連音とリンディ、クロノの交渉から数時間後。
アースラはその進路を一路、時の庭園へと向けていた。
船への再攻撃に対して、シールド強化措置を行う時間をとりながら、ゆっくりと進んでいく。
しかし、リンディの胸中は複雑だった。
本局には、プレシアの放逐後の足取りに関して調べてもらっている。
だが、連音の語った事が事実なら、一刻も早くプレシアを止めなければならない。
「忘れられた都、アルハザード……ね」
その呟きは、隣に立つクロノだけに聞こえていた。
魔法少女リリカルなのは シャドウダンサー
第二十二話 終焉の序曲
連音の語るプレシアの目的、その過去。そして、プロジェクトF・A・T・Eの事。
語られる度に二人の顔は驚き、困惑し、そして複雑なものになった。
「――これが、この事件の全てだ」
沈黙が室内を支配する。
個人が行おうとしている事としては、余りにも規模が大き過ぎた。
ジュエルシードを使って故意に次元断層を起こし、そしてアルハザードへの道を開く。
「莫迦げている…！」
沈黙を破ったのは、クロノの声だった。苛立ちを吐き出すような一言。
その顔は怒りだけではなく、様々な色に染まっていた。
「アルハザードなんて只の御伽噺に過ぎない。その為に、幾つもの世界を犠牲にしようだなんて……！」
ギリッ、とクロノが歯軋りする。
「それが本当なら、一刻も早く彼女を止めなくてはいけないわ……。
それで、プレシアの居場所…時の庭園という所は何処に？」
リンディがそう尋ねると、連音は首を振った。
「その前に、最後の条件を言っておきたい」
「――何かしら？」
このタイミングで切り出すという事は、これが一番重要な事なのだろう。
「時の庭園へは、俺とフェイトを先行させてもらいたい」
「「―――ッ！？」」
「何を言ってるんだ！？そんな事、出来る訳がないだろう！！」
連音の要求にクロノは立ち上がって叫んでいた。
それも尤もな話だった。
連音の素性は未だ不透明。フェイトはプレシア側の人間だ。
その二人を先行させる事など受け入れられる訳がなかった。
「どうして、そんな事を？」
対照的に、リンディは冷静に問う。
この辺り、やはりこの若さで提督になる程の人物か、と連音は思った。
「プレシアをそっちが捕まえる事と、俺達が説得して自首した場合、罪はどうなる？」
「……プレシアが説得に応じると？」
「――十中八九、無いだろうな。だからこそ、そちらが直接捕らえるより先にプレシアを押さえたい。
フェイトも彼女に伝えたい事があるしな……。これが、犠牲を一番少なくする手でもある。どうだろう？」
「―――考えておきます」
「…っ！艦長―！？」
クロノはリンディの決定に何事かを言おうとするが、すぐにリンディに止められてしまった。
「それで、時の庭園の場所は？」
「次元座標、876C 4419 3312 Ｄ699 3583 Ａ1460 779 Ｆ3125だ。
まぁ、奴が俺の存在に気が付いている以上…既に動いているかもしれないがな？」連音は口ではそう言ったが、直感的に動いていないと思えた。
辰守の血を得て、恐らくは強大な力を取り戻したであろうプレシアが、管理局の一艦船を恐れているとは思えなかったのだ。
しかし、今は時の庭園に向かう事が第一だ。
リンディは艦橋に通信を送る。
「アレックス、ランディ。次元座標、876C 4419 3312 Ｄ699 3583 Ａ1460 779 Ｆ3125に進路を取って。
目指すのはプレシア・テスタロッサの居城、時の庭園……！」
『了解です。次元座標、876C 4419 3312 Ｄ699 3583 Ａ1460 779 Ｆ3125に進路を。アースラ、発進します』
連音はそれを聞くと、すっくと立ち上がった。
「これで交渉は成立。時間を頂けた事、感謝します、ハラオウン提督」
リンディとクロノも立ち上がり、リンディが手を差し出した。
「こちらこそ貴重な情報、感謝します………と、そういえばまだ、名前を伺っていなかったわね？」
「それは、もう少し後の楽しみにしたいのですが？」
「……？えぇ、構わないけれど……」
リンディはその言葉の意味が分からずにいたが、今はそれでも問題はない。
「では、アルフの方が気になるので、失礼します。宛がわれた部屋ですが、どの辺りですか？」
「それなら僕が案内しよう。覆面の不審者にうろつかれたくはないからね」
クロノはそう言って踵を返した。
「そうね。私もフェイトさんの事気になるし……一緒に行くわ」
その背にリンディも続いた。
そして、連音はクロノの物言いが気になった。
悪い人間ではない。それは分かる。個人の主観だけで物事を判断しないし、冷徹なのも自分の立場を理解した上でのものだ。
しかし、流石にこれは言った方が良いだろう。
海鳴の海上で、からかい混じりに怒らせた事を棚に上げて、そんな事を連音は思った。
「ハラオウン提督、蛇足とは思いますが……弟さんの言葉遣いはもう少し注意した方が良いですよ？」
連音が言うと、二人の動きがピタリと止まった。
ギギギ……と擬音が聞こえるような動きで、連音に振り返った。
しかし、クロノの顔は信じられないといったもので、リンディは満面の笑みで輝いていた。
「クロノ……彼、凄く良い子だわ…！！」
リンディが感嘆の声を上げる。
そしてクロノは今まで無い程の盛大な溜め息を吐いた。
「―――この人は、僕の母さんだ」
…………。
…………………………。
「――――――――――――――は？」
つい、素になってしまった。
「ちょっと待て。クロノ、君は幾つだ？」
「１４だが？」
連音の脳内シナプスがそれを軸に、一気に計算をはじき出す。
若い。少なくとも三十路を超えている筈なのに、明らかに若い。
いや、それも自分の世界の基準で考えているからか？
もっと早くなら結婚していて……。
いや、それならば夜の一族が成人を越えると老け難くなるという点を考慮して……。
そういえばなのはの母、桃子さんもかなり若かった。
連音は真剣に考え込んでしまった。
