怒涛のような一日がようやく終わりを迎えようとしていた。
目覚めた災厄の力――ジュエルシード。
そしてそれを封じ、集める少女――高町なのは、喋るフェレット――ユーノとの出会い。
海鳴市に着いた途端、連続して巻き起こる出来事には、体力が自慢の連音も流石に疲労した。
だが、まだ連音には休息は許されない。
まだもう一つ、果たさなければならない約束があるのだから。



   魔法少女リリカルなのは  シャドウダンサー

       第五話  ウェンディとピーターパン



すっかりと日が沈み、町は夕焼け色から深い黒とネオンの輝きに染まる。
あれだけの事態があったにも関わらず、町は何とかいつもの流れを取り戻そうとしていた。
無論、全てがいつもの通りという事はない。
家を無くした者。家族、友人が怪我を負った者。もっと大切なものを失ってしまった者もいるだろう。
それら全てに、等しく闇は降りてくる。
夜は魂の安息の時。明日という未知なる世界に向かうために。
そんな夜の世界。星空に飛ぶものがあった。
辰守連音と、その背に背負っているのは屋上に置いてきた少女だ。
「ひゃぁ〜!本当に空を飛んでる!凄い凄い!!」
少女は見たことのない世界に興奮し、連音の背中ではしゃぐ。


屋上に急いで戻ったはいいが、少女の怒涛の猛抗議にただひたすらに謝るばかり。
それでも怒りの収まらない少女にどうしたら許してもらえるか、と言ったところ、少女の出した提案はこうだった。


もう一度、空が飛びたい、と。


連音としては彼女を下に降ろしてさっさと去りたかったのだが、後ろめたさを憶えている以上そうもいかず。
結局は彼女を背負い、夜空を散歩という事になっているのだ。
「寒くないか?」
「大丈夫。ちょっと肌寒いけど、平気や」
町に目を向けたまま答える。
四月とはいえ、夜ともなれば気温は下がる。まして、今二人がいるのは高度何百メートルという場所だ。
当然、寒くないはずがない。
一応気温などの変化を抑える――バリアの様なものを連音が展開していることもある。
だが、それでも少女にとって寒さなどは大して意味のないことだった。
今目の前に広がる世界。見上げるしか出来なかった世界を見下ろしているという事。
それは少女の全てを変える程の出来事だった。

「まるでピーターパンとウェンディみたいやな……」
「…それってあれか?ピーターパンと三人だか四人だかの姉弟がネバーランドの冒険するって話だろ?」
「まぁ、そこはどうでもええんやけど。
あれって影が取れたピーターパンがウェンディっていう少女に影を縫いつけてもらってそのお礼に妖精の粉を掛けてもらって空を飛べるようになるんや」
「それで?」
「わたしな、あの話好きやったんやけど…嫌いやったんよ」
「…なんで?」
そう聞かれて、少女は星空を見上げながら静かに答えた。
「だって、自由に空を飛べたら…車椅子なんて必要ないやろ?何処にでも自分の意思で行くことができるんやから……羨ましかったんや」
「………」
「せやけどあれは単なるおとぎ話。実際に人間が空飛んだり出来るはずがない、そう思ってた……でも…」
少女は大きく息を吸い込む。まるで今の時間を体の中に取り込もうとでもする様に。「命を助けてもらった上に、空まで飛べるなんて……ほんまに有難うな、忍者さん……」
「――っ!?」

少女の目にかすかに涙が滲む。
何の打算もない、純粋な思い。
少女のどこまでも真っ直ぐな言葉は連音の心を抉った。
深い自己嫌悪。

使命の為、町を守る為とはいえ自分は彼女の命と天秤に掛けたのだ。
だが町一つと人一人、どれだけ考えても比較する必要も無い。

連音自身も一瞬とはいえ、彼女を見捨てる事を考えた。
その事を間違っているとは思っていない。
きっと誰もがそれを間違っていると言うだろう。


――だが一時の感情、倫理観で一人を救い、その結果何百以上もの命を危険に晒す事は正しい事か。
それを正しい事だと言う事ができるのか。

しかし、蓋を開ければ不確定要素の登場により彼女の命と町、その両方を守る事が出来た。

心の中で誰かが囁く。
ならこのまま黙っていれば良い。
黙っていれば彼女は自分の事を命の恩人として思うだろう。
その方がどれ程都合が良いか。
なら言う必要のない事だ。

それこそどっちも守れたのだから。


どうせ彼女と出会う事など、この先無いのだから。


(本当に…それでいいのか……?どっちも守れたらそれで無かった事で済ませられるのか?
それは……彼女に対してあまりにも不誠実じゃないのか!?)


