「ほい点呼ー」

 「いーち」

 「にー」

 「さーん」

 「しー」




  早朝、樹海を目前で点呼をとる五人組―――いや、四人と一匹。

  朝特有の肌寒い空気を感じながら実にやる気が感じ取れない声が響く。

  が、それもいつもの事なので気にしていては始まらない。

  それが分かる程度には、点呼をとった人物はここにいる連中とは付き合いは長い。




 「さて、目的地である月匣は目の前。中がどういった状況なのかは分かっていないわ」

 「中でエミュレイターが襲撃してくるかもしれないって事だね」




  目の前に広がる樹海―――青木ヶ原樹海はこの日本に古い時代から残る月匣の一つだ。

  自殺の名所や遭難しやすい場所として有名なこの樹海。

  そういった不気味な噂が絶えない背景には月匣によるトリックがあったという事だ。

  当然、人の世にしては魔の気配が強くエミュレイターも徘徊している。




  つまり、青木ヶ原樹海とは一級危険地帯の名称の一つなのだ。




 「じゃあ気合入れて行くわよ。何があるかは分からないからはぐれない様に―――」

 「ってあれ、ケイは?」




  と、言われて気付いたが先程まで目の前にいた武ノ内ケイの姿が見当たらない。

  相棒であった小さな魔物―――もとい妖精のアギトもだ。

  ケイが一人で姿を眩ませるならともかく、アギトが何も騒ぎ立てずに姿を消すとは考えにくい。

  何事かと思い三人で辺りを見回せば……




 「もがもがー」

 「むぐー、むー」




  植物の蔦の様な物に口を塞がれて上に体を絡め捕られ、今にも樹海へと消えそうなケイとアギトの姿であった。




 「……」




  突拍子も無い事態に思わず三人の動きが停止する。

  そして抵抗虚しく、二人の姿が樹海の中へと消え失せた。




 『って待てええええええええええっ!!』




  ようやく事態を呑みこんだ時、やっと三人は再起動して一斉に樹海へ飛び込んだ。










 「よし、これであいつが消えれば金が浮く。その分を俺がっ」

 「アホな事言ってないで来なさい!!」




















  ナイトウィザード2nd Existence of fabrication
                       scene/4「進展 〜demon prince〜」




















