神楽が勇人と同居してから翌日。

カーテン越しに照らされる太陽の光。

部屋中に鳴り響く目覚まし時計のアラーム音。

既に時計は8時を回っていた。


「うぅ……」


勇人はベッドの上で、襲い掛かる眠気と戦っていた。

アラーム音が耳から脳へと響き渡っていく。

好い加減に煩わしくなったのか、思いっきり目覚まし時計を叩く。

ようやくアラーム音が消え去り、ゆっくりと身体を起こす。

その目は未だ焦点が合っておらず、今にも寝てしまいそうだった。


「やべ……飯作らねえと」


ベッドから床に足を付けて、ゆっくりと立ち上がる。

寝ぼけた頭でドアを開ける。

すると、台所から良い匂いが漂ってくる。


(この匂い……味噌汁か)


食欲そそる味噌の香りに腹の虫が鳴る。

それと同時に寝ぼけた思考も徐々に目覚めていく。

勇人は階段を一歩ずつ降りていき、リビングのドアを開ける。


「あ?」


其処には卵焼き、味噌汁、白米などが食卓に並んでいた。

目の前に光景に思考が追いつかず、勇人は呆然とする。


「何時まで其処で突っ立てる気だ。さっさと顔を洗って来い」


すると、突然発せられた声の方へ視線を向ける。

其処には未だ料理を作り続ける神楽が居た。


「これ、アンタが作ったのか?」

「この家に居るのは俺とお前だけだ、他に誰が居る?」

「いねえよな」


昨晩も神楽が料理を作った事を思い出す。

焼きそばだけだったが、これがかなり美味しかった。

勇人はその味を思い出し、何時の間にか口から涎が垂れていた。


(やべっ! よだれが出てきた)


すぐに涎に気付き、必死で拭き取る。

神楽は焼き魚を並べながら、小さくため息を零す。


「何時まで其処で突っ立っている、さっさと顔を洗って来い」

「言われなくても分かってるよ!」


勇人は直ぐに洗面所へと移動する。

一人残された神楽は黙々と料理を並べていく。


「この位で充分か。まあ、今日は相当厳しくなるからな。それなりにスタミナは付けてもらわんとな」


神楽は小さく笑みを浮かべる。

その笑みは喜びよりも、楽しさに似た笑みだった。


「あの小僧に教えてやらんとな、力というやつをな……」


これから起こり得るで有ろう修行。

それは過酷で厳しい修行だった。















魔法少女リリカルなのはA’S

刃煌く黄昏の魔道師 第4話【修行】










勇人と神楽は朝食を済ませた後、転送魔法で本局へと移動する。

改めて見る本局に挙動不審の勇人。

神楽は横目で勇人を見下ろす。


「あまりキョロキョロするな」

「だって、前はあまり見学する暇なかったし」

「此処を社会見学の場だと思ってないか?」

「うるせえ! 別にいいだろうが!」


勇人は頬を染めながら叫ぶ。

そんな勇人を横目で見下ろし、呆れる神楽。


「戸頃で、本当に魔法を教えてくれるんだろうな」

「ああ、その為に此処に来た」


神楽は目的……それはデバイスだった。

勇人にデバイスを渡す。

それが本局に居る理由だった。

それさえ渡せれば修行を行える空間へ移動し、実行する。

だが、神楽には一つだけ懸念するものが有った。


(問題はコイツの成長速度だ、現状のレベルでは殆ど未知数だ)


それは勇人の成長レベル。

唯でさえ闇の書事件に関する情報が分かり辛い状況。

せめてこの事件を解決するには一人でも魔導師が欲しい所だった。


(完全に熟す頃には恐らくこの事件も終わってる。今回で教えられるレベルは付け焼刃程度か)


内心舌打ちをする神楽。

時間の無さが焦りを生み、僅かに表情へと出る。

そんな神楽を勇人は見上げていた。


「おい、どうしたんだよ」

「何でもない」

「そんな面には見えねえんだがな」

「そうか……(こんな子供に心配されるとはな)」


神楽は内心己を恥じる。

勇人はそんな神楽の心情を知らず、唯魔法やデバイスの事だけ考えていた。


(ようやく俺様にもなのは達と戦える力が手に入るのか。これで一緒に戦える)


