エリアワード――三つのキーワードから成る目的の場所を入力し、シラバス、ガスパーの二人を連れてカオスゲートを介しエリアへと跳ぶ。
光と共に転送された先は見果てぬ荒れ野。エリア名『瞬かぬ 邂逅の 赤銅荒野』――その名に相応しく、赤茶けた地面が延々と続く荒野へと三人は降り立った。
「シラバスさーん!」
「あ、いたいた」
一際大きい岩の手前から、一人のPCが手を振って駆け寄ってきた。少女タイプのPCだった。
「あ、そっちの人が――?」
不思議そうに首を傾げて少女はハセヲを見た。シラバスとガスパーが他人を連れてくるのはこれが初めてとなる。他のPCとこれといって交流のない彼女にとって、ちょっとした変化だった。
「うん、彼は――」
「ハセヲだ。二人いるって聞いたんだけどよ、もう一人はどこにいるんだ?」
ハセヲはシラバスの声を遮って名乗り、簡潔に訊いた。
「あ、私はメイプルです。もう一人は……えぇと」
きょろきょろと周囲を見渡す少女――メイプル。
つられてハセヲたちも荒野に視線を巡らすが、人影らしいものは視界に映らない。
しかし、代わりというようにどこからともなく哄笑が響いてきた。やがて地平線の果てから、砂煙が立ち上っているのが目に入る。声はその方角から聞こえて――否、轟いてきていた。
砂煙の立ち上る麓――そこに砂粒のような人影を認める。それがどのような輪郭を取っているのかが確認できる距離まで迫ってきたところで、ハセヲは呆れ声でメイプルに問うた。
「……ひょっとして、アレか?」
「……アレです」
認めたくないけれど認めるしかない、といった苦々しい表情でメイプルは肯定した。
「ふははははは! ははっ、は、はははははははぁぁぁぁ!!!」
哄笑――というよりも、狂ったような笑い声をあげながらソレは近づいてくる。
砂煙の正体は冗談じみた重装の施されたバイクが巻き上げているものだった。バイクを駆りながら奇怪な……理解しがたいポーズを取る、筋骨隆々とした男性PC。それが笑い声の主だ。
人智では理解しがたいそのポーズを無理矢理に人語で表現するならば――座席の上に左足一本で直立しつつ右足を体と垂直になるようにピンと伸ばし左腕を天高く誇らしげに掲げながら右手を考える人のように顎を添えているといった所だろうか。
――変人以外の何者でもない。ハセヲは冷静にそう判断を下した。そもそも、あれでどうやって操縦しているのか。
「スケア、ちょっとこっち来なさーい」
両手をメガホンのように口元に添え、メイプルが叫ぶ。
呼ばれた男は聞こえているのかいないのか、口から泡を吹かんばかりに奇声を発しながら周囲を所狭しと走り続ける。
「ふはははっはははははははっははっはっはっはあぁ!」
「ねえ聞いてるのー、スケアー」
「ひゃははははははははははははばはばはばはばっばばばばば!」
「ねえってばー」
諦めずに呼び続ける少女の声もどこ吹く風。
男の笑い声、というより狂ったような叫び声は更に激しさを増して行く。
「ふははらぶぎゃらばっぽぐへばらぼっははぎゃらくしゃばぎぐげらぁ!!」
「……スケア?」
「あがぎらぶげぐしゃびげびがむむらぎっちょはらぎじじゃがらあぁぁぁ!!」
「“|輝跡の征矢”――!!!」
――視界が、光に染まった。
全てを白に塗りつぶす光。周囲に満ち、他の存在を許さぬほどに肥大化した閃光が視界に映る全てとなる。閃光はやがて指向性を得て一条の矢と化し、荒野を削り駆け抜けた。
暴力の塊を具体する黒の精霊は主の意のままにその力を解放し、光の矢が違うことなく標的を撃ち貫く。光の奔流はその勢いを僅かなりとも滞らせる事なく地平の果てへと疾駆し――精霊たちは主に課された役目を完遂した。
視界に白以外の色が戻ったと同時に、先程男が現れた方角でド派手な土煙が天高く舞い上がる。その直後、まるで人間程度のサイズの物体が凄まじい速度で岩山に激突したかのような衝撃音が耳に届く。一連の事象が起こり終えた後には、男の姿は何処にも無かった。
「…………」
言葉が無い。
ハセヲは土煙の上がった方角を見つつ、呆然と立ち尽くす。そんなハセヲとは一線を画すように、ガスパーとシラバスは仕方がないなという風に苦笑していた。
