新たな力を手に、少女達は戦場に舞い戻る。
心ある機械達は、自分達の誇りを取り戻す為に。
使い手達は、未だ見えない真実をその手にする為に。
そして一人の少年は、その先にある残酷な事実を知らぬままに。
魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー
第八話 約束は闇の彼方に(前編)
「強装型の捕獲結界…ヴィータ達は閉じ込められたか……?」
夜風に髪を流しながら結界を見下ろし、シグナムは言った。
“行動の選択を”
愛剣の言葉にシグナムは不敵に笑った。
「レヴァンティン、お前の主はここで退く騎士だったか?」
“Nein”
「そうだレヴァンティン…!私達は今までも、ずっとそうしてきた…!」
困難を前に退かず、劣勢にあっても前に。
迫る敵を正面から切り払い、迫る刃を真っ向から打ち砕く。
それこそが騎士の誇り。いや、魂そのものだ。
シグナムはレヴァンティンのカートリッジを爆発させ、刃に炎を纏わせる。
キッ、と結界の境面を睨みつけ、そして―――。
「ハァアアアアアアアアッ!!!」
一気に突貫した。
新バリアジャケットを身に纏ったなのは達が、屋上に降り立つ。
守護騎士を見据え、フェイトが言った。
「わたし達はあなた達と戦いに来たんじゃない。まずは、話を聞かせて?」
「闇の書の完成を目指している理由を……!」
しかしヴィータは、それを嘲笑うような態度で、なのは達に返した。
「―――あのさぁ、ベルカの諺にこういうのがあんだよ」
ザフィーラの視線もヴィータに向いた。
良く見ないと分からないが、少し不安さが浮かんでいる。
「『和平の使者なら、槍は持たない』ってな」
「……?」
「………??」
なのはとフェイトは顔を見合わせて、互いに首を傾げた。
ヴィータが一体何を言いたいのか、さっぱり見当が付かないからだ。
それを察して、連音が言った。
「つまり、『話し合いって言ってて、何でお前ら武器持ってんだよ、バーカ』と言いたいようだ」
「ヘッ、分かってんじゃねえか、覆面ヤロー」
「だが、惜しむらくはそいつは諺ではなく、小話のオチだという事だな」
連音は覆面の下で、「フッ」と笑い飛ばした。
「ヌグッ…!」
その指摘にヴィータが真っ赤になる。
「確かに、それは小話のオチだ」
更にザフィーラも、容赦なくツッコミを入れた
「あーっ!うっせえ!!良いんだよ、細かい事は!!」
「大体、いきなり有無を言わせず襲ってきた子がそれを言うの?」
「普通は言えないよね?」
なのはとフェイトが更に追い打ちを掛けた。
「ダーッ!うるせぇ、うるせぇっ!!」
四面楚歌のツッコミ地獄に、ヴィータが癇癪を起こした。
その時、空から紫電が別のビルに向かって落ちた。
「「―――!?」」
「あれは……シグナム!」
白煙の中、焼け焦げた屋上に立つ剣士の姿に、フェイトの顔色が変わる。
シグナムはゆっくりと辺りを見回し、状況を掴む。
(数が多い上……竜魔もいる、か。それにあの二人、デバイスが変わっている……?)
歴戦の勇士としての勘が、警報を鳴らす。
先の様には決して行かない、と。
だが、騎士の誇りはそれを打ち破ってこそある。
「ユーノ君、クロノ君、連君!手を出さないで!!わたし、あの子と一対一だから!!」
「ッ…!」
ヴィータがギリ、と歯軋りする。堂々とサシの勝負を挑まれた以上、逃げることは出来ない。
(おもしれぇ事、言ってくんじゃねえか……!)
「……マジか?」
「………マジだよ」
「つーか、フェイトもやる気だぞ?」
連音に言われ死線を動かせば、フェイトはシグナムを強く見据えていた。
“アルフ、わたしも……彼女と…!”
「あぁ、アタシも野郎に…ちょいと話がある……!」
「む…?」
アルフが上空のザフィーラを睨んだ。
「なっ、フェイトにアルフまで…!?」
「まぁ、なのはは血筋だから仕方ないが、フェイトまでとはな……」
「ちょっと、何でわたしは仕方ないの!?て言うか、血筋って何っ!?」
連音が溜め息雑じりで首を振ると、なのはからデカい声でクレームが入った。
両腕をバタバタさせ、本気で抗議をしている。
連音はキョトンとして、そしてパタパタと手を振った。
「気にするな」
「するよ!思いっきり!!」
「じゃあ、気にしてろ」
「何で居直るのっ!?」
「テメェら…やる気、あんのかぁッ!?」
「あなたは黙ってて!!こっちはお話中なのッ!!」
「な…ッ!ザケんな、コラァッ!!」
「漫才は後にしろ!」
唐突に起こったトリオ漫才を、クロノが止めた。
頭に四つ角が立っている辺り、本気で怒っている様だ。
「……連君、後でお話だよ?良いよね……?」
「覚えてたらな?」
なのはがチョットむくれているが、それに気が付かないフリをする。
「ヴィータ」
「わぁってるよ!!」
シグナムに促され、ヴィータも臨戦態勢に入る。
数の有利を捨てた、一対一の構図は既に完成されてしまっており、クロノは思考を切り替える。
ユーノと連音に念話が届く。
“こっちが自由に動けるなら、都合が良い面も有る。僕ら三人で手分けして、闇の書の主を探すんだ”
“闇の書の…?”
“連中は持っていない。恐らく、もう一人の仲間か主かが、何処かにいる”
“確かに、前みたく近くで様子を窺っている可能性はあるな”
“僕と連音で結界の外を探す。君は中を”
“―――分かった”
“よし。戦闘開始に合わせて動くぞ?”
三人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
“Master”
「え…?」
“Please call me 『Cartridge load』”
「うん…!」
促されて、なのはが頷く。
レイジングハートを振りかざし、命じる。
「レイジングハート!カートリッジ、ロード!!」
“Load Cartridge”
その言葉を受け、スライドパーツが駆動し、マガジンから弾丸が送り込まれる。
そしてパーツが戻り、同時に弾丸が爆発した。
「っ…!」
レイジングハートを介して、強力な魔力が全身に満ちていく。
“Ser”
「うん、わたしもだね?」
続いてフェイトもバルディッシュをかざし、命じる。
「バルディッシュ!カートリッジ、ロード!!」
“Load Cartridge”
コッキングパーツが駆動し、露になった弾倉が回転する。
そして一気に戻って、ハンマーが弾丸を爆発させた。
「ッ……!!」
全身に感じる魔力に、フェイトの心が高揚感を覚えた。
「やはりカートリッジシステムか……気をつけろ!」
「言われなくても…!」
ヴィータがアイゼンを構え、ザフィーラもその拳を握る。
「………」
シグナムは八相の構えを取り、フェイトを真っ直ぐに捉えた。
僅かな均衡。そして、全員が計ったように一斉に動いた。
それぞれが戦うべき敵に。クロノと連音は結界の外に。ユーノは結界の中心部に。
“発見したら、すぐに連絡を入れろ?”
