北極近海に、鉄の残骸が幾つも漂っていた。

  単純に鉄だけでなく、機械や革など多種多様な物が浮かんでいる。

  静かにさざめく波以外に音はなく、漂う残骸以外に影はない。

  そう思われた場所に……小さな気泡が一つ、浮かんできた。

  それは徐々に大きくなり、数を増やしていった。

  それにつれ気泡の下からうっすらと影が浮き出て、




 「ぶあっはあ……ッ!? し、死ぬかと思ったぁッ!!」




  武ノ内ケイが出て来た。

  肩にはアギトがしがみ付いており、二人揃ってぜえぜえと荒い息を吐いている。

  それを皮切りに次々と海の中から頭が出て来た。




 「ぶっは……ッ、ティアー、大丈夫ー!?」

 「な、なんとか……」

 「ゲッホゲホ、こんなシチュで墜ちるとは……もっと普通に墜ちると思ってたんだがな」

 「墜ちる事を前提に考えている辺りがケイスケくんらしいねー……あー、生きた心地がしない」




  海中から次々と残骸と成り果てたブロンズスターに搭乗していたウィザード達が顔を出してくる。

  全員、かすり傷程度はあるものの特に目立った外傷は見受けられない。

  機体が大爆発した中で五体満足でいられた事は奇跡に等しいが、それ以上にまだ息があった事が奇跡だった。




 「追撃は……ないみたいだね」




  なのはが周囲を見渡して状況を確認する。

  近辺に攻撃的な魔力反応は感じられず、周辺にはブロンズスターの残骸が漂っているだけ。

  敵影らしきものは全くと言って良いほど見当たらなかった。




 「ならブロンズスターを撃ち墜としたのは超長距離からの射撃か何かか? んな芸当が出来る奴なんて限られてるだろ」

 「かなりの大物だね……魔王だとしたら爵位持ちは確定かな」

 「爵位持ちとかやってられるかーッ!? つい先日にパール=クールとやりあったばっかだってのに!!」

 「放っておいても世界が滅びるかもしれないのよ。手の空いているウィザードが他に居ないんだから……」




  と、ティアナが言葉を続けようとした時だった。

  彼女の持っていた0-Phoneが、着信を知らせるアラームを鳴り響かせた。

  普通の携帯ならば海水に浸されて完全に故障しているところだが、0-Phoneにその常識は通用しない。

  慌ててポケットの中から0-Phoneを取り出して着信者を確認する。

  アンゼロット宮殿と表示された画面を確認するや否や、通話ボタンをプッシュして0Phoneを耳に押し当てた。




 『つ、繋がった! ランスター様、ご無事ですか!』

 「ロンギヌスのオペレーターさん? ええ、こっちは何とか五体満足です」




  ティアナの声を聞いて安心したのか、スピーカーの向こうから大きく息を吐く音が聞こえた。

  だがそれも一瞬。すぐに気を引き締めた調子を取り戻して告げるべき事を告げ始める。




 『先程、アンゼロット宮殿が冥刻四天王セオキルスの襲撃を受けました』

 「な……っ!」




  アンゼロット宮殿は世界魔術教会の総本部にして、世界の守護者の拠点だ。それの持つ意味は想像以上に大きい。

  更には世界を滅ぼしかねない古今東西の魔道具が厳重に封印されている”禁忌の保管庫”の存在もある。

  世界魔術教会の総本部故の堅牢さを差し引いても、それを手にした時のメリットは計り知れないだろう。

  これまでもアンゼロット宮殿が襲撃された例は多くある。

  宮殿そのものを乗っ取り拠点とされた事、神王エルオースの卵を奪取された事、アスモデートやセオキルス……

  相手側にしてみれば格好の餌場にして一番堅牢な要塞だろう。

  冥刻四天王のセオキルスといえば、最近噂の冥魔王メイオルティスの配下だった筈だ。

  そして、今回の襲撃。

  今このタイミングで襲撃してくるとなれば、それは。




 「敵の狙いは、例の宝石?」

 『その通りです。セオキルスは研究室で解析中だった宝石を奪取、その姿を消しました』

 「……まったく、とんだ致命的ね。他の人達は無事なんですか?」

 『幸い死者は出ておりません。現在は赤羽守護者代行、灯様、命様がロンギヌスを率いて追撃に向かっていますが……』




