6 復讐
ギンガは108部隊の聴取室の扉が閉じられると、大きくため息を吐いた。込められたのは疲労と困惑。
ジョシュアに切断された指を接合し、ローランド・ディッグの聴取は終わった。あくまでも簡易的なものだったが、局員連続殺人に対する起訴に必要な動機や手段がわかったのは大きな収穫だった。
しかしギンガの脳裏には、それらが小さく思えるほどの疑問が存在していた。
管理局は社会的正義の側にいる。それはミッドチルダの者なら誰もが知っている。それどころか他の管理世界でもそれは同じだ。
社会のルールを破った犯罪者を捕らえ、更生させ、再び社会へ戻す。
危険な質量兵器は規制し、安全でクリーンな魔法を推奨する。
人命の尊重、治安の安定、環境の保全。それらを行う組織は確かに社会的に正しい。
しかし、それが全ての世界や人間に対していい結果をもたらすとは限らないのだ。
ローランドの出身世界は物質文明と魔法文明が両立した世界だった。現在のミッドチルダのように質量兵器を完全に排除せず、自衛や戦争の道具として使用していた。
だがローランドが子供の頃に、管理局の働きかけによってその世界の政府は質量兵器などの規制を決定する。
政府の決定にその世界の住民は賛成派と反対派の二つに分かれていたが、政府は世界的なエネルギー問題と環境問題を理由に質量兵器の規制及び魔法技術を推進した。
その時点では管理局や政府、賛成派の住民に問題はない。たとえ時間がかかろうとも反対派を説得すればよかったのだ。
しかし政府はエネルギー問題と環境問題という大きな重荷を解消するために、新しいインフラを整備するどころか反対派を無視して質量兵器の規制を始めてしまう。
それを後押しする管理局は多くの技術者や魔導師を送り込み、その世界の魔法技術の発達に力を注いだ。
そして、そこからが混乱の始まりだった。
例えば今まで普通に手に入れることが出来た物が手に入らなくなればどうなるか? 答えは稀少価値による値上がりだ。
そこに目をつけたのが裏社会の犯罪者や武器商人たちだった。
武器商人が質量兵器を犯罪者へと流し、犯罪者が裏社会の販売ルートで売りさばく。元々質量兵器の密輸ルートは存在していたうえに稀少価値の付いた商品を扱うおかげで、極めて短期間で巨大な市場に成長していった。
質量兵器の巨大市場に政府と管理局が気づいたときには既に遅く、もはや歯止めがきかない状態になっていた。
そして最悪の事件が発生する。
他世界からも多数の武器商人が大量に質量兵器を流したせいで、その世界での質量兵器の値が下がり始めたのだ。
裏市場とはいえ過剰なほどの質量兵器が流されれば当然価値が下がる。価値が下がるということは需要に比べて供給が大きいということだ。
それは裏市場での需要が満たされるということを意味し、供給側である武器商人たちは大いに焦った。他世界から大量に買い付けた質量兵器が元値に近づくほど損をするのだから。
そして焦った武器商人たちは、裏市場に入り込めない需要に目をつけた。
表の社会の住人であり、質量兵器を必要としている者たち――質量兵器規制反対派の中でも過激な連中だった。
それからの出来事は戦争と言ってもいいほどの争乱だ。
質量兵器で武装した反対派による賛成派への襲撃・暗殺が起こり、それに比例するように賛成派の魔導師たちが反対派を襲撃した。
その世界は一転して戦場へと姿を変える。
殺し合いは留まるところを知らず、あらゆる時と場所で起こった。
そしてローランドの家族が住む街も例外ではない。
『質量兵器規制反対派が多く住んでいる街』
ただそれだけの理由で両親の身体は魔力弾で風船を破裂させるようにはじけ飛び、姉は何時間も犯され続けて気が狂っていった。その間、ローランドは床下で隠れて恐怖に震えることしか出来なかった。
ただ一つ認識できたのは、自分の家族を破滅させたのは管理局により援助された者たちだということ。
そらから数年という時間をかけて戦乱は集結し、賛成派の勝利に終わる。もちろんその裏には管理局による働きかけがあった。
そしてその世界は管理世界のひとつに加わることになる。
多くの人命を引換にして。
自分の世界に戦乱を招いた根本的原因である管理局に対する復讐。それがローランドが起こした局員連続殺人の動機だった。
客観的に見れば八つ当たりに近い復讐だ。しかし家族を殺された者にとってそんな理屈は通用しないのだろう。
ギンガは自分に問う。
管理局は正しいのだろうか、と。
他世界の崩壊を防ぐために質量兵器を規制するのは正しいことだ。少なくとも規制した世界は質量兵器で滅ぶことはなくなるのだから。
しかし未来の崩壊を防ぐために現在を犠牲にしてしまったら、それは正しいと言えるだろうか?
