結界内で繰り広げられる戦いの中、駆けつけた連音はシグナムとの再戦に挑む。
真の性能を解放した琥光と、流導眼の力でシグナムを追い詰めるが、その時なのはが敵の伏兵に襲われたことを知る。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

       第四話  回りだす、運命の輪



ユーノはヴィータがその場を退き、シグナムの方に向かって行ったのを見送った。
“不味い…いくらでも二人を相手には……!アルフ、結界はまだ!?”


アルフは眼前でぶつかり合う、フェイトとザフィーラを見下ろしながら、結界に干渉を続けていた。

“やっぱりダメだ……!あたしだけの力じゃ破れない……!!”
必死に試みるが、やはり届かない。

強度もそうだが、一番の原因は術式の違いだった。
ミッド式と違う結界である事が、突破を困難にする大きな要因だった。


その話をもう一人、聞いていた人物がいた。
「結界が、破れれば……?」
なのはは、ふと零す。

浮かんだのは一つの選択肢。
今の自分が出来る、唯一つの事。

自分にはあった。この鳥篭を打破し、空を取り戻す術が。

だが、それを選ぶ事は出来なかった。しかしそれ以外に手立ては無い。

“Master”
「レイジング…ハート?」
“Shooting Mode,Acceleration”
レイジングハートが、シーリングモードへと自ら移行する。
“撃って下さい、スターライトブレイカーを”
「そんな…無理だよ、そんな状態じゃ…!あんなに負担の掛かる魔法……レイジングハートが壊れちゃうよ!」
なのはは、レイジングハートの言葉を聞く訳には行かなかった。
スターライトブレイカーは、この半年の練習の成果として、結界破壊が付与されている。
しかし威力が上がった分、負担は大きくなっている。
ボロボロのレイジングハートで、それを撃つ訳には行かなかった。

しかし、レイジングハートはキッパリと言い切った。
“撃てます”
と。

“今、私達にしか出来ない事があるのなら…私達は迷わず、それをするべきです”
「それは……でも!」
“それに”
「っ……?」

“私はマスターを信じています。だから……”
レイジングハートは言葉を区切り、そして言った。

“マスターも私を、信じて下さい”

その言葉に、なのはは強いショックを受けた。
レイジングハートも、自分が壊れる可能性がある事を分かっている。
それでも、自分は壊れない。自分を信じているから。

何と強い心だろう。
なのはは不意に、温泉での連音の言葉を思い出していた。

― 主はそれに見合ってはいないようだがな ―

(本当にそうだ……連君の言う通りだ……)
これ程までに信頼をしてくれているデバイスに、こんな弱いマスターが相応しい筈がない。

なのはの心から、迷いが消えていく。
そして、満ちていくのは熱い思い。
答えよう。この絶対な信頼の心に、今在る自分の全てで。

“アルフさん!ユーノ君!!わたしが…わたし達が結界を壊すから、タイミングを合わせて転送を…!”
その言葉に二人は驚く。
“壊すって…まさか、スターライトブレイカーッ!?”
“だ、大丈夫なのかい…!?”

二人の心配になのはは強い言葉で答える。
「大丈夫…!だから、転送の準備を!!」

ユーノの魔法陣が消え、代わってなのはの魔法陣が空中に浮かぶ。
周囲の魔力が星の光となって収束を始めた。
「レイジングハート、カウントをッ!!」
“All light,Count 9、8、7”

「っ!何を…!?」
「行かせないッ!!」
なのはの行動に気が付いたザフィーラが動こうとするが、フェイトがすぐに行動を阻む。

“6、5、4、3…3……3……”
受けたダメージが深刻なのか、カウントダウンが止まってしまう。
「レイジングハート、大丈夫……?」
“No Problem,Count 3、2、1…”
何とかカウントを再開し、ついに後一歩まで迫る。
なのはがレイジングハートを振り上げる。後は眼前の収束魔力を発射するだけだ。
なのはは、最後のカウントを待った。


「――――――ッ!!?」

なのはの体に不快な感覚が走った。

「あ…ぁあ……!」
震える唇からは、必死に吐き出す吐息のみが零れる。


なのはの体からは不自然なものが出ていた。
細い指の、白い手。


少し離れたビルの屋上。
シャマルは旅の鏡という魔法を展開し、なのはのリンカーコアを狙った。
空間を越えて届いたは良いが、目測が僅かに逸れた。
「しまった、外しちゃった……」
一度差し込んだ手を退き、目測を定めて差し込む。


「―――っ!?」
なのはは、体を走るおぞましい感触に顔を歪める。

そして生えた手の中には、なのはのリンカーコアがあった。
シャマルは闇の書を開き、トリガーワードを発した。
「リンカーコア捕獲……蒐集開始!」
“Sammlung”

「う…あぁ……ぁあああぁ……っ!!」
なのはのリンカーコアが光を段々と弱めていく。
それに応じて、白紙だったページが次々に埋められていく。

「なのはぁあああああッ!!」
フェイトがなのはの元に駆けつけようとするが、ザフィーラが行く手を阻む。
「クッ…!」
フェイトはバルディッシュを大きく振りかぶった。





“フェイト!フェイト…!?チッ…!アルフ、状況は!?なのはは無事なのか!?”
連音は冷静さを失ったフェイトに代わり、アルフに念話を送る。
“分かんない!なのはの胸から何か……手が生えてるんだよ!!多分、誰かの攻撃だと思うんだけど……!”
“っ!?恐らく術者がすぐ近くにいる!そいつを見つけるんだ!!”
“見つけるって……どうやって!?”
“そいつは恐らく、空間魔法を使っている筈だ。そこら中に射撃魔法をぶっ放せ!!”
“…!?なるほど…、そいつは分かり易いねぇ……!!”
連音の脳裏に、アルフがニヤリと笑うのが見えた気がした。