  次元の狭間に浮かぶアンゼロット宮殿。

  主が不在であろうと動き続けるロンギヌスの本拠地の中に佇む五つの影がある。

  五人が佇む場所には大きな魔法陣がいくつか描かれている。

  それはこの宮殿に備え付けられた転送魔法用の魔法陣だ。

  魔力が供給され、しっかりとコントロールすれば例え地球の裏側だろうが転移できる。そんな代物だ。

  ロンギヌスと呼ばれるウィザード集団はここから世界各地へ向けて出撃するのである。

  そしてその転送陣の前に立つ人影もまた、例外ではなかった。




 「じゃあ行ってくるわ。俺となのはは日本の方に」

 「僕とあかりんはイギリスの方に、だね」




  言って、それぞれが魔法陣の上へと進み出る。

  そんな四人を見送るためにくれはもこの場に立っているのだった。

  転送陣には既に魔力が供給されており、淡く青い光を放っている。

  陣耶となのは、命と灯がそれぞれ向かうのは全く別の場所。

  イギリスも日本も共にあの宝石の反応が確認された地域だ。

  その地に赴くその目的は当然、宝石の回収。

  つまりは任務である。




 「ほんとだったら私も動きたいんだけどね……」

 「流石に守護者代行が持ち場を離れる訳にはいかないからねー」

 「はわ、その通りなんだよ」




  守護者代行とはいえくれは自身はエミュレイターの脅威から世界を守るウィザードの一人だ。

  強すぎる力故に直接的な干渉が不可能なアンゼロットと違い、くれはは直接的な干渉が許される立場にある。

  そうである以上、振るえる力があるにも関わらずじっとしていなければならないというのはまた別の意味で苦痛であった。




 「大丈夫ですよ。くれはさんの分まで僕たちが頑張りますから」

 「そーそー、とっとと終わらせてなのはを帰さないとチビッ子が怖いからな……」

 「またそんな事言ってー」




  そのやり取りにクスクスと小さな笑いが漏れる。

  しかし、そんな時間も長くは続かない。

  そろそろ出撃の時間が迫ってきている。




 「みんなに任せてばっかりになるけど、頑張って」

 「報酬分は働くさ」

 「任務だから、心配ない」




  各々の体が淡い光に包まれていく。

  転送陣から徐々に吹き上がるような淡い光が転送の前兆を窺わせた。




 「じゃあ、行ってらっしゃい」




  その言葉を最後に、四人は宮殿から去った。

  次に景色を見た時は今とは全く違う光景を目にする事になるのだろう。

  先程までの人による活気は消えた。後に残ったのは静寂のみ。

  そしてただ一人、四人が消えた空間に佇むくれはは備え付けられた外部を眺めるための窓から青い星を見降ろす。

  そうして想いを馳せるのだ。

  守るべき者達へ、大切な仲間達へ。

  ただひたすらに、その無事だけを祈って―――




 「―――気を付けてね、みんな」




















                    ◇ ◇ ◇




















  武ノ内ケイは奇怪な植物の蔦にがんじらがらめにされていた。

  周囲の景色は既に青木ヶ原樹海内部にあると言われていた月匣内部のものだった。

  この世のものとは思えないホラーで奇怪な植物が所狭しと生えており、空は赤い月によって照らされている。

  いかにも魔界といった雰囲気だった。

  こんな状況で襲われようものならケイはまず一溜まりも無いだろう。

  動けないところを良い様に嬲り殺されるに決まっている。

  思わずそんな光景を思い浮かべて、決してそれが洒落や冗談では済まない状況である事に更に気が滅入る。

  というかそもそも自分の様な弱小ウィザードがこんな大仰な任務に向かう事自体が間違っているのだ、とケイは心の中で愚痴る。

  腕の立つウィザードなら周りにはいくらだっているのだが、何故か良く自分はこんな厄介事に向かわされる。

  アンゼロットに莫大な借金を背負っているとはいえ、危険な事に変わりはないしそんな事は金輪際御免だというのも同じだ。

  しかし自分が世界滅亡の危機なんてものに関わって生き延びてしまっているのも事実。

  偶然が重なっただけで他のウィザードから格上扱いされるのは本当に迷惑する……




 「(……まあ、現実逃避はこのくらいにして。アギト)」

 「(何だ?)」

 「(あちらに見える口を大きく開けて待ち構えている木の怪物は何なんだろう)」




  何かと思いアギトもケイの示す方向へ目を向ける。

  口裂け女みたいにくぱぁ、と大きく口を開けていかにも凶暴そうな目を象った空洞が所々に見える木が立っていた。

  逡巡するまでもない。それを見て返答までには1秒とかからなかった。

  あくまですがるような眼を見せるケイを一刀両断に斬って捨てるために容赦なく死刑宣告を叩きつける。




 「(エミュレイターに決まってんだろ。見て分からねえ、普通)」

 「(認めたくない現実ってのがあるんだあああああっ!)」




  ようやく現実に目を向けたケイは必死に蔦から逃れようともがくが無茶苦茶に絡め取られた手足は動いてくれない。

  巨体に無理やり引きずられる形なのだ、その力も相当なものなのだろう。

  普通の人間の腕力で振り解こうとする事自体が間違っているのだ。

  ならば武器を使えば良いのだが、武器を握ろうにも手足は封じられている。

  つまり打つ手なし。

  かなりの危機的状況に立たされている事を自覚する。




 「(他の連中どうしたんだよ、俺を追っかけて来たんじゃないのかよ!?)」

 「(どーもこの月匣の中に直接連れてこられたみたいだからな。救援が来るとしてもまだ後の話だな)」

 「(嘘だろーっ!?)」




  口を塞がれていて声は出せないので心の中で絶叫を上げる。

  しかし現実という目の前の光景が変わる気配は無く、このままではあと少しでエミュレイターの餌食になってしまう。

  もはや諦めるしかない―――




 「(もー仕方ない……死ぬよかマシだ、アギトォッ!!)」

 「(待ってましたッ!!)」




  ケイの呼びかけと同時にアギトは行動を起こした。




  ―――ケイの所持する魔物、アギト。

  アギトは炎の妖精だ。

  炎の妖精とだけあって、所持する力は発火能力に他ならない。

  それの意味する所は、つまり―――




 「(さあ、景気良く行くぜえ!)」




  瞬間、アギトの体から吹きあがる様に炎が立ち上った。

  それはアギトの体に絡みついていた蔦も同様で、一瞬にしてアギトの体を絡みついていた蔦は焼き切られた。

  一度燃え上がった炎は止まる事を知らず、蔦を伝って巨木のエミュレイターへも牙を剥く―――!




