夕日が沈み、闇が空を覆う。
そして、町で一番高いビルの屋上には人影があった。

高町なのは、フェイト・テスタロッサ。
彼女達を囲むように立つのは、八神はやての守護騎士達。



偶然か、それとも必然か。
はやてにサプライズで、クリスマスプレゼントを贈ろうとアリサ、すずかと共に病室を訪れた二人。
そこに居たのは、はやてだけではなく、ザフィーラを除く三人の騎士であった。

予想だにしなかった事態に、驚き、戸惑う。

そして辿り着いてしまう。八神はやてが闇の書の主である事に。


そして今、対峙する彼女達を見つめる影があった。


「これはまた……偶然にしては出来過ぎも良いところね?」
「でもこれで、問題は解決……」
その手に、ザフィーラから奪った闇の書を持ち、素顔の上に仮面を被り、偽りの姿へと変じていく。
作戦の幾つかの懸念事項。
幸いにして、それらを一度に片付ける事が出来る状況が、目の前にはあった。
天運すら自分達に味方していると彼女達は思った。

「お父様からの連絡は無い……予定通りに作戦を開始する」
「―――これで、やっと全てが終わる。さぁ、行こうか……」
二人は向き合い、そして頷く。


「「闇の書に、終焉を与える為に」」



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

       第十七話  闇の書、覚醒



『お待たせ、クロノ君。現時刻を以って、アースラは前線復帰よ』
「有難うございます、レティ提督!艦長、すぐに八神はやての保護許可を!!」
クロノがリンディに強い視線を向ける。それを受けて、リンディは頷いた。
「クロノ執務官、すぐに現地に向かって。それとリーゼアリア、リーゼロッテの捜索、及び確保を!」
「了解!!」
クロノが転送ポートに入り、その姿が消えていく。

「レティ、連音君は?」
『局内に居るのは確かだけど……こっちの転送ポートに制限が掛かってるのよ。これを解かないと……』
「こっちへの直接転移は出来ないのね……」
何時、最悪の状況になるか分からない現状に、戦力が減るのは不味い。

「艦長、ダメです!なのはちゃん達と連絡が取れません!ユーノ君とアルフが後少しで現着します!」
「なら二人にも、クロノに付いてもらって?総員、第二種警戒態勢!」
「「「了解!!」」」
リンディの号令に、クルーが一斉に動き出す。

(もしかしたら……これを、使う事になってしまうかも知れないわね……)
リンディは、制服のポケットに納められたそれに触れ、ギュッと唇を噛んだ。

指に感じる冷たく固い感触に、不安は煽られるばかりだった。







空間モニターが消える。
そしてギル・グレアムは、目の前に堂々と座る女性を、射抜くほどの視線で見遣っていた。
「全ては謀られていた、という事か……やってくれるものだ」
女性――レティ・ロウランは眼鏡の奥で瞳を細めた。
「……提督、リーゼ達は地球ですね?」
「さぁ、どうかな……。先日から、連絡を取ろうにも取れないのだよ……残念ながらね」
「計画が露呈し、それでもまだ、諦めていない……と?」
「――― 十一年だ。この時の為に、私はあの日からずっと進み続けてきたのだ。それを、この程度で止まる事は出来んよ……」
「…………」
彼は止まらない。
決定的な一打を打たれるまで。自らの意思で止まる事など無い。
物腰は静かだが、その端々に言い現し切れない、狂気に似たものを感じ取っていた。

今まで、これ程の思いをずっと抱いたまま、グレアムは管理局で職務を行っていたのか。
それを誰にも悟られる事無く、心の一番深い所で、たゆたわせたまま。



レティは、仮面の様に貼り付けた表情の裏で、冷たいものを感じていた。











時空管理局 中央棟上層階。
「――そう。今、起きている騒ぎには、そういう事情があったのね……」
追われる身となった連音の話を聞き、部屋の主であるミゼット・クローベルは深い溜め息を吐いた。
「しかし……あの時の事を、そこまで思い詰めていたとは……」
「責任感の強い、真面目な男だ。仕方あるまい……」
レオーネとラルゴも複雑な面持ちであった。

特にレオーネは、グレアムの直接の上官でもあった。その複雑な心境は、察する事さえ出来ない。

言いようの無い気持ちが皆の心を占める中、連音は疑問を持っていた。
「……ミゼットさん。今度は、俺の質問に答えて頂いても良いですか?」
「……えぇ。何かしら?」
「この状況で、如何して俺をここに呼んだんですか?」
連音は思ったままを口にした。
ミゼットは、騒ぎの事を知っていた風だった。それは恐らく、自分を案内した秘書官から聞いたのだろう。

だとすれば、おかしい事がある。
この秘書官は以前、連音の事を不審者として扱った事があった。
あの時は誤解であったが、今回は策略とはいえ、公式に追われる身だ。

そんな状態にあって、連音をここに案内するだろうか。


そんな筈は無い。
ならばミゼットにはあるのだ。騒ぎの事を知り、それでも尚、連音をここに呼ぶだけの理由が。


果たして、ミゼットは笑った。
その笑みに連音は、まるで試されていたかの様な気がした。

いや、事実そうなのだろう。

ミゼットは机に置かれたペンスタンドに触れると、それを半回転させて押し込んだ。
すると、右側の本棚がスライドしていく。その奥に隠されていた物が姿を現した。
「これは……まさか?」
それと似た形状の物を、連音は見た記憶があった。

それが在ったのは、アースラのブリッジ。

「上級幹部用の転送ポートよ。非常時に、すぐ避難が出来るようにと、備えられているの」
「これは他の転送ポートシステムからは独立している。
つまりこれを使えば……多少時間は要するが、97管理外世界に直接転送する事が出来る」
「っ……!?」
僅かに目を見開く連音。
「さぁ、御行きなさい。あなたには、やらなくちゃ行けない事が在るのでしょう?」ミゼットの言葉に連音は頭を下げ、転送ポートに入ろうとした。
「あ、ちょっと待って!」
マリエルが慌てて呼び止める。

「何ですか?」
「な、何ですかって……デバイスを取り上げられたじゃないですか!!」
「……あぁ、その事ですか?それなら、問題はありませんよ」
連音は左の袖を捲り上げる。そして、右手に苦無を持ち出した。そして―――

