VANDREAD The Third Stage

 

 

 

 

 

EXTRA(中編) めぐりあい

 

 

 

 

 

 

 

 

メジェール星系へと向かおうとしている輸送艦トゥアハとフォモール、そして護衛艦モルゲンが火星を旅立って、既に一ヶ月が経過していた。この五年間における超光速航行装置“アバリス”の技術進歩は目覚しく、約半年ほどかかるメジェール星系の距離を一ヶ月少々までに縮める事に成功していた。

到達まであと一週間。クルーらが興奮に沸き立つ中、クロウ・ラウの心中は沈鬱そのものだった。

「はぁ・・・・・」

食堂にて、テーブルに足をだらしなく放り出し、無表情でクロウはため息を吐いた。

「どうしたんスか、少佐」

隣の席で、同僚であるアッシュ・ガイデッド少尉と共に向かい合ってチェスをしている、ディオン・アングラート少尉が言った。

「べっつにぃ〜・・・・」

「恋人と会えるかもしれないから緊張してるんですかぁ?」

ニヤリと笑みを浮かべ、ディオンはからかう。この言葉にむくれたクロウは、ディオンの脳天にネリチャギを豪勢に食らわせた。ゴッ、という鈍い音を立て、ディオンの顔は駒の並んだチェス盤へとめり込んだ。

「一言余計だぞ、ディオン」

「し・・・・しづれいしまじだ・・・・・・」

足をどかすと、ディオンは頭を振り、飛び散ったチェスを回収し始めた。

「少佐ー、手伝ってくださいよー」

「だが断る」

ディオンは「ちぇっ」と口を窄めると、一人孤独に駒を回収していった。

(・・・・俺らしくないな。図星突かれて焦るなんて)

内心、クロウは自嘲の笑みを浮かべた。

ディオンの言うとおり、彼は緊張していた。護衛任務として同行しているとはいえ、もし彼女が自分のことを嗅ぎつけたら間違いなく面会を望むだろう。その時、自分はどんな顔をすればよいのだろうか。髪は梳かしていくべきだろうか。再会した際は感動の涙は流すべきか我慢すべきか。どうでもいいような、よくないような雑念ばかりが生まれてくる。

(ホント、柄じゃねえ)

クロウはさらにため息を吐いた。

「そういえば、少佐って恋人の話をするとナンか急に元気になりますよね」

駒を両手に抱えたディオンが怪訝そうな面持ちで言う。アッシュも続くようにクロウに話しかけた。

「そうそう。なんつーか、目が輝いてるんですよね」

自身ではそれほど気づいてはいなかったが、どうやらメイアの事を話しているときは彼らの言っているような顔になっているらしい。クロウは照れ臭くなったのか、二人にそっぽを向けた。

「あ、もしかして今さら気づいて恥ずかしくなったんですか?」

「へえー。ラウ少佐もそんな顔するんですねぇ」

二人はクスクスと笑うが、当のクロウの顔はというと・・・・。

「・・・・てめえら。上官を侮辱するたぁ、いい度胸してんじゃねえか・・・・」

クロウは額に青筋を浮かべゆらりと立ち上がると、口元に笑みを浮かべ、手の骨をボキボキと鳴らす。この二人、生かしてはおけない。

異常なまでの殺気に気づいた二人は、すぐさま先ほどの言葉を訂正した。

「ちょ、ちょっと少佐! 冗談ですって。ほら、ジョークですよジョーク!」

「そうそう! 別にラウ少佐が赤面してかぁいいなぁなんて思ってませんて!」

「わー! バカー!」

焦る二人は脱走を試みるが、あえなく襟首を掴まれる。二人はガクガクと震えながら振り向くと、そこには般若――いや、修羅の如き面持ちのクロウがそこにいた。

「抹殺!」

「ぎゃあああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、メイアは自室のソファで悶々としていた。時折、右手のグラッパが注がれたグラスを口に傾けてはため息をつく。

「アイツ・・・・来るんだろうか・・・・」

つい先日、火星側の輸送艦からウェルシュ社に超長距離通信が届き、一週間ほどでメジェール星系に到達するのだという。火星からの一団には護衛艦が含まれ、戦闘機も配備しているというのだ。それならば、パイロットである彼がいるかもしれない。もし会えるなら、自分はどのような事をすればよいのだろうか。

化粧はしていくべきだろう。服装はその日に考えよう。会った時はどうする。

(・・・・・抱きついたら喜ぶ・・・・か?)

