吐く息は白くたゆたい、肌には冷気が容赦無く突き刺さる。
空は満天の星空。
冷え切った空気に澄んで、一際美しい輝きを地上に送っていた。
雪の降り積もった森の中にある、拓かれた一角。
その中で、影が動いていた。
数は五つ。中心にいる二人の男女を囲むようにして展開している。
影の一人が、腰から一振りの刀を抜き放った。
鞘から解放された刀身が、月光を受けて冷たい閃きを放つ。
それに続き、影は一斉に刀を抜いた。
中心の二人組――灰色の髪と浅黒い肌の男が、背を合わせるもう一人に問う。
「この殺気……久しく感じていなかった戦場のものだ……どうする？」
その問いかけに、もう一人――桜色の髪を後頭部で束ねた女は「フッ」と、笑った。
「どうするもない。我らが行く手を阻もうというのなら……」
女は、その手にしていた剣をゆっくりと鞘から解き放つ。
「全て、蹴散らすのみ……！」
魔法少女リリカルなのはＡ’ｓ シャドウブレイカー
第一話 雪原の襲撃者
竜魔の里。
表向きは竜泉郷という名の温泉地として、観光地の顔を持つ。
その裏で特殊な結界を張り、その奥に忍び里を設けている。
竜魔の里には中心に朱鷺姫の住まう城。その三方を囲むように山が存在し、その山の麓に村が作られている。
それぞれの山は、城から見て西方の山を、日本神話に於いては大口真神とも記された大神『吠姫』が治め、
東方の山を、金毛九尾狐とも呼ばれる神狐『玉蘭』が治めている。
どちらも各地に逸話や伝承を残す、古の日本に君臨した伝説級の存在である。
ちなみに北方には、竜魔衆を統べる辰守家の屋敷が存在する。
さて、舞台はその西方の山。
吠姫の住いである『西嶺の宮』の庭。
雪深き冬にも拘らず、春の暖かさに満ちた世界である。
「ぐあっ！！」
庭石を弾き飛ばし、少年の体が地面を滑っていく。
どうにか跳ね起き、体勢を整える。
が、目前には既に影が迫っていた。
「破ぁあああああっ！！」
「ぐっ――！！」
両腕を交差して放たれた蹴りをブロックするが、その上から衝撃が突き抜け、更に大きく吹っ飛ばされた。
その勢いのまま、庭の松に体が叩きつけられた。
「ぐはっ！？ゴホッ…ゴホッ！！」
背を襲った痛打に体が強制的に息を吐き出させる。
少年は呼吸もできず、その場で咽続けた。
相手は清練たる氣を発する女性。
灰色をした固い髪質の髪と、深紅の瞳。
頭部にピョコンと生える、狼のそれに良く似た耳。
そして、臀部から生えるやはり固めの尻尾。
吠姫の側近――牙丸は、蹴り足をそのままにその様子を見ていたが、やがて、フゥと溜め息を吐いた。
「まだまだ――あの程度で体勢を崩していては、命が幾つあっても足らんぞ？」
「あの程度って…ゴホッ…腹に減り込んだんですけど……」
「だから、それがいかんと言っているのだ。打ち込まれたのはお前に隙があったからだ。
剄打を打った後、すぐに次の行動をとる事は出来ん。だからこそ剄打は一撃必当、一撃必殺でなければならん。
なのに、こうもあっさりと反撃をされている時点で、まだまだ精進が足らん！」
「うぅ……」
牙丸の指摘に、少年は何も言えなかった。
確かに実戦となった時、その時になって努力が足りなかったとか、才能の無さを嘆くとか、そんな事に一切の意味は無い。
できる時にできる最大限を。
そうでなければ、生き残ることなど出来はしないのだ。
とはいえ、この組み手も既に四時間が経過している。
体力に自信があるとは言っても、相手が相手だ。フィジカル面よりメンタル面でギブアップしてしまう。
