「なあ、鋼よぉ」
「なんですかスカイさん。飯くらい静かにしてくださいよ」
「今日、こっちにメビウス隊が異動するって話、知ってるか?」
「いえ。深雪さんは知ってるんですか?」
「ええ。ミッドで最近テロが頻発しているから司令が呼んだ、って噂らしいわよ」
「へぇ――って、深雪さん! 俺のウインナー食ったでしょ!」
「・・・んぐ。何の事?」
「飲みこみましたね今!?」
「まぁまぁ。たかがウインナー二本でそう怒るな――って、俺様のプリンはどこ?」
「もぐもぐ」
「・・・・・・」
ミッドチルダには多次元世界に干渉、管理などを行うための組織、『時空管理局』の基地がいくつも存在している。
その中でも、首都クラナガンにそびえ立つ地上本部は群を抜いた規模である。
だが一ヶ月前に<狂気の科学者>ジェイル・スカリエッティとその部下によって起きた、大規模テロにより本部周辺は多大な被害を受け、今も再建が続いている最中だ。
夕方。その街の上空に一機のヘリが時空管理局地上本部を目指し飛んでいた。
地上本部のとある休憩所。まるで草原と思えてしまうくらい広い。居る人数はまばらだ。
そしてそこには一人の女性と、初老の男性が面と向かい、斜め下を見ながら唸りあっていた。
「んー・・・なあ、八神。こんなオヤジをいじめて楽しいのか? アレか? お前真性のサ・・・」
「・・・あーもー、ゲンヤさんうるさいわ! はい、チェックメイト!」
喝との声と共に、勝負に決めの一手が下される。
滅びの宣告を受けたゲンヤ・ナカジマは頭を抱えて、情けない悲鳴を上げる。
「たはぁ・・・・八神ぃ。 いくらなんでも手加減ってものがあるだろう。 最初から全力全開なんて酷過ぎるぞ」
「勝負はどんな時だって本気やないと。死んだら元も子もないやんか」
「それは実戦だ。これは将棋だろうがよ?」
ゲンヤは訝しげに八神はやてを睨む。これで通算連続三十戦三十敗。どう足掻いても勝てない。
反則的な行為でも使っているのではないかと思い、一挙一動を観察しているが、全くもって反則行為を行っているようには見えなかった。
何が原因で勝てないのか、と嘆くが、それ以前にその結論にたどり着くまで随分とかかった時点で彼女に勝てるのはまだまだ先のようだ。
「そういえばタヌキ娘。聞きたい事あるんだけどよ」
「タヌキ言うな! ・・・で、何や?」
「今日メビウス隊が地上本部に来るんだよな、たしか」
「そうやね。でも、なのはとフェイトはまだ納得していないみたいだけど」
「だよなぁ。いくらお上からの命令とはいえ、あんなの納得できるわきゃねぇな」
ゲンヤは遠い目で日が紅に差し変わりかける空を見る。
「一波乱・・・いや、大波乱が目に見えるな」
ヘリの中は二人の男、三人の女性が居た。無言でいる者や、外を眺めている者、寝ている者。それぞれだ。
中にいるのは全て、地上本部へと出向中である『第01独立武装隊』メビウス隊の面々である。
「・・・」
紅の髪に黒の瞳。端整な顔にはまだ少年のような若さが残るが、冷静とも無表情とも取れる面持ちが大人びさを感じさせる。
名はエーリッヒ・ヴァルトブルク。二十一歳で部隊内最年少にして部隊長を務める才能ある若者だ。
「・・・・・・」
彼は無言で、外の景色を見るままだ。
「おい、エリー。まだ着かないのか。トイレに行きてぇよ」
エーリッヒの隣に座る、銀髪と屈強な肉体に無精髭が特徴的な、いかにも歳を食った男は尻を擦りながら言う。
フォルクス・ラインハルト。メビウス隊副隊長であり、同部隊の最初期メンバー、生え抜きの一人だ。
ちなみにエリーとはエーリッヒの愛称だが、あまりに女らしいので彼はその名を嫌っている。
「・・・あと十分です」
「十分? おいおい、勘弁してくれよ。漏れちまいそうだ」
世も末だと言わんばかりにフォルクスは天井を仰ぐ。
「漏らすんだったら外に降りてしてね。ここでやったら殺すわよ、フォルクス」
