フェイトはバルディッシュを構え、スタンスを広げる。
「民間人への魔法攻撃……軽犯罪では済まない罪だ……!」
「なんだ、テメェ…!管理局の魔導師か…!?」
苛立ち混じりのヴィータの問いに、フェイトは静かに答える。
「時空管理局嘱託魔導師……フェイト・テスタロッサ…!抵抗しなければ弁護の機会が君にはある……」
「……っ」
「同意するなら、武装の解除して……」

「誰がするかよッ!!」
ヴィータは後方に飛び、一気に表に飛び出していく。
「ユーノ、なのはをお願い…!」
傷付いたなのはをユーノに任せ、フェイトはヴィータを追って飛び出した。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー

       第三話   示されしは、新しき力



傷付いたなのはの体を、ユーノの回復魔法の光が包む。
陽だまりの様な暖かさの中で、ユーノは自分達のこれまでの経緯を説明した。

フェイトの裁判が無事に終わり、なのはにそれを伝えようと連絡を取ろうとした。
しかし通信が繋がらず、その原因を探れば、管理外世界にある筈の無い広域結界。
なのへとの連絡が付かない原因がそれであると確信し、ユーノ達は先行してやって来たという。

「そっか……ありがとう」
なのはは何処か心苦しそうに、礼を言った。
「……あれは誰?どうしてなのはを……?」
「……分かんない……急に襲って来たの」

伏せ目がちななのはを、何とか元気付けようとユーノは出来るだけ優しく声を掛けた。

「でも、もう大丈夫……フェイトもいるし…アルフもいるから」
「……アルフさんも…!?」

ユーノの回復の光がゆっくりと消える。
「とりあえず、これでどう…?動ける?」
「うん……何とか……ありがとう、ユーノ君」
ユーノにお礼を言って、早速立ち上がろうとするが、足がふらついて倒れそうになる。
慌ててユーノが支えるが、なのはの足は言う事を聞いてはくれない。

「もうちょっと、ここで休んでた方が良いよ」
「でも、フェイトちゃんが……お願い、ユーノ君……」
弱々しいながら、しかし頑固な意地を宿した眼差しをなのはに向けられ、ユーノは少し考えた後、頷いた。

「近くには行かないよ。それで良いね?」
「うん……、ありがとう」
ユーノはなのはに肩を貸して、飛行魔法でゆっくりと移動を始める。
窓から出て、目指すのは向かいのビルの屋上。

途中でなのはを落としたりしないように、しっかりと抱きしめる。
「……ユーノ君」
「なのはも、ちゃんと掴まっていてね?」
「…………うん」
可愛い顔立ちだけど、こういう時はやっぱり男の子なんだな。等と、なのははちょっとだけ思ってしまった。





「バルディッシュ!」
“Arc Saver”
「グラーフアイゼンッ!!」
“Schwalbe fliegen”
フェイトのアークセイバーと、ヴィータのシュワルベフリーゲンが交差し、互いに目掛けて襲い掛かる。

フェイトはすぐさま回避行動をとり、それを追って四つの鉄球が追尾をかける。

「障壁!!」
“Panzer hindernis”
ヴィータはバリアを張り、アークセイバーを真っ向から受け止める。
それを削り落とさんばかりに魔力刃が食い込み続け、閃光が飛び散った。
やがてアークセイバーは砕け、スパークを残して消滅した。


ヴィータはフェイトの方を見やる。
未だに振り切れずにいるが、軌道は完全に見切られていて、一瞬の軌道変更で交わされる。
しかし、何かがおかしい。
あれだけの機動性なら、回避ざまにシュワルベフリーゲンを落とす事も容易い筈だ。
しかし、フェイトはそうしない。

ヴィータは今、展開し続ける障壁と鉄球のコントロールでマルチタスクを使っている。

魔導師の必須技能とはいえ、多くを一度に使えば、それだけ一つに向かう分は厳しくなる。

ヴィータは考える。
この状況の意味する所を。

そして、気が付く。
見える相手だけが全部ではない。

伏兵の存在を。


感じた気配は真下から。
「バリア――――!!」
接近してくるのは、オレンジ色の髪の女。
ザフィーラに似た耳と尻尾を持つ、フェイトの使い魔アルフ。
それに意識が向いた事で、鉄球はコントロールを外れ互いにぶつかり爆散した。
「ブレイクッ!!」
そして、ヴィータ目掛けて強烈なパンチが叩き込まれる。
魔力を帯びた一撃は、障壁破壊に特化した攻撃。

あっさりとヴィータのバリアは砕け散った。
「ッ!このぉっ!!」
ヴィータは伏兵に向けてハンマーの一撃を放つ。
アルフもシールドを展開するが、構わずにその上から強烈な一撃をお見舞いする。

「っぁああああああっ!」
シールドごとアルフを大きく吹っ飛ばしたヴィータは、迫る気配に反応した。
「ッ!?」
“Pferde”
ヴィータの足に風が渦巻き、フェイトの斬撃を一瞬で回避する。

「――ッ!」
「フッ!」
ヴィータ目掛け、アルフがバインドを仕掛けるが、更に加速を駆けたヴィータにあっさりと躱されてしまう。

それは一時的な加速のようで、回避をした時点で風は解けるように消える。
そこを狙い、一気にフェイトは攻撃を仕掛ける。
自慢のスピードを生かした加速から繰り出した一撃を、ヴィータは今度こそ躱す事が出来なかった。


