砂漠の世界で繰り広げられた、フェイトとシグナムの戦い。
しかしそれは、一人の乱入者によって突然の終わりを迎えることになる。

奪われたフェイトのリンカーコア。
騎士の誇りを嘲笑う、仮面の男。

冷たい怒りに燃え、竜魔が砂漠に降り立った。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

       第十三話   凍れる瞳、怒れる刃



連音は間違いなく激昂していた。
何故これ程に、怒り狂っているのか自分でも理解できない。
目の前でフェイトがやられたからか、それともフェイトに特別な何かを持っているのだろうか。
そんな事を冷静に考えてしまうほど、頭はとても冷えていた。


だが、そんな事はどうでも良い事だ。する事は何も変わらない。
感情の湧き上りすらない。
ただ冷静に。冷徹に。そう思考した。

連音はフェイトを一瞥した。
意識を失っているが、今はシグナムに抱き抱えられている。
はやての事もあり、人を殺す事をしないのだろう。今のフェイトは安全であると言える。

ならば後は眼前の敵を潰すのみと、連音は琥光を抜き放ち、突きつける。
「――見敵必滅」
連音は駆け出し、斬撃を放つ。
閃く白刃を、仮面の男は難無く躱していく。
その動きは無駄が無く、隙が無い。体術に関して深い研鑽を積んでいると、改めて連音は認識した。

ならばと、剣戟を見せに使い、徹を込めた蹴りを打ちこんだ。
「――っ!?」
一瞬、連音は困惑した。仮面の男は腕でブロックしている。だが、徹が通った感触が無い。
「――防御を抜いて衝撃を徹す技か。魔法も使わず……面白いものだ。だが既に、対策は講じてある!!」
男の腕に淡い光。
(衝撃を吸収するバリアか……)
続けて徹を込めた拳を、蹴りを打つが、全てが吸収され消えてしまう。
「ハァッ!!」
「――っ」
仮面の男が回し蹴りを打つ。それは連音の体を大きく弾き飛ばした。

「――防いだか。中々やる……」
着地した連音の腕から、白煙が上がっている。
「…………」
攻撃を受けても、連音の思考はやはり冷たいままだった。

徹が防がれても、大した驚きではない。
喰らった技に対して、何かしらの対策を講じているのは当たり前だ。

だがそれは、連音にも言える事だ。

“瞬刹”
迷い無く、一瞬の加速で男の眼前に踏み込み、刃を振るう。
「チィッ!」
身を捻って斬撃を躱し、足を軸に回転して、その勢いで裏拳を放つ。
「――遅い」
連音はそのままサイドに滑る様に踏み込み、裏拳を振り抜かれる前に肘鉄で弾く。
そして、目の前でがら空きになっている横腹に目掛けて、高速で手刀を振るった。
「――ッ!」
仮面の男は瞬間的に跳び退き、手刀は掠めるに留まった。
だが、それすらも連音の手の内でしかなかった。

手刀を振るった瞬間、連音の視界はモノクロに変わっていた。

神速の領域。

未だ一秒程度しか持続できないが、近接戦に於いては全く問題無い。
特にこういった場面では。

全てがゆっくりと流れる世界で、連音は足を真っ直ぐに突き出した。
狙いはその横腹。

連音にとっては緩やかに。
それ以外の者にとっては、恐ろしく速く。

―――蹴り足は突き刺さった。


「グハァッ!?!?」
突き抜ける衝撃に、仮面の男が悲鳴を上げた。
何が起こったのかを認識する前に、その体は吹き飛び、砂丘に叩きつけられた。
「琥光…カートリッジ、ロード」
“発動”
カートリッジが爆発し、魔力が流れ込む。
「五行、青風……」
琥光の刀身を人差し指で擦り上げると、刀身が青く光り、その周りに風が集まりだす。
“神威如獄”
やがて風は、砂を巻き込み、竜巻の如く天に昇った。
「……飛刃」
連音はそれを横薙ぎに振るった。砂を削り取りながら、烈風の牙が仮面の男目が目掛けて襲い掛かる。
「ウァアアアアアッ!!」
直撃を喰らってまともに動けない所を、連音は容赦無く吹っ飛ばした。

竜巻に飛ばされ、仮面の男は宙を舞った。
風に弄ばれながらも、飛行魔法でバランスを取ろうと必死になる。
“発動”
「五行、朱炎……」
中指で擦り上げ、刀身に煉獄が生まれる。それは風に吸い込まれつつあった。
“木火相生”
「……劫火顕嵐(ごうかけんらん)」
連音は煉獄の刃を竜巻に向かって振り上げた。見る間に炎は竜巻と交じり合い、文字通りの劫火へと変じた。

仮面の男の目には、地獄の業火が映っていた。
風に煽られ、生き物の如くうねる炎。
「広域攻撃……!こんなものまで……ッ!!」
慌ててシールドを展開するが、周囲全ては炎の渦に呑み込まれ、シールドの上から炎は容赦無く襲い続ける。
大気は一瞬で高熱に変わり、吸い込めばあっという間に肺を焼き尽くすだろう。
息を止め、必死に耐え続ける。
その間にも炎は、酸素を周囲からどんどん奪い取っていく。

(慌てるな……この程度、耐えられる……!!)
そう思う頭とは裏腹に、体は悲鳴を上げ始める。

「クゥ……ッ!!」
仮面の奥で歯軋りする。
戦闘のプロフェッショナル。闘争のスペシャリスト。
かつての戦闘データは一見すれば派手で、凄まじいものだった。
だがそれでも、彼の主の言う様な脅威とは思えなかった。
事実、その戦闘に勝利した後、ほぼ死に体となっていたからだ。
そんな戦い方しか出来ない相手、恐るるに足らず。

それは一度戦った事で、確信に近いものになっていた。


だが今は、それがとんだ過ちであると気が付かされた。
何故なら―――。
「何ッ……!?」
眼下から、炎を貫いて迫る影があったからだ。
「動けない的ほど……」
その拳に、紅蓮の炎が収束していく。見る間に膨らんだそれは、鳳凰の翼へと変じていた。
「……打ち易い物は無い」
“劫火滅却”
「お前ぇええええええッ!?」
「焼き尽くせ、鳳翼天舞」
振り抜かれた鳳凰の翼が、仮面の男を叩き飛ばした。



シグナムは、目の前で起きている光景に唖然としていた。
砂漠世界に不釣合いな炎の竜巻は、周囲の大気を熱し、更に激しさを増している。
「こんな力が……存在するのか……!?」
魔法による自然現象への干渉は可能である。天候操作魔法も存在するのだから。
だがこれは、それとは違うものだとすぐに分かった。
魔法を種火に生み出されたそれは、まるで本当の自然現象のように、自分だけで大きく成長を続けている。

