世界はいつだって、こんな筈じゃない事ばかりだ。クロノ・ハラオウンはかつて、そう言った。
それは正しく、しかし間違っている。

世界には、起こるべくして起こる事もあるのだから。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

       第十五話  正義と悪意の狭間で



「うん……?」
【発掘】された闇の書関連の情報を、一晩掛けてやっと纏め終わった所、携帯電話が音を鳴らした。

見てみれば、すずかからのメールであった。
内容は、はやてが入院したから、放課後にお見舞いに行こうと思うので、一緒にどうか。というものであった。
メンバーはすずかとアリサ、なのは、フェイトだという。

メールを読んでいくと、その事をシャマルに伝え、許可を貰ったという。

「………はやてとなのは達の接触か……まぁ、バレる事はないだろう……」
データによれば、闇の書が完成するまで、管理者の魔導資質は書の中に納められているらしい。

普通に接している限り、見つかる事は無い筈だ。

ギル・グレアムの行動が闇の書を封じる事にあるのなら、ここではやてが見つかる事で、動きを予測できなくなってしまう。
それだけは避けたい所だ。

すずかにはとりあえず、夕方には用があるので昼の内に行く。と返す。






仮眠を取った後、昼前に病院に向かった。

病室のドアをノックすると、中からシャマルの声がした。
「は〜い、どなたですか〜?」
「…………………辰守連音です」
一瞬だけ、帰ろうかと思ったが思い直し、連音はドアを開けた。

ドアを開けると、はやてと花瓶に花を生けているシャマルがいた。
「いらっしゃい、連音君」
「おっす、はやて。体調はどうだ?」
「ぼちぼちやね。ただ、三食昼寝付きで長く入院しとったら……体重がヤバイ事になりそうでな〜?」
「健康そのものという事だな」
「なっ!?女の子にとっては1kgでも大事件なんやで!?」
「俺には大事件じゃないから、別に良い」
「酷いやっちゃな……」
「二人は本当に仲が良いですね〜?もう、お似合いですよ〜♪」
瞬間、はやての素敵過ぎる笑顔が突き刺さる。
「シャマル、早う花の水を換えてき?」
「は、はいぃ!!」
何故か恐怖に慄いたように、シャマルが花瓶を持って病室から出て行った。


今までの事を無かった事にして、仕切り直す。
「あっ!今日な、すずかちゃんがお友達とお見舞いに来てくれるんやて」
「あぁ、俺にもメールが来たよ。とはいっても、用事があるから断ったけど」
「そうなん?せっかく、お友達紹介してくれるのに……勿体無い……」
(だから、なんだけどな……)
本音を巧妙に隠しつつ、他愛無い会話を交わす。

――コンコン。

「? は〜い?」
ドアが再びノックされる。はやてが返事をするとドアが開かれ、白衣を着た女性が入って来た。
「こんにちは。調子はどうかしら?」
現れたのは、はやての主治医である石田幸恵であった。
「こんにちは、石田先生」
「あら、お友達?お邪魔だったかな?」
「いえ、そんな事は……?先生…?」
はやては石田が、何故か怪訝な表情をしているのに気が付いた。
石田の視線の先に居るのは連音だった。
入って来た石田に振り返っただけなのだが、その顔を見るなり、石田の表情は一変した。

「え…いえ、何でもないわ……」
誤魔化すように笑って答えるが、やはり微妙な表情は隠しきれていない。

「じゃあ、俺は帰るよ」
連音も、石田が自分に良い印象を持っていないと感じ、腰を上げた。
「えっ、まだ来たばっかりやろ!?」
「いや、元々長居をする気は無かったからな。じゃあな」
はやてが何かを言おうとするよりも早く、連音は石田の脇を抜けて、はやての病室を出て行ってしまった。

残されたはやてと石田の間には、少しながら気まずい空気が流れた。
「……ゴメンね、邪魔しちゃって………」
「いえ、別に……」
「ところであの子……前に入院していた子よね……確か?」
「えっと、そうですけど……?」
「そうよね……でもあの子、重傷だったわよね……?それなのに……」
自分の記憶を探りながら、そう呟く。
「――うっ!?」
それを聞き、はやては石田の表情の意味を悟った。
連音が半年前に負った怪我は本来、半年やそこらで完治するようなものではない。
むしろ、一年経っても退院出来ないレベルだ。

担当ではないので、詳しいカルテなどを見ていない石田だったが、恐らく連音が病室で暴走した際に色々と知ったのだろう。

「え〜……あぁ〜……っと…」
はやてはこれを、どう誤魔化せば良いかと必死になって考えた。
そもそも、はやてが悩む必要は無く、そのまま流してしまえば良いのだが、
如何せん真実を知っているという事は、それだけで自分の行動や思考に不審を抱かせてしまうものだ。

だから、はやては必死になって誤魔化す方法を考えていた。



連音と石田がニアミスすると、はやてが悩む。

風が吹けば桶屋が儲かるように、それは一つの真理なのかもしれない。




そんなはやての苦心など知る事無く、連音は病院の一階ロビーまで戻っていた。

“主”
「あぁ、はやての氣が……かなり弱っていた。昨日と比べても、ハッキリと分かる」
はやての氣に変化があった事には気が付いていた。
だが、元々体を悪くしている上、健康な人間でさえ、一時的に変調する事は珍しくない。

