木々の緑 赤いバラ
君と僕のために美しく輝いている
僕は独り想う 何て素晴らしい世界だろうと
空の青さと雲の白さ
明るく幸せな日々 神聖な夜
僕は独り想う 何て素晴らしい世界だろうと

七色の虹が
大空に映える
行きかう人々もにこやかで
友だちが手を握り
「こんにちは」と挨拶を交わし
心の底から 「愛している」とささやく

赤ちゃんの泣き声が聞こえる
あの子たちは大きくなって 僕の知らないことをたくさん学ぶのだろう
僕は独り想う 何て素晴らしい世界だろうと
本当に何て素晴らしい世界だろうと

 

ルイ・アームストロング 「この素晴らしき世界」より

 

 

VANDREAD The Third Stage

 

 

♯7 王子さまとあまいほし

 

 

 

火星。それは第二の地球として二十一世紀初頭から移住計画が本格的に進行していた惑星。

地球人が植民地を求め、無限の宇宙へと旅立つ以前より、火星は地球に対して独立権を求める戦争を幾度起きた。

国家による線引きを求める地球側。国民の意識が統一的であり、民族、人種差別が皆無である火星側。戦争が勃発するのは必然である。

地球が“刈り取り”という暴挙を行った直後、真っ先に狙われたのは火星であった。しかし、反地球同盟をいち早く結成させたのも火星である。

あれからほぼ百年。血は数え切れぬほど流れた。もう屍は充分なのだ。

 

 

 

 

 

クロウは休憩所でガラス越しに故郷の空を見上げた。夏の日差しが容赦なく降り注いでいる。故郷を離れたのは一年ほど前だったか。いや、それより少し後か。宇宙ではどうも月日の感覚を忘れやすい。

「あー、疲れた」

クロウは首を鳴らす。先ほど上官に帰還報告を終え、これから休暇許可証を発行してもらうべく部隊の上層部にかけあうつもりなのだ。

ちなみにクロウが所属しているのは火星空軍第十二特殊戦闘機航空団・ワイバーン隊である。だが、彼が隊長であったワイバーン隊はタラークとメジェールへと到着する間際、磁気嵐での奇襲によりクロウを除き殉死している。

(死神だな、俺は)

クロウは自嘲の笑みを浮かべる。

「おい、クロウ!」

声をかけられ、クロウは肩越しに振り向く。

数メートル後ろに金髪に青目の男が手を振っていた。

「ルーク!」

クロウは笑顔を浮かべ、ルークへと駆け寄ると、おもむろにハイタッチした。

「生きてたか、ルーク!」

「おいおい、フィアンセがいるのにおっ死んでられるかよ」

彼はルーク・レオン・ブランディ。クロウとは同期の特殊戦闘機乗りである。

金髪・青目・その容姿端麗から軍の内部、外部を問わずファンが数多くいるという噂が立ったりする人物である。そして空軍きってエースであるという事実が余計に拍車をかけている。

「ところでクロウ。女ができたんだって?」

ルークはいらやしい笑みを浮かべる。

「てめえ、どこで聞いた」

「飛行場でお前のこと言ってる麗しい美女の話を整備員づてに聞いたもんでな」

メイア、ディータ、ジュラ、そしてヒビキは今飛行場にいる。なんでもヴァンドレッドのデータ採取、及びヴァンドレッド・ディータに開発中の兵器をリンクさせるための改良を行っているらしい。

「星間恋愛なんて今時珍しくないが、お前の場合はもう距離が違うからな。マスコミが知ったら大挙して押しかけるんじゃねえか?」

「いや、帰ってきた時点でマスコミがウジャウジャいたぞ」

シャトルでエヴァルド基地へと降りた途端、様々な市のテレビ局がクロウたちにカメラを向けていた。ヒビキやディータなどは突然の出来事に戸惑ってはいたが、メイアはカメラ慣れしているのだろうか、普段と変わりはなかった。ジュラはジュラでカメラに向かってポーズをとっていたが。

