戦いの最中、訪れたのは一時の安らぎ。
傍まで迫る戦いの風に備えて模索する、新たな力と自分の道。

総てを賭して救いたい人がいる。思いを知りたい相手がいる。

そして、その裏で暗躍する者がいる。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

       第十二話   暗躍者、再び



「行ってらっしゃい。放課後、学校の方に顔を出すから」
「はい。それじゃあ…行ってきます、リンディ提督」
フェイトは内心の嬉しさを隠しながら、学校に向かった。

それを見届けて、リンディは自室に戻った。
それからしばらく経って、連音が自室から出てきた。
「さてと、俺も少し出てきます」
「ん?何処に行くの?」
ソファーから立ち上がった連音に、エイミィが尋ねる。
「いつもの修行です。夕方前には帰りますから……何かあったら、連絡を下さい」
「りょーかい。気を付けてね?」
「はい。じゃあ、行ってきます」
連音はコートを羽織りながら、部屋を出て行ってしまった。

それを見送って、エイミィはふと考えた。
「連音君ってさぁ〜……普段、どんな訓練してるんだろうね〜?クロノ君、知ってる?」
「――知らないし、知りたいとも思わない」
新聞をめくりながら、クロノはぶっきらぼうに答えた。
「そうなの?クロノ君と連音君って仲良いから、てっきり知ってるとばかり」
「ッ!誰と誰の仲が良いんだ!?冗談じゃない!!」
「だって、時の庭園の時も、この間の戦闘も……クロノ君と連音君、コンビで戦ってたじゃない?」
「あ…あれは状況が、そうせざるを得なかっただけで……!」
「でも艦長も言ってたよ?「あの二人、結構良いコンビね〜♪」って」
「………そんな訳、無いだろ」
複雑そうな顔をするクロノを見て、エイミィもちょっと考えた。

(アタシも……結構、良いコンビだと思うんだけどなぁ〜?)




自室で、リンディはキーパネルを叩き続けていた。
幾つも浮かぶ空間モニターには、これまで起きた事件の資料、それらを纏めた報告書が映っている。
そしてリンディの前のモニターには、眼鏡を掛けた、理知的な印象の女性が映っていた。
『――こっちのデータは以上よ。お役に立ってる?』
「えぇ、ありがとう。助かるわ、レティ」
『正直、この件がアースラの担当って聞いた時は……嫌な予感がしたけど……流石ね』
「ううん。皆が頑張ってくれているからよ……私の力なんて全然…」
本当にそう思っているのだろう、リンディは静かに首を振った。
『――ねぇ、今日はこっちに顔を出すんでしょう?』
「うん、アースラの件でね」
『じゃあ、時間合わせて、食事でもしようか?あの子の事も聞きたいし』
「あの子…?」
言いながら、リンディは纏め直した資料をセーブし、モニターを消していく。
『ほら、あなたが預かってる……養子にしたいって言ってた子の事よ……』
「あぁ……フェイトさんの事ね?」
『っ!そうそう、フェイトちゃん……!どうなの、元気でやってるの?』
レティ自身も、子を持つ母親である。天涯孤独となった少女の事を、彼女なりに気に掛けていたのだ。
「うん……事件に付き合わせちゃってて、ちょっと申し訳ないんだけど……。
仲良しの友達と一緒だし……なんだか、楽しそうにやってるわ」
『そう、それは何よりだわ……』
レティは、少しホッとした様な顔をした。
『――で、あの子の方は?』
「……?誰の事?」
『例の非公開協力者。プレシア女史を倒した、とんでもない子の事よ』
「あぁ〜……連音君の事ね。そんなに気になる?」
『そりゃあね。前回の事件……管理局をたった一人で出し抜いて、真相に辿り着いた捜査能力。
そしてオーバーS級魔導師を単独で倒した戦闘能力。ハッキリ言って、今すぐにでもスカウトしたいわ』
レティの眼鏡がキラリと光る。レンズの向こう側の瞳は、間違いなく本気である。
「……確かに、スカウトが来そうね。連音君にも、なのはさんにも……」
『でも、単独での行動能力を考えたら、地上の連中が……あのレジアス中将が欲しがるかもね?』
「でもあの人は、レアスキルとか嫌いじゃなかったかしら?連音君は、認定こそされてはいないけど……」
『それを差し引いても、欲しがると思うわ。何せ、《忌々しい海の連中を、たった一人で出し抜いた》んだもの』
どこか嫌味を混ぜ込んだ低い声で、レティが誰かのマネをして言った。
それがまた微妙に似ていたもので、リンディはつい吹き出してしまった。

『――ともかく、その辺も含めて……ね?』
「えぇ。じゃあ、本局で」
レティの映っていた空間モニターが閉じると、リンディは「うーん」と、大きく背伸びをした。







聖祥学園の休み時間。
フェイトはカタログを見ながら、目をパチクリとさせていた。
「な、何だか一杯あるね……」
見ているのは携帯電話のカタログ。しかも、他の社の物も含めて数冊あった。
「ま、最近はどれも同じような性能だし……見た目で選んで良いんじゃない?」
カタログを持ってきた張本人、アリサが頬杖を付いて言った。
「でもやっぱ、メール性能の良いヤツが良いよね〜!」
「カメラが綺麗だと、色々と楽しいんだよ?」
「う、う〜ん……」
なのは、すずかの言葉にフェイトは悩み、唸る。
カタログを読むその眼は真剣そのもの。書かれている細かい所まで一字一字、キッチリと読んでいる。
「でもやっぱり、色とデザインが大事でしょ〜?」
そんなフェイトを置いて、アリサが言った。
「でも、操作性だって大事だよ〜?」
なのはがアリサに言った。この時点で、二人の頭から『フェイトの携帯電話』と言う部分は薄れ始めていた。
「でも、それだって結構同じようなもんでしょ?だったら、デザインだって!」
「でもでも!長く使うんだから、操作性が良くないと行けないと思うよ!?」

