闇の書事件以降、大きな事件や小さな事件が様々にありつつも、それぞれが思う道を進んでいく。

時が進むにつれ、共にある事も少なくなっていくが、それでも心の距離は変わらずと信じて。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

        最終話   別れたる道



春。しかし未だ冷たい滝の水に、その身を晒す者がいる。

少し足を踏み入れれば、瞬く間にその身を凍えさせる水温に、しかし彼は身動ぎ一つしない。

既に、一時間以上もの時間が経過していた。



『ツラネ〜、そろそろ準備しないと〜っ!!』
若い女の声に連音は閉じていた瞼を開く。滝壷から出て声の主を探すと、上から何かが降って来て顔に掛かった。
「早く出て、体も温めろ」
そう言いつつ、一人の女性が水面に降り立つ。連音は渡されたタオルで顔と髪を拭く。
「今、何時だ?」
「9時05分前だ。よくもまぁ、こんな寒い所に一時間も居られるものだな?」
「お前は来ないのか?」
「まだだ。まだかつての様に力が使えない……だから、行けない」
「やれやれ……素直に会い辛いと言えば良いだろう?」
「会い辛いのでは無い。会うに足りないのだ、今の私はな……」
女性が背を向けてそう言うと、連音は軽く嘆息した。この問答も結構な数であり、いい加減飽きてきた。

本人にその気が無い以上、言っても仕方ない事だ。
連音はそう思い直し、滝から上がった。


髪を拭きつつ少し歩くと、川原に火の気が見える。
焚き火の上には湯気が立ち昇り、金髪の女性が鼻歌を歌いながら薪をくべていた。
「お帰り〜。コーヒー入れるから、先に着替えて?」
「あぁ……アリシアは如何するんだ?」
「私は一緒に行くよ?いつも通り、姿を消してね」
「そうか」
連音はアリシアの返事を聞きながら、着物の帯を解いた。
「ちょっと!レディの前で、平然と着替えないでよ!?」
「別に今更だろう?」
「いいから向こうで着替えなさい!!」
「やれやれ……」
渋々、連音は着替えを持って少し離れた岩の影に入る。



着替えを済ませて戻ってくると、アリシアがコーヒーの入ったマグカップを手渡した。
湯気の立つ琥珀色の液体を啜ると、もう一人がいない事に気が付いた。
「あいつは何処に行ったんだ?」
「先に帰ったわよ」
「そうか……」
コーヒーをまた一啜り。焚き火に当たり暖を取ると、体が熱を取り戻していく。

「今日は……クロノからの依頼だったか?」
「ロストロギアの運搬と、その護衛よ。皆揃っての任務だって」
修行の為に山に篭っていた所に、クロノからの依頼が来たのは昨日の事。
本格的にやろうと準備万端だったのだが、仕方なく引き上げる事に。

「しかし……俺が行く意味はあるのか?」
「皆が集まるのって、何年ぶりかでしょう?だからじゃない?」
アリシアもコーヒーを啜る。心地良い苦味が咽喉を下って行く感覚に、思わず嘆息してしまう。

「とりあえず、里に下りるか」
「流石にこのままは……行けないものね」
コーヒーを飲み終え、野営の後片付けをする。



海鳴市を舞台とした二つの事件。その終結から実に六年もの歳月が流れた。
連音も竜魔衆として、幾つもの任務をこなしつつ、民間のエージェントという形でリンディやクロノ、ミゼットらからの依頼を受けていた。

その都度、管理局に入る事を薦められるのだが、入局する気など毛頭無く、全て断っている。



「しかし六年か……早いもんだな」
「『光陰 矢の如し』って言うものね。あぁ、思い返すは地獄の修行時代……」
「今も継続中だろ?」
「お願い、それは言わないで〜〜っ!」
アリシアは耳を塞いで、心底嫌そうな顔をする。

連音と共に竜魔の里へとやって来たアリシアは、自らの不安定な力を学び、支配下に置く為に玉蘭の下、苦しい修練を積んでいた。

その結果、依代に宿る事で自らを実体化する事にも成功している。
そして自由とは行かないが、力のコントロールを行えるようにもなった。

とはいえ、修練は未だ継続中。もっと高度な術を覚えるには時間が必要であった。


そんなやり取りをしつつ里まで戻り、準備を整えると時間はギリギリとなっていた。

約束の時刻は昼頃。連音達は霊廟の転送ポートから目的地まで、直接転移した。




『っ……ここがそうなの?』
“次元座標確認 第162観測指定世界 到着”
実体を消しているアリシアの問いに、琥光が答える。
「琥光、アースラとの連絡は?」
“通信回線開放”
「――アースラ、聞こえるか?」

『こちらアースラ。連音君、ご苦労様』
「現地到着。目的地までのナビゲートをお願いします」
『了解。なのはちゃん達は北部の定置観測基地に向かったけど……連音君の位置からだと、直接行った方が早いかな?』
「了解。適当に北上しますので、詳しい座標を送って下さい」
『一応、ロストロギア絡みだから……気を付けてね?』

通信を終えると、連音は渋い顔をしながら頭を掻いた。
『どうしたの?』
「いや、ちょっと……嫌な風が吹いてきたと思ってな」
荒野の世界を吹き抜ける風に、連音はどうにも胸騒ぎを覚えていた。

『とりあえず、移動しましょう?』
「―――そうだな」
アリシアに促され、連音は大地を蹴って空に舞い上がった。



しばらく飛んでいると、アースラからの通信が届く
『こちらアースラ。発掘現場の座標を送るから、そこに向かってくれる?』
「了解。指定座標に向かいます」
モニターに映し出された座標は二つ。
『上の座標の地点には、なのはちゃん達が向かってるから、もう一つの方に向かってくれる?
そっちにはシグナムとザフィーラも向かってるから、合流してちょうだい』
「了解」
連音は進路を変え、もう一つの発掘現場に向かった。







「ふう……相変わらず仕事中は固いなぁ〜。クロノ君以上だよ」
「どういう意味だ、それは……?」
アースラ内ではクロノとエイミィが、連音について会話をしていた。
「だって、なのはちゃん達とも、仕事中はあんな感じでしょ?」
「なのは達はドライになり切れないところがあるからな……あいつはその分を引き受けているんだ」
「それは分かるけど……そのせいで色々あったし」
「あぁ……そうだったな」
二人の顔に、暗い色が差す。

脳裏に過ぎるのは、なのは達が入局して少し経った頃に起きた事件。



一人の少女が眠る集中治療室前で、怒りのままに大声を張り上げる三つ髪の少女とその怒声を顔色一つ変えずに受け止める少年。

余りにも対極的な姿に、その場にいた誰もが一瞬、その争いを止める事を忘れてしまった。




「まぁ、今回は大丈夫だろう。任務自体、簡単なものだし……何と言っても、全員いるからな」
「……そうだね」

何事も無く終わる。エイミィはそう思い直し、任務が終わった後の事を考えるのだった。







『見えてきたわ。あれが発掘現場ね?』
「念の為、こっちの方は既に退避が完了しているらしいが………先客がいろようだな?」

周囲から隔絶するかのように立つ、ブルーシートの仕切り。
生者の気配が無いその場所に、しかし何かが動く気配。
連音は離れた所に着地すると、岩陰に身を隠しながら移動を開始した。

発掘機材などの脇を抜け、現場の様子を窺う。
『何、今の……?』
遺跡の入り口と思われる所から、何かが内部に入っていく。
「数は視認しただけで四。だが、既に入っているヤツがいるかも知れないな……」『如何する……?』
「当然潜入する。琥光、六式『不陰』起動」
“不陰 起動”
姿を消し、遺跡内部に入る。