MBCJBSのロゴが見えたぜ。今日は間違いないく特番になるな」

「おいおい、これから休暇だってのにテレビに映りっぱなしかよ」

クロウはお手上げの如く両手を挙げる。

「いいじゃねえか。有名人になれるし、昇進だってしたんだろ、クロウ・ラウ少佐?」

ルークの言うとおり、さきほどクロウは上層部から昇進が言い渡されたが、当の本人は乗り気ではなかった。出世欲などない。

「プロパガンダに使われたりするかもな。不死身のエースとして」

「むしろ死神だと思うがな俺は」

SBCのアルフレッド・ジェードってのがお前の戦闘機動を絶賛してたぜ」

クロウは「勘弁してくれよ」と漏らした。

 

 

 

 

 

メイアは飛行場で空を見上げた。快晴。雲ひとつない青空。夏の日差しが容赦なく降り注ぐ。額から汗が流れ落ちる。先ほど軍人に気温を聞いてみると、なんと三十五度。暑すぎる。

目の前ではヴァンドレッド・ディータがペークシス・キャノンを次々と出現する無人機を打ち落とし、または切り裂いてゆく。

クロウが言っていた火星の新兵器はヴァンドレッド・ディータに添え付けられるに決定した。唯一強力な砲撃のできる機体であることが決めてだったようだ。

「ふぅ・・・・」

額の汗を握った、その時だった。突如、周りにいた軍人達が騒ぎ始めた。見てみると、駆け足で屋内へと逃げ込む者がいる。

「みなさん、ココ――!」

軍人の言葉は最後まで続かなかった。いや、言えなかった。突如として飛行場一帯に凶悪なまでの突風が吹きすさんだ。いや、突風というレベルではない。衝撃波だ。同時に爆発音と二つの不連続の音がした。

衝撃波によって飛行にいた人間は全員数メートル吹き飛び、ヴァンドレッド・ディータでさえよろけてしまう。

メイアも例外ではなく、真正面から奇襲された衝撃波によって吹き飛び、倒れこんでいた。メイアは軽く頭を振ると、立ち上がり、状況を確認する。

「・・・・・・・・これは、酷いな・・・・」

隣接していた基地の窓ガラスは見る限りでは全て粉々に砕け、周りにいた軍人や整備兵は身を起こし、状況を確認していた。ため息をついている者や、空を見上げている者がいた。

すると突然、上空から赤色の機体が滑るようにメイアや軍人達の目の前で着陸した。コックピットが開き、パイロットが奇声にも似た歓声をあげ降りてきた。群青色の短髪と目をし、髭を生やした男。地球の国で言えば欧州系の顔立ちだ。

「どうだどうだ新記録だぞ! 前人未到の有人でマッハ8だ! ギネス記録だぜ!」

一部の軍人がパイロットを囲み、歓声を上げる。しかし、それは鶴の一声で終焉を迎えた。

「シュライヒャー中尉!」

飛行場に響かんばかりの怒声が響く。シュライヒャー中尉と呼ばれたパイロットは基地からやって来た上官らしき初老の黒人へと歩き、そして二人は向かい合う。

「中尉、これで何回目だと思っている!?」

「あー、自分の記憶が正しいのなら、この機に乗ってから八回目であります。レッドウェル司令」

「回数を聞いているのはない! 毎度毎度馬鹿みたいなスピードだして。貴様が空を飛んでいては基地の修理が間に合わん!」

「それは窓ガラスが脆いからであって自分のせいではないであります。強化ガラスを換えてみてはいかがかと」

「馬鹿者! 基地にあるのは最新の強化ガラスだ! いくらしたと思っている!?」

「さぁ?」

まるでコントのような掛け合いである。

「・・・・何だアイツ」

メイアは訝しげに呟いた。

と、

「クルツ!」

飛行場どころか基地全体に轟かんばかりの怒声に、メイアは驚き、振り向く。ポニーテールの美女が、怒りを露にしながら大股でクルツと呼ばれた男――つまりシュライヒャー中尉だ――に向かっていった。