何やら『携帯電話に大事なものは何か?』というテーマの下、論戦が始まってしまった。

「外部メモリーが付いてると、色々と便利なんだよ?」
そんな二人を尻目に、すずかはカタログの一つを見ながらフェイトに言った。
「そうなの?」
「うん。写真とか音楽とか、沢山入れておけるし……写真とかはメールに添付して、お友達に送る事も出来るんだよ?」
「へぇ、そうなんだ……」
「フェイトちゃんがどんな風に使いたいか、それを選ぶ基準にしたら良いんじゃないかな?」
「わたしがどんな風に………か」
フェイトは視線を漂わせながら、どんな風に使いたいか、それを考えていた。







「さてと、如何するかな……?」
といってもやる事は一つ。はやてか守護騎士と接触し、闇の書に関しての、何かしらの情報を得る事である。
「とりあえず、はやてから闇の書の存在を聞いておくか……その上で、騎士に接触、と……うんっ!?」
連音が今後の行動について頭を悩ませていると、突然視界が暗闇に包まれた。
「なッ、何だぁっ!?」
連音の顔に、ふさふさとした物とやけに温かい物とが触れている。
「くぅ〜ん!!」
「…………おいこら」
連音は強引に、顔にへばり付いていた物をひっぺがした。

やはり、それは連音の良く知る子狐であった。
「久遠……お前、こんな所で何やってんだ?」
「くぅん?久遠、つらね追いかけてた……!」
首根っこを掴まれたまま、久遠はパタパタと足をパタつかせていた。
「そういう事を聞いてるんじゃなくてな………ま、良いや。で、神咲さんは?学校か?」
「那美……がっこう。久遠、たいくつ……くぅ…」
「お前は退屈だと、人の顔に飛び込んでくるのか?」
「くぅん?」
久遠は連音の言っている意味が分からず、小首を傾げた。
嫌味の一つも届かない純真無垢の妖狐相手に、連音は小さく溜め息を吐いた。

いつもの様に久遠を頭に乗せて、はたと気が付いた。
「そういや、久しぶりだったな……久遠とは」
「くぅ〜ん」
余りにも今まで通りなやり取りに、ついつい半年振りの再会である事を忘れてしまっていた。
「久遠は今まで…どうしてたんだ?」
「久遠は…………?」
「――うん。聞いた俺が悪かった」
首を傾げた久遠に謝って、連音は笑った。

久遠の話では、散歩をしていたら、その前を連音が通り過ぎたので追い駆けた。
でも、途中で見失ってしまい、探していたら、前から連音が歩いてきたのだという。
「で、人の顔に飛び込んできた、と?」
「くぅん!」
連音の頭の上で、パタパタと尻尾を振る久遠。
どうやら合っているらしい。

折角だが、今は久遠と遊んでいる暇は無い。
と、久遠で思いついた。
「そういえばお前、はやてとは遊んでるのか?」
「さいきん、人いっぱい……あそんでない」
そう答えた久遠の尻尾が垂れた。
(守護騎士に人見知りした、か……)
「じゃあ一緒に行くか?はやての所に」
「くうん。久遠、いく」
「よし、じゃあ早速行くか」
「くぅん!!」
久遠をダシに使って、連音ははやての家に向かう事にした。




「今日はシャマル以外、皆お出かけか……」
「皆、予定が重なっちゃいましたからね……仕方ないですよ」
「うん……それは分かっとるんやけど……」
はやてとシャマルは定期健診のため、海鳴大学病院に向かう途中だった。
シグナム達は朝食後、すぐに蒐集に赴き、既に何処かの別次元世界だ。
それを知るシャマルは、はやてを寂しがらせている事、そして欺いている事に心が締め付けられた。
つい先日も、そんな思いをさせたばかりなのに。
(はやてちゃんを守るために……なのに、私達は……こんなにもはやてちゃんを……)
自分達にはこうする以外に無い。それは分かっている。
だが、もう直ぐだ。ページは既に半分を過ぎた。
もう直ぐ、こんな思いをさせないで済むようになるのだ。

そう、心に言い聞かせてシャマルは車椅子を押し出した。


病院に向かう為、停留所でバスを待つ間も、何処か気まずい空気が二人にはあった。
いつもなら、何かしらを話しながら待っているのに、今日は何も言葉を発しない。
シャマルは腕時計を見るが、バスが来るまでは十五分程あった。

如何しようかと悩み、ふと道路の向こうに視線を送った。
「あら…?あれは、連音君……?」
「え…?」
シャマルの呟きに、はやてが視線の先に顔を向ける。
そこには子狐を頭に乗せた連音が、信号待ちをしていた。
連音もその視線に気が付き、はやての方を向いて軽く手を振った。




信号を渡ってきた連音が、はやての所までやって来た。
「何処か行くのか……て、病院か?」
連音はバスの行き先を見て、そう言った。
「今日は定期健診の日やからね」
「そうか。せっかくお供を連れて来たんだが……病院じゃ仕方ないな、出直すか」
「くぅ〜ん……」
連音の頭の上で、久遠が残念そうに鳴いた。
しかし、久遠を病院に連れて行く事は出来ないし、ここで久遠だけを返す事も出来ない。
仕方なく連音が踵を返すと、その肩をガシリと掴む手があった。
「待って!!」
「シャ、シャマルさん……っ!?」
「連音君、良かったらはやてちゃんを、私の代わりに病院まで送って貰えないかしら!?」
「はい?」
「今、丁度用事を思いつ…もとい思い出しちゃって!如何しようかって困ってたの!!
はやてちゃん一人には出来ないし、連音君なら安心してはやてちゃんを任せられるわ!!」
「いや、俺は…!」
「これ、保険証と診察券!詳しい事は、はやてちゃんに聞いてくれれば分かるから!!じゃっ!!」
連音にバッグから取り出した診察券と保険証を押し付け、シャマルはシュバッ!と手を上げて、あっという間に去っていった。
「それじゃ〜よろしくねえ〜〜〜〜〜〜ぇぇぇ……」
余韻を響かせて、シャマルの姿はあっという間に消えていってしまった。
「……あ…あのぉ………?」
止めようと出した手が、ヒラヒラと風になびいた。