“そっちこそ、忘れるなよ?”
結界を抜けた二人はそれぞれ逆方向に飛んだ。
なのはがヴィータを追い、全力で飛翔する。
「何だよ、結局やんじゃねぇか!何が話し合いだよ!!」
「わたしが勝ったら、話を聞かせてもらうから!良いね!?」
なのはが拳を握り、ヴィータに叫んだ。
「ッ!やれるもんなら――」
ヴィータが急停止し、振り返る。同時に突き出した手の指の間に、四つの鉄球が生まれる。
それを見て、なのはも足を止めて構える。
「――やってみろよ!!」
ヴィータが腕を振るうと、四つの鉄球が空中に浮かび、一回り大きくなる。
“Schwalbe Fliegen”
ヴィータがアイゼンを振るい、鉄球と一撃の下に打ち放つと、僅かな曲線を描き、なのはに向かって襲い掛かった。
“Axel fin”
なのはにぶつかる直前、レイジングハートが即座に回避行動を取った。
大きくなった足の翼が羽ばたき、一瞬で上空に上がった。
(速ぇ…!?)
ヴィータは即座に接近戦に切り替える。
「アイゼンッ!!」
“Explosion,Raketen Form”
カートリッジが爆発し、ハンマーがスパイクとロケットブースターに変形する。
「でぇぇぇぇぇぇぇいッ!!」
ブースターが点火し、一気に回転。そのまま加速して、遠心力を加えた一撃を振るった。
「――っ!」
“Protection Powered”
なのはは手をかざしてバリアを展開する。それにスパイクが直撃するが、それ以上進まない。
一度は破られたバリアだったが、火花を散らしながら押さえ込んでいた。
「か、堅ぇ……!?」
「ほんとだ……!」
どれ程に力を入れても、スパイクはバリアを食い破る事が出来ない。
その強固さに、なのは自身も驚いてしまう。
“――先程”
「あん…!?」
“やれるものならやってみろ、と言いましたね?”
「れ、レイジングハート……?」
突然の言葉に、なのはは少し嫌な予感を覚えた。
“では、やらせてもらいます……派手に”
「「――ッ!?」」
“Barrier Burst”
バリアに中心部に向かって波紋が起こり、そして轟音と共に爆発が起こった。
バリアを爆発させて、距離を一気に離す。砲撃魔導師であるなのはが、射撃距離を取るためのものだ。
「ウワッ…!!」「キャア…ッ!!」
しかしかなり派手な爆発で、ヴィータもなのはも容赦無く吹っ飛ばされた。
「うぅ〜、本当に派手だよぉ〜!?」
“問題ありません”
なのははどうにか態勢を立て直す。
“それよりも撃って下さい『Accel Shooter』を”
「うん…!」
レイジングハートを構え、魔法を起動させる。
「アクセルシューターッ!!」
“Accel Shooter”
足元に魔法陣が展開され、そしてトリガーを引く。
「シューーーートッ!!」
その瞬間、レイジングハートから魔力弾が実に十二発、同時に発射された。
「「―――ッ!?」」
なのはは自分の魔法の変わり様に驚き、ヴィータから見た光景は、まるで花火のようであった。
“コントロールをお願いします”
「っ……!」
なのはは目を閉じ、意識を研ぎ澄ます。
そして、放たれたアクセルスフィアの全てを、自分のコントロール下に置いた。
放射状に広がったスフィアは軌道を変え、その全てを以ってヴィータを閉じ込める。
逃げ場の無い完全包囲。しかし、ヴィータがそれを嘲笑った。アイゼンをハンマーに戻す。
「アホか!こんな大量の弾、全部制御できる訳が―――」
ヴィータがその手を振るう。すると、先刻打った鉄球がコントロールを取り戻す。
「ねぇだろッ!!」
四つの鉄球が、コントロールに集中して動けないなのはに向かって襲い掛かった。
四方から襲い掛かる鉄球。だが、なのはは動かない。
“――出来ます”
ヴィータの嘲笑に、レイジングハートが反論する。
“―――私のマスターなら”
一切の疑いの無いレイジングハートの言葉に、今度はなのはが答える。
「…ッ!」
レイジングハートから届く情報を基にアクセルスフィア四つ、別にコントロールする。
それはなのはに向かって飛翔し、一瞬で鉄球を打ち砕いた。
「な――っ!?」
ヴィータの表情が変わる。
これだけの魔力弾をコントロールして、同時に鉄球を全て正確に迎撃した。
ヴィータの予想を遥かに超えた魔力コントロール技術だった。
「約束だよ!?わたし達が勝ったら、事情を聞かせてもらうって!」
なのはが、手を真上にかざした。br>
「アクセル――!」
「チッ…!」
“Panzer Hindernis”
攻撃に先んじて、ヴィータが多面体型のバリアを張る。
しかし、それに構わずなのはの手が振り下ろされた。
「――シュートッ!!」
アクセルスフィアが軌道を一度大きく取り、そして一斉に襲い掛かった。
シールドに弾かれながら、しかし威力を落とす事無く、何度もぶつかって行く。
「――ッ!?」
際限ない連続攻撃に、シールドに亀裂が走った。
それは次々に生まれ、段々と大きくなっていく。
(クソ……このままじゃ直撃喰らっちまう…だったら!)