なんだその反応は。もしかして日常茶飯事なのか。これが苦笑程度で済むような些事なのか。
混乱しきった頭で、ひどいデジャヴを感じるのは何故だろうかとも思ったりする。日常でよく目にする光景とひどくダブる気がするのは何故だろうか。
「帰ってくるまで時間かかると思うんで、先に私が話を聞いておきますね」
メイプルがにっこりと微笑む。
ハセヲは心中で凄えと感嘆しつつ、先程まで抱いていた『マトモな奴らであってくれ』という願いがガラガラと崩れ落ちていく音を耳にした。皮肉にも、その音は遥か彼方で崩れ落ちていく岩塊の音に似ていた。
「あー……いいのか、アレ?」
地平の彼方――砂煙の上がった方面を適当に指差しつつ、念のため訊いておく。
「はい、いつものことだから気にしないでいいですよ。多分生きてますし」
やはりいつものことなのか、と諦めるような溜息をついてハセヲは俯く。
「なんかすげえ既視感があるんだが……もうこの際どうでもいい。アンタがシラバスの言ってた二人の片割れだよな」
一応の確認としてハセヲは訊いた。メイプルは頷き、改めて初めまして、と馬鹿丁寧に挨拶を返した。それに構うことなく、ハセヲは続けざまに言う。
「シラバスから聞いてると思うが――」
「あ、僕まだ言ってないよ」
「――聞いてないかもしれねえけどよ、アンタら二人に頼みがある」
「頼みごと……ですか?」
「あぁ、アリーナの出場メンバーを探してる」
単刀直入に話を切り出した。どう説明したものかと多少考えていたのだが、今のハセヲには最早どうでもよいことだった。
「えぇと、アリーナって……?」
「あるタウンで行なわれている公式の対人対戦のことだ。三対三、トーナメント形式での殺し合い。勝ち抜けばアリーナの王者――宮皇への挑戦権が得られる。俺はそれに優勝したいんだが、メンバーが足りねえ。この二人も出れねえらしくてな、そこでアンタらに白羽の矢が立ったってワケだ」
「はぁ……」
判ったのか判っていないのか曖昧な答えが返る。
「よーするにだ、俺らは何すりゃいいわけ?」
「――――!?」
背中越しに声が放たれた。ハセヲは咄嗟に背後へと振り向く。そこには先程の、バイクに跨っていた男が平然と立っていた。どういうワケか傷一つ無い。
「あ、早かったね。スケア」
「早かったね――じゃねえよ! あんなとんでもない呪紋ぶっぱなしやがって……俺に恨みでもあんのか!?」
「わりと」
「あるのかよ!?」
漫才じみた会話を始める二人の横で、ハセヲは驚きを隠せないでいた。背後からでも、あれほど近づかれれば気配でその存在を察することが出来るはずだ。だが、男の存在には完全に気づく事が出来なかった。
(……多少はやれるってことか)
予想していた実力に修正を加えつつ、どこまで本気かわからない会話を続ける二人へと正対する。
言い争う――というより、男が一方的に女にまくしたてているその光景は現実世界で見慣れたものだった。彼らも最近『The World』を始めたと言っていたのを思い出す。一瞬、彼ら本人なのではないかとの思いがよぎった。
馬鹿馬鹿しい。ハセヲはその思いを振り払う。現実世界で既知の人間と『The World』で偶然出会うなどと、そんな都合のいいことは起きない。千万人以上の人間がプレイをしているこの『The
World』でたまたま巡りあう確立など、それこそ数千万分の一の確立だ。
そもそも、彼のキャラとはエディットが違う。筋骨隆々とした姿は同様のものだったが、髪の色と身長、それに身体に刻まれている紋印が違う。名前を聞くまでも無く別のキャラクターだ。彼らでは、ない。
ハセヲはそう結論付けると未だに喧喧と騒いでいる男へ声を投げかけた。
「アンタ、スケアっていったか――」
「あぁ、そういやまだ名乗ってなかったな、わりい。スケアクロウってんだ。スケアでいい」
「ハセヲだ。さっきの質問に答えるけど、アンタらにやってもらいたいことは一つだ。俺はアリーナで優勝しなくちゃならない。それを確実にする為に、俺と一緒にアリーナの宮皇トーナメントに出てもらいたい」