「――――え?」

刃を、左腕に突き立てた。先端が皮膚を貫き、そこから血が溢れ始める。
「ッ…!」
苦痛に顔を顰めつつ、連音はそのまま苦無を引いていく。
全員が突然の事に唖然とする中、連音は腕を3cmほど切って、苦無を抜いた。

「ふぅ…………んぐっ…!」
息を深く吐き、傷口に指を二本、強引に差し込む。
「ひぃいいいッ!?」
マリエルが、余りにも痛そうな光景に悲鳴を上げた。グチュグチュという音に、思わず耳を塞ぐ。
実際、傷みはかなりのものだ。連音の額には、うっすらと汗が浮かんでいる。
そして、連音はゆっくりと指を引き抜いた。


指の間に挟まれていた物は―――――琥珀色の宝石。

「お待たせ。問題は無いか?」
“機能正常 戦闘行動ニ支障ナシ”
「良し。じゃあ、さっさと行こうか」
指から離れ、浮かぶ琥光。連音は傷口に絆創膏をベタリと貼り付ける。

「ちょ、ちょっと待って!!何で、腕からデバイスが……!?」
「何でって……こうなる事を、最初から予測していたからですよ」
連音があっさりと答えを返すものだから、マリエルはまたも思考を停止させてしまった。

「なるほど……この騒ぎそのものが、最初から君が謀ったものだったか……」
ラルゴがその立派な髭を撫でながら、深く頷く。
「まぁ、転送ポートの件は予想出来ませんでしたけど……」
連音は読みが甘かったなと、苦笑いする。
その結果、本来無関係なミゼットの立場を、悪くしてしまう可能性を作ってしまった。
勿論、あと少しすればレティが動き、グレアムを押さえるだろう事は分かっている。
だが問題は、手配状態の自分を逃がすという事。

その事を分かっていない筈もなく、そして連音にも、それを気に掛けるだけの時間的余裕も無い。

思考を切り替え、連音は転送ポートに足を踏み入れた。
ミゼットも転送ポートの前に立ち、コンソールを操作する。
連音の周囲に、光が満ち始める。

「それじゃあ、気を付けてね……」
「はい。今度来る時には、何か手土産でも用意してきます」
「……楽しみにしているわね」
ミゼットが最後のキーを叩くと、輝きが増した。その中で連音の姿は、光に解けて消えていった。












海鳴市のとあるビルの屋上。
冷たい風が吹き抜けるその場所は、正に戦場へと変わろうとしていた。

八神はやてが闇の書の主であると知り、戸惑うなのは達は、何とか騎士達を説得しようとした。
だがそれは、なのはを強襲したヴィータの一撃によって破壊されてしまう。
「きゃぁあああっ!!」
バリアを張って防御するも、その上からフェンスに叩きつけられる。
「なのは……ッ!」
「ハァアアアアッ!!!」
フェイトが視線を外した瞬間、シグナムはレヴァンティンを抜き放ち、フェイトに襲い掛かった。
「――ッ!?」
間一髪で飛び退き、一撃を躱す。標的を逃した刃がコンクリートを砕いた。
「バルディッシュッ!」
“Set Up”
バルディッシュを起動させ、フェイトも構える。

「……管理局に、我らが主の事を伝えられては困るのだ」
「私の通信防御範囲から出す訳には……行かない!」
シグナムの手が柄を強く握り締め、シャマルが、ギュッと拳を握る。


フェンスに凭れる様に座り込んだままのなのはの前に、ヴィータが近付いていく。暗く、その表情を窺い知る事が出来ない。
「ヴィータ……ちゃん?」
「…………邪魔、すんなよ」
ヴィータが、騎士服を展開する。
「もう後、ちょっとで助けられるんだ……」
「っ……!」
「はやてが元気になって、アタシ達の所に帰って来るんだ……!!」
なのはは気付いた。ヴィータの頬に伝うものに。
「必死に頑張ってきたんだ……もう、後ちょっとなんだ。だから―――」
それを振り払い、ヴィータが吼える。
「―――邪魔、すんなぁあああああああああああッ!!」
グラーフアイゼンがカートリッジを爆発させ、ヴィータが手加減無し本気の一撃を打ち下ろした。

轟音と爆発。その余波が炎を巻き起こす。
「はぁ……はぁ……ッ!!」
荒く息をしながら、ヴィータは眼前の炎を睨みつける。

揺らめく炎の中から、バリアジャケットを身に纏った少女が、ゆっくりと現れる。
その傍らには、赤い宝石もある。



「悪魔め……ッ!」
はやての未来を、自分達の願いを、これからの日々を。
その全てを眼前で奪い去り、打ち砕こうとする者。

本気の一撃を喰らいながらも平然と立つなのはの姿が、ヴィータにはそう見えた。

「…………悪魔で、良いよ」
レイジングハートが起動し、杖の姿になる。
“Accel mode,Drive ignition”
カートリッジを装填し、戦闘態勢を整えた。

なのはは、ただ只管に悲しかった。
言葉だけで、思いを伝えられない事が。分かり合えない事が。

はやては、なのはにとっても新しい友達で、勿論助けたいと思うし、騎士達の想いを否定する気も無い。
だが今のなのはでは、それを伝えて届かせる事は出来ない。

何を言おうとも、ヴィータ達が聞き入れる事は無いだろう。
何故なら、彼女達は仲間以外を信じていないから。

だが、それでも事実は事実であり、闇の書を完成させられる訳には行かない。

だから今は、どれだけ悲しくても。
「悪魔らしいやり方で……話を、聞いてもらうから!!」
自分の思いを、戦いでぶつけるしかない。






「シャマル。お前は離れて、通信妨害に集中していろ」
「うん……」
シャマルは数歩後ろに下がり、騎士服を身に纏う。


「闇の書は、悪意ある改変を受けて、壊れてしまっている……今の状態で完成させたら、はやては……!」
「―――我々は、ある意味で闇の書の一部だ」

その上空で、なのはとヴィータが激突する。
「だから当たり前だ!!アタシ達が一番、闇の書の事を知ってんだ!!」
「ッ……!じゃあ、どうして!!」
“Accel Shooter”
「チッ…!!」
なのはの魔法に反応し、ヴィータが下がる。