スラリと長い脚を組み、茶のショートカットの髪を掻き上げる若い女性の目は、まるで野獣の如く鋭く、恐怖を抱かせる。
「わかってるよ、ベアーテ。十分くらい我慢するさ」
「そう? 歳とって膀胱が緩んでるなら仕方ないけどね」
彼女の馬鹿にしたような口調に、ヘッ、と負け惜しみのような笑みを浮かべて、フォルクスは腰掛ける。
ベアーテ――本名ベアトリクス・メイトリー・ウエスタン。部隊配属の年数ではエーリッヒの次に短く、そして若い。
「その喧嘩腰な口調、こっちでも言ったらどうなるか分かんないわよ。あのエースオブエースやら、凄腕の人間がわんさかいるんだから」
ベアトリクスを窘める女性――少女とも取れる外見の持ち主の名は、アスカ・エステルイェトランド。
一見十代に見える外見だが、年齢は部隊最年長の三十四歳で、フォルクスと同じく最初期メンバーの一人である。
「皆さん、地上本部が見えました。そろそろ着陸しますよ」
そしてヘリを操縦している女性の名はエヴァ・ピアッツァ。
ヘリ操縦、メカニックマイスター、一級通信士、デバイスマスターなど、機械とデバイス関係において殆どの資格を持つ天才で、部隊内で唯一魔法資質を持っていない人間だ。
二十五歳と、隊では比較的若年だがエーリッヒとベアトリクスよりも配属年数は長い。そして対内唯一の既婚者、子持ちである。
エヴァの声に各員は、
「・・・了解」
「おいーっす」
「わかった」
「はいはーい」
と一部が気の抜けた返答をする。
「なあ、たしか機動六課にティアナちゃんってのがいたよな。同じガンマンとして――って、おい。念話かよ」
「エヴァさん。地上本部の・・・司令から通信です。ヘリを待機しておいて下さい」
「了解です、エリー君」
フォルクスがエーリッヒに切り出した会話はすぐに潰えた。念話を確認したアスカはすぐさま空中に魔法陣を展開、空間モニターを形成した。
モニターには頬、鼻に傷痕のある、壮年の男――新任の時空管理局地上支部司令官、ジェイド・アルハートが映し出される。
『メビウス隊の諸君。到着寸前に申し訳ないが、クラナガンにトラブルが発生した。管理局に懇意の企業ビルでテロが起こった』
「おいおいおい。勘弁してくれよ、早くトイレに行きたいってのに」
『テロリストは密輸されたとされる質量兵器を所持しているとの情報が入っている。慎重に行ってくれ』
「武器はどのタイプですか?」
エリーは訊く。
「拳銃型だ。総勢八人が半分ずつ、これらを装備している」
「それで、そいつらを全員拘束しろ、と?」
「その通りだ。後詰めを向かわせるので来るまでにテロリスト共をぶちのめしてくれ」
ベアトリクスの問いにジェイドはニヤリとして応える。人を束ねる立場として関心はできないが、彼らにとってはこのような言葉が性に合っている。
それにヴォルツ自身、元メビウス隊所属で、彼らは同僚と後輩なのだ。
一通りの即興ブリーフィングを終え、エーリッヒは頷き、
「了解。直ちに向かい、行動を開始します」
『頼んだ』
空間モニターが閉じられた瞬間、フォルクスの重い溜息がヘリに木霊した。
だが溜息を吐きたいのは皆同じだ。予定通りならばこの後には機動六課との顔合わせと称した交流会パーティーが行われるはずだったのに、それがテロリストのせいで、遅れる羽目となった。
許されるものではない。
「よぅし、隊長! いっちょ派手に暴れようぜ!」
「馬鹿。人質がいるのに暴れるわけにはいかないでしょうが」
「なんだとぅ!」
「ほらほら二人とも。喧嘩しない」
「皆さん、作戦ポイントに到着しました。どうぞ」
「・・・各員、これより状況を開始する」
エーリッヒの一声がヘリに響き、纏まりのないチームの空気が一気に変わった。
全員が今さっきとは全く違う、確固たる意志を持った鋭い目でエリーを見る。
