Armored Core 4
まずは力の誇示より始めよ
Armored Core 4
第三話 英雄の狼、白き閃光、翼持ちし大鴉
独立計画都市グリフォンを占拠する武装勢力を排除する。
グリフォンはかつて大規模テロにより基幹インフラを失い廃棄された。敵は都合良く、そこを根城にしているに過ぎない。
この作戦はアナトリアのネクスト、すなわち君のパックスに対するプレゼンテーションだ。
特にパックス最大の企業体、GAはグリフォンの復興を計画している。連中へのアピールするには、またとない機会だろう。
状況は出来上がっている。あとは君次第だ。
よろしく頼む。リンクスNO.38、アラン・フィラデルフィア――。
エミールからのブリーフィングを確認したアランはシートに身を委ね、その時が来るのを待つ。
旧オーストラリア国領域であり、十数年前までは発展著しい都市であったが、国家解体戦争の折にGAに接取され、今に至る。
敵は中規模の戦車、戦闘ヘリにノーマルACが数機。圧勝だ。ネクストの敵ではない。
だが奇妙な感覚だ。つい数年前、ネクストに殺されかけた自分が、今やその悪魔に乗り、傭兵業までやっているなど。
自分の命を奪いかけた兵器が、今や自分が駆る兵器など。
これがもし神の御心の下だというのなら、その神は相当な変態だ。殺してやりたい。
だが、その前に自分が死ぬかもしれない。
低いAMS適性を補うための薬物投与は、コジマ汚染と同時に体を蝕み、寿命を縮めている。
だが、アナトリアの人々の為にもまだ死ねない。少なくとも、今は。
『作戦領域に到達。投下カウント、10』
フィオナの冷静を装った声。任務の際に私情は持ってきてはいけない、とエミールに釘を刺されている為だ。
だが。
『大丈夫。あなたの腕とこのネクストなら、敵じゃな――」
「フィオナ、カウントは?」
『あっ、こ、降下まで5、4・・・』
彼女がオペレーターを志願してくれたのは嬉しい半面、危険に晒される可能性があるという点では少々感歎しがたい。
何があっても、守るべき女であるというのに。
だが彼女はそれをよしとしない。『待つ女』ではないのだ。
「2、1、投下します!」
足元に高層ビル立ち並ぶ街――グリフォンが見えた。
同時に、機体を支えるリフトが外れた。
万有引力の法則に従い、機体はグリフォンを流れる川付近へと急降下して行く。
(よし、着陸)
ブースターを吹かし、落下速度を殺す。比較的大きな道路へと着陸すると、すぐに前方へと加速させた。
四方をビルに囲まれた広場のような場所に敵機はいた。
『作戦を作戦を開始します。敵を撃破してください』
「了解っ」
パワードスーツに毛が生えた程度の性能しかない、急増で武器を取り付けた民生品のMTが五機。
そしてACが登場するまでは陸の王者と呼ばれた、今や雑魚という対象でしかない戦車が十数機。
邪魔だ。
スピードを緩めず、銃口がこちらを向いたのを確認すると、左肩のクイックブーストを吹かす。
機体は急加速で右方向に移動する。おそらく視野から逃れ、ロックが外れたはずだ。
右腕に握られたBFF製ライフルを構え、ロックオン、発射。
弾頭が直撃した戦車はまるで跳ね上げ式地雷の如く、呆気なく、脆く吹き飛んだ。
MTもネクストの圧倒的なスピードについていけず、BFF謹製自慢のスナイパーライフルを二発くらわせただけで爆発した。
もはやゴミ掃除だ。
弾の無駄使いになる。
『アラン。敵の通信を傍受しました。前方の橋の先にいるノーマル二体が指示を出しているようです』
「なるほど。ということは、そいつらを潰せば雑魚共は壊走するな。フィオナ、ノーマルの場所をこっちのマップにトラッキングできるか?」
『了解、少し時間を・・・出ました。マーキング、転送します」
コクピットのモニターに赤い光点が記された地図と、輸送機からの映像が送られてきた。
彼女の言うとおり、橋の先にずんぐりとしたノーマルACが二機。そして周辺には武装ヘリが十数機。
