「デバイスの製造企業で斬殺事件。被害者は首をバッサリと、か」

「“リンゴ”で、しかも傷痕から見るに実刀タイプのデバイスで一刀両断。俺ら(管理局)の内部犯の線が高いと見るべきだな。なあ、ミユキ」

「いや。テロリストに横流しした口封じかも。この前捜査員に配られたリストじゃグレーよこの企業。スカイ、アンタそういうの見るのサボッってるでしょ」

「はっはっは。俺にはそれよりも重要な任務があるんでね」

「どうせデートでしょ、馬鹿」

「・・・それだけだど思っていてほしいがな」

「ん? 何か言った?」

「いンや、ただの“ぼやき”さ」









魔法少女リリカルなのは Strikes After -M&6-

第三話 ファースト・ミッション









「トンネルを抜けてみたらそこは――」

「私の場合は、ドアを蹴破ったら、だけど」

フォルクス・ラインハルトとベアトリクス・メイトリー・ウェスタン。

最強と歌われる武装隊の一員。この二人は今、あるビルの一室にいた。

管理局懇意のデバイス製造企業でテロが起きたという一報が届き、メビウス隊のみで鎮圧・捕縛作戦が開始された。

だが来てみればテロリスト、人質、共に全員殺害されていたのだ。

それも、わざと血飛沫が壁に飛び散るような、惨い殺し方で。

現場周辺は臓物と血の悪臭で満たされ、悪趣味なゴア・スプラッタ映画のワンシーンのようだ。

隊の中でも荒事や惨状に慣れきっている二人でも、さすがに直視し続けるのは堪えるものがある。

こんなフザけた殺し方をするのは間違いなく刑務所から脱獄したサイコパスに間違いない。。

気分を落ち着けさせようとタバコを吹かそうとしたとき、別階を探索していたエリーとアスカが戻ってきた。

顔を、歪ませて。

「RTBだ。救う対象がいない以上、俺たちのいる意味は無い」

「・・・イエッサー、隊長」

言葉はかけない。言わずとも彼の心情は理解している。

慰めの言葉は要らない。そんな言葉は必要ない。馴れ合いで何年も生死を共にしてきたわけではないのだ。

フォルクスはそっと、タバコとライターを渡す。エリーはそれを一本吹かすと、一言「ありがとう」と言った。







機動六課のルーキー達、つまりはスバルを筆頭とする四人は、ジェニー考案・ヴィータ主導による訓練を終え、地面に死体の如く横になっていた。

ジェニーの考えた訓練科目は成長期真っ盛りの少年少女の筋肉と五感を困憊にさせるほどハードなものであった。

彼女曰く「エリーにやらせたモノよりは大分楽な訓練だから」とは言っていたものの、スバル達はジェニーの過去についてあまり知っていなかったのがいけなかった。

8年前まで存在していたジェニーの魔導士教室は、その殆どが将来有望な魔導士が集められ、精鋭を作り上げるものであったが、かの教室は過酷過ぎる訓練の怪我で辞める人間より、訓練内容に耐え切れずに辞める人間が多い事で有名だった。

今回はエリオとキャロがいるということで手加減した内容であるとの事だが、これが手加減していないものであったらと思うと、寒気がする。

ティアナは額の汗を拭うと、体を起こそうとしたが、できなかった。

「き、筋肉痛・・・ッ!」

運動してすぐに筋肉痛が出るのは若さの証拠だが、今この状況では自身の若さを恨みたい。

「スバルぅ・・・! あたし、動けない・・・!」

「ワタシもぉ〜・・・体がいうこときかなぁ〜い・・・・」

九歳児コンビに至っては息するのがやっとといった具合だ。無理矢理参加させられたフリードも、飛ぶ気力がないのか、キャロの頭で死んだように寝ている。グロッキーここに極まれり。

