魔法少女リリカルなのはStrikerS ファントムアリス
アリス・ノーランドの存在が、機動六課に様々な波紋を起こす。
それは、過去の残影を映し出す鏡のよう。
そんな中で下された機動六課の次なる任務は、地球の海鳴市に落ちたロストロギアの回収。
そこは奇しくも、隊長達にとって縁の深い場所であった。
否が応でも過去を思い出すその町へと、彼女たちは向かう。
魔法少女リリカルなのはStrikerS ファントムアリス
第三話 海鳴る町へ(前編)
午前。六課の隊舎屋上に在るヘリポートに、ローター音がけたたましく響く。
そんな中に、幾つもの人影があった。
「しっかし、海鳴の町に行くんも何年ぶりやろなぁ〜」
「はやてちゃんは、こっちに引っ越しちゃったからね。私も、もう何年も帰ってないかな……」
「なのはちゃん、休暇はしっかりと消化しような?人事部にせっつかれるんは御免やで?」
地球へは転送ポートを使って向かう。そして転送ポートまではヘリを使って移動する為、フォワード陣は皆、屋上に集結していた。
全員、管理局の制服ではなく私服姿。足元には、着替えなどの入ったリュック、ドラムバッグが置かれている。
「異世界への出張かぁ〜。管理外世界って初めてだな〜♪」
「スバル、任務ではしゃぐなっ!全く……エリオとキャロを少しは見習いなさい!!」
ティアナが視線を送った先には、管理外世界に行く際の注意事項を熱心に読む二人の姿。
「……あたし、童心って大切だと思うんだ」
「童心しかないあんたは、少しは捨てなさい」
「ティアに酷い事言われたーッ!!」
心底ショックだと言わんばかりに、頭を抱えるスバル。
そんな二人の様子を、呆れ半分で見ている者がいた。
「あいつら……もうちょっと緊張感を持てよな」
「そう言うな、ヴィータ。今からガチガチでは,身がもたんさ」
「それはそうだけどさ………」
「うん? どうかしたか?」
まだ何か言いたげなヴィータに、シグナムは首を傾げる。
「……あれ」
ヴィータが指差す方に振り返る。そこにいる人物を見て、「あぁ、なるほどな」と納得した。
「いや〜、良い天気!絶好の出張日和で良かったですね〜!」
ロングヘアーをアップに纏め、白のTシャツにジャケット、デニムのミニスカートにブーツという出で立ちの女性。
健康的な印象を与えるであろう出で立ちであったが、しかしそのスタイルが強調され、異様な色気を感じさせる。
「何で、あれも一緒に行くんだよ………意味分かんねぇし」
ヴィータがボソリと呟く。
「仕方あるまい。騎士カリムからの指示で、同行する事になったそうだ」
「それは聞いてるけどよ……」
「……なんだ?」
「―――何でもねぇ」
ヴィータは足元の荷物を持ち上げると、一足先にヘリに入ってしまった。
その様子に、シグナムはまたもや首を傾げたのだった。
ありえねぇ。
それがヴィータの第一声だった。
今はヘリの中。新人四人に、隊長陣四人。そして、はやてとシャマルとリインU、フリード……はケースの中であるが。
そしてアリスと、計十二人と一匹。
流石は最新型のJF704式。多少詰めるものの、これだけ乗っても全員がきっちりと座席に座れる。
では、何がありえないのか。
その答えは、彼女の隣に座る人物にあった。
ヴィータの座った場所は、入り口から見て左奥。一番先に乗った彼女は荷物を置くと、他の面々を待っていた。
少ししてから、いよいよ他のメンバーも乗り込んできたのだが、ヴィータの隣りに座ったのが何の因果か、彼女が今、最も嫌っている人物であった。
「どうしたんですか、ヴィータ三尉? そんなに怖い顔をして……」
「何でもねーです。怖い顔なんてしてねーですから、話しかけんな」
「………?」
てっきりなのはかはやてか、もしくはシグナム辺りだろうと思っていたのに、よりにもよって、座ったのはアリス。
それに気付いて移動しようとするも、他の面子も乗ってきて座ってしまい、結局、そこに座っているしかなくなってしまったのだ。
アリスも、腕を組んでそっぽを向いてしまったヴィータが、何故そこまで不機嫌なのか分からず、首を捻った。
とはいえ、触らぬ神に祟りなし。一先ず、彼女の件は置いておく事にした。
「この間、皆の故郷の話をしたばっかりで……何か、不思議なタイミングですね?」
「あはは、ホントだね」
「えっと、第97管理外世界……文化レベルB」
「魔法文化無し、次元移動技術無し……て、魔法文化無いのっ?」
キャロの脇から見ていたティアナは、これから向かう世界―――地球に関する情報を見て、首を傾げた。
「魔法文化無いよ。うちのお父さんも、魔力ゼロだし」
スバルが横からティアナに答えた。
「スバルさんは、お母さん似なんですよね?」
「うん」
「いや、そうじゃなくて……何で魔法文化の無い世界から、なのはさんや八神部隊長みたいなオーバーSランク魔導師が?」
地球はなのは、はやてというエース級魔導師の出身世界。それなのに次元移動技術はともかく、魔法文化さえもない。
その事が、ティアナにはおかしく思えた。
「それは突然変異というか、たまたま……みたいな感じかな?」