  しかし、状況はもはや予断を許さないところまで来てしまった。

  これでメイオルティス側に最低でも宝石は三つ。こちらの手札は一転して0だ。

  このまま最後の一つまで奪われてしまえば……どうなってしまうのか、ティアナには予測もつかない。




 「了解。こちらも急いで最後の一つを確保します」

 『お願いします。こちらも体勢が整い次第増援を送り込みます』

 「助かります……それじゃあ」

 『はい、御武運を』




  その言葉を最後に通信が切れた。

  それから、周囲に浮かんでいる面々を見渡す。

  会話は聞こえていなかったが筈だが、事の重大さは通話していた時の態度から察してくれたらしい。

  ならばと簡単に事情を説明しようとしたところで……ふと、ある事に気が付いた。




 「……あれ? 人数が足りない」

 「へ……?」




  そんな馬鹿な、とスバルが慌てて周囲を確認する。

  なのは……自分の横で普通に浮かんでいる。

  ティアナ……同じく、自分の隣で浮かんでいる。

  ケイスケ……なにやらブロンズスターの残骸を漁っていた。

  ケイ……浮かんでいるのも限界なのか、必死になって残骸にしがみつこうとしている。

  アギトはそんなケイを『月衣を使えって浮かべば良いじゃん』と呆れた表情で眺めていた。

  そして……




 「……じ、陣耶さんがいない」

 「てかクレさんもいねーべ」

 「ぜえ、ぜえ……そういやなのはさん似のあのべっぴんさんはどこ行ったんだ?」

 「ヴィンセントさんも……」




  事態を理解して、男子二人を除いた全員の顔が真っ青になる。

  ここに来て戦力激減など、笑い話にすらならない。

  一同はたっぷり四秒の間フリーズしてから一斉に再起動し始めた。




 「ちょ、まさかさっきの攻撃で……!?」

 「あ、さっきの攻撃は誰からのか聞くの忘れてた……ええいもう一辺繋がるか!?」




  スバルが慌てて周囲の残骸の影などを確かめ、ティアナはもう一度宮殿と連絡を取るために0-Phoneを操作し始める。

  それをやや離れた位置からケイとケイスケが眺めている。

  目には明らかにやる気が無く、行方不明者を探す素振りなど一切見せず適当に寛いでいた。




 「……いやー、クレさんに限ってそうそう簡単にくたばるとか無いと思うんだよな」

 「陣なんて心配する気も起きねえし、ヴィンセントとかいう人なんて変態だし。それよかメイオさんどこ行った」

 「お前らな……」




  身体全体で『心配するだけ無駄じゃね?』と訴えている二人。

  アギトはそんな二人に呆れつつも周囲の哨戒を始めて、なのはは魔力反応をサーチし始める。




 「うう、みんなサーチして見つかるといいけど……」




  世界滅亡の前に、パーティが崩壊しそうだった。




















  ナイトウィザード2nd Existence of fabrication
                   Scane/08「水面下 〜secret〜」




















  北極に程近い海の上空を、一つの人影が飛んでいた。

  現在の時刻は午後二時を過ぎたところ―――だというのに、空に太陽は存在しない。

  夜の如き漆黒の帳が落ち、空には太陽の代わりに禍々しい紅い月が爛々と胸を押し潰すように輝いていた。

  月匣……エミュレイターがこの世界へと現出する際に展開される結界。

  それは使用者自身の生み出す世界であり、非常識が蠢く戦いの舞台だ。

  そしてその世界の中を、クレイルは行く。




 「移動速度は……まあ、そこそこか」




  CW-AEC02X ストライク・カノン。

  クレイルは、支給されたアンブラ社が制作した新型箒の試作三号機を使い移動している最中だ。

  取っての部分にあるスイッチを操作すると、魔力駆動のブースターが更に勢いを増して箒の速度を上げる。

  この新型を駆って向かう先は、もちろん北極だ。

  だがその目的は宝石の最後の一つではない。

  今、クレイルがそこに向かうのには別の理由がある。




 (……あの時、メイオは何者かに連れて行かれた)