「ぬぅうううああああっっ！！」
しかし、気を入れて立ち上がり、再び構えを取る。
それを見て、牙丸はニッと笑った。
「良い気合だ。では行くぞ……連音ッ！」
牙丸は一気に踏み込み、掌打を繰り出した。
更に二時間もの間、休む事無く組み手を行ったその結果。
「はぁ……はぁ…………！」
連音は四肢を地面に着き、乱れる息を必死に整えようとする。
しかし、全身から噴き上がる汗は留まる事を知らず、最早立ち上がる余力さえも残されてはいなかった。
対して牙丸は一切息は乱れず、崩れた襟を正し、袴の埃を軽く払った。
「では、今日はここまでだ」
平然とした表情のまま、牙丸は言う。
「はぁ……はぁ……あり…がとう……ございました………」
それだけを言って、連音の意識は闇に落ちた。
頭から突っ伏して意識を失くした連音を、牙丸は溜め息混じりに見下ろした。
「しかし、変わったものだな……半年前まではひたすらに暗殺術を習得しようとしていたのに……」
牙丸は半年前、初の務めに向かった弟子に一抹の不安を覚えていた。
母のようになる事を、その影を必死に追いかけ続ける連音。
それがボロボロになって戻ってきた時、その姿を見違えた。
母を失う前の純粋さだけではない。
失った後の闇だけではない。
清濁を共に心に抱く、戦士の扉を開いていた。
気が付けば、牙丸は僅かに微笑んでいた。
と、そこに背後から声が掛けられた。
「やれやれ、よくもまぁ六時間も…飽きもせず続けられるものだ」
牙丸が振り返れば、宮の渡り廊下には幼い少女の姿があった。
床に着かん程に伸びた銀月の髪に、同じ毛色の狼の耳と尻尾。
着崩れた着物をズルズルと引き摺り、裸足のままヒョイと表に飛び出る。
牙丸は即座に膝を折り、その頭を下げた。
「お早うございます、御館様」
「うむ。といっても昼餉の刻も過ぎておるがな……ふぁあ〜…あふ」
御館様と呼ばれた少女は、欠伸を噛み殺しながら牙丸の前を過ぎ、連音の前までやって来た。
しばしその姿を見ていたが、やがて手を叩き鳴らした。
すると、一瞬で数人の女性が現れた。何故か全員、白の着物と朱色の袴姿である。
「これを湯殿に放り込め。身を清めさせた後、わしの所に連れて来い」
「「「仰せのままに、御館様」」」
少女の言葉に従い、女性達は連音をヒョイと持ち上げ持って行ってしまった。
「腹が減ったな……牙丸、飯炊きの者に膳を用意させろ」
牙丸は立ち上がり、御館様と呼んだ少女に深く頭を下げた。
「はい、直ちに」
そう言い残して牙丸の姿がスッと消える。
一人残った少女は大きく伸びをして、そして宮へと戻って行った。
それから一時間後。
連音は用意されていた着物に着替えさせられ、少女の前にいた。
連音は背を正し、正座したまま。
少女はそれを気にする事無く、目の前の膳に箸をつけていく。
吸い物を啜り、器と箸を置いた。
口を紙で拭き、軽く息を吐く。少女の前の膳が下げられていく。
「さてと…待たせたな、小童よ」
「いえ…それで、どういった用件でしょうか……吠姫様」
連音は緊張の面持ちのまま尋ねた。
「あぁ……実はな、ここ最近妙な連中が動いているようなんでな。それを調べて欲しいのさね」
「妙な連中…ですか？」
連音が聞き返すと、吠姫は頷く。
「うむ……玉蘭の話じゃあ、妖が数体襲われ……先日は北で、警戒中の竜魔衆が交戦したらしい。
わしはこれから、ちょっと出雲に顔を出してこんといかんし……まったく、面倒な事じゃ」
心から面倒臭そうに吠姫が嘆息した。