「っ!? す、すみません……!!」
その疑問に答えたのははやてだった。ティアナは驚きと共に反射的に謝ってしまった。
「えぇよ、別に」
そんなティアナに、はやてはクスッと笑って返す。
「私もはやて隊長も、魔法と出会ったのは偶然だしね」
「なぁ」
話に入って来たなのはとはやてが、顔を見合わせて笑った。
「では、私がリンカーコアのちょっとした不思議を襲えてあげましょう」
「アリスさん? 何ですか、リンカーコアの不思議って……?」
「その前にエリオ君。リンカーコアとは何でしょうか?」
「え、えっ? えっと……魔法の源で、大気中の魔力素を取り込んで、放出する器官……ですよね?」
質問に質問を返され、戸惑いながらもエリオは答えた。
「正解。じゃあ、このリンカーコアには、二つの種類があるのは知っているかしら?」
「二つの種類……?」
「一つは先天的……つまり遺伝によって受け継がれ、生じたもの。皆はこれに当たるわね。
そしてもう一つ。これはさっき、八神二佐が言っていた突然変異……つまりは後天的に生じたコアの事よ」
「後天的にって……そんなのあるんですか?」
キャロが驚き混じりに尋ねてくる。
「普通はないわ。でも極稀に、本来はコアを持たない種に突然生まれる事があるの。
それが最初から有ったものか、それとも覚醒と共に生成されたものかは分からないけどね……謎が多いのよ、リンカーコアって」
「はぁ……」
「でも、一つだけハッキリしていることがあるわ」
「何ですか?」
「後天的に発生したリンカーコアは、先天的なものよりもずっと強い、もしくは特殊なものになるって事よ」
「へぇ〜。じゃあ、なのはさん達が凄い魔力を持っているのも、そういった事が関係しているんですね!」
「にゃはは……スバル、ちょっと落ち着こうね」
シートベルトをしているのに、身を精一杯乗り出すスバルを押し戻して、なのははアリスの方を向いた。
「シスターアリス、随分とお詳しいんですね?」
「知識は得ても荷物にはなりませんから。それよりも、リイン曹長はどうなさるんですか?」
「え……あぁ、それなら大丈夫ですよ。ほら」
なのはが振り返ったので、アリスもそっちを見てみた。
「はい、リインちゃんのお洋服」
「わぁ。シャマル、ありがとうです」
シャマルに折り畳まれた服を差し出され、リインはニコニコと笑顔を浮かべている。
「あれ? リインさん、その服って……」
「これは、はやてちゃんのちっちゃい頃に着ていたののお下がりです」
「でも、それ……普通のサイズですよね?」
「……? あぁ、フォワードの皆には見せた事が無かったですね」
「「「「……?」」」」
リインは一人納得し、フォワード陣はまたしても首を傾げた。そんな彼女らを余所に、リインはコマンドを起動させる。
「システムスイッチ。アウトフレーム、フルサイズッ!」
「えっ!?えぇええっ!?」
驚く面々の前でリインの体が光に包まれるや、一瞬でその姿が大きくなった。
「一応、これ位のサイズにも成れるですよ?」
「デカッ……!」
「いや、それでもちっちゃいけど……普通の女の子サイズ?キャロやエリオぐらいかな?」
「向こうの世界にはリイン曹長サイズの人間も、ふわふわ飛んでる人間もいない………かな?」
「アリスさん、何で最後に疑問系ですかっ!?」
「いや、一応……ミッドにもいないと思いますけど?」
「……はい」
「ところでリイン曹長。何でいつもは小さいままなんですか? そっちの方が便利そうなのに……」
スバルが尋ねると、リインは肩を竦めながら答えた。
「そうなんですけど……こっちの姿だと燃費と魔力効率があんまり良くないんですよ。コンパクトサイズの方が楽チンなんですよ♪」
「なるほど〜」
「……スバル、あんたもコンパクトサイズになりなさい。ちょっとは燃費が良くなるわよ?」
「ティア、ちょっと酷くないッ!?」
そうこうしている内にリインは着替えを済ませ、(当然、エリオはあっち向いてホイ)ヘリは目的地へと順調に近付いていた。
「八神部隊長。そろそろ――」
シグナムが現在地を確認し、はやてに声を掛ける。はやては頷いて返すと、なのは達に向き直った。
「ほんなら、なのは隊長、フェイト隊長。私と副隊長達は、ちょう寄る所があるから……」
「うん」
「先に現地入りしとくね」
ヘリはそのまま静かにとあるヘリポートに着陸し、はやて達がベルトを外して立ち上がった。
「「「「――お疲れ様です!!」」」」
「は〜い」
元気良く新人達が返事をすると、はやては軽く手を振って返し、開けられたランプドアから出て行った。
はやて達が降りるとヘリは再び飛翔し、今度こそ目的地である転送ポートまで向かうのだった。
眩い光が世界を染め上げる。
足元から地面が消えると同時に襲ってきた、モゾモゾとする様な浮遊感に、思わず身を震わせてしまう。
どれ程の時間そうしていたのか。数秒か、それとも数分だろうか。
「―――んっ」
やがて足元に地面の感触が帰り、柔らかな触感が伝わってきた。
瞼の上からも伝わる光が薄らいでいくのを感じ、四人は目を恐る恐る開いた。
「はい、到着です!!」
「―――うわぁ」