  ブロンズスターが攻撃を受けた時の事だ。

  メイオが脱出を促した瞬間、既に攻撃は致命的な距離にまで迫っていた。あのままでは直撃だっただろう。

  だが、まともな脱出が不可能と判断した陣耶が即座に機体の床を叩き壊した事でなんとか直撃を免れたのだ。

  そこまでは良い。

  機体の爆発に煽られて大半の乗組員が意識を失いながら海へと落下していた最中―――メイオの姿が突如として消失した。

  メイオ自身、意識が無い状態での転移などできないだろうし、そもそもウィザードである今の彼女に転移が出来るかどうかすらも怪しい。

  だから、最初は消えたメイオを探して攻撃のあった方向を闇雲に探していた。

  しかしついさっき、0-Phoneにメールが送られてきたのだ。

  差出人は匿名。だが、メイオの現在位置は北極にあるという内容のものが。

  ご丁寧に一人で来いとの指示まであり、お決まりすぎの文に感動すら覚えたほどだ。




 (まあ、十中八九罠だろうが)




  向かってみない事には何も分からない。

  現状、メイオを探すためのまともな手掛かりなど何一つないのだ。

  僅かばかりの希望だとしても縋るより他にない。

  そんな事を思っていた矢先だった。

  視線の向こうから、淡い光が見えてくる。

  蒼い、ぼんやりとしたつたない輝き……だが、どこか不吉さを感じさせる重さがあった。

  それを見て、クレイルは片手で0-Phoneを操作して送信されてきたメールを改めて確認する。

  指定された地点は今現在発光現象を起こしている場所……最後の宝石がある筈の場所だ。




 「わざわざ最後の宝石の地点を指定してくるとはな……」




  もはやここまで露骨だと疑念より先に呆れが先立つ。

  大蛇が舌の上に餌を乗せて、大口を空けて獲物を待ち構えているようなものだ。

  そんな諸手を挙げて『罠ですよ』と公言しているような場所に飛び込む馬鹿など、普通は居ない。

  居るとすればただの考え無しか、それとも相当の大馬鹿か……何にせよ碌な部類ではないだろう。

  そして、どうやら自分もその碌でもない部類の人間であるらしい。




 「……行くか」




  わざわざ、メイオ個人をピンポイントで餌として使った意味。

  それを考えた上で……クレイルは北極へと向かう。

  空に輝く紅い月は、その不吉さを増していた。




















                    ◇ ◇ ◇




















  まどろみの中に、その男は居た。

  紺色のコートを着込んで、両手には手袋を嵌めている。左腕には紙袋いっぱいに詰められたリンゴが抱えられていた。

  そして、一際目を引く腰まで届くほどに伸びた細い金色の髪は、三つ編みで一纏めに結ってある。

  柔らかな表情を常に崩さない彼は、一瞥しただけならただの好青年にしか見えないだろう。

  だが、見る者が見れば……世界の真実を知る者が見れば、青年の異常性に気付けるだろう。

  彼が人でもなく、エミュレイターでもなく、もっと別の何かである事実に。

  そんな彼が居るのは、何も存在しない、世界という輪郭があやふやな場所。

  彼は、そこを夢だと理解するのに少々時間が掛かってしまった。

  そして真っ先に、自分が夢に居るという事実に対して疑問を抱いた。

  超上の存在である彼は夢とは無縁の生を過ごしている。

  そもそも、夢を見る気もなかった。

  夢を見ている暇があるのなら、自分には動きたい理由があったからだ。

  故に、この夢は彼が見ているものではない。誰かに見せられている夢なのだ。

  誰かが、何らかの意図を持って、自分をこの夢へと招いたのだろう。

  彼はそれが誰なのかを推理しようとして、




 「……まあ、論じるまでもないよね」




  一秒と思考せずに結論を下した。

  彼にこのような形で干渉できる存在、わざわざ干渉してくる存在は限られている。

  そして、『夢』という形で干渉してくる者を彼は良く知っていた。

  忘れる事もできない、忘れようとも思わない彼の存在を。

  その気配を今、彼は背後に感じている。

  彼はその顔に変わらぬ笑みを湛えて、ゆっくりと振り返る。




  そうして彼は、目の前に現れた少女に、優しく語りかけた。




 「やあ、久しぶりだね。TIS」

 「久しぶりだね……ノア」




