時は十一月。神無月である。しかも後十日ほどで終わってしまう。
日の本の神が集まるこの月に、やって来ない吠姫には多大なる催促が送られていた。
「ですが、玉蘭様はもう向こうに行かれたのでしょう？なら、行かないわけにも……」
「小童に言われるまでも無い。とにかくそういう訳だから、調査の方を頼んだよ。話は通してあるからな」
「――承知しました」
連音は深く頭を下げた。
西嶺の宮を出て、雪化粧のされた山道を駆け下りる。
山を降りれば、広がる広大な里の風景。
あぜ道を軽快に走っていると、老人に声を掛けられた。
「おや、若様。お急ぎでどちらへ？」
「屋敷に帰るところだよ。松さんは？」
「わしも家に戻る所ですじゃ。この老体には、寒さは厳しいですからのぉ」
「腰痛めないようにね。じゃあね！！」
連音は老人に大きく手を振り、再び駆け出した。
その姿を見送りながら、老人はポツリと呟いた。
「ほんに優しい御心じゃ……。束音様と連音様……御二人が居られれば、竜魔も安泰じゃのう…。
草葉の陰で、空也様も雪菜様も喜んでおられるだろうのぉ……」
空を見上げれば、全てを覆い隠すように雪が深々と降り続けている。
しかしそれすらも、竜魔の未来を祝福するかのように、老人には見えた。
屋敷に戻ると、兄である束音と出会った。
ロングコートに大き目のバッグを肩に掛けている。
「あれ、兄さん？もしかして御務め？」
「あぁ、ちょっとフランスまでな。お前もこれから御務めだろう？」
「うん。といっても、調査任務だけど……」
「調査でも、御務めは御務めだ。気を抜くな？」
束音の手が連音の頭に添えられる。
ワシワシと撫でられて、ちょっとくすぐったい。
「分かってるよ。兄さんこそ、無理しないようにね」
「何を〜ッ！？お前は誰に言ってると思ってるんだぁ〜ッ？」
「痛い痛い！ごめんなさい生意気言いました！だからアイアンクローは止めてーッ！！」
ギリギリと兄の手で頭を締め付けられ、悲鳴を上げる連音。
しかし、束音は手を離さない。
「反省してるか？」
「してる！してます！！」
「本当に？」
「て、天地身命に誓って…！！」
「よし。ならば、許してやろう」
そこまで聞いて、やっと束音は手を離した。
頭を摩りながら涙目な弟の姿に、ちょっとやり過ぎたか？そう思った直後。
「兄さんのバ〜カッ！！」
「なっ！？連音ぇッ！！」
「おっと、危なっ！」
束音が拳を振り上げるよりも早く、連音はさっさとその場から消えてしまった。
「………ったく、あいつめ」
帰ったらお仕置きだ。そう心に決めて、束音は務めに向かった。
連音は準備を整えるため、屋敷の武器庫に向かった。
見張りの者に門を開けさせ、装備一式を手に取る。
「……一応、こいつも持っていくか」
壁に掛けられていた忍者刀を手に取ろうとして、ふと右手首が視界に入った。
先の戦いでそこに在った相棒の姿は、今は無い。
琥光は刻見の一族の至宝。
この世に五つしか存在しない、守護五剣と呼ばれる物の一振り。
その貴重さ故、任務の後に返却され、現在は『霊廟』にて厳重に管理されている。
調査任務とはいえ、頼もしい相棒がいない事に不安感を覚えてしまう。
「――と、何を考えてるんだ。琥光無しでも問題ないだろう。これだって、竜魔二級霊具。
並の名刀、妖刀如きじゃ歯が立たないレベルだろうが」
そう一人ごちて、刀を刀袋に入れる。
一通りの準備を終え、連音は仏壇の前に立った。
束音が上げたのだろう、線香が緩やかに煙を立ち上らせていた。
連音も蝋燭に火を灯し、線香を上げる。
