連音は更なる強さを求め、目指すのは神速の領域。
晶との戦いでその一端を垣間見た連音は、そこを目指して更なる死地に自らを追い込む。
対するは小太刀二刀御神流師範代 高町恭也。
三度目の戦いは、連音に何をもたらすのか。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

       第七話  嵐、再び立ち向かう時



剣閃が光り、連続して響き渡る金属音。
「ハァアアアッ!!」「オォオオオッ!!」
恭也の小太刀が唸り、連音の髪が数本、宙を舞った。
しかし、恭也の頬にも赤い筋が生まれている。
連音の刺突が頬を掠めたのだ。

「フッ!」
連音は一気に跳躍し、真上から琥光を振り下ろす。
恭也はその攻撃を紙一重で躱すと、同時に小太刀の柄を両手で握り、剛剣を振るった。
「つぁああああっ!!」
「――ッ!」
それを琥光で受け止めた瞬間、腕に強い衝撃が走った。
徹と呼ばれる御神流の技。衝撃を内部に浸透させる技だ。
連音の使う剄打にも似ているが、威力は剄打の方が上。
だが、全ての攻撃にそれを加えられるという点で、徹は上を行っている。

走る痺れに連音の顔が一瞬歪むが、すぐにそれは消える。

「――ッ!?」
連音の視界に、月光を受けた何かが光った。反射的に連音は琥光でそれを打ち払う。
それは恭也が振るった鋼糸だった。地面に叩きつけられ、土煙が上がる。
追撃をしようとする恭也よりも速く、連音は大きく間合いを離した。
すぐさま恭也は片手に持ち替えて飛針を抜き、連音に向かって投げつける。

それを連音が刀で弾き、その隙を突いて一気に間合いを詰める。それが恭也の狙いだった。
飛針と同時に恭也は踏み込みを掛けていた。
だが、すぐに恭也は足を止め、同時に横に跳んでいた。

その僅かな後、背後の木に音が響いた。
幹には恭也が投げた飛針が全て突き刺さっていた。
「チッ…!」

恭也の飛針が飛来した瞬間、連音は迷う事無くそれに手を伸ばした。
そして全てを指でキャッチし、返す手で恭也に投げ返したのだ。

恭也は小太刀を構え直し、連音も琥光を後ろに引く様に構える。

時間にして二十秒足らずの攻防に、美由希は唖然としていた。

半年前に見た恐ろしい力。それとは真逆の洗練された技。
寧ろ今の方が恐ろしいとさえ、美由希には思えた。

何故なら連音の攻撃は、どれもが確実に必殺の一撃と成り得るからだ。
対する恭也も、自分との訓練では見せない殺気に満ちた攻撃ばかり。

このまま続けば、どちらかが死ぬ。もしくは相討ちにさえなるかもしれない。
そんな思いが、美由希の脳裏を過ぎった。
事実、半年前には命懸けの戦いをしているのだ。
これが杞憂だと誰が言えるだろう。

だが、美由希の思いとは裏腹に、恭也はもう一振りの小太刀を抜いた。
両腕を大きく開いて二刀を構える様は、まるで雄々しく羽ばたく鷹の如くあった。
対する連音も琥光を逆手に持ち替え、全身を限りなく低く落とす。
それは獲物の喉元を食い千切らんとする狼の様であった。


恭也は構えながら思考する。
かつての様な迷いがある訳ではない。剣撃は鋭く、曇りも無い。手加減なしの本気だ。
連音は理由も無く戦いを望む人間ではない。だが一方で、目的の為にならどんな危険も冒すだろう。

だから思考する。連音が何を目的としているのか。
(いや、考えても仕方のない事なのだろうな………)
文字通りの真剣勝負。ならば、負ける訳には行かない。
今は無き恭也の苗字、不破の名は『何者にも破られず』という意味だ。
御神の剣士に、敗北は無いのだから。
(神速―――!)
そして、恭也はそれをついに発動させた。
連音の視界から恭也の姿が消える。と、同時に連音は真っ直ぐに突進を掛けた。
何も無い空間に迷う事無く斬撃を放つと、地面に土煙が巻き起こった。

そして、その先に恭也の姿があった。
「くっ…!」
神速の領域に入った恭也に、連音の斬撃は届いていた。
シャツの胸元が大きく切り裂かれていた。

神速とは無敵の技ではない。
鋭い勘と、反応速度があれば防ぐ事は可能だ。
そして何より、連音の目的はその神速。何時使われても良いように、集中は全開の状態にあった。


目前で神速を見て、連音は確信をする。
ただの加速なら、狭まった視野ではあの一撃に反応は出来ない筈だ。しかし恭也は躱して見せた。
自分の推測は当たっていた。ならば自分にも、その世界に踏み込む事が出来ると。

一瞬の油断をも許さない攻防の果て、更に集中が高まっていく。

「恭ちゃん!連音君!!」
美由希の声が響くと同時に、二人は一気に踏み込み、小細工無用の真っ向からの打ち合いとなる。

翼の様な構えから繰り出される二刀の突撃。連音は琥光、そして苦無を持って受け流す。
刺突が読まれていると見るや、恭也は切り替えて縦横無尽の斬撃を繰り出した。
それを防ぐ間に、連音の反撃が何度も恭也を掠めていく。
しかし、恭也の全ての攻撃には徹が在り、連音の腕にもダメージが蓄積されていく。
「クッ――!」
ついに均衡が崩れ、連音が後退する。その隙を逃さず、恭也は二刀を振るった。

襲い来るは、全てを吹き飛ばす斬撃の嵐。御神流奥義 花菱。

急所への攻撃はギリギリで防ぐが、代わりに腕や足に鮮血が飛ぶ。
だが、連音の目はそれでも尚、ギラリと光った。
「ハァアアアアアッ!!」
「―――ッ!?」
感情の爆発と共に、恭也の腕が一気に弾かれた。ビリビリと走る痛みに恭也の顔が歪む。
そして恭也の体も、僅かに宙に浮いていた。

