爆音が轟いていた。

  全てが凍りついた大地の上で世界を揺るがす衝撃が響いている。




 「ほらほら、そんな程度で終わりなのかな!!」

 「ちぃっ……!!」




  上空のメイオルティスから放たれる魔力弾をクレイルはただひたすらに回避する。

  直撃は無い。だが、氷の大地へと着弾した魔力弾はそのまま爆発を引き起こし、飛び散る破片が僅かながらもクレイルにダメージを与えていた。

  時折、岩石のような大きさの物まで飛んでくるのだから気が全く抜けない。

  このままではジリ貧になるのは目に見えている。




 「斬る……ッ!!」




  だからこそクレイルは一歩を踏み出した。

  地を蹴っての跳躍―――空中での移動手段を持たないクレイルは、メイオルティスにとっては格好の的である。

  当然、容赦なく攻撃は放たれた。




 「穿て、虚ろなる牙ッ!」




  深紅の牙がクレイルへと襲い掛かる。

  回避など元より不可能。できる事といえばまともに喰らうか、受ける家の二択しか存在しない。

  魔剣を強く握る。それに応えるかのように一瞬、魔剣が鳴動した。

  同時にその刃へと一気に体力が持っていかれ、力が抜けるのをクレイルは自覚する。

  だが問題はない。力が吸われていこうが身体の奥から更に力を引きずり出せば関係ない。

  己の生命を刃の供物と捧げ、それを以て刃とする。

  それは己自身の意思を乗せた剣。

  ならば―――




 「邪魔だ」




  この程度の攻撃如きに、道を阻まれる謂れなどなかった。

  攻撃を護法剣で文字通り一刀の下に切り伏せ、クレイルはなおもメイオルティスへと跳躍を続ける。




 「魔器、解放ッ!!!」




  瞬間、クレイルの持つ剣が輝いた。所有者の力を喰らい、魔器がその力を解放する。

  持てるありったけを注ぎ込んだ一撃を構え、メイオルティスへとなおも迫る。




 「……あは」




  敵の表情が崩れる事は無い。

  狂的な笑みを浮かべてクレイルの攻撃に真正面から受けて立つ。

  瞬く間に縮まる両者の距離。

  次の瞬間、凍える空で二つの衝撃が世界を揺るがした。

























  ナイトウィザード 2nd Existence of fabrication
                     Scene / 9「代償 〜game〜」

























  衝突の勝敗は、誰から見ても明らかだった。

  攻撃を受けたクレイルが氷の大地へと叩き付けられる。




 「がっ……ぁ……!」

 「あっははははははは!! おっしーい、あとちょっとで届いたのにねー!!」




  上からメイオルティスの嘲笑が降ってくる。

  ―――届かなかった。

  あの一撃、可能な限りのリソースを突っ込んだ一撃はメイオルティスの放った攻撃により呆気なく吹き散らされた。

  そこにあったのはただ圧倒的な力の差。絶望的とも言って良いほどの絶対的なパワー。

  人ならざるモノを束ねる王。七二柱存在するといわれる古代神、その第二階位に属する神。

  元よりただ一人の人間が神を倒す事などできはしない。

  だが、




 「まだ、だ……!」




  それでも、クレイルは立ち上がる。

  敵と自分との間にたとえどれだけ力の差が存在していようが関係ない。

  ダメージで震える脚に活を入れる。魔剣を強く握り直し、徐々に力を入れて身体を起こす。

  まだ、立てる。

  まだ、戦える。




 「へえ、中々しぶといんだねもうちょっと遊んでくれるのかな」

 「悪いが、その気は無い」




  言いざまに月衣から一丁のライフルを引き抜く。

  以前、絶滅社から調達した特注品のライフルだ。反動がシャレにならないが、それに見合うだけの破壊力を兼ね備えている。

  込められている弾は小型の結界徹甲弾。




 「ぶっ飛べ……ッ!!」




  躊躇なく、その引き金を引いた。

  仮にも傍に置いている女性と瓜二つの顔をしている相手に容赦せずに攻撃する姿を見たメイオルティスは何を思ったのか。

  ただ、その表情を一層深く歪めた。

  飛来する弾丸。結界徹甲弾という、防御を撃ち抜くための弾丸。

  それが、




 「―――時よ」




  突如として軌道上に現れた魔力球に呑まれて、跡形もなく消え去った。




 「ちっ」




  舌を打ち、反動に身体を揺らしながらもクレイルは立て続けに銃弾を放つ。

  だがそのどれもが無駄。

  全ての銃弾は軌道上に突如として現れた魔力球に呑まれて消え去った。




 「はい、またまた残念でしたー」

 「……」




  違和感を感じる。

  魔法を発動する動作すら見せずに現れた魔力球。何かしらのトリガーや動作と連動している魔法としては、ノーリアクションなど不可能だ。

  にも拘らず、メイオルティスはノーリアクションで魔法を放っている……これは何なのか?