ギリギリの所をグラーフアイゼンで受け止めるが、その刃はあと一押しでヴィータに突き刺さった。

(クソ……!ぶっ潰すだけなら簡単なんだけど…それじゃ意味ねーんだ…!魔力を持って帰んないと……!)
ギリ、と歯軋りする。
二対一。一人はスピードタイプ。一人はバリア破壊とバインドを使えるサポート型。
(カートリッジ、残り二発……やれっか…!?)
撤退か。戦闘か。ヴィータは迷った。



その光景をなのはは屋上から眺めていた。
「アルフさんも来てくれたんだ……」
「クロノ達も、アースラの整備を一端保留にして動いてくれてるよ」



その状況はアースラでも捉えていた。
「アレックス!結界抜き、まだ出来ないッ!?」
『解析完了まであと少し!!』
エイミィの焦りの色を含んだ声に、同じくアレックスの声が返る。

「術式が違う……ミッドチルダ式の結界じゃないな…?」
解析中のデータを見て、クロノが呟く。
「そうなんだよ……何処の魔法だろ、これ……?」
どちらにせよ今のクロノ達には待つ事と、先行したフェイト達を信じる他無かった。





フェイトと互角の勝負を続けるヴィータだったが、突如その動きが止まる。

「グ…!ぅう…!!」
アルフが仕掛けていた設置型バインドが、ついに捕らえる事に成功したのだ。
四肢を拘束され、空中に釘付けにされる。

「終わりだね。名前と出身世界、目的を教えてもらうよ……!」
「――ッ!!」
フェイトの宣告に、ヴィータは睨み返す事しかできなかった。

その時、アルフは何か嫌な気配を感じた。
「ッ!?なんかヤバイよ…!!フェイト…!!」
「――!?ウァ…ッ!!」
アルフが叫んだ瞬間、真下から出現した影が一閃、フェイトを弾き飛ばした。
「うぉおおおおおッ!!!」
更にもう一つ影が現れ、アルフが、その蹴りで文字通り一蹴にされる。

「シグナム!?ザフィーラ!?」
ヴィータは驚きの声を上げて、影の名前を呼んだ。
「レヴァンティン、カートリッジロード!!」
“Explosion”
レヴァンティンのダクトパーツがスライドし、薬莢が排出される。
そして紅蓮の炎が吹き上がり、刀身を包み込んだ。
「紫電一閃!!」
フローターフィールドを蹴り、フェイト目掛けて必殺の一撃を放った。
「ッ!!!」
その一撃をバルディッシュのフレームで受け止めるが、僅かな抵抗を残して両断される。
「あぁっ!?」
驚愕するフェイト目掛け、シグナムは更に剣を振り上げた。
「ハァアアッ!!」
「――ッ!!」
迫る脅威にフェイトは目を見開く。
これを躱す事は出来ない。
“Defenser”
バルディッシュが障壁を展開するが、その上から紫電一閃がフェイトを軽々と吹っ飛ばした。
ビルに叩き落とされ、粉塵と爆音が響き渡った。



「っ!フェイトォッ!!」
愛する主が落とされ、アルフは急ぎそこに向かおうとする。
しかし、その眼前にザフィーラが立ち塞がった。

「………っ」
行きたければ、自分を倒してから行け。
そう言わんばかりに、アルフに向けて拳を握った。
「こ…のぉおおおっ!!」





「アルフさん…フェイトちゃん……!」
「不味い、助けなきゃ…!」
強力な援軍が二人も現れ、その上、アルフとフェイトは完全に分断されてしまった。
二対三。このままでは全員が落とされる。
ユーノは術式を展開した。
「――退魔の響き 光と成れ」
なのはの足元に、緑に輝く魔法陣が生まれる。
「癒しの円のその内に 鋼の守りを与え給え――」
魔法陣から半球体状のバリアが展開され、なのはを包み込んだ。
「っ……?」
見た事の無いそれに、なのはは戸惑った。
「回復と防御の結界魔法……なのはは絶対に此処から出ないでね?」
「う…うん」
ユーノの言葉になのはは頷くしかなかった。
今の自分では足手まといになるだけだ。

ユーノは一気に跳躍し、戦場に向かった。
その背を見送るなのはの心には、複雑な思いが生まれていた。





「どうした、ヴィータ?油断でもしたか?」
「うるせえよ!こっから逆転するとこだったんだ!!」
バインドで縛られたまま、ヴィータはシグナムに言い返す。
「そうか…、それは邪魔したな。すまなかった」
しかしそれを笑う事無く、シグナムはそう返して、ヴィータに掛けられたバインドを解除した。

手首を摩りながらヴィータは、この生真面目な将の性格はどうにか為らないものかと考えた。
尤も、考えてどうにか為るのなら、とっくにどうにか為っている筈だが。

「だが、あんまり無茶をするな。お前が怪我でもしたら、我らが主が心配する」
「………それ、シグナムに言われたくねぇんだけど。つーか、大丈夫なのか?」
「何がだ?」
「何がって……病み上がりで戦えんのかって事だよ!」
ヴィータの言葉に、シグナムはちょっと驚き、そして笑った。
「そういう事か。大丈夫だ、心配ない。私もレヴァンティンも、ザフィーラも…完全に戻っている」
「……なら、良いけどよ」

ちょっと照れたようにそっぽを向くヴィータの頭にポン、と何かが載せられた。
「ん……?」
それはヴィータがなのはに落とされた帽子だった。
「来る途中で拾っておいた。破損も直しておいたぞ」
「…………ありがと、シグナム」

シグナムは眼下のそれを見やる。
ぶつかり合う、オレンジと灰色の閃光。そして彼方から来る緑色の光がフェイトの落ちたビルに入って行った。
「さて、これで状況は実質三対三……一対一なら、我らベルカの騎士に」
「負けは、ねぇ!!」

