太陽の如き灼熱が放たれる。
逃げ惑う獲物を狙うそれは一直線に、道阻む物全てをその身に呑みこみながら突き進む。
絶対的なまでのその暴力は触れた瞬間にその身を焼きつくして余りある。
ケイの思考に諦めが過る。
「（南無阿弥陀仏……）」
「（変な悟り開いてんじゃねえええええっ！？）」
思わず死後の世界を思い念仏を唱える。
だがそこで、ケイへと駆け出した影が一つ。
「幻想舞踏ッ―――！！」
一歩を踏み出した影の正体はスバルだ。
途端、その姿が幻想の様に虚ろになり不可視の速度を以って疾風と化す。
自前のローラースケートを駆り、目の前にはケイとアギト。迫りくる灼熱の塊。
ただアレが着弾するまでにケイの許へ辿り着くだけではだめだ。それだけならばもろともに灼きつくされてしまう。
だから、後もう一手。
スバルの目の色が変わる。
深い翠から、機械的な金へ。
目の前の脅威から親友を守るために、振るうべき力を喚び起こす―――！！
「盾の乙女よッ！！」
跳び込む様にケイの許へと身を躍らせ、その力を行使する。
叫んだ瞬間、その声に応えて目の前に巨大な盾を持った幻想的な乙女が姿を現した。
それは背後に存在するその全てを守護せんと灼熱の前へ立ちはだかる。
「スバルッ！？」
「任せて、守って見せるから！！」
振り向く事はしない。
前だけを見据え、背後に守るべき存在を認識する。
腹は決まった。今はただ、全力で目の前の脅威を打ち払う―――！
「おおおおおおおおおおッ！！」
ゴガン！ と大気が割れる様な爆音が響いた。
全てを灼きつくす太陽を、盾の乙女は確かに食い止めて見せている。
が、それもほんの少しの時間だけだった。
盾の乙女は徐々に、その盾ごとじりじりと後ろへ押され始める。
「ぐ、ぅ……！」
小さな呻きがスバルから漏れた。
乙女を支える腕に力を込め、腰を落として必死でその場に踏み止まる。
だがそういった感情論でどうにかなる問題でもない。
目の前の脅威は次の瞬間には確実に盾の乙女ごとスバル達を呑みこんでしまうだろう。
だから、次なる手をティアナは打った。
「夢幻の狩人！」
その宣言と共に変化は訪れた。
目の前から迫り来る灼熱の勢いが突如として弱まったのである。
それを受けて、盾の乙女もその勢いを取り戻した。
「ァァああああああああああッ！！」
咆哮が響く。
呼応する様に盾の乙女が灼熱を一気に押し返し始める。
―――夢幻の狩人は敵の力を一時的に減殺させる夢使いの能力だ。
ティアナはこの力を行使して攻撃を放ったパール＝クールに干渉、その力を減殺させた。
そして、力が弱まった今の状態ならば―――盾の乙女は、背後を守護する絶対の盾となる。
ズドン！ とまた轟音が響いた。
音の正体は砕かれた灼熱のもの―――炎の残滓を撒き散らし、華々しく消えていく。
役目を終えた盾の乙女も、まるで幻想に解けるかの様にその姿を消失させた。
それでもケイ達の顔に安堵の表情は見れない。
「ふうん、このパールちゃんの攻撃を受け切るなんて―――ナマイキ」
何故なら、目の前の脅威は依然として去ってはいないからだ。
ナイトウィザード2nd Existence of fabrication
Scene/5「衝突 〜fierce fight〜」
「"超公”―――パール＝クール」
呻くように、ティアナが呟いた。
小さな筈の声は静まり返ったこの場に良く響く。
その表情に余裕は見て取れず、極度の緊張と焦燥に駆られている。
対するパールはいっそ隙だらけとも見えるような態度で宙に浮いている。
「パールちゃんの事を知っているなんて感心感心。ま、とーぜんの事だけどねー」
この場の雰囲気には似つかわしくない明るい声―――だがそれだけで魔王はこの場を支配してしまう。
その眼は、明らかに彼らを見下したモノだ。
嘲るように彼女は続ける。
「あんたらもウィザードみたいだし、目的はコレかなー？ けど残念でした、コレはもうパールちゃんの物」
