ようやく……着いた。


 いや、ようやくというほどの時間は実際には経っていない。


 しかし、辿り着くまでにハセヲの感じた体感時間は実際の数倍に相当した。


 『死の恐怖』との戦闘力と今の戦闘力とを比較した天地以上のギャップと、シラバス達による悪意無き精神攻撃が主な原因だろう。後者の割合が強い気もするが……疲れそうなのであまり考えないことにする。


 そうして、シラバスたちは和気藹々と歩みを進める。


 しかし、ハセヲは獣神像を目前にして―――何故か













『オマエさ、もしかして初心者?』




 初めて




『色々教えるでゴザルよ?』




 世界へと




『ちゃんと助けてやるって』




 降り立った時の事を




『俺らと一緒に遊ばうぜ』




 不意に




『あの宝箱は、ハセヲにプレゼントでゴザルよ』




 思い出していた―――












「着いたよ、ハセヲ!」


「獣神像へとご到着だぞぉ〜♪」




 そんな感傷を吹き飛ばす声が届く。


 純粋に、嬉しそうに微笑んでいるシラバスとガスパーが、獣神像の手前で両手を広げて出迎えていた。その表情には、一片の曇りもなく、眩しさを感じさせられる。




「………」




 かぶりを振ってくだらぬ感傷を消し去る。歓迎するシラバスたちに応える余裕も無く、ハセヲは黙って歩みを進めて獣神像の元へと至った。




「これが富神者の神『フォルセト』の像だよ。僕らは『獣神像』って呼んでるけどね」


「獣神像にはぁ、神様への貢ぎ物として、必ず宝箱が供えられてるんだぞぉ〜」


「……知ってる」




 妙な事を思い出してしまった為か、覇気のない返答を返す。


 何故、あんな昔のことを思い出してしまったのか。


 自問する。


 何故あんなくだらないことを思い出してしまったのか、と。


 いや、自問などする必要はない。くだらない、全くもってくだらない昔の記憶だ。思い出すことに意味は無く。その理由を問うのもまた、くだらない。


 そうして自問をやめ、意識を目の前の獣神像へと戻す。




「さて、これでミッションはクリアだな」




 これで用は済んだ。


 最後に妙なものを思い出してケチはついたが、とりあえず自身の実力の把握と経験値稼ぎは出来た。初心者用のダンジョンの宝箱の中身もたかが知れているし、興味は無い。


 そうして、タウンに戻るか、と言おうとした矢先。
































「あの宝箱は、ハセヲにプレゼントだぞぉ〜」

































 そんな―――ガスパーの善意から放たれた言葉に、背筋が凍った。


 そんな何気ない言葉で……








 あの時の―――/よせ






『アッサリ騙されてくれちゃって……』






 初めて/くだらない記憶だ






『その宝はお主の獲物』






 『世界』へと降り立ち/思い出すな





『オマエみたいなバーカは!』






 親切に『世界』を案内されて/忘れたはずだ






『だが、拙らの獲物は……キ・ミ』






 獣神像まで辿り着いたところで/思い出す必要なんてない!






『このゲームやる資格なんてないんだよ!!』






 “裏切られた”記憶を/やめろ!






『足掻いて見せろよっ! アハハハハハハ!』








 再び思い出した。/やめろ!!!









 クッ、と耐え切れず呻く。


 そんな様子を二人が心配気な眼差しで見ていた。なんでもない、とぶっきらぼうに告げて取り繕う。







 ……半年前、俺は裏切られた。


 正真正銘の初心者でこの世界に降り立った時、今のように『世界』について教わったことがあった。なにもハセヲとて、最初から今のようだったわけではない。このように、ならざるをえなかったのだ。


 あの時は僅かな疑問も持たず、その二人の好意に感謝していた。初心者に教えるなどということは、教える側の利益はなんらなく、親切からの行為に違いないはずだったのだ。


 しかし、例外はどこにでもある。


 この場合の例外。それは親切に教えてくれた二人が初心者を専門にPKを行う、非道さで最悪に属するPK
<プレイヤー・キラー>だった事だ。今のように、獣神像まで辿り着いたところで、本性を露にしたPKになぶり殺しにされたのだ。


