一年の終わりも見えてきた冬。
そこから始まった一つの事件。それも正に決着の時を迎えようとしている。

過去に縛られる者達。今を生きる者達。その狭間にある者。

真実を知る時、全ては加速する。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

       第十四話   守りたい者のために



早朝の八神家のリビング。守護騎士たちはそこに集まっていた。
「助けて貰ったって事で、良いのよね……?」
シャマルがポツリと言う。
議題となっているのは昨日の事である。
「少なくとも奴が…仮面の男が、闇の書の完成を望んでいるのは確かだ」
「完成した闇の書を、利用しようとしているのかも知れんな……」
「ッ!ありえねぇ!だって、完成した闇の書を奪ったって、マスター以外には使えないじゃん!!」
ザフィーラの言葉をヴィータが否定する。
それにシグナムは頷く。
「完成した時点で、主は絶対的な力を得る……脅迫や洗脳に効果がある筈も無いしな……」
「まぁ、家の周りには厳重なセキュリティを張っているし、万が一にもはやてちゃんに危害が及ぶ事は無いと思うけど……」
「――念のため、シャマルは主の傍を離れぬ方が良いな……」
「……えぇ、そうね」
状況を予測するにも、情報が無さ過ぎる現状、出来る事はそれぐらいしかない。

「……あのさ」
不意にヴィータが口を開いた。全員の視線が彼女に注がれる。
「闇の書が完成させてさ、はやてが本当のマスターになってさ……それで、はやては幸せになれるんだよね?」
何かに怯え、不安そうな表情のヴィータに、シグナムは僅かながらに驚く。
「何だ、いきなり…!?」
「闇の書の主は、大いなる力を得る……守護者である私達は、それを誰よりも知っている筈でしょう?」
「そうなんだ……そうなんだけどさ………アタシは何か…大事な事を忘れてる気がするんだ……」
何かを忘れている。それが何なのか、何故忘れているのか。それすらも分からない。
漠然とした空白感。

「………破壊の力」
「っ?シグナム……?」
「竜魔を名乗る少年が言っていた……闇の書を完成させても、破壊にしか、その力を使うことは出来ない、と……」
その言葉に、全員が目を見開く。
「そんな事ッ!ある訳が無いわ!!だって、闇の書の力は……あれは………?」
何かを言って、否定しようとしたシャマルの言葉が止まる。
(あれは………何?何を言おうとしたの、私はッ!?)
「……シャマル?」
凍りついたようになったシャマルに、シグナムが声を掛けたその時。

ガタン!!

「「「「――――ッ!?」」」」
全員がその音に反応した。音のした方向は―――はやての部屋。
騎士達は急いで部屋へと向かった。

ドアを開け放ち部屋に駆け込むと、車椅子が倒れ、はやてが床に倒れていた。
胸を押さえ、苦痛に顔を歪めている。
「ッ!はやて!はやてッ!!」
「はやてちゃん!?」
「病院!!救急車!!早く!!」
「あぁ!」
シグナムが部屋を飛び出し、電話機の所に向かう。
「動かすな、そっとしておくんだ!体が冷える、シーツを!」
「えぇ!!」
ザフィーラに言われ、シャマルがベッドのシーツを引っ手繰り、はやてに掛ける。
数分後、救急車のサイレンが閑静な住宅街に響き渡った。





連音はマンションで、アースラ経由から送られてきている映像を見ていた。
管理局の無限書庫。ユーノの調査結果の報告である。
『これまでに分かった事を報告するよ。まず、闇の書っていうのは、本来の名前じゃない。
古い資料によれば、正式名称は夜天の魔導書。本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集、
そして、それを研究する為に創られた……主と共に旅する魔導書。
破壊の力を振るうようになったのは、歴代の持ち主の誰かが、プログラムを改変したからだと思う』
それを聞き、アースラのアリアが嘆息した。
『ロストロギアを使って、無闇矢鱈に莫大な力を得ようとする輩は……今も昔もいるって事ね』
『その改変のせいで、旅をする機能と破損データを自動修復する機能が暴走しているんだ』
『転生と無限再生はそれが原因か……』
クロノの言葉に、ユーノが頷く。

『古代魔法なら、それぐらい有りという事ね……』
『……一番酷いのは、持ち主に対する性質の変化』
「ッ!?」
その言葉に、連音の表情が強張る。それはつまり、はやてに何が起こったのかを知る事になるからだ。
一言一句、聞き逃さないように集中する。

『一定期間蒐集が無いと、持ち主の魔力や資質を侵食し始めるし、完成したら、持ち主の魔力を際限無く使わせる……無差別破壊の為に。
だから、これまでの持ち主は皆、完成してすぐに……』
『……停止や、封印方法についての資料は?』
『それは今、調べてる。だけど完成前の停止は……多分、難しい』
『何故だ?』
『闇の書が真の主と認識した人間でないと、システムの管理者権限が使用できない。
つまり、プログラムの改変や停止が出来ないんだ。
無理に外部から操作をしようとすれば、主を吸収して転生しちゃうシステムも入ってる。
そのせいで、永久封印は不可能って言われているんだ』

闇の書――夜天の魔導書の事を知り、エイミィは何となく嫌な気分になった。
『闇の書、夜天の魔導書も可哀想にね……』
『調査は以上か?』
『現時点では……でも、流石は無限書庫、探せばまだ出て来そうだ』

