海鳴の町で出会う人々は多くの事を連音に伝え、突きつけていく。
進んできた道の過ち。自らに科せられた命の終わりの時。
そして、初めて知る父の姿。
ゆっくりと、確実に何かの変わっていく中、事態は大きく動く。



   魔法少女リリカルなのは  シャドウダンサー

       第十三話  世界を滅ぼす響き



久遠の言葉に涙が止まらずに泣き続け、どれ程か経ってようやく涙は止まった。
すっかり真っ赤になった目元をどうにかしようと手で擦るものの、逆効果で、より赤くなる。
「つらね…目、真っ赤」
「うるさい、見るな!」
顔を覗きこまれたのでくるりと背を向けるが、久遠は更に顔を見ようと覗きこんでくる。

その顔を押さえて目元を塞ぐ。
「う〜、みえない〜〜」
「見えなくしてんだ、当然だろう」
暴れる久遠を片手でいなして、連音は来た道を振り返った。
「それより、あの人の家はどこだ?送ってやるから教えろ?」
久遠は少し考えて首を横に振った。

「…久遠、つらねといる」
ポン、と元の仔狐に戻り、ぴょんと連音に飛びついてきた。
反射的にそれをキャッチして、連音は頭を痛めた。
「そんな事言われてもな…神咲さんだって心配するだろうし……」
「だいじょうぶ…いつもの事だから」
「いや、ダメだろう、それ…」

どうにかして家を聞き出そうとするものの、久遠は頑なにそれを拒否する。
それどころかしっかりと連音にしがみ付いて離れようとしない。
「………はぁ〜。しょうがない、今日だけだぞ?」
一応は命の恩人である久遠を邪険に扱う事も出来ず、最後は連音が折れた。
それを聞いて久遠の尻尾が、これでもかという程にパタパタと振られた。
「くぅ〜ん!」
「こら、なつくな!?顔を舐めるな!!」
そんなこんなで連音はお供を連れて月村邸に帰る事になった。



それから十分の後、連音は月村邸の玄関前にいた。
「つらね、はや〜い!」
「そら、どうも」
久遠は連音の頭に乗っかり、全身を興奮で震わせていた。

この月村邸は海鳴市の隣接市である隆宮市にあり、高町家とも直線で四十kmはある。

連音達がいた所からならもっと離れている。

その距離を、ものの十分で制覇したのだから久遠の興奮も理解できようものだ。

だが、連音はここまで来てようやく思い出したのだ。
忍に「ちゃんと謝りなさい」と、言われていた事を。

(どうしたもんかなぁ〜)

色々あったせいですっかり失念していたが、ここにいてもどうにもならない。
だから、意を決してドアに手を掛け――

「お帰りなさいませ、連音様」
「うわぁ!?」
「くぅん!!?」

突然真後ろから掛けられた声に驚いて振り返る。
「の…ノエルさん…!?」
後ろに立っていたのはメイド服の女性、ノエルだった。
「随分と遅いお帰りでしたが…何事もなくて何よりでした」
「あ…と……」
「それと……お久しぶりです、久遠さん」
「く、く〜ん……」
「とりあえず、そこに立たれていますと屋敷に入れないのですが…」
「え…あ!ごめんなさい!!」
ノエルに指摘されて、自分が玄関前に突っ立っている事に気が付き、慌てて横に退いた。
ノエルは小さく頭を下げてドアを開けて中に入った。

「……久遠、ノエルさんと知り合いだったのか……?」
「くーん…」
気配を感じさせず後ろを取られたショックで、全く以ってどうでもいい事を考えてしまう。
久遠も動揺していて、ぽかーんとしたまま魂の抜けた返事しかしなかった。

と、気が付く。
ノエルはドアをくぐって中に入ったものの、そこで止まっていたのだ。

くるりと振り返り、ノエルは真っ直ぐに連音を見つめた。
その言葉に出来ない、威圧感とも違う迫力に思わず気圧される。
「連音様…?」
「はっ、はい!?」
「私は先程、『お帰りなさいませ』と申し上げました」
「……はぁ………?」
「連音様は……『返すべき言葉』をお持ちではないのですか?」
「返すべき…言葉…?」

真っ直ぐな視線は変わらないままに、だけど少しだけノエルの瞳に寂しさが宿ったような気がした。

「………ただいま帰りました」
「はい……お帰りなさいませ、連音様」
そう答えて微笑むノエルに、連音は自然と昨夜の事を口にしていた。
「昨日は…帰らなくてごめんなさい」
「…今度は部屋の窓からではなく、ちゃんと玄関からお入り下さい。
それと、洗濯物もベッドの上に置いたままになさらないようにお願いします」
「…………はい」
完全無欠のスーパーメイド、ノエル。
連音の頭の上がらない人物としてこの瞬間、リストアップされたのだった。

廊下を連れ立って歩いている途中でノエルが訪ねてきた。
「連音様、ちゃんとお食事はされましたか?ご夕食まで時間がありますので、
簡単なものでしたらすぐご用意できますが?」
「う〜ん…」
せっかくのノエルの好意だが、わざわざ面倒を掛けたくもなく、断ろうとした。

キュルルルル……。

「………おい、今のはお前か、久遠?」
「くぅぅぅん…」
顔を伏せ、丸まる久遠。
なかなかに見事な音に二人して思わず苦笑してしまう。
「じゃあ、何かお願いします。……これのも一緒に」
「かしこまりました。すぐお持ちいたしますのでリビングでお待ち下さい」
そう言い残し、ノエルはキッチンに向かった。