暗い通路を進んでいくと、石室に辿り着く。既に扉は破壊され、内部に入り込んでいるようだ。

注意深く室内を覗き込むと、やはり先ほど見た影がいた。
正体は俵型の自律型機械。中心にレンズの様な物が付いている。

『四体……あれだけみたいね?』
『……あれが目的のようだな』
自律機械は台座の上にある赤い宝石に取り付き、何かをしている。


『何だろう、あの宝石……何か嫌な感じがする』
『アリシア……?』
宝石を見て、アリシアの様子が変わる。何か、恐ろしいものを見ているかのように。
“主 目標物ヨリ 強大ナ魔力反応感知”
『……っ!?』
琥光の声がすると同時に、赤い宝石が突如として凄まじい光を放つ。同時に凄まじい魔力が溢れ出し、機械を紙屑のように弾き飛ばした。

連音は不陰を解除し、疾風を起動させる。その場を急ぎ離れようとするが、解き既に遅し。
『ダメ!間に合わないッ!!』
「クソ――――」


その瞬間、世界が真っ白に染まり上がった。









もう一つの発掘現場では、連音が遭遇した物と同型の機械兵器の襲撃を、なのは達が制圧し終えていた。

「―――これが、ロストロギアですね?」
「はい。中身は赤い宝石の様な結晶体で……『レリック』と呼ばれています」
「……では、これは回収させて貰います」
フェイトはレリックの入った箱を、調査員から受け取る。

『…し……えるか?』
「……この声……?こちらアースラ派遣隊。シグナムさんですか?」
『その声はなのはか?そちらは無事か?』
「もしかして……そっちの方も襲撃を!?」
シグナムからの通信に、なのはがハッとする。一同の緊張が一気に高まる。

『……いや、こちらは襲撃ではなかった……』
「どういう事です?」
『発掘現場が跡形も無く消し飛んでいる。危機回避の為に避難は完了していたが……』
「……?」
『我々に先行して………連音がこちらに来ていたらしい』
シグナムの言葉に、全員の顔が青ざめる。

「シグナム、レンはどうなったの!?」
『テスタロッサか………すまない、残滓魔力が濃すぎて探索も効かないのだ。だが、もし爆発に巻き込まれたのだとしたら……恐らくは』
「そんな……!?」
フェイトが顔面蒼白になって、膝を着く。
はやても体の震えを必死に抑えながら、その身を支える。
「大丈夫ですよ、はやてちゃん!連音さんは、そう簡単にやられたりしませんです!!」
「……そうやな。ありがとうな、リイン?」
はやての隣に浮かぶ蒼い髪の小さな妖精。
彼女のリンカーコアから生み出された、二代目祝福の風【リインフォースU】。

リインの言葉に、はやては出来る限りの笑みを作って返す。

『……ともかく、今回の任務は気楽にこなせるものではなさそうだ。そちらも気を付けてくれ』
「分かりました。こちらも移動を開始します」

通信を終え、なのははフェイトに手を差し出す。
「立てる、フェイトちゃん?」
「うん……大丈夫。ごめんね、なのは……?」
フェイトがすまなそうに言うと、なのはは笑って首を振った。
「リインも言ったけど、連君はそう簡単にやられたりしないよ……無事だって信じよう?」
「……うん、そうだよね」
なのはの手の温もりに、フェイトは少しだけ力を取り戻す。

「とりあえず、ロストロギアの護送を始めよう。連君もきっとすぐに見つかるから」
なのはがそう言うと、二人も頷いた。









「シグナム。ヴィータとシャマルを呼んだ……後、数分ほどで到着するだろう」
「分かった…………汚染物質の残留無し。典型的な魔力爆発だな」
大気汚染が無い事を確認し、シグナムとザフィーラはクレーターの中に足を踏み入れる。
斜面を滑り降りて下まで辿り着くと、改めて見回す。

今まで立っていた所はかなり上であり、爆発の威力がかなりの規模であった事をうかがわせる。

もし仮に、連音がこの爆発に巻き込まれたのだとすれば、その生存は絶望的だ。
それほどまでに被害範囲は大きかった。


(これでは生死の確認どころか……遺留品の一つさえ、見つけられんかも知れないな)
シグナムがそんな思考をしている時だった。

――――――ピシッ

「「―――ッ!?」」
風の音だけが響く世界に、異端の音が響いた。
シグナムはレヴァンティンの柄に手を掛け、ザフィーラも何時でも動けるように身構える。

音の出所は分からない。だが、そう遠くない。
この惨状にあって、果たして出るのは鬼か蛇か。二人に緊張が走る。


そして、ついにその瞬間が来た。
「来るぞ―――!」
地面に大きく入る亀裂。次いで岩土を砕き陰が飛び出した。


「―――ぶはぁああああああああああっ!!」


「――――は?」
「――――な?」
「はぁ〜、死ぬかと思った………ん?」
飛び出した影は土埃を払いながら、気の抜けた顔で構えているシグナム達に気付いた。

「…………辰守、無事だったのか……?」
ザフィーラは何とかそれだけを搾り出す。ちなみに、シグナムは未だ呆然としたままだ。
「無事とは言い難いですけどね………はぁ、凄いクレーターだな」
『う〜ん、凄い爆発だったしねぇ〜……って、何も無くなってるし』
「いや待て!色々とおかしいだろう!?どうして無傷で、地面から出てくるのだ!?」
「……それ以外に方法が無かっただけです」

魔力規模から考えて、空中逃げても間に合わない。
連音が幾ら走ろうと、爆発より速くは動けない。


だから連音は、すぐに術式を発動。地面深くに素早く潜ったのだ。

幾ら爆発が凄くても、地面を抉るには限界がある。
地面に高速で潜る事が出来るなら、最も安全な回避法なのだ。


「とっさの割には、随分と見事に逃げ切ったものだな……」
「ああいった遺跡やらに入る時には、準備しているんです。崩落で潰されたら術どころじゃないんで」
不陰は発動こそ出来ないが、事前に発動準備を行っておく事は出来る。
その辺り、連音が琥光の能力をしっかりと使いこなせるようになった証拠であった。
「なるほどな……流石だ」
シグナムは半ば呆れたような顔をして微笑む。そして、観測基地に通信を送る。

「こちら爆発現場だ。行方不明だった派遣隊員を発見。アースラと護送隊に、そう伝えてくれ」
『こちら中継、了解しました。尚、調査員は観測隊の方で保護しました』
「分かった……む?」
通信しながらも、シグナムが接近する、感じ慣れた魔力に気付く。
空を見上げれば、緑と赤の魔力光。
ヴォルケンリッター、ヴィータとシャマルである。




「酷ぇなこりゃ……完全に焼け野原じゃんか」
ヴィータは周囲を見渡しながら呟いた。
「聖王教会からの報告、依頼でクロノ提督がロストロギアの確保、護衛を4人に要請。
平和な任務と思っていたら、ロストロギアを狙ったと思われる機械兵器が襲撃。そういう流れで良いのかしら?」
『はい、合ってます』
「そして、こっちはそれと同型と思われる物がレリックに触れた途端に爆発……と?」
「触れた途端、というか……多分、回収するのに調べてたんじゃないかと。
恐らく、そのレリックは不安定な状態にあり、それに奴らが触れて爆発させてしまった……そんな所でしょうね」
シャマルの言葉を連音は修正する。

「とりあえずは調査しないと…………っと、探査魔法陣、展開完了。中継、アースラと無限書庫にしっかり情報を送ってね?」
『はい。任せて下さい』


連音は腰を下ろし、体を岩に寄り掛からせる。
「聖王教会……カリムさんの依頼か。クロノが動く訳だ」
『カリムさんって、局でも上級幹部扱いで、プライベートでも、はやてちゃんやクロノ君と付き合いがあるんだよね?』
『ま、あの人の頼みじゃ断れないだろうな。とはいえ、平和な任務とは真逆だろう、これは……』
『そこは、クロノ君に言う所ね』
アリシアが苦笑する。連音は深く息を吐いて、空を仰いだ。

「ん……?」
ぼんやりと眺めていると、その空を赤と紫、二つの光が飛んでいく。
『あれ?シグナムさんとヴィータちゃん……?』
「―――ザフィーラさん、二人は何処に?」
「件の未確認が護送隊の方に進攻している。二人はその迎撃に向かったのだ」
「なるほど。運んでいる物が物だけに……って事ですか」
「そういう事だ」
ザフィーラは連音の隣にまで来ると、その顔を覗き込んだ。