連音はそれを聞き、通信を切った。
「侵食……一定期間蒐集が無いと……そういう事か」
はやての性格から、蒐集行為をさせるとは思えない。
その結果、一定期間の蒐集が行われず、ついに侵食が始まったのだ。

それに気が付いた守護騎士達は、はやてには秘密にして、闇の書の蒐集を行っている。
「だが、魔力と資質の侵食………本当にそれだけか?」

騎士達がこれほど必死になる状況。ユーノの話以上に、何かが起きているのではないだろうか?
グレアムの行動といい、まだ何か、この事件の全容を解く為のピースが欠けている気がする。
となると、気になるのはやはり、はやての容態である。
連音は立ち上がり、八神家に向かった。

「……あ、コートも取りに行かんとな」
久遠に貸したままのコートを思い出し、苦笑する。

はやての身に何かが起きているというのに、物事を冷静に考えている自分がいる。
普通なら「何でこんな!!」などと喚いている筈だろうに。
だが、そんな事はするだけ無駄な行為であると、連音は嫌という程知っている。

ただそれが、冷静でいられるという事なのか。それとも何も感じていない、という事なのか。

まだ、連音には分からなかった。



その頃、アースラでは謎の勢力《仮面の戦士》について、話し合われていた。
「しっかし、この人の能力も凄いというか…結構在り得ない気がするよね。この二つの世界、最速でも二十分は掛かりそうな距離なのに。
なのはちゃんの新型バスターの直撃を防御、長距離バインドをあっさり決めて。
それから僅か九分後には、今度はフェイトちゃんに、背後から忍び寄って一撃…!」
エイミィの言葉に、アリアはふむ、と鼻を鳴らす。
「どうやら、相当の使い手みたいだね……」
「そうだな…これは僕でも無理だ。アリアはどうだ?」
クロノに振られ、アリアが首を振った。
「防御とバインドまでなら、何とかなると思うけど……それ以外は無理だな」
「アリアは魔法担当、ロッテはフィジカル担当で、きっちり役割分担できてるもんね?」
エイミィが言うと、アリアは頷いた。

「そういえば、ロッテは如何してるんだ?急な任務が入ったとか聞いたけど……」
「……うん。急で悪いけど、アタシもちょっと来れなくなりそうなんだ……悪いわね。出来るだけ、何とかするから」
クロノの言葉に、言い辛そうにアリアが答える。
「いや、こっちは頼んでいるんだ。無理はしないでくれと、ロッテにも、そう伝えて欲しい」
「分かったわ。じゃあ、父様に呼ばれてるから……」
アリアは手を振って、モニタールームを後にした。

通路に出たその顔は、とても厳しいものだった。






久遠に貸したコートを取りに行こうと思ったが、さて問題の久遠は何処にいるのだろうか。
連音は適当に町を歩きながら、そんな事を考えていた。

とりあえず、八神家に向かってみようと連音は歩いていた。


という事で、連音は八神家に着いた。呼び鈴を鳴らし、しばらく待つ。
「…………?」
もう一度、呼び鈴を鳴らす。そして待つが、誰も出てくる気配が無い。

家の中の気配を探るが、何も感じない。どうやら全員揃って留守のようだ。

さて、如何しようかと考える。
はやてが居れば、久遠の居場所も聞けるかもと思っていたのだが、そうも行かないようだ。
と、ここで思いついた。
「公衆電話から携帯に掛ければ良いのか……?」
幸いにして、今日は日曜である。久遠と共に那美がいる可能性は高い。

という事で、公衆電話から自分の携帯電話に掛ける。
十回近いコールの後、繋がった。
『あの……もしもし?』
電話越しに聞こえる声は、やはり那美のものだった。
「あぁ、神咲さんですか?お久しぶりです」
『連音君!?良かった〜!昨日は久遠がごめんなさいね、コート借りっ放しで』
「いえ、俺が貸したままにしておいただけですから。それで今、どちらに?」
『今お世話になっているさざなみ寮の前です。これから忍さんの家に行こうとしていたところです』
「いや〜、今そっちに住んでいないんですよ。別の所に世話になっていて……」
『そうなんですか?じゃあ……如何しましょうか……』
那美が受話器越しに溜め息を吐く。
こういう場合、どこかで待ち合わせるのが一番なのだろうが、さて共通して分かる場所とは何処だろう。

海鳴在住の那美ならば、何処と言っても分かるだろうが、連音はそうも行かない。

マンション、八束神社、翠屋、高町家、月村家、駅前のデパート、海鳴駅、海鳴温泉、高台の公園、八神家。
ちゃんと分かるというと、この位しか候補が無い。
と、ここでもう一つ、思い付いた場所があった。
「じゃあ…海鳴大学病院の前で、待ち合わせませんか?」
『海鳴大学病院……ですか?』
「少し用があるので、そのついでにコートを返してもらえたらなって……どうですか?」
はやての病状を知る為に、病院に行く事を思い出したのだ。
あそこならば那美が見舞いに来てくれた事もあるし、自分も分かる。

余り思い出したくない話ではあるが。

『それじゃあ、病院の前で。時間は……一時間後ぐらいで良いですか?』
「はい。それじゃあ……後ほど」
話も纏まり、電話を切る。

はやての事を知るなら、担当医である石田医師に聞くのが確実だろう。
だが、他人に患者の事を教えるとは思えない。

(その点は、矢沢先生も同じだろうな……担当でもないし、滅多な事は言えないだろう)