魔法と似ていながら、しかし明確に違う。
「竜魔忍術、朱炎鎧布……」
連音が印を結ぶと、赤い光に包まれる。そしてそれが砕けて消えると、連音の忍装束は赤へと変色していた。
何をする気かとシグナムが見ている中、連音は何の躊躇も無く、その炎の渦へと飛び込んでいった。
「なッ!?」
幾ら自分で生み出したものとはいえ、あんな中に飛び込むなど自殺行為だ。

だが、シグナムの予想とは裏腹に、結果は出た。
「―――ァァアアアアアアアアアッ!!!」
炎の渦から、仮面の男が弾き飛ばされ、砂漠に一直線に叩きつけられた。
同時に炎が解ける様に消え、そこから連音が姿を現した。
片手だけが、まるで火の鳥の翼の如く燃えているが、それ以外は焦げてすらいない。
連音が腕を大きく振るうと、炎は火の粉を残し、空気に溶けるように消えた。


それを見たシグナムは、戦慄を覚えた。
そこにいるのが、二度も戦った相手とはとても思えなかった。

仮面の男は既に深いダメージを負わされている。
しかし連音は、一切の感情を読み取れ無い程に冷たく、それを見下ろしていた。

その目は戦士というよりも、狩人。
獲物を追い詰め、仕留める。そういう存在の目だ。

「………」
シグナムはそこまで至って、一瞬だけあの目を見た事を思い出したのだ。

海鳴の町で戦った時。自分達を狩る、と言い放った時の目。
それが今、そこにあった。


「グゥ……ウゥ……!」
ガクガクと震える足を踏ん張って、あちこちが焦げた仮面の男が立ち上がる。
意思と反して体に力が入らないず、意識も朦朧とする。
(クソッ……どうして……!?)
ダメージは軽くは無いが、ここまででもない筈だ。仮面の奥で酷く焦る。

「無駄だ。お前はしばらく、まともに動けない」
「……ッ!?」

蹴りによるダメージ。竜巻による全身に掛けられた強制的負荷。そして炎による無酸素状態と、蒸し焼き。

それは肉体から、あっと言う間に反撃の力を奪い取っていった。

「ッ!!グァ…ッ!?」
連音が踏み込みから、鳩尾に拳を突き刺す。
すぐさま抜き、前屈みになって晒された顎を掌打で打ち上げる。
「ガフッ!?」
「ッ……!」
そして、再び変化したモノクロの世界で回し蹴りを打ち、薙ぎ払う。
悲鳴を上げる事も叶わないまま、吹き飛ぶ仮面の男に向かって連音が腕を振るった。
細い琥珀色の光が何本も飛翔する。
それは空中の仮面の男に絡みつき、その体を一瞬で縛り上げた。
「グァ…ッ!!」
「魔導鋼糸、四番」
宙に磔にされた男を、連音は一気に引き戻す。
“烈火 起動”
柄頭の石が、その色を紅に変える。
攻撃力強化形態。烈火の将をも退けた強力。

琥光を握る手に、力が入る。
連音はやはり眉一つ動かさないまま、仮面の男に斬撃を打ち込んだ。
「……ッ!!」
腹部に減り込んだ刃は非殺傷設定であった為、切り裂く事無く内臓を蹂躙する。
一刀の下に切り捨てられていれば寧ろ楽になれたものを、それが反って地獄の苦痛を与え、悲鳴すら喉から零れさせない。
連音は彼方に向かって投げつけるように、琥光を振り抜いた。
「ガァッ!アウッ!グェ……!!」
吹っ飛んで大きくバウンドし、転がって、仮面の男が砂塵の向こうに滑っていった。



口の中は久方ぶりの鉄の味で溢れ、砂がジャリジャリと嫌な音と感触を与える。

「ク……ゥウッ!」
魔力を込め、バインドを引き千切る。
そして、乱れた息を少しでも立て直そうと試みる。

予定では、このまますぐに退散する筈だった。
だが連音によってそれは阻まれ、下手をすればこのまま拘束されてしまう所まで追い込まれている。
ギュッと拳を握る。少しながら、回復してきている。
肉体のダメージはかなり重い。だが魔力の方は、それよりもダメージが少ない。
渾身の一撃。それを決めれば状況をひっくり返せる。その自信がある。

無駄に長く生きているのではない。経験は伊達ではない。
圧倒的優位だと、こちらを見下ろしてくるが良い。その瞬間、全ては逆転するのだ。

視界の全てが砂に隠された中で、仮面の男がチャンスを窺う。
徐々に影が近付いてくる。大きさを増し、輪郭がハッキリとしてくる。

もう少し。男が拳に魔力と力を、更に込めた。

その時、男の背後からヌゥッ、と両手が出てきた。そのまま男の両肩を鷲掴みにする。
「―――ッ!!?」
その感触にビクリとし、振り返ろうとするが凄まじい力で押さえつけられる。
「やはり、反撃を狙っていたな……」
「ッ……!!」
ゾクリとする程に冷たい声。まるで耳元で囁かれているかの様だ。
「グァ…!アグッ…!?」
ギリギリと、肩に強い圧力が掛かる。
「邪魔な棘は、もぎ取らせて貰う」

     ゴキン

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!?」
耳に届く不快な音。一瞬遅れて襲ってくる激痛。外された骨が神経とぶつかり、全身に痛みを奔らせる。
そして強引に外された事で、肩関節の筋もダメージを受ける。

耳障りな絶叫にも顔色一つ変えず、連音は痛みに転げていく仮面の男を歩いて追った。

「ア…グゥ…ッ!ハァ…!ハァ……ッ!」
もう、乱れた息を整える余裕も無い。
何とか立ち上がるも、両腕はダラリと下がったまま。
肩は服で分からないが、恐らくは酷く腫れ上がっているだろう。激しい痛みと、熱を持っている。

こうして息をするだけで、痛みが体力を更に削ぎ落としていく。
「ハァァァ……フゥゥゥ……」
砂塵の向こうから現れた連音は、覆面の奥で深く呼吸した。
氣を練り上げて全身に巡らせると、その全身から威圧感が発せられる。
「……っ!?」
それは今までの殺気とは質が違っていた。
連音の目も氷の様なものから、獰猛な獣のそれに変わっていた。

『ちょ……君!ダメ…これ…上は!!』
何故かノイズ交じりに、エイミィの声が届いた。が、連音は一切気にせず構えを取った。
『ダメ…って!!それ…上やったら本…不味い!』
エイミィが制止を呼びかける。連音はポツリと言った。
「――獲物の喉下に牙を立てて、態々離す莫迦はいない」
『ひっ……!?』
間接的にとはいえ殺気を晒したままの連音の言葉に、エイミィが小さく悲鳴を上げる。

連音はその間に、一気に駆け出した。
両手を封じた今、攻撃に転じる事はほぼ不可能。使えるのは足だけ。
しかもその足も、腕の振りが無ければ体捌きにブレが生じ、威力を発揮出来ない。
隠した手札があるという可能性があるが、それはこちらも同じ事。
その気配を感じた瞬間、ジョーカーは切られる。