その様子を見て、クロノがやれやれといった顔をした。
「あんまり深く考えない方が良いよ。それより、彼女の所に行くんだろう？」
言われて、連音はハッと我に返った。
余りにも衝撃的な事実にすっかり忘れていたのだ。
「そうだな、そうしよう……」
何となくだが、この事を考えると藪蛇になりそうな気がした。
こうして、三人はフェイト達の部屋へと向かうのだった。
その道中、リンディの機嫌が頗る良かった事は言うまでもない。
宛がわれたゲストルーム。そのベッドでフェイトは静かな寝息を立てていた。
その枕元で椅子に座ったまま、アルフはフェイトの髪を優しく撫でる。
ここ数日、管理局の動きを警戒して動いていた事もあり、ろくに休んでいなかったのだ。
そこに加えて海での戦い、そして真実を知って、心身共に、もう限界を超えていたのだろう。
アルフに助けられてベッドに横たわったのとほとんど同時に、それが噴き出し、フェイトの意識は否応無く闇に落ちた。
「あの……アルフさん……？」
「んぁ……？何だ、まだいたのか……」
「一応、監視って事なので……」
「……そうかい」
後ろに立つなのはに振り返る事もせず、アルフはそっけなく答えた。
重い空気の中、なのははどうしようかと迷い、ウロウロ、キョロキョロ。
ユーノはユーノで、その状況に如何したものかと頭を悩ませている。
そんな状態が気になったのか、アルフは唐突に口を開いた。
「フェイトはさ――」
「ふぇ…！？」
「本当に良い子なんだよ……ずっとさ…頑張ってきたんだよ……辛い事だって耐えて、寂しい思いにも耐えて……」
「アルフさん……」
「どうして……大好きな人に幸せになって欲しいって………それだけなのに……なんで、こんなに上手くいかないんだろうね……？
どうしたら………笑ってくれるのかね………？」
アルフの言葉は段々と涙交じりになっていった。
一体、どんな想いでそれを言っているのか、なのは達には分からなかった。
でも、それでも、アルフが初めて心を開いてくれたような気がした。
「あの――」
なのはが何かを言おうとした時、ゲストルームのドアが軽い音を立てて開いた。
「なのは、彼女の様子はどうだ？」
「あ、クロノ君。リンディさんも……」
なのはが入ってきた二人の名前を言うと、アルフは慌てて涙を拭った。
「俺もいるんだが？」
「ふぇ！？忍者さん…！」
リンディの後ろから姿を現した連音に、なのはが珍妙な声を上げた。
その脇を抜けて、アルフの側に寄った。
「フェイトの様子は…？」
「あぁ……ぐっすり寝てるよ。ろくすっぽ休んでなかったからね……」
連音はベッドの脇にまで行き、その寝顔を覗くと疲労のせいか、少し苦しそうにも見えた。
「アルフも疲れてるんだろう？少し休んでおけ」
連音が言うと、アルフは人型から大型犬に姿を変えた。
「あぁ、そうだね……と、ところでどうだったんだ、交渉は？」
「アースラは時の庭園に向かって動き出した。明日辺りには到着するらしい」
「ん？随分と時間が掛かるねぇ？」
「と、言っているが？どうなんだ、ハラオウン提督？」
アルフの疑問を、そのまま流してリンディに渡す。
いきなりの事にちょっと驚いた風だったが、リンディはすぐに答えた。
「海鳴海上でのジュエルシード暴走の際、この船にもプレシアの攻撃があったのよ。
で、それに対するシールド強化を平行しているから……しょうがないのよ」
リンディの説明を聞き、アルフはなるほど、と納得したが、なのはとユーノは揃って首を傾げた。
「あの、リンディさん……時の庭園って何ですか？」
なのはが尋ねると、代わってクロノが答えた。
「僕らはジュエルシードの回収から、プレシアの逮捕に任務を変更する。
その為に、彼女の拠点である時の庭園に向かっているんだ」
「それって……」
「アースラへの攻撃だけでも、プレシアの逮捕の理由にはお釣りが来る。
それに加えて、彼女がやろうとしている事は、正直、犯罪なんてレベルじゃないからね」
「――ッ！」
その言葉にアルフの耳がピクリと動く。
そして連音の頭にアルフの念話が届いた。
“ちょっと、まさか話したのかい！？”
“話した”
“まさか、フェイトの事もかい！？”
“……ここで話さなくても、プレシアの研究から、何れは調べが付くだろう”
“そりゃあ、そうだろうけど………でも…”
“確かに、俺が勝手に話していい事じゃないが……フェイトに言わせる訳にも行かないだろう？”
「うぅ……」
アルフが小さく唸った。
「とりあえずなのはさん達にも説明するわ。監視はいいから、一緒に来てくれるかしら？」
「それじゃアルフ、ちゃんと休んでいろ？」
「あぁ、分かったよ」
アルフを室内に残して、五人は部屋を後にした。
リンディはなのはとユーノに事のあらましを説明した。
といっても、フェイトの出生に関しては伏せられたままだ。
それを聞き、二人の表情は暗いものになった。
特にユーノはジュエルシードの発掘者という事もあり、かなりの責任を感じているようだった。
「僕が……あんな物を見つけたりしなければ……」
ユーノが思いを吐き出す。
「違うわ。あれは事故だったのだから…あなたが責任を感じることじゃないわ」
リンディが優しくユーノを慰めるその脇で、連音はクロノに尋ねた。
「どういう事だ？」
「あぁ、君は知らないのか。彼がジュエルシードを発掘したんだ。で、その輸送中、事故にあって、ジュエルシードはあの世界に落ちたんだ」
「……それは、本当に事故だったのか？」
「………どうかな。証拠は無いが、違うと思う。君はどう思うんだ？」
「俺も同じだな。タイミングが良過ぎる。それに、ジュエルシードの事を予めプレシアは知っていたようだったし……。
そして、彼女は次元魔法の使い手でもある。ここまで揃っていて、偶然では済まないだろう」
連音の考えを聞き、クロノは嘆息した。
僅かな情報からそこまでの推理を立てられる辺り、管理局よりも先に事件の全容を解き明かしたのも頷けた。
だがしかし、その推理が当たっていたとすると、問題もある。
