快晴の海鳴市。
高町家の近所にある高級マンションの前に、数台のトラックが止まった。
荷台から荷物が下ろされ、次々に中に運び込まれていく。
その様子を見て微笑む、翡翠の髪をした女性の隣で、半ば呆れたような顔をしているのは連音だった。
「確かに、これならアースラが使えなくても問題は無い……とは思いますけど」
「ウフフ……でしょう?」
(絶対に公私を混同させているよな、これって……)
アイデアと、それをほぼ一日程度で実行する行動力。
連音はリンディ・ハラオウン提督の本気を、悪い意味で知った気がした。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

       第五話   再会の町



時はしばし戻り、管理局。
ブリーフィングに集まったなのは達とアースラクルーを前に、リンディは艦長としての顔を見せていた。
「さて…私達アースラスタッフは今回、ロストロギア『闇の書』の捜索、及び魔導師襲撃事件の捜査を担当する事になりました。
ただ、肝心のアースラがしばらく使えない都合上、事件発生地の近隣に臨時作戦本部を置く事になります。
分割は……観測スタッフのアレックスとランディ」
「「ハイッ!」」
「ギャレットをリーダーとした、捜査スタッフ一同」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
「司令部は私とクロノ執務官、エイミィ執務官補佐、フェイトさん。以上、三組に分かれて駐屯します」
臨時作戦本部の設置。これは確かに妙案である。
個人転送で行ける範囲に限定されているなら、その中心地に置けば良い。
中継ポートも設置できるし、アースラが使えるようになるまで、充分に対処できるだろう。

そう思いながらも、連音は何となくリンディの微笑みに、それだけではない何かを感じていた。
(似てたんだよなぁ〜、母さんの笑い方に)

「ちなみに司令部は、なのはさんの保護を兼ねて……なのはさんのお家の、すぐ近所になりま〜す!」
そう言って、にこやかに笑うリンディ。
「ふぇっ…?」
言われた意味がすぐに分からないのか、なのははキョトンとして、隣のフェイトと顔を見合わせてしまう。
そして、互いにその意味を理解しあうと、驚き、そして。

「うわぁ〜っ!」
なのはは歓喜の声を上げた。

(やっぱりな。既に親バカが入り始めているようだな……)
親バカと言うのは語弊があるかも知れないが、それ以外に合う言葉も見つからなかった。
ともあれ、早速スタッフは作業に入った。
観測機や中継ポートの手配。現地での生活環境の下調べは重要な事だ。
忙しくなると、皆が小走りに駆けて行く。
それを見送りながら、連音はこの後の事を考えていた。

前回と違い、着の身着のままで来てしまった以上、泊まる場所も無い。
しかしその辺りは、適当にホテルでも取れば良い。
コートのポケットには財布が入っているし、カードも持っているから問題は無い。
尤も、子供一人を泊めてくれるホテルがあれば、の話だが。
(最悪、廃屋でも見つければいいか……)
野宿も山篭りで慣れているし、それに比べれば大した話ではない。

とりあえず、ホテルを片っ端から当たると結論を出した所に、声が掛けられた。
「連音君、ちょっと良いかしら?」
「何でしょうか、ハラオウン提督?」
結構近くにいたので、一歩下がって答える。その行動に小首を傾げたリンディであったが、余り気にせずに話を続けた。
「あなたは、これからどうするの?」
「向こうに行ったら泊まる所を探します。基盤が無いと、動けないですから」
「泊まる所って……ホテルとか、よね?」
「最悪、雨風さえ凌げれば廃屋でも良いんですけどね。出来るだけ体調管理はしたいので」
連音が言うと、リンディは「コホン」と咳払いをした。
「…?」
「私も、これでも人の親ですからね。君みたいな子供が廃屋に住むなんて、認められないわ」
「いや、認めるも何も……」
「という事で、連音君も一緒に来ない?」
「…その心は?」
「なのはさんは魔法が使えないし、フェイトさんもデバイスが使えない。現状、対抗できる戦力はクロノだけ……」
「………」
「そして連音君は今の所、あの騎士達と唯一、対等に渡り合えている……」
「つまり、俺を臨時戦力に組み込みたいと…?」
「それも半分。もう半分はさっき言った通りよ。どうかしら、悪い話じゃないと思うけど…?」
リンディの提案を、連音は少し考えた。
この条件で一番のメリットは、騎士達の動きが掴み易くなるという事だ。
そして、闇の書の破壊方法を探る上でも、大きいメリットがあるだろう。

デメリットは、行動に制限が掛かる事だ。
主だった所で言えば、強制的に非殺傷設定を義務付けられるだろう。
つまり、騎士を仕留める事は出来なくなる。
本命を押さえる為に敵戦力を削るのは基本だ。それが出来ないのは厳しい。

(とはいえ、任務遂行には情報が不可欠、か……)

「分かりました。しばらく御世話になります」
「はい。よろしくね、連音君」

こうして連音は、臨時作戦本部に席を置く事になった。





そして今日という日がやって来た。
臨時本部となるマンション前で荷物の搬入を見ていたが、やる事があったと、隣のリンディに声を掛けた。
「すいませんが、少し出てきて良いですか?」
「別に良いけど……どうしたの?」
「いえ、買い物をしてこないと……衣料品や日用雑貨とか。靴も…クロノのを借りっ放しという訳にも行きませんから」
連音は苦笑いを浮かべて、足元に視線を落とした。
今連音が履いているのはクロノから借りた靴だ。里から飛び出した時、連音は着物に合わせて足袋を履いていた。
しかしそれで外を歩く訳にも行かず、クロノから借りたのだった。

