じゃぶじゃぶじゃぶじゃぶ―――。

 

海鳴で評判の喫茶店・翠屋。

本日は休日で朝から客入りが多く、店員達も大忙しの様子で動き回っている中――彼は居た。

厨房の一角に備えられた洗い場に立ち、次から次へと投入されていく汚れた皿を洗っていく青年。

……翠屋のエプロンを身につけたシックが極大量の汚れた皿と戦っていた。

 

洗う、洗う、洗う、洗う、洗う―――。

 

迅速かつ丁寧に、一切の汚れの存在を許さず、白く輝く皿に戻るまで洗い続ける。

 

洗われて行く皿を業務用の食器乾燥機に放り込み、食器の乾燥が終わるまで次の皿を消化していく。

―――見たら絶望しそうなほど溜まっていた洗物の姿は既になく、汚れていた皿は既にシックに洗われている。

 

 

「――ふむ、まさかシックにこんな才能があったとは。」

 

 

何時までも何もせずに居るのは心苦しいから何かさせてくれ、とシックに頼まれたので――試しに翠屋で働かせて見る事にした。

シックが真面目な性格だから問題は無いだろう、と士郎は思っていたが――まさか、こんな才能があったとは思って無かった。

皿を洗うのが早い為、少し不審に思って皿を見てみた所……全てぴかぴか、汚れが一切無い状態、完璧な洗い方だったのだ。

そして、今も尚真面目に皿を洗い続けたり、厨房で使う調理器具を洗い続けたりするシックを見て士郎は――『ある事』を決意する。

 

 

「シックくーん、ボウルはー?」

 

「もう洗ってます。使ってもらって結構です。」

 

「シック君、洗ったお皿持ってきてくれる?」

 

「あ、解りました。直ぐもって行きます。」

 

「団体客の席、空いたけど――お皿とか洗えるー?」

 

「ええ、シンクの中の水も取り替えてますので大丈夫です。直ぐ洗います。」

 

 

この様に………厨房をシャカシャカ動き回り、初めて店に入ったとは思えない働きぶりを見せるシック。

他のバイトの人間の話を良く聞き、メモを取ったり、客足の空いた時間帯に厨房内の配置などを書き込んだりしつつ――店内清掃を行う。

 

 

「凄いわねー。まさか、シック君がここまで出来る子だった何て思わなかったわ。」

 

 

店内清掃を終えて、店の外の清掃を行っているシックを見ながら桃子は――本当に感心した様子で呟く。

 

 

「そうだな。……良し、桃子。」

 

「シック君の勤務スケジュール追加?」

 

「流石、解ってるな。」

 

「貴方の考えくらい解るわよー。」

 

 

二人、笑顔で話しながら――再び客が入り始めた頃、士郎と桃子も厨房に、その腕を十二分に振るうための戦場へと戻る……。

 

あれから、何人客が入ったのか解らないが――とにかく、大忙しだった。

人の多い休日と言えども満席になる状態は滅多に無い筈……だが、その滅多にない状態が起こり、厨房は正に戦場の様だった。

怒号の如く次々に飛び込んでくる注文、忙しく動き回る士郎に桃子、そしてバイトの人間、更に運び込まれてくる皿も極大量……。

この皿の山に汚れた調理器具達は意外な才能を発揮したシックの下に回され、そして必要とする所に戻されてゆく。

そんな時間が過ぎ去り、閉店時間が過ぎて――店内清掃を終え、翠屋の一日が終わる頃……。

 

 

「はい、シック君の本日のバイト代。」

 

「――へ?」

 

「あら、どうしたの?これ、シック君のバイト代だけど?」

 

「あ、いや――俺、手伝っただけですよ?バイト代を貰うような事は――。」

 

 

ああ、また悪い癖が出ちゃってるな、と桃子は思った。

謙虚で誠実なのは美徳だが、シックの場合『過度』に現れてしまっている節がある。

静かな笑顔で『のーせんきゅー』と言うシックに苦笑しつつ、口を開いた。

 

 

「あのね、シック君。君は今日、翠屋の一員として働いた。つまり、このバイト代は君への正当な報酬なの。」

 

「い……いや、でも、俺――」

 

「貰ってくれないの?……嗚呼っ、桃子さん悲しいわ〜!」

 

 

よよよ、と泣き崩れる真似をする桃子を見てあわあわしているシック。

……ハタから見れば妙なコントと取れなくも無い状況を見て、今まで何かを書いていた士郎が立ち上がる。

 

