4  確定


路地の入り口が騒がしい。どうやら昼前という時間帯も相まって野次馬が集まり始めたようだ。


路地を封鎖するように局員が立ちふさがっているが、僅かな隙間から好奇の視線がこちらを見つめて来る。


ジョシュアは野次馬の喧噪を背後で受けながら道に転がる遺体を見下ろす。


遺体は頭部を二発の弾丸に打ち抜かれ死亡——しかし胴体にも二発ほど銃弾が撃ち込まれている。


今回の犯行は何か手違いがあったようだ。頭以外に打ち込まれているのがその証拠だろう。


これはジョシュア達——追う側にとってチャンスだ。今までこれといって重要な証拠を残さなかった犯人が失敗したのだ。犯人特定に繋がる何かが残されているのかもしれない。


ジョシュアは首に下げたドッグタグを取り外し呟くように一言。


「起動」


瞬間的に形状が変化。ドッグタグはペンライトへと姿を変える。


蒼い光を放つペンライトで満遍なく遺体を照らしていると背後から相棒の声がかかった。


「ジョシュアさん、おおまかですけど死亡推定時刻が出ました」


「早いな。何時だ?」


「約三、四時間前です」


「もう少し早く見つかって欲しかった、なんて考えるのは酷か。目撃者の様子はどうだ?」


路地裏に入る直前に目撃者の若い男が青ざめた顔で震える様子を視界の端に収めていたが、あれでは詳しく話すのは無理そうだ。


「まだ少し混乱しています。あの人は近くの喫茶店に勤めていて、遅刻しそうだったからこの路地を近道に使おうとしたようです。そもそもこの場所で事件が起こるなんて思っていなかったみたいですね」


「運がない奴だな。ま、俺たちにとっては幸運だ、見ろ」


そう言ってジョシュアは遺体のすぐ側にある血溜まりの近くをペンライトの蒼い光で照らす。そこには血溜まりから三日月型の血痕が路地の奥へと続いていた。


「これは、まさか——」


「犯人の足跡だ。どうやら踵で血を踏んだ事に気がつかなかったようだな」


血液というものはたとえ綺麗に拭いたとしても、特定の方法を使えば痕跡を見つける事が出来る。一般に知られているルミノール反応がそれだ。


このペンライトでは特殊な光を照射してそれに近い反応を起こさせ、痕跡を探す事が出来るのだ。


そして痕跡はあった。


ジョシュアは口元に笑みを浮かべる。遺体の眼前でするには不謹慎な事だが、犯人の手がかりをつかんだのかもしれないのだ。我慢する方が難しい。


「行くぞ」


ジョシュアは現場を他の局員に任せ、ギンガと共に路地の奥へ進む。


ミッドチルダ中心部に近いこの路地は景観を保つためにそれなりに綺麗に整備されている。おかげで痕跡を追うのが楽だ。


しかしいくら道が綺麗でも痕跡は時間が経つほど探すのが困難になる。


おまけに今回は犯人の靴に付いた血痕の残留反応を追わなければならないので、犯人が歩くほどに痕跡は希薄になっていく。


だからこそ痕跡の追跡は迅速に行わなければならない——が、


「おいおい、マジかよ」


ジョシュアは立ち止まり、犯人の痕跡が向かった先を見上げる。


そこには今回の目撃者が『ここでは事件が起こらない』と考えていた原因があった。


隣のギンガも信じられない物でも見たように呆然と見上げていた。


二人が見上げる先にはそびえ立つ巨大な建造物。


天上から下界を見下ろすような巨塔ともいえるそれは、ミッドチルダにおいて管理局の象徴とも言える存在。犯人の痕跡はその象徴へと続いていた。


「……地上、本部」


呆然としたギンガの呟きは、事件がただの連続殺人では終わらないと告げていた。











新しい被害者はウィリアム・オーダス三等空尉、本局所属。


局員が狙われている事は周知されていたので、魔導師ランクBのオーダス三尉は他の被害者と違ってどうにか抵抗出来たようだ。


オーダス三尉は魔法が無い管理外世界での戦争経験者。他の被害者と違って拳銃の危険性を経験していたのだろう。


おかげで犯人は痕跡を残すという失敗を犯した。


これで後は猟犬の如く犯人を追跡して逮捕——と、いきたかったがそんな単純な段階は終わったらしい。


本局は自分らの所属局員が殺害された事にとうとう我慢が出来なくなったようで、今日中に捜査権を譲渡するようにと、文書が送られてきたらしい。暗に地上が無能だという一文も添えて。


