７ 終わる復讐と事件、そして始まってもいない復讐
ジョシュアとギンガは、フェイトの案内で時空管理局本局の廊下を歩いていた。
青を基調とした制服がほとんどの本局の中では、フェイトの黒い執務服とジョシュアとギンガの茶色の制服は酷く目立った。
フェイトには羨望と尊敬。ジョシュアとギンガには疑心と反発、果ては侮蔑の視線が向けられる。
優秀な人材が集まる本局の中でもトップクラスであるフェイト執務官の後ろに、何故地上の局員がいるのか？ 二人に向けられる視線は言外にそう語っていた。
もちろん縄張り意識のない局員のほうが多いのだが、少数とはいえ不穏な視線を向けられのはいい気分ではない。
ジョシュアの隣を歩くギンガは本局に来ることが慣れていないのか、少し萎縮していた。
「久しぶりに来てみたが、相変わらず縄張り争いは続いているようだな」
思わず口にしたジョシュアのそんな言葉に、前を歩いていたフェイトは複雑そうな表情で振り返る。
「その……すいません。嫌な気分にさせてしまって」
「別に、あんたが謝ることじゃないさ。協力を仰いだのはこっちだしな。それに、縄張り意識なんて今に始まったことじゃない」
実際、本局と地上が険悪なのはここ数年の問題じゃない。数十年の問題だ。これを解消するには管理局という組織全体を大幅に改革しなければならない。
しかし管理局はあまりにも大きすぎる。部署の数も管理する世界も二桁では足りない。それら全てを新しくするのは改革というより、もはや革命だ。
つまりほぼ確実に不可能という意味だ。これはもうどうしようもない問題だった。
「ま、さっさと済ませちまおう。執務室にはいつ頃着くんだ？」
「もうじき――見えました、あそこです」
三人が歩を進める廊下は本局所属の執務官の執務室が並んでいる。フェイトが指し示すのはその内の一つだ。
ネームプレートには『ルダス・ディッグ執務官』とあった。
つい三、四時間前に逮捕した局員連続殺害犯であるローランド・ディッグと同じ世界の出身であり、義理の兄だ。そして本局所属の局員の中で唯一、ローランドと通信を行った人物でもある。
今回の事件は不可解な点があった。まず地上の人事部所属であるローランドが、何故私服姿で地上に来ていた本局員を狙って殺害できたのか、だ。
人事部とはいえ地上の局員が本局員のスケジュールを知ることはまず不可能だ。本局には本局の人事部がある。同じ名前の部署だからといって情報を漏らすことはないだろう。
ならどうやって知ったのかといえば、本局に協力者がいると考えるのが自然だ。
ジョシュアはローランドに協力者がいると推測し、仕事からプライベートに到るまで全ての通信記録をチェックした。そうして出てきたのがローランドの兄、ルダス・ディッグとの通信記録だ。
そしてルダスは主に質量兵器関連の広域犯罪を担当している。捜査中に反管理局組織製の簡易型AMF発生装置と拳銃を秘密裏に持ち帰るチャンスはいくらでもあるだろう。
さらにミッドチルダは質量兵器密売市場の一つだ。質量兵器関連の事件捜査でミッドチルダに来ることも多い。凶器の隠匿同様、ローランドに受け渡すことが容易なのだ。
本局員の情報と凶器の提供。それがローランドとルダスの繋がりだ。付け加えるとすれば、六人目の被害者が出て本局が介入してこようとした時ゲンヤはこう口にしていた。
『おめぇらには悪いが捜査は本局から来るルダス執務官が引き継ぐ』と。
ルダス・ディッグという男は、やり過ぎと思えるほどに用意周到過ぎる。自分の能力と立場を徹底的に利用し、事件の終わり方まで決める立場になろうとしていたのだ。
「さて、と――ギンガ」
「は、はい」
「お前はここで待っていてもいいぞ。日に二回も身内を逮捕するのはきついだろうからな」
いつもの捜査官の仕事と内容が変わらなくても、今回の犯罪者は局員なのだ。罪を犯した市民ではなく、管理局員という身内の逮捕。
