視界を焼く白い光が収まった時、その場に立っていたのは一人の青年だけだった。

  巫女服を纏った魔王は忽然とその姿を消している。

  退いたか、あるいは倒したか。

  どちらにせよそれの意味するところは―――自分達の命が助かったという事だ。




 「た……助かった〜」




  安堵のあまりスバルがへなへなと膝をつく。

  同じようにティアナも一息吐くために腰を下ろした。

  生き延びる事が出来た―――全員がその意味を噛み締める。

  だがそんな中で、一人だけ青年に詰め寄る者がいた。

  ケイだ。




 「おいっ、なーんでもっと早く来てくれなかったんだよ! お陰でこっち死にかけたじゃん!?」

 「つってもなあ、これでも急いで来たんだぞ? 第一、お前殺しても死ぬのか?」

 「俺は真人間だよっ!」




  戦いの疲れも忘れて騒ぐケイを他の者たちは呆れ顔で見ている。

  相変わらずなその姿を見て、命の危機を脱する事が出来たという事実をもう一度噛み締めるのだった。




 「まあなにはともあれ、お前らも良く無事だったよなあ」

 「無視すんなっ!?」




  埒が明かないと見たのか青年はケイを放って話しだした。

  無視された事にぶつくさ言っているケイをスバルがまあまあとたしなめる。

  アギトもその姿にやれやれと溜息を吐いた。




 「さてと、とりあえずここの回収任務はこれで終わりだな。マジでお疲れ」

 「後で何か奢れよー陣」

 「おー、全部終わった後に俺が覚えてたらな」




  その気無いだろ、とつっこまれてもどこ吹く風。

  陣と呼ばれた青年―――皇陣耶は場を纏めるために言葉を続ける。




 「パールを何とか倒せた事でこの宝石も奪えたし、向こうだってしばらくは動けないだろう」

 「ですね……」




  その言葉にティアナが同意を示す。

  本来、魔王は表の世界に顔を出す事は出来ない。

  出てきているのは魔王自身の分身―――写し身だ。

  それは魔王自身のプラーナで形作られており、当然倒されれば消耗もする。

  あそこまでの力を持つならそれなりに強力な写し身だったのだろう。

  それを退けた以上、力の回復のために暫くは動けない筈だ。




 「まあこれが良いニュース。あとさっき悪いニュースが入った」

 「悪いニュース?」




  その一言で場に緊張した空気が流れる。

  ぶつぶつと言っていたケイですらその話に耳を傾ける。




 「同じようにコレの回収に向かった命と灯がベール=ゼファーと遭遇……交戦の末奪われたらしい」




  それは、この上も無いバッドニュースだった。



















  ナイトウィザード2nd Existence of fabrication
                   Scane/6「集結 〜night wizards〜」




