「っ、それ―――！」
言って、パールが手の平で弄んでいる物を見て思わずスバルは驚きの声を上げた。
青い、小さな菱形の宝石―――中央には紅く数字が刻印されている。
それは間違いなく、任務における回収対象の世界結界へ侵入した物体だ。
最悪な状況にティアナは歯噛みする。
自分達の実力であの裏界の五本指に入る魔王を倒す事は不可能だと理解できるから。
この時点で任務は失敗。
今この瞬間からは生き残りそれを上へ伝える事が最優先事項となる。
だが、
「あんたらなんて見逃しちゃっても良いんだけど……後でウィザード共が群がってくるのも面倒よね」
本当にそれだけだという風に首を傾げる。
誰も一歩も動けない状況で、やがて彼女は綺麗な笑みを浮かべた。
それは、そこまでも凍えきった冷たい笑みで―――
「うん、死ね」
ただただ、冷酷に、宣告は告げられた。
再びパールの手に巨大な火球が現れる。
「っ、散開ッ！！」
攻撃が放たれる直前に彼らも動いた。
叫びに従ってとにかくその場を離れようと四方に散らばりだす。
その直後に、彼らが纏まっていた地点を灼熱の塊が跡形も無く吹き飛ばした。
爆風に煽られてたたらを踏みながら、それでも何とか体勢を立て直す。
「くそっ……！？」
「あっははは、どんどん行くわよ！」
連続して周囲に火球が放たれる。
無茶苦茶に撃っている様で、それは四人を一か所に纏まらせない様に分散させている。
一か所に集まろうとする者と離脱しようとする者を優先して攻撃、反撃の機会を得られずにケイ達は駆けまわる。
「なろっ、スバル！ お前さっきのは出せないのか、こうべっぴんさんがでっかい盾持ってるの！」
「無理！ あれは一度使うとしばらく使えないッ！」
「あーもー色々とすんませんしたーーーッ！？」
「騒いでないで集中しなさい！？ 攻撃が、ってわひゃあ！？」
際限なく降り続ける火の雨を辛うじて紙一重で避け続ける。
遊ばれている、とティアナは感じた。
だが向こうがその気の内にはこちらにもチャンスはある。
「っとあぶね、てめえカバーしろ！」
「強制カバーリングとかふざけんなあああああッ！！？」
無情にもケイスケがケイの首根っこを掴んで自分に迫る火の雨の真っただ中へ放り込んだ。
その間にケイスケはそそくさと安全圏へ避難する。
「あれ、脱落者一名？」
「彼女いないのに死んでたまるかあああああ！ 散滅ッ！」
迫る火の雨に対して流れるようにケイが刀を振るう。
降りかかる火の雨のほとんどは刀に触れた瞬間、その流れに流されるように静かに散っていく。
散滅、侍と呼ばれる日本特有のウィザードが得意とする業。
特定の構えから繰り出されるその業は迫る魔法攻撃に対して絶大な防御力を誇る。
そして散らされた火の中から一つの弾頭が飛び出した。
ケイの顔の横を掠めるように通り過ぎたソレは間違いなく―――ロケットランチャーの弾頭であった。
それは火の雨を煙幕代わりにしてパールへと飛来、瞬く間にその距離をゼロにした。
耳をつんざく爆音と辺り一帯を吹き飛ばす爆風が撒き散らされる。
近くにいたケイはその煽りを受けてものの見事にロケットランチャーを放ったケイスケの横まで転がった。
「うし、殺ったか」
「殺ったか、じゃねえよ！？ 俺に当たったらどうする気だ馬鹿野郎！！」
「当たってないから良いだろ、ほら今の内に逃げる逃げる」
「良くねえええええッ！ 調子に乗ってんじゃねえぞこのリア充！？」
ケイの同国を無視してケイスケはロケットランチャーを放り出すと脱兎の如く森の中へ駆けだす。
それに続く様にティアナとスバルも後を追う。
「ほらケイも、とっととしなさい！」
「納得いかねえええええ！！」
『……はあ』
そうして、燃え盛る森を背に四人は駆けだした。
◇ ◇ ◇
「さて、今回の任務を請け負って貰うに当たり、君に一つプレゼントがある」
「プレゼント？」