彼の性分なら間違いなく喜ぶだろう。後は・・・・・。

(・・・・キ、キスは・・・・・)

そんなシチュエーションを想像しただけで赤面し、慌てふためくメイア。

その後、様々なシチュエーションを妄想しては赤面し、かれこれ十分ほど経った時だった。早く受話器を取れと言わんばかりに電話のベルが五月蝿く鳴り、メイアは急いで受話器を取ると、再びソファへと座った。

「あ、リーダー? ようやく話せたぁ」

聞こえたのは、少々少女の色が混じった女性の声であった。

「・・・・ディータ。私はもうドレッド隊のリーダーじゃないんだぞ?」

メイアは苦笑すると、グラスを傾けた。

「あ、ごめんなさい。えっと・・・・久しぶり、メイア」

「ああ。ざっと一年ぶりだな」

「回線が開通してからずっとかけてたんだよー」

ディータの言う回線とは、一年ほど前からタラーク・メジェール間において張り巡らされた民間用通信回線の事である。

「それはすまない。今まで色々と立て込んでいて電話できる状況じゃなかったんだ」

「メイアもすごい立派な地位にいるんだよね。凄いなぁ」

「ははっ、ありがとう。ところでヒビキはどうしてる?」

ヒビキとディータはアジトへの到着以後、共にタラークで住んでいる。そして彼は今、蛮型の操縦の腕を買われ、軍人としての道を歩んでいる。

「今は家にいないの。そういえば、最近は訓練ばっかでつまらねえー、だって言ってたよ」

「最近は過激派のクーデターは聞かないからな。アタッカーの仕事は殆ど無いだろう」

事実、海賊団が帰還して以降、両軍のクーデターは一年に一度程度で、今ではほぼ沈静状態にあった。

「そうだ、メイア。ニュースで見たよ。火星の輸送艦と護衛艦が来るんだよね?」

「・・・ああ」

「クロウさん、乗ってるといいね」

「ああ・・・・そうだな」

そう言いグラスを傾けると、メイアは暗い面持ちでため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間後、予定通り火星の艦隊は磁気嵐を抜け、はるばるメジェール星系へとやって来た。輸送艦二隻はメジェールへと向かい、護衛艦はというと、メジェール近辺にて待機ということになった。

それから数日が経った。

護衛艦に搭乗している男性陣がメジェールに降りてみたいと喚く中、展望室でメジェールを眺めていたクロウは、もどかしい気持ちに晒されていた。こんなにも近くにいるのに会えることができないなんて。まるでロミオとジュリエットだ。

(ちくしょー! 機体に乗ってでも会いに行きてええええぇぇぇ!)

しかし、そんな事をすれば艦長からの説教、及び厳罰モノである。下手をすれば営倉行きどころか軍法会議モノ。だが、どうしても彼女に会いたい。近くにいるのに会えないこのもどかしさ。実に腹立たしい。

「ぬ〜〜・・・・・・・!」

ガラスに顔を押し付けるクロウを見て、隣のディオンは半ば呆れたような顔をした。

「少佐、清掃班に見つかったら怒られますよぉ?」

クロウは忌々しげに顔をガラスから離した。ガラスには見事に顔の脂がベッタリとくっついていた。

「会いてえええええええええ・・・・・・!」

「唸っていたって会えませんよ?」

やれやれと言わんばかりに肩をすくめるディオン。だが、聞こえてはいないのか、あえて無視しているのか、クロウは唸ったままメジェールを見据えていた。

付き合いきれなくなったディオンがその場を離れようとした、その時だった。

『クロウ・ラウ少佐。オーランド艦長がお呼びです。至急、艦長室まで来て下さい。繰り返します――。』

突然かかったアナウンス。視線が一気に呼び出しをくらったクロウへと集まる。

「また何かしでかしたんですか?」

「お前は俺をナンだと思ってるんだこの野郎」

ディオンのゲンコツを一発お見舞いすると、クロウは内心首を傾げながら展望室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロウ・ラウ。ただいま参着致しましたー」