四人の目に映ったのは一面の緑と天を彩る蒼、そして陽光を受けて煌めく湖。鼓膜には優しげな鳥のさえずりが届く。
湖畔には丸太で組まれた木造のコテージがある。
「此処が……?」
「なのはさん達の………故郷?」
「そうだよ。ミッドと余り変わらないでしょう?」
後ろからなのはの声がして、ティアナ達は振り返る。
「そうですね……空は青いし、太陽は一つだし………」
「ティアナちゃん、どんな場所を想像していたのかしら? アリスお姉さんに教えてごらんなさい?」
「えぇっ!? べ、別に変な想像なんてしていませんよッ!?……なんで「分かってるから大丈夫よ」みたいな顔して肩を叩くんですか!?」
アリスにすっかり誂われているティアナを尻目に、元々自然保護隊にいたキャロは、この雰囲気に懐かしいものを感じていた。
「山と水と……自然の匂いもそっくりです」
「キュク〜ッ!!」
フリードも思いっきり翼を広げ、この自然を満喫している。
「湖、綺麗ですね……すごい」
エリオは目の前の湖に目を奪われていた。本局の施設育ちのエリオにとって、湖を見るのはこれが初めてだった。
隊舎から望む海とは違い、静けさと気品のような佇まいを覚えさせる湖は、新鮮な驚きであった。
「というか……具体的に、ここはどの辺なんですか?何か、湖畔のコテージって感じですけど……」
何でこんな場所に転送されたのか。戸惑うあまり、見たまんまの事を聞いてしまうティアナ。
「ここは、現地の方がお持ちの別荘なんです。捜査員待機所としての使用を、快く許諾してい頂けたですよ」
「現地の方……?」
キャロがどういう事だろうかと小首を傾げた。
「現地の方……つまり現地協力者の事よ。管理外世界では文化の違いなどから戸惑うことも多いから、現地の人間の協力を仰ぐケースがあるの。
今回は、時間的に急だったし………多分、なのはちゃんかはやてちゃん、もしくは共通の知人……って感じかしら?」
「なるほど………ん、エンジンの音?」
アリスの説明に頷くキャロの耳に、エンジン音が届いた。それはすぐに全員の耳に届き、皆は湖畔の左側――切り開かれた山道を見やった。
やがてそこから、一台の車―――4WD車が現れた。
「自動車……?こっちの世界にもあるんだ……」
思わず零れた呟きは、きっちりと拾われていた。
「―――ティアナちゃ〜ん、一体どんな世界だと思っていたのかな〜? ほらほら、アリスさんに教えてご覧なさ〜い?」
「ひぃっ!? な、何でもありません!!だから寄って来ないで下さい!!あぁっ! 絡みつくなーーーッ!!」
「―――なのは、フェイトッ!」
車が停車すると、運転席から飛び出すように一人の女性が姿を見せた。
ブロンドの髪をセミロングにした、活発そうな印象を与える彼女を見て、何はとフェイトは感動の声を上げた。
「アリサちゃん!!」
「アリサッ!!」
アリサと呼ばれた女性は二人に駆け寄ると、そのまま両腕を広げて抱きついた。
「何よもう、二人ともご無沙汰だったじゃない!!」
「にゃはは……ゴメン」
「色々と忙しくて……つい、ね」
「アタシだって忙しいわよ!なんたって、大学生なんだから」
「よっ、花のキャンパスライフ!!」
「ふふーん、もっと言いなさい〜っ!」
「もう、二人とも……」
いきなり寸劇のような事を始めたなのはとアリサに、フェイトは苦笑するしかなかった。
「アリサさん、こんにちはです」
「んっ? あら、リイン! 久しぶり。元気だった?」
リインがその空気を全く意に介さず、アリサに声を掛けると、アリサの方もリインに笑顔を返した。
そしてフェイトは、唖然としている四人――何故かアリスは何事ともないような顔をしている――に、気が付いた。
「紹介するね。私となのは、はやての友達で、幼馴染の―――」
「――アリサ・バニングスです。よろしく」
「「「「宜しくお願いします」」」」
フェイトから繋ぐように、アリサが自己紹介をすると、四人が元気良く、しっかりと挨拶した。
「あなたが噂の……お会いできて光栄です、ミス・アリサ。八神部隊長から、その偉業をお聞きしております」
何故かアリスは恭しく頭を下げると、すっと手を差し出した。
「えっと………何の事ですか?」
アリサが戸惑いながらも、差し出された手を握ると、アリスはニッコリと笑った。
「あらゆるボケに烈火の如きツッコミを入れる……第97管理外世界の誇るツッコミの女王、通称バーニングアリサと」
「―――は? …………は、はやてぇええええええええええええええええええっ!!」
自分の知らない所で嘘八百を並べられ、アリサのツッコミが青空に響き渡った。
「なのはッ! はやては何処!? 何処にいるの!?」
グリン、とアリサの顔がなのはの方に向けられると、なのはは思わず短い悲鳴を上げてしまった。
「は、はやてちゃんは別行動で、別の転送ポートを使うと思うから……」
「多分、すずかの所だと思うよ……?」
「そう………フフフ……はやてぇ〜、早く来なさ〜い………」
そう言いつつ、両の指をワキワキとさせるアリサの姿に全員が思った。
(はやて(隊長)逃げてぇええええええええええええっ!!)