リビングに入ると、久遠は連音から降りて早速ソファーに飛び乗った。
ふかふかのソファーの感触に酔いしれ、ころころと転がる。
その姿を見る限り、連音の聞いた『妖狐久遠』と同じとはとても思えなかった。

曰く、雨と雷を呼ぶ妖狐。

曰く、神と仏と人を呪うもの。

曰く、人の愚かさが生み出せし悲劇の妖。

「……これ、本当にあの久遠なのか?」
その身を包む気配は確かに妖のそれであり、狐の妖はそれだけで強大なのだ。
連音自身も色々と妖を知っているが、そういう存在が持つ威厳というか、畏怖を感じない辺り、いまいち疑問であった。

「ニャァ〜♪」
「ナァ〜オ♪」

と、足元に柔らかな感触が纏わり付いた。
見下ろしてみれば、二匹の子猫が連音の足にじゃれついていた。
一匹は黒猫で、一匹は白猫だった。
「なんだ、黒金(くろがね)と白金(しろがね)か」
「うにゃ〜ん!」
「にゃお〜ん!」
連音に名を呼ばれて嬉しかったのか、二匹は大きく鳴いてさらに足元に纏わり付く。そのくずぐったさに耐えながら、ふと見ればソファーに転がっていた久遠が連音を見て固まっていた。

いや、正確に言えばその足元――二匹の子猫を注視していた。
そして二匹もその視線に気が付いたのか、ジッとその視線を久遠に注いでいた。
「にゃ〜…?」
「なぁ〜…?」
「くぅんっ!?」

興味津々といった風に二匹は久遠に歩み寄っていく。
それを見て、久遠がビクリ、と体を震わせた。

徐々に縮まる距離。久遠の背中に一筋の汗が伝ったのは気のせいではないだろう。

そして、白金がソファーにひょいと飛び乗った瞬間、久遠が弾かれたように飛び降りて駆け出した。
それを反射的に二匹は追いかけた。
久遠は必死に走る。二匹はリンリンと首輪の鈴を響かせて久遠を追いかけて走り回る。

「にゃお〜ん♪」
「なぁお〜ん♪」
「きゃう〜ん!!」

必死に走る久遠。それを楽しそうに追う白金、黒金。

と、ガチャリとドアが開いて、トレーを持ったノエルが入ってきた。
「お待たせしま…きゃっ!?」
開いたドアに反応して、久遠がノエルの足元を抜けて廊下に飛び出した。
それを追って二匹もやはりノエルの足元を抜けて廊下に飛び出した。

「きゃうぅ〜ん………!」

久遠の叫びが遠くに消えていった。

「――何だったんだ、今のは……」
唖然とする連音に、トレーをテーブルに置きながらノエルは軽く溜め息を吐いた。「――久遠さんはあぁ見えて、なかなかにハードな狐生(じんせい)を送っていらっしゃいますから」
「……そっすか」
そうしみじみと言われてはそれ以外に返す言葉もなかった。

テーブルの上に置かれたのは、数切れのサンドイッチとホットココアだった。
「サンドイッチ…?」
「はい。今朝の連音様の朝食として作っておいた物ですが、取っておいて正解でした」
サンドイッチの中身は奇しくもベーコン、レタス、トマトだった。
一口齧る。
レタスの食感とトマトの瑞々しさとベーコンの塩気が絶妙のバランスで口の中に広がり、
焼かれる事で水分を飛ばしたパンと、これまた絶妙の相性である。
初めて感じる、BLTサンドの味に連音はふと思う。

(はやてのはどんな味だったんだろう……)

今となっては知る事の出来ないそれを思い、苦笑する。

もう、会う事は無いのだから。


「くぅーん!!」
「おわっ!?」
感慨に耽っていると、突如戻ってきた久遠が連音の顔に向かって飛び付いて来た。
「何だ一体!?」
「くぅう〜ん…!」
引き剥がしてみればすっかりボロボロになった久遠がその瞳を潤ませて助けを乞っていた。
久遠に遅れる事数秒、二匹もまたリビングに戻って――。

「あ〜…なるほど……」

入ってきたのは二匹だけではなかった。
その数は七匹に増えていたのである。

月村邸は猫屋敷とも言える場所である。
その中を駆けずり回ればこうなる事分かりきった事だった。

もちろん、猫達に悪気はない。珍しい客に興味を引かれ、遊ぼうとしているだけだろう。
だが、追いかけられる久遠にとって、それは正に生死をかけた逃走劇だったようだ。
すっかり疲弊した久遠を頭の上に避難させ、ノエルと共に猫達を追い返す。
「ここで遊んではいけません。向こうで仲良くしていて下さい?」
「ほれ、黒金も白金も今日は皆といろ?」

すると二人の言葉を理解したのか、猫達は少し寂しそうにニャーと鳴いて、リビングから出て行った。
自由奔放な猫がちゃんと言う事を聞く辺り、忍とすずかの教育の賜物だろうか。

ともあれ危機を脱した久遠は、ノエルの用意したコーンフレーク砂糖入りを一心不乱でがっついていた。

「はぐはぐはぐ……」
「本当にお前は”あの”久遠なのか…?」
「はぐはぐはぐ………くぅん?」
「……何でもない」
小首をかしげる久遠に、嘆息して首を振った。
この久遠があの久遠と別だとしても一切問題のない事だ。
むしろ違うならその方が楽かもしれない。