ジョシュアがルダスとローランドの通信記録を見せた時、フェイトは同僚が罪を犯している事実にショックを受けつつも犯罪者を逮捕する執務官らしく毅然とした態度をとったが、ギンガはフェイト以上にショックを受けた様子だった。
ただでさえ精神的に負担が大きいそれが二回も続けば後々悪影響が出る可能性がある。そう懸念したジョシュアの言葉に、ギンガは目を逸らすことはなく言葉を発した。
「…………いえ、最後までやります。ジョシュアさんが自分の手で事件を解決しなければならないのと同じで、捜査を担当している私にも事件を解決する責任があります。他人が解決しているのを横で見ているなんて出来ません」
堂々と言葉を口にするしたギンガを見て、ジョシュアは少し意表を突かれた。
ルダスの逮捕からギンガを外そうと思ったのには、もうひとつ理由がある。
昼間、ローランドを逮捕するときのギンガは感情を剥きだした子供のようだった。だからこそ、ルダスを逮捕する場にいるのは危険かもしれないとジョシュアは判断したのだ。
しかし今のギンガはどうだ、まるで一人前の局員のように凛々しい顔つきで自分の覚悟を口にしている。
本局に来る途中で聞いたローランドの聴取で何か思うところがあったのだろう。これでは子供扱いするほうが失礼だ。
「わかった。事件の締めはお前に任せる。フェイト執務官も、それでいいか？」
妹の成長を喜ぶ姉のような表情をしていたフェイトは笑顔で頷いた。
ギンガはたしかに子供かもしれない。感情を抑えずに表に出し、素直な怒りを犯罪者にぶつける。しかし同時に、管理局員としての覚悟と責任感を持っている。
１７歳の少女だと思っていたが、ギンガは一人前の局員でもあったのだ。
かつての上司の娘が順調に成長していることを嬉しく思いつつ、ジョシュアはフェイトへと頷く。それに答えるように頷いたフェイトは扉の側にある端末のボタンを押した。
「失礼します、ルダス執務官。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。ミッドチルダで起きた殺人事件についてお話を訊きたいのですが、よろしいですか？」
僅かの沈黙の後、「どうぞ」という男の声が端末のスピーカーから聞こえ、執務室の扉が開いた。
高給取りの執務官の部屋なのだから、それなりに飾り気があるのだろうとジョシュアは予想していたが、ルダス・ディッグの執務室は飾り気が全くなかった。
調度品などは一切置かれず、机を挟んだ来客用のソファーぐらいしか眼を引くものはない。機能美とでも言えばいいのだろうか。必要最低限といった印象があった。
そんな部屋の奥にある執務机から三人に視線を向けているルダス・ディッグは整然とした男だった。
服装や姿勢などが測ったように整っており、まるで椅子に座る人の形に切り出した大理石のようだ。
ルダス・ディッグ執務官。四十歳。歳の割には白髪が目立ち、額には薄くしわが刻まれている。
ルダスは執務の最中のようで、書類にペンを走らせつつジョシュア達に視線を向けてくる。
「仕事をしながらで申し訳ないが、裁判が近くてね。それで、テスタロッサ執務官。ミッドチルダの事件についての話とは？」
書類仕事で疲労が滲んだルダスの声にフェイトが答える。
「ミッドチルダの陸士１０８部隊が捜査している局員殺害事件についての話です。詳しくは１０８部隊の二人から」
そう言ってフェイトは下がる。ここからはジョシュアとギンガの仕事だ。
ジョシュアは一歩踏み出し、椅子に座るルダスを見下ろす。
「あー、自己紹介は必要かな？」
実行犯のローランドが知っていたのなら、ルダスも事件を担当している局員のことは調べているはずだ。
しかしルダスはペンを止めずにちらりとジョシュアを見上げ、頷く。
「……名前ぐらいは聞いておこうか」
必要ないと言われると思っていたジョシュアは若干肩をすくめて名を口にする。