最悪、カルテを盗み見る必要も考えつつ、連音は病院へと向かった。




時間もあったので、待ち合わせの場所にゆっくりとやって来た連音。
それでもまだ、三十分近い時間があった。

だが、正門前には既に人影があった。
当然それは神咲那美である。その手には紙袋を持っている。

「神咲さん!?」
「連音君、久しぶりですね?これ、久遠がお借りしていたコートです」
「あっ、ありがとうございます。で、久遠は?」
「来たがっていましたが、最近は出掛け過ぎなので……今日は家で留守番です」
「はぁ……(出掛け過ぎで外出禁止か…?)」
とりあえず返してもらったコートに袖を通し、ポケットを探る。
携帯電話には、特にメールや着信は無い。
そしてもう一つ。竜魔衆特製端末。空間モニター等を展開する機能が有る物だ。

壊れていない事を確認して、再び仕舞う。
「それはそうと、一時間後なのに随分早かったですね?」
「寮の人がここに用があるって言って、序でに送ってもらったんです」
「へぇ……那美さんて、寮暮らしなんですか?」
「えぇ。さざなみ寮っていうんですけど……前は姉もお世話になっていたんですよ?」
「………神咲家の人が二人も……どういった謂れが在るんですか?」
「えっと……極普通…ではないかもしれなくもない……みたいな?」
「……どっちですか?」
首を傾げて苦笑いをする那美に、ついつい連音も突っ込んでしまう。
などとやっていると、病院の方から人が向かって来る気配があった。

足音に二人が振り返ると、煙草を咥えた女性が手を振っていた。
シルバーブロンドのショートヘアーと、ロングコート。そして黒い手袋。
「お待たせ〜。那美の恋人さんは来たかい?」
「えぇっ!?リスティさん、何言ってるんですか!!」
「ん?何だ、違うのかい?ボクはてっきり…………て、あれ?」
リスティと呼ばれた女性は連音を見て、その綺麗な瞳をパチパチとさせる。そして盛大に溜め息を吐いた。
「な〜んだ、ボクはてっきり…やっと恭也を諦めて、別の男を捕まえたのかと思っていたのに」
がっかりだよ、と言わんばかりに大げさに首を振ってみせる。
「ましてやそれが、年端も行かない子供で、今の内から唾を付けておこうなんて凄い考えをしていると思っていたのに……」
リスティは指で煙草を挟んだまま、ビシッ!と、那美を指差した。
「まったく、那美にはがっかりだよ!」
「そんな期待に答える義務はありませんッ!!」
「あるよ!」
「如何してですか!?」
「だって、その事で真雪と―――ッ!?」
リスティはハッとして口を塞ぐが、既に那美の頭には怒りの四つ角が出来ている。
「真雪さんと………………何ですか?」
腹水盆に返らず。吐いた言葉は無かった事には出来ない。
那美の顔は笑顔だが、その身に感じる迫力は、悪鬼妖魔ですら裸足で逃げ出すだろう。
その笑顔を一切崩さないまま、リスティに近付いていく。
歩き方のせいだろうが、頭を揺らさず向かって来るのはかなり怖い。
その迫力に、リスティも徐々に後ろに下がっていく。
「いや、だって、那美が子供用とはいえ男物のコートを持ってたからさ……」

「………から?」
「ま、真雪とちょっと……………賭けを、ね……?」
「…………で?」
「で、でも……ほら、まさか噂の相手が、忍の妹だったとは思わなくて……」

「「―――は?」」

思わず、連音と那美が揃って間抜けな声を出す。
それにリスティは首を傾げた。
「え?忍って妹がいる……んじゃなかったっけ?あれ、違った?」
リスティは連音を指差して言った。
それの意味する所を悟り、連音はガックリと膝を折ってしまった。
「ひ、久々に言われると…キツイな、かなり……」
女に見られた事、忍の妹と間違われた=忍と似ていると言われた事。

このコンボは、完全に油断しきっていた連音の精神に多大なるダメージを与えていた。
本気で足にきている。ガクガクと震える足に、必死に力を込めて立ち上がろうとする。

「クッ……うぅ…!」
立ち上がれ!まだ君には成すべき事があるのだから!!

「り、リスティさん!?確かに忍さんには妹さんがいますけど、忍さんにも似ていますけど、でも連音君はちゃんと男の子ですからッ!!」
「グハッ!?」
那美の言葉に、再び連音は崩れ落ちた。

悪気が無いのは分かっている。だからこそ、ダメージに耐えるという選択肢しか出来ない。

「えぇっ!?あの顔で男はないだろう!?」
「うがッ!?」
リスティの言葉が、連音に止めを刺した。
このダメージはかなり深刻だ。地面に突っ伏して崩れ落ちる一歩手前だ。


「あ〜、那美?君の連れが、かなり深刻な事になっているぞ?」
「え?えぇっ!?連音君!!?如何したんですか、大丈夫ですか!?」
「ダ……ダイジョウブデス………」
「いや、カタカナになってるし……ほら、立ちなよ」
リスティに腕を掴まれ、強引に引き上げられる。何とか立ち上がるが、ショックは未だに大きい。
「大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」
「……平気です」
ここ半年近く聞いていなかったので、復活も遅いようだ。
軽い眩暈を覚えつつも、連音は首を振った。

その様子に、リスティがニヤリと笑う。まるで新しいオモチャを見つけた子供のように。

「ところで神咲さん、この人は?」
「え?あぁ、この人はリスティ・槇原さん。先ほど言った、送ってくれた人です」「この人が……うん?何か、矢沢先生に似てるような……?」
その顔をよくよく見れば、髪色のせいか、何処かフィリスに似ている事に気が付いた。
外国人の顔は似たように見えるので、そのせいかもしれないが。