だからこそ、見落としていた。


はやてに残された時間は、もう僅かしか無い。



連音の頭に、あの時こうしていれば、ああしていれば。
そんな事ばかりが浮かんでは消え、自然とその足を速めさせる。

気が逸れば隙を生む。忍としてそれは在ってはならない事だ。

「どうする……どう動く……?」
はやてを救う為には、闇の書を如何にかしなければならない。
予言で、闇の書が完全に滅びる事は決まっている。
その中で、一体どうすればはやての世界を守れるのか。

“主”
「――何だ?」
“至急調査八神家 要調査対象ギル・グレアム 痕跡ノ発見”
「――ッ!そうか……奴が封印をしようというのなら当然、今までも監視をしている筈……」

グレアムが昨日今日の思い付きで、封印の計画を立てた筈が無い。
ならば、必死にはやてを見つけ出し、そして何かしらの方法で八神家の内情を知ろうとしていた筈なのだ。

単純な所なら、盗聴などの手段がある。
守護騎士が目覚める前なら、それらを幾らでも仕掛けられた筈だ。

「後、考えられるのは………親類縁者を名乗って、近付いた可能性もあるな」
はやての両親は既に他界し、血縁者はいない。いるのならば、あの家に一人で住んでいる筈がない。
そして、あれだけの家をどうやって維持していたのか。その辺りにも疑問を覚える。
誰かが援助をしていた、とは考えられないだろうか。
それならば八神家の内情を探り易いし、なにより、監視そのものがやり易い。

監視対象が自分を信用しているのだから。

もしもグレアムが、縁者などと名乗ってはやてと接触していたとすれば、その痕跡が発見出来るかも知れない。


八神家の捜索。はやての病状を鑑みるに、守護騎士が家にいる可能性は低い。
今ならば、邪魔は無い。

連音は早速、八神家に向かった。





数分後、八神家前の電柱の上に連音はいた。
忍装束を纏い、隠行の術で姿を消しているので一般人には見えない。

八神家を見下ろしながら、連音は嘆息していた。
「これはまた……豪いセキュリティだな……」
網の目のように張り巡らされたセンサー。恐らく魔力を持った人間に反応する仕組みだろう。

とはいえ、守るべき主のいない今、これは無駄というものではあるが。

やはり敷地内に守護騎士の気配は無い。潜入のチャンスは今を置いて他に無い。

「行くぞ、琥光……六式『不陰』起動」
“不陰 発動”
琥光の宝石部が黒く染まる。それに合わせて、連音の姿がまるで風景に融けるように消えていく。

不陰。六式の中で最も特殊な能力。
あらゆる動体、魔力反応を消して姿を隠し、どれほどに優れたセンサーでも、個人の展開した物程度は軽く無効化される。

その代償に一切の魔力防御、魔力強化を失ってしまう。忍装束も普通の布と大差無いものになってしまい、
何より、他の術の行使そのものが不可能となる。

完全なる隠密行動専用の能力である。


八神家の屋根に跳び移り、そこから路地の陰になる窓枠に足を掛ける。
はやての足は悪いので、部屋は一階にある筈だ。
そのまま下に降りて、壁に沿って歩く。

やがて、ステンレスの格子が付いた窓を見つけた。

窓には鍵が掛かっているが、そんな事は障害にならない。
連音は特別な鋼糸を取り出し、それを数本切り落とす。

「―――」
先端が螺旋状になった道具を取り出し、鍵の真後ろに小さく穴を開ける。そこから鍵を押し外す。

こういった場所は格子があるせいで、鍵自体のロックが忘れられている事が多いのだ。

そしてここも、それに漏れなかった。

窓を開けて中に入る。慎重に移動するが、人の気配は何処にも無い。
センサーも外の物に相当の自信があるらしく、一切無いようだ。


風呂場を出て、リビングに入る。その先のドアを過ぎれば玄関前の廊下だ。
はやての足を考えれば、部屋は玄関の近くにある筈だ。
一つ目のドアを開ける。が、そこは使われていない部屋だった。
物置のように、色々と置かれていた。

次のドアを開けると、今度は使われている部屋だった。
幾つかの本が並んだ机と、枕とクッション、ウサギの縫いぐるみが置かれた大き目のベッド。
(これは……ヴィータの帽子に付いていたのと同じデザインだな。ここはヴィータの部屋か?)