なのはの周囲に、魔力弾が形成される。
「どうして……!闇の書なんて呼ぶの!?どうして、本当の名前で呼ばないのっ!?」
「―――ッ!?本当の、名前……?」
なのはの叫びに、ヴィータが戸惑いの色を見せる。
「そうだよ。とても大事な事……こんな筈じゃない事なんだよ!!」
「こんな筈じゃ、ない……?」
ヴィータの脳裏に、かつて自分が感じた違和感が過ぎった。
そう、それをヴィータも感じていた。

何かが、ずっと訴えかけていた。
こんな筈じゃない、こんな筈じゃない、と。

ヴィータは心のざわめきに支配され、なのははヴィータから目を逸らさずにいた。




フェイトはバルディッシュを、シグナムに向けて突き出すように構えた。
“Barrier jacket,Sonic form”
フェイトの体が紫電と金色の光に包まれ、光速の装束を展開する。
装甲を廃し、自身の最大の武器―――スピードに全てを懸けた、覚悟の姿。
完成した、ソニックフォーム。
“Haken”
カートリッジが爆発し、バルディッシュが金色の魔力刃を生み出す。

「―――薄い装甲を、更に薄くしたか」
「―――その分、速く動けます」
「……緩い攻撃でも、当たれば死ぬぞ。正気か、テスタロッサ……?」
「……あなたに、勝つ為です。強いあなたに立ち向かうには、これしかないと思ったから……!」
「ッ……!!」
シグナムの奥歯がギリッ、と音を鳴らす。

強敵と認めた者達が、自分に勝つ事を純粋に追い求める。
以前の連音もそうであったし、今またフェイトもそうである。

これ程の想い、武人としてどれほどに誇らしい事か。
そして、それに答えられない今の自分の、何と恥ずかしい事か。


天を仰ぎ、紫炎がシグナムの体を包み込む。
炎の中でシグナムもまた、騎士服を身に纏う。

炎が消え、僅かにシグナムは俯いた。
「こんな出会いをしていなければ……私とお前は一体、どれ程の友になれただろうか……?」
心の揺らめきを、言葉に乗せて吐き出す。


騎士として、武人として、どれ程に幸いであることか。

もしもフェイトとの出会いが、全てを終わらせた後だったなら。

もしもはやてが、闇の書の呪いを受けていなかったなら。


だがもう遅い。
はやては闇の書によって命の危機に晒され、二人は敵として対峙したのだ。

【もしも】などという言葉に、意味など無いのだ。


「まだ、間に合います……ッ!!」
「――止まれん」
フェイトの言葉を断ち切り、シグナムはレヴァンティンを構え、カートリッジを爆発させる。
光る魔法陣が、シグナムの頬に伝い落ちるものを照らしていた。

「我ら守護騎士……主の笑顔の為ならば、騎士の誇りさえ捨てると決めた……!もう……止まれんのだ!!」

シグナムの嘆きに、フェイトはまるで、かつての自分を見ているような気持ちだった。
頑なに強い思いで心を固め、他の思いを届かせない。受け入れない。そんな、かつての自分に。

フェイトは思った。
もしもここに連音が居たならば、彼女に何と言うだろうか、と。

「――それでも、止めます」
「――ッ!?」
「わたしと、バルディッシュが……あなたの心を縛る、全てを打ち砕いて!」
“Yes Sir”
フェイトの決意を表すように、魔法陣が光り輝く。

シグナムとフェイトが同時に踏み込む。
振り下ろさせる一撃を躱し、フェイトは一瞬で後ろに回りこんだ。
「ハァッ!!」
「ぬぅっ!!」
すぐさま刃を返し、フェイトの攻撃を防ぐ。しかし、その瞬間にフェイトは大きく間合いを取っていた。
(速い……!今までとは段違いだ……!)
驚くシグナムを尻目に、フェイトは更に速度を上げて攻撃を仕掛ける。
デバイスがぶつかり合い、火花を散らす。



その時、上空から異変を知らせる声が聞こえた。


「くぅ!あぁ……バインド!?また…っ!?」
青色の光が、なのはの体を何重にも縛り上げていた。
「ッ!?なのは!!」
フェイトはシグナムから大きく間合いを取って魔力刃を消し、プラズマランサーを構えた。
空中に電気を纏った魔力球が生み出される。
(何処だ、何処にいる……?)
この狭い空間に、これだけの人数が居て、長距離バインドを掛けられるとは思えない。
ならば、出来るだけ近くにいる筈。

フェイトは、周囲に意識を集中させた。

「――ッ!そこっ!!」
フェイトは右上方の、何も無い空間に向かってランサーを発射した。

しかし何も無い筈の空間で、何かに当たった様にランサーが弾け飛んだ。
すぐさま、フェイトはその場所に接近し、バルディッシュの連撃を打ち込んだ。
その手に、確かな手応えを感じる。

「―――ぅ…ぐぁ……っ!」
空間に現れたのは、仮面の男。その体には今、フェイトによって付けられた傷があった。

「この間みたいには……行かない!!」
フェイトはカートリッジを爆発させ、一気に攻め立てようとする。
「―――フッ!!」
その瞬間、フェイトの横腹に衝撃が走った。
「あぁあああああッ!?」
防御力の無いソニックフォームに直撃を喰らい、フェイトは錐もみ回転したままビルに落ちていく。

屋上にぶつかる瞬間、仮面の男がカードを使い、フェイトの体をバインドで縛り上げた。



「二人……っ!?」
その有り得ない光景に、なのはが声を上げた。
そう、正しく仮面の男は二人、存在していた。

全員が驚く中、フェイトを拘束した側の男が十二枚ものカードを一度に展開させた。
足元に青い魔法陣が光り、カードが発動する。

「えっ―――!?」
「何――ッ!?」
「うわぁっ!!」
一瞬にして、仮面の男は守護騎士をもバインドで拘束した。

「これって、一体……!?」
余りにも突然の事態に、誰もが現状を把握し切れない。

「この人数だと、バインドも通信妨害も、そう長くは持たん……早く頼む」
「あぁ……」
後から現れた仮面の男が手を上げると、そこに一冊の書が現れた。

「それは、闇の書……!?まさか、ザフィーラを!?」
シャマルが驚きの声を上げるが、仮面の男はそれに答えないまま闇の書を開いた。
書を闇色の光が包む。

「う…ぐぁああっ!!」
「く……あぁ……ッ!」
「あ、あぁ……!!」
闇色の光に照らされて、騎士達の体からリンカーコアが引きずり出される。

そして、書から光の帯が伸びてそれが騎士のコアに結びついた。

帯はまるで、光を吸い上げるようにその色を変えていく。

「最後のページは、不要となった守護者自らが差し出す。これまでも幾たびか、そうだった筈だ」
「何…だと……!?」
「お前達も、先に逝った守護獣の後を追うが良い」
男の冷徹な言葉が響き、闇の書が引き金の言葉を紡ぐ。