  次元と次元の狭間に浮かぶアンゼロット宮殿。

  その中に存在する医療室の一角に、今くれはは居た。

  先の回収任務でベール=ゼファーと交戦し負傷した二人のお見舞いのためだ。

  思いのほか二人の負傷具合は軽いもので、簡単な治療を済ませればすぐにでも前線に復帰できる程度らしい。

  その話を医師から聞いてくれはが胸を撫で下ろしたのがさっき。

  今は二人のその時の話を聞いているのだった。




 「はわ……そっか、ベルまで動いてるんだ」

 「ごめん……回収、出来なかった」

 「ううん気にしないで。むしろ命があっただけでめっけものだよ」




  ベール=ゼファーとはくれは自身も何度か交戦した経験がある。

  裏界第二位の名に恥じぬその実力は世界結界の中であっても個人を軽く凌駕するものだ。

  その気になればウィザードが数百人束になっても勝てるかどうか怪しい程の力を持っている。

  正直なところ、くれは自身も今まで良く生き延びてこられたものだと思っている。

  どうも自分は巻き込まれ易い代わりに悪運は強いらしい。

  そんなところは幼馴染も同じなのか、何だかんだ言いながら卒業できてはいる。




 「それにしても困ったねえ……これで確実に二つは相手の手に渡った事になるんだよねえ」

 「反応が早い内に消えた二つも相手の手に渡っていると考えると四つ……対してこちらはまだ二つ」

 「一つはただ今回収中らしいけど、どうかなあ」




  回収しているのは当然、自分達の知り合いである皇陣耶や高町なのはだ。

  既にコスモガード連盟の依頼を受けたチームが回収に向かっているらしいのでそちらと合流すると先ほど言っていた。

  そのチームもまた自身の知り合いであるスバルやティアナ達なのだが……




 「大丈夫。あの二人と、四人が一緒ならきっと」

 「はわ……それもそうだね」




  あの六人も、自分と同じく世界滅亡の危機を生き抜いた者達だ。

  ウィザードであるなら大なり小なり世界滅亡の危機には誰しもが関わっているが、あの六人はその中心にいた事もある。

  皇陣耶、高町なのは、武ノ内ケイ、ティアナ・ランスター、スバル・ナカジマ、ケイスケ・マツダ……

  と、そこでくれはの思考が止まった。




  ……ケイスケ・マツダ。

  パチンコ、ゲーム、ハッキングなどなど困った方面にのみ特化したその無駄な能力。

  彼は自分の利益のみを追求する人間である。

  そう、自分の利益だけを……

  彼なら捜索物を現金に換えるためにどこぞの裏組織に売り渡すとか、なんとなくやりかねない気がした。




 「……頭、痛くなってきた」

 「だ、大丈夫ですか、くれはさん」




  まあしかし、灯の言う通り心配ばかりしていても始まらない。

  今は自分に出来る事をすべきなのだ。

  さしあたっては―――




 「赤羽守護者代行、宜しいでしょうか」

 「……はわ、なにー?」




  動き始めた思考を寸断するように良いタイミングでロンギヌスからの声が掛かった。

  若干出鼻を挫かれた感がするくれはは少々気だるそうにも返事を返す。

  医務室の扉の傍に立っていたロンギヌスが、はっ、と礼をとった後にこう続けた。




 「グィード・ボルジア氏から連絡のあったウィザード、到着いたしました」

 「はわ、御苦労さま。じゃあいつもの場所に通してくれるかな」

 「はい、それなのですが……」




  いつもならばそつなく了解しましたと答える筈のロンギヌスが何故か今回に限って言いにくそうに口を紡ぐ。

  何かあったとしか思えない。

  あのアンゼロット直属のロンギヌスが動揺するなどよっぽどの事である。

  世界滅亡の危機だとか、小さい事件の筈が魔王が首謀者だったとか、そんな感じの事ではないとうろたえないロンギヌスなのだ。

  ……結構頻繁に起こっている気もするが、それは置いておく事にした。

  とにかく、その様子を見たくれはがロンギヌスの肩に労わりの手を置く。




 「悩み事があるならはっきりと言ってくれて良いんだよ? こんな私でも相談くらいには乗ってあげるから」

 「じ、実は最近うちのデスタムーアが……ではなく、少々想定外の出来事が」




  とりあえず判断を仰ぎたいとの事なのでそのウィザードの居る場所に案内してもらう事にした。

  多少動く事なら問題も無い命と灯も気になって後ろからついてくる。




  そのまま向かった先はアンゼロット宮殿に備え付けてあるシャトルの発着場だ。

  過去、くれはや灯もここを訪れた覚えがある。

  というかくれはは守護者代行としての任のため、移動手段としてシャトルを用いる事が最近増えてきている。

  各国の首脳との会談などもあるので、その度に頭痛を起こしては死にそうになるなど日常茶飯事だ。

  どうもお偉いさんには守護者代行としてのくれはの未熟な部分に不満を持つ声もあるらしい。




  本来、守護者の任に着いている筈のアンゼロットも第三世界に赴いている最中だ。

  随分と長い期間留守をしているが、中々連絡も取れるものではない。

  同じく第一世界に向かった幼馴染の安否も気遣われるが―――まあ、あいつの事だし大丈夫だろうと気持ちを切り替える。




  発着場に停まっているシャトルの目の前の所まで来た。

  確かに人影が見て取れる。数は3。

  グィード本人は別の任務で来れないとの事だったが―――




 「随分と警戒態勢」

 「はわ……ほんとにどうしたんだろ」




  灯の言う通りその三人の周りを結構な人数のロンギヌスが包囲し、警戒していた。

  それも各々の武器を取り出してだ。

  何か下手な真似をすればそれだけで攻撃を仕掛けそうな一触即発の空気である。




 「ちょっとみんなー、どうしたのこんな事して」

 「あ、赤羽守護者代行」




  警戒態勢を敷いていたロンギヌスの中で一番近くにいた者がこちらを向いて応えた。

  目が実に戦闘態勢である。

  が、同時に多少の恐れも見て取れた。

  ますますくれはは胡乱気になる。ここまであからさまに警戒しなければならないウィザードなどいただろうか?

