「どうだった……?」
「計画の進行は、現状では大きな狂いは……ですが」
「………む?」
「辰守連音が守護騎士に気が付きました。今後、こちらの計画の障害となる可能性があります……排除しますか?」
「いや、下手に動けばこちらの動きを掴まれてしまう……今は監視だけで良い」
「………了解しました」



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

       第九話  約束は闇の彼方に(中編)



「それじゃ、わたしはこれで」
ミーティングも終わり、なのはがコートを手に取った。
「ユーノ、ちゃんと送ってけよ?」
「分かってるよ」
クロノの言葉に、ユーノが舌を出して返す。
「じゃあ。明日、学校で」
玄関に向かうなのはを、フェイトが見送った。
「うん。また明日ね、フェイトちゃん」
なのはがドアの向こうに消えたのを見届け、フェイトもリビングに帰る。

連音は入れ替わるようにリビングを出て、湿る髪を拭きながら、自室に戻った。

暗い室内で照明も点けないまま、連音はベッドに腰掛けて嘆息した。
これから如何するべきか。

事実を知るといっても、具体的にどう動けば良いか。さっぱり分からない。
しかし、管理局に先んじて動かなければ、はやてが見つかってしまう。

時間も良案も無い。


(とりあえず、はやてと会う必要はあるな………そこから、何とか糸口を見つけないと)

「うん…?」
連音はふと、ベッドに投げ出したコートのポケットから零れる光に気がついた。
ポケットを弄れば、入れっ放しになっていた携帯電話があった。
背面ディスプレイが点滅して、着信がある事を教えていた。

履歴を何気なく開いて、
「………………………ッ!?」
連音の顔が戦慄に染まった。


そこにはこう出ていた。
『着信  忍ちゃん』と。

以前来た時に連絡が付かなかったので、忍に入れられたのだ。

着信は時間的に見て、こっちに戻ってきてからずっと、掛かってきていたようだ。

「………」
問題は何故、忍が携帯に掛けてきたのか、という事だ。
竜魔の里は結界内にあり、特別な時以外、通信連絡は基本、有線で行われる。当然、普通の電波は入らない。

それを知っている筈の忍が、どうして連音の携帯に電話をしてきたのだろうか。


連音はどうしようか迷った。
繋がった以上、里の外にいる事は知られている。

どう考えても、無視する事は出来ない。
しかし、掛ける事も躊躇われる。

掛けたら、もの凄い事になりそうだからだ。

その時、携帯電話がけたたましく鳴った。
「うぉおっ!?っとと…!」
ビックリして携帯を落としかけてしまう。
開いてみると、また戦慄した。

『着信  忍ちゃん』

「………」
出たくない。これ以上の面倒事は御免被りたい。
それが率直な感想だった。

しかし、こう何度も掛けてくるという事は?

連音は覚悟を決めて、電話に出ることにした。
「……………もしもし?」
『今、こっちに来てるんだってね?忍ちゃんに挨拶しないとは良い度胸じゃない……』
「……ほわっと?」
開口一番。何故、知っている。
『…………十分以内に来なかったら、捻るわよ?』


ブツッ。ツー、ツー、ツー。



ズダダダダダダ。バン。ドタタタタ。


「あれ!?連音君、何処行くの!?」
「すいません!ちょっと出てきます!!生きていたら、帰ります!!」
「うえぇ!?ちょっ、ええっ!?」
驚き混乱するエイミィを余所に、連音は引っ手繰ったコートを羽織って、文字通り飛び出した。

一足で飛び降り、そのまま一気に着地。
立ち上がる勢いで走り出し、マンションの塀、電柱と飛び移って、空に舞い上がった。






「お久しぶりです、連音様」
「はー、はー、ぜー、ぜー……お久しぶりです…ノエルさん……」
「八分二十四秒……チッ」
「チッ、じゃねぇーーーーッ!!」
連音は必死に走って、月村邸の玄関前までやって来ていた。
目の前にはノエルと、本当に時間を、しかも国際試合で使われる優れ物のストップウォッチで時間を計っていた忍がいた。
「何なんだよ、人の事呼びつけやがって!!こっちは遊びで来てるんじゃないんだぞ!?」
「こっちは遊びでやってるのよ!」
「言い切るなよッ!!」
エッヘンと立派な胸を張る忍に、連音は頭を痛めた。

「大体、どうして俺がこっちにいるって知ったんだよ?」
忍に伝わりそうな相手――恭也を含めた高町家の面々には、口止めを頼んでおいた。
恭也や士郎、美由希が言ってしまう可能性は無い。事情はともかく、話して欲しくないという事を話す人間ではないからだ。

美由希辺りがポロッと言ってしまいそうな不安感が在るが、その可能性は排除しておく。


ドアを潜りながら連音が尋ねると、忍はちょっと困った風な顔をした。
「それは…まぁ、本人に聞いた方が良いわね」
「本人……?」
連音が首を傾げると、向こうの廊下から誰かがやって来た。