そうすると、後は―――。
「クッ…!」
飛行魔法での逃走。ここで戦うよりは確かに逃げ遂せられる可能性は高い。
だが、高いという事は―――。
“瞬刹”
「――ッ!?」
読まれ易いという事。
飛び上がった仮面の男の眼前に一瞬で回りこむと、足元に魔力で足場を創り出す。
「くぁッ!!」
仮面の男が苦し紛れに打った蹴りを躱し、がら空きの体に掌を軽く触れさせる。
足、膝、腰、背骨、肩、肘、手首。すべてが一度に連動し、一点に集中される。
零勁、零距離で繰り出される必殺の一撃。

「発ッ!!」
「―――ッ!!?」
衝撃が波紋となって全身を駆け巡る。それは長く前線にいた男にさえ、初めての衝撃であった。
威力が、体を突き破って来そうなほどに暴れ狂う。
神経に電撃が走り、筋肉が痺れ、その機能を失っていく。
内臓が、一斉に悲鳴を上げだす。
「あ……が…ぁッ…………」
悶絶する事も許されず、男は一秒と持たずに意識を手放した。

糸の切れた人形の様に男の体が崩れ、砂に真っ逆さまに落ちていった。


落ちた男を追い、連音も降りる。仮面の男はピクリともしない。完全に意識を失っていた。
「拘束する。後はそっちに任せる……」
『えっ!?ちょっと……!!』
連音が腕を振るうと、男の影が男を縛り上げた。
それを確認し、連音はシグナムの方に向いた。
「ッ…!」
視線が交差すると、シグナムの表情が強張る。
フェイトとの戦いで体力を欠いた自分に、眼前の悪鬼と戦う力がどれだけ残されているだろうか。
シグナムはフェイトを抱えたまま、魔剣を握る手に力を込めた。


(さて、こっちは如何するか……)
ここで捕らえれば、はやてはどれ程に心配するだろうか。
視線をフェイトにずらす。
状況から見て一騎討ちの最中、仮面の男に不意打ちを喰らったという事だろう。

ならば、この決着はフェイトの望むものではない。
「――行け」
「何…!?」
連音の言葉に、シグナムが戸惑う。
竜魔は絶対の敵であり、見逃す意図が分からないのだ。
真意を理解できずにいるシグナムに、連音は続ける。
「貴様との決着は……フェイトに預ける。この借りも、フェイト自身が返す」
「――ッ!」
連音はシグナムに近付き、フェイトをその手から受け取る。
「こっちはこれで手一杯だ。貴様に関わっている余裕は無い」
「――そうか。ならば遠慮なく、退かせて貰おう……意識を取り戻したらな伝えてくれ。言い訳はしない。すまない……と」
「……言いたければ、自分の口で言え」
「………そうか…そうだな」
シグナムは背を向け、転移魔法を発動させる。紫の光がシグナムを包み込む。
「―――シグナム」
「…?」
掛けられた声に振り返る。

「お前は……闇の書を何故、完成させようとする?」
「………答える義理は無い」
「ならば、あれを完成させても…ただ、破壊にしか使えないと知っていて、お前達は完成を目指すのか?」
「……何?」
シグナムの表情が変わった。だがそれは一瞬で、すぐに転移魔法で何処かの世界に消えてしまった。

(やはり、知らないという事か……?それとも……?)
フェイトを抱き抱えたまま、連音はシグナムの消えた場所を見ていた。
「レーーーンッ!」
「うん?アルフか……」
聞こえた声に顔を上げれば、フェイトの使い魔がこちらに向かってやって来ていた。

アルフは連音の前に降り立ち、すぐさま驚きの声を上げた。
「っ!フェイトッ!?」
「コアをやられた。命に別状は無いが、早く治療を受けさせた方が良い」
「あぁ、すぐに!!」
アルフがフェイトを受け取り、すぐさま転移しようとする。

『ちょっと待ってくれる?』
突如モニターが現れた。そこに映るのは翡翠の髪の提督。
「ハラオウン提督…!?」
『フェイトさんはアースラに転送します。動かないでいて?』
「では、こっちは仮面の男を……ッ!!」
アルフが転移の光に包まれた時、砂漠世界を地震が襲った。
否、地震ではない。巨大な何かが、砂漠を泳いできている。

嫌な予感がする。
「アルフ、急げっ!」
「い、急げったって……!!」
連音が叫ぶと同時に、幾つもの砂柱が上がる。
リンカーコア持ちの現地生物。凶暴なる砂界の王達。

「ちょっ…これ!ヤバイって!!」
アルフが叫ぶ。
砂龍はその数を、更に三匹増やす。
計七匹。それらが全て、一様に連音に対して激しい敵意を発していた。

(これは、偶然じゃないな…!)
野生生物の基本は、生命の存続と種の保存。その為の闘争本能と捕食本能。

それがこうも、揃って行動をする筈が無い。
連音はその背後にいる悪意を感じ取った。

襲い掛かる砂龍を躱し、仮面の男を押さえる為に連音は一気に走り抜ける。
だが、後一歩まで迫った所に、真下から触手が突き出される。
「チッ!」
琥光を振るい斬り捨てる。しかしすぐさま背後からも、正面からも触手が伸びる。
空間を埋め尽くす程の砂龍の鉤爪。それらが一斉に連音に襲い掛かった。

回避は不可能。斬り払いも間に合わない。例え、神速の剣であっても。

だが、それを超える斬撃ならば。


足元の砂が爆発する。爆風と旋風と、飛び散るのは斬り散らされた触手の残骸と、その体液。
「……竜魔絶技、名付けて【無影】。我が速さ、影すらも残さず」
無影。瞬刹の能力【対象行動の加速】を神速に使い生み出す、絶対速度。
時間間隔の延長によって、全てが遅くなる神速の世界。
無影によって、連音はその中で御神の剣士よりも少しばかり速く動く事が出来る。

だが、魔導という力を得たその速さは、奇しくも御神流の奥義の極、閃をも超えるものとなった。
そして受ける負担もまた、それを超えるものだった。

しかし人智さえ超える速度にも、砂龍は一切の怯みを持たず襲い掛かってきた。

全身に走る痛みに耐え、連音が叫ぶ。
「琥光!六式、天雷!!」
“天雷 起動”
琥光の宝石部が蒼穹の色に染まり、そして連音が印を結んでいく。
「我が前に立ち塞がる物、その全てを穿て。無慈悲なる裁きの槍を以って!!」
足元に黄色の術方陣が光る。
「お前ら纏めて、日干しにしてやる」
バン、と砂にその手を叩きつける。魔力が流れ込み、砂が蠢く。
「黄土―――砂鉄針獄ッ!」