更に連音は琥光を大きく振り被った。

「ぐぉ――っ!?」
反射的に小太刀を盾にするが、全身を襲う衝撃に恭也は吹っ飛ばされた。
地面を擦りながら、ギリギリ転ばないで勢いを殺した。
「痛ッ……!」
全身に走る痛みに耐えながら、恭也は立ち上がり小太刀を構える。
そして、連音も軋む体に歯を食い縛り、刃を構えた。

徹を受け続けた上で、更に羅刹を使った反動は大きく、回復までかなりの時間を要する。
状況は連音に不利であった。
琥光の起動以外の魔導を封じ、本来の武器である体術も使っていないのだ。不利なのは仕方のない事だった。

剣術のレベルを上げる事も、連音の考えの一つだった。
神速だけではない。剣の腕そのものがもっと上がれば体術をもっと生かせ、全体的にも強くなれる。
その上で神速を物にすれば、飛躍的にレベルアップ出来る。

その為には、剣士として戦わなければならない。

困難な制約の元、艱難辛苦を乗り越えて得られる強さ。
それが剣士としての強さであり、神速である。そう、連音は捉えていた。

そして今、実際に連音は晶との戦い以上の集中をもっていた。

早鐘の様に鳴り響く心臓が五月蝿く、しかしその高揚が心地良い。
感じるのは、自らの限界が引き上げられていく感覚。
そして、その先に広がる遥かな強さの地平の存在。

自分は、もっと強くなれる。


弾む息を整えつつ、連音はより深くに集中を高めていった。
全身が燃えるように熱かった。


恭也は乱れる息を整えつつ、次の一手を構える。
鞘に小太刀を納め、僅かに体を前に倒す。

御神流奥義 薙旋。

長期戦となれば、膝に不安のある自分に不利になる。
この戦いを終わらせるには、この技以外に無いと恭也は思った。

連音に一度は破られているが、あの時とは状況が違う。
この場所で、これを防げる手は無い筈だ。

確かに、半年前までの連音だったなら、そうだっただろう。


しかし、連音はここで奇妙な構えを取った。
半身に構え、重心は前寄り。
苦無を頭上に、琥光をゆっくりと斜に構えた。
前足は膝を内側に深く折り曲げ、後ろ足は軽く膝を折っている。

「……?」
その構えからどんな技を放とうというのか。
だがしかし、自分が繰り出すのは神速からの連撃だ。

防げる筈がない。
だからこそ、恭也は一気に踏み込んだ。



バァアン!!キィイイイイイイイインッ!!



爆発音と、重複して響く金属音。
美由希の目前で、恭也の小太刀が連音の眼前で止められており、そして――。
「あぁ……っ!!」
連音の琥光が、恭也の心臓前で止められていた。












鞘走りから放たれる高速の四連撃。
モノクロの世界で繰り出されたそれは、一撃目は空を切った。
(―――!?)
そこに居た筈の連音は、すでに更に後方に居た。
その体は僅かに宙に浮いており、超低空のバックステップだと分かった。

ニ撃目を恭也が振るう。
後ろ足で着地した連音は迷う事無く、それを琥光で叩き落した。
(何…っ!?)
驚愕する恭也だったが、すぐさま三撃目を放つ。
だがその時、連音は後ろ足で踏み込みを掛け、三撃目を頭上に構えた苦無で抑える。
そして恭也に向かって、地面擦れ擦れの低姿勢から刺突を放っていた。

神速の領域で、恭也の動きを捉えての反撃。
それの意味する所を即座に理解した恭也は、真下近く目掛けて最後の一撃を繰り出した。
((―――ッ!))
互いの一撃が命に刃を掛けた瞬間に神速は終わり、二人は刃をその場に止めていたのだった。




美由希はその光景に唖然としていた。
口をポカンと開けたまま、目を見開いている。

神速からの薙旋。しかも鞘走りからともなれば、それは威力、速さ共に自分にも神速を使ってでも防ぎ切れないだろう。

しかし、妹と同い年の子はそれをやってのけた。
その秘密に美由希も気が付いた。だが、余りの事に思考が追いつかない。

「し……神速…………!?」
うわ言みたく美由希が言うと、それを合図にしたかの様に二人は刃を退いた。

刃を鞘に納め、恭也は伝う汗を拭った。
「成程な……納得だ」
恭也は事態を理解したとばかりに頷いた。
「ちょ、何がどういう事なの!?何で連音君が神速!?どういう事!?」
「落ち着け莫迦者。何がも何も、見たままだ」
「そ、それが分からないんだってば!!」
テンパッた美由希は面倒臭い、といった顔をした恭也が連音に視線を送った。
連音は苦笑いを浮かべ、美由希に説明をした。
分かり易くする為に、出来るだけ簡潔に。

「えっと……訳在って、神速を会得したいなと思って…で、ギリギリで何とか出来ました」
「訳分かんないよ!?」
「えぇ!?これ以上簡単に説明できないですよ!?」
「ザックリと切り過ぎなんだよ!」
美由希のツッコミに、連音はポンと手を打った。
「成程」
「何か、莫迦にされてる…?」
「いえ、そんな事は」
「元から莫迦者だしな?」
今度は恭也が、容赦なく美由希をぶった切った。
「恭ちゃん、酷い!可愛い妹をつかまえて!!」
「はて、可愛い妹なら今は家に居る筈だが?」
「ひ、酷い……」
ガックリと膝を着いてさめざめと泣く美由希。連音はどうすべきかと迷い、とりあえず。
「えっと、よしよし……」
美由希の頭を優しく撫でた。
「うぅ〜、連音君は優しいねぇ……」
「小学生に慰められるな」