そう思うことにしてサンドイッチの最後の一口を放り込む。
飲み込んで、ホットココアをすする。
喉元を少し熱い物が潜り、消えていくと、その奥から甘い香りが返ってくる。

「ふぅ……」


自然と深い溜め息がでる。
全身に残っていた気だるさが、解けて消えていくのを感じる。

「あら、帰ってきてたの?」
ドアの方から掛けられた声に振り返ると忍が立っていた。
翠屋での仕事が終わり、帰ってきた所らしく、その肩にショルダーバッグを掛けていた。
「お帰り、忍姉ぇ」
「ん、ただいま…と、何で久遠がいるの?」
「くぅ〜ん」
「いや、何かなつかれて…」
「ふ〜ん、珍しいわね〜。この子、人見知り激しいのに……」
そう言いながら久遠の頭を撫でる忍。
「そうなのか?最初から思いっきりだったぞ?」
「だ・か・ら・珍しいのよ」

そう言われてもと、困る連音。
その時だった。

「――っ!!」

“魔力反応感知”

針が突き刺さるような感覚に、急いでリビングの窓から外を見やる。
海鳴市の方角、その空から強い魔力が伝わってくる。
「これは……魔力流?まさか、強制発動させる気か!?」

それは以前、連音も考えたジュエルシードの強制発動方法だった。
だが、それは自身の魔力を大きく消耗させる上、
同時に町を危険に晒す事でもあり、選択肢から消したのだ。

(だが、一体誰が…っ!まさかフェイト!?あいつ…ここまでするか…!)
それが本人の意思なのか、それともその裏で命令をしている者の意思なのか。
だが、そんな事は関係ない。今は帰宅時間で、当然人が多く出歩いている筈だ。
最悪、被害はあの大樹の時の比ではないだろう。

それが分からない筈も無い。それなのに。

不意にどす黒い感情が湧き上がり、体が震える。
今と過去が連音の中で一瞬だけ重なる。
それが誰に対してなのか、もう分からない。
だが、今その胸に溢れるものを表すのならば、きっとこれが相応しい。

―憎悪―と。

連音は窓を突き飛ばすように開け放つ。
「連音、どこに!?」
連音の様子が一変した事に慌てて忍が声を掛けた。
忍に背を向けたまま、連音は言い放つ。
「俺は、俺の為すべき事を為しに行く…」
「…連音……?」
その声は酷く冷たく、およそ人の発するものとは思えない響きであった。
このまま行かせてはいけない。
そうしたらきっと彼は戻ってこない。
この屋敷にも。そして、こちらの世界にも。
止めなければ。
そう思っているのに、忍の足は動かない。
声も出せない。
まるで今の連音という存在に触れる事を拒否するかのように。

そうしている間に、連音は窓から外に出て行こうとしている。
(ダメ…!連音、待って!!!)
口を開け、声を出そうとするが、ヒューヒューと空気の音しか出せない。

「くぅん!」

ついに外に出た連音目掛けて走る影があった。
その小さな影は縁を蹴って連音の頭に飛び付いた。

「っ!?久遠?離れろ、お前と遊んでる暇は――」
「つらね、怖いのだめ…!」
「何を――っ!?」
その時、連音は久遠がガタガタと震えているのを感じた。

それは寒さから来るものではなく、恐怖から来る震えだった。
それでも目を閉じて、必死に連音を抑えようとしている久遠。

連音はゆっくりと振り返り、窓ガラスに映る自分を見た。

そこにいたのは本当に自分なのかと疑ってしまう程に色を失った顔であった。

瞳は熱を持たないアイスブルーに染まり、
肌も雪の如く、白く染まっていた。

心を持たない人形のようなそれを見て、苦笑する。

(何だよこれ…。こんなので何を……誰になろうなんて思ってたんだ、お前は…)
我を無くして、これから自分が何をしようとしていたのか。
それを思うと何と莫迦らしい事か。

それに比べて久遠はどうだ。
こんなにも怯えて、それでも堕ちかけた自分を止めようとしている。

どちらが強い?
どちらが立派だ?

考える意味もない。
分かりきった事だ。


連音は大きく息を肺に送り込み、少しだけ止めてから深く吐き出す。
それを何度か。繰り返す。
そうしている内に徐々に内側から力が充足していくのを感じる。

集氣法と呼ばれる呼吸法を用いて魄道に氣を巡らせ、心身のバランスを安定させたのだ。

吹き上がらんばかりだった殺気が終息していく。
「悪い、また助けてもらったな…」
頭の上の久遠に手を伸ばし撫でてやる。
「くぅ〜ん……」
その手に擦り寄る様に身を捩じらせる久遠。
連音は振り返り、忍を見やる。
いつもの連音に戻った事で、忍もようやく安堵の溜め息を漏らした。
「あんたねぇ、いきなりどうしたのよ!?」
「ゴメン、もう大丈夫だから。それより久遠預かってくれ」
連音が忍に久遠を預けようと手を上にやるが、久遠はひょいとそれを器用に避ける。
「久遠、いっしょに行く…」
「ちょ、久遠!?何言ってんだ!!」
「そうよ、危ないから屋敷で待ってなさい!」
忍も手を伸ばすが、久遠は余計に連音の頭にしがみ付いた。
それを見て忍は早々に諦めたのか、頭を振った。
「しょうがないわね…連音、連れてってあげなさい」
「はぁ!?忍姉まで何言ってんだ!本気で危ないんだぞ!?」
「だったら……あんたがちゃんと守ってあげれば良いでしょう?」
「っ!?俺が……守る…?」

ドクン、と心臓が高鳴った。
守る?誰が?何を?