「似ているのは当然だよ。ボクとフィリスは、姉妹だからね」
「姉妹?でも、ファミリーネームが違いますよね?」
連音が何気無く言った言葉に、リスティは咥えた煙草を放した。
「大人には色々とあるのさ…さて、用も済んだし、ボクはもう行くよ。那美はどうする?途中までなら送るけど?」
「折角ですから、私もリスティさんにご挨拶してきます」
「そうかい。じゃあ僕は行くから」
そう言いながら、リスティは那美の耳元に顔を近づける。

(逆光源氏計画……頑張りなよ?)
(へ……ちょ!?何言ってるんですか!?逆光源氏計画って何ですか!?)
(いや〜、僕の見立てによれば…あれは将来的には凄く良い男になるよ?しかも恭也とはまた違ったタイプの、ね?
今からしっかり捕まえておけば、那美ちゃんの将来は安泰だよ?)
「何が安泰なんですかぁああああああああああああっ!!?」
那美が顔を真っ赤にして突然叫んだ。
いきなりの事態に、連音もビックリしてしまった。

「おいおい…病院前でそんな大声、出すもんじゃないよ?」
「誰のせいですかっ!」
肩をすくめるリスティだが、その顔は予想通りのリアクションにご満悦といった風である。
「ハハハ……じゃあ、頑張ってね〜!」
そう言い残し、リスティは行ってしまった。

「……何を、頑張るんですか?」
「………何でもありません」
顔を真っ赤にしたまま、恥ずかしそうに俯く那美だった。


病院内に足を踏み入れると、那美と連音はフィリスの所へと向かった。
「こんにちは、フィリスさん」
「どうもです、フィリス先生」
幸いにしてフィリスは回診を終えたところで、二人の来訪に笑顔を向けた。
「あれ、珍しい組み合わせね?」
「そうですか?」
「連音君だとはやてちゃんか、久遠か忍ちゃんか…恭也くんって感じだから」
「それ、俺が入院してた時のせいですよね?」
「なるほど……確かに。それで、今日は如何したの?」
「私は寄ったついでに挨拶をしようと思って。連音君は何か用事があるんでしたっけ?」
那美の言葉に連音は頷く。
その真剣な面持ちに、フィリスは思わず背を正した。

「実は、フィリス先生にお聞きしたい事があって来ました」
「わたしに、ですか……?」
連音は静かに頷き、そして言葉を続けた。
「前に来た時……先生は、はやての病気の治療が芳しくないって仰ってましたよね?」
「えっ!?えっと……」
「教えて貰えませんか、フィリス先生の知っている事を……」
「ちょっと待って連音君!はやてちゃんが……如何したの!?」
うろたえる那美を尻目に、連音の視線は真っ直ぐにフィリスを捉えていた。
「――患者さんのプライバシーに関わる事を、話す訳には行きません」
「―――でしょうね」
フィリスが、その視線を真っ直ぐに見返して答えると、連音は視線を伏せた。

「じゃあ、俺の用は終わりました。失礼します」
「ちょっと待って?」
クルリと背を向けて立ち去ろうとする連音に、フィリスの声が届く。
「……今朝、はやてちゃんが救急車で搬送されてきたの。今、ご家族と一緒に病室の方にいる筈よ?」
「はやてが…っ!?………ありがとうございます」
振り向いて、連音は一度頭を下げ、そして病棟の方へと向かった。


ロビーを通り、病棟に入る。途中、はやての病室を看護師に聞き、その階に向かう。
階段を上がって曲がろうとした所で、連音は足を止め、物陰に身を隠した。

廊下には、はやてに主治医である石田幸恵の姿と、守護騎士シグナム、シャマルの姿があったからだ。

何の話をしているのか、連音のいる所からでは聞き取ることが出来ない。
しかし表情を見る限りでは、かなり深刻な話のようだ。
(今朝、はやてが運ばれてきたって言ってたな……その事なんだろうが……)
内容が聞ければ、守護騎士の行動の理由を探れるかもと思うが、今は様子を窺う。

しばらく何事かを話した後、三人は何処かへと行ってしまった。
恐らく、はやての入院の手続きでもしに行ったのだろう。
連音は物陰から出ると、三人のいた場所に行った。
ドアを見れば、【八神はやて】のネームプレート。ここが、はやての病室らしい。

軽く息を吐き、連音はドアを軽くノックした。
「はーい、どうぞー?」
中からは、やはりはやての声がした。連音は返事を聞くと、ドアをガラリと開けた。

「よぉ、元気に患者してるか〜?」
などと冗談めかして入ってみると、室内にははやて以外に、もう一人の姿が在った。

赤毛三つ編みの少女、鉄槌の騎士ヴィータである。
はやては連音の登場に眼を見開いて驚き、ヴィータは見知らぬ来訪者に、厳しい視線を向けていた。

「誰だテメェ……ッ」
露骨に敵意をむき出しにするヴィータ。そういえば、素顔で対面するのはこれが初めてだと、連音は思い出した。

「こら、ヴィータ!初めての人に、何でそういう事を言うん!」
「あたっ!?」
はやてのゲンコツがヴィータの頭に落とされた。コツン!という音が連音にも聞こえた。
「ゴメンな、連音君。うちの子が……」
「いや、気にしないで良いぞ?」
彼女に敵視されるのは、戦場で慣れているから。と、内心で呟く。

