ARMORED CORE 4

 

 

 

遠くない未来のある日、世界から『国』は消えていた。

 

 

 

CHAPTER1:鴉、落つる

 

 

 

 

 

近未来、世界は人口増加による食糧、エネルギー資源の不足、加えて貧富の超格差がテロと暴動を生み続け、国民国家政府はもはや国民を統治する能力を失っていた。

多くの小国と都市が壊滅・廃墟となっていく中、秩序無き世界で重要性が格段に上がった軍隊は『企業』が軍産複合体の形を成し、その影響力は国民国家政府をも凌駕していく。

破綻という名の病原菌がいつしか経済にまで及んだ頃、自らの存在自体が危ういと悟った企業は思いがけない行動に出た。

世界の最高権力者と化していた六つの六大企業が間抜けな国民国家政府に見切りをつけ、自らが世界を作ると宣言し、全面的な戦争を開始したのだ。

後にこの戦争は国家解体戦争と呼ばれる。

企業の一方的な奇襲に始まり、そのまま国家軍隊は成す術もなく敗れた。

国家軍隊にはACと呼ばれる人型汎用兵器が多数配備してあった。

だが、企業にはそれを上回る新型兵器を秘密裏に用意していた。数では圧倒的に上回っている国家軍隊は三十機足らずの新型ACによって一ヶ月で壊滅されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

戦争終結から一週間後、中東のとある半島。此処から全ての幕が上がる。

 

 

 

 

緑が生い茂る森を、特殊防護服に身を包んだ一人の人間が歩いていた。手には円形の計測具のような物を持ち、辺りを見回している。

計測具のディスプレイは『計測中』と表示され、そして数秒が経った後、『計測終了。異常なし』とさらに表示された。

「エミール、S地域の計測は終了。汚染の影響は全く無いわ」

防護服に内蔵された通信機に、身を包んでいる人間――話し方から察するに女性だろう――は喜びを含んで伝える。

『わかった。とりあえず、これでアナトリア全域はコジマ汚染の心配は無くなった、か』

通信機越しに聞こえる男性の声は、どこか冷淡に聞こえる。だが、女は特に気にすることなく話を続ける。

「ええ。ついでに、ここの森を少し観察してみるわ」

『別に構わないが、気をつけろ。一週間前とはいえ、アナトリア周辺は戦場だったんだ。国家軍の敗残兵がいるかもしれない』

「・・・わかってる。それじゃ」

女は僅かにいらついた声音で通信を切ると、防護服のヘルメットを外す。

「ふぅ・・・」

女の容貌が明らかとなる。

北欧系の色白の肌。肩まで切りそろえられた金髪のショートヘアー。まだ少女特有の若さが見えるが、凛とした大人の雰囲気を感じさせる面持ち。成人と少女の境目の年齢だろう。

有体に言えば美女――もしくは美少女という顔立ちだ。

周りを見て、女は微笑を浮かべる。

(鳥と虫、木にも異常は無い・・・でも、アナトリアの外は・・・)