しかし、やはり他人の靴では履き心地は宜しくない。

「じゃあ、ついでと言ってはあれだけど…ちょっと道案内を頼まれてくれるかしら?」
「道案内、ですか…?」
「えぇ……あ、アレックス、ちょっと良い?」
リンディが外に出てきたアレックスに声を掛けると、小走りにこちらに向かってきた。
「何でしょうか、艦長」
「これを探して買ってきて欲しいの。頼めるかしら?」
そう言ってリンディがメモを手渡す。アレックスはそれを読むと、リンディの顔を一瞥し、クスリと笑った。
「了解しました」
「案内は連音君に頼んだから、早速お願いね?」
そう言い残し、リンディは行ってしまった。
残されたアレックスと連音は、何となく顔を見合わせてしまう。

「何を頼まれたんですか?」
「……はい」
受け取ったメモを開く。それはデパートのパンフレットの切抜きだった。
載っている写真は純白の制服。その横には幾つもの数字が書かれている。
「………公私の割合が、6:4から8:2ぐらいに変わりましたね」
「どっちが8かは、聞かないでおくよ」


ともあれ、制服と連音の服が両方買う事のできる、海鳴駅前のデパートを目指す。
その道中、二人は色々と目立っていた。
アレックスは柔和な顔立ちの青年で、掛けた眼鏡がとても良く似合っている。
グリーンのハーフコートも、細身の体型にピッタリなデザインで、目立たないながらもセンスの良さが見える。

総合的に見ても、充分に格好良いと言えた。

そして連音は別の意味で目立っていた。
黒のロングコートにスニーカー。しかしチラチラと見えるのは和装で、アンバランス。
そして着ている本人は、女の子と見違えてしまうような容姿をしている上、今は眼帯までしているのだ。
ハッキリ言って、これ程に目を引く姿もないだろう。

そんな二人が連れ立って歩いていれば、どうしても通り過ぎる人たちは振り返ってしまう。

「しかし、まだ早い時間なのに…賑やかだね」
「まぁ、休日ですからね」
しかし、そんな事を気にも掛けず、二人は大通りを駅に向かって歩くのだった。


そしてデパートに到着し、早速エスカレーターを上って上階にある衣料品コーナーに向かった。
入学シーズン中はイベントフロアにあるのだが、今はシーズンを外れている為、衣料品コーナーの隅にあった。

「どうする?連音君の方を先に回るかい?」
「いえ、制服が先で良いですよ。俺の方は回る所もあるんで、時間が掛かりますから」
「そっか……それじゃ、こっちから行こう」
話も纏まり、制服を買いに向かう。コーナーの担当者を探し、アレックスが声を掛けた。

「すいません、宜しいですか?」
「ハイ、何でしょうか?」
「この制服を探しているのですが…」
「はい、聖祥学園小等部の制服ですね。こちらになります」
アレックスが店員に連れられて奥に行く。連音は適当に制服を見ながら、その後に続いた。

「風芽丘学園女子制服、美由希さんの学校か……で、こっちは聖祥の高等部か」
色取り取りの制服に目を奪われていると、アレックスが立ち止まっていた。
どうやら聖祥の制服の所に着いた様だ。

「こちらが、聖祥学園の制服となります」
アレックスはパンフレットと見比べて間違いない事を確認し、店員にそれを見せた。
「じゃあ、この採寸に合うサイズをお願いします」
「はい、ですが……」
店員は何故かチラリと連音を一瞥した。
「せっかくなら、採寸をなさった方が……」
「はい…?」
「え…?」
店員の視線に気が付き、連音も訳が判らないといった顔をする。
顔を見合わせ、店員に揃って向き直る。
そして、店員が決定打を放った。
「え…?そちらのお嬢さんの制服では……?」
「ち、違います!!えっと……!」
「俺…、男ですから」
「えっ?…あぁっ!!も、申し訳ありませんでした!!至急、こちらの方、お持ち致しますので少々お待ち下さい!!」
顔を羞恥に真っ赤にしながら、店員は走っていってしまった。
その背を見送って、アレックスと連音は再び顔を見合わせた。
「えっと……ドンマイ?」
「お気遣い、ありがとうございます」
今更ながら、自分の顔立ちに絶望を抱いてしまった。

しばらく待っていると店員が制服を持ってきので、カウンターの方でプレゼント用の包装と会計をして、アレックスが戻ってきた。

アレックスは端末を取り出し、リンディに報告をした。
「……艦長、頼まれた物は無事に……はい、分かりました。では、そちらに」
アレックスは端末をそのままに、連音に言った。
「今、艦長達は翠屋っていうお店に行くところなんだって。何か友達も一緒みたいだけど……?」
「友達…?」
「えっと…アリサちゃんっていう子と、すずかちゃんっていう子みたいだけど?」
「アリサとすずかか……」
その名前を聞き、連音はちょっと頭が痛くなった。
何故なら半年前、何も言わずに里に帰ってしまったからだ。

アリサはそれほど親しい関係でもなく、問題は無いと思える。
問題はすずかの方だ。もしもこっちにいる事を知られたら、面倒な事この上ない。
「すいませんが、なのは達に、俺の事を言わないようにって、伝えてもらえますか?」
「良いけど……どうして?」
「色々と面倒が起きるので……」
「…?分かったよ」
小首を傾げながら、アレックスは連音の言葉をリンディに伝えて、端末をしまう。
「じゃあ、僕は翠屋に向かうね」
「場所は分かりますか?」
「艦長が一緒だから、発信機で分かるよ」
「じゃあ俺は、予定通り買い物をしていきますから」