「な、何ですか……?」
「……我が気付けた事を何故、お前が気付けなかったのかと思ってな………やはりダメージは軽くないか?」
「………まぁ、少し休めば問題無いです」
「そうか。余り無理はするな」
ザフィーラはそう言い残し、再びシャマルの所に行った。

連音は視線だけでそれを見送り、そして深く息を吐いた。
幾らアリシアと話していたとはいえ、そんな事にも気付けなかった自分に少しだけ呆れてしまう。

さっきも、普段の連音ならばありえないミスと言える。

やはり顔見知りと護送任務という事で、どこか気が抜けているのかも知れない。


それからしばらくして、シャマルが探査を終えた頃、シグナム達が機動兵器を制圧したという報告が届いた。


調査を完了し、シャマル、ザフィーラと共に連音もアースラへの転送ポートに向かう。

転送ポートには既になのは達護送隊と、迎撃に出たシグナムとヴィータが到着していた。
三人の合流を確認し、なのははアースラに通信を送る。

「――こちら護送隊。全員無事に転送ポートに到着しました。転送をお願いします」
『こちらアースラ。転送了解。観測基地の二人も、ナビとサポートご苦労様。そちらの任務は、無事完了!』
『ありがとうございます』
通信越しにも安堵の息が届く。
『じゃあ、転送を開始するから………あっちの三人、止めてくれるかな?』
「え……?」
エイミィに言われ、なのはが振り返る。

「ほんまに何処も怪我してへんか!?念の為、シャマルに見てもらお……な?」
「テメェ、はやてに近付くんじゃねぇ!離れろっ!!」
「レン、大丈夫なの!?アースラに戻ったら医務室に行こう?私も付き添うから」
「お前ら………毎度毎度、何なんだ!?」


「えっと……ザフィーラさ〜ん、シグナムさ〜ん……ヘルプミー?」
「―――さて、船に戻ったら食事が用意されているそうだな」
「うむ。楽しみだな」
「二人とも、こっちを向いてくださいよ!?そっちも止めて〜ッ!!」

しかし、なのはの叫びは届く事はなかった。






どうにかアースラへの転送を終え、はやてが大きく背伸びをする。
「さ〜て、とりあえず面倒事は後で考えるとして……久しぶりのリンディさんの料理、楽しみやな〜」
「とりあえず、はやてちゃんには私の事を考えて欲しいな……」
その後ろで、なのはがちょっとグッタリしているが、当然の如く流される。



「こいつは俺が持っていく。皆は先に行っててくれ」
はやての手からレリックのケースを取り上げ、連音は通路を行こうとする。
「え?ちょっと、連音君!?」
「全員でぞろぞろ行っても意味が無いだろう?一人で充分だ」
「でも、もし何かあったら……」
「安心しろはやて。死ぬ時は一緒だ」
「凄くときめく良い台詞やけど、ここで言ったらあかんやろ!?シャレにならんて!?」
「とにかく、俺一人で充分だ。じゃあな」
「ケッ、そんな事言って落として爆発とかさせんなよ?」
ヴィータが皮肉を言うと、連音はその足を止めて振り返る。
「あ、そうそう。うがいと手洗いはちゃんとしろよ………な、ヴィータ?」
「何でアタシ限定なんだよ、テメェッ!?」
「さぁな?」
ヴィータが怒声を上げると、連音はクスクスと笑いながら背を向けて歩き出した。




モニター以外に灯りの無い保管室に着くと、機材の上にケースを置く。
アースラのクルー、ルキノ・リリエがコンソールを操作し、連音は慎重にケースを開ける。
中から、淡い光を湛えて姿を現したのは真紅の宝石。

『う〜ん、これからは危ない気配はしないわね』
『それは何より。また爆発なんてされたら、今度こそ死ぬからな』
先刻、自分達を窮地に追い込んだ物と同じ存在に、姿を消したままのアリシアは若干の不安を持ちつつもそれを見る。

「ん……?」
保管室のドアが開き、現れたのは二人の青年。ルキノは背を正し敬礼する。
「……何だ、こっちに来ていたのかい?」
白いスーツを着た緑色の髪の青年が、肩を竦めて言った。
「ヴェロッサか……相変わらずうざったい毛だな……刈るか?羊のように……」
「アハハ……相変わらずだね」
「どうしてこっちに?」
もう一人の青年、クロノが尋ねる。
「宝物を届けに来ただけだ。で、何か話していたようだが……?」
「いや、ちょっと次元世界と主要地上世界の話をな……」
「『海』と『陸』か……相変わらずだろう?」
「『世界は変わらず 慌しくも危険に満ちている』。旧暦の時代から言われている通りだ。
各世界の軍事バランスの危うさ、世界内での紛争や闘争。それぞれの世界が壊れないようにするので精一杯だ」
「陸も相変わらずだね。危険なロストロギアの違法捜索に不法所持。更にはそれらの密輸問題。地上は正に、そういった事の舞台だからね……」
「破滅的な力を持つロストロギアが良からぬ者の手に落ちれば、すぐさま争いの火種になる」
「もしもそれが“秘匿級”ともなれば……バランスどころじゃなく、破滅に向かって一直線だ」
「それでも、人は力を求める……自身の欲望の為に、自分の大切なものを守る為に……」
「守りたいものの為か……そういう気持ちは分かるんだけどね……」
「だが、それでも……それを防ぐ為に働かなければならない。こういう仕事を選んだ以上はな……」
「相変わらず生真面目だな、お前は」
「そうそう。もう少し肩の力を抜いた方が良いよ?」
「君らは……」
二人の言葉にクロノは顔を覆い、溜め息を吐いた。

「クロノ艦長、検分の方は……?」
「もう良い。封印処理を頼む」
「はいっ!」
ルキノははっきりとした返事を返し、コンソールを操作し始める。
レリックの周りに幾つもの帯状魔法陣が生まれ、封印が施されていく。

「そういえば検査担当は誰だか聞いているかい、ヴェロッサ?」
「確か……技術局のマリエルさんのチームだったと思うけど?」
「マリエルさんか……時折、ミゼットさんの茶の相手をしているらしいが……?」
「その結果、精神がとても疲労するらしいぞ?」
「……それはご愁傷様だな」
雑談をしている内に封印処理が完了し、運搬用のケースにレリックが収められる。
そして、クロノはケースを担ぎ上げた。

「じゃあ僕達は本局に向かう。連音も皆の所に行くと良い」
「何だ、お前らは行かないのか?」
「これでも……色々忙しい身でね?」
ヴェロッサはそう言って、肩を竦めて見せた。

ヴェロッサ・アコースは査察官であると同時に、聖王教会騎士カリム・グラシアの義弟である。
アースラ艦長であるクロノ同様、それなりに忙しい身の上であった。


クロノ達と別れ、連音もなのは達の居るレクリエーションルームに向かった。
「しかし、ここまで縁が続くとは思わなかったな……」
『縁は異なもの、味なもの……ってヤツじゃない?』
「……何か違わないか、それ?」
『う〜ん、そうかしら?』
人気の無い通路を歩きながら、アリシアと他愛無い会話を交わす。

彼女の存在を知るのは、竜魔以外にはおらず、妹であるフェイトにすら存在を教えていない。
誰にも教えていないのは、誤ってフェイトに伝わってしまう事を防ぐためだ。


フェイトは新しく日々を始めている。それを邪魔したくないというアリシアの願いだった。


レクリエーションルームのドアが開き、全員がその音に振り返る。
「あ、やっと来たぁ!」
「連音君、早うせんとヴィータがみ〜んな食べてまうで?」
「はやて、アタシそんなに食ってね〜って!」
「レン、はいジュース」

傍にいて、しかし言葉を交わす事の出来ない二人。
何も知らず元気な妹の姿と、それを若干の寂しさの篭った優しい瞳で見つめる姉。
『こんな時間が、もっと続くと良いのにね……』
『……そうだな』

