「よお、久しぶりだな、ディード」
その突然な来訪に、ディードは暫く、同じナンバーズにも滅多に見せることのない呆けた表情を目の前の男に晒し続けた。
対する珍客は、彼女の様子に笑いを堪えるのに必死なようだ。
まるで悪戯が成功した子どものような、意地の悪い笑み。
彼女がそのことを認識できたのは、たっぷり10秒は経過した後だ。
「な・・・な、なぜ・・・リョウスケさんが、ここに?」
真っ白な思考から零れ出た言葉は、普段の彼女からは想像もできないほどの動揺が含まれている。
それがきっかけとなったのか、良介の笑いはいよいよ本格的なものになっていく。
腹を抱えて大笑いしたい気分だったが、笑い声を他の者―――特にシスター・シャッハに聞かれるのはマズイ。
以前訪れたときにちょっとした不注意で起こしてしまった「いつもの問題」。
カリムは気にするなと言ってくれたが、シャッハはそうはいかなかった。
今はなんとか逃げ回っているが、一度捕まったが最後、どんな要求を突きつけられるかわかったもんじゃない。
ともかく、なんとか笑いを収めたのか、若干涙目になりながら未だ呆けた表情のディードへと向き直る。
まずは、彼女の疑問に答えることにしよう。
「まずは、出所おめでとさん。 お前らが一足先に施設を出て、聖王教会にいるって聞いたから、こうして馳せ参じたってわけだ」
わかったか? とジェスチャーを入れる良介に、ディードはなるほどと納得した様子だ。
「でも、来られるのなら連絡してもらえれば、それなりの準備をしましたよ? セイン姉様やオットーも喜んだと思いますし」
そう言ってため息をつくディードの表情は、どことなく申し訳なさそうに見える。
おそらく、この前からかり出されている2人の姉妹のことを想っているのだろう。
さすがギンガ、いい教育をしている。
それより何故あの時2人は、まるで大工さんのような格好をしていたのだろう。
「悪いが、今はあの暴力シスターと鬼ごっこの真っ最中でね。 鬼の住処に出向くのに、わざわざ自分から知らせるわけにはいかないだろ?」
「鬼ごっこ? 今度は何をしたんですか?」
まるで逃亡中の指名手配犯のような挙動不審な動きに、ディードは呆れ声を返す。
これでも3年間、施設での担当官であるギンガ・ナカジマの彼に対する愚痴の数々を聞いてきた宮本良介対策課の一員だ。
たいていの事では動じない自信はある。
「ちょっと教会の一部を半壊に・・・」
「大事じゃないですか!!?」
まるで洗っていた皿をうっかり落として割ってしまった程度のことのような、さらっとした返答。
危うく聞き逃してしまいそうに流れた言葉の内容は、自分の予想の遙か上を飛び越えていた。
つくづく彼は、関係者の胃を痛めるのが得意のようだ。
「いや、俺の故郷には『花火』ってもんがあってな、この前ヴェロッサとカリムを驚かせようとした時、ちょっと・・・」
「花火? なんですかそれは?」
突然出てきた聞き慣れない単語に、ディードは首を傾ける。
何しろ良介の故郷の話だ、それだけで彼女の好奇心を動かすには純分だったらしい。
「夜空に爆弾を打ち上げて、中の火薬の量や種類を調節で色とりどりの火の花を咲かせる、ってとこだな」
「夜空に火の花? 何かの作戦行動ですか?」
「いや、祭りの演出みたいなもんだ。 俺たち観客は見て楽しむだけさ」
良介なりに分かりやすく説明したつもりらしいが、ディードの首は相変わらず傾いたままだ。
なのはの砲撃と言った方が、まだ分かりやすかっただろうか。
「よく分かりませんが、見ていて楽しいものなのでしょうか?」
「ま、百聞は一見にしかず、だ。 今度機会があったら連れてってやるよ。 あおの腹の底に響く感覚は、癖になるぜ?」
「え?・・・はい」
良介の何気ない言葉に、ディードは心が大きく揺れるのを感じた。
どうやら話を聞く限り、「花火」というのは余程美しいものなのだろう。