“Sammlung”

「あ…あぁ……ああああああああ……っ!!」
「壊れ汚れたロストロギア……」

「うぁ……あぁああああッ!!」
「こんな物で、誰を救える筈も無い……」

仮面の男は騎士の想いを嘲笑い、シャマルとシグナムの体が、足元から光の粒子に変わり消えていく。

「シャマル!シグナムッ!!くそ……何なんだ、何なんだよ手前ぇら!!」
「プログラム風情が、知る必要は無い」
「うぁああああああああ……っ!!」
そしてヴィータも、光となって消え去った。


「あ…あぁ……」
「そんな……」
眼前で起きた事を処理し切れず、なのはとフェイトは呆然としていた。

それを尻目に、仮面の男は書を確認する。
「これで、闇の書は全て埋められた。後は―――」
チラリと、なのは達を見やる。
「――っ!?」

「お前達にも、役立って貰おう」







「―――うぐっ!?」
病室内。はやては突如襲ってきた痛みに息を詰まらせた。
今までの発作とは明らかに違う、その衝撃。
「がはっ……ハァ……はぁ……っ!」

その瞬間、はやての体を光が包んだ。






「あの二人は、なのはとフェイトの二人は大丈夫か?」
「四重のバインドにクリスタルケージだ。抜け出すまで数分は掛かる……」
「充分だ」

屋上から少し離れた空間には、青い三角錘状の檻に閉じ込められた、なのは達の姿があった。
必死にもがいているが、強固なバインドと拘束結界の前に、どうにも出来ないでいた。

「闇の書の主に――――目覚めの時だな」
一人、なのはの姿を盗み取る。
「いいや、因縁の――――終焉の時だ」
そしてもう一人も、フェイトの姿を盗み取る。

二人の間には、彼らが作り出した数多の偽り。
貼り付けになったように中空に浮かぶヴィータ。
足元に、倒れ伏すザフィーラ。

前方には、シグナムとシャマルの服。

それらは全て幻。



だが、それを知る者は僅かだ。
ましてや今、この場に召喚された少女には、何も分かりはしない。

「え…?」
少女――八神はやては突然変わった世界に驚いた。
しかしすぐに痛みが走り、それを消してしまう。

「なのはちゃん……?フェイトちゃん……?これは、何なん…?」
はやてには状況が全く分からなかった。
何故、なのはとフェイトが、しかも空中に浮いたままいるのか。
何故、ヴィータはその間にいて、ザフィーラは地面に倒れているのか。
何故、こんな場所に自分がいるのか。

何故、何故、何故。
何度となく、頭にそれがグルグルと回り続ける。

「君はね、病気なんだよ……闇の書の呪い、ていう病気」
なのはが言った。
「もうね、治らないんだ……」
フェイトが言う。
「闇の書が完成しても、助からない……」
「君が救われる事は、無いんだ……」
残酷に、冷酷に、言葉が紡がれる。

「―――そんなん、とっくに知っとるわ」

「「――ッ!?」」
僅かに、偽りの仮面が歪む。
「せやけど、救われんのは嘘や……。連音君が、何としてくれるって約束してくれたんやから……!」

「………へぇ、そうなんだ」
「分かったら、さっさとヴィータを離して…!」
「それは、ダメ」
「なっ…!」

なのはとフェイトは残酷に微笑む。
「この子達はね……とっくに壊れているの。わたし達がこうする、ずっと前から」
「とっくの昔に壊れた闇の書の機能を、まだ使えるって思い込んで、無駄な努力を続けてる」
「無駄って何や……っ!」
二人の言葉に怒りかけるが、はやては違和感を覚えた。
何故、二人しかいないのか。
「シグナムは……シャマルは……!?」
それはまるで、パンドラの箱を開けるような恐怖。

フェイトが顎で後ろを指す。
「――ッ!!」
振り返ったはやての目に、偽りが映る。

「壊れた機械は、役には立たないよね……?」
なのはが、カードを持った手をゆっくりと上げる。
「だから、壊しちゃおう……」
フェイトが、光を宿した手刀を静かに上げる。

ハッとして振り返るはやて。
「ちょっ、待って!!止めてぇっ!!」
必死に叫ぶはやてに、二人は尚も残酷な笑みを向ける。

「止めて欲しかったら」
「力尽くでどうぞ?」

立つ事もままならないはやての心を、言葉が引き裂いていく。
「何で、何でこんな……!!」
ヴィータが何をした?ザフィーラが何をした?シグナムが、シャマルが何をした?


自分が、何をしたというのだ。


理不尽、余りにも理不尽。

そんなはやての思いに気付いてか、更にその心を引き裂こうとする。
「はやてちゃん、良い事を教えてあげる」
「運命ってね……残酷なんだよ?」
カードと手刀が、その輝きを増す。

「ダメ…止めて……やめてぇええええええええええッ!!」
有らん限りの声を張り上げ、伸ばせるだけに手を伸ばし、しかしその眼前で凶行は起きた。

手刀に切り裂かれるヴィータ。カードに貫かれるザフィーラ。その瞬間爆発し、散っていく。






「あ……あぐっ………!」
「……?」
二人は困惑した。これだけ絶望を見せられて尚、はやては闇の書を呼ばない。
闇の書は、主の願いを叶える。
八神はやては私利私欲を持つ人間ではない。力に魅せられる事は無いだろう。

だからこそ、絶望を以って闇の書を覚醒させるように仕向けたのだ。


偽のフェイトはふと、ある事を思い出した。
まだ、はやてを絶望に落ちない。ギリギリで繋ぎ止めている者がいる事を。

よくよく耳を澄ませば、はやてがうわ言のように、その名を呟き続けている。

「連音君、連音君、連音君……助けて……ッ!!」

ニヤリと、その口元を歪ませる。
分かってしまえばどうという事も無い。最後の一押しをしてやるだけだ。

「はやてちゃん……これ、な〜んだ?」
「……?」
顔を僅かに上げたはやての前に、それを放り投げる。甲高い音を立て、そしてはやての前に転がっていく。
「―――ッ!?」
ボロボロの刀身。ひび割れた宝石部。錆色の血に塗れた柄。