  まるで予め仕掛けておいたかのような……しかし、それにしては銃弾の軌道上に配置されているなど偶然にしては出来すぎている。

  だとすれば……




 「……今のが、時を操る力か」

 「ありゃ、流石に知ってたか。まあ分かったところで関係ないんだけど」




  手品のタネを看破されたところでメイオルティスにとっては大して意味は無い。

  分かってはいても、防ぐ事ができなければ同じだからだ。

  つまり、状況は何一つ好転していない。




 「さ、次の手は何かな」

 「ちっ……」




  どうする、とクレイルは必死に思考を巡らせる。

  現状、おそらく攻撃は全て無意味だ。

  メイオルティスが時間を操作している以上、相手には攻撃を当てる手段や防ぐ手段を講じるだけの時間を無限に持っている事になる。

  ならば今、優先すべき事は―――




 「ん、来ないの? 来ないならこっちから行くけど」

 「―――」




  言葉は返さず、魔剣を構える事で答える。

  脚の震えも収まってきた。これならまだ戦闘するには支障もないだろう。

  そう思った瞬間、










 「だから、とっくの昔に君は攻撃されている事に気付かないかな」









  真後ろの致命的な距離から、冷徹な声が耳朶を叩いた。

  反応する暇もなければ振り向くだけの時間もない。『とっくの昔にクレイルの背にいた』メイオルティスは無情にもその武器を繰り出す。

  槍とも杖ともつかぬ、彼女が最も愛用する武具。

  人ならざる速度と力でそれが繰り出され―――










 「なら知ってるか? そーいうお決まりの台詞と一緒に出す攻撃ってのは、防がれるのが世のセオリーなんだよ」










  だが、それがクレイルの身体に届く事は無かった。

  クレイルの背後、メイオルティスの目の前。

  彼女の武具を黄金の剣で止めている一人の青年が立っている。




 「お前……」

 「……君は、確か」




  両者は驚愕に目を見開く。

  奇しくも、双方が『何故ここにいるのか』という同じ疑問を感じて。

  その疑問を一身に受けながら―――青年は宣戦布告を告げる。




 「さて、脇を固めるだけの簡単なお仕事でも始めますかね」




  皇陣耶が、メイオルティスを阻むように現れた。

























                    ◇ ◇ ◇

























  北極海付近の海域。

  極寒の空の下、猛スピードで北極の大地へと飛翔する影があった。

  漆黒の黒髪に、同じような漆黒のマントを羽織った少年―――彼の名は冥刻四天王セオキルス。

  眼帯で片目が塞がれている彼の手には、主の命により奪取した三つの宝石が握られていた。

  そして、その背後には彼を追ういくつかの影。

  セオキルスはそれを見て愉快そうに呟く。




 「ふん、性懲りもなくご苦労様な事だ。あの程度ならば蹴散らすのは容易い事だが、さて……」




  セオキルスは思案する。

  小さな力しか持たない有象無象の人間など冥刻四天王の中で対して力を持たない自分であっても簡単に対処する事ができる。

  自分の仕事は主人へといち早く宝石を届ける事だが、ついこの前に散々な目に遭わせられたばかりなのでその意趣返しも悪くはない。




 「しかし、下手に遅れるとメイオルティス様は確実に機嫌を損ねられる……だがこのままついてこられて邪魔をされる訳にもいかん。

  ならば―――」




  セオキルスが手を翳す。

  それによって引き起こされた異変を、後方のくれは達は敏感に察知した。




 「ぬ、良くない気が出てくるよ」

 「……冥魔を、喚び出したみたい」




  灯が警戒を強めてエンジェルシードを構える。

  それに続くようにくれはが破魔弓を左腕に現出させ、命はヒルコを月衣から引き抜いた。後続のロンギヌスも各々の武器を取り出す。

  戦闘準備が終わった頃に―――セオキルスの上空に、巨大なゲートが開かれた。




 「冥界門、出現!」

 「内部より冥魔の反応が多数! こちらへと向かってきます!!」