日本へ向かうシャトルの前、突如としてグィードがそう言った。
その突然な申し出にクレイルは思わず胡乱気な声で聞き返してしまう。
見ればグィードの手にはいつの間にか大きな布に包まれた物体が握られていた。
月衣から取り出したのだろうか、その大きさは自身の身長ほどはありそうだった。
「これを受け取りたまえ」
どうやらグィードが手に持っている物こそが件のプレゼントらしく、プレゼントと言うにはいささか物々しい気がした。
が、貰える物は貰っておくのがクレイルだ。上手くすれば質に入れて資金が稼げるかもしれない。
頭の中でそんな打算をしつつ一応はそれを受け取る。
持った時の感想は重い、だ。
ずっしりとした金属感が布越しに手に伝わってくる。
「ねえねえ、何貰ったの？」
「子供かお前……」
とはいえ、クレイルも中身は何かは気になる所なので布を外してみたい。
グィードに視線をやると首肯で返された。
許可も貰ったので布を丁寧に取り外していく。
徐々に布が剥がれ、その中身が露わになっていく。
その中身に、クレイルは思わず息を呑む。
「……コイツは」
黒を基調としたカラーリング。
細身のフォルムは剣をイメージさせたが、それはガンナーズブルームの様な砲撃機能の付いた箒だ。
だが刀剣の様だという見解も間違ってはいない。
その機械的な砲身は刃の付いたプレートで出来ており、刃にも砲身にもなる。
ブースターなども取り付けられた機械の塊は正に箒。
その名は―――
「CW02X-Strike Cannon―――アンブラ社が開発した新型箒、その試作三号機だ」
◇ ◇ ◇
「ここが―――」
紅い光が照らしだす草原の中で、真行寺命は呟いた。
地平線まで続く広大な草原の中で、命は一人の少女―――緋室灯と共にたった二人だけでそこにいた。
当然、辺りに人気など感じられない。
常識の枠に存在する一般の人間、イノセントと呼ばれる者達はこの場には存在できない。
月匣と呼ばれる紅い世界は常識の外で生きる者達のために用意された舞台装置。
常識ではありえない事がまかり通る世界、それが今のこの草原だった。
「あかりん、反応の方はどう？」
「問題無い、探知は出来ている」
灯の手の中には一つの小さな機械があった。
コンパクトの形をしたそれの表面は液晶になっており、縦横均等に緑のラインが奔っている。
その中で一つの赤い光点と二つの黄色い光点が灯っている。
いわゆるレーダーという物だ。対象の何らかのエネルギーを感知し、その大きさによって光点を表示する。
黄色い光は自分達、赤い光は対象の反応だった。
見れば距離はそう遠くないもののそれなりに離れている。
「けどこれ、僕達に比べて反応が結構小さいね」
「たぶん、感知できるエネルギー自体が微弱。もしかしたら時間の経過で更に小さくなるかも」
「なら、急いだ方が良いね」
命が一歩を踏み出す。
灯もそれに続いて並び立つように歩を進める。
急にレーダーがけたたましい音を鳴らし始めた。
「っ、何！？」
「レーダーに反応―――」
灯の言葉に慌ててレーダーを覗き込むと確かに大きな反応があった。
しかしそれを見て命は思わず首を傾げてしまう。
反応は確かにあった。さっきまでにない動作をレーダーは確かにやっている。
ただ、それが反応と言って良いのかどうかの判断が付きかねるのだ。
画面全体で赤い光が点滅していて―――
「まさかこれ……」
「光点はエネルギーの大きさでその規模を変える。ならここまでのエネルギーを持つのは―――」
知らず、息を呑む。
嫌な予感がした。手に汗が滲み、緊張で意識が拡張される。
そして目の前で確かな変化が起こった。
目の前の空間が歪み、波紋が広がっていく。
波紋の中心から発せられている魔力はあまりにも強大で、その圧倒的存在感を誇示している。
そして―――
「この、魔力は……」
緋室灯には、その魔力は身に覚えがありすぎた。
『あら、先客がいると思えば―――見知った顔がいたものね』