時は、なのは達が到着してから少し経った頃。
大きな屋敷を構える敷地内では、猫達が戯れていたが、突然起こった異変に、猫達は一目散に走って逃げてしまった。
地面に描かれたミッド式の魔法陣。光が溢れ、そこに幾つかの影が出現する。
やがて光が収まると、影の一つ―――八神はやてはフゥ、と一息吐いた。
「……ん? あぁ、ごめんなニャンコ達。ビックリさせてもうたな〜」
「猫ちゃん、お久しぶり。元気そうね〜」
シャマルはしゃがむと、一匹の頭を撫でてやった。
「はやてちゃーん!!」
屋敷の方から、はやてを呼ぶ声がした。彼女がそっちを向いてみると、息急き切って走ってくるロングヘアーの女性。
彼女は月村すずか。月村家当主 月村忍の妹で、この屋敷の主。
すずかもまた、アリサと同じくなのは達の幼馴染であり、親友である。
はやては、数年ぶりとなったすずかとの再会に声を弾ませた。
「すずかちゃん!!久しぶりやな、元気だったか?」
「うん!元気元気!!」
「いつもメールありがとうな。あと、ニャンコ達の写真も」
「ううん。はやてちゃんこそ、いつもありがとう……いつも、気を使ってくれて」
「そんなん……お庭の先を転送先に使わせてもらってるんやし……」
月村の屋敷は、町から離れた場所に立っている上、敷地は広大。万が一にもテンスを目撃される事もない、絶好のポイントであった。
なので、そこを快く使わせてくれているすずかに、はやてとしては感謝の言葉しか無い。
「皆さんも、お久しぶりです」
すずかは、はやての後ろに立つ守護騎士にも、笑顔を向け挨拶する。
「ご無沙汰しています」
「お久しぶりです」
それを受けて、シグナムとヴィータが礼を返す。
「うわぁ……すずかちゃん、ますます美人さんになっちゃって〜!」
シャマルは、姉の忍とは違った意味で、見目麗しくなったすずかに感嘆の声を上げた。
「あ……ありがとうございます……うぅ」
そんな事を真正面から言われたもので、すずかは気恥かしさから、首を窄めてしまった。
「今日はお仕事で来たんだよね……? じゃあ、あんまりゆっくりは出来ないんだよね……」
「そうなんよ。まぁ、仕事いうても……失くし物探しなんやけどね」
「頑張って……時間が有るようなら、ご飯とか一緒に食べよう?」
「うん、きっと……!」
「あ、車使うよね? 今、ガレージから出してくるから」
「私も一緒に行くよ。みんなは先に行っとって」
はやては振り返りざまにシグナム達に言った。
「では、先に入り口の方に回っています」
「「は〜い」」
どこか呑気な返事が、二人から返ってきた。
そのままガレージに向かう二人に、シグナムはどこか寂しげな表情を向けていた。
「どうしたの、シグナム?」
「いや……明るく振る舞ってこそいるが………その心中を思うとな」
「……そうね。はやてちゃんもきっと……ね」
見上げた青空は、少しだけ憂いの色を帯びているような気がした。
「―――さて。じゃあ改めて、今回の任務を簡単に説明するよ?」
荷物をコテージに入れると、なのは達は早速打ち合わせに入る。
「捜索地域はここ、海鳴市内の全域。反応があったのは……ここと、ここと……ここ」
空間モニターに映し出された 海鳴市の地図。そこに、なのはが印を付けていった。
「移動していますね……?」
ティアナがそう言うと、フェイトは頷いて応えた。
「そう。誰かが持って移動しているのか、独立して行動しているのかは分からないけど……」
「対象ロストロギアの危険性はまだ確認されてない……」
「仮にレリックであったとしても、この世界は魔力保有者が滅多にいないから、暴走の危険はかなり低い……」
「とはいえ、やっぱり相手はロストロギアだから……何が起こるか分からないし、場所も市街地。油断はせず、しっかり捜索していこう」
なのはが締めると、全員が真剣な面持ちでそれを受け止めていた。それに満足したように、なのはは頷いて返した。
「じゃあ、副隊長達は後で合流してもらうので……」
「私達は先行して出発しよう」
「「「「はいっ!!」」」」
フォワードメンバーが元気良く返事を返した。
「シスターはどうされますか?」
「私は少し寄る所がありますので……市街地まではご一緒します」
なのはが尋ねるとアリスは少し考える素振りを見せ、そう答えた。
さて、コテージから都市部まで、徒歩ではさすがに時間が掛かる。
という訳で、アリサの運転する車に乗り、市内に向かう事になったのだが、その車中、また問題が発生した。
まぁ、問題と言えるのかというと甚だ疑問ではあるが。
全ての始まりは、スバルの一言からであった。
「ところで、海鳴市ってどんな町なんですか?」
「良い所だよ。風は穏やかで、静かだけど、活気があって……」
スバルの問いにフェイトが感慨深く答える。彼女にとって、この町で過ごした時間はとても大きな財産であった。
「そして、多くの怪異に彩られた町よ」
「そう、多くの怪異に………って、えぇッ!?」
思わず同意しかけ、寸前で驚きも表情で振り返るフェイト。同じセカンドシートに座るスバルとティアナも振り返った。
エリオ、キャロと共にサードシートに座っているアリスは、とても可笑しそうにしていた。
「あの、アリスさん……怪異って何ですか?」
アリスに言葉の真意を測りかね、フェイトは恐る恐る尋ねた。するとアリスはやれやれといった風に首を振った。
「怪異というのは超常的、非科学的、その土地に伝わる伝承に基づいたような不可思議な現象、事象の事を」
「言葉の意味を説明して欲しいんじゃありませんからッ!!分かっててやってますよね!?」
「勿論♪」
ニッコリと笑うアリスに、フェイトはやきもきとさせられ、悶える。
「……で、怪異って何ですか?」
