夜の海鳴市。
とあるビルの屋上に集う影達。
それぞれが主より賜った騎士服に実を包み、寒風にその身を晒している。

闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターである。
「フッフ〜ン♪」
が、その中で一人、鼻歌を歌うご機嫌な者がいた。
「どうしたシャマル、拾い食いでもしたか?」
「それどういう意味!?」
「別に他意はないぞ?お前のせいで主にドジッ子などという印象を持たれた事を根には持っていないぞ?」
「すっごく持ってるじゃない!!」
「で、どうしたんだ?」
「スッパリと流したッ!?」
「話が進まん。で、どうしたのだ、シャマル?」
シグナムとシャマルのやり取りを、ザフィーラが強引に修正する。
「今日はね、すっごく良い事があったのよぉ〜!」
「良い事…?何だ?」
各々が揃って夕食の頃を思い出す。
確かにいつもと比べてかなり豪華であった。そして主の機嫌も、とても良かったのを思い出した。

それを鑑みるに主とシャマル、二人に良い事が起きた、という事なのだろうか。
必死に笑いを堪えながら、シャマルは答えた。
「実は……ついに来たのよ!」
「何が……あぁ、四日目にしてついに」
「違うわよ!!あの彼……風鈴の王子様がよッ!!」

カシャーンッ!


ここまで一切会話に参加しなかったヴィータが、存在をアピールしてしまった。
のろのろと、落としたグラーフアイゼンを拾い上げる。
何となく、誰もが口を噤んでしまった。そんな迫力をヴィータは発していた。
そしてギュッとグリップを握り、軽く振りぬいた。
「よしシャマル、そいつは何処だ?今から行ってアイゼンの頑固な汚れにしてくるから」
「ちょっ!ダメよ、ヴィータちゃん!!」
「大丈夫、すぐ終わらせっから」
「だからダメだってば!!」


この夜の蒐集を始めたのは、これから二十分後の事であった。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

       第六話   御神への挑戦



早朝。マンションの屋上に繋がる階段を上るのは、フェイトとアルフ。
フェイトは訓練用の金属棍を持ち、アルフはこっちで暮らす為の新形態、子犬フォームになっている。

ドアを開けると、フェイトの顔が僅かに驚きに染まる。
まだ日も昇ったばかりの時間だというのに、既に先客がいたからだ。

(レン…?)

そっと音を立てないようにドアを閉じる。アルフにも声を出さないように言って、連音の動きに注目した。

連音は琥光を構えたまま、微動だにしない。
しかし、その足元には汗で作られた染みが幾つも生まれ、そして、その体からも熱が湯気となって陽光に照らされていた。

どれ程そうしていたか、不意に強い風が吹き、落ち葉が屋上にまで吹き上げられた。
そして、ヒラヒラとそれが連音の前に落ちてきた。

「―――破ッ!!」
裂帛の気合と共に連音の姿がぶれ、瞬間、落ち葉は破裂して微塵となった。

「―――ッ!?」
「な――ッ!?」
一瞬の事にフェイトは息を呑み、アルフはつい声を出してしまった。

「何だ、誰かと思ったらフェイトとアルフか。随分と早いな、ちゃんと寝たか?」
「…………」
「…………」
「ど、どうした!?そんなに目を見開いて…?」
フェイトとアルフが完全にフリーズしているのを見て、連音はちょっと慌ててしまう。
「お〜い、大丈夫か〜?」
「え、あ…うん。アルフ……今の、見えた?」
「全然……何やったのかも分かんなかった」
「わたしも……」

フェイトはまじまじと連音を見た。
「……何だ?」
怪訝そうに尋ねる連音に、フェイトは言った。
「わたしに……戦い方を教えて下さい!!」


訓練中は外していた眼帯を着け直し、連音はフェイトの話を聞く。
「で、何で俺に戦い方なんて……フェイトだって、充分知っているだろう?」
「うん……でも、あの人達……騎士達と戦うのに、今のままじゃ全然足りない。
クロノが言ってたでしょ?あの人達の魔法、ベルカ式は対人戦闘に特化したものだって。
だから、もっと知らないといけない。対人戦闘そのものを……!
レンはあの人達と互角に戦える。だからレンに教われば、きっと何かを掴めると思うんだ……!」

連音は真っ直ぐなフェイトの言葉と眼差しに、照れくささ半分、戸惑い半分といった感じであった。
確かに、例外もあるが連音の技は対人戦闘、もしくはそれ以上の存在用である。
近接戦闘も、アースラ組の中では連音が間違いなくトップだろう。

フェイトが教わりたいという気持ちは分かる。
だが、連音自身は人に教えられるような人間ではないし、そんなレベルでもない。
何より、フェイトが教わりたいと言っているのは、人を殺す為に突き詰められた技だ。
本人にその気がないと分かっていても、簡単には頷けない。

「態々俺に教わらなくても……局にもいるだろう?そういう共感みたいな人とか」「うん……いるよ。でも、今のを見て確信したの!レンに…教わるのが一番だって!」

「う〜ん………でもなぁ……」
フェイトの熱意は本物で、恐らくは何を言っても退かないだろう。
しばらく頭を悩ませ、連音は結論を出した。

「分かった。といっても俺も修行中の身だし……精々、組み手の相手ぐらいしか出来ないぞ?」
「うん、それで充分だよ。ありがとう、レン…!」
「っ!あ、あぁ……」
本当に嬉しそうなフェイトの笑顔に、思わず驚いてしまう。

(驚いた……姉妹だからか?同じ様に笑うんだな……)