内心期待と興奮に染まっていた。

すると、神楽が急に立ち止まる。

急に立ち止まった事により、勇人は歩みが止められず、背中に鼻を打った。

わずかに鼻が赤くなり、痛みで鼻を摩る。

勇人は直ぐに神楽を見上げる。


「急に立ち止まってどうしたんだよ?」

「目的地に着いたぞ」

「え?」


神楽は横に有る扉を開け、中へと入っていく。

勇人も神楽に続いて、中に入った。

中には緑色のショートヘアーの女性が立っていた。


「待たせたマリー」


マリーと呼ばれた女性は神楽と握手する。


「で、例の物は完成したか?」

「はい……ようやく完成しました」


マリーは小さな箱を取り出し、ゆっくりと開ける。

勇人と神楽は開けられた箱の中身を見詰めた。


「これがデバイスか……」


勇人が小さく呟き、尚も箱の中の物体を見つめる。

それは小さな菱形の黒い宝石が箱の中に保管されていた。

マリーは菱形の宝石を取り出し、神楽へと渡す。


「苦労しましたよ。数少ないベルカ式デバイスのデータにミッド式デバイスに取り入れるなんて」

「ベルカ式にミッド式? 何だよそりゃ?」


勇人は聞き慣れない単語に困惑し、怪訝な表情で神楽を見詰める。

しかし、神楽は勇人を見下ろし、ため息を零す。


「後で教えてやる。今は黙ってろ」

「……分かったよ」


渋々頷く勇人。

神楽はそっと黒い宝石を掴む。


「で、こいつの名称は?」

「複合型インテリジェントデバイス『イケロス』です」


イケロスという単語に小さく笑みを浮かべる神楽。

それは獣の姿を模った恐怖症を司る夢と称される存在。

それがイケロスという名称だった。


「随分と大層な名前を付けたな」

「まあ、上層部がつけた名前ですから、我慢して下さい」

「今はこれで充分だ」


神楽は勇人に近付き、見下ろす。


「手を出せ」

「おう……」


神楽はそっと勇人に手に、デバイスを置く。

勇人の掌の中心に置かれたデバイスを見詰める。

黒く煌く宝石に、わずかに心を奪われる。

しかし、直ぐにギュッと強く握り締める。


「ところで、どうやってデバイスを動かせるんだ?」

「ちょっと待って下さいね」


マリーはボタンを打ち込んでいく。

すると、宙に浮かび上がり、徐々にデバイスが起動されていく。


『起動開始』


デバイスから男性のような声が発せられる。

それだけで勇人は興奮していく。

だが、徐々に押さえ込んでいく。


『お前がマスターか、兄弟?』


兄弟という発言に眉を顰める勇人。


「おい、俺様はお前の兄弟じゃねえぞ」

『いいじゃねえか。どうせこれから一緒になるんだしよ、兄弟』

「よくねえよ! 兄弟なんて御免だ!」

『おいおい、短気は損気だろ』

「お前の所為だろうが!」


勇人はイケロスと馬が合わず、イライラを募らせる。

神楽はその光景にため息を零す。


「好い加減にしろ。それがお前のパートナーになるんだ」

「……俺様は本当にコイツと上手くいくか不安になってきた」


勇人は内心不安を覚える。

これからのパートナーに期待を寄せてただけに、ショックも大きかった。

だが、愕然とした気分を首を振って、消し去ろうとする。

これからのパートナーになる存在を否応でも手を借りなければならない。

その為に得た存在だ。

再びイケロスと向き合う勇人。


「まあ、よろしく……相棒」

『ああ、よろしくな兄弟』


勇人は壊れ物を触るようにゆっくりとイケロスを掴む。

ようやく勇人が力を得た瞬間だった。

神楽はその光景を見た後、マリーを見る。


「もし、これから戦闘をやるとして、最長でどれ位だ?」

「勇人君の魔力資質によりますが、現状では一時間が限界かと」

「それはバリアジャケットを維持した状態でか?」

「はい。魔法を使うとなると更に短くなる可能性が……」


マリーの言葉に神楽は眉間を皺を寄せる。