ノーマルACを守るように布陣されている。
『ヘリのミサイルではPAに対し、たいしたダメージは当たられないはずです。無視してノーマルのみを破壊することを提案します』
「わかった、そうしよう。ところで、フィオナ」
『え、は、はい? 何ですか?』
突然の質問に、素が出かけた。
――いけない、しっかりしなくちゃ。
「あのノーマルの製造元、分かるか?」
『は・・・はい。えぇと、アルブレヒド・ドレイス社のGEPPERT-G3です。レーザーライフルと対実弾用シールドを装備しています』
「アルドラ製、か。ありがとな、フィオナ」
何が納得したのだろうか。フィオナには分かりかねた。
一方の彼は、半ば意気揚々として呟く。
「よし。それじゃ、トばすとするか」
ちょうど橋を眼前にする形で機体を止めたアラン。その言葉と同時に、機体背部の装甲が花弁の如く大きく開いた。
キイン、と甲高い音を立ててそこにコジマ粒子が収束していく。
オーバードブースト。ジェネレーターとPA発生機構のコジマ粒子を全て機体背部に内蔵された特殊なブースターに回すことで、驚異的なスピードを得られる。
急激にコジマ粒子が減ったせいか、機体を覆うPAが火花のようなものを散らし、薄くなっていく。
「KP収束完了。オーバードブースト・・・点火(イグニション)!」
一瞬で機体速度が亜音速を超えた。敵機は迎撃するが、時速八百キロメートルで迫る鉄の巨人を捕らえられるわけがない。
さながらトップスピードのジェットコースターだが、登場しているパイロットにはそんな生易しいものではない。
(エンカウントまで、二、一・・・・今!)
接敵寸前で、アランはオーバードブーストを解除、機体のバックブースターを全開に吹かす。
アランは襲い掛かる衝撃に胃の中の物を戻しかける。対G装備がなければ身を砕きかねない衝撃が襲っているところだ。
頭を振って意識を集中する。数十メートル先には、目標のノーマルAC二機。距離、一キロメートル。
スナイパーライフルの威力減衰距離ではない。敵機が反応する前に両手の得物を構え、撃った。
左手のライフルが盾を滅茶苦茶に壊した。そして盾ごと腕を破壊され、機体が安定を失ったところを、スナイパーライフルで機体胸部を何度も撃つ。
この距離ではスナイパーライフルにとっては接射に等しい。威力が全く殺されない弾丸は機体を貫通し、ビルに大穴を開ける。
ほんの数秒の出来事。攻撃を受けたノーマルACは背中から崩れ落ちると、大きな火花を上げ、爆散した。
こちらに気づき、ビルを盾にレーザーライフルを撃ってきた。
懸命な判断だ。ACのFCSはパイロットの視覚に依存している。障害物でロックをさせないとは。しかし、こちらにも手はある。
アランはFCSのオートロック機能を解除、マニュアルロックに切り替える。
そしてロックマーカーを目測でビル越しの敵機に合わせた。そのまま、スナイパーライフルを“勘”でコックピットに当てるべく、撃つ。
MT程度の装甲ならば容易く貫通・撃破する威力、速度の弾丸だ。ビル程度なら問題は無いはず。
鋭い轟音の銃声が四度、続けて響いた。
空薬莢が落ち、反響が止み、戦場に束の間の静寂が訪れる。
何秒か経った後、ビルの向こう側で火花の散る音が聞こえた。そして次はズシン、と何かが崩れ落ちる音。最後は強烈な爆発音だった。
撃破完了。これで最大の脅威は排除された。橋の向こうにいる雑魚はこれで逃げるはずだろう。
『アラン、聞こえますか?』
フィオナからの通信だ。何の報告か、大よそ見当はつく。
「ああ。奴ら、逃げ帰って行ったか?』
『ビンゴ。海岸へ逃げて行くと思われます』
「GA艦隊に伝えてくれ。戦車とMT共を海水浴させてやれってな」
「フフッ、了解です。では、任務完了ですね。お疲れ様でした、これより回収に向かいます」
フィオナはアランを待っていた。着いたら二人だけで食事をしたいと言われ、地上行エレベーターの前にいるのだ。