フェイトからコップを受け取りつつ、連音はそう返した。









そんなアリシアの願いは、二週間後――――業火に崩れ去る。












レリック回収任務から二週間後――――ミッドチルダ北部 臨海第8空港。


「う〜ん、肩こった〜ッ!」
飛行機を降り、ゲートを抜けた所でバッグを下ろし、連音は思いっきり背伸びをする。
背骨がポキポキ、と軽く音を鳴らした。

数日前、聖王教会からの依頼を受け、連音はとある世界に向かっていた。

内容そのものはすんなりと片付いたが如何せん遠い世界だったので、漸くミッドチルダまで帰ってきたのだった。


『いや〜、エコノミークラスはきついねぇ〜』
『お前は浮いたまま、グースカ寝てただろうが』

依り代を使って実体化していないアリシアは、幽霊の時の様に自分という存在の固定を自分の意思に任せる事が出来る。

つまり、宙にいたいと思えば居る事が出来るし、歩きたいと思えば地面に降りる事が出来る。
そして連音の存在をアンカーにして固定すれば、絶対に離れ離れになる事も無い。

それを利用して、アリシアは浮いたまま寝ていたのだ。

狭い機内、真上には熟睡する自分にしか見えない女性。
しかも、寝ぼけて眼前に落ちてきたりもした。

流石に連音も、頭に四つ角が出来るというものだ。


『いや〜、良く寝れました』
連音に毒吐かれると、アリシアは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

本気で反省しているのか分からないが、今更どうこう言う事でもない。
連音は溜め息一つ、バッグを担ぎ上げる。

『そういえば、今日じゃない?なのはちゃん達が連休の小旅行するのって』
『ん、そうだったか?』
『そうよ。もしかしたら、バッタリと会うかもしれないわよ?』
『面倒臭い事になりそうだな。よし、気を付けて行こう』
そんな他愛無い会話をしつつ、それなりに込み合うフロアを出口に向かって進んでいく。




安息の時は、人を鈍らせる。
どれ程に注意をしているつもりでも、静かに、内側から自分を錆び付かせていく。

もしも、数年前の連音だったならば―――こんな失態は犯さなかっただろう。




春だというのに、白いロングコートを着た男が連音の脇を通り過ぎる。
帽子を目深に被り、顔を窺い知る事はできない。

「―――――――ッ!!」

男が過ぎ去る瞬間、連音は凍りついた様に足を止めた。
『ツラネ……!?どうしたの!?』
アリシアが顔を覗き込むと、彼女は驚いた。
連音の顔は青ざめ、目はこれでもかと言う程に見開かれていた。

途端、弾かれたように振り返る。ざわめくフロアの隅々にまで視線を送るが、男の姿は何処にも無い。
一瞬、見間違えたかという考えも過ぎるが、それはすぐに消える。

あの顔を、姿を、気配を、数百年経とうとも間違う筈が無い。
『ッ!?ツラネッ!?』
連音は人を掻き分け走り出す。アリシアも慌てて後を追いかけた。


その階に居ないと判断するや、階段を駆け下りて行く。

見つからないと、矢継ぎ早に再び上のフロアへ。


くまなく探したが、件の男を見つける事は出来なかった。
「クソッ……!」
苛立ちを隠す事もせず、壁を殴りつけると表面にヒビが走り、ハラハラと破片が落ちる。
『ちょっと……一体どうしたの!?』
余りにも様子のおかしい連音に、アリシアは言い知れない不安を覚えた。

連音は、滅多な事では怒りを見せたりはしない。見せたとしても、これ程に激しいものではない。

まして今、連音の心を占めているのは――――憤怒。憎悪。そして私怨。

連音をこれ程に、激しい怒りに向かわせる相手が居るというのか。

「………奴だ。奴がいたんだ………!」
『奴………?』
「あの日……何人もの、罪の無い人々の命を奪った……外道共の親玉……」
ギリ、と歯が噛み砕かれそうな程に食い縛られる。連音の瞳の奥に、どす黒い殺意の色が浮かび上がる。

「そして……………俺を、殺した男だ……!!」
『―――ッ!!』
連音の言葉に、アリシアは息を呑んだ。


連音が次元世界を渡るようになった切欠が、正にそれだったからだ。




雪の日の惨劇。
連音に命を与え、この世を去った辰守雪菜は、今の連音ですら太刀打ち出来るかどうかという程の使い手だった。
致命傷となったのは当然の事、連音に自分の命を、全ての血を与えた事だ。

だがその前に、既に雪菜は命に関わらないまでも深手を負っていたのだ。


魔導の才でも、戦闘者としての能力でも天才とされた雪菜を、例え我が子の事が合ったにせよ、そこまで追い詰めた相手。


しかも、その相手の血痕はあっても、死体はそこには無かったのだ。



推論は直ぐに立ち、それは証明された。

兇の、末端の構成員一人すら残さない完全なる壊滅によって。



兇の幹部達は、辰守家の血に関する事柄を何者かに教えられたのだという。

「もしも、その血を手に入れる事が出来たならば、人間を越えた力が手に入る」と。

疑念はあったが、組織としての力を失いつつあった兇が、その言葉に乗らない筈は無かった。



こうして、惨劇の準備は整えられたのだった。









『―――でも、本当にその男なの?』
「俺はあいつを忘れない……顔も、声も、姿も、全てを……!!」
憤りを吐き出し、拳を強く握り締めると、掌にジワリと血が滲み出た。
「奴がここに居たという事は、何かをする気かもしれない………絶対に見つけ出す!」
連音は右目の力を解放する。視界にすぐさま、あらゆるものの流れが映った。
その中から、男の気配を探る。
「クッ……!」
直ぐに限界は訪れ、鋭い痛みが走る。しかし、連音は尚も男の気配を捜し続ける。

「――――見つけたッ!!」
三分後、一般人の色とは異なる気配を見つけ出す。血涙を拭いながら、それを真っ直ぐに追いかける。

辿り着いたのは一般客の殆ど通らないエリア。その先にあるドアからは、関係者専用フロアへと通じている。

案内板には『輸送物資仕分け室  物資監察室』とあった。


「ここだ。この先に奴はいる……!」
連音はバッグを投げ捨て、琥光を起動させる。忍装束を身に纏い、琥光が煌く。
“不陰 起動”
隠密行動形態、不陰を発動させる。
ドアのキーロックは既に壊されており、連音はそのまま奥に進んでいく。


関係者フロアは不気味なまでに、静まり返っていた。足音一つすらも彼方まで響き渡る。

『でも、そいつはこんな所で何を……?』
「さぁな。だが、そんな事は奴を叩き伏せれば分かる事だ……!」
連音は琥光の柄を強く握り締め、眼前のドアを睨みつける。


『輸送物資仕分け室』と書かれた、そのドアのセンサーを殺し、手でドアを押し開ける。


(連音……誰かいる)
(あぁ、行くぞ)
滑るようにして室内に入り、荷物の陰に隠れながら進んでいく。

大きな木箱を背に、刃を鏡にして向こうを覗き込む。
映るのは―――――白いコートの男。


積まれた貨物の中から、何かを取り出したようだった。
男はそれを見て、満足そうに口元を歪ませる。

(何を取ったのかしら?)
(さぁな…………もう少し近付く)
連音は息を殺し、敵との距離を更に詰めんとする。

一撃必殺。その射程距離まで。


「―――そんな所に隠れていないで、出て来たらどうだ?」
「『―――――ッ!?』」
突如として掛けられた声に、ビクリと体を強張らせる。
『ツラネ……!?』
『っ………まだだ』
連音は動かない。明確に見つかったかどうか、その証拠は何も無い。
ただ、カマを掛けただけの可能性もある。

