機巧神ルイエ

 

6話 聖なる日は厄日そのもの

 

 

 

 

 

「ジェイマス司令。失礼します」

「うむ」

クルード・ジェイマスの言葉の後、アーク・ウォルヴァンエスティグノグスはゆっくりとクルードの自室へと入る。輝く星を展望できるガラスをバックに、クルードは自らのデスクにいた。

「して、何用かね?」

身を起こしたクルードは、自分へと向かってくるアークを不思議そうな目で見る。

「・・・・出撃許可を頂きに参りました」

「ほう。とうとう君たちの部隊が出るのか」

「いいえ。違います」

頭を振るアークに、クルードは怪訝な面持ちで問い詰める。

「どういう意味かね」

「明日、私が単機で出撃したいのです」

「何のためにだ?」

「ニホンという国で出現した蒼と白の機神に興味があります。その機体の搭乗者の実力を知りたいが為、出撃したいのです」

「・・・・ふむ」

クルードは腕を組み、考える素振りをする。彼が直々に手合わせしたいとはどのような気まぐれだろうか。

だが、ぜひとも行きたいと言うのなら、拒む理由はない。

「そうか・・・。そこまで言うのなら、私は拒まんよ。ただし、必ず生きて帰ってくるんだぞ」

「ええ。我が剣に誓って」

アークは腰に佩いている刀を見せつける。クルードはふっと笑うと、

「ああ」

と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球・日本国では、国民の大半が明日に備え、様々な菓子を作っていた。今日の日付は二月十三日。

そう、言わずもがな、明日はバレンタインデーである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「湧斗、とうとう明日がバレンタインデーだが、送る準備はできたのか?」

「いえ。訓練やら出撃やらで、作る暇がなくて・・・」

湧斗とウェイズの二人は今、休憩室でビール缶片手に明日のバレンタインデーについて話し合っていた。

「まあいいんじゃねえの? 別にバレンタインデーはお互いが菓子を作るっていう法律は無いわけだしな」

「作らないと気まずいじゃないですかぁ」

昨今のバレンタインデーは百年ほど前までとは少し違い、欧米のように、男女が菓子を作るという風習となっている。そして今、この基地の人間の大半は、菓子作りに夢中というわけだ。

「俺はまず二人当てがあるだろ。お前は・・・・」

湧斗の顔を見た瞬間、ウェイズ・アッシュ・ベネディクト大尉は失笑のような笑みを浮かべる。

「な、何で笑うんですか?」

「・・・・いや。お前、明日覚悟したほうがいいぜ。何せ基地の女がお前目がけて来るようなモンだからな。あ、ヴォートもいたっけな」

今やこの基地のマスコットと化した宇室湧斗、ロシェ・エルトゥ、ヴォート・ゲイン。特に女性陣に湧斗とヴォートの人気は凄まじく、連日連夜チヤホヤされ、男性陣からあらぬ怒りを買っているのだ。

待っているのはおそらくチョコの波。いやハリケーンだろう。想像しただけで歯が痛くなってきた。

「ロシェちゃんは間違いなくお前に本命を渡すな。間違いないね」

「・・・・・・・」

「顔赤くしてなぁ。まったく、青春だな」

近頃のロシェはどういうわけか、まるで影のように湧斗に付いて来、同僚からは恋人だと冷やかされることもある。

ロシェはどう思っているかはわからないが、湧斗自身はそれほど嫌では無かった。彼女には一目惚れのような感覚を覚えている。

もしかしたら彼女も・・・、というのはただの憶測ではあるが。

「・・・大尉はやはり、キティさんから貰うんですか?」

「ああ。それとアスティーだな。アイツからは毎年貰ってるし」

「恋人がいるって、やっぱりいいんですか?」

問いに、ウェイズは満面の笑みを浮かべ、答える。

「いいぞいいぞ。特にキティは献身的に俺のことを愛してくれるからな。つーかお前だってロシェちゃんというガールフレンドがいるだろうが」

「俺は・・・・ロシェとはそういう関係じゃありません」

頬を赤く染め、湧斗は缶ビールを傾ける。

「あっちは案外、満更でもないんじゃないか? お前にベッタリだぜ。あれで疑わないほうがおかしいってモンだ」

「・・・・」

「愛してるぅー、って告白されたりしてなぁ?」

冷やかしにとうとう腹を立てた湧斗は、顔を真っ赤にさせ、ニヤけるウェイズに怒鳴った。

「大尉!!」

「おぉっと、こりゃ失礼」

言いたいだけ言うと、ウェイズはそそくさとその場を後にした。休憩室には息を荒くした湧斗一人が取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、ロシェは他の女性陣ともども、バレンタインデーでの菓子作りに勤しんでいた。最近ではチョコレートケーキが流行りなのだが、彼女はあえて自作のチョコレートに決めた。