とりあえず、部屋を見回してみる。

(うん?机があるのに、椅子がない……なるほど、ここがはやての部屋か)
車椅子のはやてには、椅子はあっても邪魔になるだけである。
逆にヴィータには椅子が必要になる。

見てみれば、隅で縫いぐるみを乗せられているのは、机とセットの椅子らしい。

早速、連音ははやての机を探り始めた。
まずは本棚に納められている日記帳を手に取る。

「………」
いまいち気が進まない。人の日記を盗み見るという行為は、しょうがないと諦められるが、
日記というと、どうしても時の庭園での出来事が思い出される。

悲劇と狂気の記された、禁書の事を。


そして、どうしても彼女の事を思い出してしまう。
こうして日記を持っているだけで、彼女の声が今にも聞こえそうになる。

(………感傷に浸っている時間は無い。さっさと調べよう……)
莫迦な考えに首を振り、日記帳を開く。
日付は今年の四月。ちょうど、はやてと連音が出会った翌日から書かれている。

事細かに読む必要は無いと、パラパラと捲っていく。

六月。守護騎士が覚醒。

十月。僅かにだが、体調がおかしく感じる時がある。


闇の書に関わる事や日々の細かい事まで書かれた日記には、しかし目的の事は書かれていなかった。
日記を元の場所に戻し、引き出しを探る。


一番下の引き出しから開けていく。と、一つの封筒が入っていた。
「これは……?」
薄水色の封筒を手に取り、宛名を見る。
表には英語で書かれた宛名と、日本語で書かれた名前。

『グレアムさんへ』と。

「…………」
封をされていないので、中を見る。
手紙の内容は、他愛ない日々の出来事と、いつも援助をしてくれる事へのお礼。
そして、いつか直接会って話をしたい、というものだった。

連音はそれを懐にしまい、引き出しを戻す。
後は退散するだけと部屋を出ようとした時、玄関から物音がした。

壁に耳を当てて注意深く探ると、足音はそのままリビングに吸い込まれていった。
恐らくはシャマルが帰ってきたのだろう。
他の三人は蒐集に忙しい筈だし、こっちにいるのは、病院で会った彼女ぐらいだろう。

さて、どうしようか。と、思考する。
痕跡を必要以上に残さない為、脱出は風呂場にしたいところだ。
だが、風呂場に行くにはリビングを抜ける必要がある。

不陰の力ならば、一般人相手なら真後ろに立ってダンスをしても気付かれる事はない。
だが、それでも慎重を期すべきだ。

“主”
「なんだ……?」
“玄関”
「………」
深く溜め息。
良く考えれば、玄関はすぐ目の前にある。しかも、ご丁寧に鍵も開いている。

後はそのまま、出れば良いだけだ。

静かにドアを開け、廊下に出る。足音を忍ばせて玄関に向かう、その途中。

「う〜ん、どれが良いかしら……?」

テーブルに、トレンチコートとサングラス。タイトスカートとスーツ、そしてサングラス。ナース服とサングラス。そして白衣とサングラス。

「う〜〜〜〜〜ん…………」

彼女は一体、何をする気なのだろうか。

本気で頭を悩ませているシャマルを尻目に、連音は玄関から外へと出て行った。
切り落とした格子を、竜魔衆謹製の接着剤でくっつけて証拠を消すと、急いでその場を後にした。




海鳴市の中心部にある鉄塔。以前にも登ったそれの上で、風に吹かれながら、連音は集めた証拠を整理していた。

「さて、後は裏を取るだけだが……どうするかな?」
グレアムが封印を目的にしている以上、どう隠蔽しようとも、その痕跡は残る。
しかしそれらは、恐らく管理局に在る。局員でない自分が、不用意に手を出す事は難しいだろう。

となると、連音の脳裏に浮かぶのは一人だけだった。













その日の夜、海鳴市に戻ったクロノ・ハラオウンは進展を見せない事態に、ひたすら頭を悩ませていた。
いや、事態は進んでいる。闇の書完成という最悪の事態に。

そして、その先にあるのは暴走による周辺世界の滅亡。
「ふぅ……」
目を通していた捜査報告書をテーブルに投げ、ミネラルウォーターを口にして、溜め息を吐く。

「どうした?景気の悪い顔をして……」
そこにひょっこりと顔を出したのは、つい十数分前に帰ってきた連音だった。
連音は冷蔵庫から適当に飲み物を取ると、蓋を開けながら、ソファーに座った。

「景気の悪い顔にもなるさ……ここ最近、守護騎士の動きが活発になっている。それなのに、動きを追い切れないんだから……。
闇の書の主も見つからないし、事態は悪化する一方だ……!」

「主なら見つけたぞ?」
「そうか、それは良か…………………………………………たぁッ!?」
「相変わらず面白いリアクションをするな、お前は」
クロノは目をまん丸に見開いて、口をあんぐりとさせたまま、連音の方を向いていた。
「ちょっと待て、本当なのか!?」
「あぁ……騎士の拠点も、主の居場所も突き止めてある」
この部屋が盗聴等されていない事を琥光に確認させて、連音は答えた。

その言葉を聞き、クロノは立ち上がった。
「至急人員を集めて、捜査しよう。なのはとフェイトにも連絡を……っと、フェイトはまだ、リンカーコアが治っていなかったっけ。
まぁ良い。君と僕がいれば、その辺の穴埋めも問題無いだろうからね」
「ちょっと待て」
「何だ?すぐにでもアースラに連絡を入れて、艦長に報告しないと」
「そう急くな。禿げるぞ?」
「……僕の人生計画に、そんな事は一文も書いてないッ!」
「じゃあ、これから書いておく事を薦める。この事件はそれ位……裏が複雑なんでな」
「…………どういう事だ?」
連音の言葉の意味が判らないと、クロノは眉を顰める。
「……ちょっと、夜の散歩にでも行こうか?」
連音は立ち上がると、クロノの返事も聞かないまま、自室にコートを取りに向かった。
少し考えた後、クロノもコート掛けに掛けられていたジャケットを引っ手繰った。