「怪異というのは超常的、非科学的、その土地に伝わる伝承に基づいたような不可思議な現象、事象の事を」
「それはもういいですから」
「……ティアナちゃん、天丼を知らないの?」
「……同じボケを二度重ねる事ですか?」
「海鮮物や野菜に衣を付けて、油で揚げたものをご飯に乗せ、そして汁を掛けたものの事よ」
「本物の方かいッ!!」
思わず声を荒げてツッコミを淹れてしまうティアナ。見事な切れ味にアリスは大爆笑である。
「なのは、異世界のシスターって……皆ああなの?」
「あははは………多分、違うと思うけど」
運転手を務めるアリサの問いに、助手席のなのはは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
一頻り笑った後、うっすらを浮かんだ涙を指で拭いながら、アリスは怪異について漸く話し始めた。
「この海鳴市にはね、数多くの怪奇現象の噂があるのよ」
「例えばどんな事が?」
「今から十年前、春の頃……夜、突如として民家の塀や電柱、道路などが次々に壊れるという出来事があったの」
「それって……普通の事件じゃないんですか?」
「ところがよ。壊れ方から大型の機械とか車とか使われたと思われ捜査されたけど、そういった痕跡は一切発見されなかったの。
その上、住民の話では巨大な影を見たとか、ピンクの光が眩しく光ったとか……どうも普通じゃない話ばかり。
こっちのネットの中じゃ、別の星から来たエイリアンの襲撃とか色々話題になったみたいなのよ」
「へぇ〜。なのはさんは何か知ってます………どうしたんですか?」
「何でもないよ……うん、何でもない……」
心配するスバルに、胸を抑えながら先程とは違う意味で引きつった笑みを返すなのは。
スバルは大丈夫かな、と首をかしげるが、本人が大丈夫と言っている以上、自分が言うべきではないと、話に戻った。
「その日を皮切りに、この街では色んな事が起こったの」
「色んな事ですか……」
「例えば、プールがメチャクチャになったり」
「うッ!?」
「またしばらくして……巨大な木が生えて町を壊してしまったり」
「うぅッ!?」
例を上げる度、なのはが面白い声を上げて悶える。
「町外れのお屋敷に、青空のはずがいきなり雷が落ちたり」
「ウッ!?」
何と、フェイトまでも悶えた。
「海浜公園の木が丸々一本、消滅しちゃったり、晴れていた筈なのにいきなり大嵐になって、海岸線が吹っ飛ばされたり」
「「はうっ!!」」
今度は二人揃って悶えた。
「それから少しして、世界中で地震が起きて大パニックになったりしたわね。その地震とこの街の怪異を、関連付ける人もいたわ」
「へぇ〜」
道すがらの暇つぶしに丁度良いアリスの話に、フォワードの四人は見事に食いついていた。
「そして暫くの間怪異は無かったんだけど……その年の末、またしても異変が起こったの」
「今度は何が起こったんですか!?」
「夜、星が見えていた筈の空に突如として暗雲が渦巻き……突如として雷鳴が響き、そして大地に向かって稲妻が降り注いだ」
「っ……」
ゴクリ、と誰かが固唾を呑んだ。
「鼓膜を劈く轟音と、闇夜を穿つ雷光に、誰もが恐ろしい程の被害を幻視したわ。しかし、落雷地点と思われる付近に一切の被害はなかった。
ただし、その周囲では停電が一時的に起こったらしく、今も原因は不明のまま……」
「それは不思議ですね……う〜ん」
「魔法なら説明が付くけど、この世界には魔法文化無いしね……う〜ん」
エリオとキャロが、その謎に挑まんとする若き探偵の如く、腕を組んで頭を捻る。「それ以外にも衆人環視の中、突如として店の従業員や小学生ぐらいの子どもが消えてしまったとか、
その少し後、夜空を凄まじい光が照らし上げた、なんて事も起きたりしたのよ?」
「マジですか?」
「マジよ。まぁ、この町は過去に二度も、ロストロギア事件の舞台になっているからね」
「……ん?」
アリスがそう言うと、ティアナは何かに気づいたのか、思考するような表情を見せた。
「あの……アリスさん?」
「何?」
「もしかして、今までの話って………全部、その事件と同じ時期に起きてませんか?」
「………」
「………やっぱり」
「え…?どういう事?」
話の意味が分からず、三人はジト目のティアナと、口元を釣り上げているアリスとを行ったり来たり。
ティアナは軽くため息を付いて説明した。
「あのね……今までの話は全部、この町で起きたロストロギア被害の事よ。この世界に魔法文化が無い以上、怪奇現象って事になってるのよ」
「あ………あぁ、そういう事か」
数瞬置いて、スバルが理解したと声を上げた。
「確かに今までの話は、ロストロギアとそれの回収を行った魔道師によるものだけど、この町に怪異の噂があるのは本当よ?
猫耳尻尾の生えた少女がいるとか、人語を話す狐がいるとか、吸血鬼がいるとか、雷を出して空を飛ぶ大きな妖精がいるとか、
妖怪が封じられた湖があるとか、幽霊が出る学校や寮があるとか、古来から続く暗殺剣を継承する一族の末裔が、密かに住んでいるとか……」
「いやいや、それは流石に眉唾もいい所でしょう」
それはあり得ないと、ティアナが苦笑いを浮かべる。
「そうですよね〜。狐とか猫耳は使い魔でありそうですけど、幽霊とか吸血鬼はさすがに……」
「それに、妖怪の封じられた湖とかも……ちょっと」
「だよね〜、アハハッ!!」
スバルが笑うと、全員が釣られて笑う。
その中で、なのはとフェイトは色々と突き刺さりまくってしまい、乾いた笑いしか出せなかった。
「………なのは、大丈夫?」
「だ、大丈夫……………多分」
「フェイトは?」
「………うん、何とか」
大丈夫と答えるも、ゼーゼーと息を吐いて、二人のライフは明らかにゼロであった。
(アリスさん………態とやってるんじゃないよね……?)