途端、女の顔が失意に沈む。まるで自分が悪いことをしてしまったことを悔やむような顔だった。

戦争は表面上、国家軍が戦力を全て失ったことによって全面降伏をして終戦となったが、残党が世界各地で小規模な小競り合いをしているという噂を聞いている。

アナトリアには数機のACは配備しているが、乗っているのは兵士ではなく素人同然の人間。手練れのAC乗りが襲いかかってでも着たら壊滅は免れない。

だが彼女が心配しているのはそんな事ではない。

「汚染・・・ネクストのせいで・・・。プライマルアーマーさえなければ・・・」

女は俯き、震える手を抑えるように手を重ねる。目尻には涙が溜まり、乾燥した大地にそれが落ち、濡らしていく。

すすり泣く声が森の真ん中で伝播する。

その時だった。

不意に背後からガサッ、と木の葉が擦れる音がして、女は指で涙を拭きながら、振り向くと――。

「ひっ!」

いつの間にか、自分の背後に銃を向けた、みすぼらしい姿の男が立っていた。突然の出来事に、女は鋭い悲鳴を上げるしかない。

獲物を狙う獣の目が女を貫き、今そこにある命の危機に、足が竦む。冷や汗が全身から流れ出る。最悪の未来が頭を過ぎってしまう。

「・・・」

だが、男は女の予想に反し、すぐに銃を下ろす。

それどころか、

「ごめん・・・」

と言い去ろうとしたが、そのまま、まるで糸が切れた操り人形のごとくうつ伏せに倒れる。

嵐が通り過ぎたかのように、女にはすべての音が消えたような感覚がした。

「・・・・え?」

女は立ちつくしたまま男を見る。

思考が働いたのは、それから数秒してからだった。

「えっと、生きて・・・る?」

とりあえず脈に手を置いてみる。

(うん・・・脈はある)

だとするならただ単に気絶しただけなのだろう。今さっきまで銃口を向けられていたのに、何故か安堵の息を吐く女。

次に女は、とりあえず男を仰向けにした。

男の容姿は、端的に言えばみすぼらしいの一言に尽きる。何日も文化人らしい生活を送っていないのか、髭は不精に生え、髪も全く整っていない。

視線を男の服に移した時、女はあることに気づいた。

男が着用しているのは国家軍のパイロットスーツだ。だとすると、この男は何かしらの機体のパイロットなのだろう。

なにか身分を証明できるものはないかと、内心で謝罪しながら彼のパイロットスーツを探るが、そのような物は全く見つからない。

(・・・助けても、大丈夫よね?)

確かに銃口は向けられたが、すぐに下ろされ、しかも謝罪の言葉を述べた。ならば別に警戒などしなくてもよいのではないか。

間抜けすぎるほど平和的な考えだが、同時に彼の行動は事実だ。

女はそう決意すると、立ち上がり、意識のない男に声をかける。

「待ってて。今助けるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナトリア。トルコ半島の中央に位置する、小規模の町である。

所謂『技術者の町』として有名で最先端技術を基幹産業とし、企業にも一目置かれていた町だ。

その町を見下ろせる小高い丘にAC――ハイエンド型と呼ばれる特殊なACだ――と、せり出したコクピットから望遠ゴーグルで街を見る、強面の男が一人。

男は傭兵だった。国家軍に属していたが、結果は世が伝えるとおり、惨敗。辛くも己は運よく生き残ったが、それ以外は全滅。

機体は満足に動かせるが、“今後”の事を考えるならば整備はしておかなければならない。

男は望遠ゴーグルで、町へと向かうジープを目で追う。女が操縦し、後部座席には怪我人と思しき人間が横たわっている。

車は悠々と街へと入る。警備は特にされていない。単機で攻め込んでも何も問題は無いだろう。後は住民を脅迫し、整備させればいいだけだ。

ACを見上げる男はこれからの未来を夢想する。勝利者となる自分を。奪った酒を浴びるほど飲み、女を囲ませる。想像しただけで胸が高鳴ってくるではないか。

男は思いだす。アナトリアには数々の先端技術を生み出した事で高名な科学者、故エドガー・イェルネフェルトの一人娘がいるという。

この目で見たことはないが、噂ではかなりの上玉らしい。一回ぐらい味わっても別にバチは当たるまいと、男は舌舐めずりする。

この世は弱肉強食の時代と化している。勝った者が全てを手に入れる権利がある。現に今回の戦争がそうではないか。

愛機に乗り込んだ男は、ニヤリと笑みを浮かべ、機体を駆けさせる。

向かうべき場所は、狩り場。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・どういうことだ? 説明してくるとありがたいが」