ギンガはそんな疑問を抱えたまま108隊舎のロビーへと歩を進める。
ため息を吐きつつ疲れたようにベンチへ腰を下ろすと、金髪の女性が隊舎へ入ってくるのを視界に収めた。
女性にしては高い身長、黒い執務服の上からでもわかる引き締まった身体、美しく輝く金の長髪、女性の理想の一つといっていいほどの容姿だ。
そんな美しい女性はギンガに気がつくと、微笑みながら口を開いた。
「久しぶり、ギンガ」
「……フェイトさん。お久しぶりです」
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。ジョシュアの要望通りAAAランク以上の魔導師であり、縄張り意識がない本局執務官。
ギンガにとって命の恩人であり、憧れの人物でもある。
そんなフェイトに会うといつもなら笑顔で迎えられたはずなのに、管理局に対する疑念がギンガの表情を曇らせていた。
「どうかしたの、ギンガ?」
「……いえ、大丈夫です」
笑顔が無理なら毅然とした表情をつくろうとギンガは顔に力を入れる。
「お忙しい中来てくださってありがとうございます、フェイトさん」
「ううん。来月からは六課に出向するから、今は担当する事件を減らしてもらっていてわりと暇なんだ。それより連絡にあったことは本当?」
「私も詳しくは教えてもらってないんですけど、ジョシュ――私と一緒に事件を捜査している人はそう言ってました」
「そう……それでその人は?」
フェイトは周囲を見回すが視界に入るのは108の事務員や休憩中らしき部隊員のみ。
ギンガは表情を曇らせて申し訳なさそうに口を開いた。
「実は、連絡が取れないんです」
それは異様な光景だった。
管理局地上本部の端末の前で、ジョシュアは宙に浮かび上がった映像を視界全体に入るように少し引いた姿勢で見つめている。
画面に表示されているのは様々な文書、画像、そして0と1の二進数。それらが止まることなく上から下へとスクロールし、ページ最下部まで来ると新たなウィンドウが表示され再び下へとスクロールしていく。
ジョシュアは止まることなく流れる画面を見つめ続ける。視線は画面全体を捉えたままピクリとも動かず、それどころかキーボードにすら触れていない。
端末の動作が手を触れることなく行われ、人が文字を認識するには早過ぎる速度で画面が流れていく。
だというのにジョシュアは画面を見つめ続ける。そして不意に、機械のような無表情が笑みに変わった。
「見つけた」
視線の先に表示されているのは全て0と1の機械語。人が理解できる言語ではないはずだった。
「ルダス・ディッグ執務官、か。なるほどな」
その呟きと共にジョシュアの口からは疲労のため息が漏れる。まぶたを閉じて固まった首をゴキゴキと鳴らし、さらにもう一度ため息。
ジョシュアは額に浮かんだ汗をぬぐい、目頭を抑えた。
「無理をしすぎたか」
時間を確認すればギンガと別れてかれこれ二時間ほど経過している。これならローランドの聴取は終わっているだろうと見当をつけ、切断していた回線をギンガへと繋いだ。
『ジョシュアさん! 二時間も通信を切って何をしていたんですか!?』
響く大音量の怒声。ジョシュアはたまらずボリュームを落とした。
「あー…………悪い。集中して調べたいから通信切っていた。だがおかげでいい情報が――」
『とにかく今すぐ108に来てください! 執務官の方がずっと待っているんですよ!』
どうやら怒り心頭のギンガはこちらの聞く耳を持たないようで、即座に通信が切られた。
「……煙草を吸う暇はなさそうだな」
三度目のため息を吐いてジョシュアは立ち上がる。さらにもう一度首を鳴らし、二進数が表示されている画面へと視線を送る。すると、まるでそれが合図だったかのように全ての画面から光が消えた。
いくら管理局が高い技術を持っていようと、そんな機能は端末には搭載されていない。
しかしそれが当然といった様子のジョシュアは端末に背を向け、歩みを進めた。
108部隊の隊舎の前で足を止めたジョシュアは悩んでいた。
その表情を見れば、誰もが彼はものすごい難題を抱えているのだろうと思ってしまうほどだ。