そして手を合わせ、黙祷する。
「―――行ってきます。母さん、父さん」
そして、連音も務めへと向かった。
里から北上する事二時間。
連音は竜魔の忍と謎の敵との交戦地へと赴いていた。
雪は既に降っておらず、現場はそのままの姿を残していた。
大方の事は他の忍が調べたと聞いているが、それでも自分の目で見ていくべきだと思ったのだ。
地面や岩には血痕や刀傷、所々焦げ跡も見える。
連音はその中で、大きく分かたれた岩に着目した。
「一刀両断…上部の亀裂から見て、斬ったと言うより、割られたと言う方が正しいな。
武器は戦鎚……？いや、西洋剣か……。どっちにしてもかなりの手練だな」
ぐるりと見回してみても、犯人に繋がりそうな物は無いようだ。
交戦した五人に話を聞くべく、連音がそこを後にしようとした時だった。
「――ん？あれは……？」
雪解けの泥の中に、キラリと光る物があった。
それを連音は拾い上げ、泥を落とす。
それは３cm程の円筒上の物体。
「これは……薬莢？だが、何か違う……？」
連音はそれをしまうと、今度こそその場を後にした。
竜魔の息のかかった病院で、連音は一番怪我の軽い青年の元を訪れた。
「まさか、本家の方が来て下さるとは……っく！」
「大丈夫です。そのままで」
連音の素性を聞き、ベッドから起きようとする青年を制した。
「それで、あなた達が戦った相手というのは…？」
「………男と女でした。男は素手で、浅黒い肌で、獣の耳と尾を生やしていました。
女の方は……直刃の西洋剣と炎の使い手。桜色の長髪を後頭部で束ねていました」
「直刃の剣と素手……男と女…他には？」
「後は……そう、女の剣が妙な機能を持っていました」
「妙な機能……？」
「はい。剣の根元に変なパーツが付いていて…それが動いた途端、いきなり炎が上がって、力が増大したんです」
「そうですか……ありがとう。後はこちらでやります。心配は要りませんから、ゆっくりと養生して下さい」
連音がそう言うと、青年は安堵の表情を浮かべ、嘆息した。
「ありがとうございます……若様」
病室を出た連音は医師から話を聞いていた。
「五人とも、怪我は刃傷、火傷と骨折……こちらは、まぁ普通ですな」
「…？普通じゃない怪我もあるんですか？」
「怪我……ではありませんね」
医師はカルテを捲りながら答えた。
「五人とも、魔導核が弱まっています。まるで何かに奪われたかのように……」
「っ！魔導核…リンカーコアが！？」
「これは時間と共に回復しますが……もし、犯人がやったとすれば……」
「被害が広がる可能性が大きい、ですか……？」
連音の言葉に医師は頷く。
「仮に犯人の目的が魔導核にあったとして……今回の件で竜魔を標的にする可能性は充分にあると思われます」
医師の言葉に、連音の心に冷たいものが生まれる。
「やらせませんよ、これ以上は……」
ポツリと連音が零す。
その言葉だけで、医師は心臓を鷲掴みにされた様に錯覚した。
「竜魔に手を出した事…そいつらには後悔してもらいます」
その瞳に宿る冷たい輝きに、医師は確信する。
「一殺多生、見敵必滅……我らが流儀を刻み付けて、ね」
幼き身であっても、この少年は竜魔本家の血筋なのだ、と。
既に外は日が沈み、夜を迎え始めていた。
病院を後にし、得た情報から犯人の捜索を行おうとした矢先、連音の携帯電話に着信が入った。
「はい、もしもし……っ！？」
電話越しに聞こえた声に、連音の表情は強張った。
『どうかしたか……連音よ？』
