蒼い炎を揺らめかせ、朱の衣装を纏う一人の人間にして神。

 小柄な体を包むその服は至る所がツギハギであり、それを繋ぎとめるように釘が打たれている。まるでバラバラのパーツを無理矢理形にしたかのようだった。

 そう、まるで壊れた“それ”を“元々の形に近いもの”として造り直したかのようだ。

 青緑の髪に見え隠れする双眸には意思らしい意思を感じ取れず、その眼差しからは無機質、かつ虚ろなものしか伝わって来ない。


「……ァァァァ……」


 しかし、直感的に感じることが出来た。コイツは敵だと、コイツこそが仇なのだと。

 故に、ハセヲは背中越しに腰元へとへ両の手を廻し“光”へ両掌を差し込む。“光”より引き抜かれたるは殺意が宿る対なる短剣。短い刀身に仕込み刃を孕む双剣。

 迸る激情をその双剣に込め、弾けるように地面を蹴り、三爪痕トライエッジの元へとその身を疾駆させる。



「テメエェェエェェェェェ!!!!」



 左の剣に渾身の力を溜め、殴りつけるようにその刃を叩きつける。反応する暇も与えず顔面に叩きつけられるはずだった刃はしかし――


(!?) 


 いとも無造作に防がれた。

 渾身を込めた左の剣の一撃は、三爪痕の左の剣によって受け止められている。しかも三爪痕は目線すら動かすことはなく、左手のみを動かして防いだ。機先を制し、死角から仕掛けたにも関わらず、だ


(…くっ!)


 バックステップを踏み、跳ねるようにして間合いを取る。わずかな戸惑いと躊躇を交えながらも、再び地を蹴る。


「ハッ!」


 ハセヲはその身を疾風と化し、右の一撃を見舞う。すぐさま右手を引き、その一連の動作で左の刃を前方へと放る。その全身を使った連続動作から成るは、目にも留まらぬ左右の連撃。双剣の真骨頂、連続にして高速の攻撃。


「ハッ! ハァ! アアァァァッ!」


 錬装士マルチウェポンでありながら双剣士ツインソード以上に双剣を使いこなす『死の恐怖』の連続攻撃は、尋常でない速度と手数を誇る。

 この時の為に、積み重ねてきた業と引き換えに手に入れた、至高なる力。その攻撃は並の相手にはその残映を捕らえることすら出来ないだろう。

 しかし三爪痕は――並では無かった。

 三爪痕はその連撃の悉くを手首の返しだけで、全ての攻撃に対応させ、片手で防いだ。三爪痕は一歩もその場を動かず、左肩から先の部分しか動いていない。

 こちらは双剣を用いて、全身で連続攻撃を仕掛けているのに対し……三爪痕はいまだ左腕しか動かしていないのだ。


「アアァァアァァァアァー!!」


 斬撃が三十を数える手前、連続攻撃から一転して右の溜め攻撃に切り替える。右手の全力の一撃を繰り出すが……いとも容易く受け止められる。

 三つ又の剣に受け止められた刃を押し込み、短刀に沿った仕込み刃の回転攻撃を続けるが三爪痕の剣は微動だにせず、鍔ぜり合いの領域にも達しない。


(速さじゃ奴の方が上……! 双剣は通じない、なら……!)


 後方に飛び、空中で二度身を捻って距離をとる。

 腰の“光”に双剣を収め、肩越しの“光”に右手を差込み、引き抜かれたのは狂気の重剣。


(力で、押し切る!!)


「オオオォォォオォォ!!」


 蛮声を発し大剣を唸らせ、疾駆し距離を詰める。

 最後の一歩。数メートルの距離を突撃の跳躍を以てゼロにする。その爆圧にも似た勢いのまま、全力にして渾身の一撃を上段から振るう。

 双剣に比べ鈍重な攻撃。双剣の連続攻撃さえ防ぐ三爪痕にとって対応するのは容易いだろう。

 しかし、それはあくまでも速度的に間に合うというだけ。

 重剣の一撃は双剣に対して比べるべくも無く強く、重い。重剣はスピードと手数を補って余りある、最強の一撃を誇る武器なのだ。片手で受け止められるような安っぽい攻撃ではない。いや、両手を使ってもまともに受け止めきれるようなものではない。

 小細工も何もない、真正面からの全力の攻撃。


(防げるものなら――防いでみやがれ!)