そんな思いを誤魔化すように、連音は琥光を構えた。
「じゃ、じゃあ早速やるぞ!」
「うん!じゃないか…はい、お願いします…!」
フェイトも棍を構える。

そして、朝の空気に金属音が響き渡った。








静かなリビングに、火に掛けられた鍋の音が届く。
その前をはやての車椅子が過ぎ、トントンと包丁が軽快なリズムを刻んだ。

「ん…むぅ……?」
その音に、シグナムが目を覚ました。
昨夜、蒐集を終えたシグナムはそのままリビングのソファーに座り、眠ってしまっていたのだった。
「……?」
ふと、自分に掛けられている毛布に気が付いた。
記憶の中には、自分がやった覚えは無く、視線を落とせば足元のザフィーラにも毛布が掛けられていた。

「ごめんな、起こした?」
「っ…!?あっ…いえ……」
突如掛けられた声にシグナムの意識が覚醒する。
そして、あらかたの事を理解した。


「ちゃんとベッドで寝やなあかんよ……風邪引いてまう」
「す、すみません……」
シグナムは謝りながら立ち上がり、毛布を畳む。
足元ではザフィーラモ目を覚まし、器用に毛布を畳んでいた。
そんな様子にはやてはクスッと笑い、鍋の取っ手を持つ。
「シグナム、昨夜も夜更かしさんか?」
「あぁ…その、少しばかり……」
申し訳無さそうに答えるもので、はやてはまたクスリと笑う。
シグナムはそれから逃げるようにリモコンを掴み、部屋の照明とエアコンを点ける。
薄暗い室内が一転、明るくなった。

「はい、シグナム」
「え…?」
振り返ればトレーにマグカップを乗せ、はやてがやって来ていた。
中には湯気を立てる白い物があった。
「ホットミルク……温まるよ?」
「有難う…ございます」
主の心遣いに申し訳なさを覚えつつ、シグナムはそれを受け取る。

「ザフィーラにもあるから、ほらおいで」
はやてがキッチンに向かい、それに続いてザフィーラが行った。

と、バタバタとした足音が聞こえてきた。
勢い良くドアが開かれて、寝癖を直さないままにシャマルが入って来た。
「すみません、寝坊しました!」
「お早う、シャマル」
「お早う!あぁ、もう!ご免なさい、はやてちゃん!」
「別に良ぇよ」
ドタドタと走るシャマルに続いて、眠い目を擦りながらヴィータがやって来た。
その手には、お気に入りの兎のぬいぐるみがしっかりと握られている。
「うわっ、めっちゃ眠そうやね…!?」
その顔を見てはやてが驚いたような声を出す。
「………眠い」
「もう、顔洗ってらっしゃい!」
シャマルが注意するが、ヴィータは首を振った。
「ミルク…飲んでから」
「もうっ!……はい、熱いから気を付けて」
「うん…」
椅子に座り、息を吹きかけながらホットミルクを飲みだす。
「熱ッ…!」
「ほら、気を付けて…!」
「シャマル…頭、寝癖付いとるよ?」
「え!?ウソ、あぁ…っ!?」

いつもの朝の風景。
この半年足らずで、何度も見てきた風景。

シグナムはそれを見ながら、今の自分達の事を思い返した。

「あたたかい……な」
手の中のホットミルクを見ながら、シグナムは小さく呟いた。







「ハァッ…ハァ………ハァ…!」
「っと、もういい時間だな。今日から学校だろ?遅刻しないようにな?」
「ハァ…ハァ……ありがとう…ございました」
息も絶え絶えに、フェイトは立ち上がった。
覚束ない足取りで屋上を後にしようとするフェイトを、アルフが人型に戻って慌てて追い掛けた。
「大丈夫かい!?」
「うん……何とか……。でも、ショックだな…もうちょっと良い線行くと思ってから」
「………」
フェイトは組み手の事を思い返し、笑ってしまった。

繰り出す攻撃、その全てを連音はあっさりと防ぎ、そして連音はその全てに寸止めでカウンターを決めてきたのだ。
魔法という力を取った時、余りにもレベルが違う事にショックは大きかった。

だが、同時に確信する。
この実力があればこそ、騎士と真っ向から戦えるのだと。


(もっと強くなりたい……大事な人を傷つけないように……!)




フェイトが汗を流し、準備を終えて学校に向かった後、連音も汗を流して新しい訓練着に着替える。

右目の状態は大分良く、完治までは後一歩といった所。
その分、体もキレが戻っている事は屋上でも証明済みだ。


ギュッと連音は拳を握る。
琥光があれば敵と真正面から打ち合える。
竜魔の術も、通用した。

しかし流導眼という切り札を切りながら、寸での所で敵を逃がしてしまった。
まだ、何かが足りないのだろうか。

(もっと、違うものを……俺自身が、俺自身だけの何かを……!)
その答えは、やはり修行の果てにしか見出す事は出来ない。
コートを手繰り、連音は外へと出た。



「あれ、連音は?」
リビングにやって来たクロノは、同じくリビングにいたエイミィに尋ねた。
「さっき出かけちゃったよ。何処に行ったのかは知らないけど」
「そうか。まぁ、連絡は取れるし良いけど……」
「それで、クロノ君の方はどうだった?」
エイミィが冷蔵庫を漁りながら尋ねる。
「グレアム提督の口利きも在って、武装局員一個中隊を借りられた。捜査を手伝ってもらうよ。そっちは?」
クロノがソファーに腰を下ろすと、冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出したエイミィが隣に座った。
コンソールを操作しながら渋い顔をする。
「良くないねぇ……昨夜もまたやられてる。今までよりも遠くの世界で、魔導師が十数人、野生動物が約四体」
「野生動物…?」
「魔力の高い大型生物。リンカーコアさえあれば、人間でなくても良いみたい」
中空に空間モニターが出現し、亀に似た容姿の生物が映し出される。
「正に形振り構わず、だな……」
余りの節度の無さに、クロノは思わず呆れてしまう。