「どういう事もなにも、倒れていた人を救っただけよ、エミール」

壮年の男――エミールはそれを聞くと、捨てるように息を吐く。自分の黒髪を掻き、東欧系の整った顔立ちを少し歪ませる。白衣を着ているせいか、印象としては理知的に見える。

そんな彼の目の前には、さきほどまで森を歩いていた金髪の女性と、寝台で横になっている青年が一人。

エミールの冷淡な眼光が貫くが、女は怯むことなく睨む。

それを一瞥した彼は、ズカズカと青年に近づき、女に背を向けたまま話す。

彼の双眸に、病院服を着せられ、未だ意識の戻らない男が映る。腕に点滴を打たれ、足や腕に包帯を巻かれた、無様な男を。

「ほぉ。倒れていた人、か。要人ならともかく、こんな薄汚い傭兵なぞ救って何の価値があるのか教えていただきたいね、フィオナ」

傭兵という言葉を聞き、女――フィオナは目を丸くする。

「傭兵?」

「そうだ。さっきこの男の着ていたパイロットスーツを見せてもらったが、腕章にカラスが描かれていた。こいつは傭兵――レイヴンだ。しかも、とびっきりのな」

レイヴン。最強の人型兵器『アーマード・コア』を操り、多額の報酬により動く、何にも与しない傭兵。

今回の戦争でも多数のレイヴンが加わり、命を落としたとフィオナも話を聞いたことだけはある。

「――アラン・フィラデルフィア。最強のレイヴン。生きる伝説だよ。だが・・・さすがにネクストには敵わなかったようだな」
「・・・う、うぅ・・・っ・・・・!」

噂をすれば影。エミールがベッドに手をかけた瞬間、男が呻き声を上げる。点滴が繋がれた腕が痙攣するように細かく動き、呼吸する胸が大きく盛り上がる、

助けた張本人であるフィオナが、エミールを押しのけて、男――アランに駆け寄る。

「駄目です。まだ安静にしていないと」

「・・・ぐっ・・・、ふぅっ・・・・ぐぅっ・・・・げふっ・・・・」

呼吸をする度、アランの口から苦しげな息が出る。今まで閉じられていた眼が開き、二つの瞳孔がフィオナに焦点を合わせる。

その目は、森で出会った時とは違う、獣のような鋭さを感じさせない、心優しき双眸。

フィオナには到底、彼が伝説的な傭兵とは到底思えなかった。

「はぁ・・・はぁ・・・。ここ・・・は?」

「コロニー・アナトリアにある、たった一つの診療所だ。マスター・オブ・レイヴン」

「アンタ・・・誰だ」

起き上ったアランは頭を振ると、歪んだ顔でエミールを睨める。頭痛がしているのか、時々小さく鋭い声を上げて頭を押さえるアラン。

心配するフィオナは彼に寄り添い、心底心配している目で彼を見ている。対称的に、エミールは相変わらず冷徹な目でアランを見下す。

「エミール・グスタフだ。コロニー・アナトリアの実質的な支配者、とでも言っておこうか」

「・・・アナトリア? どっかで聞いたことがあるな・・・・・・ん? コロニーって、何だ」

「ああ、そうか。君はここ一週間、世界の情勢というものを知らんのか」

思いきり見下した口調で言うのが鼻につくが、アランは思いを抑え、小さく頷いた。

「まず、世界がどうなったのかを教えてくれ。野蛮人の俺に、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

エミールは語る。

 

 

 

 

 

