未だ各部署との連絡にざわつく艦橋で、リンディになのは達回収というの報告が入った。
「それで、転移したジュエルシードの方は?」
「そちらも駄目です。魔力攻撃の影響でサーチできませんでした」
オペレーター、アレックスの報告にリンディの顔は厳しかった。
ジュエルシードは何者かに奪われ、肝心の手掛かりともいえるフェイトは、三人目によって逃走。

(一体どういう事…?なのはさん達の話では二人は敵対していた筈……裏で何かがあった……?)
しかし考えていても答えは出ない。
リンディは思考を切り替え、艦長としてのもう一つの仕事に向かった。
「ブリーフィングルームになのはさん達を。それとさっきの攻撃、魔力パターンの計測を」
「了解。魔力パターンの方は既にデータを本局に転送済みです」
「――さすがね、エイミィ」
「いえいえ」

リンディは後の事を任せ、ブリーフィングルームへと向かった。



   魔法少女リリカルなのは シャドウダンサー

     第二十一話  偽りの終わり、真実の始まり



風が、海鳴臨海公園内にある林の中に渦巻く。
落ち葉を巻き上げた渦が解けると、その中に三つの人影が現れた。

「……ここは?」
「臨海公園。さっきの所からは10kmぐらいの場所か?」
「全然ダメじゃん!」
連音の言葉にアルフが即座に突っ込んだ。
「仕方ないだろう、元々の転移距離がそんなものなんだから。それにこの距離で充分に逃げれている。問題は無い。ほら」
連音が指先で空間に小円を描くと、光の輪が生まれ、その中に波紋が広がる。
そこに映し出されたのは、10km先にいる、なのは達の姿。
フェイトらを探すよりも周囲の警戒を行っていた。

やがて、光と共に三人の姿が消えたのが見えた。

「ところで……あの黒いのは誰だったんだ?」
「あんた、本当に知んないで蹴り飛ばしたのかい!?あいつは時空管理局の執務官だよ!?」
アルフの言葉に連音は呆れた風に答えた。
「知らないから蹴り飛ばせるんだ。知っててやったら誤魔化せないが、知らないのならどうとでも出来る。
しかし、あれが時空管理局か……イメージと随分と違うな……」
「……あたしゃ、あんたのイメージが変わったよ」
「ま、それは置いとくとして……これで話が出来るな、フェイト・テスタロッサ」
連音はフェイトの方を向いた。
フェイトは未だ体を強張らせていた。
「さっきの攻撃…その薄い防御の上から喰らっていたら、只では済まなかっただろうな」
「………」
「あれは、明らかにお前ごと高町を落とそうとしていた」
「っ!違うッ!!」
フェイトはキッと連音を睨み、叫んだ。
だが、すぐに塞ぎこむように俯いてしまう。
「フェイト……」
アルフはそっとフェイトを抱きしめた。

「これで…結果はどう在れジュエルシードは封印された。後は……プレシアと決着をつけるだけ、か」

「――ッ!?」
「ッ!!あんた……どうして…!?」

不意に挙がったその名前に、フェイトとアルフの顔は驚愕に染まった。
「どうしても何も、俺もこの十日近くを遊んでいた訳じゃない……それ位は調べがついている」
尤も、その内の九割は捜査に費やされていないが、それは言う必要も無いので黙っておく。

「それで……あなたはどうする気ですか…?」
いつの間にか、フェイトがバルディッシュを構えていた。
足元が覚束ないながら、しかしその瞳は連音を睨みつけている。
「どうするも何も……俺は、俺のするべき事をするだけだ」
「………」
「俺の使命は二つ。一つはジュエルシードを封印。しかる後、誰の目にも届かない場所で管理する事。
そして、もう一つは……ジュエルシードを使い、世界に害悪を為そうとする者…プレシア・テスタロッサを……滅殺する事だ」
「…ッ!」
反射的にフェイトが連音に跳びかかった。バルディッシュを大きく振り上げて、真っ直ぐに振り下ろす。
が、その一撃を連音は片手であっさりと受け止めた。
「っ!?」
「軽いな。こんなもので何をする気だ?」
「クッ…!」
フェイトが引くよりも速く、連音はバルディッシュの長柄を一気に蹴り上げた。
その手から弾かれたバルディッシュが、クルクルと回りながらフェイトの後ろに落ちる。

「少し落ち着け。影の戒めよ…!」

連音がそう言うと、地面に映る自分の影から黒い紐が幾本も伸びて、フェイトを縛り上げた。
「ウッ…!」
「フェイ…ッ!?」
アルフもまた、その体を一瞬で黒い紐に縛り上げられていた。
「クソ…ッ!」
只でさえ頑丈なバインドは、体力も魔力も限界に近い状態の二人ではビクともしなかった。

しかし、それでもフェイトはジタバタと暴れる。
「させない…!母さんを……殺させたりしないッ!」
フェイトの瞳は、今までに無い敵意でギラついていた。
その目と言葉に、つい昔を思い出してしまうが、頭を振ってそれを追い出す。
今はそんな感傷に浸っている場合ではないのだ。

「もう止せ。こんな事を続けても……ただ、全員が不幸になるだけだ」
「何も……何も知らないくせに!!勝手な事を言うなぁッ!!」
フェイトは更に敵意を剥き出しにして激昂した。
しかし、連音は少しだけ目を細めて、それを受け止める。

「……母さんを喜ばせてあげたい」
「――ッ!」
「不幸だったから……だから、幸せになって欲しい……」
続けられる言葉によって、フェイトの顔には困惑が広がっていく。
「ジュエルシードを集めたら…きっと、昔のような優しい母さんに戻ってくれる、か……」
「ど、どうして……っ!?」
ドキン、ドキンとフェイトの心臓が鼓動する。

それを知っているのは、自分の使い魔であるアルフだけの筈なのに。
それなのに、何故彼が知っている。
目の前の少年が、まるで得体の知れない何かに見えた。
喉が、酷く渇いた。