―――変わり果てた、琥光の姿だった。

「あ、ぁア……ッ!!」
はやての手が、恐る恐るそれに触れられた。その瞬間、琥光は音を立てて砕けた。

「だから言ったでしょう?運命は、残酷だって……」
「――――ッ!」






その瞬間、八神はやての最後の一線が――――――壊れた。










夜の星が雲に包まれ、その姿を隠している。
それに溶け込むような黒いコートを纏ったクロノが、海鳴の上空を飛んでいた。
「クソッ……!」
その視線の先に見えるのは、巨大な魔力の柱。それは天を貫き、迸っていた。

「クロノッ!!」
その後ろからユーノの声が届くと、すぐにアルフとユーノが隣に並んだ。
「何だいありゃ!?とんでもない魔力じゃないか!!」
「――あれが、完成した闇の書だ」
「どうする?」
「こうなった以上、八神はやての前にリーゼ達を押さえる!」
「了解!」
三人は飛行速度を更に上げた。












既に仮面の男達の姿は無く、ようやく脱出したなのはとフェイトは、眼前で変貌を遂げるはやてに驚愕した。

荒れ狂う魔力の中、はやての体が見る間に成長していく。
その髪は白く、長くなり、全身に拘束具を思わせる様なベルトが巻かれる。
黒い靴と黒いオープンフィンガーグローブが装着され、ミニスカートとシグナムと同型のジャケットと飾りのスカート。

顔と腕には赤いラインが走り、その背には四枚の翼。耳の上辺りにも小さな翼が生える。


最早、はやての面影など何処にも無かった。
ユニゾンデバイスによる融合事故。マスターの乗っ取りである。

つまりこれが闇の書の、管制プログラムの姿。


彼女はその手を広げ、天を仰ぎ見る。
「――また、全てが終わってしまった。一体幾度、こんな悲しみを繰り返せば良い……?」
その心に満ちるのは、絶望。
終わり無く続く、悪夢の繰り返し。

伝う涙は彼女のものか、はやてのものか。

「はやてちゃん!」
「はやて!!」
なのはとフェイトが叫ぶ。

「…………我は、闇の書。我が力の全ては」
闇の書がその手を天に掲げ、傍らの書が言葉を発する。

“Diabolic Emission”

その手の上に不気味な、巨大な魔力球が構成されていく。黒いスパークがバチバチと鳴り続ける。
「主の願いを、そのままに…………デアボリック・エミッション」
瞬間、爆発的に魔力球が膨張した。
「――――闇に、染まれ」

「ッ!空間攻撃!?」
なのははとっさにフェイトの前に出た。
“Round Shield”
なのはがシールドを展開した瞬間、魔力球がなのは達を呑み込んだ。
荒れ狂う力の波に必死に耐える。


そして、闇が全てを覆い尽くした。










先の場所から離れた、別のビルの屋上。仮面の男達は結界に身を隠し、その光景を見ていた。
「持つかな、あの二人は……?」
「暴走開始の瞬間までは持って欲しいが……」
デュランダルによる封印。その懸念事項の一つが、暴走開始までの時間だった。
氷結を掛けるのに、少しでも魔力消耗を抑え、尚且つ闇の書と交戦する。

それは聊か厳しい条件だった。
だからこそ、なのはとフェイトに姿を変え、矛先をそちらに向けたのだ。
AAAクラス魔導師二人ならば、早々とやられはしない筈だ。


もしも、彼女達の身に何かあったとしても、この世界が滅びれば同じ事。
大事の前の小事と、二人は割り切っていた。


作戦は順調。懸念事項も無い。
後は、その時をここで待つばかりであった。



「「――――ッ!?」」
突如として、二人の周りに光の粒子が溢れ出した。
それらは、あっという間に水色の帯となって仮面の男達を縛り上げ、足元の魔法陣に繋ぎ止める。

「グァ…ッ!!」
「こ、これは……っ!?」

「――ストラグルバインド。相手を拘束しつつ、強化魔法も無力化する」
「「……っ!?」」
二人が顔を上げると、そこには三つの影があった。
クロノ、ユーノ、アルフである。

分かれてリーゼ達を捜索していたクロノ達は、結界を張る直前に彼女達を見つけ、気付かれないように近付いていたのだった。

「余り使い所の無い魔法だけど、こういう時には、役に立つ」
屋上に降り立ったクロノが、S2Uで床を叩いた。それを合図に、ストラグルバイ ンドがその威力を発揮する。
「うぁあああああ……ッ!!」

光がその光度を増し、強制的に無力化を開始した。
「変身魔法も、強制的に解除するからね」
光に包まれ、その中で仮面を剥がされて行く二人。

光が砕け、男の姿から女の姿に。
最後の砦たる仮面が外れ、クロノの足元に転がっていく。


そして、彼女達の張った結界も、消え去った。

「クロノ……!このっ…!!」
「こんな魔法、教えてなかったんだがな……」
「一人でも精進しろと教えたのは、君達だろう……アリア、ロッテ?」

「ッ……!」
ギリ、と歯軋りする二人。
「もう終わりだよ。君達のやろうとしている事は全て、調べが付いている」
「あんた達のご主人様も、もうとっくに捕まっているからね」
「何だと…ッ!?」
ユーノとアルフの言葉に、リーゼが目を見開いた。

「こちらクロノ。リーゼ達の身柄を確保。転送願います」
『了解。転送スタンバイ』
クロノとリーゼ達の足元に、転送用魔法陣が輝く。


「ユーノとアルフは、なのは達と合流して、サポートに回ってくれ」
彼方にあった空間攻撃魔法は、既に終わっている。
あれだけの魔力でも、やられてはいないだろうと、クロノは確信していた。

二人は頷き、すぐさま飛び立った。

そしてクロノとリーゼ達の姿も、屋上から消えていった。







デアボリック・エミッションを放ち終え、闇の書は周囲を見渡した。
「……隠れたか」
デアボリック・エミッションの発動中は動けず、視界も利かない。
その中で、なのははシールドを展開しつつ後方に下がり続け、フェイトと共に離脱していた。

闇の書は頬に残る涙を拭い、そっと胸に手を添えた。
「主よ……あなたの望みを叶えます」
足元に、ベルカ式の魔法陣が展開される。
「愛おしき守護者達を傷付けた者達を……最愛なる方を殺めた者達を……」
誓いの言葉と共に、その輝きが増していく。