  それも、あのグィードが派遣したウィザードでだ。




  とりあえず、そのウィザードと会ってみない事には何も始まりそうにない。

  ちょっとごめんねー、とロンギヌスの間をくれは達三人が掻い潜る。










  そして目の前に現れたのは、くれは達にとっても予想外すぎる人物だった。










  三人の内二人は見覚えがある。

  赤黒いコートを纏った男性は知らないが、無愛想な顔をした男性は良く知っている。

  とある事件を通じて知り合ったクレイル・ウィンチェスターというウィザードだ。

  自分の他の知り合いとも浅からぬ仲のその人物の隣にもう一人、知っている顔がいた。




  だが、それは本来あってはならない筈の顔である。




  銀色の長髪、紅い瞳、一見人懐っこそうでその実どこか冷たい部分を持ったその表情。

  灯も命も、反射的に警戒態勢を取った。




 「え、えーと……どちら様?」




  できれば他人の空似であってほしい。

  そんな淡い希望を込めたくれはの問いかけ。




 「あ、いつかの人間だ」




  だが、現実とはかくも無情なものなのであった……




















                    ◇ ◇ ◇




















 「とゆーわけで俺は帰るっ」

 「いきなり何言ってんのよアンタは……」




  秋葉原に帰ってきた途端、いきなりケイが言い出した。

  ティアナがつっこむもののケイはそんな言い分聞く気は無いとばかりに全力疾走を開始した。

  瞬く間に後ろ姿が小さくなっていく。




 「……って待ちなさいよコラー!!」

 「待てと言われて待つ奴がいるかってんだあああぁぁぁぁ……!!」




  後半部分はフェードアウトしてもう聞こえない。

  雑踏に紛れ込みそうになるケイを見てティアナも「すみません、後でちゃんと合流しますから」と追いかけて消えていった。

  はたから見るとまるで警察と泥棒である。

  その逃げっぷりに他のメンバーもそれを呆れ顔で見送ってしまった。




 「ティアもアギトも大変だねー……いつもの事とはいえ、ケイもよくあそこまで逃げられるというか」

 「逃げっぷりならケイスケくんも負けてないけどね……自慢にもならないけど」




  ハア、となのはとスバルが二人して溜息を吐いた。

  面倒だと判断すれば即座に姿をくらましてしまうケイスケに色々と苦労させられている同士、妙なシンパシーが出来上がっている。

  と、しかしここでふとスバルが気付く。

  いつもならここでこちらの呆れを増長させるか予想の斜め上の合いの手を入れてくるケイスケが今回に限ってリアクションが無い。

  急いで辺りを見渡して頭数を確かめる。

  一、二、自分で三……

  確実に一つ足りない。具体的にはケイスケの姿が全く見えない。

  いつの間に姿を消したのか、気付けば居なくなっていた。




 「あれ、ケイスケは……?」

 「さっき今から潜伏任務を開始するとか言ってどっか行った。要はエスケープ」

 「って、見てたなら行かせちゃダメでしょう!?」

 「にゃ、だいじょーぶだいじょーぶ」




  何が大丈夫なのだろうかとスバルは心の中で呟く。

  一行は手に入れた宝石をアンゼロット宮殿に届けるために中継地点である秋葉原まで帰ってきたのだが……

  肝心の回収に関わったメンバーが三人、全体にして半分も居ないというのは大問題ではないだろうか。

  そんな風にスバルが考えているとなのはが明るく笑いかけてきた。




 「まあ問題無いよ。この時間帯ならケイスケくんの行動パターンって見え見えだし」

 「……ん? 時間?」




  空を仰ぐ。

  彼方を見渡せば良い感じに太陽が沈み始めていて空は茜色になりかけている。

  夕方のちょっと前、ただ今の時刻は18時半。

  ……確かに、この時間帯の行動パターンはお決まりだった。




 「あー、そうでしたね。ハイ」

 「でしょー」




  二人してついつい遠い目をしてしまう。

  ケイとティアナはもう影も形も見えない。ところ構わず逃げているならそちらはもうティアナに任せるしかないだろう。

  が、ケイスケの行き先が二人には如実に想像できていたのだった。













































  秋葉原のとある大通り―――私立輝明学園秋葉原分校に通じるその一画に建っている一軒の喫茶店。

  翠色の看板が掲げられており、中にはテーブル席がいくつか見える。