「おぅ、いいぜ」
「…………即答か?」
ハセヲは予想外の反応に戸惑いを見せた。
スケアはメイプルと顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。
「あれ、俺らに協力して欲しいって言ってんじゃねえのか?」
「いや、言ってるけどよ……」
「んじゃおかしいとこなんて何もないだろ」
何もなくはない。おかしすぎる。
ハセヲが戸惑うのも無理は無い。話がこじれるのを覚悟した上での頼みだったというのに、まさかこんなにも簡単に承諾されるなどは予想外すぎるものだった。
アリーナが何なのかさえ詳細な事を聞かされていない状況下で、初対面の――しかも友好的とはいえない態度の自分の頼みにこうもあっさりと承諾してくれようとは、思いもよらなかったことだ。
「た・だ・し――条件つきだ」
「――条件?」
「おぅ。条件っつうか賭けみたいなもんだけどな、俺と闘ってくれ。んで、俺が勝ったらクエストに付き合ってくれよ」
「俺が勝った場合は?」
「アリーナ……だっけか? それに無条件で出場する。そっちが負けても出るけどよ、その場合は代わりに俺らのクエストに協力してもらうってことで――どうだ?」
「――いいぜ、ノッた」
その申し出にハセヲは安堵した。余りにもスムーズに話が纏まりかけたことで逆に不安感を抱いていたハセヲにとって、それはむしろありがたい条件だった。
『The
World』には悪意が渦巻いている。殺戮、虐殺、強盗、そういったものが日常茶飯事に起きているこの世界で無条件な好意ほど疑わしいものは無い。その九割九分が悪意を持つ者たちによる罠だと考えても良いくらいだ。
だが、これで『無条件の好意』では無くなった。これは交渉の上に成り立った賭け事だ。これならば――条件付の好意であれば信用することが出来る。ハセヲはその事実が成り立ったことに対して安堵しつつ、一方で全てを疑う考え方しか出来なくなった自身に嫌悪を抱いた。
「二人まとめてかかって来な」
そんな憤りを吐き出すように、ハセヲは手を招いて挑発する。
「お、そんなこと言っちまっていいのか? 二対一じゃ勝負見えたようなもんだぜ?」
「たかが二対一程度のハンデで勝てないようじゃ、どのみち優勝なんか出来やしねえ。構うことねえ、本気で来い」
「へぇ……こっちじゃ意外に強気なんだな――」
ぽつりと――スケアはハセヲに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟き、首の後ろの光に両手を差し込む。
「――気に入った!」
荒々しい動作で引き抜かれたのは無骨な大剣。身の丈に倍するほどの長さと、腰周りほどもある幅を持つ巨大な剣。それをスケアは頭上で豪快に廻し、地面に突き刺す。その動作だけで重量とその破壊力、そしてそれを扱う肉体の強さがうかがい知れよう。
「それじゃ、私もいかせてもらうね」
メイプルも頭上の光から魔典を引き出し、ページを風に靡かせ魔力を巡らす。魔の書物からは帯電しているかのような魔力の波が奔っている。黒の精霊は魔典へと集い、己が力を術者に与える。
対するハセヲもまた腰の光に左右から両手を差込み、剣を掴み素早く引き抜く。刃に仕込まれた牙が静かな唸りをあげ、段階を積んで凶暴さを増していく。
「勝敗はどうやって決めるの?」
「どっちかが戦闘不能になるまで、もしくは負けを認めるまでだ。戦闘不能の判断は、シラバスとガスパーに任せる」
「オッケー、任せてよ!」
「ちゃーんと見ておくぞぉ!」
シラバスとガスパーが巻き添えを食わぬよう、ハセヲたちから離れていく。
安全圏まで退避したことを確認すると、ハセヲは双剣を逆手に握り直し、両腕を前に突き出した構えを取った。
「――――来な」
ハセヲが短く言い放つと同時、スケアが地面を蹴った。
*****
「おらあぁぁぁぁぁぁ!!!」
先制攻撃。裂帛の気合を以って、スケアは冗談じみた重量の大剣を標的に叩きつける。先手必勝で放たれた一撃が轟音と共に地を割った。
(速ぇ――!?)