アナトリアへ帰ってきたアランは整備士たちから総出で迎えられ、歓迎された。今頃、揉みくちゃにされているだろうか。
初仕事は文句なしのパーフェクトの出来だ。報酬も弾薬費と機体修理費を引いても、まずまずの額。
GAからの信頼も得られた。
この調子でいけば、アナトリアを維持するだけでなく、発展もできるはず。
だが、その為には――。
「フィオナ」
自分を呼ぶ声が聞こえた。アランだ。フィオナは嬉々として声の方へ向く。
髪と服がボサボサのアラン。やはりひどく歓迎されたに違いない。フィオナは思わず笑ってしまう。
「待たせたな、行こう」
そう言って、アランに手を取られ、頬を赤らめる彼女は、彼と指を交差させるように握り返した。
アランは彼女の思いがけない大胆な行動に、ほんの少し目を丸くする。
「ありがとう、アラン。エミールも大喜びだったわ」
「あの冷血野郎が? 明日は雪が降るな」
二人は声を出して笑った。
「そういえばアラン。食事ってどこでするの? コウさんの家?」
「いや、俺の部屋で。料理は食堂で作るけどな」
「えぇ? アランって料理できるの?」
「ナメるなよ、レイヴン時代は炊事洗濯掃除はキチンと自分一人でやってたんだからな」
「へぇ。じゃあ、お願いしちゃおうかしら?」
「任せろ」
アランはサムズアップする。
それを微笑ましげに見たフィオナは彼の腕に抱きつき、体を寄せる。
束の間の安らぎの時間。
そう、束の間でしかない。
(彼は――エミールはきっとうまくやる。そうしたらこの人は、また戦場に行く事になる)
フィオナは祈る。彼の行く末が、地獄の果てで無いことを。
老いたエミールは語る。
――パックス・エコノミカ。
国家解体戦争からはじまる、企業による全体管理。限りある資源の、節度ある再分配。
懸命な経済主体たる企業が資源と市場を独占し、人々はコロニーに押し込まれ、糧食を得るためだけの労働に従事していた。
企業の力の象徴たるネクスト。
その開発に出遅れたGAは時代遅れの巨人であり、だからこそ、彼らは我々を受け入れたのだ。
ネクストを駆る傭兵は、低俗な、政治的駆け引きにより生まれたのだ。
古い戦士。政治的な利用価値しかない、非力なネクスト。
この時はまだ、誰もがそう思っていた。
・・・私を含めて。
フィオナの予測どおり、エミールはネクスト傭兵の宣伝に成功した。
その後も、アナトリアはGA社のミサイル基地防衛と、工場を占拠した武装勢力の排除の任務を請け負い、すべて完璧な結果を残した。誰もの期待を裏切って。
アナトリアのネクスト傭兵。その名が他企業に知れ渡るのに、さほど時間はかからなかった。
ネクストを駆るリンクス。それを表立って企業が運用するには多大なリスクが伴う。
表面上、企業らは手を組んではいるこそすれ、歴史的背景から対立している企業は少なくない。
だからこそ、無闇に企業の最強の尖兵であるネクストを運用すれば、たちまち企業間戦争が起きる。
GAとBFFの化石燃料市場の対立関係、コジマ技術競合においてのオーメルとアクアビットの不仲が最もな例だ。
終戦から五年。かつては共闘の意思のあった企業は、世界が安定期に入った今、邪魔者を消しにかかるだろう。
即ち、この世は巨大な火薬庫となり、アナトリアは点火役となるのだ。
エミールはGA以外にもインテリオルユニオンからの依頼も承るようになった。建設中の電源施設メガリスの防衛、コロニー・ラズグールの侵入者排除。
昨日の敵は今日の敵。際限なく流れる血を、自分の血で洗う。
かつてのレイヴン稼業と同じだ。
アナトリアは常に、戦場の中心にいた。
「アラン。新しい依頼が来たわ。GAよ」
雷雨の酷い昼下がりのことだった。アランは連日の依頼に自室のベッド体を休めていた。だが、神は彼に休暇を与えなかった。
フィオナは依頼内容が書かれた書類を渡す。気だるそうに起き、中身をさらりと見たアランは、また奴らか、とウンザリとした口調で言った。