 「ギィアあァああァアアあァああァァアあアッ!!!」

 「はっはー! ざまーみやがれってんだ!!」




  一気に燃え上がる巨木のエミュレイター。

  月匣内の森に響く絶叫は断末魔のそれか、もがこうとする意思の表れか。

  どちらにせよ樹木であるエミュレイターに炎の妖精であるアギトは相性が悪い。

  反撃しようと蔦を奮ってくるものの、その全ては尽く炎によって焼き落とされる。




 「無駄無駄無駄だっての! この烈火の剣精アギト様にそんなチンケな攻撃が通じると思ったら大間違いだぜ!」

 「ぎぃやああああああああああああ熱っちいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!?」

 「……空気読めよな、お前」




  ここで良く考えてみよう。

  ケイが動きを封じられていたのは植物の蔦に手足を絡め捕られていたからだ。

  それはアギトも同じで、その蔦の主は巨木のエミュレイターだ。

  アギトはそれを焼き切る事によって難を逃れたのだが、植物が燃えた以上は繋がっている部分から一気に燃え広がっていく。

  つまり、ケイを絡めとっていた蔦にも同じ事が言えるのだ。

  自身の策によって自分までもが被害を被る―――人これを自爆と言った。




 「だーっ! ええい脱出ッ!!」




  燃えた事によって組織的に脆くなった蔦を力ずくで引き千切る。

  ブチブチと音を立てて千切れる蔦。

  それと同時に身を投げ出す事で炎からも逃れる。

  燃えていたのは蔦だが、絡まっていた手足の衣服にまで少々燃え移っていたために地面を転がる事で衣服の火も消化する。

  とりあえずこれで一応の危機は脱した。

  やって来た安堵感に敵が目の前にいる事も忘れて思わず溜息が漏れた。




 「ケイー」

 「ん、何? ああエミュレイターなら―――」

 「じゃなくて、頭のアフロはどーすんだ?」

 「は?」




  言われてみて頭を触ってみる。

  ……ケイの手に伝わってくるのは妙にもさもさした感触だけだった。

  そこに都合良くアギトがどこから出したかも分からない鏡をケイの前に持ってきた。




  果たして、映っていたのは頭が焼け焦げてチリチリになったケイであった。




 「なんっじゃこりゃああああああああああっ!?」

 「蔦を焼き切って衣服の火を地面で消したのまでは良かったけど、頭の方は影響が如実に出て来たなー」




  まあこんなもんだろうとアギトは言うが、ケイにとっては全く慰めにならなかった。

  むしろ余計に惨めな気持ちが湧き上がってくるだけである。

  今日は本当に碌な事が無い。もしかしたら厄日かもしれん。




 「よし帰ろう」

 「任務放棄早っ」

 「しょーがねーじゃん! 俺だってこんな所に来たくなかったわっ!?」




  叫ぶケイだが、帰るにしてもこの月匣から抜け出さなくてはいけない。

  蔦に引きずられてきた方向は地面に残る跡から容易に判別できる。

  しかし外から直接エミュレイターの所にまで引きずられてきたのでそれは当てにならない。

  そして……エミュレイターもタダで返してくれる訳が無いのだ。




 「―――ッ―――ッッ!!」




  この世ならざる叫び声を上げるエミュレイター。

  その眼とも空洞とも知れぬ穴からは明確な敵意が滲み出ている。

  叫びに反応するようにざわざわと枝葉が反応し、無数の蔦がケイとアギトを取り囲む様に伸びてくる。

  既に戦闘は開始された。

  望む望まずに関わらずここから先は生死を賭けた戦場となる。




 「くそ、囲まれた」

 「どーすんだ、こりゃもう逃げられねーぞ」




  八方塞がり。

  いや、道は一つだけ開いている。

  目の前―――つまりはエミュレイターがいる方向へと。




 「……甘いな、アギト」

 「あん?」

 「いくら逃げ道が塞がれたからって、俺は諦めねえよ」




  ケイに不敵な笑みが浮かべられる。

  目に諦めの色は無い。

  むしろその眼は闘志に満ちていた。

  それを見てアギトも笑みを浮かべる。




 「へっ、よーやくその気になったか。遅いんだよ」

 「うっさい―――いくぜっ」




  右腕が水平に構えられる。

  構えられた右手に寄り添うようにアギトがやって来る。