「おお、リサ。聞いてくれ。俺な、今さっきマッハ――」

次の瞬間、リサの拳がクルツの顎を捉えた。プロの格闘技かも舌を巻くほどの見事なアッパーにより、クルツは軽く数メートル中空を飛ぶと、頭から鈍い音を立てて落ちた。

「あんた、私を殺したいの!? またアンタのソニックブームでクシ刺しになりかけたわよ!」

リサに馬乗りで首を掴まれるクルツ。

「あはは、ごめんごめん。どうにも超音速超えるのがやめられなくて」

クルツは口端を血で濡らしながらも、笑顔で答える。その直後、彼は軽く百発ほどの往復ビンタの洗礼を受け、顔から煙を立てて気絶した。

それを確認したリサはレッドウェル司令に頭を何度も下げる。

「すいませんすいません。また主人が大変なご迷惑をして」

「いや・・・今に限った事ではないよ、ヘイマン・・・じゃなくて、リサ・シュライヒャー中尉」

レッドウェル司令は今なお気絶しているクルツに目を向ける。

「たしかに彼はとても優秀なパイロットだ。あの性格と粗相がなければけっこうな階級にいけただろうに」

「ええ。私も散々注意はしていますが、一向に聞く耳を持たずに・・・」

リサは肩を落とし、ため息をつく。すると、リサはクルツの足を持ち、引きずる。

「それでは司令。失礼します」

リサは敬礼すると、クルツを引きずって基地へと戻って行った。

一部始終を見ていたメイアは呟く。

「・・・ここは本当に軍隊の基地なのか?」

 

 

 

 

 

 

翌日。火星の南の市・ムスペルは今日も燦燦と太陽が輝き、アスファルトが目玉焼きでもできそうなほど熱している。そんな街でメイアは一人、顔が隠れるほどの麦藁帽子と、白のワンピースに身を包み、ムスペル市公園の噴水広場にいた。

「暑い・・・・」

メイアは額の汗を拭う。ここまで来るのにクロウの親友であるというルークという男に、無茶苦茶なドリフト走行で送ってもらった際の吐き気は消えている。そもそも何故メイアは公園にいるのか。それは昨日の夜に遡る。

 

 

 

先発で降りてきたマグノやブザム、その他少数のクルーたちは、火星の首都であるヨトゥンでも最高級のホテルに宿泊することになった。勿論、費用は軍が持っている。

その一室、メイアとミスティは同室で雑談をしていた。それは他愛もない事――メイアのファッションについてなど――が大半であるが。

そして、そろそろ寝ようと歯を磨いていた時だった。分かれる際、クロウから渡された携帯端末からヴァイオリンの音色が鳴る。メイアはクロウから言われたとおりの手順で通話ボタンを押した。

『ようメイア。まだ寝てないみたいだな』

「・・・これから寝ようとしたところだが」

『あー・・・それはすまねえ。どうしても言いたかった事があるから伝えようと思ったんだが、軍にいろいろ絡まれてな』

メイアはベッドに腰を落とす。

「それで、何か?」

『いやさ、お前明日暇だよな?』

「ああ。四日後にはまた基地戻らなければいけないがな」

『そうか。じゃあ、明日ムスペルの公園に九時に』

「え?」

『安心しろ。迎えは俺の親友のルークって奴が来るから』

「いや、その前に話の意図が見えないぞ」

『あ。そうだったな。すまねえ。・・・ほら、俺も明日暇だからさ、一緒に街ブラつかねえか?』

「それは・・・・えぇと、デートというものか?」

メイアはミスティが一人呟いていた言葉を使った。

『安直に言えばそうだな。で、どうだ?』

「・・・ああ。わかった。明日の九時だな?」

『おう。それじゃあ、また明日な』

「ああ。おやすみ」

『おやすみ。愛してるぜ、メイア』

そこで電話が切れた。

「お・ね・え・さ・ま〜」

いやらしい笑みを浮かべるミスティ。

気づいたメイアは頬を赤らめ、顔を逸らす。

「いいですよねぇ、お姉さまは。あーあ、私も恋人欲しいなぁ」

愚痴を漏らすと、ミスティはベッドに横たわる。

「恋人、か・・・・」

「? どうしたんですか?」

「あ、いや。そういえば、私からアイツに“好き”って言ってなかったな、とな」

思い出してみれば、自分自身から「好き」と言った覚えがない。いつもクロウが「好きだ」とか「愛してる」と言ってばかりだ。

「じゃあ、言ってみたらどうですか?」

「え・・・・・あ・・・・う」

言えない。言えるわけがない。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。言ったら二度と顔を合わせられない自信がある。

「ふふっ。お姉さまって本当に果報者ですよね。羨ましいなぁ」

ミスティは遠い目でメイアを見つめる。と、彼女は急に真剣な面持ちでメイアに話しかけた。メイアはキョトンした面持ち応えた。

「・・・お姉さま。これはまだ、お頭や副長にも言ってない事なんですけど・・・・」

「・・・何だ?」

そしてミスティは、言った。

「私、火星に残ろうと思うんです」

 