連音もすぐに向かおうとするが、シグナムとヴィータの連携に釘付けにされていた。
「チッ…!」
「オラオラ!どうしたぁ!!」
「ハァッ!!」
ヴィータのシュワルベフリーゲンが、シグナムの攻撃に隙を塞ぐように飛来し、それを迎撃すれば、シグナムの斬撃が襲う。
ヴィータのハンマーを防げば、その背後にシグナムが回り込む。

「っ!…ハァ…ハァ……ッ!!」
流導眼を解放し続ける右目からは血涙が流れ続け、徐々に激痛を孕んでいく。
“瞬刹”
高速機動で包囲を突破し、この場を離れようとした所を斬撃が襲った。

翻る刃の鞭を、嵐牙を振るい弾き返した。
「おるぁああああっ!!」
その一瞬を突いて、ヴィータがラケーテンフォルムで突貫してくる。

そのしつこさと、なのはをやられた怒りが連音の中で、徐々に冷たいものへと変わっていく。

「―――琥光」
“【重山】起動”
琥光の宝石部が白く変色した。
「ラケーテンハンマーッ!!」
ロケットブースターを点火し、振るわれる一撃。しかし、それを連音は真っ向から受け止めて見せた。
「っ!?何だと…!?」
驚くヴィータに、ゆっくりと連音が口を開いた。

「こいつらは……ここで狩るぞ、琥光」
“了解”

その余りにも熱の無い言葉に、ヴィータはゾクリとしたものを感じた。
「クッ…!舐めんじゃねぇえええッ!!」
それを打ち消すような激昂と共に、更にブースターが炎を上げるが、連音はビクともしない。
そして、連音は嵐牙を大きく後ろに引いた。
同時に先端のパーツが展開し、二十cm程の刃が出現した。
「――なっ!」
「―――まずは、一人」
「…ッ!?」
機械的に吐かれる言葉と冷酷な眼差しに、ヴィータの騎士としての勘が警鐘を鳴らす。
躱す事はグラーフアイゼンが押さえられ、出来ない。
シールドを張る事もラケーテンフォルムを使っている以上、何の障害にもならないだろう。

刃が横薙ぎにされると同時に、閃光が空を撃ち貫いた。





魔力の源、リンカーコアを喰われながらも、なのはは必死にレイジングハートを握った。

“Count Zero”

レイジングハートが最後のカウントを数え、後はなのはがこれを撃つだけだ。



“シャマル、急げ!”
“分かってるけど……キャッ!!”
シャマルがすぐ傍で起きた爆発に驚きの声を上げた。

先程からアルフが、そこら中のビルの屋上に魔法弾を撃ち込みまくっているのだ。
旅の鏡を使っている以上、動く事はできないし、しかし攻撃は何時命中するか分からない。
闇の書はどんどんとページを埋めていくが、まだ終わる気配は無い。
“10ページ突破…13……15……キャアッ!!”
“シャマ「ぬぅ…っ!!」
念話に意識が向きすぎたのか、ザフィーラはフェイトの攻撃の早さに遅れを取り出した。




全身から力が抜けていく。
足がふらつき、手が今にもレイジングハートを落としてしまいそうになる。

(ダメ……まだ………!!)

消えそうになる意識を必死に繋ぎ止め、レイジングハートを振り上げた。
ここで倒れたら、信じてくれたレイジングハートや、助けに来てくれたフェイトやユーノ、アルフに連音。

その多くの信頼を裏切る事になる。

(そんなのは……絶対に…嫌だ………!!)

失ってしまうかもしれない。
消えてしまうかもしれない。

「ス…スターライト…!」
喪失の恐怖が、なのはを突き動かす。

「……ブレイカァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


巨大スフィアに、レイジングハートを全力で叩きつける。

フラッシュが走り、幾度の爆発、轟音と共に破壊の閃光が鳥篭を貫き、粉砕する。




カシャンと音を立てて、レイジングハートが地に落ちる。

結界が砕け散った事を見届けて、なのはの体がグラリと揺れた。
既になのはの胸にはシャマルの手は無い。スターライトブレイカーが撃たれた直後、蒐集を完了したのだ。

残されたリンカーコアが、弱々しい光と共になのはの中に戻っていった。
「ぁ…………」
そして、なのはの意識が闇に沈んだ。





「―――シグナムッ!?」
「くっ…ぅう……!」
食い縛ったその隙間から、苦痛の声が零れる。
振るわれた刃は、割って入ったシグナムのガントレットに突き刺さっていた。
その腕と刃を伝って、止め処無く鮮血が滴り落ちる。

連音は顔色一つ変えずにそれを引き抜き、再び凶刃を振るった。
「うぉっ!?」
シグナムに引っ張られたヴィータの眼前を、刃が横切る。
連音が更に追い打ちを掛けようとするが、それを抑える様にシュワルベフリーゲンが襲い掛かった。

「――――――」
連音はそれを一薙ぎで打ち払い、シグナムらを追おうとするが、時間は稼がれていた。
騎士の身を転移の光が包んでいく。

“ここまでだ、全員撤退するぞ…!”
シグナムの念話が騎士達に届く。
“ランダム転移で一端散って、いつもの場所に集合……良いわね!?”


