機巧神 ルイエ

 

三話 今年もよろしく皆の衆

 

 

 

 

 

 

今日は12月31日。世に言う大晦日だ。大晦日といえば家族集まって年を越す。たとえそれは軍人であろうと同じである。

この統一地球軍日本・東京基地でも。

 

 

 

2119年  12月31日 8時30分

 

 

大晦日の今日、基地内にいる軍人達はまばらであった。大半の者が家族と共に過ごすために、休暇をとったものが多いからだ。

居るのは数名のパイロットと最低限人数の通信士などだ。

「故郷に里帰りか。いいものだな」

荷物をまとめ、地上へと昇降エレベーターへと向かう者達の後姿を見たリストラル中尉が言った。その面持ちはいささか惚けている感じである。

「そうですね・・・・」

隣で同じく惚けているような面持ちの湧斗が言う。

彼らは自宅へは帰れなかった。ルイエやクトゥグァ――これら火星で発見された機体をUTWと総称している――は地球上の機体とは違い、湧斗、そしてリストラル中尉にしか動かせないのだ。それ故、湧斗とリストラル中尉は帰れずに居る。これは他の国のUTWとパイロットにも言えることだ。これで大した性能でなければただの動く棺桶であろう。

 

 

 

 

 

同日 9時25分

 

 

「湧斗」

「なんですか?」

「暇だ」

「そうですか」

「なんか面白いこと無いか?」

「知りません」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

静寂が二人きりの食堂に包む。敵が来ないのは一応平和ではある事で喜ばしいのだが・・・・。

五分ほど経った頃、ハッとした面持ちでテーブルに突っ伏していたリストラル中尉が起き上がる。

「湧斗、お前、芸大の学生だったな?」

「そうですけど・・・何か?」

リストラル中尉は、ビッ、と人差し指を湧斗に向け、言い放った。

「私の肖像画を描いてくれ」

 

 

 

 

 

幸いにも肖像画を油絵で行うのは湧斗にとって得意分野だった。キャンバスや絵具などの用品はこの基地に来てしまった際に没収されたが、関間司令に事情を話すと、快く快諾してくれたのだ。しかも空いている部屋まで貸してくれた。

その時、湧斗には関間司令に後光が見えた気がした。

「リストラル中尉、どんな服なんだろう・・・」

できれば私服で、とリストラル中尉に言ったが、どのような服を着てくるかが気がかりだった。もしスカートだったら・・・・。本人には悪いが悪趣味としか言いようが無い。

「入るぞー」

声と共に、ドアが開く。

リストラル中尉の服装は、水色のセーターにデニムのジーパン。予想通り、スカートは着てこなかった。もしかした男装もイケるかもしれない、と湧斗は思った。男用の礼服だとか。

「なんだ? 私服の私に欲情したか?」

ニヤニヤしながらリストラル中尉が言った。

「まさか」

無表情で湧斗は準備を続ける。

「・・・少しは乗れよ。つまらないなぁ」

湧斗の態度に口を尖らせるリストラル中尉は、湧斗の目先にある椅子に座った。

「ところで湧斗、時間はどれくらいかかるんだ?」

「そうですね。下書き含めて、一応終わるのは5時間程度ですかね」

「ご、五時間も!?」

驚きのあまり、リストラル中尉は椅子から立ち上がった。絵画とはとにかく時間のかかる創作物である。湧斗でも5,6時間などざらである。しかし、早ければ良いというものではない。

「休憩入れると年越しパーティーまで間に合いませんよ?」

「う゛・・・・・」

二人は夜、残っている面子と食堂で年越しパーティーをする約束をしていた。それまでにはなんとしてでも間に合わなければいけない。それに途中、もしかしたら敵の襲撃もあるかもしれない。

リストラル中尉は渋々、湧斗の言うことに従った。

「じゃあ中尉、下書きが終わるまで微笑んでいてください」

言われたとおりに微笑むと、それを見た湧斗は下書きを開始した。

 

 

 

 

 

 

「湧斗、まだか?」

「まだ下書きが終わった程度です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「湧斗」

「まだですよ、中尉」

 

 

 

 

 

 

「湧斗ー」

「・・・・・・」

(とうとう無視!?)