「もう!何ていうベストタイミングなのかしら!?」
シャマルはせかせかと走りながら、興奮に身を震わせていた。
「昨日気が付いたらもう帰っちゃてて、はやてちゃんと二人きりにさせることも出来なかった事を悔やんでいたのに!!
それがこんな偶然の再会なんて……これはもう!神様も二人をくっ付けようとしているに違いないわ!!!」
世紀末覇者の如く拳を天に掲げ、両足を大地に踏ん張って、シャマルは声高らかに
「湖の騎士シャマル!!その全霊を以って、はやてちゃんの未来をーーーーッ!!」
近所迷惑この上ない宣言をするのだった。

「―――そう、はやてちゃんの……私達の未来の為に……!」
そして静かに、決意を新たにするのだった。

「おっとっと……先回りしておかないと」
パタパタと走り出すシャマル。シリアスは長く続かないようだ。




さて、連音は困惑していた。
はやても、久遠も、同じく困惑していた。
「えっと、如何しよう……?」
押し付けられたとは言え、はやてを独りにする訳にも行かず、とすると問題は久遠だった。
病院に動物を連れて行く事は出来ない。といって、久遠をここで離す事も危ない気がした。
「ということでだ、久遠?」
「くぅん?」
「変化しろ」
「くぅ〜ん!」
久遠は声高く鳴き、連音の頭を蹴って大きく跳び上がった。
そして空中でクルリと回ってポン、と煙を上げて着地した。
そこには巫女服に身を包んだ、獣耳と尻尾を生やした少女がいた。
「へんしん、かんりょ〜っ!」
と言って、クルリと回る久遠。相変わらず見事な化けっぷりである。
「よし、そろそろバスも来る……どうした、はやて?」
連音は向き直って、そこで漸く、はやてが唖然としているのに気が付いた。
一体、如何したのかと久遠と連音が首を傾げていると、はやてが口を開いた。

「く、久遠……人に化けれるん……!?いや、それよりも……女の子やったん!?」
「…………あれ?」
「……くぅん?」
連音も久遠も、揃って首を傾げた。
そして少し考えて、もしかしてと、はやてに尋ねた。
「もしかして……知らなかったのか?」
「初めて見たわ!!」
自分が見慣れていたもので連音は、はやても知っているとばかり思っていたが、はやての叫びに苦笑いを浮かべた。

久遠の変化した姿に最初は驚いたはやてだったが、段々と久遠に強く興味を惹かれていった。
「ふぇ〜、服まで作れるんかぁ〜。連音君みたいやなぁ〜!」
久遠の着ている巫女服を、触りまくって感心していた。
「シグナムさん達も、作れるだろ?」
「――へっ!?」
連音がさらりと言うもので、はやては驚きの声を上げてしまった。
「あの人達……魔導を、使えるんだろう?だったら、それぐらい容易いだろ?」
「な、何で」
「何で、そんな事が分かるのか……か?」
連音の言葉に、はやてはコクコクと頷く。
「これでも竜魔衆の端くれだぞ?それぐらいは、気配で分かるさ。それに、あの人達……」
「え…?」
「人間じゃ……ないよな?何者なんだ?」
「ッ…!?」
連音の言葉に、はやての表情が凍りついた。

シャマルの気配が完全に消えたのを確認し、連音ははやてに、これまでの事を聞くタイミングを計っていた。
そして今、ついに切り出した。
二人の間を冷たい空気が吹き抜ける。言いようの無い緊張感に、久遠も不安の色を浮かべている。

長い様で短い沈黙を破ったのは、はやてだった。
「せやったら……何?人やないんやったら、何っていうんや!?」
はやてにとって、守護騎士は家族同様だ。この反応は連音の予想したものだった。
「あの人達が……シャマルさん達がどういう経緯ではやてと一緒になったのか、教えてくれるか?」
「そんなん……」
「はやて。人と人ならざる存在とが共に在る事は、はやてが思う以上に難しい事だ。
あの人達がいる事で、はやてに何か害悪が及ぶ可能性もある」
「っ!そんな事ない!!わたしは…!!」
「はやてが思う以上に、こういうのは複雑で…根が深い。シャマルさん達がはやてに何かするとは思わないけど、
でも、一緒にいるというだけで……はやてに危害が及ぶ事は有り得る事だ」
「っ……」
はやては連音の言葉にビクリとした。
連音の過去を知るが故に、その言葉の意味と重さが、嫌という程伝わったからだ。
「何事も無いのなら、それが一番良い。だけど、もし何事かが起きた時、何も分からないままじゃ、対応できないかもしれない。
だから、教えて欲しい。どんな経緯で出会ったのか……それを」
「…………」
自分で言いながら、何と汚い手を使ったのかと、連音は自身に吐き気を覚えた。
こう言えば、はやては言わざるを得なくなる。

それが分かっていて、敢えてはやてに言ったのだ。

はやては少し悩んでいたが、やがて口を開いた。




走るバスの中。車中にははやてら以外には無く、三人は一番後ろの座席に並んで座っていた。

「闇の書……そして、その守護騎士か………で、はやてはその主になったと……?」
「まぁ、そんな感じ……」
「で、その《大いなる力》っていうのは……具体的に、どんなものなんだ?」
「ううん……よう知らんのや。ただ…闇の書が完成すれば、私の足が治る、と言うとったけど」
小さく首を振って、はやては言った。
どうやら、闇の書の力が破壊にしか使えないという事実をはやては知らないようだ。
それどころか、守護騎士さえその事実を知らないらしい。
(知っていれば、書の完成を目指そうとする筈がない……だが、如何して?)

