魔女の箱庭に鮮血が散る。
プレシアの最後の一撃が連音を貫き、その命を奪わんとする。
次元の海に過去は繰り返した。



   魔法少女リリカルなのは シャドウダンサー

       第十六話  竜魔、堕ちる刻



プレシアには三つの誤算があった。

一つは連音を騎士と思った事。
騎士や魔導師は普通デバイスを二つ以上は持たない。
特に騎士は二つの武器を持つ事を良しとしない風合いが強い。
だから、連音が全く違う性質の武器を取り出す事を予想できなかった。

二つ目は自身の衰え。
未だ強大な魔力と魔法を有していても、全盛期に比べれば差は歴然だった。

そして三つ目。
プレシアは勘違いをしていた。
総合的に上回っている相手に対し、突出した一点が制する。
そんな事など在り得ない。そう思っていた。
だが、連音は魔力で下回りながら、しかしプレシアを追い詰めて見せた。

連音がただ一点、“あらゆる手を以って敵を倒す”事に於いてプレシアを大きく上回っていたからだ。

絶対的な魔力の差など関係ない。
元より竜魔は人外の存在とも戦ってきた一族なのだから。
人を超えた力を持つものと戦う術を伝えられ、自身も人を超えた力を持つ。

強い魔法を使える、魔力が強い、それだけの只人であるプレシアが敵う道理など無かった。



連音が刃を振り上げた時、プレシアは初めて自分の死を直感した。
フェイトを生み出した時、使った薬品によってその身は今や死の淵にあった。
だから、死そのものは今更だった。

だが、誰かによって訪れる強制の死。そんなものを想像してはいなかった。
まだ、願いに届いていないのに。
アリシアを生き返らせる、その願いを叶えていないのに。

死ぬ訳には行かない。
殺される訳には行かない。

ズキン、ズキンと痛む中、必死に考える。
この状況を、目前の死神を屠る術を。

その時、連音の動きがまるで張り付いたように止まった。

それが何なのか、プレシアには分からなかった。
何かの罠?この状況で?

だが、体は思うよりもずっと早く反応していた。

それはきっと本能。プレシアの生への執着。

体が、肩が痛み、杖を持つ事も苦しい筈なのに、今まで出した事の無い程の力が篭る。
両手でしっかりと握り締め、気が付いた時には突き出していた。
固い何かの抵抗。それでも力が緩まる事はない。

やがてプレシアの体が連音にぶつかると同時に抵抗が消えた。

プレシアの顔や体に温かいものが降り注ぐ。
杖を伝い、ヌルヌルとした物が手に纏わり付いていく。

そして気が付いた。余りに明確で、当たり前の事に。
自分が人を刺し貫いたのだと。



「ゴホッ…!」
喉にこみ上げる不快な塊を連音が吐き出す。
それは、かつて一度味わった感触。
自身の死の記憶が否応無く引き出されていく。

「っく…ぁあああああああああああああ!!!!」
血反吐を撒き散らしながら連音は咆哮し、プレシアを全力で蹴り飛ばす。
悲鳴を上げる事もなく、プレシアの体が吹き飛び、転がっていく。
同時に、強く握られていた杖も抜かれ、開いた穴から血が吹き出す。

「っガハ…ゴホ……ッ!」
『ツラネッ!!』
胸を押さえ、崩れ落ちる連音にアリシアが駆け寄った。
純白の装束が見る間に真っ赤に染まっていく。
『ツラネ!ツラネ!!大丈夫!?しっかりして!!あぁ…アタシ……!!』
息も荒く、血溜まりに倒れる連音の姿に、アリシアがボロボロと涙を零す。