 

 

 

 

 

 

公園内に流れるクラシック音楽に耳を傾け、数分が経った頃であろうか、メイアは自分を呼ぶ声が聞こえ、立ち上がった。

「上だ、上」

声に従い、上を向いた瞬間、人が振ってきた。逆光で誰かは分からないが、こんな馬鹿げて無茶な事をするのは、あの男しかいない。

振ってきた人――クロウは衝撃を感じさせぬ音を立て、着地した。

「よっ」

クロウは何事も無かったように、軽く手を上げる。周りの視線は完全無視。

「道が混んでたんでな。ちょっとばかしショートカットしてきた」

はにかんだ笑みを浮かべるクロウ。

「なんだ、オシャレな服着てんじゃねえか」

「お前こそ。随分と似合った服を着ているじゃないか」

ニル・ヴァーナにいた頃は常に軍服であったが、今は黒のランニングシャツに迷彩柄のTシャツを羽織り、下はジーパン。随分とラフな格好である。

「メイア」

クロウは笑顔で手を差し出す。穏やかな風が吹いた。

「さ、行こうぜ」

メイアはわざとらしく、微笑を浮かべ、問う。

「どこに?」

「うーん、まずは映画館行くか?」

「・・・まさかアクション映画か?」

「おいおい。ンなわけあるかよ。今人気なのは・・・何だったけかな。えーと、恋愛映画だったな、確か」

「ふぅん・・・・それじゃあ、案内してもらおうか、クロウ・ラウ」

「任せな、我が愛しの姫君」

クロウは恭しく、メイアの手の甲にキスをした。

 

 

 

 

 

ムスペルの空が茜色に染まる。あれからクロウとメイアは色々な場所を回った。映画館ではメイアが感動のあまり泣いて、次に立ち寄ったペットショップではクロウがインコに「バカヤロウ」と言われたり、など、笑いの絶えない数時間だった。

二人はアイスクリームを舐めながら話し合っていた。

「どうよ、楽しかったか?」

「ああ、とっても」

そう言うと、メイアはオレンジ味のアイスクリームを一口頬張る。クロウは笑みを浮かべ、メイアの髪を撫でる。

「そうか。俺もお前と一緒にいて楽しかったよ。ホテルって確かヨトゥンだったよな。送るよ」

「お前は? このあとどうするんだ?」

「ん? ああ、里帰りの前にショッピングモールに寄るつもりだけど」

そうだとすると、クロウと会えるのは今日で最後になるのかもしれない。それは嫌だ。できれば最後の日まで一緒にいたい。メイアは説得すべく、口火を切った。

「・・・クロウ」

「んあ?」

クロウはアイスクリームの玉の部分を食べたせいで、頭をガンガンと叩いている最中だった。

「その・・・私、お前の家に行きたい」

「・・・はい?」

「えっと、つまり、お前の両親に会ってみたいんだ! ほら、どういうところが似ているとか。えぇと、あと・・・・」

メイアはしどろもどろとなりながらも必死に説得する。そんな彼女を見て、クロウは滑稽に見えたのか、フッと鼻で笑った。

「わかったわかった。要は、お前は俺と一緒に居たいんだろ?」

言われ、メイアは“ギクッ!”という擬音が似合う仕草をする。更にこっけいだったのか、クロウは声を出して笑った。メイアは内心後悔した。

(こんな事なら回りくどく言わなければよかった)

ため息をつき、肩を落とすメイア。

「まったく。ホントお前って素直じゃねえなあ。正直に言やあいいのに」

クロウの言葉に、メイアは顔を赤らめ、そっぽを向いた。

「ま、いいや。とにかく、一緒に行くってンなら早く行こうぜ。日が暮れちまう」

空は今だ茜色ではあるが、あと一時間もすれば夜の帳が下りる。夕食までに間に合わせたいのだろう。なんとも親思いである。

「徒歩で行くのか?」

「おいおい。車だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

クロウとメイアを乗せた車はグランヌス孤児院という施設の前で止まった。

(孤児院? ・・・ということは、クロウは孤児だったのか。悪い事を言ってしまったな)