心の中で疑いの声を上げたなのはは、もうメンタル面は既にボロボロであった。
町まで降りてきたなのは達は、すずかと約束があるというアリサと別れた。
「では、私もここで失礼します。また後でお会いしましょう」
「はい。何かあったら連絡を下さいね」
「えぇ、ありがとう」
アリスは手を振って行ってしまった。
「……あの人、本気で何しに来たんだろう?」
「……さぁ?」
アリスの存在意義に疑問を感じる面々であったが、それはそれとして、今は任務である。
「じゃあ、スターズとライトニングで、それぞれサーチャー設置と捜索を行なおう。
私とフェイト隊長のデバイスと、クロスミラージュ、ケリュケイオンには簡易型の探索魔法が入ってるから」
「はい」
「じゃあ早速、捜索開始!!」
「「「「――了解!!」」」」
六課メンバーと別れたアリスは、何故か人気の無い駅前にやって来ていた。
設置されているベンチに腰を下ろすと、掛けている眼鏡を外した。
「………頼んでいた物は?」
「―――こちらに」
いつの間にか、アリスの隣にはA4サイズの封筒と紙袋が置かれていた。
アリスは封筒の方を手に取り、中身を確認する。
「ロストロギア………危険度低、自律行動による逃走能力を確認……」
「―――すぐに対処できるよう、こちらでも準備をしておきますか?」
「いいえ、その必要はないと思います。機動六課も腕利きのエース揃いですし……新人の子達も、中々のものですから」
「承知致しました」
アリスは封筒を元に戻すと、紙袋の方を手に取って開け、中身を確認する。そこには
「これも昨日の今日で……どうも、ありがとうございます」
「いえ、そちらは先日に届いておりましたので……それでは」
声が消えると同時に、駅前には人影が無数に出現した。
そしてベンチに置かれていた封筒も、跡形も無く消えていた。
「さて……寄り道しながら、もう一つの方に向かいましょうか……」
アリスは眼鏡を掛け直し、立ち上がった。
駅前から商店街に入り、気ままに足を進めていく。
ショーウインドウに飾られた服にちょっと心惹かれたり、書店に入って週刊誌を立ち読みしたり、
散歩をしている真っ白い犬を見つけると、そのモフモフとした体毛を堪能したり。
「この子名前は何て言うの?」
「シローくんです」
「へぇ、シローくんはコロコロお肉の缶詰が好きなんだ〜」
「えっ!?お姉さん、シローくんの言葉が分かるんですか!?」
幼稚園ぐらいの飼い主の少女(+その飼い犬)と、おしゃべりしたり。
そんな事をしつつ、到着したのはとある喫茶店。
オープンテラスと翠色の看板が特徴のそこは、『喫茶 翠屋』。
本格的スイーツが堪能できると、女子中高生を中心に地元でも人気の店である。
アリスがドアを開けると、チリンチリンとドアベルが軽快な音を鳴らした。
「は〜い、いらっしゃいませ〜!!」
入るとすぐに元気の良い声が響くと、すぐに黒のエプロンと眼鏡、黒髪を三つ編みにした女性がやって来た。
「お一人様ですか?」
「えぇ」
「では、空いているお席にどうぞ」
そう言われ、アリスは迷わずカウンター席を選んだ。
席に着くとすぐに、店員の女性はお冷とおしぼりを持ってきてくれた。
「では、注文が決まりましたら声をお掛け下さい」
「はい。さて、何にしようかしら〜?」
アリスはご機嫌な調子で鼻歌を歌いながら、メニューを手に取った。
しばらくメニューとにらめっこを続けた後、シュークリームとティラミス、ベイクドチーズケーキ、そしてブルーマウンテンを注文した。
「ん〜〜っ!! 美味しい〜〜〜っ!!」
一つ、また一つと口に放り込む度、歓喜の声をあげて身を震わせるアリス。
「すいませ〜ん。こっちのショコラケーキと、モンブランを追加お願いしま〜す!」
訂正。既に三週目に突入しようとしていた。
脇に詰まれてあった皿が片され、追加のケーキがやって来る。
「コーヒーのお代わりは如何ですか?」
此処のマスターらしい男性が、コーヒーの入ったジャグを片手に声を掛けてきた。
「ありがとう、頂きます」
「はい……でも、そんなに食べて大丈夫かい?」
「えぇ。これ位ならまったく……」
注がれた熱いコーヒーを啜りつつ答えた。
焼けるような熱と、どこまでも深いビターな香りが、甘く淀んだ口内を洗浄していく。
と、背後のドアベルがチリンチリンと音を鳴らした。
「お母さん、ただいまーっ!!」
「――んグッ!?」
とても聞き覚えのある声と複数の足音に、アリスは思わずコーヒーを詰まらせかける。
「なのは、お帰りなさい!」
と、言いつつ厨房から出て来たのは、なのはと同じ栗色の髪の女性。見た目はかなり若く見える。
「桃子さん、お久しぶりですぅ!」
「リインちゃん!久しぶり〜ッ!!」
「おぉ、なのは。帰ってきたな」
「お帰り〜、なのは」
マスターらしき男性と、先程の店員の女性も入り口までやって来た。
「ただいまお父さん、お姉ちゃん!」
「「………」」
スバルとティアナは、仲睦まじい家族の団欒といった雰囲気に、というよりもなのはの変わり様に驚いているといった風である。
先程からポカンと口を開けたまま唖然としている。
それに気付いたなのはは、二人を置いてけぼりにしていた事に思い至った。
「この子達は私の生徒よ」
「ほぉ〜、なのはのね……こんにちは、いらっしゃい」
「あ、ハイッ!」
「こんにちは……」
温かみを宿した低い声が渋く響くと、スバルとティアナは慌てて頭を下げた。
「ケーキは今、箱詰めしているから」
「うん。フェイトちゃんと待ち合わせ中なんだけど……いても平気?」
「勿論よ。適当にどこかに座ってて」
「うん、ありがとう」
「コーヒーと紅茶もポットに入れてあるから、持ってってあげてな?」
「ありがとうございますぅ!!」