その日、夜空には雲一つ無く、星々がまるで、散りばめられた宝石の様に煌いていた。

冬独特の冷え切った空気が、その美しさを引き立てている。

吐く息は白く、寒風が肌に晒されるが、それでもこの冷たい空気が心地良くも思える。

街灯だけが道を照らす中を、二人は歩いていた。
「この事件、表向き三つの勢力が動いている。一つは管理局と俺。一つは闇の書、その守護騎士」
「最後に、仮面の男……か?」
連音は頷き、そして続ける。
「だが、この仮面の男には疑問がある。それは、管理局内部の勢力である可能性だ」
「その可能性を示すのは、ハッキング。警報も無しに、ダイレクトにメインを攻撃してきた」
「それでは、その内部勢力とは誰か……?」
「………君は、何処まで知っているんだ!?」
苛立ったようにクロノが言う。しかし、意にも返さず、連音は夜空を見上げていた。

「―――もちろん、全てだ」
「――ッ!!?」
「事の起こりは十一年前の闇の書事件。当時、その事件の指揮を執っていたギル・グレアムの元、闇の書はついに封印された。
だが、闇の書の力は想像を超えたもので、それを運んでいた護送艦エスティアをのっとり、暴走した……」
「………それが………」
それが何だ。そう続けようとしたクロノだったが、言葉は出てこなかった。
連音の目を、見てしまったからだ。

その目は、かつてジュエルシード事件の真相を語っていた時と同じものだった。

何処までも悲しく、何処までも寂しげな――――そんな瞳。

「その事件でエスティアと共に闇の書は破壊され、そして、一人の提督が命を落とした。
クライド・ハラオウン。つまり、お前の父親の事だ」
「………」
「その出来事は、ギル・グレアムの心に深い傷痕を残した。そして同時に、闇の書に対する深い憎悪を……」
「ッ!?ちょっと待て!まさか、君は……!?」
連音が何を言わんとしているのかに気が付き、クロノは叫んでいた。

「君は……ッ!仮面の男の背後にいるのが……グレアム提督だとでも言うつもりか!?」
「その通りだ。グレアムは自分の手駒を使って、捜査の妨害と、闇の書の完成を補助して――」
言い終わる前に、クロノは連音に掴み掛かっていた。
「ふざけるな!!提督がそんな事するものかッ!!」
いつもの冷静さを失い、連音を怒鳴りつける。
「提督は父さんの上司で……母さんにとっても僕にとっても、恩人の様な人で……あの事件以来、ずっと苦しんでいたのはあの人だ!!
それを君は………証拠も無く、憶測だけで犯罪者の様に言うのか!!」

「証拠なら在る……残念だがな」
「何…ッ!?」
連音の言葉に動揺し、掴む手が緩む。それをやんわりと払い、連音は続けた。
「ギル・グレアムはその事件以降、闇の書を捜索していた。そして、ついにこの世界で見つけ出した。
しかし、その事を報告せずに、奴は極秘裏に監視する事を選択した……何故だと思う?」
「………闇の書には転生機能がある。そこで抑えても意味が無いから……?」
「それは半分だ。それだけの理由なら、秘密にする必要は無い。堂々と報告して監視すれば良い。
奴の目的はたった一つ。今までの行動は全てそこに集約している」
「っ……」
クロノは自然と、固唾を呑んでしまう。
体の芯が冷えていくような感覚。手足が、氷の様になっていく。

「奴の目的は………復讐。闇の書の永久封印を以って、それを為そうとしているんだ」
「ッ!?闇の書の、永久封印……!?バカな!そんな事が出来るというのか!?」
「過去に一度だけ……闇の書が封印された事を知っているか?」
「ッ!?どうして、そんな事を……!?」
クロノの驚く様を見て、連音は説明が要らないと悟る。

「奴はその封印方法を用いて、闇の書を封じようとしている……」
「だ…だが、それとグレアム提督が仮面の男の後ろにいる事が、どうして繋がる!?
奴が闇の書の完成を目論んでいるのは間違いない。だったらおかしいじゃないか!!」
「――永久封印を掛けるには、闇の書が完成していなければならない。だから、完成させる必要があった」
「ッ……!」
「奴は闇の書の主が孤独である事を知り、縁者を名乗って接触した。闇の書を監視する為に」
連音はコートのポケットから、手紙を取り出した。
「それは…?」
「闇の書の主が書いた物だ。宛先はイギリスの私書箱、契約者はギルバート・グレアム。
だが、取りに来るのはいつも、ロングかショートの代理人の女だそうだ。心当たりがあるんじゃないか?」
「……ロッテとアリア………提督の使い魔二人……」
「だが、ここまではまだ偶然、と言えなくもない。次はこれだ」
そう言って出したのは――マリオネット・ピン。