「でも、闇の書のデータを見たんだけど……何なんだろうね、これ?」
生物の映像が消え、闇の書が映し出された。
「魔力蓄積型のロストロギア……魔導師の魔力の根源となるリンカーコアを喰ってそのページを増やしていく」
「全ページである666ページが埋まると、その魔力を媒介に真の力を発揮する。
次元干渉レベルの巨大な力をね……」
そう言いながらクロノは静かにパックに手を伸ばす。が、エイミィが先んじて自分の方にヒョイと寄せた。
「――んで、本体が破壊されるか、所有者が死ぬかすると、白紙に戻って別の世界で再生する、と」
「様々な世界を渡り歩き、自らが生み出した守護者に守られ、永遠を生きる――」
立ち上がってクロノは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
「破壊しても何度でも再生する。停止させる事の出来ない危険な魔導書……」
「それが、闇の書……。私達に出来るのは―――闇の書の完成前の捕獲?」
「そう。あの守護騎士達を捕獲して、更に主を引き摺り出さないといけない」
その言葉にエイミィが頷く。

クロノは一口水を飲み、続ける。
「とにかく、今は守護騎士だ。現状だと実質戦力は僕と連音、2対4は流石にきつい」
「なのはちゃん達の復帰にも時間掛かるしね……」
「とはいえ、事態は待ってはくれない。どんな状況でも戦う以外はない……」

厳しいだろうけど。そう付け加えたクロノの顔は暗かった。






マンションを出て、一時間後。連音は町から離れた山の中にいた。
「探せばあるもんだな……滝って」
修行といえば山、そして滝である。などと冗談交じりに探してみたら、目の前には小さいながらも滝があった。
早速訓練を行おうとしたが、木々の奥に感じる気配に刃を構える。
「誰だ…」
「――竜魔衆、弓叉久樹でございます」
「……どうした?」
現れた忍装束の男は、連音にスッと箱を差し出した。
「補充用の魔導弾丸です。お受け取りを」
「確かに受け取った。ご苦労」
「では―――」
シュン、という音と共に忍装束の男が消える。
箱を開け、中身を確認する。
「二十四発……琥光に予め入ってあったのを一発使ったから…二十九発か。これだけあるなら大丈夫かな?」

五行剣はカートリッジを使う事で、爆発的に火力を上げる事ができる。
それ以外にも、使いようはある。

とはいえ、未だ使い慣れていないのも事実。
シグナムに躱された一撃は、その威力に微かに目測がずれてしまった事も原因でもなった。

「さて、やるか……!」
眼帯を取った連音は結界を張り、装束を纏って琥光を構えた。

滝を眼前に捉え、清流にその身を置いて心を研ぎ澄ます。
(集中……一意専心………もっと深く……………)
滝の音に耳を澄まし、連音の意識が深く、大きく広がっていく。
世界が、連音を中心に狭まっていく。

「琥光、カートリッジロード」
“発動”
弾丸が爆発し、全身に魔力が走る。
琥光を刺突に構え、弓の様に全身を引き絞る。

「――瞬矢!」
“瞬刹”
振るう刃が風を切る音と同時に、滝が爆ぜる。その向こう側の岩肌がクレーターの様に割れた。
その中心から四方向に亀裂が走り、巨大な十字を描いていた。

その跡こそが、瞬矢の完成形の証であった。
威力云々ではなく、力の完全なる一点集中によって生まれる十字の痕。

闇を穿つ、竜魔の十字架である。


「――これなら奴らでも防げない……その自信はある。だが、どう決めるか……?」
敵はプレシアのような、戦闘の素人ではない。
熟練の戦士である彼女達が、瞬矢の弱点 ―発動までの隙― を逃す筈がない。

連音にはこれを超える威力の技は、五行奥義以外には無い。
だが、あの術は負荷が大きく、何より隙も桁違いだ。
「しかし…カートリッジを使うと、非殺傷でも衝撃だけで殺してしまうな……その辺り、注意だな」

瞬矢よりも早く発動でき、威力もできれば同等。そして、殺さずに済ませられる。
そうでなくても他を生かせる、新たな切り札と成り得るものならば。

「………“あれ”が使えれば……単純に戦術が増えるな……」
考え込んでいた連音だったが、ふとある事を思い出した。
あの技。おぼろげに映る黒白の世界で煌いた光。

完璧でなくても良い。どんな形でも良い。あれを再現出来ないだろうか。

必殺必中の一閃。
暴走した自分を倒した、高町恭也のあの技を。


あれでなくても、道場の時の技はどうだろうか。
「確か…神速と薙旋だったっけ……?」
四撃が薙旋というなら、神速とは何なのか。
「そういえば恭也さん、暴走した俺の瞬刹を躱してたよな……あれが神速?」
思い返せば道場の時も、恭也の姿を見失っていた。
神速が加速的な技ならば、一体どうやっているのだろうか。

「恭也さんは魔力を使えない。という事は、肉体的に何かをしているって事だ。自己暗示?いや、違うな……」
ブツブツと思考を巡らせる。恭也との会話、戦闘、思い出せる全てを引き出して糸口を探る。

「――――そういえば、道場の時……あれだけの速さだったのに、どうして俺が防いだって分かったんだ?」
思えば妙な話である。速く動くという事はそれだけ視野が狭まり、認識し難くなる筈だ。
あの時、腕に当たったのが防いだのかどうか、本人ですら分からなかった事を、恭也は断言した。

ニ撃を防がれた、と。


「恭也さんには、見えていた……?動体視力…?いや、違う…」
見えない筈の世界の速さ。それが見える可能性に連音は気が付く。
人間には様々なリミッターが掛けられている。それは肉体の本来の能力が、その肉体自体を毀してしまう程に強力だからだ。

例としてあげれば、ごく普通の成人女性のリミッターが外れた時、ヘビー級ボクサーと同等のパンチが打てる。
それだけの力を本来、人間は秘めているのだ。


「だが、リミッターには二種類ある……」
連音は川から上がり、手に収まり切らない大きさの石を掴むと、瞳を閉じた。

脳内にイメージを浮かべる。
あの暁の殺戮の情景を。そして、その時の怒りと殺意を。
全身が熱を発し、心が臨界点を向かえた瞬間、カッと目を見開き、真紅の輝きが晒される。

「破ッ!」

バコッ!!