アレックスと別れた後、連音は衣料品フロアをグルグルと回って適当に必要な物を集め、会計を済ます。
服も買った物に着替え、靴も履き替えた連音は、両手いっぱいの荷物を持ってマンションへ向かった。


その途中のスクランブル交差点で、連音は赤信号に足を止めた。
目の前を通り過ぎる車をぼんやりと眺めながら、これからの事を考える。
(なのはにはあぁ言ったが、最低限……右目が治るまでは戦闘は避けたいところだな)
呪符の力で右目はかなり回復しているがその反面、反応速度や気配の察知にかなり影響が出ている。
現に何度か、通り過ぎる人とぶつかりそうになった。

自己判断としては、一般人より少し良い位だろう。
そんな状態で騎士達と戦えば、十中八九…負けるだろう。

竜魔は『世界』を守る存在。その戦いに敗北は許されない。
敗北とは負ける事と同じではない。だが負けるという事はその分、危険を世界に広めるという事だ。

しかし、もし騎士達が動くというなら戦うのみだが。


信号が変わり、連音は歩き出す。
向こうから来る人波を避けつつ、渡っていく。



自分の勘はかなり鈍っていると、連音は正した。
人波の奥、普段ならば気付かない筈が無かった。しかし、気が付けなかった。

通り過ぎた、その背に掛けられた一声。

「連音君…?」
「…ッ!?」
反射的に振り返れば、こちらを向く一人の少女。
ケープを纏った、車椅子の少女。

「は、はやて……!?」
予期せぬ再会に、連音の心がざわめいた。






事前に予約をしていた為、大学病院特有の混雑は避ける事ができた。
診察も滞りなく終わり、はやてはこれからどうしようかと考える。
「これからどうしますか、はやてちゃん?」
「せやな〜、駅前に買い物をして行こか?デパートで地方物産展なんてやっとるらしいし」
「あ、良いですねぇ。何か変わった物とかありますかね?」
「う〜ん、古今東西の色んな物が集まるからなぁ〜。京都の漬物とか美味しいで?」
「お漬物ですかぁ〜、良いですねぇ〜♪」
笑い合いながら、駅前のデパートへと向かう。


しかし駅前まで着いた時、問題が起きた。
「あぁ!?いっけな〜い!」
「どうしたん?」
「銀行に行かないといけなかったの…忘れてましたっ!」
「あぁ、せやったか……まぁ、買い物する前に気が付けて良かったな?」
「すいません!私、ちょっと行ってきますから!すぐに追いつきますので、先に行ってて下さい…!」
シャマルは途中の道で別れ、銀行へと向かった。はやてはそれを見送ってからデパートに向かった。

スクランブル交差点に差し掛かると丁度、信号が赤に変わった。
周りを他の歩行者に囲まれ、前が見えない。前だけでなく、横も後ろも多くの他人に囲まれる。
はやては、まるで檻に入れられたような錯覚に落ち入る。

新しい家族と出会うまで、ずっと広がっていた世界を、少し離れただけなのに、また垣間見てしまう。
初めて出会った頃はずっと一緒にいて、しかし今は、ちょっとだけ距離が離れてしまったような。

そしてそのまま、皆がある日突然、居なくなってしまうのではないか。
そんな不安を、最近はよく覚えてしまう。

だからだろうか。こんな事を感じてしまうのは。


はやてはクスリと笑った。
そんな筈がない。新しい家族は、居なくなったりなんてしない。

そんな当たり前の事を思いながら、気が付けば信号が青に変わっていた。
周りにいた他の歩行者は既にほとんどが渡っている。
はやても慌てて車椅子を進ませようとして―――視界に入った影にその手を止めた。
人波の切れ間。その先に見えた、横顔。
いる筈がない、しかし見間違える訳もない。二つの矛盾する事実に、はやては自然と、その名を口にしていた。

「連音君…?」
果たして、その声に彼は振り返った。向けられる視線は驚きに満ちて。
しかしそれ以上に、はやての心は驚きと希薄な現実感に波立っていた。

「連音君…なんやよね?ほんまに…」
「あ…あぁ……うん。そうだけど……」

会話が成り立たない。
再会が余りに突然で、予想もしない形であったことが原因であった。
まだそれでも、連音はマシな方であった。
海鳴に来るとなった時から再会の可能性を考えていたからだ。
しかしはやては、再会会の可能性どころか、連音が海鳴に来たことさえ知らないままに再会をしてしまった。

頭が混乱し、一杯言いたい事がある筈なのに、その全てが言葉にならない。

しばらく見つめ合うような格好になっていたが、不意にはやてが気付いた。
「あ…その目…!?」
はやてがゆっくりと連音に近寄ってその手を伸ばし、その眼帯に触れる。
「どうしたんや…!?こんな……痛む?」
「いや、もう治りかけだから。大丈夫、痛まない……」
「そっか……」
「あぁ…」
少しだけ、言葉がはやての口から零れだす。

「どうして、連音君はこっちに……?まさか、また何か危ない事が…!?」
はやては自分で言いながら気が付いた。連音が何故海鳴にいるのか、その理由を。
連音は竜魔衆の一員。その連音が再びこの町に、何の用も無く来る筈がない。
ならば、その用とは何なのか。