 「私達の足止めでもする気かな……これはいよいよもって世界滅亡の危機だね」




  つい先日現れたあの魔王級のエミュレイター―――セオキルスがメイオルティスの配下であるという事は彼の口から語られた事。

  だとするならば、目的はあの宝石をメイオルティスの下へと届ける事だろう。

  おそらくは、彼女が所持していた無限の魔力を誇るアーティファクト―――七罪の宝玉の代替として。

  そんな事になればどうなるかなど想像するまでもない。出現当初、暴力を際限なく振るった冥魔王が再臨するのみだ。

  あの時はルー=サイファーの奇策で乗り切ったが……今度もそうなるという保証はどこにもない。それどころか、限りなく低いだろう。




 「っ、ここは私とロンギヌスが相手をする! あかりんと命くんは先行して宝石を奪取して!」

 「「了解!」」




  灯と命が箒の速度を上げる。

  それを援護するようにくれはとロンギヌス達が展開し、冥界門から這い出てくる無数の冥魔に相対した。

  戦力比は、一対三〇はある。




 「みんな! 敵の数は多いし、正直苦しい戦いになる! けどここで退いてちゃ必ず大きな被害が……世界が滅びるような事が起こってしまう!」




  だがそれを前にしてもくれはは挫けない。

  気圧される事もなく、むしろ気迫も増してプラーナを解放する。




 「だから勝つよ! 命を投げ出してとか、そんな事は言わない。隣に立つ人を護って、みんなで支え合って、きっと生きて帰ろう!!」

 『はいっっ!!!』




  冥魔とウィザード、その両軍が一気に加速する。

  不吉な魔力が渦巻く北極付近の海上で、壮絶な戦いが巻き起こった。

























                    ◇ ◇ ◇

























  そして、北極。

  気温がマイナスを指し示す専門の防寒服を着ていなければ歩く事すらままならない大地に場違いな軽装で佇む者達。

  クレイルとメイオルティスは、陣耶という突然の乱入者に困惑を隠せずにいた。

  だがそれも一瞬。

  再び笑みを浮かべたメイオルティスはゆっくりと武具を引いて―――




 「来るぞー」

 「分かってる」




  特大の魔力弾が放たれた。

  クレイルと陣耶は即座に左右へと跳んでそれを回避する。

  爆発の余波で氷の破片が襲いくる中、陣耶はクレイルへと語りかけた。




 「ここは俺が抑えておくから、お前は上で寝てる奴を引っ張ってこい」

 「―――任せられるか?」




  その言葉に、敢えてクレイルは拒否の言葉を出さなかった。

  あの冥魔王は一人で相手取るには荷が重すぎる……だが、誰かが囮にならなければ上にいるメイオを回収できないのも事実。

  だから、それまで陣耶がどのような状況に陥ろうとも援護はできない。それでも良いかという確認。

  それに、陣耶は気軽に笑って返した。




 「まあ、ちょっとせこい手を使えば時間稼ぎ程度はできるだろうさ。つー訳で、さっさとやる事済ませて加勢してくれ」

 「……頼む」




  決断は早かった。

  そう簡単にくたばるような奴ではない―――そういう確信があって、クレイルはメイオルティスを任せて地を蹴った。

  目指すのは氷柱へと磔にされているメイオ・テスタロッサ。まずは彼女を救出する。




 「む、行かせないよ」




  当然、メイオルティスがそれを見逃すはずもない。

  魔力弾が形成され、即座にそれがクレイルに向けて撃ち出される。

  人間一人程度なら楽に殺し尽くせる程に凶悪な魔力を固められたそれは一直線にクレイルへと飛翔し、




 「はい、ストップ」




  陣耶の手によって全く見当違いの方向へと薙ぎ払われた。

  弾かれた魔力弾はこの場とは全く関係ない場所へと飛ばされていき―――着弾した。

  同時に撒き散らされる破壊の嵐が氷の大地を大きく抉る。

  その爆風の煽りを受けて、陣耶のコートやメイオルティスの紅い羽根が大きくたなびいた。

  ―――メイオルティスの険しい視線が陣耶を射抜く。




 「君、確か皇陣耶だったっけ。横から茶々を入れてくれて、何なのかな」