「・・・入りなさい」

至極やる気のない声に「帰れ」と言われるかと思っていたが、どうやら今日は寛大のようだ。乱れた軍服を直すと、クロウは艦長室へと足を踏み入れた。

「ご機嫌麗しゅうございます。オーランド艦長」

「棒読みで言われても全く嬉しくはありませんね、ラウ少佐」

デスクに座り、睨めつけるかのようにクロウを見やる銀の髪を棚引かせる老年の女性――セレス・オーランド中将は、苛立った口調で言う。御年六十を迎えたが、目つきはまるで鋭利な刃物の如く鋭く、今にも体を斬られそうな気になってしまう。

「それで、何の用でありましょうか? こちとら鬱憤が堪っていて今すぐにでもココを出たい気分なのですか」

「ならば、その望みを叶えてあげましょう」

「・・・・は?」

「その望みを叶えてあげようと言っているのです、少佐」

あまりにも素っ頓狂な答えに、クロウは目を剥き、首を傾げた。これは何かの夢? 幻想?

「ど、どういう風の吹き回しでしょうか?」

脳内が疑問符で埋め尽くされているクロウに、セレスは淡々と話し始めた。

「メジェール本星のテラフォーミングを主導しているウェルシュ社は知っていますね? そのウェルシュ社の方が、あなたに面会を望んでいるのです」

面会人――その言葉を聞き、クロウは閃いた。自分に会いたいと望んでいる人間なぞ、心当たりでは一人しかいない。

「――メイア・ギズボーン・・・・女史ですか?」

「その通りです。さすがは恋人、と言ったところでしょうか」

セレスが微笑を浮かべる。しかし何故だろうか。正直なところ、恋人と言われた恥ずかしさよりも、彼女の笑みの恐怖が強い。失礼ではあるが彼女には笑みは似合わない。その笑みは不気味を体現しているかのようだ。

「今日の午後三時にウェルシュ社本社にて面会です。急いで正装に着替えてください」

クロウは横目で壁に掛けてある時計を見た。現在時刻、午後一時三十分。

「シャトルは?」

「もう用意しています。さあ、早く行きなさい」

「・・・了解です!」

クロウは嬉嬉として敬礼をすると、駆け足で艦長室を後にした。

「・・・まったく。まるで子供みたいね・・・・・・」

セレスは再び微笑を浮かべる。しかし、その笑みは先ほどのような恐ろしい笑みではない。やんちゃな息子を見るかのような、慈愛に満ちた母の目であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――クロウがメジェールへと出かけた。

この情報が艦内中に伝播するまで、それほど時間はかからなかった。これを聞きつけた男性陣は激怒し、そして・・・・・・。

「か、艦長!」

「なんですか。騒々しい」

一人の女性クルーが艦長室へと飛び込むように入った。息を切らせ、忘れていた敬礼を行うと、女性クルーは顔を顰めるセレスへと詰め寄った。

「大変なんです!」

「・・・どうしたのですか?」

女性クルーの緊迫さに、セレスは怪訝そうな面持ちで彼女を見た。

「だ、艦の男性グループが“俺達も出かけさせろ”と暴動を起こしています!」

「・・・・・・・は?」

 

 

 

 

 

艦の男性グループは、怒りの形相で艦長室へと向かっていた。何故、クロウ・ラウだけがメジェールへと出かけることができるのか。あまりにも不公平すぎる。自分達も出かけさせろ。それが彼らの暴動の動機であった。

「お願いだから止まってください!」

「うっせえ!」

艦長室へと続く通路では、保安班と暴動グループとの戦争が行われていた。保安隊は全兵員で押さえ込んでいるものの、あまりに数が多い過ぎるため手を焼いていた。

「あなた達!!」

暴動グループに負けないほどの大声が通路に響く。

「・・・・艦長?」

保安隊の一人が、呆気に取られた面持ちが呟いた。騒動の中心から数メートル離れた所に、艦長――セレスは居た。

「あなた達、一体何をしているのですか?」

セレスは眉を顰め、ツカツカと暴動グループへと近づいていく。

「決まってる! 何でラウ少佐だけメジェールに行けるんですか!?」

「そうだそうだ! 不公平だ!」

「彼は面会の要請がきたのでメジェールへと行ったのです。けっして私情のためではありません」

「その要請をしたのが例の恋人なんじゃないんですか!?」

「その通りです」

セレスはサラリと言ってのけた。その言葉は、グループの怒りを臨界点まで突破させるには充分すぎた。

「やっぱ私情じゃねーか!!」

「不公平だ! 俺らにも行かせろー!」

「こんなチャンス滅多にねえんだコンチクショー!」

「死ねー! クソババアー!」

グループの怒声、罵声が一段と大きくなる。しかし、セレスは臆することなくさらに前へと進む。そしてグループの眼前で止まると、

「シャラーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーップ!!!!!!」

艦が震えんばかりの、超がつく大声に、その場はシーンと静まった。

「そこまで言うのなら行っても構いません。ですが、シャトル、及びパイロットスーツ全般は貸し出しません。生身で行ってもらいます。それが嫌なら、艦で待っていなさい」

その場が、水を打ったようになった。

そして、暫くしないうちに、グループはしょんぼりとした面持ちで散っていったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