 忌まわしき記憶。


 偽者ばかりのこの世界で、善意を素直に受け止めていた頃の記憶だ。


 無理矢理に気を落ち着かせて、あるいは落ち着かせる為に自らに問う。この二人も、過去の二人と同じ類のクソ野郎なのかと。この二人も、これから俺をPKする気なのかと。こちらを見る二人の視線を真正面から受け止めて自問する。




(………馬鹿馬鹿しい)




 有り得ない。


 いや、有り得ないと断定するのは危険だが九割九分ないと考えていいだろう。


 こちらを見る二人の表情は心配気で、裏で何かを企んでいるようには見えない。上っ面ばかりを飾った世界でも、それぐらいのことは見抜ける。


 それに―――とてもではないがそんな器用なことを出来る人間には見えなかった。


 馬鹿正直だしな。




「そんな目で見んじゃねえよ、何でもねえよ。それより、くれるっつーんなら、もらっちまうぜ?」


「あ、うん。ここの宝箱は双剣だしね」


「遠慮しないで受け取るんだぞぉ〜」




 二人は先程までの心配げな表情とは裏腹の明るい声で答える。微塵も遠慮などはしていないが、くれるというのであればもらっておこう。


 中身は双剣の『鮫牙』だった。この世界で二番目に弱い双剣。


 初心者用のダンジョンの宝箱、中身はこんなトコだろう。それでも、今の双剣よりはマシだった。


 そうして双剣を取り出した直後、




「久しぶりだねぇ〜、ハ・セ・ヲ・くん?」




 聞きたくもない、不愉快な声が響いた。


 咄嗟に振り返った真後ろ、獣神像へと通じる入り口を塞ぐようにして三人組のPCが立っていた。


 恰幅の良い、重剣を携えた大男。病的に肌の白い剣士。そして、二人を付き従えている褐色の女剣士。そいつらはオーヴァンと会う前、いつものように蹴散らしたPKどもだった。




「テメェラ……!」


「あいつら……『ケストレル』だ!」


「え? え?? シ、シラバスッ、この人たち何なのぉ?」


「PKだよ! 有名な!」


「なんだって、こんな時に……!!」




 歯噛みする。


 狙い済ましたかのようなタイミング。よりにもよって最悪のタイミングで現れやがった……!


 肌白の剣士が三流のチンピラのような口調で凄んでくる。




「ヨゥ、ヨゥ! いつの間にやらずいぶんとしょぼくれちまったじゃねぇか!? あぁーん?」


「ホントにねぇ……『死の恐怖』様だと気付くのに、ずいぶん時間がかかっちゃったわよぉ♪」


「えっ?」




 シラバスとガスパーが間の抜けた声を出したかと思うと、ハセヲとPK達を交互に見る。




「「えっ? えっ!? ええええぇぇぇぇぇぇっ!!? ほ、本物の『死の恐怖』!? 」」




 ……ここに至ってようやく、よう〜〜〜〜〜やくシラバス達は信じたようだ。


 そんな二人を無視して、妙にしな垂れかかった口調で女が言う。




「こんなところで出会うなんてスッゴイ偶然ねえ♪ もしかして、私たちって赤い糸で繋がってる?」


「……なに言ってんだ、オマエ……?」


「うっせぇ! ンなワケねーだろ、バァーカ!」




 早々に本性を現した女が吠える。




「アンタがここにいるって、メールで教えてくれた人がいたんだよ!」


「ちっ……、どこのどいつだ? ンな余計な真似しやがった野郎は」


「あぁん!? 言うとでも思ってんのかコラァ!?」


「そうそう。今ハッキリしてるのは……アンタへの借りを返せる絶好のチャンスってわけさっ!」


「貸しなんて知らねえな……生憎、いちいちPKK<プレイヤー・キラー・キル>した相手の顔も名前も覚えてられねえもんでな」


―――――……ッ!! そうかい……なら、忘れられなくさしてやるよ!」




 背中からノコギリめいた剣を引き抜きつつ、女が叫ぶ。




「『ケストレル』のPK、ボルドー様だ!! とりあえずは……ズタズタに、愛してあげる!」




 ボルドー一味が完全に戦闘態勢に入る。


 ちっ、と舌打ちしつつ冷静に状況分析を行う。


 数的には三対三の構図。しかし、一人一人の実力が違いすぎる。


 向こうは戦闘慣れをした、それなりの実力を持つPK集団の一味。対するこちらは初期レベルに堕とされた自分と、おおよそ戦闘を好まないであろう、敵と比較して低レベルの『カナード』の二人。