「くぅ〜ん…」
「………久遠。もう一度だけ言うぞ?ここに残れ」
言ってくれ、残ると。
連音の心が強く、そう願った。

だが久遠は首を横に振った。
「久遠…つらね、信じてる」
信じてる。短くも、しかし何と重い言葉か。
会ったばかりの人間にそれを言う事の、どれ程の勇気か。
それにすら、自分は答えられないのか。

連音は琥光を空に掲げた。
「――目覚めよ、琥光!」
“装束展開”

琥光の言葉に光に包まれて、それが砕けて忍装束を纏った連音が現れる。
「落ちても拾わないからな……ちゃんと掴まってろよ!!」
「…くぅん!」
久遠は連音のマフラーを器用にも自分の体に巻きつける。
準備は万全とばかりに一鳴き。
「じゃぁ、行って来るよ…忍姉…」
「…ちゃんと帰ってきなさい。ここは”あんたの家”で、”私の家族”なんだから」
「……了解」
連音は踵を返して空を睨む。
フェイトがあれだけの事をしたのにはきっと理由がある。
それは事態が大きく動こうとしている前兆である気がした。

数歩、助走を付けて連音は空に舞った。
枝を蹴り、風を裂いて、グングンと加速していく。

(魔力反応が四つ…もう戦っているのか…!?)

眼下に夜の街を見下ろしながら、流動する壁が見える。
そこに目掛けて連音は跳んだ。




白のバリアジャケットを身に纏ったなのはが舞う。
すぐ後、なのはのいた場所を死神の鎌が薙いだ。
空に飛んだなのはを追い、フェイトも空に舞う。鎌を消し去り、ビルの隙間を縫うように飛ぶなのはを狙って閃光を放つ。
それを躱し、なのはも翻ると同時に魔法を解き放つ。
「バスター、シュート!」
レイジングハートから砲撃が放たれた。
だが、それはいつもの様な大出力ではない。もっと細く、弱いものだ。
それをフェイトはあっさりと回避し――。
「シュート!」
フェイトの回避地点目掛けて、閃光が走った。
大出力よりも速射性を。一撃よりも連続攻撃を。
なのはの編み出した、ディバインバスターのバリエーション『チェーンショット』だ。
フェイトは矢継ぎ早に襲い掛かる砲撃を躱しつつ、接近を試みる。
幾ら威力が落ちているといっても、速さの為に防御を薄くしているフェイトにとって軽くはない。

(この子…前よりも強くなってる…!?)
最高速で飛翔しながら、更にこちらからも攻撃を撃つ。
「ぅあっ!?」
なのはがそれを躱し、攻撃が途切れる。
その一瞬、フェイトはサイスフォームを起動させ一気に回り込む。
その速さになのはは反応できない。
“Flash Move”
刹那、なのはの足に生まれていた翼が大きく羽ばたき、今度はなのはがフェイトの後ろを取った。
“Divine Shooter”
光がレイジングハートの前に収束して、放たれた。
“Defenser”
バルディッシュを構え、防御フィールドを展開する。が、なのはの威力がそれを上回り防御を突き破る。
衝撃波に弾かれるフェイト。バランスを崩しながらも、追撃が来る、と強引に構える。
だが、次に届いたのは予想もしないものだった。
「フェイトちゃん!!」
「――っ!?」
フェイトの名を呼ぶなのはの声が、それがビル郡に木霊する。
かすかにフェイトの心に動揺が走った。

「わたし…やっぱり知りたい。フェイトちゃんがどうしてそこまでしてジュエルシードを集めるのか…」
「――言葉だけじゃ…何も…変わらない……!」
「それでもっ!」
「…!?」
「それでも、言葉にしないと…伝わらない事もきっとあるよ!
……ぶつかり合ったり、競い合う事になるのは……それは仕方ないのかもしれないけど。
だけど、何にも分からないままぶつかり合うのは……わたし、嫌だ!!
わたしがジュエルシードを集めるのは、それがユーノ君の探し物だから。
ジュエルシードを見つけたのはユーノ君で、ユーノ君はそれを元通りに集めなおさないといけないから。
わたしはそのお手伝いで……だけど、お手伝いをするようになったのは偶然だったけど…、
今は、自分の意思でジュエルシ−ドを集めてる!
自分の暮らしてる町や自分の周りの人達に危険が降りかかったら嫌だから!!
これが――わたしの理由っっ!!」
出来るならぶつかりたくない。
でもそれでも、ぶつからないといけないと言うのなら知りたい、その理由を。
ぶつかる事は、それだけで終わりじゃない。
その先があると信じているから。信じたいから。
だからなのはは叫ぶ。自分の今までを。今、分かる事を言葉にして。

「………」
なのはの叫びにフェイトの心が波打つ。
なのはは知らない。フェイトに同じ事を言った人物がいた事を。



「何も…何も知らないくせに……好き勝手言わないで…!!」
「知るものか!!言葉にして…言わなくて誰かに伝わるものか!!」
「言葉だけじゃ意味なんてない…!」
「あるかどうか、お前はやってもいないだろ!!」