それは決まっている。世界の危機が、この町で起きようとしている。
だからここに来たのだ。世界を守る為に。

はやての脳裏に過ぎるのは半年前の出来事。
戦いの果てにボロボロになって、死線を彷徨った連音の姿。

世界を揺るがす脅威に立ち向かい、そして傷だらけで帰って来た連音の姿。
あの時、どれ程自分の心が苦しかったか。
ただ守られるだけの自分が、どれ程に悔しかったか。


また、あんな事が――連音があんな風になってしまうのかと思うと、はやての胸がギュッと締め付けられた。

「――っ!?」
ポン、と頭を軽く叩かれた感触に顔を上げる。
「心配すんな。今度だって、ちゃんと何とかするから……安心しろ?」
そう言って、連音は笑った。

その笑顔に、はやては不安を感じずにはいられなかった。

「つらベビュン…!?」
いきなり顔を襲った圧迫感に、紡いだ言葉が一緒に潰れる。
突然の事に目をパチクリとするはやてを、連音は面白い物を見る目で見ていた。
「フッ……隙だらけだな、はやて?」
「…………」
はやての頭にでっかい四つ角が立った。
背後から覇裏閃を抜き放ち、真っ向から振り下ろす。
「甘いっ!」
連音はとっさにそれをサイドに躱す。が、その瞬間、顔面に衝撃が走った。
「ぶはっ!?」
「甘いで……八神の覇裏閃は二枚刃や……!」
はやての手には、いつの間にか二本目のハリセンが握られていた。

「ちょいや!」
「うごっ!?」
カッコつけて見得を切るはやての頭に、鉄槌が下る。
「何が二枚刃だ!つーかどこから出した!!」
「そんなん、乙女の秘密に決まっとるやろ」
「何が乙女か!?何処にいる、そんなヤツが!?」
「なんやとぉ!?」
「なんだぁ!?」
最初の雰囲気は何処へやら。一度歯車が合えば、テンションが一気に上がる。

しかしそこで、はたと気が付く。
ここは天下の往来である事を。

「「………」」
気が付けば注目の的。周りに軽く、人だかりが生まれていた。
「……撤退するぞ?」
「……異議なしや」

連音は地面に置いた荷物をはやてに投げ渡し、そのままはやての車椅子に手を掛けた。
そして全速力で駆け出す。車輪が限界近くまで回転し、スピードに乗る。
「わたしは今、風になったぁ〜〜〜ッ!!」
「やかましい!舌噛むぞッ!!」
二人は一陣の風となり、その場から逃走したのだった。






そして一陣の風は、とある通りまで来ていた。
「はぁ〜、嫌な汗掻いた……」
「いやぁ〜、凄かったわぁ…!余りのスリルにもう胸がドキドキやで……」
本気で嫌そうな顔の連音とは対照的に、はやての顔は本気で楽しそうだ。
ちょっとだけ、その顔にムカッと来たのはきっと仕方ない事だ。



「――そんで、今度は何が起きてるんや?」
一転、真剣な表情で、はやてが連音に尋ねる。
「……はやては何も心配しなくて良い。全て、終わらせるから」
「っ!心配するわっ!!だってまた……!あんな…もう、見たくないよ……」
「はやて……。大丈夫だって!あれから随分と強くなったんだぜ?」
「強くなったかて……危ないのは一緒やん!」
「……そうだな、確かに。でも、これが俺の決めた道だから。必要なんだよ。誰も知らない…知られる事の無い世界で、戦う者が」
「それって……竜魔の事?」
「裏の世界で戦ってるのは、ウチだけじゃないさ。はやての知らない所で、その平穏を守る人達がいる。
俺も、そういう存在でありたい……そうなりたいんだ、今度こそ……道を違えないで!」

連音はギュッと拳を固めた。
「竜魔だからじゃない。これが俺の望んだ、俺の夢だから。母さんの様に『世界』を守るって…!」
「夢って……そんな悲しい事……誰も知らないって……!」
誰かの為に戦って、傷付いて。その事を誰も知らない。感謝の言葉すらも無い。
そんな悲しい事を夢だと言う。

「『賞賛も、名誉も、感謝の言葉さえも要らない。ただ、あの子の笑顔が見れるのなら、それだけで良い。
その為なら、煉獄の炎にすら…私は立ち向かうだろう』」
「え…っ!?」
「かあ……ある忍が残した言葉だよ。誰も知らなくて良い、そこが幸せな場所であり続けるだけで、戦う価値はあるって意味」
「………」
なんて、悲しい言葉なのだろう。
そして、なんと強い決意なのだろう。

「何時だって、誰だって戦っている。ただ、表と裏とでは戦い方が違うだけで。
それ故に、表が裏と戦う事は難しい。だから、裏で戦う人間が要るんだ」
「連音君……」
「大丈夫だよ。怪我は……ちょっとはするだろうけど。でも、絶対に死なないから」そう言って、連音はあの時の様に笑った。
別れの時、駅で見せた優しい笑顔を。

(何を言っても無駄、なんやろうな……やっぱり)
はやては心の中で嘆息した。連音は戦う為にこの町に来たのだ。
それが、一般市民でしかない自分の言葉で止める訳もない。

仮に止めたとして、その時はきっと、誰かが代わりになる。
そんな事を、連音が善しとする筈がない。

止められないのなら、せめて祈ろう。
大切な友達の為に。初めての友人の為に。

(どうか、無事で……)



「ん…?」
はやてが心の中で連音の無事を願った直後、何やらザワザワとした声が聞こえてきた。
もしかして、また注目の的になったのかと思い、周りを見るが囲まれてはいなかった。
代わりに少し離れた場所に。
「何だ…人だかりか?」
「行ってみよう、連音君」
連音は頷き、はやての車椅子を押した。


人だかりに近付いてみれば、数人の男の声。雰囲気からして怒声、いや恫喝に近い。
「だからよぉ!どうしてくれんだって聞いてんだよ!!」
「これブランドもんで、いい値段すんだよなぁ〜?」
「ほら、何とか言えよ!?」

