機巧神 ルイエ

 

二話 戻れない日常、新しい日常

 

 

 

 

昔々、地球にはたくさんの神々がいた。しかし、ある時、Great Old Ones−後の旧支配者と呼ばれる者達が地球にやって来た。地球に君臨していたElder Gods―旧神と呼ばれる者達は長き戦いの末、勝利した。

その後、旧支配者は地球やその他の惑星に封じられた。

今から数億年もの前の事である。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっすりと眠れたようだな、宇室湧斗伍長?」

「ええ、おかげさまで。リストラル中尉」

ピッチリと軍服を着た湧斗は機嫌の悪い顔で答える。反対に、リストラル中尉は胸元あたりまでジッパーを開け、随分とラフに見える。

実を言うと、あの後すぐに眠れたものの4時ごろに目が覚めてしまい、それ以降ずっと寝られずにいるせいで頭が少しボンヤリしていたりする。

ちなみに現在時刻は7時25分である。

自分自身、あのロボット―ルイエに乗って気分が高揚でもしていたのだろうか。

「さあ、司令の所へ行くぞ。ついてこい」

「・・・・了解しました」

欠伸をかみ殺し、湧斗はリストラル中尉の後を追った。微かに、菓子のような甘い香りがした。

 

 

 

 

 

司令室と表示された部屋の前で、リストラル中尉は止まった。それに続き、湧斗も立ち止まる。

リストラル中尉はドアのすぐ横にあるパネルに手をかざす。直後、電子音と共に、ドアが開いた。

「司令、宇室湧斗伍長を連れてきました」

茶を啜っていたのだろうか、司令である関間大和大佐は湯飲みをマホガニー製のデスクに置いた。

「おはよう、宇室湧斗伍長」

「おはようございます、関間大和司令」

間をおかず、湧斗は敬礼した。それを見て、関間司令はフッと鼻で笑った。

「その様子ではあまり眠れなかったようだね。まあ、仕方ないだろうね。いきなり軍人になってしまったのだからね」

「正しくはなるしかなかった、だと思いますが?」

「ははは、その通りだな」

笑みを浮かべながら言うと、関間司令は

「さて宇室伍長。腹が空いていないかね?」

「・・・・・さっきから腹の虫が抗議を起こしており、このままでは暴動につながる恐れがあります。至急、対策を採ったほうが専決であると私の腹が言っています」

至極冷静に湧斗が言った。関間司令は

「そうか。リストラル中尉、食事がてら、伍長を食堂へ連れて行ってくれ。みんな集まっているはずだ」

「了解しました」

敬礼をすると、踵を返し、リストラル中尉は出た。

「・・・失礼しました」

ぎこちなく敬礼すると、湧斗はリストラル中尉について行った。

 

 

 

 

 

食堂に着くまで二人は無言だった。何も話さず、ただ歩いた。

食堂とパネルに表示された部屋の前で、リストラル中尉は止まった。遅れて湧斗も止まる。

「一つ忠告しておく」

前を向いたまま、リストラル中尉が言った。

「多分怪我をするかもしれないから、覚悟しておけ」

「え?」

直後、ドアが開いた。朝食を食べていた基地の兵士たちが、一斉に湧斗に目を向ける。その光景に、湧斗は「わっ」と小さく驚いた。

そして、軍人たちは堰を切ったかのごとく、湧斗へと走る。

「おー、お前か。 昨日派手に無人機と戦ったてのは」

「なんだ、リストラル中尉みたいな人かと思ってヒヤヒヤしたぜ」

「へぇ、まだ子供じゃない。こんなのがルイエのパイロットなんてね」

「え、え、え、え、え?」

湧斗の動揺をよそに、兵士たちは構わず矢継ぎ早に話しかける。さすがに、湧斗もリストラル中尉に救いの手を伸べる。

「中尉ー! 助けてくださぁーい!」

湧斗の言葉に、さすがにリストラル中尉も呆れた顔で周りに聞こえるように手を叩く。

「ほらほら、新兵が困ってるから、飯食ったらとっとと職務に戻りなさい」

言われると、兵士たちは不満げな顔でテーブルへと戻り、食事を再開した。

兵士たちが騒いでいた後には、息を荒げ、ボロボロの湧斗がいた。髪はもみくちゃにされ、背中や頭は手加減無く叩かれたからだ。

「あ、ありがとうございます・・・・」

「・・・・まあ、がんばれ」

ため息混じりにリストラル中尉が言った。

 

 

 

 

 