(あの子と、同じ言葉……どうして?)
心がざわめく。
どうしてこんなにも気になるのだろう。
ただ、母の願いを叶える。その為に必要な事じゃないのに。

生まれた思い。それが何なのかフェイトには分からない。
でも、もしここで自分の思いを言葉にしたなら何かが変わるのだろうか。

自然とフェイトの唇が言葉を紡いだ。
「私は――」

「フェイト!答えなくていいっ!!」

「「っ…!?」」
響く叫びが二人を現実に引き戻す。
見下ろせばユーのと対峙していたアルフが二人を見上げていた。
「優しくしてくれる人達の所で、ぬくぬく甘ったれて暮らしてるようなガキンチョになんか、何も教えなくて良い!!
アタシ達の最優先事項はジュエルシードの捕獲だよ!!」
アルフの叫びに今度はなのはが動揺した。
その言葉に感じたものと、その時、あの言葉が蘇ったからだ。


「お前は元来、戦う人間じゃない。後の事は俺が引き受けよう。それを捨て、あるべき日常に帰れ」
「あるべき日常……?」
「魔法と出会う前の自分。暖かな家族と、仲の良い友人らに囲まれた世界だ」


(私には優しい…お母さんとお父さん…お兄ちゃんにお姉ちゃん、アリサちゃんにすずかちゃん。
忍さんにノエルさんにファリンさんに…いっぱい大好きな人がいて……でも!?)

アルフは言った、優しくしてくれる人達、と。
(じゃあ…じゃあ、フェイトちゃんには……?)
「あっ!?」
我に返ったなのははフェイトがバルディッシュを構えているのに気が付いた。
「なのはっ!」
「大丈夫!」
ユーノの心配に力強く答え、なのははレイジングハートを構える。
だが、フェイトはマントを翻し急降下する。
狙いは――ジュエルシード。
「――っ!」
なのはも一瞬遅れて急降下する。

全力で飛翔する二人は相手よりも早く確保する事だけに意識が集中していた。
互いの位置も、状態も何も見えていない。

なのはとフェイトは同時にデバイスを突き出していた。

「…ッ!?」
「えっ…!?」
響く、金属のぶつかる音。
そして、時が止まり――。


ピシリ――。


動き出した。


互いのデバイスがジュエルシードを挟む様にしてぶつかり合う。
その瞬間、デバイスに一気に亀裂が走った。
同時に、押さえ込まれていた凶悪な魔力が解放され、世界を閃光が染め上げる。
「キャァアアアアア!!」
「クッ…ぅうっ!!」

その圧倒的な圧力に二人は弾き飛ばされる。
何とか姿勢を制御し、着地するなのは。
フェイトもどうにか空中で留まり、バルディッシュを見た。
全体に、特にぶつかった先端部には多くの亀裂が走り、宝石部は力なく点滅を繰り返す。
「大丈夫…?戻って。バルディッシュ…」
悲しげにそうフェイトが言うと
“Yes,Sir”
バルディッシュが待機状態に戻り、フェイトのグローブに収まる。
フェイトは前を見やる。そこには強い輝きを放つジュエルシードが浮かんでいた。
一度地面に降り、そして蹴ると同時に加速する。
(バルディッシュがダメージを受けた以上、これしかない…!)
フェイトは右手を突き出し、鳴動するジュエルシードを掴んだ。
「フェイト!」
「…っ!?」
フェイトは吹き上がろうとする魔力を両手で押さえる。
「ぅく…ッ!」

指の隙間から光がこぼれる。今にも暴れ出さんとする魔力に必死で抵抗する。
「フェイト!ダメだ、危ない!!」
アルフが叫ぶ。
フェイトはガクリと膝を着き、それでも尚、ジュエルシードを押さえ込もうとする。
魔法陣を展開し、必死でその細い指ごと弾き飛ばさんとする圧力に逆らう。
「止まれ…!止まれ…!止まれ、止まれ……!」
グローブが吹き飛び、鮮血が飛び散る。
最早触れている掌は魔力に焼かれ、痛みも感じない。
それでも、フェイトは手を離さない。

「止まれ、止まれ、止まれ…っ…!!」

必死の懇願。その時、フェイトの意識が揺らぐ。
それは先日、連音との戦いで受けたダメージだった。
あれだけの戦いの後であったにも拘らず、フェイトはろくに休む事もなく、ジュエルシード捜索を行っていたのだ。

万全であれば恐らくはジュエルシードを押さえられたであろうに。
そのツケは最悪のタイミングで支払う事になった。
(ダメ…!ここで倒れたら……町が目茶無茶になっちゃう…!)
歯を食いしばり耐える。が、もう限界だった。
暗くなる視界。
消え行く世界。
「フェイトーーーーッ!!」
必死で叫ぶアルフの声が遠くに感じる。
そのままフェイトの意識は闇に沈んで――。

「しっかりしろ、フェイト!!」
「――っ!!」
突如目の前に響いた、くぐもった声。
フェイトが顔を上げるとそこに人影があった。
覆面で顔を隠し、足元につかんばかりのマフラーと、手足に装甲を纏い、腰に差した直刃の刀。
「あなたは……!?」
辰守連音がその眼前に立っていた。




「琥光、切り裂け!!」
“結界透過”
連音は琥光を結界の断面にぶつけ、穴を開ける。
そこから内部に入り込んだ瞬間、襲い掛かる波動。
青い魔力の柱が天を貫き、世界の根幹を揺るがす。
「つらね、地震…!?」
「違う!こいつは…次元震っ!?琥光!」
“空間歪曲感知 次元震発生ノ可能性大”

次元震。
その名の通り、次元を揺るがす災害の一つ。
大規模なものであるなら、その威力は世界を崩壊させ、並行する近隣世界をも巻き込み、もしくはその次元ごと消滅させる事すらある。
多次元世界上、最悪の災害とも言われている。