その輸送先が時空管理局の本局である事だ。
勿論、輸送のスケジュールは秘密事項であり、プレシアはそれを知り得ない――筈であった。
誰かが、故意に情報を流したりしなければ。
クロノはそこまで考えて首を振った。
今は先にするべき事がある。
次元断層を起こそうと画策するプレシアを止める事。
それが今、すべき事なのだ。
何よりプレシアを捕まえれば、その辺りも解明できるだろう。
「あの……忍者さん？」
「むっ？」
気が付けばなのはが二人の前、正確には連音の前に立っていた。
少し言い難そうなのか、指を絡ませながら「あの…えっと……」と繰り返している。
仕方なく連音から切り出した。
「で、何か言いたい事があるのか？高町なのは」
「あう…またフルネーム……えっと、フェイトちゃんの事なんですけど……」
「フェイトの事……？」
「はい……フェイトちゃんは、知ってるんですか……？お母さんの事…？」
なのはが言うと、全員の視線が連音に集まった。
その辺の事は、連音は一切していなかったのだ。
リンディやクロノも当初は気が付いていたが、それ以上にプレシアの話のインパクトが強く、今まで完全に忘れていた。
特にリンディらの視線は、全てを聞いているだけあって、厳しいものだった。
厄介な事を聞いてくるものだ、そう心の中で愚痴る。
「―――あぁ、俺が教えたからな…知っている。……全部、な」
「そうですか……」
連音がキッパリと言うと、なのはは少し、シュンとしてしまった。
そして、リンディの顔は沈痛な面持ちになり、クロノの表情も険しいものになった。
それに気付かないふりをしながら、連音はなのはに続けた。
「確かに、事実を知ってフェイトは傷付いた。でも、それでも彼女は自分で決めてここに来た。
この先、更に傷付くと分かった上で……それでもだ」
連音の手がポン、となのはの肩に置かれた。
「友達になりたいんだろう？だったら、支えてやれば良い。信じてやれば良い。
大丈夫だ……人は、悲しみになんて負けたりしない。一人でない限り、絶対にだ」
「忍者さん……忍者さんも信じてるんですね……フェイトちゃんの事……」
なのはがクスッと笑った。
「まぁ……な」
ポリポリと頭を掻きながら、照れくささにそっぽを向く。
そんな様子に、リンディ達にも自然と笑みが零れた。
それが癪に障ったのか、連音はいつ実行してやろうかという企みを、今こそ実行する時と、ほくそ笑んだ。
管理局がどういう組織かは知らないが、この艦長と執務官に対しては信頼が置けると判断している。
だからこそ、タイミングを窺っていたのだ。
連音はこっそりと耳に詰め物をする。
「さて、時の庭園までは長いからな。この格好も窮屈だしな……」
「え…？」
「ん…？」
連音のその言葉にリンディとクロノが怪訝な顔をした。
交渉のまとまった時でさえ、名も明かさなかったというのにこの台詞は何なのか。
しかし、その答えが出る前に連音の体が光に包まれて、見る間に忍装束が消え、琥光も腕輪に姿を変えた。
そして、その下から普段着に包まれた少年が現れた。
クルリと振り返り、ニタリと笑う。
「俺も少し、休ませて貰おうか…なぁ、高町？」
しかし、なのはは答えなかった。いや、答えられなかったのだ。
いきなり現れたその顔は、なのはにとって見覚えのある顔だったからだ。
親友の親戚の子で、自分にできたばかりの新しい友達。
辰守連音の登場に、なのはは完全にフリーズしていた。
そして、それはユーノも同じだった。
なのはの新しい友達で、すずかの親戚。
忍者の登場と時期が被っていたから、まさかとも思っていたが、魔力を感じなかった為、その可能性を自分で否定していたのだ。
しばらくの間、二人は目を見開いたまま、連音を指差して固まっていた。が、やがて思考が現実に追いついてくる。
そして、ついに頭が事態を理解した時―――。
「ふぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッ！？！？！？」
「うぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッ！？！？！？」
なのはとユーノが、生涯で最も大きな声を出した瞬間、アースラが大きく揺れたとか揺れなかったとか。
「――――ッ！」
「ぐぁっ――――！！」
リンディはとっさに耳を塞ぎ無事。
被害はクロノの鼓膜となった。
「ふぇええ！？何で、どうして！？連君で忍者さんが！？だってだって…ふぇええええっっ！！？」
なのははすっかりテンパってしまい、アワアワ、ワタワタと意味不明な言動を繰り返している。
リンディが未だに耳鳴りのする耳を押さえながら、なのはを落ち着かせようと話しかけた。
「なのはさん、もしかしてお知り合いなの？」
「ふぇっ―――あ、はい、なのはのお友達です…でも、何で忍者さんが…一体いつから？」
連音は耳にした詰め物を取りながら答えた。
「いつからも何も、最初からだ。高町みたいなインスタントとは違うんだよ」
「イ…インスタントって……そんな、コーヒーみたいに言わないで〜っ！」
「でも合ってるだろう？即席魔導師なんだから」
「うぅ……合ってるから何も言い返せないよぅ……」
ユーノと出会って、そして魔導師となったなのはは、それこそ目覚めて一ヶ月程しか経っていない。
非凡な才能と、思いの強さと、デバイスであるレイジングハートとの相性と、ユーノの教えがあったからこそ、今の彼女がある。
ずっと修行をしてきた連音に即席呼ばわりされても、それは仕方がなかった。
「ま、今はかなりマシにはなってきてるけどな？」
ガックリと落ち込むなのはの肩をポンポンと叩く。
「辛辣な言葉の後だと説得力がないよ……」
なのはは苦笑いをしながら答える。
だが実際、連音の目にもなのはの実力はかなり上ってきていると見えた。
今ならば、フェイトともまともに戦えるのではないだろうか。
そんな機会がこの先にあるならば、の話ではあるが。
なんて事を思いながら、連音はリンディにどこか部屋を借りられないか聞こうとした。