ヴィータがグラーフアイゼンを構える。
「アイゼン!シールドブレイクッ!!」
“Jawohl”
アイゼンの声と同時に、バリアが砕け散り、その衝撃でスフィアが弾き飛ばされる。
先刻なのはがやった事を、そのままやり返したのだ。
その隙を突き、一気になのはに突撃する。
“Master”
「ッ…!?」
既に眼前で、ヴィータがハンマーを振り上げていた。
「オラァアアアアッ!!」
“Flash Move”
その一撃を、一瞬の加速で回避する。
なのははレイジングハートを構え直し、アクセルスフィアがその周囲に八つ浮かんだ。
シールドブレイクの衝撃で、いくつか消滅したようだ。
「へっ、ちょっとはやるじゃねえか……!!」
そしてヴィ−タもアイゼンを構え直す。
二人の戦いは始まったばかりだ。
ビルの壁を蹴り、二つの光がジグザグに激しくぶつかり合う。
金色の光と紫の光。フェイトとシグナムだ。
そのまま上空に躍り出た二人は、互いの刃を大きく振り被った。
フェイトは頭の中で、連音との訓練を思い出しながらバルディッシュを握る手に力を込めた。
(柄の先にまで意識を通して……円を描くように、手だけじゃなく腰の回転で……全体重を乗せて!!)
「ハァアアアアアッ!!」
「破ぁああああああっ!!」
気合と共に振り下ろされた一撃がぶつかり合い、火花を散らす。
前の戦いでは、レヴァンティンを受け切れなかったバルディッシュだったが、今度こそそれを受け止めた。
「ッ…!!」
拮抗した力が、互いの刃を震わせる。
単純な腕力なら、シグナムに軍配が上がるだろう。
だが、フェイトの構えは以前のそれとは違っていた。
(前よりも鋭く、重い……!)
シグナムは、短期間で目覚しい成長を遂げたフェイトに驚きを覚えた。
振るわれる攻撃は基本に忠実。それ故に彼女の努力の姿が見える。
僅かな競り合いから、互いを弾くように間合いを離す。
即座にシグナムは剣を振り抜く構えを取った。
そして、フェイトも生まれ変わった攻撃魔法を構える。
“Plasma Lancer”
足元に魔法陣が展開され、フェイトの左右に四つずつ、環状魔法陣とその中心にスフィアが形成される。
「プラズマランサー……ファイアッ!」
フェイトが掛け声と共にバルディッシュを振るうと、スフィアが一斉に発射された。
それはランサーの名の通り、短い槍先のような形状で、高速でシグナムに襲い掛かった。
シグナムは紅蓮を纏わせた魔剣を構えたまま、間合いを測る。
「ッ!つぇぁああっ!!」
眼前に迫った瞬間、裂帛の気合と共にレバンティンが振り抜かれ、一刀で全てを弾き飛ばした。
そのままシグナムの後方にランサーが飛んでいく。が、その動きがピタリと止まった。
「――ターンッ!」
フェイトが号令を出すと、全てのランサーが一斉に反転、環状魔法陣から再び撃ち出された。
「――ッ!?」
シグナムが周囲を見回すと、既にランサーが迫っていた。
真上に急上昇し、それを回避する。が、すぐにランサーはそれを追って三度発射された。
(追尾型…!?厄介なものを……!!)
「レヴァンティン!」
“Explosion,SturmWinde”
シグナムはカートリッジを爆発させ、強大な炎を生み出した。
“Blitz Rush”
バルディッシュが更にランサーを加速させ、同時にフェイトも急上昇する。
「でぇええええい!!」
振り抜かれた魔剣の炎が壁となり、雷撃の槍を尽く焼き払った。
「…っ!!」
一撃で全てを消された事にフェイトは驚くが、既に自分は攻撃射程に入っている。
「――ッ!」
シグナムが振り返った時、既にフェイトは目の前で、バルディッシュを振り上げていた。
“Haken Form”
バルディッシュのカートリッジが爆発し、ヘッドパーツが九十度駆動する。
そこに生み出される金色の刃。そしてそれを支える三枚の羽。
全てを切り裂く、新たなる死神の鎌だ。
回避も防御も間に合わないと判断したシグナムは、更にカートリッジを爆発させる。
“Schlange Form”
ダイヤルパーツが動き、刃は連結刃へと姿を変えた。
魔力刃が刃の鞭と真正面から激突し、爆発を起こした。
そこから飛び出すようにフェイトが現れ、同時に爆煙の向こうにもシグナムが現れた。
煙が風に流れて消えていく。
その風にマントが揺れ、フェイトの左腕に二つの痣が見えた。
押さえ切ったと思ったが、刃はフェイトの腕を掠めていたのだ。
そしてシグナムは、騎士服の胸部は大きく斬り裂かれ、その下の肌が露になっていた。
幾ら状況が向こうにあったとはいえ、こうも大きく差し込まれたという事実は、シグナムには信じ難い事実だった。
だが、すぐにそれは消え、同時に体の奥に熱いものを感じる。
「――強いな、テスタロッサ」
レヴァンティンを両手で握り、構える。
“Schwert Form”
「それに、バルディッシュ……!」
認めよう、眼前に立つのは列強の戦士。
讃えよう、新たなる強者の力を。
“Thank you”
「あなたとレヴァンティンも……シグナム…!」
フェイトの口元が僅かに微笑を浮かべる。
“Danke”
戦士からの賛辞に、魔剣が礼を返す。
シグナムの口元にも微かに笑みが浮かんだ。
永き時の果て、これ程の使い手と巡り会えた幸運に心が躍る。
だが――それは同時に不幸でもあった。
「この身に成さねばならぬ事が無ければ、心躍る戦いだった筈だが……仲間達と我が主の為、今はそうも言ってられん」
シグナムの手に鞘が出現し、それに刃を納める。
そのまま居合いの形に構えを取った。
「殺さずに済ます自信はない……。この身の未熟を、許してくれるか?」
シグナムの足元にベルカ式の魔法陣が輝く。
「――構いません」
フェイトはバルディッシュを構え直す。
「―――勝つのは、わたしですから」
「っ…!」
愚問を言ったと、シグナムは己を恥じた。
全力を以って戦う戦士に、何を自分は言っているのだ。
信じるのは己が勝利。
それだけが、互いの共通の思いなのだ。
「―――行くぞ!」
シグナムは一気に飛び掛かった。
クロノと連音はそれぞれ、結界の外で闇の書を探していたが、いまだ発見には至らなかった。
“こちらクロノ。どうだ、そっちは?”
“似たり寄ったりだ。もしかしたら、まだ来てないのかもな?”
“遅れているというのか?”