奴ら――ホワイトアフリカを中心に活動している、最大の反体制武装勢力、“マグリブ解放戦線”の事である。
ここ最近、GAから来る依頼は殆どがマグリブ関連だ。一昨日はGAを狙った弾道ミサイル基地の破壊依頼、昨日は旧ゲルタ要塞を乗っ取った一部のマグリブの排除依頼。
GAの勢力圏内において、マグリブは数年前から目の上のタンコブのような存在であった。
それが一年程前から、イクバール本社に輸送中であったネクスト機体二機を強奪し、さらに勢力を拡大しているのだ。
「いい加減、頭を潰した方がいいんじゃないか? 雑魚ばかりを潰しても意味が無いだろ」
「ええ。だから今回の依頼は、彼らの頭を潰す事に成りえるわ」
「・・・どういう意味だ」
「内容を見れば、わかるわ」
アランは書類にさらに目を通す。
――マグリブ解放戦線のリンクス、アマジーグを抹殺せよ。
「・・・なるほど。確かに、頭を潰す事と同じだな」
アマジーグ。
“砂漠の狼”という二つ名で知られる、ナンバーカウント無しのイレギュラーリンクス。
マグリブ解放戦線には二人のリンクス――アマジーグとススがいるが、その中で特にアマジーグの名は反体制勢力では英雄視され、反パックスの希望の象徴とまで言われるほどだ。
つまりその“偶像”(イコン)を倒すことで勢力の瓦解を狙うのが最大の目的なのだ。
「・・・パックス後では初めてのネクスト対ネクストの戦いになるわ。充分なデータがないから苦戦は免れないと思うから、気をつけて」
「ああ。ところで、フィオナ。訊いてもいいか?」
「ええ。答えられる質問だったら」
アランはボンヤリと陽炎のごとく写るネクスト――アマジーグの駆るネクストACバルバロイだ――の写真を見せる。
「この機体、“本当に盗まれたのか?”」
「どういう意味?」
「俺にはただ盗まれたようには見えないのさ」
アランは言う。
ネクストACは企業の象徴だ。当然、輸送の警備は厳重であるのは間違いない。それを高だか、巨大な反体制勢力とはいえ、盗まれる愚を冒すだろうか。
それも勢力下で小規模内戦が頻繁に起きるイクバール社が。
「つまり、“盗ませた”ってことなの?」
「だろうな。グリフォンの時やGAの工場を占拠した武装組織と同じだ。企業が、奴らをバックアップしているんだ」
初依頼でのグリフォンの際、何故ただの武装組織が、アルドラ社のACを所持していたか、アランには気がかりであった。
アルドラの製品は、旧ドイツ国の軍事企業を母体としているが為、職人気質溢れ、頑丈かつ精度の高い機体が多い。それ故、ノーマルACでも値が張る方である。
何故整備しやすく安価で丈夫なGA製ノーマルACではなかったのか。憶測でしかないが、恐らくグリフォンを根城にしていた武装組織はインテリオル・ユニオンが支援を行っていたに違いない。
GA工場を襲撃した武装勢力には、レイレナード社のパワードスーツが混ざっていた。
メガリスを占拠した武装勢力はローゼンタール社ノーマルACが。ラズグールを占拠した正体不明の武装勢力にはGAと有沢重工のノーマルAC。
どれも襲撃には企業が一枚噛んでいるのだ。
「別に珍しい話じゃないさ。百年くらい前にアメリカも政府ぐるみで共産主義のキューバに反体制ゲリラの支援をしていたしな」
「・・・つまり、私たちは企業を相手にしているのと同じなの?」
「まあな。だが表立って支援してるわけじゃない。物資を与えて、それだけだ。成果を出したら儲けもの。死ねば他の勢力に与えりゃいい」
「酷い。まるで使い捨ての道具のように・・・」
怒りの顔を露わにするフィオナ。だが、アランは冷ややかに彼女を見る。
「俺も同じようなもんだ」
「え?」
「傭兵なんて使い捨ての道具だ。変わらないさ。今も、昔の俺も」
呟くように言ったアランは書類を片手に、部屋を出た。
フィオナは沈痛な面持ちで、彼の後ろ姿を見つめていた。
――作戦を確認します。
マグリブ解放戦線の陸送部隊を襲撃し、同組織のイレギュラーネクスト、砂漠の狼こと、アマジーグの機体を撃破します。
