竜魔衆。
何時のころからかこの世に生まれ、常人を超えた身体能力と人ならざる力を操り、
この世に災いをもたらすものと戦う事を使命としてきた忍の一族。
先を見通すという『刻見』の力を宿す朱鷺姫を頂き、辰守家を筆頭に構成されるが、
この世に於いてはその名は歴史の闇の中にあった。


そして朱鷺姫の予言より、一週間の後。
闇より現れた竜魔の名が闘いの地――海鳴市に降り立つ。



   魔法少女リリカルなのは シャドウダンサー

      第二話  闘いの地?海鳴市へ



新幹線に三時間。
そこから乗り継いで更に一時間。 駅に行くまでの時間を含めれば里を出てから既に六時間が経過していた。
ちなみに残りの二時間に関してはそこまで遠かった訳ではなく、
ただ連音自身が駅で迷子になったり、乗るはずだった新幹線に乗り損なってしまったりと 色々あったのだ。
更に言えば、乗り継ぎの一時間もこの乗り損ねのせいである。
急いで取ったチケットで無事に到着したものの、その停車駅は見事なまでに海鳴から遠か ったのだ。

その結果、海鳴市への到着予定時間は軽くオーバーしてしまった。
「っと…まだ待っていてくれてるのかな……?」
背負った――と言うよりも背負われているようだが――バッグを地面に下ろし駅前のロー タリーを見回すが、それらしい人物は見えない。
宗玄の話では今日、この町に住む遠縁の者に滞在中の事を頼んだのだ。
滞在中、世話になるだけでもすまないのに、その上この大遅刻。
気まずい事この上ない。
「はぁ…初めての任務が遅刻からなんて……最悪だぁ〜。
俺を選んでくれた朱鷺姫様に申し訳ないよ……」
座り込んでしまった連音は沈みそうになる心をどうにかしようと、無意識に空を見上げて いた。
見事な青空だった。連音の心とは全く逆に。


一週間前、朱鷺姫の命を受けてすぐにでも発とうとした連音を朱鷺姫は制した。
災いの力がその真なる力の一端を示すまで時間がある、
故にその間に少しでも琥光を使いこなせるようにしておくように、と。

災厄を知る朱鷺姫にはすぐにでもそれを止めたいと願っている事は連音にも分かっていた。
それなのにその思いを抑えて彼女は連音に時間を与えたのだ。
滅びを止められるように。
そして何より、連音が生きて戻れるように。


「……ん?」
不意に連音の顔に影が差した。
逆光で顔が良く見えないがエプロンドレス――いわゆるメイド服を着た若い女性だ。
「こちらにおいででしたか、連音様」
「え…ぁあ!」
その声を聞いて連音はその女性こそ自分を迎えに来た人物だと分かった。
慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「ごめんなさい!せっかく迎えに来てくれたのに遅刻してしまって…」
いきなり頭を下げられて、女性は最初ビックリしていたが、やがてクスッと笑った。
その笑顔を見せられれば、誰もが心を奪われてしまうだろうと思う程に美しい笑顔。
だが、頭を下げていたせいで連音は女神の微笑を見ることはなかった。
「いえ、大丈夫ですから……それより、荷物はこれだけですか?」
「え、えぇ。必要な物はこっちでそろえますから。荷物は着替えぐらいしか……」
「そうですか、では」
と言って彼女は荷物に手を掛けた。
「あ!すいません、大丈夫です、持ちますから!!」
遅刻して、その上荷物まで持たせるなんて事を連音には出来るはずがなかった。
だが、そんな彼を制して女性は言う。
「連音様は大事なお客様ですから」
「う……」
それ以上何も言えなかった。
連音はどうにも年上の女性というものが苦手だった。
物心付いたばかりの頃、親戚の少女に散々おもちゃにされた事が軽いトラウマになってい た。
普通に話す事にさほどの問題は無いが、近付いたり、触ったりするとえらいことになるの だ。
なので、彼女の言葉にあっさり引き下がらされた。

小さい彼にとって大きい荷物でも大人の彼女にとってはそれ程の苦労もなく、簡単に駐車 場まで運んでいく。
その後を連音はやっぱり気まずそうに付いて行く。
駐車スペースに停められていたのは大型の4WD車。
その後部ドアを開けて荷物を入れる。
その様子を見ていた連音は完全に油断していた。
背後に迫る気配に気が付かなかったのだ。
「――うりゃ!!」
「うわぁああ!!?」
背中から伸びる細い腕は一瞬にして連音を捕らえ、完璧にホールドしていた。
パニックを起こし暴れる連音の頭に顎が乗せられる。
「フフ〜ン、この抱き心地…ひっさしぶりだわぁ〜♪」
「っっ!?」
その声に戦慄した。何故ならこの声の人物こそがトラウマを作った張本人なのだから。
「な…何でこんな所にいるんだよ、忍姉ぇ!!」
連音は背後の人物――月村忍に叫んでいた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ん、ただいまノエル」
と、連音を抱きしめたままメイド服の女性――ノエル・k・エーアリヒカイトに返す。
「俺の質問にこたえろぉ!そしてこの手を離せぇー!!」
「ん?あぁ、それは今日来るって言うから時間作って待ってたのよ。
それなのに大遅刻するなんて!で、この手は離しません!!」
「それは悪かったけど、そんな断言すんなぁ!!」
暴れるたびに忍の体と連音の頭が擦れ合う。
身長差のせいで上から抱えるような形になっているので連音の頭にはずっと忍の柔らかな ものがぶつかっていた。
(あ…頭が……くらクラスル……モウダメ)
他の男から見ればそれは何とも羨ましい光景だろう。
忍は明らかな美人で、スタイルも良い。そんな女性に抱きしめられるなんて事をされてい るのだから。
が、されている側にとっては地獄以外の何ものでもなかった。
「お嬢様…」
「ん、どうしたの?」
「気絶していますが…」
「あ…」
ぐったりとする連音の顔は茹蛸のように真っ赤だった。
「キュゥ〜〜〜〜………」