そこに、自身の得物であるグラーフアイゼン片手にヴィータがやって来た。

「おっ、メニュー全部終わったみたいだな。よし、全員昼飯行っていいぞー!」

最近のヴィータはやけに上機嫌だ。見かけるたびに、まるで何かを楽しみ待ちにしている子供の様にスキップして歩いている。

先日、メビウス隊隊長エーリッヒ・ヴァルトブルクが酔って倒れたのを介抱した後、その事で色々彼と話す機会が多くなったのが発端らしい。

エーリッヒも満更でもないようで、普段口数の少ない彼も、ヴィータの前ではそうでもないらしい。

「傍目から見て仲のいい兄妹よね」と言うのはアスカの談である。

四人はなんとか立ち上がると同時に、頭上中空を兵員輸送ヘリが飛んでいるが見えた。テイルに瑠璃色のリボンが無限の字を描いたエンブレムがある。

メビウス隊のヘリだ。

それを見たヴィータは一目散に走る。間違いなく、宿舎近くのヘリ発着場へと向かうのだろう。

恋する乙女の足取りは夏の風に揺れる蜘蛛の糸に乗っても落ちないと、昔の地球の戯曲家は書いているが、今のヴィータはまさにそうなのだろう。

「忙しいわよね、ヴィータさんって」

引きずるような歩みの中、ティアナが呟く。

「恋する乙女は忙しいものだよ、ティア」

「アンタ、全然忙しいように見えないけど。PJさんとは全く進展みたいだし」

言われ、スバルは分が悪そうに、唇を尖らせる。

「・・・だってさぁ、PJさんってギン姉と同じく捜査官だしさ、おまけになんか捜査チームも一緒になったみたいでさ、この前なんか――」

「スバル、愚痴なら他所でやって」

「むぅ、最近ティア、態度が冷たいよ」

「・・・そりゃあ毎日毎日深夜まで、"もし突然デートに誘われたら・・・予行訓練バージョン″の相手させられたら寝不足で返事もしたくなくなるわよ!」

「・・・てへっ」

サムズアップでウインク、舌を出すスバル。

静かに激昂したティアナがデバイスを起動させるのに、そう時間はかからなかった。

怒気を全身に纏ったティアナに、本能で命の危機を感じたスバルは一目散に走り出した。

「フリーズ! 止まらないと撃つわよ!」

「止まっても撃つくせにぃ!」

「つーか一発撃たせなさい! ファイア!」

「アーッ!」

果てしない追走劇を生温い目で見るエリオとキャロは互いを見ると、

「帰ろうか」

「うん」

手を繋いで歩いていく、小さなカップルであった。








所が変わり、地上本部のジェニーのデスク室。

「彼らへの任務?」

ジェニーは火を点けようとした葉巻を置くと、ジェイドの部下であるフリーダ・フォン・ディアベルが持ってきた書類を見る。

そして一通り目を通すと、指先で弾く。書類はデスクの上でパラリと音をたてて広がった。

「これは武装隊より捜査官の仕事じゃないかな? どうして彼らにやらせる必要があるの?」

「本部はこの件は少々危険と判断し、メビウス隊を派遣するのが妥当であると判断されたためです。司令は反対したのですが・・・」

「少々危険、か。フザけやがって、豚共め」

愚痴り、椅子に背をもたれる。目は空を泳ぐ。

ここ十年におけるメビウス隊にとっての“少々危険”は命の危険が伴う程のハイリスク・ミッションの意味と化している。

ジェニーでさえ、よく生きて帰ってこれた、と何度か思ったほどだ。

様々な人間から最強の魔導士と呼ばれるジェニーとて無傷で済むわけではない。

顔にこそ無いものの、服の下は戦傷だらけだ。

座り直し、部下を見る。

「・・・とりあえず、この件はエリーに伝えておく。ああ、キミは下がっていいよ。ありがとね、わざわざ」

「司令はお忙しいので。気にしないでください」

笑顔を浮かべるフリーダ。ジェニーは顎を組んだ手を乗せ、興味ありげにまじまじと彼女見つめる。

品定めをしているかのごとく。

「な、何でしょうかアウディス一佐? 顔に何か付いていますか?」

「いや。君もなかなか好き者だな、ってね」

「え?」

「キミくらいの歳だったらジェイドみたいなオッサンよりもっとこう・・・エリーとかグリフィス君とか、同じくらいの男のコを選ぶべきなんじゃないかなぁ」

「え、ちょ、ちょっ、アウディス一佐!? 何を言っているんですか!」

「ったく、ジェイドも罪な男だよね。三十五になってこんな幼気な少女を惑わすだなんて」

「ま、惑わすって・・・! 司令はそんなことしていません! わたしが司令を好きになったのは――!」

言って「あ」と声の出たフリーダ。自分でバラしてしまった。乗せられたのだ。

カマをかけられて自分が白状するように誘導させられた。人それを誘導尋問という。

ジェニーはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、首を傾げる。

「好きになったのは・・・どんな理由かな? 答えてくれないかな、フリーダ・フォン・ディアベル二等陸尉?」

ジェイドと同じく、本局から出向となった

席から立ち、徐々にこちらへとにじり寄るジェニーに、フリーダは背筋に悪寒を感じ、

「失礼致します!」

と最敬礼をして出て行こうとしたが、いつの間にか至近距離を許していたジェニーに腕を掴まれたかと思うと、腰に手を回されながら抱きしめられている形となっていた。

顎に手をのせられ、目の前にジェニーの端正且つ艶やかな顔が来る。

その顔に一瞬、胸がときめく。同じ女であると云うのに。

サラサラの瑠璃色の長髪。同性をもときめかせる瑞々しくも凛々しい美顔。モデル顔負けのスレンダーな体躯。

こうして見ると、今年で三十七歳を迎えるとは思えない美しさだ。ハラオウン執務官の養母も大概ではあるが。

一瞬、「この人にならいいかな」というあらぬ考えが浮かぶが、全力でそれを捨てる。

「あ、アウディス一佐殿・・・」

「さ、答えるんだフリーダ。でないと・・・」

ジェニーの顔がさらに近づく。

「君の唇を、私が先に頂くことになるよ」

目を見ると、冗談ではなかった。本気だ。本気と書いてマジである。

こんなニッチ層が得する少女マンガの様な展開は御免である。いくら相手が絶世の美女でも。心に決めた男性以外に、唇は許したくない!

「ごめんなさい!」

先に謝っておくと、フリーダは頭を仰け反らせると、一気に額をジェニーの唇にぶつけた。

所謂ヘッドバットという技だ。

さすがに一瞬怯むジェニー。その隙にフリーダは脱兎のごとく、振り返らず逃げた。

「・・・・ふむ」

ペロリと、唇から流れた自分の血を舐めると、一人ごちに呟く。

「青いリンゴちゃんだね、まったく」








スロットから流れ出る大量のメダルが一攫千金への階段を上る音に聴こえ、トランプ一枚、もしくは指先ほどのボールが天国と地獄を左右する場。

それがカジノ。

そこにメビウス隊とルーキー達はいた。

カウンター席に座るフォルクスは高級そうな酒を飲み、周りにはエーリッヒ、ベアーテ、スバル、ティアナがいる。

(こちらメビウス03。酷い任務よね、まったく)

(こちらメビウス04。同感。早く終わらせましょうよ)

(こちらメビウス02。俺はしばらくここに居たいな。酒もタバコもたくさんある)

(03より02。その言葉、婚約者様に伝えておくわ)

(04より02。あなたの婚約者はしばらくの間、カジノへの潜入任務のため帰ってきませんってね)

(・・・こちら01。念話でも喧嘩をするのはやめろ)

(こちら05。そっちはいいですねぇ、お酒が飲めて。私はモニターと睨めっこですよ)

(エーリッヒさん、だ、大丈夫でしょうかわたし? 男に見えますか?)

(大丈夫だ、スバル。焦るな、自信を持て)

(にしてもティアナちゃんはハマってるな、メガネとスーツ。今度その格好で茶でもどうだい?)

(ありがとうございます、フォルクスさん。その言葉――)

(ジョークだよジョーク。まったく、どうしてこうもユーモアに欠ける人間が多いかね)

(潜入任務にジョークをふっかけないで。ルーキーたち、ガチガチなんだから)

カジノ・アドザムへの潜入任務。それが彼らの任務だった。

アスカ、エヴァを除くメビウス隊と、エリオとキャロを除く機動六課ルーキーは反管理局を掲げる新興マフィアに変装し、アドザムで行われている管理局の装備横流しの情報の確保。

可能であれば、現行犯の逮捕。

アドザムは世間一般でも、歓楽街では名の知れた合法のカジノホテルだ。

だが、管理局の捜査員の間では、裏でデバイス密輸を行っているマフィア『スカーフェイス』が絡んでいるという情報を掴んでいる。

裏の世界では名の知れたマフィアだ。地上げから売春・麻薬・人身売買など幅広く手がけている、大規模組織である。

管理局も過去何度、彼らの幹部を逮捕したが、いずれもが決定的な証拠不足という事で保釈されている。

これには賄賂やら黒い噂が絶えないが、真相はいまだ闇の中。

そして今回の任務には、関与しているスカーフェイスの逮捕も含まれている。 だからこそ、苦汁を飲まされ続けた積年の恨みを晴らすためにも、今回の任務は失敗するわけにはいかないのだ。

「密輸ルート情報の確定的証拠、それに関わった管理局員の確保、そして何よりも『スカーフェイス』が関わったという証拠、か。楽じゃないわね」

「現行犯で確保した場合は、後詰で部隊を投入するとは聞いてるが、怪しいもんだよなぁ」

「縁起の悪いコト言わないでくださいよぉ。不安になっちゃいますって」

スバルが今にも泣きそうな顔をする。

フォルクスはマフィアのボス。エーリッヒはマフィアの若頭。ベアーテとスバルは用心棒。ティアナは秘書という具合の設定。

年齢を考慮しての役柄であるが、ティアナは秘書にして若すぎないかという意見もでたが、これはエヴァ監修による化粧とスーツの着こなしでクリアした。

化粧は“化ける”と書くが、まさにその通りだとスバル達フォワードメンバーは呟いていた。

(テレビで見たことのある奴がいる。銀行屋、俳優・・・。なるほど、黒いパイプか)

エーリッヒは周りを見る。煌びやかで、いかにもな金持ちが男か女を侍らして賭けに興じている。おそらく殆どが『スカーフェイス』に関係・協力する組織の人間に違いない。

「スバル。俺らには珍しくはないがなぁ。増援来なくて死の憂き目に――」

「フォルクスさん。止めてください。初動任務でルーキー達を震え上がらせてどうするんですか。ほら、来ましたよ」

エリーが目配せをする。

向けば、真っ黒のスーツを丁寧に着込んだ、紳士然とした男が、いかにも用心棒であると思われる屈強な大男二人を従えてやってきた。

(あれか)

(ベンジャミン・ケイマン。フォルクスさんと同じ歳くらいですが、スカーフェイスの1――ビッグボスです。きをつけて)

(わぁってるさ。やるぜ、エリー)