 

 

 

 

 

 

もう何時間経っただろうか。とりあえず腹時計によるともう昼は過ぎたらしい。

相変わらず湧斗はキャンバスとリストラル中尉を交互に見て絵を描いている。

―なんだか視姦されてるみたいだなぁ。なんていうか・・・目で嬲られてるっていうか?

さりげなく心の中で湧斗が聞いたら“吹く”であろう言葉をさらりと呟いてみる。しかし心の中なので湧斗に聞こえることは無い。ああ、つまらない。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

油絵の用品を床に置くと、湧斗は心底疲れたのか、顔をうつむけながら息をついた。

「終わったのか?」

「ええ。あとは乾くのを待つだけです」

席を立ち、キャンバスを見たリストラル中尉は、途端に「おお!」と声を上げた。それほどまでにリストラル中尉は美しく描かれていた。

「凄いな。さすが画家志望のことはある」

「明日になれば乾いていると思います。っと、忘れるところだった」

置いてあったペンを持つと、絵の右下部分に自分の名を書いた。

 

UYUTO

 

「これでよし」

「サインか。随分と粋なことするな」

「俺が書いた証ってやつですよ」

ペンを置くと、湧斗は立ち上がり、大きく伸びをした。

「ん〜、疲れたぁ」

最近は水彩画ばかりで油絵を行っていなかったせいだろうか。勝手が異なり、予定より少々遅くなってしまった。

しかし、リストラル中尉はそんなことは気にしていない様子だ。

(喜んでくれれば、俺はそれで満足だけどね)

笑みを浮かべ、時計を見ると、既に針は4時になろうとしていた。そろそろ年越しパーティーの準備が行われる頃であろう。

湧斗はドアへと歩く。

「そろそろ食堂に行ったほうがいいですね。リストラル中尉、行きましょう」

「その前に、湧斗」

「はい?」

リストラル中尉へと顔を向けた、その時だった。

「へ?」

なぜリストラル中尉の顔が近い? なぜ額に少し柔らかい感触が? 

それがキスだと気づいたのは、5秒後だった。

「ありがとう、湧斗」

軽く手を振ると、リストラル中尉は部屋を出て行った。部屋には顔を真っ赤にさせて呆然としている湧斗がいた。

 

 

 

 

 

 

 

同日 十九時

 

 

「さて、皆の衆。今年もあと5時間で終わる」

「そうだなぁ。いろいろあったよな」

「そうそう。昼寝していた時、リストラル中尉の間食用チョコまんが紛失して」

「手当たり次第に質問されて」

「でも結局寝ぼけてたリストラル中尉が犯人だったんだよな」

「こらお前ら。それ正月の出来事だろ。何で事細かに覚えてるんだ」

基地に残っているオペレーター達の愚痴に、さすがにリストラル中尉も怒る。

「落ち着けって。アスティー」

リストラル中尉を宥めているのは、基地内でもトップクラスのパイロット、ウェイズ・A・ベネディクト大尉である。リストラル中尉とは士官学校の頃の仲であるという。

 

 

 

 

 

ベネディクト大尉が乾杯の席をとり、食堂は一気に歓声に包まれた。酒をラッパ飲みする者、酔っ払った勢いで肩を組んで歌いだす者、それぞれである。

「おい湧斗! てめえも酒飲めやコラ!」

頬を真っ赤にさせている亜田島准尉が、コップに注いだ酒を湧斗に手渡そうとしている。

「えぇ?」

「上官の命令は絶対だぞ。ほら飲め!」

渋々、湧斗は手渡された酒を一口、口に含んだ。その瞬間、焼けるような感覚が口全体に広がった。おもわず湧斗は勢いよく吐いてしまった。

「がっ・・・・これっ・・・・・・、アルコール・・・がっ・・・!」

「そりゃそうだ。これマオタイだからな」

マオタイ酒(芽台酒)コーリャンというイネ科の一年草を原料とした蒸留酒の一つで、コーリャン独特の高貴な香りと濃厚な味わいが特徴だ。300年以上の歴史があり、20世紀後半、日中国交回復の式典で両国首相が飲んだ酒でもある。