  主に洋菓子を専門としていて足を運ぶお客様の目的は8割がシュークリーム、そんな店。

  名を喫茶翠屋と言った。

  普段からそれなりに繁盛しているこの店の中でシャカシャカと一つの作業に没頭する少年がいる。

  ケイスケ・マツダだ。




 「空に浮かんだ〜月の誘い〜♪」




  よっぽど暇なのか鼻唄まで歌いながら作業に没頭している。

  手元に積まれている食器を一つ一つ、洗剤の泡とスポンジで丁寧に擦って汚れを落とし、水で洗い流す。

  取って、擦って、流す。取って、擦って、流す。取って、擦って、流す。

  単調な作業を丁寧に、なおかつスピーディに繰り返していく。

  ワシャシャシャシャなんて音と一緒に泡がぶくぶく出てくる辺り中々シュールな光景だ。

  みるみる積み上げられていくピカピカになった皿。

  が、それでも次々に追加されてくる皿のおかげでワシャワシャという音が止むことはない。




  だが、そんな時にケイスケの脳裏に何か凄まじい電流が奔った。

  ピキーンと、危機を知らせる様な類のものがビビビときた。

  本能の警告に従いスポンジと皿を流し台へ一時的に放棄。

  そのまま両手を振り向きざまに突き出した。




 「へぶっ」




  突き出した両手に見事に衝突した小さいの。

  具体的には長い金色のブロンド髪が揺れるちびっ子。

  そのちびっ子の顔がものの見事に両手に収まっていた―――洗剤の泡で覆われた両手に。




 「にゃああああ、目が、目がーーー!?」

 「さて仕事仕事」




  目に洗剤が入ってその場でゴロゴロと悶えるちびっ子を無視してケイスケは無情にも仕事を続行する。

  実によそよそしいその態度はワタシコンナヤツシリマセンとでも言いたげだった。




 「むー、無視っていうのは酷いかもー」

 「うっさい、仕事の邪魔すんな」




  別の水道を使って顔を洗ったのかタオルでごしごしと顔を拭いながらちびっ子が戻ってきた。

  ―――高町ヴィヴィオ。

  高町家の養子であり、一応の戸籍上ではなのはが身元引受人だ。

  そして、高町家の中でも屈指の悪戯っ娘である。

  とある縁でケイスケと知り合って以来、何に感化されたのかケイスケの悪戯スキルを水を吸うスポンジの如く吸収していったのだ。

  隠密行動から段ボール術まで網羅し、周囲を振りまわしては楽しんでいる。

  結果―――




 「むむー、じゃあばいしょーきんを要求するっ。私を無視するばいしょー」

 「誰が払うかっ」

 「ところでばいしょーきんって何?」

 「……こ、こんガキャ……!」




  訳もなく人をおちょくったり煽ったりする愉快犯へといけない方向に成長進化してしまっていた。

  過度に絡むとずぶずぶと泥沼に嵌まってしまうのは経験上理解している。

  なので適当にあしらっておくのが吉なのだが……今回に限ってしつこく絡んできた。




 「ねえねえー、狩りやろうよ狩りー」

 「だめー」

 「むー、見事狙いの品が取れたら百円上げるから」

 「ケッ、そんなはした金で俺が動くと思ってんのかよ」

 「五百円!」

 「……もう一声」

 「むう、五百五十円!!」

 「もーちょっと」

 「おじちゃーん、にぃがヴィヴィオを虐待するー」

 「何ぃ?」

 「よし買……って何してんだコルァぁぁあああああああああああ!?」




  健康衛生上非常によろしくない気配を察知したケイスケは皿洗いを放棄して日給の入った封筒を確保しつつ裏口へと向かう。

  同時に背後の気配が動き出した。おそらくはおじちゃんこと高町恭也が。

  裏口まで距離にして数メートル。行く手には食器棚やカート、食材の入った段ボール諸々と障害物多数。

  が、そんなフィールドは逃げるには格好の条件である。

  移動の際にさり気なく障害物の配置を変えたり、背後の追跡者に向けて滑らせたりして追跡者を妨害する。

  普通ならそんな物を気に留める事はないだろうが生憎とここは店内、それも厨房だ。

  他へいらぬ被害がいく事を危惧した恭也はそれらを律儀に受け止め、あるいは元に戻したりしながら追いかけてくる。

  だがそんな風に他の事に手間取っている間にもケイスケは裏口へ辿り着いてしまう。

  あとはこの目の前にある扉を開けてオサラバすれば平和な夜が待っているのだ。

  追手がすぐそこに迫りながらもケイスケは目の前のゴールを勢い良く開け放つ。




 「はい、捕まえた」

 「……はい?」




  開け放った瞬間、目の前に現れた幼馴染に腕をがっちりと掴まれた。