裂帛の気合と共に解き放った感情と力が、手の中の石を握り砕いていた。

辰守流古式格闘術 秘伝技―羅刹―

感情の爆発を使い、肉体のリミッターを強制的に外す技だ。

連音は額の汗を拭って嘆息した。手が反動で僅かに震えている。
「こっちは俺にも出来るけど……もう一つの方、脳の知覚力のリミッターは、どう外す……?」
二つのリミッター。それはそれぞれ筋力と、脳に掛けられたものだ。
筋力の方は、脳の伝達より速く反応させれば外す事はできる。
だが、脳は感情だけではいかない。

極限状態が生み出す圧倒的な集中。自身の命の危険が目前にあるような状態でなければ外れる事はない。

戦いの中で、敵の動きがスローなる瞬間がある。これこそがそうだ。

だが、神速はこれを遥かに上回ったもの。前述のような状態のレベルである筈だ。
そうでなければ、瞬刹を躱す事など不可能だ。

更に言えば、その世界で恭也は動いている。
それだけの世界にあっての動き方。それも出来なければならない。


神速の正体に恐らく辿り着いたと連音は思うが、しかしその実、問題は山積みである。
「ま、仮にも御神流の奥義だ。そう簡単に物に出来るとは思えないけど……」
だが物に出来れば、連音の戦術は一気に幅を広げる事になる。

超知覚による認識での加速。それはすなわち、時間の加速に等しい。
一秒を一秒以上に変えるだけでも絶大な力となる。

更に、これと瞬刹を組み合わせたなら、それは何人をも追いつかせない世界を生み出す事になるだろう。

連音は再び川にその身を晒す。
目指すのは視覚による極限の集中。だがそれは、五感をフル活用する忍者の戦術の真逆にある。
しかし、御神の剣士もそれと同じであり、御神に出来る事が竜魔に出来ない道理は無い。


身を刺すような冷たさの中、神速への挑戦が始まる。








昼休みを告げる鐘が鳴り、いつものメンバー三人にフェイトを加えた四人は、屋上に向かうべく、廊下を揃って歩いていた。
「フェイトちゃん、初めての学校の感想はどう?」
「都市の近い子がこんなにいるの初めてだから、何かもう……グルグルで……」すずかの問い掛けに苦笑いを浮かべるフェイト。
転校初日の転入生の宿命に、フェイト自身の容姿が拍車を掛けた。
ただでさえ珍しい転校生に、金髪美少女のエッセンスが加わてしまっては、フェイトには結構キツかったようだ。

休み時間の度に行われる質問攻め。
アリサが割って入りとりなしたが、それでも環境の著しい変化に精神的に参っていしまう。

「ま、すぐに慣れるわよ。きっと」
アリサはそう言って。階段を上りだした。
実際にそれ以外には解決法も無く、クラスが慣れるまでは、フェイトは今しばらく現状を耐えるしかなかった。

「だと良いな……」
フェイトのちょっと弱気な言葉に、皆一様に苦笑いを浮かべたのだった。







「ふぅ……」
あれから二時間。川から上がって、連音は焚き火に当たっていた。
行き掛けに買って来たフルーツバーとお茶を飲みつつ、痛む頭を押さえる。

神速は脳内の視覚情報処理を、通常を遥かに超えたレベルで行う事で起きる現象を利用したものだ。
それを自らの意識で発動する所に、この技の恐ろしさがある。

極限の集中。その領域に自分の意思で入るのだ。


連音にはその感覚が掴めなかった。
一度でもその感覚を知ることが出来れば、突破口は見出せる。

しかし、連音はそこまでの段階には至れなかった。


易々と行くとは思っていないが、手応えを感じないのもまた事実。
「やっぱり実戦しかないか……」
自分だけで出来ないなら、実戦から掴むしかない。
つまり、使い手である御神の剣士と真剣勝負をするしか。

だが、その案には不安要素がある。
「恭也さん、相手してくれるかな……?」
病院での件もあり、昨日の今日では少し不安である。
逆にそのせいで、もの凄く“殺る気”に満ち溢れるかもしれない。

冗談はともかく、御神流の奥義を盗もうとする人間と仕合ってくれるかが問題であった。


ともあれ、他に手が思いつかないのも事実である。
枝に掛けたコートから携帯電話を取り出し、時刻を確認すれば何時の間にか午後三時。
山の中だがアンテナが一本立っているので、メールが届いている。

差出人はクロノ。
『君が何処にいるかは知らないが、とりあえずは夜前には帰ってくる事。
現在の君は仮にでもアースラ所属の扱いだ。余り自由気ままに動かれると困る。
動くなら、最低限連絡を受けてすぐ動ける範囲にして欲しいものだ。


現在、臨時戦力として一個中隊が加わる。
捜査はこっちで引き受けるので、君はいつでも動けるようにしておいてくれ。以上』
「ふむ……こっちも、時間は余り無さそうだな」
騎士と何時戦う事になるか分からない以上、決断は早かった。
連音は急ぎ山を下り、町へと戻った。

海鳴に戻った頃には日は傾き始めていた。
こんな事なら、恭也の電話番号を聞いておけば良かったと思いつつ、連音は真っ直ぐに高町家を目指す。

その道程で、とある道場前を通った。

明心館空手海鳴本部道場

そう書かれた看板を横目に通り過ぎようとした時、目の前を人影が過ぎった。
「うわっ!?」
「――っ!」
ぶつかるその寸前、連音は目前の人影の腕を掴み、一瞬で体を入れ替えた。
「あ――」
「っと、ご免なさい。急いでますんで……!?」
連音はそのまま行こうとするが、逆に連音の腕がガシリと掴まれた。