自分が叫んだから。だから連音が――死ぬ。
自分のせいで。自分がいたから。

必死に背中を押さえるが、無情にもその手をすり抜けて血が流れていく。
『あ…あぁっ……ダメ!止まって!!』



「…………ょうぶだ……」
『え……?』
「大…丈夫……だ……心配……するな……」
『っ!ツラネ!良かった……!』
アリシアに支えられ、連音は体を起こす。
「出血は…大きいのは止めた……。急所も…幸い外れている……大丈夫だ」
口では大丈夫と言いながらも顔は青ざめ、息は弱々しい。

夜の一族の特長。常人を超えた再生能力。
辰守の血と混じり生まれた、死者すら蘇らせる力を持つ血が、連音の傷を内側から塞いでいく。

とりあえず失血死だけは避けられそうだ。
だが、それでも流れ出た血は多く、まともに戦う力は無いに等しかった。
そしてそれはプレシアも同じ筈だった。

「プレシアは…?」
『向こうで倒れたまま……。あの黒いのも消えてる…』
プレシアはまるで糸の切れた人形のように、床に崩れ落ちたままだった。
その体からは陰気だけでなく、生命力を現す氣そのものも弱まっている。

『お母さん……実験で使った薬のせいで、もう永くないの……それなのに……無理して……』
「……そうか、それがアルハザードに拘った理由か……」
プレシア的には失敗に終わったとはいえ、一つの結果を生み出したのだ。
このまま実験を続けていれば、いずれは望む成果に届いていたかもしれない。
その彼女が御伽噺に縋ったのは、自分に残された時間が無い事を知っていたからだった。


だが、それも全て終わった事。
彼女は鍛え上げられた戦士ではない。あくまでも魔導師であり、研究者なのだ。

肩を裂かれ、肋骨を折られ、連音の蹴りを喰らい、先程の一撃が最後の力。
もう、指一本も動かす事も出来ない――筈だった。


「――っ!?」
『何…?お母さん…!?』
意識を失い、消えていた筈のプレシアの陰気が再びその体から吹き出し始めた。
それだけではない。弱まっていた筈の氣が、徐々に強まっていた。



プレシアの意識は泥沼の底にあった。
傷があれ程痛んでいたのに、今は全く何も感じない。
先程で力を出し尽くし、指先すらも重くて動かす事ができない。
元より死の淵にある体。衰えた魔力と錆び付いた魔法。
未来の見えない自分と、未知なる世界に生きる力に満ちた子供。

(ダメ……体が動かない………)

我が子の全てを取り戻す、その願いを阻んだ存在が同じ子供。
どこまでも世界は自分を嘲り笑うのか。

(ここまで……だというの………?)

認められない。
認められる訳が無い。
この手を血に染めて尚、自分は生きなければならない。

(誰でも良い……力が欲しい………)

欲しい。世界から、神からアリシアを取り戻す為の、力と時間が。

(………っ!!?)

その時、異変が起きた。
まるで体の奥底からマグマが上って来るかのように。
それと同時に全身が燃えるように熱くなっていった。



「………っく……ゴホッ!」
咳き込みながら、横たえた体がゆっくりと動き出す。
連音の血で真っ赤に染まった体。それはまるで黄泉から登ってきた幽鬼であった。

(一体何が…?……ッ!!)
プレシアを注視していた連音の目に飛び込んできたもの。
それは自分の血だった。
吐き出された血、傷口から伝った血はプレシアの上半身を染め上げている。


連音の負わせた、肩と腕の傷口にも。


(ま、まさか……!?)

時間を掛けて、ゆらりと立ち上がるプレシア。
その手がゆっくりと髪を掻き上げていく。
「ふうぅうううう…………」
大きく息を吐き出し、天を仰ぐ。

その顔は紅潮し、熱に浮かされたようであった。
ふわふわとした夢のような感覚がプレシアの思考を溶かしていく。
が、その中にあってもプレシアは考えた。

その感覚に身を委ねればどれ程心地良いか。
しかしプレシアの研究者としての顔がそれを許さなかった。

視線が下がり、肩に落ちる。魔獣の爪に抉られた傷が、既に血が固まって瘡蓋となっていた。
現実感の無い視界に連音が映る。
刺し貫いた筈の胸。服を真っ赤に染めてはいるが、もう血がほとんど止まっている様に見えた。

