二 捜査開始



ジョシュアの目の前に空間パネルが開かれ、五人のバストアップした画像が映し出されている。


画像の隣には被害者五人の経歴や殺害場所、死亡推定時刻が記されていた。


ナカジマ三佐の言うとおり、それぞれの被害者に局員という以外は共通点は無い。


強引に挙げるとすれば被害者は全員男ということぐらいだ。


被害者のうち二人は魔導師で、二番目の被害者がランクB、五番目がランクC。


二人して現役の武装隊員ときている。


それだけを見れば犯人は最低ランクB以上の魔導師の可能性が出てくるが、魔導師二人の殺害現場から抵抗の跡が見つからないのが不可解だった。


「それ以上に厄介なのが……」


殺害と殺害の間隔が殺しを重ねるごとに短くなってきている。これでは近いうちに六人目の被害者が出るかもしれない。だからこそ早期解決を望むべき、なのだが――


「本局か」


四人目の被害者が本局の二等空尉だった。目的は不明だが遺体が私服姿だったところを見ると、休暇で地上に降りてきていたのかもしれない。


重要なのは『本局』の局員が殺害されたという事。


現場はミッドだとしても被害者が本局所属、さらに凶器が質量兵器とくれば執務官クラスが動く。


実際捜査権限を譲渡するようにと通達されていた。


しかし、はいそうですかと言えないのが上層部だ。ここで本局と地上の溝が原因で面倒になってくる。


捜査権を渡したくない地上の上層部はさっさと解決しろと言い、本局は捜査権を渡せという。


そんな状態で被害者が増え続ければこれ幸いと責任問題を叫ぶ輩が出てくるだろう。


勿論上層部は現場に責任をなすりつける。つまり捜査担当の108部隊長ゲンヤに責任の矛先が向く。


元々優秀な人材が揃う本局だ。いずれはそれを理由にして強引に捜査権限を奪いに来るだろう。


そうなればゲンヤは地上の上層部からも非難される。


上層部の思惑など本来なら気にしないが、恩人が被害に遭うならそうは言ってられない。


ジョシュアは全力で捜査をすると決めた。


しかしその前に充電が必要だ。


まずは懐からお気に入りの煙草と携帯灰皿を取り出し、焼け焦げた古いジッポライターで火を点ける。


「…………フウゥー」


天井へ向けて美味そうに煙を吐きだし、携帯灰皿にトントン、と灰を捨てる。


巧い具合に頭がぼーっとしていくのを感じながら、ジョシュアは至福の時を味わう。


次の一息を吸おうと煙草を口へ近づけるが、何やら不穏な視線を感じて周囲へ視線を向けた。


周囲にはジョシュアと同じようにデスクワークをしていた108部隊員がいる。そして隊員たちの視線はジョシュアへ向いていた。


ほとんどの視線に侮蔑が含まれ、女性に至ってはまるで汚物でも見るような恐ろしく荒んだものまであった。


それに混ざるように微かな同情の視線がある。


「ま、まさか……」


「ジョシュアさん」


そんなジョシュアに新しい相棒、ギンガが近付く。


幸い周囲から向けられる侮蔑の視線は向けてこないが、代わりに呆れたような表情をしていた。


「お、おいギンガ、まさか、まさかだよな? 108ってもしかして……」


ギンガは一息吸い、声を張り上げる。





「ここは!! 禁! 煙! です!!」





慌ててもう一度周囲を見渡すと同情の目をした二、三人と目が合う。


恐らく自分と同類だろうとジョシュアが思っていると、視線に一つの言葉が含まれている事に気づく。


『ご愁傷さま』


ジョシュアの周囲に、味方はいなかった。











一口吸っただけで消された煙草を惜しみながらもジョシュアは捜査へ向かう。


まずは現場を見るという事でギンガと共に廃棄都市区画へ向かっていた。


「そこを右です」


ジョシュアは言われた通りハンドルを右へ切り、フロントガラスから見える空へ視線を向ける。


日は高く、雲が少ない青空がそこにはあった。こんな時こそ煙草が美味く感じるだろうが、隣に座る相棒はそれを許しはしない。


「……くそう、至福の一本が」