「あ、連音さん…!お久しぶりです!」
「お久しぶりです、ファリンさ……ッ!?」
ファリンの後ろ、車椅子に乗った少女の姿に、連音の目が見開かれた。

「あはは……こんばんは、連音君…」
「はやて……っ!?あ、あぁ……こんばんは………」
全く予期しなかった再会に、連音の心臓が大きく跳ね上がった。
事件の事実を知る為には必ず会う必要があったとはいえ、心の準備も何も出来ておらず、連音は内心の動揺を抑えるのに必死だった。


詰まってしまった息を吐き出しつつ、連音はぎこちなく笑う。
ヒクヒクと頬の筋肉が痙攣し、きっと酷い顔だろうと思ってしまう。

事実、はやての顔が微妙なものを見る様な感じになっている。
「……どうかしたん?」
「……いや、何で此処にいるのかな、と」
「あぁ〜……本当は今日、すずかちゃんと一緒にうちで鍋をしようと思うとったんやけど」
「……すずか?忍姉じゃなくて?」
「うん、図書館で偶然に知り合ってな。名前を聞いたら、「月村」言うやない?もしかしたら思うて聞いたら、忍さんの妹さんで」
「あぁ…、そういえば本を良く読むって言ってたな」
「そんなこんなで、お友達になりまして……で今日、鍋の予定やったんやけど……皆、帰ってこんかったんよ……」
「………」
それはそうだろう。
はやての言う皆がヴォルケンリッターの事ならば、その時間、全員があの戦場にいたのだから。

「でな、二人で鍋いうんはちょい寂しいから……すずかちゃんに誘ってもらってこっちに来たんよ……でもな…」
「…?」
何故か、はやては苦笑いを浮かべる。
連音が如何かしたのかと思っていると、はやては手を眼前で合わせて、いきなり頭を下げた。
「ほんまにごめんっ!!」
「は…?」
連音は間の抜けた声を出してしまった。
この話の流れで、どうしてはやてが謝ったのか分からない。

「まぁ、ちょっと来なさい」
忍に促されて全員が付いて行く。
やってきたのはとある部屋の前。

「……ここって……すずかの部屋だよね………?」
「ごめんな。連音君がこっちいるって、わたし口滑らせてもうたんよ……」
「……何ですと?」
はやての発言に、連音が凍りついた。







「いらっしゃ〜い、はやてちゃん」
「いらっしゃいませ、はやてちゃん」
「こんばんは、忍さん。ファリンさんも」
月村家にやって来たはやてを、忍とファリンが出迎えた。
こんな時間に友達を招いた事のないすずかは、ドキドキとわくわくでニコニコとしていた。
ノエルに車椅子を押され、中に入ったはやてはふと、キョロキョロと辺りをしきりに見回した。

「如何かしましたか、はやて様?」
「いえ……あの、連音君は居らんのですか?」
「は…?」
「あ、もしかしてまた…何処かに行ってるんですか?」

全くどうしようもないやっちゃなぁ〜、等とはやてが言っているが、月村家の誰もが驚き、聞いてはいなかった。
特にすずかは、思いもしない名前が、思いもしない人物から出て来た事もあって、完全にフリーズしていた。

「…………あれ?」
この空気のおかしさに、はやても流石に自分が地雷を踏みつけた事に気が付いた。
「アハハ………さて、今日はこれでお暇をしますんで………じゃ!」
「ちょい待ち」
クルッと反転して帰ろうとしたはやてが、もういっちょクルッとされる。
眼前には忍の顔があった。
ニコ〜っとしているが、その顔には恐ろしい影がある。
正直、病院の時よりも怖い。
「はやてちゃ〜ん?」
「ヒッ!?」
ガシリと肩を掴まれ、思わず悲鳴を上げてしまう。
「ちょ〜っと、お姉さんとお話しましょうか〜?」
「いや……ほら、忍さんかて恭也さんとのラブラブトークをしたいやろうし……御手間を取らせる訳には……ね?」
もう、自分で何を言っているのか分からない。
「大丈夫、夜は長いのよ?」
「いやいや、何か意味が違ってますから!?」
「大丈夫です。二人よりも三人ですので」
「余計に意味が分かりませんて!!」
気が付けば、はやては完全包囲の中にいた。

「はやてちゃん……?」
「す、すずかちゃん………?」
ゆらりと歩み寄る友達の姿は、自分の見知らぬ畏怖を覚えさせる。

「お話い〜っぱい、しましょうね……?」
「アハ…ハハハ………」
最早、はやてが救われる道は何処にも無かった。


その様子を、ファリンは態々物陰から覗いていた。
「メイドは……見てしまいました!!」
何のこっちゃ。






「で、話したらこうなったと……」
連音ははやてに事情を聞き、嘆息した。
目の前には天岩戸。
月村すずかの部屋のドアがあった。

鍵が掛けられている上、内側開けのドア前にはバリケードが置かれているようだ。
中では拗ねた天照すずか大神が、絶好調立て篭もり中である。

「ごめんな連音君……わたし、てっきりこっちに居るものやとばかり……」
「……いや、いいさ。言わなかった…というか、口止めするのを忘れてたのはこっちだし……」
すまなそうにするはやてにそう言って、連音はとりあえずドアをノックする。
「……もしも〜し、すずか〜?」