連音は息を殺し、身を潜める。

「――――はぁ」
しんと静まる仕分け室内に、男の溜め息が響く。手にした箱を置くと、足元にブラッディレッドの魔法陣が輝いた。

『―――ツラネッ!!』
『――ッ!?』
アリシアが叫ぶや、連音は木箱の陰から勢いよく飛び出す。

その瞬間、連音の居た場所が爆発を起こした。
周囲の物を吹き飛ばし、粉塵を散らして爆風が襲い繰る。

「―――やっと出てきたか。生憎だが、隠れんぼという歳でもないんだよ……こっちは」
男は姿を見せた連音を見据え、やれやれといった風に首を振った。

そして連音は敵から視界を外さずに、覆面の下で舌打ちする。
『アリシア、何が起きた……!?』
『分からない……連音の周りの空気が歪んだと思ったら……』
『俺と同じか。普通の魔法じゃないな………何をした?』
魔力弾を撃った訳でもなく、いきなり空間が爆発。それも物陰の連音を狙って。

得体の知れない敵の力に戸惑いを覚えるが、しかし連音は退かない。

眼前に立つのは討つべき怨敵。
敵の力が分からない程度で、退く事など出来はしない。

「結界……発ッ!!」
素早く印を結び、両手を叩き合わせる。連音は室内全体をカバーする結界を展開させる。

暗殺を失敗し、正面から戦う以上、最も懸念される事は空港警備員がここに来る事だ。
それは只の邪魔者にしかなり得ない。

『アリシア……下がっていろ』
連音は琥光の柄を握り、身構える。

「ククッ……良いな、その突き刺さるほどの殺気に満ちた眼差し……ゾクゾクするぞ?」
男はさぞ愉快とばかりに笑う。そして右手に、銀の鎖の付いたアクセサリーを取り出す。
その瞬間、閃光が走り、火花が散った。

一瞬で飛び掛かった連音の一撃と、高速起動した男のデバイスがぶつかり合っていた。
「おいおい、急ぎ過ぎだろ?」
「っ……!」
速度、タイミング、どちらも申し分無い一撃の筈だったが、それを容易く防いで見せる。

男のデバイスはシャムシールの形状に似た、1m近い刀身の曲刀。鍔に当たる部位に、タイガーアイに似た宝石が組み込まれている。

「フッ!!」
「ッ―――!」
男が刃を振り抜くと、連音は刃を支点に男の真上を飛び越える。
着地するとすぐさま振り返り、琥光を横薙ぎに振るった。
「―――っと」
再び散る火花。刃先を床に向けるように構え、連音の攻撃を再び防ぐ。
「ハハッ、こいつは良い……!腑抜けた局の連中とは一味も二味も違う……極上の獲物だ!!」
ヒュンと音が鳴り、男の刃が翻る。すると一瞬で周囲に斬撃が飛んだ。
斬られ飛ぶ荷物の残骸の中で、その全てを紙一重で躱し、反撃の鉄刃が飛ぶ。

「チィッ!」
男が曲刀で苦無を叩き落す。
“瞬刹”
その隙を突き、連音が一気に瞬刹で踏み込む。

狙いは、がら空きの左脇腹。横一文字に剣閃が奔る。



――――ギキィィィィィンッッ!!


「ッ―――!?」
散ったのは血の代わりに火花。掌に届いたのは肉ではなく、金属の感触。
斬られたコートの下に覗くのは―――――白銀の鎖。

「―――喰らえ、ヴァイパーヘッド」
男の言葉に、コートを引き裂いて鎖が襲い掛かる。

連音は再び瞬刹を使い、攻撃を躱さんとする。が、一瞬遅れ、鎖の先端―――蛇の頭の様な形状のそれが僅かに肩を掠めた。
「クゥ……ッ!!」
左肩の肉が喰い抉られ、飛び散る鮮血。

ズキズキと痛む肩を押さえ、連音は距離を取る。
睨む連音に男は愉悦の笑みを浮かべる。

鎖は男の体から離れ、左腕に巻きつく。
「あれを躱すとはな……ククッ、くだらない仕事と思っていたが、こんな極上の獲物と出会えるとはな……最高だ!」
男は狂喜し、右手を大きく振り上げる。

「ティガーテイルッ!!」
男の叫びに応じ、曲刀の宝石が光り、刃に深紅の魔力が宿る。
その気配に連音が飛び退くのと同時に、刃が振り下ろされた。

薄暗い室内に奔る閃光は、その先にあった全てを、バターの様に両断した。
「ヴァイパーヘッド!!」
左手が振るわれ、渦巻くように鎖が襲い掛かる。
「チッ!!」
身を捻り、ギリギリで躱す。その後ろの荷物がバラバラに砕け散った。

「魔導弾精製――――ハァッ!!」
連音は足を止めず、魔力弾を撃ち放つ。しかしヴァイパーヘッドによって容易く粉砕されてしまう。

琥光の斬撃にも耐える強度の鎖。更に鎖独特の柔軟性が威力を殺す。伸縮自在、攻防一体のデバイス。
あれがある限り、恐らくは打撃も有効打にならないだろう。

そしてティガーテイルという曲刀型デバイス。斬撃の威力も然る事ながら、まだ何かしらの機能を隠している。

そして最初の攻撃以来、使ってこない謎の攻撃。

元々、短期決戦と計っていた私闘。結界を張っていても、その気配に気付かれれば面倒事になる。


連音は更に集中力を高めていく。
空気が変わった事を察知し、男の表情も変わる。

左の鎖をダラリと下ろし、右手の刃を引く様に構える。
ジリジリと、間合いを互いに計り合う。


先制し、連音の足元に術方陣が輝く。
「チッ!!」
後の先を狙い、男が左手を振るう。弾丸と化した鉄蛇が連音に襲い掛かる。
「――魔導鋼糸ッ!!」
連音は左手を振るい、ストリングス・バインドを指先から放つ。
「何ッ!?」
鋼糸は流線を描き、その獰猛な牙を絡め取る。鉄の蛇は捕らえられ、両者は更に動く。
男は魔力を込め、横薙ぎに刃を振るい、魔力刃を飛ばす。
それを伏せて躱すと背後の荷物、壁や柱が切り裂かれる。
「楔ッ!!」
連音は勢い良く左手を振るう。すると魔導鋼糸が指から離れ、天井や壁、床に張り付く。
そしてカートリッジを爆発させ、一気に神速を発動する。
姿が消えた連音に、男は僅かに驚きの色を見せるも、直ぐに反応する。
その場で高く跳躍すると、天井を足場にして刃を振るう。

その瞬間、連音の姿が現れる。刃がぶつかり合い火花を散らせる。

「グゥ……ッ!?」
「うぉぉォオオオオオオオオッ!!」
その上から強引に連音が押し込む。力で刃を弾き飛ばし、拳を繰り出す。が、それは天井に突き刺さった。
弾かれた勢いに逆らわず、天井を滑るように移動したのだ。連音は拳を引き抜くとすぐさま宙を駆けた。






『ッ……!』
アリシアは離れた場所で戦いの行方を見守っていた。
魔導に関する敵と対する時ならば、アリシアは連音のフォローをする事が出来る。
だが既に、アリシアのフォローの利くレベルでは無い。

薄暗い室内に響くのは金属音、そして風切り音。高レベルの戦闘者同士の戦いは常人の認識できる範囲を逸脱している。

アリシアにはただ、連音の勝利を信じる事しか出来なかった。






男はまるで、重力など無いかの様に縦横無尽に移動する。
ある時は天井を、ある時は柱を、そして今は壁を、自在に移動している。
飛行魔法の応用で、似た事は出来る。だが、男のそれはそういった類のものではない。

まるで、そこに重力が在るかのように動いている。

「ハァアアアアッ!!」
宙を舞い、連音の刺突が繰り出される。それを逆さまのままで、天井に足を滑らせて回転して躱す。
「ブラッディ・ファング!」
連音の背後から、紅の弾丸となった鎖が唸りを上げて襲い掛かる。
それを辛くも躱すが、壁に跳弾し、再び襲い掛かる。
「クッ!?」
再び躱すが、跳弾は更に加速していく。数度の反射を経て、ついに流星と化した。
躱し切れず、琥光で受け流すように防ぐ。それでも更に反射し、今度は真下から。
「チッ!!」
既に躱せる速度ではない上、それだけでは無い。無限に伸びる鎖が、空間を埋め尽くし、連音の行動を封じている。

「―――チェックだ。ブラッディ・ホールドッ!!」
男の声と共に鎖が一斉に収縮する。否、獲物目掛けて、その体躯を絞ったのだ。

これは回避する事は出来ない。連音はそう、瞬時に判断する。
恐らく鎖には、バインド能力が備えられているのだろう。体の一箇所でも止められれば、瞬く間に身を封じられ、そして蛇の一撃が我が身を穿つ。

だが、まともにやれば―――――という前提の話だ。連音にはそれを覆す術がある。


「神速―――ッ!!」
“瞬刹”
繰り出すは、更に洗練された絶技―――無影。


その瞬間、大蛇の腹は無残にも斬り散らされた。
「何だと………ッ!?」
残骸を弾き飛ばし、疾風が吹く。

「グアァアアアッ!?」
男が苦痛の声を上げる。右腕が肘から先が離れ、クルクルと回りながら床に落ちる。
その後ろには連音の姿があった。床を擦り、強引に方向転換し、返す刃を振るうために無影の領域に再び入った。

(これで………止めだ!)