「ちょっと待った……………やっぱり、あの時の子だ!」
「え?」
海鳴中央の制服を着たショートカットの少女は、連音の顔をまじまじと見て、やはりと頷いた。
「ほら、半年前……覚えてないか?俺だよ、ほら!」
「えっと……」
自分を指差し、しきりにアピールする少女を必死に思い出そうとするが、ハッキリしない。
確かに言われれば、何処かで会った事があるような気もするのだが。
首を傾げる連音に、少女はならば、と拳を握った。
「だったら、これでどうだ!!」
「――ッ!」
いきなり打たれた正拳突きだったが、連音はそれを躱すと同時にその腕を絡めとリ、一瞬で投げに転じた。
「うわぁっ!!」
反転する世界に少女は驚きの声を上げるが、すぐさま身を捻り連音を正面に捉える様に着地する。
「っと、どう?これで思い出した?」
「…………あ」
連音の脳裏に一瞬浮かんだ光景。
それははやてと出かけた日、その早朝の出来事。

「確か……城島晶さん、でしたっけ?」
「お、やっと思い出してくれたね…!」
たった一度、最悪の状態の時に会っただけの人間を、覚えていろと言うのは無茶な注文である。
かろうじて名前を思い出せたのは、偶然という他無かった。

「それじゃあ、思い出したのでこれで」
「ちょっと待ったぁっ!!」
行こうとする連音の肩を晶はガシリと掴んで、引き止める。
「まだ何か?」
このやり取りにデジャヴを、というか半年前そのままである。
「ここさ、俺が空手を習ってる道場なんだけどさ……」
「はぁ…」
「君も何かやってるんだろ…格闘技」
「まぁ、それなりに」
格闘技どころか、殺人術のレベルまで行くが。

「でさ、ちょっと組み手をしないか?」
「嫌です」
「良いじゃん、やろうぜ!?」
「そういうのは、翠屋の店長さんにでも頼んで下さい。きっと喜んで受けてくれますよ?」
「おっ?士郎さんの事、知ってるんだ……あぁ!もしかして、師匠とも知り合いじゃないか!?」
「師匠…?空手家の知り合いはいませんが…?」
「いやいや、空手家じゃないんだけど、俺が師匠って呼んでる人!高町恭也さんって人、知ってるだろ?」
晶の口から出た言葉に、連音はガックリと頭を垂れた。

どうしてこうも、誰も彼もが知り合いばかりなんだろうか。それとも都会はこれが普通なのだろうか。
そんな連音の苦悩に気付く事無く、晶は続ける。
「その人、師匠が言ってたんだ。なのちゃんと同い年で、目茶苦茶に腕の立つ子がいるってさ。それってさ、君の事だろ?」
「はぁ……そうかもしれないですね」(というか、なのちゃんって……?)
恐らくなのはの事だろうと思う。
だが、なのはとも知り合いというのには、顔には出さないが驚きである。
というか、恭也と彼女の関係は知らないが、あの男は何を言っているのだろう。本気で疑問を持ってしまう。

「それでだ、師匠が認めた程の腕前を見込んで、一つ手合わせをしたいんだ!」
「お断りします」
「道着は道場にあるから、それを借りるとして……」
「ちょっ!やらないと言ってるでしょうが!!」

つらねはにげようとした。
しかし、じょうしまあきらはごういんなやつだった。

道場の戸を元気良く開けて、連音を中に引きずり込んだ。
あれよあれよという間に、連音は多数の門下生の前に居た。
連音よりも遥かに大きい体躯の大人や、晶と同じぐらいの年頃の少年少女と幅広い。
しかし、連音と同じ年頃の子はいないようだ。恐らく時間的にもう終わっているのだろう。
ちなみに晶は、待っているように言って更衣室に向かっている。
正直逃げればいいのだが、後々がスッッゴイ面倒になるという確信があった。
どれだけそうしていただろうか。道着に着替えた晶がついに顔を出した。その後からもう一人入って来る。

「おまたせ!君も着替えてきなよ?」
「このままで良いです。さっさと終わらせますから」
「ほほう…凄い自信だな?」
晶はストレッチをしながら不適に笑う。
そんな晶に、一緒に入って来た男が声を掛けた。
一際大きい体躯と、落ち着いた雰囲気。そして何より、強い氣を全身から発している。
この人物こそが、ここの館長なのだろう。
「おい晶よ。本気でやるのか?」
「本っ気っですっ!」
「あのなぁ、小学生相手に何をムキになってるんだ?」
「そのっ小学っ生にっ!……負けたからです」
「…負けた!?お前がか?」
「師匠も認めた強さ……それと、ちゃんと戦いたいんです!」
晶は真っ直ぐな眼差しを、男に向けた。
しばし睨み合う様にしていたが、やがて男が溜め息を吐いた。

「やれやれ……怪我だけは気を付けろよ?」
「………押忍!」
準備運動を終え、晶がすっくと立ち上がって道場の中央に向かう。
連音も靴下を脱ぎ、その後に続く。
防具を渡され、それを二人は着ける。
「よし全員、端に寄ってくれ!」
その指示にぞろぞろと移動する門下生達。
画して、中央は二人だけのステージとなった。
二人の間に、館長が入る。
「これより、他流試合を行う。明心館、城島晶!」
「はい!」
「それと……名前は?」
「辰守連音です。流派は…辰守流古式格闘術」
「辰守流、辰守連音!」
「――はい」
館長が一歩下がり、その手をゆっくりと上げる。
晶と連音は、それぞれの構えを取った。

「では、始めっ!!」
一気に手を振り下ろし、声が道場中に響いた。

「「――――!」」
構えたまま、二人は動かない。
連音は前回の事もあり、晶がすぐに攻撃を掛けてくるだろうと思っていた。
それは晶も同様で、連音の言からすぐに攻撃が来ると思っていた。

互いに、それに向けてカウンターを構えていたのだ。

しかし初手は互いに外れ、緊張の状態に変わった。


張り詰めた空気が道場内に満ちていく。
晶の頬に、汗が一滴伝う。
(やっぱりだ……全然隙が無い……!)
(さて、と……あぁは言ったが、丁度良い。神速の足掛かりに試してみるか)

神速が視覚認識処理の加速なら、見る事に全神経を集中させれば良い筈だ。
人間の視覚情報は、情報量の七割をも占める。
それを自在にする故に、神速は奥義と成り得るのだろう。


連音の心情とは違い、晶は迷っていた。

どれだけ探っても隙が一切見当たらないのだ。
どうすれば良いか、迷う。
(クソ……!こっちから動くしかない……!!)