疑問は二つ。
何故、騎士達がその事実を知らないのか。
そしてやはり、闇の書完成を目指す理由である。

現時点で、一番考えられそうな理由は『はやての足を治す為』である。
だが足以外に不自由の無いはやてだ。罪を犯してまで治そうとするというのは考え辛い。
仮にそうだとして、誕生日に目覚めてから既に半年。
今更になって、急に治そうと動き出すのは聊か不自然である。

(待てよ……つまり、急に完成をさせないとならなくなった、という事なのか?)
口元に指を当てて、思考の海に埋没しそうになった所で、ポン、と頭を叩かれた。
「連音君、着いたで?」
「――ん?あぁ、ちょっと待て。今、運ぶから」
先に料金を払い、後部出入り口に向かう。
「あっ、今、降ろしますから」
「いえ、大丈夫です……よっと!」
「ひゃぁ!?」
連音は車椅子にはやてを乗せたまま持ち上げて、何事も無いかの様に、連音はバスを降りていった。
その後ろを、トテトテと久遠がついて行った。

「………最近の子供は……力があるなぁ……」
そう呟いた運転手の認識は、果てしなく間違っていた。



大学病院内で受付を済ませ、三人が待っていると、妙に人の視線を感じた。
子供三人だけで大学病院にいる。確かに珍しいだろうが、ここまでだろうかと、はやてが思っていると、ハッと気が付いた。
隣に立つ久遠である。
狐の耳。狐の尻尾。そして巫女服。

はやてが視線をやると、周囲の奇異の視線と病院内に漂う独特の臭いに、かなり居心地が悪そうだ。

それに連音も気が付いたようで、自分が着ているコートを久遠に掛けてやった。
「ほれ、これでマシだろ?」
と言って、コートのフードも被せる。
「くぅ〜っ!つらね、ありがとう!」
久遠はニパッと笑い、連音に抱きついた。
「うわっ!分かったから、落ち着け!そして離れろッ!」
「くぅ〜ん!」
「こら!病院内で騒いだらあかん!!」
結局目立ってしまい、看護婦さんに怒られるまで、後三分。




はやてが名前を呼ばれ診察室に入ったのを見届けて、連音と久遠は中庭へと出た。
日当たりの良いそこは緑豊かで、入院患者や付き添いの看護士、お見舞いの人が散歩をしていた。
久遠も薬品の臭いから解放され、大きく伸びをしている。
連音も芝生に座り込み、何するでもなく、ただ空を見上げた。

薄雲の流れる青空は、冬独特の冷たさに冴え渡っている。

半年前にこの町を去って以来、連音はこんな風に空を見上げた事がなかった。
いや、その前ですら記憶に無い。

かつては母や、多くの命を奪った罪に縛られ、そしてその後はひたすらに己を鍛え続けた。
かつての様に、自分の存在を否定する事は無くなったが、その傷が消える事は無い。

だからこそ、自分を鍛え続けた。

もう一度、夢に望んだ自分になる為に。
あらゆる理不尽を打ち砕き、守るべき『世界』を守る。その意思を貫き通すための力を欲して。

だが今は、貫くべき『道』が霧の中に消えてしまっている気がした。


そんな事を思っていると、不意に声が掛けられた。
「あら、連音君?」
連音に声を掛けてきたのはフィリス・矢沢医師だった。何処かへ行く用があるのか、その手には分厚いファイルが抱えられている。
「………………こんにちは〜、フィリス先生」
「こんにちは〜………って、出来たら木から降りてきて、言ってくれないかな?」
「………」
苦笑いするフィリスの顔を見て、仕方無しに連音は木の天辺からスルスルと降りてきた。
飛び降りても良かったのだが、人目もあるのでそこは自重する。
尤も、一秒も無く木を登った時点で問題があるが。

「今日は如何したの?もしかして、また何処か怪我をしたの?だったら直ぐ見てあげるから、診察室の方に」
「いやいや、今日はただの付き添いですから、ご心配なく」
診察室に引っ張って行こうとするフィリスを、連音は直ぐに止めた。
「そうなの?本当に大丈夫?」
疑いの眼差しを向けるフィリスに、連音はコクコクと頷く。すると納得したのか、フィリスは小さく息を吐いた。
「そう…なら信じますけど……一寸でもおかしかったら、すぐに言ってね?」
「努力します」
「努力は要らないから、行動だけしてね?」
「いえっさー」
ニッコリと笑うフィリスの背後に般若の如き鬼気を感じ取り、連音は即座に返事をした。

「ところで、誰の付き添いで来たの?」
「はやてのです。シャマルさん……って、はやてと一緒に住んでる人なんですけど……」
「あぁ、シャマルさんなら知っているわ。よく一緒に来ているから。それで?」
「なんか、押し付けられました」
「……?」
言っている意味が良く分からない、という顔をするフィリス。
「どういう事?」
「何か代わって送って欲しいって言われて……返事も聞かずに走り去ってしまいました」
「シャマルさんが…!?まさか……おかしいわね……?」
「…?どういう事ですか?」
フィリスが怪訝な表情をした事に、連音は気が付いた。何か気になる事がある様だ。
「私も聞いただけだから、詳しくは知らないけれど……はやてちゃんの治療が芳しくないみたいだから。
だから、人任せにするのかなぁ…って、思ってね……?」
フィリスは少し言い難そうに答えた。
(芳しくない……?)
その言葉に何故か、連音は引っ掛かった。
しかし、それを表に出す事無く、連音は話を切り替えた。
「ところでフィリス先生、何処かに行かれる途中じゃないんですか?行かなくて良いんですか?」
「ん?あぁっ!このファイルを届けないと!!それじゃあね!!」
大慌てで、フィリスは中庭から走り去っていった。
それを見送り、連音は茂みに声を掛けた。

「もう行ったぞ。出て来いよ、久遠」
「くぅ…?」
茂みから久遠が顔を出した。フィリスが来た時に、連音と同時に隠れたのだった。
その事実を知らないフィリスは、恐らく幸運であろう。