 三爪痕はまたも左腕のみ動かし、左の刃で防ごうとする。そんなもので防ぎきれるはずは無く、斬撃の勢いは衰えることなく三爪痕を両断する。


 ――そのはず、だった。


(なっ……!?)


 しかし、視界に映るのは両断された三爪痕ではなく、片手で受け止められている重剣だった。


(重剣の攻撃を……片手だけで!?)


 双剣と同様に仕込まれた重剣の無数の回転刃が、三爪痕の刃との鍔ぜり合いの中けたたましい音を鳴らす。三爪痕の刃は重剣を受け止めたまま微動だにしない。

 押し切ることが――出来ない。

 三爪痕は無表情のまま、左の剣に受け止められ火花をちらす重剣を虚ろな視線で眺める。左の剣はそのままに……ゆったりとした動作で右手を、右の剣を引いた。

 一瞬、その視線から意志を感じる。

 暗い、殺意が――。

(右の刃が、来る!)


 ――そう思った瞬間には宙を舞っていた。 


「ぐあぁあ!?」


 閃光のような一撃をなんとか重剣で受け止めるが、重剣ごと聖堂の中心部あたりまで吹き飛ばされる。

 宙高く舞った身体はダメージで言うことを聞かず、重剣はその手をから零れ、受身も取れずに地に叩きつけられる。


「がはっ……」


 息が漏れる。


(たった……一撃で!?)


 三爪痕は背中の“虚空”にその双剣を収め、ゆっくりとした歩調で歩みよってくる。

 その姿はどこか罪人を裁く断罪者の様を髣髴とさせた。

 たたき伏せられた罪人はいまだ十分に動くことが出来ずにいる。


「くそっ……」


 思わず口を付いて出る。

 PKKとなってから……『死の恐怖』となってから今まで一度たりともこんな醜態をさらしたことは無かった。手も足も出ず、叩き伏せられて敵を見上げていることなど……ただの一度も無かった。


「一体、何なんだてめぇは……!」


 怒りよりも疑問が先に湧いて出る。

 三爪痕は吐息のような、しかしそれでいて重く暗い声を発し、ただ虚ろな瞳で見下ろしてくる。

 目の前で見下ろしてくる三爪痕は二つの剣、双剣を用いており体格は小柄。全てがそうというわけではないが、双剣士は基本的に体格の小柄なPCが多い。常識的に考えて三爪痕は双剣士であるはずだ。

 しかし、双剣士であるにしてはあまりにも力がありすぎた。

 双剣士とは非力を補う為の戦闘スタイルとして、連続攻撃を得意としている職業だ。非力さと引き換えに速度に特化した職業であり、敵の攻撃は避けて対処するのが普通だ……というより、敵の攻撃を受け止めるような力はないのだ。

 それにも関わらず、目の前の化け物は重剣を防いだ。しかも片手一本で、だ。

 明らかにそれは常軌を逸脱している。強さの桁が違うとかそういうレベルの話ですらない。

 これは――異常だった。

 そして確信する。

 志乃はPKされて現実世界で意識を失い、今も昏睡状態にある。

 PKされて現実世界に影響を及ぼすなどあり得ない。つまり、"常軌を逸脱した異常ななにか"にPKされたのだ。ワケがわからなくなるのほどデタラメなことだが、何故かそうだと理解できた。

 そう、確信した。こいつは紛れも無く三爪痕で――志乃の、仇だ。


「こいつが、こいつが志乃を……!」


 ――再び怒りが身体を巡る。負けてはならない、諦めてはならない、勝たねば…ならない!