そしてそれは自分にも言えることだった。

(あれはそんな簡単に止まる傷じゃないし、そんなに万能な回復魔法も無い……。
唯一……回復系の希少技能以外には……)

自然、口元が歪んでいく。
思い出したのだ。
かつて聞いた事のある一つの希少技能の存在を。

絶対再生能力。

血中に宿るその力は、瞬く間に傷を修復してしまうという伝説級の技能。
治癒ではなく、再生。身体を遺伝子上の在るべき姿に戻す力。

勿論、連音にそれがあるとは限らない。
だが可能性はある。
自分自身がその証拠のなのだから。


『何…?どうして……!?』
アリシアは何が起きたのか分からずうろたえていた。
倒れた筈の母が起き上がり、異様な雰囲気を醸し出しているのだから仕方ない事だ。
「……離れてろ」
『っ!ツラネ!?』

連音の言葉に振り返ったアリシアが驚く。ふらつきながらも、連音が立ち上がっていたからだ。
ただ立っただけなのに、目の前が白んで倒れそうになってしまう。

どうにか踏ん張ったが、そんな状態でも連音の視界からプレシアは外れない。
互いを見据えながら、しかし立場は完全に逆転していた。


連音はプレシアの復活の訳に気が付いていた。
夜の一族の血は、それを与えた者に同じような力を与える事が出来る。

辰守の血は薄まっているが、連音の血は違う。
自分の血と母の血。それによって再び濃くなっているのだ。

しかし、あれだけのダメージを受けた者が、たったあれだけの血でこれほどの再生を行える訳が分からない。
もしかしたら、何かしらの変異が起きているのかもしれない。

しかし、それを考えている時間は無い。

連音は獣爪刃を構える。
「そんな状態でまだ戦うつもりなのかしら…?」
「ハァ……ハァ………行くぞ…ッ!」
連音は力を振り絞り、一気に駆け出す。
“瞬刹”
琥光の声と共に一瞬でプレシアの懐に飛び込み、突き出す。
狙うは一撃必殺。全てをこの攻撃に懸ける。
プレシアのバリアがやはり阻む。しかし、獣爪刃はそれを再び切り裂いた。
「これでっ…!」
がら空きのプレシアの体目掛けて魔獣の爪が唸った。
「終わりだっ…!!」


バキィィィィィィィン――!!


「――っ!?」
連音の瞳に映る、宙に踊る鉄刃の欠片。

甲高い音を立てて砕け散る獣爪刃。
その向こうでは変じて紫の刃を持つ、一本の細剣となった杖を振り上げるプレシアの姿。

「ヴォルト・フルーレ……!」
「――クッ!!」
手首を返し、刃が振り下ろされる。紫の光が弧を描く。
とっさに身を捻り、獣爪刃を盾にする。

バキィィィィィン!!

一瞬の抵抗を置いて、砕け散る刃。
驚愕する連音の心に一瞬の隙が生まれる。

その一瞬、細いワイヤーのような物が連音の四肢を縛り上げていた。
「ストリングス・バインド……!」
プレシアの指から生み出された、魔力の糸。
それはフェイトを吊し上げていたものであった。

「っ!この…っ!!」
それを解除しようと魔力を込めようとした瞬間、連音の肩を魔力刃が貫く。
刃はそのまま伸びて、連音を勢いよく壁に叩きつけた。
「ガハッ…!!」
苦悶の声と血が吐き出される。
刃がそのまま連音を壁に磔にし、倒れる事すら許さない。