『『『『『『『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!?』』』』』』』


響き渡る絶叫。百を超える砂鉄の槍が、砂龍を躊躇い無く貫いていく。
砂の中に隠された長い体を突き上げられ、大気に晒されながら、のた打ち回る。

噴水の様に体液が噴出し、槍を伝って砂漠に注がれていく。
それでも尚、襲おうとする砂龍に、連音は止めを刺していく。

数分後。暴君達は全て、鉄鼠によって命を吸われ切った。
「琥光、仮面の男は?」
“戦闘中ニ 転移反応感知 転移先不明 外部干渉ノ可能性大”
「やはり、仲間がいたか……」
連音は嘆息しつつ、砂龍の死骸の頭部に飛んだ。
頭部に降り立つと、脳が在るであろう所に刃を突き立てる。
外皮を裂き、肉を分け、頭蓋を切って脳を引き出し、探り始める。

「………これは?」
脳にキラリと光るものを見つけ、取り出す。
それは円錐型の金属片だった。突き出した先端は、5cmはあろうか。
明らかな人工物であるそれが、この砂龍を操っていたとすぐに分かった。

金属片を回収すると、アースラから通信が入った。
『こちらアースラ。転送を開始するから、動かないで』
「了解です、アレックスさん」
言われた通りに待つと、すぐに転移の光に包まれた。





「……容態は如何だい?」
「全身に軽度ながら火傷、両肩の脱臼、肋骨五本骨折、内臓器にはかなり深いダメージを受けています」
「本気の竜魔相手にそれだけで済んだか……幸運だな」
「それだけ……ですか?」
「殺す気ならば、どれもが必殺となっただろう……捕らえる気でいた事が幸いした」
「しかし、あの攻撃……バリアジャケットの上から、魔力を使わずになんて……一体どうやって?」
「……あれは“発勁”という、地球の武術の技だ」
「ハッケイ……ですか?」
「簡単に言えば、打撃の威力を散らさず、かつ効率的に相手に伝える技だ。まともに喰らえば、例えバリアジャケットでも防ぎ切る事は出来ない」
「そんなものまで使うなんて……竜魔、恐ろしい相手ですね」
「本当に恐ろしいのは、戦いに何の迷いも油断も無い事だよ……鈍らない刃ほど、恐ろしいものは無い」
「そうですね……」
「とにかくしばらくは動けないな。怪我はどれくらいで治る?」
「怪我そのものはそれほど掛からずに。ですが、ダメージは最終作戦時までには抜け切らないでしょう」
「では、こちらは最後の時まで動く事を止めよう……ロッテにもそう、伝えておいてくれ」
「はい、お父様……」





砂漠での戦いが終わり、先に回収されたフェイトはすぐ、アースラの医療施設へと運ばれていった。
そして、アルフが付きっ切りで看病している。


「――で、君は大丈夫なのか?」
「――何がだ?」
壁に寄り掛かってコーヒーを飲むクロノが、ピクリと眉尻を吊り上げた。
「人が心配してやっているのに!何だ、その言い草は!」
「ほう、心配してくれていたのか?」
「――ッ!うるさいっ!君にまで前線を退かれたら…守護騎士に、対応しきれなくなるからな……それだけだ!」
もしもこの場にエイミィがいたなら、間違いなく「素直じゃないなぁ〜、クロノ君は」と、からかっていただろう。
「……大丈夫。少し疲れはあるが、休めば問題ない」
「………なら良い」
「確か、こういうのを『ツンデレ』と言うんだったか?」
クロノが盛大にコーヒーを噴いた。
「ゴホ、ゴホッ…!!誰だ、そんなアホな事を言ったのは!?」
「お前の知らない奴さ」
連音の脳裏に車椅子に乗った、むかつく位に良い笑顔の少女が浮かんだ。

「ところでクロノ」
一転して真剣な面持ちになった連音に、クロノも真剣な表情になる。
「何だ?」
「局内で誰か、お前が信頼出来る技術屋はいるか?お前でなくても……ハラオウン提督とかでも良いが……」
「どうしてだ?」
「少し、個人的依頼をな……」
「………技術部に、マリエル・アサンデという技術官がいる。彼女はレイジングハートやバルディッシュの改修も行った、信用できる人間だ」
「そうか。なら早速、技術部に行くとしよう。じゃあ、後でな?」
「ブリーフィングもある。間に合うなら、顔を出せよ?」
「覚えておくよ」
ヒラヒラと手を振って、連音は行ってしまった。
クロノはコーヒーを一気に飲んで、アースラに向かった。試験中のアースラを本格起動させる為の手続きが残っているのだ。


こうして二人がいなくなった後。
「あれ、子供の会話か……?」
「年齢詐称で、実は20代とか言われても信じるぜ?」
「クロノ執務官はともかく……あんな性格のが、他にもいたとは……」
などという会話がなされていた。





全ての施設を繋ぐ中央棟。これを挟んで、医療部と技術部は位置的に正反対にある。
最も事故の起こり易い技術部が事故を起こした時、医療施設を巻き込まない為だ。

管理局はその性質上、施設の増設がし易い構造である。
現に今も、新型次元航行船開発に並んで、ドッグの増設工事が行われているのが見える。

技術部に向かった連音が何故、工事を見ているのかというと。
「クソッ、今どの辺だ……?」
完全に迷子になっていたからだ。
思い返せば、海鳴市に初めてやって来た時も迷子になっていたものだ。

別に方向音痴という事ではない。
初めての土地では誰しもある事なのだ。そう、ある事なのだ。

「――しかし、誰もいないな……」
先刻まで局員を見掛けていたのだが、今はすっかりといない。これでは道を聞くことも出来ない。
「とりあえず、案内板か何かがある筈だ。それを探そう」
そう思い、人気の無い廊下を再び歩き出す。

しばらく進んでいると、少しばかり開けた場所に出た。
局員用のティーラウンジのようだが、やはり人がいない。この辺りは忙しい部署なのだろうか。
などと思っていると、奥から一人出てくるのが見えた。
少し背の低い老女だった。遠目だが、頭領である宗玄と同じぐらいだろうか。
あんな歳の人もいるのかと、連音はちょっとだけ驚いた。

すると、向こうも気が付いた。
少し驚いた様な表情をしたが、すぐに柔和な笑みを浮かべ――。
「っ…?」
チョイチョイ、と手を振った。どうやら呼ばれているらしい。
連音も道を聞かなければいけないので、それに応じる事にした。

「こんな所に、珍しいお客様ね」
「好きで来た訳ではないんですが……」
促され、向かい合うように座る。近くで見る老女の姿は、優しげな印象を受けた。歳は、宗玄よりも下だろうか。
「今お茶を入れるわ。何が良いかしら?」
「いえ、お構いなく」
「私が付き合って欲しいのよ。一人で飲んでいても楽しくないから……」
「まぁ、少しでしたら……焙じ茶はありますか?」
「焙じ茶?……は、無いわねぇ、コーヒーでも構わない?」
「無いなら、どれでも良いです」
連音がそう答えると、老女はまた驚いたような顔をした。
「…何か?」
「ん?いいえ……昔、そういう言い方をした人がいたのよ……『緑茶は無いのか?無いならどれでも良い』って……」
「はぁ……」
「さっきもね……あなたが、その人に見えたの。歳も背恰好も全然違うのに……」
老女は楽しそうに笑いながら、コーヒーを口にした。
「きっと、これを飲みたくなったからね……私の青春の味だから……」
「コーヒーメーカーのコーヒーが、ですか?」
「まだ若くて、現役だった頃……よく、友人達と飲んでいたわ。目が回るような忙しい合間を縫ってね……」
その頃の事を思い出しているのだろう。少し寂しげに、感慨深げに老女は語った。

