『生まれたての風』600万カウント記念小説

 

To a you side 番外編

―それとない、ただの日常―

 

 

 

 

「パパー。朝だよ起きてー」

ぐっすりと眠っている中、愛娘の声が耳に入った。ぼんやりと、まだはっきりしない意識のまま宮本良介は目を開けた。

不機嫌そうに口を尖らせているオッドアイの少女――愛娘ヴィヴィオが見える。だが眠気の悪魔に身を委ねている以上、目覚めたくはなかった。

理由は眠い以外他にない。他に何があろうか。

「・・・今日は休店日だから寝て曜日〜・・・・・」

そう呻くと布団の中に潜り、再び夢の世界へとダイブしようとした。が、自分の体をヴィヴィオが大きく揺らしているせいでなかなか寝付くことができない。

「パパぁ。お腹空いたぁ」

明らかに機嫌の悪い声音で体を揺らしに掛かる。震度が記録的になったあたりで、やっと良介は観念して上半身を起こした。

目やにの溜まった目を擦り、大きな欠伸を一つかまして体中をボキボキと鳴らした。

「くあああぁぁぁぁぁぁぁぁふぅぁ・・・・・・、今何時?」

「もう八時だよ。ねぇ、お腹空いたよパパぁ」

「ママに作ってもらえよ・・・・ねみー・・・・・・・」

今にも逝きそうに首がこっくりとしている良介。昨日は夜遅くまで皿洗いをしていたために非常に眠い。あと数時間は寝ていたいのが本音だ。

「今日ママいないよ。はやておねえちゃんといっしょに出かけたんでしょ?」

「・・・・・あー、そうだった」

失念していたと言わんばかりにため息をつくと良介は身を起こし、大きく伸びをした。伸びを終えると、次は部屋のカーテンを開けた。さんさんと輝く日光に目が眩む。

お天道様は機嫌が良いようで、雲一つ見当たらない快晴だ。

頬を軽く叩いて意識をはっきりさせると後ろで服の裾を掴むヴィヴィオを見下げ、

「・・・んじゃ、朝飯食うか」

と微笑を浮かべて頭を撫でた。

下の階へ降り、ヴィヴィオが服を着替えているうちに良介はエプロンを装着して厨房に立ち、慣れた手つきで予め温めておいた白米をお椀に入れ、故郷製ふりかけを振りかけた。そしてすぐに色違いのお椀に味噌汁を入れ適量の具を少々。

ちなみに塩分は健康の事を考え控えめだ。

焼いていたアジの開きを等分に切って皿に盛り付け、昨晩の夕食の残りである金平、ほうれん草の御浸しをトレイに入れて準備完了。自分の分の朝飯もトレイに置き、ヴィヴィオの待つ居間へと持って行った。

居間は純和式で、現代の日本ではあまり見かけなくなった畳張りの一室。しかも掛け軸まであるという部屋だ。ちなみにこの部屋のみ、良介が監修したのは業者しか知らない事実である。

朝食セットをテーブルに置くと、日本食の芳しい香りが鼻腔を擽った。食において見た目と味は大事だが、匂いも重要であることも忘れてはならない。

見た目、匂い、味。この三原則が完全に三位一体になってこそ料理と呼ぶに相応しいモノとなるのだ。

「いただきまーす」

「いただきます」

家族揃って朝食を食べる。普段の光景。だが、今日はいつもとは違っていた。愛妻である宮本なのはは今、ここにはいない。

つい先日、「女性限定! 高級ホテル一泊二日ペアでご招待!」という懸賞に当選し、昨日予定の開いていたはやてとアギトと共に出かけているのだ。

本人曰く「適当に応募したら当選した」ということらしい。もしかしたら彼女は周りの人間の運を吸っているのではないかと思い始めている今日この頃。

「・・・なあヴィヴィオ。今日パパと一緒に出かけるか?」

「ふぇ?」

米を口の周りに散らばせたヴィヴィオがこちらを向く。それを一つ一つ取ってあげながら、良介は言う。

「店も休みだし、ママもいないからな。二人っきりでどこか遊びに行こう」

「わぁい、やったぁ!」

「よし、ご飯食べたら準備してすぐ行くぞ」

その言葉を聞いた途端、ヴィヴィオは嬉々としてはしゃぎ、諸手を上げる。それを見る良介の目は、慈愛に満ちた父親の目であった。

 