二人もまた、戦場へと戻る。
と、ヴィータは違和感を覚えた。
腰の辺りにあった物が消えているのだ。
「あれ…?闇の書が……無いッ!?」





粉塵の舞う中で、フェイトはユーノの回復を受けていた。
「大丈夫、フェイト?」
「うん…、ありがとう、ユーノ」
ユーノの視線がその脇に下がる。
「バルディッシュが……!?」
「大丈夫、本体は無事……」
フェイトが手に取ると、バルディッシュが応えた。
“Recovery”
金色の光を発し、破損が見る見る内に修復されていく。

完全に戻ったバルディッシュを手に、フェイトは立ち上がった。
「ユーノ、この結界内から全員同時に外へ転送……いける?」
「うん……アルフと協力すれば、何とか」
「私が前に出るから、その間にやってみてくれる?」
「―――分かった」
“アルフも、良い?”
“ちょいとキツいけど……何とかするよ…!”
する事は決まった。後は行動するのみ。

「それじゃあ……頑張ろう…!」
「うん…!」
迫る騎士に向かい、二人は飛び立った。

外に出たフェイトの視界に、緑の光が入ってきた。
(なのは……)
そこに見えるのは、こちらを心配そうに見つめる大切な友人の顔。


大丈夫だよ。


見えないかもしれないが、できる限りの優しさを込めて微笑みを返す。
(そうだ……なのはを…守るんだ……!)
強い決意を胸に、フェイトは向かってくる敵を睨んだ。
向かって来るのは―――シグナム。



「フェイトちゃん……」
レイジングハートが、微かに音を立てた。






戦場から少し離れたビルの屋上。そこに彼女は立っていた。
「なるべく、急いで帰りますから」
『ぁあ…急がんで良ぇから……気ぃ付けてな?』
「……はい、それじゃあ」
指輪を使った通信を終え、戦場に目を向ける。
その腕に抱えるのは、金色の剣十字の付いた洋書。

「そう、なるべく急いで……確実に済ませます…!クラールヴィント、導いてね」
“Ja,Pendel form”
人差し指と薬指にはめられた宝石が外れ、回転しながらその大きさを変えていく。
そして指輪と結ぶように、碧の光が伸びて繋がった。





黒き戦斧と炎の魔剣が激突する。
「ぐぅ…っ!?」
その強烈な一撃に、バルディッシュのフレームが欠けていく。
黒い破片がポロポロと落ちていった。
「っ…!!」
“Photon Lancer”
弾くように間合いを離し、フェイトはフォトンランサーを構える。

「レヴァンティン……私の甲冑を」
“Panzer geist”
シグナムの全身を、紫光が包む。
「撃ち抜け、ファイア!!」
掛け声と共に襲い来る四つの雷光。しかし何事も無いかのように、シグナムはスッと目を閉じた。

ランサーは障壁にぶつかり、あっさりと弾き散らされる。
「そんなっ!?」
目の前の光景に、フェイトが驚きの声を上げた。
フォトンランサーの威力は決して低くは無い。
それを、さも涼風に吹かれるかの様に微動だにしないシグナムに、フェイトは言い様の無い敗北感を与えられた。

シグナムは静かに目を開け、フェイトを視界に捉えた。
「魔導師にしては、悪くないセンスだ……」
ゆっくりと剣を構え、シグナムは不適に笑みを浮かべるが、しかしそれはすぐに消えた。
「だが、ベルカの騎士に一対一を挑むには………まだ足りんッ!!」
「――っ!」
踏み込む瞬間、残像を残してシグナムの姿が消えた。
反射的にシグナムの姿を探すが、左右にはいない。
ハッとしたフェイトの眼前に、シグナムが真上から襲い掛かった。
「でぇえええいッ!!」
その強襲を紙一重で展開したバリアで受け止めるが、シグナムはそれを砕き、フェイトに肉薄する。
「グッ…!!」
その一撃をバルディッシュで受け止めるがその際、宝石部に亀裂が走った。
とっさにフェイトがいなし、回避を図る。
しかし、シグナムは更に追撃を掛けた。
ダクトパーツを駆動させ、魔力が炎へと変じる。
「レヴァンティン、叩っ斬れ!!」
“Jawohl”

燃え盛るレヴァンティンが吼え、シグナムが真っ向から切落す。
「――ッ!!」
フェイトは寸でで受けるが、その圧倒的威力にバルディッシュがミシミシと不吉な音を立てて、ひび割れていく。
「ハァアアアッ!!」
「ウァアアアアアアアッ!!」
レヴァンティンを力づくで振り抜かれ、フェイトはビルの外壁まで叩き落された。

「ッ!?フェイトちゃん!!」
その光景になのはが悲鳴に似た叫びを上げた。
もうもうと上がる粉塵に、なのはは苦しさをいっぱいに吐き出す。
「どうして……こんな……どうして……!?」
自分を助けに来たせいで、皆が傷付いていく。
何も出来ない自分がここにいて、友達が傷付くのを見ている事しか出来ない。

「もう……止めて………!」

しかし、その声が届く事は無かった。





ユーノはヴィータの攻撃を受け流しながら、転送のチャンスを窺っていた。
“転送の準備は出来たけど……空間結界が破れない……!アルフ…!?”
“こっちもやってんだけど……この結界、滅茶苦茶堅いんだ…!”
ザフィーラと戦いながら、結界突破を試みているアルフが答える。