ヒソヒソと声が聞こえる。
「あ〜あ、可哀相に…」
「あいつら、自分からぶつかっておいて……」
「あの人…目、つけられてたんじゃない……?」

人の切れ間に一瞬見えた姿に、はやてが驚きの声を上げた。
「っ!あれ……シャマルや!」
「知り合いなのか?」
「知り合いっていうか…大事な家族や。連音君お願い、助けて…!」
「う〜ん……」
下手に目立つ訳には行かないと、連音は迷った。これだけ目立っている以上、警察もじきに来るだろう。
しかし、流れ次第では危険かもしれない。況して、はやての家族というなら尚更だ。
「しょうがない…はやては少し離れてて。適当に追い払ってくるから」
「うん、気を付けてな?」
はやては言われた通りに、人だかりから離れる。
そして連音は人だかりの隙間を探した。

シャマルという人はビルの壁を背負わされているようで、連音は植込みに上って、奥を覗いた。

半円状の人垣の奥、いかにもチンピラといった風体の男が三人、金髪の女性に詰め寄っている。

一人の男はホストのようなスーツを着ていて、シャツの腹辺りの色が変色している。
その手に持っているのは、缶コーヒーのようだ。
(なるほど……そういう事か)
恐らく女性にわざとぶつかって、因縁をつけ、そして金か、もしくは女性本人をどうにかしようとしているのだろう。

さっさと片付けて戻ろう。
連音が植込みから中に割って入ろうとした時だった。

「何をしている」

響いたのは強い意思の込められた声。
たった一言の圧力で、人だかりが割れてしまう。

モーゼの如く現れたのは、全身を黒でコーディネートした男。
切れ長な瞳は冷徹で、その歩を進める姿に隙は無い。

脇に抱えたバッグを下ろし、男達と女性の前に割って入った。



「ちょっ……何で後ろに隠れるん!?」
「何だってこんな……!くそ、バレてないよな…?」
「……?」
男が現れた瞬間、連音は一気にはやての所まで戻った。そして車椅子の影にその身を隠した。
何でそんな事をしたのか、はやてが知るのはもう少し後である。




「んだ、テメェ…!」
「どけよ、邪魔なんだよ!?」
威勢良く、チンピラ達は男を恫喝する。しかし男は、それを完全に無視し、女性に尋ねた。
「大丈夫ですか、シャマルさん?」
「きょ、恭也さん……!?」
女性――シャマルは見知った人物の登場に、安堵の溜め息を吐いた。
「すみませんが、どういった経緯なのか簡潔に教えて頂けますか?」
「はい…銀行でお金を下ろして、はやてちゃんの所に行こうとしたんです。そうしたら、いきなりあの人がぶつかってきて……」
「なるほど……」
恭也には大筋が読めた。
恐らく銀行で獲物を物色し、たまたまシャマルに目をつけたのだろう。

金か、シャマル自身か、はたまたその両方か。
とにかく、偶然であったとは考え難い。
「ここは俺に任せて下さい。シャマルさんはそのまま……」
「は、はい…!」
恭也はシャマルを庇うように、男達に向かって一歩足を進める。

「何だテメェ!?邪魔だから消えろよ!!」
「たかがコーヒーで、随分な言い草だな?男としての度量が狭いんじゃないか?」
「んだとぉっ!!」
恭也の言葉に男がキレる。
「こっちはスーツ駄目にされたんだよ!ブランドもんだぞ、十万やそこらじゃすまねぇんだよ!!」
ホスト風の男が恭也の胸倉を掴み、強引に引っ張る。
だが、恭也は全く動じる事無く、間近に男のスーツを見た。
「AKAKIの上下セットスーツか。精々、一万ちょいの代物だな?」
「なっ…!?」
男は驚きに目を見開いた。恭也の言った通り、着ているのは既製品の安物だったのだ。
それに若干の手を加えて、分からないようにしてあったのだが、恭也はあっさりと看破してしまった。

「確かに、『ブランド物』だな。それは間違いじゃない……だが、そんな物を十万も出して買ったというなら……ただの莫迦だな?」
そして、胸倉を掴む手を打ち払った。
「クッ……!!」
恭也の言葉に、周りからクスクスという笑い声が零れる。
男達は恥を掻かされ、怒りと羞恥に顔を真っ赤にして叫ぶ。
「うるせぇ!!だまれ!!殺すぞッ!!」
その一声に周りが静まり返る。
「このヤロォ…舐めやがって……!」

「お前達……」
「あん……?」
「―――さっさと消えろ」
「「「―――ッ!!?」」」
恭也が三人に向けて氣を放つと、あっさりと威勢を失くしてしまう。
しかし、ここで逃げたら余りにも莫迦らしいと、心の警告を無視し、恭也を睨みつける。
「ふ…ふざけんじゃねぇっ!!」
無謀にも一人が恭也に殴りかかった。その大振りの攻撃をあっさりと躱して、がら空きの背中をトン、と押してやる。
「うぉおっ!?」
バランスを崩して、すっ転ぶ男。
「このヤロッ!!」
「ぶっ殺す!!」
更に二人が同時に襲い掛かるが、余りに隙だらけで、恭也は思わず呆れてしまった。
一人のパンチを避け、次の蹴りを躱して軸足の膝を払うと、ガクリと崩れ落ちて倒れこんだ。
「うわぁっ!?」
「クソッ!何なんだテメェは!?」
「ただの通行人だ」
「ふっざけんじゃねぇっっ!!」
男が更に大きく腕を振るうので、その手を掴み、捻りこむ。
そのまま背中に回りこみ、男の腕で首を、そして肩を極める。
「グゥゥ……ッ!!」
「これ以上やるのなら…」
恭也はその耳元で小さく呟く。
「―――容赦はしない」