 

 

 

 

ミッドチルダ東部に来るのは二人にとって初めてだった。いや、良介にとっては二度目かもしれない。ジェイル一味のアジトの拉致されたことを“来た”ということにすれば、であるが。

何にせよミッドチルダ東部十二区画「パークロード」は噂どおりカップルや子供連れで賑わっていた。人通りも多く、下手をすれば迷子になってしまうだろう。

今手元にあるパンフレットを見ても、曲がり角が非常に多くこれなら迷うのも頷けるほどだ。

現に十数メートル先にアイスクリーム屋の前で、親と逸れてしまったのであろう幼い子供がわんわんと泣き喚いて店員を困らせているのが見えた。

手を繋いでいても人波に揉まれて離してしまうかもしれない。十秒ほど考え、良介は愛娘を決して迷子にさせない方法を見出した。

――肩車。

そう。これなら見失わずに済み、娘も喜ぶであろう。良介はヴィヴィオを持ち上げると、生まれて初めての肩車を行った。

両肩にさほどでもない重みがかかる。数ヶ月前に抱き上げた時よりも少し重く感じる。背も少し伸びたようにも見える。

「どうだぁヴィヴィオ」

「パパ、すごーい! 飛んでるみたい!」

「ははは。よーし明日本当にお空を飛ぼうな」

大抵の父親ならジョークに言う言葉だが、良介の場合は条件付きではあるが本当に飛べてしまうから恐ろしい。

それから数分、なのはの事や昼食はどうするかを話し合っていると、二人は思いがけない男と出会った。居ても別段おかしくはないが、こんな場所で会うとは思いもしなかった。

その男性は黒い革のジャンパーと黒のジーパンを着込み、時計をチラチラと確認しながら。正直に言うと以外と似合っていてほんの少し悔しいと良介は思った。

そんな思いを内に秘め、良介は男に声をかけた。

「おーい」

軽くを手を振って呼ぶと、その男は良介を見た途端、顔を喜と驚に変えて応えた。

「おぉっ、大将。それに嬢ちゃん。久し振りっすね」

「ああ。ざっと一年近くだな。その割には全然変わってねえな――ヴァイス」

「こんにちは、ヴァイスおじちゃん」

満面の笑みの挨拶に、ヴァイス・グランセニックは苦笑いを浮かべて指摘する。JS事件では皆の足として活躍し、今は武装隊員として活躍中と聞いている。

彼の人柱のおかげで命を救われたこともある。それでも良介に対する態度が変わらないのだから本当に人がいい人間なのだろう、彼は。

「・・・・できればおにいちゃんと呼んでくれないかな、嬢ちゃん」

「そんな事は別にいいとして・・・・。ヴァイス、お前こんなトコで何やってんだ? 誰か待っているように見えたけどよ」

「そんな事っすか・・・・・・・・まあいいや。旦那の言うとおり、待ってるんですよ、人を」

「・・・・女か?」

野暮な質問に、ヴァイスは親指をグッと立てて口端を釣り上げる。

「ええ。ここまでもってこさせるの、苦労したんすよ。何せガードが固い固い」

オーバーな仕草で肩をすくめるヴァイス。その失笑から彼の苦労が伺える。

「・・・・相手が誰だか聞いてもいいか?」

「いいっすよ」

ヴァイスは辺りを確認する素振りをすると、彼の耳元で待ち人が誰であるかを囁いた。

その答えに良介は驚愕に顔を歪め、体をのけぞらせる。反動でヴィヴィオが声を上げて落ちかけたが、間一髪後ろ手でキャッチ、定位置に戻した。

それにしても、ヴァイスの相手が“彼女”とは予想すらできなかった。恋愛とは縁の無さそうに見えるお堅い“彼女”がヴァイスとデートとは。

女とはよく分からないものである。

「そういや大将はどちらへおでかけで? やっぱ今人気の遊園地ですか?」

「実は俺とヴィヴィオもパークロードに来るのは初めてでな。どれがどう面白いのかよく分からねえんだよ」

「へぇ。じゃあ俺はすぐ近くにある遊園地をお勧めしますよ。子供連れも多いし、嬢ちゃんも喜びそうですしね」

「んじゃあ・・・・ヴィヴィオ、そこでいいか?」