“こうなるとアースラに頼むしかないかな……?”
今、アースラでは結界の解析がされている筈だ。アースラが結界を破ってくれれば、その隙に転送できる。

こうなると後は、時間との勝負。
しかし、それですら分が悪かった。
ユーノは得意の防御魔法で、ヴィータと今の所は渡り合えている。

アルフも、今の所は互角といった感じだった。


問題はフェイトだった。
此処の戦局だけ、既にシグナムに傾きつつあった。

フェイトがやられれば、残る二つの戦局も崩される。

(思ったより状況は悪い……!クロノ、急いで……!)
ヴィータのシュワルベフリーゲンを躱しながら、ユーノは必死に願った。






苦痛に顔を歪めながら、フェイトは敵の行動を捉えていた。
シグナムが柄をスライドさせ、何かをそこに放り込んでいる。
(あれだ……)
戦いの中、何度か見た光景。
ダクトパーツのスライドに合わせて排莢されていた。

“Nachladen”
そして、剣が元に戻った。
(あの弾丸……あれで一時的に魔力を高めているんだ……!)
それが分かれば、戦い方も考えられる。
あの強力な一撃は連続して放つ事はできない。
炎の剣を放つ時は、タイミングを読む事も出来る。

(今までで三回使って……そして装填………でも、一度目を離してるから……おそらく二回……)

フェイトが考察を続けていると、上から声が掛かった。
「どうした…もう終わりか?ならば、じっとしていろ。そうすれば、命までは取らん」
「ッ!誰が…っ!!」
フェイトが怒りを吐き出して立ち上がる。

「良い気迫だ……」
それを見て、シグナムが僅かに笑みを湛える。
幼きその身にはそぐわない程の強い心。そして思い。
不利と分かっていても、その心は一片も欠けてはいない。

「私はベルカの騎士…ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣レヴァンティン」
名を名乗り、シグナムは刺突の型に構える。
「――お前の名は?」
フェイトはきっとシグナムを睨み、返した。
「――ミッドチルダの魔導師……時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサ…!この子は、バルディッシュ…!」
「テスタロッサ……それにバルディッシュ…か」
シグナムは何かに刻み付けるように、その名を繰り返す。

そして、ふと笑いを零していた。
「…!?」
自分を笑われたのかと、フェイトの顔が不愉快さに歪む。
それを見て、シグナムは再び笑った。
「っと、すまん……お前を笑ったのではない。少し、思い出しただけだ……」
「思い出した……?」
「今より少し前に、お前と同じ年頃の戦士と戦ってな……その時、それの名を聞けなかったのだ。
今にしても、あれ程の使い手……惜しい事をしたなと思ってな」

「同じ年頃の……戦士?」
その言葉に、フェイトの心が小波を立て始めた。
彼女ほどの剣士と渡り合える、同い年の戦士と言われて、フェイトの脳裏に浮かぶのはたった一人だった。
勿論そうとは限らない。しかし、この世界には魔法が無い。彼女と戦える人間など極、限られている。
小波が、段々と強くなっていく。

「あぁ……確か竜魔と、一応は名乗っていたか……?」
「―――ッ!!」
その名を聞き、フェイトの心の波が更に大きくなった。
心臓の音が、耳障りなほどに大きくなる。

「その……戦士は………どうしたんですか……?」
息が苦しくなる。なのはの危機を知った時もそうだったが、これは既に終わってしまった事なのだ。

いや、聞くまでも無く答えは出ている。彼女が此処に立っている事が答えだ。
それを必死に否定して、シグナムの答えを待った。

「もしや、お前の知り合いか…?」
フェイトのあからさまな動揺に、シグナムもすぐに察した。
「恐らく、死んではいないだろうが………すまんな、分からない」
「ッ!!」
その言葉にフェイトの感情が一気に限界を切った。
なりふり構わない全力の突進から、バルディッシュを振るった。
「――クッ!」
紙一重でそれを躱し、更に掛かる追撃を防ぎ、間合いを離す。

冷静に事を構える相手だと思っていたフェイトが、溢れる感情のままに攻撃を掛けて来た事に、シグナムは僅かながら驚かされた。

「許せない……!なのはだけじゃなくて……レンまで……!!」
沸き上がる怒りを、バルディッシュを握る手に込めて、シグナムを視線で射抜く。

“Scythe Form”
魔力刃を展開し、更に魔力を込める。
“Arc Saver,Over Charge”
「うぅぅ…ァアアアアアアアアアッ!!」
フェイトが持つ魔法の中で、三番目に威力の高い攻撃魔法。
全身で担ぐように構え、全速を以ってシグナムに振り下ろした。
「…ッ、そんな大振りが……」
「アァアアアアッ!!」
「当たるものかっ!!」
更にフェイトが放った攻撃をあっさりと躱し、蹴り飛ばす。
「グァッ…!……オーバースラッシュ!!」
重い一撃を喰らいながらも、フェイトは魔力刃を発射した。
以前よりも速い速度で、シグナムに襲い掛かる。

“Explosion”
シグナムはそれを真っ向から粉砕するべく、レヴァンティンを構える。
「紫電……一閃ッ!!」
ぶつかり合う力がスパークを走らせ、拮抗する。

そして―――爆発した。

「ッ……!」
吹き荒れる爆風にフェイトは顔を背けた。
渾身の一撃、これで駄目ならば。

「おぉおおおおおおっ!!」
爆煙を貫いて、紫の光がフェイト目掛けて飛来する。
柄を両手で持ち、上段に大きく振り上げる。


「――――ッ!!」
躱せない。
フェイトはすぐに悟った。
ここで落とされる訳には行かない。
だが、躱せない。
バルディッシュも、これ以上あの攻撃を耐える事はできない。

