切り離された闇が暴走を開始する。

世界が滅びるまで僅かとなった世界。その運命を変える為に戦う、なのは達。
だがしかし、闇は更なる力を以って全てを破壊せんとする。

なのはに向けられた破壊の光。

全員が絶望に塗り潰されそうになったその時、聖なる獣の巨爪が闇を引き裂いた。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

    第二十一話  聖夜、永遠の夜が終わる刻(後編)



『キャアッ!!』
内部世界が壊れるのでは、と思う程の凄まじい揺れにアリシアが悲鳴を上げる。
「派手にやっているみたいだな……っ!」
『これ、ちょっと脱出できるの!?』
「落ち着け。バリアを破壊しているだけだ」
連音は集中を崩さず、その時を待つ。


安定が何時壊れてもおかしくない状況にあって、冷静さを保ち続けるよう努める。

「流導眼、解放……!!」
四回目の大きな揺れの後、連音は流導眼を開放した。
闇の中に、濁流のような魔力の流れが見える。

「行くぞ、アリシア!!」
『――うん!』
アリシアの体が連音の中に消え、刻印の翼が蒼白く染まる。

「西天の守護者――地を駆ける獣達の王よ――」
術方陣から、陽炎のように揺らめき立つ。
「大道万里を駆け抜け――銀の牙と鋼の爪を以って、全てを切り裂くものよ――」
それは徐々に形を持ち始める。神々しくも獰猛なる獣の姿を。
「我、今ここに願わん――偉大なる汝の名を借りて――」
白い陽炎が連音の体を包み込み、闇を煌々と照らし出す。

「我が爪牙、汝が力の一欠片と成らん事を!!」

連音は琥光を闇に向かって大きく振り上げる。

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


白い閃光が軌跡を描き、闇を一薙ぎで切り払った。











飛び散った破片が、バラバラと音を立てて氷の大地に堕ちる。
切り裂かれた空間の向こうに見えるのは、深い深い闇。

そして、真紅の光と純白の陽炎。


何が起きたのか理解できない面々は、一様に驚愕の表情を浮かべていた。



それは、衛星軌道上のアースラでも同様だった。

「あ……ッ!!エイミィ、状況は!?」
逸早く立ち直ったリンディが、状況確認の指示を出す。
「は、はい!直ちに!!」
その声に我に返ったエイミィがコンソールを叩いた。
「ウソ……これって、まさか!?」
そして、またもや驚愕した。



エイミィが答に辿り着いたと同時に、二つの世界に力強い声が響き渡る。

『竜魔――――』

「この声って……!?」
はやてが、ハッと目を見開く。


『五行奥義―――――!!』


「まさか……!!」
なのはが驚きと、それ以上に喜びの声を上げる。


『乃四―――ッ!!』


「――――レェエエエエエエンッ!!」
フェイトが涙を零して、その名を叫ぶ。



「――――――白虎ぉおおおおおおおッ!!」



連音の咆哮と共に、白光が旋風と共に夜を切り裂く。
「キャアッ!!」
閃光は、なのはの脇を抜けて天に昇り、そして凍てつく大地を砕き、それは降り立った。

舞い上がる氷の粒が白煙となって舞い上がり、雄々しき巨躯は神秘性を尚も増す。

檻より解き放たれた聖獣は、ゆっくりと闇に向き直り、獰猛なる眼差しで敵を突き刺す。
聖なる白き体は、陽炎のように揺らめきつつも、力強く大地を踏み締め―――


『――――――――――――――――――ッ!!!!!!』


その雄叫びは大気を震わせ、遥か彼方の大地をも揺さぶる。


なのは達も、思わず身を竦ませ耳を塞ぐが、それでも衝撃は薄らがない。

魂を揺るがす咆哮から解放された面々が、改めてそれを見遣る。



「何だよ、あれは……!?」
「分からん……敵、なのか?」
守護騎士達は、見た事の無い存在に戸惑い、それははやても同じであった。

連音の声がしたと思ったのに、出て来たのは巨大な白い虎。
連音の戦う姿を、一度も見ていないはやてには理解する事は出来なかった。



そして一度、目の前で見ているクロノとフェイトは復活が早かった。

「レンッ!!」
フェイトの声に、白虎が振り返る。視線が合ってしまいフェイトは「ヒッ!?」と、ちょっとだけ情けない声を出した。

しかし、その白虎の中に人影を見つける。その人影もまた、フェイトを見上げていた。

フェイトが何かを言おうとするその脇から、クロノが顔を出した。

「連音!!」
「クロノ!状況を教えてくれ!!」
「簡潔に伝える!デュランダルによる凍結に失敗したッ!!奴は君の力を、エレメントチェインをコピーしている!!」
「エレメントチェイン……陰陽五行の事か……それで?」
「奴を足止めしないと、なのは達の砲撃が撃てない!!あの力を打破出来るのは君だけだッ!!」

「…………つまり、あいつを凍らせれば良いんだな?」
連音の言葉にクロノが頷く。

(アリシア、もうちょっと頑張れるか……?)
(後でご褒美、貰うからね?)
(分かった……行くぞ!)