アマジーグは致命的な精神負荷を受け入れることで、低いAMS適性を補い、機体の戦闘力を限界以上に高めています。
ホワイトアフリカの反体制組織から“英雄”と称えられるほどの相手です。まともに戦うには、リスクが大きすぎます。
彼のネクスト、バルバロイはイクバール標準機ベースの軽量機です。機体本体の防御力は決して高くありません。起動前に、一気に叩いてください。
以上、作戦の確認を終了します。
無事の帰還を・・・。
戦場である旧ピースシティ跡地は夕焼けに染まっていた。
アラビア語でマグリブは「西方」、もしくは「日の没する所」という意味だ。それにあやかってか、マグリブ解放戦線は自らを「西方の戦士」、企業を落日へ誘う、太陽よりの遣い」と称している。
しかし古来より鴉<レイヴン>も太陽神よりの使者と呼ばれている。ここアラビア圏内では
だがアランは太陽は嫌いであり、そして砂漠が好きではない。
そもそも暑い気候自体が好きではないが、傭兵として若手の頃、戦闘中にACの脚部関節に砂が入り込み、行動不能に陥った経験がある。
まだノーマルACが発展途上の時代である。技術が進歩した今ではそのような事態に直面することはないが、パイロットのトラウマを拭うのは容易ではない。
マグリブの所有する弾道ミサイル基地破壊の依頼の際は、戦場が凄まじい砂嵐で頭がおかしくなりかけたほどだ。
此度の戦場となる旧ピースシティも一面が砂漠だ。
国家解体戦争以前は、アフリカ大陸で唯一、平和で栄えていた街も、異常気象が原因の度重なる大型の砂嵐により、街全体が埋もれてしまっている。
「アラン」
「大丈夫だフィオナ。心配するなよ、俺だってガキじゃない。砂の一つや二つで怯えるもんかよ」
『違います。あと二分で陸送部隊が視認可能です。射撃装置をクリーンにしてください』
「あ、ああ」
『・・・アラン。無理して強がらなくても――』
「強がってないっ」
アランはムキになると饒舌になるクセがある。それをよく見る整備士・唐沢劫は「ジュニアスクールのガキだ」とよく述べている。
「っと、輸送車が来たな。フィオナ、いくぞ」
『・・・はぁ。了解しました』
レーダーの隅に赤い光点が煌めく。目標の輸送車だ。探知機も何も搭載されていない、旧世代の輸送車だ。目視でない限り、捉えることは不可能だ。
敵ネクストはシステム起動前の軽量機体。そして自分の得物は遠距離狙撃用の武装。
まさに「山猫は眠らない」だ。
だが、一抹の不安を感じざるを得ない。理由と呼べるものはない。しいて言えば、勘だ。
長年戦場に身を置くものとして、こんなに状況が良すぎるのはかえって怪しいものだ。戦場とは常に自分に不利に進むものである。
『輸送車両を確認。陸送中です。あせらずに目標をひきつけ、奇襲してください』
「了解。スナイパーライフルのフルコースだ」
機体を加速させるアラン。このまま進めば十秒もしない内に射程内に到達だ。
その時には弾丸が薄っぺらな装甲をブチぬいているはず。
だが、どうにも不安を拭い去ることができない。
車両を射程圏内に捉えたアランは、確実に狙いを定めるために停止した。スナイパーライフルの銃口が夕焼けに煌めく。
「狙撃可能。射程圏内、発射する」
ネクストの指先がトリガーを引きかけた、その時だった。
輸送車両に搭載されていたネクストAC――バルバロイが立ち上がったかと思うと、クイックブーストを吹かせ、こちらへ向かってきたのだ。
『敵ネクスト、既に起動しています!』
フィオナの焦り声。
「クソが! 予感的中か!」
毒づくアランは機体を交代させる。相手は足の速い軽量機体、そして近距離用武器であるショットガンとアサルトライフル。
近寄られては分が悪い。アランは両手の得物を撃ちながら下がっていく。
しかし次々と繰り出す変則的な三次元機動に、ロックが外れ、思うように当らない。一方、バルバロイはどんどんと距離を詰めていく。