ゆっくりとその刃が近付いてくる。
ここで落とされれば、なのはやユーノ、アルフまでもが危なくなる。
しかし、躱せない。

譲れない想いを、残酷な現実が侵食していく。
自分は、ここで負けるのだと。

欲しかったのは、大切な何かを守り抜ける力。
それに相応しい、強い心。


あの日、心に焼きついた、輝く翼のように。
あらゆる闇を討ち払う、炎のように。


「うぁああああああっ!!」
フェイトは叫んでいた。
迫る脅威を打ち払うかのように。
譲れない、最後の抵抗として。







その時だった。
「……ッ!?」
「―――ッ!?」
遥か天空から、琥珀色の輝きを纏った無数の流星が、二人の間を分かつ様に降り注いだのは。

シグナムはとっさにその場を離れ、しかし流星はそれを追って迫り来る。
「チィッ!!」
シグナムは舌打ちし、それを薙ぎ払いつつも躱し続ける。

(こ、これって……!?)
突然の状況にフェイトは唖然とした。
降り注ぐ流星は、まるでフェイトを守るようにシグナムを追っていた。
そして、それの帯びる魔力の光。

フェイトは上空を見上げた。そしてシグナムも見上げる。
そこに在ったのは、小さな人影。余りにも独特な、その風体。
「あれは……?」
その人影にシグナムは顔をしかめ、
「あれは……!」
フェイトは目を見開いた。


そして人影はゆっくりと、背を向けてフェイトの眼前に降り立った。
そして、フェイトは少し違和感を覚えた。

長いマフラーと覆面はそのままに、しかし、所々が違っていた。
腕の装甲は以前よりもパーツが増え、頑丈さを増していた。
その手を包むグローブが追加され、その表面には装甲が付けられている。
足の装甲も重厚さを持ち、爪先が鋭利な形状に変化していた。

何より、その手にしたデバイスが変わっていた。
記憶の中よりも刀身が大きくなり、更に排気ダクトが追加されている。

だから、フェイトは何処か戸惑いながら、その名を口にした。
「れ……レン……なの?」
フェイトがそう呼ぶと、静かに振り返り、そして口を開いた。
「―――久しぶりだな、フェイト」

それは間違いなく、連音の声だった。





(なのははかなり酷いようだな……。ユーノとアルフは…まだ何とかなるか)
連音は周りを見回し状況を把握した。
「レン、どうして…?その姿は…?あの人に…シグナムにやられたって……!?」「話は後だ。奴の相手は俺がする……フェイトはアルフかユーノの、サポートに回ってくれ」
「でも……あの人は」
フェイトが何かを言おうするが、それを連音は手で制した。
「俺は……誰にも負けはしない」
「あ……」
「だから、向こうは頼んだぞ?」
「………うん」

「貴様……何者だ…!?」
レヴァンティンを構え、シグナムが静かに問い掛ける。
その言葉に、フェイトと連音はキョトンとしてしまった。
それにシグナムもいぶかしんだ表情を浮かべた。

「えっと……レン…?」
「…………あぁ、そういう事か」
少し考えて、連音は思い至った。そして刺突に琥光を構えた。
「あの時とは装い全然が違うからな……では、改めて名乗ろうか?守護騎士よ……」
「―――いや、その必要は無い。まさか、あれだけの傷を負って………生きていたか、竜魔よ」
構えが見せた影に、シグナムの顔に厳しさが浮かんでいた。




「ッ!?今の光は……!?」
視界に見えた琥珀色の光にザフィーラは不吉な予感を感じた。
“シグナム、大丈夫か…!?”
“あぁ……思いもよらん援軍が現れた”
“援軍…?”
“先に戦った、あの少年……竜魔だ”
「――ッ!?竜魔だと!?」
その名にザフィーラは思わず叫んでいた。
“バカな!?あれだけのダメージ……十日程度で動けるような軽さではなかった……!”
“だが事実、奴は目の前にいる……悪いが、こちらは奴だけで手一杯だ”
“分かった……ぬかるなよ、シグナム”
“あぁ、そちらもな”
そしてザフィーラは念話を切った。

「竜魔……だって?」
地に伏したアルフが、その四肢に力を入れて立ち上がる。
(アイツが……来たのか?来て、くれたのか……?なのはを、フェイトを守る為に…?)

半年前、フェイトを縛る鎖を断ち切った者の一人。
プレシアの闇を砕き、アリシアという名の光を甦らせた少年。


自然と、アルフの口が歪む。
「ぬっ――」
「アイツが来たんなら……情けない格好は出来ないねぇ……!!」
その瞳に闘志を燃やし、アルフが夜空に吼え猛った。




「連君……、連君も来てくれたんだ……」
彼方に見えた光と、その後に届いた念話に、なのはは連音が救援に来た事を知った。
ずっと遠くに行ってしまった友達が、自分の為に駆けつけてくれた。
今の自分にはそれに報いる事が出来ないのか。

空には、ぶつかり合う幾つもの魔力光があった。




「それじゃあ、レン…気を付けて」
「あぁ、フェイトも無理はするな。時間を稼ぐだけで充分だからな」
連音の言葉にフェイトは頷き、その場を離れる。
それを見届け、連音はシグナムに向き直った。