「そろそろ、診察も終わる頃だろう。はやてを迎えに行くぞ〜」
「くぅ〜ん!」
中庭から病院内に戻り、はやてのいる診察室に向かう。
丁度、診察室の前に着いた時にドアが開いた。
「ほんなら、ありがとうございました〜……あ、お待ちどうさま」
診察を終えたはやてが、連音達に気が付いた。
「よう。如何だった、診察の結果は?」
「如何って……ただの定期診察やから……別に」
廊下を進み、はやては受付で会計と次回の予約を済ませる。
「体に異常が無いか調べる、その為の診察だろう?」
「そうやけど……治療もあんまし効果が上がってないしな〜……」
「そうなのか?」
「うん。原因不明の神経性麻痺……日進月歩の現代医学でさえ、治す手段が全然見つからないって……」
舞台を外に移し、連音とはやての会話が続く。ちなみに久遠は話に着いて行けず、大きな欠伸をしていた。
「そっか……でも、今は独りじゃないし……大丈夫か?」
「うん、大丈夫や……あっ」
ニコリと笑ったはやての耳に、昼時を告げる鐘の音が届いた。
「もう、そないな時間か……連音君、久遠、せっかくやし…何処かで食べてこか?」
「そうだな……何が良いか……久遠は何が良い?」
急に話を振られて、欠伸していた久遠がビクッとした。
目をパチパチとする様は、中々に面白い。
「くぅ……なにがいい………?」
頭を悩ませる久遠。う〜んう〜ん、と唸っている
このままでは、頭から白煙でも噴きかねない。
「じゃあ、近くに美味しい御蕎麦屋さんがあるから、そこにしよか?」
「くぅっ!きつねうどん…!!」
「じゃあ、はやては……たぬき蕎麦だな?」
「何でやねん」
すぐさまはやての突っ込みが入った。






はやての言う蕎麦屋で、昼食をとった。
料理上手のはやてが美味しい店と、自信を持って言うだけあり、味はかなり良いものだった。
久遠も満足した様で、大変ニコニコである。
「しかし……久遠、箸使えたんやなぁ……」
「那美におしえられた……でも、まだ上手くできない」
「いや、中々だったんじゃないか?」
「くぅ?ほんと……?」
久遠が不安げに聞くので、連音とはやてはちょっと笑いながら頷いた。
「あぁ、本当だって」
「うん。久遠、上手やったで?」
二人がそう言うと、久遠は嬉しそうに尻尾を振った。
「くぅ〜ん!」
「うわッ!毎回毎回、抱きつくな!!」
「くぅん!じゃあ、はやて!」
「うぇっ!?ちょ、わたしも!?きゃ〜っ!」
久遠に抱きつかれ、はやてはビックリして大慌てしてしまう。
頬擦りされて、くすぐったそうに身を捩じらせる。
「クッ…フフ……アハハハ……!」
そんな様子を見て、連音はついつい、声を出して笑うのだった。




「あぁ…!一体、何を話しているのかしら…っ!?」
遥か遠くのビルの上、そこにシャマルはいた。手にはこんな時の為にと購入した最新型の双眼鏡がある。
魔法を使えば聞けなくは無いが、それは流石にと自重している。が、正直な所、覗いている時点で問題である。
「それにしても、あの連音君のコートを着ている子、誰なのかしら…?
あぁ、もうッ!せっかく二人きりにして、甘い時間を過ごしてもらおうと思ったのに!!」
双眼鏡には、三人が仲良くじゃれ合う姿が映っていた。

はやても、はしゃぎながら楽しそうに笑っている。
「あんな笑顔も、はやてちゃんは出来るのね……」
シャマルの目に見えたのは、歳相応のはやての姿。

自分にもシグナムにもザフィーラにも、ヴィータにすら見せないそれは、間違いなく九歳の少女、八神はやての姿だった。
そんなはやての姿に、シャマルの心には言いようのない思いが漂っていた。

あの笑顔が、今にも消えようとしているのだ。
闇の書の主となった事で。ただそれだけの為に。

自分達を家族と呼んでくれた、優しい少女が。

出会わなければ、ずっとあんな風に笑っていたのだろうか。
巡り会わなければ、安らかに過ごしていたのだろうか。

しかし、過去は何者にも変えられない。
闇の書ははやてを主とし、騎士達とはやては出会ったのだ。

“シャマル!!”
「――ッ!?ザフィーラ!?」
突如届いた念話にシャマルは驚き、声を上げた。




「くぅん!?」
突如、久遠の着ているコートが音を発した。
「ッ!俺の携帯か!」
連音はコートのポケットに手を突っ込み、携帯電話を取り出した。
背面ディスプレイには『時空管理局』の文字。
「…ッ!」
思わずはやての方を見てしまう。厳しい視線だったのか、はやては少しビクッとしたが、すぐに笑った。
「大事な用が、出来たんやね?こっちは気にせんで良ぇから、行ってきて?」
「はやて……」
管理局からの連絡という事は、守護騎士が発見されたという事だ。
つまりそれは、はやての家族と戦う事を意味する。

手の中で鳴り続ける携帯電話をギュッと握り締め、連音は一気に駆け出した。
「あっ!連音、コートーッ!」
「そのまま貸しとく!!」
連音は久遠に叫んで、更に加速した。人目が無い事を一瞬で確認し、地を蹴り、壁を蹴り、電柱の上へ跳ぶ。
携帯電話を通話状態にすると、エイミィの声が響いた。

『連音君!守護騎士が見つかったよ!フェイトちゃんとアルフが向かったから!!』
「了解です。座標は!?」
『あぁっ!!もう一人見つかった!!本命はこっち!?』
本部のモニターに映るのは、闇の書を持ったヴィータの姿だった。
『エイミィさん、そっちにはわたしが!!』
『了解!転送ポート準備……完了!!良いよ、なのはちゃんっ!!』
『はいっ!!』
『連音君も、なのはちゃんの方に行ってあげて!』
エイミィが叫ぶ。
しかし連音は異を唱えた。
「エイミィさん、俺はフェイトの方に向かいます!座標を下さい!!」
『えっ!?待って!!なのはちゃんの方は、例の赤い服の子が闇の書を持っているの!』
「なら、尚更!フェイトの方に行きます!!」
『どうして!?』
「闇の書は一人につき一度しか蒐集を行えません!!なのはは一度されているから…狙われるとしたら、フェイトだ!!」
『それって本当なの!?闇の書の蒐集が、一人に付き一度だけって……!?』
「本当です!それより早くッ!」
連音に急かされ、エイミィは座標を慌てて送った。
それを受け取ると同時に、連音は装束を身に纏い、転移魔法を発動させる。
「開け、旅人の門!我をかの地に導きたまえッ!!」
琥珀色の閃光が、空を貫いた。