しかし、アルコール度数は50〜70度という、酒に慣れている者でも堪えるほどの火酒である。湧斗自身、一応飲めることは飲めるが、火酒など生まれて始めてである。

ひとまず落ち着いた湧斗は、亜田島准尉を睨み、大声で怒鳴る。

「亜田島准尉! なんつー物飲ませるんですか!」

「そうだぞ、亜田島。すこしフザけすぎだ」

リストラル中尉の指摘に、さすがに度が過ぎたと思ったのか、亜田島准尉はバツの悪い顔をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

同日 二十三時

 

 

新年まであと一時間。パーティーの喧騒さは全く衰えることは無い。それどころか、来たる新年を前により一層騒がしくなってきた。

しかし、そんな雰囲気を壊す出来事が起きた。

敵襲を知らせる警報がけたたましく鳴った。飲んだ酒が一気に引き、オペレーター達や、パイロット達は直ちに持ち場に戻る。

 

 

 

 

 

「ベネディクト大尉、何で皆こんなに殺気立ってるんですか?」

ロッカー室は殺気で溢れていた。誰もが目を血走せ、黙々とパイロットスーツに着替えていった。

「ああ。去年な、年越し30分前に敵の襲撃があってよ。で、間に合わなくって全員コックピットで年を越したからさ。だからあいつ等殺気立ってるんだよ」

湧斗は何度が頷きながら納得した。その間にも、ロッカー室の殺気はどんどん高まっていく。

「おい、グズグズすんな! 行くぞ!」

「り、了解!」

湧斗は急いでパイロットスーツに着替えた。もしかしたら、来年もこんな目に遭うんじゃないかと思うと、ため息が出た。

 

 

 

 

 

 

Aチーム、それぞれ3機ずつ左右へ展開。Bチームは後方でロンレンジライフルで狙撃だ! 迅速かつ効率よく倒せ。いいな!」

『『『了解!!』』』

ブースターを吹かし、数機のヴァーズがビルの合間を抜ける。即座に配置に着くと、オペレーターから通信が入る。

『上方11時よりF型無人機20機確認しました』

「20機だぁ!?」

「おいおい! これじゃ12時まで間に合わねえぞ!」

ヴァーズ10機、UTW2機。加えてF型無人機は飛行型で装甲は薄いがすばしっこい特性がある。いくらなんでもこれを12時までに全機撃墜は無理があった。

(またコックピットで年越しか・・・)

皆が諦めかけた、その時だった。ベネディクト大尉のモニターに音声通信が入った。聞こえたのは男の声だった。

『あー、あー。こちら統一地球軍日本支部第13飛行隊『ヴォーラム隊』だ。今から貴君等を援護に入る』

直後、10機の戦闘機の大編隊が、ベネディクト大尉の部隊の真上を通過した。

先頭の機体――深い緑色の機体へとベネディクト大尉は目を向ける。

「樹賀! お前か!」

『相変わらず無駄に元気そうだな、お前は』

「そっちこそ。縁起の悪い番号の部隊のくせに長生きしているようじゃないか」

第13飛行隊『ヴォーラム隊』とは、統一地球軍・日本圏においては最強の大編隊戦闘機部隊である。『13』という縁起の悪さとは反対に、常に全機撃墜・無傷のエースパイロット集団である。特に隊長の樹賀怜治中佐は機体色の深い緑と流麗な操縦テクニック、敵機撃墜から通称『翡翠の天使』とも呼ばれている。

『俺達も狭いコックピットで年を越したくないからな。さっさと終わらせようぜ』

言うと、樹賀は声を張り上げ、部隊の全員に伝える。

「フォーメーションΩ―2! 突っ込むぞ!」

ボーラム隊は散開し、機銃を掃射しながら突っ込む。敵陣のド真ん中に突っ込んだヴォーラム隊は散開し、その空域はドッグファイトと化した。

『ヴォーラム3、2機撃墜!』

『ヴォーラム7、一機撃墜。早く終わらせて飲みたいもんだな』

戦況はすぐにヴォーラム隊の有利となった。瞬く間に無人機の数を減らしていく。ベネディト大尉率いるヴァーズの部隊は、ただ見ているだけであった。この場所で狙撃していてただ邪魔になるだけだからだ。