連音は顔を伏せたまま言った。
「………例を言う必要はない………」
「え…?」

喉がカラカラに渇く。吐き出そうとする言葉が表に出てこない。
どう言えば良い?
何を言えば良い?

考えても何も浮かばない。だから、そのままを言うしかできなかった。
「あの時…俺は君の事を見捨てようとしたんだ……」
「………ちょ、何をいきなり…!?」
戸惑いの色に満ちた少女の言葉。いきなりの告白に軽く混乱していた。
「俺はあの木を封じる最大のチャンスの時に落ちそうになっていた君を見つけた。
あの木には世界を滅ぼしかねない危険な力があった。だから、一刻も早く封印しなければならなかったんだ……。
あのまま封印すれば君が掴まっていた枝も消滅かもしれなかったのに……。 それ以前に君がもうもたない事にもすぐ気がついたのに……」



長い沈黙。その背に掛かる重さが増している気がした。
後ろにいる彼女の顔は見えないが、分かる。

戸惑いと悲しみと……裏切られた事への絶望。それらが今、彼女の心に渦巻いているはずだ。

連音はただ静かに断罪の時を待った。


そして、少女の口がゆっくりと言葉を紡いだ。
「二つ…聞いてもええか……?」
「!?……何を……?」
連音は少しだけ驚いた。彼女にどれ程でも罵倒を浴びせられる事を覚悟していたのに
彼女から放たれた言葉はあまりにも静かだったからだ。

まるで穏やかな湖面の様に。

「あの木がめっちゃ危険なものやったって事は分かるよ。……でも、だったら何でわたしを助けたんや?」
「……分からない……。ただ、君が落ちた瞬間にはもう飛んでいたから……」
「せやったら次…。どうしてその事を話したんや?黙っとったらわたしは知らんかったし、命の恩人やて思うとったのに?」
「それは……」
「それは……?」
「俺はその決断…というか、考え自体を間違っているとは思ってない。でも、その事とこの事は違う話だ。
全てが上手く治まったからといって、それで無しになる訳じゃない。
それに……君は俺に真っ直ぐに心を向けた。
なのに自分だけ都合の悪い事を黙っているなんて事は…君に対して礼を欠く行為だ。
俺は自分の罪を……ちゃんと償わなければならない」

「…………そっか……」
言うべき事は言った。連音は再びその時を待った。


細い指が連音の側頭部に添えられる。
何をしようとしているのか分からないが、それでも連音は静かに目を閉じる。


「せ〜の〜…うりゃ!」



グゥオチイイイイイイイインッ!!


突如として襲い掛かったのは、目から火花が出るのではないかと思う程に強烈な後頭部への衝撃。
そして全身を駆け巡る激痛に連音は悶えた。
後ろでは少女が額を押さえながら同じく苦しみ悶えていた。
少女は無防備な連音の後頭部目掛けて見事なヘッドバットをかましたのだ。

が、予想以上の連音の石頭ぶりにやった本人のダメージもかなり大きかった。

空を飛んだまま痛みに悶え続けるピーターパンとウェンディ。夢もクソもない光景である。

「ちょ、君、頭固過ぎやわ……く〜、めっちゃ痛い〜!!」
「ぐぅ〜〜〜〜っ!?何だよ一体!?」
「何って……これでチャラにしといたる、ちゅう事やろ」
「はぁ!?」
何をどう聞いたら自分が見殺しにされかけた事実を頭突き一発でチャラといえるのか、連音は肩越しに少女を見上げた。

「あ……」
思わず息を呑んだ。

月を冠し、夜空をまとう少女の姿。セミロングほどの髪が夜風に揺れてその隙間に星が煌く。


幼い少女の瞳の奥に光る――強い星。

その光に連音は魅入られた。

心の奥底から吹き上がる熱い何かが全身を駆け抜ける。

「…どうしたん?」
「――はっ!?いや、何でもない……それより…頭突きでチャラなんておかしいだろ?」 「……もしかして、もっとやられたいん?」
「すいません、勘弁して下さい」
「早っ!」