「―――今、破壊します」

“Gefangnis der Magie”

闇色の結界波動が、瞬く間に海鳴市を包み込んでいく。


怨敵は檻の中に閉じ込めた。後は、探し出して破壊するのみ。
「スレイプニール、羽ばたいて」
“Sleipnir”
書が言葉を発し、背の翼が巨大になって力強く羽ばたく。

空に闇色の羽根を散らしながら、闇の書は異界の空に飛び立った。











なのは達は空間攻撃から逃れ、放れたビルの影に身を潜めていた。
「痛ぅッ……」
「なのは、ゴメン……ありがとう。大丈夫?」
「うん……大丈夫、ちょっと痺れてるだけ……」
「…………」
それが嘘だと、フェイトも分かった。
あれだけの出力を受け止めて、痺れただけの筈が無い。
現に、なのははレイジングハートをフェイトに預けているのだから。

「――あの子、広域攻撃型だね。避けるのは難しいかな?バルディッシュ」
“Yes Sir,Barrier Jacket,Lightning form”
フェイトのバリアジャケットが、通常状態に戻る。
「はい、なのは」
フェイトがレイジングハートをなのはに差し出す。
それを受け取り、なのはは再びビルの屋上に目をやった。

「はやてちゃん……」
絶望の叫びと共に、変わってしまったはやて。もう、どうする事も出来ないのだろうか。
そんな不安が、なのはの心を締め付けた。

そしてフェイトも、違う不安に締め付けられていた。
(レン、まさか本当にあの人達に……?)
はやてと連音が知り合いであった事もそうだが、それ以上に壊れ果てた琥光が頭に焼き付いてしまっていた。

「なのはーーーっ!!」
「フェイトーーーッ!!」

「っ!?ユーノ君、アルフさん!?」
掛けられた声に振り向けば、ユーノ達が駆けつけていた。
二人はなのは達の前に止まると、安堵の溜め息を吐いた。
「良かった、無事だったんだね……」
「ユーノ、丁度良かった。なのはの手を見て上げて?」
ユーノは頷き、なのはの手を掴んだ。なのはは痛みを感じ、少し顔を歪ませる。
「……さっきの攻撃のせい?少し傷めてるみたいだ」
「にゃはは……やっぱり?」
「今、治癒魔法を掛ける。これ位なら、すぐに何とかなるから」
ユーノは、なのはの手に自分の手をかざし、意識を集中させた。緑色の優しい光が、温かさとなってなのはの手を包み込んだ。


時間にすれば一分未満。それだけで、なのはの手から痛みは消え去っていた。
「これで、一先ずは大丈夫だよ」
「ありがとう、ユーノ君」
「ううん。フェイトの方は平気?」
「うん、大丈夫だよ」

ユーノは良かったと頷き、アルフも一安心といった表情だ。

「クロノから伝言。闇の書を止めるには、マスターであるはやてちゃんの意識を目覚めさせる必要がある。
でも、自発的に覚醒するかは難しい。だから、まずは闇の書の説得をしてくれって」
「あれが説得に応じれば、何とか出来るかもしれないってさ」

ユーノとアルフの言葉に、なのは達も頷いた。


その時だった。突如として四人を、強大な魔力の風が襲ったのだ。
それと同時に、肌に違和感が走った。
「ッ!?今のは!?」
「前と同じ、閉じ込める結界だ!」
「やっぱり、わたし達を狙ってるんだ……!」
「援護も向かってるけど、まだ時間が掛かる。僕達で何とかしないと……!」
ユーノの言葉にフェイトとアルフが頷く。しかしなのはは、ただ闇の書のいる場所を、じっと見つめていた。

今まで色んな人達を、なのはは見てきた。
その中でも、闇の書は一番悲しい顔をしていた気がする。

無限の再生と、転生。
終わり無き螺旋の中で、彼女はどれだけの涙を流してきたのだろうか。

それは、産まれてから十年にも満たないなのはには、想像する事さえ出来なかった。

「なのは?」
「っ!うん、大丈夫……」
フェイトの声に我に返ったなのはは、頷いて答える。
今は考える時じゃない。行動する時なのだ。

四人は被害を抑える為に、高層ビル群から離れる事にした。









本局内。
転送されたリーゼ達とクロノは、グレアムが拘束されている、彼の執務室にいた。
二人はグレアムの後ろに立ち、クロノはレティの隣に座り、厳しい視線を向けていた。

「全ては、あなたの指示ですね……グレアム提督?」
「っ!違う、クロノ!!あたし達の独断だ!」
「そうだ!父様は何の関係もない!!」
リーゼ達が反論するが、それを制したのは他ならぬグレアムだった。

「ロッテ、アリア、よしなさい。クロノは全てを掴んでいる……そうだろう?」
「……十一年前の闇の書事件以降、提督は独自に闇の書の転生先を探していましたね。
そして、発見した。闇の書の在り処と現在の主、八神はやてを」
空間モニターに、はやてと闇の書が映し出される。

「しかし、完成前の闇の書と主を押さえても、余り意味が無い。
主を捕らえようと、闇の書を破壊しようと、すぐに転生してしまうから。だから、監視をしながら、完成を待った。
無限書庫で見つけた……闇の書の、永久封印の方法を行う為に」
「……両親に死なれ、体を悪くしていたあの子を見て、心は痛んだが……運命だと思った。
孤独な子であれば、それだけ悲しむ者は少なくて済む……」

クロノはポケットから封筒と写真を取り出し、テーブルに並べた。
「父親の友人を名乗り、生活の援助をしていたのも提督ですね……」
「監視の意味と……永遠の眠りに着く前くらい、せめて幸せにしてやりたかった…………」
「―――偽善と傲慢、そのものですね」
これまで発言をしなかったレティが口を開いた。
グレアムは容赦無く突き刺さる言葉に、顔を顰めた。
「……そうだな、その通りだ」

「封印の方法は、かつて神王が行ったのと同じく……暴走直前に主ごと凍結し、次元の狭間か、氷結世界に閉じ込める。そうですね?」
「そう……それならば、闇の書の転生機能は働かない」
「ッ……」
分かっていた事とはいえ、本人の口から聞くとショックは隠しきれない。
クロノは顔を背けてしまった。