メイアはガラス越しに孤児院を見つめる。壁には所々ヒビが入っており、少々ボロ臭く感じる。

二人は車を降りると、クロウは紙袋を持ち、メイアは帽子を脇に抱え、髪を整える。

クロウは器用に樫の木の扉を開けると、施設中に響くような大声で叫ぶ。

「ただいまぁー!」

あまりの大声に施設に張られているガラスが震えるのをメイアは見た。

それから少し経って、辺りからわらわらと子供達が沸いて出てきた。殆どが十代にも満たない、幼い者ばかりだ。恐らく殆どが戦災孤児だろう。

「おかえりなさい、クロウにーちゃん!」

皆、一様に笑みを浮かべ、クロウを歓迎している。

「よぉ、お前ら。いい子にしてたか?」

クロウは一人ずつ、子供達の頭を撫でる。全員の頭を撫で終わり、頭を上げると、クロウは少し驚いた顔をした。

目の前には、腰に手をあて、見下ろしている中年の女性がいた。栗毛のボブヘアが夕日に照らされ、美しく見える。

「おお、ジェニーばあさん。二年振り」

「アンタ、帰ってくるなら一言電話しな」

ばあさん、と呼ばれるには少々若いが、ジェニーは気にせず、立ち上がったクロウを抱擁する。

「ごめんよばあさん。ちょーっとばかしサプライズしようとおもってさ。ほら、飯も買ってきたぜ」

小さな山と化している紙袋をポンポンと叩くクロウ。

「まぁ、元気でなによりさ。アンタの乗っていた艦が落ちたって聞いたときはあの子たち、本当に悲しんだんだよ?」

「なんとまあ、俺も好かれたもんだな」

「ニヒルぶってんじゃないよ気持ち悪い。あと、アンタがいない間に何人か増えたから後で顔会わしな」

「増えたって事は、また戦災孤児か?」

クロウは渋い顔をする。

「ああ。アンタがいない間に赤子を含めて十六人。内十人が十代前半。残りは運良くハイスクールで生き残った子たちさ」

「くそっ。増える一方かよ」

「・・・・で、後ろの綺麗なお嬢さんはどなただい? ナンパでひっ捕まえた?」

「違う。将来を誓い合った女性だ」

そう言ってクロウはメイアを抱き寄せる。途端にメイアの頬は赤く染まり、クロウを引き離す。

「メイア・ギズボーンです。えぇと、ジェニーさん、はじめまして」

意気消沈しているクロウを無視し、メイアは挨拶を交わす。

「どうも、あたしはジェニー・ケンジット。この孤児院の院長だよ」

そう言ってジェニーは左手を差し出す。右手はなぜか、ポケットを入れ、画しているように見える。

「右手、どうかしましたか?」

「え、あ、いや。なんでもないさ。ちょっと包丁で切っただけで・・・」

白々しく手を隠すが、いつの間に立ち直ったクロウによって掴まれる。

「そのわりにはアザがあるな。包丁でアザはできないぞ、ジェニーばあさん」

クロウはしげしげとジェニーの腕を見る。所々に青くなったアザがポツポツと存在している。

「ジェニーばあさん。誰にやられた?」

ジェニーは頭を抱えると、苦々しげな面持ちで重い口を開いた。

 

 

 

 

 

「地上げ屋だぁ!?」

ジェニーは首を縦に振る。

なんでもここ最近、地元のヤクザに孤児院の土地に目をつけられ、立ち退けと言われているのだ。時には暴力行為に出る事もあるという。ジェニーのアザはそのせいであるという。

「警察は?」

「まともに取り合ってくれないんだよ。多分、賄賂でも貰ってるんだろうね」

苦虫を噛み潰した面持ちでジェニーは吐き捨てる。と、その時だった。樫の木でできた扉が乱暴に開けられた。ジェニーたちの傍にいた子供達は隠れるか、彼女達の服を掴み、今にも泣きそうな顔をしていた。