「うん!」

遊園地。記憶を辿ってみれば、何年か前になのはと行ったきりだ。科学が“地球”よりも格段に上であるミッドチルダの遊園地とはどのようなものなのか。

年甲斐もなく期待してしまう自分がいる。それはまだまだ自分は若いのだと良介は結論付けた。

「それじゃあヴァイス。健闘を祈るぜ」

「ええ。そちらも」

「おじちゃん、またねー」

良介とヴィヴィオは手を振って遊園地へと向かうと、ヴァイスは失笑気味に手を振り返した。

「ふぅ・・・・・・・・・・ん?」

静かにため息を吐いた後、彼とすれ違うように待ち人がこちらへと駆け抜けるのがヴァイスには見えた。時計を見れば待ち合わせの時間ギリギリといったところだ。

普段から時間を厳守するはずの“彼女”が時間ギリギリとは珍しい。何かトラブルでもあったのだろうか。

彼の元へたどり着いた途端、息を切らせて謝る姿が非常に新鮮だ。

「ああ、おはようござい――ああ、俺も今来たばかりですから気にしないでください。それよりも早く二人きりというのを堪能しましょう。その為に俺はあなたを誘ったんですからね」

口説かされた“彼女”は驚いた面持ちで頬を真っ赤に染めると、小さく何度も頷いた。

 

 

 

 

 

 

以前なのはとネズミで有名な遊園地へと行ったことがあるが、その時はあまりの混雑ぶりに楽しむどころではなかったのをよく覚えている。

だがパークロードの遊園地は狭き日本とは比べるまでもない程広大であった。それ故、歩き疲れてベンチで死んでいる父親と見られる男性陣がちらほらと見える。

宮本良介もその一人である。ヴィヴィオと一緒にアトラクションを楽しんでいたが、一時間ほどが経って既に体力が限界へと達しようとしていた。

この遊園地は最先端科学と魔力を用いているらしく、幼児にも安全でスリリングなアトラクションが多い。そのおかげでヴィヴィオは大喜びである。

だが良介はその正反対。年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたのが原因か、それとも自分ももう年なのか。どちらにせよしばらく歩きたくはない。良介は死んだようにベンチにもたれ掛かっていた。

「パパぁ。いつまで座ってるの? 早くほかのところ行きたいよぉ」

「・・・・頼む。あと十分・・・・」

「ぶー」

ふくれっ面で父を揺らすヴィヴィオは、諦めたのか良介の膝に座り、ぶらぶらと足を揺らしている。父・良介の心中は懺悔の気持ちでいっぱいだが、筋繊維が赤信号をガンガンに照らしており、指先一つ動かすことすらままならない。

「パパ、つかれちゃったの?」

「うん。ちょっとな」

笑って返すが、正直保ち続ける気力すら危うい。

「ヴィヴィオのせい? ヴィヴィオだけ楽しんで、パパつまらなくない?」

「いやいや。俺はお前の嬉しそうな顔見てるだけで十分楽しいよ」

と――。

「だーれだ?」

「・・・・」

突然視界が遮られ、世界が暗黒と化した。先ほど耳に入ったのはよく知っている女性の声だ。管理局に勤めていた頃、なのはの紹介で知った人物で、時空管理局でその名を知らぬ者はいないほどの女傑。

結婚式ではなのはと良介の仲人をした、とても世話になった上司でもある。

そして別名『管理局の最終兵器』とも呼ばれ、あのなのはでさえ歯が立たないと言わしめた、まさに人外の化け物と言っても過言ではない女性である。

その名も――。

「ジェニー・アウディス。階級は少将。第118航空武装隊特別遊撃隊『メビウス隊』所属。歳は三十六。JS事件では八神はやてと共同でナンバーズ逮捕を行った」

「・・・ほぼ正解。今は一等空佐に格下げさ」

手を離したジェニーは回りこんで二人の前へと現れた。革のレザースーツを着ているの姿は大型バイクでも乗り回しているような風貌だ。溌剌なブルーサファイアの目が良介とヴィヴィオを見据える。