「さて…と、悪いが、さっさと終わらせてもらうぞ……剣の騎士よ」
「デバイスを変えた程度で、随分な物言いだな……。高速機動と、我が炎を打ち消す水の剣。
生憎だが、先の戦闘で貴様の手の内は分かっている。そう易々と行くと思うな…!」
連音の言葉に自身の誇りを傷付けられ、シグナムの顔が不愉快さに歪んだ。

しかし、連音はそれに構わず、琥光をかざした。
「琥光、久しぶりの実戦だが…行けるな?」
“戦闘機能正常 特殊機構《六式》封印解除完了、正常可動中 変形機構、通常可動状態”
「……よし、コンビ復帰戦だ、一気に行くぞ…!」
“了解 我ラ竜魔ニ”
「敗北は無い……!」

その言葉が戦いの火蓋を切った。
「せぇえええええいッ!!」
「ハァアアアアッ!!」
一瞬の踏み込みから、真っ向から剣閃が激突する。
響きあう金属音と火花が散っていく。

レヴァンティンの強烈な一撃を受けながら、しかし琥光はビクともしない。
「くぅ…っ!!」
自身の愛剣にも匹敵する強度に驚く間も無く、徐々にレヴァンティンが押し戻されていく。
(クッ……!何という力だ……!魔力強化をして尚、差し込まれるだと……!?)「ハァッ!!」
連音が琥光を振り切り、その瞬間、シグナムが間合いを取る。
「フッ――!!」
シグナムが再び踏み込み、剣撃を打ち込む。
それを受け止め、連音が反撃に入ろうとするよりも速く、レヴァンティンが閃いた。
「チッ…!」
連続して繰り出される斬撃を捌きながら、琥光がシグナム目掛けて翻る。
「ウ…ッ!」
シグナムの頬が斬られ、赤い筋が生まれ、同時に連音の髪が舞い散る。
「……!」
振り返りざまに同時に放った一撃が交差し、一際大きな火花を散らす。
「ぬぅっ!!」
「……っ!!」
走る衝撃に、弾かれるように互いに間合いを離した。

シグナムは頬の血を拭い取り、眼前の敵を強く睨んだ。
連音の戦い方が以前とは全く違う。
速さを基調とする所は一緒だが、その本質が違う。

竜魔と、夜の一族の力を利用した剛剣。それこそが連音の剣術。
先の戦いでは武器の強度が届かず、それを振るえなかったのだ。


しかし、今は違う。
速く、重く、そして―――強い。

「これが……お前の本当の力か……!」
「…………いや、違うな」
「なっ……だと!?」
驚くシグナムを尻目に、連音は琥光を構え直した。

「見せてやろう。琥光六式の力を……!琥光、《疾風》!!」
“《疾風》起動”
連音の言葉に琥光が答え、その宝石部が色を変える。

琥珀色から、緑色に。
「――ッ!!」
ゾクリとした感覚に、シグナムが剣を盾に構えた。

ギィィィィィィンッ!

ほぼ同時に響く金属音。そして襲い来る衝撃。
連音が高速の踏み込みから斬撃を放ち、後方に打ち抜けたのだと知った時には、既に連音は眼前から消えていた。

(あの時よりも、速いッ!?)
シグナムが反撃に転じる為に反射的に振り返る。
「――――ッ!!?」
その瞬間、シグナムの表情が一変した。

何故なら既に、眼前には刃を構えた連音が居たからだ。
「レヴァンティン!!」
“Panzer schild”
僅か紙一重で展開されたシールドが連音の攻撃を防ぐ。
しかし、連音はその上から構わず琥光を叩き付け続けた。
「破ぁあああああああああああああああああああああああっっ!!」
その一撃一撃は軽いが、振り抜かれる斬撃は疾風と名乗りながら、その実質は嵐の如くだった。
「…っく!ぬぅ……!!」
シールドは抜かれないが、そのシールドごとシグナムは押し込まれていく。

“瞬刹”
琥光の声と共に突如、連音の姿が消え、背後に気配が出現した。
「斬ッ!!」
「ッ!!」
とっさにレヴァンティンを気配に向けて振るう。
その一撃が、琥光の斬撃をギリギリの所で食い止めた。

シグナムはこの接近戦が不利であると悟った。
無論、自分の得意もその接近戦であるが、これは自分との相性が悪い。
武器の長さは、時に有利と不利とになる。

長剣であるレヴァンティンと、それよりも短い琥光。
連音のホームは自分のホームの、その内側。

懐に入られた状態は、完全に敵のエリアだった。


一度距離を取るため、シグナムは真上に向けて全力で飛翔する。

しかしその眼前を影が追い抜き、そして。
「琥光、《烈火》!!」
“《烈火》起動”
宝石部が緑から赤に変わり、真上から斬撃が放たれた。

「ク…ッ!!」
シグナムが剣を両手で持ち、それを受け止める。
先程の斬撃の嵐も、速さは恐るべきものがあったが、その一撃の威力は大した物ではなかった。

この一撃を弾き、カウンターを打ち込めば、一気に流れを変えられる。
シグナムが両手に一際力を入れ、琥光を弾く―――――事は出来なかった。
「な…にッ!?」
シグナムが全力を込めながら、しかし、琥光は全く動かない。
「堕ちろ―――!」
連音が発すると、一気に剣がシグナムの体ごと押し込まれた。
そのまま連音は体を入れ替え、シグナムを蹴り落とした。
「ガハ――ッ!」
突き抜ける衝撃に、シグナム息を吐き出され、地面に叩きつけられた。

響く轟音と上がる粉塵を見下ろしながら、連音はゆっくりと降り立つ。
“《静林》移行”
琥光の宝石部が、赤から元の琥珀色に戻り、排気ダクトから残滓魔力が放出される。


シグナムは僅かにふらつきながらも、琥光の変化を見逃してはいなかった。
(緑は加速力…赤は攻撃力……琥珀色が通常状態……他の能力を弱体化させる事で、特定の能力だけを強化するのか……!?)