  一般人の握力を軽く超える強化人間のそれはケイスケの腕を締め付けて放さない。

  腕を回そうとも人体原理を利用しようともまるで動かない、お話にしらならない圧倒的な戦力差。

  手間をとっている間に後ろから迫っていた追跡者にも追いつかれてしまった。




 「ごめんねケイスケくん。下手に捕まえようとするとすぐに逃げられちゃうから、ヴィヴィオに裏口に追い込んでって」

 「アンタの仕業かなのはさんっ……」




  前門の幼馴染、後門の追跡者。

  すぐ隣りからはごめんねー、と舌を出す金髪のちっこいの。

  ケイスケにこれを逃れる手立てはなく、あえなくお縄を頂戴したのだった。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「とまあ、そんな感じで今はクレイルくんのとこに置いてもらってるんだけどね」

 「はわ、分かったような分からないような……」




  アンゼロット宮殿のとある部屋に6人は集まっていた。

  集まった目的は話し合い―――議題はただ一つ、目の前にいる何故かウィザードを名乗る者について。

  つまり、元冥魔王メイオルティスことメイオ・テスタロッサに関してだ。

  少し前にメイオルティスと一戦交えた身でもあるくれは、灯、命としてはその危険性を十分以上に体感している。

  相手はその気になれば世界を滅ぼす事の出来る存在だ。

  そんな存在を前に言葉の一つや二つで信じる事など、くれは達には到底できなかった。




  だがそれとは別に現在目の前にいるメイオルティスからは冥魔の持つ独特の異様さやプレッシャーは感じられない。

  先入観を捨ててしまうと少々物騒な言動をする少女、という見解で固まってしまう。

  それはどちらかと言えば人間らしい、と言えてしまうのが現状だった。




  だからこそ、くれは達も判断に困っている。

  下手をすれば世界が滅びてもおかしくないようなこの分岐点でどのような選択をすべきか。

  自分の肩に世界中の命が乗っているような錯覚。

  これは決して自分達だけの問題ではなく、世界の命運を左右しかねない選択だ。

  灯は、危険だと判断している。

  以前メイオルティスも間接的に関わっていた命も同様に危険だと判断している。

  そしてくれはは―――




 「ん、とにかく了解。他は私の方でとりあえずやっておくから」




  あっさりと、そんな答えを出した。

  余りにもあっさりと答えたものだから流石の命と灯も驚いた表情でくれはを見る。

  メイオルティスも少々その答えが予想外だったのか呆気にとられた表情をしている。




 「ほら、頭ごなしに全部否定していたんじゃ何も始まらないじゃない? まずは信じる事が大切なんだよ」

 「くれは、それはもう少し相手を選ぶべきだと思う」

 「あ、ちょっとー、何それー」




  だが、と灯は思う。

  危険だと思う一方で、くれはならばこうするだろうという予感はあった。

  他人の善意を純粋に信じる心―――それは、あの大魔王が相手でも変わることはなかった。




  現在留守にしている本来の守護者、アンゼロットと目の前のくれはの違い。

  人か世か。そのどちらを選び取るか。

  アンゼロットは世界の守護者だ。大昔からそうだったし、これからも変わる事はないだろう。

  だがその守るべき世界のために、十の内の九を救うために、一を容赦なく切り捨てる。

  決して人を軽視している訳ではない。ただ世界を護るという使命がそうさせているだけなのだ。

  灯も一度、世界のためにと殺されかけた事がある。




  対するくれはは、ついこの前までは普通のウィザードだった。

  他人よりかなり濃い人生を歩んでいるものの、感性自体は一般のウィザードと変わりない。

  ただ、くれはは人を護ろうとする。

  世界を護るために一を切り捨てるのではなく、十を救うために一すらも救って見せようとする。

  そのためなら、きっと世界すら敵に回せるのだろう。

  そしてやはり、灯も同じような経験を持っている。

  たった一人のために命を賭けて、世界を敵に回した事が。










  そして脳裏に去来する一人の男。

  数々の魔王を退け、神すらも打ち負かした者。

  最強の魔剣使いと称される事もある、自分の仲間。

  思えば、彼もただ護りたい者のために戦っていた。

  それが例え全てを、自分達をも敵に回す事になったとしても、孤独だとしても、ただ自分の護りたい者のために。










 (世界を救ってきたのは、いつだって神なんかじゃなくって……人の力)