覚悟を決め、晶が一気に踏み込む。
「ハァッ!」
繰り出す一撃が空気を打ち抜き、その威力を物語る。
晶にとって、それは躱される一撃だと思っていた。

だが。

「――っ!」
晶の正拳が、連音を捉えた。
両腕でガードされたが、その衝撃は腕に響く。
その事に驚きを覚えるが、晶は一気に攻める。
どういう訳かは分からないが、当たるのなら攻める以外に道は無い。

「おりゃぁああああああああっ!!」
正拳の乱打から、上段足刀。そして中段突き。
息をも吐かせぬ連続攻撃に、門下生は息を呑む。
これではあの幼い少年はひとたまりも無い、と誰もが思った。

間近で見ている館長と、戦っている晶以外は。


館長はその光景に驚きの色を浮かべていた。
(何て子供だ…!これだけの攻撃を全てギリギリで防いでいやがる……!
しかも、晶が打ってきたのを確認してからだと……!?)

大人と子供。
戦いの次元の違いにそんな言葉が過ぎった。

(なるほど……あの恭也が認める訳だな)
非凡なる才能と、血の滲む研鑽。その上に成り立つ強さを持った少年。
そんな存在がいるとは大きな驚きと同時に、悲しみでもあった。
何故ならそれは、普通の子供としての生活を送っていない事でもあるからだ。


(クソッ…防がれる!フェイントも混ぜてるのに、一発も通らねぇ!!)
正拳、肘、膝、蹴り。あらゆる攻撃を連音は当たる寸前で防いでいた。
フェイントを掛けても、全く引っ掛からない。
実力差があるとは思っていた。
だが、ここまでハッキリ思い知らされるとショックは大きい。

(いや、師匠が言う程だ……まだ、こんなもんじゃない……!)
そして逆に、吹っ切れる部分もあった。
敵わないなら、自分の全てをぶつけるだけだ、と。




連音の目に、晶の動きが徐々に遅く見えてくる。
(もっと……もっと見るんだ……拳の捻りこみ、腰の回転、体裁き、あらゆる物を見て、もっとギリギリまで……!)
半年間積んだ訓練が、持って生まれたセンスが、徐々に上がる認識処理速度に反応速度を追いつかせる。

だが、まだだ。もっと深く。
まだこれは動体視力のレベル。それを超えた認識力こそが神速の入り口。

晶の攻撃は更に速さを増す。

連音の集中力が、更に深まっていく。

連音はおもむろに防御を解いた。
「「――!?」」
その行動に、晶と館長は驚く。
更に、連音は防具を脱ぎ捨てた。
「何のつもりだ…?」
「ここからは防がない。全て、躱す……」
「…ッ!」
自信過剰。そう思える一言だが、晶には分かった。
連音は本気で、それをやろうとしている。
防御の部分を削り、更に自らを追い込む。

防御を捨てるという事は完全なる無防備という事だ。
いくら連音でも、晶の拳をまともに受ければ無事とは行かない。

それだけの威力を晶の拳は持っている。
だからこそ、神速の足掛かりになるやも知れないのだ。

連音の思惑がどうであれ、晶にとっては好機でしかない。
舐められているとは思わない。
何故なら連音の目は真っ直ぐで、その瞳に恭也の面影が見えたからだ。

本気で、全てを躱す。それを貫く意志と覚悟。

晶も覚悟を決める。連音に一撃を絶対に打ち込んで見せる、と。


「でりゃぁああああああああああああああっ!!!」


晶が気合と共に、一気に踏み込んだ。























高町家の門前には一台のリムジンが停まっていた。
それはバニングス家の物で、高町家に寄り道していたアリサを迎えに来たのだ。
すずかも一緒に送ってもらう為、車に乗り込む。
「それじゃ、なのはちゃん、フェイトちゃん、また明日」
「バイバーイ!」

ウィンドウが閉まってリムジンが発進する。
なのはとフェイトは手を振って見送った。


そして、見えなくなったので家に入ろうとした所で声が掛かった。
「やれやれ、やっと行ったか……」
「ふぇ?」
二人が見上げれば、電柱の上に人影。こんな所に好き好んで登る人間はそうはいない。
影はコートに手を突っ込んだまま、道路の真ん中に飛び降りた。
「れ、連君…!何であんな所に!?」
「いや〜、ちょっと用があって来たら、あの車が停まっててさ。とっさにあの上にな。
そうしたら案の定、すずかとアリサが出て来たから、居なくなるのを待ってたんだよ」
確かに、普通は電柱の上を見上げる人間はいない。
とはいえ、連音は果たして電柱に登る必要があったのか。そこはかとない疑問であった。