同時刻。時空管理局にある、ギル・グレアムの執務室。
そこでリンディとグレアムは面と向かい、座っていた。
「闇の書の事件……進展は如何だい?」
「中々難しいですが……上手くやります」
そう答えて、リンディは紅茶を一口飲んだ。
「……君は優秀だ。私の時のような失態はしない。と、信じているよ……」
グレアムは少しだけ溜め息を吐いて、そう言うと、リンディは静かに首を振った。
「夫の葬儀の時にも申し上げましたが……あれは、提督の失態ではありません。あんな事態を予測できる指揮官なんて、いませんから」
「………」
リンディの言葉は、心の底からそう思っているものだと、グレアムには分かった。
彼女の夫、クライド・ハラオウンが殉職し、遺体の無い葬儀に参列した時にも、言われた。
自分の悲しみも深い筈だ。罵詈雑言を浴びせ、感情をそのままにぶつけてやりたい筈だ。
なのに、彼女はグレアムを逆に慰めた。

「では、これからアースラの試験航行がありますので……失礼します」
リンディは軽く頭を下げ、執務室を後にした。
一人残されたグレアムは、深い溜め息を吐いた。

リンディは気が付けなかった。
掛けられる優しい言葉が、向けられる優しさそのものが時として、人を何よりも苦しめ、傷つける事を。
グレアムの背には、黒い淀みが揺らめき、上がっていた。






一面砂の世界。弱き命の生きる事を許さないその場所で、シグナムとフェイトは激突していた。
“Explosion,Schlange Form”
「フッ!!」
刃を連結刃に変えて、シグナムが大きく腕を振るう。
刃の大蛇は、宙を舞い砂塵を巻き起こして、フェイトへと迫る。
「――ッ!」
襲い来る一撃を躱し、着地と同時にカートリッジを爆発させる。
“Load Cartridge,Haken Form”
「ハーケンセイバーッ!!」
魔力刃を展開させ、肩に担ぐように大きなスタンスを取って、構える。
しかしその隙に、シグナムは連結刃を操り、フェイトを包囲させていた。

僅かに視線だけで刃との距離を測り、フェイトは踏み込んだ。
「ハァッ!!」
地面スレスレにバルディッシュを振るい、魔力刃を発射する。
「つぇあぁッ!!」
同時にシグナムも、連結刃を逆巻かせ、一撃を放った。
“Blitz Rush”
新たに魔力刃を創り出し、フェイトはギリギリで真上から襲い掛かる刃を躱す。
巻き上がる砂煙を貫いて、金色の閃光が空に向かって飛び出す。

そして、ハーケンセイバーがシグナムに襲い掛かった。
「――ッ!」
上空に飛び、シグナムはその一撃を躱す。と、真上からの気配に空を見上げた。
「ハァアアアアッ!!」
フェイトがハーケンを振り上げていた。
“Haken Slash”
魔力刃が更に強化され、シグナムに向かって真っ直ぐに、急降下の勢いを込めて、死神の鎌を振り下ろした。

連結刃では防御はほとんど出来ない。故にフェイトは、この一撃は通る。そう確信した。


「――ッ!?」
響き渡る金属音にフェイトは驚き、目を見開いた。
シグナムの手には、彼女の魔力に淡く輝く長い物があった。
「鞘…っ!?」
最初の打ち合いでも、鞘を使われ防がれた。
だが、この攻撃すら防がれるとは思わず、フェイトは完全に隙を晒していた。

「ウォオオオッ!!」
その隙を逃さず、シグナムはフェイトの頭部に蹴りを打ち込んだ。
「ッ…!」
ギリギリでバリアを張って直撃を避けるが、その衝撃を抑えきれず、苦痛に顔を歪めたまま、吹っ飛ばされた。

“Plasma Lancer”

バルディッシュが追撃回避の一撃を放った。
「なっ…!?」
とっさに鞘で防ぐが、同時に爆発が巻き起こった。
その間にフェイトは体勢を立て直して着地し、バルディッシュを構える。
“Assault Form”

バルディッシュが変形すると同時に、シグナムが砂漠に落下してきた。衝撃で砂塵が上がる。

「くぅ…ッ!」
“Schwert Form”
シグナムは立ち上がり、レヴァンティンを元の剣に戻す。
(まさか、あの体勢から反撃を撃ってくるとは……)
驚きを心の中だけで留め、シグナムは剣を鞘に納めた。

フェイトもまた、カートリッジを爆発させ、魔力を集中させていく。
魔法陣が展開され、眼前と左腕に帯状魔法陣が生み出される。
手の中で放電する魔力は、尚も威力を高めていく。
“プラズマ――”

シグナムは鞘に納めたまま、レヴァンティンを上段に構えた。
足元に魔法陣が生み出され、紫色の風が吹き荒れる。それは正しく、連音を倒した一撃だった。
“飛龍――”

一瞬の緊張。そして同時に解き放った。

“――スマッシャーッ!!”
“―― 一閃ッ!!”

放たれる金色の閃光と、紫炎の烈風。
それは真っ向から激突し、大爆発を起こした。
しかし二人は既にその上空にいた。
先んじて飛んだシグナムを追い、フェイトも飛翔したのだ。
連結刃を剣に変形させつつ、追い掛けるフェイトに切り返し、斬撃を構える。

“Explosion”
“Load Cartridge”

同時にカートリッジを爆発させ、懇親の一撃を打ち放った。





そして、別の世界。眼下に広がる森と山を超え、ヴィータは飛行していた。
“っ!?シグナム達が……!?”
シャマルからの念話に、ヴィータが僅かに驚きの声を上げた。
“そう!砂漠でテスタロッサちゃんと、その守護獣の子と…!”
“あのヤローは……『リュウマ』ってのは?”
“ううん。まだ現れてないみたい……”
“そっか……長引くと不味いな……助けに行くか……ッ!?わりぃ、こっちにも来た……!!”
ヴィータは足を止め、目の前に現れた少女を睨んだ。
“来たって……どっち!?”
“例の白服……恭也の妹の……!”
ヴィータはその少女に向かって叫んだ。
「高町っ!!……高町……!………タカマチ…………?」
「……?ヴィータちゃん……?」
なのはの不安な声を余所に、ヴィータは腕組みをして首を捻っていた。