  だから、信じても良いかもしれないと思った。

  少なくともくれはが信じているならば、自分も少しは信じてみようと思える。

  一年も前の自分には到底考えられなかった思考に少々おかしさを感じるが、これで良いと思った。




 「赤羽守護者代行、宜しいでしょうか」

 「ん、どうぞー」




  唐突にやってきたロンギヌスがドアを開けて部屋に入ってくる。

  きちんと空けた扉を閉めて一礼した後に集まっている六人の方へとやってきた。




 「で、どうしたの」

 「はっ、日本の青木ヶ原樹海で宝石の探索を行っていた者達が到着しました」

 「千客万来だねえ〜……良いよ、ここに通してあげて」

 「了解しました」




  また一礼をした後に部屋を出て、丁寧に扉を閉めていく。

  青木ヶ原樹海といえば自分達の知人が向かった場所の筈。

  なら必然的にこちらへ来る人数は六人となるが……




 「―――」




  無言で部屋を見渡す。

  この六人だけならともかく、更に六人も追加されるとなると……




  一瞬、相撲取りが何人も入っているサウナが頭に浮かんだ。

  何故そんな光景が浮かんだのかは謎だが、とりあえずこの部屋で十二人は少々狭そうだった。













































  そうして、やってきた六人が通されたのは少し大きめの会議室の様な場所だった。

  上等そうな赤いカーペットが敷かれており、どこかの有名な人物が描いたであろう絵画などが飾られている。

  テーブルや椅子も意向が凝らされており、おそらくはアンゼロット特注の品なのだろう。

  世界中の全ウィザードの司令塔なだけはあり、施設への金のかけ方も半端ではなかった。

  だがこの宮殿は所詮はある意味での公共施設。

  それにそういった価値観があまり感じられない一同は遠慮無しに高そうなカーペットを土足で踏み進んでいく。

  ただ若干二名ほど、高級品がもったいないと感じている者はいたが。




 「それにしても遅いねー。何か立て込んでるって話だったけど」

 「どうでもいいから早く報酬金が欲しいんですけどー。適当にここの品売ると金になるよね?」

 「こらケイスケ、こんなところでも欲丸出ししてるんじゃないの」




  何か盗み出さないようにしっかりと監視しておかねばと妙な使命感に気合を入れるスバル。

  そんなことを微塵も気にしていない陣耶は適当な椅子にさっそく腰を下ろしてくつろぎ始めている。

  とりあえず立っていてもする事が無いので、他のメンバーもそれぞれ椅子に座っていく。

  途中、ケイスケとケイがトイレに行くと言って逃げようとしたが、スバルとティアナの両名に阻止された。

  差し出された紅茶とクッキーをつまみながら、時間が過ぎていく。




  そうして五分ほど待っていると、不意に部屋の扉が開かれた。




 「はわー、待たせちゃってごめんねー。この宮殿広いからー」




  そう言って最初に入ってきたのはくれはだ。

  洋風の部屋には酷く不釣り合いな巫女服の裾を揺らしながら席に着く。

  後に続いて命、灯、クレイル、メイオ、ヴィンセントが入室する。

  命と灯がここにいる事は知っていたが、クレイルとその他の男女二人がいる事は知らない6人はまた話がややこしくなってそうだと直感した。




 「えっと、知らない人が多いから紹介するね。こっちの女性はメイオル―――じゃなくて、メイオ・テスタロッサさん」

 「メイオでーす。この前からクレイルくんのところに居候させてもらってまーす」




  テスタロッサの性にとても聞き覚えのある六人はこんなの知り合いにいたっけと首を傾げる。

  しかしそれ以上にその後の居候という単語に興味が行った。

  テスタロッサの性が自分達の勘違いでないとすれば居候しなければならない状況とは一体如何ほどのものなのだろうか……

  そして第三に―――




 「……似てるよな」

 「うん似てる」

 「似てるなんてもんじゃなく気持ち悪いくらいにそっくりなんですが。クリソツだクリソツ」

 「唯一違うといえば人を誘うような甘ったるい声って事ぐらいか、まさに魔性の女」

 「あ・ん・た・ら・人前で何言ってんのよ……!」




  失礼千万極まりない台詞を口々に発した四人はその視線をぐるりと一人の方へと向ける。