護衛艦モルゲンで暴動が起こっているなど露知らず、クロウはウェルシュ社本社の社内に居た。空港へ降りた途端、黒づくめの女性らに引きずられるように連れられて、高級車らしい車へ乗り、十数分後に着き、今は数人の女性に社内をぐるりぐるりと回るように引き連れられていた。

数分が経った頃、十数メートル先に、これまた長身の黒づくめの女性が立っていた。茶のロングヘアーがよく似合う女性。

その女性の前へと来た途端、今まで案内されてもらった女性らはそそくさと消えていった。

二人きりとなり、静まり返った通路。クロウは自己紹介をしようとしたが、目の前の女性が口火を切った。

「あなたが、クロウ・ラウ少佐でいらっしゃいますね?」

「ええ。ところであなたは?」

「ロワール・エト・ウールです。メイアさんの護衛をしている者です」

「・・・護衛?」

クロウは首を傾げた。何故彼女が護衛される必要があるのだろうか。暗殺者にでも狙われているのだろうか。

「ええ。メイアさんは両親がテラフォーミング計画で失敗し、一部の国民の恨みを買っています。なので、いつ命を狙われるかわからないのです。それでわたしが護衛の任に就いているというわけです」

「・・・・なるほど。で、メイア・・・・・ギズボーンさんは、この部屋に?」

ロワールの背後の扉には賓客室と表示されている。ココに彼女が・・・・・。

「ええ。ですが、面会時間は一時間です。忘れずに」

「・・・やはり、ご多忙の身で?」

「はい。主任のであるグレーンさんが事故で昏睡状態となってしまい、メイアさんの仕事が随分と増えたみたいです。今回の面会も忙しい時間を割いて、ようやくできたんです」

「・・・さいですか。ところで話は変わりますが、ロワールさん。あなたは男と女が共に住む事をどうお思いますか?」

「・・・どういう意味ですか?」

理解できないのか、ロワールは首を傾げた。

「タラークとメジェールは百年もの間、互いを憎しみ会うように教育されたと聞きました。二国間は交流をして五年が経ちますが、全ての国民が諸手を上げて賛成とはいくはずがありません。・・・もう一度聞きます。ロワールさんはこの事について、どうお考えで?」

「・・・・正直に言いますと、初めの頃は敵が来ると認識していましたね」

ロワールの言葉に、クロウは眉を顰める。しかし、ロワールは笑みを浮かべ、話を続けた。

「でも、メイアさんと出会い、その事を話したらこう言われたんです。憎しみあっているより、分かり合っているほうがずっと気が楽だ、と」

「・・・・ありがとうございます」

クロウは恭しく一礼した。今はまだ、二国の国民は完全には分かり合えないかもしれない。しかし、彼女のような人間がいれば近い将来、必ず分かり合える時が来るだろう。

「いえいえ。それと、クロウさん」

「何か?」

「そんなに他人行儀じゃないくてもいいですよ? 肩が張ってしまうでしょう?」

「・・・そうだな。俺らしくないか」

「ふふっ。それでは一時間後に」

小さく手を振ると、ロワールはその場から立ち去っていった。賓客室前には、クロウ一人となってしまった。

「・・・よしっ」

クロウは緊張した自身に喝を入れるかのように自らの頬を叩く。心臓の鼓動は鳴り止まないが、それはあえて放っておくことにした。

ふぅ、と大きく息を吐くと、彼は謹直な面持ちで、賓客室へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

メイアは賓客室に据え付けられているソファに、一人寂しく座っていた。緊張の為か、顔は異様に強張り、手は震え、心臓の鼓動は普段よりも一段と速くなっている。

現在の時刻は午後三時。もう直に彼はここにやってくるだろう。そう思うだけで心の臓はますます鼓動を速めていく。このまま会ってしまったら、本当に心臓が破裂してしまうそうだ。