“シグナムだって後から来ただろう?別行動をしていて、こっちに向かっている途中なのかもしれない”
“そうだな……その可能性もあるな”
“もう一度、辺りを捜索し直そう”
二人は改めて周囲の捜索に入った。
その同時刻。
とあるビルの屋上に、神官衣にも似た騎士服を纏ったシャマルが到着した。
その手には、剣十字の魔導書があった。
結界内部。
ビルのガラスが次々に爆発し、破片が飛び散っていく。
その中で、アルフとザフィーラが激突していた。
「オラァアアアアアッ!!」
「グゥウウ…ッ!!」
アルフの魔力を込めた拳が、力任せに叩きつけられる。
それを両腕でブロックし、バチバチとバリアがスパークする。
「デカブツ!アンタも誰の使い魔かっ!?」
「ベルカでは、騎士に仕える獣を使い魔とは呼ばぬッ!主の牙、そして盾…!守護獣だぁッ!!」
「同じような……もんじゃんかよぉおおおおッ!!」
アルフが咆哮し、更に拳を叩きつける。バリアが砕かれ、爆発。その瞬間、ザフィーラが大きく飛び退いた。
クロノの攻撃を喰らった事が、ここに来て大きなハンデとなっていた。
痛む両腕と共に、戦局を気にする。
上空では、ヴィータがなのはの追撃を受けている。
違う所では二つの閃光が、幾度もぶつかり合っていた。
“状況は余り良くないな……シグナムやヴィータが負けるとは思わんが、ここは退くべきだな……”
“シャマル、何とかできるか?”
ビルの屋上にいるシャマルは、眼前の状況に手出しできないでいた。
“何とかしたいけど、局員が外から結界を維持してるの。私の魔力じゃ破れない…!
シグナムのファルケンか、ヴィータちゃんのギガント級の魔力を出せなきゃ……!”
“二人とも手が離せん。止むを得ん、あれを使うしか”
ザフィーラの言にシャマルの表情が曇った。
“分かってるけど、でも……!”
“あれ”を使うリスクは、けして軽くはない。出来る事ならば、使いたくはない。
だが、状況はそれを許すものではなかった。
迷うシャマル。
それが、決定的な隙となった。
「――ッ!?」
“シャマル?どうした、シャマルッ!?”
異変を感じ取り、ザフィーラが何度も呼びかけるが、シャマルは答えなかった。
いや、答えることが出来なかった。
その背には、刃が突きつけられていたのだ。
「ここまでだな」
くぐもった声が、背後から届けられた。
『よっしゃあ!連音君、グッジョブッ!!』
通信を入れたままなので、エイミィの歓喜の声が届く。
「連音が押さえたのか!?」
『うん!急いで向かって!』
「了解…!」
現場はすぐ近くで、クロノはすぐさまそこに向かった。
「抵抗をしたければするが良い。だが、その細指一本動かす間に、俺はお前の首を切り落とせる。試してみるか…?」
連音は明確な殺意を、その背にぶつける。連音自身にそんな気は無いし、闇の書を押さえる事が第一だ。
既にその目的は、達せられているのだ。
「っ……」
シャマルは自分の迂闊さを呪った。
管理局の手勢は、軽く自分達の倍はいる。シグナム達が一対一で戦っているなら、残るメンバーは捜索をしていると考えられた筈だ。
そこに考えがいかなかった事と、こんな目立つ場所に立っていた事が最大のミスだった。
闇の書は自分が持っている。せめて書だけは逃がしたいが、それを許す相手ではないだろう。
チェックは掛けられたのだ、完全に。
「ゆっくりと両手を上げ、こちらを向いてもらおうか?」
「………」
シャマルは為す術なく、その指示に従わされる。
それでも、せめてもの抵抗と、出来るだけゆっくりと振り返るよう努める。
一秒でも時間を掛ければ万が一、億が一にでも何かが起きるかもしれない。
そんな奇跡にしか、シャマルは期待するしかなかった。
(何だ……何処かで………?)
連音は内心の動揺を隠していた。
その後ろ姿を間近で見て、何処かで見た気がしたのだ。
眼前の敵はゆっくりと振り返る。
せめてもの抵抗と言わんばかりに、本当にゆっくりと。
その時、風が吹いた。
それに乗って覆面越しの鼻腔に届く香り。
(…ッ!?)
連音の心がざわめき始める。
その香りを連音は極最近、嗅いだばかりだった。
「まさか」という思いと、「こんな匂い、どれほどでも有る」という思いがせめぎ合い、心臓が早鐘になる。
連音の視線は敵の顔に注がれていた。ブロンドの髪が風に流れ、横顔を隠す。
もどかしさを必死に抑えながら、連音は注視した。
そして、ついに敵はその顔を連音に晒した。
そこにあったのは『八神はやての家族』、シャマルの顔であった。
「…………ッ!?」
連音の瞳が、驚愕と困惑で大きく見開かれる。
思考が凍りつき、意識が止まる。眼前の事実を、連音は受け止められないでいた。
“主!”
「――ハッ!?」
琥光の叫びに、連音の思考が引き戻される。
聞こえたのは、何かが地面を蹴る音。
とっさに跳び退くと、そこに鋭い一撃が打たれ、大気を爆ぜさせた。
「何…ッ!?」
混乱する連音。しかし敵は容赦なく攻撃を仕掛ける。
「ハァァッ!!」
現れた白い影は一瞬でその身を切り返し、連音を蹴り飛ばした。
「ウァアアッ!?」
吹っ飛ばされた連音の体が向かいのビルの窓を突き破り、室内のデスクを薙ぎ倒していく。
壁に叩きつけられ、その衝撃で連音の上に棚が倒れこんできた。
「ぐぁ――」
轟音が、外にまで響き渡った。
「な…仲間だと……!?」
クロノは連音が目前で蹴り飛ばされ、それを為した乱入者に困惑した。
それは臨時本部でも同じで、リンディはモニターの前で驚いて立ち上がり、エイミィはコンソールを必死に操作していた。
『エイミィ、今のはっ!?』
「分かりません!こっちのサーチャーには何の反応も……何で!?どうしてっ!?」
いきなりの光景にシャマルは呆然としていた。
今、目の前には蹴り足をそのままにした、仮面の男が立っていた。
その足からは白煙が揺らめき、威力の程を物語っていた。
「あなたは……?」
しかし仮面の男はシャマルを一瞥すると、クロノに視線を向けた。
「使え」
「えっ…!?」
「闇の書の力を使って、結界を破壊しろ」
「でも、あれは……!」
「使用して減ったページは、また増やせば良い」
その言葉にシャマルは内心で驚いた。
闇の書完成前の、力の使用のリスクを何故知っているのか。
「仲間がやられてからでは…遅かろう?」
問いただそうとした所に、仮面の男の一言。それにシャマルはハッとした。
どういう意図があるかは分からない。だが、この機を逃せば自分達は負ける。
それだけは事実だ。
しばしの逡巡。そしてシャマルは決断した。
“皆っ!今から結界破壊の砲撃を撃つわ!上手く躱して撤退を!!”