フォルクスは席を立つと、やって来たベンジャミン・ケイマンと向かい合う。

若い。狐のような顔の男だな、と思った。

そういえば最近、『スカーフェイス』は組織自体に大規模な刷新があったと聞いた。一部ではクーデターとも言われているが詳細は今でもわからない。

唯一確かな情報は、この切れ目の優男ベンジャミン・ケイマンが数々の幹部を押し上げ、ボスへとのし上がったことだけだ。

「はじめまして。あなたがケイマンさんで?」

「ええ、はじめまして。ヴォル・ワーゲンさん」

悪意の欠片も感じさせない満点の笑顔。

これで大規模マフィアのボスだというのだから末恐ろしいものだとフォルクス――否、ヴォルは思う。









「へぇ。納入の記録は今年の八月・・・スカリエッティのアレの前にある、か。つまりアレが成功していたら同時にクーデターでも起こそうとしたいたのかしら」

「エヴァ。先月と今月の納入の比較だけど、僅かに上がってる。局の帳簿見せて・・・ああ、ビンゴね。間違いない、行き先はやっぱりココなんだわ」

「次の納入はいつ?」

「えっと・・・グッドタイミング。あと二時間後よ。ここの地下三階の倉庫で行われるわ」

「ツキが回ってきたわね。納入した人物の名前は?」

「エルバー・ポンティアック。四九歳。局のデバイスの製造・管理部門責任者」

「ワオ、最低」

フォルクス達が商談をしている最中、エヴァとアスカ、エリオとキャロは既に制圧した監視室でデバイスの横流しの記録を漁っていた。

データの保管場所は、監視室とエヴァは踏んでいた。

古い監視記録のデータとして残してしまえば、対外の人間など、監視記録のデータディスクに残しているなど露にも思わないはずだ。

どうしてそうなると質問すると、エヴァは「私だったらそうする」と答えた。

隠し物は大昔から、中身の入れ替えに限るものだと。

そして今に至る。

無論プロテクトは存在したが、メビウス隊随一の機械通であるエヴァにかかれば、どんなプロテクトなど朝飯前どころか下ごしらえ前だ、とはアスカの談だ。

見れば密輸、人身売買、今まで行った様々な悪行の数々がとして残っている。

「どうしてわざわざ自分たちがやった犯罪をデータ化しているんでしょう?」

辺りを警戒しているキャロが言った。

正直者らしい彼女の発言だ。もし自分だったら、悪行は隠しておいたままにするだろう。

「強請りに使えるからよ」

エヴァは眼鏡を鼻元にずらし、振り向く。

「相手側に、犯罪に関与しているということを分からせる時に使うの。そうすれば否が応でも首を振らざるを得ないものなのよ、組織ってのは」

「狡賢いものなの、大人はね」

アスカは肩をすくめ、若干呆れ顔で言う。

「そう、大人はいつだって狡賢くて、汚くて、子供の夢を壊したがる」

「え?」

アスカの陰りのある呟きに、キャロが言う。

「・・・ああ、格言よ。男も女も、年とると独り言が多くなるのよキャロちゃん」

「は、はい」

言葉に何か、感情――悲しみが宿っていたように感じた。










案内され、話し合いの場は会議室へと移る。

会議をする部屋であるのに、壁に歯科の頭の剥製や、

ヴォルとケイマンの商談は続いていた。

「成るほど。要は復讐の為に、デバイスを売ってほしい、と」

「ええ。私の部下は皆、管理局の奴らが大義名分を翳した戦争で孤児になってしまった者たちです」

「それはお悔やみを」

「時代は今、管理局を打ち倒そうという風が出ています。我々もそうしたい。ですが、決定的なもの欠けている」

「力、ですか」

「そう。力です。今我々、いえ世界に必要なのは力なのだと私は思います。管理局という強大な力を倒すには、こちらも力を持つしかありません」

「目には目を。力には力。我々マフィアの道理、筋の通し方ですね」

「あなた方から見れば、私達は子供のような、小さな組織ですが、志の強さはどんな組織にも勝ると思っています。無論、貴方がたにも」

その言葉に、ケイマンは驚きを含んだ笑みを浮かべる。

「ケイマンさん。どうかお願い致します。私達にほんの少しのご助力を、どうか」

頭を下げるヴォルを、ケイマンは笑顔で見つめる。その笑みが純粋な、慈悲さえ孕んだ優しい笑顔であることにエリーは顔を訝しめる。

結果が人を殺めること、しいては戦争になることをこの男は分かっているのか。理解したうえでこの笑みを浮かべるのなら、この男は相当肝が据わっている。

というより、この笑顔は心の中の邪を隠す偽りの物なのか。それとも本心か。どちらにせよ、凶悪な人間には変わりない。

「・・・頭を上げてください、ワーゲンさん。そんなことをしなくても、あなた方の意思はしっかりと伝わりました」

「それでは。もしや」

「ええ。是非とも協力させてください。あなた達のような、真っ直ぐな人たちに会うなんて本当に久しぶりだ。胸を打たれましたよ」

「あ・・・ありがうございます!」

「では、成立ということで」

「ええ、ケイマンさん。本当に、本当にありがとうございます」

二人は立ち、硬く握手をする。

「いえ、私達はもう心を共にする盟友です。“ヴォル”さん」

「・・・ええ。ベンジャミンさん」

抱擁する二人。それを見るエリーとベアーテ、ティアナの目は冷ややかだ。スバルは感激したのか、目に涙を浮かべている。

(クサい芝居ね。ラズベリーの香りがする。最低賞狙えるわね。)

(スバル。なぜ泣く。お前は局の人間だろう」

(ご、ごめんなさい。なんていうか、男の友情というものに感激してしまって)

(バカスバル。こいつら、あたし達を倒そうとしている人間よ)

そう、彼らは敵だ。潜入任務に個人の感情は不要。情に絆される等もってのほかだ。

「では、ヴォルさん。アドザムでの夜を、お楽しみください」

「ええ、ベンジャミンさん。今度とも」

「はい。今度もよろしくお願いします」

深々と礼をし、去っていくケイマン。

その後、ボディーガードと思われる二人に連れられ、カジノルームに戻ってきた全員は揃って疲れのため息を吐いた。

とりわけヴォル――否フォルクスは、どっと肩を下ろす。

「はあ、楽なもんじゃないな。潜入任務ってのは。俺ぁ嘘つくのは苦手だってのに」

「ウソばっか。アンタ、本当は反管理局派の人間じゃないの?」

「おいおいベアーテ。俺はいつだって自分に正直だぜ? さっきみたいに嘘つくと、もう心が痛くて痛くて」

「二人とも、もう、やめてください。こんな大勢の前で」

ティアナが窘めると、ベアーテはフンと鼻を鳴らす。

その横で興味ありげにスバルが言う。

「ベアトリクスさんとフォルクスさんって、昔からああなんですか?」

「入隊当時から嫌われていたらしい、フォルクスさんは。軽い男は気に食わないらしい」

「そんな理由で?」

「俺はそれ以上は知らない。真意が知りたいのなら本人に聞いたらどうだ」

「それは・・・うーん」

スバルが悩む傍らに、歓声が聞こえた。

全員が目を向けた先は、カジノのコーナーだ。人だかりが一角に集まっている。

「何かあったんでしょうか」

「多分、ツイてる奴が一山当てたんだろ。なあ。どんな具合か、見てみようぜ」

ワインの入ったグラス片手に、フォルクスは向かおうとするが、ベアーテに肩を掴まれる。

「ちょっと、任務中だっての忘れてない?」

「カジノの様子を見るくらいいいだろ。息抜きに、な」

「フォルクス――!」

「ベアーテさん、落ち着いて。俺も一緒に行きます。それでいいでしょう?」

「おいおい、エリー。お守りなんて必要――」

口を尖らせるフォルクスに、エリーは鋭い眼光を向ける。その目はまるで温度を感じない絶対零度の視線。

この視線を向けられると、流石のフォルクスも従わざるを得ない。 本当に二十一歳の若造の目か、と。

「あなたの婚約者に言われているんです。なにかフザけていることをしていたら、ストッパーになってほしいと」

「フェイトちゃんが? マジかよ」

「マジ、です。ほら、行くんですか、行かないんですか」

観念したのか、フォルクスは諸手を挙げて首を振る。

「オーライオーライ。分かったよ、ビッグダディの言うことに従うさ」

フォルクスはブツブツと文句を漏らしながら、その場を去る。その後姿を見続けるエリー。

はあ、とため息をついて、頭を抱える。他の人間と比べ余裕があるのはいいが、先輩らしい面を見せてほしいものだ。

「あの、ボーイさん」

「え」

肩を叩かれ、思わず振り向く。

そこにいたのは、美女であった。

純黒のセミロングヘアー。長い睫毛に彩られた双眼。真っ赤なルージュを塗った唇。

トップモデリストのような、スレンダーに肢体に生える深紅のドレスが美しさをより一段と際立てていた。

紛れもない美女。臆目もなく言える。誰もが、誰がなんと言うと、衆人環視の中でも、言える。

美女だ、と。対外の男は見惚れるだろうが、この男エーリッヒ・ヴァルトブルクは違った。

(ヴィータには劣るな)

惚れた弱み、とはまた違うが、彼の女性基準はヴィータが常に首位であり、それが揺らぐことはない。

管理局員全員にアンケートをとっても理解を得られることは殆どないだろう。

彼は病気なのだ。

「・・・申し訳ないですが、自分はボーイではありません。ですが、何かご所望でしたらお持ち致しょうか、レディ」

「あら、御免なさい。お気遣いなく。でも、あなたのようなハンサムなボーイがいたら毎日でも通ってしまいそう」

たとえ妻子持ちの貞節な男だろうと、一発KOで禁断の園へとぶち込まれそうな魅惑あふれる言葉。

だが“病気持ち”のエリーにはただの褒め言葉としか受け取れない。

この状況下で自分はどんな返答をすればいいか、パーティーでの社交辞令の基礎くらいは知っている。ヴァルトブルクという名家での教育は伊達ではないのだ。

「ありがとうございます。自分も、貴女の様な美しい方に声をかけていただけるとは光栄です」

「お上手。ときめいてしまいそう」

やけにお世辞が上手い女性だ。これが“どこかの副隊長”ならノックアウトされているだろう、今頃は。

その時だった。念話が割って入る。

エリーは「失礼」と一言述べ立ち去ると、意識を集中させる。

相手は、キャロだ。どうも部隊全員に送っているようだ。エリー達は念話に集中しつつ、それとなく集合する。

(どうした、キャロ。全員に念話ということは、緊急事態か?)