 「何なのかな、と言われてもな……俺は同僚を助けに来ただけだって。で、その邪魔をしてくれそうなお前の足止めをするだけの話だ」




  言って、陣耶は両手にそれぞれ一本ずつ武器を取った。

  右に本来ならあり得るはずのない人類最強と称される黄金の剣、エクスカリバーを。

  左にロンギヌスに所属していた彼の魔剣使いも手にしている刀、神罰刀を。

  不敵な笑みを浮かべ、陣耶はメイオルティスと対峙する。




 「……気に入らないね、その何とかなるっていう眼」

 「そりゃどうも。そんで、俺の誘いは受けてくれるか?」

 「……良いよ」




  酷薄な声が、場の空気を一気に張り詰めさせた。

  同時にメイオルティスの身体から圧倒的な魔力が吹き出し、周囲に物理的な重圧を与える。

  文字通りの圧倒的な力の差。

  一撃でも喰らえば命は確実にないであろう状況で―――




 「そんじゃ―――行くとしますかね」

 「塵一つ残してあげない」




  ほぼ同時に二人は動いた。

  陣耶がメイオルティスへと一直線に駆け出し、彼女はそれを真正面から迎え撃つために構える。

  杖を振りかざした瞬間に一〇を超える魔力弾が生成され、それら全てが陣耶へと牙を剥いた。

  正面から迫る破壊の雨にしかし、陣耶は怯む事無く速度を上げる。




 「その程度じゃ俺には当たらねえよっ!」




  叫ぶ。

  迫る攻撃を身体を捻る事で避け、蜘蛛のように地面を這い、あるいは跳んで被弾を避けていく。




 「ちょこまかとっ!」




  前後左右上下へと自在に動き回る陣耶にメイオルティスは一息で空中に舞い上がり、魔力弾で畳み掛けに入る。

  先ほどの一〇倍はあろうかという数が展開され―――さながら、絨毯爆撃染みた圧倒的攻撃が展開された。

  それが陣耶を、彼の周囲三〇〇メートルごと押しつぶしにかかる。

  回避が到底間に合わない攻撃範囲。それでもなお、陣耶は笑う。




 「さっすが冥魔王、やる事の桁が違うね」

 「その余裕、いつまで持つかな」




  刹那、空間を揺るがすほどの衝撃と爆音が撒き散らされた。

  叩き付けられた魔力弾が一斉に氷の大地を砕き、遥か下方に存在する極寒の海まで貫通させて陥没させる。

  そこに何があろうと関係ない。彼女の放った魔力弾は何であろうと分け隔てなく砕き尽くし海へと還元していく。




 「あっはははははは!! 木端微塵だねえ……あははははははははははは!!」




  次々と飛沫と水柱を立てていく爆撃跡に陣耶の姿は影も形も見当たらない。

  大きな穴が開いた大地をメイオルティスは満足気に眺める。

  少々時間はかかったが、問題ない。今からでも十分クレイルの妨害は可能だ。

  氷の大地に穿たれた巨大な穴を一瞥した後、メイオルティスは踵を返す。




 「油断大敵、って言葉を知ってるか」

 「っ!」




  突如として投げかけられた声。思考もなく、ほとんど反射でメイオルティスは武具を振るう。

  それが陣耶が背後から振るった剣とガギンッ、と鈍い音を立てて衝突した。

  ギリギリと、鉄と鉄が軋む耳障りな音が耳朶を叩く。




 「不意打ちに反応できるくらいの残心は残ってたって事かね」

 「……存外、しぶといみたいだね」

 「それが取り柄みたいなもんだからな」




  武器を振るって互いを弾き、距離を開けた。

  メイオルティスは空中に佇み、陣耶も同じように『フライト』の魔法を行使して空中に佇んでいる。

  互いに言葉は無い。

  刃のように鋭い視線が互いを射抜く。




 「穿て、虚ろな牙ッ!!」




  魔力で形作られた牙が陣耶に向けて一直線に迫りくる。

  それは貫いたものの決して離さず、命ある限り魔力を吸い続ける魔性の牙。

  だが、それすらも当たらない。

  攻撃を回避する事を得意とする陣耶にとって直線的すぎるそれを避けるのは容易い。

  だから、彼女の狙いは別にある。




 「まだまだだよっ!」

 「げ……」




  いつの間にか、陣耶の周囲―――三六〇度全方位に無数の魔力弾が配置されていた。

  避ける事はおろか、離脱する事も防ぐことも許されない程の物量による完全包囲。