彼女と最後に会ったのはJS事件での後処理で、機動六課の面々と共に本局に出向いた時だ。その時は命令違反で査問にかけられると言っていたが、そのせいで降格したのだろうか。

「ジェニーおねえちゃん、こんにちは」

「こんにちはヴィヴィオちゃん。久し振りだね。あの時より背、伸びたかな」

ジェニーは笑みを浮かべてヴィヴィオの頭を撫でる。彼女との関係も随分長くなってきたと良介は思う。彼女に会ってから仕事では何かと便宜を図ってもらい、危うく停職になりかけたのを寸でのところで阻止してもらったこともある。

職権乱用ではないかと申告こともあるが、「腐った奴にへつらうより世渡り下手な部下に愛を注いだ方がよっぽどいい仕事をしていると思うんだ」と言ってのけた。

宮本良介が初めて人を尊敬した瞬間でもある。

「あれから一年近く経つけど・・・・リョウスケ君はあまり変わってないね」

「あんたもな。つーか、あんたは何でここにいるんだ? まさか恋人と・・・」

「いやいや。暇だからギンガちゃんと遊園地に来たんだよ」

「? 休暇か何かか?」

「うん。停職中」

にこやかな答にブッ! と良介は噴き出す。罰則なぞ無縁の人生に見える彼女が停職とはこれ如何に。

「パパー。ていしょくってなぁに?」

「えーと・・・・まぁ、しばらくの間お仕事をするなってことだ・・・不祥事でもやらかしたか?」

「いやぁ。査問はなんとかうまく切り抜けたんだけど、その後の上層部との抗争でヘマやらかしちゃってねぇ。しかも昔の粗探しもされて階級降格のうえ停職。おかげで暇を持て余しているってわけさ」

停職中であるのに謹慎をしないところはさすがの自由精神である。だがその精神のおかげで何度助けられか。

「そういやなのは君はどうしたんだい? 聞いたところでは夫婦仲睦まじいって聞いてるけどさ」

「喧嘩でもしたって言いたいのか? ・・・・・旅行中だよ。はやてと一緒にな」

「ふぅん。そういえば、はやてちゃんが急に休暇取ったからグリフィス君が大変だって言っていたなぁ。彼も大変だ――と、ギンガちゃんが来たか」

ジェニーが顔を横に向けると同時に良介もそちらへと顔を向ける。そこにはカジュアルなドレスを纏った、アイスクリームを二つ手に持っているギンガ・ナカジマがそこにいた。

良介がもっとも苦手とする相手。管理局で働いていた頃から何かと目をつけられ、不祥事やイタズラをする度に説教を食らったのは今となってはいい思い出である。

翠屋二号店の常連でもある彼女とは今でも親友であり、良介謹製コーヒーを必ず飲んでくれる話の分かる客だ。だが最近は仕事が忙しいのか、ここ数カ月はまったく姿を現していない。