「俺はジョシュア・マッドフィールド。で、こっちが相棒の――」
「ギンガ・ナカジマ陸曹です」
「……ふむ、マッドフィールドにナカジマ、か。十年ほど前の事件だったかな。壊滅した地上部隊でその名を聞いた記憶があるな」
ジョシュアとギンガは過去の事件を脳裏に浮かべ顔をしかめる。
恐らく狙って口にしたのだろう。会話の主導権を握られてはまずいとジョシュアは表情を平静に戻す。
「よく知っている、いや、よく覚えているな。まあいい。ミッドチルダで起こった局員連続殺害事件の容疑者としてあんたの弟、ローランド。ディッグを逮捕した」
ジョシュアはお返しとばかりに直球の言葉を向けるが、ルダスは薄い笑みを見せた。
「……そうか。それで、君たちは執務官を連れてまでここに何をしにきたんだ？」
「あんたが身内だから報告をしに来たってわけじゃあない。ルダス・ディッグ執務官、管理局法違反及び殺人幇助の罪で逮捕する」
「……私を逮捕できるほどの証拠があると？」
「ああ。まずはあんたら兄弟の通信記録。被害者の内二人が本局所属だったが、地上局員のローランドが知ることはまず不可能だ。だがあんたが教えれば話は別だ。ご丁寧に予定と名前どころか顔写真まで付いた文書があったぞ」
ジョシュアは携帯端末を取り出し、ルダスがローランドへ送った文書を見せる。しかしルダスは薄い笑みを顔に浮かべたままジョシュアに視線を向けるだけだった。証拠を見せられてもまるで動じない。
さすが執務官だと、ジョシュアは内心でため息を吐く。たしかにこれだけでも逮捕はできる。ただし一時的だ。裁判で有罪にするには証拠だけでは足りない。
だからこそジョシュアは言葉を口にすることを止めない。
「後もう一つ、ローランドの証言だ」
「「え？」」
言葉を発したのは隣にいるギンガと後ろに下がって様子を見ていたフェイトだった。
「証言って、いつの間に……」
「あー、俺が１０８の隊舎でフェイト執務官に襲わ……いや、勘違いされた後だ。慌てていて聞いてなかったな、お前」
「す、すいません」
「まあいいさ、話を戻そう。それで、だ。俺はローランドからあんたから情報と拳銃、そして簡易型AMF発生装置を受け取ったと聞いた。この端末に記録してある」
ジョシュアは端末を操作し、録音したファイルを再生する。
録音の始まりはこれまでの捜査状況からローランドの逮捕へ続き、ジョシュアが調べた通信記録の話になった。
『お前とルダス・ディッグの送受信記録から本局の被害者二人の所在や予定表が出てきた。動機は不明だが、これは明らかにルダス・ディッグが共犯であるという証拠だ』
『…………』
『ルダス・ディッグが共犯だと認めるか？』
『……そうだ。私は義兄さんと協力して、局員を殺害した』
ジョシュアがそこで再生を止めて視線を向けるとルダスは考えこむように口元に手を当て、数秒経つと軽い溜息と共に言葉を発した。
「……私の出身世界が、管理世界になった過程は知っているか？」
「ローランドからそれなりにな。ギンガはどうだ？」
「取り調べで話を聞きました。管理世界になることに対する反対派と賛成派の間で、戦争が起こったと……」
「そうだ。もう二十年も前の出来事だな。管理局員だった私はお互いの過激派がテロを起こし始めた直後に家族を連れて安全な世界へと避難した。父が過激派一歩手前の反対派だったので説得に苦労したがね」
懐かしむような笑みを浮かべ、ルダスは言葉を続ける。
「戦争が終わり、帰ってきた私達家族を迎えたのは破壊された故郷だった。民家の大半は瓦礫に変わり、形として残ってはいても略奪された跡だったよ。そんな中で見つけたのがローランドだ。
痩せ細った身体で瓦礫の中に蹲っていた彼の側には腐敗した姉の遺体があって、彼女を見つめていたローランドの姿が今でも鮮明に思い出せる。その後は父がローランドを養子にして避難した世界に移住した。