とりあえず美由希が落ち着くのを待って、それから連音は一通りの事を説明した。

勿論、魔法や次元世界、管理局、闇の書とその守護騎士、なのは達の事は伏せておいてだ。
「ほぉ、連音君が負けるほどの腕前の剣士か……」
「その人達に勝つ為に神速を?」
「まぁ、そんな所です。時間も無くて、かなり強引に行きましたけど……」
連音が言うと、美由希が怒りを露にした。
「そ、そうだよ!いきなり真剣勝負なんて、何も知らないこっちはビックリしたんだから!!
恭ちゃんも恭ちゃんだよ!どうして教えてくれなかったの!?」
「俺も知らなかったからな。仕方ないだろう?」
「………へ?」
恭也はしれっと言い放ち、美由希はまたもやポカンと口を開けたままになった。
「何かをやろうとしていると気が付いたのは、戦っている最中だ。
その前は連音君と、ここで会う約束しかしていない。勝負を挑まれたのだというのは大体、想像はついていたがな?」
それを聞いて、美由希はガックリと肩を落とした。
「何でそれだけで……」
この兄は何を考えているのだろうと、本気で思った。

恭也はそれを無視して、連音に向き直った。
「だが、神速は御神の奥義だ。いくら君でもそう出来るとは思えないが……」
そう言いながら、恭也にはその可能性が無い訳ではないと分かっていた。

常人を超えた身体能力と、それを鍛え上げる環境。
連音の過ごしてきた時間は、恭也が神速の領域を垣間見るまでに過ごした時間にも匹敵するだろう。
そういう下地が在るからこそ、連音は神速の領域に踏み込めたのだ。

連音は頭を掻きながら、苦笑いを浮かべる。
「難しいのは分かっていました。でも一々、自分を追い込んでやらないと出来ないんじゃ……実戦レベルまでには……」
「当たり前だ。そう簡単にやられたら、俺達の立つ瀬がない。で、どうするんだ?諦めるのか?」
「いえ、改めて頑張るだけです。ともかく有難うございました。おかげで神速会得の足掛かりが掴めた気がします」
恭也の問いに、連音は真っ直ぐに言い切った。

「……だが会得できても、神速は出来るなら使うべきじゃない。あれは未熟な体には負荷が大き過ぎる。
実際に俺も、かなり危ない所まで行ったからな……」
「えぇ、多用が禁物なのは分かっています。今も体中が痛いですし。その辺は……まぁ、ちょっと当てがあるんですけど」
「当て…?」
「いえ、こっちの話です。とにかく感覚は掴んだし、明日からはあの状態に自分の意思で行ける様に」
「二つ、聞いても良いか?」
「…何です?」
連音は何事かと首を傾げた。

「あの時、俺の薙旋を避けた時の踏み込みは何だ?」
「あれですか?あれは、避雷矢型(ひらいしのかた)と返し八双の合わせ技です」
「避雷矢型と返し八双?」
「避雷矢型は後方に跳びながら相手の攻撃を弾く、防御の型。返し八双はバックステップ、フロントステップからの高速カウンターです」
その上で、羅刹で脚力と腕力を爆発的に高めていた事は伏せる。
連音はただ、聞かれた事だけを素直に答えた。

「じゃあ、あの神速は……自分だけであそこまで?」
「それ以外、遣りようも無かったですから。神速のメカニズムは掴めていましたから、何とか……」
恭也と美由希は、それを聞いて大いに呆れた。
自分の推理から神速の秘密を解き、独自にその方向性を見出そうとし、現実としてここまでに至った。
あの神速は御神流の奥義どころか、連音のオリジナル技といっても可笑しくはない。
恭也は少し考え、そして連音に言った。
「明日からしばらく、俺達の訓練に付き合え」
「えぇっ!?」
「この勝負、何も神速会得の足掛かりを見つけるだけが目的じゃないんだろう?剣の腕そのものを鍛えたい、そうじゃないか?」
「あちゃ〜、バレてましたか……」
「一度も、暗器と体術を使わなかったからな。すぐに分かったさ」
「でも、良いんですか?」
「父さんには俺から言っておく。それに、俺としても遣り甲斐のある相手は歓迎するところだ」
本気で嬉しそうに言う恭也の後ろで、美由希は何故か影を背負っていた。
「しくしくしく………」

「あの〜、あれは……」
「気にするな」
「でも…」
「気にするな」
「………………はい」


恭也は引き続いて美由希との鍛錬をすると言い、連音は明日からに備え、その日はこれで終える事にした。

一瞬とはいえ、慣れない神速を使ったのだ。ダメージは感じているよりも大きい。
積み重なったダメージは、いつか牙を剥いて自分を襲う時限爆弾。
その不安を消す事も大切な事だ。特に、何時戦いが起きるか分からない状況では。


こうして連音は、朝はフェイトの訓練。昼は自己鍛錬。そして夜は御神流の訓練に同行。
という、中々にハードなスケジュールを組む事になったのだった。
それでも里での訓練に比べれば、緩いものだという事は余談である。




「そういう事だから、よろしく頼む」
「君はバカかっ!?」
明日からのスケジュールをクロノに言ったら、キレられた。
「ダメだな。その台詞を言うなら眼鏡を掛けないと」
「本当だよ〜。クロノ君、分かってないないぁ〜」
「何の話だ!?というか、送ったメールをちゃんと読んだのか!?」
連音とエイミィのダメ出しに、またキレる。

余りからかっても話がこじれると、連音は真剣な面持ちに変わる。
「正直な所、非殺傷設定を受けると、俺の戦い方はかなり制限を受ける。どうしてか分かるか?」
「………大体はね」
クロノも真剣な表情に変わり、エイミィは首を傾げた。