『『『オォッ!!』』』

シャマルの言葉に全員が答え、そして転移の光が夜空に次々に飛び出していく。








「結界破れました!」
「映像、来ます!!」
結界が壊された事で、アースラ艦内がざわめく。

少しでも多くの情報を収集しようと、オペレーターが総出で事態の把握を図る。

そして管制室で作業中のエイミィは、思わず立ち上がった。
モニターにノイズ交じりで表示されるのは、見知らぬ顔と見知った顔。
「な、何これ!?どういう状況…!?」
一向に事態が把握できないエイミィの横で、クロノは映し出されるシグナム達にその表情を強張らせていく。
「これは……こい…つらは…………?」


「ッ!?転移反応!?マズイッ!!」
エイミィは急いでコンソールを叩く。
「あぁ、逃げる!?ロック急いでッ!!転送の足跡を!!」
『やってます!!』
エイミィの操作は決して遅くはない。むしろ一級品のスピードを持っている。

それは他のオペレーターもそうだ。
しかし、事態が不鮮明の上、結界破壊の余波と結界魔力の残滓。

映像ですらノイズの入る状況で、シグナム達の転移を補足する事は不可能だった。

そして、映像がある物を映した瞬間、クロノの眼が見開かれた。
「ッ!!あれはっ!!」


『ダメです…!ロック外れました…!!』
「あぁっ!もうっ!!」
悔しさを込め、バン!と、コンソールを叩く。
「ゴメン、クロノ君……しくじった……………?クロノ君…?」
エイミィが何もいわないクロノを不審に思い、横を向いた。
クロノの眼はそのまま、モニターを注視したままだった。

「――――第一級捜索指定遺失物…ロストロギア『闇の書』……!」
ギリギリと、クロノが沸き上がる感情を握り拳に込める。
爪が掌に食い込み、僅かに血を滲ませている。
「クロノ君……知ってるの?」
「あぁ……知ってる。少しばかり、嫌な因縁が在るんだ………」




ブリッジでリンディの指示が飛んでいた。
「急いで向こうに医療班を飛ばして!」
「転送ポート、開きます!」
「それから本局の医療施設の手配を!!」
モニターに映るのは、倒れたなのはに回復魔法を掛けるユーノ。
それを抱き抱えるフェイトの姿だった。






ランダム転移で守護騎士が消えた空を睨み、連音は嵐牙をしまう。
「逃したか………グッ!?」
流導眼を解いた瞬間、凄まじい激痛が右目と頭に響いた。
ガクリと膝を折り、全身から汗が噴き出す。
視界が歪み、吐き気が込み上げた。

「グ…お゛ぇ……!」
覆面を外し何度もえづくが、空っぽの胃からは何も吐き出されない。
「ぐぇ…!ハァッ…ハァ……っ!」
(流導眼の反動……一気にここまでキツくなるのか……!?玉蘭様の言い付けを無視した結果か……)
連音は神孤玉蘭に、流導眼の様々な制限を与えられていた。
その内の一つが、流導眼の制限時間だった。

今の連音には流導眼の制御が全く出来ない。
本来ならば何段階かに分けられる流導眼の力を、全力全開の状態でしか使えないのだ。
その状態で使える最大時間は一分。
更に一度使えば、その負荷ゆえに連続使用も禁じられている。

この戦いで連音は九十二秒もの間、開放し続けていた。その反動は想像を絶するものだった。

(こんな力を、母さんは完全に制御していた……まだまだ、だな………本当に)
朦朧とする意識の中、通常空間が復帰する前にその場を後にしたのだった。




適当なビルの屋上に上り、貯水タンクにもたれ掛かると、そのままズルズルと腰を落として座り込んでしまった。
滴る汗を拭いながら、連音は琥光に尋ねる。
「琥光……結界範囲内にはやての家は……?」
“分析開始”
琥光が展開された結界範囲を海鳴市の地図と重ね、分析する。
“範囲内ニ該当無シ”
「そうか……良かった…………」
琥光の言葉に連音は小さく嘆息した。


そして、ハッとして笑い出した。

「クックク……なんだ?なのはがやられたってのに……はやてが無事で良かっただと……?」
なのはだけではない。フェイトもバルディッシュも傷付いている。
それなのに今、自分は「良かった」と言った。
はやてもなのはもフェイトも、大事な友人であるにも拘らず。
「クク……ハハハ………」
自分が浅ましく、いやらしい人間に思えて笑いが止まらない。




「おーい、レンーッ!!」
「………?アルフ…?」
声に見上げれば、アルフがこちらに向かって飛んできている。
そのまま、フワリと連音の前に降り立った。

「なのはとフェイトは……?」
「なのははアースラに収容されたよ。フェイトはそれに付き添って。アンタの方は……無事じゃないね。アイツらに、かい?」
「奴らにじゃない……単なる自爆ってだけだ」
『相変わらずだな、君は』
アルフが出した手の上に空間モニターが出現し、黒い髪の、年不相応な幼い顔立ちの少年が映った。
「再会の一言目がそれか……黒助」
『黒助と呼ぶな!!全く……二人ともそこを動くな。こっちに転送するから』
「あぁ、分かった」
モニターが消えると、同時に転送用魔法陣が展開され、その光の中に連音とアルフの姿が消えていった。
















次元世界を繋ぐ海。
そこに浮かぶ数多の次元世界を管理する、法の守護者達の巨城。


時空管理局。その本局である。


そしてここは本局の医務施設。
廊下には多くの職員や医師、看護士が行き来している。

「ありがとうございました」
礼を一言述べて診察室から、手に包帯を巻いたフェイトが出てきた。
「大丈夫か、フェイト」
「うん、少し痛めただけだって。なのはとレンの方は…?」
「なのはは意識が戻って今は診察中だ。連音は……まだ精密検査をやっている。
全く……何でいつも、彼が一番重傷になるんだ?」
クロノは半ば呆れたように首を振った。
「そうだね……どうして、こんな事になったんだろう……?」
フェイトはそう言いながら、表情を曇らせた。
もっと自分が強かったら、なのはを守れたのではないか。レンもこうはならなかったのではないか。
どうしても、そんな風に思ってしまう。

「まぁ、彼は自分の力で自爆したらしいけど……あの時と同じ、身の丈を大きく超える力に傷付けられただけだ」
なのはの病室に向かう道すがらクロノが言うと、フェイトの表情がまた曇った。
「君がそんな顔をする必要は無いだろう?いつも彼は……いや、いい」
自分が何を言ったところで、フェイトの表情を変える事など出来はしない。