「それは…?」
「マリエル技術仕官に調べてもらった。こいつは昔、ミッドで起こったテロに使われていた物で、頭に刺すと行動をコントロール出来るらしい。
そのテロ事件の捜査指揮を取っていたのが……ギル・グレアムだ。
ちなみにこれは、砂漠での戦闘の際に砂竜の頭から見つけた物だが、データも含めて局内で厳重に保管されているようだ。
そんな物が、どうしてあそこに在ったのか?偶然?確かに、これだけならばそう言えるだろう。だが、その前の事と合わせれば……」

「偶然では、在り得ない……」

「そしてもう一つ。仮面の男の現れたタイミングだ。確か、中隊を借りた後だったよな……グレアムの口利きで」
「あぁ、確かに……」
「その隊員の中に、グレアムに情報を流している奴が必ずいる筈だ。本人がそれに気付いているかは知らないがな……」
「提督は信頼が厚いし、何より、管理局上層部の人間で、以前の闇の書事件に関わっていたことは有名だ。
その提督が今の事件の事を知りたいからと言えば、そこに疑う理由は無い」
「仮面の男の正体は奴の使い魔だろう。二人で一人を演じる……古典的なトリックだな」
「君は……知っているのか?封印の方法を……」
「暴走直前、闇の書には隙が生まれる。その瞬間になら、氷結によって封印が可能だ。
ただし……それは闇の書の主ごと、になるがな……」
「闇の書の主ごと……!?そんな事、許される訳が無い!!」
「だが、奴はそれをやろうとしている。裏付けに関してはお前に任せるさ。グレアムの周りで、大きく金が動いている筈だ」
「どうして分かる?」
「氷結封印は、生半可なレベルでは効果が無い。なら、それ用に何かしら用意をしている筈だ。ワン・オフのデバイス、とかな?」
「っ!そうか、新型デバイスの試作品とかに紛れ込ませて……提督がそういったっ物を発注しても不自然じゃない」
「ま、後は優秀な執務官に任せるさ。俺はそろそろ、本格的にマークされるだろうからな」

連音はコートに手を突っ込んだまま、ひょいと塀の上にジャンプした。
「どういう事だ?」
「グレアムにとって、俺は邪魔な存在だ。何せ闇の書の主と、唯一面識があるからな」
連音はそのまま塀の上を歩いていく。
「っ…?何処に行く気だ?」
民家の間を抜けて行こうとする連音に、クロノは首を傾げた。
その声に振り返り、連音は笑顔で答えた。


「―――闇の書の、主の所だ」









「ッ……ぅう…!?」
暗い病室。一人きりの部屋の中で八神はやては、襲い繰る苦痛に声を殺して耐えていた。

息が苦しい。声を上げて叫びたい。手を伸ばして、誰かに助けを請いたい。
手が自然と、ベッドのシーツを握り締める。
脂汗が額に滲み。瞳には涙が浮かぶ。

本能が、近付く死を感じ取っていた。

一人は怖い。一人は辛い。一人は――――嫌だ。

知ってしまった温もりが、孤独を恐れさせる。


帰りたい。今すぐにでも、皆の居るあの家に。



「――――ッ!?」
不意に、空気が揺らめいた。
闇の世界を裂いて、月光が室内を照らした。
被っていたシーツから顔を覗かせると、二つの人影があった。
一人は、はやてが良く知った顔。もう一人はまったく知らない顔。

「夜分に失礼するぞ、はやて」
「つ、連音君……!?何で…?それに、そっちの人は誰なん?」
「こんな時間に来た事をお詫びします。僕は時くうぅ―――ッ!?」
クロノが名乗ろうとした瞬間、連音が思いっきりクロノの足を踏んづけた。
痛みに声を上げそうになるが、それを更に連音が口を押さえて防ぐ。
「コイツは黒助といって、俺のちょっとした知り合いなんだ。はやての事を話したら見舞いに行きたいと言うんでな……」
「ぶはっ!誰が黒助だ!!僕はクロノだ!!」
「バカ、声がでかい!!」
「連音君もやっ!!」

その時、タイミング悪く見回りが来てしまった。懐中電灯の明かりがドアの隙間から覗く。

ドアが静かに開き、室内を明かりが照らす。
「……何か、話し声がした気がしたけれど………気のせいね」
室内に異変が無いと、看護師はドアを閉じて見回りに戻った。


「―――行ったか?」
「―――気配は遠ざかった」
「そんじゃ、起きようか?」
ベッドの上のはやてが体を起こし、ベッドの下から連音とクロノが顔を出した。

顔を見合わせて、盛大に溜め息を吐く。
見回りに気付いた瞬間、慌てて窓を閉め、滑り込むようにベッドの下に。はやてもとっさにシーツを被ったのだ。

「ったく……クロノが大声出すからだぞ?」
「君が人の事を、黒助呼ばわりしなければそれは起こらなかった筈だ……!」
床に座ったままヒソヒソと言い合う二人を見て、はやては聞いてみた。

「もしかして、二人って仲良いん?」
「「全然」」
「息ピッタリやん」


ともかく仕切り直す。
「僕はクロノ・ハラオウン。こことは違う世界で、魔導師をしている者です」
連音に管理局の事を伏せるよう注意され、仕方無しにそう名乗る。
「これはご丁寧に。わたしは八神はやてと申します。よろしくお願いします、クロノ君」
何故か、ベッドの上で正座して頭を下げるはやて。
連音にはそれが悪戯の一つであるとすぐに分かったが、クロノは驚いてしまい、
「いえ、そんな。ご丁寧に……」
深々と頭を下げる。ちなみにはやては、さっさと頭を上げて、それをニヤニヤしながら見ていた。