「俺の戦い方は、敵を殺す事を前提にしている。それ故に上位の技を使えば、その衝撃だけでも、敵を殺しかねない。
俺自身はそれでも良いが、仮とはいえ管理局に草鞋を脱いだ身。対面的に悪いだろう?」
「君自身、非殺傷設定を嫌っているしな?」
「あれは悪癖だな。自分の力がどれだけ物騒なものか、その自覚が自然と薄くなる」
犯人を殺さずに捕らえる。そのための非殺傷。
だが同時にそれは、管理局の質量兵器撤廃の立て看板に使われている。

クリーンな力、魔力。
人を殺さず、傷付けず。だから、人を傷付ける兵器は必要無い、と。

実際に効果は有り、質量兵器は減る傾向にある。

「確かに便利なもんだ。こっちが気を使わなくても殺さなくて済むんだからな。
だが、逆にそうせざるを得なくなった時………お前は、使えるか?」
「…………躊躇したよ」
暗に「在った」と答えるクロノ。

「………話が逸れたな。騎士達を殺さずに済ますなら、現状の手札は少なからず使えない。
そういう事だから、俺は別行動を取らせてもらう。何かあったら連絡をくれ。すぐに向かう」
「………秘境とかに行くなよ?」
「俺は何たら探検隊か?」





翌日の早朝。屋上には何度も硬い物がぶつかり合う音が響く。
フェイトと連音は今日も組み手を行っていた。
彼女の手にはいつもの棍。そして連音の手には木刀が握られていた。
琥光は刃が短く、フェイトが無意識に望む事に答えられないと思い、町の武具屋で買ってきたのだ。
真剣の方が良いかとも思ったが、危ないので止めておいた。

「ハァ!」
気合と共にフェイトが棍を振るう。
それを受け止め、弾き返す。
バランスを崩したフェイトの腹部に、柄頭を叩きつけた。
「うぐっ!?」
「ハァッ!!」
そして棍目掛けて、強烈な一撃を打ち込んだ。
「あぁっ!!」
「ふむ……今日はここまでだな」
連音は倒れたフェイトに手を差し伸べる。それを掴み、フェイトは立ち上がった。
「大丈夫、まだやれるよ…?」
「いや、このままやっても成果は出ないだろう」
「そんな…!じゃあもっと頑張るから……!!」
何故か捨てられた子犬の目をするフェイトに、連音はどうしたものかと頭を掻いた。
「んっとな…そういう事じゃなくて、もっとこう…全体的に甘いんだよ」
「…?甘い…?」
「そう。武器を使った戦い方の練度そのものが低いんだ。だから、さっきみたく簡単にバランスを崩される」
「うっ…」
フェイトと組み手をしていて分かったが、汎用型のミッド式を使うフェイトは、武器を使った戦闘そのものが甘い所がある。

デバイス自体に武器としての能力があるのに、それを使いこなせるレベルではないのだ。
だが、それも当たり前の事だった。
彼女に全てを教えたのは、プレシアの使い魔リニスだ。

リニスがどれだけ優秀でも、畑違いの戦闘技術を教えるには限界があったのだ。
幼少よりそれを叩き込まれてきた連音の目には、大きな穴が幾つも見えた。

それでも何とかなっていたのは、接近戦にはサイズフォームがあるし、そもそもがフェイトの魔法サポートがメイン。
加えて、フェイト自身の高速戦闘のスタイルがあったればこそだ。

今まではそれで通用していたが、今度はそうは行かない。
何故なら敵は、武器としての能力を前面に押し出したアームドデバイス。
そして、それを自在に使いこなすベルカの騎士。
中、近距離戦がフェイトの基本距離である以上、どうあっても近接戦闘の基礎を教える必要があった。

「じゃあ、明日からは長柄武器の取り回し方を教えてやるから…って言っても、基礎的な事しかだけど」
「はい……お願いします!」
「じゃあ、今日はこれまで!お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
互いに礼をして、屋上を後にする。

昨日と同じように、フェイトの後に汗をシャワーで流してリビングに出ると、フェイトが何度も自分の手を気にしていた。
「どうした?」
「え?うん…ちょっと、棍を握り続けてたから……」
どうやら、連音の打ち込みに手がついて行かなかった様だ。
「ちょっと見せろ」
「え…ま、待って!?」
フェイトの止めるも聞かず、連音は跪いてその手を取っていた。
「……ふむ、痛めてはいないな。時間はまだあるし、少しマッサージしておくか?」
「え…?あ……うん………」
何故かフェイトの頬がほんのりと赤くなり、彼女の耳だけに聞こえる鼓動も、何故か早まる。
その理由は本人にも分からない。だが、悪い気分ではなかった。むしろ、心地良い気さえする。
連音はフェイトの手の様子を感じながら、ゆっくりと揉み解していく。
手の平から指先に至るまで、じっくりとマッサージされ、感じていた違和感が徐々に薄れ、消えていく。

そうやって、両手のマッサージを連音は行い、フェイトは手に感じる感触に目を閉じていた。

「よし、これで楽になっただろう?」
「え…?あ、うん、本当だ……!ありがとう、レン」
「んじゃ、遅刻すんなよ?」
連音は立ち上がって、そのまま自分の部屋に行ってしまった。
「あ……うん、分かった」
フェイトはそれを見送り、部屋に連音が入った後、何となく自分の手を見てしまった。


そこに残る連音の温度に、何故か温かいものを覚え、それが冷めていく感じに寂しさを覚えた。

「…………何だろう、この感じ?」



その様子を横目で見ていたエイミィとリンディは、ヒソヒソと何事かを話していた。
「艦長、もしかしてフェイトちゃんって……?」
「本人は気が付いてないみたいだけど……多分ね?」
「うわぁ〜、初々しいなぁ〜…!」
「でもあの感じだと……向こうも気が付いてないわね」
「そうですね……どうします?」
「フェイトさんも、普通の女の子に成ってきているのね。こういう時は静かに見守るものよ?」
「………了解です、艦長」
「でも、あれね……連音君って、マッサージも出来るのね………」
「あ、気になりました?」
「今度、やってもらおうかしら?最近、デスクワークで肩がこっちゃって……」
「アタシも最近、腰がちょっと……」