「ヒッ――!?」

多少の殺気を込めた一声に。男は今度こそ怯えを抑えられなかった。
恭也が突き放すと、よろめきながら男は恭也に振り返る。

その瞬間、全身に鳥肌が立った。

三人にだけぶつけられる、圧倒的な威圧感。
男達は本能的に悟った。

相手は絶対の狩人であり、自分達は単なる獲物でしかない、と。
許されるのは、ただ逃げることだけ。
だが衆人環視の中で、愚か者の意地がそれを許さなかった。
恭也は嘆息しつつ、拳を握る。

「コラ、そこっ!!何をやっている!?」
警笛を鳴らし、やって来るのは二人の警官だった。
「ヤベッ!」
男達は慌てて、人だかりを掻き分けて逃げ出した。
それを追って一人が走る。
そして、もう一人の警官は恭也に詰め寄った。
「ちょっと君、ここで何をやっている!?」
「いえ、別にやましい事は……」
とりあえずチンピラを追い払えたものの、今度は警官。
こちらは腕尽くで追い払うという訳にも行かない。
警官は明らかに怪しんでいる。しかし何かあった証拠も無く、このままシラを切り通すだけだ。

「ち、違うんです!恭也さんは私を助けてくれたんです!」
シャマルが警官との間に割って入って、事情を必死に訴えた。
彼女からすれば、恭也を助けようと思っての行動だったのだが、このタイミングでは逆効果だった。

「なるほど……詳しい話を聞かせて貰うから、派出所まで来てくれるかな?」
やはり恭也の予想通り、警官はそう言った。こうなれば大人しく付いて行くしかない。
(予約の時間には……間に合わないだろうな………)
今日、恭也は定期健診の為に大学病院に向かう途中だった。
しかしこうなった以上は、最悪の事を覚悟しておく必要がありそうだ。

そう、フィリス・矢沢医師のスペシャルマッサージのフルコースを味わうという事態を。

「あれ、もしかして……翠屋の?」
「え?あぁ、斉藤巡査……」
覚悟を完了した時に恭也に声を掛けてきたのは、もう一人の警官だった。
「斉藤巡査、お知り合いですか?」
「あぁそうか、赴任したてで知らないんだな。この人は翠屋っていう喫茶店の店長の息子さんだよ。
親子揃って剣の達人でな…この町で起きた事件の解決に、協力してもらった事が何度かあるんだ」
「そ、そうなんですか…!?」
警察が民間人に協力と言えば、情報提供以外はまず在り得ない。
それが、事件解決に直接関わったという事は、それだけ特別という事だ。

「それで…一体、何があったんですか?あの逃げた連中は?」
「この女性に因縁をつけて、金品の要求をしようとしていたんです。
自分は其処にたまたま居合わせて……という訳です」
顔馴染みの警官である斉藤に事情を話すと、すぐに理解をしてくれた。
「なるほど、分かりました。後はこちらで引き受けますから、店長さんにはよろしくお伝え下さい」
「分かりました」
「え、ちょっと!良いんですか!?」
「良いんだよ。彼の言は充分に信頼に値すると分かってるんだから。それより、あの連中を探すぞ!」
「は、はいっ!」
走り出した斉藤に続き、走り出す。警官もいなくなり、恭也はようやく安堵の息を吐いた。
勿論、地獄を回避できた事に、だ。

「すみません、恭也さん…助けて頂いて……」
シュンとしてしまったシャマルに、恭也は首を振った。
「いえ、気にしないで下さい。…シャマルさんに何事も無くて何よりです」
怖い目に遭ったであろうシャマルを気遣い、優しく微笑む。
「…っ!」
その綺麗な笑顔に、シャマルは思わずドキッとしてしまう。
「……大丈夫ですか?」
「は、はい!大丈夫です何でもありません平気ですからお気になさらないで下さい!!」
「は、はぁ……」

何だか分からないが、大事無いのならばと恭也が思った所で、声が掛かった。
「シャマルーッ!」
「っ!はやてちゃん!」

バラバラと解ける人だかりの向こうから、はやてがやって来た。
と、見慣れない荷物を膝に乗せている。
「大丈夫か、何もない…!?」
「はい、恭也さんが助けてくれましたから」
「久しぶりだな、はやてちゃん」
「恭也さん、お久しぶりです…!」
はやては後ろの恭也を見て、嬉しそうに言った。
前までは病院でよく会ったのだが、怪我が治ってからはめっきり会わなくなってしまったのだ。

時折翠屋にも行くが、それも頻繁ではないのでやはり時間が合わないのだ。
と、恭也を見て、はやてはそれに気が付いた。
「なるほど……それでか」
「何が……誰だ、そこに居るのは?」
恭也の視線がビルの影に向けられる。
その声に、シャマルとはやてもそちらを向いた。
「そんなん所に隠れとらんと……こっち来たらえぇやん」
「はやてちゃん…?」
「チッ……」
連音は仕方なく、姿を表した。
元より恭也に気付かれた時点で、出て来るしかなかったのだが。

「連音君…!?」
「……お久しぶりです、恭也さん」
「……?」
どこか気まずそうにする連音に、恭也は首を傾げた。
それを見て、やはりなと、はやては頷いた。
「そうやろなぁ、何せ恭也さんがいたもんで逃げて帰ってきたんからなぁ〜?」
「っ!はやて…!」
「ほう……俺を見て、隠れていたのか……?」
「ち、違います!!そういうんじゃなくって………えっと」
言葉が繋がらなかった。それもその筈、事実なのだから。
恭也の視線がもの凄く痛い。