「これが…世界を滅ぼす物の正体か!!」
連音は一度地面に降り、久遠を安全と思われる場所に降ろした。
「久遠はここで待っていろ」
流石にこの事態を理解したのか、大人しく久遠は頷いた。
「つらね、気をつけて…」
「大丈夫。直ぐ片付けるさ」

そう言って連音は駆け出す。一気に飛び上がり、ビルの屋上を跳ぶ。
やがて、凶悪な魔力の反応が近づいてきた。
そしてその現場に到着した時に連音が見たものは、何かを必死に抑えるフェイトの姿。
その指の隙間から溢れる光はジュエルシードのそれとすぐに分かった。
「あいつ…素手でジュエルシードを抑えてるのか!?何でバルディッシュを使わない!?」
あれだけの魔力に素手で立ち向かうなど、明らかな自殺行為だ。
きっとそれにも訳があるのだろう。だが今はそれを考える時間は無い。
連音は屋上の縁を蹴り、飛び降りる。
風を纏い、そのままフェイトの眼前に降り立った。


「どうしてあなたが…?」
フェイトにしてみれば余りにも最悪のタイミングだった。
連音はジュエルシードを集める敵であり、更にフェイトを捕らえようともしている。
一対一の戦いで何とか互角の連音を今、この状態でどうする事も出来ない。

アルフでは連音を押さえられない。なのはとは明確に敵対もしていない。

ここまでか。顔を伏せ、フェイトがそう思った時だった。
その手を包むように何かが重ねられたのだ。
驚いて見上げれば自分の手に重ねられていたのは連音の手だった。
「琥光、術式サポート二人分、行けるな!」
“了解 術式補助展開”
その声と同時に足元からウイスキーカラーの光が照らされる。
光の帯で描かれた、頂に小円を掲げた正方形。内側に二重正円と重ねられる剣十字。
その光はフェイトをも包み込んでいく。
途端、フェイトの体に力が蘇ってきた。
「そんな…魔力サポートを…!?」
デバイスには使用者の魔法行使にあたって術者に様々な補助を行う。
だが、それらはデバイスに触れている事が前提であり、また、本人のみが対象である。
しかし、琥光は連音とフェイト、二人に同時にサポートを行っていた。
その常識外れぶりにフェイトは驚き、唖然としていた。
「意識を乱すな!集中しろ!!」
「あ、はい!」
怒鳴られて思わず返した返事に、フェイトの顔が羞恥に染まる。
連音はそれに気が付かないふりをしつつ、ジュエルシードに意識を向ける。
「止まれ…!」
「止まれ…!!」

「「止まれ……っ!!!」」


二人掛かりで魔力を放ち、ついにジュエルシードはその光を失った。
ゆっくりと手を開くと、淡い光を湛えるジュエルシードがふわりと浮かんだ。
ジュエルシードは完全に封印されていた。

「どうし―!?」
「どうして、助けたのか」と言おうとしたフェイトだったが、それは乾いた音に止められた。
一瞬遅れて、ヒリヒリとした痛みが頬に走る。
再び唖然とするフェイトを連音は睨みつけた。

「お前は莫迦か!!自分の命を何だと思っている!!」
「――っ!!」
余りにも感情的に怒鳴る連音にフェイトの肩がビクリ、と震えた。
その瞬間、影が走り出した。
連音も怒りが頭を支配し、その接近に気が付かなかった。
「お前ェッ!!」
「――ぐふっ!?」
衝撃が連音を襲う。アルフが突進して体当たりをしてきたのだ。
体勢が不十分であった事もあり、連音は容易く吹っ飛ばされた。
アルフは即座に人型をとり、ジュエルシードを掴み、フェイトを抱える。
「フェイト、逃げるよ!いいね!!」
アルフは返事も聞かず、そのまま飛び上がる。

ビルを跳び移りながら、あっという間に消えていく。

「痛ぅ…あの山犬め、思いっきりぶつかりやがって……。琥光、奴らは?」
生垣に吹っ飛ばされた連音が枝葉を折りながら出てきた。
“反応消失 捜索範囲外”
「そうか…」
逃げられたというのに連音の心は不思議と穏やかだった。

もしも、久遠が止めてくれなかったら。
きっと何の躊躇もなく、フェイトをその手に掛けていただろう。
ジュエルシードを押さえるその腕を――いや、彼女そのものを斬り捨てて。
あれだけ必死にしている女の子を。何の迷いも無く。

次元震は止められ、誰も犠牲にならなかった。
今は、それだけで良い。

「――ん?」
ふと、連音は自分の指に絡むものに気が付いた。
月光を受けてキラキラと光る、金糸。フェイトの髪の毛だった。
懐から布を取り出し、それに仕舞う。

「あの…忍者さん…?」
おずおずとなのはが連音に声を掛ける。少し体を引き摺るようにしているのは、ダメージが軽くないからだろう。
破損したレイジングハートは既に待機状態に戻っている。
「ん?何だ、高町なのは…?」
「あう…。いちいちフルネームで呼ばないで下さい…」
苦笑いするなのは。連音はそれには突っ込まず話に戻す。
「で、何か用か?」
「いえ…用と言うか何と言うか…この前の、温泉の時の事なんですが…」
温泉の時、なのはは連音に言われた。
日常に帰れ、と。
引き返せない場所にいる自分と違い、帰れる場所のあるなのはに、そこに戻れと。

「……もう良い」
「え…?」
「選んだろう?だったら何も言わない。精々、後悔しないようにしろ」
―元より、それを言う資格など俺には無いから―
聞こえないようにそう呟いて、連音は背を向け、その場を後にした。