                    ◇ ◇ ◇




















  そこは青い光に満ちた場所だった。

  光はまるで塔のようにそびえ立った一本の氷柱……その頂点の中にある宝石から発せられている。

  周囲にはそれを囲むように更に一〇本の氷柱が立っていた。

  紅い月に照らされるこの世界とはどこまでも不釣り合いな青い世界。

  そこに、クレイルは降り立った。




 「これは……?」




  その場に立ったクレイルは、まず目の前に広がる光景に何かを掻き立てられた。

  具体的に何か、というのは分からない。

  だが目の前の光景を見ていると酷く気分を掻き乱されるのだ。

  それは、初めてエミュレイターという存在を目にした時の感覚に似ていた。

  本能的な危機感と言っても良い、自身の根底から湧きあがってくる拒絶の意思。

  アレは危険なものだと一目で理解させられてしまう異様な感覚……それに似た何かが、クレイルの胸を圧迫している。

  それ以外にもこの一帯には何らかの力が満ちているようだった。

  力の中心はやはり中央の氷柱の中にある宝石であり、それは時間と共に膨らんでいる。

  不吉な予感がしてならなかった。

  元々、自分はこの場所に誘い込まれたも同然なのである。何時、何が起こったとしても不思議ではない。

  警戒心を隠しもせずにクレイルは月衣から愛剣であるガンブレードを取り出す。




 「これを放っておくと、碌な事になりそうにないな」




  呪術的な事などクレイルには全く分からないが、危機的状況だという事ならば嫌という程肌で感じ取れる。

  そしてこの場所を形だけで見るならば簡易的な儀式場、もしくは神殿のような物にも見る事ができる。

  ここで何かが行われるのはまず間違いないだろう。

  だがその何かがどういった事なのかは分からない。それを止めるための具体的な方法もだ。

  だから、クレイルは一番単純で手っ取り早い方法を採る事にした。




 「とりあえず、全部叩き斬ってみるか」




  即ち、破壊。

  クレイルは魔法だの儀式だのそういった器用な事には向いていない生粋のアタッカーである。

  だから、分からない以上は壊すのだ。

  この場所が何の意味を持ち、何をする場所であろうが関係ない。全て破壊してしまえばその意味は消えてなくなる。

  行動指針を定めたクレイルは魔剣を構える。

  そのまま、手近な氷柱に向かって全力で横薙ぎに振り抜いた。

  だが、




 「んー、それはちょっと困るから……止めてくれると嬉しいな」




  ガキンッ、と鉄と鉄がぶつかり合う音がする。

  魔剣を握る手に響いてきた鈍い衝撃は氷柱を斬ったものではなく、攻撃を阻まれた衝撃だった。

  斬撃を繰りだした瞬間、目の前に転移してきた何者かがクレイルの攻撃を阻んだのだ。

  そして、クレイルは目の前に現れた者を認識する。

  根元から二つに束ねられた、細い絹のような銀の髪。紅い両目は蠱惑的な輝きを宿しており、顔には妖艶な笑みが張り付いている。

  身に纏っているのは黒を基調にした甲冑で、ところどころに羽根のような装飾が見て取れた。

  杖とも槍とも取れる武具を手に、その人物はクレイルの攻撃を阻んでいる。




 「君が、クレイルくんかな」

 「な……」




  名を呼ばれたクレイルは驚愕に目を見開く。

  知らない相手から名を呼ばれたから、ではない。

  目の前の人物が、あまりにも知人に酷似していたからだ。

  そう、突如現れたこの人物をクレイルは知っていた。

  目の前にいる、こいつは……




 「メイ、オ……?」

 「あはっ、当たりー。良く出来ましたー」




  少女はパチパチと手を叩いてクレイルを称賛する。

  しかし、その表情は彼の知るものではなかった。

  狂的な感情が顔の筋肉を動かし、妖艶ながらも歪な笑みを形作っている。

  クレイルはこんな表情をしている彼女を見た事がなかった。少なくとも、今この瞬間までは。




 「んー、どうしたのかな。せっかくわざわざ出向いてあげたっていうのにその反応……リアクションが薄くてつまらないんだけど」

 「いや……」




  状況に思考が追い付かない。

  そもそも、何故消えた筈のメイオがこうして目の前に立っている? 任務である筈の宝石の回収を阻むのは何故?