「――無理だな。プレシアの言うままにジュエルシードを集めても……誰も、どうにもならない………お前こそ、知っているのか?」
「……?」
「プレシアは、どうしてそこまでジュエルシードを欲しがる?
そもそも、そのプレシアの不幸とは何だ?一体何に奴は悲しんできた?
それさえ知らずに、お前こそ何が分かっていると言うんだっ!!」
「――ッ!?」
連音の言葉が、フェイトの心を抉った。
「お前は莫迦が付く位に純粋だが愚かじゃない。ジュエルシードがどれだけ危険な物か、認識している筈だ。
そんな物を集めて叶えようとする願いで、本当に幸せになれると思っている訳じゃないだろう?」
「っ!…それは……」

連音の言葉は余りにもフェイトの心を語っていた。

ずっと考えないようにしてきた。
あの日――ジュエルシードが暴走し、バルディッシュが壊れた、あの日から。
感じたのは、初めての母への不審感。
抱いてはいけない。だから必死にその思いに蓋をして、ひたすらにジュエルシードを求めてきた。
しかし、それは容赦無く突きつけられた。

「プレシアは、ジュエルシードの力で次元断層を引き起こすつもりだ」
「―――ッ!!」
「それがどういう意味か、分かるな?」
言われなくてもフェイトにはその意味は分かっていた。
最悪の次元災害。それを、プレシアが起こそうとしている。
「嘘だ……そんなの…嘘だ…!母さんが…そんな事を……!」
あの優しかった母が、そんな恐ろしい事をしようとしている。
そんな話、到底信じる事などできなかった。

ここまで黙っていたアルフが唐突に口を開いた。
「ちょっと待ちなよ!なんだってプレシアはそんな事を!?そんな事したって何にもならないじゃないか!
それ以前に……プレシアが次元断層を起こそうとしてるって、そんな証拠があるのかい!?」
アルフの言葉は尤もだった。
プレシアは嫌いだが、フェイトの母親である彼女をアルフは信じたかったし、
何より、フェイトにどれだけ酷い事をしていても、無関係な世界を無差別に巻き込むような事までするとは思えなかったのだ。

「見せられる証拠は無い。だが、プレシアの真の目的はジュエルシードを使って、その先にある。
残念だが、奴はやる。その為にお前達にジュエルシードを集めさせたのだから」
「そんな……何なんだい、その目的ってのは!?そんな事をして、叶えたい願いって何なのさ!!」



どうすればフェイトを守る事ができるのか、連音は考えていた。
プレシアの元から強引に引き離しても意味は無い。
かといってこのまま放置して、何かある度に助けていてもそれも意味は無い。
どっちも根本の解決には全くならないからだ。

結局は、フェイト自身が今を変えようとしない限り、連音には何も出来ない。

その為には、フェイトが知らなくてはならなかった。
プレシアの真の目的を。そして、自分の存在の意味を。




連音は覆面を下げて、フェイトに問う。
「その前に………フェイト」
「…?」
連音がその指を鳴らすと、縛り付けていた物が消え去った。
「プレシアが何をしようとしているのか、俺は知っている。だが、事はプレシアだけでは収まらない。
全てを語れば、否応無く……お前はその身の運命を知る事になる」
「わたしの……運命……?」
その言葉にフェイトの心がざわめいた。
鼓動が、更に激しくなる。

「いずれは知る事になる話だ。だが、それでも聞いておきたい。
お前は…真実を知りたいか?……それが、どれだけ残酷でも。
知れば、お前の心が壊れるかもしれなくても。それでも……真実を心から望むか?
それを受け入れる、勇気はあるか……?」


「ッ……」
全身の熱が消えるような感覚。
それは恐怖。

未知に対する怖さ。
真実に対する恐れ。

知れば今までには戻れない。
でも、知らなければ、きっと進めない。

連音は言った。いずれは知る話だと。
ここで聞かなくても、何れは知らされてしまう事。

何度か大きく深呼吸する。激しかった鼓動が少しだけ、落ち着いてきた。

「教えて下さい……母さんが何をしようとしているのか」

フェイトの言葉に連音もまた、深く息を吐く。自身で言い出した事だが、やはり嫌なものだった。
だが、フェイトが知りたいと言った以上、自分はそれを語るだけだ。
それを知って、彼女の心が壊れない事を祈りながら。
「―――全ては三十年程前、一人の少女の死から全ては始まった。その少女の名は……アリシア・テスタロッサ」
「アリシア…?」
「テスタロッサ……?」
聞いた事のないその名前に、二人が首を傾げる。
「アリシアは、当時プレシアが関わっていた新型魔力炉の起動実験の事故で亡くなった……彼女の娘の名だ」
「なっ!?」
「母さんの……娘…!?」
フェイトは初めて聞く存在に、その大きな瞳を見開いた。
驚愕と困惑、混じり合った光がありありと浮かぶ。

「プレシアが望んだのはアリシアを生き返らせる事。その為に事故の後、プレシアはある研究をしていた。
それは、使い魔を超える人工生命の生成……使者蘇生の研究」
「人工…生命……」
無意識にフェイトの体が震えだす。それをギュッと押さえ込んで、フェイトは連音の言葉に耳を傾けた。

「クローニングと記憶の転写によって同じ人間を生み出す。科学による死者蘇生の答え。そのプロジェクトの名は………」
「……っ」
再び大きくなった心臓の音が鼓膜を叩き続け、空気が薄くなったような感覚に、息苦しさを覚える。
心が警鐘を鳴らす。これ以上聞いてはいけない、と。
ガチガチと歯が音を鳴らした。

「プロジェクト……F・A・T・E」

「―――ッ!!!」
「プロジェクト…フェイト……!?まさか…それって……」
アルフの言葉に連音は小さく頷いて答えた。
「そうだ。それによって生まれたのが……お前だ、フェイト・テスタロッサ」

「…ッ!!」
フェイトの体から力が抜け、がっくりと膝から落ちる。
その瞳は魂が抜けたように焦点が定まらぬまま、地面を見下ろしていた。

(やはり……まだ知るべきではなかったのか……?)