…………………
…………
……。

「返事がない。只のドアのようだ」
「分かっとるわ」
思わず呟くと、すかさずはやてがツッコミを入れた。

(…………連音君?)
「おっ!?聞こえてたか、すずか」
(………)
「よし、さっさと出て来い。それで全ては終わる」
(――いや)
「――即答かよ」
連音は本気で頭が痛くなった。
ただでさえ、闇の書の事だけで一杯一杯なのに、どうして次々に問題が起きるのだろうか。
ともあれ、これも放置する事は出来ない。
後回しにしたら、本当に手が付けられなくなる上、忍にどんな目に合わされるか想像するに恐ろしい。

「なぁ〜、出て来いよ〜?」
(………)
「………う〜ん」
ドア近くにいた気配が遠ざかったのを感じ、連音はポリポリと頭を掻いた。

声を掛けるだけでは不十分そうだ。
(多少強引に行ってみるか……)
連音は何を思ったか、ドアから離れて何処かに行こうとした。
「連音君、何処行くん?」
「うん?ちょっとな……」
「なぁ…何か、手伝える事ないかな?こうなったんは、わたしのせいやし……」
「ん〜……無いな」
考える素振りを見せてハッキリ言うと、はやてはちょっと落ち込んだように顔を伏せた。
「そうか……」
「まぁ、あれだ。ここは当事者同士で解決を図る方が良いのさ」
こういった場合、第三者を挟むと事態がこんがらがる事がある。
連音は「任せておけ」と言って、行ってしまった。

「ご安心を。連音様とお話になれば、すずかお嬢様も機嫌を直して下さいますでしょうから」
不安そうな面持ちのはやてに、ノエルが言った。
「そう…ですよね……」
連音とすずかは幼馴染で。遠縁の親戚で。同じ夜の一族の血縁者で。
自分とは比べ物にならない程に、多くの繋がりがある。だから連音に任せる事が一番なのだ。
それは充分に分かっている。

だが遠ざかる連音の姿に、はやてはどうしても嫌な気持ちを持ってしまう。

それが連音に対してなのか、それとも自分に対してなのか。
はやてには、判断が出来なかった。






月村すずかはベッドでうつ伏せになっていた。
「……嫌な子だ………すごく」
先程の自分の行動と発言に、酷く後悔していた。

はやてに聞いた、半年前に連音と友達になった事。
図書館で知り合ってから、そんな事を教えて貰えなかった。
更に今、連音がこっちに来ている事をはやてだけが知っていた。

どうして自分ではなく、はやてなのか。
そう思った途端、訳も分からず閉じ篭ってしまった。


どれだけそうしていたか、ノック音と、次いで聞こえた声にハッとした。

聞こえてきたのは、会いたかった少年の声。
それだけで、すずかは邪魔なクローゼットを押し退け、ドアを開け放ちたい衝動に駆られた。
だが、それはクローゼットに手を掛けた所で止まった。

(返事がない。只のドアのようだ)
(分かっとるわ)

(はやてちゃん……?)
はやての声がすずかを止めてしまった。




「本当に嫌な子だ………」
「ニャ〜…?」
擦り寄ってきた黒猫を撫でながら、一人呟く。

自分で招待したはやてを、こんな時間に来てくれた連音を邪険にしてしまった。
ドアの向こうからはもう声は聞こえない。
きっともう怒って帰ってしまったのだ。そう、すずかは思った。

そう思うと、途端に後悔が押し寄せる。
連音がこっちに来た事を黙っていた事だって、何か事情があるのかも知れない。
はやてが知っていた事も単なる偶然で、そもそも連音と友達である事を言う義務だって無いのだ。

全ては、自分が勝手に思い込んでやった事。

「………ぅう…」
二人が離れていくと思ったら、涙が溢れてきた。
声を抑えるために枕に顔を押し付けると、カバーにすぐ染みが生まれる。

取り返しなんてつかない。
ずっと一人だった、友達がいなかった頃の自分に戻りたくない。

友達の温かさを知ってしまったから、喪失がとても恐ろしかった。
「うぅ…ぇええ……」
ついに声を出して泣き出してしまう。
それを誤魔化すように、ゴロンと仰向けになって、手で顔を覆い隠す。

「にゃ〜!」
「ぇ…?」
突然、黒猫が大声で鳴き出し、天井に前足を必死で伸ばしていた。
何事かと、すずかがその手をどけて天上を見た。

「……………」
「よう」
「………………き」
「き?」
「キャァアアアアアアアッ!?!?!」
突如、悲鳴を上げてすずかはベッドから転げ落ちた。
目を白黒させて見上げれば、天井からぶら下がる連音の姿。
しかも上半身だけの姿である。

その連音は今、顔をしかめて耳を塞いでいた。
「おまっ…!何て声出すんだよ!?うぅ、耳が……」
「つ…連音君…!?何で、そんな所から…!?」
すずかがドキドキする胸の鼓動に苦しさを感じながら聞くと、連音はズルリと下半身を天井裏から引き出して、ベッドの上に降り立った。
「ふぅ……っとと、埃が……黒金、ちょっと退いてろ?」
連音は窓を開けて身を乗り出し、服の埃を払い落とした。
「これで良し、と……で、何で泣いてたんだ?」
「…っ!?な、泣いてなんてないよ…!」
すずかは両目を擦りながら否定するが、実際にその場を見られているので誤魔化す意味もないのだが、
それでもすずかは涙を必死に拭った。