「大体やな、そういう考え方がいかんねん」
再び空を進みながら少女がダメ出しをしている。連音はそれをおとなしく聞くしかなかった。
下手な事を言うとまた頭突きを喰らわされるからだ。
あれを二度も喰らいたいとは絶対に思えない。
「自分かて、したくてそうしたんやないやろ?」
「そりゃそうさ。でもあの時は――」
「でも、結論は出せなかった……」
「うっ…」
「それって…わたしの命と町の命…どっちも同じだけ大事やったから…だから、何も決められんかったんやないの……?」
「同じだけ…?」
何処となく嬉しそうに聞こえた少女の言葉。


人と町……同じ重さの命。
失う痛みはきっと同じだと言っているのだろう。
その失った命が、誰かにとって世界そのものかもしれない。
その命が、どれ程の悲しみを呼ぶか決して分からない。


命の重さ。それは数ではない、と。


しかし、それはただの綺麗事でしかない。それを連音は知っている。
それなのに不思議なまでに少女の言葉は連音の心を強く叩いた。

そして、何故か寂しい気持ちも覚えた。

だから、彼女の言葉を否定する事ができなかった。
「……そうか…そうかもな。だが、それじゃ忍としては失格だな……」
「えぇやん…変に割り切りが良いよりも。こっちの方がすっとええよ?」
「う〜ん、頭突き女に言われてもなぁ〜?」
「ちょ、誰が頭突き女や!!」
頭突き女呼ばわりされて、少女が怒鳴る。もう先程のような空気は消え去っていた。もしかしたら勘違いだったか?連音はそんな気さえした。
「だって名前知らないし〜?」
「名前…?あぁ〜まだ言ってなかったけな。わたしは八神はやて。
八つの神に平仮名ではやて。ええ名前やろ?」
「疾風じゃないのか?」
「どこのフェアプレーが心情のロボットアスリートやねん!」
「じゃあ片仮名?」
「借金執事かい!!むしろそれをハリセンで叩くわ!!」
分かってはいたが、関西系は本当にノリが良いな、と連音は思った。
こういったやり取りは縁がないものと思っていたせいか、どうにも面白かった
「お前、本当に同年代か?ごまかしてるだろ、歳?」
「どこにごまかす要素が!?ていうか、最初のボケしといてそれを言うかぁ!?」


空中漫才も一息ついて。
「で、忍者さんのお名前は?」
「忍が名前を名乗るとでも?」
するとはやてはしくしくと泣き出した。
「はぁ…わたしは所詮、見捨てられた命や。名前も教えてもらえん…。あぁ…さっき真実を知った時、
この繊細なガラス細工のようなハートがパリーンと音を立てて砕けてしまったというのに……」
顔を手で覆い、さめざめと泣くはやて。勿論ウソ泣きである。
「強化ガラス製の間違いだろ!?」
だが、一言一言が連音の良心にグサグサと赤いナイフを突き刺していく。
その間もしくしくしくしく………。
ウソでも、このままずっと泣かれ続けるのを耐えられる程、連音は我慢強くなかった。
「あぁーっ!分かったからそのウソ泣きを止めろ!!」
「しくしく……名前は?」
「く〜〜〜〜ッ!………辰守連音…干支の辰に守る、音を連ねるで連音だ!これで良いんだろ!?」
「はい、良く出来ました〜♪」
はやては一転、ニコニコしながら連音の頭を良い子良い子する。
「ガキかっ!?」
止めさせようとするが、背負っている上、落とさないようにするので結局抵抗らしい抵抗が出来ず、されるがままだ。


はやての手がちょっとだけ心地良かったりするもので、連音は尚更複雑な気分だった。

「せやったら連音君」
「いきなり名前かよ!?」
「あ、わたしの事も名前でええよ?はやて、って」
「人の話を聞けよ……はぁ、もういいや…で、何だよ?」
口では絶対に勝てないと悟り、諦めに似た感じで連音は聞き返した。
「このままずっと飛んでいたいんやけど…そうも行かんから送ってくれる?」
「それは構わないけど……どこまでだ?」



海鳴市某所にある海鳴病院。
町にある医療施設の中でもかなり大きい病院である。

既に通常営業時間を終えているにも拘らずロビーには人が溢れていた。
勿論、混雑する事自体は珍しい事ではない。だが、今日の混雑は明らかに異状だった。
ロビーにいるのは怪我人が殆どだったからだ。
軽傷の者もいれば重傷な患者の姿も見える。

病院の中庭に降り立った連音は、はやてに言われるままに入り口へと向かった。
その先でこの光景を見たのである。


「今日の被害者達か……」
「酷い…」
連音の肩がぎゅっと掴まれる。その手は震え、ぶつけようのない何かを必死に耐えていた。
顔を見ればやはり、苦悩と苛立ちに満ちた表情。
「はやてがそんな顔をする事はない」
「うん…分かってはいるんや……せやけど……悔しいな…何もできんいうのは…」
「……そうだな」