何時だって、真実は残酷だった。

連音が母の死が自分のせいだと知った時、今のフェイトと同じようになった。
心が軋む音がその耳に聞こえるのだ。

だが、それでもここで終わる事はできない。
話すと言った以上、その責任を連音は果たさなければならなかった。

「しかし、それは失敗に終わった」
「失敗…!?フェイトが…!?ふざけるなぁっ!!」
「――ッ!」
怒りのままにアルフの拳が連音に叩き込まれた。
何度も、何度も。血が地面に飛び散る。
「フェイトが……失敗だって!?あんなに…あんなに頑張ってる子を…!!うぁあああああああっ!!」
一際、大きく振り上げられた拳。しかし、それを連音は片手で受け止めた。
「いいかげんにしろ……話はまだ終わっちゃいない」
「ふざけるな!!こんな話……誰が信じられるかぁ!!」
「信じるかどうかは関係ない。これが……事実だ」
「――っ!!」
連音の言葉に、アルフが揺らいだ。
分かっているのだ。こんな嘘を言う理由などないと。
それにこの話が事実なら、プレシアのフェイトに対する異常さも説明がつく。

でも、それを認めてしまったら、フェイトは?

連音はアルフの手を離し、フェイトを見やった。
「プレシアが求めたのは自分の中にある、『完全なるアリシア』だった。
だから、それと違う事を認める事が出来なかった。そしてフェイトの魔力光も、それに拍車をかけた。
金色の魔力光は……アリシアの命を奪った事故の光そのものだったからだ」
「何だよ……そんなのフェイトにはどれも…何にも関係ないじゃないか!」
「確かにな。だが、それこそプレシアにとっても関係ない話だった。
だからこそ、プレシアは求めた……アリシアを別の方法で生き返らせる術を。
それが、伝説の都アルハザードの秘術。その門を開く鍵、ジュエルシード。それが……この戦いの真実だ」


風が、林を吹き向けた。

沈痛な面持ちのアルフと、そして、未だ俯いたままのフェイト。

自分がアリシア――本当の娘のクローン。代わりでしかない。
いや、それにすら成れていなかった。
そして、その為に幾つもの世界を犠牲にし、アリシアを生き返らせようとしている。

フェイトには、そんな話を信じる事は出来なかった。

(嘘だ……だって、母さんは優しくて………)
フェイトは思い出す。幸せだった頃の事を。
ピクニックに行ったあの草原で、母さんは綺麗な花輪を作ってくれて。

(ほら、ちゃんと思い出せる……)

『ねぇ。とても綺麗ね……アリシア?』

(……ッ!?)

思い出の母の口から発せられた言葉に、フェイトは凍りついた。
(違う……わたしはフェイト……フェイト・テスタロッサ……)

『さぁ、いらっしゃい……アリシア』

再びその名が発せされる。

そして、確信した。
これは自分の記憶ではないのだと。
温かで、心から幸せな記憶。しかし、それは自分の物ではないと。

アリシア・テスタロッサ――彼女の記憶。

偽り。全ては偽りだったのだ。
この想いも。願いも。

『ほら、可愛いわ……アリシア』

フェイトは耳を塞いだ。でも、声は響き続ける。現実を突きつけ、フェイトの心を切り裂いていく。
(イヤ……もう、その名前を呼ばないで……!)


パァンッ!

「――っ!?」
「……正気に戻ったか?」
視線を上げればそこに連音の顔があった。
そして、自分の顔を挟み込むようにして添えられた両手。
フェイトはようやく、自分が叩かれたのだと気が付いた。

現実に帰り、フェイトの瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。
分かった。分かってしまった。
連音の言葉が真実で、自分の全ては嘘であった事を。

何もかもが借り物の存在。薄っぺらく、空っぽな器。
以前、連音が言ったように、自分は只の人形だったのだ。


「フェイト……」
そんなフェイトをアルフがそっと抱きしめる。
連音はフェイトの脇を通り過ぎて、後ろに転がったままの戦斧を拾い上げた。
「全ては偽り……。その想いも、願いも、アリシアの記憶が生み出した幻……」
「………」
「あんた…!」
連音の辛辣な言葉にアルフが牙をむく。
「だが、お前は事実を知った。その上で聞く……今、プレシアが憎いか……?」
「―――」
ただ、フェイトは首を振った。
「プレシアを……嫌いになったか?」
「―――」
再び、首を振った。

「分からない……事実を知って、それでも……わたしは母さんを……。
でもこれも…アリシアの記憶のせいかもしれない……だから……」
「―――だったら、それで良いんじゃないか?」
「……っ!?」

連音はバルディッシュをフェイトに差し出した。
「確かに……今までの想いは、アリシアの記憶が生み出した幻に過ぎなかったかも知れない。
でも……今ここで事実を知って悩み、苦しんでいるのはアリシアじゃない。フェイトだ。
事実と真実は似て非なるもの。事実とはその事柄だけで、真実とはそれに人の思いが加わったものだ。
だから、これからは何が真実かは……フェイト、お前が決めれば良い」
「わたしが……決めれば良い…?」
「俺は何があってもプレシアを絶対に止める。お前はどうする……?」
「……わたしは」
フェイトはバルディッシュから視線を移して、連音を見上げた。


出会った時と変わらない、強い意思の篭った瞳。
いや、今は前よりも、もっと強く輝いている。

真実を知りながら、それでも彼は自分を見る目を全く変えていない。
自分自身ですら、こんなにも変わってしまっているのに。

哀れみでもない。安い同情でもない。ただ真っ直ぐに、あるがままに自分を瞳に映している。
そんな連音の瞳に、フェイトの心が震えた。

自分と同じ、戦う為の訓練を積んできた少年。
たった一人で、それなのに揺るがないその強さ。
もしかしたら、その瞳に惹かれていたのかも知れない。

それを認めたくなくて、だから彼を見る度に反抗したかったのかもしれない。


フェイトはアルフに支えられながらも立ち上がる。

(ずっと、認めて欲しかった……母さんに笑ってほしかった……)

そして涙を拭い、差し出されたバルディッシュを掴んだ。

(それは今でも変わらない。これが…わたしの決めた、私の真実だから……)