白虎の足元に、巨大な白の術方陣が展開される。
白光が輝き、白虎の姿が足元から霧散していき、それと共に術方陣の光がドンドン強まっていく。

連音の足が氷の大地に触れると波紋が広がり、術方陣がそこから色を変えていく。

「五行相生……其、すなわち森羅万象の理なり……!」
白は真逆の色―――黒に染まり、更に巨大に拡がっていく。

同時に、周囲の大気の水分が凍り付き、ダイアモンドダストを形成し始める。
「うぅ、寒ッ……!」
バリアジャケットの上からでも異様な寒さが侵食を始め、ヴィータが肩を震わせた。


そしてクロノは、別の意味で震えていた。
先ほど使っていた魔法を解除してまで、何を仕掛けるのか。

思い出されるのは、時の庭園での戦い。


エターナルコフィンですら、凍らせられなかった相手を凍らせる手段。

あの炎に匹敵する氷結なら、或いは。しかし、その規模はとんでもないものだ。


そんなクロノの不安を的中させる声が響く。


連音は、まるで舞うかのように流麗な捌きを見せる。
「北天の守護者――数多の水氣を司る大海の王よ――」
黒の魔法陣が消え、氷の大地が振動する。
「堅牢なる護り手――何者もそれを砕く事敵わず――」
その下から幾つもの氷山が生まれ、更に分厚い氷の大地が冠氷を押し上げ粉砕する。
「我強く願わん――眼前の全ての災いを阻む為――」
連音の足元が盛り上がり始める。それはあっという間に巨大な氷山となり、闇と同等の大きさとなる。
「偉大なるその力――貸し与えたまう事を―――ッ!!」

巨大な氷山が四本の柱によって持ち上がる。
轟音を上げて、大地の一部が持ち上がり、先端に翠の双眸が光る。
その反対側も同様に持ち上がっていく。
そして、大地から切り離されたそれは、高々と鎌首を持ち上げ――――甲高く吼えた。

「竜魔五行奥義乃参―――――――――玄武ッ!!」
『―――――――――――ッ!!』


現れたのは、氷の亀と蛇。
光の加減で黒く映るそれは、亀は静かに、蛇は敵意を持って闇を見据えている。




闇よりも一回り大きい存在の出現に、全員が呆然とする。
「……ハッ!?皆、回避距離を取れ!!巻き込まれるぞ!?」
一足早く復活したクロノが、全員に指示を出す。
「うん。皆、急いで!」
その声になのはらアースラ組が復活し、事態について行けない八神家の面々を引っ張る。


玄武と対峙する闇も、更に禍々しさを増して再生する。
一つ目に浅黒い肌と、骨だけの翼。更に全身に何本もの生体砲台を備えている。

(ツラネッ!!)
「―――ッ!?」

生体砲台が魔力をチャージし、レーザーを放つ。
「甘いっ!玄武ッ!!」
『―――――ッ!!』
玄武が片足を上げ、大地を踏み鳴らす。すると何本もの氷柱が斜線上に突き出す。

魔力のレーザーはその中で乱反射し――――

『――――――――ッ!?!?』

―――全てを撥ね返した。幾つもの爆発が闇を呑み込み、砲台を粉々にする。


「玄武は四神最高の防御力を持つ……そんな攻撃が通ると思うなっ!!」
ダメージを受けながら、しかし闇は更なる攻撃を構える。

巨大な口を開け、凄まじい電流が魔力と共に収束していく。

対する玄武も深く前傾姿勢を取り、帯状術方陣の展開した四肢を大地に食い込ませる。そして大きく口を開いた。
巨大な術方陣が眼前に展開され、そこに漆黒の魔力が収束していく。



二つの光が瞬く間に臨界点を向かえ、閃光は同時に放たれた。


氷の大地を抉りぶつかり合う、二つの強大な魔力。周囲にその余波を撒き散らし、距離を取っていたなのは達の所にさえ、それが掠める。

「っ!?凄い魔力が……ここまで!?」
「……不味いな」
「…?クロノ君……どういう事?」
拮抗していると思っているなのはだったが、クロノはそうは見ていなかった。

「連音の方は、氷結属性の砲撃だ。奴は氷結を電気に変える事が出来る……このままじゃ、僕の二の舞だ」
「じゃあ……レンは!?」
フェイトが不安さを露にしてクロノに詰め寄る。
「連音なら、電気を炎に変換できるだろうけど……そんな余裕は無い……」
「そんな……!?」
「だけど何かやる筈だ。あの力は元々、彼のものだ。その弱点も、分かっている筈……!」
しかし弱点があったとしても、押し切られればその瞬間、連音の存在はこの世界から消える。

そしてクロノの不安通り、徐々に玄武が押され始める。
「クッ……!!流石にやるか……!?」
(ツラネ、このままじゃ……!?)
不安を口するアシリア。しかし、連音は不適に笑う。

「……防衛プログラム如きが、よくもここまで……五行を使うものだ……だがっ!!」
周囲の冷気が更に増すと共に、玄武が力を増大させていく。
徐々に、玄武の魔導砲が闇を押し返し始めた。

「五行とは森羅万象の理……それを理解して、初めて真の力を発揮する!!」
闇の生み出す電気の力が弱体化し、氷結に呑み込まれ始める。

「玄武の象徴は水氣と冬。すなわちここは、玄武の支配する世界!お前如きが、デカイ顔を出来る場ではないッ!!」
周囲の冷気と、エターナルコフィンの魔力を喰らい、更に力を増していく。
「五行比和、水氣旺盛!」
自然の全てを己の力に変え、玄武は全てを叩き込む。