と、そこでリンディの顔が神妙なものになっているのに気が付いた。
「あの……ハラオウン提督？」
「え？あ、ごめんなさい…何かしら？」
「いや、どこか部屋を借りられたらなと………何です、人の顔をジッと見て……」
リンディの視線が自分の顔に注がれるので、思わず一歩下がってしまう。
素顔になった途端、その顔を直視できなくなっているのも原因ではあるが。
横に視線を逸らせば、クロノも連音をジッと見ていた。というより、驚きの表情を浮かべているようにも見えた。
「いえ、気に障ったのならごめんなさい…。でも…そう、女の子だったのね……。言葉遣いですっかり男の子だとばかり……」
「――全くだ。あんな大仰な喋り方をするから分からなかったよ……」
「………………………………………はい？」
今度は連音が唖然とする番だった。
あっ、と気が付いてなのはが慌てて教える。
「えっと、リンディさん！クロノ君！連君は男の子です！！女の子っぽい顔ですけどちゃんと男の子ですから！！」
「んなっ！？」
「あら、そうなの……！？ごめんなさい……」
「―――そうなのです。いいですよ、どうせ女顔ですから……」
今更なのでどうでも良い……と言いたかったが、どうしてリンディの顔が嬉しそうなのか凄く気になった。
突っ込むと碌な事にならなそうなので、連音はそこはスルーした。
「というか、ちゃんと男の子ってのはどういう意味だ、高町ぃ！？」
「……っ！？にゃーっ！」
フォローしたつもりが明らかに余計な事を言っていたと気が付き、なのははしまったと思った。
しかし、それは余りにも遅かった。
「喰らえ！忍姉直伝、嵐のくすぐり地獄ぅ！！！ふははははははは！！！！」
「ふにゃははははははははははははははっヒっひああははあああっはへっはっはーーーーーーーーーーーーー！！？」
その筆舌にし難いテクニックの前に数分後、高町なのはは真っ白な灰になった。
そんなこんなで、連音は灰になったなのはを彼女の部屋に放り込み、自分に宛がわれた部屋で横になっていた。
場所はなのはとは逆側の、フェイトの隣の部屋。
リンディ達は連音の話の裏付けを行う他、色々とする事があるそうで、廊下で別れた。
話だけを聞いて信じろというのも無理があるが、何も分かっていない現状に指針が見出された事で、艦内は一気に慌しさを増していた。
音は聞こえないが、そういう気配を強く感じる。
いよいよ終局が見えてきた。
最後の戦いを前に、連音は右腕を天井に持ち上げる。
その手首には頼もしい相棒の姿。
「いよいよか……頼むぞ琥光、俺に力を貸してくれ……！」
琥光は静かに光った。
アースラブリッジではオペレーター達が情報の整理に追われていた。
「バリアの強化措置、７０％まで完了」
「次元震発生時のシミュレーション、結果でました」
それらが全て艦長の下に送られていく。
その全てに目を通しながら、リンディは呟く。
「シールドは大丈夫そうね。後は次元震……やはりジュエルシードの詳しいデータがないから……」
「そうですね。これよりももっと酷いのを想定しておくべきでしょうね……」
データを見ながら、クロノが溜め息を吐く。
「アルハザード……そんな所で何をしようと言うんだ……無くしたものが取り戻せると……やり直せると思っているのか……！？」
「クロノ……」
何かを思い出したかのように怒りを露にするクロノの頭を、リンディはそっと抱きしめた。
「なっ、艦長！？」
「艦長じゃないわ……母さんよ………」
「っ………」
クロノはすぐに離れようとしたが、出来なかった。
それほど強く抱かれている訳ではない。
でも、出来なかったのだ。
温かい母の胸の中で、クロノの心が静けさを取り戻していく。
「――少しは落ち着いた？」
「はい……大丈夫です」
上げられたクロノの顔を見て、リンディはにっこりと微笑む。
「で、そろそろ良いか？」
「あら？」
「うぁああっ！？」
いきなり掛けられた声にクロノは盛大に驚いた。
そこには連音が立っていたからだ。当然ながら気配は消していた。
「な、何の用だ！？」
「いや、こいつを渡しておこうと思って忘れたから……」
連音が琥光を向けると、そこから二つのジュエルシードが現れた。
「それは…！」
「プレシアの転送から奪った物だ。そっちに渡しておく……にしても随分と仲がいいんだな？」
「っ……君は茶化しに来たのか？」
クロノは出されたジュエルシードを受け取り、ジト目で睨む。
「そんな気はない……良いじゃないか。甘えられるだけ、お前は幸せだろう……？」
その言葉にクロノとリンディの表情が曇る。
「そうだな……彼女…フェイトは………」
「それも、出来なかったのよね……」
母と子。奇しくも同じ家族構成である二人には、どこかフェイトへの個人的な感情が見え隠れしていた。
「母さん……か」
つい、連音は零してしまった。
「どうかしたのか？」
「いや……何でもない。それじゃ用も済んだし、戻るよ。それじゃあな」
連音はそのまま背を向けてブリッジを後にした。
自室に帰る途中、バッタリとなのはに出会った。
「何だ、もう復活したのか」
「どうして残念そうに言うの！？本当に死ぬかと思ったんだから……ぅう…まだくすぐられてる気がする……」
残る感触にもぞもぞと動くなのは。
「それで、こんな所で何してるんだ？……イタチを肩に乗せて」
「イタチじゃないって言ってるだろ！？」
「オコジョだったか？」
「オコジョでもない！！」
「じゃあフェレットじゃないな」
「フェレットだ！…………あ」
しまった、とばかりになのはの肩の上で、ユーノはがっくりと凹んだ。
「お前ら、本当に何してるんだ？」
「「そっちが話の腰を折ってるんでしょ（じゃないか）！！」」
二人は連音を食堂に誘いに来たのだが、部屋に行ったら蛻の殻。それで、探していたらしい。
ちなみにアルフも誘ったが、フェイトはずっと眠ったままで、アルフはその側から離れる訳には行かないと断られたとの事。
別に断る理由もなく、連音は二人と共に食堂に向かった。