「グフ……ッ!?」
男の胸に、鋼の刃が生える。その位置に在るであろう臓器を斬られ、男の口からは大量の鮮血が零れ出し、ビチャビチャと水音を立てた。
「………」
連音は突き立てた刃をゆっくりと抜いた。
「グ………ゴホッ……!」
男はガクリと膝から落ち、崩れるように床に倒れ伏した。




『終わったの……?』
「あぁ、終わった……」
琥光は男の心臓を、寸分違わず貫いていた。最早、死の運命から男が逃れる術は無い。

連音は琥光を振るい、血糊を落とすと、静かに刃を鞘に納めた。
そして覆面を外し、深々と息を吐く。

これで本当に、過去に決着がついた。
だからといって、何かが帰って来る訳では無い。失われたものは、永遠にそのままだ。



「……奴の目的は何だったんだ?」
連音はふと、そんな事を考えた。仕分け室は見るも無残な状態にあり、どれが男の探し物だったのか、見分けが付かない。

しかし、男にどんな目的があったにしろ、既に語る事は無い。そしてそれを知る必要も無い。

これ以上、ここに留まるべきではないと、連音は結界を解除すべく、両手を合わせた。







その瞬間、連音の背中に血飛沫の華が咲いた。

「グ……アァッ……!?」
“主!?”
『ツラネッ!?』
琥光とアリシアが叫ぶ中、連音はガクリと膝を折った。装束は大きく切り裂かれ、血は止まる事無く流れ続ける。


「クク……まさか、ここまでやるとは……な」
「貴様ぁ……ッ!」
声に振り返った連音は忌々しく吐き出す。

心臓を貫かれた筈の男は、ふらつきながらも立っていた。

その脇に浮かぶのは、砕かれた鎖の頭。額に見える箇所に、ベットリと血の付いた鋭い刃を生やしていた。

「何故……生きている……!?」
「昔、仕事先でこんな風に殺されかけた事があってな……俺はその時体の良いモルモットにされたのさ。
それ以来、瀕死になっても………血さえあれば、俺は復活できるのさ」
そう言って、男は紅いカプセルを取り出す。それを口に放り込み、噛み砕く。

その時、連音は見た。
男の瞳が―――――真紅に染まっているのを。


男の復活の理由が、繋がった。
モルモットとは、月村家の―――夜の一族の血の人体実験。
それに使われたのは―――――連音の血。


ギリギリと、怒りに歯が音を鳴らす。

「うん?その顔、どこかで見た覚えが………ッ!?あの時の女と同じ顔……お前、あの女の血縁者か……!!」
「ッ……!!」
「なるほど。尋常じゃない殺気と思ってはいたが、あのガキと……後、あの女もか?の敵討ちってところか」
得心が行ったと、男は下卑た笑みを浮かべる。

「クッ……うぉおおお……ッ!!」
直撃の傷は深い。動こうとするだけで激痛が走り、意識を持って行かれそうになる。

「お、まだまだやる気か?だが、残念だな……これ以上は相手を出来ないんだ」
男は復元されたチェーンで、切り落とされた右腕を回収すると、転送魔法陣を展開する。
「逃がすか……っ!!」
連音が逃がすまいと動こうとする。
「おっと。俺を追うより……逃げた方が良いぞ?」
「何を……!?」
「俺がここで何をしていたか……教えてやる」
男が指差す。そこには木箱が在り、欠けた箇所から紅い光が零れている。
その光は、連音の見覚えが在るものだった。
「あれは、まさか………レリック!?」
「ご名答。そして、すでにマーキングしている」
男の言葉を受けてか、突如としてレリックの周囲に魔力が集中する。

「貴様……何をした!!」
「IM(インヒューレントマジック)【ディメンション・トラッパー】。様々な魔法を空間設置型に変える。そして、あそこには……時限型の爆発魔法だ」
「―――ッ!?」
「じゃあな。今度、ゆっくり相手をしてやる……………生きていたらな?」
「待て……うぐっ!」
連音を嘲笑い、男の姿が光の中に消える。

それに合わせ、レリックを取り巻く魔力が臨界を迎えた。
「っ――――――」




最後の瞬間、連音の姿は光に呑み込まれた。











新暦 0071年 4月29日。

クラナガン北部 ミッドチルダ臨海第8空港にて火災発生。

炎は瞬く間に空港全域に及び、職員、利用者の多くが取り残された。

夕闇近い空は紅に染まり、黒煙が覆い尽くしていた。












「ぅ…………ぁ……」
炎の割れ目、瓦礫の隙間から呻き声がした。しばらくすると、ゴリ、ゴリと音がし出す。
「ぅ……ぐぁああああ……ッ!!」
上に乗った瓦礫を除けて、這い出してきたのは――――連音。

全身に傷を負っていない箇所は無く、左腕は完全に潰れていた。
「はぁ……はぁ……。生きて……いるのか?」
痛みと熱気に朦朧とする意識の中で、最初に思ったのはそれだった

レリックの爆発は全てを吹き飛ばす。至近距離で巻き込まれれば、間違いなく死んでいた筈だった。

以前は運良く逃れる事が出来たが、今回は何故。


『………ツラネ』
「アリシア……ッ!?」
その時、目の前に降りてきたのはアリシアだった。
だが、その姿はボロボロで、瞳にも力が無い。

アリシアはそのまま、連音の胸に力無く倒れこんだ。

「アリシア……しっかりしろ!」
『ゴメンね……爆発、抑え切れなかった……』
その言葉を聞き、連音はハッとした。

レリックが爆発する瞬間、アリシアは連音の盾となり、爆発を押さえ込もうとしたのだ。
だが、結果として威力は抑えられたものの、相殺する事は出来なかったのだ。

連音は精一杯、アリシアの体を抱き締める。
「バカが……謝る事なんて……何も無いだろう!?」
『あ……人の事、バカって言ったなぁ……そう言う方が、バカなのよ……?』
弱々しく返すアリシア。徐々にその姿が薄らいでいく。

『はぁ……ちょっと力……使い過ぎちゃったかな……?疲れたわ……』
「……あぁ、ゆっくり休んで良いぞ……」
『………うん。ありがとう……ツラネ』
そう言って、アリシアはツラネに抱き締められたまま、静かに瞳を閉じた。
淡い光を残して、アリシアの姿は完全に消えた。触れていた感触も、全てが失われた。

「―――――ッ!!クソッ!クソォッ!!」

拳を床に何度と無く叩きつける。
皮膚が抉れ、血が滴り、それでも尚殴り続けた。


悪夢は繰り返した。

過去より来た悪魔が、再び牙を剥いたのだ。
辰守の―――自分の血を得て。更なる悪意を持って甦ったのだ。


「ぅう………ぉおおおおおオオアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
連音は激情のままに吼えた。そうしなければ、心が壊れそうだったから。