「―――消えろ、氷閻黄泉の彼方へ!!」
『――――――――――――ッ!!!』

玄武が咆哮と共に撃ち放った閃光が闇を魔導砲撃ごと喰らい尽くし、そのまま遥か彼方の水平線まで貫いていく。



眩い閃光が消えた後には、その存在の一欠片さえも完全に凍結された防衛プログラム。
そして、その遥か後方―――100km近い範囲に、結界を貫いて冠氷が生まれていた。


防衛プログラムを完全に凍結させると、玄武の体を構成する氷がひび割れ、バラバラと轟音と共に崩れていく。

「よし、さっさと決めろっ!!」
「……え?あっ!?うんっ!!」
壮大すぎるスケールに圧倒されていたなのは達が、連音の一声で我に返る。

連音は一気に飛翔し、なのは、フェイト、はやてが防衛プログラムを囲むように陣取る。

「行くよ、フェイトちゃんッ!はやてちゃんッ!!」
「「うんっ!」」

三人は一斉に砲撃魔法を構える。


”Starlight Breaker”
「全力全開っ!スターライト―――!」
なのはの眼前に展開した魔法陣に、星の光が集う。

「雷光一閃ッ!プラズマザンバーッ!!」
バルディッシュを肩に担ぎ、フェイトは天空より撃たれる雷光を受け止めた。
紫電がスパークし、金色の閃光が刃より放たれる。



はやてがシュベルトクロイツを掲げ、そこに漆黒の光が集い始める。
足元に輝くは、白のミッド式魔法陣。

はやては眼下のそれを見遣った。
「……ごめんな………お休みな……」
一切動く事無く、その瞬間を待つそれに、はやては小さく謝った。
『………』
唯一人、それを聞くリインフォースは何も言わなかった。自分を食い殺そうとしたものにさえ慈悲の心を持つ主を、誇りに思えた。

はやては少しだけ瞳を閉じ、そして力強く開いた。

闇の書に選ばれた者として、夜天の王として、その責務を果たす為に。

「――響け、終焉の笛っ!ラグナロク――――!!」
シュベルトクロイツから電光が奔り、閃光に変わる。
眼前にベルカ式魔法陣が展開され、黒いスパークを纏った三つの光球が生み出される。



全員がチャージを終え、僅かに視線を交差させる。

「「「ブレイカーーーーーーーーーッ!!!」」」

トリガーを引き、放たれる一斉砲撃。
三色の閃光が防衛プログラムを、氷の大地ごと撃ち貫く。

その威力に大地は崩壊し、津波を巻き起こす。



そして大爆発。砕け散る氷塊。その爆風が嵐となって吹き荒れる。




そしてシャマルは、その間に旅の鏡を展開していた。
本体を破壊しても、コアがある限り何度でも再生する。

真に破壊するべきは、そのコア。
しかし、普通にやってはコアを捉える事はできない。

全てを完全に破壊し、そして再生の始まる地点。そこに在る物こそがコア。

「――本体コア、露出!………捕まえ……たッ!!」
旅の鏡の中に、禍々しい闇色の光が映る。

それこそが本当の闇。


「長距離転送!!」
「目標、軌道上!!」
ユーノとアルフが、コアを挟み込むように強制転移魔法を展開する。

完全に捕らえた事を確認し、チェックを掛ける。

「「「―――転送ッ!!」」」



三色の魔力光が混じり合い、巨大な帯状魔法陣を生み出す。
海上の残骸の中から強大な魔力の塊が、やはり三色の魔力光に拘束されて遥か天空に射出される。





「コアの転送、来ます!!転送されながら、生体部品を修復中!?凄い早さですっ!!」
アレックスがモニターするデータを報告する。

『アルカンシェル、バレル展開!!』
エイミィがコンソールを素早く叩き、アースラの眼前に魔法陣の砲台が展開される。
無機質な光が収束し、冷たい輝きを放ち始める。


リンディが赤い鍵を取り出し、宣告する。
「ファイアリング・ロック・システム、オープン!!」
すると彼女の目の前に、透明なキューブに入った青い球体が現れる。
「命中確認後、反応前に安全距離まで退避します。準備を!!」
「「了解ッ!!」」

アレックスとランディが、エイミィと合わせてプログラムを打ち込んでいく。


アースラの前に、転移魔法の光が直接確認される。
リンディは球体に備えられていた鍵穴にキーを差し込んだ。

すると球体とキューブが赤く染まる。
リンディは思わず固唾を呑んだ。心を過ぎるのは万感の想い。

ここに至って、ようやくリンディは自分の心に気が付いた。
夫――クライド・ハラオウンの無念を……いや、自分の中の我侭な思いに決着をつけたかったのだと。


転移を完了し、宇宙空間に蠢く醜悪なる存在。
たった一人の人間の絶望が、憎悪が生み出した、その化身。


しかし、その事を知る者は僅かにさえ満たない。


「アルカンシェル―――発射ッ!!」
リンディはキーを僅かに右に捻った。カチリという、余りにも小さな音。


それを正しく引き金にし、閃光が放たれた。


永遠の闇に終焉をもたらす為に。

















「……おい、あれ?」
「ん?な〜に……?」
誰が最初に、それに気が付いたのだろう。分厚い雪雲を突き抜けて、眩く光る空。

誰もが足を止め、それを見上げた。

幾度と無く奔る閃光。それは数十秒にも至り、ざわめきは町中に拡がっていた。




後に【イヴのミステリー】と呼ばれる、怪奇現象の誕生であった。











結界内の海鳴海上でも、全員が空を見上げていた。
勿論、其処から何を見る事も出来ないが、それでも、そうする気持ちを抑える事は出来なかった。



そして、長く感じる時間が過ぎ、エイミィからの通信が全員に届いた。
『アルカンシェルによる、コアの破壊に成功!再生も無し!状況、無事終了!!現場の皆、御疲れ様でした〜ッ!!』

底が抜けたようなエイミィの声に、全員が安堵の溜め息を吐く。
「ったく……エイミィ、ちゃんと報告をしろ!」
『え〜!?良いじゃん、緊張しっぱなしだったんだから〜!』
エイミィがブーブーと文句を言う。
そんな二人のやり取りに、面々が笑いを零す。

クロノは笑われて恥ずかしいのか、少し顔を赤らめながら、デュランダルを大気状態に戻す。
『まぁ、まだ残骸の回収とか市街地の修復とか、色々あるんだけど……とりあえず、皆はアースラに戻って、一休みしてって』