更にプレシアは空いた指をパチンと鳴らす。
すると空中に異様に細い、何本もの魔力の槍が生まれた。
「サンダー・ニードル」
ひょいと手を振るうと、一斉に槍が発射され、次々に連音を貫いていく。
「ッ…!!がぁあっ…!!」
手を、足を、腕を、腿を、腹をまるで標本にされた昆虫のように貫かれ、激痛が走る。
それを見ながら、プレシアは狂気を湛えた笑みを浮かべる。
「殺しはしないわ…今はまだ……」
愉悦。歓喜。複雑に混ざり合った感情を隠す事も無く、プレシアは悠然と歩く。
「その体の秘密……もしかすればアルハザードの秘術にも匹敵するかも知れない……。
光栄に思いなさい。このプレシア・テスタロッサの実験対象になれる事を」

「っぐ…ぅうぁ!!」
必死に槍を抜こうともがく。しかし槍は深く突き刺さっており、びくともしない。
逃げる事も、戦う事もできない。
それでもまだ、諦める事はできない。

竜魔に敗北は無い。
死すらも敗北ではない。後に使命を負う者がいるのだ。
だが、この状況は違う。

後に伝える事もできず、命を蹂躙される。これではただの無駄死にだ。

それに連音はまだここで死ぬ事などできなかった。
(こんな所で……あいつらと同じ事を言う奴に………!!)
かつて連音を狙ったテロリスト達。
彼らもまた今のプレシアのように連音の力を狙った。
(こんな奴に……!!)
自らの勝手な理由の為に、多くのものを簡単に傷つけ、奪う。
(母さんの命に……触れさせるものか……!!)
そんな連中を消し去る為に、その為にここにいるのだから。

『ツラネ!』
「…ッ!アリシア…!?」
気がつけばアリシアが駆け寄り、刺さった槍を抜こうとしていた。
だが、その手は槍を掴もうとすると、すり抜けてしまう。
霊体であるアリシアには連音以外触れる事が出来なかった。
「無駄だ、いいから離れろ…!」
『イヤッ!!アタシのせいだもん……絶対にイヤ!!』
髪を振り乱し、必死に掴もうとするがやはり掴めない。

それでも何とかしようと必死になるアリシア。
そして、ハッとして顔を上げた。
『ツラネ…、ジュエルシード!!』
「何…?」
『いいから、ジュエルシードを貸して!!』
「何をする気だ…!?」
『早くして!!』
必死に叫ぶアリシア。だがジュエルシードが危険な物である以上、それを渡す事はできない。

“排出”
「琥光…!?」
連音の意思に反して、琥光は勝手にジュエルシードを一つ排出した。

“現状 ジュエルシード保有理由皆無”
「っ………だが…!」
確かにこのままジュエルシードを持っていても、結局はプレシアに奪われるだけだ。
しかしジュエルシードを使うという事になれば、何が起きるか分からない。
アリシアがどうなるか、それを考えると――。
『ありがとう、琥光!』
排出されたジュエルシードをアリシアが拾い上げる。

「待て――!」
「――何?ジュエルシード…?もしかして取引のつもりかしら…?」
プレシアは目前に浮かぶジュエルシードを見て口元を歪める。

それを持っているアリシアの存在に彼女は気が付かないでいた。
両手で包み込むように持ち、まるで祈るようにしている。

「そういえば、二つばかり持っているんだったわね……忘れていたわ」
プレシアがアリシアの持つジュエルシードにゆっくりと手を伸ばした。


――ごめんね、お母さん――


「「――ッ!!?」」
プレシアの手が触れそうになった瞬間、ジュエルシードは凄まじいまでの魔力を解放した。
溢れ出る青い光が吹き抜けの彼方の闇すらも消し飛ばす。

「グッ………アァアアアッ!!」
全てが光に染まり、吹き荒れる嵐の如き魔力がプレシアを弾き飛ばし、連音を縛る鎖を消し去る。

不思議な事に、それだけの力の中で、連音はプレシアのように弾かれる事も無かった。
「一体何を…!?」
『ジュエルシードは願いを叶える。だから願ったの……“ツラネをどうか助けてください”って………』
「アリシア…っ!待て、その体…!」
ジュエルシードの光の中、アリシアの姿が薄まっていく。
『大丈夫……それよりも早く逃げて……!長くは持たないみたい………』
「アリシアッ…!!」
近寄ろうとするが、それを阻むようにオーロラ上の壁が出現した。
足元には次元転移用の魔法陣が力強く輝いている。