湧斗は今、格納庫へと向かっていた。

朝食をたらふく食べた後、亜田島准尉という人物が湧斗に言ったのがきっかけだった。

9時30分に格納庫だ。人が待っている」

というものだった。鬼が出るか蛇が出るか、というわけではなさそうだが、それに匹敵しそうな人物が現れる気がするのは間違いなく気のせいではない。

時刻は9時20分。十分も早く来てしまったが、遅刻するよりかはマシだ。

「ここか・・・・・」

ゆっくりと湧斗は格納庫へと足を踏み入れた。

と、次の瞬間、

「遅いぞ新兵ぇ!!」

途端、鼓膜が破れんばかりの超大音量の声が耳に響く。あまりの大声に湧斗は耳を塞いだ。その声の主は、格納庫のド真ん中にいた。

声の主は、眼鏡をかけた男性であった。見ると、男の体躯はどこぞの格闘漫画を見ているかのような、寸分の狂いもなく鍛え上げられた体の持ち主だった。

「す、すいません!」

湧斗は駆け足で、男の元へと向かい、最敬礼で目の前で立つ。

「新兵ならせめて20分前には来い! わかったか!?」

「い、Yes,sir!

「フザけるな! もっと声出せ!」

Sir,Yes,sir!

湧斗も負けず劣らずヤケクソ気味に声帯が潰れんばかりの声を出す。子供の頃、親と一緒に見たB級戦争映画のワンシーンが頭によぎる。たしか、鬼軍曹が新兵に芸術的ともとれる罵詈雑言をぶちかますようなシーンだった気がする。

「俺がお前の訓練教官のロイス・ビルディッドだ!訓練中は話しかけられた時以外は口を開くんじゃない! わかったか、クソ虫!」

SirYes,sir!」

「どうした! 声出せ、クソ虫が! タマついてンのか!」

Sir,Yes,sir!」

 

 

 

「軍曹。外で訓練をするんですか?」

北風が吹く屋外で、湧斗はランニングシャツとジーパン一枚で体を震わせていた。

「当たり前だ」

「この寒いのいに? 今日の気温は氷点下5度だと天気のお姉さんが言ってましたけど?」

「つべこべ言わずさっさとさっさっと走れ!!」

「うわーーーーーん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れて随分と経った。心身ボロボロとなった湧斗は通路をおぼつかない足取りで自室へと帰ろうとしていた。

訓練は最悪だった。腕は数センチ動かすだけで悲鳴を上げ、足は棒になったかのように言うことを聞かない。それほどまでに酷い訓練だった。思い出すだけで筋繊維が金切り声を上げかねない。

明日も今日のような訓練だろう。このくそ寒い時期にランニングシャツとジーパンだけでまたしごかれる。ああ、しんどい。

「おーい、宇室」

不意に背後から声が聞こえた。聞き覚えのあるハスキーボイス。リストラル中尉だ。湧斗はダルそうに振り返る。

「その様子だと、相当可愛がられたようだな?」

笑みを浮かべながらリストラル中尉は言う。よく見ると、右手に二個、手のひら大ほどの饅頭があった。肉まん、もしくはあんまんか。

「リストラル中尉、それって・・・・」

「ああ、これか? 一つお前に渡そうと思ってな。ほら、疲れたときには甘いものが一番だぞ」

甘いということはあんまんか。そう思うと、湧斗は半分ほど一気にかぶりついた。

「・・・・・・ん?」

何だこの味は。あんまんにしてはなぜかドロドロして、うっすら苦味がある。カカオの香りが口内に充満する。この味、もしや・・・・。

「チョコ・・・・・?」

「そう。名付けてチョコまんだ」

誇らしげにリストラル中尉は言った。饅頭にチョコだって?聞いたことが無い。コンビニでもそんなメニューは無いぞ。

「意外とイケるだろ?」

「ええ・・・・まあ」

リストラル中尉の言うとおり、コレはコレで悪くはない。もしかしたら、ホワイトチョコなどのパターンがあったりするのだろうか。質問しようかと思ったが、メビウスの環並みの話が待っているだろうと第六感が感じたため、やめた。

「それじゃあな。ゆっくり休めよ?」

すれ違いざまに湧斗の頭を叩くと、鼻歌を歌いながらリストラル中尉は去っていった。

「・・・・・・・」

微妙な面持ちで湧斗は“チョコまん”にもう一回かぶりつく。

「一応、おいしい・・・・かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝に待っていたのは凶悪な筋肉痛だった。痛みを引きずりながらもなんとか食堂に来た湧斗は席に着く。

「痛いぃぃぃぃ・・・・・・」

涙を流しながら湧斗は呟いた。と、その時だった。

「大丈夫か?」

湧斗は体をビクビク震わせながら振り返る。声をかけたのはビルディッド軍曹だった。

ビルディッド軍曹は湧斗を見て、笑みを浮かべながら言う。

「おいおい、そんな顔するな。普段から俺はあんな感じじゃないぞ」

言うと、ビルディッド軍曹は湧斗の隣の席に座った。

「言っておくが、筋肉痛だろうと手加減はしないぞ。覚悟しておけよ?」

「うう・・・・・Yes,Sir・・・・・」

湧斗はテーブルの上に突っ伏した。

 