「現役を退いて、無駄に豪華な執務室を与えられて……これより美味しいコーヒーは飲めるようにはなったけれど、それでもこの味は………特別」
琥珀色の液体に込められた思い出に、老女は目を細めた。
「あの頃は辛い事も多かったけれど、楽しくもあったわ……今は一人、欠けてしまったけれど…」
「……亡くなられたんですか?」
連音が尋ねると、老女は静かに首を振った。
「私よりも少しばかり歳が上だったから、そうなっているかもしれないけれど……そうではないわ。
彼は……ここを去ったの。元々、放浪をしていた人だったから…何時そうなってもおかしくなかったのに……。
ずっと一緒にいてくれる……そんな風に思っていたの。だから、もう出会う事は無いと分かっていながら、ずっと待っていた……。
で、気が付いたら、こんなお婆ちゃんになっていたわ。おかしいでしょ」
「いえ………そんな事は無いです」
「有難う……ごめんなさいね、一人で話してしまって。その上、脱線までしているし……こんな事、若い時以来無かったのに。
ともかく、色々と思い出の在る物なのよ…このコーヒーは。じゃあ、今度はあなたの番よ?」
「えぇっ!?俺、話す事なんて何も無いですよ!?」
「なら、色々聞いても良いかしら?」
ニッコリと笑う老女に、連音は渋々頷いた。道を聞かなければならない、弱い立場なのだ。


「クローベル提督!!」
「…あら?」
「ん?」
突然声が響いた。その方を向けば、若い士官がこちらに小走りで向かって来ていた。
「困ります!護衛も付けずに……もしもの事があったら!!」
「局内でそんな事が起こると?それは怖いわねぇ〜?」
「ッ!事故が起こる事も在り得ます――」
仕官が鋭い目付きで連音を睨んだ。
「民間人がこんな所にいるなんて――君は誰だ?」
「人に名前を聞くなら、自分が先に名乗るべきだろう?」
「民間人風情が偉そうな口を叩くな!言え、何の目的でこの方に近付いた!!」
仕官は連音の胸倉を掴み、引き上げる。
「目的?そうだな、道を聞きたくてね……」
「――ふざけるな」
正直に答えたというのに、その結果、恫喝された。理不尽も甚だしい。
だがしかし、この男がこうなる程に老女は重要人物だという事らしい。
尤も、男の発する威圧感は里の子供にも出せる程度である。大した事はない。
しかし、吊り上げられたままというのは、聊か不愉快だった。

「その子は、妖しいものではありません。その手を離しなさい」
「ッ!クローベル提督!ですが!!」
「――聞こえませんでしたか?」
「――ッ!?」
老女の雰囲気が一変した。柔和な印象が消え、鋭い、剃刀の様な気配に変わる。

「――私は『離せ』と、言ったのですよ?」
「………」
仕官はその迫力に圧され、さっきまでの勢いは完全に消えていた。
「――復唱はどうしました?」
「りょ、了解しました!すぐに手を離します!!」
文字通り手を離され、連音は床に着地した。
「あ〜あ、シャツがヨレヨレになっちまった……」
「……ごめんなさいね。嫌な思いをさせてしまって」
老女がすまなそうに言って、頭を下げた。
連音としては別段、気にする事はない。老女がそれほどの重要人物と気付かず、不用意に接してしまった事も問題であったのだ。

「大丈夫です。こっちも悪いと思うし……というか、結構偉い人だったんですね?」
「コホン――こちらは、本局統幕議長ミゼット・クローベル提督であらせられる。民間人が、おいそれと話して良い方ではない」
仕官がそういうと、ミゼットの視線がまた厳しくなった。再び黙らされてしまう。
これ以上ここに居ると、この人も可哀相な事になりそうだなと思い、当初の目的を果たす事にした。
「ところで、クローベル提督?」
「ミゼットで構わないわ。何かしら?」
「技術部って、どう行けば良いんですか?」
「……本当に、道を聞きたかったのか?」
「……ちゃんと答えたのに」
連音の皮肉に、仕官が小さくなったのは言うまでも無い。



「―――じゃあ、有難うございました」
「ちょっと待って?」
道を教えられ、連音が礼を言って行こうとした時、ミゼットに呼び止められた。
「何ですか…?」
「まだ、あなたの名前を聞いていなかったわ。良ければ、教えてくれないかしら?」
連音は少し考えた。さっき、質問に答えると約束をしていたからだ。
(まぁ、名前ぐらいなら大丈夫か。何となく信用できそうな人だし……)

「辰守連音です。こっち風に言うと、ツラネ・タツガミですね。じゃっ!!」
「――ッ!?」
ミゼットがその名にとても驚き、呼び止めようとするも、連音は既に走り去った後だった。
(タツガミ……そう、そういう事……だったのね)
残されたミゼットの中で、カチリと何かが嵌った様な感覚があった。
(似ている筈だわ……あの人の……ソウジロウの血を引く子なのね。あの傲慢な性格とは真逆だけど……)
ミゼットは出会った頃の宗玄を思い出し、クスクスと笑った。
「て、提督……?」
「何でもないわ。行きましょう……」
(あなたは、幸せになったのね……良かった。それだけが知りたかった……)
かつて『俺には戦いしか出来ない。だから剣を振るうんだ』と、言った男がいた。

その男の、その先を垣間見て、ミゼットは遠い昔を思い出すのだった。




教えられた道を進み、連音は技術部に辿り着いた。
ドアを潜り、中に入って、忙しそうにしている一人を捉まえる。
「あの、すいません。こちらに、マリエル・アサンデという人はいらっしゃいますか?」
「うん?彼女は第4技術部。ここは第1技術部だよ?」
「その第4技術部は何処ですか?」
「この先、通路を右に行った突き当たりだよ」
「ありがとうございます」
礼を言って、連音は第1技術部を後にする。
通路を右に曲がり、目的地にようやく辿り着いた。

「ここか……すいませ〜ん、ウヲッ!?」
ドアを開けると、そこは随分と凄い場所だった。
壁際にはダンボールに物が詰め込まれ、無造作に積まれ、デスクの上には、様々な機械のパーツらしき物が散乱している。
傘立てには設計図だろうか、丸めた紙が差されていた。
そして床にも、色々と散らばっていて足の踏み場が無い。
「これはまた……椛さんがいたら、激怒しそうだな〜……」
整理整頓にうるさい辰守家の使用人の事を思い出し、苦笑した。