人ごみをすり抜けてやって来たギンガは、ジェニーの元へ着いた途端に良介に気づき、その美しい顔を驚愕に歪めた。

「りょ、良介さん!? なんでこんな所に・・・・」

「居ちゃ悪いのかよ」

「奇遇だよね。天の采配ってやつかな?」

性格がそれぞれ180度違う人間がこうも集まるのもある意味混沌としている。神――この世界では聖王と呼ぶべきか――はよくもこのような人間を生み出したものだ。

「おねえちゃん、こんにちは。えっとね、パパがあたらしいコーヒーつくったから、またお店にきてね」

「ええ。休みが取れたらまた行くからね」

ヴィヴィオに愛僧のいい顔を向けると、ジェニーにアイスクリームを手渡し、良介にはしかめっ面をプレゼントした。この女は一体何を疑っているのだろうか。

――たしかに疑われるようなことを何度も何度も繰り返していた時期もあったが、今はもう違う。自分は、宮本良介は――。

「良介さん、なんで遊園地に居るんですか?」

「なのはが旅行に出かけたからさ。ヴィヴィオが一緒に遊びに来てるんだよ」

「そうなの。パパに肩車してもらって、いっぱい乗り物乗ってすっごくたのしいの!」

「へぇ・・・・・。ところで話は変わりますが、最近管理局であなた絡みの話を聞きませんが、病気にでもかかっていたんですか?」

「は?」

「いや、管理局では普段からあなたがなにか仕出かしたという事件を聞くのですが、最近は全く聞かないので良介さんでも手こずる病気にでもかかっていたのかと思って・・・」

ギンガの言葉に僅かながら怒りがこみ上げてくる。だが、それを表に出すほど自分は子供ではない。自分を抑えることを学んでいるはずだ。

自分はもう大人――そして父親なのだから。良介は自分にそう言い聞かせて怒りを絞め殺すと、理性的にギンガに言った。

「・・・・あのなぁ、俺は父親って身分だぜ? そんなアホな姿見させてヴィヴィオが昔の俺みたいに育ったらどうすんだよ。俺だって少しは父親らしく真面目にパパやってんだぞ」

言った途端、ギンガが口をポカンと開けて唖然とした。隣でにへらにへらと笑みを浮かべていたジェニーも目を剥いて驚いている。

そこまで驚くようなことを言っただろうか?

「なんだなんだ? 二人ともそんなに驚いて」

「いえ・・・・。あなたの言葉から父親らしくだなんて言葉が出るだなんて思いもしなくて・・・」

「私も。リョウスケ君、頭でも打ったかい?」

二人の言動も無理はない。つい数か月前まで管理局では半ばお尋ね者の身分であったが、それが今では立派に父親やっているのだから驚くだろう。

これを元機動六課の面々が見たら、間違いなく「病院に連れて行こう」と言う人間が数人出るだろう。それ位、良介の知人にとっては信じられないことなのだ。

「まあ心を入れ替えたのにはちょっとワケがあって――」

「ねぇ、パパ。早く違う乗物に乗りたいよー」

「・・・・わかった。そろそろ行こうか」

仕方ないと言いたげな笑みを浮かべて立つと、いかにも「ついて来い」と言っているような眼をギンガとジェニーに向ける。

ヴィヴィオの手を握ると、この遊園地でもっともスリリングと評判なアトラクションに着くまで、良介は事情を話し始めた。その面持ちは、らしくないほど落ち着いていた。

「・・・・三ヶ月前さ。ヴィヴィオとボール使って遊んでたんだよ。その時にからかわれてムキになってよ、ちょっと力入れて投げちまったのさ」

落ち着いていた顔が陰鬱な面持ちへと変わる。彼を見つめる二人の顔も少々色が暗い。

「それでヴィヴィオに怪我負わしちまったんだ。帰ってなのはにこっ酷く怒られたよ。・・・そこで気がついたのさ。俺は立派とは言えないけどれっきとした父親なんだって」

「・・・それで心を入れ替えた、ってことか。いいじゃないか、とても殊勝なことだよ」

「そうですね。今の良介さんは、少なくとも私から見れば頼もしい父親に見えますよ」

二人の言葉に良介の顔が僅かに緩んだ。彼がこんなにも穏やかな笑みを浮かべたのは生まれて初めてだろうか。

そもそも普段からいろいろな意味で忙しい性格の男がここまで性格が変わると拍手を送りたくなるほどだ。

「ああ、そうだギンガ。折り入って頼みたい事があるんだけど・・・・」

「なんですか?」

そっとギンガに耳打ちをする良介。ヴィヴィオが小首をかしげて尋ねる。

「パパ、どうしたの?」

「あ、ああ。何でもないさ。秘密の用事があってだな・・・」

「おや。これはまさかの不倫かな? あーあ、なのは君に言っちゃおー」

「違う!」

にやにやしながら指差すジェニーを一喝すると、ギンガへと直り、本題へと移る。

良介はえらく真剣な面持ちでギンガに耳打ちをした。その顔と仕草に乙女心がキュンとした。だがそんな風に思ってはいけないのだ。彼はすでに身を固めている。

――だが、思うだけで口に出さないなら構わないだろう。開き直って乙女心を胸に仕舞うと、ギンガも真剣な面持ちで向かい合った。

「どうしたんですか?」

「いやさ・・・・明日ヴィヴィオに一緒に空を飛ぼうって約束したんだよ。それで・・・・」

先の読める展開に、ギンガは事の核心を先に言いだした。

「個人飛行の許可が欲しい、ですね。勿論私から上に言えば許可は出ますが・・・・明日となると少々無理がありますね。上層部が再建し終わった地上支部の司令官の座を争っていて、私たちも混乱しているんです。正式な許可証が出るのは恐らく一週間はかかると・・・」