「わたしは……母さんに会わなくちゃいけない。会って、自分の想いを伝えて…そして、母さんを止めます。
だから……あなたに母さんは絶対に殺させない……!」
受け取ったバルディッシュを返し、その刃先を連音に突きつける。
身動ぎ一つせず、連音はフェイトを真っ直ぐに捉えたままでいた。
「それがお前の真実か?」
「そうです……」
フェイトはバルディッシュを連音から離した。
そして、少しだけ微笑んだ。
「わたしはやっぱり、母さんの娘……フェイト・テスタロッサだから……」

その決意に、連音はフッと微笑んだ。
「強いな……本当に。……心から尊敬する」
「――ッ!?」
いきなりの事にフェイトは息を呑んだ。
連音の手が伸びて、気が付いた時には連音に抱きしめられていたのだ。
それにはアルフも驚いて、あんぐりと口を開けたままだ。

連音はフェイトを抱きしめたまま、呟く。
誓約の如き、その言葉を。
「大丈夫……俺が“二人の想い”を……きっと届かせてみせるから」
「……二人?」
「――!?っと、とにかくだ!!」
連音は、しまったとばかりにフェイトから離れた。
コホン、と咳払いでごまかす。
「お前がそこまで決意したんだ。真実を伝えた責任もあるしな……それが上手くいくように手を貸そう」
「あれ?あんたの目的はプレシアを殺す事じゃなかったのかい?」
連音の言葉にアルフが疑問を持つ。
確かに、そう宣言したから疑問を感じるのも当然だった。

「奴を踏み止ませられるなら、その方が良い。俺だって……好きで殺したい訳じゃないからな。
ただ、プレシアを止める為なら、殺す事も含めてどんな手段をもとる。それだけだ」
そう答えた連音の顔は、少しだけ悲しそうだった。

その横顔の意味を、フェイトは理解できなかった。


「それで……これからどうするんだい?」
「どうするも何も、時の庭園に向かうだけだけどな。あれだけ派手にやった以上、すぐには動けないだろうし」
その言葉に、フェイトとアルフが目を見開いて驚いた。

「な、何で時の庭園の事まで!?」
「何でって、行ったからに決まってるだろ?」
「い、一体いつ!?」
「ほら、ジュエルシードが暴走した次の日。お前ら時の庭園に行っただろ?あの時、空間座標を盗ませてもらったのさ」
連音はニヤリとしながら肩を竦めてみせる。
その顔は、悪戯が成功した悪ガキの顔だった。

「ひ、卑怯だ!!」
「そうだ、卑怯だよ!!そんなの!」
「卑怯じゃない。全然、全く、これっぽっちも。姦計、奇道は忍の常套手段だ。テストに出すからちゃんと憶えとけ?」
「テストって何のですか!?」
「あんた、ふざけてるのかい!?」
「失礼な。本当に出すぞ?忍者検定四級試験で」
「んな物、誰が受けるかぁっ!!」
連音は口笛を吹いて、二人の非難を平然と聞き流した。

「ま、それがバレてプレシアに殺されかけたけどな」
「「………」」
余りにあっけらかんと言うもので、二人は何も言えなかった。
「それがあるから、直接転移は難しいだろうな。何かしらの対策をとってるだろうし」
「とすると……どうしよう……?」
「まぁ、それについても一応考えて…ッ!」

その時、草むらが不自然に揺れた。
フェイト達が弾かれたように警戒する。
「何ッ!?」
「この気配……久遠か?」
連音の言葉に、草むらから飛び出てきたのはやはり久遠だった。
「つらね……!」
久遠は連音を確認すると走って来てそのまま飛びついた。
「お前、何でここに?はやてはどうしたんだよ?」
「つらねの匂いがしたから……はやて、林の向こう……」
「そっか……なら丁度良い」
「くぅん?」
久遠が首を傾げる。

「俺はしばらくの間、この町から離れる事になる。だから、はやてにそう伝えてくれないか?」
「つらね……どこ行くの?」
「ちょっと事件を終わらせに、な。もしかしたら一寸、時間が掛かるかも知れないから」
「くぅん……」
少し寂しそうに鳴く久遠を降ろす。
連音がその頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。

「大丈夫。きっちり終わらせて帰ってくるから……そうしたら遊んでやるからな」「くぅん……久遠、分かった……」
「良い子だ。それじゃ、頼んだぞ」
久遠は連音の伝言を持って、再び草むらの向こうに消えた。

「あの子は…?」
フェイトに尋ねられて、連音は少し考えた。
「そうだなぁ……友達、なのかな?」
「……友達………」
友達。その言葉にフェイトは戸惑った。
なのはに、友達になりたいと言われた。それを思い出したのだ。

でも、今の自分にはそれに対する答えはない。まだ、それに答える資格は無いのだから。

「で、あんたの考えってのは何なんだい?」
アルフに聞かれて、連音はニヤリと笑う。
「とりあえず、俺について来れば良い。後は……交渉次第だな」

「「……?」」





次元航行艦船アースラのブリーフィングルーム。
そこで行われたリンディ艦長のお叱りタイムも終わり、これからの事についての会議へと移った。
「それでクロノ……事件の大元について何か心当たりが?」
「はい…エイミィ、モニターに」
『はいはーい』
いささか軽いノリの声が聞こえる。次いで、十字架を思わせる装飾の長テーブルの中心に、球体形の空間モニターが浮かび上がる。
そこに映し出されたのは黒衣の魔女の姿だった。
「あら…!」
現れた意外な人物にリンディは驚いた。何故ならリンディは彼女の事を知っていたからだ。
知っているといっても、直接の面識がある訳ではない。彼女は余りに有名だったからだ。
良い意味でも、悪い意味でも。

「そう、僕らと同じミッドチルダ出身の魔導師、プレシア・テスタロッサ。
専門は次元航行エネルギーの開発。偉大な魔導師でありながら違法研究と事故によって放逐された人物です。
登録データと、さっきの攻撃の魔力波動一致しています。
そしてあの少女……フェイトは恐らく……」
クロノはその先を言う事を少し躊躇った。不意に、なのはの姿が視界に映ったからだ。