彼――湧斗はたしか、アーモンドが好きだと言っていたのを以前聞いた。そして彼女が今作っているのは、アーモンドを混ぜたチョコレートを作っている。すべては湧斗の為に。

「えっと、アーモンドはこれくらい・・・っと」

「精が出てるようじゃない。ロシェ」

「あ、リストラルさん」

ひょっこりと顔を現したのは、アスティー・リストラル中尉だった。普段のようにだらしなく軍服を着こみ、穏やかな笑みを浮かべている。

「リストラルさんは作らないんですか?」

「いや、私はもう相当数は作ったから大丈夫。ところであなた、基地のみんなにあげる気なの?」

「う〜ん、みんなってわけじゃないですけど・・・・」

「本命はやっぱ湧斗?」

「・・・・・はい」

ロシェは体をもじもじさせ、恥ずかしげにはにかむ。実を言うと、彼を意識したのはつい最近。いつも一緒に居て、それから・・・・という心持ちである。

「いやはや。お熱いことで」

「リストラルさんは好きな人、いるんですか? あ、ナンかユウを狙ってるとか聞いたんですけど」

「言っておくけど私はね、年下は好みじゃないよ」

「よかった」

ロシェはふぅ、と胸をなでおろした。

「そうだ。渡すんならすっごいいい方法があるんだけど、どう?」

ほくそ笑む彼女に、ロシェは「聞かせてください!」と目を輝かせ、迫る。それを見、リストラルは偉そうに咳払いをして、彼女の耳元で囁いた。

「――の時に、――で、――すれば、あいつもイチコロよ。どう?」

それは彼女にとってあまりに過激な方法。しかし、直撃の際の威力は充分過ぎるほどだ。

「・・・やってみます!」

「よし。その意気よ。――っと、そろそろ消灯の時間か。みんな、なるべく早く寝なさいよ?」

キッチンにいる女性陣は「はーい」と一斉に答える。

「それじゃ、頑張りなさい。恋する乙女」

軽く手を振り、リストラルはキッチンから出て行った。それを見送ったロシェは

「よーし。頑張るぞー」

と意気込むのだった。同時刻に宇室湧斗伍長がおおきなくしゃみをしたのは、知られざる歴史の一部である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして運命の日は訪れた。関係のない者以外は臨戦態勢に入っており、いつでも突撃できる体勢に入っていた。

地上で太陽が街並みを照らす時刻、湧斗は抜き足で格納庫へと向かっていた。食堂に入れば間違いなくチョコで視界が埋め尽くされるだろう。それを防ぐために、なるべく女性陣の人目に遭わないようにするには、整備員以外は人気のない格納庫が一番だった。

無事に到着した、湧斗は、大きな息を吐き、肩を落とした。

「ふぅ・・・・」

「おー湧斗。なぁにやってんだ?」

整備員の一人がただでさえ声が反響する格納庫内で、大声で湧斗を呼び掛けた。

「しー! 気づかれちゃいます!」

「あー・・・そりゃすまないな」

整備員はバツの悪そうな顔をし、謝る。命拾いした言わんばかりに溜息を吐いた、その時だった。

「あ、湧斗ぉ。こんなところで何やってるんだ?」

不意に背後から女性に声をかけられ、湧斗は

「どわあああああああ!」

と駆けだし、格納中のルイエの脚部の影へと隠れた。声をかけた女性は少々驚いたような面持ちで湧斗に近づく。

「おいおい。私だ」

「・・・・・リ、リストラル中尉でしたか・・・・」

腰を抜かしたのか、湧斗は尻もちをつく。リストラル中尉ならロシェを除いて、ほかの女性陣のように強引なまでにチョコを渡すことはないだろうと安心したのだろう。

それまでに彼の精神は疲弊していた。

「どうした。女性恐怖症にでもなったか?」

「あははは・・・・」

あながち否定できない言葉に、失笑するしかなかった。そういえば、ヴォートは今頃どうしているのだろうか。もしや既に敵の手に落ちたのか?