「もしかして……わたしの名前、忘れたの!?」
「ッ!?なっ、何言ってんだ!!んな訳ねぇだろ!!えっと……ん〜と……」
「なのはだよ!!なーのーはーっ!!」
「あっ、アーッ!テメェッ!今、言おうと思ってたのにーーッ!!」
「え…えぇっ!?えと、ゴメンね……」
ヴィータに豪い剣幕で怒鳴りつけられて、なのはもつい謝ってしまった。

ヴィータはいささか不機嫌そうな顔をしていたが、やがて、グラーフアイゼンを肩に担いだ。
「もう良いよ……んじゃ、アタシは用があっから、もう行くぞ?」
「え?あ、うん。気をつけてね?」
「じゃーなー」
「ばいばーい………って、何自然に行こうとしてるのッ!?」
思わず振ってしまった手を引っ込めて、なのはが叫んだ。
それにヴィータが舌打ちした。
「チッ、気が付きやがったか……(恭也みたいには行かねーか……)」
「気が付くよ、もうっ!…………ヴィータちゃん、お話…やっぱり、聞かせて貰う訳には行かない……?
もしかしたら、手伝える事とか……あるかもしれないよ?」
「ッ……!」
そう言って、柔らかな笑みを向けるなのはが、ヴィータの脳裏で一瞬、はやてと重なる。
「……管理局の人間の言う事何ざ、信用できるか!!」
戸惑いながらもヴィータは言い放った。
「わたし、管理局の人じゃないもの……民間協力者だよ……」
そう答えながら、なのはは両手を静かに前へ出した。
どうか信じて欲しい。そんな思いを込めて。

「協力者って………やっぱ管理局じゃねーか!バーカッ!!」
「にゃーッ!?え、エイミィさんッ!?」
『ゴメン、これは向こうが正しいと思うよ……うん』
「にゃ〜〜〜〜ッ!?」
エイミィに止めを刺され、頭を抱えてなのはは絶叫した。

その隙にヴィータは、魔法発動の準備を完了させていた。
(蒐集は魔導師一人に付き一度だけ……もうページは取れないし、カートリッジも消費させたくねぇ……だったら!)
「ぶっ倒すのはまた今度だ!!吼えろ、グラーフアイゼンッ!!」
ヴィータが魔力球を突き出し、そしてグラーフアイゼンを振り上げた。
“Eisen Geheul”
魔力球をアイゼンで打ち据え、閃光と咆哮が放たれる。
「うわッ!?」
反射的に目を閉じ、耳を塞ぐが、それでも光と音はなのはを襲った。

「脱出……!」
ヴィータは魔法効果の残る内に、一気になのはとの間合いを離す。
「っ………あぁっ!?」
音と閃光が止んだ時、ヴィータの姿は遥か彼方にまで遠ざかっていた。
その距離は、今から追い掛けても間に合うものではない。
“Master”
「うん…!レイジングハート、セットアップ!!」
なのはは待機状態のレイジングハートを起動させた。

「ここまで来れば攻撃も来ない……!次元転送………ッ!?」
転移魔法を発動させようとしたヴィータだったが、その異変に驚き、目を見開いた。
“Buster mode,Drive ignition”
レイジングハートの先端が音叉上に変形し、三枚の光の翼が広げられている。
なのははレイジングハートのマガジンをグリップ代わりに握り締め、抱え込むように構える。
「いっくよ〜っ!久しぶりの長距離砲撃ッ!!」
なのはの瞳に、レイジングハートから送られる仮想スコープが映し出される。
“Load Cartridge”
カートリッジが二発、連続して発動する。足元と杖の先に魔法陣が生み出され、魔力が集中していく。

「まさか……撃つのか!?あんな遠くからッ!?」
ヴィータには信じられなかった。近接戦闘を主とするベルカの騎士に、遠距離を得意とする者は殆どいない。
否、ミッドチルダ式を使うものですら、これ程の距離で攻撃出来る者がどれだけいるだろうか。

しかしヴィータの驚愕を余所に、なのはは完全に攻撃態勢を整えていた。
“Divine buster,Extension”
「ディバイィィィン………!」
帯状魔法陣の中に、巨大な魔力球が生み出され、それを囲う様に、三つのスフィアが三角上の発射口を作り出す。
「バスタァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

なのはの叫びをトリガーに、桜色の閃光がついに放たれた。
それは一切の躊躇無く、森を越え、山を越え、一直線にヴィータへと襲い掛かった。
その速度はヴィータに回避する時間さえ、与えなかった。
「ウソ―――」
ヴィータの驚愕の声を呑み込み、バスターは鉄槌の騎士を爆砕した。

残滓魔力を、レイジングハートが勢い良く吐き出す。それはまるで一仕事終えた満足感を表しているかのようだった。
“見事に直撃ですね”
非殺傷である以上、命の心配は無い筈だし、ヴィータの強さはそれなりに知っている。
が、濛々と上がる爆煙をなのはは見て、ちょっとだけ心配になってしまった。
「ちょっと、やり過ぎたかな……?」
“心配要りません。むしろ足りないぐらいです”
そう言い放つパートナーに、なのはは言い知れない不安感を覚えてしまった。
「もしかして、レイジングハート………ヴィータちゃんに壊された事…結構、怒ってる?」
前に戦った時も、レイジングハートは凄く好戦的というか、闘争心に溢れていた。
(一度、お話した方がいい気がするな〜……)

などと考えていると、爆煙が風に流れて薄まりつつあった。
「――ッ!?」
なのはは驚いた。
其処に見えたのは二つの人影。一人はヴィータ。もう一人は―――先刻、連音と戦った仮面の男だったからだ。
その前の空間には波紋が広がり、そこから白煙がゆらゆらと上がっている。