全てが終わり、砲撃で散った氷が、雪のように降り始める。

連音は覆面を取り、灰色の空を見上げた。

(はぁ〜あ、疲れたぁ……私、少し眠るね……あ、フェイトには私の事)
(あぁ、黙っていれば良いんだろう?)
(うん、お願い……)
アリシアの意識が内側で消えるのを感じると、疲労感がドッと噴き出す。

流石に竜魔の奥義を連発した事で、魔力も体力も、もう限界を超えていた。
「大丈夫か、連音?」
「あぁ、でもこれ以上は駄目だな……疲れた」
そう答えると、クロノは呆れたように肩を竦めた。
「防衛プログラムに取り込まれたんだぞ?本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫、問題ない……」
「……そうか、なら良いんだが……」

「連音君ッ!!」
「ん?」
クロノの向こうから声がした。クロノが退くと、そこには複雑な表情のはやてがいた。

「あ……えっと……っ!?それ、怪我しとるん……!?」
「あぁ、もう治ってる。問題ない」
血みどろの装束に驚いたはやてだったが、連音の言葉を聞き、少しだけ安堵する。
「はやてが、無事で良かった……」
連音は出来る限りの思いを込め、微笑み掛ける。

「―――っ!連音君ッ!!」
「――っと」
はやての体が、連音に飛び込んできた。温かく柔らかな、そしてちょっとだけ重イ感触が伝わってくる。
「連音君、連音君、連音君―――-ッ!!」
はやては泣きじゃくりながら、ひたすらに連音の名前を呼び続け、そして抱き締める。

「―――あぁ、良く頑張ったな、はやて……」
そっと、その背に手を回し、優しくポンポンと叩いてやる。
はやての心が落ち着くように、と。

そうする事で落ち着いたのか、はやてが触れる手をそのままに、少しだけ離れる。
「あ――」
連音が指で、そっと涙を拭い取ってやると、はやての頬が赤く染まる。

「ったく……お前って、結構泣くな」
「―――うるさいわ」
「何だとぉ?」
「何や?」
笑い合いながら、互いの心を近くに感じる。



「―――ん?」
「―――え?」
そんな二人の肩に不意に力が掛かり、強引に引き剥がされる。

「テメェ!!はやてに近付いてんじゃねえよ!!」
ヴィータが凄い形相で連音に迫り―――

「はやて、レンとくっ付かないで!あの魔法で、連音はすっごく疲れてるんだから……!!」
もの凄い威圧感を放ちながら、フェイトがはやてに詰め寄っていた。


ギャーギャーと、一気に賑やかしくなり、なのはは苦笑いを浮かべた。

「にゃはは……あ、そうだ。エイミィさん?」
『何、なのはちゃん?』
「えっと、お兄ちゃん達は……どうなりましたか?」
『あぁ。被害の酷い所以外の結界は解除してあるから、今頃は、元いた場所に戻っていると思うよ?』

「そうですか……良かった?」
そう言いつつも、なのはの心には一抹の不安があった。

(お店……大丈夫かな?)










「えっと、どうなってるの、これ……?」
忍が呆然と呟く。
「さ、さぁ……?」
那美がやはり呆然と呟く。
「………」
さしもの恭也も理解できず、戸惑いを隠せないでいた。

海に白と黒の光があって、黒い方からいきなり化け物が現れたと思ったら、何度も爆発やら何やらが起きた。
そして、いきなり海が凍りつき、雷が落ち、そして巨大な白い虎が現れて、そして更に氷の亀らしきものが現れた。
そうしたら、その亀が光を放ち、海の彼方ごと化け物を氷漬けにした。

そして最後は三色の光がそれを爆砕。光が遥か天空に飛んでいった。


一体、何を理解しろというのだろうか。
予備知識も無く、それが出来る人間がいたらならば、そいつは絶対に超能力者か、もしくは生粋の変人だ。
高町恭也は、心の中でキッパリと言い切った。


「うぅ〜〜〜〜あああああああっ!!もうッ!!」
理解を出来ず、我慢の限界を超えたアリサがついに壊れた。
「何なのよぉおおおおおおおおおおおおッ!!!」
頭の雪を払い、遥か雪雲に向かって魂の叫びを放つ。が、当然、答が返ってくる事は無い。

そして、那美はある事に気が付き、見る間に顔を青くしていった。
「あ……あの……恭也くん、忍さん……?」
「那美さん?」
「如何したの、顔が青いわよ……って、まぁ…流石の忍ちゃんも今回ばかりは……」
「―――――お店、抜けて来ちゃいましたよね……?」




「「――――――――――――あ」」






同時刻、翠屋は戦慄と狂気の宴を繰り広げていた。

どれぐらいかと言えば、体力が資本の晶と美由希が目を回し、予約のケーキを取りに来た那美の下宿先の管理人が捕らえられ、
それでも足りず、客としてやって来たシルバーブロンドの双子姉妹をも、とっ捕まえた。

そして現在、月村家の誇るパーフェクトメイドと、ドジッ子メイドが加わって、混沌の極地と化していた。



果たして恭也達の運命は?
混沌の聖夜は、未だ終わる事無く続いていた。(極一部で)











(あれ?何だか、すっごく恐ろしい光景が見えたような……?)
なのはが、不意に過ぎったビジョンに首を傾げていると、突如その空気を壊すヴィータの叫びが響いた。

「はやてっ!?」
「……ッ!?」
全員が驚き振り向くと、グッタリとしたはやてが、フェイトに抱えられていた。
「フェイトちゃん、どうしたの!?」
「分からない!いきなり……」
突然の事態に困惑し、フェイトも何が起きたのか分からないようだ。
「はやて!?はやてっ!!」
ヴィータが傍に駆け寄り、何度もはやての名を呼ぶ。他の騎士達も、不安な顔を見せている。