ローランドは管理局員である私を最初は避けていたが、三年ほどかかってようやく話せるようになったよ。そこからさらに五年程経ち、彼が管理局に入ると言い出して恨みは消えたとおもったんだが、根は私が思ってた以上に深かったようだ」
ルダスは疲労をこめた溜息を吐き、ジョシュアたちへと視線を向けた。
「半年ほど前か、二十年前に私の世界の争乱に関わった局員を見つけた。それだけならよかったんだが、その局員は質量兵器規制賛成派であり、同時にローランドの家族を陵辱して殺した一人だったんだ。
そして私は復讐の協力を持ちかけられ、執務官の権限を使ってローランドの家族を陵辱した局員を探し出し、その情報を凶器と共に渡した」
「今朝の局員で被害者は六人。それで全員か？」
ルダスが頷くと、ジョシュアはさらに問いを重ねる。
「ローランドの動機は本当にそれだけか？ 逮捕の時に殺されかけたんだが」
「彼の復讐の根にあるのは家族を殺した六人だが、その延長線上にあるのは管理局だ。六人が終われば後は無差別だったのかもしれないな」
「俺が殺されかけたのはついでかよ、迷惑な話だ」
ジョシュアは呆れた様子で肩を竦める。しかし同時に安堵してもいた。
標的が無差別になると捜査範囲が一気に広がる可能性がある。なにせ管理局は多数の世界に広がっているのだ。仮に犯人が分かったとしても、広すぎる次元世界でたった一人を探しだすのはかなり難しい。
最悪の場合、連続殺人犯が無差別テロリストに化けることもありえたのだ。
ルダスを逮捕させるためにギンガを前へと促すが、彼女の表情を見たジョシュアは動きを止めた。
ギンガは哀れみと悲しみ、そして怒りを混ぜたような複雑な表情でルダスを見ている。
「……どうして」
ギンガは唇を震わせて掠れたような声をルダスへ向ける。
「どうしてあなたは、止めなかったんですか」
「止める？」
「あなたが協力を持ちかけられたときにローランド・ディッグを止めていれば、こんな事件は……」
ギンガはそこで言葉を詰まらせ、俯いてしまう。それに対してルダスは椅子の背もたれに体を預け、疲労に染まった言葉を返した。
「ローランドは家族を目の前で殺されている。だからこそ殺した者たちに復習せずにはいられなかったのだろう。そして私も、二十年前に故郷を壊された人間であり、彼の義兄だ。
そして、ローランドの姉の元恋人だった。動機としてはそれで十分だろう」
言葉を失う三人をよそに、ルダスは言葉を終えると椅子から立ち上がり、机を回りこんでギンガへ両手を差し出した。
「復讐を、事件を終わらせてくれ、ギンガ・ナカジマ陸曹」
先程とは違い疲労の色を感じさせず、経験豊富な執務官らしい厳格な言葉にギンガは俯いた顔を上げる。
潤んだ瞳からは今にも涙が流れ落ちそうだったが、ギンガは毅然とした態度で手錠を取り出し、毅然とした言葉を口にする。
「ルダス・ディッグ執務官。あなたを管理局法違反および殺人幇助の罪で逮捕します」
管理局員連続殺人犯逮捕。
その報は本局・地上を問わず瞬く間に広がり、内部犯行という事実が大半の局員に少なくない衝撃を与える。
マスコミにも取り上げられて記者会見から責任追及にまで及び、結果的に上層部数人の降格や辞職で落ち着いた。
そして管理局の採用基準に幾らかの訂正及び項目が追加され、事件の騒動は収束をみせる。
そして事件を解決した陸士１０８部隊では――
「また隠れて煙草吸ってましたね？」
休憩から戻ったジョシュアがギンガに問い詰められていた。何を馬鹿なといった表情でジョシュアは答える。
「いや、缶コーヒー飲んだだけだぞ」
「じゃあどうしてジョシュアさんから煙草の臭いがするんですか？」
「なんだと！？」
わざわざ苦手とする魔力フィールドを形成して臭いがつかないように吸ったはずだと、ジョシュアは制服の袖に鼻を近づけハッと気づく。