『お願い……絶対に死なないで。………できたら、あの子を……』
「……?」
『フェイトを……守ってあげて……?あの子、すごく寂しがり屋だから……』
「アリシアッ……!」
光が全てを染め上げていく中、美しく微笑むアリシア。

それが連音の見た最後の姿だった。



「逃げられたか……まぁ良いわ。サンプルならここにあるのでも十分だろうし」
ジュエルシードの光が静まったフロア。残る血溜りから血液を採取し、容器に密閉する。
そして力を失くし、落ちたジュエルシードを拾い上げる。
「それにしても、さっきのは何だったの……?あれ程の力が単独で発動するなんて……」
プレシアはそれをデバイスの中にしまい、踵を返した。
「今はこれの解析が先ね……フフ………」
今の体の状態に、自然と笑いがこみ上げる。
あれ程苦しかった息が今はすごく楽だ。
体もとても軽い。

魔力も溢れるようだ。

まるで失った若い頃を取り戻したようで、嬉しかった。
「後は……アリシア……あなただけ……あなたさえいれば………」

そしてプレシアの姿が闇に消えていった。





夕焼けに染まる中、一台のバスが住宅街で停まった。
ドアが開き、制服に身を包んだなのはが降りてきた。
「あ…」
感じた気配に向けば、電柱の影に一匹のフェレットがいた。
その首には赤い宝石――レイジングハートが下げられていた。
フェレット――ユーノからレイジングハートを受け取る。

「レイジングハート…直ったんだね…?良かった…!」
“Condition Green”
レイジングハートが応える。
「また……一緒に頑張ってくれる?」
複雑な思いを隠せず、レイジングハートに問いかける。

自分のミスで大事なパートナーを傷つけてしまった。
もし見放されても、仕方ない。そう思った。

“All right……My Master”

はっきりと応えるレイジングハート。

「………ありがとう」
なのはは静かにレイジングハートを首に下げた。

力を貸してくれるだけじゃない。
まだ、こんな自分をマスターと呼んでくれる。

ユーノと共に一緒にいてくれる。

一人ではないと、教えてくれる。

(………だから、ありがとう)


そして、なのははジュエルシード探しに町へと繰り出した。


それから一時間半が過ぎた頃、海鳴公園から発せられた閃光が空を貫いた。

その気配になのは、そして別の場所にいたフェイトも気が付いた。
公園に近い位置にいた事もあり、なのは達が先に辿り着く。

ユーノが結界魔法を展開すると同時に、なのはもバリアジャケットを身に纏う。
ジュエルシードは一本の木と融合し、RPGのモンスターさながらの姿となっていた。
その巨大な姿に身じろぎもせず、なのははレイジングハートを構える。
その時、彼方から金色の魔力弾が放たれた。
しかし、モンスターはシールドを展開し、防御して見せる。
迸る閃光。しかし魔力弾はやがて消滅した。

その先にはモニュメントの上に立ち、バルディッシュを構えるフェイト。
その下にはアルフが到着していた。

「うぉお…!生意気にバリアまで張るのかい…!」
「うん…、今までのより強いね……それに」
ちらりと右前を見やる。
「あの子もいる……」
フェイトの攻撃に振り返ったなのはと、視線が重なる。
「でもあの覆面の……確か“ツラネ”とか呼ばれてたっけ?アイツがいないね……」
「――隠れているのかも。警戒は怠らないで」