「うぅ〜……」
「ちょっと大丈夫〜?」
「大丈夫に見えるなら…眼科行ったほうが良い……」
連音はノエルの運転する車の後部座席に体を横たえて唸っている。
忍は助手席に座り、流石にやり過ぎたと苦笑いして後部座席を覗き込んでいた。
「と、ところで連音は何で海鳴に来たの?観光って訳じゃないでしょ?」
「……じいちゃんから聞いてないの?」
「う〜ん、どれぐらいになるか分からないけど連音を頼む、って言われただけだし」
「……“御務め”だよ」
その言葉に忍の表情が変わる。
「御務めって……竜魔衆の!?この町で何かが起きるって事?」
「正確にはもう起きてる、らしいけど……」
「で、どうして連音なの?束音に何かあったの!?」
「……別に何も無いよ。ただ、この御務めを授かったのが俺ってだけだよ……」
「……そう………」
その後、忍も連音も口を開くことはなかった。


車は走り続けて、やがて月村邸に到着した。
海鳴市郊外に建つ大きな洋館、それが月村低だ。広大な敷地には迷ったら出られないので はないかと思わせるような森までがある。
「それでは荷物の方を御部屋に御運びいたします」
「すいません、お世話になります」
どうにか体調が戻り、荷物を運ぼうとしたらまたしてもノエルに阻まれた。
仕方なく彼女にそれを任せて、連音はある事を思い出していた。
それは里を発つ時のこと―――



「それでは行ってまいります」
「うむ。立派に務めを果たしてくるのだぞ?
仮にも朱鷺姫様直々に授けられた使命なのだからな」
「はい!」
「気を付けろよ。無事に…とは言わないが何があっても帰って来い」
「ありがとう、兄さん…」
祖父の言葉に気持ちを新たに。兄の優しい言葉に心が暖かくなる。
二人の見送りを背に受けて、連音は里を後にした。

山道をある程度進んだ所で連音の前に現れた人物があった。
「っ!?永久様!?」
「少し時間をいいか?」
「…はい」
腰まである白い髪に赤い瞳の女性――永久に導かれるように森の奥へ進んでいく。
永久は滅多に里の外に出る事は無い。その彼女が姿を現したのだ、余程のことなのだろう と連音は思う。
やがて開けた場所に出た。
目の前には轟々と流れる川。その川原で二人は向き合う。
「ここで良いだろう」
「一体何事ですか?」
「お前に朱鷺姫様のお言葉を伝える――」
「朱鷺姫様の!?」
驚く連音をよそに永久は言伝をそのままに伝える。



『若き竜魔の忍、辰守連音よ。
あなたも他の竜魔衆もこの決定に疑問を持っているでしょう。
ですがこの務め、あなた以上に相応しい人物はいないと確信しています。
確かに災いの力を封印するだけなら束音や他の忍が相応しいのでしょう。
ですが、その裏にうごめく闇に立ち向かう為には力だけではならないのです。
この先、かの地においてあなたには多くの出会いがあるでしょう。
生まれるその絆をどうか大切に。
それこそがきっと闇を照らす光となります。
そして、竜魔の使命に悩む時には己の心のままに。
たとえそれが使命に反していても、自分の心を大事に――』



「………それが…朱鷺姫様の…?」
「そうだ、これが姫様の言葉…確かに伝えたぞ?」
そう言い残して永久の姿が揺らぎ、消えた。
連音は伝えられた言葉の意味を考えた。
未熟な自分こそ相応しいと言う。
自身の痕跡を残すなど、忍として在り得ない事なのに絆を大切にしろと言う。
そして、使命に反する事でも己の心のままにと言う。
うごめく闇とは何なのか?
朱鷺姫が何を見、何を感じたのか、連音には分からなかった。



「……そのせいで遅刻することになったんだよなぁ〜」
「それでどうするの?部屋で休む?」
忍が声を掛けてきたので現実に戻る。
「いや、このまま町を見て回ってくるよ」
「そう?じゃ、ノエルに送らせるわ」
「大丈夫、ここまでずっと座りっぱなしだったし体が鈍んないように走っていくよ」
走るといってもここから町までは行けなくはないがかなりの距離がある。
が、忍も
「それじゃ、向こうですずかに会ったら早めに帰るように言っといてね?」
と軽く返した。
「ん?すずかいないの?」
「今日は友達のお父さんがコーチをしてるサッカーチームが試合をしてるって見に行った わよ。
多分、もう終わって翠屋かしら?」
「翠屋?分かった、行ってみるよ」
連音はそれだけ言って駆け出した。一歩踏み出すたびにぐんぐん世界が流れていく。
あっという間に連音の姿は見えなくなっていた。
「あ!ちょっと待っ……あ〜あ、行っちゃった…あの子、場所知んないでしょうが…」


庭を吹き抜ける風は何となく寒かった。




















という事で第二話です。
なんか、忍さんのキャラが合ってるか不安です。
そして、未だに出てこないヒロイン(笑)ですが、次回はいよいよ登場です!!
やっとタイトルに偽りがなくなる……かな?
海鳴に降り立った新米忍者、連音君は果たしてどんな活躍をしてくれるのか?
頑張りますので温かく見守ってやって下さい。





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