(あいつ、頼みを断りきれないところがあるからなぁ)

そう思案に耽っている中、未だに尻もちをし続けている湧斗に、リストラル中尉は小さな袋を見せつけた。薄いピンク色の可愛らしい袋だ。

「・・・へ?」

「チョコだよ。今日はバレンタインデーだろうが」

「あ、ああ。そうですよね。ありがたく頂きます」

恭しくチョコの入った巾着を受け取ると、彼はゆっくりと立ち上がった。まだ力が入りきっていないのか、足もとがおぼついていない。

「あ、そうだ。お返しを作るの忘れてた!」

「いいよいいよそんなの」

うろたえる湧斗が可笑しいのか、リストラル中尉はクスクスと笑う。しかし、その笑みはすぐに変わった。

言葉にして言うなら、妖艶に。

「・・・あー、でもやっぱお返しもらっちゃおうかなぁー?」

「すいません。すぐに作って――」

「うんにゃ。今すぐもらうさ」

「え?」

顔をきょとんとした瞬間、自らの両頬は掴まれ、眼前には妖艶に微笑むリストラル中尉があった。

「ち、中尉・・・?」

「・・・お前を食べちゃおっかなぁ〜?」

「え、ええええええ!?」

「うぅん、年下の男の唇を奪うってのもいいかもしなれないな」

娼婦の如くいやらしく舌を舐めずりまわすリストラル中尉に、湧斗は強大な危機感を覚えた。このままでは本当にファーストキスを奪われ、忽ち基地内の噂になる。

そして、自分はどうなるか。瞬く間に女性陣からは冷たい目で見られ、リストラル中尉派の男性陣からは余計に嫌われる。

それは絶対に阻止せねばならない。湧斗はリストラル中尉の手を離そうとしたが、掴まれている手はてこでも動かないほどに硬かった。

整備員が羨望やら興味津々やら、様々な感情が組み合わさったような面持ちで見守る中、地獄の門は確実に開こうとしていた。

「ふふふ・・・・」

(あわわ・・・・・これが昔流行った『俺オワッタ』ってやつか・・・?)

覚悟を決めたのか、湧斗はきつく閉じ、すぐそこにある最悪の未来を夢想した。

しかし、唇に来るはずの感覚はいつまで経っても訪れず、不思議に思った湧斗は恐る恐る瞼を開ける。

口付けをするはずのリストラル中尉は、顔を俯むかせ、今にも吹き出しそうに肩を震わせていた。

「くくく・・・・・・!」

「・・・・へ?」

「――あっははははははははは!」

手を離したリストラル中尉はその場で腹を抱え、爆笑した。目を見開かせ、呆然とする彼を除け者に。

「あのー・・・リストラル中尉・・・?」

「ははは。いやぁ、ホントお前可愛いな」

わけがわからない。この人は何がしたかったのか。

「中尉、いったい何がしたかったんですか?」

「ん? ただからかっただけさ。どんな反応するかなぁ、って」

「あんな顔されたら本気に見えちゃますよ」

女性経験のない湧斗なら尚更である。あの妖艶な笑み、目。艶めかしい笑みが脳裏から離れない。

「ま、ファーストキスはロシェとするまで守りぬけよ。じゃあな、チェリーボーイ?」

そう言い残すと、リストラル中尉は平然と立ち去って行った。嵐が通り過ぎ、整備員は未だに呆然としている湧斗に話しかける。

「おい、大丈夫か?」

「いやぁ、両手に花だなお前。俺に代わらせてくれよ」

人事だと思ってにやける整備員たちが、憎たらしくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下基地がやたらと騒がしい中、基地司令・関間大和と副司令・橘沙希は今、久々に地上へと外出し、二人きりを満喫していた。