ジョシュアは今一度自分が抱えている難題を頭に思い浮かべる。
どうすればギンガの怒りを収めることができるだろうか? と。
自分から執務官を呼んでおいて二時間も待たせたのだ。謝って済む問題ではない。
礼儀正しいギンガのことだから今頃執務官に頭を下げているだろう。そうして溜まっていく鬱憤は、全てジョシュアに向けられるのだ。
あのゴリ……もといターミネーターのような剛腕に殴られて無事でいられる保証はない。
顎が砕ける光景しか思い浮かばずジョシュアは背筋に寒くなった。
かといってここで逃げればギンガの制裁は悪化の一途をたどって、ジョシュアは良くて半殺しだ。悪ければ……"ピー"になる。
さらに背筋が寒くなった。
もはや一刻の猶予もない。迷えば迷った分だけ殴られる回数が増えるのだからできるだけ少ないうちに殴られておこうと結論付け、ジョシュアは隊舎の入口をくぐる。
108隊舎のロビーにはいくつかベンチが設置されている。そのうち一つに、ギンガと金髪の執務官が座っていた。
若干腰が引け気味にジョシュアは二人へ向けて手を挙げる。
すぐさま気づいた二人はこちらへ視線を向けると、ギンガは勢い良く立ち上がり怒りを込めた一歩を踏み出し、金髪の執務官は――
デバイスを起動し、バリアジャケットを装着した。
「は?」
呆然としたジョシュアへ執務官が一瞬で迫り、手に持った禍々しき金色の鎌を振り下ろす。距離的にシールドを展開する暇はない。
二時間待たせたことにそこまで怒りがたまったのか!? と考えつつ、ジョシュアは慌てて右手を魔力で包み、頭頂部に迫る鎌の刃を強引に掴み止める。
かなり強引な方法だが密度の高い魔力を纏えば生身でも物理攻撃を無傷で防ぐことはできる。もちろん直接魔力を放出しているようなものなので慣れていないと効率が悪く、進んで使う魔導師は少ない。
金色の鎌を掴み止めた部分からバチバチと音が響く。右手を包んだ魔力が削り取られる音に背筋を寒くしながら、削られる以上の魔力を供給して口を開く。
「ちょっと待て! 二時間も待たせたのは謝るがそこまで――」
「黙れ!」
執務官の怒声と共に、掴み止めていた右手の魔力が金色の鎌に少しずつ押し込まれる。片腕では無理だと判断し、義腕の左腕にも魔力を纏わせて刃を掴む。
普通のデバイスなら直接受け止めるが、相手はAAAランク以上な上にジョシュアのデバイスである義腕は刃が仕込んであるので耐久性に不安があった。
「ぐ、おおぉ……」
しかし両手で支えてもなお魔力は削られ、鎌が押し込まれる。さすがAAAランク以上の魔導師だった。このままでは両腕ごと頭から真っ二つ……にはならないだろうが、相当の苦痛を味わうことになる。
自分に非があるのは判るが、はいそうですかと素直に斬られるのは性に合わない。そう考えるジョシュアだったが鎌を押し切られるのは時間の問題。どうしたものかと冷や汗が頬を伝う。
そんなジョシュアを救うかのように、執務官の背後からギンガの声が上がった。
「フェイトさん! その人は――」
一瞬だけ力が抜ける金色の鎌。その隙を逃さずジョシュアは鎌の柄を蹴り飛ばす。執務官は蹴られた勢いを利用してバックステップで距離を取った。
距離は五メートルほど。魔導師なら半秒もかからずに詰められる距離でジョシュアと金髪の執務官は対峙する。
「おいおい、確かに待たせた俺に非があるのは当然だが、最近の執務官は切りかかってくるほど短気なのか?」
ギンガの前に立つ執務官は答えずに睨みつけてくる。まるで仇敵を射殺すような視線だった。
恨まれるようなことをしただろうかと考え、ジョシュアは過去の記憶をたどりつつ執務官を観察してみる。
豪奢な金髪に整った顔立ち、ルビーのような紅眼。よくよく見ればかなりの美貌だ。一度目にしたらそう簡単に忘れる事はないだろう。
しかしジョシュアの記憶には無い。だとすれば人違いなのだろうが、なにか引っかかりがあった。
「フェイトさん、どうしたんですか一体? 彼は管理局員なんですよ」
ギンガからフェイトと呼ばれた執務官はジョシュアから視線を外さずに口を開く。