回避された。自らの振るった剣が敵――ハセヲではなく地面を捉えているのを視認して、スケアはその事実を認識した。左右どちらかに避けたのかは判らない。自身の直感に任せ、地面に刺さった剣を無理矢理に右上方へ振り上げた。
逆袈裟に切り上げる一撃。粉々に砕かれた大地の飛沫を巻き上げながら振るう。
斬撃の終着点間際、四メートルほどの高さの位置で手応えが得られた。だが余りに軽すぎる手応え。命中させるタイミングを外したこともあるが、それだけではこの軽すぎる手応えは説明できない。
視界に敵を捉えられてはいないが、恐らく受け流されたのだろう。刹那の攻防で、一筋縄でケリのつく相手ではないことを理解する。
――強い。
スケアは先程ハセヲの言った言葉が威勢だけではないことを認めた。
「“|憤怒の爆炎”!!」
すかさずメイプルが呪紋を唱え、未だ空中にあるハセヲを追撃する。スケアの放った一撃で姿勢が崩れている上に自由の利かない空中。上空から降り注ぐ火球群を回避しきることは困難なはずだと、そこまで計算された上での呪紋選択だった。
数発は双剣で迎撃されたものの、二発の火球が命中した。
即座にダメージを測定。着地した足取りは確かだ、力強さを感じる。
浅い。メイプルは即座に判断し、ハセヲの反撃を逃れる為に大きく距離を取った。
メイプルの職業は魔導士。魔術を扱い、後方からの攻撃を行なう、云わば砲台の役割を持つ職業だ。その役割は絶大な火力を用いての敵の殲滅が主目的とされる。
しかし、今は大剣を操るスケアと共に闘う状況下にある。
大剣は一撃の破壊力こそ物理系で最強を誇るが、その反面攻撃速度では最遅の武器だ。連続攻撃は不向きであり、敵の隙を――呪紋を確実に命中させる為の隙を作れるような、魔導士のサポートをすることに向いている武器ではない。
共に一撃の強大さを誇る二人。互いが互いを生かすことの困難なこの組み合わせで、二人が今取りうるべき最適の手段。それは――
「スケア、いつもの!」
「おうよ!」
メイプルの声に応じ、スケアが合流する。
一方のハセヲは治癒呪紋でダメージを回復させていた所だった。ダメージは浅い。すぐにも回復を済ませて攻撃に転じてくるはずだ。
スケアを盾とするように、その真後ろにメイプルが回り込んだ。スケアはいつもの陣形が出来たことを横目で確認し、丁度回復を終えたハセヲへと一直線に走り出した。
敵の――ハセヲの速さは自分の比ではないことを、スケアは先程の攻防で思い知らされている。フェイントをかけたところで容易く看破され、逆に隙を作ることになるだろう。
ならばこその愚直なまでの、小細工も何も無い突進。その勢いのままに、大剣の間合いに詰め寄り大上段からの一撃を振るう。
当然のように、ハセヲはその攻撃をバックステップで回避した。ただでさえ鈍重な大剣である上に、真正面からの攻撃だ。回避されるのは先刻承知。むしろ避けてくれなければ困る。何せ、回避させる為に放った攻撃なのだから。
ニヤリ、と――精霊の集う凝縮音を背後に聞いたスケアは口元を笑みに歪ませた。対照に、ハセヲの表情が驚愕に凍る。
ハセヲの死角となっていたスケアの背後、寄り添うようについていたメイプルは魔典から魔力を迸らせ――スケアの背中へ向け、自身の最大呪紋を撃ち放った。
*****
「――――来な」
その一言を合図に戦闘が開始された。
大剣を手にした撃剣士――スケアクロウが突っ込んでくる。
『The World』を始めて数日程度の初心者らしいが、本当にPKを退けるほどの力を持っているかどうかを見極める為にも、まずは様子を見る。反撃は行なわず回避に専念することにした。
思いのほか鋭い一撃を右上空に跳躍して回避した。一拍を置いて地面が砕け散る。攻撃力は及第点か。