クルー全員が入る事ができる広さを持つ食堂に、三人以外の人影は無かった。
時間的には人がいておかしくはないのだが、どうやらそれ所ではないらしい。
「人、いないね」
「ま、もうすぐ事件の大山だからな。する事が多いんだろう」
適当にメニューを決め、三人は席に着いた。
子供らしくハンバーグをメインに、サラダとパンを付けた二人に対し、連音はドレッシングのかかっていないサラダとヨーグルトのみ。
「連君……それって……」
「無駄に食うと動きが鈍るし、肉類は内氣を濁らせるからな。出来るだけ食わないようにしているんだ」
それを聞いたなのはが何とも言えない顔をしていた。
つい口先まで上ってきたのは「それじゃあ、まるでダイエットメニューだよ」だった。
なのはは自分のプレートに置かれたものを見て、ひょっとして自分の方がおかしいんじゃないだろうか、とも思ってしまった。
しかし、隣のユーノのプレートも似たような物で、つまり自分はおかしくないと安堵した。
そうこうしながら食べ終わり、連音は何故かあった焙じ茶を啜って溜め息を吐く。
「そういえば、連君が忍者さんって事………すずかちゃんは知ってるのかな？」
「いや、すずかは知らない。態々、教える事でもないからな」
それだけ答えてまた一啜り。
「……えっと、連君とフェイトちゃんって……お友達、なの？」
なのはがそう尋ねると、連音の顔に僅かに影が差す。
「そんなんじゃない。あいつにとって俺は母親を狙う敵……今は事情が変わって共にここにいる。それだけだ」
「敵……。それって、ちょっと違うんじゃないかな……？」
「―――違わないさ」
グイッと一気にお茶を飲み干し、席を立つ。
「さて、俺も少し寝るか。お前らもちゃんと休んでおけよ？」
そう言い残し、連音は食堂を後にした。
「時々思うんだけどさ……彼、本当に同い年なのかな？」
ユーノが口を開いた。
出会ってからどれほども経っていないし、話した事も多くはない。
しかし、連音の言動には歳相応といったものが、ほとんど感じられなかった。
クロノも大人びているが、歳が五つも違う。
何よりそれ以上に、連音はどこか達観している部分があった。
「そっか……わたしって連君の事、何にも知らないんだ…」
なのはは今更ながら気が付いた。
ずっとフェイトの事ばかりを考えていて、そんな事も忘れていた。
友達だと、リンディに言っておきながら。
（全部終わったら……連君ともいっぱいお話したいな……）
などと思いながら、なのははユーノの入れてくれた焙じ茶を啜った。
静けさの中、フェイトは目を覚ました。
余程長く眠っていたのだろう、体に気だるさを覚える。
その気配に気が付いて、アルフも目を覚ました。
「ふぁあああああ……おはようフェイト…」
「うん……おはよう、アルフ」
顎が外れるんじゃないかというぐらいの大欠伸をする使い魔を見て、つい笑いが零れる。
顔を洗い、フェイトとアルフは部屋から出た。
と、そこでなのはと鉢合わせた。
なのはの手にはプレートがあり、その上にはサンドイッチとオレンジジュースが置かれていた。
「あっ、起きたんだ……これ、お腹空いてると思って……」
なのははそれをフェイトに差し出した。
しかし、フェイトはそれを戸惑った風に見ているだけで、受け取ろうとはしなかった。
「あ〜、悪いねぇ〜わざわざ」
「あっ…」
脇からアルフが手を出し、ひょいとプレートを受け取る。
そして一つ、サンドイッチを摘まんで口に放り込んだ。
「んぐんぐ……うん、まぁまぁだね……」
「アルフ……！えっと…ありがとう、で良いのかな？」
「え？んと……えっと……」
どう答えて良いか分からず、なのははモジモジとするばかりだ。
「あの子は……？」
「ふぇ…？」
「ほれ、“ツラネ”って奴の事さ」
誰の事か分からなかったなのはに、アルフが教える。
言われて、あぁ、と気が付いた。
「多分、部屋にいると思うけど……さっき、少し眠るって言ってたから……」
そう言ってなのはがドアを指差す。
「そっか……」
少し残念そうなフェイトを見て、なのはは食堂での話を思い出した。
「あのね……一つだけ聞いてもいいかな……？」
「……何？」
「フェイトちゃんと連君って……と、連君って言うのは連音君のあだ名なんだけど……」
「……？」
「えっと……お友達、なの……？それとも……敵？」
なのはの問いかけに、フェイトは首を横に振った。
「………分からない。ただ……」
「ただ…？」
フェイトの視線がドアに向けられる。
なのはも釣られて視線を送った。
「約束したって……わたしを守るって……」
「約束……？フェイトちゃんは誰としたのか、知らないの？」
「知らない……。でも、凄く大切な人とみたい……」
フェイトの脳裏に海上での事が思い出される。
あいつ。そう言った時、連音の瞳は優しく、少しだけ悲しそうだった。
きっと大切な人としたのだと、フェイトは感じていた。
「―――っ？」
フェイトは少しだけ胸に苦しさを感じたが、それはすぐに消えた。
と、その時、なのはの目前に空間モニターが現れた。
映るのはエイミィだった。
「エイミィさん！？」
「なのはちゃん！あぁ、フェイトちゃんも一緒ね。ちょうど良かった……すぐにブリッジまで来て！」
「どうしたんですか！？」
「時の庭園が見つかったのよ！」
「「…ッ！？」」
「ちょっと待った！後、半日は掛かるんじゃなかったのかい！？」
「それが……目標座標から動いてたみたいなの……。とにかく急いで！！」
そして、モニターが消えた。
なのははフェイトを見た。いきなりの事でやはり動揺を隠せないでいる。
「フェイトちゃん……」
これからフェイトは母親と戦わなくてはならない。
そんなフェイトに、どう声を掛ければ良いか分からず、なのはは少しだけ伸ばした手を迷わせていた。
「何をやってるんだ！？」
ドアが開き、連音が飛び出してきた。
「連君ッ！？」
「時の庭園が移動していたって、聞いてないのか！？」
「えっと、それは聞いたんだけど……」
「…？」