軍内では良い関係との噂が流布さ、二人は真っ向から反対しているが、ところがどっこい、その噂は真実であるのだ。

職業上と立場上恋愛はほぼ御法度であるが、二人はその立場を利用し、ここ二年間、うまく関係を保っている。

そして今、大和と沙希は基地の近くにある公園のベンチで二人仲良く座っていた。

「はい、大和さん」

茶髪のボブヘアの女性――橘沙希は満面の笑みで手持ちのバッグから、手ほどの大きさの、綺麗に包装された箱を取り出し、大和へと手渡す。

「ありがとう。沙希君」

なでつけた純黒の髪の男性――関間大和は微笑を浮かべ、箱を受け取る。

「大和さんはケーキが好きだと言っていましたよね? だから、今回はチョコレートケーキを作ってみました」

「おお。それはまた嬉しいなぁ。開けてもいいかな?」

「どうぞ」

大和はゆっくりと、慎重に包装紙を取り出した。そして箱を開けてみると、そこには・・・。

「・・・ハート型とは、なかなか大胆だね」

箱に入っていたのは、スポンジケーキの表面をチョコでコーティングしたケーキだった。上層にはゼラチンで包まれたいくつかのイチゴが散りばめられ、非常に美しく見える。

「少々作るのに手間取りましたが、味は確かですよ」

「ああ、基地に帰ったら食べさせてもらうよ。で、実は私も君に渡したいものがあるんだよ」

「なんですか?」

小首を傾げる沙希。大和は頬を掻きながら、恥ずかしげに言う。

「えーと・・・手を出して、少しの間、目を閉じていてくれないか?」

「? はい・・・」

言われるがまま、沙希は手を出し、目を閉じる。彼はいったい何を渡そうとしているのか。そう考えているうちに、彼女の掌に、何かが置かれた。

小さい。手のひらほどの大きさもない。

「目、開けて」

沙希はゆっくりと目を開いた。そして、掌に置かれている何かを見つめた。

「え?」

置かれていたのは、やけに高級そうな革の箱だった。一目見て、それが何なのか、沙希にはわかった。心臓が高鳴り、顔だけでなく、耳までもが赤く染まる。

「大和さん。これって・・・・!」

「開けてみて」

「・・・はい」

逸る気持ちを抑え、震える手で、沙希は箱を開ける。

「・・・・・っ!」

見た瞬間、沙希は息を呑んだ。

箱の中身は、銀の指輪だった。さほど高級そうには見えないが、問題はその指輪の渡す意味である。婚約指輪、あるいは結婚指輪か。

どちらにしろ、彼女にとっては衝撃的な贈り物である。

「こんな情勢だ。結婚なんて中々できないからね。特に、僕らのような職業は」

「大和さん・・・」

「だから、せめて指輪だけでも、って思ったんだ。婚約指輪だけど、受け取ってくれるかな?」

照れてくさいのか、大和ははにかみ、頬を掻く。一方の沙希は、指輪の箱を膝の上に置くと、穏やかな笑みをたたえ、もう片方の大和の手をやさしく握る。

そして、そのまま彼の頬に軽くキスをした。途端に、大和はウブな少年の如く、目を剥き、驚く。彼女が進んでキスをするなど、何ヶ月振りだろう。

常に大和の三歩後ろを歩く沙希。一体どういう心境の変化か。

「大和さん。ありがとうございます」

「えーと・・・・」

「この指輪、謹んで頂きます」

「じ、じゃあ・・・・」

大和の顔が一気に輝く。自分はこの瞬間を待っていたのだ。

「ええ。未来の旦那様」

その時の彼女の笑みは、彼が今まで見た中で、一番輝き、美しく見えた笑みだった。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、ウェイズと彼の婚約者であるキティは公園を散策していた。特に用などはない。ちょうど外出許可も下りたため、彼女とデートをしているのだ。

「ねえウェイズ。あれ見てよ」

「ん?」

噴水広場のど真ん中で、キティが突如として真正面を指差した。そこには、ベンチに座ってイチャイチャラブラブという擬音が似合いそうな男女二人が座っていた。だが、よく見てみると、そこに座っているのは、自分が所属している基地の司令・関間大和大佐と、副司令・橘沙希少佐であった。基地内では度々二人の関係が噂されていたが、まさか本当に交際していたとは。

「ありゃまぁー・・・。こんなところで会うたぁツイてるんだかツイていなんだか・・・・」

やれやれとため息をつきウェイズは呟く。

「声かけないの?」

「・・・どう声をかけろと? どうも司令、副司令! 仲睦まじいようで! HAHAHA! ってか? 俺はまだクビになりたくねえ」

一人芝居を終えると、ウェイズは気付かれないようにそっとその場から立ち去って行った。

「ちょ、ちょっと!」

立ち去って行くウェイズを追いかけていくキティであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「沙希君、そういえば(たくみ)君は元気かい? たしか、今年で六歳だったけ」