彼は、自分の力で相手を傷付ける事も、自分が傷付く事も覚悟している。

間違いではないであろう事を言っても、彼女の救いにはならないのだから。


「ふむ……異常は無し、か……」
精密検査の結果を診て、医師は嘆息した。
リンディからの要請で精密検査を行ったものの、右目と脳の疲労状態以外に目立ったものは無い。

それ以外はむしろ健康そのもの。むしろ、ワーカーホリック気味な執務官や、甘い物好きの提督の方が不健康だ。

尤も検査結果に、本当に異常が無い訳ではなかった。
身体能力、神経組織他、様々なものが年齢とそぐわない。というより、常人のそれを大きく超えている。

(これが本当に…子供の体なのか……?)
「あの、もう良いですか?」
考え事をしている医師に、眼帯をした連音が尋ねる。
「え?あ、あぁ…とりあえず右目はしばらく使わないように……。処方せんを出しておくので、薬事部で受け取っておいて」
「はい」
「それじゃあ、お大事にね」
「はい、有難うございました」

ドアを開け、連音も診察室を後にした。




廊下を適当に進みながら、連音は眼帯を外して投げ捨てる。
「っと……あった」
代わって、コートのポケットから取り出した眼帯を右目に当てた。
黒い眼帯で、中には玉蘭の書いた治癒の呪符が織り込まれてある、流導眼の使用でダメージを負う右目用の特製眼帯だ。

「さてとフェイトは……診察は終わっているか。なのはの所か?」
通りかかった看護士になのはの病室を聞き、向かうと病室前でクロノを見つけた。
何やら医師と、真剣な話をしている最中のようだ。
話を終えるまで少し待ち、クロノに声を掛ける。

「クロノ」
「ん?やっと終わったか。どうだった、体は?」
「右目以外には異常無しだ。心配性だな、ハラオウン提督は」
「あれから半年しか経ってないんだぞ?完治したなんて話、信じられるか…!」
「事実はちゃんと受け止めろよ、クロノ……なのはとフェイトは?」
「あぁ、中にいるよ」
クロノはそう言ってドアに近付くと、シュンという軽い音を立ててドアがスライドした。
クロノに続き、連音も中に足を踏み入れた。


「へ――?」
「え――?」
中にいた二人が、呆気に取られた表情でこちらに顔を向けていた。

フェイトの手にはなのはが着ていた服があり、なのはは丁度、病院着を脱いだ所だった。

つまり、なのはは肌着しか身に着けていなかった。


突然の事に、全員の思考がフリーズを起こし、時が止まった。

唯一人を除いて。


「あぁ、着替え中だったのか、悪いな。体は大丈夫か、なのは?」
「……ふぇ?あ、うん……大丈夫……」
余りに普通に連音に言われ、なのはもつい普通に返してしまう。
「そうか、良かった。俺は表で待ってるから、じゃあな」
連音はそう言って、スタスタと出て行ってしまった。

連音はそのまま廊下の壁に寄り掛かった。
そして数秒の後。



「「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」
「うわぁあああああああああああああああああっ!?」


絶叫。そして、激しい振動と音が室内で響く。



「治まったか…?」
と、ドアが開き、顔を真っ赤にしたなのはとフェイトが出てきた。
出るや否や、こちらにつかつかと向かってくる。
「連君……!連君も見たよね…!?」
「気にするな。俺は気にしないから」
「それ、わたしの台詞だよね!?」
「まぁ、気にするな。どうせ……片目で良く見えないんだし」
「…?あっ!?……その眼…」
なのはは、ようやく連音の眼帯に気が付いた。
フェイトもそれを見て、顔を暗くする。
「レン…大丈夫なの……?」
「数日もあれば見えるようになるさ。戦闘も…万全とは言わんが、問題無い」
連音は不安な顔をする二人に、努めて明るく答える。
実際にこの位ならば、行動に何の支障も無い。良く見えないというのは、ごまかす為の大嘘である。

「本当に?レン…すぐに大丈夫だって言うから……?、吐いてない?」
「おいおい、随分と信用が無いな!?」
実際に嘘だから仕方ない。
「それは連君の自業自得だよね」
「あんだとぉ!?」
そう言って、三人はいつの間にか笑い合っていた。


すっかりボロ雑巾になったクロノが、這いずって廊下に出て来た。

「グ……どうして僕だけが……?」
そこで、エリート執務官はガックリと崩れ落ちた。






管理局の技術棟。
そこのメンテナンスルームで、ユーノはコンソールを操作していた。
アルフは壁に寄り掛かり、それをじっと見ていた。

デバイス調整用ポッドの中には、傷付いたレイジングハートとバルディッシュがあった。
軽い音と共にドアが開き、二人はそちらを向いた。
「なのは!フェイト!!レンッ!!」
入ってきたなのは達に気がつき、アルフが駆け寄る。
「アルフさん!」
「久しぶりだね、なのは……何だ?どうしてクロノはそんなボロボロなんだい??」
「……気にしないでくれ。それでユーノ、どうなんだ?」
「……あんまり良くない。今は自動修復を掛けてるけど、基礎構造の修復が終わったら一度再起動して、部品交換とかしないと……」
「……そうか」
ユーノの言葉にクロノは嘆息した。

「ごめんね、バルディッシュ……わたしの力不足で……」
ボロボロのバルディッシュに、フェイトの心が痛む。
もっと強かったら、もっと力があったら、大事なパートナーを傷付けなくて済んだのではないか。そう、思ってしまう。