「・・・・はぁ・・・・」

目の前のテーブルに置いてある、コーヒーが注がれたコップに手を伸ばした時だった。

パシュン、という音と共に、賓客室の扉が開いた。何故だろうか、全てがスローモーションに感じられた。メイアは驚き入った面持ちでドアを見る。

「・・・・・やぁ」

五年前と比べると、髪は随分と短くなり、顔は少々老けたように見える。

しかし、そこには間違いなく彼――クロウ・ラウが居た。

メイアは迷わず駆け出し、彼の胸へと飛び込んだ。涙が溢れて止まらない。久しぶりと言いたいのに、嗚咽が邪魔をし、何も言えない。すると彼は、彼女をゆっくりと抱きしめた。

「・・・・五年ぶり、メイア。元気そうで何よりだ」

「・・・うん。うん・・・・!」

クロウは泣きじゃくる彼女の頬を両手で掴み、見つめ合えるようにした。涙でくしゃくしゃになった顔の自分を見られたくはなかったが、今ではもうどうでもよかった。

「ずっと・・・あの日から、ずっと・・・・会いたかった・・・っ!」

「ああ。俺もだ」

そして、どちらからでもなく、二人はいとおしむ様に唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ、五年も経つと色々と変わるもんだな。お互い」

二人は寄りそうにソファに座り、お互い積もりに積もった話をしていた。

「そうだな。特にお前の髪、随分とサッパリしたな」

「それを言うならメイアだって。あの髪飾りはどうしたんだ?」

「・・・・えぇと・・・・・」

メイアは躊躇いながらも、髪飾りをオーマの墓に置いたまでの経緯を話した。全てを聞き終えたクロウは、申し訳ないと言わんばかりに頭を下げ、謝った。

「すまん。余計な事言っちまったな・・・」

「いや、いいんだ。それに、色々と吹っ切れたから」

「そうか・・・・・――っと、忘れてた。お前に渡す物があったんだ」

「?」

首を傾げるメイアに、クロウは懐から手紙を取り出す。

「あいつ――ミスティが、お前に渡してほしいって言ってたんだよ」

「ミスティか・・・・そういえばミスティはどうしているんだ?」

「ああ。アイツは今も冥王星の復興を続けてるよ。多分、今は休暇中だろうけど」

自分の家に居候させている、という事はあえて言わなかった。この場でそんな事を言ってしまえば、変な誤解をさせてしまいそうだからだ。

「随分と大人びたぞ。昨今のアイドル顔負けくらいにな」

「・・・・やはり、人は変わるものだな」

「変わらない人間なんていやしねえよ」

クロウがそう答えた途端、メイアは突然、彼の肩に寄かっかった。

「どうした?」

クロウはメイアの顔を覗き込む。

「・・・ずっとこうしていたいなぁ・・・・・」

半ばぼんやりとした面持ちで呟くメイア。クロウは目を離し、顎に手をあて考え込む仕草をした。

「ま、俺もそうしたいところだけど・・・・そうだ、メイア。火星への移住を・・・・」

考えていないかと、言おうとし、彼女の顔を再び覗き込んだ時だった。

「・・・すぅ・・・・すぅ・・・・」

唖然とした。この短時間の間に、彼女は見事に熟睡したのだ。ハハッ、とクロウは苦笑を浮かべると、そっと彼女の髪を撫でた。

愛する人と会えて安心したのか、それとも仕事の疲れで眠りこけたのか。

(どっちもだな)

そう思うと、クロウは面会の終了時間まで、安らかな寝顔を浮かべるメイアを見ながら過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

面会が終わり、賓客室の扉が静かに空いた。十分ほど前に賓客室の前で待機していたロワールが目にしたのは、寝顔を浮かべるメイアと、そんな彼女を抱きかかえるクロウの姿だった。