明心館道場の真ん中で、晶は大の字になって倒れていた。
「くっそぉ……!一発も当たらなかった……!」
晶は悔しさを拳に込めて、畳に何度もぶつける。

宣言通り、連音は晶の攻撃を全て避けて見せた。
攻撃を続けた晶の体力は確かに落ちていた。しかし、拳速は逆に徐々に速まっていた。

連音の速さに引き上げられる様に、晶もまた試合の中で大きく成長をしていた。
だがそれでも、連音は更にその上を行ったのだ。

特に最後の一撃。
自分でも渾身の打ち込みと言える、速さと重さの拳を躱したあの一瞬。


晶は連音の姿を完全に見失った。
まるで眼前から消え失せたかのように、気が付いた時には晶は倒れていた。

顎に残る感触に、連音のたった一度の攻撃が当たったのだと分かる。
だがそれが拳なのか蹴りなのか、何処から打ったものなのか、何も分からない。
誰もが、その瞬間に気が付かなかったのだ。

二人の戦いを、集中して見ていたにも関わらず。

「まるで、師匠の神速みたいな……はは、まさかな」
晶は頭に過ぎった考えを一笑した。
あれは御神流の奥義だ。どれだけ凄かろうと、あんな年端も行かない子供が出来る筈がない。

晶は体を起こし、そして立ち上がった。ダメージが足にきていてふら付くが、それでも。
「強かった……マジで………!」
悔しさは残る。だが悔いがある訳ではない。
世界は広い。自分より強い奴など何人でもいる。

晶は拳を強く握り、それを真っ直ぐに振り抜く。


だけど、負けてなんていられない。
海の向こうで、今も戦っている奴もいるのだ。

「もっと強く……なってやる、絶対に!」

そして、その時こそ今日のリベンジを。

レンの名を持つ人間との新たな因縁に、晶は真っ直ぐに闘志を燃やすのだった・


「――っ!?」
「どうしたの、連君?」
「いや、何でもない」
背中に感じた嫌なものを忘れるように、連音は首を振った。
「痛っ…!」
全身に走った痛みに、つい顔が歪む。

晶との仕合の最後の一瞬。全ての時間が止まった。

その世界で、連音だけが何とか動く事ができた。
全身が酷く重くなったような感覚。足を一歩動かすだけでも体力が要った。

脇を通り抜ける際に振るった腕が、晶の顎に当たってしまった。
連音の認識では僅かに当たったぐらいだったが、実際には高速の一撃となっていた。

見への絶対的集中。その先に、連音は確かに見た。
ほんの一瞬。一秒にも満たない、瞬きの間の中で。
その時、連音の世界は色を失ったのだ。

(あれがきっと神速の入り口……あれを、自在に使えるようになれば………)

しかし、たった一度。ほんの一瞬で、肉体は悲鳴を上げていた。
頑丈さには自信があったのだが、自信を喪失してしまいそうだ。

あんな技を自由に使いこなす御神の剣士。その恐ろしさを改めて知ると同時に、最強の対人戦闘術の名が伊達ではないと納得した。

まだまだ、入り口が見えただけ。そこに辿り着き、門を潜るまで先は長い。
これを自分の支配下に置いた時こそ、初めて完成と言えるのだから。


なのは達に続いて高町家の門を潜れば、早速出会ったのは風芽丘の制服を着た、三つ編みの女性。
「あ、連音君だ。いらっしゃい」
「………」
連音の訪問に対し、美由希は余りにも普通の対応だった。

「なぁ、なのは。もしかして、俺がこっちに来てるって……?」
「うん。昨日の夕ご飯時にお兄ちゃんが」
「ほう……」
確かに、家族に言わないように、とは言っていない。
だが、その辺りは察する所だろう。

「ただいま」
「あ!お帰りなさい、お兄ちゃん」
なのはの言葉に振り返れば、恭也の姿があった。

自然と連音とも顔を見合わせる。
「昨日の仕返しですか?」
恭也はなのはとその向こう、美由希を見てしれっと言った。
「家族には言うな、とは言われていなかったんでな?」
(やはり確信犯か、このヤロォ)
連音は心の中で毒吐く。
「安心しろ、忍には言っていない。つまり、すずかちゃんにも知られる事は無いぞ?」
しかも、先読み済み。

「どうしてレンがいるのを、すずかに知られたらいけないの?」
フェイトは首を傾げる。
が、なのははその理由に心当たりが在り、顔を逸らした。
「その辺は触れないでおこうね、フェイトちゃん……」
「え…?……うん」
なのはの後頭部に見た影に、フェイトはそう答えるだけで精一杯だった。




なのはの部屋に上がった三人。
なのははベッドに腰掛け、フェイトはクッションに。連音は勉強机の椅子に座っている。
「ねぇ、なのははあの人達の事、どう思う?」
「あの人達って…闇の書の?」
フェイトは頷く。
「うん。闇の書の、守護騎士達の事……」
「わたしはいきなり襲われて、すぐ倒されちゃったからよく分からないけど……。
フェイトちゃんは、あの剣士の人と…何か話してたよね?」
「うん……少し不思議な感じだった。上手く言えないけど…悪意みたいなものを全然、感じなかったんだ」
それでも、連音がやられた事に怒り、感情のままに戦ってしまった。というのは心の中に仕舞ったままで。
「連君は何か知ってる?あの人達と一度、戦ったんでしょ?」
「いや、俺もなのはと同じようなもんだからな……その辺りの事情は知らん」

「そっか…。闇の書の完成を目指してる目的とか、教えてもらえたら良いんだけど…話が出来る雰囲気じゃなかったしね……」
「強い意思で自分を固めちゃうと、周りの言葉って、中々入ってこないから……」
フェイトはポツリと言った。
「フェイト…?」
「わたしも、そうだったから……」
フェイトは目をつぶり、半年前の事を思い返す。
「わたしは母さんの為だったけど……傷付けられても、間違ってるかもって思っても、疑っても…、
だけど、絶対に間違ってないって信じてた時は…信じようとしてた時は……誰の言葉も入ってこなかった」
静かな独白に、二人も表情を曇らせる。