BFFの機体はGA程ではないが、精密な部品を守るために装甲がどうにも重くなりがちだ。かといって頑丈ではない。
当たらなければ問題はないというBFFの信条。遠距離での戦闘に特化しているためだ。
それが今は、生死を分ける問題と化している。
『奇襲とは、無駄な策だったな』
全周波の通信だった。相手は間違いなく、今迫ろうとしているバルバロイのリンクス、アマジーグ。
若い男の声だ。自分よりも。
『生憎だが、まだ死ねんのだ。貴様のせいでな、アナトリアの傭兵!』
とうとう詰め寄られ、ショットガンのバックショット散弾とアサルトライフルの弾丸がアランの機体を暴雨のごとく襲う。
PAは着弾した実弾、榴弾に対し弾丸の速度低下、若しくは衝撃緩和を行ってくれる。
だが近距離、それもネクスト用武器ともなると衝撃を最大まで殺しきれず、ショットガンのような面として攻撃する武器に対してはPAは攻撃を受けるたび、PAを大きく減衰されてしまうのだ。
アランの機体であるBFFの標準二脚機体“047AN”も、機体本体の防御力はお世辞にも高いとは言えない。
BFFの機体製品は遠距離戦闘を主軸にしているため、FCSや各部パーツは高精度の精密部品が多い。それ故精密な部品を守る装甲は、必然的に厚くなる。
それでも、GAほどの装甲に関してノウハウは無い。近距離でも耐え切れる装甲ではない。
「チッ! クソっ・・・ちょこまかと、鬱陶しい!」
遠距離戦特化のFCSが裏目に出てしまっている。加えて軽量機の最大の良点である高機動力がロックをさせないでいる。
『消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ』
無感情の声だった。さながら、呪詛のごとく。精神負荷がそうさせているのか。
『アラン、距離をとって下さい! 近距離では勝ち目はありません!」
「ンなことはわかってる! 相手の方が速すぎるんだ!」
遠距離戦装備のこの機体では分が悪すぎる。
『死ね、レイヴン!』
「俺もだがな! まだ死ねないんだよ!」
『黙れ、血に塗れた鴉が! 我々のような崇高な意思を持たず、金に執着する下衆め! 貴様はここで羽を折られる運命にあるのだ!」
「テロリスト風情が傭兵に説教だなんてしてんじゃ・・・ねえよ!」
散弾が左腕部関節に着弾し、スパークを上げる。煙まで上げる左腕は、使い物にならなくなってしまった。残った右腕のライフルで決着を付けねばならなくなった。
「アマジーグとか言ったな! 企業を落日に誘うとかほざいているが、選んで殺すのがそんなに上等だってのかよ!?」
『・・・何だと?』
ライフルの弾が肩に着弾した。それでも然したる威力ではない。
「テロリストも傭兵も、さして立場に変わりなんて無い。俺もお前も、同じ穴の狢だ!」
『貴様と・・・貴様と・・・・貴様と一緒にするなァァァァァァァァ!』
激昂したアマジーグは、凄まじいスピードと反応で猛攻してくる。
PAが剥がれ、剥き出しになった装甲に強烈な弾丸の嵐を撃ち込まれる。
「がっ! 右脚部破損か、くそっ! PAも、畜生! 発生装置まで壊れやがった!」
自重を保てなくなった機体は仰向けに砂地に倒れた。凶悪な衝撃に、胃の中の物を吐き出してしまうアラン。
ブースターを起動させて逃げようとするが――。
『終わりだ、これで』
ショットガンを構えるバルバロイ。この至近距離ではコクピットに打ち込まれれば、貫通し、内部はミンチよりも酷いことになるだろう。
死の間際だというのに、アランは冷静な判断ができた。
『アラン、逃げて! アラン、アラン!』
フィオナの悲痛な叫びが遠くに聞こえる。今まで死に直面することは、近いことこそあれ、それを感じることはなかった。
幾多の敵を屠ってきたが、その敵が感じていた死とはこういうものだったのだろうか。
目の前に振りかざそうと死神の鎌を待つアラン。
だが――。
『聞こえるか、レイヴン』
(アマジーグじゃない、誰だ?)
