた。



「シスター、早くして下さいーっ!!」
「あぁ、ちょっと待って!!」
そして、慌てて転送ポートへと走っていった。
























薄暗い室内。
室内と言うには、ゴツゴツとした岩肌がそこらじゅうに見える。どこかの洞窟のようだ。
その中で三つばかり開かれたモニターの前に、白衣を着た多少ボサッとした髪の長い男が立っていた。

「ふむ……これはなかなか、面白そうな物があるじゃないか」
男はモニターに映った物に、興味をそそられたように呟く。

「……ドクター?」
背後のドアが開き、ロングヘアーの女性が入ってくる。
「ウーノ、どうかしたのかい」
男にウーノと呼ばれた女性は、ドクターと呼んだ白衣の男の隣まで進む。
「これは……今度行われるオークションで出品される、ロストロギアですか?」
「あぁ。殆どはガラクタ同然の品だが、一つだけ面白そうな物があるんだよ」
「ですが、ここには例の――」
「――機動六課が、警備に就くのだろう?」
「……ご存知でしたか」
余計な事を言ったと、ウーノは頭を下げる。
「構わないよ。それより、何か報告があるんじゃないのかい?」
「はい。最終制作機用強化フレームの調整が終わりました。後は最終調整を残すのみです」
「そうか。あのシステムは強力だが、問題も多いからね……念入りに頼むよ」
「了解しました、ドクター」





















転送を終えたフェイトとはやては、早速メールを確認する。
スカリエッティに関しては、余り進展はないらしい。
そして、もう一つは。
「……えっと、オークション警備任務の依頼?」
「ロストロギアを狙ってガジェットの襲撃の可能性あり、か。場所は……」


「「………ホテル・アグスタ」」



次なる戦いの舞台は、深緑の迷宮―――― ホテル・アグスタ。


























ということで拍手レスです。遅くなってしまい申し訳ありません(平身低頭)




※犬吉さんへ 
アリスがいい感じに周りを振り回してますね。
ただ残念に思ってることは・・・、連音がラブコメに巻き込まれるのが見たかった!!(え〜


感想ありがとうございます。
彼女のスタンスはこんな事やりながらも、いつの間にか多くの人間に繋がりを持っていくことです。
そんな彼女にもシリアスな一面は当然あります。これからきっと出るでしょう。

連音がラブコメ………現在行方不明中なので、ご期待に添えず申し訳ない(エー




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