「ええ。相変わらず元気いっぱいです。この前も貴方に会いたいって言ってましたよ」

匠とは沙希の前夫との間にできた一人息子の事である。彼女曰く「私にそっくり」という事らしい。

「そうか・・・。去年の誕生日パーティーは敵の襲撃でパーになってしまったからね。今年もできれば行きたいものだね」

「きっと、匠も喜びますよ」

「へえ。それじゃ、いつでも結婚しても問題はないな」

「ええ」

互いに戯笑を浮かべる二人。

と、その時だった。

『警報。警報。大気圏外にガノ・ディウ王国の物と思われる機影を確認。住民の皆さんは軍の誘導に従い、速やかにシェルターへと退避してください。繰り返します――』

町中に警報が伝わり、サイレンが響き渡る。住民はそれほど慌てた調子でもなく、寧ろ平然とした面持ちでシェルターへの道を走って行った。

戦争が勃発して既に二十年が経とうとしているのだ。もはや襲撃は馴れ、貪欲に強くなければこの世は生き残れないのだ。

公園から自分たち以外がすべて消えたのを確認すると、大和はゆっくりと立ち上がった。

「デートはお開きか。さて、沙希君。行くとしようか。仕事開始だ」

沙希は逞しい笑みを浮かべ、力強く答える。

「了解です。司令」

 

 

 

 

 

 

 

 

大和と沙希が司令室へと着いた時、既に通信兵たちは互いに解析や状況報告を行っていた。

「データ検索終了! 該当データ無し! 新型の機体と思われます!」

「形状から察するに、有人機の可能性、大」

「全部隊、搭乗確認。いつでも出撃できます!」

「敵機、地上への降下終了まであと一分――っと、司令ようやくお出でなすりましたか」

ビルディッド軍曹は肩越しに、司令室へと入ってきた二人を見る。軍服への着替えを終えた二人は、デートの際とは打って変わって、きびきびとした面持ちで皆に命令を下す。

「名嶋少尉、状況を知らせてくれ。あと、レイナー軍曹。全部隊の出撃は整ったんだな? それなら発進を許可する。 それとビルディッド軍曹。敵の状況を逐一漏らさずに伝えてくれ。頼むぞ皆」