「皆も、お茶でも飲んで休憩していってね。えっと……?」
「あっ! スバル・ナカジマです」
「ティアナ・ランスターです」
「スバルちゃんに……ティアナちゃんね。私は高町桃子。こちらは士郎さんよ」
「なのはの姉の高町美由希です。よろしくね」
「二人はコーヒーとか紅茶とか……行けるかい?」
「あ、はい」
「どっちも好きです!!」
「リインちゃんはアーモンドココアよね〜?」
「ハイですぅ〜♪」
「―――あむっ」
そんな会話を聞きつつ、アリスはケーキを頬張る。
ここが高町なのはの実家の営む店であることは知っていた。が、まさか仕事中に来るとは思っていなかった。
今の自分は絶品スイーツに舌鼓を打つ通りすがりの美女。この甘美なる時間を何者にも邪魔されたくはない。
ということで、無視を選択したのだが。
「ごめんなさい、うるさくしてしまって……」
美由希が態々気を回してくれた。が、そのせいでなのは達の注意も、自然とこっちに向いてしまった。
「――――あっ、アリスさんだ!」
「何で此処にいるですか?」
結果、即行でバレた。
「――――いえ、人違いですわ」
眼鏡を外し、横顔をチラリと見せて言ってみる。
「やっぱりアリスさんじゃないですか」
即効でなのはに否定された。
こうなっては仕方ないかと、眼鏡を掛け直す。
「フフ……よく私だと分かったわね? 流石は教導隊、若手ナンバーワンエース……鋭い洞察力だわ」
「いや、眼鏡外した顔を昨日見てましたし……」
なのはに素顔を見せていた事を、すっかり忘れていた。
「何々? なのは、この客さんと知り合いなの?」
「なのはの生徒……じゃあないよな?」
桃子が興味津々といった風に尋ねてきた。その仕草はとても大きい子を持つ親とは思えない可愛さがある。
士郎もどういった関係か読めず、首を傾げている。
「私はアリス・ノーランド。聖王教会という所でシスターをしております。現在はお嬢様の部隊に出向しております」
「あら、教会のシスターさんだったんですか……?」
「いえ、まだまだ未熟者……ですからお嬢さんと同じ部隊に出向し、修行をしているのです」
「それはまた……ご立派な心がけですね」
桃子はアリスの清廉な振る舞いに、すっかり感心してしまっていた。
しかし六課の面々は知っている。
この姿の下には、得体の知れない気配がある事を。
そして翠屋の店員も知っている。
そんな事言いつつ、背中にはケーキの皿が積もっている事を。
「つーか、どんだけ食ってんだよ」といった話である。
「はい、ミルクティーとアーモンドココア………ところで、聞いてみたい事があるんだが……良いかい?」
「なんですか?」
「うちのなのはは、先生としてどうだい? どうも向こうの仕事の事は良く分からなくてね……」
配られたティーカップを手に取って口元に近づけると、甘い香りがフワリと香った。
それを堪能しつつ、スバルは士郎に答えた。
「えっと……凄く、良い先生です……」
「局でも有名で……若い子達の憧れです」
「へぇ〜!なのは、凄いじゃない!!」
「いや、そんな事ないって……」
二人の言葉に美由希と桃子が揃って感嘆の声を漏らす。なのははといえば、恥ずかしげに苦笑いを浮かべている。
ここは一つ自分もと、アリスが口を開いた。
「高町なのは一等空尉と言えば、『管理局の主砲』、『本局の白い悪魔』『桜色の砲撃魔』の異名を持ち、
犯罪者がその名を聞くだけで震え上がるという……文字通りの若手トップエースですもの………あら?」
アリスがその素晴らしさを語るかのように言うと、空気が微妙なものになっていた。
「な、なのは……す、凄いじゃない………」
「あ、あぁ……父さん、驚いたぞ………」
「え〜と……うん、驚いた」
「お父さんもお母さんもお姉ちゃんも引かないでッ!? こんなのウソだから!! アリスさんもデタラメ言わないで下さいッ!!」
「…………え?」
あんまりな言われようになのはが抗議の声を上げると、今度はアリスが怪訝な表情を見せた。
「なのはちゃん何を………あ、もしかして」
アリスは何を言っているんだと言い掛け、そして気付いた。
「あ〜………うん、そうね……今のは全くのデタラメよ?」
「むしろ真実味を帯びてるんですけどッ!?」
「いやいや。本人が知らないなら、これは真実ではないという事よ?」
「だから何で思わせぶりなんですかっ!?いっその事、事実を言って下さいーーッ!!」
「なのはさん、完全に弄ばれてるですね……」
「あっ。リインちゃん、クッキー食べる?」
「はい、頂くです」
涙目のなのはと、それを宥める振りをしつつ、おちょくり続けるアリス。
最早、漫才以外の何物でもない状況を、止める者などありはしなかった。
下手に関われば、被害は自分に飛び火すると誰もが予想できたからだ。
そんな中、またドアが開かれた。
全員の視線が自然とそっちに向けられる。入って来た人物はギョッとして、思わず半歩ばかり後退ってしまった。
「フェイトちゃーんッ!!」
「な、なのは!? どうしたの……?」
いきなりなのはに抱きつかれ、フェイトはまたしてもギョッとした。
「私……主砲でも、悪魔でも、砲撃魔でもないよね? そうだよね!?」
「……え?」
一瞬、何の事を言っているのか分からず、そう零してしまう。
しかし、なのははそれを聞き絶望した。
「………うわぁああああああああああん!!やっぱりそうなんだ! 私はそんな風に呼ばれてたんだーーーーッ!!」
「えっ!? なのはどうしたの!? なのはーーっ!?」
フェイトを退かして、なのはは走り去ってしまった。フェイトは慌ててそれを追い駆けて飛び出し、そのまま行ってしまった。
その突拍子もない展開に、アリスはアンニュイな表情でティースプーン静かに回した。
チン、と小さく音が響く。