「・・・・・そうか、わかった。ヴィヴィオにはもう少し経ったら飛べるって言っておく」

寂しげな笑みを浮かべる良介を見て、ギンガは居た堪れない面持ちとなる。彼が頼み事をするのは大抵自己の為だが、今は全く違う。

人の――無責任な発言したとはいえ、愛する娘を喜ばせたいが為に自分に頼っている。だが精一杯努力しても許可証発行を早めることは一端の捜査官には無理な仕事である。

かといって見つからないように無断で飛行しろと言うわけにもいかない。

何か良い手はないかと模索していると、ギンガはふと明日の日程を思い出した。それは偶然にも良介にとって好機となる時間帯。あとは彼の運任せだが。

背中に哀愁漂わせてヴィヴィオに話しかけようとした瞬間、ギンガは背を向けてわざとらしく言った。

「・・・良介さん。実は私、明日の午後から仕事で南部の方へ行かなくてはならないんですよ。まぁ、こんなことあなたに言っても何にもならないんですけどねぇ」

そう言ってギンガはスタスタと歩いてく。次いで、呆気にとられている良介にジェニーが音もなく忍び寄って、その手から一枚の紙切れを手渡した。

それは地図のようで、聞き覚えのある店名の間にバツ印が描かれている。

「明日午後十八時二十四分。セントラルタワーより南に八十メートルの裏通り。そこの付近ならよほど高度で飛ばない限り見つからない時間帯だ」

「・・・・・・・あんた」

「なぁに。私若いころは君みたいによく無許可でビュンビュン飛び回っていたのさ。それじゃ、幸運を祈るよ」

親指をぐっと立てるとジェニーはギンガの隣で歩いていく。二人は同じ歩幅で並んで歩いている。ニヤニヤしながら、ジェニーは妹分に囁く。

「素直じゃないね、君も」

「・・・私は特に何も言っていませんよ。ただ明日の日程を言ったまでです」

最後の最後も素直ではないところがギンガらしい。それが彼女の可愛さでもあるのだが。ジェニーはそう思いながら、遅れてやって来た良介とヴィヴィオに手招きをした。

 

 

 

 

 

 

 

夕闇が首都・クラナガンを覆っていく。夕日をバックにして、良介とヴィヴィオは帰路についている。

遊園地での思い出は今後なかなか忘れられないだろう。何せ想像だにしないハプニングの連続だったのだから。それを思い出すと、未だに吹いてしまう良介がいる。

「パパ。夕ご飯はなににするの?」

「うーん。たしかチーズが余ってたな。ピザでいいか?」

「うん。ヴィヴィオもお手伝いするー」

「んじゃパパはドウをやるから、トッピングは任せたぞ」

「はーい」

和ましい親子の極みである。つい何ヶ月か前までは「パパ」と呼ばれることが嫌であった良介が、今では呼ばれることで自分がヴィヴィオの父なのであるという喜びが実感できている。