「痛ぅ〜……て、連音?」
頭を摩るヴィータが、はやてが口にした言葉に反応した。
「えっと…初めまして、辰守連音です」
「………もしかして、夏に風鈴送ってきた奴か?」
「え?そうだけど………」
連音が答えると、ヴィータはズカズカと連音の前までやって来て、そして真っ直ぐに指差した。

「アタシの目が黒い内はゼッテェに、はやてに近寄らせねえからな!!」
「……は?」
いきなり何を言い出すのかと、連音は困惑した。
(まさか、俺の正体に気付いた……!?)
一瞬、そんな考えも過ぎったが、
「シャマルはお前の事認めてるみたいだけどな、アタシは認めねぇからな!!」
全然、そんな事は無いようだ。
「で、何の話?」
「とぼけるな!!アタシは認めねぇぞ!お前とはやてが、くっつくなん(バスーン!!)!?」
突如、ヴィータが消えた。いや、正確にはその場に一瞬でシーツお化けが現れていた。
視線を滑らせれば、先程まであった筈のはやてのシーツと枕が消えていた。

「……で、コイツは何を言ってるんだ?」
「何でもない!!」
そう言うはやては、何故か真っ赤だった。


「そんで、どうして連音君は此処に?」
ベッド脇の椅子に腰掛けた連音に、はやてが話しかけた。ちなみにヴィータは端っこで恨みがましく連音を睨んでいる。
「ちょっと用があってな。フィリス先生の所に行ってきたんだ」
「フィリス先生って……また何処か怪我したん!?」
「いや、話を聞きに行っただけ。で、そうしたら、はやてが担ぎ込まれたって聞いて……大事無さそうで良かった」
大事が無い?そんな筈が無い。それを分かっていながらも、連音は偽りの微笑をはやてに向ける。
「そうか……良かった。ごめんな、心配掛けて?」
はやてはそう言って、恥ずかしそうに笑った。

その後、ヴィータの視線を華麗に無視しつつ、他愛ない話をしていた。
病状が酷いなら、はやて自身から聞く事は難しそうだからだ。

しばらくすると、ドアが軽くノックされた。
「はーい?」
はやてが返事をすると、ドアが開かれ、二人の人物が入ってくる。
「お待たせしました、ある――ッ!?」
「ごめんなさい、はやてちゃん。ちょっと、時間が掛かっちゃって…ぇええええええええええええええええっ!?!?」
入って来たシグナムとシャマルは、連音の姿を見るや、一様に驚いた顔をした。
いや、本当に驚いたのだ。特にシャマルは、凍りついたように動かない。

「何故、君が此処にいる……!?」
シグナムが動揺を抑えながら尋ねる。
「たまたま此処に来たら、はやての事を教えてもらったんで……お邪魔になりそうですから、そろそろお暇します」
「あぁ、そうか…すまないな。おいシャマル、何時まで固まっているつもりだ?」
「――――ハッ!?いけないいけない!幾ら何でも、ここに連音君が来ているなんて夢を見ちゃうなんて……もう、しっかりしなさいシャマル!!
―――て、本当に連音君がいるぅうううううううッ!!??」
本当にしっかりしろ。そんな意味合いの視線を、シャマルを除く全員が送っていた。

「えっと…じゃあ、俺はこれで」
「あぁ、良ければ…また来てくれ」
「―――はい」
「えっ……?」
シグナムの言葉に、はやては何かを感じ、連音はその意味を理解した。

チラリと見ると、ヴィータと視線が重なる。すると、ヴィータが思いっきり舌を出した。

それに苦笑しながら、連音はドアを閉じた。







その後、訓練などをしつつ時間を潰す。
夜になり、いつもの様に神社で御神流の訓練に参加する。
「どうかしたのか?」
連音の攻撃を捌きながら、恭也が尋ねる。
「まぁ、色々と……考える事が多くて……っ!」
鋭い攻撃を躱しながら、反撃を試みるがその瞬間、頬を鋭い一撃が掠める。
木刀を使いながらも、その速度ゆえに一瞬で肌が火傷する。
一度離れ、体勢を整えようとするが、すぐさま光が襲い掛かった。
「フッ!」
手を振るい、飛針を叩き落す。その隙に恭也が間合いを詰める。
対して、連音も真っ直ぐに踏み込みを掛ける。
超近距離から、逆手に持ち替えた木刀が振るわれる。恭也がそれを苦も無く防御するが、その一瞬で連音は背後に回りこんだ。
恭也が振り向く僅かな時間。それだけあれば一撃を見舞える。

「――ッ!?」
だが、恭也は振り向く事無く真後ろに跳んで、そのまま連音に体を密着させる。
強打を見舞おうと広く構えた腕が、恭也の体で完全に押さえ込まれた。
「ハァッ!!」
恭也が逆手に持ち替えた木刀で、背後の連音を狙う。
「クッ!」
とっさに恭也の脇に木刀を差し込み、腕を押さえ込む。
その間に、恭也の肩を掴んで、腕の力も使って一気に跳躍した。
そのまま鳥居を蹴って、加速して襲い掛かる。
対する恭也も、木刀を下段で構え、地面スレスレにまで低く踏み込んだ。