  時間を巻き戻し、『少し前から用意されていた』この布陣に逃げ場などどこにもない。

  これが冥刻王メイオルティス。時を操り、弄ぶ神の力。




 「消し飛んじゃえっ!」

 「誰がっ……!!」




  号令が下され、陣耶を取り囲む数百の魔力弾が一斉に火を噴いた。

  逃げ場などどこにも存在しない弾丸の牢獄が標的を押し潰そうと迫る。

  直後、数百の爆発が連続して巻き起こった。

  ほぼ全てが同時に標的へと着弾し、爆発は互いに干渉して破壊の規模を一気に拡大させる。

  太陽でも堕ちたかのような眩しさと熱が周囲を襲う。

  メイオルティスはそれを眺めながら目を眇め―――




 「……ほんと、しぶといね。私がこっちに来てからここまで持ったのは君が初めてじゃないかな」

 「そりゃ光栄だ。冥魔王にここまで言われるとは、俺もまだまだ捨てたもんじゃない」




  それでもなお、無傷で目の前に悠然と佇む陣耶を睨んでいた。




 「まあ、種は見えてきたけど。『神域の片鱗』って……君、古代兵器持ちのくせに前世は神だったりしたの」

 「さあな。俺としては俺より前の事なんてどうでも良いし、知ろうとも思わない。

  まあこんな力を持ってたって事は、一時的に神様っぽい事はやっていたのかもしれねーな」




  陣耶は転生者と呼ばれるクラスのウィザードだ。

  転生者のクラスに属するウィザードは、文字通り前世から現世へと転生し戦い続けている者達を指す。

  彼らは一様に『遺産』と呼ばれる古代の兵器を有する他に、前世の知識や力の一端も受け継いでいるのだ。

  陣耶が使っている『神域の片鱗』と呼ばれるものもその一つ。

  ほんの一瞬だけ神の如き力を行使し、攻撃を絶対的な命中や回避へと導く力である。

  しかし、それは使用者のプラーナを著しく奪っていく。

  人間の身に、神程の膨大なプラーナは存在しない。故にこれは長期戦で使えるような力ではないのだ。




 「良いの? あんまり無茶するとプラーナが底を尽きて自滅だよ」

 「そうなる前にあいつは事を終わらせて来るさ。そうすりゃ俺も無茶しなくて済むし、それまでの我慢だよ」





  言って、陣耶は再び両手に握られた剣と刀を構える。

  そう、目の前の冥魔王を彼が退ける必要はない。そもそもそんな事は不可能だ。

  だから彼のやるべき事は一つ。




 「さて、もう少しだけ時間稼ぎに付き合ってもらおうか……!」




  ただひたすらに道化のように敵の目を引き付けて、生き残る事。

  それだけのために、彼は命を賭けて死地へと一歩踏み出した。

























                    ◇ ◇ ◇

























  一方、クレイルはメイオ救出のために氷柱の頂点へと向かっていた。

  ストライクカノンへと搭乗し、機体を一気に気絶している彼女と同じところまで上昇させる。

  少し見ない間に、彼女の身体には多数の傷が見受けられた。おそらくメイオルティスに付けられたものだろう。




 「ちっ……おい起きろ。おい」

 「ん……」




  傷は見たところ命に関わる程でもない。ならばと先にメイオを揺すり起こす。

  メイオは小さく声を出してからゆっくりと目を開いていき―――目の前にいるクレイルと視線がぶつかった。




 「あれ……何で、クレイルくんが……」

 「寝ぼけてるなこのじゃじゃ馬。手間かけさせやがって……当分おやつは抜きな」

 「酷っ!?」




  磔にされた状態のメイオと箒に跨った状態のクレイル。どうにもシュールな光景にしか見えなかった。

  ただ単に場馴れているのか、度胸があるのか、神経が図太いだけか。

  いずれにせよ、メイオは無事だった。多少の傷を負ってはいるものの五体満足である事を喜ぶべきだろう。

  と、不意に腹の底にまで響くような重い衝撃音が二人の意識を無理やり別の方向へと向けさせた。

  続いて、氷の大地が今にも壊れてしまいかねない程の悲鳴を上げ、揺れ動く。

  彼方に目をやれば、飛行機でも墜落したかのような規模の水柱が立ち上っていた。




 「陣耶はまだ粘っているらしいな……」

 「……相手は、『私』?」