これまた全周波の通信だった。アマジーグではない男の声。
自分よりも年上そうな、渋い男の声だ。
『リンクス、ジョシュア・オブライエンだ。救援に向かう。持ちこたえてくれ』
アマジーグも通信を聞いていたのか、死に体のアランを放って、援軍と思しき機体を捜索する。
遠距離レーダーを積んでいるアランの機体は、既にレーダー上に捉えていた。高速で此方の作戦領域に向かってくる、一機。
なんとか意識を立て直したアランは、フィオナに繋ぐ。
「フィオナ、何が来る・・・?」
『え、えぇと、ネクストです! 此方に高速で向かってきています! でも、でも、ジョシュアって・・・!』
何時になく動揺しているフィオナ。質問しようと思ったが、吐き出した血がそれを邪魔する。
『待たせたな。これより戦闘に参加する』
現れたのは、白い細身の機体。アマジーグと同じく、軽量二脚型ネクストACだった。
だが、パーツ構成は標準機とは違う、単一企業のものではなく、混成であった。
頭部はローゼンタール製であるが、コアパーツはイクバール製、腕部と脚部はオーメル社製のものだ。
武器もローゼンタール社製のアサルトライフルと、オーメル製のレーザーキャノンとエネルギーブレード。
すべてローゼンタール社傘下企業のパーツだ。
『何だ、貴様は! 貴様も傭兵か!』
『そのようなものだ』
突然現れた白い機体は、バルバロイ以上のスピードで、正確に当てに来る。
猛攻、ではないが、的確に、全弾を当てている。脆い装甲がスパークを上げる。
『き、貴様ッ・・・!』
『もらった』
レーザーキャノンが右腕を吹き飛ばした。
それを見ていたアランは機体を何とか立たせる。いや、正確に言えば、浮かせる、と言ったところだ。
メインブースターを起動させ、機体を上昇させたアランは、白い機体を援護すべく、中空でライフルを撃つ。
制圧射撃程度にはなるはずだ。
気づいたバルバロイはアランに目を向けるが、その隙を逃さず、白い機体が攻撃を加える。
アランのライフルがバルバロイの頭部を滅茶苦茶に破壊した。
残った左腕のショットガンを放つが、メインカメラを破壊された為か、狙いが甘い。あらぬ方向へ撃っていく。
低空で浮遊させ、ライフルを撃ち続ける。耐久限界を超えた最後の左腕が爆散した。
もはや攻撃の手段はなかった。全身から火花を上げるバルバロイ。
『その力で、貴様らは、何を守る・・・』
次の瞬間、バルバロイはコクピットをレーザーキャノンと、ライフル弾に貫かれた。爆散しなかった機体は衝撃で、そのままうつ伏せに倒れた。
機体も自分も限界に達したアランは、半ば墜落するかの如く、砂地に着地した。
機体損傷率八十パーセント。よく戦えたものだと自分に感心する。ヘルメットを外したアランは口に付着している血を拭う。
『レイヴン、大丈夫か?』
「ああ、辛うじて。えーと・・・」
『ジョシュア・オブライエンだ。君の噂は聞いているよ、レイヴン』
「そりゃどうも、で、あんた何者なんだ? どこの企業のリンクスなんだ?」
『君と同じだよ。リンクス傭兵だ。コロニー・アスピナのな』
「アスピナ?」
『ああ。それと、今回の援軍はアスピナとオーメルの秘密裏実験のようなものだ。依頼は、君が撃破したということになるから、安心してくれ』
アスピナ。聞いた覚えのある言葉だ。どこかで。
(ああ。確か、AMS技術を持って行った技術者がアスピナに行ったって、言ってたけか)
そうなると、このジョシュア・オブライエンという男はアナトリアとも関係があるのだろうか。
フィオナも先ほど、ジョシュアの名を聞いて動揺しているのを考慮すれば、間違っていないかもしれない。
なら、実行に移すの早いほうがいい。
「ジョシュア・オブライエン? 訊くがアンタ、フィオナ・イェルネフェルトを知ってるか?」
『む? ああ、よく知っているよ』
「そうかい。ちょっと待ってくれ、今通信を中継する」
無断でフィオナとの回線をジョシュアにも回す。
案の定、動転するフィオナ。
『え、え、え? アラン!?』
「中継するぞ。二、一・・・」
『フィオナ、か?』
腫れ物に触るかのような、慎重な声音だった
対するフィオナも、同じだ。
『ええ・・・。五年ぶり、ね。ジョッシュ兄さん』
『ジョッシュ兄さん、か。それで呼ばれるも久しぶりだ』
『うん。何もかも久しぶりね』
『・・・すまなかった、フィオナ』
『気にしないで。ジョッシュ兄さんはやるべき事があったんだもの』
想像したとおり、どうやら深い仲のようだとアランは心の内で呟く。
(しかし兄さん、ね)
こういうのはドラマだけかと思っていたが、現実は小説よりも奇なり、か。
二人の会話はアランの機体が回収されるまで続いた。