なのはの視線がフェイトに逸れる。それを見て、連音は事態を理解した。
アルフの持つプレートからジュースを引っ手繰り、フェイトの鼻先に突き出す。
「…！？」
「飲め、一気だ」
「え……？」
「寝起きだろう？そこのサンドイッチの方が良いが、時間が無い。だから飲め」
「えっと、連君……？」
いきなりの行動に、フェイトもなのはも目を白黒させていた。
連音はふう、と溜め息を吐いた。
「これを飲んで頭を動かせ。これから自分が何をするのか思い出せ。
腹ペコでミスりましたじゃ、話にならないぞ！？」
そう言って、フェイトの手にグラスを握らせる。
水面に映る自分の顔。不安と怖さに満ちた、弱い自分の姿。
偶然なのだろうか、それともそうした意味なのか。
弱い自分。それを飲み込んで、受け入れて、するべき事に挑め。そう言っている気がした。
フェイトはしばし眺めていたが、やがて一気にグラスを傾けた。
甘さと酸味の中に感じるほのかな苦味が、食道を抜けて、空っぽの胃に落ちていく。
瞼を強く閉じ、ひたすらに飲んでいく。
「ん………っはぁああっ！」
全てを飲み干し、大きく息を吐き出す。
開かれた瞳にさっきまでの動揺は消え、代わりに強い意志に満ちた輝きがあった。
連音はそれを見て、ニッと笑った。
「よし、それじゃ行くぞ！」
「はい……！」
「おうさ！」
連音を先頭に三人は一気に駆け出した。
「え、ちょっと待って〜！！へぶっ！」
置いて行かれたなのはが慌てて走り出す。そして、顔からこけた。
「お前なぁ、空気を読めよ……」
「うぅ……いじめっ子だよね、連君って……」
そして四人はブリッジに走っていった。
ブリッジになのは達が着いた時、前面にあるスクリーンには庭園内部の映像が映っていた。
「これは……！？」
「第二小隊、転送完了！」
「第一小隊、進入開始！」
オペレータの声を聞き、連音はリンディに詰め寄った。
「ハラオウン提督、これはどういう事だ……！」
感情を隠す事無くぶつける連音。しかし、リンディは腕を組んだまま、モニターから視線を外す事もない。
「見ての通り、武装局員を送ったのよ。プレシアを逮捕する為に」
「約束と違う！俺とフェイトを先行させる筈だろう！！」
怒鳴り散らす連音の前に、クロノが割って入った。
「残念だが、それは出来ない。そう言っただろう？」
「だが――！」
「こちらは『考える』とだけ言った。一言も了承してはいない」
「――チッ…！そういう事か……」
思い出してみれば、確かに『考える』としか言っていない。
自分の莫迦さ加減に奥歯をかみ締める連音。リンディはやはりモニターから視線を外さずに続ける。
「ごめんなさい…結果としては騙す事になってしまって……。
でも、分かって欲しいの。相手はオーバーＳクラスの大魔導師。
そんな相手の所にあなた達を行かせることは出来ないわ……」
「……っ」
リンディの言葉は確かに理解できる。
だが、連音の本音はそういう事ではないのだ。
「連君……」
「………母さん」
なのはは連音を、フェイトはモニターをじっと見ていた。
「一つ、聞いておきたい……」
「何かしら……？」
「あの武装局員というのは、そこの執務官よりも強いのか？」
「個人ではクロノには敵わないわ。でも、彼らも戦闘のプロよ、心配は要らないわ」
「………」
連音は胸に浮かんだ嫌な予感を抑えながら、モニターを注視した。
リンディの言葉を無理やりに信じたのだ。
そうこうしている間に、局員達はあっさりと玉座の間に辿り着いた。
その事が逆に連音の不安に現実感を与えていく。
「今すぐ全員を退き返らせろ……これは罠だ！！」
「えっ…！」
「あそこにはセキュリティーシステムがある。それが動いていない！！誘い込まれたんだ！」
連音が叫ぶ。しかし、それは遅かった。
「目標を発見！！」
オペレーターの声が響いた。
一人の局員が、玉座に座したままの魔女に宣告する。
「プレシア・テスタロッサ。時空管理法違反、及び管理局艦船への攻撃容疑であなたを逮捕します！」
「武装を解除して、こちらへ……」
しかし、プレシアは動かない。
それどころか、不適な笑みさえ浮かべている。
そして、プレシアを包囲するのとは別に数人が更に奥へと進んでいく。
「――ッ！」
プレシアの瞳に、狂気が燈った。
「こっちに何かあるぞ！！」
奥に進んだ局員達がドアを開き、そこに侵入した。
「…っ！？こ、これは……！？」
その様子はアースラにも送られていた。
全員がそれを見てしまった。
蔦の絡まる柱の並ぶその先にある、その物を。
「え――！？」
なのはが驚きの声を上げた。
翠色の液体に満たされたポッド。
そこに浮かぶ、フェイトと同じ容姿をした金髪の少女。
「まさか………あれが……？」
クロノが押し出すように声を出した。
「アリシア……なの……？」
フェイトが震えながら、その名を口にした。
「あぁ……彼女がアリシア・テスタロッサだ」
連音は驚く事もなく、答えた。
「私のアリシアに近寄らないで……！」
いつの間にポッドの前に現れたプレシアが、局員を一瞬で蹴散らした。
入り口に駆けつけた局員が一斉に攻撃を開始する。
しかし、プレシアは悠然と立ち、それを防いでみせた。
「煩いわ……」
プレシアの手がゆっくりと向けられ、巨大な魔力が生まれる。
「危ない！防いでッ！」
リンディが叫ぶ。しかし遅かった。
庭園中を紫電が駆け抜け、局員を打ち据えていく。
無礼なる者に下ろされる、裁きの雷。
『ウァアアアアアアアッ！！』
『ギャァアアアアアアアッッ！！』
『グァアアアアアアアッ！！』
耳を塞ぎたくなるような悲鳴を残し、全員が床に伏していた。
ブスブスと焦げ臭い匂いが室内に充満した。
「いけない…！局員達の送還を！！」
リンディがエイミィに指示を飛ばす。
「りょ、了解です…！座標固定…０１２０ ５０３！」
「固定……！転送オペレーションスタンバイ……なっ！？」
「どうしたの！？報告を！」
オペレーターにリンディが報告をさせる。
「数名の局員の転送に失敗！！……ダメです！これは……ジャミングです！！」