「そ、それより何で……!?」
「あぁ、実はこの屋敷って非常用の隠し通路があって、ここはその一つなんだ」
「如何してわたしより詳しいの!?……って、そういう事じゃなくて!」
「じゃあ、何だ?」
「何で、来たの……!?」
「…は?」
すずかの言葉の意味が判らず、間抜けな声を出してしまう。
「だ、だって……」
そこまで言って、モジモジとしてしまう。
さっきまで思っていた事を口にしてしまいそうで、恥かしかった。

「だって……何だよ?」
「あ、あぅう……」
連音に詰め寄られ、すずかは真っ赤になった顔を伏せてしまった。
「ほれほれ、だって何だよ?」
連音はすずかの顔を覗き込もうと、体を捻る。
「っ!?」
それに気付き、すずかはバッと背を向けたものだから、連音は即座に回り込んだ。
すずかの顔が動く度、連音はすぐさま覗き込むもので、すずかは耳まで真っ赤になってしまう。
「〜〜〜ッ!!」
「うわっ!こら、クッションを振り回すな!?」
恥ずかしさの限界を超えたすずかは、クッションを投げつけ、更に手当たり次第に物を投げつけだした。
「#υж☆( >Д<)ノ*$!?」
「何を言ってるか分からんわ!!うわっ!危ねっ!?」
投げられる小物の嵐を片っ端からキャッチして、ベッドに放って行く。
「こら、いい加減に………待て待て待て!!」
「うぅ〜〜〜〜っ!!」
気が付けば、すずかは大きな姿見を頭上に掲げていた。
その瞳は真紅に輝いていた。夜の一族の力の無駄使いである。

流石にこれは不味いと、連音は慌ててすずかを抑えに掛かった。
「落ち着けーーーッ!!」
一気に駆け寄って片手で姿見を掴み、もう片方の手ですずかを押さえつける。
「ひゃぁあああああっ!!?」
「暴れるな!鏡が!?っとおっ!?」
抱き締められるような体勢にすずかが暴れ、落ちそうになる姿見を必死に支える。
どうにか姿見を取り上げ、すずかを放す。
「ハァ…ハァ……これはヤバイから、な?」
「…うん…ごめんなさい………」
今までのテンパった行動に、しゅんとするすずか。
とりあえず姿見を下ろして、何故か正座しているすずかに釣られて膝を着き合わせる。
「でだ。何でこんな事になったのか……は、まぁ…分かるけど」
「………」
伏せ目がちに送られる視線に、連音は視線を逸らしそうになった。が、頑張って耐える。
「えっとな……その…なんだ?」
ここに来て、連音は何を言うのかを考えてない自分に気が付いた。
(う〜ん、何をどう言えば良いんだ?そもそもは、俺が来ている事を黙ってたのが原因だよな……?)
内心で頭を抱えていると、すずかが口を開いた。
「連音君……」
「うん…?」
「どうしてこっちに来たの……教えてくれなかったの……?」
(あ、やっぱり怒ってるな……)
「前も、黙って帰っちゃったし………ちゃんと、見送りしたかったのに……」
すずかは言いながら、床にのの字を書き始めている。
(……根に、持たれているな)
「連音君……?」
「は…はい」
すずかは顔を上げた。その表情は打って変わって真面目なものだった。
今度は何を言われるのかと、連音の表情も強張る。
「はやてちゃんと、どんな関係なの?」

ごつんっ!!

「何をいきなり言い出すんだ、お前はっ!?」
壁にぶつけてしまった頭を擦りながら連音が吠えると、すずかもズイッと前に出てきた。
「だって…!連音君とはやてちゃんが、只のお友達だなんて嘘っぽいんだもの!!」
「何じゃそりゃ!?」
「だから教えて!?ちゃんと受け止めるから……!」
すずかは胸の前でギュッと両手を握り、何かの覚悟を決めた眼差しを連音に向ける。
「ちゃんとも何も……まぁ、只…じゃないと、言えなくもないけど……」
はやては忍の契約者で、連音にとって命の恩人とも言えるし、命を救った相手でもある。
自分の正体を知る人物でもあり、連音は「成程、只のではないな」とか思ったりした。
しかし、神ならぬすずかにはこの答えが別の言葉に聞こえた。
「そっか……」
「ん…?」
「連音君……はやてちゃんとそういう仲なんだ……」

ゴツンッ!!

「どういう仲だ、どういう!?」
床に強かに打ちつけてしまった額を擦りつつ叫ぶ。
「良いよ、大丈夫、ちゃんと二人の事、応援できるから…!」
すずかは涙を浮かべて連音に微笑んだ。
何故そうなるのか、そして何を応援するのか。連音には一切分からず、脳内で軽いパニックが起きそうだった。

だが、一つだけ確信があった。

(こいつ、致命的な勘違いをしている……!)
そして、ここで止めないと後に大惨事を招くだろう、と本能で察した。
ただでさえ大問題を抱えたままなのだ。これ以上は本気で勘弁してもらいたい。
連音は知っていた。
この状態に陥った月村すずかを修正する事が、どれ程困難であるのか。