響くのは強く、凛とした声。
「と、永久様……どうしてっ！？」
『話は後だ。至急、里に戻れ』
「なっ、何故ですかッ！？犯人はまだ…！」
『落ち着け。先程調整が終わったから、受け取りに来いと言っているだけだ』
「受け取りに？……っ！まさか…！？」
永久の言葉に連音の心臓が早鐘のように打ち鳴る。
『そうだ……受け取りに来い、琥光を』
同じ頃。
星空に浮かぶ、四つの人影。
月光を背負い、寒風にその身を晒している。
「先日の蒐集で…かなりのページを稼ぐ事ができたな」
「五人で２８ページか。この世界にもあれ程の使い手がいるとは、驚きだったな……」
「嬉しそうに言うなよ、このバトルマニアが…。で、どうすんだ？」
「我らはもう一度、あの辺りで捜索をしてみようと思う」
「んじゃ、アタシらは別んとこ行ってくるわ。行こうぜ、シャマル」
「えぇ。それじゃあ、気を付けてね？シグナム、ザフィーラ」
「あぁ、そっちもな。管理局の動きも、そろそろ本核的になるだろう頃だ」
「へっ！そんなの返り討ちだぜ…！」
そして、四つの光が夜空に飛び散った。
琥珀色の閃光が夜空を切り裂いて飛んでいた。
「琥光……そこまでの事態なのか……！」
神具を再び与えられるという事は、先のジュエルシードの時に匹敵する事態が起きるという事。
つまり、世界に危機が訪れるという事。
連音は逸る心を抑え、里へと急いだ。
「――ッ！？」
背後に感じる気配に、連音は里への道を外れて森に飛び込む。
同時にコートを脱ぎ捨て、装束を身に纏う。
魔力構成した物ではなく、魔力を通す事で対刃、対魔能力を向上するものだ。
更に下のアンダースーツにも同様の機能がある。
覆面と具足を装備し、武装を確認する。
（ワイヤー三本、苦無四本…棒手裏剣十本、手裏剣五枚と術符が七枚……後は）
連音は腰の刀に触れる。
（二級霊具……葉霞、か）
連音は気配を殺し、警戒する。
気配の主が件の敵とも限らないが、しかしその確率は低いだろう。
やがて、上空を飛ぶ影が見えた。
（二人……一人は女剣士、一人は素手の男……ビンゴ、か）
二人は連音を探しているようで、周囲を見回している。
このままやり過ごすべきか。
一瞬そう思考するが、直ぐに止めた。
ここは里の近く。万が一にでも里に入られる訳には行かない。
敵があの二人だけとは限らないのだから。
ならば、道は一つ。
連音は静かに、手裏剣を抜き放った。
「どうだ、ザフィーラ？」
「完全に見失ったようだ……シャマルがいれば探知できるだろうが…」
「仕方あるまい。まさか、あれだけ距離を取っていて、気付かれるとは思わなかったからな」
剣士は溜め息を吐いた。
感知した魔力は大きく、蒐集できればかなり稼げると思っていた。
その相手を逃した事は二人にとって残念な事だった。
「とにかく一度この辺りを探り…その後、別の所に行こう」
剣士が再び飛ぼうとした時だった。
「――ッ！！」
真下から襲ってきた気配にとっさに反応する。
空を斬り、何かが襲い来る。
それを鞘に収めたままの剣で弾くが、幾つかが軌道を変えて襲い掛かった。
「シグナムッ！」
「ちぃ――っ！」
シグナムと呼ばれた剣士は、鞘から刃を抜き放ってそれを振るい、全てを叩き落した。
「――あそこかっ！ザフィーラッ！！」
シグナムの声と同時に、ザフィーラと呼ばれた男は両手をかざしていた。その前には白く輝く魔法陣。
三角を基調とし、頂点には小円、中心には剣十字重ねたものだ。
「縛れ、鋼の軛っ！！」
その掛け声と共に、銀の牙が森を蹂躙した。