「ファストロープ゚で降下後は各自バリアジャケット装着。突入後はいつも通り、人質を傷つけず、敵を殲滅する。以上。質問は?」
「一つある」
フォルクスが真面目な顔でエリーを見る。
「・・・作戦が終了したら、ビルのトイレ使ってもいいよな?」
「・・・はぁ。好きにしてください、フォルクスさん」
一気に気が抜けたエーリッヒは素の口調で話すしかなった。
ファストロープで屋上に降下した四人はすぐさまバリアジャケットを装着する。
黒と青を基調としたバリアジャケットを装着しているのはエーリッヒ。
灰色のミリタリーシャツ、ズボンタイプのバリアジャケットを装着するのはフォルクス。
黒のタンクトップ、その上に白のシャツを羽織って、スパッツの上にスカートを穿くというバリアジャケットはベアーテ。
深紅と漆黒に彩られたバリアジャケットを装着したのはアスカである。
「各員、デバイス起動を許可」
言うが早いか、メビウス隊各々のデバイスが起動する。
エーリッヒのデバイスはフェイト・T・ハラオウンとシグナムのデバイスのデータを基に作られたインテリジェントデバイス・シュワルヴェ。
近・中・遠距離に応じて変形が可能なデバイスだ。
今は近距離に特化した形体で、刀身を魔力で形成したそれは、フェイトのジェットザンバーとよく似ている。
「今日は室内戦か。よし、アサルトモードだな」
フォルクスのデバイスは射撃を主とするフォッケウルフというインテリジェントデバイス。
魔力を連射して敵にダメージを与えるアムラームモードと、超長距離狙撃が可能なミーティアモードの二つの機能を有する。
入隊当初から使い続けている旧式のデバイスだが、何度も改良を重ねており、現行のデバイスでも引けは取らない。
「隊長、敵は八人よね? だったら2on2で半々行くのはどう?」
「・・・それはいい考えだ。そうしよう」
「オーライ。じゃあ私はフォルクスと行くわ」
ベアトリクスは、膝まで装甲に覆われた具足型のアームドデバイス・メッサーシュミット。
蹴り技を最も得意とする、ベアトリクスの為にあると言っても過言ではない代物だ。
「そんじゃわたしはエリ――隊長ね。支援は完璧にこなすから、敵の掃討はよろしくね、たいちょっ」
アスカのデバイスはキャロ・ル・ルシエとほぼ同じ、グローブタイプのブーストデバイス・アイギス。
支援魔法に特化した彼女が、入隊と同時期に支給され、現在も使い続けている、もはや一心同体といっても過言ではない相棒だ。
「・・・わかった。各員、合言葉を」
フォルクス、ベアトリクス、アスカは円を組むように向かい合い、拳をそれぞれ重ねる。
「Cool」(クールに)
「so」(そして)
「Cool」(キメろ)
「・・・よし、行動開始」
夕日が彼らを勇ましく飾った。
オフィスルームには四人の武器を持ったテロリスト達が何やら固まり、意見を出し合っていた。
部屋の隅には、目隠しをされ、バインドまでかけられ全く身動きができない状態だ。
「なあ、ホントに大丈夫なのか? あいつ等、来るのかよ」
「捨て駒なんじゃないか俺たち」
「・・・来る、はずだ。大金積んで武器を手に入れて、やっとあの組織に入れたんだ――」
言葉の途中、突然ドアが開き、会話は中断される。四人は音につられ、その方向を見た。
「やあどうもテロリスト諸君」
「早速だけど半殺しさせてもらうわよ」
ライフル型のデバイスを手に持ったまま大仰な仕草で部屋に入るフォルクスと、“普段”通りの目つきで敵を睨むベアトリクス。
一瞬の静寂の後、顔を引き攣らせたテロリスト達は一斉に拳銃をフォルクス達に向けた。
が、銃口が向く寸前、二人は既にその場から横に飛び退き、フォルクスは見事な腕前で魔力をテロリストに命中させた。
寸でのところで避けた一人を除いて、撃たれたテロリスト達はその場で気絶する。徹底して威力を底上げしたフォッケウルフの魔力に生身で耐えられる人間はいない。