それから、どう歩いたのだろう。
痛む体を引き摺るようにして、気が付けば何処かのフロアにいた。

眼前に広がるのは炎の踊り狂う世界。それは正しく地獄であった。

過去の残照に心が軋む。

“主”
「……何だ?」
“右方向 距離10 生命反応”
「………子供か?」
琥光の示した方角に目をやると、そこには確かに小さな人影があった。


「ヒック……痛いよぉ……熱いよぉ………」
この地獄に恐怖したのか、背を丸めて座り込んで泣いている。

消火や救助がどれだけあるか分からない状況。このまま放置しておけば子供の命は確実に危険だった。


「―――おい、そこの」
「ヒック………誰?」
声を掛けられ、しゃくりながらも子供は顔を上げた。

それは、青い髪の小さな女の子だった。
プリーツスカートと、袖にラインの入ったシャツと、肩からはポーチを下げている。そして愛らしい顔は、今は涙と灰とでグシャグシャになっていた。

「ここにいたら……死ぬぞ。さっさと立て」
「っ……」
少女は首を振る。それを見て、連音は目の前の炎に向けて刃を向けた。
「五行剣、玄水刀……っ」
“五行相克”
「玄水波刃っ!!」
振り抜かれた刃は霧状に変わり、炎を瞬く間に打ち消す。水蒸気の白煙が上がる中、連音はもう一度、少女に向いた。
「もう一度言う。死にたくないなら、さっさと立て」
「〜〜〜〜〜ッ!」
連音の言葉に、少女はブンブンと首を横に振る。
「………そうか。なら、ずっとそこに居ろ。じゃあな」
連音はそう言い放つと、少女はハッとして顔を上げた。連音は踵を返して本当に行こうとしていた。


「―――ん?」
少し行くとグイ、と何かに引っ張られる感触がした。見下ろせば、少女が連音のマフラーを掴んでいた。
「やだ……置いてかないで……」
「………だったら歩け。自分の命は誰でもない、自分で守れ」
連音は少女の手からマフラーを引き剥がすと、再び歩き出した。
「ま、待って……!」
その後を、慌てて少女も追いかける。


好奇心からか、それとも怖さをごまかす為か。少女は道すがら、色々と尋ねてきた。
「ねぇ……怪我、してるの?」
「………」
「痛く……ないの?」
「………」
「どうして、怪我……してるの?」
「…………」
連音は後ろを歩く少女に振り返った。
「ッ……!ご、ごめんなさい……」
それを怒らせてしまったと思い、少女はビクリとして、そして俯く。
「………ここを抜ければ、出口はもう直ぐだ」
連音はまた歩き出し、少女はそれに続く。

そのエントランスホールには巨大な女神の像があり、普段ならば行き交う人々を見守っていただろう。

だが今は――――。



ピシリッ!



「―――ッ!?」
熱によって劣化し、台座に亀裂が走る。
それはあっという間に重量を支え切れなくなり――――崩壊した。

「キャアアアアアアアッ!!」
巨大な影が迫りくる恐怖に、少女は悲鳴を上げた。

「―――琥光ッ!」
“斬”
カートリッジを爆発させ、連音は琥光を居合いの様に逆手で抜き放った。
閃光が走り、女神像が真っ二つに両断される。
「―――ッ!?!?」
斬り捨てられた女神像は、轟音を上げて二人の脇に倒れ伏した。
破片が飛び散るが、バリアがそれを弾き、少女は事無きを得た。

「……大丈夫か?」
「…………」
少女は目を伏せ、耳を塞ぎ、身を震わせている。この様子では、平静に戻るまで時間が要りそうだ。
といってもこの火災では時間はないし、かといって今の連音に、子供一人抱える余力は無い。
折角回復した分は、丁度今、使ってしまったのだから。


「――――連君っ!?」
その時、女神像のあった方向から声が聞こえた。
「……なのはか?」
そこには、白いバリアジャケットの魔導師―――高町なのはがいた。







彼女――高町なのはは、フェイトと共に休暇を利用し、小旅行に来ていた。
はやてとは現地で合流する為、二人でミッドチルダ北部にやって来たのだ。

ホテルのチェックインを先に済ませ、後にはやてと合流。その時、はやての所に緊急連絡が入った。

ミッド北部臨海第8空港で、大規模火災発生。

その一方を受け、三人は急ぎ現場へと向かった。


現場は正しく地獄絵図。余りにも悲惨な状況に、指示系統も混乱し、救助、消火活動も思うように行かない。

はやてはすぐさま指揮車に入り、途中合流したリインと共に指示の建て直しを図る。

なのは、フェイトは空港内に入り、要救助者の確保に全力を尽くした。


その最中、なのはは現場奥のエントランスに、子供が取り残されているらしいという話を聞いた。

不確定情報ではあったが、誤情報ならそれはそれで良い。だが、もし事実ならば急がなければならない。

なのはは炎の海を突っ切り、奥に向かった。

まともに息を吸えば、瞬く間に肺にダメージを食らう。煙を吸わないようフィールドの調整に神経を使いながら、更に奥へと進む。


「――――キャアアアアアアアアッ!!」
そして、ついにエントランスホースが見えてきた時、なのはの耳に悲鳴が届いた。
「ッ!!レイジングハートッ!!」
“前方90ヤードに生命反応を確認”
前方には巨大な女神像。それは今、正に倒れんとしている。
「――っ!!」
なのははとっさに、バインドを仕掛けようとする。だが、バインドの発動と、像が倒れきるのはギリギリのタイミング。

(間に合って……!!)

祈るようになのはが魔法を発動させ―――――る瞬間、異変が起きた。
「え―――ッ!?」
閃光が奔り、なのはの脇を通り過ぎる。女神像は真っ二つに切り裂かれ、そしてなのはの後ろの壁も切り捨てられる。

轟音と粉塵を上げ、像が真っ二つに両断されて落ちる。その真ん中には二つの人影。
それを見て、なのはは驚きの声を上げた。


「――――連君っ!?」
名を呼ばれ、一人がこちらを見遣った。
「……なのはか?」



「どうして連君がここに……っ!?如何したの、その怪我!?」
なのはは連音の前に降り立ち、その惨状に気が付いた。全身傷だらけの連音に、なのは顔が強張る。
「俺の事よりも、あの子を連れて行け」
連音が視線で指し示す方向には、未だ震えたままの少女がいた。
「あの子は……?」
「その辺で座り込んでいた。仕方無しに声を掛けたら付いて来た……それだけだ。じゃあ、頼んだぞ」
「うん……えっ?ちょっと、連君ッ!?」
一人何処かへ行こうとする連音を、なのはは慌てて呼び止めようとする。が、連音はそれに足を止めない。

なのはは急いでその前に回り込み、連音を止めた。
「そんな怪我でどこに行くの!?危ないからここにいて?すぐに戻ってくるから……!」
「……退け」
連音は尚、なのはを押し退けて行こうとする。
「っ!だから、待って――――ッ!?」
なのはが手を伸ばすと、その腕をガシリと掴まれる。鈍い痛みが腕に走り、なのはは顔を顰める。

「俺に、構うな……ッ!」
「っ……!?」
向けられた視線に、なのはは身を竦める。

一度たりとも見た事が無い――――怒気と殺気とが入り混じった、余りにも凄惨な表情。

連音は掴んでいたなのはの腕を払うように離すと、今度こそ炎の中に姿を消した。


“Master?”
「………うん、分かってる。今はあの子……だよね?」
“Yes”
なのはは一度だけ、連音の消えた方を向き、そして改めて少女に向かって歩き出した。

「大丈夫?よく頑張ったね……もう、心配要らないよ」
震える少女に優しく声を掛けると、彼女は涙に濡れた顔を上げた。
なのはは優しく笑い掛け、そして天井を見上げる。
「安全な場所まで、一直線だから……!!」
“上空の安全を確認。強度との相対を確認。出力を調整します”
なのはは保護フィールドで少女を守ると、レイジングハートをバスターに切り替える。