  それは、一つの力だ。

  ケイがウィザードとして揮う事が許された、一つの小さな力。




 「―――ッッ!!!」




  エミュレイターからの攻撃が繰り出される。

  まるで弾丸の様に発射される無数の木の葉。

  空気を切り裂くそれは人の体など紙の様に引き裂くだろう。

  それが視界を覆わんばかりの絨毯爆撃の様に迫る。

  必殺の一撃。それを―――




 「アギト、ウェポンフォームッ!!」

 「よっしゃあッ!!」




  瞬間、アギトの体に変化があった。

  その小さな体が瞬く間に光に包まれ、その輪郭を溶かす。

  不形の光となったアギトはケイの右手へと宿り―――




 「いっくぜぇ!」

 『猛れ炎熱、烈火刃ッ!』




  そして、右腕が弾丸に向けて振るわれた。

  虚空を裂いたソレは炎の壁を作り出す。

  木の葉の弾丸はその壁によって悉く焼き消された。




 「さってと……」




  ケイの右手に握られているのは一本の刀だ。

  デザインとしては一見どこにでもある典型的な日本刀。

  だがそれはケイだけが持つ事を許された唯一無二の武器である。




  ―――ウェポンフォーム。

  ウィザードのクラスの一つ、「魔物使い」が持つスキルの一つ。

  自身の相棒である魔物を任意の白兵武器へと変化させる能力だ。

  そしてアギトはケイの相棒である魔物。

  つまりケイが今持つ刀はアギトが変化した姿である。




 「―――」




  だがエミュレイターとしてもその現象は不可解だった。

  本来ウェポンフォームで作り出した武器はただの白兵武器の筈である。

  強度が違ったりエミュレイターに通じたりする点では通常の白兵武器とは違うが、根本的には変わりはない。

  先程の様に虚空を切り裂いて炎の壁を作りだす事など不可能な筈なのである。

  ならば何故?




  エンチャントフレイムという魔法がある。

  己の武器に炎を宿す事により打撃時の威力を上げる魔法である。

  更に、武器に宿らせた炎による攻撃も同時に可能になる。

  だがソレはあくまで打撃による攻撃の時のみだ。

  炎が宿っているのはあくまで武器だけであり、やはり炎の壁を作りだす事など不可能となる。

  もう一つ付け加えれば、それには呪文の詠唱―――少なくとも発動のトリガーとしての魔法名の詠唱は最低限必要な筈なのだ。

  先程のケイはそれを行った様子はない。

  ―――ならば何故?




 『あたしはちょーっと特別製でなあ。自分の意思で自在に炎を生み出せるのさ』




  響いた声に応じる様に刀に宿る炎の勢いが増す。

  そう、これこそがケイのパートナーであるアギトの能力。

  他の魔物には無い、形状などを無視した自由発火能力。

  通常、魔物使いが使役する魔物は何らかの形状を取った場合その能力を発揮できない。

  だがケイの使役するアギトは違う。

  通常とは違う形状をとった場合でも能力を行使できる力。

  アギトの持つ唯一無二の能力。




  ここにきて、ようやくエミュレイターは自身の不利を悟る。

  形状に左右されない発火能力―――それは自身の攻撃の大半を封じられた事を意味する。

  それと同時に自身への絶対的な攻撃能力の示唆だ。




 「……」




  チリ、と空気が張り詰めた。

  極度の緊張で空間が体を縛る鎖になる。

  体は重く、しかし即座に戦場の空気に順応する。

  硬直は一瞬。

  全身に十分な力を巡らせ、次の瞬間―――










 「さらばだっ!!」










  後ろへ向かって全力疾走を開始した。




 『おいいいいいっ!? 戦闘するんじゃなかったのか!?』

 「ふざけんな! あんな強そうなのと戦って勝てる訳ないだろ!? 俺は逃げるって言った筈だあああああ!!」




  言って、ケイは行く手を阻む蔦の壁に向かって刀を一閃する。

  斬撃と炎の同時攻撃により一瞬で断ち切られた蔦は形へとその逃走経路を曝け出した。

  脇目も振らずにそこを抜けて駆け出すケイ。

  さしものエミュレイターも、この余りの逃げっぷりにしばらく動けなかった。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「さて、預言の刻は来た」