企業と国家軍との戦争は企業の完全勝利に終わり、世界は全て企業が統治することとなった。

企業の特権階級以外の人々はコロニーという居住区――またの名を牢獄――に押し込まれ、企業に従事し、その対価に衣食住が保障される。

限りある資源の節度ある再分配。企業のよる全体管理。社会主義でありながら、資本主義が主体となっている制度――パックス・エコノミカが敷かれているのだ。

アランはこの制度を聞いた途端、鼻で笑った。競争社会が浸透しきっている現代に、管理社会など近いうちに間違いなく崩れ去る、と。

エミールも同意したのか、失笑して頷いた。

人の欲は限りない。資源が限られているなら、可能な限り自分たちが独占したいはずだ。それが資本主義を根幹としていた企業なら尚更のことである。

この制度に異議を唱えた者は少なからずいた。だが、それは全て企業の絶対的な力に屈服し、滅ぼされてしまった。

その絶対的な力が新型AC『ネクスト』。従来の企業標準型ACと、レイヴンが使用するハイエンド型ACとは一線を画く兵器。

質より量を地で行く企業標準型AC、機体パーツを用途に応じて変えることによって驚異的な戦力となるハイエンド型AC。これら旧時代の機体はノーマルACと一括りされたらしい。

だがハイエンド型のノーマルACをベースに開発された『ネクストAC』とは、現行の最先端技術を惜しげもなく詰め込んだ、まさに次世代のACである。アランがいた国家軍部隊もこれと交戦、惨敗したのだという。

それを特徴づけるのが、アレゴリーマニュピレイドシステム――AMS――、短距離加速機構クイックブースト、コジマ粒子を中心とした防御機構プライマルアーマー――PA――と超加速推進機関オーバードブーストだ。

アランにはコジマ粒子以外は全く分からない単語ばかりだった。エミールはため息をはくと、さらに説明を開始した。

――ネクストはレバーなどの操縦桿を必要としない。それはAMSがあるからだ。

操縦者は首に接続用ジャックを装着、脊髄と脳を『物理的』に接続することによって、搭乗者の意のままに動かすことができるのだという。ただこれには天賦の適性があり、無い者が使用すれば精神崩壊、最悪死に至るらしい。

クイックブーストは従来のブーストを前後左右に急加速することによって、従来のACとは比較できない運動性を与えている。エネルギー供給が非常に優れているネクストだからこそ可能な機構である。

そしてネクストと従来のACとの決定的な違いを生んでいるのが、コジマ粒子を用いたPAとオーバードブーストだ。

コジマ粒子――七年ほど前に発見された新物質。アランが知る限りでは、あらゆる用途に使用可能な便利なモノくらいの認識しかない。

何せそれが見つかった当時はエネルギー資源で争いが勃発、激化しており、発見者にして名を取られた地質学者ウィリアム・フォン・コジマ博士もその戦争に巻き込まれ死亡。以降、コジマ粒子に関しての情報は一切耳にしていない。

その便利なコジマ粒子を安定還流させた防御膜こそがPAである。エミール曰く、全ての攻撃を完全に防ぎきるわけではないバリア、らしい。

だが、アランはこの目で見た。味方の戦車隊の砲撃は全て無効化され、自分達のACの攻撃も殆どが有効打に成しえなかった。

そしてオーバードブーストは自機のコジマ粒子発生機構からのコジマ粒子を全て回し、超加速を得るものだと言う。この機構はハイエンドACにも搭載されてはいるが、ネクストほどの速度はどうやっても得られない。

このような最先端技術とコジマ技術を満載したネクストが、今回の蹂躙戦――国家解体戦争での企業側の圧倒的勝利の要因なのである。

 

 

 

 

 

 

 

