『ルミナ・クロス』――。
アリーナを中心として広がる闇に満ちる都市。
明けることの無い夜に留まり続けるこの街の明かりは、人工物からもたらされる光のみ。
その人工の光が一際満ちる場所がある。街の中心地、熱狂の声と派手に彩られた、光に照らし上げられる円形の建造物。
『マク・アヌ』が悠久の古都ならば『ルミナ・クロス』は闘争都市。その名に負けず相応しく、また象徴でもある場所。
強者と強者が競い合い、奪い合い、汚し合う、闘争の色に満ちた円形闘技場。
その闘技場の名は『アリーナ』と呼ばれた。
「はい、これで登録手続きの全てを終了いたしました、ハセヲ様。チーム名は『ハセヲチーム』、現在は皇宮トーナメントに登録されています。追加登録はございますか?」
「いや、ない」
「承知致しました。直に皇宮トーナメントが開催されますので『ルミナ・クロス』内にて待機をお願いいたします。『ハセヲチーム』は一回戦第二試合に登録されましたので、定刻となりましたら控え室にてご準備下さい。健闘をお祈りしています」
受付のNPC相手に登録を済まし、ハセヲは背後の二人へと振り返った。
「登録は済んだ。アリーナのルールはさっき説明したとおりだ」
「人数は三対三で、障害物のないステージでの戦闘だったな」
「それと、アイテムは禁止で、全員を倒さなくてもチームのリーダーを倒しちゃえば勝ち、だよね」
「おおむねそんなとこだ。リーダーは俺にしておいたから構うことはねえ、お前らは敵を倒すことだけに集中すればいい。二十分後にアリーナの控え室への転送機前で待ち合わせだ。なにか質問は?」
「いや、ねえよ」
「うん、私も大丈夫」
「それじゃ後でな、遅れんなよ」
スケアは広場へ、メイプルはカオスゲート近くの店へとそれぞれ歩いていく。
それを見たハセヲはいつも二人一緒にいるわけじゃないんだな、とふと思った。
ハセヲは動かない。転送機の前で瞑目し、静かに来るべき時を待った。
モチベーションを高め、集中力を削り尖らせていく。
心が、精神が、刃のように鋭利に、細くなっていくのを感じる。
これから始まる試合はトーナメント形式だ。一度の敗北も許されない。宮皇――エンデュランスと接触する為にはトーナメントで全勝し、挑戦権を得なければならないのだ。失敗は……許されない。
三爪痕についての有力な情報を得るためにも、こんなところで足踏みをしている暇は無い。ようやく掴めた情報の糸口を手放すなどという愚かなことは出来ない。
もっと鋭く、もっと強靭に――何よりも鋭利にと神経を研ぎ澄ませていく。
「まるで……抜き身の刀ね」
その声に集中が途切れた。周囲の雑踏を完全にシャットアウトしていた筈が、何故かその声だけは自然と耳に透き通ったのだ。
振り向く。そこには、紅を風に流す一人の女性の姿があった。
「……ヴェラ、か」
「ええ、久しぶりね。ハセヲ」
ヴェラは髪を右手でかきあげ、奥深い瞳にハセヲを収める。
ハセヲは疑問に思う。何故彼女が、と。しかし同時にその疑問自体が無意味なものだと察した。
エリアでならともかく、街中では知り合いと遭遇することなど珍しくも何とも無い。自分が普段知人と会うことが無いのは、知人自体が存在しなかった為だ。
あれ以来――志乃を失って以来に会って来たのはPKばかりだ。印象に残るような奴はほとんどいなかった上、PK以外の人間とは交流すらなかった。邪魔な枷でしかない他者を拒み続けてきた。知人がいよう筈も無い。
だが、三爪痕と闘って以来、成り行きで一気に知人が増えることとなった。ヴェラもその内の一人だ。
印象に残った人間、という意味でヴェラは知り合いだった。
「アンタも、アリーナに出場しにきたのか?」
「いいえ、私は観戦に来ただけ。滅多に来ないのだけど、今回はちょっと理由があってね」
「ふぅん……」
「それはそうと……姿が変わってるわね。ジョブエクステンド?」
「ああ、そうだ」
ヴェラがまじまじと『ハセヲ』を眺め、一言感想をもらす。
「前より格好よくなってるじゃない」
「褒めても何も出ねえぜ」