「グォオオオアアアアア!!!」

モンスターが雄叫びを上げ、地面を巨大な根が蹂躙し、なのは達に向けて侵攻を開始する。
「ユーノ君、逃げて!!」
なのははユーノに叫び、自身もフライアーフィンで上空に退避する。
少し遅れて、なのはのいた場所が叩き潰された。
「飛んで、レイジングハート!もっと高くっ!!」
“All Right”
なのはの言葉を受けてフライアーフィンが更に力強く羽ばたく。

フェイトもバルディッシュを構え直す。
「アークセイバー…!行くよ、バルディッシュ!」
“Arc Saver”
先端が駆動し、金色の魔力刃が生み出される。
そして上空では、レイジングハートがシューティングモードを起動させた。
「行くよ、レイジングハート!!」
環状の魔法陣が生まれ、光が収束していく。

「フッ!」
フェイトの放ったアークセイバーが巨大な根を切り裂き、本体に迫る。
しかしバリアが張られ、その攻撃は留められる。
だが、その一撃でバリアが僅かに弱体化する。
「撃ち抜いて…!ディバイン――」
“――Buster”
上空からなのはの砲撃が叩き込まれる。
これもバリアに阻まれるが、その上から魔力量に任せて押し潰して行く。

そしてフェイトも次の攻撃を構えていた。足元と眼前に展開する魔法陣。
「撃ち抜け、轟雷!」
“Thunder Smasher”
放たれたのはなのはと同じ砲撃魔法。
スパークを撒き散らし、バリアごと押し潰して行く。

「グゥウ………ォオオオオオオオオオ!!!!!」

二人の砲撃を受けて、ついにバリアが貫かれた。
直撃する砲撃がモンスターを吹き飛ばし、そしてモンスターの中から浮かび上がる蒼い宝石。

“Sealing Mode,Set up”
“Sealing Form,Set up”
「ジュエルシード、シリアルZ!」
「封印…!」

眩い封印の閃光が世界を染め上げた。



時間は少しだけ戻り、その様子を次元の海で見ている者たちがあった。
「現地では既に二者による戦闘が開始されている模様です。三人目の姿は確認されません」
「中心となっているロストロギアのクラスはA+。
動作不安定ですが、無差別攻撃の特性を見せています」
オペレーターの言葉を受け、翡翠の髪の女性――リンディ・ハラオウンが決断する。

「次元干渉型の禁忌物品……回収を急がないといけないわね。
クロノ・ハラオウン執務官……出られる?」
リンディがモニターを見ていた少年に声を掛ける。
黒いコートの少年――クロノ・ハラオウンは艦長であり、母であるリンディに向いて答えた。
「転移座標の特定は出来ています。命令があれば何時でも…!」
「それじゃクロノ、現地での戦闘行動の停止とロストロギアの回収、両名からの事情聴取を」
艦長としての命を受け、クロノの顔が引き締まる。
「了解です、艦長…!」
クロノはそのまま艦長席の後ろにある小円型のスペース、個人用の転送ポートに入る。

「気を付けてね〜」
先程までのシリアスな空気はどこへやら。
ヒラヒラとハンカチを振って息子を送り出すリンディに、クロノは
「はい…行ってきます……」
と、返すだけで精一杯だった。

(どうにもこの切り替えの早さについて行けないというか、理解し難いというか…)
ともかく、クロノはいつもの事と頭を切り替え、転送の準備に入った。
目を閉じ、意識を集中させ、転移魔法を起動させる。

魔法陣が展開し、光にクロノが包まれると一瞬でその姿が消え去った。

それをしっかりと見送って、リンディはモニターに目を移した。
その瞳は再び艦長としての眼差しに変わっていた。
(次元震を引き起こすロストロギア。それを探す三組の捜索者…。
さて、何か分かれば良いけれど……)