「……この人は四年前、私が追っていた広域犯罪者の逃亡を手助けしたんだ」
「犯罪者の、手助け?」
呟きの直後、ギンガの表情が感情を消した無表情に染まり、視線がジョシュアへ向かう。
「ジョシュアさん、あなた……」
「ちょ、ちょっと待て、とにかく待て、いいから待て。今思い出す。思い出すからその拳を下ろせ」
ギンガを落ち着かせるように両手を前に出し、ジョシュアは必死に記憶を探る。このままではギンガに殴殺される。
四年前。広域犯罪者。追跡する執務官。思い当たるのは一つの事件。
「……っておい、あの事件は正式に釈明されているはずだぞ?」
「釈明って、ちゃんとした理由があって犯罪者の手助けをしたんですか?」
意外そうな様子でそう口にするギンガはなかなか失礼な奴だった。
「当たり前だ。意味もなく執務官にケンカを売るわけねぇだろ」
「じゃあどうしてそんなことを?」
「だから文書で釈明されてるって。そこの、あー、フェイト執務官にも送信されてるはずだぞ。四年前に」
指をさして指摘するとフェイト執務官は仇敵を前にしたような表情を困惑に変えた。
「あの、本当、ですか?」
ジョシュアが頷くとフェイト執務官はデバイスを待機状態へ戻し、空間パネルを展開。指が霞むほどの速度で文書を検索し始める。
どうやらもう攻撃されることはなさそうだ。ジョシュアは両手にまとっていた魔力を霧散させため息を吐く。
緊張を解きほぐすように肩を回すと隣にギンガが立っていた。
「ジョシュアさんは、どんな理由で犯罪者の手助けをしたんですか?」
理由を気にしたらしいギンガはそう訊いてくる。あまり口にしたいとは思わない話だったが、仕方ないとばかりにジョシュアは口を開いた。
「助けた後に泳がせて余罪追求の証拠を掴むのさ。広域犯罪者ってのは表に出てない犯罪を抱えていることが多いからな。俺がミッドにいなかった八年間の経歴は知ってるだろ?」
「……はい。別世界で一年を局員、その後退職して民間軍事会社にいたんですよね」
「そうだ。管理局に追跡されている犯罪者を助けて自分を売り込み、証拠が揃ったら拘束して管理局へ引き渡す。退職した後、年に一回ほどそんなことをしていた。まあアルバイトみたいなもんだ」
何度か命の危険を感じたが、こうしてここに生きている。しかしもう二度とやりたいとは思わないアルバイトだった。
「でも、だとしたら普通、犯罪者を追っているフェイトさんに連絡が行くはずじゃないんですか?」
「普通なら、な。オルセアと同じように内戦地域が多い世界だったから情報が錯綜していたんだろう。管理局を拒む世界の情報はそう簡単に手に入らないだろうからな。それより――」
ジョシュアは周囲を見渡す。隊舎ロビーには108の局員が集まっていた。中にはデバイスを持っている者までいる。
「あいつらに説明してくれ。ちょっとした手違い、というか勘違いだったってな。部隊内で戦闘が起きたなんて外部に漏れたらまずい。俺はちょっとローランドと話してくるから後は頼んだ」
「あ、はい」
慌てて説明に走るギンガを見送りつつ、ジョシュアは疲れた歩みを進める。
これから本局に乗り込むというのに疲労ばかりが増していく。しかも犯罪者を相手にするより、同僚を相手にするほうが消耗するのはいかがなものか。
だがこれで事件解決に必要な手は揃った。108部隊に出向したジョシュアの役目は、終わりに近づいていた。
アトガキ
どうも、白砂糖です。第六話をお届けします。
第五話の文書量が多かったせいで今回は大分少なく感じると思います。本来はこれが私の標準です。
今回の話はフェイトとの出会い、というか再会ですね。他の方のお話ではおっちょこちょいなフェイトが多いので私も少しだけ暴走させてみました。
しかし今回の話は前半が説明ばかりで書くのに苦労しました。少ない文章で登場人物の背景を説明できる技術が欲しいです。
さて、ようやくプロローグ的な事件が次回で終了します。その後からStS本編に入りますよ。
それでは 2011/07/14
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ-ル、投稿小説感想板、