 

「貴方〜!息子がバイト代受け取ってくれないの〜!」

 

「何と言うことだ!?このままでは私達は犯罪者だ!?」

 

「うぇ!?な、何でそうなるんですか!?」

 

「我が国では働いた者に賃金を払わないと言う事は不当であり、それを行えば罰せられる。

 ……そして、真面目に清く正しく勤務を行った者が賃金を受け取らない=賃金を払えない。

 つ・ま・り!私達は犯罪者となってしまう!?」

 

「嗚呼っ、貴方〜!」

 

「桃子〜!」

 

 

……何なのだろうか、この空間は?などと思いつつシックはどうすべきか――悩むべき事でもないのに悩んだ。

そして、苦虫を噛み潰したような表情で思案しているシックを見た士郎は、桃子の手にあるシックのバイト代を

すばやく彼のポケットの中に押し込む。……常人だと捕らえきれない速度で。

 

 

「んなっ!?」

 

「うむ、やっと受け取ってもらえたぞ、桃子。」

 

「そうね、貴方。……んじゃ、シック君。今後の事について話しましょうか?」

 

 

受け取ろうと思ってないんですけど……と、言おうとしたが、何かの紙を何枚か持ち、そして真面目な表情の二人を

見て、そんな事がいえる状況ではないと判断したシックは大人しく二人の言葉を待つ事に――と、その瞬間、眼を輝かせた

桃子がシックの両手を握り……。

 

 

「シック君、ここで働かない?」

 

「―――は?」

 

「バイトの子達も君の今日の働きぶり見て関心してたし、言ってたわよ?あの子が来てくれると助かるって。」

 

「……え、それ、俺ですか?」

 

「そうよ。……真面目だし、お皿洗うの早いし、綺麗に洗ってくれるし、気が利くし……もう、最高よ!」

 

 

きらきらと眼を輝かせながら力説し、『流石は私の息子!』等と少しトリップしている桃子を見て少したじろぐシック。

……一方、トランス状態になってしまった妻を見て苦笑しつつ、士郎が話しを進める。

 

 

「勤務体系はシフト制。一ヶ月は研修期間中という事で申し訳ないが給料は一時間に付き680円。

 それを過ぎれば750円に上がり、シックの働き次第で800、850――とどんどん上がって行く感じなんだ。」

 

「あ、給料のほうは――」

 

「……………」

 

「いえ、何でもないです……。」

 

「そうか。……まぁ、初めの頃はホール――客が居る所で注文取ったり、料理運んだりがメイン。

 後は休日と祝日の洗い場はシックに任せようと思う。」

 

「ああ、ソレは結構ですよ――って、俺、本当に給料貰っても……いや、何でもないです。」

 

 

給料は結構です、と言おうとした瞬間に二人からの無言のプレッシャーを掛けられてしまう。

ニコニコしていた表情が一気に曇り、周辺の気温が一気に下がると言う――精神的にクる攻撃を仕掛けてくるのだ。

しかも二人で、更に言うなれば二人して何か悲しそうな表情までして……である。

 

 

「で……シックさえよければ、明日から入って貰いたいと考えてるんだが……。」

 

「あ、はい。解りました。よろしくお願いします。」

 

 

話し合い(?)が終わった後、シックのエプロン、ネームプレート、そしてシフト表を渡された。

ふと、シフト表を見てみると開店から閉店まで居る事が多く、そしてバイトに入る日も多い。

されどシックは何を思う訳でもなく、四つに折り畳んでポケットの中にしまうと――。

 

 

「―――コレで翠屋は安泰だな。」

 

「え?何か言いましたか?」

 

「いや、何でも無い。……さて、そろそろ帰るか。」

 

「シックくーん、戸締りよろしくー。」

 

 

士郎の妙に気になる言葉に首を傾げつつ、シックは言われた通りに戸締りを行い、扉にプレート。

『本日は閉店しました。』と書かれたプレートを下げ、桃子と士郎と共に翠屋を後にする――。

 

 

 

 

家に帰り着き、桃子と士郎は話をしていた。

……なのはが連れてきて新しく家族になった青年の事について。

全く笑う事無く、目に光が無かった前と違い――少しずつだが笑顔を取り戻しつつある事。

そしてそれに伴い、閉ざされていた感情も戻りつつある事を嬉しく思っていた。

 

 

「……もう少し……だな。」

 