“オォッ!!”
全員の声を聞き、シャマルが闇の書を眼前に構える。
「ッ!?何を……っ!?」
「悪いが、行かせる訳にはいかん」
クロノがシャマルに向かって行こうとしたその前に、仮面の男が立ちはだかった。
「何者だ…!?連中の仲間か…!?」
「………」
「ッ!答えろッ!!」
クロノはS2Uを構える。
しかし、仮面の男は構えも取らないまま、静かにクロノを視界に捉えるだけだった。
S2Uの先端に光が生まれ、クロノが一気にそれを振るった。
“Stinger Snipe”
杖の先端から青白い飛燕が飛び立ち、孤を描いて仮面の男に迫る。
「―――」
男はそれを後方に飛んで躱す。それを追い、飛燕が更に舞い踊った。
しかし、その軌道は完全に見切られており、ただ虚しく空を切るのみだった。
「クッ…!スナイプショットッ!!」
スナイプを上空で束ね、加速させ撃ち放つ。
「――ッ!」
それを待っていたかのように、仮面の男が一気にクロノに迫った。
S2Uを拳で弾き、そのまま足を振り上げ――。
「フッ!」
――振り下ろした。
「グッ……ァアッ!!」
無防備になったクロノの体に踵がめり込み、そのまま地面に向かって蹴り落とされた。
その隙にシャマルが書を開いた。
足元に巨大な魔法陣が生まれ、輝きが強大になっていく。
「ぐ……あぁ…っ!」
自分の上に倒れた棚をどかし、連音は立ち上がる。
どうして彼女がここにいるのか。
彼女は今日はやての家に居る筈なのに。
そもそも、どうして闇の書をその手にしているのか。
その何もかもが浮かび、そして意識がそれを思考する事を拒絶する。
「ぐっ…!」
腹部に走る痛みに、顔が歪む。
そして、その痛みが連音を現実に引き戻す。
割れて散ったガラスを踏みながら、連音は入って来た窓辺に向かった。
外では丁度、クロノが仮面の男に蹴り落とされた所だった。
「クロノ…っ!」
連音はビルの屋上を見やった。
そこでは緑色の魔力光が輝いていた。
どちらに向かうべきか、連音は一瞬迷った。
「……!」
その時、脳裏に過ぎったのは、優しい笑顔の少女と共にいるシャマルの姿だった。
「クソ…ッ!」
連音は心の内で舌打ちした。
何も分からないままで、今の自分にシャマルが斬れるのか。
―――出来る筈がない。
「ッ……!」
心の中に生まれた淀みが、謎の敵に向けられる。
連音はフロアを蹴って、一直線に飛んだ。
「ハッ…!?」
「うぉおおおおおおッ!!」
その気配に仮面の男が振り返るが、連音は構わずに拳を打った。
拳から、重い物にぶつかった感触が届く。
「ク……ッ!」
「ぐぅ…っ!」
仮面の男の腕が、連音の拳を受け止めていた。
「破ぁっ!!」
「でぁあっ!!」
すぐさま連音が蹴りを放ち、同時に仮面の男も蹴りを打つ。
ぶつかり合い、空気が爆ぜる。
「ぅぐ…っ!?」
仮面の男が僅かに呻く。
蹴り足から衝撃が内部に響き、男の足にダメージを与えたのだ。
御神流 基本三技の一つ、徹。恭也との訓練の中で盗み、会得した技だ。
連音は更に徹を込めた拳を打つ。
「ぐぁ…っ!」
それを仮面の男が掌で受け止めるが、衝撃が突き抜け、苦悶の声が零れる。
「おぉああああっ!!」
更に蹴りを打つが、仮面の男は大きく飛び退いて躱した。
その瞬間、真下から仮面の男に砲撃が襲い掛かった
「チィッ!」
仮面の男が大きく飛び退いた。
そして、クロノが連音の高さまで上がって来る。
「どうして向こうに行かない…!?」
「……正体も目的も不明なら、こっちが優先だ」
尤もらしい言い回しだが、嘘だ。
ただ、この胸の淀みを吐き出す相手を見つけただけ。只の八つ当たりと変わらない。
だがそれでも、連音が琥光を抜き放って構える。
「なら、守護騎士は僕が押さえる…!」
クロノがシャマルに向かって振り向いた時、閃光が撃ち放たれた。
「闇の書よ、守護者シャマルが命じます…!眼下の敵を打ち砕く力を、今ここに!撃って、破壊の雷っ!」
闇の書から黒い雷光が放たれ、それが結界の上部で黒雲を呼ぶ。
そして、豪雷となって結界に降り注いだ。
結界の境面に波紋が広がっていく。
それを見上げ、シグナムはフェイトに向き直る。
「すまん、テスタロッサ。この勝負、預ける……!」
「ッ!?シグナム…!」
フェイトが動くよりも早く、シグナムが飛び去る。
それを追おうとしたが、閃光がフェイトの眼前を抜けた。
一瞬、足を止められただけだったが、既にシグナムは彼方だった。
ヴィータがなのはを強い眼差しで見据える。
「ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士ヴィータ。…アンタの名は?」
その眼差しに、やはり強い眼差しでなのはも返す。
「なのは……高町なのは…!」
「ッ!?高町…!?」
「ふぇ…?」
「あ、ぐ…!と、とにかく勝負はお預けだ!次は……適当にぶっ飛ばす!!」
「えっ!?適当って……ヴィータちゃん!?」
なのはの制止を無視して、ヴィータは一直線に飛び去る。
(タカマチ……まさかアイツって……恭也の…!?)
ギリ、とヴィータが歯軋りした。
「仲間を守ってやれ!直撃を受けると危険だ……!」
ザフィーラは追撃してくるアルフに、振り返りながら言った。
仲間どころか、敵の心配をする言葉に、アルフはキョトンとした。
「え…?あ、あぁ……」
そのままザフィーラは上空に飛び去る。
アルフはザフィーラを追うのを止め、なのは達の方に向かった。
「不味い…!広域防御……!!」
ユーノは上空を見上げ、事態の危険性を察知し、防御魔法を展開させる。
「フェイト!なのは!」
「っ!アルフさん!」
「こっちに!シールドを張る!!」
「分かりました!!」
なのはとフェイトがアルフの傍に寄ると、上下を挟むようにシールドが展開される。
そして、三人を包むように緑色の光が現れた。
「これって、ユーノ君!?」
“うん。三人とも動かないで…来るよっ!!”