(え、ええと、みなさんっ、えと、えとっ)

宥めるアスカの声が入る。

(落ち着いてキャロちゃん。どうしたの?)

(あ、え、ええと、ロビーにっ――)

その次の言葉が発せられる直後、カジノ・アドザムに悲鳴が木霊した。

悲鳴に中に、あまり聞きたくない声をエリー達は耳にした。

「時空管理局だ!全員動くな!」

「・・・Holy shit」

フォルクスが頭を抱えて、真っ先に呟いた。

キャロが報告しようとしたのは彼らのことだろう。エリーは歯噛みする。

今突入してきた部隊はおそらく、ブリーフィングにあった後詰の部隊ではなく、全く別の指揮系統の部隊だ。

それも地上本部の捜査を無視できる部隊。そう考えると、本局筋――それも佐官クラスの保守派、急進派の直属部隊に違いない。

加えてこのタイミングでの強行捜査、突入を行うと考えると、こちらの逮捕対象を知った上で妨害しているのだから、厭らしい事この上ない。

「何用でしょうか、管理局ともあろうものが。騒々しいですね」

エリーが対策を思案していると、横を『スカーフェイス』のボス、ケイマンが通り過ぎた。

目の前には隙あらば首を取ろうとしている輩が大勢いるというのに、至極涼しい面を浮かべている。

その彼の前に、指揮官と思しき男が出てきた。見た目四十代だろうか、皺は少し深みがあるが、ピンと伸びた背と、BDUの上からでも分かる鍛えられた肉体を見ると、制服組の人間ではないことが分かる。

「ありゃあ、フォード三佐じゃないか」

フォルクスが言い、エリーが問う。

「知り合いで?」

「いや、直接話した事はないがな――陸士特殊攻課連隊、『141部隊』の隊長、ゲイリー・フォード三佐殿だよ。しかし何でこんなところにいるんだ? 141は対テロ遊撃部隊だぞ」

「ケイマンが部隊を有していると踏んだからでしょう。マフィアの施設軍隊だなんて今時珍しくもないです」

「だとしてもこの規模は異常だ」

「それより、このままでは俺たちの任務に支障が出ます。急いでここを抜けましょう。おそらく奴らの別働隊が密輸の犯人を捕まえようとしているはずです」

「だろうな。得策じゃない。行くぞ」

フォルクスが抜き足で去ろうとした瞬間、

「ッと!?」

殺気。

人ごみの中からの射撃だった。

一瞬、フォルクスは目の前に、魔力の閃光が過ぎるのが見えた。

閃光は射線上にいた管理局員の額を打ち抜いた。

糸の切れた人形のごとく、その管理局員が床に倒れたのがきっかけだった。

「・・・オープン・ファイア!」

フォードの指示と同時に隊員の得物から魔力が放たれる。同じくして、隠れていた武装マフィアが姿を現し、銃による掃射を開始した。

瞬く間に、カジノは悲鳴入り混じる、地獄の戦場と化した。

「イージス隊は客の避難誘導、援護だ! ブリックス、キャリバー隊は制圧射撃! ファイア・アンド・マニューバ!」

イエッサー、と隊員の声が響く。

伏せているエーリッヒ達は、いよいよもって最悪な危機的状況のこの場をどう乗り切るかを話し合っていた。

「さて、どうっすかね」

「こんな状況じゃまともに進めないで――わぁっ!」

スバルのほんの数センチ横に流れ弾が着弾した。この状況下で全員で密輸犯確保は難しい。流れ弾で命を落とす確率があまりにも高い。

かといってこのままではみすみす取り逃してしまう。

エーリッヒは、危険ではあるが、決断した。

「・・・俺とベアーテさんが残ります。フォルクスさん、スバル、ティアナ。そちらは犯人確保を」

「なんだって? エリー、俺が一人残って、制圧射撃して皆行かせりゃ効率がいいだろうが」

「いえ。この先の通路を進むのを考慮するなら、むしろ射撃要因が多いほうがいい。頼めるな、ティアナ・ランスター」

「了解です」

「あ、あの私は・・・?」

なぜ自分が選ばれたのか解らないでいるスバル。自分よりも戦闘経験の多いベアーテを連れて行った方が戦力になるのではないかと言いたいのだ。

エーリッヒはスバルを少し見、言った。

「・・・ベアーテさんは加減を知らないからな。万が一、犯人を締め上げるときに殺しでもしたらかなわない」

「えぇっ!?」

「・・・というのは冗談だ」

盛大にスベり転けて、額を床に打ち付けるスバル。こんな状況でよく冗談が言えるものだ。

「君とティアナのコンビネーションの良さは高町から聞いている。君たちならできると信じているぞ」

「――は、はいっ!」

二人は敬礼した。

「よし。カウント行くぞ。いいな、3、2、1であそこの扉まで走れ」

エーリッヒが顔を上げ、指を指す。目算で20メートルほど先に『STAFF ONLY』と貼られた扉が見える。

ブリーフィングで見たカジノの見取り図では扉の向こう側には、エレベーターがあるという。

フォルクスが商談をしている間に伝えられたエヴァ達からの報告が確かなら、スタッフ用のエレベーターは、地下へと繋がっているはずだ。

そこに行けば、勝機はある。

「メビウス02、スタンバイ」

「ス、スターズ03、スタンバイ」

「スターズ04、スタンバイ」

「メビウス01、了解。カウント、スタート!」

三人は匍匐状態から、いつでも走れる体勢へと直す。

息を止め、全神経を集中させる。

「3(ドライ)、2(ツヴァイ)、1(アイン)・・・・Los weiter!(進め!)」

声と同じく、フォルクス達が飛び出す。

同時に、エーリッヒとベアーテが敵の只中へと突っ込む。すぐさまバリアジャケットを装着した二人は、たしかに、双方の目を引く結果となった。

足の速さで勝るベアーテの軽やかな体術が、複数のマフィアを文字通り吹っ飛ばす。

銃弾を超える威力のエーリッヒの斬撃が次々とマフィア共を薙ぎ伏せる。

それを見た141部隊の隊員は負けてはいられないと凄まじい攻勢に繰り出していく。

横目でベアーテは扉を見る。殿のティアナの背中が一瞬、見えた。

「成功ね、エリー」

「頼みましたよ、フォルクスさん」

ベアーテとエーリッヒの声は銃声と悲鳴にかき消され、誰にも聞こえることは無かった。









(ふぅん、自分が囮になるだなんて、豪胆な方ね。見かけによらず)

そのエーリッヒ達の行動を、遠くで見ている者がいた。

(まあ、処理はどうせ“彼”がやるでしょうし、お暇としたほうがいいでしょうね)