「そうねー。」

 

 

ずずずずずず、とお茶を啜る。

 

 

「なのはも安心しているんじゃないか?」

 

「あら、気づいてたの?」

 

「そりゃ……こっちに帰ってきてる時は四六時中一緒に居るようだし……。

 まぁ、ドコの馬の骨かも解らん奴になのはをやるよりは安心だよ、私はね。」

 

「シック君が本当に笑うようになって、なのはに告白してOKだしたら許す?」

 

「………桃子は?」

 

「私は許す。シック君だと間違いなんて起こらないわ、絶対に。」

 

 

お茶を飲み干した桃子はにっこりと笑顔でそう言った。

……苦虫を噛み潰したような表情をしている四郎を見て、内心では承諾するつもりなのだろう、と

言うことも見透かしているようでもあり、既に自分の心を見透かされているのだろうと悟った士郎は

更に難しい表情を浮かべ、同様にお茶を飲み干す。

 

 

「……ところで、なのは達は『アレ』で気づかれてないと思ってるのか?」

 

「……多分。」

 

「「…………」」

 

 

なのはとシック。

彼女がミッドチルダから此方に帰ってきている時は大抵一緒に居る事を家族は知っている。

ついで言えば、なのははシックの事を良く自分達に話すし、シックはなのはの事を話すようになった。

 

………この時点で、互いに何らかの感情を抱いていることは容易に想像できる。

 

最近ではシックも少しずつだが笑うようになって来て、なのはもソレが嬉しいのか、帰って来たときは

シックを誘ってどこかに出かけたり、二人でゲームしていたり……そんな姿が見かけられるようになった。

 

 

「まぁ、何にせよ……。」

 

「良かったわね。」

 

「ああ。そう思う。」

 

 

 

 

笑顔をなくした青年は徐々にだが、笑顔を戻しつつある。

 

だから、もう少しだけ――もう少しだけその背中を押してあげよう。

 

 

彼が歩き出せる時まで、彼が自分で笑えるようになる時まで―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがきの変わりのネタ劇場〜

     これは春風本編と全く関係ありません。

     これは春風の印象をぶっ壊す恐れがあります。

     これはネタ優先で打っております。

 

 

元ネタ提供・D.様

 

 

とんとんとんとんとん、ことことことことこと………。

 

ぴかぴかのシンク、綺麗に整頓された台所、所々に付箋の入った料理の本……。

そんなキッチンに立ち、鼻歌を歌いながら一人の『青年』が包丁を動かしている。

手際よく動き、次々に料理を作っては皿に盛り、そして食卓へと運ぶ。

 

食卓の上にはサラダ――そして自家製手作りドレッシング。

 

手間暇を惜しまず、牛骨からダシを取って味を調えたコンソメスープ。

 

そして、子供が……ヴィヴィオが大好きなやや甘口に作られたシチュー。

 

栄養のバランス等もしっかりと考え、たっぷりと野菜の入ったシチューを小皿にとって味見する。

……問題なし、灰汁取りも完璧、野菜や肉も程よく煮えている。

 

 

「シックぱぱー。ごはんまだー?」

 

「はいはい、なのはが帰って来たらご飯にするから良い子で待ってるんだよ。」

 

 

くい、とエプロンの裾を引っ張る小さな女の子――赤と緑の瞳を持った少女の頭を撫でる。

心地よさとくすぐったさを感じた少女…ヴィヴィオは『はーい』と返事し、とてとて歩いて自分の席に付いた。

 

 

「――ただいまー。」

 

「……あ、なのはままだー!」

 

 

がちゃり、と玄関のドアが開いたと同時に――自分の愛する者の声が聞こえてくる。

すかさず走り出すヴィヴィオの姿を見て苦笑しながらも『彼』は包丁を置き、妻を迎える為に出向く。

 

 

「おかえり、なのは。

 先にご飯にする?お風呂も沸いてるよ?それとも――マッサージする?」

 

「ただいま、シック君。……んー……ヴィヴィオがお腹すかせてるだろうから、ご飯かな。」

 

「ん、解ったよ。それじゃ、着替えたらこっちにおいで。それまでに用意しておくから。」

 

 

 

………えー、D.様、こげん感じでいかがでしょうか?

これから、ただあとがきを書くのもアレなので、面白いネタ等があれば

あとがきの変わりにこういう感じで少し、シチュエーションを打って見ようと思います。

それでは。




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