 「ああ」




  訪ねるメイオに答えて、クレイルは彼方を睨む。

  陣耶は彼の知るウィザードの中でもかなりしぶとい部類に入る。そうそう簡単にやられることはないだろうが、時間を掛ければそれも危うい。

  猶予はあるが、それも僅かな間だけだ。

  急がなければならない。




 「じっとしてろ、今からその氷柱を斬る」




  クレイルが月衣からガンブレードを引き抜き、一息でメイオを縛り付ける氷柱へと振りぬいた。

  ザギンッ、と刃と氷がぶつかり合う音が鳴る。

  だがそれだけだった。振るわれた剣は氷柱を斬るどころか砕く事すらできてはいない。




 「ちっ……想像以上に固いな。そう上手くいくとは思っていないが……」

 「まあ『私』が作った物だしね……それより、あっちは良いの?」




  言い方がややこしいと思うクレイルを余所にメイオは視線で遠方を指し示す。

  そこでは、陣耶がメイオルティス相手に攻撃を避け続ける光景が遠めながら見て取れた。

  空中で派手な光彩が瞬き、それに次いで轟音と衝撃がこちらまで響いてくる。一撃でも貰えばただでは済まないだろう。




 「『私』を相手に随分と粘ってるみたいだけど、あれは長続きしないよ」

 「そこまで分かってるなら話は早い。とっととこいつを引っぺがして助けに行くぞ」




  一撃で駄目ならもう一撃、とばかりにクレイルが剣を振りかざす。

  だが、




 「止めた方が良いよ、クレイルくん」

 「何……?」




  それを唐突に、メイオが制止した。

  助けられるのに他人の手は借りたくない……という彼女らしい妙なプライドによるものなら分かる。

  だが、今のメイオから感じられるのはどうにもそれとは違うようだった。

  クレイルは胡乱げな表情でメイオを見る。




  瞬間、氷柱全体が青白く輝き始めた。




 「っ、何だ!?」




  同時に膨大な量の魔力が氷柱から一気に噴き出す。

  天空に立ち昇るように勢いよく溢れ出したそれは瞬く間に雲を貫き、周囲一帯を青白く染め上げた。

  それを見たメイオが呟く。




 「始まったね」

 「始まった……、何がだ」

 「決まっているじゃない。『私』が用意した仕掛けだよ」




  言葉と共にメイオの身体が薄っすらと青白く発光し始める。

  その光は、今現在も立ち上るあの膨大な魔力と同じもので―――クレイルは、不吉な予感に駆られた。

  これは確実に良くないものだ。さっさと止めなければ取り返しがつかない事になる。




 「だから、止めた方が良いよ」

 「このまま放っておけばお前がどうにかなるっていうのだけは分かる。だからとっとと―――」

 「それをやると、みんな死んじゃうよ」




  クレイルの動きがその一言で止められる。

  それを見る事もなくメイオは言葉を続ける。




 「私はたぶん、この宝石から力を引き出して貯蔵するための装置にされているんだと思う。そうだね……延長ケーブルとか近いかも。

  つまり、私をこのまま放っておくと『私』は際限なく、自由に宝石から魔力を引き出せる事になる」




  淡々と、メイオは他人事のように自分の置かれている状況を語る。

  だがしかし、それは彼女を助け出そうとするのを拒む理由にはならない。

  まだ別に何かがある―――そう判断し、クレイルは沈黙で続きを促した。




 「で、『私』はそこに仕掛けを一つ施したんだよ。

  『私』と宝石を繋ぐラインが何らかの機能不全に陥ると、私と宝石の間のラインが起爆するっていうものをね」

 「……爆弾、か」




  聞いて舌を打ちたくなった。

  ここから引き剥がすか、ラインの元を断てば膨大な魔力が一気に引火する。かと言って放っておけばメイオルティスが猛威を振るう。

  自爆か他殺か、どちらにせよ待ち受けているのは死だ。




 「……それと他に、もう一つ。私を殺せばラインが起爆する事もなく、宝石からの魔力供給もストップするって」

 「……何?」




  思わず声を出したクレイル。

  だがそれは、驚きよりも疑念の方が強いものだった。

  殺してしまえば万事解決―――メイオルティスとはそんな単純な手を打つような奴だろうか?