連音はポン、とフェイトの頭を軽く叩いた。
「っ…!?」
「あんまり気にするな。全員生き残った、それだけで充分すぎる結果だ」
「う、うん……」

「そういやさ、あの連中の魔法…何か変じゃなかった?」
アルフがふと零す。それを聞き、クロノが説明をした。
「あれは…恐らくベルカ式だ」
「ベルカ式?」
「その昔、ミッド式と魔法勢力を二分した魔法体系だよ」
と、ユーノが続ける。
「遠距離戦をある程度度外視し、対人戦闘に特化した魔法で……優れた術者は“騎士”と呼ばれる」
「確かにあの人……ベルカの騎士って名乗ってた……」
フェイトがその時を思い出し、呟く。同時に悔しさが返ったのか、眉を顰めた。

「最大の特徴は、デバイスに組み込まれた、カートリッジシステムって呼ばれる武装だよ」
「カートリッジシステム?」
「儀式で圧縮した魔力を弾丸をデバイスに組み込んで、瞬間的に爆発的な破壊力を得る……危険で物騒な代物だ」
「今、ベルカ式はミッド式でエミュレートした“近代ベルカ式”と、主に聖王教会の保管する“古代ベルカ式”の二つがあるんだけど……」
「奴らは古代ベルカ式の使い手だ。間違いなく、な」
クロノの言葉にユーノだけが驚きの表情を浮かべる。
何故なら、古代ベルカ式の使い手は教会保有以外には、ほとんど存在しないからだ。

少し重くなった空気。
そんな中で、なのはが「あっ」と声を上げた。
「どうしたの、なのは?」
「ううん。まだ皆にお礼、言って無かったなって。フェイトちゃんには言ったんだけど」
なのはは姿勢を正し、ペコリと頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとうございました」
そして顔を上げたなのはは、にこりと笑った。

そのおかげか、空気が少しだけ和らいだ気がした。
「そういえば、連音はどうしてあそこに?」
クロノの問いに連音は、さて、どうしたものかと考えた。
管理局がどれだけ、闇の書について知っているのか分からない現状、下手に言うことは躊躇された。
「俺は……海鳴に結界が展開されたと聞いてな、急いで駆けつけたんだ」
とりあえず、当たり障りのない答えを返す。
クロノは少しいぶかしんでいるが、嘘は言っていない。
「だが、君は奴らと戦ったんだろう?そして、負けた。その辺りはどうなんだ?」
「フェイトから聞いたのか?」
フェイトをチラリと見れば、気まずそうな表情。
隠す事でもないかと、連音は肩を竦めながら答えた。
「うちの同胞が奴らに襲われ、コアを喰われた。そして、俺も……コアを喰われた。それだけだ」
「デバイスも、随分と変わったらしいが?」
「変わった訳じゃない。本来の性能を取り戻しただけだ」
「本来の性能…?」
「三つのフォームと六つのシフト。そして増魔弾丸機構……カートリッジシステムだ」

連音が言った言葉に、全員が驚きの表情を浮かべた。
それも当然の反応だった。つい先程まで自分達を追い詰めていた敵と、同じ機能を琥光にも実装されていると言ったのだ。
「じゃあ、琥光もベルカ式のデバイス…?」
「いや、ベルカ式…アームドデバイスはミッド式と比べて、サポート能力は無いに等しい。
連音のデバイスはかなりのサポート能力を持っているから……」
「でも、ミッド式とも違うよ。カートリッジシステムはベルカ式独自の物だし」

何やら妙な論戦を繰り広げだしたユーノとクロノに、連音はキッパリと言い放った。
「琥光は世界に五つしかない神具の一振りだ。それ以上でも、それ以下でもない。不要な考察は止めてもらおう」
「「っ……」」
有無を言わせない威圧感に、二人は反射的に黙ってしまった。
竜魔にとって、琥光を含めた神具はそれ自体が誇りであり、それを振るう事を許される事は誉れである。
それを、何も知らない他人にあれこれと言われる事は、腹立たしい以外の何ものでもなかった。

せっかく和んだ空気が、また張り詰めたものに変わってしまった。
その事に連音は内心で舌打ちしつつ、クロノに言った。
「そういえばこの後、何かあるんじゃなかったか?時間は良いのか?」
「え?あぁ、そうだった。フェイト、そろそろ面接だ」

クロノに言われ、フェイトは頷いた。そしてクロノの視線がなのはに向けられる。
そして連音にも向けられた。
「なのはと連音も、一緒に来て欲しい」








「失礼します」
クロノがどこか緊張の面持ちで室内に足を踏み入れる。それに続き、三人も室内に入った。

そこには窓から外を眺める一人の老人が居た。
管理局の制服―提督クラスが着るタイプの物で、それを見ただけで、かなりの地位の人物と分かる。
「クロノ、久しぶりだな」
振り返った老人はどこか優しげな眼差しで、クロノの来訪をどこか喜んでいるようであった。

「ご無沙汰しています、提督」
「そう、かしこまらなくて良い。とりあえず掛けなさい」
老人に促され、クロノ、フェイト、なのはが応接用のソファーに腰掛ける。
「君は座らないのかい?」
老人の言葉に、連音は首を振った。
「全員が座れば無防備になる。俺の事は気にしないでくれ」
そう言って、連音は壁に背を預けた。
「そうかい。随分と警戒をしているようだね?」
「僅かな油断が取り返しのつかない事態を呼ぶ。嫌というほど経験してるんでね」
「それは…」
老人が何かを言おうとした瞬間、ドアが開いた。見えたのは女性の局員だった。その手にはティーカップの乗ったプレートがある。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
話の腰を折られ、老人は軽く息を吐いた。

女性局員は手際良く、なのはらの前にカップを置いて出て行った。
それを確認し、老人は本来の話題を切り出した。
「さて、まずは自己紹介をしておこう。私はギル・グレアム。管理局の顧問官を務めているものだ。
そして、プレシア女史とフェイト君の身柄預かりも務めていた」
「あ、あなたが……!?」
フェイトは老人の言葉に驚きを隠せなかった。
自分達の身柄を引き受けた人物の名は知っていたが、フェイトは顔を見た事が無かったのだ。
大きな瞳をパチパチとするフェイトに、グレアムは優しい笑みを浮かべた。