『——ということだ。おめぇらには悪いが捜査は本局から来るルダス執務官が引き継ぐ』


画面越しでそう言うゲンヤの顔は疲れ切っていた。上の連中に相当絞られたのだろう。


「…………そう、ですか」


隣で意気消沈したように呟くギンガの気持ちは判らないでも無い。


確かに犠牲者が増えたのはこっちの力不足だが、上の連中の権力争いで捜査を終わらせられるとやる気が削がれる。


今までの苦労が全て無駄だったと言われているようなものだからだ。


それが酷く気に食わないジョシュアは一計をめぐらす。


「ナカジマ三佐、本局から送られてきた文書は三佐より上の局員から経由されて来たんですよね?」


『ん? ああ。一佐から送られてきたが、それがどうかしたか?』


「なら通信を繋いでください。相手次第で捜査権の譲渡を引き延ばす事が出来ます」


『何? おめぇ一体——いや、いいだろう。通信を繋ぐ』


ジョシュアの悪巧みしたような笑顔を見たゲンヤは、呆れたような表情を浮かべて通信を繋いだ。


『話とは何だ?』


通信を繋いだ老練の一佐は年老いた声でそう口にしながら、画面越しに渋面を向けてくる。鷹のような鋭い目がやけに印象的だ。


「初めまして、自分は——」


『さっさと本題に入れ。私は忙しいんだ』


一佐は迷惑そうに手を振って溜め息を吐く。


「はい。今朝発見された本局所属オーダス三尉の件はご存知ですね。実はオーダス三尉を殺害した犯人のものと思われる足跡を発見し、それを追跡しました」


『……ほう』


一佐の鷹のように鋭い目が僅かに見開かれる。それに加えてしてやったりといった表情を浮かべた。


本局が介入する直前に犯人の手がかりが出た。上手く行けば執務官が引き継ぐ前に事件を解決し、介入を防げる。そういう打算が一佐の表情に表れていた。


どうやら一佐は縄張り意識が強い地上の局員のようだ。これならば上手く行けると考えジョシュアは報告を続ける。


「犯人の追跡を続けた結果、このまま本局に捜査権を奪われると地上が不利になる可能性がある事が判明しました」


『どういう意味だ』


してやったりといった一佐の表情が一瞬で消え去り、訝しむような表情で鋭い目を向けてくる。


「犯人の痕跡を辿った先は、地上本部でした。つまり地上の局員である可能性が非常に高い」


『何だと!』


通信画面越しの一佐の表情が驚愕と困惑、それと怒りに染まっていく。忙しい人だ。


「このまま本局に捜査権が渡れば、地上本部の汚点として管理局中に知れ渡るでしょうね」


『貴様、何を呑気に——』


「だからこそ!」


一佐の言葉を強引に遮り、ジョシュアは淡々と提案を述べる。


「だからこそ、我々が解決しなければならない事件です。そこで捜査権限の譲渡をあと一日だけ引き延ばしてもらえませんか?」


『たった一日で犯人を逮捕出来ると、そういうことか?』


「はい」


自信ありげなジョシュアの肯定に一佐は訝しげな視線を向けてきた。


『逮捕出来るという根拠は何だ』


「足跡の追跡で犯人像は大分絞り込めました。後数時間もすれば逮捕出来ます」


「それを信じろと?」


「はい」


二度目の肯定に一佐は溜め息を吐き、


『いいだろう』


ジョシュアが内心ホッとしていると、一佐は更に言葉を続ける。


『今日中に逮捕出来なかった場合、どうなるか判っているな?』


「どうぞ、お好きなように」


一佐は額に血管を浮かび上がらせ『覚悟はしておけ』と言いながら通信を切った。


肩が凝った、と態度で示すように肩をすくめると、再び通信画面が開いた。映るのは上司であるゲンヤ。


『おめぇ、何を考えてやがる』


ゲンヤの声は怒気が籠っていた。勿論ジョシュアにその責任はある。