チラリと、空中でメイプルの位置を確認する。
スケアクロウはこちらを見失ったらしいが、戦況を一望できる距離に待機していたメイプルはこちらの姿を捉えている。一瞬だけ目が合う。
攻撃後の立ち直りはどの程度のものかとスケアクロウへ視線を戻し――ハセヲは驚愕に目を剥いた。
先程の一撃を至近距離までひきつけた上で回避したことには意味がある。大剣の威力は地を割り空を裂く豪快な破壊力のそれだ。その一撃がこの乾いた大地に放たれようものならば、破砕された大地は粉塵となり舞い上がり、その爆心地は無視界となる。
ましてや至近距離での回避運動。一定の間合いが開いているのならばある程度視認も出来ようが、この距離ではそれも叶わない。敵には、スケアクロウにはこちらの位置が判るはずが無いのだ。
だがハセヲはしかと見た。舞い上がった粉塵を二つに切り裂き、確かな意志を持って自身へと向かってくる大剣を。苦し紛れに放たれた攻撃ではない。この一撃は、確かな威力と攻撃の意志を秘めている。
空中で身をひねり、迫り来る大剣に正対する。
無論、空中で移動することなど今の自分には出来ない。大剣の軌道上に自身の身が置かれている以上、これを完全に回避することは不可能だ。
かといってまともに防御することもまた選択肢には無い。先程の威力から計るに、双剣の防御など容易く破られ大ダメージを負わされることは必至。
故に――今取るべき最適な対応手段は回避と防御の複合動作。
命中する寸前、大剣の腹へと左の剣を全力で打ち込む。それでも大剣の軌道はほとんど変化しない。せいぜい数センチ、微々たる変化をもたらすのが精一杯だった。だが、それで十分。直撃でないのならば、流せる。
大剣の切っ先に順手に持ち直した右の剣を、斬撃の角度に対して斜めに打ち据え、仕込み刃を全速回転させる。擦過音が鳴り響き、火花が散った。
攻撃による反動を仕込み刃を利用することによって強化し、僅かながら身体を空中移動させることに成功する。皮二枚ほどの差で辛くも大剣の一撃を逃れた。轟、と空気を押し退け風を裂く斬撃音が耳に届く。
どうにか大剣の攻撃を凌いだものの息をつく暇もない。すぐさま追撃が襲ってくる。今度は大剣ではない、精霊による強襲だ。魔典を掲げる魔導士――メイプルの声が荒野に響く。
「“|憤怒の爆炎”!!」
言霊に応じ、灼熱の火球へとその姿を変えた精霊たちがハセヲに襲い掛かった。上空から火球群が降り注ぐ。
生み出された火球は全部で五発。
魔導士の呪紋の規模と威力は術士の魔力に比例する。駆け出しの魔術師では二発がいいとこだ。それと比較して五発というのはそこそこの数だと言えた。しかもその一つ一つの大きさが直径五十センチほどもあり、威力は十分に過ぎる。
ハセヲは双剣を幾度に振るって火球を弾き飛ばす。三発は迎撃に成功したが、二発は防御も回避も間に合わず被弾した。直撃ではないが、ダメージはダメージだ。
着地すると同時に呪紋の詠唱を始める。最近覚えたばかりの|生命の萌芽《リプス》だ。
呪紋使い――魔導士や呪癒士――以外でも、特定のアイテムを使えばいくつかの呪紋は覚えることが出来る。覚えられるものは下級呪紋限定で、専門職には到底及ばない性能だが、戦術の幅を大きく広げる程度には価値がある。
この程度のダメージならば、追撃が来るまでに癒せる。そう判断して詠唱を開始したが、呪癒士に比べ詠唱速度が遅い。
メイプルは呪紋発動後の硬直状態にあり、スケアクロウは連続攻撃で体勢を崩しているが、この詠唱速度では回復が終わると同時に襲ってくるだろう。
「“|生命の萌芽《リプス》”!」
緑葉の風が舞い、傷が癒される。
風が消える寸前、二人が何事か叫んでいるのを聞いた。顔を上げると、再びスケアクロウが真正面から突っ込んできているのが目に入る。