「疲れていたみたいだ」

困惑していたロワールは、我を取り戻すと、

「そ、そうですか。では、メイアさんはわたしが責任を持って守りますので・・・・」

「ああ」

そう言うと、クロウは眠り続けているメイアを抱きかかえたまま渡した。

「・・・こんな寝顔のメイアさん、初めて見ました。よほど貴方に会えたのが嬉しかったんですようね」

感慨な顔つきのロワールは、メイアを見つめ、言う。

「そうだろうな。俺も今日はよく寝れそうだ」

「人は人を好きになると変わる、とメイアさんから聞きましたが、どうやらその通りみたいですね」

「アンタも人を好きになれば変わるさ」

「・・・そうだといいですね」

その直後、どこからともなく再び黒づくめの女性らが現れ、クロウを囲んだ。彼を護衛する為の者達である。

「・・・お別れみたいだな。メイアによろしく言っておいてくれ」

「ええ。それでは」

二人は背を向け歩き出す。次に会えるのはいつだろうと思いを馳せながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・・・んん〜・・・・・・ん・・・・」

メイアは小さく呻き呻き、重い瞼を開けた。ボンヤリとした意識を起こすべく、頭を振る事数秒。ようやく意識がハッキリとしたところで、彼女はハッとした面持ちとなった。

「!?」

自身が寝ていたソファから飛び起き、辺りを確認した。ウェルシュ社の宿舎――自室だ。

メイアはまず、以前の記憶を呼び起こし始めた。記憶が飛んだのはクロウの肩に寄っかかったところだ。それ以降は見事に記憶がない。間違いなく、そこで熟睡したのだろう。

(あああぁぁぁぁ。バカだわたしは)

戒めの如くソファに頭を打ちつけるメイア。

そのときだった。

「あ、起きましたか」

キッチンから両手に湯気のたつマグカップを持ったロワールが現れる。彼女はテーブルにマグカップを置くと、今にも泣き出しそうなメイアの頭を撫でた。

「泣かないでください。クロウさんは満足してたみたいですよ?」

「うぅ〜・・・・私は満足していないっ」

立腹のメイアはマグカップを掴むと、中身のコーヒーを一気に飲み干した。しかし。

「!! あっっっっつぅぅぅ!」

彼女が飲み干したのは、今さっき熱湯を注いだばかりのコーヒーである。舌が焼けるのは当然である。メイアは途端に口を押さえる。

「ああ、メイアさん。落ち着いて」

「みっ、みっっっずをっ・・・・!」

「了解です。待っていてください」

苦笑を浮かべたロワールは再びキッチンへと消えた。残されたメイアは

(本当にバカだ、私は・・・)

と、落胆した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロウは民間宇宙港のロビーのド真ん中で、腕を組みながらシャトルを待っていた。なんでも艦で暴動が起きていたらしく、シャトルの整備が遅れたのだという。その為、クロウはシャトルが来るまでの間、一人寂しく待っていなければならなかったのだ。

「遅えなぁ・・・・」

報告を聞き、待ち続けてかれこれ二十分は経つが、一向に到着の連絡は来ない。帰ったら暴動グループを叩きのめしてやろう。そう思い、ゲートを睨んだ時だった。

「ねーえ! ちょっとー!」

唐突に、背後から少女の声がかかる。クロウが怪訝そうな顔で振り向くと、そこには十代後半と思われる、カエルの顔がプリントされたシャツとスカートを着た、黒のロングストレートの少女がこちらへと向かってくるのが見えた。

少女はクロウの目の前で止まると、「久しぶりっ!」と満面の笑みを浮かべた。

「・・・・どちら様で?」

そう言った途端、少女の顔が憤怒の色へと変わった。

「アンタっ! あたしに包帯巻いてもらったこと、忘れたっていうの!?

――包帯?

クロウは少女の外見、そして今さっきの言葉から記憶を手繰り寄せる。黒髪の少女なぞどこにでもいる。

――包帯とは?

少なくともメジェールに火星軍の医者などいない。だとするならば、五年前、治療を受けたとなると、クロウがメジェール海賊団に居座っていた頃だろう。

当時の医者といえば・・・・・

(・・・・まさか・・・・)

思い当たる節が一人いた。まさか、彼女なのだろうか。クロウは少女を指差し、疑心難儀のまま、言った。

「お前まさか・・・・パイウェイか?」

「そーよ! 今さら思い出したの!?」

少々クラリときた。人間、ここまで変わるのだろうか?