そんな相棒を呆れた様子で見るギンガは嘆息する。
「はぁ、やっぱり。出向最終日だっていうのに……」
ギンガの言葉通り、この日がジョシュアの熟考最終日だった。
報告書の作成から裁判で提出する証拠や書類の作成は終わり、あとは裁判を残すのみ。つまりジョシュアが１０８部隊に出向している理由がなくなったのだ。
だが、だからこそ、だからこそ仕事を終えた最後の日ぐらいは気分よく一服したかったのだ。
まあ、既に午前中に二回も一服しているので休憩と称して隠れて一服するしかなかったのだが、やはりバレた。
「……ハ、ハメやがったな」
ギンガは冷や汗を浮かべて後ずさるジョシュアに音もなく近づき、懐に隠されていた煙草の箱を抜き取る。
「待てっ！ それはまだ三本しか――」
十七本も残された煙草の箱は、ギンガの無慈悲な手に握りつぶされたのだった。
十分後、所変わって１０８部隊長室。
「はっはっは！ そりゃあ災難だったな」
「まったく酷い災難ですよ。買ったばかりだってのに」
テーブルを挟んだソファーでに座って笑うゲンヤの向かいで、ジョシュアは沈んだ表情でため息を吐く。
「あいつもおめぇの身体を心配してんだ。勘弁してやれ」
「あー、まぁ、はい」
しかし最近、隠し持っている煙草を探すときのギンガが楽しそうなのは気のせいだろうか。
「ま、それも今日で最後だ。裁判のほうは問題ないのか？」
「はい。ローランドは少し態度が硬いですけど罪を認めています。ルダスは証言どころか凶器を手に入れた密輸ルートまで証言して本局の方を色々と騒がせていますよ。
これならそれほど問題なく判決が出ると思います。あの五月蝿い一佐が何も言ってこないところを見ると、縄張り争いしている連中にとって今回の事件は痛み分けのようなものですね。
地上、本局というより管理曲全体の失態と捉えているようです」
「……そうか」
ゲンヤはそう呟くとテーブルに置かれた茶を口にする。
「一つ、訊いてもいいですか？」
「ん、何だ？」
「１０８部隊は密輸関係の捜査が主な仕事のはずです。なぜ殺人の捜査を？」
その問にゲンヤは少し間を開けて答えた。
「……おめぇが管理局を離れて八年経ったが、局の人手不足は変わってねぇ。それどころか深刻化していると言ってもいいだろうな。おかげで本来担当する仕事が捌けなくなった部隊から回ってくることがある。
以前よりも治安が改善されたといっても、そう簡単に仕事は減らねえもんだ」
管理局の人手不足は慢性的な問題だ。広すぎる次元世界を管理するには圧倒的に人材が不足している。管理局のリクルーターが管理、管理外問わず多くの世界を駆け回っているがそれでも足りない。
そんな中で本局のほうへ優秀な人材が流れれば、地上がこうなるのは必然なのだろう。
「そういやぁ、マッドフィールド。わざわざ局に入り直してまで何でここに戻ってきたんだ？」
訊き方によっては嫌味とも取れるが、ゲンヤはただ純粋に疑問に思ったから訊いたようだった。
部隊が壊滅し、一人だけ帰還した八年前の恐怖に未だ蝕まれているジョシュアは内心で安堵すると共に罪悪感を抱く。ゲンヤは自分を責めた遺族とは違うとわかっていても、身内を失った悲しみは同じなのだ。
その悲しみを抱いたまま自分を許してくれたことに、ジョシュアは感謝と罪悪感を感じていた。
「最初は親父に会って、部隊の仲間の墓参りをする予定だったんですが、親父に無理やり入局させられたんです。おかげでまだ墓参りが出来てません」
「親父？ ああ、そういうことか。で、墓参りの後は？」
「その後はまあ、元いた世界にそのまま帰ろうかと――」
「帰るだと？」
目を薄く細めて睨みつけるゲンヤにジョシュアは怯む。ゲンヤの視線には怒気が宿り、ジョシュアを射ぬいた。
「おめぇミッド生まれのミッド育ちだろうが。帰る場所を間違えるんじゃねぇ」