「わたしだけじゃない、母さんもそうだった……。アルハザードに、アリシアに固執していた時には、わたしの言葉は届かなかった……」
「フェイトちゃん……」
「でも、言葉を掛けるのは思いを伝えるのは、絶対に無駄じゃない。
母さんの為だとか、自分の為だとか、あんなに信じようとしてたわたしも…なのはの言葉で、レンの言葉で何度も揺れたから。
言葉を伝えるのに、戦って勝つ事が必要なら……それなら、迷わずに戦える気がするんだ……」
フェイトはなのはと連音を見て、ニッコリと微笑んだ。
「なのはとレンが、教えてくれたんだよ?そんな強い心を……」
友達になりたいと言ってくれた、なのはの心。
アリシアの想いを命懸けで届けてくれた、連音の心。

初めて、こうなりたいと思った。
誰かの悲しみを分け合える人に。
悲しみと憎しみを打ち砕ける力に。

誰かの背中を、温かくできる存在に。


「いや、そんな事ないと思うけど……」
なのはは面と向かって言われたもので、恥ずかしさに戸惑う。
フェイトはそんななのはを見て、クスクスと笑っていた。

連音は窓から夕焼け空を眺める。
(強い心、か……俺のはそんなんじゃない)
たまたま、同じ痛みを知っていたから。
たまたま、アリシアと出会えたから。

だからこそ、連音はプレシアの闇を砕く事ができたのだ。

(全ては偶然の上の話…それに、あの時の俺は全然、強くなんてなかった……)

頑なな想いで自分を固め、父の言葉を受け止める事も出来なかった。

でもそれでも、はやてとの出会いが、アリシアの想いが、連音を少しづつ変えていった。

「あ、もう時間だ。そろそろ帰らないと……」
フェイトは時計を見て、立ち上がった。
「そっか。クロノ君に言われてたよね。夕ご飯前には帰ってくるようにって」
「うん。レンはどうするの?」
「俺はまだ少し用があるから、先に帰っててくれ」
フェイトは「分かった」と言い、ドアを開ける。

その手を止めて、フェイトは小さく言った。
「強くなろう。もう、誰も傷つかないで良い様に……!」
「うん……なろう!」
「じゃあ、明日からはもっとハードに行くか?」
「う゛っ!それは……どうなんだろ……?」
フェイトは苦笑いを浮かべて振り返った。
なのはは訳が分からず、頭に疑問符を浮かべていた。


フェイトを見送り、連音は恭也に向き直った。
その瞳は強い意思を受けて、輝きを増していた。

何より立ち上る闘志。
言葉を交わす必要など無い。

恭也の顔が、連音の耳元に寄せられる。

「―――夜。八束神社の境内だ」
「分かりました」
恭也はそのまま、振り返らず家に戻る。
そして連音も、マンションとは逆に向かって歩く。

紅色の空に、一等星が輝く。


晶との戦いで、僅かに奥義の姿を見た。だが、見る事だけではやはり不十分だったのだ。
ならばもっと自らを追い込む必要がある。

その身を死地に置く事でしか、その領域は見出せないのだから。
見だけではない。全てを総動員した上で、それの領域に踏み込む。


その最たるは、御神との戦い。
神速を自在に使う御神の剣士との戦いこそが、連音をその領域に連れて行ってくれるだろう。




人気の無い神社に、沈みかけた夕日が最後の光を照らす。
そして、空が紅から藍色に染まる。
星が太陽の光から解放され、一斉に瞬きだした。


境内に立ち、精神を深く集中させる。
前回は魔導を解放した状態であったが、今回は封じたままだ。
つまり、瞬刹は使えない。

神速に対抗するには、連音もこの場で神速を会得する以外無い。



流れる風が木の葉を揺らし、ザワザワと音を奏でる。
「―――来た」
スッと目を開き、眼前の石段を見つめる。
そして見える二つの影。

その一つが、連音の姿に驚き、足を止めた。
「あれ!?連音君…!?どうして…?」
その隣の影は構わず境内に上がった。

「士郎さんは一緒じゃないんですね……」
「あぁ、今日は俺と美由希だけだ」
恭也はそう言って担いでいたバッグを下ろした。

そして、軽く準備運動を始めた。それを見て、美由希も慌てて上がり、恭也に続けてアップを開始した。
それをしながら、美由希が連音に尋ねる。
「で、どうして連音君はここに居るの?」
「勿論、恭也さんと本気で戦う為です」
「あぁ、なるほど……………って、えぇっ!?」
美由希の素っ頓狂な声が境内に木霊した。

「美由希、うるさいぞ?」
「え!?だって、恭ちゃんとって……えぇ!?」
すっかりテンパッた美由希をそのままに、恭也は二刀を腰に差した。
背で十字を描く様なその形は、十字差しといわれる御神流の差し方だ。
「真剣で、構わないな?」
「えぇ……むしろ、その方が良いです」
連音はそっと背に手を回し、見えない様に琥光を起動させる。

忍者刀に変わった琥光を、いつもの様に腰の後ろに差した。
「それが君の刀か……飾りの付いた忍者刀なんて、随分と変わっているな?」
忍者刀の本質は、高い実用性にこそある。
それが飾りを付けたり等と、可笑しい事この上ない。
尤も、それが飾りであると、恭也も本気で思っている訳ではない。

「………」
連音は一切答えない。
境内の空気が、既に張り詰めたものに変わっている事は分かっていた。
恭也は飛針や鋼糸を備え、連音に向き直った。


「うっ……」
互いから殺気が発せられ、美由希は息苦しさを覚える。
そして甦る、忌まわしい記憶。

狂気のままに恐ろしい力を振るった連音と、それと死闘を演じた恭也。
一年前の戦い以上の、もっと深い闇を垣間見た夜。

果たして、その再現となってしまうのか。

だが、美由希にはこれを止める事は出来ない。
何故なら互いの目には、既に戦う相手しか映っていないからだ。




連音が琥光を抜き放ち、恭也が柄に手を掛け、スタンスを取る。


「………」
「…………」

流れる雲が月光を遮った瞬間、剣閃は閃いた。







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