  何よりもその姿が異質だった。

  メイオが身に纏っているのはクレイルが買い与えた服や箒ではない。

  この姿は、まるで初めて出会った時の……




 (……出会った、時の?)




  クレイルは思い返す。

  確かに、初めて出会った時のメイオは丁度今のような格好だったはずだ。

  そう……出会った当初の、冥刻王メイオルティスは。




 (何で今さらそんな恰好をした……いや、そもそもあいつは自分の武具を呼び出せないと言っていなかったか)




  だが、目の前に佇む彼女の手には明らかにいつもの箒とは違う武器が握られている。

  ……違和感が確実な差異として認識される。

  確信がある訳ではないが、目の前のメイオとクレイルの知るメイオとでは認識の齟齬があり過ぎる。

  クレイルは細かい事を得意とはしない。だからこの差異を確かめるに……




 「……お前、メイオルティスだな」




  真正面から問いかけた。

  問いかけに、目の前に居るメイオは表情を変える事はない。

  ただゆっくりと……右手を空へと掲げた。

  何気ない仕草。魔力を込めた訳でもなければ、何らかの予備動作に入った訳でもない。

  だがそれに応えるように、空から何かが降ってくる。




 「なっ……!」




  驚愕の声を上げる暇もなく、それはメイオのすぐ後ろへと着弾した。

  衝撃で冷たい空気が身を裂く突風となってクレイルの身体を激しく煽る。

  砕かれた氷の破片までもが吹き飛ばされてきて、まともに目を開けていられない。

  暫くして、地鳴りのような着弾音が静まっていく中……吹きつけていた突風がようやく止んだ。




 「くそ……何だ」




  降ってきたものを確かめるために目を開ける。

  先程までと変わらずにメイオは立っていた。そしてその後ろに……一本の氷柱が見えた。

  高さは一〇メートルほどであって、その先端だけがまるで十字架のように横に伸びている。

  他の物よりも澄んだ色をしているそれはどこか神秘的な雰囲気さえあった。

  そして、その先端。

  丁度十字架のように見えるその場所で磔にされている……あれは、誰だったか。

  自分が探していた筈の少女は、確かあのような格好ではなかったか。




 「やっぱり分かっちゃうんだねー。プラーナの違いかな……それとも気配? 何であれ、一〇〇点満点を上げちゃおうかな」

 「……テメエ」




  目の前のメイオルティスを睥睨するクレイルの声に明確な敵意が宿る。

  対して、コロコロと可笑しそうにしているメイオルティスにはそういった敵対感情は見て取れない。

  ただ純粋に、可笑しそうにしているだけだ。




 「良く分かった……テメエは俺の敵らしいな」

 「あれ。もしかしなくても、戦う気なのかな」




  クレイルの言葉に、メイオルティスは初めてそこに思考が行き着いたように言う。

  どうにもクレイルは彼女にとっての敵としては認識されていないらしい。

  単にその気が無いだけなのか、敵としてすら見られていないのか。




 「できるなら大人しくしていて欲しいんだけどなあ。余計な手間が増えるのは面倒だし」

 「そういかい……」




  態度を見れば聞くまでもなかった。

  メイオルティスはクレイルを敵としてはおろか、まともな生き物として見てはいない。

  あれは、物を見る目だ。

  彼女はそれ以上の価値をクレイルに見出してなどなかった。




 「大人しくして欲しかったらそこをどけ。上で間抜け面しているあいつを引きずり降ろしたら考えてやる」

 「つまり、従う気は無いって事だね?」




  メイオルティスの顔に浮かんでいた危険な笑みが、より一層深くなった。

  魔剣を持つ手に力が入る。

  相手はクレイルの知るメイオではなく、正真正銘の冥魔王……冥刻王メイオルティスだ。

  その実力はパール=クール、モーリー=グレイなど計六体の魔王を一度に圧倒するほどだと聞いている。

  とてもではないが、まともにやり合って勝てる相手ではなかった。

  正面から挑めばクレイルでも三秒持つかどうか怪しいだろう。

  彼我の実力はそれほどまでに差があった。




 「生憎、こっちにも仕事があるからな」

 「退く気はゼロ、と。面倒くさいなあ……」




  だからといって、ただじっと救援を待つという選択はしなかった。

  おそらく、自分をこんな小細工で呼び寄せたのは目の前で笑っているメイオルティスだ。

  相手は何か自分に用があるらしく、下手にこちらに動かれると困るらしい。