 ハセヲは戦力比較、状況分析を続ける。


 まともにぶつかっても勝ち目は無い。ものの数秒で倒される。勝つことは不可能。勝利する為の選択肢を全て除外。推奨される選択肢。戦闘の隙を突き、ダンジョンから離脱、ゲートアウト。戦闘に突入して隙をつくる。出来得るのか。不可能。除外。戦闘行動前提の選択肢、全て除外。残る選択肢―――


(………クソッ!)


 結論、逃げるしかない。


 戦闘=『死』のこの状況下での最適手段。最初から剣を交えることなく、一目散に逃げ去る以外に生き残る手段は無い。


 だが、それはハセヲにとって最も忌避すべき手段。戦わずに逃げるなど、プライドが、信念が許さない。PKを狩るPKKのハセヲにとって、こいつら相手に逃げる道理がどこにあるというのか。


 それでも、これまでに幾百の戦闘から培かわれた経験予測が生み出す判断はひたすらに、脳裏に警告音を鳴らし続ける。


 逃げろ。決して戦うな、と。己の中で冷静を保つ部分がそう告げていた。


(…………)


 そうして己が正確な判断を頭の中で反芻する。








 そして、背後を一瞥しハセヲは―――――双剣を引き抜いた。








 何故だ、と自分自身が己に問う。


 確実に死ぬ。間違いなく、抵抗も出来ずに殺される。それなのに何故、双剣を構えているのか。何故、こちらを今にも襲い掛からんとしている敵と、真正面から対峙しているのか。何故。何故。何故。




 (知るかよ)




 ただその一言で、ハセヲは己の疑問を突っぱねる。


 実際に、解らない。何故こんな誤った行動を選択したのか。……いや、選択したつもりは全くなかった。
ただ、気づけば身体が勝手に双剣を引き抜いていたのだ。


 そんな答えで疑問は収まるはずも無く、尚も問うてくる。何故こんな馬鹿な真似をするのか、と。


 その声が、あまりにも……あまりにもうるさかったので納得できそうな答えを考える。そして行き着いた、二つの答え。





 一つ、PK相手に逃げる道理が無い事。俺はPKKだ、三爪痕を探す為にやっていた事とはいえ、戦わずに逃げるなどということは許せない。断じて、許せない。





 しかし、そんな理由では自分は納得してくれなかった。プライドなんかよりも、命の方が大切だと。存命を第一にした行動を取るべきだと。自分はそれを解っているはずだと。


 だから、仕方が無く、あくまで仕方が無く、二つ目の理由を告げる。





 見て、しまったのだ。





 何気なく背後を振り向いたそこに、見てしまったのだ。


 このダンジョンの最深部まで。頼んでいないと言うのに、お節介にも一から十まで馬鹿丁寧に一つ一つを教えながらここまで付き添ってくれた、あまりにも馬鹿正直で、お節介な二人を。


 理由でもなんでもない。ただ、その二人を見たら、両手が双剣を光から引き抜き、構えて一歩前に出てしまったのだ。まるで、庇うように。


 心ではこの二人を見捨てることが一番有効だと理解していた。自分自身それに同意し、迷い無くそうするはずだった。




 しかし、仕方が無い。身体が勝手に動いてしまったのだ。




 全く持って馬鹿親切に、どっかの誰かの為に、わざわざ双剣の宝箱があるダンジョンを選んだ二人を、庇うように動いてしまったのだ。


 自らの疑問に、そう答えた。


 すると、先程までの怒声のような疑問は掻き消え、迷いは消えた。


 ああ、それなら仕方が無い、と呟きを残して………。





(気に食わねえな)




 ああ、実に気に食わない。


 そんな適当にでっち上げたような理由を告げた途端、嘘のように静まった自分が気に食わない。


 どうでもいい二人を庇うなどという、極めて不利益な行動を取っている自分が気に食わない。


 そして……こんなムカつく気分にさせてくれやがった眼前のPKどもが! 気に、食わない!