  他のメンバーもつられるようにそちらへと視線を向けた。

  話題の人物―――高町なのはに。




 「にゃ?」

 「……言われてみれば確かに似てるな」

 「はわ……何か似てると思ったら意外と身近にいた訳だ」

 「とんでもない偶然」

 「あはは……いるんだねえ、こういう人って」

 「どりぃ〜む……ではなく、二人ともスタイルは間違いなく上玉の領域だしな。良い肢体をしている」




  いやそれは関係ないだろと全員の心が一つになった。

  が、言葉通り良い肢体だと思っているのか視線が二人の体を舐めまわすように動いている。

  例えるなら蛇のように纏わりつく視線に本能的な危機を感じ取った二人は少々身を後ろに引いた。

  話が進まないと判断したくれははこほんと咳払いを一つして全員の意識をこちらへ向けさせる。




 「で、こっちがヴィンセント・クロイツァーさん。グィードさんが派遣してきたベテランの吸血鬼」

 「ふっふっふ、良い女は大歓迎だ。尻と太股がピチピチなのを希望する」




  場の空気が一気に盛り下がった。

  ついでに嫌な方向に全員の心が一つになる。

  曰く、こいつ変態だ。

  だがそんな事を気にしていては話は進まない。

  くれはは全員の意識を集中させるために手を叩くと現状の説明を始めた。




 「それじゃあ今の状況を説明するね。現在、私達は世界中に散らばった異界からの侵入物の回収任務にあたっています」




  言葉と共に空間にスクリーンが投射される。

  魔法というよりも近未来的なそれには菱形の青い宝石が映し出されていた。

  中央にはXと赤く刻印されている。




 「世界結界内に侵入が確認されたのは合計で九個。世界中に散らばったそれの回収をみんなに担当してもらっていたんだけど……」




  そこでくれはがパネルを少し操作する。

  映し出された物と同じ宝石が他に二つ、スクリーンに映し出された。

  その二つにはそれぞれ\と]Wと刻印されている。

  と、ここで些細な違和感を覚えたケイが声を上げた。




 「あれ……降ってきたのが九個なのになんで]W? なんか変じゃね」

 「そう、それが問題の一つ。使われている文字自体は私達で言うところのローマ数字で間違いないんだけど……9なのに14なんだよね」




  何らかの形で製造された物の型番を示すのか、それとも単純に宝石のナンバーを示すのか、情報を持たないくれは達には判断がつかない。

  もしもナンバーを示すものだとすれば反応が確認された9個以外にも最低でもあと5個はある事になる。

  もっと悪い方向で言えば更に数があるかもしれない。

  分からない事が、多すぎる。




 「で、それとは別の問題……既に大魔王級のエミュレイターが行動を起こしているらしいの」




  命と灯が交戦した”蝿の女王”ベール=ゼファー。

  青木ヶ原樹海で交戦した”超公”を自称する”東方王国の女王”パール=クール。

  確認されたのは個の二体だけだが、他の個体も動いている可能性は十分にある。




 「あちら側の目的はまず間違いなくこの宝石。解析班の報告によると、この宝石は複数集まると世界を滅ぼせるらしいし」

 「……それはまた物騒だな」




  大して表情も変えずにクレイルが呟くが、実際問題それは世界が滅亡の危機に瀕しているという事だ。

  ここ一年は特に顕著だが、世界が滅亡の危機に瀕する事が多すぎる。

  どこかの魔剣使いなど一年半ほど前にウィザードになってから一生分の経験を積んだと言ってもいいぐらいの騒動に巻き込まれている。

  その中でこの世界を守護する神の写し身の片割れやエミュレイターの皇帝を倒すなど異常を通り越して何かが間違っている。

  それほどに今現在の状況は切羽詰っていた。




 「それで、これが最後の問題なんだけど……ついさっき、残りの二つの内一つの反応が消えたの」

 「てーことは向こうさんに五つは渡っていると見るべきか。そこんとこどうなんスかねくれはさん」

 「確証は無い……けど、悪い方向に転がっているのは確かだよ」




  先程の説明によれば複数個集まった宝石は世界を滅ぼす事が出来るほどの力を発揮できるという。

  敵の手には、多く見積もっても五つ。