「親子……ね?」
それを感じたのか、代わってリンディが呟いた。
途端、室内の空気が重いものに変わる。
なのははモニターに浮かぶフェイトの母の姿を、じっと見ていた。
ユーノも、高町家に暮らすようになってから親子というものは温かい関係なのだと思っていた。

リンディも自分が母親である以上、やはり複雑な想いを抱いていた。
それはクロノも同じであった。
母と共にこうしている日常に少なからず幸せであると思っている。

だから、誰もが口を噤んでしまった。

だが、リンディはすぐに思考を切り替える。
艦長として、この事件を担当する者として、今すべき事をする為に。
「エイミィ。プレシア女史について、もう少し詳しいデータを出せる?
放逐後の足取り、家族関係、その他何でも」
『はいはい、すぐ捜します』
エイミィに指示を出し、リンディは溜め息を吐いた。

この事件の根は思ったよりも深い。そう、直感した。


『艦長!』
いきなり響いたのは、オペレーターのアレックスの声だった。
「っ!どうしたの、何か問題がっ!?」
『問題というか……その……』
歯切れの悪いアレックスにクロノが苛立つ。
「艦長への報告は正確に!何があったんだ!?」
『れ、例の逃走した三名が……』
「っ!見つかったのか!?」
『いや、というか……』
いまいち要領を得ないアレックスの言葉に皆が首を傾げる。

『戻ってきたんです………先程の空域に』

「……………は?」
果たしてそれは誰の声だったのだろうか。




つい先刻まで嵐に包まれていた海上は、すっかり元の静けさを取り戻していた。
「何だってこんな所に来るんだい!?」
「だから、道すがら説明しただろう?管理局の船を使わせてもらうって」
「それは聞いたけどさぁ……アタシら追われてるんだよ、分かってるかい?」
「その辺を含めて、交渉次第だ」

連音が考えたのは時空管理局という存在だった。
次元世界を渡る以上、確実に次元航行船を所有している。
それを使えば、邪魔される事無く、時の庭園に行く事が出来る。

しかし、それはこれからの展開次第である。

もしも管理局が、正義という言葉を無闇に振り回す程度の連中ならば交渉する価値も無い。
もし何らかの罠を仕掛けて来ようものなら、その罠ごと全てを打ち砕く。
それこそ、あらゆる手を使って、だ。

「あの……」
「ん…何だ、フェイト?」
事態が動くのを、波音を聞きながら待っていると、フェイトが話しかけてきた。

「あの……質問に答えて貰ってなかったな、て……」
「質問?何かあったか?」
「はい……どうして、わたしを助けてくれたのかって……」
「あぁ、それか……それはな」
「それは……?」
「―――約束したからだ、あいつと」
「あいつ……?誰ですか?」
「それも……じきに分かる」
「……?それってどういう…?」
「待て。来たぞ……!」
尚も聞こうとするフェイトを、連音は手で制した。
目の前に空間に転移用の魔法陣が広がっていく。

光が溢れ、その奥から黒いコートの少年が現れた。

杖を構え、いつ何時戦闘に入ろうとも万全を期して。


そして、アースラでもリンディを初め、なのは達もブリッジに上っていた。
完全に見失っていた相手が自分から出てきた。
この状況をどう理解すれば良いのか、リンディですらすぐには判断が付かなかった。
「でも良いんですか?クロノ君だけを向かわせて?」
「完全に逃げ切っていたのに、向こうから出て来たという事はすぐに危ない事になる可能性は無いでしょう。
念の為、なのはさん達もいつでも出られる様にしておいて?」
「分かりました」
「はい……」
リンディの指示に二人が答える。

(そう……ここで出てきたという事は、あちら側で何かが起きたと考えるべき……)

その何かが、二人の内のどっちに起きたのかまでは分からない。
しかし、これが事態の大きな転機になるとリンディは確信していた。


「艦長、さっきの『ニンジャ』が使っていた魔法ですが……過去に該当する物はやはり在りません。
海水に魔力を通して、自分が思った通りの姿……擬似的な生物を構成するなんて……。
それに唯一近いと言えるのは……“希少技能(レアスキル)”ですね」
「レアスキル……?」
聞き慣れない言葉に、なのはが小首を傾げた。
それに気付いたエイミィが説明する。
「レアスキルって言うのは、今はもう滅んでしまった魔法世界の、特別な魔法のことよ。
今は一部で、継承という形でしか受け継がれていないんだけど……」
「でも、魔法陣は少し違っていたわね……形状は召喚魔法陣に似ているかしら?」
リンディの言葉にエイミィが頷く。
「そうですね。こんな文字構成は見たことありませんし……こっちも該当データも存在しませんでした」
クロノの様子を映すモニターの横に、先刻の戦闘の映像が映る。
「魔力値はおよそ102万で…AA+ランク。でもまだ底を見せてない気がしますね……」
「さて、どう動く気かしら……?」
リンディはギュッと拳を握った。



「さっきの黒尽くめ、か……」
「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ、ミスター『ニンジャ』。一体何を企んでいる……?」
いきなり険悪な空気が流れる。

「企むも何も…こっちにも色々あってな。ついては交渉をしたい。現場の最高責任者と繋げて貰おう」
「……何だと?」
ピクリ、とクロノの眉が動いた。


リンディはそれを聞いて、やはりと思った。
この状況で姿を現すとすれば、その可能性が一番高いからだ。
『どうします、艦長……指示があれば即、確保に踏み切りますが?』
クロノに指示を求められ、モニターで見ているリンディはしばし考える。
交渉と言う以上、展開次第で色々と情報が手に入るかもしれない。

元よりリンディは二人からの事情聴取を考えていたのだから、色々と不鮮明な点はあるが、損は無いように思えた。
「そうね……こちらとしては、二人から話を聞きたい所だし……良いでしょう、エイミィ、チャンネルを開いて」
「了解です―――どうぞ」



連音の前に再び魔法陣が開く。
そこに出現した空間モニターにリンディの姿が映し出された。
「あなたは…?」
『初めまして。私は時空管理局提督、次元航行艦船アースラ艦長、リンディ・ハラオウンです』
リンディは相手を警戒させないように僅かに微笑みながら、名を名乗った。
「提督…という事はあなたが現場の最高責任者か?」
『ええ。この事件に関する指揮権は私が持っています』