大上段に振り上げ、大剣の重量を生かした攻撃が繰り出される。先程の反省を踏まえ、ハセヲは上にではなく後方――攻撃の軌道延長線上に回避した。再び粉塵が舞い上がり、スケアクロウの姿が薄く隠れる。
その背後、黒く集うソレを見てハセヲは疑うように目を見開く。あの光は、呪紋の――魔典から零れ出る魔力の残滓だ。
「“|輝跡の征矢”――!!!」
言霊が放たれる寸前、スケアクロウが横っ飛びで射線を開けた。ハセヲの視界に魔典を高々と掲げた人影が映る。それをメイプルだと認める間もなく、ハセヲの視界が純白に染まった。
咄嗟に防御。顔を庇った両腕が光に焼かれ、身体が衝撃で吹き飛ばされる。突き刺すように地に足を叩きつけたが、踏み堪えきれず地面を滑る。岩に背中から叩きつけられ、そこでようやく停止した。
信じられない思いでハセヲは二人を凝視する。
今の攻撃は、メイプルの持ちうる最大呪紋、しかもスケアクロウにとって無防備な背中から至近距離で放たれたものだ――少しでもタイミングを過てばスケアクロウは今頃死体と化していた筈だ。余程の意思疎通ができていなくては為しえる攻撃方法ではない。
確かに効果的な攻撃方法ではある。
前衛であるスケアクロウの巨躯で後衛のメイプルの身を隠し、大剣の攻撃を回避した敵が反撃に転じようとする一瞬の隙をついて、不意打ちの呪紋攻撃。次撃が無いと判断した敵は攻撃のみに専心を傾け――結果、第二撃の呪紋を無防備にくらうだろう。
大抵の相手ならばこの一撃でケリがつく。それほどの、絶妙な攻撃だった。
だが並大抵の信頼関係で成立する攻撃方法ではない。これはほんの僅か、零コンマ何秒かの差で成立不成立が決定するものだ。
呪紋を放つのが早ければ、もしくはスケアクロウが射線を空けるのが遅れれば同士討ちになり、呪紋を放つのが遅ければ、あるいは射線を空けるのが早すぎれば不意打ちの効果を失う。
二度通用するよう攻撃ではない。これは一度きりに賭けた必殺の連携攻撃だ、失敗することは許されない。絶対に成功させる、という両者の絶大な信頼関係があって始めて成り立つ、綱渡りのような危うさを持つ攻撃手段。
ハセヲは改めて自身を戒めた。この二人は強敵だ、全力を出さねば倒せぬ相手だ、と。
「――――上等だ」
その言葉に二つの意味を篭め、ハセヲは不敵な笑みを浮かべた。
体勢を立て直し、対峙する二人を睨みつけ、自身の勝利を達成すべく考えを巡らせる。
かなりのダメージを負ったがまだ勝負はついていない。防御できていなければ間違いなくやられていただろうが、まだ戦闘続行可能だ。負けは認められない。負けていないのならば勝つ。徹底的に戦い抜き、勝利を得る。
回復するような余裕は無い。双剣を十字に構え、疾走の為に身を屈める。
先程の攻撃で仕留められなかったことで二人は焦りを生んでいるようだ。この機を逃す手は無い。
ハセヲは地面とほぼ垂直になるような前掲姿勢をとり、前方への連続跳躍を行なう。そこから成るのは弾け飛ぶような高速移動。残像を後方に置き去り、数秒間しか保てぬ疾走で標的へと差し迫る。
こちらを捉え切れていないスケアクロウへ、携えた双剣を最後の跳躍と同時に放ち――
「ダメェ――――!!!」
両者の間に割り込んできた第三者の姿に、停止を余儀なくされた。
To be Continue
作者の蒼乃黄昏です。
小説を読んでいただきありがとうございました。
簡単な一言でいいので、ご感想を頂けると嬉しく思います。
ご感想をメールで下さった方には、お返しに
『第零話:終わり逝く世界』をお送りさせて頂いてます。
作者蒼乃黄昏さんへの感想、指摘等ありましたらメ-ル、投稿小説感想板に下さると嬉しいです。