クロウの記憶の中でのパイウェイは、まだまだ幼い子供。それが今ではとんでもない美貌の持ち主。時間というモノは凄いと改めてクロウは思った。

 

 

 

 

 

 

「ほぉ。ヒビキはタラークに帰ったか」

「うん。ディータも一緒に付いて行ったよ」

ちょうどいいと思ったクロウは、今の海賊団メンバーの実情を聞きだしていた。

ドレッド隊のほとんどは腕を買われ、メジェール軍へと入軍。その他のクルーも海賊を抜け、今は一般市民として生活しているのだという。

「ドクター――ドゥエロは、3年位前かな。ナンかタラークで“人間と機械の診療所”っていう施設を作ったんだって」

なんとも彼ららしい、とクロウは呟く。

「婆さんは? くたばったか?」

「ううん。隠居してるよ。副長――ブザムさんもタラーク軍に戻ったんだって」

「へぇ。ところでお前は何しているんだ?」

「あたし? あたしは今、看護し目指して勉強中よ」

パイウェイは鼻高々と自慢する。

「ふぅん。みんな変わったり変わってなかったりするんだな」

「うん。ジュラは相変わらず“男の種で赤ちゃん作るんだー”って奔走してるよ。バーネットはもう何年も必死に止めてるけど」

「・・・・・ま、予想はしてたけどな」

実に彼女は変わっていない、とクロウは思った。

「カルーアは元気か?」

「元気だよ。ついこの前六歳になったばっかりで、オーマに似てきたってエズラが言ってたよ」

この五年でカルーアも見違えるほどの成長しただろう。せめて一目でも会ってみたいが、それは無理というものだ。

ため息をついたその直後、耳に嵌めこんでいる通信機から通信が入った。クロウはパイウェイに背を向け、話し始めた。

「ほいほい?」

『シャトルの準備が完了しました、ラウ少佐』

「了解。今すぐ行く」

彼は通信を切ると、「そういう事だ。じゃあな」とパイウェイの頭を撫で、ゲートへと走っていった。

その彼に向かって、パイウェイは手を振り、見送った。

「またねー!」

「おーう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに月日は流れ、一ヶ月が過ぎた。火星側の援助もあって、メジェール本星のテラフォーミングは完全に終了した。これにメジェール国民は大いに沸き、所々でパレードが行われるほどであった。本星への移住を希望する者も大きく増え、ウェルシュ社、及びタラークの食品会社の株も大きく上がった。全てが順調そのものだった。

そして、そのテラフォーミング関係者は今、ウェルシュ社所有の邸宅のパーティー会場にて、盛大に宴会を執り行っていた。

そのパーティー会場の一角に、メイアとフレーバ、そしてメイアを警護しているロワールはいた。パーティーにはグラン・マも出席しており、メイアらもその内に話しかけられるだろう。そう思うとなると、緊張して体中が強張ってしようがない。

「緊張しますねぇ、メイアさん」

「ああ。何せグラン・マと御目通りだ。フレーバ、粗相のないように頼むぞ」

「了解です」

フレーバは笑みを浮かべると、高級なワインが注がれたグラスを傾ける。しかし、

(ココにアイツがいれば、言う事なしナンだがな・・・・)

賑わいの絶えないパーティーとは裏腹に、メイアの面持ちは曇る一方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻、宴の裏ではゆっくりと、妖しい影が忍び寄っていた。異変はまず、邸宅の玄関で起こっていた。邸宅の玄関、その他の入り口などは、グラン・マが出席している事もあり、軍が厳重に警備している。

「こちら右玄関。異常無し」

『了解した。引き続き警備を続けよ』

定時連絡を終えた若い兵士は「ふぅ」と重い息をつく。見張りをして早三十分。あと数十分もすれば交代の兵士が来る。それまで我慢すれば待っているのは美味い酒である。兵士は元気を取り戻すと、張り切った面持ちで周りを見た。

「アーニ・フェメル伍長」

自身の名を呼ばれた兵士――アーニは声を掛けられた方向である右に首を向けた。

「・・・シャン・ボール中尉? 何か御用で?」

「ああ。君にちょっと連絡をしに来たんだ」

野戦服を身に纏った壮年の女性――シャンはにこやかな笑みを浮かべ、アーニの元へと近づいていく。

「何でございましょうか?」

「交代の時間だ。君はもう下がってくれ」

「――え? でも、中尉。交代の時間はまだ・・・」

交代の時間まではまだ随分とある。それに、交代の連絡なら通信機を通して行われるはずだ。アーニがそれを問い詰めようとした、その時だった。

パシュッ、という音と同時に、注射筒がアーニの野戦服を貫き、胸へと突き刺さっていた。

「な・・・・・え・・・あ・・・・・?」

いつの間にか、シャンの手に持つ麻酔銃で撃たれたことに気づいたときには、既に意識は朦朧としていた。アーニは前のめりに倒れる寸前、シャンの服を掴む今にも消失してしまいそうな意識の中、アーニは必死な形相でシャンを見上げた。すると、シャンはアーニの肩をポンと叩いた。