連音はモニターから目を外さないまま、フェイトに思念通話を送る。
勿論、盗聴をされないように指向性を強めたものだ。

“どうなんだ?提督と名乗っているが……それはどれ位の地位にある?”
“とりあえず、現場なら間違いなくトップ……。でも、若過ぎる気もするかな……?“
“いや、間違いなく本物だろう。実際に会うのならともかく、わざわざ通信で偽者を出す理由がないしな。
そんな事をするぐらいなら、俺達を捕らえる方がずっと早い……と思うだろう“
“そっか……それで、どう交渉するの……?”
“う〜む、ちょっと言い難いけど………プレシアをダシに使う”
“えっ、母さんをっ!?そんな!!”
“いいから、そこも考えているから……”

連音はフェイトとの思念通話を切り、口を開いた。
「では、ハラオウン提督。交渉といっても話はシンプルだ。こちらの要求を聞いて貰う代わりに、こちらは情報を提供する。
要求も大それた物ではないし、情報はそちらにとってかなり有益なものだ」
『なるほど……ですが、そちらの言う“情報”が本当に有益か、それが分からない事には……』
「それに、要求も大それたもので無いと言うが、内容も聞かないで判断は出来ないな」
リンディの言葉にクロノが繋げて答える。
その反応も予想の内だったが、何となく連音はあの台詞を言いたくなった。
単に、悪戯心がワクワクし出しただけなのだが。
「残念だが、君とは話していない。黙っていてくれないか、執務官殿?」
「――ッ!」


(おぉ〜、怒ってる怒ってる……こういう生真面目なタイプは弄り易いなぁ)
怒りを堪え、眉間にしわを寄せるクロノの顔に、思わず笑いが込み上げそうになるが、必死に堪える。
ここで笑ってしまったら、せっかく作ったイメージが台無しだ。

交渉とは、腹の探り合いだ。
あくまでも底を見せない。未知なる部分が自然と相手に警戒を抱かせる。
それを誘導し、行動や思考をコントロールする。
だからこそ、態々こんな大層な喋り方までしているのだ。

尤も、この相手にそれは通じなさそうではあるが。

『とりあえず、その情報がどういうものか……教えてもらえるかしら?』
「そうだな……この事件の黒幕、その正体については?」
『それなら既に調べがついているわ……プレシア・テスタロッサ。そこにいるフェイトさんのお母さんでしょう?』

「――っ」
リンディの言った、『お母さん』という言葉にフェイトの胸が痛む。
それに気が付いた連音は、これ以上余計な事を言わず、さっさと本題に踏み切った方が良いと判断した。


「それなら話は早い。そのプレシアに関する情報をこちらは握っている。
見返りは三つ。一つ目はフェイト・テスタロッサ及び、使い魔アルフの身の安全の保証――無論、拘束や逮捕も無しだ。
それと二つ目。まぁ、これは見返りというのとは違うが」
『……何かしら?』
「我々を……そちらの船に乗せてもらいたい」
『――っ!?』
余りにも予想外の話に、流石のリンディも驚きを隠せなかった。
フェイトの事を要求したのなら、次は当然、自分に関する事だと思っていたからだ。
一番在り得そうだったのは、『執務官に対する攻撃』に対する事。

執務官への攻撃は充分犯罪として扱える。
それに対して、当然言ってくるとクロノも思っていた。

だから、気が付けば口を開いていた。
「おい待て。それじゃ、君は逮捕されるというのか!?」
今度はそれに連音が怪訝な顔をした。
「何故、俺が逮捕されるんだ?そんな事をした憶えは無いが?」
「な――っ!君はさっき僕を攻撃しただろう!?執務官への攻撃……逮捕には充分な理由だ!」
連音は、少しだけ考えるフリをした。

その話はアルフから聞いた話から想像出来ていた。
「確かに…俺はお前を蹴り落としたな……それが何か?
そもそも、俺は君が執務官という役職の人間だと知らなかった……それは何故か?
それはこの世界に管理局が存在しないからだ。存在しない組織に所属する、存在しない執務官。
存在しない相手に対して攻撃した、何て事実をどう証明する気だ?
まさか、この世界に自分達の法を持ち込もう、何ていう気じゃないだろうな?」
連音はつらつらと言い切って見せた。
しかし、負けじとクロノは連音を見据えたままに言い放った。
「……確かにこの世界は管理外世界だ。君の言う事にも一理あるかも知れない。
だが、それは君がこの世界の人間である事を前提にした話だ」
「ほう、では俺はそうではないと?」
「何故なら、この世界に魔法技術は存在していない」
「だがこの世界にも、高町なのはの様にその才を持つ者もいるぞ?」

「それは知っているさ……僕の尊敬する人も、この世界の出身だからね。
だけど、僕が言っているのはそんな事じゃない。君がハッキリとした目的を持って、独自にジュエルシードを回収していた点だ。
それは君が、なのはと違って魔法と深く関わっている証拠だ。
それに……君の魔法戦闘の技術は、彼女のそれとは違って余りにも確立され過ぎている。
どうして魔法の無いこの世界にそんな人間がいる?
さっきの言葉を借りれば、君自身も存在しない人間と言えるんじゃないか?」

「なるほど……だが、そんな事は何の証明にもならない。詰めが甘いな、執務官殿?」
「さて、どうかな?君の考えている言い訳も、予想の範囲内かもしれないぞ?」
「………」
「………」
一転して、沈黙。
二人は睨み合ったまま、指一本すら動かない。

波と風の音だけが響く中、その緊張感に周囲が張り詰めていった。



『二人とも、そこまで!』

「「――ッ!」」
その空気を打ち破ったのは、リンディのたった一言だった。
『クロノ、今はそんな事を言っている場合ではないでしょう?』
「―――了解です、艦長」
クロノは渋々ながら指示に従った。