その声の直後、豪雷が結界を突き破り、大地に降り注ぐ。
凄まじい爆発と、閃光が全てを呑み込んでいった。
閃光が闇の書から放たれたと同時に、シャマルは転移魔法を使い逃走した。
クロノが止める間も無く、転移の光は夜空に消えた。
「ハァアアッ!!」
「おぉおおおおっ!!」
連音の斬撃が仮面の男の腕を掠め、仮面の男の手刀が連音の肩を掠める。
すぐさま刃を返すが、その腕を押さえられ、膝蹴りを打ち込まれる。
「ッ…!?」
「ぐぉおおおおああッ!!」
膝蹴りを掴み、その膝を全力で握り潰そうと力を込める。メキメキという音が、膝から鳴る。
「ッ!グアァアアアアア……ッ!!」
激痛に悶え叫びながらも、仮面の男の拳が連音のこめかみに拳を叩き込んだ。
ガツン、という衝撃と共に連音の体が流れた。その機を逃さず、仮面の男が連音をクロノ目掛けて大きく蹴り飛ばした。
「グァッ!!」
「ッ!うわぁッ!!」
クロノはそれを躱す事も出来ず、まともにぶつかってしまった。
その隙に、仮面の男も転移魔法を発動させる。
「待てッ!!」
連音をどかして、杖を構えたクロノが叫ぶ。
それを見下ろし、仮面の男が口を開いた。
「今は動くな…!それが正しいと、すぐに分かる……!」
「っ!?何だと……!?どういう意味だ!!」
クロノが更に叫んだその瞬間、結界が破壊され、その余波が町中に烈風となって吹き荒れた。
「クッ……!」
そして、風が消えた時には仮面の男もまた、消え去った後だった。
「クソ……逃がしたか……」
既にエイミィからはサーチ失敗の報告が来ている。
あれだけ派手にやられたのだ。仕方ない事だった。
だが、クロノの視線は別の意味で厳しいものだった。
(時を待て……?それが正しい……?どういう事だ?)
仮面の男は、明らかに騎士達に味方していた。
時とは、闇の書の完成の事だろうか。
(バカな……それが正しいなんて、ある筈が無い……!)
そして胸に抱いた思いは、隣に立つ連音にも向けられていた。
(どうして守護騎士を押さえなかった……?確かにあの時、仮面の男を優先した理由も納得は出来る。
だが、あの時……守護騎士も、仮面の男も、連音からは注意が逸れていた……)
連音の強さを知っているからこそ、疑問が浮かぶ。
不意を突けば、騎士を倒した上で、仮面の男も押さえられたのではないか・
(まるで、わざと守護騎士を逃したような………まさかな)
連音にとって、守護騎士は敵だ。
襲われ、倒され、仲間を傷付けられた。なのに、その相手を逃がす訳が無い。
実際、連音の戦いぶりを見てもそれは分かる事だ。
莫迦な事を考えたと、クロノは首を振った。
「ともかく、僕らも撤収するぞ?」
「………あぁ、分かった」
クロノに続いて、連音も飛んだ。
覆面が、幸いにして連音の表情を覆い隠してくれていた。
その下に広がる顔は、苦痛に満ちたものだった。
何をどう考えたら良いのか。
そもそも、どう受け取れば良いのかさえ分からない。
向こうからなのは達がやって来るが、それにも連音は気が付けないでいた。
連音の瞳には、ネオンの光すらも暗いものに見えた。
八神家に戻った守護騎士達は、冷たい空気に晒されていた。
人気の無いリビングに残されたメモ。
それを手にしたシャマルの顔に、悲痛の色が浮かんだ。
そして、急いではやての携帯電話に掛ける。
数度のコールの後、繋がった。
「もしもし、はやてちゃ……!あ、忍さん……はい、そうです…えぇ、お願いします」
電話の向こうで、少しの音。そしてはやての声が聞こえてきた。
「あ、はやてちゃん…!シャマルです…!本当にごめんなさい!
すぐに終わると思ったんですけど……皆と中々落ち合えなくて、それで……携帯も、置いていっちゃってて……。
………はい、今帰ってきたんですけど……はい、皆一緒です……本当に、もう…なんて謝って良いか……!」
その声には、若干の涙が混じり入る。
「………それで、はやてちゃんは、ご飯は?…………え、あ……はい」
シャマルはシグナムに、冷蔵庫を開けるように視線を送る。
シグナムが冷蔵庫を開けると、ラップがされた鍋の材料が、メモと共に大皿に盛られてあった。
それを見て、シグナムが小さく頷く。
「………はい、本当に……すみません………はい、はい…じゃあ、ヴィータちゃんに…」
シャマルは受話器をヴィータに差し出した。
それを恐る恐る受け取り、耳に当てる。
「もしもし、はやて……?うん……そう………」
元気である事が取り柄とも言えるヴィータだったが、今ばかりはそれも無く、小さく声を出すばかりだった。
シャマルは熱くなってしまった頭を冷やそうと、テラスに出た。
冷たい夜風に吹かれ、少しだけ心地良い。
「寂しい思いを、させてしまったな……」
「………うん」
その隣にシグナムが立つ。
シャマルの表情は暗く、これ以上は話すべきでないとシグナムは思い、別の話題を切り出した。
「―――それにしても…お前を助けた男は、一体何者だ?」
「分からないわ……。とりあえず、当面の敵ではなさそうだけど………」
「管理局の連中も、これで益々、本腰を入れてくるだろうな……」
「あの砲撃で、大分ページも減っちゃったし……」
闇の書のページは残り半分を切っていた。
だが今回の事で、半分以上まで戻ってしまったのだ。
「だが、余り時間も無い。一刻も早く、主はやてを闇の書の、真の所有者にせねば……」
「……うん」
自分達に出来る事はこれしかない。
初めて生まれた、大切なものを失わない為に。
心の底から守りたいと思った人の、その笑顔の為に。
行く道は、これしかないのだから。
「シグナム、はやてが代わってって……」