エーリッヒをボーイと間違えた美女だ。

女は妖しい微笑みを浮かべると、避難誘導を避けるかのように、全く違う通路へと向かった。

そして暫く歩いていると、案の定とも言うべきか、管理局――141部隊隊員と鉢合わせした。

三人組の隊員は直ぐ様取り囲み、女に声をかける。

「民間人ですね? こちらは避難通路ではありません。我々が先導します。着いて来てください」

「・・・嫌です」

隊員達は顔を見合わせる。

避難誘導をしていると、たまに面倒な女に会うものだ。ヒステリックだったり、精神が斜め向かいになっていたりと。

そんな人間を説得するのは、戦闘をするよりもずっと疲労が貯まる。

「ここは危険です。ですから・・・」

「警告しますよ。私を放っておかないと、ここに雨が降ります」

ああ、面倒だ、と苦々しい顔を浮かべる。変な宗教の開祖か何かこの女は。

「警告しているのはこちらです。さあ、行きましょう」

「通告はしましたからね。悪いのはあなたたちです」

こうなったら気絶させてでも連れて行くか、と女の目の前にいた隊員が動こうとした瞬間。

「・・・ん?」

おかしい。首から下が動かない。

変だ。まるでバインドをかけられたかの如く、動けない。

全くもって不可思議な状態になった自分。

だが直ぐに彼は動かない理由がわかった。

――首から上がない自分が見えたのだ。

それを見、実感した瞬間、彼の目の前は真っ暗になった。

死を実感した隊員の首が落ちた瞬間、遅れて、残った首から鮮血がまさに雨のごとく通路に降る。

それは正しく、地獄絵図。

「あら、素敵」

そう呟く女の両手には、自分の身の丈よりも大きな大鎌が握られていた。

正確に言うならば、実刀タイプの大鎌型デバイス。

なぜこの女がデバイスを持っているのか。そんな疑問は、今や隊員たちにはどうでもよかった。

逃げなければ。この女はヤバい。

本能が告げる。恥も外聞も捨てて、悲鳴を上げた。

しかし。

「あぁ、良い悲鳴」

感悦の篭った声と共に、大鎌が振り落ろされる。

得物は正確に、隊員の一人の体を縦に寸断した。死体は勢いを殺せないまま倒れていった。

それを見てしまった残りの隊員は、腰が抜けてしまった。最早分けのわからない悲鳴を上げて後ずさる。

常軌を逸した光景に精神が壊れる。

「ああ、たまらない。その声。もっと哭いて。イっちゃいそう」

血濡れの大鎌を持った女はいつの間にか、鮮紅の服を纏っていた。

いや、服ではない。バリアジャケットだ。つまりこの女も魔導士なのだ!

「し、死神・・・・!」

べっとりと血で濡れた鎌と、真っ赤なバリアジャケットを見て、思わず言った。

まさに死神だ。顔についた返り血を舌で舐めずる姿は。

「ええ。私は死神」

女はゆっくりとにじり寄る。それはまさで死神がする死の宣告の如く。

鎌を片手に、慈悲深き女神のような微笑みを浮かべて。

しかしその眼は狂気を孕み、睨む者を絶望へと追いやる。

「血と悲鳴を愛する死神」

鎌は隊員の体を十字に裂いた。









同じ頃、フォルクス達は全速力で地下倉庫へと向かっていた。

つい先ほど、監視室のエヴァ達から連絡があったのだ。

大剣を持った男の魔導士が、マフィア達をなぎ倒しながら、地下倉庫へと向かっていると。

おそらく、その男がエーリッヒが言っていた別働隊だ。

フォルクスは顔を顰める。別働隊の事でではない。

大剣を持った魔導士は、銀髪に漆黒のバリアジャケットを纏っていたという。

(もしかすると・・・)

杞憂であればいいが。フォルクスはそう願うしかなかった。







時空管理局地上本部、デバイス製造・管理部門責任者、エルバー・ボンティアックは焦っていた。

数ヶ月ごとに行なっている『スカーフェイス』へのデバイスの密輸。期日である今日、とんでもない事態へと出くわした。

身内――それも陸士武装隊最強と名高い141部隊が乗り込んできた、と。

十中八九、デバイス密輸の情報を掴み、犯人である自分を確保しにきたのだ。

どこから漏れたかという事は、今はどうでもいい。そんなことは逃げ果せてからでもできる。

今は、ここから――いやミッドチルダから逃げなければ。

地下倉庫から出た彼は、どこへ逃げるか。

事の密輸が露見している以上、ミッドチルダにはいられる訳がない。となれば、管理局の目の届かない次元世界へと逃れるかしない。

手段はコネを使えば可能だ。そう、とても頼れるコネが。

命あっての物種。生きてさえいれば再起は出来る。

だが、どこから情報が漏れたのか。それが気になる。

外部――特に身内である管理局にはバレないように細心の注意を払い、卸し続けていた。

製造・管理部門主任という立場を最大限利用し、不正に目敏い局員への目眩ましも怠っていない。

となれば、『スカーフェイス』に潜入捜査を張っていた人間がいて、その者が漏らしたのだと考えるしかない。

無駄な足掻きだ、と常々思う。JS事件以降、管理局の威権の失墜は地の底だ。

内部では、皇道派のタカ派・極右思想メンバーを母体とした急進派が勢いを増し続けている。だが自分はそれに属しているわけではない。

むしろ、関係ないと言わんばかりだ。急進派が台頭すれば、管理局はさながら恐怖政治の如く、次元世界を力で平定するだろう。

そして戦争が起こるのは必然。そこに次元世界にいる魔導士に売りさばけば・・・という寸法だ。

戦争は政治的手段であると同時に、ビジネスチャンスでもある。昔の人間はいい言葉を残してくれたものだ。

そう思い、常に持ち歩いている、管理局内部の機密情報の情報データが入っているカードを確認すると、地下倉庫を出た。

そこからしばらくは、狼狽えるマフィアと会うだけだった。

聞けばカジノ場は戦場と化してしるらしい。管理局の対テロ部隊が突入した、沈静化を図っているものの、マフィア側の攻勢もあってなかなか進軍できないと伝えられた。

当然だ。デバイスの他にも、局が押収した銃器の質量兵器も流しているのだから。

とはいえ相手は戦闘のプロ手段だ。マフィア相手にいつまでも遅れを取らないだろう。早く逃げ果せなければ。

気づけば、逃走車が置いてある場所まであと十数メートルまで近づいていた。希望の兆しが見える。

しかし、そうは問屋が下ろさなかった。

悲鳴と共に、突然後ろにいたマフィアが自分の目の前まで吹っ飛んだのだ。

驚きに目を見開き、振り返る。

そこには、全身黒づくめに、大剣を片手を肩に担いたプラチナブロンド髪の男がこちらへ向かってきていた。







男はエルバー・ボンティアックを見据えると、剣を床に突き刺した。柄をさながらバイクのイグニッションスイッチを回す如く、捻る。

すると剣はエキゾーストノートの唸りを上げ、魔力がそこに集約していく。同時に、刀身から空薬莢が排莢される。

それを見てエルバーはわかった。あまりに無骨な大剣であるが、デバイスであるのだと。

「レーヴェ。アクセル・ドライブ、レディ」

《Ja。Accele-drive,bereiti》

赤の魔力光が切っ先から腹まで覆う。男は剣を引き抜くと、切っ先をに向けた。

改めて我を取り戻したは後ずさる様に逃げる。男の持つ大剣以上に鋭く、悍ましさを眼光に、足に力が入らない。

同じく、男の目の前にいる武装マフィア達も、数で圧倒しているというのに、腰が引けている。

それほどまでに、この男の双眸が、本能的に猛者(つわもの)であるということを分からせているのだ。

数人の武装マフィアがほんの僅かな勇気を振り絞って、銃口を男に向けたが、それも後の祭りだった。

「――アクセル・ドライヴッ!」

男が大剣を斜め一文字に、地から天まで振り上げると同時に、赤色の魔力が床を高速で駆けていった。

凄まじい威力とスピードに、先ほどまでいた行く手を邪魔していたマフィア共は、さながら『モーゼの十戒』の如く、割れるように左右へと吹っ飛んでいった。

だが、殺してはいない。皆一様に苦しそうに呻き声を上げている。腕か肋が折れただろうが、致命傷には至っていない。非殺傷設定というやつだ。

それに今の魔法は見たことがある。アームドデバイスを使用するごく一部の魔導士が砲撃魔法、アクセル・シューターの独自に改造した技、アクセル・ドライヴ。

射程と誘導性を犠牲にし、威力と速度、貫通性のみを高めた、短距離直射型のアクセル・シューターと言える。

おまけに、男が使用している大剣デバイスは自分の記憶が確かなら、十年近く前にヴォルケンリッターの一人シグナムのデバイスであるレヴァンテインを、デチューンした物だ。

複雑な可変機構を排除し、純粋な剣型デバイスとして、万人の魔導士に扱えるよう、再設計した物。

しかし男の持つ“それ”は、万人が使えるような代物ではない。恐らく、大型のカートリッジを使えるように刀身を太く、大きく改造したのだろう。

そして柄を捻りカートリッジを刀身から排莢する、イグニション・イジェクター・システム。これも剣型デバイスを使うごく一部の魔導士が使用するシステムだが、実用面から見て酔狂としか思えないものである。