「どうだね。わかったか?」

「ああ。ド低能の俺でもわかる説明だったよ。ありがとう」

アランは口端を吊り上げ、何かを秘めた眼光をエミールに向ける。

「そこまで詳しいってことはアンタ、ネクスト開発の関係者か?」

エミールは口を一文字にし、バツの悪そうな面持ちを浮かべた。

どうやら外れてはいないようだ。

「・・・正確に言えばAMS開発者の助手の助手だ。私は開発者ほど才能が無かったからな」

「へぇ、そこまで凄い人間なら、企業の貢献に多大に関わったとして表彰されるんじゃないか?」

肩をすくめて皮肉を言うと、フィオナの顔が曇るのが一瞬だが見えた。

「いや、それは不可能だな」

「? 何でだ」

「死んでいるからだよ。開発者のエドガー・イェルネフェルト教授はな」

エドガー・イェルネフェルト。傭兵稼業ばかりで科学分野には疎いアランでもその名は知っているほど、彼の名は世界的に有名だ。

天才的な頭脳を持ち、『現代科学を数十年レベルまで発展させた』とまで言わしめられた、正に偉人である。AC関連でも、マニピュレーター周りの技術発展に貢献した人物。

誰もが認める天才は今回の戦争の三年ほど前に突然失踪したと報道がされていたが、まさかネクスト開発に関わっていたとは驚きだった。

「・・・しかも教授が死んですぐ、AMSのデータを側近がコロニー・アスピナに持ち逃げたせいで、アナトリアの経営状況は逼迫の一途だ。踏んだりけったりさ、まったくな」

「そういえば教授には娘さんがいるって聞いたな。その――」

ドン! と振動と爆発音がアランの質問を掻き消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

貧弱な町を二つの脚を持つ鋼鉄の巨人――ハイエンド型ノーマルACが駆ける。流線基調フォルムの機体が逃げ惑う住民を捉える。だが決して人を殺そうと、建物を壊そうとはしていない。

診療所の窓からそれが見えたアランは、すぐにパイロットの思惑が理解できた。

「あのレイヴン、ここを占拠するつもりか」

「どういう意味だ」

「多分機体の整備をさせて、後は食料をかっぱらいに来たんだろうさ。エミールさんよ、アナトリアに自衛戦力はあるのか?」

「標準型ノーマルならいくつかあるが・・・元のパイロットはアスピナに行ってしまってな。このコロニーにはもうACパイロットはいない。つまりは、宝の持ち腐れだ」

そうか、とアランは頷くと、繋がっている点滴を引き抜いた。ACに怯えていたフィオナもこれにはさすがに怒気を混ぜて彼の腕を止める。

「何をしているんですか、アランさん!」

「あのクソ野郎を倒すだけださ」

「まだ安静にしていないとダメで――」

捲くし立てるフィオナを、アランはただ、手のひらを彼女の眼前にかざす。ただそれだけなのに、その手には有無を言わせぬ迫力があった。

「命の恩人が困っているのに、呑気に寝ていられるほど阿呆な性格じゃないんでね、俺は」

そういうと、アランは向き直り、エミールを見る。彼もアランが出撃することに異論は無いようだ。

なにせ最強と謳われるレイヴンである。相手がハイエンド型ノーマルでも問題は無いと思っているのだろう。

「格納庫はあのACに見つからずに行けるか?」

「この診療所は怪我をしたパイロットをすぐに運べるように、格納庫と直結している。三分もあれば着く」

「よし。じゃあ、案内してくれ――病院服で行くのがちょっと恥ずかしいけどな」

 

 

 

 

 

 

標準型ノーマル二機とそれの武器が整然と並ばれている格納庫。そこには一人、コンテナに座り、コーヒーを飲みながら機体を眺める男がいた。

長伸で、ツナギでの下からでもわかるほどガッシリとした体格。コップを持つ手は所々オイルに塗れており、そのナリは間違いなく整備員であることを物語っている。

名を、唐沢劫(からさわ こう)。自らをアナトリア一の整備士と自称する、生粋の職人タイプの男である。

(さっきの爆発音、ハイエンドAC用のロケットの爆発だな。つまり、ここにレイヴンが攻めてきたか・・・。まずいな、泉花(せんか)が心配だ・・・)

コップをコンテナに置くと、劫は降り、出入口へと向かおうとした。

が、

「ココだ。今のところ、二機しか残っていない」

「ローゼンタールとBFFのタイプか」

「アナトリアは辺境ですから、自衛用に配備しているノーマルも最低限なんです」

劫の目に、アナトリアのリーダーであるエミール、その横には病院服を纏っているあからさまに怪我人な男。そしてさらに横にはアナトリア一の美人と名高いフィオナがいるではないか。