「くそった――!」
言葉はまたもや中断される。
体勢を立て直そうとした瞬間、疾風の如く距離を肉薄したベアトリクスの左足の飛び膝蹴りを腕に受け、武器を手放してしまった直後、そのまま空中で右足からの上段蹴りを顎に受け、悲鳴を上げることもできずに吹き飛ばされ、無様
に床に転げ落ちた。
状況を確認し、敵が一人も残っていないことを確認すると、フォルクスはベアトリクスに人質に事を頼み、自身はテロリストにバインドをかけながら隊長であるエーリッヒに通信――念話を開始した。
『メビウス02から01へ。こっちの掃討は完了した。そちらは?』
『こちら01。敵四人を確認した。こいつらで最後だろう』
『オーケイ。頼むぜ隊長』
壁越しに銃撃を受けているエーリッヒとアスカは顔を僅かに出し様子を窺っている。
未だ銃撃は止む気配は無い。だが、弾数が限られているならば、必ず間隙はあるはず。
エーリッヒはそれを待ちわびていた。
「・・・03。頼む」
「了解、01」
アスカは手――というより、自身のデバイスをエーリッヒに翳す。
淡い青白い光が手から溢れ、それは彼にも注がれる。
「・・・よし、強化魔法完了。気を付けて、エリー」
「・・・ありがとう、アスカさん」
エーリッヒは軽く敬礼をすると、再び顔を出して様子を窺う。
必ず、必ず隙はあるはずだ。エーリッヒは目を凝らしてマズルフラッシュを見つめる。
「――今っ」
呟いた瞬間、エーリッヒは敵の懐内まで駆けた。彼には見えていたのだ。
ほんの一瞬だが、先ほどまでの銃撃とズレが生じていたのが。四人のうち二人がリロードをしているに違いない。
エーリッヒはそう踏んだ。
「・・・」
移動速度強化魔法によって常人の何倍ものスピードで近づかれた男等は慌てて銃を構えるが後の祭りであった。
銃弾を高速で掻い潜り、一閃の元に魔力形成の刃で斬り伏せる。非殺傷設定にしているが、直撃すれば生身の人間は間違いなく気絶してしまう威力だ。
処理を終えたエーリッヒは周辺を確認し、敵が完全にいないことを確認する。
これでテロリストグループは全員気絶したことになる。
時間にして一分と経っていない。まさに速攻だ。
人質のバインド魔法を解き、逆にテロリスト側にバインド魔法をかけて捕縛したエーリッヒ達は、点呼を開始する。
『・・・メビウス01。こちらも片づけた。各員無事か?』
『03。わたしは無傷』
『04。特に怪我も無し』
『・・・メビウス01より02。応答しろ。無事か?』
普段なら真っ先に返答するはずのメビウス02――フォルクスの返事が無い。
『・・・01より03へ。02はいるか?』
『ちょっと待って。・・・いない。おかしいわ、さっきまでココにいたのに』
『04から02、応答して。02、02・・・フォルクス!』
呼べども返事は無い。もしや隠れていたテロリストに何か危害を加えられたのか。
最悪の事態が脳裏をよぎる。
だが――。
『・・・あー、すまねぇ。メビウス02からメビウス01へ。返答が遅れてすまねぇ。無事だ』
多少沈みがちの声だったが、間違いなくフォルクスである能天気な声が響く。
心配して損した、と言わんばかりに他のメンバーは溜息を吐く。
『いやあ、すまんすまん。もう我慢の限界でよ、トイレに座ったらデカい方も出そうなんで、力むのに集中したいから回線切っていたんだ』
場の空気が凍り、同時にフォルクスを除くメンバーは憎しみの炎がメラメラと燃えあがる。
エーリッヒは苛つく口調を抑えることなく、各員に報告をする。
『・・・各員の無事を確認。これよりヘリに戻るぞ。即刻な』
『03了解。とっとと帰りましょ。どっかの馬鹿は放っておいてね』
『04ラジャー。アホは置いて、地上本部でパーっと騒ぎましょ』
『え? ちょ、ちょっと待ってくれよ! 今拭いてる途中なんだよぉ!』
魔法少女リリカルなのは Strikers after ―M&6―