クロノが頭を上げようとすると、スッと頭を下げる。それを見て、クロノが慌てて頭を下げる。

(クロノ、完全に遊ばれているな……)

ちなみに、このコントは連音がはやての頭を引っ叩くまで続いた。



「で、どうして連音君は彼をここに連れて来たんや……?」
頭を摩りながら、はやてが尋ねる。
「別に意味は無いけど?」
「「無いのかい!!」」
クロノとはやてのツッコミが一つになった。

「ま、それは冗談としてだ……はやて、体の具合余り良くないようだな……」
「そ、そんな事ないよ……ほら、今だってこんなに元気で」
「はやて。今ぐらいは本音を言って良いんだぞ?」
「………でも、あかん。言ったらきっと、甘えてしまうから」
「前の時、俺はお前に結構甘えてたしな……それ位は引き受けるぞ?」
「連音君………ありがとうな」

連音の言葉を聞き、はやては安らいだような笑顔を見せる。
でも、それは月光のせいだろうか、クロノには何処か儚げに見えた。


そして連音は真剣な面持ちになり、はやてに告げた。

「はやて、お前の病気は………闇の書が引き起こしたものだ」
「…えっ?」
「なっ…!?」
その言葉に二人が、同時に驚きの声を上げる。
それに構わず、連音は続ける。
「闇の書が覚醒した事で、侵食が始まったんだ。恐らく、時間は余り残されていないだろう……」
「………」
はやては驚きに目を見開き、クロノもまた、連音がいきなりな事を言ったせいで思考が止まってしまった。
「それを回避する為の、最悪の方法はもう見付かっている……」
「最悪……?」
「―――闇の書を、はやてごと氷結封印してしまう事」
「……ッ!?」
「お、おい!君は――」

容赦無く言い放つ連音に、クロノはやっと思考を戻した。
止めようとするが、その前に連音の言葉が続けられた。

「もしそうなったら………一緒に付き合ってやるから」

「「え……?」」

何事も無いかの様に連音は言った。笑みさえ湛えて、共に逝くと。
「君は……自分が何を言ってるのか……分かってるのか!?」
「分かってるよ。だけど、俺だって氷漬けになりたくないからな。時間が無くても、絶対に方法を見つける。それだけだ」

事も無げに言ってのける連音に、二人は唖然としてしまった。


「――さて、そろそろお暇しようか。あ、クロノの事は秘密で頼むぞ?」
「えっと、それは良いんやけど………」
「何だ?」
「どうして、そこまで……?」
はやてが疑問を口にする。それはクロノにも分からない事だった。

闇の書の主である彼女と、連音が親しい間柄である事は理解できる。だが、それで命を懸けるような事まで言うだろうか。

「約束したからな。はやてが助けて欲しい時には……世界の裏側からだって助けに行くってさ」
「ッ!?でも、あれは……それにわたし、連音君に助けて欲しいって、言うてないよ!?」
「―――あのなぁ、はやて?」
連音は少しばかり呆れたような顔をした。

「お前の本音ぐらい、見れば分かるって。助けて欲しいんだろ?だったら、そう言えよ!?
俺の時、俺は助けてとか言わなかった。でも、お前は俺を助けてくれた。何でだ?
俺の……”本当の声”が、聞こえたんじゃないのか!?」
「――ッ!」
連音の言葉に、はやてはハッとした。
ボロボロになって、苦しんで、それでも誰にも助けを請わない。
そんな連音がとても悲しくて、寂しくて。だから聞こえた気がしたのだ。

誰か助けて、と。


気が付けば涙が零れていた。
「……ええの?言っても……?」
「当たり前だろ」
「………………助けて」
「――あぁ」
「………死にたくないよ」
「当然だ」
「…………連音君、助けて……!!」
「任せておけって。俺は世界を守る忍者だぞ?」
そう言って、連音はクロノの肩に手を回した。
「こいつも、手を貸すって言ってるしな。な〜、クロノ?」
「なっ!?何を――」
「ほんまに?ありがとう、クロノ君……!」

否定しようとしたが、はやての言葉を聞いてしまい、クロノは複雑な表情になってしまった。
「―――まぁ、善処するよ」
「ありがとうな。ほんま、さっきは弄ってしもうて、ゴメンな〜?」
泣いた子はすっかり笑い、クロノは更に複雑な顔をした。


クロノが先に窓から飛び降り、続いて連音も窓に手を掛けた所で、はやてが呼び止めた。
「ちょっと待って。闇の書を……あの子を封印したら、シグナム達はどうなるん?」「守護騎士プログラムは、闇の書に属すると同時に、ある種の独立をしている。そのまま居る事ができるのか、それとも眠りにつくのか……正直、分からない」
「そっか………連音君はその……闇の書の為に海鳴に来たん?」
「まさか、はやてがマスターとは……思いもしなかったけどな?」
そう言って、連音は肩を竦めてみせる。
「あ、そうだ。俺も後、一つだけ……」
「何……?」
「―――もし誰かに『眠れ』と言われても、絶対に眠るな」
「え…、何の事?」
「良いから。どれだけ眠くても、ギリギリまで粘れ。粘り切れなくても頑張れ。良いな?」
「??………うん、分かったよ」
何の事か分からないが、真剣な面持ちの連音に釣られて、はやては頷いた。
それを見届けてから、連音は軽く手を振った。
「――じゃあな」
そして、連音も外に飛び出した。