  下手をすればすぐにでも世界崩壊の危機が訪れる可能性もある。

  だけど、とそこでくれはが言った。




 「この宝石が落ちてすぐに反応が消えたのがいくつかあるけど……そこを調査したらね、

  ポイントの一つからルー=サイファーの魔力の痕跡が確認されたの」

 「何っ!? あの金色の魔王が動いていると!?」




  いち早く反応したのはヴィンセントだ。

  ガタッ!! とテーブルに手をついて思わず立ち上がっている。

  とんでもない大物に腰が抜けそうになったケイすらも突然の反応に虚を突かれていた。

  ヴィンセントは右手で拳を作り、それをプルプルと震わせながら……




 「あ、あの豊満な肢体をこの目で拝めるというのか……! 是非とも堪能してみたいものだなっ」




  陣耶が無言で月衣からダーツを取り出してヴィンセントの額目掛けてブン投げた。

  標的に刺さるどころか射抜くくらいの気概で放たれたダーツは一直線に空を裂いて突き進む。

  しかし対するヴィンセントもそれに素早く反応し、その姿が解けるように霧になる。

  結果としてダーツはヴィンセントの背後にあった如何にも高そうな壁にガツンと突き刺さった。




 「はっはっは、紳士はその程度では殺られんよ!」

 「変態の間違いだろ」




  被せるように放たれた言葉にヴィンセントは微塵も揺らぎはしない。

  それどころか変態上等と言わんばかりに豪快な笑いを上げている。

  ここまで突き抜けているともはや呆れしか浮かんでこなかった。

  はあ、と全員が溜息を吐く。

  なんとなく話が進み辛い状況で、事実確認をするようにメイオがポツリと呟いた。




 「まあ確かに厄介だよね。あのシャイマールには何度か辛酸を舐めさせられているし」










  その言葉に、今度こそ時間が止まった。

  一部の人間を除いてメイオの口から飛び出た言葉にフリーズする。

  豪快な高笑いらしきものを続けていたヴィンセントすらその体制のままに動きをピタリと止めた。

  そもそも、その意味からして脳がまともに理解できていなかった。

  衝撃から立ち直れないスバルが全員の心情を代表するように、一言。




 「……あのー、誰が……誰って?」

 「え? だからそのルー=サイファーっていうのがシャイマールだって」




  沈黙。

  くれは、命、灯、メイオを除く全員が一斉に押し黙る。

  無愛想なクレイルや陣耶ですら目を剥いて固まっている。

  たっぷり三十秒、固まり続けた一同の中でくれはが乾いた笑いを洩らしながら頬を指で軽く掻く。

  それに合わせて、ケイが一同を代表するようにポツリと呟いた。










 「……シャイマールって、誰?」










  その一言に、その部屋にいた全員の腰が勢いよく砕けた。











  “金色の魔王”ルー=サイファーは”皇帝”シャイマールの転生体。

  まだ一部の者しか知らない、世界を揺るがすトンデモ情報なのであった。





















  Next「急転 〜meiorutelisu〜」





















  後書き

  随分と間が空いちゃった投稿です。ツルギです。

  もう話の内容忘れている人がほとんどじゃないでしょうか……え? そもそも読んでない? スミマセン......

  劇場版なのはを家で見るとまた違った迫力があって良いですよね。ただあの桜色核弾頭はいかがなものかと思いますが。

  あんなの喰らって生きているフェイトさんって一体……

  そしてそっくりそのままな桜色核弾頭ver.ルシフェリオンを喰らって生きているうちのなのはさんって一体……

  "シェローティアの空砦"の最新刊は一体いつ出るんでしょうねー。ていうかアレ何巻まで続くのかしらん? 五巻くらいまで?

  とりあえず期末が終了して一段落。書けなかった分を書いていきたいです。

  目指せ、投稿速度うp。


  拍手に関してですが、始まりの理由に来ているものは全てそちらで返信する事にします。

  量が多いどころか相変わらず少ないですが、そっちの方が分かりやすいかと思いまして。


  それではまた次回に―――







作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。