残ったのは封じられたジュエルシード。
そして、四度目の対峙となる二人の少女。

フェイトの体がゆっくりとなのはの高さまで上がっていく。
「ジュエルシードには衝撃を与えたらいけないみたいだ……」
「うん…。昨夜みたいな事になったらわたしのレイジングハートも…、
フェイトちゃんのバルディッシュも……可哀そうだもんね」
なのはの言葉に少しだけ驚く。自分のデバイスだけでなく、バルディッシュの事も言ったからだ。
フェイトにとってかけがいのないパートナーであり、魔法の師であるリニスからの贈り物。
嬉しいと思う気持ちがこみ上げるが、それを抑えてなのはを見据える。
「……だけど、譲れないから……!」
“Device Form”
バルデシッシュの先端が展開し、戦斧へと変わる。

「わたしは…フェイトちゃんと話をしたいだけなんだけど……」
“Device Mode”
レイジングハートも、通常モードに移行する。

自分で選んだ。このままでいたくはないから。
でも本当はどうしたいのか、まだ答えは出ていない。
だから今は、分かっている気持ちだけには正直でいたい。

その為に必要なら。その先に行く為に必要なら。
辛い事も耐えていかなければいけない。
だから、言葉にして伝える。

「わたしが勝ったら…ただの甘ったれた子じゃないって分かって貰えたら……」
「……」
「お話……聞いてくれる?」
「ッ……!」
なのはの言葉に複雑な顔をするフェイト。
(どうして……?)
分からない。
なのはの言葉は、いつの間にか自分の心を揺さぶる程になっていた。
どうして。
フェイトの手がそっと頬に触れる。
(また……熱くなった………)
未だに現れない、もう一人。
なのはと対峙しながら、連音の事も再び思い出していた。
(この子も、あの子も……どうしてこんなに…?)
考えても答えは出ない。
なら、今するべき事をする。
目の前にいるなのはと戦う事。
そしてジュエルシードを手にする事。

フェイトはなのはに答える事無く、バルデシッシュを引いて構える。
なのはもそれを見て、杖を握る手に力を込める。

そして、二人が同時に飛び出した。

「やぁあああああああ!!」
「―――ッ!!」
気合を吐き出し、レイジングハートを振るうなのは。
静かに、そして気合の篭った眼差しのままバルディッシュを振るうフェイト。

まるでスローモーションのように二人の攻撃が交差し――。

「―――ストップだ!!」

二人の間に光が走り、その中に魔法陣が生まれる。
同時にレイジングハートとバルディッシュが何かによって阻まれた。

「……っ!?」
「……ッ!!」
「ここでの戦闘行動は危険すぎる…!」
二人の眼前に黒いローブを纏った少年が現れていた。
手にした杖でバルディッシュを、そしてレイジングハートは素手で抑えている。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聴かせてもらおうか……!」




頬を冷たい風が撫でて行く。
世界は夜の静寂に包まれ、虫の音が涼やかに響いていた。

鬱蒼と茂る森の中、連音は幹に体を任せていた。
「琥光……ここはどこだ………?」
“地球 海鳴市 詳細地名不明”
「そうか………帰ってきたのか……」
まるで抜け殻のように連音は言葉を吐き出す。

緊張の糸が切れ、溜まっていた物が一気に吹き出した。
鉛のように全身が重く、そして異様なダルさを憶える。
「傷が…塞がらない……?回復可能限界を超えたか……クソ…」
サンダーニードルで貫かれた箇所から、血が滴り続ける。
一番酷い胸の傷も、未だに出血が続く。
手や顔に負った火傷も徐々に痛みを強めていく。

このままここにいる訳にも行かず、幹に手を掛け立ち上がる。
「……ッ!!」
全身が悲鳴を上げるが、歯を食いしばり耐える。
一歩ずつ進んでいく中、ふと気が付く。
その手を包む、獣爪刃の為れの果てに。