木々を貫き、次々に抉り倒していく。
しかし、その全てが連音を捕らえる事が出来なかった。
「躱されたかッ！？」
「追うぞ！」
連音を追い、二人は飛んだ。
「良いぞ、追って来い。もっとだ……！」
連音は全速力で森を駆け抜ける。
里は徐々にだが、遠ざかっていった。
やがて、拓かれた場所に出た。
一面の銀世界。隠れる場所はどこにもない。
連音は里から大きく離れた事を確認し、振り返った。
中空に浮かぶ二つの影。
その瞳は完全に連音を捉えていた。
「鬼ごっこはもう終わりか……？」
剣士が雪原に降り立ち、連音に問う。
「飽きっぽい性格でね………別の遊びをしてみたくなったんだよ」
大きくスタンスを取る連音の後ろに、もう一人が降りる。
意識だけを背後に向けつつ、正面の剣士を注視する。
ただ立っているだけ。
それだけで…いや、だからこそ分かる。
（強い……半端じゃないな…）
背後の相手も並ではない。
正直な所、勝算はかなり低いだろう。
（せめて、琥光を受け取れていれば……）
過ぎる弱気な考えに、慌てて振り払う。
（莫迦な事を……為すべき事が何か、忘れるな……！）
連音は葉霞を腰から抜き放った。
剣士もまた、鞘から刃を解放する。
片刃の西洋剣。峰の根元には排気ダクトの付いたパーツがある。
刀の鍔と呼ぶべき所にはダイヤルの様なパーツ。
何の意味も無く、そんな物が付いているとは思えない。
連音の頭に青年の言葉が甦る。
（剣の根元のパーツ……あれがそうか……）
敵の手は少しだが見えている。
剣士は炎と剣術。素手の男は格闘術と、さっき使った妙な力。
それも、恐らくは魔導だと判断できた。
「貴様らは……何者だ？何故、我らの同胞を襲った……！？」
先ほどの軽口から口調が一転する。
その問いかけに、シグナムは剣を正眼に構える。
「その問いに答えてやる理由は無い……。悪いが、貴様のリンカーコア……貰い受ける！」
シグナムが地を蹴り、一気に突進する。同時に背後の男も跳び出す。
「―――そうか…なら」
連音は雪原に手を着いた。
「―――――ここで死ね」
瞬間、連音の足元が爆発。雪が一気に舞い上げられる。
「「―――ッ！？」」
一瞬にして視界が覆い隠され、シグナムの足が止まる。
ザフィーラの方も視界が覆われ、空中で制止した。
それが、命取りとなった。
「―――グァ…ッ！？」
強い圧力を感じたと思った瞬間、男の腹から何かが突き出ていた。
それは紅に染まった、鉄の牙。
「グゥ…ォオオオオオオオオッ！！」
男は事態を理解すると同時に、背後に向けて肘打ちを放った。
「っ――！」
背後にあった影は剣を抜き、その一撃を回避して一瞬にして消える。
飛び散る血飛沫に、ザフィーラがガクリと落ちかける。
白い幕が消えると、シグナムはその状況に目を見開いた。
「ッ！ザフィーラッ！！」
ザフィーラは雪原に降り、力無く膝を折った。
「大丈夫か、ザフィーラ…！？」
「心配は要らん……それより……」
ザフィーラの視線がシグナムの背後に向けられた。
彼女がその方に向くと、そこには血を滴らせる刃を持った連音がいた。
表情一つ変えず、刃に付いた血を振り落とし、構える。
「気を付けろ……先の相手とは比べ物にならん……！」
「あぁ……分かっている」
シグナムは柄を握る手に力を込める。
ザフィーラは強い。迷う事無く言える。
そのザフィーラが一瞬にして深手を負わされた。
剣士としての技量も然る事ながら、それ以上に戦い慣れしている。