「あの……連音君って、もしかして“あの”連音君なの…?」
「…はい?」
シャマルがおずおずと連音に尋ねる。
「ほら、はやてちゃん宛に御中元贈ってくれたの…あなたでしょう?」
「――あぁ、はい。そうですけど」
連音がそう言うと、シャマルの顔がパァ、と明るくなった。連音の手をガシッと掴んで一気に顔が近付いて来た。
「―――ッ!」
いきなり顔を寄せられ、連音の顔が赤みを帯びる。
「そうなのね!あなたが『風鈴の王子様』なのね!!」
その瞬間、はやてがシャマルの頭を一閃した。
ズパーーーーンッ!という凄い音が辺りに響き渡る。

「何を言い出すんや、いきなりっ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るはやて。しかしシャマルは地面に突っ伏したままピクリともしない。
「はやて……何なんだ、風鈴の王子様って…?」
連音がはやてに尋ねると、キッと睨み、覇裏閃を突きつけた。
「今すぐに忘れんと、百発行くで…?」
「ラジャー、もう忘れました」
「宜しい」

「……で、連音君はどうして海鳴に?と、聞くまでも無いが」
漫才が一区切り付いた所で、恭也は連音に尋ねた。
「そ…それは勿論、はやてちゃんに会いに……」

スパーン!!

「えっと……ご推察の通りです」
「そうか…なら、仕方ないか」
事情を知る恭也にはそれだけで充分だった。
隠れるにも事情がある。そういった辺り、恭也にも理解がある。

道向こうからタクシーが来たので、恭也は手を上げて止める。
そして、連音の肩をガッシリと掴んだ。
「……恭也さん?」
「ほい、連音君の荷物。忘れんように」
「え?」
「じゃあ、俺達はこれで。また店にも気軽に来てくれ」
「はい、行かせてもらいます」
「え?え??」
連音を置いてけぼりにして、はやてと恭也は何かの会話を成立させていた。

「さぁ、行こうか」
「何処に………ですか?」
本能的に聞いてはいけない気がしたが、聞かざるを得なかった。
恭也とはやては、もの凄く良い笑顔を連音に向けて、そして言った。

「「勿論、海鳴大学病院に」」

その名前が出た途端、脳裏に浮かんだのはシルバーブロンドの担当医。
辰守連音逆らえない女性ランキング同率一位のフィリス・矢沢であった。
ちなみにもう一人の一位は、ノエル・K・エーアリヒカイトである。

「嫌だぁああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
連音の絶叫は、残念ながら虚しく木霊した。
ズルズルと引き摺られ、車に押し込まれる。無常にもドアは閉まり、車は発進してしまった。

「ばいば〜い、頑張ってな〜♪」
はやてはヒラヒラと手を振った。
「あの、はやてちゃん……良いんですか?連絡先とか…」
「う〜ん、大丈夫やろ」
「どうしてですか?」
「何となく……この町に居るんやったら…多分、またすぐに会えるよ」
一度目は偶然。二度目は奇跡。三度目は運命の出会いだという。
ならば、四度目は何と呼ぶのだろう。

そんな事を思いながら、はやてはシャマルに振り返った。
「さぁ、買い物行こう?今日はご馳走やで!」
「―――はい!」






無情にも、タクシーは海鳴大学病院に着いてしまった。
幾つもあった信号が一つも引っ掛からなかった辺り、神さえ連音の敵に回った気がした。

「さぁ行くか、連音君」
「………はい」
もうここまで来てしまったら、覚悟を決めるしかない。
というか、ここから逃げようと思ってもまず不可能だろう。何せ、連音の体は鋼糸でグルグル巻きなのだから。

病院に入って受付を恭也が済ます間、連音は大人しくソファーに繋がれていた。
周りの人からは見えない、壱番鋼糸で縛られているので、大人しくしている様にしか見えない。
が、下手に動くとスパッと行くので困る。

(う〜……逃げたい、今すぐに)
そうこうしていると恭也が戻ってきて、そのまま診察室に連れて行かれる。
そして、ついにドアが開いた。
光の窓を背負ってにこやかに笑う、一見すると少女の様な容姿。

しかし、その笑顔が連音には罪人を裁く閻魔の様に映った。

「今、凄く失礼な事を考えませんでしたか?」
「いえ、そんな事は在りません、全く、これっぽっちも!」
「まぁ良いですけど……さて、連音君。半年振りですね?」
恭也に押され、診察室に入るとフィリスの素敵な言葉が出迎えた。
思わずたじろぐが、恭也がその背を両手で押さえる。

「さてと……覚悟は、完了していますよね…………?」
「あえて、NO!と叫びたいんですけどぉ!!」
連音の魂の叫びに、フィリスはニッコリと笑って。



「――――――却下します♪」
「ノォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」


全病棟に、連音の絶叫が響き渡った。










「えっと、前にした怪我は完全に治ってますね。それどころか、怪我の痕跡も無いくらい……」
カルテを書きながら、フィリスは診断結果を連音に言う。
しかし、連音はそんな事を聞いてはいなかった。
「しくしくしく………」
ベッドの上で丸まりながら、涙を流している。
診察の為とはいえ、ひん剥かれたせいでトラウマが暴発し、この有様である。

頭の中では、高笑いする忍の姿が永久リフレイン中である。

「で、右目の方ですけど………ちゃんと診察は受けました?」
「しくしくしく………」
「………聞いてます?」
「しくしくしく………」
「………もう、それは良いですから」
ポンと頭を叩かれて、とりあえず連音は復活を果たした。

「一応、そっちの診察は受けました。このまま安静にしていれば、問題はないそうです」
フィリスはそれを聞き、カルテを見直した。

「確かに、目の方は充血が酷いけど……治り掛けていますね」
専門医でない簡単な診察ながら、そう診断できる。
目の怪我は放って置いて治るものではない。つまり、連音の言葉に嘘は無いという事だ。
服を着て眼帯を付け直し、ベッドを降りる。