「今回は君の保護監察官、という事だが……まぁ、形だけのものだよ。
リンディ提督には君の人柄や、先の事件についても聞かされているよ。とても優しい子だと、ね」
「あっ…いえ……ありがとう…ございます」
フェイトは褒められた気恥ずかしさから、顔を赤くしてしまった。

「うん…?なのは君は、日本人なんだな?懐かしいなぁ、日本の風景は」
資料に目を通していたグレアムが、なのはの資料を見て笑った。
「え…?」
突然の言葉に、なのははキョトンとする。
「私も…君と同じ世界の出身だよ。イギリス人だ」
「えぇ!?そうなんですか!?」
「あの世界の人間は、殆どが魔力を持たないが、極稀に居るんだよ……私や君の様な高い魔力資質を持つ者がね」
資料を読みながら、グレアムは何かを懐かしむように笑った。
「ハハハ……魔法との出会い方まで私とそっくりだ。
私の場合は、助けたのは管理局の局員だったのだがね。もう、五十年以上も前の話だよ」
グレアムの話に、ただ溜め息しか出なかった。
なのはは純粋に自分の世界の出身で、魔法を使える人間と出会った事はなかった。
だから、どこかで自分以外の素質を持つ人がいる事を失念していたのだった。

「さて、フェイト君。君は彼女の……なのは君の友達なんだね?」
「…はい」
一転して真剣な顔つきとなったグレアムに、フェイトがハッとして背を正した。
釣られて、なのはも背を正した。
「約束して欲しい事は一つだけだ。友達や、自分を信頼してくれる人の事は決して裏切ってはいけない。
それが出来るなら、私は君の行動について、何も制限しない事を約束するよ」
グレアムは、まるでフェイトの心を射抜くような、強い眼差しを向けた。
「……出来るかね?」
しかし、その視線に怯む事無く、フェイトはハッキリと答えた。
「ハイ、必ず…!」
強い、真っ直ぐな言葉。ただ一言に込められた決意を感じ取り、グレアムは表情を崩した。
「良い返事だ」
聞きたかった言葉を聞き、グレアムは穏やかな笑みを浮かべる。
そして、彼の視線が連音に向けられた。

「君は……辰守連音君、だったね?」
「……名を名乗った覚えは無いが?」
大よそ子供がする表情とは程遠いそれを、連音はグレアムに向け返した。
「先の事件での君の活躍、リンディ提督から聞いているよ。あぁ、勘違いしないで欲しいが…君の事は非公式協力者のままだ。
これは私が個人的に興味を持って、リンディ提督から聞いた話だ。安心して欲しい」
そうフォローを入れるものの、連音の表情はより険しさを増していた。
リンディが話したという事は、それだけ信頼のある人物であると理解できる。
その辺りはクロノの様子からも窺えた。

だが、自分の事を見ず知らずの他人に知られている事は、連音には不愉快だった。況して事件の事を話したという事は、自分の力を知られているのと同義だ。

「……すまない。どうやら、不愉快な思いをさせてしまったようだね」
グレアムもその辺りを感じ取ったのか、頭を下げた。
「いや、謝られるほどの事でもない。気にしないでくれ」
人の口に戸は建てる事はできない。そういう事だと連音は多少強引に納得した。
それに自分の力程度で底が知れる程、竜魔衆は甘い組織ではない。
それでなければ一千年もの間、存続する事は出来なかっただろう。


とりあえずは面接も終わり、廊下に出たなのはとフェイトがグレアムに頭を下げた。グレアムはそれを、やはり穏やかな笑みで受け止める。
「……提督」
「む…?」
ドアに向かっていたクロノが、足を止めて振り返った。
「もうお聞き及びかもしれませんが…先程、自分達がロストロギア『闇の書』の捜索、捜査担当に決定しました」
「……」
闇の書。その名を聞きたグレアムの表情が、厳しいものになった。
「……そうか、君が…か」
そしてクロノを見る眼差しは、どこか悲しげなものになっていた。
「言えた義理ではないかも知れんが……無理はするなよ?」
「大丈夫です。『急時にこそ、冷静さが最大の友』。提督の教え通りです」
クロノは微笑と共に答える。
「ん?そうだったな…」
かつて自分が言った言葉をクロノに言われ、苦笑してしまう。

それを尻目に、連音は先に表に出て行く。
そしてクロノも。

皆が出て行き、閉まるドア。それを見送ったグレアムの表情は、一番厳しいものだった。
「……これも運命、か」





「―――ッ!?」
連音は反射的に振り返った。しかし、廊下には自分達以外には誰もいない。
「どうかしたのか?」
クロノが尋ねてきたが連音はそれに答えず、ジッと、今来た道を振り返ったままでいた。
(今、確かに感じた……!もう気配は無いが、あれは………陰氣!?)
意識を集中させるが、もう陰氣はその欠片すらも感じ取る事は出来なかった。
僅か一瞬、しかしそれでありながら余りにも強力な。プレシアの陰氣にも匹敵する強大さ。
うなじに残る不愉快な感触が消えないでいる。
「レン…?」
フェイトが顔を覗きこんでくる。今の表情を見られる訳には行かないと、それから逃げるように振り返った。
「何でもない。さっさと行こう」
そう言いながら、連音は先に行ってしまった。
「オイ、待て。どうしてそう、勝手なんだ君は!?」
「え、ちょっと待って。クロノ君!フェイトちゃん、行こう」
「う、うん」
三人もパタパタと小走りに後を追って行った。








同時刻。海鳴市の住宅街にある一軒の家。
そこのリビングでテレビを見るのは、家主である八神はやてと、赤い髪を二股の三つ編みにした少女、ヴィータである。
その後ろには青っぽい毛並みの狼――守護獣ザフィーラの姿もある。
そしてソファーに座り新聞を読んでいるのは、シグナムであった。