(あれだけ派手に起きたんだ、これぐらいは当然か。この分だと他の病院も手一杯だろうな……)

あの時、ジュエルシードを発動させてしまった二人には町を滅茶苦茶にしてやろうなどと思う気持ちはなかった筈だ。
それなのにこれだけの被害が出たのだ。

ならば、悪意を持ってジュエルシードを解放されたなら。

連音は改めて思う。
この務めがどれ程重大なものなのかを。


そして、事件の裏に潜む闇。
ジュエルシードを封印する事もそうだが、それ以上に闇の正体、それを一刻も早く突き止める事。
それがこの町を守る最善の手段なのだ。


(今は手がかりすらないがきっと動く時が来る。その時はきっと守ってみせる…町も人も…今度こそ!!)

「――どうしたん?怖い顔しとるよ?」
「……何でもない。それより家じゃなくて本当に良いのか?」
「うん…家に帰っても、誰もおらんから……」
「いない?親は…っ!…そうか、そういう事か……」
雰囲気で事情を察し、連音はそれ以上何も言わなかった。
それをはやても分かったのか、ワザとらしく大きな声を出す。
「あ〜、でもあれやな。連音君、この格好で入ったら明らかに不審者かちょっとおかしい思われるな〜。どないしようか…?」
「心配はいらない。お前を入り口に置いていくからな」
「あぁ〜それなら安心……て、なんやて!?置いていくってどうしてや!?」
「ここまで運んだんだ、充分だろう?すぐに誰か気が付くさ」
そう言ってはやてを階段に降ろす。首に未練がましく掴まっていたはやてだったがやがて諦めて手を離した。

「…じゃあな」
「うん…しゃあないよね……こればっかりは……ありがとうね、ここまで送ってくれて」
「……一応注意しとくけど、ジュエルシード……ひし形の青い石を見つけても絶対に触るな。
あれは、はやてみたいな一般人にどうにかできるものじゃないからな」
「うん、分かった…ひし形の青い石やね……?」
「………」
「………?」
何となく、嫌な予感がした。なので正直にぶつけてみる。
「お前、今それを探そうとか考えただろ?」
「な、何の事や……?さっぱり分からんわ〜…ははは〜…」
と言いつつはやての目は泳いでいた。
予感通りでガックリときてしまう。
気のせいか、頭痛もしてきた。
「お前なぁ…あれだけの目に遭ってまだ関わりたいか!?」
「なっ…も、もしかしたら偶然…ぐ〜ぜんっ!どこかで見つけることだってあるやろ!?
それやったらしゃあないやん。偶然なんやから!!」
「そこまで偶然を連呼するなよ」
「うぅ……ごめんなさい…。せやけど、色々知ったのにそのままっていうのは我慢できんよ……」
はやての気持ち、それは連音も良く分かった。だが、だからといって一般人を巻き込む事はできない。
ましてや、それが自分と同じ年頃の女の子であるなら尚更だ。
危険という意味では何処にあるか分からないジュエルシードによって町全体が危険に晒されているというのも同じだろうが。

(そういえばあの…高町なのは、だったか…彼女も同い年ぐらいだったな…)

不意に思い出した白い少女の姿。
彼女も、今のはやてのような思いを抱いているのだろうか。
そんな事を考えてしまう。

「――とにかく、これ以上関わるな。今回は無事でも、次はどうなるか分からないんだからな?」
「それは連音君も一緒やろ?危険な事して…次はもしかしたら…なんて事だってありえるやろ? 知らん人が傷ついてこれだけ嫌な気持ちなんや…知っとる人やったら…。
わたしには連音君みたいな力はないけど……それでも何かしたいんよ……」
はやてが吐き出すように自分の思いを言葉にしていく。
その姿に連音は彼女の事を一つ、理解した。


彼女は自分よりも誰かを優先させる人間なのだ。
そして他者の痛みを誰よりも強く感じる優しさと、慈しみの心を持っているのだと。 それこそ、自分の命と引き換えても良いと思ってしまうぐらいに強く。