「くぅ〜ん!」
久遠と別れた場所に近付くと、向こうから久遠が走って来て飛びついて来た。
「っと…。大丈夫だったか?」
「くぅーん…」
少し哀しそうに鳴く久遠。その瞳に映るのは連音の掌だった。
「あぁ、これか…。大丈夫、これぐらい直ぐに治る」
火傷でボロボロになった自分の手を見て笑う。

二人分のサポートは、一人が受けるサポートを10として、それを分割する事だ。
フェイトの状態を鑑みて、自分へのサポートを極力減らし、フェイトに向けた結果だった。

「さて、ちょっと寄り道だ」
久遠を抱えて連音は飛んだ。結界を抜けて、夜空に身を躍らせる。
そのままビルの屋上に降り立ち、懐から折り畳んだ布を取り出す。

そこにあるのはフェイトの髪の毛。
連音はそれを小指に括り付け、ゆっくりと瞼を閉じた。

「―我が結ぶは魂の縁 千里を越え深き運命を結ぶものなり ゆえに 我が声に答えよ― 竜魔忍術、縁結びの法…!」
力在る言葉に答えてフェイトの髪が光り、導く。
瞼の裏に映る映像。流れていくイメージ。
そして、とある建物を映してそれは止まった。

「――遠見市の高層マンション。なるほど、常時展開型の結界のオマケ付きか。
大したセキュリティーだ。普通に探したんじゃ見つからないな、これは」

そして、再び飛ぶ。
迷う事無く、真っ直ぐにそこに向けて飛行した。

サーチを警戒しながら、現場から飛ぶ事約十五分。
連音はイメージに見えたマンションの、向かいのビルの屋上に降り立った。
と同時にフェイトの髪の毛は一瞬で燃え尽きた。

ようやく掴んだ手がかり。彼女に指示を出している者があそこにいるという可能性は低い。
だが、フェイトは必ず動く。その黒幕のいる場所に行く。
その時こそ、全てを終わらせる唯一にして最大の好機。

「ま、今夜は動かないだろうがな」
連音は手に生まれた琥珀色の杭を屋上に打ち込む。
この杭は何かしらの異常を感知した時、琥光に即座にデータを転送する仕組みだ。
“座標固定完了 監視開始”
「よし、じゃあ帰るか」
「くぅ〜ん!」
連音はそのまま屋上を飛び降りて、屋敷への岐路に着いた。


屋敷に戻り、玄関ホールに入った所ですずかと出くわした。
「連音君!?」
「よ……よぉ…ただいま……」
会う事は一つ屋根の下なので覚悟していたが、いきなり過ぎてそれしか言えなかった。
「た、ただいまじゃないよ!昨日は帰ってこないし、電話も出ないし、メールだって返って来ないから…。
ずっと…心配してたんだよ…?」
最初は荒げるように。そして段々と連音が帰ってきた事に安堵の思いが強まっていく。
最後は少し涙ぐんでいた。
そのすずかの頭にポンと手を置いてやる。
「悪かった。携帯忘れた上、すぐに帰れる所にいなかったんだ」
「帰れない所って…何処にいたの?」
「それは秘密。な、久遠?」
と、話をはぐらかすために頭上に声を掛ける。
声にピョッコリと顔を出した久遠は小首を傾げた。
「くぅん?」
「あぁ!久遠ちゃん!?じゃあ昨日いたのって……そっか、それじゃあ無理だね」
久遠を見て驚きの声を上げ、すずかは勝手に何かに納得したようだった。
連音としては一体何を思ったのか追求したかったが、話が上手く纏まっているようなので、止めた。
聞くと困る事になりそうだから。

こうして、多くの出来事に満ちた一日は幕を閉じたのだった。



そして、翌朝。
「……まさか、こうも早く動くとはなぁ。監視を付けた意味、余り無かったな」
“行動迅速”
「やれやれ…。迅速にも程があるだろう?」
早朝六時から再び屋上にやって来た連音。久遠は屋敷で未だに夢の中だ。
それから二時間程経った時、マンションの屋上に出て来た二つの人影を見つけた。
言うまでもなく、フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフだ。
何やら話しているようだが、当然連音の位置からは聞き取る事はできない。
それに今、連音は別の術の発動に務めていた。
「黒幕がいるとしたら別世界、もしくは高次元空間だ。頼むぞ、琥光」
“了解 空間接続干渉 開始”

琥光の言葉を受けて光の帯が連音の眼前に輪を形成する。
「さぁ、行くぞ。座標認識……開始!」


完全にマークされている事に気付かず、フェイトは報告の為、その言葉を口にした。
「次元転移。次元座標―876C 4419 3312 D699 3583 A1460 779 F3125。
開け、誘いの扉。時の庭園、テスタロッサの主の下へ」
足元にミッド式魔法陣が輝き、そして、金色の柱が天に伸びた。


“次元座標 特定完了”
「――876C 4419 3312 D699 3583 A1460 779 F3125。よし、ビンゴだ」

連音は携帯電話を取り出し、メモリーされたナンバーに掛ける。
何度かの呼び出し音の後、繋がった。
『はい、月村でございます』
「あ、ノエルさん…?連音です」
『連音様?どうかなさいましたか?』
「えっと…忍姉は大学だし、すずかも学校でしょう?すみませんが言伝をお願いします。
昨日の今日で悪いですけど、数日の間、帰れなくなりそうだ、と」
『…………かしこまりました。皆様には私からお伝えしておきます』
「ありがとうございます」
『ですが、連音様……?』
「はい…?」
『どのような事があろうとも……必ず、お戻り下さい。できるなら無事に』
「………善処します」