凛と響く鈴の様な声。
幼さを感じさせながらも同時に妖艶な響きを含むそれ。
波紋の中から、その姿が露わにされる。
「先日は世話になったわね、真行寺命に緋室灯」
ウェーブのかかった銀のショートヘア、人にはありえない金の瞳。
外見は16歳ほどの少女で、輝明学園高等部の制服の上から月と星の柄があしらわれたポンチョを羽織っている。
そこに浮かぶ微笑は悪魔の微笑み。
彼女こそは空を駆けるあまねく生物を統べる王。
蒼穹に君臨するその名は―――
「大魔王……ベール＝ゼファー」
戦慄が奔った。
世界結界に侵入した宝石―――エミュレイター側も狙っていた事自体は知ってはいたが、ここまで大物が動くのは予想外だった。
裏界に存在する72柱の魔王、その第二位。
“大公”の称号を冠し、”蝿の女王”の二つ名を持つ大魔王。
今まで幾度となく世界を滅亡の危機に陥れた存在。
それが今、二人の目の前にいた。
迂闊には動けない……目の前の存在は、かなりの力を持って現出していた。
通常、魔王という存在は裏界からこちら側へ出てくる事は出来ない。
こちら側―――表界と呼ばれる人の世界、そして世界結界で裏界ごと魔王を封印しているからだ。
だが魔王もただ封印されているだけではない。
その身のプラーナを使用する事で写し身と呼ばれる自身の分身を造り出し、それに意識を乗せて表界へと送りこむのだ。
当然、使用するプラーナの量によって力の量も左右され、世界結界から受ける影響も変化する。
力が強ければ強い程に常識以外のモノを排除する世界結界の影響は強まり、それを損失した時のデメリットも大きくなる。
しかしこのベール＝ゼファーという魔王は規格外だった。
幾度も強力な写し身を現出させ、撃ち破られているにも拘らずまた送りこんでくるという荒業をやってのけている。
そして今回も、強力な力を宿した写し身が目の前に現れたのだ。
いくら写し身―――分身とはいえその意識は本物、ベール＝ゼファー自身そのものだ。
灯自身、何度かベルと交戦した事もあれば共闘をした事もある。
それなりにベルの性格は知っているつもりだが……だからこそ、敵として現れた今の状況の不利さを悟っていた。
そしてベルは、まるで街中で気軽に友人でも挨拶するかのように口を開き、
「チャオ、ここにいるって事は遊び相手になってくれるのかしら」
闘争の始まりを、静かに告げた。
◇ ◇ ◇
「待ぁぁああああああてぇええええええええええええええっっ！！！」
「ギャーー！？ ちょ、今掠った、掠ったってッ！？」
「よし、良いぞそのまま生きた壁の役目を全うしろ」
「てめえがやれぇぇえええええッ！！」
燃え盛る森の中に響く絶叫。
ケイら四人は必死になって森の中を月匣の出口目指して駆け、逃げていた。
背後にはパール＝クール―――周囲を振るわせるほどの魔力を放ちながら激昂しており、その眼には明確な殺意が宿っている。
先程ケイスケのロケットランチャーの直撃を受けたパールがキレて本腰を入れて襲いかかって来たのだ。
ウィザードとしての力や周りの木々、果てには野生のエミュレイターまで全力で利用して何とか逃げ延びてはいるものの……
「ティアー、出口はまだー！？」
「まだよ！ 気合入れて走りなさい！」
先程から全力疾走だがなかなか出口は見えてこない。
月匣から脱出する事が出来れば多少は状況も違ってくるし、逃走の確立の上がってくる。
だが、そもそもこの後ろから修羅の如き形相で迫ってくるパールを振り切れるのだろうか。
「くっそ、ケイスケてめえのせいでまともな命乞いすら通じねえじゃねえかアレ！？」
「知るか！ 死ぬならお前一人で勝手に野垂れ死ね！！」
「そん時はてめえも道連れにしてやるよっ！」
「その頭蓋骨今この場でぶち抜いてやろうかぁ！？」
「スンマセン、マジ勘弁してください」
「腰低っ！？」
ティアナが思わずこめかみを押さえてしまう。