  それ以前に弱点をわざわざ曝け出すような真似をして……

  この情報を疑うな、と言う方が難しかった。




 「さっきから聞いていれば、その情報はあいつから聞かされたものばかりだろう。そんなものを鵜呑みにしてどうする」

 「そっちこそ舐めないでよね。私は元々あっちの『私』だった……嘘かどうかくらい自分自身で分からないとでも思う?」




  絶対の自信と共に切って捨てられる―――つまり、少なくともメイオ自身はこれを信じている。

  クレイルとしては信じたくもない事だが、最悪の事態だけは想定に入れておかなければならない。

  何か手段は無いか、限られた情報から打開策を模索する。

  と、遠方で再び巨大な爆発音と衝撃が響き渡った。




 「くそっ……」




  時間がない。ならば、迷っている暇もない。

  時間を掛ければ掛けるだけこちらの勝機は遠のいていく。

  だったら―――




 「ぉぉおおおおおおおおおおお―――ッッ!!!」




  ズガンッッ!!! と、全力で振り下ろした魔剣から盛大に衝撃音が轟く。

  だがそれが氷柱に届く事はない。直前に展開された障壁らしきものがクレイルの攻撃を火花を散らしながら阻んでいた。

  その火花の一条が、クレイルの頬を鋭く裂く。




 「ちょ、何やってるのクレイルくん!」

 「うるさい、黙ってろ!!」




  メイオの声は一切合財無視して魔剣に更なる力を叩き込む。

  己の命と魔力を喰らい、魔剣はその威圧感と破壊力を増幅させながら歪な咆哮を上げた。

  地の底から響くような何かが周囲一帯を覆い尽くす。

  その真っ只中でクレイルと障壁のせめぎ合いは更に激しさを増していた。彼の身体の所々に次々と裂傷が刻まれていく。

  決して浅くはないパックリと裂けた傷口からは次々と血が流れ出ていた。




 「ちょっと! いい加減にしないと血の流し過ぎだって!」

 「うるさいと、言ってるっ……!!」




  だが、障壁は一向に揺らぐ気配を見せない。

  不快な不協和音を掻き立てながらも堅固な壁は健在だった。




 「―――ッ!」




  届かない。

  今のままでは、自分だけの力だけではこの壁を斬り崩せない。クレイル個人の戦闘能力をこの壁は確実に上回っている。

  おそらくはそのように造られた物だろう。いくら足掻こうが自分の力ではどうする事も出来ない壁。




 「だったら……!!」




  魔剣が鳴る。

  更なる力を引き出すために、プラーナを解き放つ。

  自分一人では届かない。自分とこの魔剣だけでは届かない。

  ならば、




 「来い、全なる一の剣ッッ―――!!!」




  瞬間、時空が揺らいだ。

  あらゆる時間、あらゆる世界、あらゆる可能性を超えて何千、何万というクレイルの魔剣が集う。

  自分の魔器を全ての世界、全ての時間から呼び寄せる彼の切り札、全なる一の剣。

  その力は、呼び寄せた魔器を全て総動員して行われる究極の一点集中攻撃―――!!




 「砕けろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」




  目を開けていられないほどの閃光と身体の底に響く轟音が、周囲の空間を埋め尽くした。