「あぁ…今、行く」
ヴィータに呼ばれてリビングに戻り、受話器を受け取る。
「もしもし、シグナムです……」
『あぁ、シグナム。大丈夫か?』
「はい…?何が、でしょうか?」
『また、階段で転んだりしてへんかなぁ〜、って、思てな?』
「………………………大…丈夫です…………」
『そうかぁ〜。そんなら良えんやけど』
「シグナム?」
「すまない、しばらく一人にしてくれ……………」
電話を終えたシグナムは、フラフラと自室に行ってしまった。
十年後、ヴィータはその時の事を振り返って、こう語った。
「あんなに凹んだシグナムを、アタシは今まで一度も見た事が無かったぜ」と。
マンションに戻ったなのは達は、それぞれ動いていた。
クロノはユーノ、リンディと共に先の戦闘の記録を整理。
アルフは何となく、窓に寄り掛かってそれを見ている。
そしてなのはとフェイトは、デバイスに関しての説明を、エイミィからされていた。
「カートリッジシステムは扱いが難しいの。本来ならその子達みたいに繊細なインテリジェントデバイスに組み込む様な物じゃないんだけどね。
本体破損の危険も大きいし、危ないって言ったんだけど、その子達がどうしてもって……。
よっぽど、悔しかったんだね。自分がご主人様を守ってあげられなかった事とか、ご主人様の信頼に、応え切れなかった事とか……」
エイミィの言葉に、なのはとフェイトの心が打たれた。
自分達こそあんなにしてしまって、信頼に応えられなかったのに。
「ありがとう、レイジングハート……」
“All right”
なのはの言葉に、レイジングハートが光る。
「バルディッシュ……」
“Yes,Ser”
フェイトの声に、バルディッシュが煌く。
二人の心には、この想いに応えたいという、強い想いが生まれていた。
エイミィは、そんな二人に温かな視線を送っていたが、まだ言うべきことがあると思考を切り替えた。
「レイジングハートとバルディッシュのモードは、それぞれに三つずつ。
レイジングハートは中距離射撃のアクセルと、砲撃のバスター。フルドライブのエクセリオンモード。
バルディッシュは汎用のアサルト。鎌のハーケン。フルドライブはザンバーフォーム。
破損の危険があるから、フルドライブはなるべく使わないように。特になのはちゃん?」
「っ…はい?」
突然の名指しに、ちょっと驚いてしまう。
「レイジングハートのフレーム強化をするまで、エクセリオンモードは起動させないでね?」
「は…はい……」
元々、バルディッシュは武器としての特性ゆえに、頑強に作られている。
フルドライブ、つまりリミッターを切った100%の状態での使用は、レイジングハートの方が危ないのだ。
それを聞き、複雑な思いをなのはは抱いた。
フルドライブを使うような事態には、なって欲しくない、と。
蛇口から、強い勢いで水が流れ続ける。
連音はその下に、頭を突っ込んでいた。
飛び散る雫が鏡や床や、連音の体に降り注ぐが、そんな事に構わずにそれを続けていた。
痛いほどに冷えていく頭の中で、連音は答えの出ない自問自答を、幾度も繰り返していた。
シャマルが守護騎士なら、主は誰なのか。
考えるまでも無い。
この世界に、魔導の資質を持つ者は極、限られている。
それが、この町には二人もいる。
一人は魔導師としてここにいて、もう一人は守護騎士の事を家族だと言っていた。
「違う……ッ!!」
拳を握り、無意識に洗面台を殴りつける。
爪が肉に食い込んで、血がポタポタと滴る。
はやてが主である訳がない。
自分の――――敵である筈がない。
だが、魔導の資質を持つはやての前に、シャマルが居た事が偶然だと言えるのだろうか。
もし仮に、はやてが主でないとしたら、はやてが無事でいる事は不自然だ。
つまり、はやてこそが闇の書の――――
「違うッ!!」
ダン!と、拳を叩きつける。
歯を砕かんほどに食い縛り、言い様のない想いに耐える。
「レン……?」
蛇口から頭を上げてドアの方を向くと、フェイトが不安そうな面持ちで立っていた。「………フェイトか。何だ?」
滴り落ちる水をそのままに、努めて平静を装うが、今の自分の顔に連音は自信がなかった。
現に、フェイトの表情は不安さを増していたからだ。
「えっと……そろそろミーティングをするからって………リンディ提督が」
「あぁ、分かった……すぐに行く」
連音はタオルを取り出し、髪を無造作に拭いていく。
雫が無くなる位まで拭いて、そのままタオルを頭に掛けたままフェイトの横を通り過ぎた。
その後を慌ててフェイトが追いかける。
「レン、大丈夫…?」
「何が?」
「凄く……辛そうだから」
「―――自分の莫迦さ加減に、嫌気が差しただけだ」
「え……?」
どういう意味なのか、それを聞く前に、連音はリビングに入ってしまう。
そして、連音はソファーの端に座った。
既にミーティングは始まっていて、モニターには闇の書と、守護騎士が映し出されていた。
それを見て、自分の愚かさと、突きつけられた事実に心が軋んだ。
もっと早くに、気が付けた筈だ。
だが、気が付けてどうなる。
はやての前で、守護騎士を―――――
「………っ」
タオルで微妙に顔を隠しながら、連音は歯を食い縛った。
口の端から、僅かに血が伝った。
「問題は、彼らの目的よね?」
リンディの疑問にクロノが頷く。
「えぇ…どうに腑に落ちません。彼らがまるで、自分の意思で闇の書の完成を目指しているようにも感じますし」
「ん?それって…何かおかしいの?」
クロノの言葉に、アルフが首を傾げた。
「闇の書ってのも、ジュエルシードみたいに、すっごい力が欲しい人が、集めるもんなんでしょ?