奇妙奇天烈な組み合わせの三人に、劫は眉を顰めて見る。

「エミール。何があったんだ」

「劫。緊急事態だ。今すぐノーマルを発進させたい。整備はしてあるな?」

「おい、俺を誰だと思っている。唐沢劫だぞ。いつでも出撃できるように、整備は完璧にしてある」

「それはよかった。では、レイヴン。今すぐパイロットスーツに着替えて、どちらかに乗ってくれ」

「ああ。それより、着替える場所はどこだ?」

自分用の、ボロボロのパイロットスーツを担いでいるアラン。

アナトリアにあるパイロットスーツのサイズを見てみたが、どれも適合しておらず、仕方ないのでここに担ぎこまれるまで着ていたそれを着ることにしたのだ。

「時間が無い。今すぐここで着替えろ」

「女性の目の前でか?」

「文句が言える状況か?」

「・・・はいはい、わかったよ。あー・・・フィオナちゃん。ちょっと、むこう向いていてくれ」

緊迫感がまるで感じられない会話に、劫は首を傾げて呟いた。

「・・・何なんだ、この漫才は」

 

 

 

 

 

 

アナトリアを蹂躙し続けているACが突然足を止める。怯える住民たちを視界に捉えながら。

一方、搭乗者のレイヴンは、昂る気持ちを抑えきれないのか、笑みと声を漏らす。

――たまらない。この、全てを制した感覚。すべてが自分の意のままになったこの快感。

レイヴンはヒヒヒッ、と下卑た笑声を上げると、外部スピーカーをオンにし、アナトリア全域に聞こえるような、馬鹿でかい音量で伝える。

『あー、あー! アナトリアの人間に告ぐぅ! 抵抗せず、五分以内に俺の機体の前に集まれ。もし武器を所持、使用したら、女子供関係なく殺す。以上!』

最高の演説だと思いながら、レイヴンはシートに体を預ける。メインカメラが移す外の状況は、気分が爽やかになる光景だ。

老若男女がぞろぞろと自機の前に集まる姿はまるで、王の前に集まる下僕。本当なら煙草の一本でも吸いたいが、肝心の火の元が無い。

だが、火の元なぞ奪えばいいだけの話だ。

『・・・気が変わった。女だけをここに集めろ。できるだけ若くて美人な奴だけだ。今すぐにな!』

少し脅した口調で言っただけで、住民たちはすぐに言う事に従う。この感覚が堪らない。背筋がゾクゾクするほどに。

一分が経っただろうか、言われたとおりに女性らが続々と集まる。レイヴンはそれをカメラ越しに品定めする。

が、気にいるような女がいないのか、顔をしかめて、ヘソを曲げたような顔をする。

『むぅ・・・そうだ。この中にイェルネフェルトの名の女はいるか?』

忘れていた。イェルネフェイトの娘は美人だという噂を。

この目で見てみたい。雄の血が滾るほどの美人を。

あまりに待ち焦がれ、まだかと叫ぼうとしたその時だった。

「のぅえおあ!」

コクピットごと機体が大きく揺さぶられる。計器が所々異常を伝える。背中に装備しているレーダー装置に被弾、中破。レーダー使用不能と表示される。

おまけにもう一つ背中に装備していたロケットランチャーが被弾で、弾頭が爆破したらしく、木っ端微塵に吹き飛んでしまった。先ほどの振動はそれが原因だ。

爆発の驚いた住民たちが蟻の子を散らした勢いで逃げる中、ACは背後に向き直る。レーダーが使えない今、肉眼で確認する他は無い。

機体が前方にマシンガンを構える。ビルや比較的高層な家々が並んでいる。隠れるには絶好の場所だ。

静寂がアナトリアを包む。木々に住む小鳥が鳴くほど、穏やかなほどに静かな空気。

五分ほど待っていたが、痺れを切らし、レイヴンは機体を前方へ歩かせる。

一歩歩かせるごとに左右を確認するほど、慎重に期した動作。緊張で息が詰まりそうだ。汗も噴き出してくる。

「どこだぁ・・・出て来いよチキン野郎・・・」

そう呟いて左前方を確認した瞬間、彼の目の前に閃光が走った。金属同士が崩壊する音を耳にして。

 