二対一の状況を打破する為、迷う事無くザフィーラを貫いた。
殺せれば幸い。殺せなくとも、動きを封じる事が出来る。
冷徹に、確実に。その手の刃を振るう事を躊躇わない。
それは、戦場で生き残る為の鉄則。
「――――――」
シグナムは仲間をやられた怒りと、強敵の登場に闘志を燃やす。
“………聞こえるか、シャマル？”
遠き地にいる仲間に念話を送る。
しばらくの後、返事が届いた。
“どうしたの、シグナム？”
“ザフィーラがやられた。至急来てくれ”
その事実を伝えると、向こうから驚愕の声が響いた。
“えぇっ、ザフィーラがッ！？そんな…そんな………！！”
“命に別状は無い。だが、無理も出来ん……頼む”
“わ、分かったわ…！直ぐに行くから………！！”
念話を切り、剣を八相の型に構える。
連音も刀を逆手に構え、深く前傾姿勢をとる。
じりじりと互いに間合いを詰めていく。
「「――ッ！！」」
爆ぜる様に同時に踏み込む。
「ハァアアアアアッッ！！！」
「フッ――！！」
火花が散り、刃が激突する。
シグナムの重厚な一撃を受け、刀身が悲鳴を上げる。
「チッ…！」
真正面からの打ち合いは、互いの得物の差がはっきりと優劣を分けた。
ぶつかった場所を支点に刀を返し、真下に受け流す。
「ハァッ！！」
その隙を突いて脇に回りこみ、剣士の首を斬り落とすべく一閃した。
「おぉおおおっ！！！」
「――ッ！？」
咆哮と共に金属音が響く。瞬間、葉霞が上に弾かれシグナムの頭を越えて行く。
咄嗟に柄から片手を離し、その腕を覆うガントレットで受け流したのだ。
連音はその勢いのまま、シグナムの後ろに大きく跳ぶ。
同時に体を捻り込み、棒手裏剣を打った。
シグナムも前に掛かった重心のまま前方に跳び退き、その追撃を回避する。
前転し、振り返ると同時に剣を構える。
既に連音は着地し、攻撃態勢を取っていた。
「刹那なる瞬き、駆ける力を――瞬刹ッ！！」
踏み込んだ瞬間、連音の足元の雪が爆ぜ、剣撃が閃く。
金属音が響き、同時にシグナムの腕に痛烈な衝撃が走った。
「――ッ！速い…！！」
何が起きたのか理解した時、連音の姿は背後にあった。
印を結び、その足元に術方陣が輝く。
「舞うは氷焔――咲くは蓮華――忍法『雪花氷乱』！！」
バン、と雪原に両手を叩きつけると、雪が舞い上がり無数の氷の刃へと変じていく。
それらは連音の周囲を回り、月光に煌めく。
連音は手を上げ、そして命じる。
「我が敵を斬り散らせ……！」
シグナムに向かい、全てが一斉に襲い掛かった。
全方位を囲むそれは、回避する隙すらも与えない。
しかし、その状況であっても彼女は揺るがなかった。
「レヴァンティン、私の甲冑を！」
“Panzer geist”
シグナムの言葉にレヴァンティンと呼ばれた剣が答え、その体が紫の光に包まれた。
紫光に触れた氷の刃が、次々に砕け散っていく。
その様子に連音は内心舌打ちする。
（障壁か……硬いな。やはり、近接戦しかないか……）
琥光の無い連音では、あれだけの防御を抜く遠距離攻撃の手段は無い。
撃てなくは無いが、チャージの時間が掛かり過ぎる。
連音は左手に苦無を握り、更に深く身を屈める。
全ての氷刃が砕け散り、しかし一度も敵を斬る事はできなかった。
シグナムが障壁を解除し、下段に剣を構える。
連音は一気に駆け出し、正面から攻撃を掛ける。
シグナムも駆け出し、刃先が雪煙を起こす。
「ハァアアアアアアアッ！」
「―――くぅッ！！」
振り上げられる強力な一撃。それを連音は『二刀』で防いでいた。