こうしてヒソヒソ話は、迷走を始めたのだった。



フェイトが学校に行った後、連音は昨日と同じように森へと向かった。
滝の音を聞きながら、恭也との戦いでの感覚を思い出す。
「琥光、頼んでおいたデータはどうだ?」
“構築完了 何時デモ使用可能”
「よし、仮想戦闘プログラムSP、スタートだ…!」
琥光が光り、連音の前に幻想の剣士が現れた。
半年前、そして昨夜の戦闘記録から構築した、幻の御神の剣士。それは二刀を抜き、連音に向かって襲い掛かってきた。

「いざ……!」
連音は一気に踏み込んだ。





そして夜、とある山中。
「せぁああああああああああっ!!」
「ハァアアアアアッ!!」
咆哮と斬撃。ぶつかり合う技と力。
木刀ながら、振るわれる一撃一撃は、真剣のそれと遜色無い。

闇に光る飛針を躱して、連音は足元の石飛礫を蹴り飛ばす。
それを恭也は木刀で叩き落し、迫る連音に鋼糸を振るう。
一気に木の上に跳躍し、躱すと同時に真上から棒手裏剣を打つ。
「フッ!」
恭也は更に鋼糸を振るい、枝葉と共に叩き落す。
翻る光の基線。その合間を縫うように、連音は恭也に向かって飛び降り、刺突を繰り出した。
「取った――ッ!?」
しかし、恭也はバックステップでそれを回避し、鋼糸を仕舞うと同時に二刀目に手を掛けた。
標的を失った木刀は地面に刺さり、連音は無防備な姿を晒した。

恭也が躊躇無く、それを抜き放った。

高速の長距離抜刀術――奥義 虎切。

しかし、振るった一撃は空を切る。
「何――っ!」
連音は刺さった木刀の柄頭に手を掛け、腕の力だけで跳躍したのだ。
同時に身を捻り、再び柄頭に手を掛け、そこを中心に軌道を変えて恭也に鋭い蹴りを放った。
一流の体操選手のような動きに恭也の反応が遅れ、防御をするので精一杯だった。
「ぬぅ…っ!!」
土煙を上げて、恭也が吹っ飛ばされる。
その隙に着地して、木刀を抜き放つ。連音は一気に集中を最高レベルに引き上げた。
視界から色が消え、舞い散る木の葉すら緩やかに。

その世界からの連音の攻撃を、恭也は受け止めて反撃を繰り出す。

それを更に躱し、そして連音の動きが止まった。



「ぐぁあああああっ!!!」
恭也の一撃をまともに喰らい、連音は木に幹に叩きつけられた。

「ハァ…ハァ……ふぅ…昨日よりもスムーズに、神速に入れるようになったな」
「いつつ……昼間はずっと、それを訓練してましたから。ちょっと位は成果が無いと……」
「だが、まだまだ慣れていないな……」
「少しは感覚を、覚えてきたんですけどね……」
恭也の差し出した手を掴んで、連音は立ち上がる。
「まだ、やれるな?」
「勿論です」

そして再び、二人は剣を交えた。



その様子を美由希は、チラチラと横目で見ていた。
「こらっ!」
「いたっ!」
士郎が木刀で美由希の頭を小突く。
「恭也の方が気になるのは分かるが、集中しろ」
「うぅ〜…だって恭ちゃん、あんなに楽しそうなんだもん……」
美由希には、あんなに楽しそうに剣を振るう恭也を見た記憶は無い。

それは確かに、と士郎も頷く。
「うちは女所帯だからな……。連音君の事を、弟みたいに思ってるんじゃないか?」
「弟…?」
高町家は士郎と恭也以外は家族の桃子、美由希、なのは。一年前まで一緒に住んでいたフィアッセ、晶、鳳蓮飛。
美由希の母で士郎の妹の美沙斗、恭也の主治医であるフィリスに、美由希の級友の那美。
恋人である忍、そのメイドのノエル、なのは友達のすずかにアリサ。
とことんまで女性ばかりが高町家に出入りしている。

だからこそ、恭也は顔には出さないが、色々気を使う事も多かったのだ。

もし恭也に弟が居たとすれば、きっとこんな風に接していただろう。
なんて事を士郎は思ってしまった。

連音も大人びているとはいえ、やはりまだ、なのはと同い年の子供なのだ。
彼がどれだけ強くても、それだけは変わらないのだ。

恭也と連音は、リズミカルに音を響かせていた。
それは仲の良い兄弟の、コミュニケーションのようであった。








こうして日々は過ぎていく。
事件は起きるものの、そこに騎士の姿は既に無く、コアを奪われた現地生物の残骸が残るばかりであった。
その他、魔導師が襲われることもあり、しかし騎士の動きを捉えるには至らない。

そして、一週間ほどが過ぎようとしていた。



なのは、ユーノ、フェイト、アルフの四名は放課後、管理局本局に向かった
なのははコアの検査。フェイト達は修理の終わったデバイスを受け取る為だ。

そして連音は、いつもの滝での訓練を終えて町に戻ってきていた。
夕方近い町は人が多く、大通りは特に人通りが激しい。
「あら、連音君?」
「え?あぁ……と、シャマルさん…でしたよね?」
声を掛けられて振り返れば、セミロングの金髪美人。はやての家族だという、シャマルだった。
「あら?今日は眼帯をしていないのね?」
「えぇ、もう治りましたから。シャマルさんは……何処かに行かれるところですか?」
「いいえ、一度家に帰って、それから買い物に行こうと思って。今日はお客様が来るから、お鍋にでもしようかと思ってるの」
「鍋ですか。良いですねぇ…!何というか、冬の楽しみですものねぇ〜」
鍋。それは冬に限らず、何とも言えない魔力を持っている。
グツグツと煮え、上がる湯気。出汁で煮るだけというシンプルさの中に、途方も無い組み合わせと神秘が垣間見える。
一度として同じ味には絶対にならない。一期一会を体現したかのような儚さも、魅力と言えよう。
それを囲みながら、交わす会話もまた、楽しいものだ。