『さて……そちらの希望でもあるし、この先の交渉はアースラで行いたいのだけれど? 』
モニターのリンディが連音に提案する。

この話自体、連音にとっては望むべき展開で、断る理由はなかった。
「承知した。最後の見返りについても、そこで伝えよう」

『ではゲートを開きます。後ほど、会いましょう……忍者さん?』
「っ……」

モニターが消え、しばらくすると足元に転送用の魔法陣が展開された。
“なぁ……本当に上手く行くのかい?”
アルフの不安そうな声が頭に響く。
連音は表情を変えないままに、“さぁ?”と返した。

“ちょっと待て!なんだい、その無責任さは!!”
“そう言われてもなぁ……それは向こうの出方次第だからな”
興奮するアルフをなだめる様に、連音は続けた。
“とりあえず安心しろ。あの提督は信用しても良さそうだから”
“だけどさぁ……”
“とりあえず、この件は俺に任せろ。お前はフェイトの事だけに集中していてくれ”
“………分かった”

そして、念話が終わると同時に四人はアースラへと転送された。




「四名の転送、開始しました」
その報告を受けて、リンディは艦長席を立った。
「アレックス、例の部屋の用意をお願いね。クロノにもそっちに案内する様に伝えて」
「了解です」

リンディはそのままブリッジを後にしようとしたのだが、そこにいる二人に気が付いた。
「良かったら一緒に来る?」
「えっ?良いんですか!?」
リンディ提案になのはは驚いた。頭のツインテールがピョコンとはねる。

「でも、交渉をするんですよね……邪魔になりませんか?」
ユーノは少し考える風に言った。
「大丈夫よ。別に交渉に立ち会え、とは言ってないでしょう?」
リンディはそう言って、ニッコリと笑った。
その顔を見て、なのはとユーノはリンディの言葉の、真の意味を理解した。

「それで……どうする?」
「はい、ご一緒します!!」

なのはは大きな声で、そう答えたのだった。




目も眩むような光が消えると、そこは少し薄暗い場所だった。
背面の壁には巨大な魔法陣が描かれ、目の前には四方を金属で作られた天上の高い通路がある。
床と壁の下方には足元を照らす照明が続いていた。

「ここが、次元航行船の中か……。ふむ…“霊廟”と似た造りだが……随分と脆そうだな……」
連音は壁を拳で何度か叩いてみると、重厚な音が通路に響き渡った。

「何をしている。置いていくぞ?」
声に振り向けば、三人はかなり先にまで進んでいた。
連音は小走りに追いかけて、その背中に追いつく。
「何やってたんだい、壁なんて叩いて?」
「別に……隠し戸でもないかと思っただけさ」
「はぁ?隠し…戸?」
「気にするな」
「???」
連音の言葉に、アルフは意味が分からず首を傾げた。


しばらく進むと通路が終わり、そこにあった大きなドアがスライドして開く。
クロノに続き、フェイト、アルフ、連音がそれを潜る。
連音はチラリとフェイトの顔を見た。
交渉が始まってから、彼女は一切口を開いていない事が気になったのだ。

見ればやはり連音の予想通り、フェイトの顔色は芳しくはなかった。
限界を超えた魔力の使用。そして、封印魔法の行使。
その上、真実を知らされて、今フェイトは身も心も疲弊し、何時それが噴き出すか分からない状態だった。

今のフェイトには充分な休息と、その為の場所が必要だった。

だがその為にも、この後の展開は重要なのだ。
心の中ですぐに何とかしてやれない事を謝りつつ、連音はクロノの背を追った。

「ところで、君達は何時までバリアジャケットを着ている気だ?」
突然足を止めて、振り返ったクロノが言った。
その言葉にアルフとフェイトが連音に視線を送った。
少しだけ考え、連音は小さく頷く。
「―――っ」
フェイトの体が光に包まれ、そして漆黒のバリアジャケットが消失し、代わりに黒いワンピース姿になった。
バルディッシュもまた、金色の三角形に似た待機形態に移行し、その手に収まる。

「……?君は解かないのか?」
「生憎だが、その気はない。素顔を晒す気は無いし、ついでに言えば名を名乗る気も無い」
ハッキリ言い切った連音に、クロノは呆れたような顔をしている。
「そんなんでよく交渉なんて持ちかけるものだな……普通、相手にされないぞ?」
「だが、実際に俺はこうしてここまで来ている。普通がどうとかは関係ない。ただその事実があるだけだ」


(なるほど……これはかなりの曲者だな)
それを聞いて、クロノは少しだけ連音に対する認識を改めた。



エレベーターに乗り、階層を上っていく。
身に掛かる不可思議な感覚にむず痒さを憶えながら、やがてドアが開いた。

エレベーターを降り、通路を更に進んでいく。
やがて、クロノの足が止まると、目前のドアが開かれた。

「艦長、御連れしました」

その室内の光景に、連音は目を丸くした。

壁際に並ぶ、幾つもの盆栽。
その反対の壁際には、何故か鹿威し。

正面には外で使用する筈の茶会用の設備が用意されていた。

無機質な金属の壁と、例えるならば『適度な勘違いをした外人の和室』といった様相は余りにもミスマッチだった。

そして、そこに正座するのはモニターで見た顔と、見慣れた顔の少女と、もう一人。
「どうして、お前達がここにいるんだ、高町なのはと……お前はユーノだな?」


連音がそう言うと、二人はビックリした。
「ど、どうしてユーノ君って分かったんですか!?ずっとフェレットだったのに……」
「別に……人語を解する動物は、大抵人に変じる事が出来るものだからな。気配も同じだったし」
「ちょっと待て!!」
それを聞いて、なのはは感心したように嘆息したが、ユーノは立ち上がって抗議した。
「逆だ逆っ!僕は人間で、動物形態になれるだけだ!!」
「まぁ、それはどうでも良いとして」
「そうだな」
連音のスルーを、更にクロノがスルーする。
「ちょっ、何でいきなり仲良いんだよ!!さっきまで険悪だっただろう!?」
ユーノの突っ込みに、二人は顔を見合わせる。
「「別にそんな事はないが?」」
「息ぴったりだし!」