「少しは落ち着け。フェイト、ちょっと良いか?」
連音はフェイトに退いてもらい、はやての容態を見る。

「………大丈夫、気を失っているだけだ。闇の書の強引な覚醒と、融合事故に加え、初めての実戦でいきなり大魔法を使ったんだ。
ただでさえ限界だった疲労が、緊張の糸が切れたせいで一気に吹き出したんだろう……」
魔法は使い慣れていないと、使用時の負担はかなり大きい。
なのはもフェイトも、思い当たる事があったと納得する。
「エイミィ、医務室の手配を頼む」
『了解。すぐ転送するから』

その時、はやての体から闇色の光が抜け出る。
それは人の形を取り、砕け散る。中から現れたのは融合していた管制人格――リインフォース。
ただ、今までと違って戦闘モードを解き、インナーだけの姿となっていた。
「主は、私が運ぼう」
リインフォースがフェイトからはやてを受け取り、愛おしそうにその体を横抱きにする。





アースラに転送され、連音とはやては医務室へ。騎士達はそれに付き添う。

はやての容態は連音の見た通りに疲労によるもので、そのまま休ませておけば、一晩で目を覚ますだろうと言われた。

だが、連音はといえば。
「全く、如何して君はいつもいつも……」
医務官に、ものすごく説教を喰らっていた。







それも終わり、精神にもかなりの疲労を抱えて、連音は医務室を後にした。
何故、治療の為に行ったのに、逆にダメージを負うのだろうか。


そんな答の出ない疑問に頭を悩ませていると、不意に声を掛けられた。
「辰守連音……」
顔を向ければ、銀色の髪をした女性。
「夜天の書……いや、今の名はリインフォースだったか?」
「少し、時間を貰えるか……?」
リインフォースの真剣な表情に連音は頷き、その後に続く。

通路の途中にある、休憩フロア。
壁には窓を模したウィンドウが、外の星の海を映し出している。



「――――そうか、やはり破壊するだけじゃ、駄目なのか……」
「あぁ……歪められた基礎構造は、そのままの状態だ。そう遠くない未来、私は再び暴走をするだろう……」

刻見は『闇の書の、今代による滅び』を伝えていた。
それが『闇の書の存在が消滅』か、『闇の書という名前の消滅』か、『夜天の魔導書の復活』か、またそれ以外の何かなのか。
だから、その結末も予測はしていた。

「はやてはその事を……?」
連音の問いに、リインフォースは静かに首を振った。
当然の事か。と、連音は思った。
それを知れば、はやては何がなんでも止めようとするだろう。

「修復は……無理だな。アガスティアでさえ、夜天の書のデータを発掘できなかった……」
「アガスティア……『全ての英知を記す電子の大樹』か……」
「でも、まだ可能性はある筈だ……何かが……」
完全に戻そうとするから不可能なのだ。ならば、その暴走さえ抑えるだけならば、何とかなるかもしれない。

連音は何か無いかと、必死に考えを巡らせた。


「――っ!そうだ、あれなら……もしかしたら!」
「……?」
連音は空間モニターを展開し、データを引き出す。
映し出されたのは夜天の書に酷似した、一冊の魔導書。

唯一の違いは、夜天の書が黒を基調としているのに対し、これは白を基調としている事。
「これは……白夜の書か」
「そうだ。こいつなら、あるいは……!」

闇の書には、幾つかの対抗プログラムが存在した。
白夜の書はその内の一つにして、最も多く、闇の書と戦った存在であった。

何故、連音はこれに目を付けたのか。
それは偏に、この白夜の書が、夜天の魔導書を基として生み出された存在だからである。
闇の書と白夜の書。
二つは共に、夜天の魔導書より生まれ―――分岐した存在。いわば姉妹のような関係にある。

「大本が同じなら、暴走の抑制だけでも出来るかもしれない……!」
「確かに、あるいは可能かも知れない……」
「そうか、なら―――」
「だが、恐らく無理だろう」
リインフォースが、即否定する。連音は困惑して彼女を見上げた。

「白夜の書は……先の暴走に巻き込まれ滅んでいる。あれには私の様な再生能力は無いからな……。
仮に生きているのならば、今回現れなかった事の説明が付かない……」
白夜の書は闇の書を破壊する為、自らの意思で転生し、闇の書の近くに現れる。
それが現れなかったという事は、既に消滅している可能性が極めて高い。

「ッ!だったら、白夜の書のデータを探せば良いッ!!それならすぐに―――」
「データだけでは不十分だ。それを的確に処理する、私と同格以上の管制プログラム、
そして、それを行使する管理者がいなければ、意味は無い……」
「っ……!」
大型ストレージである夜天の魔導書に、どうしてユニゾンデバイスの能力を組み込んであるのか。
それは処理する情報量の多さ故である。その余りに膨大なデータは、通常のAIだけでは処理し切れず、
また、マスターに多大な負担を掛ける事となる。
だからこそ、管制プログラムにユニゾンデバイスの機能を―――否、ユニゾンデバイスに管制プログラムの権限を与えたのである。
そうしなければ、機能を充分発揮し切れない。それ程に強大な存在なのだ。

「管理者は……幸いになれる人間はいる。データもアガスティアならば直ぐに発掘出来よう。
だが、管制プログラムばかりは……如何しようも無い……」


連音は俯いたまま、モニターを消す。

白夜の書が存在していたならば、光明は見出せたかも知れない。
捜索するとしても、途方も無い時間を必要とするだろう。その可能性と、世界を天秤に掛ける事は、決して許されない。