シャマルは本当に羨ましそうに言う連音を見て、心の中でポン、と手を打った。
(そうだわ!これを口実にして、はやてちゃんの家に来てもらっちゃえば……!後は若い二人、その身の本能のままに……これよ!完璧だわ!!)
何処をどう取ると完璧になるのか、というか若いにも程があるだろうと、ツッコミ処満載な考えだが、
残念ながら、ここには彼女の頭の中を覗ける超能力者は居らず、誰もツッコミを入れられなかった。

スー、ハー、と深呼吸して、シャマルは連音に言った。
「連音君!!」
「はっ、はい!?」
思いの外強い語尾になってしまい、連音は驚いてしまう。
シャマルは焦った。もしここで失敗したら、はやてに会わせる顔が無い。

彼女の中では、ストーリーがかなり進んでいるようだ。

「ち、違うの!今のは別に、怒ってるとかそういうんじゃないのよ!?ただちょっと勢いが付いちゃって……ね?」
「は…はぁ……」
一人テンパり、悶え踊るシャマルに、連音は冷ややかな視線を送った。
「あ、あぁ……だ、だから違うのぉ!!」
そんな視線を向けられるものだから、シャマルは更にテンパってしまう。

周りは、何だ何だと人だかりが生まれ、自然と連音は衆人環視に晒される。
正直、早く逃げたい。

というか、知り合いと思われたくない。


強攻策として連音はシャマルの腕を掴んで、引き摺るようにしてその場を後にしたのだった。


大通りを挟んだ先にある、小さな公園。
遊ぶ子供達が、数人居るだけである。
「ご免なさい、私ったら興奮しちゃって………」
シャマルはベンチに座り、シュンとしていた。
というか何に興奮を覚えたというのか、連音には疑問だった。
「それで、何だったんですか?」
「あ、そうそう!そうよ、落ち込んでる暇なんて無いのよ!!」
連音が言うと、パッと顔を上げて連音の手を掴んだ。
「えっ!?」
「連音君、良かったら今晩うちに来ませんか!?」
「は、はい!?」
「さっきも言ったけど、今日はお鍋なの!お鍋って人数が多い方がきっと美味しいし楽しいと思うの!!」
「えっと…あ……の…」
シャマルは息の掛かる場所まで顔を近づけるものだから、連音の顔は自然と赤くなってしまう。
しかしシャマルは、連音を夕食に招く事だけに頭が一杯で、その事に気が付けない。

「ご…ごめんなさい……、今日は予定があるんで。それに、来客があるんでしょう?」
どうにか、それだけを喉から搾り出す。
するとシャマルは、目を見開いて更に迫った。
「大丈夫!!そんなのは気にしないで良いですから!!」
明らかに文法がおかしい。
「いや……言ってる意味が……」
シャマルの髪から漂うシャンプーの香りに、ついドキッとしてしまう。
(ま、マズイ……頭が……クラクラ…)
薄れそうになる意識を強引に留まらせ、連音はシャマルの手を振り払う。
「あ――っ!」
突然の行動に驚くシャマル。
「ご、ごめんなさい…!と、とにかく今日のところは……じゃ!!」
「あっ、待って!連音君っ!?」
シャマルの制止を振り切って、連音は公園から走って逃げた。
残されたシャマルは唖然とし、やがてガックリとうな垂れた。
「やっちゃった………どうしよう…!?ごめんなさい、はやてちゃーーーーん!!」

夕暮れの公園に響き渡った声に、答えたのはカラスだけだった。



公園からかなり離れた路地裏で、連音は上せかけた頭を冷やす事に努めていた。
冷たい風に頭を晒せば、徐々に意識がハッキリとしてくる。
「あ…危なかった………」
本当にギリギリ、意識を手放す寸前まで、連音は追い詰められていた。
恐らく無意識でやっていたのだろうが、正直な所、シャマルのようなタイプは苦手だった。

ああいうタイプは分かっていてやるタイプ(例 月村忍)よりも、ずっと性質が悪い。

壁に頭をぶつけて、深く溜め息を吐いた。
「はやての家族、か…。はぁ〜あ…」
幾ら余裕が無くてもあの態度は良くないと、自己嫌悪してしまう。

ともあれ、やってしまった事は仕方ない。
連音は気を取り直して、今日の訓練場である八束神社へと向かった。






宵闇近い神社。その境内の脇にある木の下で、連音は禅を組んで精神統一をしていた。
それは何時も訓練前に行っている事で、その為に早く来ているのだ。

葉の音しかしない境内で、連音は心を静めていく。
明鏡止水の境地、とまでは行かないが、内側から何かが静まっていく感覚を覚える。



その中で向き合う自分自身。
母の死を受け止め、自分のせいで奪われた無辜の命、その死に報いる為に自分として戦う。
そう改めた日から繰り返してきた。

ザワリと波が立つ。
未だ、過去は連音を縛り続けている。

一生癒えない傷だろう。
だが、それでも譲れない願いがある。だから背負っていく。

その魂が煉獄に燃え尽きる、その瞬間まで。
理不尽に奪われる命を、一つでも守る為に。

守りたい人の、守りたい笑顔の為に。


改めて誓う。
この手の力は、闇を切り裂く刃。
この心には、闇をも呑み込む雄々しき誓いを。

そして、何者にも負けない絶対の強さを振るう事を。


もう二度と、この道を見失わない為に。



そして、連音はゆっくりと目を開いた。
太陽はとっくに沈み、世界は静かな闇に変貌していた。

コートから携帯を取り出し時間を見ると、既に二時間近くが経過していた。
そろそろ、恭也たちも来る頃だろう。

とその時、手の中の携帯がけたたましく音を鳴らした。
見ればエイミィからだった。
「――はい、どうしました?」
『あぁ、連音君!?今、騎士達を都市部上空で発見!至急現場に向かって!!』
その言葉に、連音の表情が厳しいものになる。
携帯をそのままに、連音は一気に駆け出した。
神社の石段を一足で半分飛び降り、着地と同時に再び踏み切る。
「詳しい場所は!?」
『今居る所から、北東方面!!』
「――了解!」
連音は宙を舞いながら携帯を仕舞う。