考えを変えれば言葉の価値観も変わる。三十歳近くなって、良介はようやくそれがわかったのだ。

そんな話をしているうちに、自宅兼職場の『喫茶翠屋二号店』が見えてきた。すると――。

「なんだありゃ?」

「お店のまえにだれかいるね」

良介はヴィヴィオを脇に抱えると、小走りで店へと向かう。店か良介に恨みを持つ人間が何かしでかそうとしているのだろうか。

それならば鉄拳制裁をして時空管理局にでも引き渡そう。だが店の前で屯している者達が誰なのか気づいて、良介は予想が大分外れたと思い知った。

「おお、マスター。こんばんはぁ」

「おでかけでしたかい?」

「マスター。なんか疲れた顔してるぜ」

屯していたのは店の常連客十数人だった。大方休店日を知らずに来たのだろう。客の一人が事情を説明する。

「いやぁ。休店日なのを忘れて来てしまって。そしたら私と同じような方々も来て話が弾んで今に至るわけなんです」

「お前らも暇だな」

嫌みったらしく言うが、わざわざ店に来てくれるのはとても嬉しい限りだ。ここまで愛着を持ってくれる客をこのまま帰すのも気が引ける。

ここは一つ、日ごろの感謝を込めて奮発することにした。

「・・・仕方ねえ。ここまで店を愛してくれるんなら応えなきゃならねえな。よーし、翠屋臨時開業! 今日はパーティだ!」

「ぃよっ。マスター太っ腹!」

「流石マスター。気が利いています!」

褒め言葉を背に、良介はヴィヴォオを連れて店へと入り、準備を開始した。ヴィヴィオも父の仕事を手伝うべく駆け足でエプロンを取りに行く。

クランガンの一角に暖かな嵐が巻き起こる――。

 

―数分後―

 

「パパ。タマゴのサンドイッチ五個下さいだって」

「わかった! それと、さっき注文のあったコーヒー三つがそこにあるから持って行ってくれ!」

「はーい」

厨房では嵐が巻き起こっていた。客が予想以上に節操なく注文をするので本当に目が回りそうである。ここで自分よりも料理上手の妻・なのががいればナンとかなるのだが、たった一人で料理を作るにはスピードに限界がある。

かといって客に注文をするなと言うワケにもいかず。今はなんと言っても人手が足りない。良介は最終手段に出ることにした。

猛スピードで走り、カウンター裏に設置してある空間モニターを操作して、ある相手に連絡をかける。“奴”が家にいるのなら間違いなく断りきれないと踏んでいた。

「おい! おい、PJ! 聞こえるか!?」

『な、なんスか先輩!? 事件発生ですか!?』

モニターに焦り顔のハンサムな青年が映った。名をパトリック・ジェームス・ベケット――通称PJ。

彼とはとある女傑の策略に乗ってしまいゲンヤ率いる『第108部隊』へと試験的に入隊した時に知り合った後輩だ。JS事件ではバックで機動六課を支えた人物の一人でもある。

今でも親交があり、店の常連客の一人。こう見えて妻子持ちで、一ヶ月ほど前に妻との間に子供が産まれて、父親の心構えを教えてほしいとせがまれたこともあったりする。

何かと頼みを断りにくい性格の彼なら手伝いを聞き入れてくれるだろう。

「緊急事態だ! 今人手が足りん! 至急翠屋に直行、俺を手伝え!」

『え? え? え?』

「事情は後で話す! とっとと来ないとお前の性癖を嫁さんにバラすぞ!?」

「りょ、了解であります!」

至極焦った面持ちで敬礼をしたのを確認すると、良介はモニターを切り、カウンターへと戻る。ヴィヴィオの字で「こーひー みっつ ぴざ わんほーる」と紙に書かれている。

良介はその紙を横目で見て記憶すると、すぐさま注文の品に取り掛かる。どうやらまだまだ忙しくなりそうである。

 

 

 

 

 

 