「ただの感想よ、気にしないでいいわ」
ハセヲは再び目を閉じ、瞑想に入る。
しかし、一度集中を途切れさせてしまった為か、思うように自己に埋没できない。
溜息をつくようにして目を開き、ヴェラの瞳を見る。
「さっき……抜き身の刀とか言ってたな。どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。私には、アナタが抜き身の刀そのものに見えたの。触れるもの全てを切り裂くような、ギラついた刀に」
「集中できてたってことだな……とんだ邪魔してくれたもんだぜ」
「そう、それは悪かったわね」
けれど、とヴェラはそこで前置きをして、
「いつ傷つけられるか判らない抜き身の刀を、好んで持ち歩く人はいない。いつもそんな調子じゃ、誰も近寄ろうとしないわよ」
「それでいいんだよ。他人なんざ厄介なだけだからな」
「人と人が触れ合うネットゲームの世界で、アナタは他者を拒絶すると?」
「触れ合い……? そんなものがこの世界のどこにあるってんだよ。あるのは偽り、殺戮、略奪なんていうクソくだらねえもんだけだ」
「随分と達観した意見だこと……」
呆れたようにヴェラが溜息をつく。しかし、ハセヲにとって世界はそれが全てだった。
皮肉でもなんでもない。心の底からそう思っている――否、理解していることを言ったまでだ。
「けど……そんな生き方で辛いと思わないの? 孤独を貫いて得られるものがあると?」
「独りだからこそ手に入るもんなんざ幾らでもある。例えば――」
「他人の力を借りずに戦い続けた末に手に入れた、自分にとって絶対の信用を置ける力、とか?」
「判ってんじゃねえか」
話はこれで終わりだな、と判断しハセヲは目を瞑る。
思考から一切のノイズを取り払い、世界に自分一人だけしか存在していないイメージを浮かばせる。深い闇に己だけがあり、己以外の全てが存在しない世界を――あの時感じた、ヤツを呼び覚ます為のイメージを。
「一人だからこそ得られた力が全て……か。哀しい考え方ね」
ヴェラの声ももはや意識に届きはしない。耳には届けど、意識はそれが集中に不要なものであるとして除外している。
もう時間は無い。いざとなったらあの力を使う必要がある。必要と感じたときにいつでも呼び出せるように、意識を集中させておかなければ――
「けど、その力は三爪痕に届くことはなかった。それでもアナタは孤独の力を信じると?」
「――――!?」
思考に凄まじいノイズが走る。集中が完全に吹き飛んだ。
顔を上げる。先程までヴェラがいたはずの空間には何も存在しない。周囲に目を這わす。何処にもいない。
「…………なんでだ」
声は間近から届いていたはずだ。なのに何処にも姿が見えない。気配すら感じられない。
「なんで……三爪痕を知っている……」
応えは返らない。ハセヲの問いは『ルミナ・クロス』の雑踏に消えた。
*****
宮皇トーナメント第一回戦第二試合。」
その試合開始の十分前。
控え室へと続く転送機の前で、ハセヲは一人たたずんでいた。
「どうなってんだ……! あいつ等、どこほっつき回ってんだよ!」
約束の時間は五分前に過ぎている。スケアは数分程度遅れてもむしろ自然とさえ思えるが、メイプルまで時間に遅れるのはおかしい。
試合の時間が刻一刻と迫る。しかし、二人がやってくる気配は一向に無かった。
「……くそ!」
すっぽかされたかとも思ったが、それは考えにくい。わざわざ他人の為にクエストを選ぶような二人だ、直前になって気が変わったとも思いにくい。
メンバーリストをチェックしても『The World』にログインした状態になっている。しかし連絡が繋がらない状態になっている。故意に連絡不能状態にすることも出来るが、二人の設定は通常のままだ。なのに繋がらない。
焦りが募る。このままでは一人でアリーナに出ることも考えなければいけない。ジョブエクステンドしたことで三対一でも渡り合える可能性はあるが……かなりの苦戦を強いられることは間違いないだろう。