「さて、じゃあ次は恭也君ね」
フィリスの視線がドアに向けられた。
ガラリと開けると、そこにいる筈の青年の姿はなかった。
「―――連音君」
「イエッサー」
廊下に飛び出し、連音は駆け出した。





そして数分後。連音に引き摺られて恭也が戻ってきた。
「捕獲、完了しました」
「ご苦労様です」
「クソ……!まさか、あんな手を使ってくるとは……不覚ッ!」
連音はそのまま恭也を引き渡す。
「さて、恭也君」
「は、はい……」
「何処に行っていたのか、教えてくれますよね…?」
「いえ…大事な用を思い出したので」
「即行で、山に行こうとしてました」
「ぬぁ…っ!」
連音のチクリに、フィリスの怒りが静かに燃えた。恭也の肩を掴む手に恐ろしい圧力が掛かる。
「それじゃ恭也さん、俺はこれで帰りますんで」
「ま、待て……連音君…!」
「あぁ、そうそう。俺がこっちにいる事、忍姉には内緒で。フィリス先生もよろしくお願いします」
「…?えぇ、分かりました。それじゃ、気を付けてね?」
「ま、待て……」
「はーい、さようなら、フィリス先生!」
「はーい、さようなら♪」
そして連音はドアを閉め、出口に真っ直ぐに向かった。


『ぬぉぉおおおおぁぁああああああああああああぁぁ………ッ!!』



「………さ〜て、今度こそ真っ直ぐ帰ろう」
その背中に届いた慟哭を、連音は聞かなかった事にした。









何だかんだとありながら、マンションに帰ってくる。
自分に宛がわれた部屋にとりあえず荷物を置くと早速、着替えを始めた。

上下をジャージに着替え、屋上に上がる。

眼帯を外し、そして琥光を起動させた。

「訓練モード、レベル37から。設定は任せる」
“了解 設定確認 訓練開始”
琥光の声と同時に、連音の周りに幾つもの影が生まれた。
その手には様々な武器が握られている。


それらは連音を包囲しつつ、ゆっくりと間合いを詰めだした。


「よし、行くぞ…!」
一斉に飛び掛かる影に、剣戟が閃いた。












既に日は沈み、世界は夜を迎え入れていた。
「はぁ……はぁ……っ!」
全身から噴き出す汗が、雫となって滴り落ちる。
寒風が吹く中、連音の体からは熱が蒸気となって立ち昇っていた。

一対五十の包囲戦、それを二十本。
ノルマとして何時もこなしているが、流石に本調子で無いとキツいものがあった。
見上げた夜空はとても綺麗に見えた。
この星の下に、自分の世界は広がっている。
そう思うと、琥光を握る手に自然と力を込められた。

敵は、世界を滅ぼす禁忌の魔導書。その主と、守護騎士達。

そして与えられたのは、破壊不可能なる魔導書の完全破壊。その任務。

先の時よりも困難な状況にあって、しかし連音は空を睨んだ。
「必ずや……闇の書の破壊を………!」







エイミィは、オペレート用機材をセッティングした部屋の片づけをしていた。
既にチェックも完了し、いつでも使用可能の状態にある。
「ん…?」
と、早速本局から通信が行われたようで、幾つかのモニターが起動した。
「はいはいーい、エイミィですけど」
コンソールのスイッチを押すと、モニターに一人の女性が映った。
緑色のシュートヘアーに眼鏡を掛けた、白衣の女性局員だ。
『あ、エイミィ先輩。本局メンテナンススタッフのマリーです』
「あぁ、何?どうしたの??」
『先輩から預かってるインテリジェントデバイス二機なんですけど……何だか変なんです』
「え…っ!?」
インテリジェントデバイス。すなわちレイジングハートとバルディッシュの事だ。
深刻な破損でも見つかったのかと、エイミィの顔色が若干変わる。
『部品交換と修理は終わったんですけど……エラーコードが消えなくって』
「エラー?何系の…?」
『えぇ…必要な部品が足りないって……。今、データの一覧を…』
マリーがスイッチを押すと、エイミィの元にデータが届いた。
「あ、来た来た………えっ、足りない部品って……これ…!?」
それを見たエイミィの顔色が、ハッキリと変わった。
『えぇ……これ、何かの間違いですよね?』
マリーは困り果てた顔をモニターに映していた。

エイミィは改めて、エラーコードを読み直す。



『エラーコードE203  必要な部品が不足しています。
エラー解決の為の部品 “CVK−792”を含むシステムを組み込んで下さい』


『二機ともこのメッセージのまま、コマンドを全然受け付けないんです。それで困っちゃって…』

マリーの言葉はエイミィには聞こえていなかった。これが只のエラーでないと分かっていたからだ。
(レイジングハート、バルディッシュ…本気なの……!?)

だが、それでもエイミィにはそれをどう判断すべきか、言う事ができなかった。


(CVK−792………ベルカ式カートリッジシステム……ッ!!)




そして、マリーのモニターに新たなメッセージ。
ミッド語でこう、綴られていた。


     ――お願いします――





それは心持つ機械の、誇りを取り戻す為の固い決意であった。
















では拍手レスです。


※犬吉さんへ 
ふぇっ、フェイトが緑川声の電光超人に。

なっちゃいましたwww
意外と知っている方が多くてビックリです。
あれは特撮の中でも名作と信じています!マイナーですけど…。





拍手に宛名を書こう運動(今命名)に、ご協力ありがとうございます。
引き続き、ご協力をお願いします。