「――は〜い!今、行きま〜す?っとと!?」
奥の方から声がした。そしてガタガタッ、という音も。
「あたた〜、どちら様ですか?」
現れたのは毛先がちょいと外はねしている、白衣を着た眼鏡の女性。
「えっと、マリエル・アサンデという方は?」
「はい、私がマリエルですけど……?」
「クロノ・ハラオウン執務官に、信用できる技術者とお聞きしました」
連音がそう言うと、マリエルは照れ臭そうに笑った。
「いやぁ〜、そんな風に言われると照れちゃうなぁ〜。で、私に何か用?」
「――実は、これを調べて欲しいんです。内密に」
「――何です?針、かしら?でも機械系だわ……」
連音は懐から砂龍の脳から見つけた物を取り出し、マリエルに見せた。
「これは……何かの機械みたいですね?」
「どうやら生物の脳に打ち込むと、何かしらの電気信号を出して、その行動をコントロールするようです」
「ふむ……この先端部で脳髄にコネクトするのね……でも、脳を壊さないでそんな事が出来るなんて……」
マリエルはしばらくそれを観察していたが、やがてコンソールを叩き出した。
「これだけの物を作るには、相当の技術を持った技術者でないと無理ね。と、なるときっと該当する人間か、事件がヒットする筈……!」
数分後、空間モニターに一人の人物が映し出された。
「広域次元犯罪者ケイト・シェルディ。今から約48年前、ミッドチルダを中心に活動。
数々の要人暗殺や爆弾テロの首謀者で、主に動物兵器を用いていた。
運用の方法として彼女が使っていたのは、微小機械による脳神経の支配。
マリオネット・ピンという、脳に命令を入力した物、もしくは電波の受信によってコントロール出来る物を使っていた。これね……!」
「この人物の足取りは?」
「えっと、43年前に逮捕されて裁判にかけられているわ。判決は……死刑。刑は39年前に執行されているわね……」
「この事件を担当していたのは?」
「えっと……事件の規模が大きくて、ミッド地上本部と本局で合同捜査本部が設置されていたみたい。
地上側の責任者は、レイリィ・ウッドマン一等陸佐。本局側はギル・グレアム提督だね」
「――ギル・グレアム?あの顧問官のギル・グレアム提督ですか?」
「どうやら、そうらしいわね。この当時から、切れ者と有名だったみたいよ?」
「………」
連音は眉を潜めた。
闇の書を完成させようとする勢力。その連中が使っていた物を作った犯罪者。
その解決にギル・グレアムが関わっていたという。偶然といえば偶然と言える。だが、何かが引っ掛かる。
「ギル・グレアムと闇の書に……何か関係はありますか?」
「えっと待ってね〜……と、これだね。十一年前、闇の書事件の指揮を取っていたのが、グレアム提督だね。
でも、この時闇の書は暴走。護衛艦一隻と…その艦長が一人犠牲になってる……」
「その艦長というのは…?」
促され、マリエルがコンソールを更に叩く。
「――クライド・ハラオウン提督。グレアム提督の教え子で、まだ新任だったみたい。
この事件をきっかけに、提督は前線を退いているわ」
「ハラオウン……もしかして、クロノの?」
「お父さん…で、間違いないわ」
連音はそこまで聞いて、深い溜め息を吐いた。クロノが何かしらの事情を持っているとは思っていた。
だが闇の書が、父親の仇だったとは思いもしなかった。
(それに、ギル・グレアム……これは偶然か?)
43年前と11年前。時が隔てた二つの事件が、一つの事柄で結びついて行く。

闇の書。それに対する、恐らくは深い憎しみ。

もしも、それがグレアムにあるとすれば。そして今も尚、残っている、いや、強くなっているとすれば。


だが仮に、仮面の男がグレアムの手の者であったとして、その目的は当然、闇の書の破壊の筈。
だが、仮面の男は破壊どころか、完成を促している。その意図は何なのか。
(これ自体がミスリーディングを誘う罠の可能性もある………手持ちの情報が無い以上、ここで考えるのは無駄だな)
ともあれ、グレアムに不信がある可能性がある以上、結果が白にしても黒にしても情報を集めなければならない。

「どうかな?少しは役に立てた?」
「はい。大分参考になりました。有難うございます」
「ところで……キミ、もしかして辰守連音君?」
「…?はい、そうですけど……」
「そっか!じゃあ、その腕輪があなたのデバイスね!?ちょっと見せてもらっても良いかしら?」
「……琥光、どうする?」
マリエルには、色々とデータを見せてもらった借りがある。
そう邪険にする事も出来ず、琥光に判断を委ねた。
“我ハ 一向ニ”
琥光の方は問題無いようだ。連音は琥光を外し、マリエルに渡した。
受け取ると、彼女の目がキラキラと輝きだした。
「はぁ〜、一見するとインテリジェントデバイスみたいね……起動させてもらっても良い?」
「――琥光」
“起動”
連音の言葉を受けて、琥光がその姿を刀剣に変じた。手の中で変わったそれに、マリエルは更に興奮する。

「うわぁ〜っ!本当にアームドデバイスだわ!!でも、これはインテリジェントデバイスの本体部分に酷似しているわね?
質実剛健なアームドデバイスの姿と機能を持ちながら、尚且つインテリジェントデバイスにも匹敵するサポート能力。
その上で、カートリッジシステムが元々実装されていたなんて……これはもう、デバイスの大革命だわ!!
あぁ〜、こんな凄いデバイスが存在するなんて〜!!しかもこうしてこの手にして見られるなんて〜ッ!!」
ついに涙を流しながら、天に掲げるように琥光を持ち上げた。
ハッキリ言って、もの凄くシュールな光景であり、さしもの琥光もドン引きである。
「えっと……マリエルさん……もう、良いですか?」
連音は勇気を振り絞って、トリップ中のマリエルに声を掛けた。
それが出来た自分を褒めてやりたい気分だった。
「―――ハッ!?ご、ゴメンね……つい興奮しちゃって………はい」
琥光を受け取る連音の視線は、かなり冷ややかだった。
「えっと、じゃあ俺はこれで失礼します!色々有難うございました!!」
この場からの即時撤退を決め、連音は急いで出口に向かった。
「あっ!?今度、良かったらじっくりフルメンテさせてく――」
「――失礼しましたーッ!!」