テレビでは最近デビューしたアイドルが歌っていが、素人目にもプロとして未熟であると分かる。
「う〜ん、今後に期待やな」
はやてが辛口な評価を出した時、声が掛けられた。
「はやてちゃ〜ん、お風呂の支度、出来ましたよ〜」
「うん、ありがとう」
振り返れば、エプロンを外すシャマルの姿。
「ヴィータちゃんも一緒に入っちゃいなさいね」
「は〜い」
ヴィータは軽く返事を返した。
はやてと入る風呂はとても好きで、言われなくても勝手によく入っている。
言われるまでも無い、そんな感じだった。

「明日は朝から病院です。余り夜更かしされませんように」
「は〜い」
シグナムに言われ、今度ははやてが軽い返事を返す。

シャマルはその細い腕で、ひょいとはやての体を持ち上げる。
「シグナムはお風呂……どうする?入れる?」
「いや、今夜は止めて明日の朝にする」
そう言って新聞をたたんだシグナムの顔には、幾つかの絆創膏が張られていた。
腕にも包帯が巻かれ、袖口から白い物がチラリと見える。
主だった負傷はシャマルに治して貰ったが、細かい傷は残ったままだ。
火傷も多少、背に残ってしまっている。

「せやけど大丈夫か?明日一緒に見てもらう?」
「いえ…この程度の傷、ご心配には及びません」
「そうだよ、はやて。ボーっとして階段から落ちた程度でどうにかなる程、騎士はヤワじゃないぜ」
ヴィータがニヤニヤして言うものだから、シグナムの額にピクリと四つ角が浮かんだ。


時間さえあれば傷を完全に治せたのだが、はやてを長時間一人にも出来なかったので、主な怪我だけを急いで治したのだ。
そして、帰って来たシグナムの顔を見て、はやての顔色が変わった。
一体どうしてそんな怪我をしたのかと問い詰められ、言いよどむシグナムにますます不審の思いを募らせるはやて。

その時、とっさに出たのがシャマルの一言だった。
「し、シグナムったらいきなり階段で転んじゃったんです!!」
「か、階段で!?」
「そ、そうそう!!もう、ゴロゴローーーってさ!!転げ落ちちまって!!」
それにヴィータが乗っかったもので、シグナムが慌てて否定しようとしたが、それをシャマルが制した。

(ダメよ、このまま!!)
(ふざけるな!このままでは私が、お前のようなドジと認識されてしまうではないか!!)
(何か、色々言いたいけど……とにかく、本当の事は言えないでしょう!?)
(むっ!?うぅむ……)
真実を言う事はできない。しかし、騎士の誇りがこのままでは。
そんな葛藤をしている間に。

「あかんよ?夜道は危ないんやから」
はやての手が、ポンと頭に乗せられた。

「………………………………………………はい、申し訳ありません」
最早、手遅れだった。




風呂に行ってしまった三人。
一人、言えない悔しさに拳を固めるシグナム。

騎士として生まれ、多くの屈辱も知っている。しかし、これはその中でも五指に入るレベルだった。

「とりあえず落ち着け。主にバレなかった事を喜ぶべきだ」
「………そうだな」
ザフィーラの言葉に、シグナムは拳を解いた。
「傷はどうだ?」
「大丈夫だ。傷口は塞がっているし、時間を置けば治る」
シグナムは袖を捲り、答える。

「違う。腹のだ」
「………聡いな」
シグナムが服をたくし上げると、いくつか残る傷の中で、一つ毛色の違うものがあった。
左脇から腹部に掛けての痣。
それを見て、ザフィーラが僅かに驚きの色を浮かべる。
「お前の鎧を打ち抜いた、か」
「激情に駆られながら、それでも澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろうな」捲り上げた服を戻し、その時を思い返す。
「武器の差がなければ……少々、苦戦したかも知れん」
「ならば……あの少年はどうだ?」
ザフィーラが言うと、シグナムの表情が険しいものになった。

「……強かった。武器は現状互角。剣の腕ならば、奴より上だと言えるが、身体能力と体術では向こうが上だ。
それにあの力……こちらの動きを読むあの眼は…デメリットがあるとはいえ、やはり脅威だな」
「以前とは全く違う、という事か……」
「だが、一番恐ろしいのは……洞察力だ」
「洞察力…?」
「あぁ…」
シグナムはソファーから立ち上がり、窓辺に向かった。
明るい室内からは星はよく見えないが、照らす月光は綺麗だった。
「奴は恐らく……この怪我に気付いていた筈だ。しかも、最初の打ち合いの時にはな」
「…!?」
「だからこそ……あれだけの力を見せたのだろう。手傷を負った私を、あそこで確実に仕留める為に……」
シグナムは、連音が他の魔導師とは決定的に違うと、肌で感じ取っていた。

幾多の戦場で感じてきた。
戦いの中で兵ではなく、戦士だけが持ち得るもの。それを連音は持っている。

強い思いの為に何事をも貫き通す意思。その結果、命を奪う事さえも覚悟して。
あの幼さで、どれ程のものを背負っているのか。シグナムはふと思ってしまう。

「だが、それでも……お前は負けないだろう?」
「………そうだな」
貫く想いは自分にもある。騎士の誓いを破った、あの日から。

否。

一人の少女を、主として仰いだあの時から、きっと在ったものだ。
それがある限り、何者にも負ける訳にはいかない。

「我らヴォルケンリッター……騎士の誇りに懸けて」

夜空を照らす月光に、決意を新たに。














連音とクロノは艦の整備の様子を見ていた。
「………そうか、プレシアは亡くなったか」
「あぁ。あれだけの病だったにも関わらず……穏やかな最後だったそうだ」
「……命は救えずとも、心を救うことは出来る」
「何だ、それは…?」
「ちょっとした宗教の話さ。プレシアは救われたんだろうな……自分の業から」
「一つ、聞いても良いか?」
「……何だ?」
「君は……あの時、言っていたな。母親を…その、殺したって……あれは、本当なのか?」
言い難そうにクロノは連音に尋ねた。
連音は冷徹ではあるが冷血ではない。プレシアを止める為にあれだけの無茶をするのだ、そんな人間ではないと言える。
況して、そんな人間に誰かを救うなんて事が出来る訳がない。
だから、知りたかった。あの時の言葉の意味を。