いわばあのデバイスは規格外の――魔改造レベルのアームドデバイスと言ってもいい。

とんでもない奴を相手にしてしまった。エルバーは腰が抜け、動けなくなってしまう。一歩一歩男が向かってくる足音が、死の宣告の様に聞こえた。

「い、命だけは助け――ひっ!」

今時三流の悪役でも言わない台詞を言いかけた途端、剣先がすぐ目の前まで突きつけられた。

「エルバー・ボンティアック。デバイスの密輸、その他、多数の余罪で逮捕する。」

「た、逮捕? 殺しにきたんじゃ・・・」

「逮捕だろうが豚箱行きだろうが、死ねば貴様は地獄に行くのには変わりない」

どこか影のある暗い声音だが、それがかえって恐怖心を煽る。

切っ先が外されると途端に、手足にバインドを掛けられる。野望、ここに潰えたり、だ。

男は視線をに向けたまま、動かない。だが、時折面持ちが険しくなるなど、どこかただ見ているとは違う。

念話だと気づく。指揮官と話しているのだろう。獲物を捕まえた、と。

さて、これからのことを考えなければならない。

保釈金どうのこうのの問題ではなく、問答無用で無期懲役になるだろう。デバイスの密輸は、昨今の次元世界での犯罪において、極めて重い処分が下される。

脱獄の手筈、密通をミッドチルダに拘留されているうちに考えねばならない。

ここでは終われない。まだ自分の好きなように生きたいのだ。

呟きながら考えていると、男が声をかけてきた。エルバーは自棄になって答える

「何だってんだよ、おい。とっとと連行しやがれ」

「・・・貴様の処罰が今決まった」 「

へ?」

剣先が、首元に置かれた。

「首を斬れ、と」

「・・・え、え、お、おい! 嘘だろ!?」

「生憎だが」

「頼む! 逮捕してくれよ! 豚箱行きでもいいから、殺さないでくれ! 頼む! バックとか知ってる事洗いざらい吐くからさ、な!」

願いとは裏腹に、男は剣を振り上げる。

「祈れ」

エルバーが最後に聴いた言葉は、それだった。





もぬけの殻となっていた地下倉庫を出て、ただならぬ衝撃音を聞きつけたフォルクスたちは、その場所へと向かっていた。

倒れているマフィア達が道しるべだった。全員、残らず気絶していたが。

「くそっ。もう先を越されているかもな!」

「急ぎましょう! 殺されるのは回避させないと!」

「あともう少しですよ。音が聞こえたのはすぐそこですから!」

「信用するぞスバル!」

「サー! ありがとうございます!」

希望が見えてきたのも束の間、それをぶち壊すものが聞こえた。

「た、助け――!」

声と同時に、濡れた手拭いを叩くような音。

喩えようのない、最上級の不安が過ぎる。皆一様に青い顔をするが、ここで立ち止まるわけにはいかない。

声の聞こえた場所へとトップスピードで走る。

が、十秒もしない内にフォルクスが止まった。それに倣い、ティアとスバルも止まる。

――匂う。戦場では嫌が応でも嗅ぐ、匂い。それが鼻をつく。

血の匂いだ。匂いの濃さでわかる。かなりの量の出血だ。

歩く音も。ピチャ、ピチャ、と。

ここは室内だ。雨の中を歩いているわけではない。これは“血の海を歩く音”だ。

フォルクスの顔が険しくなる。眉間に皺を寄せ、目の前を見据える。

ティアとスバルも匂いに気づき、鼻を覆う。

その彼らの前に、一人の男がやって来た。

漆黒のバリアジャケットに身を包み、右手に大剣型デバイス、左手には真っ赤に染まった包みを。

その包みの中身が何であるのか、すぐに分かった。理解したスバルはその場で嘔吐した。ティアナは吐きはしなかったものの、顔を顰め、男を見据えた。

陰鬱さのみを感じ得ない面持ちには、返り血がべっとりとついているが、本人は全く気にもせず、こちらへとやってくる。

男はフォルクスを見ると、何秒かその顔を見る。ティアには一瞬、驚きの面持ちが見えたような気がした。

「無駄足だったな、フォル」

そう言って、男はフォルクス達を通り過ぎた。

フォルクスは何も言わず振り向かないまま、その場を動かなかった。






一時間の乱戦の末、結果は一応、管理局の勝利という形に収まった。

戦場となったカジノの荒れ用も酷いものだが、それ以上に酷い有様は、“客”だった。

元来マフィアには政界・財界につながりができるのは至極当然だが、昨今の情勢で“反時空管理局”を掲げるマフィアの店に来ているということは、それに与する事と同義だ。

表では管理局に対して昵懇である企業の役人や、NGO、NPOの人間までもが招かれていたのだ。

即刻逮捕――となるべきであるが、できなかった。

現在の管理局の立場は非常にややこしく、脆い均衡の上に立っている。改革派、保守派、急進派。急進派にとっては膿を取る利になるが、改革派、保守派にとっては非常に危うい事態となる。

もし逮捕し報道されれば、世論からの、管理局に対する反感の大きさは想像に固くない。最早管理局に味方はいない、八方塞がりの状態なのだと。

そんな組織が存在すべきなのか、と。

時空管理局が時空管理局たらしめるには、悪を放置せざるを得ないのだ。

「・・・ええ、了解。エリー君たちにも後で伝えておきます。あのコ、今フォード三佐との話し合いで忙しいから。え、ああスバルちゃん? 大丈夫。だいぶ落ち着きましたよ」

事が終わり、カジノ場に来たエヴァはインカム型の通信機越しに、フォルクスと話していた。魔法資質のない彼女には、通信機がなければ他の隊員と遠隔で話し合えないのだ。

「御首頂戴、だなんて。見せしめのつもりだとしても、酷い話――ん、了解しました。男同士のお話ですもの。口出しはしません」

言うと視線を、中二階に続く階段で休んでいるルーキー達に目を向けた。

可哀想なことをさせてしまった、と後悔の念が過ぎる。自分達メビウス隊には、血生臭さとは切っても切れない縁がある。

そんな中に、人を救うことを信条としている彼らを招いていいのか、と。

明日、自らの血の海で溺れ死ぬかもしれないというのに。

「・・・フォル。私もいつか、首を取られるんですかね――ううん、気にしないでください。独り言です。では、05、オーバー」







フォルクスはカジノの外に居た。本来ならエリー達と共にいるべきだが、「話し合いたい人間がいる」とひとり抜けてきたのだ。

報道規制をかけている為か、外にはIFVと数名の管理局員以外、姿はない。

長年管理局の内部を見てきたフォルクスでも、この事態は歯がゆい思いだ。それが組織存続のためだというのなら。

大人の事情。簡潔で分かりやすいが、これほど厭らしい言葉はない。若い頃の自分なら、決して許しはしなかっただろうに。

(何だかんだで、俺も汚い大人だなぁ)

自嘲の笑みを浮かべ、懐に仕舞っていたタバコを一本取り、火を点けようとした時だった。

「俺にも一本、くれないか」

背後から声をかけられた。聞き覚えのある男の声。フォルクスはニヤリと笑うと、背を向けたまま、タバコを後ろに投げる。

しかしタバコを投げる以上に早く、懐に忍ばしていた拳銃を振り向きざまに構える。

「・・・お?」

構えた先には誰もいない。タバコもない。足音もしなかった。どこに行ったのか。

視線だけ左右に動かしていると、

「甘いぞ、フォル。焼きが回ったか」

耳元で話しかけられると同時に、大剣の刃が首筋で煌めく。

持っているのは、地下で出会った、プラチナブロンドの男だ。

向けられる視線も大剣同様、刃物のごとく鋭い。

「・・・ったく、お前も容赦ないなぁ」

「お前が抜けているだけだ」

「お前は張り詰めすぎなんだよ」

剣が仕舞われ、無表情で睨み合う二人。

傍目から見れば、一触即発の場だろう。だが、それも一瞬の事。

フォルクスは静かに笑みを浮かべ、男はほんの少し、口端を釣り上げて、固く抱擁した。

「よう、クレイル。久しぶり」

「フォルもな」

クレイル・アルファード。

事務や救助関係を請け負う局員には、名前を聞いてもさっぱりだが、武装隊ではそれなりに名の知れた男だ。

だがメビウス隊のような輝かしい名では知られていない。

非公式作戦(ブラックオプス)や暗殺(ウェットワーク)を主に請け、その大剣型デバイスで幾多の人間を斬ったという。

始め真っ白であったバリアジャケットは返り血を浴び続け、その血がどす黒く変色したという噂が立ち、いつしか“血染めの(ブラッディ)クレイル”とまで呼ばれるようになった。