大抵の戦闘では1時間以内に片が付く。

しかし、長期戦となる可能性も考慮する。

相手は守護騎士『ヴォルケンリッター』

勇人には荷の重過ぎる相手。

今後の事に、神楽は小さくため息を零す。


「何時までそうしてる気だ。とっとと修行を行うぞ」


そのまま研究室を後にする神楽。


「おう!」


勇人も意気揚々と神楽の後を追って行く。

一人研究室に取り残されたマリーは一抹の不安を覚える。

それは修行という単語を聞いてしまったからだ。


「デバイス……壊されなきゃいいけど」


小さな呟きは誰にも聞かれる事なく虚空へと消え去った。



















勇人と神楽は模擬戦の舞台となる荒野のような場所に来ていた。

荒れ果てた大地に渇いた空気、雲ひとつ無い快晴。

勇人は立ってるだけで汗が大量に流れ落ちる。

逆に神楽は涼しい顔で勇人を見下ろしていた。


「なあ、此処で本当にやるのか?」

「ああ。此れ位の暑さならお前の体力強化を打って付けだからな」

「……分かったよ」


勇人は暑さで体力が奪われていく。


「で、好い加減話をさせてもらうぞ」


神楽は真剣な眼差しで勇人を見下ろす。


「さっきお前が言ってたミッド式やベルカ式について聞きたかったな?」

「ああ。そもそも俺様は大して詳しくねえんだよ」

「そうだな。先ずは魔法には二つの種類がある、ミッド式とベルカ式だ」


更に神楽は言葉を紡いでいく。


「基本俺や高町達が使ってるのはミッド式の魔法。そして、俺達が戦おうとしてる相手が持つのはベルカ式魔法だ」

「だから、何が違うんだ?」

「近接戦か遠距離戦かの違いだ。ミッド式は主に遠距離中心の魔法、ベルカ式は近接戦中心の魔法だ」


神楽はミッド式とベルカ式の違いを大雑把な説明をする。

勇人は大雑把な説明ながらも少ない脳で理解する。

不意に神楽とマリーの会話を思い出す。

イケロスはミッド式にもベルカ式を複合させたデバイス。

つまり二つの魔法を扱える代物だった。


「お前って凄いデバイスなんだな」


自分のデバイス『イケロス』を見詰める。


『当たり前だろうが、全技術の粋を集めて完成したのが俺よ!』

「自慢げに言うなよ」


だが、やっぱり馬が合わず不安を覚える勇人だった。


「最もお前の魔力ランクでは扱える魔法は知れてるがな」

「魔力ランク?」

「そうだ、魔力はそれぞれランク付けされてる。お前のランクはCランクだ」

「それって高いのか?」

「普通だ」


勇人はランクを聞き、何とも言えない表情する。

すると、不意にある疑問が浮かび上がる。

それはなのはやフェイトのランク。

自分のランクがあるなら、当然なのはやフェイトのランクもある筈。


「なあ、なのはやフェイトの魔力ってどれくらいなんだ?」

「高町やフェイトはAAランク以上だ、それに俺達に相手にする敵もそのレベルだ」

「それって高いの?」

「高い。まして現状のお前ではアイツ等のサポートすら出来ん。殆どお前は役立たず同然だ」


なのはやフェイトの魔力を聞いて、勇人は愕然とする。

現状でのレベルでは役立たず扱い。

心の奥底まで突き刺さった一言だった。


「最も魔力だけで敵に勝てるほど、甘くはないがな」

「そうなのか?」


半泣き状態で勇人は神楽を見上げる。


「ああ。戦闘に大事なのは経験と知識だ。最もお前はその二つ共欠けてるがな」

「アンタはフォローしてんのか、傷付けてんのか、どっちだよ!」

「事実を教えてやってるだけだ」

「いらん事実だ!」


勇人はもはや泣くしかなかった。

泣き続ける勇人を無視し、離れていく神楽。


「さて……始めるぞ」


神楽の纏っていた雰囲気が変わる。

全身に威圧感を漂わせ、眼光には強い覚悟のようなものを秘めていた。

勇人の全身に威圧感が襲い掛かり、息を飲む。

すると、神楽が首筋に掛けて有った金色のペンダントを外した。

勇人は怪訝な顔付きで神楽を見詰める。