これがさっき言っていた六式ならば、残り三つが隠されている事になる。
一つは防御力強化と簡単に推測できるが、残りが読めない。
(奴の言葉では無いが……短期決戦が望ましいか……!!)
本気の一撃を喰らって、それでも僅か十日の間で戦場に戻ってきた。
それだけの生命力があり、更には一度蒐集をした相手である。手加減をする理由は無い。

「レヴァンティン、カートリッジロード!!」
“Explosion”
レヴァンティンの刀身が大きく燃え上がった。
しかし、連音も既に五行剣を構えていた。
「五行剣、玄水刀!!」
“水行顕現”
刀身を水氣が包み、滴る雫がアスファルトを濡らす。

「せぇええええい!!」
「ハァアアアアアッ!!」

ぶつかり合う刃。相反する魔力が閃光を起こし、拮抗する力がやがて、爆発を引き起こした。
真っ白い水蒸気が一面を包み込み、二人が衝撃波で大きく引き離される。


視界を覆い隠すそれに連音は舌打ちし、右目の力を解き放った。
全ての力、意思を詠む流導眼の力を。
「流導眼開放…!琥光、カウント開始!!」
“了解”
連音の右目に、あらゆる物の流れが映る。
水蒸気の壁に隠された、敵の姿さえも。

紫の光が形作る、剣士の姿。
その手の剣を鞘に収め、その中で魔力の圧縮を確認できた。

連音は鞘を腰から取り、琥光を収める。
そして、引き金となる言葉を叫んだ。

「琥光、カートリッジロードッ!!」
“発動”
琥光の六角柱の鍔が三分の一を残して刀身側にスライドし、その下から弾丸機構が現れる。
そして、叩き付ける様に鍔がスライドした。
その瞬間、鞘に収めた琥光の刀身に強大な魔力が注ぎ込まれ、圧縮されていく。

そして、宝石部に《旋》の文字が浮かぶ。

琥光を居合いに構え、タイミングを計る。
そして、風が壁を消し去っていく瞬間、それを貫いて邪龍が襲い掛かった。

それを睨みつけ、連音は琥光を抜き放った。
「―――龍尾!」
居合いの型から放たれた刀身は、その半分までしか存在しなかった。
代わりに琥珀色に輝く魔力の鞭が、弧を描いて抜き放たれて行く。
「――― 一旋!!」
そして、残る刃がついに解き放たれた。
鞘から放たれると同時に爆風を起こし、黒い魔力光を纏った弾丸へと変じる。

黒い閃光が、シグナムの飛龍一閃を迎え撃った。




シグナムは着地すると同時に剣を鞘に収め、カートリッジを爆発させていた。
レヴァンティンに強大な魔力が流れ込み、圧縮されていく。

一撃で決めるなら、シュツルムファルケンを撃つべきだ。
しかしあれは隙が大きく、まして、あの速さで動く相手には当てる事は困難だった。

ならば、とシグナムは一度連音を倒している飛龍一閃を構える。
シグナムは偶然にも風上側にいて、その流れは良く見えた。
そして、目の前の白い壁が薄まると同時についに放った。

砲撃並みの速さと威力を持つ飛龍一閃を、不意打ちで打たれ、これを躱す事など出来ない。

その筈だった。しかし、目の前ではそんな思いを裏切る光景が広がっていた。


「おのれ……ッ!!」
紫の光と黒い光が激突し、互いを喰らいつくさんと魔力が渦巻く。
連音によって放たれたのは、奇しくも自分と同じ技だった。

いや、もしかしたら自分の技をコピーされたのだろうか。

どちらにせよ、飛龍一閃は完全に止められていた。
拮抗した魔力が何度目か分からない爆発を起こし、吹き荒れる爆風にシグナムが視界を覆い隠される。

「ぬぅ……ッ!?」
ハッとしてシグナムが上を見やる。
白煙を超えて、光の鞭がシグナムを狙い、振り抜かれる。
とっさに飛び退くが、地面をバウンドし、それを追って刃が迫る。
身を捻り躱すが、腕を掠める。
「何ッ!?」
更に刃が翻り、シグナムの体を切り裂いていく。
「グ…ァァ…アア…ッ!!」
鞘を盾に急所への攻撃を防ぐが、その狙いは余りにも正確だった。

“瞬刹”
連音が一気にシグナムに迫る。同時に琥光を元に戻し、後ろ手に構えた。
「ハァッ!!!」
シグナムも連結刃を剣に戻し、横薙ぎに振るう。
しかしその軌道は連音には完全に見切られていた。
“十六秒経過”
「―――――ッ!」
その一撃を紙一重で躱し、連音の蹴りがカウンターで突き刺さる。
「おぉおおおおおっ!!」
蹴り足を振り抜き、ビルの壁にシグナムを叩きつけた。
「グァアアア…ッ!!」
更に連音は琥光のカートリッジを爆発させる。
「五行剣、朱炎刃!!」
“神威如獄”
今まで以上の炎を吹き上げ、琥光が煉獄の大刀へと変じた。

「……っ!!」
驚愕の色を浮かべるシグナム目掛け、連音はそれを振り下ろした。







彼方に轟音が響き、爆炎が吹き上がった。
「……!?シグナム……?」
ヴィータはその光景に、呆然と目を見開いていた。
上がり続ける黒煙が、彼女にとってある筈の無い不吉な考えを過ぎらせる。