こんな絶望的な状況に似つかわしくないレベルの低いケンカの渦中にあって、そろそろ色々と限界だった。
下らない争いはスバルが適当に拳を下して走らせる。
「くんのお……舐めるのもいい加減にしろぉぉおおおおおおおおお！！！」
「ゲッ！？」
パールの頭上に直径3mはあるであろう火球が形成される。
ディバイン・コロナ―――天属性の魔法の中でも最高レベルの高位魔法。
太陽の如き輝きと灼熱を以って敵を灼きつくす、文字通り神聖なる太陽。
ただし、それは魔王が使っていなければの話だが。
魔王の常識外れの魔力で振るわれるソレはまず間違いなく触れれば一瞬で体が消し飛ぶだろう。
その在り様と言えば神聖なる太陽どころか破滅の太陽であった。
もしあの太陽を避けたとしても確実に地面は吹き飛び、大きなクレーターを出現させるだろう。
その時の爆発の余波で追いつかれてしまっても意味が無い。
絶体絶命―――どうにかして防がなければ追いつかれる。
そして追いつかれたが最後、まるで紙を千切るかのような手軽さでバラバラの惨殺死体にされてしまうだろう。
ならば―――
「っ、ケイ突っ込め！！」
「はぁっ！？ 俺に死ねと言うのかお前！？」
「よくよく考えたらあんたは防御手段持ってだでしょーが！ どうせ防がないと避けられないんだから逝ってきなさい！！」
どちらにせよ危ないのに変わりは無いじゃねえか、と愚痴を吐きながらもケイが足を止めて振り返る。
それに合わせて、ティアナもサポートの為に足を止めた。
パールはそれを観念したと見たのか、口に嘲笑が浮かぶ。
「ふーん、やっと諦めたんだ……なら潔く死になさい！！」
大きく腕を振りかぶり、全力投球で太陽が放たれた。
近づくだけで身を焼く灼熱が迫る。
「しくじるんじゃないわよ！ あんただって死にたくないでしょ！？」
「あーもーどーとでもなりやがれっ！ 帰ったら何か見返りねえと割に合わねえよホントッ！！」
叫び、その体から金色の光―――プラーナが溢れ出す。
狙いは眼前の太陽。
刀を上段に構え、前を見据える。
―――手に持つ刀、アギトが鳴動する。
「あはははは、死んじゃえッ！！」
「……チャーーシューー……」
機械は一度、一瞬のみ。
一歩間違えれば消し炭なんていう絶望感。
何故こんな事になっているのだろうと毎度疑問に思うが、考えるだけ無駄なのはいつもの事だった。
だから、生き残るために全力を。
全力で足掻く。たとえどれだけ無様でも、みっともなくても、情けなくても、生きる。
必要なら命乞いだってしてやるし、従ってだってやる。
何故かと問われれば生きたいからだ。
ウィザードなんて常識外の事情に関わったがために放り込まれた非日常―――ただ日常を生きていたかっただけなのに、と。
だから生きる、日常に帰るために。
その為の全力を―――！
「メェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエンッッ！！！」
瞬間、跳んだ。
プラーナで脚力を強化し、目の前の太陽目掛けて突っ込んだ。
パールが笑う、馬鹿な奴と。
だがこの時ばかりは、ケイの生への執念がパールを上回った。
刀が振り下ろされる。
触れた瞬間に全てを消滅させると思われた太陽はしかし、刀に触れた瞬間にまるで解けるかのように散っていく。
「なっ―――！？」
驚愕にパールの目が見開かれる。
自身の全力投球がまたしても無力化された事に、目の前の現実を認められないと驚愕の声を漏らす。
―――マジックキャンセラー、魔物使いの持つスキルの一つ。
その効力は単純明快。
そう、文字通り―――
「どっせぇええええええええええいっ！！」
あらゆる魔法を消し去り、敵を打ち倒すための力！
「くぅっ！」
避けられないと判断したパールは寸でのところで目の前の防御壁を展開する。
全力を以って降り降ろされた刀は障壁に阻まれ、パールには届かない。
必殺の一撃を防いだパールに余裕が戻る。