「ボルトエンペラー……セットアップ」

『セットアップ』


金色の魔力光が神楽を包み込む。

管理局員の服は全て消え去り、白を基調としたロングコートやズボンを身に纏い、両腕には篭手、両足には具足を身に纏っていた。

勇人は状況が分からず、口をあんぐりしていた。


「お前もやってみろ」

「無茶言うんじゃねえ! 言われて出来たら苦労しねえよ。というか、それは何だよ!」

『あれはバリアジャケットだ。まあ、防護服みてえなモンだな』


すかさず説明を入れるイケロス。

バリアジャケットの存在を知り、理解する勇人。

しかし、神楽はそれを一回見ただけで実行しろと言う。


「……無理に決まってるだろうが!」

「安心しろ。先ずイメージしろ、自分の服となる物をな」


勇人は必死にバリアジャケットの形をイメージする。

黒いノースリーブの黒いロングコートとズボンが浮かび上がってくる。


「イメージが出来たらデバイスにセットアップを言え」

「え〜と……セットアップ!」

『セットアップ』


深紅の魔力光が勇人を包んでいく。

今まで着ていた服は消え去り、黒いノースリーブのロングコートとズボンを身に纏い、両手にはグローブを装備していた。

勇人は自分のバリアジャケットを見渡す。


「……これがバリアジャケットか」

『似合ってるぜ兄弟』

「ありがとよ」


イケロスの言葉に勇人は思わず照れる。

だが、直ぐに神楽と向き合う。

其処には未だに威圧感を醸し出す神楽。


「あと……武器もイメージし、構成しろ」


神楽は真上にデバイスを投げる。

すると、金色のデバイスが両刃型の長剣と鞘が構成されていく。

長剣にはベルカ式デバイスの特徴的なカードリッジシステムも搭載されていた。


「やってみろ」


勇人も其れを見習って、必死で武器をイメージしていく。

真先に脳裏に浮かんだ形……それは刀。

イケロスもそのイメージに呼応するように、徐々に構成されていく。

最後には一本の刀と鞘が生み出される。

柄の先には黒く煌くデバイスが埋め込まれていた。

当然カードリッジシステムが搭載されていた。


「これが俺様の杖か……」


勇人は何回か刀を素振りをし、重量を確認する。

重た過ぎず、軽過ぎず、ちょうど自分の手にしっくり来る重さだった。

神楽も何回か素振りをした後、構える。


「さて、始める前に最初に教えておくものがある」

「何だよ?」

「絶対に気を抜かず、目を反らさず、攻撃する事に恐れを抱くな。この三つを身体の芯まで叩き込め」

「……おう」

「では、始めるぞ」


神楽は足に力を込め、一気に駆け出す。

勇人は真っ向から受け止めようとする。


『兄弟、相手の刃を受け止めず横に飛べ』

「えっ……おう」


神楽は一直線に向かっていき、刃を振り落とす。

しかし、勇人は咄嗟に右に躱す。

振り落とされた刃は衝撃で、地面が裂かれる。

その光景に思わず息を飲む勇人。

真っ向から受け止めていたら、刀ごと斬られていた光景が脳裏に浮かぶ。


『いいか。体格や経験が上のアイツにお前が接近戦じゃ勝てねえ事は分かるな』

「ああ……」

『躱し続けるか、魔法で防御しろ』

「簡単に言ってくれるぜ」

『まあ、ちゃんと魔法のタイミングはこっちで計ってやるからよ』

「頼んだぜ」


勇人は集中し、刀を構える。

神楽は直ぐに右手を翳し、魔力が10発の魔力弾へと構成されていく。


『アクセルシュート』


右手から放たれる10発の魔力弾。


『あれは誘導式の魔法だ。避けても追跡してくるぞ』

「なら、どうするんだよ!」

『兄弟! 右手を翳せ!」


迫り来る砲撃に勇人は身動きせず立ち、右手を翳す。


『プロテクション』


すると、勇人の眼前に防御魔法が構成されていく。

一発、二発と砲撃を防御する障壁。

しかし、一発の威力に顔を顰める勇人。


(なんつう衝撃だよ!)