ゲンヤはそう口にして目から怒気を消し、子供に言い聞かせる親のような顔でジョシュアに言葉を向ける。
「お前の帰ってくる場所は、ここだ」
ジョシュアにとってミッドチルダは大切なものを失くした場所だ。
二十名近い部隊の仲間をたった一日で失い、様々な負の感情を内に宿したまま遺族の糾弾を一身に受けた。
そんな中でナカジマ家だけが受け入れてくれたことは感謝してもしきれない。だが同時に、ナカジマ家に対して大きな罪悪感を抱くことになった。
たった一人の妻を、たった一人の母を失ったナカジマ家が、皮肉なことに遺族が責める以上の罪悪感を抱かせた。
それに耐えられなくなったジョシュアはミッドチルダを離れ、逃げるように別世界へと異動したのだ。
それから八年。ミッドチルダは次元世界の中心として日々変化しているが、ジョシュアの心は変化していなかった。
もはやミッドチルダは故郷ではなく、仲間や友を失った喪失の地だ。思い出すことすらつらい時期もあった。
実際、１０８に出向するまで恩人であるナカジマ家のことまでも記憶の奥底に沈めていたほどだ。養父に強引に入局させられたときも声を荒らげて反対した。
そんなジョシュアへ、ここが帰るべき場所だとゲンヤは告げる。
「………………ありがとう、ございます」
ようやく一つ許された。そんな気がした。
「じゃ、裁判でな」
１０８の隊舎入り口でジョシュアはギンガに向けて手を軽く振る。
「はい。ジョシュアさん、ありがとうございました」
礼を口にしつつギンガは敬礼し、ジョシュアを送り出す。
そうして二人は別れのだが――
元の部隊に戻ったジョシュアがまず気づいたのが自分の席に他人がいること。席を変えるようなことがあったのかと周りを見渡せば空いている席がない。
顔見知りに声をかけようかと思った直後、『ジョシュア・マッドフィールド二等陸士は第八室に出頭するように』とアナウンスが流れた。
なにか釈然としないものを感じつつもジョシュアは第八室へと足を向ける。
型通りの名乗りと共に入室すると、久しぶりに会った女性の上官が無言で手に持った書類をひらひらと振っていた。受け取れということなのだろう。
書類を受け取ったジョシュアはざっと目を通し、頭に血が上るのを感じた。
「なんだこれは？」
「見て分からないか？ 転属事例」
「んなことはわかってる！ 帰ってきた直後になんでまたあそこに行かなきゃならねえのか訊いてるんだ！」
書類には出向から帰還したばかりのジョシュアに異動を命ずる文章が書かれていた。行き先は陸士１０８部隊。ふざけているとしかいいようがない。
憤るジョシュアの前で上司は別の書類に目を移す。そこにはジョシュアがこの部隊で行ったことが記されていた。
「以前の君の仕事、質量兵器関連の戦闘及び戦争経験に対する講義は終了している。だから次の仕事をさせると言いたいところだが、捜査官資格を持っている局員を使うような仕事がこの部隊にはない。
かといって教導をするにしても君の能力は特異、というより異端すぎて模擬戦程度にしか使い道がない。まあ、君のような能力を持つ者と対峙する可能性は極めて低いから、模擬戦の意味もそれほど無い。
なら別の部隊へ行かせたほうが効率的だ、という話を先ほど１０８部隊の隊長としてな、ならぜひウチにということで君の１０８部隊行きが決まった。よかったな」
「簡潔な説明をどうも。俺の意思を無視するのはいいとして……いや、やっぱりよくないがとにかく、そんな簡単に転属させられると思ってんのか？」
「人脈、血脈、他人への借りや弱みを持っていれば可能だ」
ああそうだったなと、ジョシュアは項垂れる。眼前に座る女は地上本部に身内が多い。しかも上層部にいる親族に覚えがめでたいらしく、以前ちょっかいを出してきた男性局員が僻地に飛ばされたと聞いたことがある。
さらにそれだけではなく、数多の部署に友人知人を多く揃えていた。その中には彼女に大きな貸しがある者がおり、情報が必要なら喜んで差し出すだろう。