だが―――次の瞬間には、障壁が消え再びケイが刀を振り下ろしていた。
突然の障壁の消失に不意を突かれ、そのまま降り降ろされた刀をその身に受けた―――
「……だぁああああ怖かったあああああ！！？」
「良いからさっさと行くわよ！ 放っておいたらすぐにでも起き上ってくるんだから！」
「おーい、こっちだこっち！」
向こうからケイスケとスバルが手を振っている。
大体の方向に当りを付けたのだろうか、しきりに先を指さしたりもしている。
ケイとティアナも早くここから立ち去ろうと駆け出し、ケイスケ達と並んだ。
森の中を駆け抜ける。
「てゆーかアレ倒したのか」
「いや、あの程度じゃまず無理ね。せいぜいしばらく動きを止めるのが限度」
「そうそう、あの程度じゃ足止めにもならないけどね」
ゾッとするような声が、すぐ後ろから響いた。
振り向くと、立っていたのは先程ケイの攻撃によって落とされたパールだ。
パールは底冷えするような笑みを湛え、4人を睥睨している。
それを見ただけで、金縛りにあったかのように体が凍りついた。
「いつの間に―――！」
「よくよく考えたら馬鹿正直に追っかける必要なんてないのよね。こっちには空間転移っていう手段があったんだし―――」
言って、ゆっくりと歩を進める。
優雅に、余裕を感じさせる歩みはこの場における絶対的優位を物語っていた。
ティアナの意識が能力使用のために集中し始める。
しかし、それをパールは見逃さない。
「そう何度も同じ手は食わないわよ」
「っ―――力が使えない！？」
「規模は小さいけど時を戻すなんてねえ……どこぞの生意気な冥魔王を思いだして、かなり気分が悪いわ」
先程パールがケイの攻撃を防いだ時―――ティアナは時戻しという力を使った。
ほんの一瞬前まで時間を巻き戻す力だが、その効力はケイがパールを叩き落としたのを見て分かる通り絶大だ。
だが対するパールも陰の気という力を持っている。
相手の行使しようとする能力をこちらの気で無理やりにかき消してしまう力業だ。
「ちっ！」
いち早くケイスケが月衣からショットガンを抜き放ち、即座に発砲した。
散乱した銃弾がパールへと向かい、だがその全ては目の前の空間に阻まれる。
目の前に見えない壁があるかのように全てが尽く叩き落された。
「空間……いや、次元？ くそ、厄介な」
「そんなので終わり？ じゃあ次は―――」
ゆらり、と陽炎のように魔力が立ち上る。
濃密な魔力に周りの景色が歪み、空間が悲鳴を上げる。
「スバル、盾の乙女は―――！？」
「まだっ……！」
「ケイッ！」
「使ったばっかで無理だよ！？」
数ある防御手段も、もはや手札が尽きた。
パールから立ち上る魔力が膨れ上がる。
次の瞬間に襲いかかるであろう衝撃に身構えて―――
ケイスケだけが、獰猛な笑みを浮かべていた。
パールがそれを不審に思う間も無くケイスケが手に握った一つのスイッチを入れる。
その瞬間、パールの真下に仕掛けられた爆弾―――クレイモアが起爆、爆風に体が煽られる。
爆発の直撃を受けた魔王の姿は爆炎の中に紛れて見えなくなる。
「ケイスケ、まだ何か仕掛けてたの―――！？」
「移動中に罠を仕掛けるなんて常識中の常識だろjk」
「けどあんな程度じゃ―――！」
そう、相手は仮にも魔王。この程度で倒せるような甘い相手ではない。
そしてティアナの声に応じる様に爆炎が吹き飛ばされ中からパールが現れる。
纏っていた巫女服は所々焦げていて、焼けて吹き飛ばされた個所まである。
流石のパール自身も至近距離での直撃を受けて無事では済まなかったのか、火傷している箇所が見て取れる。
しかし―――
「もーぜっっったいに許さない！！ 塵も残さずにこの世界から消し飛ばしてやるんだからッ！！」
「あーもーやっぱ余計にブチ切れさしてるー！？」
激昂したパールの頭上に巨大な火球が生み出される。
白く発光するそれは摂氏一万℃を誇るパールの最大出力だ。