連音は勢いを付けて木刀を振り下ろし、恭也は下段から木刀の握りを狙った。
炸裂音に似た音が響く。瞬間、連音の手から木刀が弾かれ、宙を舞った。
「――ッ!」
「ぅくッ!?」
しかし恭也の手もまた痺れ、すぐには動かない。
その隙を突いて、連音が動く。
「ハァッ!!」
身を翻し、蹴りを打つ。木刀で防がれるが、構わずに踏みつける様に蹴る。
恭也が木刀で薙ぐが、それを更に足で押さえ、足場にして体を軽く上昇させる。
ならばと、恭也が大きく下がる。そして返すように前に踏み込んだ。





「ふぁあ〜……」
「こら」
コツン、と軽い音が美由希の頭に響いた。木刀で小突かれたもので、結構痛い。
「痛〜っ!」
涙目になりながら頭を摩る美由希に、士郎は呆れたように嘆息した。
「もう一度素振り、やり直しだ」
「えぇっ!?もしかして最初から……?」
「当然」
「えぇ〜っ!?そんなぁ〜っ!!」
「気の入っていない素振りをしても、意味は無い。ちゃんと集中しろ」
「うぅ〜、恭ちゃん良いなぁ……楽しそうで……」
美由希は恨めしそうな視線を、恭也に送った。
「ほら、集中集中!」
「は〜い……」
渋々、素振りをやり直す美由希。そして士郎は、二人の戦闘訓練に目をやった。

(大したものだ……恭也の動きに完全に付いて行っている。そして何より、動きが変わってきている)
士郎の記憶にある訓練当初の連音の動きとは、比較にならない。
最初の頃は剣と体術を、ほぼ平等に使おうとしていた節があった。

だが今は体術を主体に動き、剣はほぼ防御と必殺を狙う時に留めている。

元より、剣よりも体術に高い才能があると、士郎は見ていた。
故に、このスタイルになりつつあるのは、自然な事とも言えた。

実際、体術を織り交ぜた戦闘では、連音と恭也は互角程度のレベルにある。
攻防の中で、連音は自分のスタイルを完成させつつあり、恭也は更に剣閃が鋭さを増していく。

(恭也は近い内に、全盛期の俺を越えるだろうな。そして連音君もいつか……雪菜さんや空也さんを超えるだろう……)


技と力と、そこに込められた想いを受け継ぎ、成長していく子供達に、士郎は少しばかりの寂しさを感じていた。

「美由希、素振りやり直し」
「えぇ〜っ!?」






神社での訓練を終え、連音はマンションに戻った。
時刻はもうすぐ日を跨ぐ。

連音は汗を流すと、自室で準備を整えた。

「さて、行きますか……」
窓を開け、淵に足を掛け、夜の街に再び飛び出す。

ビルの屋上、信号機や電柱の上、木の枝を越えて、降り立ったのは海鳴大学病院の敷地。
「やれやれ……こことは、前世か何かの因縁でも在るのか?」
何か起こる度、ここに訪れているような気がするのは、気のせいではないだろう。

そんな思考を振り払って、連音は屋上に飛んだ。





照明の落とされた廊下に、革靴の音だけが響く。警備員が懐中電灯を手に見回りをしているのだ。

何事も無く、決まったコースを回る。
「――うん?」
不意に何かを感じ、警備員が振り返る。明かりを向けるが、そこにはやはり何も無い。
気のせいかと、警備員は元のコースに戻った。

足音と光が遠ざかっていく。そしてそのどちらもが消えて数秒。
天井から影が、音も無く降り立った。

装甲を廃した忍装束を纏った連音である。
視線を向けた先には【カルテ保管庫】の文字。
ドアノブに手を掛けるが、やはり鍵が掛かっている。
「――――」
連音は指先を鍵穴に向ける。淡い光が指先に起こり、カチリという音が響いた。

開錠の術式。

連音はドアノブを静かに回した。

暗い室内には、幾つものカルテ棚がある。
連音は音を立てないように歩き、目的の物を探した。
「ここだな……」
数分も経たない内に、それのある場所を見つける。
【や】から始まる患者のカルテが収められた棚。

やはり鍵の掛かっているそれを開錠し、カルテを漁る。
「……………………………あった」
無数のカルテの中から、目的の物を探し出した。
「八神はやて……六月からのカルテはこれか」
一つ一つのカルテに目を通していく。

(六月以降、はやての病状は悪化し始めている……特に十月からは………徐々に上がってきている)

カルテを閉じ、連音は深く息を吐いた。
これが闇の書の覚醒によるものである事は、容易に想像がついた。

(リンカーコアへの侵食が、肉体に悪影響を与えてるのか)

麻痺がこれ以上広がれば、何時か心臓にまで届くかもしれない。
もう既に、そこに近いのかもしれない。

はやての命を救う為に、騎士達は闇の書の完成を急ぐ。
だがしかし、その行為には矛盾がある。

闇の書が完成すれば、破壊の為に際限無く魔力を使わせ、主と世界を破滅に導く。

つまり、完成させてもはやては助からない、という事だ。

(推測はつく。壊れているのは、旅をする機能と破損データの自動修復機能だけではない、という可能性)

闇の書に関しての正しい認識を行えない、もしくはそれに類する状態。

(そう考えると、騎士達は本気で、闇の書が完成すればはやてが助かると思っている……)

その矛盾に、騎士達は気が付けない。

連音はカルテを戻し、鍵を掛け直す。
「…ッ!?」
廊下に出ようとした時、人の気配を感じた。
警備員が戻ってきたのだ。既に足音はかなり近くにある。



警備員が何か気になり戻ってきた。カルテ保管庫のドアノブを回すと、抵抗無く開いた。
「――ッ!?」
一気に緊張感が膨れ上がる。
ドアを開け、中に踏み入る。懐中電灯で照らしながら、棚の間を進む。