「すごい・・・・」

湧斗はヴォーラム隊の華麗な戦闘機動に見惚れていた。

「・・・さすがヴォーラム隊。手際のいいことだな」

腕を組み、モニターに映されているドッグファイトを見ているリストラル中尉。

彼女が初めてヴォーラム隊の戦闘を見たのは、士官学校を出て、東京の基地の配属となって間もない頃――今から4年前のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

あれは日本らしい高温多湿の夏の日だった。士官学校に在籍していた頃、様々な理由によりUTWのクトゥグァのパイロットとなったアスティー・リストラル少尉、そしてヴァーズのパイロットとなった同期のウェイズ・A・ベネディクト少尉は、日本の東京基地の配属となった。特に、寒いことで有名なミネソタ州育ちのリストラル少尉にはかなり堪える暑さだった。

配属となって二日目、さっそく無人機による襲撃が起きた。すぐさま二人は機体に乗った。しかし、敵の侵攻は予想以上に早く、UTW1機とヴァーズ十数機では対処しきれなかった。その時である。

『翡翠の天使』こと樹賀怜治大尉率いるヴォーラム隊が援軍として駆けつけ、ギリギリのところで勝利したのだ。そこで彼女は樹賀怜治の腕前を知ったのである。

 

 

 

 

『ヴォーラム1、敵機撃墜! 敵機を全て撃墜した!』

その瞬間、司令室と味方機が歓声を上げた。ヴォーラム隊は旋回し、基地へと帰還していった。年越し10分前であった。

『良い年を』

それだけを伝えると、樹賀中佐は通信を切った。パイロット達は急いで食堂に戻ったのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦2200年  一月一日  零時五分

 

 

食堂はまた喧騒に満ち溢れた。先ほどまで戦場にいたパイロット達は再び浴びるほど酒を飲み始めた。

そんな中、湧斗は一人寂しくグラスを傾けていた。

「・・・・・・・・」

本当なら今頃家族と共に新年を祝っているはずである。しかし今年はこのような事態になり、外出することも出来ずにいる。

「どうしたぁ、湧斗?」

誰かが背後から湧斗の肩を叩いた。振り返ると、リストラル中尉が焼酎のビンを片手に、笑っていた。アルコールが入っているせいだろう、頬が朱い。

「・・・・・本当なら今頃、家族と一緒に居るはずなんですけど。まあ、過ぎたこと気にしちゃいけませんね」

ハハッ、と湧斗が空笑いをした。すると、リストラル中尉は急に落ち着いた面持ちで言った。

「何を言ってるんだ。この基地にいる皆が家族同然なんだぞ」

「え?」

「だーかーらー、こういう時は皆を家族のように思って喜べ、という事だ。わかったらお前もじゃんじゃん飲め!」

再び以前の豪快さを取り戻すと、湧斗のグラスになみなみと焼酎を注ぎ始めた。

「ちょ、ちょっと、リストラル中尉。俺は酒はあまり飲めないって――」

「うるさぁい。飲め飲めー」

 

 

 

 

それからの事を、湧斗はあまり覚えていない。記憶が確かなら、焼酎をグラス3杯ほど飲み終えたあたりで目の前が真っ暗になった。

次に目を覚ましたとき、なぜか自分はベッドに横になっていて、しかもタンクトップに下着姿のリストラル中尉が目の前にあった。

後に理由を聞いたところ、「部屋まで持っていくのが面倒だったから連れていった」ということであった。それにしてもすぐ目の前に男が居るというのに、タンクトップに下着姿はどうかと湧斗は思った。

新年早々、波乱に付きまとわれた湧斗は、改めて「帰りたい」と愚痴を漏らしたそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 


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