そして、それに驚いているのはヴィータも同じだった。
一体何時、割って入って来たのか、彼女にも分からなかったのだ。
「アンタは……?」
何者だ。どうやって。様々な疑問を込めた言葉だったがそれに答えず、仮面の男はなのはを見据えたままに言った。
「行け。闇の書を……完成させるのだろう?」
「――ッ!!」
その言葉にするべき事を思い出し、ヴィータは再び転移魔法を構えた。

「っ!させない!!ディバイーーーン!」
「………」
それを見て、仮面の男は一枚のカードを投げた。
“Master!”
再び砲撃を撃とうとしたなのはに、レイジングハートが警告を発した。
それにハッとしたなのはの周りには、既に青いリングが既に展開されていた。
回避しようとした瞬間、それは一気に縮まり、なのはを縛り付けた。
「ッ!?バインド…!?そんな…!あんな距離から一瞬で……!?」
バインドを維持し続ける仮面の男の後ろで、ヴィータの姿が赤い光の中に消えていくのが見えた。
「クッ……うぅう……ッ!!」
ありったけの魔力を込め、なのはがバインドを引き千切る。
すぐさま、仮面の男を捜すが、既に誰の姿も無かった。
“申し訳ありません。もっと早くバインドの察知が出来ていれば……”
「ううん。わたしの油断だよ……あんな距離から魔法を掛けられるなんて、思ってもいなかったもん……」
なのははそう言って、再び誰もいなくなった空を見た。
実際、それは油断でも何でもなかった。
アウトレンジからの魔法発動が出来る魔導師は限られている。予想できないとしても仕方のない事だった。

だがそんな事は、なのはにはどうでもいい事だった。
言葉が、思いが届かなかった事。それだけが、残念で仕方なかった。





「ハァッ!!」
「せぇいッ!!」
裂帛の気合と共に斬撃が交差し、火花が散る。
「ハァアアアアッ!!」
「うぉおおおおッ!!」
互いの一撃が真っ向からぶつかり合い、互いを弾き飛ばす。

砂の大地に降り立った二人は、乱れた息を整えつつ睨み合った。
シグナムの腕からは血が滴り落ち、それが砂漠に落ちると、すぐに吸われて消えていった。
(ここに来て尚速い……!目で追えない攻撃が出てきた……早めに決めないと不味いな……)
レヴァンティンを構え直し、思考する。
(シュツルムファルケン……あれしかないが……果たして当てられるか……!?)

対するフェイトの左足からも、血が滴っていた。
(クロスレンジも、ミドルレンジも圧倒されてる……今は速さで誤魔化せているけど……まともに喰らったら叩き潰される……!)
乱れる息を整えながら、ハーケンフォームのバルディッシュを肩で担ぐように構える。
(レンには出来るなら使うなって言われてるけど……ソニックフォーム、使うしかないかな……?)


緊迫した空気が、二人の間に漂う。
互いにジョーカーを切るか否か、そのタイミングを計り、謀る。

「「―――ッ!!」」
同時に二人は地を蹴った。














琥珀色の光が砂漠に降り立つ。
「琥光、戦闘区域はどの辺りだ!?」
“左前方 距離七百”
「よし、急ぐぞ!!」
砂を蹴り、連音は宙に舞い上がった。

幾つもの砂丘を越え、砂竜の死骸を越えて、ついにそこに辿り着いた。
その連音の目に映ったものは――

「――ッ!!」
その手に金色の光を持つ剣の騎士。

「アイツは―――ッ!」

黒衣の少女の胸を貫いた仮面の男。
その腕がゆっくりと引き抜かれていく。
「ぁぅ……」
やがて全てが引き抜かれると、フェイトは僅かに苦悶の声を上げて砂海に倒れ伏した。
ドサリ。という音が、異様なまでにハッキリと聞こえた気がした。



その瞬間、連音の胸の鼓動が強く鳴り響いた。



「蒐集完了、だな……」
仮面の男はフェイトの胸から腕を抜きつつ、シグナムに言った。
シグナムはそれに答えず、手の中の輝きを仕舞いこんだ。

綺麗事を言う気はない。
だが、こんな決着はシグナムの望んだものではない。
胸の中で何かが、チリチリと燻っている。
自然、歯軋りをしてしまう。
そんなシグナムを一瞥し、仮面の男はその奥でフッと笑った。
「闇の書の完成。それが一番優先されるべき事……ちっぽけなプライドなど、邪魔なだけだ」
「…ッ!?何だと…!?」
「これとの決着がお前の望みか?違うだろう?為すべき事を見誤るな」
「ッ……」
ギリッ、と奥歯を噛み締める。
フェイトのコアを蒐集した事で、闇の書完成に大きく近付いた事実。
それは確かな事実だった。

そして、それを行った自分。
眼前の男を否定するのなら、蒐集をしなければ良い。
だが、シグナムは蒐集する事を選んだ。その時点で、彼女には何も言う資格は無い。

倒れたフェイトを抱き抱え、その顔の砂を払う。
フェイトは完全に意識を失っていた。

それを見て、仮面の男はその場を去ろうとした。

「何処に行く気だ……?」
「――ッ!?」
突如、目の前に降り立った影。
殺意と敵意に満ち溢れた声を発し、それは振り返った。

「―――竜魔か」
仮面の男が呟く。
何故その名を仮面の男が知っているのか。連音が疑問に思ったのは一秒も無かった。

何故なら、そんな事は叩きのめした後で、口を割らせれば良いだけの事だからだ。

連音の指が、ゴキリと鈍い音を鳴らした。
「お前が何者かは知らないが、敵である以上……ここで潰す」
「出来もしない事を……」
「そう思うなら、思っていれば良い………」
酷く熱の無い視線を向けて、連音は言い放った。

「――ッ!!」
一瞬の踏み込み。最短距離で繰り出された掌打を、仮面の男は腕でブロックした。
しかしその衝撃で、1m以上も退かされる。
ブロックした腕がビリビリと痺れ、苦悶の声が仮面の奥から聞こえた。


「―――その方が、手間が掛からない」
「クッ……!」




熱砂渦巻く世界に、冷たき瞳が輝く。













作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
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