この歳でそこまで思わせる程の何かを、はやては抱えているのかもしれない。

だが、彼女は連音のように訓練を積んでいる訳ではない。
足の不自由を抜きにしても到底受け入れられる話ではなかった。

例え力があったとしても、だ。


「お願いや…連音君……!」
はやての言葉に連音はただ黙っていた。はやては真っ直ぐに連音を見つめ、その答えを待つ。
強い風が植え込みの葉を大きく揺らした。


「はやてさん!?」


不意に掛けられた声にはやてが驚き、振り返った。
そこにいたのは、はやてと同じぐらいの髪の長さの白衣を着た女性。
その顔ははやての良く知る人物だった。

「石田先生っ!?」
彼女は海鳴病院の勤務医ではやての主治医でもあった。はやては思いっきり慌てた。
何せ今自分と一緒にいるのは一見すればただのコスプレイヤーか変質者である。
それを格好も含めて上手く説明するなんてウルトラCをやってのけるには余りにも唐突で時間も無さ過ぎた。
「あ、いや、ちゃうんです!この人は怪しくなんて…た、確かに一見すると怪しいと言うか怪しい以外の何物でないっちゅうか…でも、それでも結構いい人なんで――」
「誰か…いたの?」
「へ…?」
はやてが視線を戻すとそこには誰も居らず、ただ肌寒い風だけが吹き抜けるばかりだった。
「そんな…何で……」
さっきまでの事がまるで夢だったのではないかと思うほど、はやての瞳にはその空間は寂しく映った。
「ちょっと車椅子はどうしたの…て、何これ!?体中傷だらけじゃないの!!もしかして今日の変な事件に巻き込まれたの!?
さ、診察室に行くわよ。部屋も一応用意するから」
石田医師が何かを言っているがはやての耳には届かなかった。
はやての目にはただ、月と星だけが映っていた。


そして石田医師に抱き抱えられて、はやては病院の中に消えていった。





病院を後にした連音は今度こそ月村邸に向けて移動していた。空を飛ばず、ビルを跳び越えて走る姿は正に忍者のそれだった。

“疑問 行動不可解”
「何で彼女に何も言わないで消えたのかって事か?」
“肯定”
「彼女は病院にいる怪我人を見て冷静さを失くしていただけだ。
何を言ってもあの状態じゃ無駄だろうと思っただけだ。それに…」
“……”
「力を持たない一般人より、力のある一般人の方が厄介だ。
それも……はやてのように目覚めていないのならともかく…高町なのはの様に目覚めている場合は特にな」
“納得”
素質、才能といったものは何かしらのきっかけが無ければ目覚める事はない。


例えば、ヨーロッパのサッカーリーグで活躍出来るほどの才能を持った人物がいたとして。

その人物がサッカーというものに触れずに人生を過ごしていたなら、その人は才能を開花させていただろうか。


同じように、彼女が魔道に目覚めたきっかけ。それが現れる前の彼女は恐らく普通の少女だった筈だ。


この世界には無い異世界の力、魔法。
そして、世界を滅ぼす力を秘めた災厄の魔石。

これらが彼女の目覚めるきっかけである事は容易に推測できる。
という事は、彼女はまだ目覚めて時は経っていないという事だ。

素人同然。才能のみで戦う危うい状態だ。



「やれやれ…問題山積みだな……まだ初日だぞ〜?」
ビルの屋上から電信柱の上、そして信号機の上と飛び移りながら連音は先行きの不安に溜息した。

やがて、ビルから住宅地へ、そして林道に。
木々を渡りながら街灯の無い道を飛び越えた先に、闇に浮かぶ屋敷の明かり。


やっと帰ってこれた。
その事実に安堵した途端、襲ってきた疲労感に体が重くなった気がした。
門柱に降り立ち、忍装束を解除すると元の服装に戻った。

最初に地面を転がされたせいでそこら中が汚れているものの、破れたりはしていない。
その事にまた安堵し、おもむろに門柱から飛び降りた。



チュドーーーーーーーーン!!!





「つ…連音君!?何で、え、どういう事!?何で連音君が!?」
「いや〜、ゴメン。罠の事言うの忘れてたわねぇ〜……生きてる?」
「大丈夫ですか、連音様?ファリン、救急箱を!」
「ハイ、お姉さま…あぅ!?」
ズデーン。
「あ〜あ、何やってるのよ、もう…ノエル、行ってきて」


「それより……早く俺を発掘しろぉーーーーっ!!」


ボロボロの連音がクレーターから発掘されるのはもう少し後になりそうである。























ようやく長い一日が終わりました。
さて次回、ようやく彼女の出番………になるでしょうか?(オイ
連音君にももっと忍者らしい活躍をさせたいです…。







作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。