(―――覚悟を、決めるか)
きっと長い夜になる。そんな思いを抱きつつ、連音はすずかに向き直った。





リビングで、はやてはノエルの入れてくれた紅茶を飲んでいた。
「あれ?これって……?」
「ココナッツティーです。昨日送られてきまして……お口に合いませんでしたか?」
「いえ、美味しいです……良ぇ香りや」
鼻腔をくすぐる香りに、はやては嘆息した。
「ところで、はやてちゃん?」
「何ですか?」
向かいに座っている忍が口を開いた。
「今回、連音がこっちに来た理由……はやてちゃんは知ってるの?」
「いえ……でも、色々物騒な事みたいです」
「そっか……でも、連音が…竜魔衆が動くって事は、相当ヤバイ事態って事なのよね……」
「多分、そうやと思います」
そう答えて、はやては紅茶を一口啜る。
「辰守本家に聞いた方が良いのかなぁ〜?」
「それは止した方が宜しいかと。こちらに何も無かったという事は、それ相応の理由があるでしょうから」
忍が言うと、ノエルが答えた。
それを受けて、忍はソファーの背もたれにだらしなく寄り掛かった。
「そうよね〜……下手に突いて、宗爺様を怒らせたくないしね〜」
「あの方が怒ると、周囲3キロの範囲から動物が居なくなりますからね」
「あぁ、あれは凄かったわね〜。あのさくらが本気で怯えてるのなんて、初めて見たもの」
「一体何者なんですか、その人……?」
そして、さくらって誰だろうと、はやては心の中で付け加える。
「宗爺様は連音の祖父に当たる人よ」
「竜魔衆の頭領、辰守宗玄様の事です」
忍とノエルが説明をすると、はやての目が驚きに見開かれた。
「つ、連音君のお祖父さんって……そんな人の規格を外れた様な人なんですか!?」
「はい」
「そうよ」
あっさりと肯定する二人に、はやてはガックリとしてしまった。
人間じゃないんですか?と聞かれて、即答で肯定されては仕方ない事だ。
(でも、そんな人が傍におったから……あんなに強いんやろうなぁ)
そんな事を思いつつ、しかしはやては、連音より強い人物というのを想像する事も出来なかった。

「さて、と」
紅茶を一気に流し込んで、カップを置くと忍は立ち上がった。
柱時計を見れば、連音がすずかの部屋に入ってから二十分が経過していた。
「そろそろ、でしょうか……?」
「じゃ、行きますかね」
忍はそう言ってリビングを後にしようとする。その後にノエルも続いた。
「あれ?何処に行くんです?」
「そろそろ、すずかの方も何とかなった頃だろうと思ってね……はやてちゃんはここで待ってて?」
「いえ、わたしも行きます…!」
はやては急いで二人の後を追った。


忍はすずかの部屋の前まで来ると、軽くドアをノックした。
すると、あっさりとドアが開いた。
「あ、お姉ちゃん。はやてちゃん」
「あら。機嫌直ったみたいね?」
「あはは……ごめんなさい」
はやてが忍の後ろから部屋を覗き込むと――
「うわ……」
ケツを上げて突っ伏し、真っ白になった少年の姿があった。
慰めているのだろうか、黒金が前足で連音の頭を撫でている。
「何が、あったんや……?」
とりあえず、連音はすっごく頑張ったのだろう事は理解できた。


“ざんねん わたしの ぼうけんは これで おわってしまった”


“いやいや、そんなマイナーネタを念話せんでよ!?”
脳内でファ○コン的メロディーが流れたはやてが、即座にツッコミを入れた。
“………なんかもう、燃え尽きたよ”
“えっと……お疲様……”
はやてが労いの言葉を送ると、連音はゆっくりと頭を上げた。
「ニャ〜……?」
黒金は連音の顔に擦り寄ってきた。ノロノロと起き上がって黒金を抱き上げる。
「あぁ……この肉球に癒される………」
「にゃ〜ん」
「………」
はやてはその光景に、何とも言えないままでいた。
「はやてちゃん」
「ん?何や、すずかちゃん?」
「さっきはごめんね……変な誤解して取り乱しちゃって……」
「あぁ…気にせんで良ぇよ、そんなん……で、変な誤解て?」
謝るすずかにパタパタと手を振るはやて。するとすずかも安心した様に笑った。
「連音君とはやてちゃん……た・だ・の、お友達なんだよね〜?」
「……へ?」
はやては自分でも間抜けと思う声を出してしまった。
如何して、にこやかなのか。そして何故、『ただの』を強調したのだろうか。
“連音君、どんな話をしたんや?”
“どんなって……何か、変な誤解をしてるみたいだから……”
“だから……?”
“ただの知り合いというか……友人というか…そんなもんだって。本当の事は言えんし”
“………ほぉ”
“…ん?”
連音の顔に、はやてのジト目が突き刺さる。

「ま、ええわ……連音君やからな」
「…?」
はやての言葉がさっぱり分からず、連音は首を捻った。

ともあれ、すずかの機嫌も直った事で、連音は置き去りになった本題について考える。
(悩んでたのが、すっかり吹っ飛んだな……)
その事だけは感謝しつつ、連音は先に行ってしまったはやて達の後に続いた。