そして連音は電話を切った。
「いくぞ、琥光」
連音は忍装束を身に纏い、印を結ぶ。
「次元座標―876C 4419 3312 D699 3583 A1460 779 F3125。
開け、旅人の門。我をかの地に導きたまえ……!」

光が連音を包み、そしてフェイトの後を追うように閃光が空を貫いた。



その頃、多次元世界を結ぶ海――次元空間を航行する物があった。
時空管理局所属、次元航行艦船【アースラ】。

そのブリッジでは数人のオペレーターが航行業務に勤しんでいた。

通路に繋がるドアが開き、一人の女性がブリッジに足を踏み入れた。
ポニーテールに纏めた、腰まである翡翠の髪と藍色のコート。
見た目は二十代そこそこといった感じの優しげな美人である。

「皆、どう?今回の旅は順調?」
「はい。現在、第三船速にて航行中です。目標次元には今から160べクサ後に到達の予定です」
女性の問いに眼鏡を掛けた男性クルーが答える。
「前回の小規模次元震以来、特に目立った動きはないようですが…、三組の捜索者が再度衝突する危険性は非常に高いですね。
モニターに映像を映しながら、眼鏡のクルーの隣に座るオペレーターが続ける。
そこに映るのは、なのはとユーノ、フェイトとアルフ。
そして連音と久遠の姿だった。
「そう…」
女性はそれを聞き、ブリッジを見下ろす場所にある椅子に腰を下ろした。
そこは船の主、艦長の位置。

「失礼します、リンディ艦長」
と、女性――リンディの元に女性クルーがお茶を持ってきた。

「ありがとね、エイミィ」
リンディは女性クルー――エイミィに礼を言うと、カップの縁に口を付けた。

「そうね……小規模とはいえ次元震の発生はちょっと厄介だものね。
危なくなったら急いで現場に向かってもらわないと……。ね、クロノ?」
リンディはブリッジにいる一人の少年に声を掛けた。

袖に突起物の付いた黒のコート。装甲の付いたグローブ。
名を体現するかのような漆黒の髪を持つ少年は振り返り、力強く答える。
「大丈夫。分かってますよ、艦長。僕は…その為にいるんですから」




「ここか……ここにフェイトを送り込んだ奴がいるのか……?」
雷光轟く高次空間内。そこに鎮座するは禍々しき魔城。
迫るものを拒むように、槍の様な岩の柱が、天に向かって幾本も伸びる。

その入り口に連音は立っていた。
外は渦巻く次元の海。その中には光すら呑み込む闇も見える。
「虚数空間……本物を見るのは初めてだな。落ちれば命は無い、か」
真正面から入るような愚は犯さない。
連音は門を迂回し、適当な隙間を探る。
そこはどこもボロボロで、恐らくはここが何かしらの遺跡であったのだろうと判断がついた。
それならば、必ず忍び込める場所がある筈。
壁伝いに移動し、そして大きめの亀裂を発見した。
子供一人、入れるかどうかの隙間だが、これだけの大きさなら充分だった。

連音は印を結ぶ。
「獣態変化の術……!」
光が連音を包み、その姿を変えていく。
そして光が消えると、一匹の蛇がそこにはいた。
蛇はそのままするりと隙間に入り込むと、あっという間に姿を消した。

内部に入り込んだ蛇は再び光に包まれて人型をとった。
「潜入成功。さて……行くか」

連音は薄暗い通路をゆっくりと歩き出した。











ついに辿り着いた、破滅を呼ぶ者の居城。
事態はいよいよ大きく動きます。
連音と彼女の出会いは一体、何をもたらすのか。


さて、今回なのはがオリジナル魔法を出しましたので解説。

>ディバインバスター チェーンショット

ディバインバスターを分割して放つ速射系砲撃魔法。
けん制や速い相手に対する為に考案したバリエーションで、一発を十分割して放つので威力もそれなりに高い。
更に、放ちながらもチャージできる上、通常のディバインバスターへの切り替えも簡単に出来る特性を持つ。
参考にしたのは某アクションシューティングゲーム(笑)


では、増えて嬉しい拍手レスですw


※深いですな

ありがとうございます。
生きる事は意思であり、一度命を失くした者は惰性で生きる事は許されず。
明確な強い意志が自身を支える根幹となる。例え、それが間違っていても。
連音はまだこれからです。

※まさか久遠達が出て来るとは。久遠可愛いなぁ〜。

久遠、可愛いですよね〜(コラ)
話の分岐点として那美と久遠は一番適任と考えまして、登場して頂きました。
今回の話でも久遠は活躍していますが、あの魅力を少しでも表現できていたなら幸いです。
…はっ!那美がドジしてない!?(コラ)

※連音は時空管理局とは共闘するのか、別行動を選ぶのか、気になります。

今回の話でもついに登場しました、アースラチ−ム。
連音の立ち位置は微妙な所ですからね。
世界を守る忍者も、向こうから見れば管理外世界での魔法行使者ですし、竜魔とは思想も違います。
でもジュエルシードを確保している以上、確実に接触してくるでしょう。

※番犬?番蜘蛛?なにげにキワモノな家に…

確かに(笑)
師匠を含め、竜魔の里には人外の存在が結構いたりします。
ちなみに連音の徒手空拳の師匠は灰色の体毛を持つ大妖『大神』です。







作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。