他のメンバーを探そうかとも思ったが、そのアテが無い。『ルミナ・クロス』では有料でアリーナの助っ人をするような人間もいるが、そのほとんどがPKだ。金を払ったところで、PKKとして悪名高い自分と組むとは考えにくい。
定刻が迫る。あと五分以内に控え室に行かなければ、自動的に棄権とみなされる。
「くそ……こうなったら一人でやるしかねえか」
歯噛みしつつ、転送機に触れる。最後に振り返ったが、二人の姿は無かった。
ハセヲは目を閉じ、転送機を起動させる。そして一人、控え室へと――
「ハセヲ!!」
背後、アリーナに続く長階段で手を振りながら駆け上がってくるPCが見えた。シラバスだ。
「ハァ~、間に合ったぁ……」
膝に手をつき、シラバスは息を整える。
「シラバス……なんか用かよ?」
「うん。彼女が、ハセヲに話があるって……」
言ってシラバスが背後に振り向く。
ハセヲも釣られてシラバスの背後へと視線を向ける。そこには一人のPCがいた。
「――――何のつもりだ」
低く、唸るような声でシラバスに問う。
シラバスの背後、連れてこられたPCが前に進み出る。
見間違えよう筈も無い。それは志乃と瓜二つの姿をした、二度と会わないはずの人間――アトリだった。
「えと、それがね……」
「ハセヲさん! 私もアリーナに出させてください!」
説明しようとするシラバスの声を遮り、アトリが叫ぶ。声には必死な何かが篭っていた。
「……どういうことだよ、戦いは嫌いなんじゃねえのか? 戦いで物事を決めることに反対してた『月の樹』さんよ」
ハセヲは冷たく突き放す。常のアトリであればこれで引き下がったかもしれない。しかし、今回は違った。より熱の篭った声で叫ぶ。
「あの……私、教えられて考えたんです。理解してもらう為に、理解しなくちゃいけないんだって……そう教えてくれた人がいて。それで私、ちゃんと考えてみることにしたんです。ハセヲさんのいる場所を知って、考えてみたいんです。だから――」
「……言ってる意味が判らねえよ」
「えと、つまり……私を、アリーナの出場選手に加えてください! お願いします!!」
言い切り、アトリは腰を折るようにして頭を深く下げた。
ハセヲはそのアトリを冷たい視線のまま見下ろし――溜息をついてから口を開いた。
「……今回の相手のリーダーは双剣士、他の二人も前衛タイプだ。オマエは回復に専念すりゃいい」
「――え、それじゃ」
「とっとと来い。時間がねえんだよ」
「――――はい!!」
今までの中で最も大きい声でアトリは返事を返し、ハセヲの前へと駆け寄った。
「よかったぁ……マク・アヌから急いで来たかいがあったよ」
シラバスが安堵したように息をはき、これで役目は終えたとその場に腰を下ろす。
「なにやってんだ、さっさと来い。|オマエも《・・・・》出るんだよ」
「…………え?」
当然のように手招くハセヲに、シラバスは間の抜けた声を返した。
「あの二人が時間になっても来ねえからな。紹介した責任だ、数合わせでいいから出ろ」
「時間になっても来ないって、そんなはずは……ちょ、ちょっと待って、第一、僕、なんの準備も――」
「心の準備はこれから済ませろ。五秒くれてやる」
「え? え? え? ちょ、ちょっと――」
「時間切れだ、転送開始」
転送機が光を放ち、慌てふためくシラバスごと、三人を控え室へと転送させた。
*****
『さあー、やってまいりました宮皇トーナメント第一回戦! 並み居る強豪を下し、頂点に君臨する宮皇エンデュランスへの挑戦権を得るのは、果たして誰なのかー!?』
アリーナの名物となっている熱の篭った司会者がマイクを握り締め、まくし立てる。ハセヲたち三人はその声を控え室で耳にしていた。
「ルールはいいな? アイテムは禁止で三対三。リーダーを倒しちまえば勝ちだ」
「はい、しっかり覚えてます!」
「ルールは大丈夫だけど……まさか、僕まで出ることになるなんて」
「数合わせでいいなら出るって一昨日あたりに言ってただろうが。大体、前にも出場したことあんだろ」