威力と衝撃にわずかに後退していく勇人。

しかも、一発一発喰らう度に徐々に亀裂が入っていく。

しかし、何とか10発の砲弾に耐え切る。

耐え切った事に安心感を覚える。


『膨大な魔力反応あり!』


しかし、イケロスの声で気を引き締める勇人。

先程得た安心感を消し去るように一発の巨大な魔力弾が勇人に迫る。


「くそっ!」


防げないと判断すると、プロテクションを解除。

迫り来る魔力弾をとっさに左に走って回避。

だが、地面に直撃した魔力弾の衝撃で吹き飛ばされ、倒れる。

神楽は遠方上空より静かな佇まいで勇人を見下ろす。


「どうした、この程度で終りか?」

「誰が!」


勇人は刀を杖代わりに立ち上がる。


『大丈夫か兄弟?』

「ん。バリアジャケットって言うのも凄えな。あんま衝撃が来ねえぞ」

『だが、そう何回も防げるモンじゃねえぞ』

「分かってる」


上空に佇む神楽を睨み付ける勇人。

刀を地面から抜き、構える。

すると、神楽の長剣からカードリッジが一つロードされ、金色の魔力が備わっていく。


『ブレードスラッシュ』


横薙ぎに振るわれる刃と共により放たれる金色の斬撃。

勇人は再びプロテクションを発動しようとする。


『駄目だ。あれはバリア貫通能力を持ってる魔法だ、プロテクションじゃ防げねえ』


だが、イケロスの言葉によって防御は不可能だと判断する。

迫り来る斬撃に勇人は左に走って回避する。


「甘い」


が、もう一発の金色の斬撃が既に勇人に放たれていた。

勇人は舌打ちし、迫り来る斬撃を横目に見る。

斬撃が間近まで迫った瞬間、向き合う。


「ぐっ……!」


刀を斬撃目掛けて振り落とし、真っ向から受け止める。

だが、斬撃は尚も威力を弱まらず、押し返していく。

バリアジャケット越しからも全身に響き渡る衝撃と苦痛。

思わず顔を苦痛で歪める。


「っはああああああ!」


勇人は力一杯振り落とし、斬撃を真っ二つにした。

不意に口元が笑みが零れてしまう。


「魔法に集中が行き過ぎだ、魔道師の方も見逃すな」


「ッ!」


たった一瞬の隙。

それが神楽に背後を取らせる仇となった。

背後から横薙ぎに振るわれる長剣。

勇人は咄嗟に反応し振り返ろうとする。

しかし、身体が動く前に神楽の長剣が横薙ぎに振るわれた。


「がはっ……!」


防御する暇もなく、長剣は右脇腹へと直撃する。

右脇腹付近がメキメキと音をたて、悲鳴を上げ始める。

バリアジャケット越しからも痛みだけが押し寄せ、激痛で顔を歪め、呼吸さえも忘れてしまう。

そのまま刃を振り上げ、勇人を大岩へと吹き飛ばした。


「ッ……!」


背中を大岩に叩きつけられた勇人は、肺から強制的に息を吐き出した。

なんとか地面に踏み止まったが、既に足元がおぼつかない。

神楽は右手を翳し、勇人に向ける。

すると、右手から魔方陣が現れ、中心に雷へと属性変換された魔力が集束していく。


鳴神(なるかみ)