上司であるゲンヤの頭越しで何かを決め、しかも責任はジョシュアが負うようにしむけたのだ。これでは上司の意味が無い。ゲンヤが怒るのは当然だった。


『あんな事をしてただで済むと思ってるのか?』


「まあ、僻地に飛ばされる事ぐらいは覚悟してます。でも問題はありません、今日中に犯人は逮捕出来ます」


『どの口が問題無いなんて言いやがる。大有りだ馬鹿野郎が、俺の仕事を取りやがって』


そう言ってゲンヤは重く溜め息を吐き、表情を切り替える。


『やっちまったもんは仕方がねぇ。今日中に犯人を逮捕しろよ、マッドフィールド』


さすがに部隊長であるゲンヤは切り替えが早い。諸々の連絡事項を告げて通信を切った。


やる事はやったので捜査再開——と、行きたかったのだが、父親と違って娘はまだ切り替えが出来ていないようだった。


その証拠と言わんばかりにギンガは訝しげな視線を向けてくる。


「どうしてあんなことを言ったんですか?」


責めるような口調、僅かに怒気を孕んだ目。それをまるで、気に入らない事に拗ねる子供のようだった。いや、実際ギンガはまだ子供なのだ。


確かに容姿は大人びていて、局員として経験も積んでいるだろう。


だが陸と海の争いの理不尽を素直に受け入れる事が出来ていない。


ジョシュアがその理不尽を平然と受け入れている事に納得できていないのが、その証拠だろう。


「あんなことをあの一佐に言えば、ジョシュアさんは——」


「俺が108に出向している理由はなんだ?」


言葉を遮られた事にギンガは一瞬口を噤むが、すぐさま答えを口にする。


「この殺人事件を…………あ」


何かに気づいたようにギンガは言葉を止めた。ジョシュアは軽く溜め息を吐きながら少し苛ついた口調で喋る。


「そうだ、俺は事件を解決するために108に出向している。なのに本局に捜査権限を取られたら俺は何のために出向したんだって事になる」


本局に権限を取られればジョシュアとギンガは捜査から外され、別の事件に回される事になる。


ギンガはそれでも問題はないだろうが、この事件を解決するために他の部隊から出向してきたジョシュアにとって、それは納得出来るものではない。


犯人像を考察し、痕跡を見つけ、それらを報告する。ジョシュアがやったのはそれだけだ。しかしそんな仕事は道具さえあれば誰でもできる。ジョシュアがいる意味はない。


事件を解決してこそ、ジョシュアが出向した意味が生じる。


それ以前に、わざわざゲンヤが名指しでジョシュアを出向させたというのに結果を残せなければ、ゲンヤに対する上層部の評価まで下がってしまう。


借りを返しに来たのにそれでは意味がない。だからこそジョシュアは事件を自分の手で解決するために責任すら負うのだ。


それを理解したのか、ギンガは申し訳なさそうに頭を下げた。


「……ごめんなさい、私——」


「別にいいって、気にすんな。お前は俺の面倒ごとに巻き込まれたようなものなんだからな」


「でも」


下げた頭を少し上げ、申し訳なさそうな表情をしているギンガを見ると、何か酷い事をしてしまったようで気まずい。


「あー、じゃああれだ」


そう言ってジョシュアは手を差し出し、


「昨日没収した煙草返してくれ」


その言葉を聞いたギンガは一瞬ポカンと惚け、陸士服の胸元を探った。そうして取り出したのはまだ半分以上残っている煙草。


ギンガは差し出された手に煙草を乗せ、


「は、はい、どう…………ってそれとこれは話が違います!」


急に怒りだした。煙草はギンガの懐に戻ってしまい、差し出したジョシュアの手のひらが寂しそうに空を掴んだ。


「おいおい、今のは何も言わずに返す場面だろ」


「だめです」