 

 

 

 

 

関間大和の朝は司令室で茶を飲むことから始まる。お気に入りはかぶせ茶だ。

「うむ、今日も茶がうまい」

はつらつした面持ちで関間司令は言った。

「司令、そんな年寄りくさい事言わないでください。まだ38でしょう?」

「ふむ、年寄りくさいか・・・・。そういうなら中佐、君も飲んでみるといい。うまいと言う理由がわかるはずだ」

「生憎、私は紅茶派ですので遠慮しておきます」

関間司令の隣にいる女性―橘沙希中佐はそっけなく答える。

橘中佐はこの基地では副指令の任に当たっている。歳は30を超えているが、それを思わせないその容貌から基地の者からはマドンナ的な存在でもある。

「紅茶か。まあコーヒーのような泥水を飲むよりかはマシだな。だが、日本人といえば日本茶だ。最近の若い者はそれがわかっていない。コーヒーなんてただの泥水だ。そう思うだろう、中佐」

「そういうのは日本茶を極めてから言ってください」

「ああ、極めてるとも」

そう言うと、関間司令は席を立ち、数十センチ離れた所で、床を剥がした。橘中佐は屈んでその場所を見ると、なんとそこには日本中のありとあらゆる日本茶の葉の入ったビンが所狭しと置いてあった。

「どうだい、凄いだろう。全て経費で取り寄せたんだ」

橘中佐は眩暈を感じた。司令はたしかに優秀な人材である。この若さで司令にまでのし上がったのも頷けるほどに。しかし、プライベートとなるとかなり間の抜けた、というより、傍からは想像もできないほどの変わり者なのだ。

「司令、まさかご自分でこのような地下倉庫を作ったのですか?」

関間司令はにこやかに答える。

「そんなわけないだろう。経費を黙って使ってわざわざ作らせたのさ」

はあ、と肩を落とし、ため息をつく橘中佐。

本当にこの人は・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変わって、リストラル中尉の朝は自室での禅から始まる。インド系アメリカ人五世のリストラル中尉は禅を毎朝、日が昇ると同時に禅を始める。べつに仏教徒ではないが、朝、これをやらないと落ち着かないという。

十数分後、禅を終えると、リストラル中尉は素早く着替え、一目散に食堂へと急ぐ。

「いつもの、頼む!」

言うが早いか、食堂係のウェイランドは“いつもの”を皿に乗せ、リストラル中尉に手渡す。

席に着くと、リストラル中尉はおもむろにそれにかぶりつく。

至福の笑みを浮かべ、リストラル中尉は言った。

「ああ、今日もチョコまんがうまい・・・」

彼女の一日はチョコまんに始まり、チョコまんに終わる。朝食後にチョコまん。昼食後もチョコまん。夕食後もチョコまん。夜食もチョコまん。敵を撃退したあともチョコまん。もしかしたら彼女の人生はチョコまんで終わるのかもしれない。

 

 

 

 

―数日後。

 

 

 

 

 

「ビルディッド軍曹・・・・質問しても、いいですか?」

「何だ?」

息を荒げながらも、湧斗はそれを無視して言う。

「どうしてこの基地は変わった人が多いんですか? 変わった食べ物を食う人がいるわ、日本茶を極めた人だとか・・・・」

昨夜、湧斗は見たのだ。無断で地下倉庫を作らせた関間司令は、橘中佐に没収されないために、こっそりとダミーに換えているのを見たのだった。関間司令は「この事は内密に」と言われ、口止め料としてとある物を貰ったのだった。

「宇室。それはこの基地では禁句だ。思うのはいいが、言うんじゃないぞ。命の保障はないからな」

「あともう一ついいですか?」

「何だ、言ってみろ」

「どうして肉体を鍛える必要があるんですか? 機体に乗るんだからそれほど必要ないと思うんですが・・・」

湧斗の質問に、ビルディッド軍曹は説明した

軍曹曰く、あの機体―ルイエとクトゥグアは操作テクニックなどではなく、むしろ肉体を鍛える必要があるのは、あの機体が搭乗者と神経レベルで繋がっているためであるとの事だった。つまり機体が激しく動けば動いた分の疲労が搭乗者に加り、装甲にヒビが入れば搭乗者もヒビの入った部分に怪我を負うということになるのだ。

この訓練はひ弱な湧斗に体力をつけ、ルイエの動きに耐えられるようにするからなのだ。

「頑張れ。半年続ければリストラル中尉並みにやれるようになるさ」

それを聞いた湧斗は乾いた笑い声をあげる。つまり、あと半年は訓練は続くということだ。

正直、あと1ヶ月生きていけるのかのもわからないというのに!

「さあ、訓練再開!」

Yes,Sir・・・・・」

湧斗は筋肉痛で痛む体を起こした。

頑張るしかない。生きていくためには。

 


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