第4技術部を脱出し、連音はアースラが入港しているドッグに向かった。
幸いにして今度は道に迷う事はなく、すんなりと辿り着けた。

と、クロノがブリーフィングがあると言っていたのを思い出し、連音は作戦室へと向かった。


「あれ?」
連音が作戦質に着くと、ぞろぞろと人が出てくる所だった。
「あっ、連君!」
「よう、ブリーフィングは終わったのか?」
「今、ちょうど終わった所。連君は何処に行っていたの?」
「野暮用。もう終わったけど――――?」
「…どうしたの?」
連音の視線が自分から逸れている事に、なのはが気がついた。
「誰だ、あの人……?」
見慣れない女性。背中ほどまで伸びた灰色っぽい髪と、獣の耳と尻尾。
黒を基調とした、白のラインが入ったタイトなワンピースと、黒のジャケット。
その人物は視線に気が付き、振り向いた。
「ッ――!?」
その瞳に強い敵意を感じるが、刹那の間に消えた。
「あぁ、あの人はリーゼアリアさん。クロノ君の魔法のお師匠様で、グレアムさんの使い魔さんなんだって」
「――グレアム提督の?……なるほど」
上手く隠したつもりだろうが、一瞬でも発した気配を、連音が見逃す訳が無い。
これだけで、グレアムに対する疑いは濃厚になった。
嘘臭い笑みを浮かべてこちらに近付いてくるアリアに、連音は内心で冷たい視線を送った。

「――もしかして、君が辰守連音って子?」
「……そうですが」
「リーゼアリアよ。グレアム父様の使い魔で、闇の書事件に関して色々サポートするように言われているわ。よろしくね?」
手を差し出すアリアに、連音は少しだけ間を置き、その手を握り返した。
「宜しく、お願いします」
軽い握手を交わし、用があるからと、アリアは行ってしまった。

それを適当に見送り、連音は一度海鳴市に戻るというなのはを、転送ポートまで送った。






移された救護室でフェイトが目を覚ましたのは、それから半日以上も過ぎた後だった。
まだハッキリとしない意識の中に声が飛び込み、顔に影が差した。
「目が覚めた?」
「…リンディ…提督?えっと、何で……?」
「砂漠での戦闘中に攻撃を受けて、リンカーコアを奪われたのよ……覚えてない?」
リンディの言葉に、フェイトは必死に頭を働かせる。
そして、その甲斐あって何が起こったのかを思い出した。
シグナムとの戦闘中にいきなり強い衝撃を受けて、自分の体から異物が生えている異質な光景を見させられた。
直後、全身を蹂躙されたかの様な感覚に襲われ、そのまま意識を失ったのだ。
思い出せる全てを思い出し、フェイトは沈んでしまった。

リンディに助けられながら、痛みが少し残る体を起こす。
「わたし、やられちゃったんですね……」
「――管理局のサーチャーでも察知出来なかった不意打ちよ?仕方ないわ……」

「っ………アルフ?」
フェイトはベッドに体を預けて眠るアルフに気が付いた。
「戦闘後も休まないで、ずっとあなたの看病をしていたから……」
「………あっ…」
体を動かすとシーツがずれ、自分の手に重ねられたリンディの手が現れた。
「あっ……ごめんなさい。うなされていたみたいだったから……嫌だった?」
「い、いえ……」
そっと離れるリンディの温もり。それを求める様に、フェイトの手が少しだけ動いた。
「何か、軽く食べられる物を持ってくるわね。何かリクエストはある?」
立ち上がり、食堂に向かおうとするリンディが、振り返ってフェイトに尋ねる。
「えっと………お任せ、します…」
戸惑いながら答えるフェイトに、リンディは優しく笑みを返した。

リンディのいなくなった救護室は、アルフの立てる寝息がやけに大きく聞こえる。
フェイトはジッと自分の手を見ていた。
重ねられていたリンディの手。その温かさをもう一度感じるようにギュッと握る。

その時、ドアが開いた。リンディが戻って来たにしては早過ぎる。
フェイトがドアに顔を向けると、やはりリンディではなかった。
「よぅ、目が覚めたか」
「れ、レン……!?」
「……どうした?」
何故かフェイトは連音の顔を見て、恥ずかしい気持ちが昇ってきてしまった。
顔を紅潮させるフェイトに、連音は首を傾げた。


「リンカーコア以外には問題は無いって話だし……良かったな?」
「うん。でも、これで闇の書がまた一歩、完成に近付いちゃったんだよね……」
「………でもまだ、完成した訳じゃない。悲観的になる事は無いだろう?」
「……そうだね。まだ、大丈夫なんだよね。ありがとう、レン…」
連音の言葉に、フェイトは少しだけ元気を取り戻す。

ふと、フェイトはさっきまでの事を思い出した。そのせいで、浮かれていたのかもしれない。
だから本当に何気なく、ただ口にしただけ。
「………ねぇ、レンのお母さんは、どんな人だった?」
「…?俺の…母さん?」
連音が呟くのを聞き、フェイトはハッとした。
時の庭園で連音が何を言ったのかを、今更に思い出したのだ。


――俺は、母さんを殺した――


自分は何て莫迦な事を言ったのだろう。
あの言葉の真意が、どういうものなのかは分からない。
だがそれが、軽々しく聞いて良いものではないし、連音にとってどれ程辛い記憶であるか、想像に難くなかった。

それなのに、口にしてしまっていた。

フェイトは微かに震えていた。紅玉の瞳は不安に濁り、全身が寒さを感じていた。

怖くて顔を上げられない。
拒絶される事が恐ろしく、顔を見る事が出来ない。

不安で、怖くて、堪らなくなり、ポタポタと熱い雫が零れる。

「……ごめんなさい」
フェイトの口から、謝罪の言葉が零れる。
言ってしまった言葉を無かった事には出来ない。それ以外に、出来る事は無かった。

しかし、次にはフェイトの予想だにしない事が起こった。
「……何を謝ってるんだ?」
「えっ……!?」
驚き顔を上げると、そこにはキョトンとした顔の連音がいた。

それにフェイトは驚いてしまった。
「え……だって、わたし…レンのお母さんの事……時の庭園で……」
「…………あぁ〜、それでか。フェイトが俺の母さんの事を聞いたって、それは別に謝る事じゃないだろ?」
「でも、レンは……」
「確かに、好き好んで言いたい事じゃない……でも、悪い思い出よりもいい思い出の方がずっと多い……。
それに、フェイトは良い思い出の方を聞きたいんだろ?」
「う、うん……」
「じゃあ、謝る必要なんてないさ。さ〜て、何から話そうかなぁ……う〜ん…」
腕を組み、頭を悩ませる連音に、フェイトは先程まで感じていた不安、恐怖が消えてしまっている事に気が付いた。

「レンのお母さんは……料理、上手だった?」
「全然。他の家事一切は得意だったけど、料理だけは。台所出入り禁止になってかぐらい」
「な、何だか凄いね……」
「凄いぞ〜。母さんの料理を食った人は、一週間意識を失って、後に三日間後遺症にのた打ち回り、そしてその間の記憶を無くすんだ」
「……………………………えっと…冗談、だよね?」
「………………………冗談ならどれだけ良いか」
フェイトから視線を外し、「フッ…」と溜め息を吐く連音を見て、フェイトはこの話題を早々に切り上げようと決めた。