胸に猫を抱きながら、まずは今の状況を整理した。


現在の所、連音は守護騎士全員と対峙している。
しかし、それは戦場での話であり、八神はやての友人、辰守連音が会ったのはシャマルだけだ。
まずはここを注意する必要がある。
下手に名前や特徴を口にしないよう、心掛ける。

次に、はやてと守護騎士の関係を正しく把握する事。
はやてが主であるなら、騎士に蒐集を命じるとは思えない。その辺りに、今回の事件の根幹がある様な気がした。

だが、それを知る為にもはやてから騎士の事を、それとなく話を聞く必要がある。
変に勘の良いはやて相手にどう切り出すか、連音は考えた。
(やっぱり、こっちから話を振るのは危険か……?)
連音はとりあえず、様子を見る事にした。

リビングに戻った面々は、ノエルの入れ直した紅茶を飲んで、談笑をしていた。
連音も適当に会話をしつつ、様子を窺うが話の流れは連音の思う方には行きそうにない。

「――で、連音はどうするの?」
「――何が?」
いきなり忍に話を振られてハッとしたが、それを顔に出さずに聞き返す。
「だから、今夜は泊まっていくんでしょ?」
「う〜ん、どうしようかな……?」
ここは出直した方が良いかと、連音は考えた。
しかし、はやてとこうして会えた事もチャンスである。如何するべきか。

その時、連音のポケットから電子音が響いた。
連音が携帯電話を取り出すと、ディスプレイには『時空管理局』の文字があった。
「もしもし?」
『あぁ、連音君!?よかったぁ〜、無事で……』
「…?何ですか、それは?」
連音は電話越しに安堵の声を上げるエイミィに首を捻った。
『だって連音君……生きてたら、何て言うんだもん……!もう、艦長に何て言ったら良いか……』
「……まぁ、そういう状況でしたから」
興味深い視線を全員に送られ、連音は会話をしながら移動する。
すると、忍はそれを追い掛ける様に歩き出した。
鼻歌を歌いつつ、視線をそっぽ向かせたりしているが、全く意味が無い。
「ちょっと待って下さいね……忍姉ぇ……?」
「ん〜、な〜に?」
「こっち来んな」
「ほほう〜?つまり忍ちゃんに聞かれたくない、もしくは向こうに、忍ちゃんの声を聞かれたくない……と?」
「っ………」
どうしてこうも、この人は無駄に勘が良いのだろうか。

連音はフェイトから、エイミィ、なのはと共に何処かのスーパー銭湯に行った話を聞いた。
その時、エイミィが美由希と友達になった事や、アリサ、すずかとも顔見知りになった事を聞いていたのだ。
忍がその話をすずかから聞いている可能性は高い。

エイミィに聞かれる分はどうでも良いが、忍に聞かれるのは不味い。
その後で絶対に追及されるからだ、面白がって。

しかし、連音の思いとは裏腹に忍はキラーン、と目を光らせた。
「さては……電話の相手は女の子ねッ!!」
「「…ッ!?」」
「………」
某恐怖のツッコミ男張りに指を突き刺した忍の言葉に、少女二人のこめかみがピクリとし、連音は背中に冷たいものが伝った。
本当に、どうして(略)。
(しかも何で、すずかとはやての視線が冷たいんだ……!?)
二人にジト目を向けられ、忍はニヤニヤしながら追求をし、連音は頭が痛くなった。
とにかく事態の悪化を避けるべく、連音はさっさと電話を切る事を選択した。
「とにかくこっちは大丈夫です、明日の朝には帰りますから。じゃっ!」
捲し立てる様にそれだけを言い、エイミィが何かを言う前に電話を切った。
ふぅ、と深い溜め息を吐き、忍を見やる。
すっごく素敵な笑顔で、指をパチーンと鳴らした。
「ノエル〜!ベッドの用意、お願いね〜♪」
「はい、忍お嬢様」
「………はぁ」
もう一度溜め息。だが、その意味合いは大分違う。
チラリと視線をやれば、すずかの機嫌はすこぶる良くなっている。
はやてはやはり冷たい視線のまま、こちらを見ていた。

「…………はぁ」
もう、幸せのストックは無いかも知れない。

ノエルは以前連音が使っていた部屋のベッドメイキングに向かった。
「ところで、連音は何処で寝泊りしてるの?」
「言わない」
「なんでよー?」
言ったらバレるから。
などと言う事も出来ないので、適当に誤魔化す。
「忍姉には理由、分かるでしょうが」
「う〜ん……?」
忍はちょっと考える振りをし、「まぁねぇ…」と答えた。
流石に裏を知っているだけあって、忍はすぐに退いてくれた。
はやてもその辺りは知っているし、すずかも忍が言えば聞くだろう。

とりあえず、こちらでの問題はこれ以上は無さそうだった。




その頃。
「エイミィ。連音君と連絡はついた?」
「はい。明日の朝に戻ってくるそうです」
「あら、あの歳で朝帰りなんて……」
「電話の向こうで女の人の声がしてましたし……」
「まぁ〜」
「まぁ〜」
「「………」」
互いに顔を見合わせ、そして笑い合う。
「いやいや艦長。何だかんだで十歳ですよ?」
「そうよね〜。私ったらもう〜」
「もう艦長、しっかりしてくださいよ〜!」
「あら何、私だけ?エイミィだって……」