だが、連音は表情を変えぬままに口を開いた。
「……本当だよ」
「嘘だ。君はそんな事をする人間じゃない……!」
「俺がどんな人間か……そんな事は関係無いんだがな」
「だが……!」
「それに、これは俺の過去だ。一生、消える事は無い………」
「………」
一生消えない過去。
その言葉に、クロノは何も言えなくなった。

沈痛な面持ちのクロノを見て、連音は溜め息を吐いた。
「気にしてくれて……ありがとうな、クロノ」
「そんなんじゃない……僕は…」
「そんな事より、だ」
クロノが何かを言うのを遮り、連音は窓に背を預けた。
「プレシアが亡くなって……フェイトは、これからどうなるんだ?」
「その事なんだけど……母さんが、フェイトを養子にしたいと言ってるんだ」
「ハラオウン提督が?」
「あぁ。君としては……どう思う?」
クロノに尋ねられ、連音はしばしの間、視線を宙に泳がせた。
「………良いんじゃないか?どうせその辺り、プレシアが噛んでるんだろう?」
連音が言うと、クロノは苦笑いを浮かべた。
「まぁね。自分が死んだ後、フェイトを信頼できる所に任せたいって言っていてね……。
それで、色々探してたんだけど……母さんが、うちで引き取りたいって、直接申し入れたんだ」
「それで…?」
「プレシアはそれに快諾したんだけど……後は本人の気持ち待ちだよ」
「まぁ、すぐには決められないよな」

だが、どんな形でも良い。フェイトには幸せになってもらいたい。
誰かが望む幸せではなく、自分の望む形の、自分だけの幸せを手にして欲しい。
そう、連音は願った。

(幸せ……か。俺には無理そうな話だ)

アリシアとの約束。
一生懸命に生きて、そして幸せになる。夢の中で交わした泡沫の誓い。
しかし、自分にはその形すらも想像する事が出来ない。
だからせめて、彼女にだけはそれを掴んで欲しい。


そう思っていると、ドアが開いた。
「クロノ、連音君」
「っ…艦長。フェイトも一緒か」
やって来たのは件のリンディとフェイトだった。
噂をすれば何とやら。とか連音は思ってしまった。

「今回の事件資料は、もう見た?」
「さっき全部」

三人はテーブルを挟んで座る。連音はやはり立ったまま、窓にもたれ掛かっていた。
「なのはの世界が中心なんですよね、魔導師襲撃事件って」
「そうね。なのはさんの世界から個人転送で行ける範囲に、ほぼ限定されてる」
「あの辺りは本局からはかなり遠いですね。中継ポートを使わないと転送できない」「アースラが使えないの、痛いね……長期稼働ができる船は、二ヶ月先まで空きが無いって」
「そうか……というか、君はいいのか?」
「…?何が?」
クロノにいきなり言うもので、フェイトは何の事かとキョトンとした。

「君は、嘱託とはいえあくまで外部協力者だ。今回の件にまで無理に付き合わなくても……」
「クロノやリンディ提督が大変なのに、のん気に遊んでなんていられないよ。アルフも付き合ってくれるって言ってるし、手伝わせて…!」
「それはありがたくはあるんだが……」
フェイトの強い意志に、クロノは圧されてしまう。
しかし、先の戦闘でも負傷した事などを考えれば、危険性は極めて高い。
そんな所に彼女を送り込む事は、やはり躊躇われた。

何より、せっかくなのはとの再会を楽しみにしていたのだ。フェイトの思いを、そうかと受け取る事も出来なかった。
「「………」」

その様子を黙ってみていたリンディだったが、唐突に手を打った。
「ここはやっぱり、あれで行きましょう……!」
「あれ……?」
「ウフフ…」
楽しそうに笑うリンディに、全員がいぶかしんだ表情を向けていた。














では、拍手レスです。いつもありがとうございます。


※「犬吉さんへ」
大抵のなのは小説はイレギュラーな出来事があっても大抵原作どおりに終わるので、
原作とは違う予想を裏切るような展開になることを期待しています。

ご期待、ありがとうございます。
しかしながら大きく変わることはありません。何故なら、連音は奇跡を起こせる人間ではないからです。
ですが、それでもささやかな奇跡を起こせるような、そんな話にしていきたいです。
やはり物語は、ハッピーエンドでなければと私は思うので。それに向かって話を作って行きたいです。


※犬吉さんへ。
シャドウブレイカー第3話、アークセイバーは『Arc Saber』です。セイバーのBがVになってました。

ぎゃあ!!というか、今までVで通していました……恥っ!
という事で、次からは修正します。今まではVのまま待機っ!!


※犬吉さんへ       
ヴォルケンリッターはこの時は夜天ではなく、闇の書の守護騎士を名乗っていたはず

と、いう事なのでこちらも修正を行います。先を進めながら、修正版を送りたいと思います。


※犬吉さんへ 
電光超人!? なんとマイナーかつ懐かしいものを‥‥

好きなんですよ、あの作品ww
最初はウ○ト○マンにしようとか思ってたんですが、アルフと合体させたくてこっちに。
書いてる時、頭の中でOPテーマがリフレインしてました。
知ってる方がいて良かった……。






いつも拍手の方、送って下さりありがとうございます。

引き続きまして、拍手には何方宛か、お書き下さるようお願いいたします。
せっかくの拍手が届かないのは、とても悲しいですから。


事実、無い時は結構凹んでますwww







作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。