「うわぁ!?」
「美由希さん!?」
石段を下り切った直後、驚きの声を上げた美由希に連音は振り返った。
その後ろには当然、恭也の姿もあった。
その只ならない様子に、二人は事態を察する。

「例の剣士か!?」
「はい、現れたって連絡が……すみません、今夜の訓練は」
「いや、俺達も行こう」
「えっ!?」
恭也の予想外の言葉に、今度は連音が驚かされた。
「この町で何かあれば、それは他人事じゃない。守るべき者を守る、それが御神の剣士だ」
「それに…連音君が負けちゃうぐらい強い人が、何人もいるんでしょ?だったら」
「ダメです」
連音は今までに無いぐらい静かに、そして強く、二人を止めた。
「確かに恭也さんも美由希さんも強いです。でも、奴らには絶対に勝てない……!」
「……どういう意味だ?」
「奴らと戦えるのは、その為の資質を持った者でないと駄目なんです」
「資質…?そいつらは妖の類なのか?」
「……そうですね、人では……ありません」
連音がそう言うと、二人は神妙な面持ちで頷いた。
「そうか……分かった。だが、無理はするなよ?」
「気を付けてね?」
「はい。じゃあ…行ってきます!!」
連音は一気に跳躍し、電柱の上から屋根の上へと跳び移り、そのままあっという間に見えなくなってしまう。

それを見送りながら、美由希は呟いた。
「大丈夫、だよね?前みたいに……ならないよね、あの子?」
「心配要らないさ」
恭也はポンと、美由希の頭に手を乗せた。
「何せ、お前よりずっと強いからな?」
「なっ!?恭ちゃんッ!!」
美由希が怒って振り返れば、既に兄の姿はそこには無く。
「何をやってる?さっさと上がって来い」
代わりに石段の中頃にまで上っていた。

「く、悔しい……!」
今日こそはあの憎たらしい鉄面皮を、どうにかしてやろうと美由希は強く誓った。
ちなみにその誓いは、見事に破られる事になるのだった。







一般住宅の屋根を跳びながら、連音は装束を身に纏う。
道路を飛び越え、更に加速していく。
「連音!」
「っ!?クロノか…!」
声に見上げれば、空を飛ぶ黒衣の魔導師。連音も飛翔し、その隣に付く。
「状況は?」
「今、武装局員が結界内で対峙中。現場までは、もうすぐだ」
そう言い、クロノは高度を上げる。見えてきたのは、強装型の捕獲結界だ。
「――僕は上から行く!」
「―――分かった。精々、派手に引き付けさせてもらおう……!!」
そして連音は、そのまま真っ直ぐに結界に突入した。



結界内部で、局員に包囲されているのはヴィータとザフィーラ。
別世界での蒐集を終え、帰路の途中で監視網に引っ掛かったのだ。

「管理局か……!」
「だけど、チャラいよこいつ等……返り討ちだ!!」
ヴィータがアイゼンを構える。
と、それを切欠にしたように、局員が一斉に包囲を緩めた。

「何だ…!?」
「ッ!?ヴィータ!!」
「何…っ!?」
ザフィーラがヴィータの前に立ちはだかり、シールドを展開させる。
その瞬間、琥珀色の弾丸がシールドに直撃した。

「ぬぅ…この魔力は…!!」
「あのヤローか!?」
「―――ご明察だ」
先制攻撃に続き、連音が真っ向からヴィータ達に突撃する。

その姿を視認したヴィータの顔が、あっという間に怒りで染まった。
「テメェ…あん時の借り、ここで返してやらぁ!!」
「出来ない事をほざくな、チビ騎士よ」
「チ、チビ騎士だとぉ……!?殺す、ゼッテェに、ここで殺す!!」
怒りに任せ、ヴィータが鉄槌を振るう。だが、感情任せの一撃は大振りで、連音の速さにあっさりと回避されてしまう。
「クッ…!」
そのがら空きの脇にもぐりこみ、連音は琥光を握った。

「言っただろう?出来ない事を―――」
「――ッ!」
「――口に、するなと!」
そして一気に抜刀した。反射した光が孤を描き、闇夜を切り裂く。
「つぇああああああっ!!」

ザフィーラが寸での所で割って入り、極小のシールドで琥光の刃を受け止める。
「またお前か……つくづく邪魔が好きなようだな?」
「我が前で、仲間を傷付けさせはせん!!」
「―――ならば俺も言おう。我らの同胞を手に掛けた事、俺は決して許しはしない…!」
「っ…!!」
僅かに覗く瞳に、ザフィーラはゾクリとしたものを覚えた。

それは明確な殺意の眼差し。
「そして、この町で……貴様らに自由を許しはしない!!」
そして、絶対的な敵意だった。

「うっせぇえええっ!!」
ヴィータが体勢を整え、再びアイゼンを振り下ろす。
それを大きく後ろに躱して、連音は琥光を刺突で構える。
「こっちだってな……テメェにやられた仲間の恨み、忘れてねえぞ!!」
「―――黙れ」
「…ッ!?」
ただの一言に、ヴィータは言葉を止められた。