身内びいきの権力と広大な情報網。それがあれば、ディッグ兄弟の事件で騒がしくなっている人事部を黙らせて転属させるなど容易いはずだ。
そのうえ実力でのし上がってきているのだから、まったくもって恐ろしい。
「納得したな。では行け」
怒りを通り越して呆れたジョシュアは「了解」という言葉と共に女上司へ背を向ける。
そんなジョシュアの背に、女は短い言葉を向けた。
「Liquid社のD」
言葉を背中で受けたジョシュアは立ち止まり、無表情で振り返る。
「前の場所ではそう呼ばれていたそうだな」
そう言われ、数秒の間を開けてジョシュアは答える。
「よく、知っているな」
「別に隠していたわけじゃないんだろう？」
「まあな、ただの別称だ」
「そう、ただの別称だ。しかし君自身を表しているといってもいいほど相応しいものだ」
彼女は口をわずかに歪ませて微笑む。そこでジョシュアは無表情を崩し、苦笑と共にため息を吐く。
「……もういいか？」
「ああ」
再び背を向けるジョシュアへ。その背中へ別れの言葉が向けられる。
「模擬戦などではなく、Dの名に相応しい君の戦闘を見てみたかった」
ジョシュアはそれには答えず、退室していった。
一時間後。
去ったはずの１０８の隊舎を見上げ、口から紫煙を漏らすジョシュアは憂鬱そうに呟く。
「……禁煙すっかな」
出来るとは思っていないがなんとなく口にしてみる。なにせこれからは、タバコを吸う度に取り上げられるような生活が始まるのだ。
隊舎の入り口から微かな笑みを浮かべたギンガが出てくる。こちらに気づいた彼女は近づいてくる途中に笑顔のまま額に青筋を浮かべた。
もしかしたら本当に禁煙できるかもしれない。
容赦無く煙草を取り上げるであろう彼女を見て、ジョシュアはそう思った。
７ end
【ローランドとの会話記録より抜粋】
『お前は復讐の方法を間違えただけだ』
『……間違えた？』
『そうだ。復讐ならもう少し効率的なやり方がある』
『…………』
『例えば人を雇う。まあ金次第だが、管理局は犯罪者からそれなりに恨みを買っているからな、そう難しくはない。お前の場合は魔導師を雇えばそれだけ捜査の目から逃れられる』
『自分で手を下せなければ意味が無い』
『まあそうだな。復讐とは自分で手を下してこそだ。だがそうじゃない場合もある。お前の復讐は能力的に限りなく不可能だった。だがお前は知恵と技術を使ってやり遂げた。その点は純粋に評価できる。
さらに復讐の標的を家族に広げなかったのは上出来だ。標的を殺害できない場合、標的の家族に手を出す奴は多い。そんな中でお前はブレることなく標的だけを仕留めた。その点は尊敬すら出来る』
『…………尊敬、だと？ 君は本当に管理局員か？』
『もちろん管理局員だ。ただ普通の局員とは違うことを経験しているだけだ』
『君も大事な誰かを失っているのか？』
『……ああ。大勢な』
『復讐するつもりなのか？』
『当然だ。その為に大事なモノを捨てることになるだろうが、俺は必ず復讐を果たす。必ずな』
【後日、この会話記録は裁判で必要な部分のみを残し消去される】
あとがき
どうも、白砂糖です。
ぐっだぐだですね。話の最後には色々詰め込み過ぎた気もします。しかしようやくムダに長いオープニングが終わりました。
最初は二、三話で終わらす予定だったんですが書いていくと話がどんどん増える増える。結局七話まで来てしまいました。
これでようやくStS本編に……その前に一話だけ繋ぎの話を書くつもりです。さすがにいきなり介入させるのは無理がありますんで。
それに主人公の戦闘もそろそろ出したいです。能力も全然出てないし。
出来れば年内にもう一話くらいは書き上げます。
それにしても、Fate/Zeroがクオリティ高すぎてやばい。特にライダーが渋かっこ良すぎ。
ではまた 2011/10/31