「え、えっと……レンのお母さんも、やっぱりレンみたいに戦っていた人なの……?」
「あぁ、俺なんかよりずっと強くて……俺の目標で、憧れで……母さんのようになる事が俺の夢だった」
「………」
「まぁ、人間としては疑問も多かったけど。悪戯好きだし、人の事玩具にするし、本当、あれに似てるとか本当に不本意!!」
「ッ!?」
「大体俺がこんな女顔とかになったのだって、母さんが原因だし、本当、かおが似てない事が救いだったんだぞ!?」
「そ、そうなんだ……」
連音の勢いに、フェイトも少し引いてしまう。
「それなのに「うっさぁいッ!!」あつッ!?」
いよいよ興が乗ってきた所で、いきなり頭を叩かれた。

顔を向ければ、アルフが不機嫌そうな顔で連音を睨みつけていた。
「人が寝てる脇でゴチャゴチャ………やかましいーーッ!!」




リンディがプレートを持って戻って来た時、廊下で連音と通り過ぎた。
寝ぼけたアルフがひと暴れした為に、逃げ出してきたのだ。

ちなみに、アルフはフェイトによって目下、反省中である。


フェイトが、とりあえず元気である事を確認した連音は、その足で今度はクロノの所へと向かった。

ブリーフィングの内容を聞く為である。


クロノの話とデータを見ながら、連音は思考する。
「クラッキング……警報も無しにいきなりメインを直撃、か……」
「向こうで使っている機材は、管理局と同じものだ。余程の技術者か、大掛かりな組織が動いているのかもしれない……」
「まだもう一つ……選択肢が残っているだろ?」
「………局内の人間、か」
ブリーフィングの際、クロノはその可能性に気が付いていた。
内部の人間になら、これだけの事もそう難しい事ではない。

何より、仮面の男が現れた時、警報が鳴らなかった事にも説明が付けられる。

「だが、それは在り得ない……」
「何故だ?」
「闇の書は十一年前、多くの犠牲を出している。その事で、あれを恨む人間はいても、あれを完成させたいと思う人間はいない筈だ」
「………どうかな?強い力に魅せられて、どうしてもそれが欲しくなる。そういう輩だっている。そこに例外は無い筈だ」
尤もその本命はいるが、その事は伏せる。

連音の言葉に、クロノは黙り込んでしまった。
自分で在り得ないと言いながらその実、そんな事は無いと知っている。

ただ、そんな筈は無い。と信じたいだけなのかも知れない。


「どっちにしろ、証拠にも逃げられてしまったし……あれだけ叩きのめしたんだ、しばらくは動けないだろうがな……」
「あれを「叩きのめした」で済ます君が恐ろしいな……」
クラッキングで落ちたシステムを即急で復活させ、エイミィが記録した映像を見て、クロノは衝撃を受けた。
仮面の男はかなりの使い手だ。それをあそこまで圧倒する、連音の底知れないポテンシャル。

敵に回したくない。本気でそう思った。



連音はクロノの部屋を後にし、そのまま海鳴市に帰った。
司令部はアースラに戻ったが、前線基地はそのまま現地居住地として使用されている。

誰もいないマンションの部屋に入り、シャワーで汗を流した連音は嘆息した。
髪を乾かしつつ、状況を頭の中でまとめる。

闇の書。
その完成を急ぐ守護騎士。そこには、はやての病状が関係しているようだ。

ギル・グレアム。
管理局の重鎮。局員の信頼厚く、十一年前の闇の書事件にも関わっていた。
しかしその影で、怪しい動きをしているようだ。

闇の書を手に入れる事か、それとも破壊する事か。
どちらにせよ、その動きに怪しい所は多い。


簡素化すれば、現状はこのぐらいだろうか。
「後はユーノの調査待ち……とは行かないか」
連音は携帯を取ろうとして思い出した。
携帯はコートに入れてあり、そのコートは久遠に貸したままだった。

仕方なく、連音は表に出た。
しばらく歩くと目的の物を見付けた。

公衆電話。
受話器を取り、小銭を取り出して投入。
迷う事無く、電話番号を押していく。

数回のコールの後、繋がった。

『はい、辰守です〜』
「あっ、椛さん?連音です」
『連音様!?如何なされたのですか!?ハッ!もしや、御身に何かあったのですか〜ッ!?
あぁ!束音様に連絡を!!あぁっ!!里に緊急招集を〜ッ!!?』
「とりあえず落ち着いてください。永久様に言伝をお願いします」
『は、はい!!永久様に竜魔総動員を―――』
「そうじゃなくて、【アガスティア】へのアクセスをお願いしたいんです」
『――ッ!?アガスティア……ですか?』
「検索項目は闇の書。お願いします」
『――分かりました。すぐにお伝えします』
椛の返答を聞き、連音は電話を切った。

吐く息は白く、しかし里に比べれば暖かい。
見上げた空は、地上の明かりに負けて良く映らない。その事にちょっとだけ、寂しさを感じた。


時刻は既に日を越えている。
連音はさっさとマンションに戻った。





電話を切った椛の背に冷たいものが伝った。
それはこれから自分がしなければならない事への不安から来るものだった。
「と、とわさまへのほうこく………!?」
もう、漢字も使えないぐらいに頭がパニックを起こしている。

椛は永久の事がもの凄く苦手だった。
あの目が怖い。口調が怖い。何かもう色々怖い。

もちろん、永久に問題がある訳ではない。ただ単に椛が苦手なだけなのだ。

その永久に、自分が報告を上げなければならない。

そんな事をするなら、今すぐ戦地に赴いて、戦車百台ぶっ壊す方が遥かに楽だ。

しかし、伝えると答えてしまった以上、行かなければならない。
「あ〜あ、永久様寝てて会えないとかだったら良いのになぁ〜……」


それが只の問題の先送りである事に、椛は気が付けなかった。





































では、拍手レスです。


※犬吉さんへ
最初から一気に読ませて頂きました。
連音ってもしかしなくてもニブチンですか?その辺の進展が気になりますねw
お読み頂き、ありがとうございます。
連音は敵意や悪意に敏感な分、好意には鈍いようです。
寄せられる好意も、まだ友達の延長といった感じで、どうなるかは分かりません。
どっちみち、苦労が多くなりそうですw


※犬吉さんへ
シャドウブレイカー観ました。とても面白いです。
次がいつ出るのかいつ出るのかと、いつも楽しみにしています

お読み下さり、ありがとうございます。
以前は週一ぐらいのペースでしたが、最近は少し遅れ気味です。一度は一月近く空いてしまいました(汗)
余りお待たせしないように、何とかペースを戻して頑張りたいと思います。


※犬吉さん。
おもしろく一気読みしてしまいました。今後も楽しみに読ませてもらいます

一気読み、本当にありがとうございます。
物語も漸く折り返し地点を迎えました。このまま完結まで、止まらず走りたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。





拍手を送って下さり、有難うございました。
引き続きましてのお願いです。

拍手は管理人でありますリョウ様の手によって、区分けされております。
ですが中には、誰宛か分からないまま保存されているものもあります。

拍手には、誰に当てたものかを一つお書きくださいますよう、お願い致します。








作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。