「すまないな伍長。酒は出ないが、ゆっくり休んでくれ」

そこでアーニの意識は途切れたのだった。

 

 

 

 

 

 

アーニが意識を失い、仰向けに倒れたのを一瞥すると、シャンは麻酔銃を仕舞い、耳に仕込んだ通信機を通じて連絡を入れた。

「シャン・ボール。右玄関は封じた」

『了解。こちらも監視カメラと班は落とした。裏門はどうだ?』

『こちらも落とした。大佐も今到着した』

「予定通りだな。よし、全員突入だ」

そう言い、シャンは邸宅へと乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんか騒がしいですね」

ローストチキンを齧り付きながら、フレーバはパーティー会場の出入り口を見やる。先ほどからなにやら出入り口付近がガヤガヤと物騒がしい。出席者の身分を考えれば喧嘩など起きるはずは無い。ましてや、警備をしている軍人が騒ぎを起こすわけが無い。

「何がおきたと思う?」

メイアはロワールにこっそり耳打ちした。ロワールは険しい目つきをし周辺に目を配った。

「何かいやな予感がしますね・・・・」

「勘か?」

「ええ。元ですが、戦場を経験した軍人としての勘です」

そして、彼女の勘は見事に当たることとなった。

突然、銃などで武装した野戦服を着た――間違いなく軍人だ――女性らがパーティー会場へと乱入してきたのだ。出席者は誰もが館内の警備だと一瞬思ったが、いくらなんでも開けっ広げに銃などを武装してやって来るだろうか。それに、警備のはずならパーティーの開始した時点でいるはず。

ならば、なぜ彼らは突然?

「メイアさん」

「どうした、ロワール」

メイアとロワールは互いに視線を動かすことなく話す。その面持ちは、パーティーには似つかわしくない、険しい面持ちだった。

「・・・このパーティー、どうやらもうお開きのようですね」

ロワールが呟くように言った途端、ざわめく招待客を静かにするように、乱入した軍人らが声を張り上げた。招待客はあからさまに気に食わないような顔をした。当たり前といえば当たり前だが。

「皆さん、どうか静粛にお願いします」

さらに突然現れた壮年の軍人が鋭い眼光で睨み付ける。仲間の軍人が通り過ぎる際に敬礼をするのを見る限り、高位な軍事であることは確かだろう。

メイアが壮年の軍人を睨むかのように視線を送った時、ロワールはボソリと呟いた。

「ヴィット・アクア中佐・・・・」

「・・・知り合いか?」

「ええ。わたしがメジェール軍にいた時の部隊の上官です」

そのヴィット・アクア大佐はパーティー出席者の目の前に立ち、周辺で銃を手にしている軍人らに何かしらの目配せをし、頷く。そしてマイクを持つと、ヴィットは出席者全員を見渡し、謹厳な面持ちで言い放った。

「皆様、どうかこのご無礼をお許しください。実は我々は、グラン・マ様に用があり、皆様方には少々この場に居ていただきたいのです」

ヴィットの話に、会場のざわめきがよりいっそう大きくなり、中には罵声さえも混じった声さえ入り混じる。するとヴィットは身を翻すと、背後に居、銃を持った軍人らに包囲されたグラン・マに声をかけた。

グラン・マは容赦なき厳しい目でヴィットを見やるが、当の本人は気にもせずグラン・マに話しかけた。

「さて、会談と参りましょうか。グラン・マ様」

「私に何の用でしょうか・・・? まさか私に会う為だけに軍の一大隊が動くわけがありませんね?」

ね?」

「ええ。そのとおりで」

「・・・それで、用件は何でしょうか?」

「我々の要望を叶えてください。そうすればパーティーの招待客は全員解放します。あなたも含めて、ね」

「その要望とは?」

グラン・マは一応要望を聞いてみることにした。彼女らが望むのはいったい何か? 支配か? 金か?

「我々の要望は・・・」

ヴィットはすっくと立ちがあがると、笑みを浮かべ、こう言った。

「――メジェール本星にて、女性だけの国を造るための土地と権利を我々に下されば結構です」

 

 

 

 

 

 


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