「あ、あることはあるけど……何も出来ずにやられちゃったし」
「今回はやられやしねえよ」
当然のようにハセヲは即答した。
「シラバスは好きに戦え。倒そうとは思わなくていい、やられなけりゃそれだけで合格だ。おい、オマエは後ろでシラバスの回復に専念しろ」
「あ、はい。あの……ハセヲさんは?」
「敵のリーダーを叩く。一人はシラバスが相手するとして、こっちは二対一になる。その程度ならどうにでもなる」
「いえ……その、回復はしないでもいいんですか? ハセヲさんには」
「いらねえ」
ハセヲは素っ気無く返事する。
アトリは戦闘経験がほとんど無い。その上、この性格では土壇場でパニックになる可能性が大きかった。やることをいくつも指示しても、どうせ半分もこなすことは出来まい。なら、最初からシラバスの援護に専念させておいたほうが僅かなりとも役に立つ。ハセヲはそう考えていた。
『それでは一回戦第二試合の準備が完了したようです。まずは赤コーナー『接近戦こそ命チーム』から!! にゅうぅぅじょおぉぉう!!!』
実況に合わせ、観客席から轟く熱狂が更に激しさを増す。
「――時間だな」
呟き、ハセヲは二人を見た。
胸に手を抑えながらもシラバスは心の準備だけは済ましたらしい。アトリは呪杖を両手で握り締め、表情を引き締めていた。
だが、どう控えめに見ても二人はガチガチに緊張していた。控え室にいてこの状態では、多くの観客の目に晒される舞台に移動するなり石になってしまいそうだ。
『対する青コーナー! チーム名にやや頭を捻ってしまいそうな『ハセヲチーム』!! にゅうぅじょぉぉぅでぇす!!』
転送の光が三人を包む。
その転送される寸前に仕方が無く、少しでも二人を役に立たせる為にハセヲは声をかけた。
「心配すんな、敵は俺が蹴散らす」
声が届くなるその寸前に、
「お前らにも味あわせてやるよ――勝利の味ってやつをな」
転送の光に完全に包み込まれ、三人が控え室から戦闘舞台へとその身を移される。開けた視界に入ったのはアリーナの舞台、そして対戦相手である三人のPCの姿だった。
『ワアァァアァァアアァァアアアァァァアァアアァァア!!!!!』
怒号のような観客達の歓声が圧力をもって身体を震わせる。ともすればアリーナ全体が揺れているのではないかと感じるほどの怒声だ。
『さあさあさあさあ!! 登竜門の入り口となる第一回戦を突破し、上位へと駒を進めるのは果たしてどちらのチームか!!? それではあぁぁ――』
後ろの二人がどういった表情をしているのかはわからない。やるべきことはやった。後は任せるしかない。
思考を切り替え、眼前の敵を睨む。ハセヲは双剣を光から抜き出し、構え――
『試合、開始いぃぃぃ!!!!!』
一直線に、駆け出した。
先手必勝。
六人の中で誰よりも早く動き出したハセヲは、一息の内に敵の間合いへと踏み入った。
対する相手もそれなりに反応が早い。向かって右の老人PCが槍を掬うように下方から突き出してくる。右の刃をその槍にぶちあて、反動で弾け飛ぶように跳躍した。向かって左のPCの、真正面に。
逆手に持った左の刃を突き出す。
腹部を捉えた。仕込み刃の高速回転で追撃し、敵の口から苦悶の声が漏れる。それを聞き届ける前にハセヲは双剣を引き、後ろへと飛び退いた。
二メートル超過、最大直径五十センチにも至ろうとする馬鹿げたサイズの槍が、先程までハセヲのいた場所に降って堕ちてきた。地面が破砕のしぶきをあげ、その威力のほどを見せ付ける。
ハセヲは安全圏へと一時的に退避し、敵の三人を改めて観察する。先程攻撃を加えた獣人はダメージがでかい。あれならば、シラバスでも対応できるだろう。
「シラバス、左をやれ!」
手短に叫び、再び敵の下へ姿勢を低くして飛び込む。
今度の狙いは中央――敵のリーダーだ。数合を交えた結果、レベル的に同等だとハセヲは判断を下した。
二対一ではそれなり手こずるだろう。だが、リーダーがこの程度であれば一対一ではまず負けない。
(なら、一対一にしちまえばいいだけだ!)