それを見せに連れて行ってくれると言ってくれたその言葉に、抑えられない感情が溢れてくる。
「それに、お前の髪なら浴衣も似合うだろうしな・・・いや、浴衣本来の美しさを追求するならセインかオットーか? チンクあたりは七五三と間違えそうだな・・・」
「? チンク姉様がどうかしましたか?」
「いや、なんでもねぇ」
知らず声に出ていたのだろう。
姉妹の名にディードが反応するが、どうやら内容までは聞き取れなかったらしい。
もしチンクに今の言葉を聞かれようものなら、花火として打ち上げられるのは自分になるかもしれない。
頭に浮かんだ恐ろしい結末に身を震わせていると、なにか疑問に感じたのか、ディードが不思議そうに聞いてくる。
「リョウスケさん、火薬の取り扱いには専門的な知識が必要です。 先程『俺たち観客』と仰りましたが、リョウスケさんは専門の知識をお持ちなのですか?」
そう聞いたとたん、良介の顔が盛大に歪められる。
それだけで、ディードには何もかもが納得できるように思えた。
つまり、彼はかなり規模の大きい火遊びをしたのだ。
「・・・教会を半壊させる量の火薬なんて、この世界じゃ簡単に入手できるものじゃないですよ?」
もう、彼を咎める言葉すら浮かんでこない。
それよりも、質量兵器を禁忌とするこの世界で、彼がどのようにして火薬などという代物を大量に手に入れることができたのか、という好奇心の方が大きい自分は、ひょっとして何か道を間違えているのだろうか。
「俺の人脈、とだけ答えておこうか」
「・・・そうですか」
考えることを放棄したディードは、来客にお茶をいれるための準備に取りかかる。
思えば、先程からお互い突っ立ったままだ。
「紅茶でいいですか? あまり大したものではありませんが」
「入れられるだけ立派さ、あの暴力シスターに客のもてなし方を教えてやれ」
「シスター・シャッハが聞いたら怒りますよ?」
紅茶を入れながら、少し表情を和らげて苦笑を返す。
それからしばらく、彼と彼女は何気ない会話に花を咲かせた。
穏やかな時間が、ゆっくりと流れていく。
紅茶の香りが、静かに部屋を満たし始めた頃、ふと思い出したかのように良介が口を開く。
「そうだ。 そういやもう一つ言い忘れてた事があったぜ、ディード」
「?」
「その修道服、とんでもなく似合ってるぜ。 薔薇の花束でも持ってくるんだったな」
「・・・・・・っ!!?」
その言葉の意味を理解したとたん、今度こそディードは誰から見てもはっきり分かるほど、感情を動かした。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」
顔はリンゴのように真っ赤になり、所在なさ気な手が意味もなく宙を彷徨う。
動揺という言葉を、見事に表現したディードに対し、良介は再び笑い声を堪えるのに必死らしい。
「な、何を・・・」
「っと!? この気配・・・鬼さんのお出ましのようだな」
言うが早いか、席から立った良介は素早く部屋の窓へと身を躍らせる。
窓辺に足を掛けながら、良介はディードへと振り返る。
「んじゃ、またなディード。 紅茶美味かったぜ」
「・・・御武運を」
「ディード、留守番ありがとうござ・・・そこを動くなぁ!!!」
部屋に入ってきた穏やかな顔は、彼を認識したとたん豹変する。
そんなに怒らせてたか。
「はっはー、あーばよー!」
「待ちなさあああぁぁぁい!!」
窓から飛び出た彼を追って、シャッハも再び外へと駆け出す。
どうやら鬼ごっこは、もう少し続くようだ。
1人残された部屋で、ディードは静かに温くなった紅茶を飲み干す。
「オットーには、花火のことは黙っておこう・・・」
外にはこんな楽しいことが当たり前のように存在する。
今日も世界は平和だ。
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