妙な賑やかしさがすっかりと消えた病室。
はやては窓とカーテンを閉めた。

いつの間にか、胸の苦しさは霧散していた。





人気の無い公園。クロノはうな垂れるようにして、ブランコに腰を下ろしていた。

「あれが……あんな子が闇の書の主……だと」
父を奪い、母を悲しませ、多くの人達の人生を狂わせた闇の書。
クロノの中ではいつの間にか、力を求め、騎士だけを動かし、自分は安全な場所に隠れ、何の罪も無い人を傷つけても罪の意識も持たない。
そんな、非道な人間を想像してしまっていた。


だが、実際に会った書の主――八神はやては、それとは全く正反対の存在だった。

病に、闇の書の侵食に苦しみ、余命幾許もないだろうに、それなのに、笑い、喜び、涙する。

それは本来、守られるべき者の筈だ。

「守護騎士は闇の書が完成すれば、はやてを助けられると本気で信じている」
「何故だ?守護騎士は闇の書が生み出した存在だ。それなのに、そんな事が……」
「正確には、夜天の魔導書が生み出した存在だ。それ故に、その時の記憶が混じっているのか、
それとも、闇の書が都合良く、記憶に改変をかけているのかも知れない」
「………」

守りたいと思う事、それは正しく正義だ。

そして、世界に危険を及ぼすものを封印しようとする事。それもまた、正義だ。



ならば、正義とは何であるというのか。

連音はブランコの天辺に登って、月を見上げる。
「奴が……グレアムが、闇の書の事を報告し、組織として封印について動いていたのなら、それは正義だろう。
そして奴が、闇の書、そしてその危険性や封印に関する事を騎士に伝え、正面からぶつかるのなら、それもまた正義だろう」
「………」
「だが、奴は……組織に報告せず自分の手で封印する事を選んだ。
その上、クロノや自分を信頼している人間を尽く裏切り、何も知らない守護騎士を踊らせ、はやてを生贄にしようと画策している」
「ッ…!」

ゾクリ。
クロノの背筋に冷たいものが走る。

上にいる連音から、恐ろしいまでの殺気が発せられている。
それはかつて、時の庭園でプレシアが発した殺気にも負けない程に、凶悪なものだった。

「組織としての正義を捨て、自らへの信頼を裏切り、罪無き者の犠牲を以って目的を果たそうとする……奴に、語るべき正義など存在しない」

そう言いながら、連音は理解していた。
正義など無くて良い。それでも、為そうとする事がある。
それはかつて、プレシアが為そうとした事と何も変わりはしない。


殺気を納め、連音は飛び降りる。プレッシャーから解放され、クロノは自然と嘆息していた。
「ま、どっちにしろ闇の書が完成しない限り、俺達も手出し出来ない。今、出来る事はグレアムの計画を潰す事だけだ。そっちは頼んだぞ?」
「……分かった、こっちでも調べてみる。それで実際に、闇の書をどうするんだ?提督の計画を阻止しても、暴走してしまったら……」
「如何にかして防御プログラムを破壊できれば、はやてへの侵食は止まるだろうし…………最悪、完全に破壊も出来る」
「闇の書を完全に破壊できる!?どうして、それが最悪なんだ?」
「闇の書が滅びれば……当然、守護騎士プログラムも消える事になる。はやてから、家族を奪う事になる……」
「………なるほどな。確かに、最悪だ」

共に家族を失った過去を持つが故に、その苦しみと悲しみは痛いほど知っている。

「だが、防御プログラムを破壊する事が出来るのか?そんな事が可能なら、誰かがやろうとしているんじゃないか?」
「いや、無理だったと思うぞ?何故なら、闇の書からプログラムを切り離せるのは、管理者だけだ。
管理者は闇の書に呑み込まれ、体を乗っ取られるし、それ以前に管理局はその所有者を犯罪者として追ってきたのだろう?」
「事実、そうだったからね……」
「実際に犯罪者なって追われた者もいれば、犯罪者とされ追われた者もいただろう。
自分をそんな風に追う相手に、協力なんて出来ると思うか?」
「それは……」
「だが、今回は違う。はやての……管理者の協力を得る事が出来れば、今までと違う結果を残せるかもしれない」
「その為には、提督の計画を阻止しなければならない……か」
「明日からは忙しくなるぞ。上手くやれよ?」
「……君もな」