大の大人がまるで子供のようにいじけた言葉を吐いた。


「煙草は身体に悪いんですから、止めた方がいいですよ」


助手席のギンガの優しくも批判の声にジョシュアは苦しげに反論する。


「いや、あれだ。なんて言うかな、煙草を吸えば頭がすっきりするんだよ。わかるか?」


「わかりません」


「……さいですか」


さらにいじけるジョシュアにギンガは溜息を吐く。


呆れたようなギンガの姿にジョシュアは既視感を感じた。


「………………ああ、そういえばクイントさんもそんな風に溜息吐いてたな」


「え?」


「何度注意されても俺が喫煙するからクイントさんはその度に煙草を取り上げてた。で、取り上げたあとには決まってそんなため息を吐いてたな」


「……母さんが…………ん?」


「どうした?」


「ジョシュアさん、今御幾つですか?」


「あー、二十七」


「じゃあ、母さんの部下だった頃は?」


「あー、じゅ……にじゅう」


「十九歳ですね」


その瞬間、車内に緊張感が満ちる。


「では、喫煙が禁止されている年齢はいくつでしょうか?」


「…………じゅうきゅう」


ちゃんと(嘘を)答えたのにギンガは無視。口調を強めて詰問してくる。


「局員でありながら法を破っていたんですか?」


ジョシュアは額から冷や汗を出しながら「あー」とか「いや」とか呟く。


それを見たギンガは仕方ないといった様子で既視感のある溜息を吐いた。


「一日に何本吸っているんですか?」


「……五本」


「もう一度聞きます。一日に何本吸っているんですか?」


「……じゅ、十本」


「これが最後です。一日に、何本、吸っているんですか?」


「に、ニ十本です。マム」


その答えにギンガは溜息を吐き、手を差し出す。


それを見てジョシュアは頭に疑問符を浮かべた。


「出してください」


ここで「何を?」と訊けば鉄拳が飛んできそうなのでジョシュアは素直に懐から煙草を差し出す。


「あ、そこを左です」


言われた通りハンドルを切り、曲がった後にギンガは煙草を返した。


差し出された煙草の中身を見て「あのー、半分に減っているんですけど?」と呟くと、


「今日から喫煙量は半分にしてもらいます」というセリフと共に笑顔を向けられる。それはもうとても嬉しそうで無邪気な笑顔。


しかしジョシュアにとっては死刑執行人の血塗られた笑顔に見えた。


絶望的な宣告を受け、さすがに反対の声を上げる。少しビビりながら。


「ちょ、ちょい待て、それはさすがに困る。俺は煙草が無いと生きていけないんだぞ」


「その煙草で命を削っているんですよ」


「いや分かってるけど、それでも止められないのが人のサガっていうものだぞ」


「自分の欲を拡大解釈しないでください。そこのビルです、止めてください」


問答無用。今のギンガにはその言葉がとてもよく似合った。


「ここが最初の現場のビルです、行きましょう」


年下だというのに立場が上の相棒に、ジョシュアはついて行くことしかできなかった。











最初の現場は酷く荒れていた。


廃棄都市区画ということもあり、長い間放置されていたビルは今にも崩れ落ちそうだ。


「十七発か」


殺害現場に立ったジョシュアはそう呟く。


そこは階段の踊り場で縦横三、四メートルの広さがあった。


床の中心に大量の血が乾いた跡、遺体を示す白線、十六発の弾痕が残っている。


さらに床とは別に壁にも少量の血痕と弾痕が一つ、合計十七。


「十七発に何か意味があるんですか?」


隣りで見ていたギンガの質問に首を絞めるネクタイを外しながら告げる。


「一応な」


ネクタイを丸めて胸ポケットに突っ込み、ジョシュアは首に下げていた兵士の認識票であるドッグタグを胸元から出した。


「起動」


その単語の直後、ドッグタグは光を放ちペンライトへと姿を変える。


「それは、デバイスですか?」


「ああ、痕跡を探るのに使える。多分十七発ってのは質量兵器……まあ弾丸の口径からして拳銃だな。その拳銃の弾倉に入る限界かもしれない」