まるで熱のない、氷のような言葉。
そして、連音は構えたままにヴィータを睨みつける。
「「………」」
ヴィータの頬に一筋の汗が伝う。

そしてザフィーラも、すぐにサポートできるように身構えた。


「――ッ!?上っ!?」
ザフィーラが感じた強い魔力に、上を見上げた。
「何っ!?」
続いてヴィータが見上げた時、それは既に発射体制を取っていた。

魔法陣を中心に向けられるのは、無数の魔力刃。
「しまった!ヤツは囮か…!」
連音は覆面の下でニヤッと笑った。
「ご明察」

ザフィーラがヴィータの上に入り、シールドを展開しようとした瞬間、クロノの魔法が発射された。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

振り下ろされるS2Uに続き、容赦なく刃のスコールが騎士達に襲い掛かった。

悲鳴すら呑み込む爆音の連続。
そして空を爆煙が包んだ。

「はぁ…はぁ…少しは…通ったか……?」
息を切らせながら、しかし眼下の敵から意識を離さない。

やがて風に爆煙が消え、その下からは両腕に何本もの魔力刃が突き刺さったザフィーラが現れた。
ヴィータは彼が盾となったおかげで、ダメージはない。

「ザフィーラ!?」
「グ……大丈夫だ、この程度で如何にかなる程……ヤワではない!」
腕に魔力を込め、魔力刃を砕く。
「へっ、上等…!」


連音はクロノの隣まで高度を上げていた。
「派手な割に、効果はいまいちだったな……」
「うるさい……結構、ショックなんだぞ!?」
息を整えながら、クロノは連音に言い返した。
その間も当然、騎士から視線を外さない。


「堅いな……不意を突いてあれだけか」
「奴の防御力は並じゃないからな。気を付けろ」
クロノは杖を構え直し、連音も琥光を構える。

『武装局員、配置終了!オッケー、クロノ君!』
「了解…!」
局員が結界強化に入った事を確認し、完全に戦闘体勢に入った。
『それから今、現場に助っ人を転送したよ!!』
「「…っ!?」」
二人が揃って見下ろせば、ビルの屋上に立つ二人の少女。
そして別のビルの上にも人影があった。
「なのは、フェイト…!」
本局から戻ってきたなのは達だ。転送ポートの行き先変更をして直接、現場に来たのだ。
「あいつら……!」
二人に気がついたヴィータが睨みつける。

二人は強い思いをもって、帰ってきたパートナーを手にした。
負けない事。思いを伝える為に。
勝つ事。
大事な人達を傷つけさせない為に。

「レイジングハート!」「バルディッシュ!!」
「「セェェット、アァァップッ!!」」


その瞬間、強大な光の中に二人の体が浮かび上がった。



“Order of the setup was accepted”
(起動命令が承認されました)
“Operating check of the new system has started”
(新システムの動作チェックを開始します)
“Exchange parts are in good condition, completely cleared from the NEURO-DYNA-IDENT alpha zero one to beta eight six five”
(変更パーツの動作良好。ニューロン接続、承認します。A‐01からB‐86までを完全クリア)

「え!?こ、これって…!?」
「今までと、違う…!?」
突然の事態に戸惑いの声を上げる二人に、エイミィからの通信が届いた。


“The deformation mechanism confirmation is in good condition”
(変形機構の確認。異常なし)
“Main system, start up”
(メインシステム、起動します)

『二人とも、落ち着いてよく聞いてね!レイジングハートもバルディッシュも、新しいシステムを積んでるの!』
「新しい、システム……?」
『その子達が望んだの!自分の意思で、自分の想いで!!』

“Haken form deformation preparation: the battle with the maximum performance is always possible”
(ハーケンフォーム、変形準備。最高性能での戦闘が常時可能)
“An accel and a buster: the modes switching became possible. The percentage of synchronicity, ninety, are maintained”
(アクセル及びバスター、両モードへのモード変更が可能になりました。同調率、90%で維持されています)

『呼んであげて!その子達の、新しい名前を!!』

“Condition,all green. Get set”
“Standby,ready”

二人の脳裏に、閃光の様に奔るものがあった。

なのはが叫ぶ。
帰ってきた、不屈の心の名をもつ、頼もしいパートナーの新しい名を。

フェイトが叫ぶ。
生まれ変わった、閃光の戦斧の異名を持つ、頼もしいパートナーの新しい名を。

「レイジングハート、エクセリオンッ!!」
「バルディッシュ、アサルトッ!!」

主の強きその声に、ついにそれが最後の言葉を発した。


““Drive ignition.””


結界内を、眩い光桜色と金色の閃光が照らしだす。
「こいつは…随分と派手な……!」
連音は思わずそんな事を言ってしまう。

その光が消えて現れたのは、今までと違うバリアジャケットに身を包んだ二人だった。
なのはは赤い宝石のようなフィールドジェネレーター、手にはグラブ、袖や腰が強化がされている。

フェイトは左手と足に装甲が追加され、足回りにも、高速機動補助用の機能が追加されている。

だが、一番の違いはその手のデバイス自体にあった。

“Assault form,Cartridge set”
“Accel mode,Standby,ready”


レイジングハートには、機銃に付けられるようなバナナ型マガジンが。
バルディッシュには拳銃のようなリボルバーユニットが、それぞれ付けられていた。

「あいつらのデバイス……あれって、まさか!?」
なのは達のデバイスを見て、ヴィータが驚きの声を上げた。
「……デバイスを強化してきたか」
ザフィーラは静かに、しかし僅かに厳しさを浮かべている。


「カートリッジシステムだと…!?なんて無茶な……」
そして、連音は驚き過ぎて唖然としてしまっていた。

だが、それぐらいでなければ、騎士達と渡り合うことは難しいかもしれない。


連音の心配を余所に、なのは達の目に迷いはなかった。





新しき力を手に、再び嵐に立ち向かう時は来た。







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