そしてその男とフォルクスは、十年来の旧知の仲である。

「何年ぶりだろうな、お前がブラックオプスばっかやってるってのは聞いていたが、どこの部署に詰めていたかはわからなかったからな」

「仕方のない事だ。俺は所属がちょくちょく変わるからな」

「連絡の一つでも寄越しやがれ。俺とお前の仲だろ」

「・・・俺はミッドチルダより、敵地にいるほうが長い。デブリーフィングでこっちに来てもほんの数時間だからな」

抱擁を解いた二人。

フォルクスは残念そうにクレイルを見る。かつてを知る彼は、こんな鋭い目つきをする人間ではなかった。月日と戦いがここまで変えてしまったのか。

タバコを取り、吹かすフォルクス。

副流煙が月明かりにぼんやりと映える。

「ココ(アドザム)に来たのは、保守派の命令か? それとも急進派か?」

「機密だ。答えられないな」

チッ、とフォルクスは舌を打つ。予想していた答えだが、当たれれば当たればで腹が立つものだ。

「だが、教えられることはある」

クレイルは空に向かって吹く。

「フォードは急進派の命令でここに来た。だが俺はフォードの部隊に入ったわけではない。そして俺は、ウエットワークはやってはいない」

「・・・何だって?」

「教えられるのはここまでだ。あとは自分の足で探せ」

クレイルはタバコを足でもみ消す。鋭い眼光がフォルクスに向けられる。だが不思議と、安堵を感じるものがあった。

「フォル。ジョーカーは手札に紛れ込んでいるものだ」

そう言うと、クレイルは暗闇に消えていった。

彼が言葉が何を意味するのか、フォルクスには理解できなかった。

情報が足りない。今はまだ。

調べる必要がある。

真実とは足元に転がっているものだが、それを見えるようにするには大きな明かりが必要だ。








数日後、アドザムでの任務の報告書を書き終えたエーリッヒは、半日座っていたデスクからようやく離れた。

上着を脱ぎ、ネクタイを外すと、疲れきった体をオフィスに置かれているソファに身を投げる。

日々の訓練に加え、ややこしいことになったアドザムでの一件の報告書は、それ以上にややこしかった。

本局に提出する手前、“不都合な真実”はいくつか省かねばならない。だが、報告すべき点は確実に書かなければならない。慎重に。

その点の洗い出しにかなりの時間を費やしてしまった。

他にもあの腹立たしいフォード三佐の事について、そして、無残に殺害された三人の141部隊の隊員の事も。

エリーは天井の電球を見て考える。

あの三人の遺体の斬り口は以前突入したビルで起きた殺害現場の死体と同じだった。そして、141部隊の突入と、エルバー・ボンティアックを殺害したという大剣を持った男、クレイル・アルファード。

これらが偶然の産物と言えるだろうか。

本部の上層部もだんまり。クレイルという男はエリーも名前は知ってはいるが、どのような経歴を持っているかは知らない。

データベースを調べてみても、高位のクリアランスを求められる始末。

階級は一等陸士であるのに、経歴の開示になぜ高位クリアランスを求められる。これでは『隠し事をしています』と同義だ。

エリーは忌々しげに顔を歪める。

本局上層部――つまり保守派は、ようやく捕まえた『スカーフェイス』のビッグボス、ケイマンを保釈すると決めた。

今はまだ泳がせておく、とのことらしいが、地上本部の局員たちの大半は納得がいかなかった。

数年かけてようやく逮捕に漕ぎ着けた結果がこれだ。陸の捜査員達の憤慨した面持ちが思い出される。

(・・・やめよう、思い出すのは)

折角休もうとしているのに腹の立つことを思い出しては気も体も休まらない。

目を閉じ。深呼吸。

意識はものの数秒で消え落ちた。




「エリーくーん。入るよー・・・って、あれ」

私用があって来た高町なのはがメビウス隊のオフィスに入ってすぐ目にしたのは、ソファで泥のごとく眠るエリーの姿だった。

デスクには束になった、先の事件の報告書が置いてある。仕事を終え、そのまま寝についたのだろうか。

普段、隙を見せない彼には珍しく、隙だらけの格好だ。余程疲労困憊なのだろう。

目の隈は深く、ワイシャツやズボンも皺だらけ。

(そういえば事件のあと、エリー君宿舎に帰ってきてないって、ヴィータちゃん言ってたっけ)