わざとらしく肩を落としたジョシュアは頭を掻く。


「ならさっさと犯人を取っ捕まえるか。そうすりゃ煙草を吸うぐらい大めにみてくれるだろ?」


「……まあ、それなら」


「うっし、んじゃ行くか」


猶予は一日。容疑者は管理局員の可能性が大。証拠は犯人の足跡のみ。


犯人を逮捕するには心許ないが、それでもジョシュアは歩みを止めない。


この道を進むと決めたのは自分自身なのだから。








二人がいるのは地上本部の警備室。眼前には数十の監視モニターが地上本部の内部から外部まで、あらゆる場所を映している。


犯人が地上本部に来たのなら、何処かに必ず映像が残っているはず。そう考え、ジョシュアとギンガは警備室へと足を運んでいた。


「ギンガ、あの足跡を見て何か気づいたか?」


靴に付いた血痕の痕跡は地上本部前で途絶えてしまった。しかしそれだけでも十分捜査は可能だ。


足跡だけでも犯人のおおまかな輪郭を掴む事が出来る。


「歩幅が不規則だったから、多分武装隊員ではないですね」


「多分そうだろうな。それに体重の掛け方も一定じゃない、とすれば犯人の絞り込みはそう難しくはない」


武装隊員ではなく、被害者が殺害された時間の直後に地上本部を訪れ、血痕の痕跡が残るルートを歩いた者。それが局員連続殺人の犯人だ。


「そこだ、止めてくれ」


「はい」


一時停止された画面に映るのは三十代の男性局員。茶色い陸士服を着たこの局員は痕跡の残るルートを歩いた唯一の人物。


この男は直前に一人の局員を殺害しているはずだ。だというのに連続殺人犯に似合わず晴れ晴れとした表情をしている。


「どうやら、とことん堕ちたらしいな」


人を殺した直後にこの表情が出来るというのは、もはや救いようがないという証拠だろう。


ギンガはどこか辛そうな表情でこの男の情報を検索。ヒットした。


「ローランド・ディッグ一等陸士、三十二歳。所属は人事部ですね」


「……どうりで局員ばかりが狙われるはずだ」


人事部ならば局員のスケジュールを自由に知る事が出来るだろう。


有休は貯まっていないか、過剰勤務はしていないか。ディッグ一等陸士は、真っ当な理由を使って自分がこれから殺害する相手を調べ、実行した。


人を守るべき立場にある局員が、局員としての立場を利用して局員を殺す。ある意味最悪の裏切りだ。


「ギンガ、デバイスは持ってきたか?」


憤りを押さえ込んだ相棒へと問いかける。


返事とばかりに鈍い光を反射する篭手、リボルバーナックルが入った箱を見せるギンガにジョシュアはニッと唇を歪める。


「よし、行くか。事件を終わらせるぞ」


「はい!」








後餓鬼


えーと、まずごめんなさい。


前回物語を進めると言いながらあまり進んでいません。


犯人が判っただけじゃねぇか! という幻聴が聞こえてきそうです。


次回はちょっとしたバトル? が入る予定です。もしかしたらバトルなんて言えないかもしれませんが…………


あと、拙作の小話でもと思ったんですが、予定よりも物語が進まなくて話す事が出来ません、ごめんなさい。


謝ってばかりですみまs…………えー、次の話は月末、はスケジュール的に難しいので来月の今頃になるかもしれません、ごめんなs…・………・・・・・


最後に、拙作の文量はやはり短いでしょうか? 他の方のSSを読んでいると常々そう思います。ご意見がありましたらどうぞ。


それでは。2010/07/12


作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ-ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。