―――――ガタッ。

「―――ッ!!」
誰もいない筈の室内に、音が響いた。
ゴクリと、固唾を呑み込む。
早鐘のように打つ心臓の音を煩わしく思いながら、震えそうな足を動かす。
「………誰だッ!!」
棚の陰から、意を決して跳び出す。

懐中電灯が真っ直ぐに照らす。


「………はぁ、何だ……」
果たしてそこには誰も居らず、古いカルテが収められたファイルがずり落ちてガラス戸にぶつかっていた。

警備員は安堵の溜め息を吐き、保管庫を後にした。
ガチャリと鍵が掛け直され、足音は再び遠のいていった。

それが聞こえなくなると、件の棚の後ろから、影が現れた。

警備員は、けして警備のプロではない。
不安からの解放をさせてやれば、あっさりと退いてしまう。

再度ドアの鍵を外し、連音はあっさりと脱出に成功した。







人気の無い山の中で、連音は空間モニターを展開させる。
映し出されるのは、雪の様な白の髪と、反する様な紅玉の瞳の女性。
『そろそろだと思っていました、辰守連音……』
「永久様、闇の書に関して【発掘】は……?」
「――今、そちらにデータを送ります」
永久の言葉の後、幾つかのモニターが新たに開かれた。

「―――やはり闇の書の基、夜天の魔導書のデータは存在しませんか?」
『あれはかつて、ベルカが滅んだ際に消失しています。幾らアガスティアでも、無い物を発掘はできません』
「多次元情報アクセスサーキット【アガスティア】……それをもってしても……」

夜天の魔導書の元となったプログラム。それが見つかれば、何か打開の術を見出せると思っていたが、それは甘い考えだった。

『辰守連音……この時代、今代を以って、闇の書は終わる。それはけして変えようの無い未来です』
「でも、それでも……」
救いたい。守りたい。孤独な少女の、掛け替えの無いものを。
それが,自分の選んだ道の筈だから。

だが、時間が無い。そう、何を為すにも時間が無さ過ぎるのだ。

『―――闇の書には防御プログラムがあります。それがある限り、闇の書は破壊する事は出来ず、通常の封印も出来ない』
「………」
『―――ですが、あるのです。封印の方法は』









アースラ内で情報を整理していたクロノの所に、無限書庫のユーノから通信が届いた。
「一体、どうしたんだ?」
『実は今、ちょっと気になる記述を見つけたんだ……』
「――何だ?」
ユーノの言葉にクロノの表情が変わる。

『実は、闇の書が改変されたと思われる時期………闇の書は一時的にだけど、封印されていたらしいんだ』
「何だって!?」
封印不可能とされていた、闇の書。それが過去に、一時的とはいえ封印されていた。その事実はクロノを充分に驚かせた。
しかし、大発見をしたユーノの顔は微妙なものだった。

『ただ、その封印をした人物が………問題なんだ』
「…?」
言いたい事が分からないと、クロノは首を傾げた。

ユーノは深く息を吸い込み、そして言った。

『その人物の名っていうのが……………神王なんだ』

「っ…!それってまさか、あの!?」
クロノの言葉に、ユーノは頷く。

『かつて、魔法世界ベルカが存在した時代。ベルカ統一に最も近いと云われながら、しかし突如として姿を消した……幻の王』
「ある意味、聖王以上の伝説の人物、か……それで、どうやって封印したんだ?」
『信じるの?実在したのかも分からないのに?』
「信じるも何も、どんな些細な事でも欲しい所だからね。何かヒントがあるかも知れない」
『………そうだね、調べてみるよ』
ユーノの言葉に、クロノは何か疑問を覚えた。
「どういう事だ?まだ、調べていないのか?」
『そうじゃないよ。ただ、そのあたりの資料だけが、ポッカリと空いてるみたいなんだ。
まるでそこだけ、誰かが抜き出したみたいな……』
「………そうか。引き続き、調査を頼む」
『……分かった』

通信を終え、クロノは何かを考える。
無限書庫には世界の歴史が丸ごと詰まっている。そう言っても過言ではない。

それなのに、不自然な空白があるという。
「何なんだ……この違和感は?」


仮面の男といい、何かが不自然だった。










「闇の書を、封印する方法がある……!?」
連音が聞き返すと、永久は頷いた。
『暴走が起こる直前、僅かに隙が生まれる。その時ならば氷結による封印が可能になるのです。
遥か昔…この術を持って、私と主は闇の書を……その管理者と共に封印しました』
「管理者……主ごと…!?」
『そして、人目に付かない次元の狭間に閉じ込めたのです……でも、それは力求める者によって破られ、闇は世界に放たれた……』
「……破壊は、出来なかったのですか?自分の考えが正しければ、防御プログラムさえ破壊できれば……」
『プログラムには、管理者によってしかアクセス出来ない……同系の上位プログラムであっても、それは不可能……』
「………」
『ですが、もし可能性があるならば、闇の書の主に………八神はやてにこそあるでしょう』
永久の口から放たれたその名前に、連音の目が見開かれた。