「了解!」

司令室は先ほどよりも騒がしくなり、怒鳴り声にも似た報告などが飛び交った。

「司令。敵機、成層圏突破。まもなく地上降下を終えます」

「数は?」

「一機です。後続に機影は存在していません。単機で来たと思われます」

ビルディッド軍曹の報告に、大和は眉をしかめる。

単機で多勢に挑むとは、よほどの自信家か。ならば、その自信を打ち砕いてやるのが自分たちの仕事だ。

『こちらベネディクト。フォーメーションは組んだ。敵機降下のリミットをこちらに転送してくれ』

「了解です」

レイナー軍曹はパネルを素早く打ち込み、データを全部隊に転送させる。

降下まで残り三十秒。緊張が否応なく高まる中、大和は通信を全部隊に回し、呼びかけた。

「聞こえるか、みんな」

『なんですか? 司令』

「・・・・敵は単機だ。だが、油断はするな。どのような戦闘でも気を抜いたら死んでしまう。それが戦場だ。わかっているな?」

大和の声はやけに重い。彼自身、戦場あがりの人間である。戦場は幾度となく見てきた。同時に、死んだ者達も。

だからこそ、戦場の厳しさは誰よりも知っているのだ。

『わかってますよ、司令。必ず生きて還ります』

『俺達には還るべき場所があるんです。死ぬわけにはいきませんよ!』

パイロット達の逞しい返答に、大和は穏やかな笑みを浮かべ、沙希もそれを横目に微笑む。

だが、その雰囲気をブチ壊すかのように、ビルディッド軍曹の報告が司令室に響いた。

「敵機、降下まであと十秒」

そして、その敵は悠然と現れた。それはまさに、鉄の巨人そのもの。

「・・・ルイエやクトゥグァと同じ感がしませんか?」

沙希は突然呟いた。その敵機はルイエやクトゥグァの放つ、神々しさに溢れる機体だった。機体全体には迷彩色のグレーが施されており、煤けた金属を思わせるカラーリングだ。

頭部も二機と同じく双眼式で、鈍い赤を放っている。胸前部と肩の装甲の出っ張りが、鎧を着用した人間を思わせる、そんな機体だった。

「たしかに、そんな感じがするな。にしても、素手で来るとは」

敵機は何も装備してはいなかった。まさか徒手で戦おうとでも言うのか。

その場合なら、それは好都合である。こちらはビームマシンガンやライフルなど、遠距離を主とする武器である。有利なのは目に見えている。

しかし――。

「司令。敵機から強大なエネルギー反応、確認!」

名嶋少尉が驚いた口調で報告した。続いて他のオペレーターが報告をかける。

「エネルギーは敵機腕部に集中しています。え・・・?」

「どうした!?」

「・・・・エネルギー、固体化! 何かに具現化しました! ・・・これは?」

モニターに映る敵機の手にその何かが顕れた。僅かに輝くエネルギーは形を成し、そして完成した。敵機はそれを見せつけるかのように片手で振るって見せた。

「あれは・・・・」

大和の言葉に、沙希が続いた。

「剣・・・?」

顕れたのは、剣だった。だが、只の剣では無い。

大きい、ただひたすらに大きい。持ち主の大きさを有に超えるその剣は、見る者を圧倒させる力がある。

「なんて大きさなの・・・」

「戦艦でも一太刀で叩き斬れそうなほどデカいな」

「さしずめ斬艦剣――いえ、斬艦刀と言ったところでしょうか」

「どちらにしろ、強力な武器に違いはないな。――全部隊、攻撃を許可する。油断はするな!」

『了解!』

『了解っ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

部隊長であるベネディクトと、遠距離担当部隊である、もう一人の部隊長・エレナ・ライアンは命令を受け、早速各機にフォーメーションを言い渡す。

「ベスティン、ハインリヒ、ブルーネ! 距離を離して集中砲火だ。行くぞ!」

「霧島、クラード! ライフルの準備はいいか!? いつでも撃てるようにしておけ!」

皆は「ラジャー!」と気合を入れるかのように答える。

十数秒後、準備は完全に完了し、別動隊のアスティーと湧斗も射撃準備を終えていた。あっという間に、敵機を中心とした包囲網が完成した。

そして、時は訪れた。

「・・・・撃ち方(オープン)はじめ(ファイア)!」

合図と同時に、無数のエネルギー弾が一直線に敵機へと向かっていく。これだけの数のエネルギー弾を食らえば、いくらなんでも無事では済むまい。皆はそう思っていた。

その期待はすぐに打ち砕かれた。

直撃する寸前、敵機は見せつけるかが如く、手をかざした。その瞬間、手を中心に、機体を囲むかように中規模の薄い膜が張られ、エネルギー弾はその膜によって消滅してしまったのだ。

「ンなっ!? バリアか!」

地球の技術では、バリア発生装置は艦船に組み込めるのが限界だ。だが、ガノ・ディウ王国は、単機に携行可能なほどの技術があるというのか。

戦争勃発から二十年目の、新しき発見である。

「くっ。怯むな! 撃ち続けるんだ!」

弾幕はより一層激しくなるが、それでもバリアは破られることなく、弾を防ぎ続けている。

「ちっ! 湧斗、援護しろ! 白兵戦を仕掛ける!」

業を煮やしたのか、リストラル中尉は半ばキレ気味に言う。無謀な作戦に湧斗はたまらず文句をかます。

『ちょ、リストラル中尉、死ぬ気ですか!? 近距離戦じゃ相手のレンジ内じゃないですか! それにあの剣を食らったら、タダじゃ済みませんよ!』

「このままじゃ無駄に弾を消耗するだけだ! アイツに一発蹴りをブチ込んでやる!」

『・・・あぁ、もう! どうなっても知りませんよ!?』

自棄になった湧斗は、敵機目がけて突っ込むクトゥグァに追従し、後方援護を開始する。

敵機もさすがに気づいたのか、バリアを張りながらも鈍い赤色の眼が彼女の機体を捉えた。右手で剣を構え、常時振り降ろせる態勢となる。

一方のクトゥグァは脇目も振らず、一直線に敵機へと向かって行く。そして、相手の間合いに入った、その直前だった。

「たぁっ!」

クトゥグァは足をバネにし、その場で勢いよく跳ねた。敵もさすがに予測できなかったのか、一瞬、呆然と空を見上げた。そこには逆光を浴び、漆黒の悪魔の如く、眼を輝かせるクトゥグァがいた。

「うぉりぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!」

掛け声と共に、トンでもない重量のドロップキックが、敵機の胸を直撃した。その威力は生半可なものではなく、敵機は衝撃により、地面に足を着いたまま、十数メートルほど吹き飛ばされる。

直撃した個所は僅かに火花を上げ、罅が入っている。決定的なダメージではないが、バリアの存在しない上空からの攻撃は有効という事である。

派手に着地したクトゥグァは、続けざまに片手でビームマシンガンを撃ちまくる。弾は直進し、これまた敵機の胸部へと直撃した。

火花をあげ、肩で息をしているような姿を晒す敵機。まるで人間のようだ、とリストラル中尉は思った。

「・・・・ん?」

一向に反撃してこない敵を不審に思ったリストラル中尉は、怪訝そうに呟く。部隊も新たにフォーメーションを組み、包囲を固める。

すると敵機は何を思ったのか、剣を消滅させ、そして一瞬空を見上げたかと思うと、何の前触れもなく、上空へと飛び去って行った。

「・・・行っちゃいましたね・・・・」

「ああ・・・・・・」

静まり返った戦場。一体、あの敵機は何が目的で来たのか?

疑念ばかりが頭を掠めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基地へと帰還した部隊は、生還したにもかかわらず、浮かない顔だった。街はそれほど傷ついてはおらず、民間人、そして部隊内にも犠牲はなかった。

だが、敵を倒してはいない。まるでただ様子見をしに来た敵機。自分たちは生かされた。そんな気がしてならなかった。

「どうしたの、ヴォート?」

「え。あ、いや。なんでもない」

外部中継から敵機を見ていたヴォートは何か考え事でもしているのか、食堂の椅子に腰かけながら、虚空を見つめていた。

(あの機体・・・あれは、もしかして・・・)

記憶を失っているロシェはともかく、彼にはあの敵機に心当たりがあった。月面基地に居た頃、自分達より遅くにきた、本国から派遣された機動兵器攻撃部隊隊長の機体。

その搭乗者にも拝見したこともある。

そう。自分の記憶が確かなら、あの機体の持ち主は――。

「ふぅ・・・・」

思考を遮るかのように、疲れ果てたと言わんばかりの顔をした湧斗が食堂へと入って来た。すぐさま手近の椅子にどっかと座り、仕事に疲れた中年オヤジの如く、寄りかかる。

戦闘による疲労が原因でもあるが、あのバカでかい剣を持った敵の目的が分からず、思索しているのも原因の一つである。

「あ、ユウ」

うんざりした面持ちを振り払うかのように、両手で顔を拭うユウこと、湧斗は、嬉々として自分に近寄ったロシェを見やる。

「何か用?」

「今日バレンタインデーだからね、プレゼント持ってきたの」

その言葉を聞き、湧斗は身を強張らせた。バレンタインデー、という言葉だけでも彼とってトラウマそのものだ。近くにいた兵士たちも「何ぃ!?」と言いたげに彼らを見つめる。

「そ、そう・・・。ありがとう」

「えっとね、チョコ作ったんだけど・・・・・・ちょっと、目瞑ってて」

「え? ・・・うん」

言われるがまま、湧斗は目を閉じる。最後に見た、恥じらいを浮かべる彼女の顔が気になる。一体何を企んでいるのだろうか。

様々な憶測が脳内で創造される中、突然、周りから悲鳴にも似た声が上がるのを耳が捉えた。

湧斗は慌てふためき、目を開けようとしたが、「まだ開けないで」といつになく険しい声で囁く彼女に言われては、開けるに開けられない。

そして。

(えっ!?)