「はやてに、何も言わないで行く気か……?」
「主を、悲しませたくないからな……」
「……お前が消えたら、はやてはどうなる……また、独りになってしまう」
「守護騎士達は本体から切り離した。消えるのは、私だけだ……」
「それでも、あいつは”家族”を亡くすんだぞ……!?」
「それしか、もう手は残っていない……そうだろう?」
「……自分の為に家族が犠牲になれば……それはずっと、はやてを苦しめる事になる!!」
「生きていてくれれば、その傷も癒える時がきっと来る……」
「だけど――――ッ!?」

連音は言葉を続ける事が出来なかった。
優しく、柔らかな感触に抱き締められていた。

「ありがとう……主はやての為に、私の為に……お前は泣いてくれるのだな……」
リインフォースの言葉を聞き、連音は自分が泣いている事に気が付いた。
「違う……俺は………!」
「家族を失う苦しみを、痛みを……お前は知っているのだな。だから、泣いてくれている……」
伝わる温もりが、彼女の心を教えてくれる。
主の為に、消える事を決めた。それでも残る未練。
「その想いだけで、私は救われる……もう、心残りは無い」
彼女はそれと向き合う為に、自分と話をしに来たのだと。

そっと手を離し、リインフォースは膝を折る。
「私はかつて……主だった人を守る事が出来なかった。その方は心を壊し……闇に堕ちた」
「闇の書の、最初の主……」
「私が消えるのは、主はやての為だけではない。その方の魂を、共に空に返す為だ……」
防衛プログラムに取り込まれた時に見た悪夢。
壊れ、世界を呪いながら、彼女は――――ずっと泣いていた。

「ありがとう、辰守連音……お前が居てくれるなら、主はきっと大丈夫だろう……」
そう言って、リインフォースの唇が連音の頬に触れる。
涙に濡れた頬は、僅かに塩の味がした。






リインフォースが去り、一人残った連音はただ、星の海を見つめていた。
無数の星は永遠に近い輝きを放ち、瞬き続ける。

「琥光……」
“……”
「俺にはまだ、出来る事は在るんだろうか……?」
“我 其レヲ知ラズ サレド 己ノ意思ヲ以ッテ進ムベキ”
「…………そうだな」
星の海に、一際の輝きを放つ星が生まれた。






翌日早朝。海鳴市を一望できる高台。

それがリインフォースの指定した場所。

彼女はそこで、町を見下ろしていた。
書を通して様々な人を、彼女は見てきた。

はやての住むこの町は、素晴らしい所だ。心からそう思える。


深々と降る雪が世界を真っ白に染めていく。


「………っ」
背後で雪を踏み締める音。
リインフォースは静かに振り返った。









「あぁ……来てくれたか」
視線の先には、沈痛な面持ちの二人の少女。

リインフォースは少し見回すが、それ以外の人影は無い。
「彼は……辰守連音は?」
「えっと、アースラに居なくて……何処に行ったのか……」
フェイトが言い辛そうに答えると、リインフォースは一言「そうか」と呟いた。
「あの、リインフォースさん……?空に還すの……わたし達で本当に良いんですか……?」
なのはが問い掛けると、リインフォースは静かに頷いた。

「お前達だからこそ、頼みたい……。お前達のお蔭で、私は主の言葉を聞く事が出来た。主を食い殺さずに済み、騎士達も残す事が出来る……」
「でも、そんなの……悲し過ぎる……!」
沈痛な面持ちでフェイトが呟く。その心を過ぎるのは、姉と母の姿。
しかし、リインフォースは微笑む。
「お前達にも、いずれ分かる……海よりも深く愛し、その幸福を守りたいと想える者と出会えればな……」
彼女は出会ったのだ。そして、その為に空に還る。誰も、止める事は出来ない。

リインフォースが視線を二人の向こうに送る。なのは達が振り返ると、四つの人影が見えた。
―――夜天の守護騎士達。主に代わり、全てを見届ける為に。


「さぁ、始めよう……夜天の魔導書の、終焉を」







「………うぅ………ん?」
八神はやては、身に刺さる寒さに目を覚ました。
視界に映るのは見慣れた天井。体を越して見回すと、そこは自分の部屋だった。
「っく……!?」
突如として走る胸の痛みに顔を顰める。と、同時に伝わる不思議な感覚。
「リイン…フォース……?」
はやての瞳が、翠色に染まった。



不安にざわめく心が、はやてを走らせる。
嫌な予感が拭い切れない。それどころか、逆に強まっていく。

ケープを取り、車椅子に体を預けると、急いで外へと飛び出す。
降り積もった雪に車輪を取られそうになりつつも、逸る思いを留める事はできない。

「こんな早くに、何処にいく気だ?」
「――っ!!」
突如として背後から掛けられた声に驚き、はやてが振り返った。
降り続ける雪に溶け込むように立つ一人の少年。
「連音君……何で?」
「……リインフォースの所か?」
「っ!?何でその事を……ッ!!知っとるんか、リインフォースの居場所を!?」
はやては必死の形相で連音に詰め寄ると、我を忘れて連音の腕を掴み、引っ張る。
しかし連音は表情を崩さず、簡潔に言い放った。
「リインフォースは……高台の公園で、全てを終わらせる」
「ッ!?それって、まさか……!」
「もうすぐ奴は……闇の書を、自らを破壊する。なのは達も、皆向かった……」
連音が向ける視線のその先に、その場所はある。
「何でや……どうしてや!?何もかんも、もう終わった筈やろ!?」
震えた声ではやてが叫ぶ。
全て終わった筈なのに、どうしてそんな事をするのか。はやてには理解できなかった。

「俺から言う事は無い。唯言える事は……この雪の中、車椅子では間に合わないって事だ……」
連音はそう言いつつ、はやての肩に手を置く。
「えっ……?」
驚き、戸惑うはやてを余所に、その体を横抱きに持ち上げる。そのまま背を支える方の手で車椅子の押し手を掴んだ。