一連のやり取りをモニターしていたエイミィの腹筋は、多大なダメージを受けた。


「それで、どうしてここにいるんだ……高町なのは?」
連音の目がスッと細まる。射抜かれるような感覚に、なのはは少したじろいだ。
それを庇うようにリンディが言った。
「彼女には監視としてフェイトさん達に付いてもらいます。拘束も逮捕も無しなのだから、それぐらいは良いでしょう?」
「……そうだな、それならついでに一室、御用意願えないだろうか?
先刻の戦闘もあって、うちの連れの体力も限界なので休ませたのだが?」

リンディの言葉の意味を悟り、連音もそう尋ねると、やはり、彼女は快く承諾した。
「それじゃ、なのはさん、ユーノ君、お二人を案内してくれるかしら?」
「あ、はい。でも、何処に……?」
「なのはさん達の部屋の隣、空いていたでしょう?そこが良いわ。監視するにも都合が良いですし」

「それじゃ、こっち。付いて来て」
なのは達に先導されて、フェイト達は部屋から出て行く。
その直前、フェイトの念話が届いた。
“あの、大丈夫ですか?”
“こっちは心配要らないから、今は休んでおけ。否が応でも……きつい戦いをする事になる…”
“……はい”
きつい戦い。その言葉に自分がしなくてはいけない事に気が付き、念話を切る。
なのは達が退室し、三人になった所でリンディの顔つきが変わった。

「さて、先にあなたの事情を聞かせてもらえるかしら?
どういった経緯で、あなたがジュエルシードを集める事になったのか……出来れば詳しく」
「―――俺がジュエルシードを集めるのは、ある方に与えられた使命だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「その“ある方”というのは?」
「答える事はできない」
「――ジュエルシードの事を、どうやって知ったのかしら?」
「元々、ジュエルシードの事を知っていた訳ではない。
ただ、俺達の世界に災いを呼ぶ何かが現れた、と知っていただけだ」

連音の答えにリンディは困惑した。
“ある方”と呼ばれる人物の命令を受けているという点から、連音が何らかの組織に属しているというのは間違いない。

しかもその“ある方”は、ジュエルシードが危険な存在である事を見抜いていた。
ロストロギアは使用法を含め、その殆どが謎に包まれている。
それにも拘らず、管理外世界にありながらもジュエルシードの危険性を察知し、回収を命じた。

有する魔法技術、組織としての体系、そして、ロストロギアに関する危険性の認知。

それらを考慮すると、クロノの言うように、彼がなのはの世界の人間であるという話が、かなり胡散臭いものに聞こえた。

(でも、可能性はあるのよね……もう一つ。そうすると、矛盾は無くなる……)


その辺りをハッキリさせようと、リンディはストレートに尋ねた。
「あなたは……本当にあの世界の人なの?」
「生まれも育ちもあの世界だ。ちゃんと“存在”している」
「では、あなた以外の人……ご両親や、それよりももっと前は……?」
「―――何が言いたいんだ?」
「あなたは、何処かの魔法技術のある世界から移民した……その末裔ね?」
「………」
連音はリンディの言葉に答えなかった。
それは、リンディの言葉を肯定する事になる。

「管理外世界への勝手な移民……それも、管理局の定めた法律で禁止されている事だ。
しかも、魔法技術を有したままなんて莫迦な事を……元の世界に強制送還されるぞ?」
クロノは呆れたように首を振る。
しかし、連音はそれこそ莫迦な事を言うものだと、嘆息した。

「出来るならやってみるが良いさ。我らの世界は遥か昔に滅んでいるし、この世界に来たのも今から千年以上も昔……。
その管理局の法とやらは、それでも適応されるのかな?」
覆面の下で連音はニヤリと笑い、クロノは苦い顔をした。
リンディは少し考えるそぶりを見せる。
「次元世界の平定が140年前、管理局の設立が65年前……とてもじゃないけど手は出せないわね」
そう言って肩を竦めた。
元より、リンディにはそんな事をする気も無かったのだが、それでもハッキリさせる事に意味があった。
法が出来る前の事が罪になるのなら、裁かなければならない事柄はそれこそ星の数だ。

「さて、話が逸れてしまったわね。あなたが知るプレシアに関する事……話してくれるかしら?」
「そうだな……では、手短に行こう。俺が知るのは…………全てだ」
「っ!?全て……?」
「事の起こり……プレシアの過去と、ジュエルシードを集める目的……その全てだ」
連音の言葉にリンディとクロノは驚き、目を見開いた。
自分達は、未だにプレシアの存在を掴んだばかりなのに、彼は既に真相に辿り着いている。
その事実は二人を驚嘆させるには充分過ぎた。

「本当なの…?」
つい、リンディはそう聞いてしまう。
「本当だ。それにもう一つ、掴んでいる事がある」
「っ!?それは……?」

「プレシアの居城――時の庭園の場所だ」







薄暗い闇の中。
玉座に座し、プレシアの周りに奪った物と合わせて八つ、ジュエルシードが浮いていた。
「やってくれるわね……あの状況から二つも奪うなんて……忌々しい鼠だわ」

しかも、あの後の動きを見る限り、恐らくはフェイトに何かを吹き込んでいるだろう事は容易に想像できた。

そして時空管理局も、いずれはここを嗅ぎ付けるだろう。

「―――ッ」
酷い渇きを覚え、プレシアは台座に置かれた水差しからグラスに水を注ぎ、一気に傾ける。
口から溢れて零れるが、それに構わず二杯、三杯と水が喉を滑っていく。

しかし、それでもプレシアの渇きは癒えず、最後にはグラスを投げ捨てて水差しから直接水を飲んだ。

入りきらず、零れる水が服を濡らしていった。

渇きは、やはり癒えない。
口元を拭い、プレシアは尚も襲い来る衝動に喉を押さえ、狂気に似た笑みを浮かべる。

解ってるのだ。自分が何を欲しているのか、本能的に。
病の苦しさが消えた代わりに幾度となく襲う、それの意味する所を。

だが、それももうすぐだ。
もうすぐ解放される。

もうすぐ、獲物はやって来る。


その時こそ、真に全ての始まりになるのだ。


「フフ……ハハ………ハハハハハハハハハハハハハハハハ……!!!」


魔女の狂気が闇に木霊した。







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