 気に食わない。ただ、無性に気に食わなかった。


 眼前の敵を睨みつけ、対峙する。


 ハセヲは、この苛立ちをPKどもにぶつけることにした。




「ハッ! 逃げねえのかよ、ハセヲちゃん?」


「なに戯言を言ってやがる。テメェラ相手に逃げる理由があるなら教えてくれよ」


「………ッ! 殺してやる!」




 戦いの火蓋が、切って落とされた。












       ◇◆◇◆◇◆







「クーン、現在位置は!?」


「今、二層目に入ったところだ」


「急ぎなさい、面倒な事になってるわ」




 その声は焦りを帯びていた。常に冷静たれと自らを律する彼女にしては珍しいことだ。


 駆ける碧の風は、ハセヲ達が1時間をかけた二層までの道のりを2分と4秒で踏破する。




「今の状況、どうなってるんだ?」


「彼は尾けてきたPKと戦闘中。本人に逃げるつもりは無いみたいね」



 会話を交わしつつ、道のりを塞ぐゴブリンどもを、速度を微塵も落とすことなく一撃で蹴散らす。




「へぇ……たしかアイツ、データが初期化されて最弱状態じゃなかったっけか?」


「そうよ。勝ち目なんてないってのに、なに考えてるんだか……!」




 勝ち目の無い戦いを行う、歴戦かつ最弱のPKK……か。


 自らの状態を把握していないワケがない。100パーセント勝ち目がないことも悟っているはずだ。


 『死の恐怖』の二つ名は伊達ではない。『死の恐怖』はずば抜けた戦闘力と、判断力とを持ち合わせていた。この場で逃げず、戦う無意味さも分かっているはずだ。


 その『死の恐怖』が、絶対確実に勝ち目のない戦いを行っている、その理由。




(……シラバスとガスパー、か……)




 駆ける速度が更に増す。立ち塞がるゴブリンどもは、一瞬たりともその疾走を妨げることが出来ず、碧の風はただ疾駆する。


「……アイツ、割と見込みあるみたいじゃないか」


「なに? よく聞こえなかったわ」


「何でもないよ、俺の麗しきパイ」


「無駄口叩いてないで急ぎなさいっ! 私一人じゃ万が一の時に備えられない。この状況下、最悪の場合は碑文の暴走も有り得るのよ……!」


「分かってる……三層に入った! もうすぐだ!」




 碧の風が最下層へと駆けてゆく。




       ◇◆◇◆◇◆







「ホラホラ! さっさと避けないと斬り刻んじまうよ!?」




 ボルドーは最初は怒気を放って攻撃を繰り出していたが、今は哄笑を滲ませていた。


 シラバスとガスパーは、肌白剣士の使用した『吊り男のタロット』で身体の自由を奪われ、身動きが取れないでいる。戦っているのはハセヲ一人だけだ。ボルドーの仲間の二人はニヤニヤと笑い、見下していた。