心のどこかで、まだ彼の無実を信じたかった自分がいた。
だが、それももう消えてしまった。

「これまでの闇の書の主だって……アルカンシェルで、蒸発させたりしてんだ!それと何にも変わんない!!」
「クロノ、今からでも遅くない。あたし達を解放して。凍結が掛けられるのは、暴走が始まる前の数分だけなんだ!」
リーゼ達が、ここに来て尚、主張する。
これだけが唯一、闇の書の悲劇を終わらせる事だと。

「その時点ではまだ、闇の書の主は、凍結封印を掛けられるような犯罪者じゃない。違法だ……!」
「ッ!!そんな決まりのせいでッ!!」
クロノの言葉にカッとなったロッテが、ソファーの背もたれを叩き、ギリギリと爪を立てる。
「そんな決まりのせいで悲劇が繰り返されてるんだ!クライド君だって……アンタの父さんだって、それで「黙りなさい、リーゼロッテ!」ッ!?」
憤るロッテをレティが一喝した。
「私達は『法の正義』を以って、その存在を許されているのよ。法を否定するのなら、私達がいる意味は無いわ」
「だから何だってんだ!そんなものが――」
「そしてクライドも……最後の瞬間まで時空管理局の提督として、戦い続けた筈よ?」
「……っ!?」

レティは、眼鏡を指で静かに押し上げる。

通信が途絶えた後、クライドがどんな思いを抱いていたのか。
法の組織の者として、提督として、クルーの安全と確保し、最後の瞬間まで彼は戦った。
だが、死にたかった筈は無い。家族の元に帰りたかった筈だ。

その思いを押し殺して、彼は最後まで船に残ったのだ。


時空管理局提督 クライド・ハラオウンとして。

「クライド・ハラオウンの矜持を否定する言葉を……私は絶対に許さない」
だからこそ、ロッテの言葉を認める訳には行かなかった。

怒りの篭ったレティの言葉に、ロッテは今度こそ黙ってしまった。
そんなつもりは無かった。だが、結果はそれと同じなのだ。

しん、とする部屋の中。クロノはゆっくりと立ち上がって言った。
「―――法以外にも、提督のプランには問題があります」
出口に向かいつつ、続ける。
「封印の解除はそう難しくない筈です。現に神王の掛けた封印ですら、解かれている。
何処に隠そうとも、どんなに守ろうとも……何時か、誰かが手にして使おうとする。
怒りや悲しみ、欲望や切望……そんな願いが導いてしまう……封じられた力へと」
「…………」
グレアムは顔を俯かせた。
それは彼も考えていた事だった。だが、完全に破壊出来ない以上、それ以外に道は無い。
そう、結論付けていたのだ。

「現場が心配ですので、一度現場に戻ります。レティ提督、後をお願いします」
「えぇ……気を付けて」
クロノはレティとグレアムにお辞儀をし、今度こそ部屋を出ようとした。


「――クロノ、待ちなさい」
「はい……?」
グレアムはクロノを呼び止めた。
「アリア、デュランダルを彼に……」
「ッ!?父様、それは!?」
「もう、私達にチャンスは無い。持っていても意味の無い物だ」
「っ……」
アリアは懐から、一枚のカードを取り出した。
鏡の様な表面の四隅と、上半分ほどに青いラインが描かれている。

そして中心に、青いひし形の石が埋め込まれている。

「どう使うかは、君に任せる……これが、氷結の杖【デュランダル】だ。」
「…………」

クロノはそれを受け取り、今度こそ部屋を後にした。









地球では、なのは達が戦闘を繰り広げていた。

戦闘空域を高層ビル郡から離しつつはあったが、如何せん相手は強大だった。

フェイトが高速スタイルを生かし、近接戦闘を仕掛けるも、相手の防御を打ち崩せないでいた。

闇の書が足を止めた瞬間、ユーノとアルフが即座にバインドで拘束する。


その隙に、なのはとフェイトが砲撃魔法を構える。

しかし、闇の書は一切動じない。
「……砕け」
“Break up”
たった一言で、二人のバインドが朽ちるように砕け散った。

だがすでに砲撃準備は完了している。
“Plasma Smasher”
“Divine buster,Extension”
「ファイアッ!!」
「シュートッ!!」
二色の砲撃が、挟み込むように闇の書に放たれる。

「……盾」
“Panzer schild”
三角のシールドを展開し、闇の書はそれを軽々と受け止めて見せる。

それどころか、更に攻撃を構えた。
「刃持て、血に染めよ……」
“Blutiger Dolch”

「……っ!?」
闇の書の周りに、血の様に赤い短剣が何本も出現した。
「穿て、ブラッディダガー」
闇の書の言葉に、ブラッディダガーが一斉に発射される。

なのはとフェイトと、ユーノ達。三箇所を同時に撃ち抜いた。


砲撃を消し去り、防御がギリギリで間に合い、なのはとフェイトが黒煙から姿を現す。

ユーノ達も、かろうじて防御が間に合い無傷である。



闇の書はチラリとそれを見遣って、おもむろに右手を掲げた。
「咎人達に、滅びの光を……」
足元に白いミッド式魔法陣。右手の先には桜色のミッド式魔法陣が、それぞれ展開される。

そして周囲から、まるで星の光が集うように魔力が集まり始めた。
その光景を、そこにいる誰もが見た事があった。

海鳴市の海上。なのはとフェイトの一騎討ちで。

「あれって、まさか……!?」
「星よ集え……全てを撃ち抜く光となれ……」
闇の書が呪文を唱える。輝きは、更に広範囲から収束を始める。
「スターライトブレイカー……!?」

「貫け、閃光……」
驚くなのはの眼前で、光は見る間に巨大になっていく。

「アルフ、ユーノを!!」
「あいよ!!」
フェイトの指示にアルフがユーノを抱えて離脱する。

そしてフェイトも、なのはを抱えて全速力で離脱を計った。

「なのはの魔法を使うなんて……!」
アルフが吐き出すように言う。
「なのはは一度蒐集されている……その時にコピーされたんだ!」
ユーノの説明を聞き、アルフはふと気が付いた。
「って事は……あいつ、フェイトやレンの魔法も使えるって事か!?」
「多分ね……」

アルフの脳裏に、ゾッとしない光景が再生された。

時の庭園での戦い。連音が使った、あのとんでもない力。

あれをもしも、使われたりしたら。
「〜〜〜〜〜ッ!!」
ブンブンと首を振って嫌な想像を追い払う。今はまず、あれを回避する事だ。



そしてフェイトも、なのはを抱えて全速力で飛行していた。
「フェ、フェイトちゃん!こんなに離れなくても……!?」
「至近で喰らったら、防御の上からでも落とされる!回避距離を取らないと!!」強い口調で言い切るフェイトに、なのはは複雑な思いを抱いた。
(そ、そんなに危ない魔法だったっけ……?)