「……ッ！？プレシアね……！」
リンディは拳をギュと握った。
最悪の状況だった。
「ハラオウン提督……俺は言った筈だ。俺たちが先行する事、それが犠牲を一番少なくする方法だと……」
今更ながら、そう思いながら、連音は続けた。
「予言する……地獄はここからだ」
「…！？どういう……ッ！？」
リンディが連音に聞こうとすると、モニターの向こうで動きがあった。
足元に倒れている局員を、プレシアはその首を鷲掴み、持ち上げたのだ。
「んなっ！あのババァ、いつの間にあんなバカ力を！？」
アルフが驚きの声を上げる。フェイトも横で驚いていた。
一体何をする気なのか、連音以外が知らぬまま、モニターに張り付いた様に視線を送っていた。
そして、プレシアは――。
「……ッ！？」
「なっ…！？」
局員の首に牙を突き立てた。
『ぅぁ…ぁアアアア…アアアアアアアアッッ！！』
恐怖と痛みに局員が暴れる。しかし、その抵抗も徐々に弱まっていった。
ばたつかせていた足も、必死に逃れようとしていた腕も、やがて力を失い、ダラリと垂れ下がった。
動かなくなった局員を放り捨て、別の局員を捕まえる。
アースラブリッジでは誰もが言葉を無くしていた。
『ヒィイイイイ！！ギャアアアアアアアッッッ！！！』
響き続ける悲鳴。目を背けたくなる光景に、しかし誰もが外せないでいた。
そして一人、また一人とプレシアは牙を突き立てていく。
奪われていくのは、紅い命の雫。
「かあ…さん……？」
フェイトが虚ろな声を上げると、ピタリとプレシアの動きが止まった。
首から牙を抜き、やはり放り捨てる。
「…っ！？ジャミング消滅！転送開始ッ！！」
モニターに映る局員が光に包まれて消えていく。
「至急医療班を！！」
リンディの指示が飛び、オペレーターが慌てて伝達を行う。
『フェイト……そう…やはり、そこの鼠に要らない事を吹き込まれたのね……』
「……っ！？」
聞く者を凍りつかせるような冷たい声が響いた。
誰もがその声に、冷たいものを感じずにはいられなかった。
『丁度良いわ……これで終わり…。この子を亡くしてからの暗鬱な時間も、その身代わりの人形を娘と呼ぶのも……全て』
「――ッ！！」
プレシアの言葉にフェイトの心が軋んだ。
分かっていた事とはいえ、直接その口から言われるそのショックはやはり大きい。
もし何も知らず、覚悟もしていなければ、本当に心が壊れていたかもしれない。
なのはとユーノは何が何やら分からず、混乱していた。
「リンディさん…アリシアって……それに代わりって……！？」
「プレシアはね……動力炉の事故で一人娘を亡くしているの………」
なのはの問いに、エイミィが代わって答える。
事実を知る面々の表情は暗い。
「彼女が最後に行っていたのは使い魔を超える人造生命の研究……。
『フェイト』っていうのはその研究の開発コードなの………」
「それってまさか……」
なのはが震える声でエイミィに尋ねた。
しかし、エイミィは沈痛な面持ちのままそれ以上は言わなかった。
いや、言えなかったのだ。
『流石は管理局ね……よくそこまで調べたものだわ……いえ、そこの鼠が喋ったのかしら？』
プレシアはアリシアのポッドにすがるように跪く。
『でも、どうでも良いわ。もうこれで終わるのだから……。これで全てを取り戻せる……そう、今こそ旅立つ、アルハザードへ。
だからあなたはもう要らないわ。何処へなりとも消えなさい……！』
フェイトの心が再び軋む。しかし、それに耐えて、フェイトはプレシアを呼ぶ。
「母さん……！！」
しかし、プレシアはその必死の声に失笑した。
『あらあら…まだそんな風に私を呼ぶの……？なら、良い事を教えてあげる。
私はねぇ……フェイト？あなたが生まれてからずっと……あなたが大嫌いだったのよぉ！！
その声も、顔も、私を母と呼ぶ事すらおぞましかったのよ…！！』
「―――ッ！！」
『ククク…アハハハ……ハァハハハァハハハハハッッ…………！！』
その言葉にフェイトの顔が強張り、プレシアの下卑た笑い声がアースラに木霊する。
震える体。崩れ落ちそうになる足を必死に抑え、フェイトはギュッと耐えた。
「止めて……止めてよ………！」
なのはには分からなかった。
どうしてフェイトを人形なんて言えるのか。
どうして要らないなんて言えるのか。
フェイトの母親なのに、どうして。
「どうして…！フェイトちゃんはあなたの為に頑張ってたのに！！」
なのはが張り裂けんばかりの想いをに叫んだ。
「どうして…！どうして、そんな酷い事が言えるの！！？」
なのはの真っ直ぐな叫びに、ブリッジが静まり返る。
そしてモニターの向こうでも、プレシアがいつの間にか笑うのを止めていた。
『―――どうして、ですって……？』
熱を失った声が聞こえた。
聞く者の心すら凍てつかせてしまう、およそ人の発するものではない声。
『あなたに何が分かるというの？たかが十年も生きていない子供が……』
プレシアの瞳が真紅に染まる。それは夜の一族の力の証。
『―――潰すわよ？』
「「「―――――！！？」」」
その瞬間、全員が心臓を握り潰されたかのような感覚に襲われた。
モニター越しでも感じる圧倒的な敵意と、冷酷なる殺意。
今まで多くの事件、犯人と対峙してきたリンディでさえ、込み上げる震えを抑えきれなかった。
人としての圧倒的な狂気。
心にどれだけの闇を内包すれば、人はこれ程の存在になるというのか。
「――吠えるな、プレシア」
誰もが息をする事さえ忘れた中、一人だけ前に踏み出した。
『フ……あれだけの傷を受けてよく生きていたわね……流石だわ』
プレシアの過去が狂喜の色に染まっていく。
逃した獲物が再び現れた事を、彼女は純粋に喜んでいた。
「お前の都合など知った事か。俺のやる事は何も変わりはしない。貴様を倒して、次元断層をくい止める。それだけだ」
『できるかしら？今の私は前とは違うわ……それにあの武器も既に破壊した…勝ち目があると思って？』