「――しっかり掴まっていろ?」
「っ……!」
連音の言葉にはやては頷き、しっかりと首に手を回す。それを確認し、連音は数歩助走をし、一気に跳躍した。
塀に上がり、電柱まで一気に跳び、電線を走り、家屋の屋根を跳び移って行く。

そのまま忍装束を身に纏い、灰色の空に高々と舞い上がった。

「リインフォース……!!」
身を切るような冷たい風と、顔に当たる雪に、はやては首を窄ませながら彼方を睨んだ。




「―――見えた。あそこだ」
数分と経たず、高台が見えてくる。真っ白の世界に見える小さな点。
そして明らかに雪の反射ではない白い光と、桜色と金色の光。
デバイスを構えたなのはとフェイト、そしてヴォルケンリッターがリインフォースを囲むように立っていた。

「リインフォースーーーーーーッ!!皆ーーーーーーッ!!」
それに気付いたはやてが大声で叫ぶ。

すると、そこに居る全員が驚き、空を一斉に見上げた。
「はやてちゃん!?連君……!?」
「はやて……!?」
「――動くな!」
「―――ッ!!」
「……動かないでくれ。儀式が、止まる……」
ヴィータが思わず動きそうになるのを、リインフォースが声を上げて制止する。

見送られる中、連音達はその上空を過ぎ、雪原に降り立った。
車椅子を降ろし、はやてをそこに座らせる。と、はやては強引に車輪を回し、リインフォースに向かった。

「リインフォース、止めて!破壊なんて、せんで良ぇ!!わたしが、ちゃんと抑えるから!!こんなん……せんで良ぇ!!」
必死に叫ぶはやて。その姿に、全員がいたたまれない気持ちを覚える。

“何故、主はやてをここに連れてきた……?”
リインフォースからの、若干の怒りの篭った念話が連音に届く。
“主の悲しい顔が見たくない、か……?そんな嘘を言う奴に従ってやる道理は無い”
“何だと……?”
今度は連音が、怒りを込めた視線をリインフォースにぶつける。
“―――お前が、はやての悲しい顔を見たくないだけだろうが……!”
“―――ッ!?”
“お前は良いさ、ただ消えてしまうだけだからな。だが、はやては違う。ずっとその悲しみを背負っていくんだ……!
お前は、はやてに…………主として、最後を見届ける事すら許さないというのか!?”
“―――ッ!!”
連音の言葉が、容赦無く突き刺さる。連音は言った。家族を喪えば悲しむと。

最後を見届ける事無く、その事実だけを知らされる事と、自らそれを見届ける事は違う。
“……はやてから逃げるな。最後までちゃんと向き合って……それから消えろ。はやては、お前が思っている以上に……ずっと強い”

「………」
リインフォースは押し黙ってしまった。
はやての悲しませたくない、というのは紛れも無く本心だ。
だが、連音の言葉を受け、その裏に在るもう一つの思いに気付いてしまった。

もしも、この場にはやてが来て「逝くな」と言われたら―――決めた筈の思いが揺らいでしまうと思った。
それが例え、はやての為にならなくても。我侭な想いだとしても。

(……きつい事を、平然と言ってくれるな)

逃げてはならない。
それは何よりも、はやての為に。




―――――例えそれが、偽りの別れとなろうとも。



リインフォースは、はやての前まで進み出ると、静かに語り出した。
「主はやて……これで良いのです」
「良くないっ!!何も良い事なんか無いッ!!」
「……私は貴女に、最後の最後で綺麗な名と……心を頂きました。私が消えても、騎士達はあなたの傍にいます……何の心配も在りません」
「心配とか……そんなんやない!!わたしは……!!」
「貴女の傍には、多くの優しい心がいます。だから私は、笑って……逝く事が出来るのです」
「―――っ!話を聞かん子は嫌いや!!マスターはわたしやろ!?話を聞いてぇ!!」
感情をそのままに、瞳に涙を浮かべて、はやてが叫ぶ。消えようとするリインフォースを止める為に。

「わたしが、きっと何とかする!!暴走なんてさせへんって、約束したやんか……ッ!!」
「―――その約束は、もう立派に守っていただきました」
「リインフォースッ!?」
「主の危険を祓い、守るのが……魔導の器の務めです。どうか”今度こそ”それを果たさせて下さい……」
「リインフォース……!」
リインフォースは、はやての眼前に跪き、涙に濡れる頬に触れた。

「かつて私は、主と仰いだ方を守る事が出来ませんでした……。その方は、心を壊し、世界を呪う存在となってしまわれた。
―――辰守連音……防御プログラムに囚われたお前にならば、分かるな?」
「……あぁ。世界に、人間に絶望し……その存在全てを滅ぼす事を願い……深い闇の中で、彼女はずっと……泣いていた」
連音の言葉に皆が驚き、目を見開く。
リインフォースは頷いて、はやてと再び向き合う。
「夜天の魔導書の中には、その方の思いが封じられています。私は貴女と……その方の魂を救いたいのです」
「そんな………せやけど、ずっと悲しい思いしてきて……やっと救われて……これから幸せにならなあかんのに……!」
ポロポロと、新たに涙が零れ落ちていく。熱い雫はリインフォースの手に触れ、はじけていく。

「私はもう……世界で最も幸福な魔導書です」
「っ……!?」
「貴女と出会い、共に戦い……こうして涙を流していただいた……それだけで、私は……自らを誇る事が出来ます」
そしてリインフォースは、はやてを優しく抱きしめた。
温かく小さな体は震え、細い腕が背に回るのを感じる。