ふと振り返れば、闇の書は更に力を貯め続けている。


あんなものを使うほどに、自分達は否定されているのか。
「ッ……!」
胸の奥に、嫌な痛みを感じた。













チャージに時間を取られ過ぎた。すでになのは達は大きく距離を開けてしまっている。
だが、そんな事は関係ない。
本来は砲撃魔法であったスターライトブレイカーは、闇の書によって超広域攻撃魔法へと改変されている。

着弾地点を中心に、数十km圏内を攻撃できる。



ゆっくりと、闇の書が右手を動かす。
掌を返し、身を内側に捻りこんでいく独特の構え。これが、彼女の発射態勢だった。

「……スターライトブレイカー」
そのまま捻り返しながら腕を振るい、裏拳の要領で文字通り打ち放った。

閃光と共に、桜色の光弾がなのは達の逃走した方角に発射される。
着弾した瞬間、それは荒れ狂う嵐となって、海鳴の町を蹂躙した。






轟々と風が鳴り響き、爆音が耳をつんざき続ける。


どれだけの時間、それはあり続けただろうか。
余韻を残しつつ、嵐は静まっていった。


打ち放った拳からは、シュウシュウと、未だに白煙が上がり続けている。
それを無理やり振り払って、闇の書は再び翼を羽ばたかせた。


町に被害を残さないように、非殺傷で撃った。
死んではいない筈だ。

暴走が始まれば、この町どころか、周辺世界を巻き込んで滅ぼしてしまう。


だがそれと、自分が町を破壊してしまう事は別の話だ。

主の願いに町を破壊する事は入っていないのだから。



彼女は飛翔する。
主の願いを叶える為に。愚直なまでに、真っ直ぐに。








誰も望まない聖夜の決戦。
まだ、その幕は上がったばかりである。


















では、拍手レスです。本当に沢山頂きまして、ありがとうございます。
そして頂いた《正義》に関して、色々と考えてみました。




※シャドブレ感 
正義の反対は悪じゃない、もう一つの正義なんだ。


悪は単独で存在するが、正義とは相対的にしか存在出来ない。という話もありますね。
立ち位置が変われば、正義の意味も大きく変わります。



※犬吉さんへ  
確かに人間は自分の為に戦う。でもその手で、誰かの手を取る事もできる。
その時人は弱くても、愚かでも、独りじゃない。


自分の為に、と言うと身勝手にも聞こえますが、自分の大切なものの為に戦う事=自分の為とも言えますね。

自分一人でないのなら、誰かとその手をきっと繋げられます。それがリリカルなのは……………でしたよね?www


※シャドブレ感 
どんな深い闇の底でも、光は届いている、それが見えないのは、目を閉じているからだ。


目を閉じてしまえば光は見えず、そこから進む事も出来なくなります。
人の足を止めるのは諦めで、目を閉じさせるのは絶望なのかもしれません。
だから、絶望しない人間だけが、光に気付けるのでしょう。


※犬吉さんへ 
もし正義と悪を分けるすべが有るなら、それは多分、自分の笑顔の為に戦うか、誰かの笑顔の為に戦うかの違いだと思う。 
だから、ヴォルケンとグレアム達を正義と認めるわけにはいかないな。 


グレアム一派は言うに及ばず、ヴォルケンもそう言えますね。
例え、はやてが闇の書の完成で助かったとしても、守護騎士とはやてはずっと追われる身になります。
騎士達にそんな事をさせる結果を招いた自分を、はやては責め続けるでしょう。
そこにはきっと、本当の笑顔はありません。


※シャドウブレイカー 
何が正義だ、この夢想家が、腐りきったこの世に正義も悪もねぇ、生き残ったほ うが正義なんだよ。


それもまた一つの真理ですね。
その言葉の正しさは、歴史が証明しています。
理不尽でも、生き残った人間が次の未来を繋いでいく。亡くなった者に、それはできませんから。
だから、負ける事は出来ない。そういう事です。


※シャドウブレイカー 
たとえ勝ち目が無くても戦わなければならない時が有る、それは無駄な抵抗というかもしれない。
だからこそ共に支えあい助け合う仲間がいるんだ。


一人では覆せない戦い。
一人ではないから、戦える。その事は連音も、前回の戦いで良く分かっています。
いよいよ大勝負です。


※シャドブレ感 
他人の人生が、最高か最低かなんて何処の誰にも決める権利なんかねえんだよ。

某月光さんの名台詞ですね!
あの人の漫画は何時も熱い、良い台詞が多いですよね。
自分の価値は自分だけが決める。そこに他人がどうこう言う権利は無い。
難しいですが、その生き方はカッコイイです。


※シャド感 
秩序の名を持つ光の巨人は、必要な犠牲などあっては成らないって言ってたけどね

犠牲にされる側から見れば、理不尽極まりない話で。
もちろん、犠牲も無く物事を治められるのが一番でしょう。でもそれは果てしなく困難で、絶望的な道程です。
それでも踏み出す勇気と覚悟のある光の巨人は、とてもカッコイイと思います。


※犬吉さんへ 
おばあちゃんは言っていた、手の込んだ料理程まずいってな。
どんなに取り繕っても隠す事はできない。


天道語録ですね。
大事な事を失ってしまったら、どれだけ手を尽くしてもどうにもならない。
物事の本質を料理に例えるおばあちゃん。一体、何者だったのでしょうね?www


※犬吉さんへ シャドウブレイカーの感想です。 
待ってました。ホントに続きが気になる作品です。別のHPのコラボ作品も楽しみです。
やはり連音は、アリシアとくっ付いて欲しいです。
では、これからも更新を楽しみに待っています。


感想、ありがとうございます。
あっちの作品は、元の方のノリを再現できているか心配ですが、楽しみと言って頂けて何よりです。
カップリングに関しては、殆ど考えていませんが、ヒロインポジションはアリシアが設定上ダントツですね。
まぁ、来世の確約もされていますからwww










作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。