 

 

 

 

 

「・・・・ふぅ。ツイてるな、俺も」

アランが駆る企業標準ノーマルは両手を突き出す形で止まっていた。前方には、長い砲身を胴体に突き刺されて機動停止しているハイエンドACが一機。

(まさか砲身ブッ刺すだなんて、考えやしねぇよなぁ)

本来、狙撃特化ノーマルが使用するスナイパーキャノンの砲身をパージさせ、持ち運び、そのまま突き刺す。馬鹿しか思い浮かばない考えだろう。

事前に装備していたライフルで、よそ見していたACの背部装備を破壊しておいて正解だった。

(まぁ、あれは即死だな)

胸部にあるコクピットを貫いたのだ。間違いなく生きてはいまい。むしろ搭乗者は苦しまずに死ねて幸運だったのかもしれない。

一悶着終わって肩の荷が下りたせいか、ドッと疲れが押し寄せる、企業標準ACに乗ったのは初めてではないが、ハイエンドAC相手に戦うのは初めてだ。

さすがにレイヴン稼業で戦闘は慣れていても、緊張はする。

機体を跪かせて、ハッチを開ければ外の空気が流れ。アランはそれを存分に吸う。

意気揚々と機体から降りると、住民たちが化け物を見ているかのような目で、アランを睨める。

そんな中に、フィオナが息を切らして彼の元へと駆け寄る。

「アランさんっ!」

「おお、フィオナちゃん」

目の前に来るなり、フィオナは彼の手をとり、至極心配した面持ちで問いの嵐を浴びせる。

「怪我酷くなっていませんか!? ああ、足を見てください! 血が滲んでいるじゃないですか! 早く医療室に戻りましょう!」

「わかったわかった。そんなに引っ張らないでくれ」

まるで母親に引っ張られる子供の如く、アランは彼女に引っ張られる。

見ていて微笑ましい二人が二機のACの股をくぐり抜けた、その時だった。

「――っだ嗚呼あああああああああああああああっ!」

アランを引っ張っていたフィオナが、咆哮とともに突如として消えた。

そして数秒もたたないうちに、足が血に塗れた男が、フィオナを羽交い絞めにして現れた。手には拳銃が握られ、それの銃口は彼女のこめかみに押し付けられている。

「野郎! 野郎! 野郎!」

男は怒りに顔を歪ませて、アランを睨む。彼は視線を斜め下に下ろし、男の傷跡の深さを見て、直感した。

「なるほど、お前があの機体のレイヴンか。しぶといな、安眠しておけばよかったのに」

「俺のツキをナメるなよっ! 俺は『グッドラック・キース』だぞ。テメェもレイヴンの端くれなら、この名前くらい聞いたことあるだろうが!」

「ん? ああ、聞いたことがあるな。ツキだけで生き残ってる落ち目のレイヴンだっけか」

空とぼけた調子で言うアラン。グッドラック・キースの顔が見る見るうちに赤く染まる。

乾いた銃声と共に、銃弾が頬を掠めた。それでもアランは臆しもしない。

それどころかゆっくりと、腰に添えていた拳銃を抜き出したのだ。人質がいるというのに。

当然、グッドラック・キースも黙っているわけではない。フィオナに向けていた銃口をアランへと再び向ける。

「テメェ! この女がどうなってもいいのか!」

「救う。その娘は俺の命の恩人だからな」

「アランさん! 私の事は気にせず、撃ってください!」

フィオナが叫んだ途端、グッドラック・キースの顔の色が変わった。口調も震えが混じってくる。

「ア、         アラン? テメェ、もしかして・・・・アラン・フィラデルフィアか!?」

「そうだが、どうかしたか。ああそうだ。フィオナちゃん、俺が合図するまで、絶対に目を開けるなよ」