ジョシュアはペンライトの光で乾いた血痕を照らしながら言葉を続ける。


ペンライトを捻ると光の色が変わり、現場が赤や青の光に照らされていく。


「つまり犯人は被害者を殺した後、無駄に弾切れまで撃ちまくったってことだ。プロなら一発、最低でも二発で終わる。つまり――」


溜息を吐いてペンライトをドッグタグへ戻し、ギンガへ視線を向ける。


「被害者に相当の恨みがあったか、もしくは殺しが初めてだったんだろう」


「初めて?」


「新兵によくあることだ。初めての戦場で興奮して残弾を考えないで撃ちまくるんだよ。それと同じで犯人は殺しに慣れていない所為でトリガーを引き続けたのかもしれないな。ま、両方の可能性もある」


言葉を終えるとジョシュアは踵を返し下り階段へ向かう。


「んじゃ次行ってみるか」


「もういいんですか?」


ギンガの問いは尤もだ。この現場に来てジョシュアはペンライトで照らしただけで五分と掛かっていない。


「ああ、時間経ちすぎたせいか在留物の反応が無いし、あったとしても劣化しているだろうから証拠としては使えない。だったらさっさと次に行った方がいい」


既に証拠の大部分は回収されているはずだが稀に未回収のものが現場に残っている場合もある。


それを劣化させないためにも迅速に捜査を進める必要があった。


「ま、とにかく行こうぜ。日が落ちる前には終わらせたい、ついでに早く煙草を吸いたい」


最後の一文は失言だった、と気付いた時には既に遅く、ギンガは怒気を放っている。


ジョシュアはそれから逃げるように早足で階段を下った。











結局五つの現場を回った結果、ほとんど収穫は無かった。


他の捜査官や鑑識官により現場検証は終わっているので当然ではあったが、それでも念の為と言う意味もあって五つの現場を回っていると日が落ち初め、都市を赤く染めていた。


「なぁギンガ」


「何ですか?」


ジョシュアは最後の現場であるマンションから出てきたところで足を止め、ギンガに声をかける。


「頼むから煙草吸わせて」


結局ギンガは煙草半分ではなく全て取り上げ、ジョシュアに強制的な禁煙をさせていたのだ。


勿論、現場を一つ調べる度に煙を吸おうとするジョシュアが原因だった。


「仕方ないですね、今日の仕事はこれで終わりにしましょう。はい、どうぞ」


呆れたようにギンガは煙草を渡す。


ジョシュアは受け取った煙草にすぐさま火を点け、実に美味そうに煙を吸い煙を吐き出す。


まさに至福の時といった様子のジョシュアに呆れた様子でギンガは声をかける。


「ジョシュアさんはこれからどうします?」


「んー、家帰って飯食って情報の整理でもするかな」


「じゃあ家で夕飯を食べませんか?」


その言葉を聞いたジョシュアはたっぷり十秒ほど煙を吸うのも忘れ呆然とし、煙草をくわえたままギンガの両肩に手を置く。


「いいかよく聞け、ギンガ」


「は、はい?」


ジョシュアは真面目な顔つきでギンガと向き合って重々しく口を開き、


「男を家に連れ込む時は顔を赤らめて上目使いにすると効果てぐばあぁァッ!」


顔面にリボルバーナックルを喰らった。


「ななな何を言ってるんですか私が誘ったのは夕飯だけです! それに家には父さんもいます!」


「あ、そうなのか?」


「そうです!」


頬に拳の跡がついたジョシュアは飛ばされた煙草を拾って一息吸い、


「……フ―。んじゃあ八年ぶりに世話になるかな」


懐かしそうに目を細めた。











あとがき

……ギンガのセリフはこんな感じでいいのだろうか?

正直ビクビクしながら書いています。

しかし展開が遅いような気がする。それ以前に一話ごとの区切りがこれでいいのだろうか?

とにかく思考錯誤しながら書き続けます。

追記  前回あとがきでタルカス? と書きましたがカルタスが正しい名前でしたね。

2010/6/4


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