双剣を腰の光に左右から収め、両手を添えて大きく振りかぶる。頭の上から背中へと回された両腕は光に差し込まれ、中に在る超重量の鉄塊を握る。
両手に感触がもたらされる。重く、硬い感触だ。その感触を懐かしみつつ、右から槍を突いてくる老人へと、鉄塊を引き抜きざまに振り切った。
無骨な鉄塊が繰り出された槍に激突する。双剣であれば弾き飛ばされたかもしれないその攻撃を、更に凌駕する圧力と重量で弾き返し、槍の担い手ごと闘争場の壁まで吹き飛ばす。
引き抜かれたのは狂気を孕む大剣。新たに取り返した――新たに手に入れた、ハセヲの力の象徴の一つ。
(獣人野郎は抑えてるな……よし)
シラバスが役割を果たしていることを確認し、リーダーの双剣士に大剣を叩きつける。
まともに防御しようとした双剣士のガードを突き破り、吹き飛ばした。追撃を加えられるかと先程壁に弾き飛ばした老人に目をやる。
距離が近い。これではリーダーの双剣士を追撃する前に横合いから槍の一撃を喰らってしまうだろう。
舌打ちをして、老人の迎撃をする為に構える。と――
「“|神風の恩恵《ザンローム》”!」
竜巻が老人の身を包んだ。素早く飛び回る黒の精霊が風の刃となって老人の身を襲う。威力はさほどのものではないが、足止めには十分だった。
「――やりゃあ出来るじゃねえかよ」
大剣を高らかに掲げる。その重量に任せ、双剣士へ狂気の鉄塊を叩き落とす。
防御も回避も許さず、その一撃は双剣士に致命打を与え、抗う力の全てを奪い去った。
勝負あり、だ。
『決まったあぁぁぁぁ!!! ライバルを下し、宮皇への挑戦権に一歩近づいたのは『ハセヲチーム』だあああぁぁ!!!』
無駄に力の入った実況の声がアリーナに響く。
「ハセヲ、やったね!!」
うな垂れた獣人の脇から、シラバスがハセヲの元へ駆け寄った。
見たところダメージもほとんどない。アトリが仕事をこなしていたということだろう。
「ハ、ハセヲさん!」
呼ばれた方へと振り向く。
「ハセヲさんハセヲさんハセヲさん!!」
「うるせえな……何度も呼ばなくたって聞こえて――」
「試合終わったんですよね? 私達の勝ちですよね!? 勝ったんですよね!?」
「……何度も言うなっつってんだろが。俺らの勝ちだよ」
「……やったぁ!」
アトリが飛び跳ねて喜びを表現する。そのままシラバスと手を取り合って跳ねる。
「おい、アトリ」
「――――」
呼ぶと、まるでスイッチが切れるようにしてアトリが動きを止めた。
「……な、なんだよ」
「あの、今、初めて名前で……」
アトリの言葉にふと思い返す。そういえば名前で呼んだことはなかったか、と。
だが特別意味のあることではない。ただ呼び方を変えただけだ。きっかけがあったわけでも何かが変わったわけでもない。
自己完結を済ませ、言おうとしてホールドさせた言葉を口にする。
「オマエだよな、“|神風の恩恵《ザンローム》”唱えたのは」
「あ……そ、そうです。ハセヲさんが危なそうに見えたんで、つい……」
「援護はいらねえっつっただろうが。あの程度、どうにでもなったんだよ」
「す、すいません……」
アトリが頭を下げ、縮こまる。隣のシラバスが何かを言いたげな視線をハセヲへと向ける。
うるせえよ、と視線で返答し、ハセヲは――
「次からは、もう少し早く撃て」
「…………え?」
「タイミングが遅い。援護するんなら敵の動きを先読みしろ」
「……えと、それじゃあ」
「今回は及第点だ。次もまたあの二人が来ないようなら、オマエを呼ぶ」
だから、と前置きを一つして
「それまで、少しは練習してろ」
視線をそらしつつ、はっきりとそう口にした。
アトリが満面の笑みを浮かべる。今度は頭を下げず、ハセヲの顔を真っ直ぐに見て声を張った。
「――――はい!!」
To be Continue
作者の蒼乃黄昏です。
小説を読んでいただきありがとうございました。
簡単な一言でいいので、ご感想を頂けると嬉しく思います。
ご感想をメールで下さった方には、お返しに
『第零話:終わり逝く世界』をお送りさせて頂いてます。
作者蒼乃黄昏さんへの感想、指摘等ありましたらメ-ル、投稿小説感想板に下さると嬉しいです。