一端のレイヴンは、目の前にいるのが伝説の傭兵と知るやいなや、目を剥いて驚く。

「ひ・・・・ひ・・・」

「どうした。見ろよ。ツキは今お前に味方しているんじゃないのか?」

「・・・はっ。そ、そうだ! この女を死なせたくなきゃ、その銃――!」

言葉はそこで途切れた。グットラック・キースは驚きと笑みを張りつかせたまま、額を撃ち抜かれて、フィオナを締めたまま仰向けに地面に倒れた。見間違いようが無い、即死。

彼の前には、目にもとまらぬ早撃ちをやってのけたアランがいた。その眼光は、先ほどまでの穏和な目とは違う。

獲物を目にした鴉の如く、慈悲もない双眸。

ACにも乗っていないのに格上相手にビビってんじゃねぇよ」

銃を仕舞うと、アランは律義に目を閉じたまま、震えているフィオナを助け出す。

そんな彼女を抱きしめると、アランは優しく囁く。

「よし、もういいぞ。お疲れ様」

「は、はい・・・」

目にはしていないが、初めて体験した人の死。その恐怖が、彼の腕に包まれた途端、フッと消えてなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

夜。病室のベッドに戻されたアランは、暇を持て余していた。またもや病院服を着されたせいで、少し不機嫌な顔だ。

実際診てみれば、倒れた原因は主に栄養失調であり、アナトリアのなけなしの食品で作った料理を食べて、既に完全回復状態だ。

ただ一週間も放浪していたせいで、筋肉は疲労状態でしばらく寝ていろと言われたが、あまり実感は無い。疲れる事なぞ日常茶飯事だからだろうか。

茫々に生えていた髭も剃られ、年相応の顔となった。フィオナ曰く「初見の時よりハンサムです」らしい。

自分ではそう変わったような気はしないが。

「アランさん」

思想に耽っていたアランを、ここ数時間で慣れ親しんだ女性の声が、現実へと呼び醒ます。

フィオナだ。すぐそばに居たのに気付かなかった。心配した目で彼女のライトブルーの双眸がこちらを見据える。

「どうしました? もしかして、体の調子が・・・」

「いや、ちょっと考え後としていただけさ。で、何か用かな?」

「エミールが呼んでいるので、一緒に来ていただけませんか? あ、もし疲れているなら私が言づけしておきますが」

「大丈夫。ちょうど歩きたかったところだったんだ」

そう言うと、アランは自らベッドから降りて、軽く準備運動を見せつける。

「さぁ、行こう。女性の睡眠を妨げないためにもな」

「・・・アランさんって、本当に傭兵じゃないみたいです」

眼を伏せたフィオナは呟くような声で言う。

「私たちの為に戦ってくれたり、他人の事を心配したり・・・まるで、正義のヒーローみたいです」

「ヒーロー・・・か。鴉にはもったいない言葉だな」

「今日は本当に、ありがとうございます」

深々と頭を下げるフィオナ。アランは生まれて初めての誠心誠意の礼に、恥ずかしげに顔を紅くさせる。

「・・・ああ。ところで、エミールの奴が待ってるんじゃなかったのかな?」

「あ、そうでした。行きましょう、アランさん」

ACを撃破した時と同じ構図。フィオナはアランの手を取り、エミールの元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、エミールは呼び捨てなんですね」

「あの野郎は気に入らないんだ。あの目がな」

 

 

 

 

 


作者ホウレイさんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板に下さると嬉しいです。