獰猛なる刃は砕け散り、手を守る装甲はひび割れ、最早再起不能となっていた。
「………壊しちまった……母さんの形見……琥光…」
“了解 装束解除”
連音の体が光に包まれ、それが消えると元の服に戻った。
が、すぐに傷口から血が滲み、真っ赤に染め上げていく。
それにも構わず、連音は進んでいく。
途中、何度も足をとられて転び、それでも進んでいく。

「何も……出来なかった………使命も……約束も…」
寸でまで行きながら、果たせなかった竜魔の使命。
自分で言いながら、果たせなかったアリシアとの約束。

「あぁ…そうだった……ノエルさんともしてたっけ……約束」
時の庭園に向かう前。無事に帰ると約束した事を思い出す。

何一つ、為す事のできない自分。
それどころかプレシアは連音の血を受け、更なる力を得た。
そしてアリシアは連音を助ける為に光に消えた。

「クソッ…!」
やり切れないものをぶつける様に木を殴りつける。

何も出来ない。果たせない。
母のように世界を守る。だが、そんな事は無理だった。

そうなろうとした今までの自分は、無駄な存在でしかなかった。
母の命を奪い生きているくせに、何も出来ないのだから。


いや、母だけではない。
もっと多くの命が、辰守連音という存在によって奪われたのだ。


どうすれば良い?
どうすれば許される?


「ダメなのか……?」
ポツリと零す。
「辰守連音には……何も出来ないのか………?」
強く、綺麗で、優しく。
竜魔の天才と謳われた母のように――母に代わる事など、やはり出来ないのか。


不意に、世界が閉じていく。
その感覚は一度味わっていた。

あの高台の公園で感じたのと同じだった。

(あぁ……終わるのか………)
何も出来ないまま。

(それでも……構わない……)
世界が崩れていく。

(もう…疲れたよ……母さん……)
全てが闇に落ちていく。


瞼を閉じ、眠るように倒れる。
土の冷たい感触もやがて消えていく。



――お願い、絶対に死なないで――

(……!?)

――フェイトを、守ってあげて――

(アリシア……!?)


響く、アリシアの声。

まだ、果たしていない約束があった。


「……だ…!まだだ……!!」

瞳を見開き、四肢に力を込める。

「俺は…まダ………死ネナイ…!!」
その瞳が真紅に染まり、そして瞳から光が消える。
理性が沈み、本能がその体を支配する。
溢れ出す衝動を抑える事などできず、天に向かって吼え猛る。


「ゥ…グ…グァアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」


咆哮が夜空に響き渡った。



そして、同時刻。
裏山の山道を登る三つの影。
一人は黒のシャツにトレーニング用パンツの青年。
もう一人は薄い水色のシャツとジャージの男性。
その後ろに三つ編みに眼鏡、黒のパーカーとデニム地のズボンを履いた、高校生ぐらいの女性。
青年の手にはスポーツバッグが握られていた。
何か硬い物でも入っているのだろうか、ガチャガチャと、歩く度に音が鳴っている。

「そういえば、なのは……最近様子おかしいよね?何か知ってる、恭ちゃん?」
「美由希……今更か?」
「ハハハ……恭也がなのはの事に気が付かない訳がないだろう?」
「あ〜……それもそっか。アハハ…」
「美由希、色々と覚悟しておけよ?」
「えぇ!?あたし見学だよっ!!」
「予定変更だ」
「即刻、異議を申し立てますっ!!」
「即刻却下だ」
「うぇえ〜っ!?お父さんっ!?」
「ん〜、良いんじゃないか?」
「酷い!!この家族は鬼だ!!」
「ほぉ、鬼か。なら気兼ね無くやれるな、恭也?」
「あぁ、そうだな」
「いやぁ〜〜〜〜〜っ!!」



そして、夜は更けていく。










では拍手レスです。


※レェェェェン!大丈夫か!大丈夫なのか!レェェェェン!

ご心配ありがとうございます。
危うい所でしたが生きております。しかし未だ危険な状態。
そして、そんな状態のまま再び激突の時が来ます。







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