二時間ほどが経って、翠屋内で行われたパーティーは一応の落ち着きを見せていた。

臨時でやって来たPJは任を解除された途端に疾風の如く去り、同じく仕事を終えた良介も一息つき、テーブル席でコーヒーを啜っていた。

既に外は夜の帳が下り、ネオンと外灯が街を彩る。既に夕食時が過ぎているがそれでも店の客は五、六人の男女が残っている。

「パパ」

「ん?」

突然席を登ったヴィヴィオは良介の背後に立つと、優しく肩を叩いた。

「つかれたでしょ? 肩たたきしてあげる」

「・・・・・ああ。ありがとう」

愛情のこもった行為に本当に涙が出そうだ。このままこのような孝行娘に育ってくれるならば、将来も安心だろう。

「マスター、泣いてますよ。はい、ハンカチ」

「こんな優しい娘さん持てて、ホント幸せモンですね。俺のガキどもは反抗期で可愛げなくなってきましたよ」

「ヴィヴィオちゃんは反抗期無さそうに見えるなぁ。むしろパパにベッタリか」

「あはは。結婚式にはお互いに大泣きしそうなのが見え見えだな」

「お前ら勝手に俺の家族の未来日記つけてるんじゃねえよ」

ハンカチで涙を拭きながら良介は言う。

「そうだ。パパ、ヴィヴィオね、この前学院の子と『大人になったら結婚しよう』ってやくそくしたんだよ」

「・・・よし。そいつの住所教えろ。痛い目――」

「ちょっとマスター。子供の頃の約束なんてすぐに忘れますって」

すかさずツッコミが入るが、良介の目は本気であった。娘に手をつけようなど二十年早い。

「ふん。まあ、俺より強い奴じゃなきゃ絶対に結婚はさせないと決めてるからな、俺は」

胸を張って豪語する良介だが、十数年後、彼はこの言葉を言った事をひどく後悔することとなる。それはまた別の話ではあるが。

その時、店のドアベルが鳴り、音と共に一人の女性が店内へと入った。その女性とは――。

「あら? アナタ、今日は休店日でしょう? どうして開けているんです」

「なんかパーティーでもしてたのか?」

愛妻、宮本なのはと烈火の剣精アギト。

失念していた。今日の夜には帰ると遊園地で連絡があったのをすっかり忘れていた。もっと遅い時間にパーティーをやれば負担が軽減したかもしれないが、今となっては後の祭り。

少々後悔している良介の一方、母の帰りを待ち望んでいたヴィヴィオは嬉々としてなのはの元へと駆け寄った。

そして、今日の楽しかった思い出を満面の笑顔で語る。

「ママ! あのね、今日パパと遊園地に行ったの。いっぱい乗り物乗って、ヴィヴィオすっごく楽しかったの!」

「あー! いいなぁ、アタシも行きたかった!」

「そう・・・。アナタ、お疲れ様です」

「・・・・たまには娘にサービスしてもバチは当たらねえさ」

ニヒルな笑みを浮かべる良介。すると、空気を読んだ客たちはするすると店を抜けていく。

「そんじゃマスター。俺たちはこの辺で」

「せっかくの家族団欒を邪魔しちゃ悪いですからね。また明日来ます」

そう言って立ち去り、店の中は宮本一家のみとなった。良介は首を鳴らすと、ヴィヴィオの一度頭を撫でて食器の片付けの任務へと移った。

もはや天命にすら感じている片付け。一日一度やらなければ気が済まなくなっているが、中毒ではないだろう、多分。

「ヴィヴィオ。お片付けが終わったら一緒にお風呂入るか」

「パパぁ。ママも一緒じゃダメ?」

「あら。そういえば三人一緒で入ったことはないですね。アナタ、どうします?」

「いいじゃないか? 俺は賛成」

「おい、アタシを忘れるな!」

「そうだったな。じゃあ三人プラス一匹で」

「動物扱いすんな!」

「それじゃヴィヴィオ。早くお風呂入るためにもパパを手伝いましょう」

「はーい!」

こうして今日も平和に一日が過ぎて行った。

家族と共に一日を過ごすというのがこんなに素晴らしいとは、十年前の自分なら間違いなくそうは思わないだろう。

できることならずっと平和であってほしい。現実的ではない考えであるが、良介は心の底からそう思った。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

あとがき

 

どうも、ホウレイです。リョウさん、『生まれたての風』600万カウント、おめでとうございます。今回は600万カウント記念小説ということでいつも趣向を凝らしたものに仕上げました。

いかがでしたでしょうか。今回は良介がナイスパパとなっており、「こんなの良介じゃねえよ!」と思う方々も多いでしょう。

実は初期段階ではギャグ物を書く予定でしたが「それじゃありきたりだ」と思い、今回のストーリーを執筆するに至りました。こんな良介だってあったって良いと私は思います。ただ、想像はしにくいでしょうが。

ちなみにヴァイス君が口説いた“彼女”が誰なのかはご想像にお任せします。

稚拙な物語かもしれませんが、楽しんでいただけたのなら作者冥利に尽きるところです。

それでは失礼します。

 

 







作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。