「な……どうして……!?」
『彼女がもし、闇に呑まれなければ……完全破壊の可能性はあります』
「…ッ!そうじゃなくて、何ではやての事を!?」
声を荒げて叫ぶ。

『……全ては刻見のままに、闇は終わる』
「…………」
『それが悲劇として終わるのか………そこまでは示されてはいません。選ぶべき道はまだ、闇の中です』

そして、空間モニターが閉じられた。



風が吹き、木々がざわめく。
残されたモニターを見ながら、連音は考える。
「っ――!!」
感情のままに木を殴りつける。ドスン、と揺れ、残った枯れ葉がハラハラと落ちる。
強く握った拳に血が伝い、滴り落ちる。


――全ては刻見のまま――


「ッざっけんな……!!」
ギリ、と歯を食い縛る。

母の死も、自分の死も、刻見の示す絶対の未来。
そしてまた、決められている未来。

過去が未来を定め、今を縛り付ける。


抗えない強大な何かに、連音は憤りを覚えた。








翌日の朝。
リンカーコア以外に異常が無いフェイトは、学校に行く為にマンションに戻って来た。
準備を終え、玄関で靴を履きながら、チラリと視線を連音の部屋のドアに送る。
いつもならば日が昇る頃には起きている筈の連音が、しかし今日は部屋から出てこない。
あれだけの戦闘を行ったから体調を崩したのか、とドア越しに聞いてみても、何でもないと、そっけない返事が返ってくるだけだった。

「じゃあアルフ、行ってきます」
「あいよ、行ってらっしゃい」
フェイトが出て行くのを見送って、アルフが人型をとる。
のっしのっしと、擬音が付きそうな足取りで向かったのは、連音の部屋。

ドンドン、と乱暴にドアを叩く。
(何か用か?)
「何か用かじゃないよ!フェイトが心配してるってのに!!」
(そう言われてもな……)
「開けるよ!良いね!?」
アルフは返事を聞く前に、ドアを開け放った。

「うわっ……何してんだい?」
「情報の整理をちょっとな……」
部屋の中には無数の空間モニターが展開され、凄まじい量のデータが流れていた。
「こういうの、エイミィに頼んだ方が良いんじゃないかい?」
「頼めないから、こうしてやっているんだ。おかげで徹夜だ……」
慣れない作業に、連音は疲労の溜め息を吐いた。
「まぁ、丁度終わった所だし……」
モニターを消し、連音は大きく伸びをした。体中の骨が一斉にバキバキと音を鳴らす。

「――で、何か用か?」
「―――いや、何でもないよ」
アルフは何故か肩を落として、部屋を後にした。

「……何だ、一体?」










「入院?」
「はやてちゃんが?」
聖祥学園小等部、その教室。
すっかりお馴染みとなった四人組が、ホームルーム前にフェイトの席に集まっていた。
「うん。昨日の夕方に連絡があったの……そんなに具合は悪くないそうなんだけど、検査とか色々あって、しばらく掛かるって」
「そっか……じゃあ放課後、皆でお見舞いに行く?」
不安そうなすずかをの励ますように、アリサが言う。
「っ……良いの?」
「すずかの友達なんでしょ。紹介してくれるって話だったしさ……お見舞いも、どうせなら賑やかな方が良いんじゃない?」
「う〜ん…それはちょっと……どうかな、と思うけど……」
アリサの言葉に、なのはは少し考える風に言った。
「でも、良いと思うよ……ねっ?」
フェイトはそう言って、すずかに笑って見せた。
なのははふぅ、と小さく息を吐いた。
「まぁ、あんまり煩くしなければ……大丈夫かな?」
脳裏に何故か笑顔のフィリスと、戦慄する恭也が過ぎ去ったが、なのはは軽くスルーした。
「うん、ありがとう……!」
こうして全員がオーケーをして、すずかは嬉しそうに礼を述べた。
「後は、連音君にも連絡しておかないと……」
「―――は?」
何気なくすずかの言った言葉に、アリサが間抜けな声を出す。

「何でレンが出て来るのよ………ッ!まさかアイツ……こっちに来てるの!?」「え!?えっと、うん………」
「なのは、あんたは知ってたの……?」
ギギギ……、と顔を回すアリサ。正直、ホラーである。

「えと……あ〜、もうホームルームだ〜!!」
響くチャイムに、なのはは逃げ出した。

「あ……私も席に戻らないと……」
すずかも逃げ出した。
「え?えぇ!?」
残されたのはフェイトとアリサ。しかしフェイトは逃げようが無い。
そしてアリサは、席に戻りそうに無い。

「フフフ………半年前、アイツのせいでアタシがどれだけ苦労させられたか………目に物見せてくれるわ………!!」
“な、なのは〜っ!?”
“ゴメン、もうちょっと頑張って?”
なのはは、あっさりとフェイトを見捨てた。
“えぇ〜っ!?”

「クッフフフ…ハハハハハハ………!!」
(レン、アリサに何をしたの〜〜〜〜〜〜ッ!!?)
こうして、フェイトは先生が来るまでの間、アリサの戦慄に晒され続ける事となったのである。
























では、拍手レスです。


※犬吉さんへ>
仮面の男と正面衝突!
はやての事情も知った彼はこの先どうするのか!?次回こうご期待!

二度目の戦いは連音の圧勝で終わりました。
技量自体は、ほぼ互角ですが、勝敗を分けたのは《どれだけ冷徹だったか》です。

はやてを知るが故に何とかしたいと思いつつも、闇の書は破壊しなければならない、というジレンマに悩まされています。






何時も拍手ありがとうございます。

拍手を送られる際、出来るだけ何方宛かを一筆、加えられる事をお願いします。
折角の気持ちがちゃんと届きますよう、是非ご協力下さい。









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