刃を交差し、その進攻を押さえ込んだ。
シグナムの刃は完全に止まり、その瞬間、連音は苦無を手放した。
深く沈みこんだ状態から、がら空きの顎目掛けて拳を固める。
「破ぁあああああッ！！」
裂帛の気合と共に拳撃を放つ。
シグナムはとっさに手を差し込み、シールドを張る。しかし、連音はそれに構わず拳を叩きつけた。
「穿てッ！！」
踏み込んだ足から螺旋に氣が奔り、防御を打ち貫き、シグナムの頭が上に弾き飛ばされる。
「がはっ―――！」
その口から僅かに血飛沫が飛び、シグナムの体がグラリと揺れる。
視界が一瞬白く染まり、意識が刈り取られそうになった。
「―――っぁあああああっ！！」
膝が落ちそうになった瞬間、カッと目を見開き、咆哮する。
剄打を放ち、無防備になった連音の側頭部目掛けて蹴りが叩き込まれた。
「アグッ…！！」
僅かに体を捌き勢いを殺すものの、吹っ飛ばされ雪原を転がっていく。
シグナムも強引に蹴りを打ったせいでバランスを崩し、同じく雪原に倒れた。
二人はすぐさま立ち上がる。
連音はズキズキと痛む頭に顔を歪めながら、苦無をもう一本取り出す。
（インパクトの瞬間、微かにずらされた……障壁と相まって威力が殺されたか……！？）
シグナムもまた、クラクラとする頭に顔を歪めながら、剣を構え直した。
（何という一撃だ……！防御が間に合わなければ、今ので終わっていたな………）
シグナムは連音の剄打の威力に驚きを覚えていた。
しかし、自分はまだその力をほとんどを使ってはいない。
そしてそれは、向こうも同じであると剣士は感じていた。
本当の戦いはここからだ。
だからこそ、聞いておかなければならない。
幼き身でありながら、これ程の強さを持つ戦士の名を魂に刻む為に。
剣士は、静かに名乗りを上げた。
「我が名はシグナム。守護騎士、ヴォルケンリッターが一人……剣の騎士、シグナムだ……貴様の名は？」
シグナムは問い掛ける。しかし連音は冷徹な瞳のまま、こう答えた。
「忍に名を尋ねる事は愚行だ……。だが只一つ、これだけを刻め」
「………」
「竜魔。それが、貴様を殺す存在だ……！」
「―――そうか」
シグナムは一度目を伏せ、そして、レヴァンティンを空に掲げた。
「ならば……行くぞ、竜魔よ！！レヴァンティン、カートリッジロード！！」
“Explosion”
レヴァンティンの排気ダクトがスライドし、何かが排出される。
同時にその刀身が紅蓮の炎に包まれた。
（あれが……！）
連音は青年の話をすぐに思い出した。
剣のパーツと炎の力。
まさに剣士シグナムはその本領を発揮したのだ。
全身から迸る魔力に、背筋に冷たいものを覚える。
「―――五行、相剋！」
ならば、と連音も術方陣を展開する。
琥珀色の輝きは黒き輝きへと染まっていく。
「水を以って火を剋する……水、剋、火！」
小指で刀身を擦り上げる。黒い光が刃を包み、その奥に水が流動する。
「五行剣……玄水刀！！」
滴り落ちる雫に、シグナムが表情を変える。
「水の剣か……珍しい力だな」
ただの水の剣でない事はすぐに分かった。しかし、その力がどれ程のものかは打ち合ってみなければ分からない。
それは連音も同様だった。
琥光の無い状態ながら、葉霞はその銘に『霞』とある通り、水氣との相性の高い剣だ。
しかし、シグナムの炎がどれだけか分からない以上、全力を以って放つのみ。
地を蹴り、同時に踏み込む。
「紫電――」
「玄水――」
炎と水。相反する二つの力が――
「一閃！！」
「破刃！！」
―――激突した。