レイジングハートを振るうと、足元に桜色の魔法陣が輝く。
“ファイアリングロック、解除します”
「一撃で地上まで抜くよ……!」
“All light,Load Cartridge”
レイジングハートが二発、カートリッジを爆発させ、薬莢が跳ぶ。
三枚の翼を開き、なのはは先端を上方に向けた。
“Buster,Set”
帯状魔法陣が展開し、光が収束していく。繰り出すのは、砲撃魔導師 高町なのはの真骨頂。
「ディバイン………バスタァアアアアアアアアアッ!!!」

桜色の閃光は、一瞬で炎と天井を吹き飛ばし、夜空を貫いた。



「……あの、あの人は……?」
「―――うん、大丈夫。あなたを連れて行ったら、すぐに迎えに行くから……じゃあ、飛ぶよ?」
なのはは胸に少女を抱えて、開けられた穴から脱出する。


「―――こちら教導隊01、エントランスホール内の要救助者、女の子一名を救助しました」
『ありがとうございます!流石は航空魔導師の【エース・オブ・エース】ですね!!』
「西側の救護隊に引き渡した後、すぐに救助活動を続行します」
『お願いします!』
やや興奮気味の通信士に、なのはは苦笑いを浮かべた。何時からか呼ばれるようになった『エース・オブ・エース』の通り名は、何度聞いても気恥ずかしい。

「っ……!?」
少女は、熱気の代わりに吹く夜風に、閉じていた瞳を開く。
黒煙を抜けて、瞳に映るのは満天の星空。そして自分を抱えて空を飛ぶ、優しい顔。

それは、少女にとって余りにも美しい光景だった。
とても怖くて、苦しい世界を抜けて、心がとても震えている。

見慣れていた筈の世界が、こんなにも綺麗だったと。




少女は救護隊に引き渡され、なのはは一度笑い掛けると、すぐさま現場へと飛び立っていった。
「っ………」
少女はそれを、ストレッチャーの上から見送っていると、不意に涙が溢れてきた。

あれだけの大怪我をしていて、それでも諦めないで足を進める人がいた。
炎渦巻く世界に果敢に飛び込んで、自分を助けてくれた人がいた。


それと比べて、痛い事、怖い事の前で何も出来なかった自分が、とても情けなくて。

救急車に運び込まれる中、少女の心に芽生えた想い。

痛い事、苦しい事、怖い事の前で何も出来ず、泣いているだけの自分は嫌だと。



―― 強くなりたい ――



その想いが、少女の道を定める指針となる。

少女の名前はスバル・ナカジマ。
後に、ミッドチルダの運命を決める戦いに挑む、ストライカーの一人となる少女である。










なのはは、スバルを救助したポイントまで戻っていた。

炎はさっきよりも勢いを増している。時間は余り無いだろう。
なのはは、連音の消えた方向に向かって飛ぼうと床を蹴った。
「―――ッ!?」
突如として、目の前の通路が崩落を起こした。入り口は瓦礫と炎に阻まれ、進む事は出来ない。
二次崩落の危険があり、さっきのように魔法で破壊する事も出来ない。

「レイジングハート、マップからこの先と繋がっている最短ルートを割り出して!」
“Yes,My Master”
なのははレイジングハートに命じると、すぐにその場から飛び立った。
火災による崩落が始まっている以上、一刻も早く連音を助けなければならない。
(あの大怪我……多分、飛ぶ余力も無いんだ……ッ!!)
なのはの脳裏に、未だ消えない光景が過ぎる。


『こちら、東部区画突入隊!火の手の回りが早くて救助が間に合わないッ!至急増援を!!』
『通信本部より教導隊01!至急、東部区画に向かって下さい!!』
「ッ……!?」
なのはの通信に指示が届く。東部区画は連音の行ったであろう方角とは、反対側である。
指示に従い動けば、連音の救援は確実に間に合わない。だが、東部にも救援を待つ人がいる。
『教導隊01、聞こえますか!?』
「………こちら教導隊01、了解しました。それと南西部区画に、重傷の要救助者を確認しています。捜索をお願いします」
『了解しました。捜索の人員を回します』
なのはは一度大きく息を吸い込むと、方向転換して東部区画へと向かった。















壁に機械の露出した薄暗い穴倉の中に、三人の人影があった。
「―――では、レリックの回収には失敗したと言うのかい?」
白衣を着た男の声が反響する。
「あぁ。予想外の事が起きてしまってな……仕事は果たせなかった。違約金は支払うさ」
コートの男は肩を竦める。と、白衣の男の女性がその目を鋭く細める。
「『ガラクタ如きの仕事を依頼するのか?俺には役不足だ』などと言っておいて、この体たらく……貴重なレリックを失っておいて、よく言うものですね」
「仕方ないだろう。こっちは腕を切り落とされたんだぞ?」
「だから何だと言うのです?依頼を果たせないのなら、貴方の言うガラクタ以下―――ッ!?」
女の言葉は突然止まった。いつの間にか女の喉には、鉄の蛇の牙が突きつけられていたからだ。
「余り調子に乗って囀るなよ………人形風情が」
「くっ……」
男の射殺さんばかりの視線を受け、女は黙るしかなかった。

「……まぁ良い。違約金は必要無いよ……代わりに、別の仕事を頼まれてくれるかい?」
「……何だ?」
「実は、最近開発されたという新型制御チップがあるのだが……それを手に入れて欲しいのだが……?」
「それは構わんが……そんな物、如何するつもりだ?」
「なに、大した事ではないよ………私の作品用の装備に使えるかと思ってね……」
空間モニターに映し出されるのは、幾つもの武装。
「了解だ。別に急ぎでは無いんだろう?あ、そうだ……一つ、聞きたい事がある」
「何だい?」
「昨夜の空港の一件……被害は?」
「施設はほぼ全焼。人的被害は………死者はゼロだそうだ」
「………そうか」
それを聞き、ポケットから黒光りする物を取り出し、穴に指を入れてクルクルと回し出した。
「……何だね、それは?随分と変わった……ナイフかい?」
「あぁ……貴重な戦利品だ」
男はニヤリと笑った。

「では、よろしく頼むよ……『テラー・エッジ』?」
「じゃあな……『無限の欲望』」















空港全域を焼き尽くした火災は、なのは達の活躍と初動の災害担当、陸士隊の努力によって、死者0名という奇跡的な結末を迎えた。


だがその中に、一名だけ行方不明となった人物がいた。

懸命の捜索にも拘らず、死体は発見されず、しかし救助者リストにもその名前は無い。

きっと無事に脱出している、いずれひょっこりと顔を出すだろう。という楽観的な考えは数日にして消え去った。


火災から一週間が過ぎても、その行方は不明。炎の見せた幻影の様に、彼は忽然と姿を消してしまった。


ミッドは勿論、地球にも連絡をするが、やはり行方は分からなかった。































あれから、既に4年の月日が流れた。
なのはは後日行われる試験の下見に、かつての臨海第8空港の近隣に当たる、廃棄都市街に来ていた。


なのはは、今も残る空港跡地を見下ろして思う。

もしもあの時、指示に従わずに自分が行っていたなら、連音を止める事が出来たのではないだろうか。

あの時の連音は、自分の知っている連音ではなかった。とても恐ろしく、とても危うい。

そんな連音の手を、自分は掴む事を止めてしまった。友達だと、そう言っていたのに。
「……ねぇ、レイジングハート?」
“何でしょうか?”
「もしあの時、あそこに居たのが私じゃなくて……フェイトちゃんや、はやてちゃんだったら……連君の事、止められたのかな?」
“……どうでしょう。あの時の彼は、普通ではなかったと記憶しています”
「………連君、きっと生きてるよね?」
“死体が発見されていない以上、その可能性はあります”


人のいない空虚な箱庭に、後悔の一滴が風に乗って散った。






















※犬吉さんへ
こんな連音は嫌だ、どうみても○ットリくんだ。


>グルグルほっぺのスーパー忍者。
「ニンニン」の声と共に風の如く走り、背中の忍者刀でズバッと一閃。

……これはこれで強そうですがwww





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