 繰り出される剣穿は一撃ごとにハセヲの身体を削っていく。闘い始めて既に10分。とっくの昔に亡骸となり、転がっていていい時間は過ぎていた。


 それが今もなお戦闘が続いている原因は三つある。




 「『死の恐怖』様ともあろうものが、とんだ無様を晒してくれているもんだねぇ!」




 一つ。目の前のクソ女が自分を舐めきっており、他の二人に手を出させず、嬲り殺しにしようとしているという事。


 たたらを踏んだその眼前、剣が掠める。剣穿の数は五十を超えてから数えるのをやめた。ハセヲの全身は見るも無残に切り刻まれている。


 その様は満身創痍そのもの。傷を帯びてない箇所は無いに等しく、未だ立っていることが架不思議。しかしその身は今もなお、慈悲無く繰り出される剣穿を防いでいた。


 二つ。最弱状態のこの身でも、戦闘経験だけは蓄積されて残っているという事。いまだ紙一重で致命傷を逃れているのはその為だ。


 痺れを切らしたか、ボルドーが猛攻に出る。




「フン、もういいよ。そろそろ……死にな」




 これまでの小手先の一撃とは違い、体重を乗せた重い一撃。仕込み刃のチェーンを全開で回転させた獰猛な一撃。双剣を交差させて全力で防御。


 今の自分に許された、あらん限りの力で踏みこらえる。




「いつまでもしぶとく……足掻いてるんじゃないよ!!」


「くっ!」




 第二撃。回避。間に合わない。


 剣穿が鈍くきらめく。防御。その力が無い。


 その一撃は無慈悲に、殺意を帯びて迫り―――




「危ないっ!!!」




 ハセヲの前へと身を投げ出した―――シラバスの身体を引き裂いた。




「―――なっ……!」




 シラバスがその一撃でズタズタに刻まれた。無造作に地面に転がり、そのまま動かなくなる。




「シ、シラバスー!!」




 ガスパーが絶叫する。シラバスは反応せず、ピクリとも動かない。




「ちっ……、お前ら! ちゃんと見張ってろって言っただろ!」


「す、すんません、姐さん。でもまだ呪符の効果切れる時間じゃないってのに……」


「言い訳はいいんだよ! いいところだったのにさ」




 動かない。動 ない。全 動かない。まる 、死んでしまっ かのジジッ、ザッザアァアァァ、ジッ、ザアアァァ





ノイズが、走る。






「全く、余計な邪魔者が入っちまったよ……ウン?」




 馬鹿か。何の為に俺が 戦っ たと思って だ ……! お前が俺を庇アァアァァ、ジだよ!! 





ノイズに、染まる。






「アラァ……ハセヲちゃん、元気無くしちゃったじゃないの? け・ど・寂しがらないでいいわよぉ」




、ザ転がっ んだ? なんでる だよ。誰 ジッお前殺しだ?





ノイズに、狂う。






「アンタもいますぐ……」




 あァァァァいつ、か………。




「“さっきの奴みたいに”ズタズタにしてあげるから!」




なら―――アァァザオマエ―――














コロシテヤル
















 ドクンッ、と“自分のモノではない心臓”が波を打つ。



 鳴動、蠕動、鼓動、胎動。





ァァァァアァ





 揺り籠から身を乗り出し、殻を破る。



 衝動、煽動、拍動、胎動。





ァッカッジ、ジ





 己が内から食い破り、外へと出ずる。



 胎動、胎動、胎動、胎動。





アァァザザア





 心臓が脈打つまま度、殺意は膨れ上がる一方。



 胎動胎、動胎、動、胎動、胎、動胎動。





 ジジッ、ザッザアァアァァ、ジッ、ザアアァァ……





 殺意は形を帯び、己が内で爪を研ぐ。



 胎動 動胎、 胎 胎動胎動、 動、 動。





 ァァァアァアァアァァァァァ…………





 壊れ 暴 る破る喰 れる。



 構わ い。 い。憎 。憎い。



 己が衝動に全てを委ね、内側から喰い破り出ずる何かを迎える。



 ただ、目の前の、奴が、憎い。



 憎い!






「待ちなさい!!」














 その制止は誰に放ったものだったのか。


 その一言で、内側に埋没したハセヲの意識が無理矢理引き摺り起こされる。


「あぁん?」


 ボルドーが怪訝な声をあげ、叫びの主を見る。


 主は女だった。小ぶりな伊達メガネをかけ、鮮やかな桃色の髪を大きなツインテールにした、美貌を溢れさす妙齢の女性。女は余裕たっぷりに首を振り、髪をかざして一言。


「随分と―――楽しそうね?」


 こちらを見やって言った。




「なんだ、お前? 一緒にPKされてぇのかぁ?」


「ふふっ……いいのかしら? こんなことしてて」


「なにぃ?」


「あなたたちPKが、一番嫌ってるギルドが―――ここに向かって来ているかもしれないのに」


「……『月の樹』か! お前……通報しやがったな!?」


「さあ……どうかしら」




 フフ、と微笑を零す。


 肌白の男がオロオロとボルドーに尋ねた。




「ど、どうしますぅ?」


「アイツらと揉めると後が面倒だ……引き上げる」




 唇を噛み、口惜しげに吠える。


「お前……覚えとけよ!」


 捨て台詞を残して去っていく一味の背を見て、女は嘆くように呟いた。




「馬鹿ね……私はアンタ達を助けてあげたのよ………」



















To be Continue




作者蒼乃黄昏さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板に下さると嬉しいです。














.hack G.U 「三爪痕を知っているか?」

第九話 : 過去と矛盾と  『胎動』











意味は無い


理由も無い


ただ、己に従っただけ