まず始めに起きたのは、唇に伝わる柔らかな感触。それが彼女の唇だと気づいたのは、耐え切れず目を開けた時のことだった。仰天する湧斗をよそに、ロシェはさらに過激な行動に出る。

不意に、唇の間にさらに生温かく濡れた舌が割り込んだ。

「んむ・・・・んは、んん・・・・」

「おぶっ・・・。んぐぐっ」

ディープキスをしているようではあるが、実はそうではない。湧斗がそれに勘付いたのは口腔に入り込み、彼女の唾液に混ざったカカオ特有の苦味だった。舌を伝って苦味の元である親指大ほどのチョコは彼の口内へと押し込まれた。

だが、そこで終わると踏んでいた湧斗だったが、そうは問屋がおろさなかった。

「ちゅ・・・ん、ん、ちゅ・・・」

唾液により溶けかかっているチョコを自らの歯先へと戻して噛み砕くと、再びロシェはチョコの口移しを開始した。一生懸命に作ったチョコを分け合う二人。しかし、口端からだらしなく唾液を垂らしていては、ただ発情しているカップルにしか見えない。

数分が経ち、儀式を終えたロシェは、満足そうに唇を離す。離した瞬間にできた無色透明の糸を見ながら。

「・・・・わ、わたしのファーストキスもあげちゃいました。てへっ」

わざとおどけた調子で言うが、当の湧斗の耳には一言も届いてはいない。あまりに出来事に、頭が混乱し、何を言っていいのか分からない。

顔全体が火傷しそうなほど熱くなった瞬間、彼の意識はそこで途絶えた。

 

 

ロシェのこの行動が、リストラル中尉からの入れ知恵であったことを彼が知ったのは、丸一週間が経ってからであったという。

 

 

 

 

 

 

「司令。ただいま帰還しました」

「そうか。無事で何よりだ」

基地への帰還の後、地球・日本国へと赴いた機体、ヴォルヴァトス・エアのパイロット――アーク・ウォルヴァンエスティグノグスは、再び司令官・クルード・ジェイマスの自室へとやって来た。

「さて、祝いに茶でも飲まないか?」

「いえ。今は遠慮させていただきます」

口端を吊り上げているクルードは「残念だ」と芝居のかかった口調で、もう一つのカップに手を伸ばした。

「で、実力のほどはいかがだったのかな?」

「あの二機の機神ですが、素質は十二分にあります。もし、機巧神となれば、我々の脅威となるのは間違いないでしょう」

「・・・若い芽は早いうちに摘んでおくほうがいいが、だが君は嫌そうな顔をしているな」

「・・・・・」

「武人として、正々堂々と闘ってみたい、といったところだろう?」

「お見通しというわけですか」

クルードはフッ、と鼻で笑った。

「何年君の上司をやっていると思っているんだね。考えることはわかるさ。それに君は、意外と単純なところがあるから、な」

「恐縮です」

アークも対抗するかのように鼻で笑って見せた。

次第にそれも笑い声へと変わり、クルードの自室に至極穏やかな雰囲気が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

どうもホウレイです。

 

えー、今回、どっかで聞いたような武器が出現しましたね。某超人機大戦某悪を断つ剣の兄貴が駆る機体の武器とか。

 

まあ、この作品自体クトゥルー神話などを織り込んでいるため、某荒唐無稽スーパーロボットADVゲームと似通ってしまう部分があります。

 

はやく萌え萌え燃え燃えな戦闘シーンを書きたいのですが、まだその時期には来てはおりません。どうか、今しばらくお待ちを。

 

それと今回も妄想炸裂で、「機巧神ルイエ」の各キャラクターのCV発表ですよ。異論はそれなりに認めます。

 

 

 

宇室湧斗:鈴村健一 種○命のシ○・ア○カがベース

 

ロシェ・エルトゥ:豊口めぐみ 種ガ○のミ○アリアあたりがベース

 

アスティー・リストラル:浅川悠  あ○ま○が大王の榊がベース

 

ヴォート・ゲイン:泰勇気 サ○ファのク○ヴォレーがベース

 

ウェイズ・A・ベネディクト:檜山修之 どう考えても某勇○王がベース

 

ロイス・ビルディッド:江原正士 ゼ○サ○ガのジ○ーがベース

 

関間大和:速水奨 マク○スのマッ○スがベース

 

橘沙希:井上喜久子 ひ○らしの園○茜

 

アーク・ウォルヴァンエスティグノグス:森川和之 超人機大戦I○PACTのキ○ウスケがベース

 

クルード・ジェイマス:大塚周夫 某星屑の記憶のシ○プス艦長がベース

 

 

 

いかがでしょうか。いかに私が阿呆であるか。

 

え? こんな想像働かしている暇があったらもっとおもしろいものを書け?

 

・・・精進します。

 

感想、苦情などは、hourei-ac@hotmail.co.jpによろしくお願いします。

 

次回もお楽しみに。


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