アナトリアに着いたアランはすぐさま医務室へ運ばれた。全身がズキズキと痛むが、折れたというわけではない。
しかしフィオナがどうしてもというので、精密検査を受けることになったのだ。
そして今、不機嫌な面持ちでアランは医務室のベッドで横になっていた。隣で水を用意しているフィオナは笑みを浮かべているが。
「なあ、フィオナ。確かに体中痛えけど、のたうち回るほどじゃないさ。早くここから出して酒を飲ましてくれ」
「ダーメ。機体があんなに傷だらけなのに、あなたが無事なわけないじゃない。今晩はここにいてもらうわよ」
心配性め、と呟くアラン。
ほんの少しの静寂の後、アランはフィオナに話しかけた。
「フィオナ。あのジョシュア・オブライエンって、アナトリアとどう関係があるんだ」
「・・・それ、むしろ“わたしとジョシュア”がどういう関係が、じゃないの?」
「それもある」
仕方ない、と呆れ気味にため息を吐いたフィオナは、語り始めた。
「彼は最初期のAMS被検体なの。もう十年以上前かしら。同じ研究機関のあるアスピナから出向してきたの」
「そのツテで知り合った?」
「ええ。父の研究を見学しているときにね。まだ十代そこそこの頃、出会ったの。私も彼も、その時一人ぼっちだったから、すぐ打ち解けたわ」
「兄さんと言ってたが、結構親しい間柄だったんだな」
「お互い話し相手もいなかったから。いつの間にか、あの人のこと『兄さん』なんて呼んだの。一人っ子だったし、寂しかったからかな」
「初恋の人?」
「・・・うん。でも、玉砕。“私みたいなつまらない男に惚れるな。君にはもっと相応しい男がいる”って」
それを聞いたアランは大声で笑った。フィオナは顔を不機嫌そうに顰める。
「ちょっと。人生初の失恋を笑わないでよ」
「いやいや。フィオナってお嬢様だから、ラブレターでも出すのかと思ったら、突貫か! アハハハハ!」
尚も笑い続けるアラン。
「じゃあ、アランはどうなの?」
「はははははは・・・・・へ?」
「アランの初恋は?」
言われた途端、口を噤んでしまった。ここぞとばかりにフィオナは捲し立てる。
「あら。私の事は聞いたのに、不公平よ。教えてよアラン。あなたの初恋」
「・・・聞いたってつまんないぞ」
「あら。私は大笑いできる話かもしれないわよ?」
ああ言えばこう言う。五年前と比べて、本当に豪胆な性格になったものだ。いったい誰の影響なのか。
観念したアランは話し始める。
「十五の頃だ。その時ペーペーのレイヴンだった俺は、ある街を占拠したテロリストの排除依頼が終わったあと、電話で「街を救って感謝します。是非ともお礼がしたいので家に来てください」ってきたんだ。声がとても綺麗な女性だった。俺は多少疑いながらもウキウキしながら行ったさ」
「あら、いやらしい」
「若気の至りさ。その女性の家に着いて、ドアホンからの声からどんな綺麗な女性か想像して玄関を開けたのさ。そこにいたのは・・・」
「のは?」
アランは少し逡巡して、答えた。かなり苦い顔をして。
「ババアだった」
「え?」
「ババアだった。白髪混じりの縦も横も大きいババアだった。だが声は電話やドアホン越しに聞いたセイレーンの如き、綺麗な女性の声だったんだ」
アランの顔がどんどん青ざめる。相当に嫌な記憶のようだ。
「すぐさま逃げようとしたが、俺の手を掴んだババアの握力はまるで鬼のようだった。殆ど拉致される勢いで家に入らされた俺はもう、生きた心地がしなかった」
「・・・・・・」
「部屋の中はピンクの明かり。出された料理は東欧の精力料理。貞操の危機を感じた俺は、ババアの気を逸らした瞬間に、自衛で持っていたフラッシュ・バンを投げて、爆発した瞬間、なんとか逃げおおせたのさ」
「・・・・・・」
「それ以来俺は住処を変えて、声だけで人間を信頼しないようにした。どうだ、これが俺の初恋と失恋だ。笑えないだろ?」
「・・・・・ぷっ」
「フィオナ?」
次の瞬間、堰を切ったかのように、大笑いした。涙を浮かべて、体を捩らせるほどに。
「・・・おい、フィオナ。笑いすぎだ」
注意しても、笑い終わる気配を一向にない。
だが、ここまで感情を解放する彼女を見るのはアランには初めてだ。それに、笑う彼女もなかなか可愛いものだと思う。
そのまま彼は、フィオナが笑い終わるまで、彼女を微笑ましく見ていた。
束の間の安息。そう、束の間でしかない。
この先、どんな地獄が待ち構えているのか。だが、超えてみせよう。
アナトリアの為に。そして、愛する彼女のために。
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