  同時にクレイルの手に確かな感触が伝わった。

  それは、何かに決定的な欠損が生じた感覚。




 「……!」




  迷う事無く手を伸ばした。

  目の前にいるメイオは驚愕の表情を隠そうともせずにこちらを見ている。

  そのまま動こうともしな彼女の手を掴もうと手を伸ばし―――










  次の瞬間、圧倒的な魔力が起爆した。

























 「……イ…くん、クレ……く…!」




  遠い声に意識が浮上していく。

  重く気怠い微睡みに漂いながら、ゆっくりと瞼を開いていく。

  目を開いた先には……助けようとしていた少女がいた。




 「メイオ……」

 「この馬鹿っ! あんな底力を隠していたのはびっくりしたけどさ、だからってあんな事は無茶しすぎだよ!!」




  メイオの言葉を他人事のように聞きながら、ふと右腕の感覚がない事に気付く。

  見れば、剣を握ってこそいるものの右腕自体は見るも無残なほどにボロボロだった。

  回復魔法を施されて多少はマシになっているようだが……これ以上、戦い続けるのは無茶な行為だった。




 「馬鹿……! 本当に馬鹿……! 私を助けるために右腕一本をそのまま捨てるって、馬鹿……!!」

 「馬鹿馬鹿、うるさいぞ……馬鹿」




  あの爆発の中、右腕一本だけで済んだことに幸運を感じながらも身体を起こす。

  右腕は支えにならない……が、何とか動かす事はできるらしい。

  下手に激しく動かすともげるような気もしたので月衣から取り出した包帯などで手早く補強する。

  別にこの程度の事、初めてではない。




 「クレイルくん……まさか、戦う気?」

 「当たり前だ」




  遠く、彼方を睨む。

  まだ閃光が散発しているところを見ると、あの場を任せた奴は死んでいる事はないらしい。

  なら十分だ。あそこには行くだけの理由がある。




 「無茶だよ……これ以上続けると、右腕だけじゃ済まないよ」

 「それがどうした」




  クレイルにとってそんな事は些末事に過ぎない。

  重要なのは、ただ一つ。




 「今まであいつは随分と舐めた真似をしてくれたからな……借りを返す。ただそれだけの事だ」

 「ぁ―――」




  クレイルは立つ。

  そしてメイオは、そんな彼に何を言うべきかも分からずに立ち尽くす。




 「お前の分までぶっ飛ばしてくる。だから、大人しくしていろ」




  戦いはまだ、終わらない。


























  Next「願い 〜alive〜」


























  後書き

  何だか陣耶の方が目立ってる気がしなくもない。ツルギです。

  最近、魔剣使いのパワーが異常な事になってきてる。全なる一の剣とか、攻撃補正がおかしなことに。

  全力全壊モードのメイオルティス様相手に一人で頑張るとかぶっちゃけ無茶にも程があると思うんだけど……よくそんな無茶をやらせたな、自分。

  さー、メイオルティス戦はいつになったら終わるのかな?



  ではまた次回―――







作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。