「現実は、何時だって残酷なものね……」
そして、頬杖をついて傾きだした空を見上げたのだった。
「何、雰囲気出してるですかーーーッ!!」
スパーンッ!という小気味良い音が、アリスの頭から響いた。
「いった〜っ!?リイン曹長、何処からスリッパを!?」
「これは、はやてちゃんにツッコむ為の必須アイテムなのですよ」
そういうリインの手には、マジックで『ツッコミ魂』と書かれた緑色のスリッパが握られていた。
「そんな事より、早くなのはさんを探してくるです!!」
「え〜っ!?私も行くんですか〜?」
「さっさと行くですーッ!!」
「うわッ! スリッパを振り回したら危ないでしょっ!? もう、仕方ないわね……!」
リインに追い立てられるようにして、アリスも席を立ってなのは捜索に向かった。
「あの、リイン曹長……?」
「私達は……行かなくて良いんでしょうか?」
「二人は土地勘が無いですし、デバイスに通信を入れれば見つかるです。態々、行く必要はないですよ」
「だったらアリスさんはどうして……?」
「ちょっと悪戯が過ぎるのでお仕置きです。前もリインの事を弄んだですから……」
リインは頬を膨らませ、怒った素振りを見せた。それには二人も何と言って良いか分からず、苦笑いを浮かべるしかなかった。
そして数分後。
「ただいまー。なのはちゃん捕獲してきましたよー」
「降ろして下さいアリスさん!! これ、すっごく恥ずかしいんですよーーーッ!!」
翠屋のドアが開かれるとなのはと、彼女を何故かお姫様抱っこして帰ってきたアリスが入って来た。
「何か、普通に帰ってきましたけど……なのはさん捕まえて」
「うぬぬ……! 流石に一筋縄ではいかない相手ですね……! はやてちゃんとは大違いです!!」
「リイン曹長、妙なライバル心を燃やさないで下さい。それと、さり気なくとんでもない事を口走らないで下さい」
ギリギリとツッコミ用スリッパを握り締めて悔しがるリインに、ティアナの冷静な切り返しが光った。
「うんうん。今日もティアナちゃんのツッコミにはキレがあるわね。これなら安心して任せられるわ」
「そして、私に妙な期待を抱かないで下さい。それに応えるつもりもありませんから」
「え〜っ?ティアナちゃんならきっと、アリサ女史を越えるツッコミクイーンになれると思うんだけど……」
「謹んでお断りしますッ!!」
折角の才能を強く否定するティアナ。これ以上は本気で怒らせるだけだと、アリスも退いた。
「それで……何しようとしてたんだっけ?」
「ロストロギア探しに来て、サーチャー設置してたんですよッ!!」
アリスがポツリと零せば、やはり鋭いツッコミが光った。その後、テイアナはツッコンでしまった自分に、大いに凹んだ。
その肩を、スバルは優しく叩く。
「ティア……元気出して?」
「スバル……」
「バッチリなツッコミだったから、自信持って良いよ?」
「ツッコミの出来で凹んでるんじゃないわよッ!!このバカスバルッ!!」
そして怒鳴られた。
とりあえず、騒動もひと段落。
なのはは箱詰めされたケーキとポットを、アリスは土産用に包んでもらったクッキーを、それぞれ手にした。
「さて。それじゃあ一度、戻ろうか」
「「はいっ!」」
「じゃあ、気を付けてね?」
「うん。じゃあ……いってきます、お母さん」
士郎と桃子に手を振られ、なのは達は翠屋を後にした。
「ところで……フェイトちゃんは何処まで行ったのかしら?」
「あ……」
駐車場に向かう途中、アリスの言葉に肝心な事を思い出した。
「ま、念話でもすれば捉まるでしょう。なのはちゃん、よろしく〜」
「はぁ……」
仕方なく、なのはは念話を飛ばしてみた。
『フェイトちゃん……今、どこにいるの?』
『なのはっ!? どこにいるの!?』
『えっ? 皆と翠屋出たところだけど……フェイトちゃんは?』
『………さざなみ寮前』
『何処まで行ってるの!? 』
『だって……なのはがどこに行ったか分からないから………』
『………取り敢えず、帰ってきて?』
色々と居た堪れなくなってきたので、なのははそう告げると念話を切った。
切れる瞬間、何か短い悲鳴のようなものが気もするが、聞こえなかった事にして。
「フェイトさん、遅いですね……」
「翠屋までなら、もうとっくに帰ってくる時間の筈だが………」
「何かあったのかな……」
駐車場で待ち惚けるライトニングの三人。
彼女たちがスターズと合流するまで、もうしばらくの時間を必要とするのだった。
では、拍手レスです。何時もありがとうございます
※犬吉さん
新シリーズ見ました。最高です。続きが凄く楽しみです。
犬吉さん質問なんですが、何が真実かは……フェイト、お前が決めれば良い。この台詞連音が フェイトに対して、むけた台詞ですよね。つまり新シリーズにも連音が登場するのですか。
連音が登場するなら凄く嬉しいです。凄く楽しみです。
>感想ありがとうございます。
その登場を匂わせる様なアリスの台詞。それは果たして偶然か、必然か。
出るとしたら一体何時、どんな形で登場となるのか………お楽しみに、という事で。宜しければ、今後もお付き合い下さい。
※犬吉さんへ
ファントムアリスはシャドウシリーズと繋がってるみたいですね
>世界は繋がっております。が、主役交代に合わせてタイトルを変更しています。
連音の立ち位置はハッキリしていたので、アリスの立ち位置には若干、苦心しておりますw
取り敢えず、人をいじるのは大好きなようです。
拍手はリョウさんの手によって分けられております。
ですので、何方宛か一言、添えられますようお願いします。
皆様の感想が無事に届きますように。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、