シグナムがやられた、と。

「ハハ……んな訳あるかよ……!シグナムはアタシらの将だぞ…?
ベルカの騎士が……一対一で……ぜってぇに負ける訳がねぇっ!!」
しかし、彼女は幼い姿をしているが、幾つもの戦場で戦った騎士だ。
だからこそ言える事がある。

戦場に於いて、絶対という事は存在しない。

それを嫌というほど理解しているが故に、ヴィータはその場を放棄してシグナムの元に向かった。






「グァアアアアアアッ………!!」
振り下ろされた一撃をシグナムはギリギリで躱し、その背後のビルにぶつかった。
その衝撃で大爆発が起こり、シグナムは紙屑の様に吹っ飛ばされ、何度となくバウンドし、地面を転がされていった。


バラバラと降り注ぐ外壁の破片。炎を上げて落ちてくるビルの内装。
道路に落ちたそれは道を塞ぎ、周りの街路樹に燃え移っていく。

「…………!?」
その炎の海の向こうから、閃光が走った。
とっさに痛む体を強引に捻じ曲げる。
「グァ…!」
シグナムの口から苦痛の声が漏れる。
腕や足には、数本の棒手裏剣が突き刺さっていた。

適当に投げた物が、偶然に当たったのではないとすぐに分かった。
あの炎の壁の向こうから、自分の位置を正確に捉えられていたのだ。

思えば、先の水蒸気の壁でもそうだった。
飛龍一閃がまるで先読みされていたかのように潰され、更に視界不良の中でも正確に急所を狙ってきた。

斬撃を躱すと同時の打撃のカウンター。そして今の攻撃。


まるで自分の、全ての動きの全てを知られているかのような不快感があった。
(あの……瞳………?極星の輝きを放つ、あれ……!?そうだ、あれが輝いてから動きが変わった……!)


そして現れる。炎の向こうから。
幼い姿の死神が。

否、あれはそんなものではない。

炎を背負い、その姿が影となって映る。
その中で輝くのは、冷たき魔眼。



その向こうから、赤い光を纏った鉄球が飛来する。
ヴィータが放ったシュワルベフリーゲンだ。


「―――琥光」
“武具変装【嵐牙】”
琥光を鞘に収めた連音の手に、長柄の武器が出現した。
両端に打撃用のパーツの付けられた、棍と呼ばれる武器だ。

そして鉄球に向けて掌を向けた。
(見える……空気の流れ、魔力の流れが……此れに干渉すれば……)
連音は猛スピードで襲い来る鉄球を、その手がぶれる程の速さで動かし、上空から来るヴィータに向けて投げ返した。
「んなっ!?」
それに驚き、ヴィータが慌ててシールドを張ると、鉄球は真っ直ぐにそれにぶつかった。
自身の魔法だけあって威力はよく知っているが、自分が喰らうなんて経験は初めてだった。
「んなろぉっ!!」
強引に弾き飛ばし、下を見やる。しかし、そこには倒れたシグナムしかいなかった。

「後ろだ、ヴィータ!!」
「――なッ!?」
急ぎ振り返ったヴィータの眼前には、棍を振り上げた連音の姿があった。
真っ向から打ち込まれた棍をグラーフアイゼンで受け止める。
しかし、すぐに連音は切り返し、ヴィータを蹴り落とした。
「ぐぁ…っ!」
ヴィータは弾かれながらもバランスをとり、シグナムの傍に着地する。

「大丈夫か、ヴィータ……?」
シグナムが体に刺さった棒手裏剣を抜きながら尋ねる。
「うっせぇ…!そっちの方が重傷だろうが……!!せっかく治ったのに……!」
ヴィータのストレートな物言いに、シグナムは苦笑した。
「あぁ……全くだな」
剣を突き立て、体を起こす。
「おい…シグナム…!?」
「奴の眼だ……」
「……眼?」
シグナムの視線の先にヴィータも向く。
連音もまた、地に降り立っていた。

「あの眼で、こちらの動きを先読みするようだ……」
「先読みって…何だよそれ……!?」
「恐らく、何かのレアスキルだろう……恐ろしい力だ」
実力が近しい者同志の戦いならば、その勝敗は僅かな事で着く。
その時の体調であったり、はたまた運であったり、もしくは敵の動きを先読み出来たり。

「だが……強力な力は、その分のデメリットを孕んでいる」
シグナムが呟くと、同時に連音の右目から赤い雫が伝った。
「眼への負担が異常なのだろう。眼のダメージはそのまま脳にも繋がる筈だ」
シグナムは息を整え、剣を構えた。
「やれんのか、シグナム?」
ヴィータがグラーフアイゼンを担ぐように構え、尋ねる。
「あぁ、心配は要らん…!」



“主 流導眼乃限界時間突破 使用停止ヲ進言”
「いや、このままだ……ギリギリまで行く…!」
連音は血涙を拭い、嵐牙を構えた。




その時、連音の頭に声が響いた。
“レン、聞こえる……!?”
“っ!?フェイトか…!?”
“なのはが……!なのはが……!!”
フェイトは泣き叫ぶように、なのはの名を口にしている。
“どうした!?何があった…!?”
“なのはが……なのはの胸が……誰かに貫かれた…!!”

「何…だと……!?」







巨大な魔法陣が展開されている。
そして桜色の魔力が収束した魔力球が、鎮座していた。
「あ…あぁ………」
しかし、それを成した少女はただ、震える声を上げるのみだった。


その体からは、白く細い手が突き抜けていた。













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