核シェルターすら丸ごと掘り返せるような高熱に辺りの樹木も即座に発火していく。
今度こそ、終わる。
アレが放たれた瞬間に自分達は文字通り塵一つ残さずに焼きつくされる。
摂氏一万℃など人類が防げるモノではない。
その絶望の槌が振り下ろされ―――
「ディバイン・コロナッ！！」
「うぼぉおあああああああああああッッ！！？」
―――真後ろゼロ距離で爆発した火球にものの見事に吹っ飛んだ。
そのまま視界の外までパールを吹っ飛ばした火球は木々を焼きながら突き進み―――着弾。
ドーン、と派手な音と共に爆音が響いてきた。
咄嗟の出来事にケイスケを除いた四人の思考が停止する。
ケイスケ一人だけが火球の主に対して気軽に声を掛けていた。
「ナイスタイミング、なのはさん」
「もー、危ないとこだったんだから……もうちょっと緊張感を持とうよケイスケくん」
栗色のサイドポニーを揺らし、紺のコートを身に纏った―――高町なのはが、そこにいた。
左手には陰陽師御用達の破魔弓が装着されている。
「な、なのはさんっ！？」
「あ、え、どどどうしてここにっ！？」
「うん、私も回収任務に就いたんだけど、担当箇所にここを割り当てられたから手助けに」
「そんで俺がアポ取って救援要請。何ともナイスなタイミングで駆けつけてくれた」
予想外の人物の登場に慌てふためく三人だが、その時先程の爆発地点からまたしても爆音が響いた。
そこから巨大な魔力を纏ってこちらへ一直線に突っ込んでくる影―――パールだ。
体当たりで辺り一帯を吹き飛ばす気なのかその速度たるや尋常な物ではない。軽く音速はありそうだった。
「みんな、私の後ろに！」
だがその驚異の攻撃にもなのはは一歩も動じない。
この場を乗り切るために的確に思考を展開し、指示を飛ばす。
慌ててその場から離れた途端、パールが真ん中に突っ込んできた。
音速並みの速度で突進してきた物体が地面に衝突した事で巨大な衝撃が巻き起こる。
それに魔力もかけ合わせた大爆発―――確実に全て纏めて吹き飛ばす筈だった。
だが、
「レインボウフィールドッ！！」
虹色の輝きが目の前を覆い、衝撃の事如くを防ぎきってしまう。
特定の属性の魔法を完全に無力化する魔法、レインボウフィールド。
魔力の爆発もその例外ではなかった。
パールはそれを見るや否や魔法を放とうとはせずに肉弾戦を挑もうと動く。
しかし、そこで糸の切れた人形の様にパールの動きが停止した。
肉体を動かそうとする筋肉が、神経が、全くもって反応を示さない。
「なっ―――！？」
「忍法影縫い―――なんつて」
パールの背後、真後ろから男性特有の低い声が聞こえる。
いつの間に現れたのかパールの後ろには紺のコートを纏った長身の青年が立っていた。
右には鞘と剣が一体となったような奇妙な剣を、左には荘厳な一本の刀を。
容赦なく、青年が動く。
「暗黒流星ッ―――！！」
漆黒の流星の如く、青年の攻撃がパールへと突き刺さる。
鈍い音と共に吹き飛ばされたパールは地面へと叩きつけられながらも、何とか体勢を立て直そうともがく。
「ぐ、このっ―――！？」
しかし追撃は終わらない。
ケイスケが既に前へと出ていた。
右手に宿る気―――練気によって拳に込められた気に、紫電が迸る。
踏み込みは力強く、右の拳を振り抜く！
「雷竜ッ！！」
「あがっ―――！」
鳩尾へと一直線に突き刺さった一撃がパールの体制を大きく崩す。
その痛みに呻く間もなく、次々と他の者達が動いていた。
ケイとスバルが飛び出す―――否、ケイは蹴り飛ばされてパールへ向かう。
「ああくそ、何だってこんな目に！？ 逃げようよ！」
「今の内に何とかしないとまた来るって、良いから行くよ！ 幻想舞踏ッ！！」
スバルの瞳が金へと変貌し、その姿が幻想の様に霞む。
同時にスバルの拳が炎と疾風―――竜炎の炎と昇竜の風を纏い、加速する。
そしてスバルの体がその速度のままに宙へ舞う。