右手より神楽のオリジナル魔法『鳴神』が放たれた。

全てを飲み込む巨大な雷の弾丸。

前方の大岩を飲み込みながら、勇人に迫って行く。

雷の弾丸の破壊力と巨大さに呆然とする勇人。

圧倒的な力の差と己の無力さに唇を噛締める。

求めていた力も現状ではあまりに無力だった。


「ちくしょう……」


電光は小さな呟きごと勇人を無情にも吹き飛ばした。

鳴神の影響で、周囲の大岩は吹き飛ばされ、砂煙が周囲を漂っていた、

次第に砂煙に雲散して行き、視線を下ろす。

視線の先には地面に倒れた勇人が居た。

砂埃がバリアジャケットに付いていたものの、殆ど外傷はなく無傷だった。


「世話の掛かる」

『主、それは貴方が原因だと思いますが』


今まで沈黙を通していたデバイス『ボルトエンペラー』が口を開く。

しかし、それは呆れを含んでいた声。

その声に神楽の眉間の皺がわずかに深くなる。


「黙れ、こういうのは最初の内から教えておく必要がある」

『何をですか?』

「痛みと自分の無力さというやつをだ」


神楽の狙いは、痛みや無力さを何れ覚えるよりも今の内に覚えさせようとする魂胆だった。

もっとも此れは賭けに近いものだった。

勇人が目覚めた時、魔導師を止めるとも言ったらそれで終わる。

その光景は脳裏に浮かべ、ため息を零す。


「転送魔法を」


神楽は勇人のBJを掴み、肩に担ぐ。


『了解しました』


足元に金色の魔方陣が展開される。

神楽は横目で勇人を見詰め、再びため息を零す。

もし戦闘が起こった時、現状での勇人のレベルでは不可能と悟る。

しかし、何時駆り出されるか、分からない。

今は少しでも効率よくする手を考える。


『転送魔法の準備完了しました、座標は?』

「ああ……海鳴で」

『了解しました』


神楽は勇人と共に海鳴へと転送された。















































神楽は海鳴に着くと、勇人の家の中に入る。

リビングのソファーで勇人をそっと寝かし付ける。

すると、部屋中に電話の着信が鳴り響く。

神楽は受話器を取り、耳に近づけた。


『もしもし……赤宮さん宅でしょうか?』

「何のようだ……リンディ」


受話器越しから聞えるリンディの声に僅かに表情を歪める神楽。

しかし、其れを察してるのか、リンディの笑い声が聞えてくる。


『ふふ……貴方が模擬戦を始めたと聞いてね』

「相変わらず耳の早い奴め。で、本題を早く言え」

『彼の調子はどう?』


リンディの声が真剣さを含んだ声が発せられる。

彼とは当然勇人の事だった。

神楽は小さくため息を零す。


「現状では一切使い物にならん、急ごしらえでも役に立つかどうか分からん」

『あらあら……』

「現状で使えるとしたら反射と目の良さ位か」

『其れ以外は殆ど駄目って事?』

「ああ、反応は出来ても身体が全く動けてない。これでは話にならん」


現状では育てても所詮は急ごしらえの魔導師。

歴戦の騎士であるヴォルケンリッターには勝てないのは明白。


『神楽……どうしたの?』


リンディの呼ぶ声にハッと意識を戻す神楽。


「いや……少し考え事をしていた」

『そう。それならいいけど』

「用件が終わったなら切るぞ」

『え! ちょっとまっ』


リンディの言葉を電話を切って遮った。

神楽はそのまま勇人の眠るソファーへと移動する。


「うぅ……」


すると、直ぐに勇人の瞼がゆっくりと開いていく。

まっさきに見えたのは天井。

見覚えのある天井に勇人は此処が自分の家だと分かった。


「此処は……俺様の家?」

「そうだ」


神楽は直ぐに隣に座る。

勇人もゆっくりを起き上がろうとする。


「うっ!」


が、起き上がろうとした途端、右脇腹に強烈な痛みが走る。

痛みで顔を歪める。

直ぐに服を捲し上げると、痣がくっきりと残っていた。

其処は神楽に長剣の一撃を喰らった所。


『大丈夫か、兄弟?』


イケロスから心配そうな声が聞こえる。

勇人は無理に笑顔を見せて、イケロスを見る。


「何でもねえよ」

「何でもない訳ない。本気で打ち込んだからな」


神楽の発言に、思いっきり睨み付ける勇人。


「何で本気で打ち込むんだよ! もう少し加減をしやがれ!」

「黙れ。反応は出来ても、動けないお前が悪い」


事実だけに勇人は反論が出来ず。

すると、神楽の表情が真剣なものへと変わる。


「これが魔導師の世界だ、一歩間違えば重傷を負う。それにお前の実力では高町達の足手纏いだ」


勇人の心に迷いが生じ、視線を落す。

確かに自分の実力もなく、魔力に至ってはなのはやフェイトにも及ばない。

毎回なのは達に心配され、より危険な目を合わせてしまう。