「よおババア。相変わらずクソ元気そうだな」

出てきたのは黒のスーツを着た大柄の厳つい、いかにもな男と、派手な服装の手下らしき男ら数人だった。

「あいつらだよ」

「あっからさま奴らだなオイ」

クロウは呆れた面持ちで肩をすくめる。

「ババア、何度も言うが、さっさと―――って、なんだお前は?」

「あんたの言うババアに育てられた一人さ」

いつのまにかクロウは厳つい男の前の前に立っていた。それも、小馬鹿にしているような態度と面持ちで。

「お前、痛い目遭いたくなかったらそこをどけ」

「嫌だね」

クロウは厳つい男の顔に唾を吐いた。厳つい男は堪忍袋の緒が切れたのか、顔を真っ赤にさせ、拳を震わせている。

「どうしたゴリラ野郎」

次の瞬間、厳つい男の豪腕がクロウの顔面を捉えた。常人なら骨折してもおかしくない威力のストレートパンチ。しかし・・・。

「!?」

「なんだ? それがパンチか? ネコパンチの方がもっと威力があるぞ」

厳つい男の顔が驚愕に染まった。必殺のストレートパンチは確かに顔面に命中した。しかし、クロウには傷どころがアザもない。

クロウは男の腕を払うと、一瞬、体を沈める。

「パンチってのはな、こういうんだよ!」

言葉の直後、どてっ腹に凶悪なパンチを食らった厳つい男はまるで爆風でも食らったが如く、吹き飛ばされ、厳つい男の背後にいた男らも巻き添えを食った。

「失せろクソども」

クロウは手をボキボキと鳴らし、普段は見せない鋭い眼光で見下ろす。

「お、覚えていやがれ!」

捨て台詞を残すと、男らは気絶しているいかつい男を担ぎ、すたこらと逃げていった。男らが去ったのを確認すると、クロウはジェニー達へと振り向き、何事も無かったかのように笑みを浮かべ、言った。

「さあ、夕飯の準備でもしようぜ」

 

 

 

 

 

クロウは風呂上りで濡れた髪をタオルで拭きながら、ジェニーとメイア、そして数人の孤児が居る居間へと向かっていた。外は既に月が真上に聳えている時刻。大半の孤児たちは寝入っている。

鼻歌を歌いながら上機嫌で歩いていると、不意に背後からズボンを引っ張られる。怪訝そうに振り向き、下を向いてみた。

「・・・・・どうした?」

そこには黒人の少年一人とその後ろに十代にも満たない幼少の子供数人がクロウを見ていた。

「この子達が眠れないんだって」

「・・・・で、どうしろと」

「寝かして」

「無茶言わないでくれよ」

クロウは困った顔でため息をつく。子供の面倒は得意ではあるが、上手く寝かしつける方法は聞いたことが無かった。

必死に思索して数十秒が経ったころ、クロウは名案を思いついた。

(そうだ。昔やってもらったアレで・・・)

思い立ったが吉日。クロウは子供たちをとある部屋へと先導して行った。

 

 

 

 

 

着いたのはホールであった。ホールと言ってもそれほど広いものではなく、学校の教室程度である。

クロウはホールの端に置かれているピアノを見つけると、周りに子供達を集めさせた。

「何か弾くの?」

「ああ。俺やここで世話になった人なら絶対に聞く曲さ」

そう言うと、クロウはゆっくりとやさしげにその曲を弾いた。

 

 

 

 

 

メイアは洗面所から出た途端、懐かしい音色を耳にした。それは幼い頃、聞いたことのあるものであった。

音色を辿り、少し歩いてみると、音色の発生源であるホールへとたどり着いた。中からはピアノの音色がゆっくりと、撫でるかのように流れている。

ドアを開け、メイアはホールへと足を踏み入れた。

「・・・・おまえ・・・」

「おっ。お前も俺の演奏を聞きに来たか?」

ホールは少々変わった光景だった。クロウの周りに居る子供らは全員寝息を立て、グッスリと寝ているのだ。クロウは左手で演奏を続け、右手でこっちにくるようにと手招きした。言われたとおり、メイアはクロウのすぐ傍へと寄ると、クロウは演奏を少し早め、突然歌いだした。

I see trees of green, red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself, what a wonderful world

(この曲、聴いたのはオルゴールだったけど、こんな歌詞だったんだ)

初めて聴いたのはまだ両親と共に居た頃。オルゴールであったため、歌詞は知らなかった。

see skies of blue and clouds of white
The bright blessed day, the dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world

(この素晴らしき世界、か・・・・)

心の中で呟くと、クロウの肩に手を置き、後に続くように歌い始めた。

The colors of the rainbow, so pretty in the sky
Are also on the faces of people going by
I see friends shaking hands, saying how do you do
They're really saying, I love you

hear babies cry, I watch them grow
They'll learn much more than I'll ever know
And I think to myself, what a wonderful world
Yes, I think to myself, what a wonderful world