「アギト、ギガンティックフォームとフージョンモード！ 全力いくぞ！！」
『やっとその気になったか！？ へ、やぁってやるぜ！！』
構えた刀がまるで腕を呑み込むかのように融合し、その大きさを増していく。
身の丈を超える程となった大太刀を上段に構え、必殺の一撃を叩き込まんとする。
「くっ―――！」
パールはそれに対抗しようと体を動かすが、先程ケイスケに叩きこまれた雷竜のせいで体が痺れている。
いや、それだけではない。
先程の奇襲のせいで筋肉が硬直し、思うように体が動かせずにいる。
だが二人は止まらない。
スバルは空を一直線に、ケイは眼下の魔王を見据え、その一撃を叩き込む―――！
「迅竜ッ！！」
「乾坤剣ッ！！」
交錯する刃と拳。
二方向からの重圧にたまらずパールの小さな体は宙へ投げ出される。
だがまだ足りない。
パール＝クールという魔王を倒すには、まだ。
だからこそ―――惜しみの無い全力を。
目の前に飛翔する影。
白と青を基調とした、刃の様な砲身を持った箒。
CW02X-Strike Cannonを構えたなのはが、その先端に星の如き光を宿らせる。
「スターライトッ！！」
―――瞬間、星の光が爆ぜた。
目の前を極光が覆い尽くし、視界の全てを奪い去っていく。
光が触れた途端にそれは消しゴムで擦ったかのように、初めから無かったかのように消え去っていく。
白い光が迫る。
「私が、ウィザードなんかに……！！」
―――そんな死を、パールは幻視した。
一瞬前の事が全て幻に成り果てる。
困惑が思考を埋め尽くす。光に消された筈の自分の体は残っている。
自分は確かに先程、あの光に呑まれて消え失せた筈なのに―――
そんな幻。
余りにもリアルな幻の死。
死という概念を超越した魔王すら、その死の概念に囚われる。
―――幻実死。
幻の死を現実の死に変える夢使いの能力。
力の強い相手には幻を現実に変える所までは行かないものの、限りなくリアルな死を見せる事ができる。
それ故に思考混乱、それ故に生まれる致命的な隙。
最後の一手は、既に懐に踏みこんでいた。
自らの体に、魂に刻まれた経験から、魂の輪廻より培った運命すら利用して。
今この場で、最後の一撃を叩き込む。
「―――リミットブレイク」
体の全ての枷を意図的に外す。
一時的に限界を遥かに凌駕した力を振るう事が許された肉体は、その力をただの一振りに集約させる。
すなわち、右に握られた鞘と剣が一体化したかのような、奇妙な剣に。
「光剣抜刀」
振りかぶり、力の名を呼ぶ。
この剣に秘められた力を呼び覚ますためのトリガーワードを。
「クラウソラス」
呼びかけに応え、剣が鳴動する。
同時にまるで剣が鞘から引き抜かれるかのように―――刀身が眩く輝きだした。
―――クラウソラス、それはケルト神話において銀の腕ヌアザが所有した剣の名。
その真価は、鞘から抜き放たれた時にこそ発揮される。
すなわち、その光を以て敵の目をくらまし―――
「叩き―――！」
抵抗する間もなく二分する―――！！
「斬れぇえええええッ―――！！」
瞬間、光が一文字に薙ぎ払われる。
視界は光に埋め尽くされた。
Next「集結 〜night wizards〜」
後書き
久々にナイトウィザードを投稿です。
〜A's to StrikerS〜 も一段落しての投稿なので……かなり間が空いたなー。
お話の内容、忘れている人いるんじゃないかしらん。むしろ誰も覚えてなさそうな気がががが。
それにしてもちゃん様大活躍の回。もう無双とかそんな感じ。
最後の怒涛のアタックでさえHP削りきれたかどうか……
影縫い→暗黒流星→雷竜→迅竜→乾坤剣→幻実死→スターライト→クラウソラス。順番的にはこんな感じ。
クラウソラスはF値以外なら絶対命中+魔器解放。そんな感じ。
カウントを影縫いでごっそり頂きました。エンダースさんは偉大です。
さて次はstsの一話。投稿はいつになるかなあ……（ぁ
ではまた次回に―――