ずっとオフィス詰めでほとんど寝ずに頑張っていたのだろう。

彼は意地っ張りだから、どうせ「隊長の俺が一番頑張らなくてどうする」とか言って、部下に負担がかからないようにしたに違いない。

なのはは彼の上着を布団がわりに掛けてあげた。

「あんまり無茶ばっかりしてると、体壊しちゃうよ」

「この程度で壊れるほどヤワじゃない」

「もう、そんなこと言って・・・て、ええ!?」

いきなりの声に、驚いて尻餅をつくなのは。起きていたとは驚きだったが、急に声を上げられては心臓に悪い。

「い・・・いつ起きてたのエリー君?」

「お前が上着を掛けてくれたところだ」

「なんて言うか・・・鋭いね」

「寝込みを襲われても大丈夫な様、訓練は受けているからな」

自分でも面倒な体だと思う。エリーは上半身を起こす。普段とは違い、全身から果てしない疲れが漂っているような、そんな感覚だ。

「で、何の用だ。報告書なら作り上げたから勝手に持っていけ」

「んーとまあ、私事なんだけど、いいや。エリー君疲れてるから」

「何だ。俺個人に頼みごとだなんて、珍しい。言ってみろ」

言うと、なのははどこか照れくさそうに頬を掻く。

「にゃはは・・・まあ、ちょっと・・・買い物に付き合って欲しいんだ」

「買い物?」

「来週、メビウス隊と機動六課全員が一週間休暇貰えるんだって。その休暇のうちに・・・」

「男へのプレゼント選びか。喜ぶプレゼントを贈りたいから、その為に一緒に来て欲しい、と」

「うっ、さすがエリー君。鋭い」

なんとなくではあるが、彼女が自分を頼るなぞ、こういう事でもないと、ないだろうという勘が働いたのだ。

「渡す相手は誰――あ、いや待てよ・・・・ユーノ・スクライアか」

なのはの頬の赤みが増す。図星だろう。

「私の知り合いでユーノ君の歳に近い男の人って、エリー君くらいにしか頼めないの」

確かに。彼女の知り合いの男性と言えば、ハラオウン提督と、ヴェロッサ、グリフィス。ヴァイスしかいない。

ハラオウン提督は立場上頼むわけにいかない。ヴェロッサは現在本局に出向中で、グリフィスははやてのサポートで手が離せないと聞く。

ヴァイスは男より、女性が喜ぶ物を知っていそうだから外したに違いない。

消去法でたどり着いた先が、自分となったわけだ。

はあ、とため息をつき、エリーは物憂げな顔でなのはを見る。途端に彼女の顔が心配そうに曇った。

それを見たエリーは

「仕方ないな」

と言い、

「付き合ってやろう」

と言った。

その言葉の直前に、ドアが開いたのを気づかずに。




僅かに、息を呑む音が聞こえた。エリーは開けられている自動ドアを見た。

スーツ姿のヴィータが青ざめた顔で、こちらを見ている。

もしや、と思った。

「ヴィータ」

声をかけた途端、猛スピードでオフィスを出て行ったヴィータ。

一瞬、彼女の目に涙が浮かんでいたのが見えた。

「ど、どうしたんだろうヴィータちゃん」

「最悪のタイミングだ」

「え?」

「付き合ってやろう、という言葉だけ聞いたんだ、彼女は。勘違いをしているんだ」

「あちゃあ。なら早く行って誤解とかないと!」

「ああ」

二人は頷いてオフィスを出る。

もしこれが聖王の与えたもう試練なら、剣の切っ先を首に突きつけてやりたいと思ったエリーだった。






二人は仲間にも連絡を取り合いながらヴィータの行方を探していた。

はやての力を使えば直ぐに分かるのだが、ここでもタイミングの悪いことに、彼女は現在、本局の上層部との会議の真っ最中であった。

念話も通じないとなると、自らの足でどうにかするしかない。

そうして探し回っている内に、陽もいつの間にか傾き、空が黄金色から闇に切り替わろうとしていた。

探し始めてかれこれ四、五時間は経っているはず。地上本部はくまなく探した。

一体、どこにいるのだろう。

屋上で休んでいる二人は同じ考えであった。

元々疲労困憊であったエリーも、傍目で見ても疲れ切っているのがわかるほどに疲弊しきっている。

なのはが買ってきたスポーツドリンクを渡されると、それを一気に飲み干した。

身体はガタガタであるが、目だけは覇気は失われてはいない。

彼の原動力は『誤解を起こしてしまったこと』。その責任故に動くのだ。

「どこにいるんだろうね、ヴィータちゃん・・・」

ベンチに座る二人。なのはの顔も疲労の色が隠せない。

宿舎は真っ先にに連絡をかけたが、来ていないの一言だった。

もしかして市街に出てしまったのか。そうなると最早、二人だけで探し出すはの困難を極める。

既に絶望のため息しか出ない二人。

その時だった。なのはの携帯電話がバイブレーションを起こした。

宿舎の寮母、アイナ・トライトンからの電話だった。

「はい、高町です。アイナさん、どうしました」

『あ、なのはちゃん! ヴィータちゃんの事なんだけど、今宿舎に戻ってきたわ!』

なのはの顔が嬉々に染まる。何事かと顔を近づけるエリーに、親指と人差し指で丸を作る。

それを見て伝わったのか、エリーは肩を撫で下ろしてベンチに深く座った。半分魂が抜けているのではないかと思うほどに。

「分かりました! 今からそっちに行きます! ヴィータちゃんにも、そこに居るようにと言っておいてください!」

『了解。でもなんか不機嫌そうな顔してたから、気をつけてね!』

電話を切ったなのははエリーを見て頷く。言葉を交わさずともやるべきことは分かっている。

全力疾走でメビウス隊と機動六課の宿舎へと向かった。

着いてみると、アイナがそわそわして待っていた。

どうやら屋上にいるとの事らしい。

二人は期待半分、緊張半分で屋上へと向かった。

宿舎の屋上は吹き抜けだ。人がいれば直ぐに分かる。








アイナの言うとおり、ヴィータは確かに、屋上にいた。

こちらに背を向けて、柵に乗り出すように寄っかかっている。もう少しで完全に沈む夕日を見て。

ドアを開けた音を気づいているはずだ。

まっさきに声をかけたのは、なのはだった。

「・・・ヴィータちゃん!」

答えようとも、こちらを見ようともしないヴィータ。それでもなのはは話し続ける。

「エリー君が言った“付き合う”ってあれ・・・そ、その、交際の意味じゃなくてね――」

突然、エリーが手をなのはの前に突き出した。

「俺がやる」

そう言って、ヴィータに近付いていった。

一歩一歩、ゆっくりと。

「付き合えばいいじゃん、別に」

あと数歩手を伸ばせば触れる距離。そこでヴィータは背を向けたまま、口を開いた。

「最強の武装隊隊長とエースオブエースの美男美女。お似合いじゃねえか」

対照にエリーは何も言わないまま。

「聞いたんだけど、何もアタシの事なんか探す必要ないじゃん何時間も」

夕日が落ちた。雲ひとつ無い夜空の星が三人を照らす。

「アタシ探す暇あったらデートの日取りでも――」

「ごめん」

静寂。

三十秒か、一分か。もっと長かったか。

最初に話しだしたのは、ヴィータだった。不機嫌そうに。

「・・・なんで謝るんだよ」

「君に誤解されるようなことを話していた俺が悪いんだ」

「・・・アンタに非は無えよ。勝手に入って、勝手に誤解して逃げたアタシが一番悪い。つーか、なのははユーノに惚れてるのにな、はははっ」

ようやくヴィータが此方を向いた。どこか、憂いを含んだ笑みを浮かべて。

「アタシの方こそ、ゴメンな。迷惑かけた」

「俺は構わない。まあ、後ろにいるエースオブエースは怒り心頭かもしれないぞ。ディバインバスター十発は覚悟したほうがよさそうだ」

「えっ!?」

話を振られたなのはは、驚きのあまりその場で小さく飛び跳ねる。

「も、もう。そんなことするわけないじゃない! 原因作っちゃったのは、私なんだし・・・」

消沈してしまったなのはに、ヴィータは駆け寄ると、

「ごめん!」

と、深々と頭を下げた。そのまま、ヴィータは言う。

「オフィス出て暫くして気づいたんだ。なのは、ユーノにぞっこんだから、エリーに靡くわけないって。でも、もしかしたら本当にそうなんじゃないかって・・・怖くて。本当に、ごめん!」

思いがけない本音に、なのは一瞬戸惑う。

彼女の心情は理解できる。自分も似たような心を持っているから。愛する人を誰かに取られてしまうのではないかという心は、分かる。

だから、彼女の恐怖も、行動も許せる。

なのははやさしく、ヴィータを抱きしめる。

「大丈夫だよ」

抱きしめたまま、エリーには聞こえない程度で耳打ちをする。

「わたしはエリー君は仲間として、友達として大好きだよ。でも・・・愛するのは、ヴィータに任せるね」

そう言ってウインクをするなのは。自身の髪以上に顔を赤くするヴィータに、さらに追討ちをかけた。

「あ、もしかしてもう”愛されて”る? そうだよね、相思相愛の男女がお隣さんじゃ、“や”ることやっててもおかしくはないもんね」

「バッ・・・! そ、そそそそそ、そんなことしてるわけねえだろ!」

「うふふっ、何時間も歩かされたお返しだよ」

戯れあう二人を見て、数トン級に重いため息が出るエリー。

何を話しているのかは聞こえないが、井戸端会議的な内容に違いない。

もはや宿舎に戻る気力もない。寝不足、心労、肉体疲労のトリプルパンチで戻る気力も無い。エリーはその場で座り込んでしまった。

そして二人の少女の声を子守唄がわりに、夢の世界へと旅立っていった。



井戸端会議は一時間ほど続いた。その間、エリーに気づくことは全くなかった。

だが最大の不運は、十一月の寒空の下、制服姿のまま寝てしまったことだろう。

翌日、エリーが風邪を拗らせて、次週の休暇の大半を無駄に過ごしたのは、また別の話である。





     

次回 第四話 アンブッシュ・キル







あとがき

どうも、ホウレイでございます。

お ま た せ し ま し た

え? 待ってない? Hey Hey そりゃないですぜダンナ。

前回、最早自分でもどれほどの月日が経ったかは覚えておりません。(初代マイPCがご臨終の際に今までのテキストデータも吹っ飛んだため)

この数年の間にミリタリー知識も大分増えてきましたので惜しげもなく使いました。

私の小説を続けてみている方は、大体お分かりになっているとは思いますが、私の作るオリジナルキャラクターに年齢が十代のキャラクターは出ません。

出ません。

大事なことなので二回言いました。

私としては「リリカルなのは」には十代のキャラクターがメインの九割を占めているので、そこに十代のオリキャラを組み込んでも埋もれてしまうと思ったわけです。

だから私のオリキャラ二十代から三十代が占めているというわけです。

え? いや決して私が年上好みダカラジャナイデスゾ?

ホントデスゾ?

なんにせよ私のモットーである「隙間にいる人のために、隙間産業的な小説を書く」スタンスの上に、書いていこうと思いますので、どうぞこれからもよろしくお願いします。








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