だが、それでも既に心の内は決まっていた。

直ぐに視線を上げて、迷いの無い目で神楽を見詰める。


「……それでも俺様は魔導師になる、そんでアイツ等の為に戦う」

「足手纏いになると分かっててもか?」

「ああ……俺様にも出来る事を見つける。でないと、何の為に魔導師になるか、分からなくなるんだよ」


ギュッと右手を握り締め、勇人見詰める。

神楽はフッと笑みを浮かべ、勇人の頭を撫でる。

頭に撫でられる感触に気持ち良さそうな顔をする。

しかし、直ぐに意識を戻すと、神楽の手を払い除ける。


「ガキ扱いすんじゃねえ!」

「お前はまだ子供だ。肉体面での精神面でもな」

『まあ、直ぐ怒鳴って反論する辺りが子供だよな』

「イケロス……お前まで」


子供発言に勇人は愕然とする。

もはや周囲の同意による結果だった。

少し落ち込みやすい体質の勇人に神楽はため息を零す。


「何時まで落ち込んでいる。これからの特訓内容を教えてやる」

「え……本当か!」

「ああ。俺の聞きたかった事も聞いたからな。さて、特訓は回避と防御を重点的に行う」


勇人は特訓内容に驚きを隠せず、目を見開く。


「おい! 攻撃とか覚えなくていいのかよ!」

「馬鹿が。お前の場合、攻撃する前に撃ち落されるのがオチだ。それなら少しでも効率よくする為に回避と防御を強化する。そうすれば時間稼ぎか囮くらいには使える」

「良くて弾除けと囮かよ。喜んでいいのか、微妙だな」

「足手纏いや役立たずよりかマシだ」


正直勇人のは喜んでいいのか、怒ればいいのか内心微妙だった。

だが、それでもなのは達の役立てる方法がある事に喜びを感じる。


「……そうだな。でも、ちゃんと攻撃も教えてくれよ」

「分かってる。最低限の攻撃と補助は教えてやる。だが、これだけは忘れるな」


神楽は真剣な眼差しで勇人を見詰める。

怪訝な顔付きで神楽を見詰める勇人。


「力は所詮力だ。どんな目的や大義を持たせようとその根源は力である事には変わりない、絶対に使い道を誤るな」


言い聞かせるように、そして、念を押すかのように言う神楽。

その表情は真剣そのもの。

勇人は思わず息を飲み、小さく頷く。


「ああ……分かったよ」

「それならいい」


神楽はその場から去っていく。

不意に自分の傍にあるイケロスを見詰める。

ようやくデバイスと魔法を知った。

だが、初めて知る魔導師としての経験は痛みと恐怖から始まった。

打ち込まれた刃の痛み。

全身に襲い掛かる魔法の衝撃。

迫り来る魔法の数々。

今日の出来事を思い出し、改めて恐怖し小刻みに震え始める。

しかし、直ぐに両頬を思いっきり何度も叩き始める。


(なにビビッてるんだよ! 一々ビビるな!)


そのまま深呼吸し、ゆっくりと恐怖を抑え込んでいく。

すると、机に何かが置かれた音がした。

ゆっくりと視線を上げると、それは救急箱だった。


「何時までも痣を残すな。明日も特訓だと言う事を忘れるな」


神楽の気遣いと優しさに口元が僅かに緩む。


「それと明日は早く起きろ。五時半からランニングだ」


だが、笑みは一瞬で消え去り、驚きへと変わる。


「ちょっと待て! 明日から学校だぞ!」

「朝五時半くらいで喚くな、それに早起きは三文の徳と言うだろうが。それと帰宅し宿題が終わり次第、即修行だ」

「俺様を過労死させる気か!」


学業と修行の両立でボロボロになる光景が勇人の脳裏に浮かぶ。

もはや朝も夜も地獄に等しい光景だった。


「それで何とか囮や時間稼ぎのレベルだ。寧ろお前には時間が無い事を忘れるな」

「うっ! 言われなくても分かってるよ!」


勇人はイケロスをその手に抱え、去ろうとする。

僅かに痛んだ右脇腹を気にせず、自分の部屋へと戻っていく。

一人残された神楽はこれからの勇人の特訓の内容を考え始める。


「暫くは回避と防御と肉体強化か」

『大変ですね』

「大変か……それはあの小僧に言ってやれ」

『そうします』


休まぬ日々が始まろうとした。
































あとがき



どうも、シリウスです。


ほとんどオリキャラだけ!


唯一登場はリンディとマリーだけです。


正直これってどうなんでしょうか?


次回はもっと出したいな


では、拍手が来ましたので感想を書かせて頂きます。



>〜これからも頑張って下さい。



拍手ありがとうございます。

そして、読んでくださり本当に嬉しいです。

その一言が私にとって最大の励みになります。

本当にありがとうございます。



では、これにて失礼します。






作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。