「勝ち目…？寝ぼけた事を言うな。勝ち目があるから戦うんじゃない、戦う理由があるから戦うんだ。
それに……お前の願いは三つの理由から、絶対に叶いはしない……」
そう言って連音は鼻先でプレシアを笑う。
『何ですって……？』
怪訝な表情を浮かべるプレシアに、連音は三本の指を立てて、突き出した。
「一つはジュエルシードの数。八つでは力が足りず、虚数空間を割る事はできない。
二つ。仮に起こせるだけの出力を得られても、その前に俺がお前を止める。だから次元断層は起こせない」
更にプレシアの表情に困惑が見える。それは他の面々も同じであった。
二つの理由は分かる。だが、それ以外に浮かぶ理由が分からないのだ。
「そして三つ目。お前の願いは『アリシアを生き返らせる事』なんかじゃない」
『な――ッ！？』
その言葉にプレシアの顔が困惑に加え、驚きの色に変わっていく。
連音はそのまま続ける。
「お前の願いはアリシアを生き返らせたその先にある。だが、それは決して叶う事のない願い。
だからこそ、アリシアを生き返らせようとしたんだ。
プロジェクトＦ・Ａ・Ｔ・Ｅも、アルハザードの秘術も、そのためのものだ。
お前は間違えたんだ……叶わない願いの果てに、ただの“手段”がいつしか“願い”にすり替わってしまった。
だから……それを忘れたお前の願いは………絶対に叶う事は無い！」
今の連音には分かっていた。
プレシアの本当の願いが何なのか。
プレシアの異様なまでの『完全なアリシア』への執着。それが連音の推測を裏付けていた。
何より、連音もプレシアと同じ願いを持っていた。
だから分かる。
大事な者を自らが奪った、その業を持つが故に。
『―――ックックック……フハハハ……！面白い事を言うわね。良いわ、なら止めて見なさい？
私の本当の願い………そんなものが在るというのならねっ！！』
突如、アースラに警報が鳴り響いた。
「―っ！庭園内に魔力反応多数出現！！」
モニターに映し出されるのは、以前連音が戦った魔導兵士。
入り口に玉座の間に通路に次々と出現していく。
種類も連音の倒した斧型を含め、かなり多い。
「庭園敷地内の魔力反応、いずれもＡクラス！総数６０…８０…まだ増えています！！」
プレシアが腕を振ると、アリシアのポッドがふわりと浮かび上がった。
そして進んでいくプレシアの後を付いていく。
『さぁ、始めましょう……全てを掴む為に……！今こそ、アルハザードへ！！』
ジュエルシードが中空に浮かび上がり、そして全てが輝きだした。
「地震…！？」
「違う、これは…！！」
なのはの声にクロノが叫ぶ。
オペレーター、ランディの声が響く。
「次元震です！中規模以上！！」
「振動防御！ディストーションシールドを！！」
すぐさまリンディの指示が飛んだ。
「ジュエルシード八個発動！次元震、更に強くなります！！」
「転送可能距離を維持したまま、影響の薄い空域に移動を！」
「りょ…了解です！」
「乱次係数拡大！このままだと次元断層が！！」
目の前の出来事についに限界を迎え、フェイトが崩れ落ちた。
「フェイトちゃん！」
「フェイト！」
なのはとアルフがその体を抱きとめる。フェイトの意識は無くなっていた。
連音はそのフェイトの横を通り過ぎた。
「アルフ、なのは…フェイトに付いててやってくれ」
「連君は…？」
「あのバカ親をぶっ飛ばしてくる。あいつは何も分かっちゃいない……」
連音が行こうとすると、なのはが立ち上がった。
「私も、行く…！」
「っ！？だが……良いのか？」
「フェイトちゃんの事もあるけど……わたしにも戦う理由、あるから…！
アルフさん…、フェイトちゃんの事、お願いします」
「あぁ……分かったよ」
「よし、行くぞ高町…！」
「うん！」
今度こそ踏み出そうとした二人の前に、クロノとユーノがいた。
「勝手に盛り上がるな！民間人だろう、君らは！？」
「僕らも一緒に行くよ」
四人は顔を見合わせ、そして頷きあった。
「エイミィ、ゲートを開いて！！」
「気を付けて！かなりヤバイよ！！」
ブリッジのゲートが開かれ、四人が飛び込む。
光が満ち、そして次の瞬間には庭園の入り口に立っていた。
目前に立ち塞がるのは命無き破壊者の群れ。
今、全てを懸けた最終決戦の幕が切って落とされた。
では拍手レスです。皆様、ありがとうございます。
※シャドウダンサーの感想 雪菜さん、好きだな〜。連音が吹っ切れて良かった。
これからは連音のターンか？
＞まだ完全に吹っ切れた訳ではありませんが、ここから連音のターンです！
雪菜さんは見た目以上に性格が忍に似ています。
連音が「忍に似ている」と言われるのを嫌う理由は正にここですｗｗ
大好きだけど、似ているのは嫌なのです。
※犬吉さんへ 生きる資格、それはもがき足掻く事で勝ち取るものだ
＞その力としてＧス○ーンが！（違
多くを奪ってしまった罪は消えませんが、それでも生きる資格を得る為に、連音は最後の戦いに向かいます。
※犬吉さんへ 何時だって信じる力が勇気になる
＞そうですね。自分を信じる事は、強さを支えてくれる力です。
そして、それはどんな困難にも立ち向かえる勇気になります。
敵は最凶の魔女ですが、それでも連音は立ち向かいます。大切な約束を果たす為に。
※【シャドウダンサー】の感想 はやて可愛いぞ、こんちくせぅ!!
結婚してくれ!!
微妙に空気なアリサ＆すずか、幸あれ……え？なのは？あれは仕様です。アリシアがどうなったのかも気なる…
＞はやてはヒロインですので、可愛くなるように頑張りました。そう言って頂けると本望です。
しかしこれが１０年後、チビ狸になるとはｗｗ
アリサとすずかは、なのは側の日常を描くキャラなので、裏の時間軸をメインに置いている以上、こうなってしまうんですよね。
すずかは一つ屋根の下なので、本当は色々あるんですが……。アリシアは、まだ秘密です。
そして当然、なのはは仕様です。舞台が移ってやっと彼女の出番ですｗｗ
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、