「まだまだあぁぁぁぁああぁぁっ!!!!!!」



 左の脇越しに“光”に手を差し込み、それを手に取る。手に取られたのは禍々しき死の大鎌。

 ハセヲに残された、最後の武器。

 武器を収めて無防備に近づいてきた三爪痕の機先を制して袈裟に大鎌を振るう。

 狙うは一撃。必中にして必殺の一撃。

 三爪痕はそれを回避しようともせず、一歩もその場を動く事なくただ迫りくる攻撃に視線を向け、振り下ろされる大鎌の柄が掴んだ。

 そんな些細な抵抗など意味がない。武器を手放した三爪痕には避ける以外の選択肢は無いのだ。それをしなかった時点でこの攻撃の元に倒されるのは必然であり決定事項。振り下ろされる大鎌は勢いを止めることなく三爪痕を一閃の元に――



「……な、に……!?」



 パキィン、と甲高い音が聖堂に響いた。

 音と共に目に映るのは……粉々に砕け散った大鎌。

 瞬間。大鎌は何かに侵食されるように光の羅列と化し、構成は乱れ消滅した。

 『死の恐怖』の誇る最大の武器が。最後の、武器が。


「馬鹿、な……!?」


 思わず両の掌に視線を這わす。

 有り得ない、有り得ないはずだった。武器が光と化し砕け散るなど、有り得ない。有り得るわけがない。

 そうして自失していた一瞬の間に、眼前に掌が迫っていた。その手は無造作にハセヲの顔を鷲掴みにし、刹那の時間を置いて、光が――放たれた。


「ぐああぁあ!?」


 一瞬で掌に満ちた光は爆砕し、その光の軌跡を散らせながらハセヲははるか後方に吹き飛ばされる。

 そして気付いた。何故、三爪痕は戦闘中にも関わらず武器を――三つ又の双剣を収めたのか。

 答えは簡単だ。それは自惚れや油断からの行動ではない。

 三爪痕にとってハセヲを始末するのに……武器などは必要なかっただけの話だったのだ。



 無意識に受け身を取って片手片膝を地につき、踏みこらえても尚その勢いは止まらず聖堂の門の手前まで吹き飛ばされる。

 視界が暗転し、闇に落ちるぎりぎりのところで戦意と意識をつなぎ止め、三爪痕にへと視線を向ける。

 しかしもはや武器はなく、ダメージで身体は言うことを聞かない。


「……ァァァァ……」


 虚ろな吐息を聖堂に響かせ、ハセヲへと三爪痕は歩み寄る。その様子はまるで、無力な罪人に手を下す
断罪人のようだった。

 三爪痕は右手を天高くかざす。宣言するように。その右手をハセヲに向ける。命ずるように。

 右腕が赤く、鈍く、光る。鈍い赤光は右腕を纏い、光が象るは裁きの砲口にして腕輪。赤光の腕輪は右腕に沿って展開し、その光は臨界へと達す。


「あ、あぁ……」


 身体が動かない、武器もない、全ての攻撃が通じなかった。

 絶望が、身を蝕む。

 そして、大聖堂は処刑場となり――



 腕輪が咆哮をあげた。




「ぐあぁあああぁぁあぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁ!?」


 赤光の腕輪から“撃たれた”光の羅列は奔流となり、ハセヲを貫いた。

 断罪を終えた三爪痕はただ佇んでいる。囚人の終わりを見届けるように。己の成果を確かめるように。



ザァッ




ノイズが走る。



ッ、ッ、ザ




 見やると、身体の所々が光に蝕まれていた。

 自分が中から壊れていくような感覚が全身を巡る。

 徐々にその蝕みは全身へと広がる。毒のように、侵すように、じわじわと……蝕む。

 数秒もたたぬ内に、首から下は全て光に喰われていった。



ッ、ッ、ザザァァァァァッ




 ノイズが激しくなる。

(俺……死ぬ、のか……?)



アァァァァアアァアァアアァァ………




 ノイズに染まる。

(いやだ……)



 光の侵食は臨界を迎え、遂には身体の隅々を満たす。

 ハセヲの身体は光とノイズの塊と化し――



「アアァァアァァァアァァァァァァア!?」



 光が、爆散し、ハセヲは“死に恐怖した”。








碑文が、目覚めた――。









To be Continue




作者蒼乃黄昏さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板に下さると嬉しいです。














.hack G.U 「.hack//G.U.Chronicle」

第三話 : 三爪痕











何を得ようとして


何を失うのか


失ったモノを得ようとして


また何を失うのか