などと言う談笑を、廊下で聞いている人影があった。
「朝帰り………レンが……女の人の所……」
金髪ツインテールの少女は、胸の中に生まれるモヤモヤとした感覚に顔をしかめた。
そして同時に、件の少年に苛立った感情も抱いてしまった。
「……?」
フェイトはその意味が分からず、首を傾げた。





何処かで、また要らない問題が浮上しつつある事など知らない連音は、久しぶりの月村家のベッドの感触に嘆息していた。
何だかんだで、高級なベッドの寝心地は良く、連音はすぐに欠伸をしてしまった。
「ふぁあああ……ぁふ」
一日で色々と在り過ぎて、流石に疲れているようだ。
あの後、守護騎士に関する話に持っていく事は出来ず、はやては既にゲストルームに入ってしまった。
「まぁ、明日ノエルさんが送るって言うし、同乗させて貰うか」
ノエルが運転するなら、車内にははやてと自分だけ。
念話をしていても、勘繰られる事はないだろう。

ここから念話しても良いのだが、それをする口実が連音には無い。
下手に何かを自分からすると、墓穴を掘ってしまいそうな気がした。

(とにかく……覚悟だけは…しておかないと………)
はやての家に居るであろう守護騎士と、辰守連音として会う事の覚悟。
はやてが、闇の書の主であるという事の覚悟。

そして、最悪の事態の覚悟。


思考が、まどろんでいく。
とにかく今は。
「眠ろう……」
連音は瞼をゆっくりと閉じた。










秒針が、暗い部屋に鳴り続ける。
そんな中で、はやてはふと目を覚ました。
宛がわれたゲストルームは、はやて一人には広過ぎた。
「うぅ…!?」
はやては不意にもよおした生理現象に、軽い身震いをしてしまう。
貸してもらったカーディガンを羽織って、ベッドの脇に置かれた車椅子に乗る。

ドアを開け、廊下に出ると淡い照明だけが廊下を照らしていた。
ゴクリ。思わず息を呑んでしまう。
洋館風の造りの廊下はただ夜と人気が無いというだけで、言葉に出来ない不気味さを感じさせていた。

はやてはゆっくりと車椅子を動かした。
普段なら気にならない車輪の音が、異様に響いている気がする。
「………」
引き返したい。でも、トイレにも行きたい。
はやて葛藤しながらも、勇気を持って進んでいく。

大丈夫。月村家はトイレも広い。何せ、車椅子で入れるぐらいだ。
「何が大丈夫やねん……」
可笑しくなった自分の思考にツッコミを入れつつ、はやては更に進んでいく。

そうこうしながらトイレに辿り着き、不安を余所に無事に済ませる。
「ふぅ……これでわたしは、後五時間は戦えるわぁ……」
器用に車椅子に乗り、手を洗い、ドアを開ける。
そしてドアを閉じたはやてが方向転換をした瞬間。

「ーーーーーーーッ!?!?」
いきなり目の前に立っていた影に、声にならない悲鳴を上げた。




「……大丈夫か?」
「大丈夫やない。全っ然…!!」
はやては自分を脅かした人影 ―連音― に怒っていた。
正直、用を足した後で良かったと本気で思っている。
もしその前に来られていたら、八神はやて史上、最悪の汚点になっていただろう。色んな意味で。
「俺だって別に脅かす気があった訳じゃないぞ?たまたま、トイレに行こうかと思ったらお前が出てきたんだ」
「その割にはタイミング良過ぎやろ!?」
いまだドキドキする心臓の音に息を乱しながら、はやては連音をジト目を向けた。

明り取りの窓から見える月光は、冷たくも綺麗で。
それを二人で何気なく見上げていた。
「連音君……」
「――何だ?」
「何か……あの時見たいやね……?」
「あの時…?」
「ほら、病院で……」
「――あぁ、確かに」
大学病院の中庭での、月下の秘め事。
耽美なる、命の交差。

(あう……思い出したら恥ずかしくなってきたわ……)
(う〜む、結局誰だったんだろうか……俺達を病室に運んだのは……?)
しかし、思い出す出来事は全く以って触れ合わない。
ともあれ、二人にとっては掛け替えの無い思い出である。




冷たく煌く月光はとても綺麗で、二人はただ、それを見上げていた。

不思議と、連音の心は穏やかになった。


月光にその身を晒しながら、連音は思い出す。
母の想いと、父の言葉。

自らの世界を守る為に。


連音の世界にいる、この車椅子の少女を守る為に。


この想いだけは。
その願いだけは。


守り抜く為に、何者にも負けはしないと



あの夜、見上げた月にもう一度。
貫くべき思いを、強く誓った。
















まるで降って来る様な星空を、一人の女性が見上げていた。
肌を突き刺すような寒風にその身を晒しながら、しかし、それすらも彼女の心を揺るがしはしない。

「永久……?」
永久は後ろから声を掛けてきた人物に振り返った。
灯りの無い室内では、腰から下しか見ることが出来ないが、永久は声だけでその人物を判断できた。
「…姫様。まだ、起きておられたのですか?明日は御早いというのに……」
「それはそうですが……あなたもでしょう?ここ数日、寝ていないでしょう?」
「……もうすぐ、私の悲願が叶うのです。そう思うと、こう……色々と不安も、歓喜も、戸惑いも……」
「………そうでしたね。今は無き、夜天の書……星を失い、光を呑み込んでいく闇となったあれが……」
朱鷺姫の言葉に、永久が再び星空を見上げた。
「この時代。この世界で、闇は滅びる。その予言がもうすぐ……その時の為に」
「………あの子は、如何しているでしょうね?」
「夜天の王と、きっと出会えているでしょう。そうでなければ、困ります」