二人が見上げる夜空には、いつの間にか雲が掛かり始めていた。













数日後。
時空管理局にある、グレアムの執務室。
彼は明かりも点けずに、モニターを見ていた。

映し出されるのは、闇の書のデータと、古代ベルカ文字で書かれた本のページ。
それと共に描かれているのは、黒翼の悪魔を氷の槍で貫く女神。

グレアムにとって、偶然これを見つけた事が、全ての始まりだったようにも思える。

封印も、破壊も不可能とされていた闇の書。それを封印したとされる伝説の王と、それに従う女神。

神王と闇の書の戦いを記したそれは、グレアムが計画を立てる切欠となった。


「お父様?」
ドアが開き、照明が点けられる。
入って来たのは、リーゼアリア、そしてリーゼロッテ。
「もう、これ以上目が悪くなったらどうするのよ?」
「それに、余り根をつめては……体に毒ですよ?」
「あぁ、すまないな二人とも……ロッテ、体の方はどうだい?」
「まずまずかな……やっぱ、万全には行かないかも……でも、出来るだけベストに近づけるから」
ロッテは複雑そうに言う。
今も魔力の殆どを回復に回しているが、怪我は治り始めていてもダメージが抜けない。

最後まで時間も無い中で、万全を期す事が出来ない自分に、不甲斐無さを感じてしまう。

「ロッテ、余り気にしてはいけないよ……それで、向こうの様子は?」
「流石に闇の書相手ですからね……よくやっていると思います」
アリアがそう答えると、グレアムは「そうか」と頷いた。

「彼の動きは、どうなっている?」
「はい。最近はよく騎士との接触があるようです。もしかしたら、最後の計画がh邪魔されるかもしれません」
「やはり、彼の存在は危険だな……そろそろ、舞台から降りてもらわなければな……」

グレアムは空間モニターを消し、深く溜め息を吐いた。
もうすぐ、全てに決着がつく。しかし、望んだ形に決着したとしても、そこに未来は無い。

「――――すまんな、お前達まで付き合わせてしまって……」
「ッ!?何言ってんの、父様!!」
ロッテがテーブルに身を乗り出して、ずいっと顔を突きつける。
「あたし達は父様の使い魔。父様の願いは、あたし達の願いです……!」
アリアの言葉にロッテが強く頷く。

自分はきっと地獄に堕ちるだろう。だがその道行きに、彼女達を共に行かせてしまう事を不憫に思う。

だが、それでも彼女達は言う。それが、自分達の願いだと。
彼女達は使い魔。どれ程に自由意志を持とうとも、絶対に主に従うのだから。

「大丈夫だよ、父様。デュランダルはもう完成しているし!」
「闇の書の完全封印……これで、全てが終わるんですから……」

そう言って彼女達は笑う。

その結果、一人の少女が何も知らないままに葬り去られる事になる。
それを知りながら尚、彼女達は笑うのだ。


リーゼ達にとって、八神はやての存在は闇の書の封印の為の生贄であり、同情の余地はあっても、同情はしない。

それは運命だ、諦めろ。それ位の思いしかない。
グレアムの願い、闇の書の完全なる封印。それだけが彼女達の優先される事。彼女達の正義。

それを阻もうとする者は、全てが悪でしかない。



「…………」
グレアムは静かに瞼を閉じた。
もう時間も無い。これ以外に手段は無い。
だが、ふと迷ってしまう時があるのも事実だった。


父親の縁者を名乗り援助を始めたのは、闇の書を監視する為。


彼女から送られてくる手紙には、いつも感謝の言葉。
疑う事無く、純粋に寄せられる信頼が、グレアムには眩しかった。


無限書庫から探し出したそれは、グレアムの思いを大きく動かした。

闇の書を封印した、神王の伝説の一片。


不可能を可能とするその可能性に、グレアムは行動を起こしていた。

自分の持ちうる全てをもって作り上げてきた、この結末の為に。



すでに帰る道は無い。
望むと望まざるとに関わらず、全ては終局に向かうのだ。


自分達の作戦が失敗すれば、尚も世界は脅威に晒され続ける事になるだろう。




(クライド君………私は君を……リンディ君たちから奪ってしまった……これ以上、あんな思いをさせたくないのだよ……)

グレアムは、亡き部下にして弟子であった者に言葉を紡ぐ。

(だからこそ……どんな犠牲を払っても、私は闇の書を封印してみせる。君は、私を責めるだろうね……)

彼は一つでも多くの部下を救う為、命を懸けて戦い抜いた。
その結果、エスティアと彼以外に被害は無かった。

そんな彼が今の自分を見て、果たしてどう思うだろうか。


怒りをぶつけるだろうか。

叫び、罵るだろうか。



どれだけ考えても、答えは返ってこない。











正義とは、一体何なのだろうか。

自分が信じるものを正義と呼ぶならば、反するものは悪なのだろうか。


答えの出ない闇の中、終局の日は容赦無く、訪れようとしている。





















では、拍手レスです。



※犬吉さんへ
憎しみを束ねても、それは脆い。

私の好きな某作品で「人が強くなるにはどうしたら良いと思う?憎む事だ」といった台詞がありました。
でも、その話の中でその言葉は否定されていました。偽りとは言いませんが、そういった強さは、やはり脆いです。

ですが、今の連音はそれだけではありません。


※シャドウダンサー:オリキャラをよく生かしている。今6話拝読中

お褒め頂き、ありがとうございます。
この頃はまだまだ手探りで、出会い方等、おかしくならない様にと気を付けてばかりでした。

その先の話も、楽しんでいただけたなら幸いです。









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