 

 

 

 

歌を終え、クロウは「ふぅ」と満足げな笑みを浮かべ、息を吐くと、メイアを見やる。二人は暫く見つめあった後、どちらからでもなく、唇を重ねる。

と、

「こらそこ。そういう事は二人きりの時にやりな」

驚いた面持ちで二人は唇を離す。声の聞こえたドアには、眉を顰めているジェニーといやらしい笑みを浮かべる、この孤児院の教員であるダレンが腕を組み、二人を見ていた。

「お熱いこったなぁ、クロウ」

「うっせぇよダレン」

クロウは悪態をつきながら、寝入っている子供達を脇に抱えていく。次いでダレンも子供らを抱えていく。

「そうだ、ばあさん」

ドアに差し掛かったところで、残っている子供達を抱きかかえようとしているジェニーに目を向ける。

「俺とメイアの寝室ってどこよ。今更だけど」

「ああ。すまないけど二人とも屋根裏部屋を使っておくれ。最近、人が増えてばっかりでね。空いている部屋が無いんだよ」

それを聞いた途端、メイアの体が一瞬ビクリと震えた。

「屋根裏ねぇ。ガキの頃に何度か使った事あるけどさ。メイア、暑苦しいかもしれないが構わないか?」

「え、あ、ああ。か、かかか構わないぞ」

「なにドモってるんだよお前」

妙に体を堅くしているメイア。それを見て、クロウは首を傾げながら部屋を出て行った。

 

 

 

 

とうとうこの日が来たのかとメイアは内心呟く。妙に心臓が拍動しているのはやはり・・・。

「安心しな」

ジェニーは笑みを浮かべながら、メイアの肩に手を置く。

「あの子はちょっと野獣のような部分もあるけど・・・・まぁ、紳士的なところもあるからきっとやさしくしてくれるはずさ」

『まぁ』の部分がいささか自信なさげに聞こえたが、あえて、気にしない事にした。どちらにしろ避けられない事。クロウが以前言っていた『腹をくくれ』という言葉が頭に過ぎった。

 

 

 

 

「随分と派手だなぁ・・・・」

ジェニーに貸してもらったネグリジェは少々ケバケバしく見えた。これならまだ自分のワンピースを着ていたほうがマシに見える。クロウはなんと言うだろうか。

(絶対大笑いするだろうな)

教えてもらった屋根裏部屋への階段を上り終えると、メイアは薄暗い部屋の隅に置かれているベッドを見やる。上半身裸のクロウがスタンドの明かりに映える。

「おっ、来たか・・・・・って、アハハハハハハハハハハッ!」

案の定、爆笑。腹を抱えてクロウはベッドの上で悶える。

「・・・・・うるさいうるさいうるさい!」

メイアは顔を真っ赤にさせ、ベッドの上へと飛び込むと、クロウの首を羽交い絞めにしようとする。しかし、寸でのところでダッキングされ、空振りに終わる。それどころか真正面に抱きしめられ、そのまま二人はダイブした。

そしてクロウは有無を言わさず、メイアの額にキスした。

「今度はマシな物を貸してもらいたいな」

クロウはメイアの横に寝転がると、メイアの髪を弄りながら、遠い目をした。

「それは無理だな。ジェニーばあさんのは全部それを似たようなもんだ」

クロウはメイアのネグリジェをつまみながら言う。メイアは枕に顔を埋める。そんなメイアを見て、機嫌を取ろうとするクロウ。

「なあ、明日海に行かないか?」

「海?」

「ああ。こっから西に行くとミミルっていう海岸沿いの街があるんだ」

「孤児院の子供達も一緒に?」

「おいおい。二人で行くに決まってるだろ。ムードも何もあったもんじゃねえ」

「水着は? 私は持っていないぞ」

「心配すんな。あっちで買える。他に質問は?」

メイアは小さく首を横に振る。クロウは口端を吊り上げると、スタンドの電灯を消した。

「明日は早起きだ。寝るぞ」

「・・・クロウ」

「ん?」

メイアは目を泳がせ何か思案しているような面持ちをしていた。しかし、それもすぐに微笑に変わった。

「・・・・・・ううん、なんでもない。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

互いに頬にキスをすると、二人は目を閉じ、睡魔に身を任せた。

 

 

 

 

 


作者ホウレイさんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板に下さると嬉しいです。