「予言に記されし、最後の夜天の王………八神はやて。お前は、如何なる最後をもたらす……?」
永久は静かに呟く。

















時空管理局の一室。
ギル・グレアムは幾つかのモニターを注視していた。
映し出されているのは、時の庭園での戦闘。

その最後、プレシア・テスタロッサと連音の戦いであった。

モニターを埋め尽くす紅蓮の海に、彼は戦慄を覚えていた。
思わず、息を呑み込んでしまう。
それは後ろで見ている彼の使い魔、リーゼロッテとリーゼアリアも同じであった。
「これは……凄いわね………」
「……化け物か、このガキは!?」
映像では連音が朱雀を放った瞬間にノイズが起こり、消えてしまった。
「こんなものではないよ……彼が、あの人の血縁者なら……」
「っ…?お父様…?」
「あの人って……?」
リーゼ達はグレアムの言葉に首を傾げた。

モニターを消して眼鏡を外し、溜め息をつきながら天井を見上げる。
「一度だけ、それを見た事がある……私がまだ、局に入ったばかりの頃だ………。
その時、管理局である大規模な作戦行動が行われていた。今での呼び名は第63管理外世界。その一惑星。
そこに封印されていたロストロギア。その封印を解こうとしている組織があり、その阻止と組織の壊滅。それが任務だった。
私も新米ながら、後方支援という事で作戦に参加していた……」
「それって………もしかして?」
「【アストリアの黄昏】……!?」
リーゼ姉妹はグレアムの言葉に、ハッとした。
惑星アストリアで行われた大規模戦闘。
それは歴史の教科書にも載るほどに有名な出来事だった。

アストリアに封印されていたのは、巨大機動兵器。
人の命を喰らい、惑星の命を喰らい、無限に破壊活動を続ける最悪の悪魔。
それは機動開始後、すぐに暴走。いや、それこそが正しい起動だったのかも知れない。
封印を解いた、その場に居た組織のメンバーを一瞬で喰らい尽くし、そして管理局との戦闘状態に入った。

多くの時空戦艦が沈み、生き残った三人の提督は艦隊を再編成し、最終作戦を決行。
そして現地時間17:30。
ついに機動兵器『ドラッセン』の破壊に成功した。


「そう……時空管理局と伝説の三提督。その名を広く次元世界に知らしめたその事件。
表向きは三提督の作戦によるものと云われているが、真実はそうではない。
確かに作戦は彼らによって立案され、行われたものだ。だが、その中心には一人の男がいたのだ。

全身に闇を纏ったような黒のバリアジャケット。そしてマントを翻す死神。

今でもその光景を覚えている………崩れ落ちた鋼の悪魔。その上に血と汗と泥にまみれながら立つその姿。
突き立てた剣を抜き、黄昏に振り上げたその背中に、その場に居た全ての者が興奮と歓喜の絶叫を上げ、それは世界を揺るがした。

影なる破壊者 −シャドウブレイカー− と呼ばれ恐れられた、管理局史上最初にして最強、そして最凶のストライカー。

名を、ソウジロウ・タツガミ。

彼こそがドラッセンの破壊を為した人物なのだ。
………尤も、その事実を知る者は当時、その場にいた者だけ。データも消され、彼の功績は闇に葬られた。
そして、彼もまた……その事件を最後に姿を消してしまったのだ……」

「「………」」
グレアムの言葉に、二人は驚き過ぎて何も言えなくなってしまった。
今やその影響力は多くの世界に及ぶ時空管理局。
それだけの規模となれば多くの人材がここにはやって来ている。

だが、それでも尚、最強といわれる人物。
その血縁者と思われる少年。
「だ、だけどお父様……あの子はそのソウジロウという人じゃないよ!?そんな……」

「そうです。そこまで気に掛ける事は……」
「確かにその通りだ……。だが、彼はまだ成長過程にある……今でも充分、一級のストライカーと呼べるレベルだ。
それが今後どうなるか……想像に難くないだろう………」
「………」
「それは……」
「彼らは管理局の魔導師とは根本から違う。戦闘のプロフェッショナルにして、闘争のスペシャリストだ。
敵対する者に一切の容赦が無いその戦い方は、脅威の一言だろう………だが」
グレアムが空間モニターを再び起動させると、そこには幾つものデータと共に映る一本の杖があった。
全体が淡い蒼色をし、正面から見れば槍のように見え、横から見れば猛禽類の嘴の様に見える。

「デュランダルも、もうすぐ最終調整が完了する……どのような事態が起きようと、止まる訳には行かない」
「―――はい、お父様」
「もう、あんな事を………起こさせない為に……!」















願いと想い。過去と未来。
全ては、一冊の魔導書を中心に、交わり、交差していく。










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