  彼女にどんな目的があって自分を呼び寄せたのかは分からない。その手段も、思惑も一切窺い知ることはできない。

  それでも立ち向かう事が、少女の思惑を阻む事に繋がるかもしれない。

  そしてそれ以上に……




 「仕方ないなあ……じゃあ、死なない程度に遊んであげる。うっかり死んじゃわないように精々無様に逃げ回ってね」

 「上等だ……あいつを引き摺り下ろした上でテメエに吠え面を掻かせてやる」




  自分の連れを好き勝手に扱われて黙っていられるほど、クレイルは冷静になる事ができない。

  だからこそ、強大な敵にも立ち向かうのだ。




 「言葉を並べるだけなら簡単なのは良いよね。叶う事のない夢だとしても、誰だって抱く事が出来るんだから」

 「……一個、言っておいてやる」




  構えをとる。

  賭けるものは自分自身、達成条件は宝石の回収と囚われた少女の奪還。

  そのための前提条件は……目の前に君臨する敵を退ける事。




 「夢ってのは叶うもんじゃねえ……叶えるもんだ」




  目の前の少女から放たれる重圧が氷の大地を大きく揺らす。

  一秒毎に高まる圧迫感……気を抜いた瞬間に致命傷を受けるという確信が極限の緊張感を生み出していた。

  君臨者が、絶対の壁として立ち塞がる。




 「じゃあ、私からも一言」




  手近な玩具で遊ぶかのような気軽さで語りかけられる。

  絶対零度の冷たさを伴い、彼女の視線はクレイルを射抜いた。

  ふわりと、重力を感じさせない挙動で宙へと舞い上がりながら……彼女は一方的な戦闘の開始を告げる。




 「夢っていうのはね、叶わないから夢なんだよ」




  一切の反論を許さない宣告を受けて、クレイルは駆けだした。




















                    ◇ ◇ ◇




















  そして、どこかの空を彼女は駆けていた。

  腰に届くほどにまで伸びた細い金の髪と闇よりも深い漆黒のマントが風に揺れている。

  金色の魔力が雲を裂き、紅い瞳は無感動に前方を見つめていた。

  目指す場所は北極。

  表界で置き去りにされている最後の宝石がある場所である。




 「……」




  彼女の表情には何もなかった。

  喜び、怒り、哀しみ、楽しさ、緊張、高揚、苦悩……感情という揺らぎが何もない。

  その在り様は機械に近かった。

  命令をただ忠実に実行し、完遂するための存在。

  それ以外の意義も意味も見出せない……いや、見出そうともしない。




  彼女は朽ちた魂だった。

  正しくは、肉体に染みついていた残留思念だ。

  放っておけばそのまま朽ち果てる筈だった。

  誰に知られる事もなく、誰に触れられる事もなく、ただ静かに土へと還る筈だった。

  しかし、それは歪められた。

  何があったのか彼女には分からない。ただ気がつけばこうなっていたのだ。




  頭の中に声が響く。

  宝石を集めろと、有無を言わさぬ声が。




  彼女はそれに何かを感じてはいない。感じるだけの感性も持ち合わせてはいない。

  だから素直にその声に従っているのだ。

  幸いな事に、自分にはよく分からない力があった。それを使って宝石を集める事ができた。

  多くは誰かの手によって既に回収されているらしいが、まだ一つだけ残っている物がある。

  それを回収できようができまいが、それでも彼女の行動は変わらない。

  ただ、あの青い宝石を集める。

  そのためだけに行動し、そのためだけに息をする。

  目的は全ての宝石を集める事だ。誰かが持っているのなら奪うまで。

  目的の意義も理由も信念も理屈も意味も理想もなく、伽藍堂に彼女は動く。

  その先にある結果や結末などに、一片たりとも興味を抱く事はなかった。



























  Next「代償 〜game〜」


























  後書き

  どんだけ間が開いてるんだよっていうナイトウィザード。冥魔皇帝にやられました。

  書いているうちにクレイルが主人公だけど……まあ、ナイトウィザードだから仕方ないよね。

  ていうか、まともな戦闘シーンがない事に書いてから気付いた。

  さて、ぐだっている今、完結はいつになるのか……



  ではまた次回に―――







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