「私の意志は、貴女の魔導と騎士達の魂に残ります。私はいつでも……貴女の傍におります」
「うぅ……えぐっ……リインフォース……!」
「主はやて。一つ、お願いがあります……」
「……?」
「夜天の魔導書は消え……小さく、無力な欠片へと変わります」
リインフォースが静かにはやてを解放し、その瞳の涙を拭う。
「もし宜しければ、私の名はその欠片ではなく……いずれ、貴女が手にするだろう新たな魔導の器に、贈って頂けませんか?
名は、そのものの存在を定めると聞きました。【祝福の風 リインフォース】……私の魂は、きっとその子にも宿るでしょう……」
「リインフォース……」
そっとはやての腕を外し、リインフォースは立ち上がる。そして再び魔法陣の上に立ち、術式を再開させた。
「―――ッ!!」
魔法陣から光が溢れ出し、風となって吹き上がっていく。

「主はやて……守護騎士達………そして、小さな勇者達よ……ありがとう」

光の中で、リインフォースの姿が薄らいでいく。

「――――ッ!?リインフォース……!?」

夜天の魔導書が砂の様な光に変わり、リインフォースと共に空へと昇って行く。

それは、闇の書として猛威を振るっていたとは思えない程に儚く、そしてとても美しい光景だった。


光は天に昇り、灰色の空に吸い込まれるように消えていった。







「……あれは?」
やがて魔法陣が消え、空から何かが降ってきた事に連音は気が付いた。
はやても気が付き、自然とそれに手を伸ばしていた。

小さな音を立てて、静かに掌に降り立ったのは――――金色の剣十字。
まるで首飾りのように鎖の付いたそれは、僅かな温もりを持っていた。

「ッ……!」
はやては、ギュッとそれを抱き締める。

なのは達が、心配そうにはやてに駆け寄る。
何かを言わなければいけないのに、掛ける言葉が見つからない。

「……リインフォースが………言うてくれた……」
「え……?」
「もしも、それでも願ってくれるなら……例え、どれほどの時を掛けてでも……果て無き旅路を越えて、必ず帰ってくるって……」
「はやてちゃん……」
それは消える瞬間、届けられた誓いの言葉。
いつか再び、主の下に帰ると。


「待っとるよ……ずっと……あなたが帰ってくる日を……約束や」


灰色の空を見上げ、はやてが答を返す。
皆も空を仰ぎ見る。



空はただ、静かに雪を降らせ続ける。
悲しみも、涙も、全てを真っ白に包み込むように。




この日、世界から闇の書は滅んだ。




幾つかの悲しみと、幾つかの小さな約束を残して。











はやては騎士達と共に家路に着き、なのは達もまた帰路に着く。

「―――はい。では……」
フェイトが報告を終え、携帯電話をしまう。

「事件……これで終了かな……?」
「うん……」
「でも、ちょっと寂しいかな……」
なのはがポツリと零す。
守りたいものが在って、でも守れなかったものが在って。
何か、もっと出来た事があったんじゃないかと、考えてしまう。
「クロノが言ってた……ロストロギア関連の事件は、いつもこんな感じだって……。
大きな力に惹かれて、悲しい事が連鎖していく……」
「うん……」
フェイトの言葉は、なのはの胸に刺さった。
彼女の母、プレシアもまたそうであった。ジュエルシードの力を求め、アルハザードを求めた。

「あんまり自惚れるな。所詮、俺達はほんの一月ばかり、関わっただけだ……」
「うん……」
連音が溜め息混じりに言うと、なのははますます表情を暗くした。
「俺達はただの人間だ。どれだけ強い力があろうが……所詮は子供だ。
そんな俺達にどれだけの事が出来る……何か出来ると言うのなら、それはただの傲慢だ」
「レン…!そんな言い方って……」
「他の誰も言わないから、丁度良いだろう?」
そう言って、連音は一気に跳躍する。壁を蹴り、電柱の上にまで登る。

「悪いが、俺は先に帰る。じゃあな」
「あっ、レン……!?」
フェイトが止める間も無く、連音は姿を消してしまった。

「ごめんね、なのは。レンがあんな事……」
「ううん……多分、連君が正しいんだよ、きっと」
「なのは……?」
なのはは空を見上げて、そして少しだけ笑った。
「わたし達はほんのちょっとだけ、関わっただけで……はやてちゃんだって半年ぐらいで……。
それなのに、もっと何か出来たとか考えるのって……それって、もっともっと関わってきた人達に失礼だよね……。
そう言えるのはきっと……もっと色んな事を勉強して、もっともっと魔法をちゃんと使えるようになって……それから、なんだよね?」
「なのは……」
「わたしも、フェイトちゃんも……連君も、きっとまだまだで……もっとずっと、強くならないといけないんだ……」
「……うん、そうだね」
フェイトも空を見上げ、そして笑った。

「わたし、局の仕事を続けようと思うんだ……執務官になりたいから」
「執務官って……クロノ君の?」
なのはが驚いて尋ねると、フェイトは頷いた。
「母さんみたいな人や、今回みたいな事を……少しでも早く止められるようにって」
「フェイトちゃんなら、きっとなれるよ。応援するから……!」
「ありがとう、なのは……」



「―――やれやれ」
二人の様子に嘆息しつつ、連音は今度こそ、建物の屋根から姿を消したのだった。




一足先にマンションに戻った連音は、転送ポートに入り本局へと向かった。


もう一つ、彼には決着をつける事が残っている。


それは、竜魔衆としてのケジメであった。



















では、拍手レスです。



※魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカーの感想
ハーレムエンドになりませんかね??


は、ハーレムですか!?なのはは除外するとして、他は誰が!?(エー

「ハーレムエンドは皆が幸せになる」という大前提が、某優良枠の人によって提示されていますwww

コメディ、ギャグシナリオなら出来るかもですが……果たしてその技量が作者にあるのかが、大問題www






Special Thanks ――――― ツルギ様。


白夜の書の設定を使わせて頂きまして、本当に有り難うございました。












作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。