だったら、その力が欲しい人の為に、あの子達が頑張るってのも、おかしくないと思うんだけど……?」
アルフの言葉を聞き、二人は顔を見合わせた。
どうにも、その辺りに誤認があるようだ。
二人はその辺りの説明を始める。
「第一に、闇の書の力はジュエルシードみたいに、自由な制御が利くものじゃないんだ」
「完成前も完成後も、純粋な破壊にしか使えない…。少なくとも、それ以外に使われたという記録は、一度も無いわ」
「っ……そっか…」
話を聞けば、そんな物を自分の意思で完成させようだなんて、確かに不自然だ。
「それと、あの騎士達……闇の書の守護者の性質だ。彼らは人間でも、使い魔でもない……」
「「「………!?」」」
クロノの言葉になのは達が、驚きの表情を浮かべた。
「闇の書に合わせて、魔法技術で創られた擬似人格。
主の命令を受けて行動する、只それだけのプログラムに過ぎない筈なんだ……」
沈黙が、室内に満ちる。
その中で、フェイトが口を開いた。
「あの……人間でも……使い魔でもない擬似生命っていうと……わたしみたいな……?」
「ッ!?違うわっ!!」
リンディは思わず叫んでいた。
同時に、余りに迂闊に話してしまった事を悔やむ。
「フェイトさんは、生まれ方が少し違っていただけで……ちゃんと命を受けて、生まれた人間でしょう!?」
「……検査でもちゃんと、そう出てただろう…?変な事を言うものじゃない……!」
「っ……はい、ごめんなさい……」
二人の剣幕に、フェイトはシュンとしてしまう。
何処となく、空気が重いものになり、連音は仕方無しに口を開いた。
「……フェイト。命のありようなんて、誰が決めるんだ?」
「…?」
「自分の命が、本物か偽物かなんて……どうやって分かるんだ?」
「え…?え……っ??」
「検査でそう出た?そんなものに何の意味がある」
「え…っ??」
連音はフェイトを指差して、言い放った。
「決めるのは……自分だろ?」
「あっ……!」
その言葉に、フェイトはハッとした。
自分の真実は、自分で決めれば良い。
その言葉は、ずっとフェイトを支えていたものだった。
本当を知った時も、プレシアが亡くなった時も。ずっと。
フェイトの瞳から、ポロポロと涙が零れる。
「ッ………!」
「フェイトちゃん…」
「泣くなよ……ったく」
重い空気をどうにかしたいと思って言ったのに、これでは返って話が進まない。
「クロノも、あれぐらい言える様になりなさいね?」
「お断りします」
何やら二人が言っているが、連音には聞こえなかった。
だが、一つだけ連音も分かった事があった。
どうして、答えが出ないのか。
単純な事だ。
事実を何も知らないから。だから、真実を決められないのだ。
涙を拭うフェイトを見ていて、思い出した。
かつて、自分はフェイトに事実を、真実を強要した事を。
それをフェイトは、勇気を持って受け止めたのに、自分は逃げようとしていないか。
「あぁ…!モニターでちょっと、説明しようか!?」
エイミィはわざとらしく声を上げ、コンソールを操作した。
幾つかのモニターが新たに出てきて、何かの文章が羅列する。
「守護者達は闇の書に内蔵されたプログラムが、人の形を取ったものだ。
闇の書は転生と再生を繰り返すけど、この四人はずっと、闇の書と共に様々な主の下を渡り歩いているんだ」
「意思疎通の為の対話能力は、過去の事件でも確認されているんだけどね?感情を見せたっていう例は、今までに無いの……」
「闇の書の蒐集と主の護衛。彼らの役目はそれだけですものね」
クロノ、エイミィ、リンディと続く説明を聞き、なのはが口を開いた。
「でもあの帽子の子……ヴィータちゃんは怒ったり、悲しんだりしてましたし……」
「シグナムからも、ハッキリと人格を感じました……為すべき事があるって、仲間と、主の為だって……」
フェイトがそれに続く。
「主の為……か」
クロノは小さく呟く。
その瞳は、とても複雑そうだった。
「元々……感情は持っていたんじゃないか?」
連音は唐突に口を開いた。それに、皆の視線が集まる。
「どういう事かしら…?」
「フェイトと同じ、って事です」
連音は視線をフェイトに送る。
「え…?わたし……?」
「俺達が最初に会った時、フェイトだってほとんど表情を出さなかっただろう?」
「あっ!そういえば……」
なのはもその頃を思い出し、ハッとした。
「おかれた環境が、感情を凍らせる例はよくある。あいつらも、そういう状況だったんじゃないか?」
連音は、はやてと共にいたシャマルの顔を思い出して、そう言った。
「そっか……じゃあ、今度はお話できるかな……?」
「ん……?」
「だって、フェイトちゃんとも、最後はお話できたから。きっと、大丈夫だと思うんだ……!」
なのはがニッコリと笑って、気合を入れるようなポーズをした。
「とりあえず今は、捜査をしている局員からの報告を待ちましょう?」
リンディの言葉に、クロノが頷く。
「転移頻度から見ても、主がこの付近にいるのは確実ですし……案外、主の方が先に捕まるかもしれません」
「……!?」
クロノの発言に、連音の顔が強張るが、幸い、誰の目にも晒されてはいなかった。
「あぁ〜!そりゃ、分かり易くて良いねぇ〜!!」
「だね!闇の書の完成前なら持ち主も、普通の魔導師だろうし……」
アルフとエイミィが、それに乗っかる。
「それにしても…闇の書について、もう少しデータが欲しいな………」
少し考えるクロノの視線が、なのはの肩に向いた。
そこにいるのは、フェレットモードのユーノだった。
「ユーノ。明日から少し、頼みたい事がある」
「…?良いけど………」
何故か不安を感じるのは、クロノが微笑んでいるせいだろうか。
事態が静かに動いていく。
連音はギュッと瞳を閉じ、そして何度も心の中で誓う。
覚悟と勇気を持って、その全てを知る事を。
その果てに、どれだけの残酷な事実があろうとも、決して逃げないと。
かつて誓った約束は、今は深い闇の中にあった。
では、拍手レスです。
※犬吉さんへ
黒のロングコートにスニーカーそして和装、かの両義さんにみえてしまうwww
>生きているなら神も殺せるという、直死の魔眼の方ですか!?
確かに服装は結構似ていましたね。いやはや、全くの偶然ですw
※犬吉さんへ
そう言えば忍者怪獣が出てたけど、連音の元?
>いえ、連音の元はF○Wのエッ○ですw
忍術と魔法って結構似てるなぁと思って。後から考えたら、あれって呼び方が違うだけみたいですね。
忍装束のデザインの元ネタは、やはり○FXの忍者です。
※犬吉さんへ
いつも見させて頂いてます。この話はオリ主と恭也、忍が本当の兄、姉みたいに
接している場面が多く、それがホントウに好きです。これからも楽しみにしています。
>いつも読んで頂き、本当にありがとうございます。
アニメではほとんど出番の無い恭也達ですが、こちらでは『絆』を象徴する大事なポジションです。
兄として、姉として、大切な事を弟に伝え、連音はそれを受け継いで、困難に立ち向かっていきます。
そういった繋がり全てが、今の連音の力です。