  ステンドグラス越しに荘厳な光が降り注ぐ聖堂の中、に厳かな声が響いた。

  聖堂の中央には一つの影が佇んでいる。

  響いたのは男性特有の野太い声―――その男は顎に髭を生やし、四角い縁のメガネを掛けている。

  大きな体に纏うのは神父服で、頭にも黒い帽子をかぶり、その口元には不敵な笑みが浮かんでいる。

  男の名はグィード=ボルジア。

  聖王と何かしら良からぬ噂が絶えない歴戦のウィザードである。

  彼は口元に不敵な笑みを浮かべながらも、まるで天井の神に向かって祈りでも捧げるかのように両手を一杯に開いている。

  そして、




 「預言か……今回のこれも預言されていたのか?」




  その声に応える声が更に一つ。

  聖堂の陰から赤黒いマントを纏った長躯の男が姿を現す。

  長い黒髪を揺らし、漆黒の瞳を輝かせる男。

  男の名はヴィンセント・クロイツァー。

  グィード本人より侵入物の探索を依頼されたウィザードだ。

  彼もグィードと同じく不敵な笑みを口元に浮かべている。




  それを見て、グィードもしたり、と笑った。




 「ああそうとも。彼の日記にも記してあったさ―――"外より来る破滅の芽。後に残るは破滅の花か種子か"、とな」

 「なるほど。どちらにせよ碌な物ではないらしい」




  そうは言いつつもヴィンセントの笑みは更に深まる。

  これから来るべき戦いに想いを馳せて、目は爛々と戦意に輝いていた。




  ヴィンセントは吸血鬼だ。

  血と夜を好み永遠の如き時を生きる不破の一族。

  そんな彼にとってエミュレイターとの戦いはこの上ない娯楽と言えた。

  戦場で舞い飛ぶ真っ赤な血潮、世界を支配する紅い月、戦場に降ろされる漆黒の帳。

  故に彼は戦場を好む。

  自身の享楽を満たすために、自ら死地へと赴いていく。




 「では次の依頼だ―――次に大きな動きがあるのは極東の地、日本」

 「あの国か。最近になって思うがよほどあの地は騒乱に好まれていると見える」




  ディングレイ、アスモデート、皇子、ルー=サイファー、シャイマール、ベール=ゼファー、メイオルティス等々。

  日本を襲った驚異は数えだせば切りが無い。

  特にここ数年の事件の発生源はそのほとんどが日本に集中している。

  もはやあの地は一種の特異点とすら思えてきてしまう。




 「良いだろう、出発は何時だ」

 「直ぐにでも。……ああ、同伴者が二人ほどいるが、構わないかね」

 「ほう?」




  グィードが聖堂の入口へと目を向ける。

  そちらにはこの聖堂と外を繋ぐ扉が固く閉ざされているだけだ。

  ヴィンセントもそれにつられる様にそちらへ目を向けた時に、入口を閉ざしていた扉が開いた。

  年代を感じさせる錆びついた音と共に開け放たれていく扉。

  外から差し込む日光を背に立つ人物は二人―――




  その二人を見て、グィードは更に笑みを深めた。

  祝福する様に、歓迎する様に、まるで母が愛し子を抱きしめるかの様に迎え入れる。




 「ようこそ―――歓迎しようではないかクレイル=ウィンチェスター、メイオ=テスタロッサよ」




















                    ◇ ◇ ◇




















  月匣の樹海の中、ケイは大絶賛ピンチの真っただ中にいた。




 「(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイって!? 何で、何だって、どうして……!)」

 「(流石にアレはマズイよなあ……あたしらじゃ相手にならねえ)」




  今のケイは大きめの樹の陰に背をピッタリとくっつけて隠れている。

  出来うる限り息も殺し、気配も殺し、動こうともしない。

  否、動く事が許されない。

  下手に動けば樹の向こうにいる存在にケイの事を感知される恐れがあるからだ。




 「(くそ、ほんとに今日は厄日だ……! やっぱこんな事は俺には向いてないんだよ!)」

 「(まあ、巡り合わせは最悪すぎるよな。てか何だかんだ言っても事態は良い方に転ばねえんだ、どうやって生きるかを考えようぜ)」




  そう言われても思考は一向に纏まってはくれない。それほどまでにケイは混乱していた。

  自分はついさっきまで捕まったエミュレイターから逃げてこの月匣の出口を探して彷徨っていたいただけなのだ。

  それだけ、それだけなのに何で……よりにもよって魔王と遭遇するのか。




 「ふーん、これがベルやルーもご執心の宝石ねえ……こんなのに一体何の価値があるんだか」




  不意に聞こえた甲高い声にケイは心臓が止まるかと思った。

  実際に心臓を鷲掴みにされたような感覚が襲い、意識しても息が不自然に荒くなる。

  それほどまでに恐怖。

  人の身で敵うべくない存在、その力で世界を変えうる力を持つ存在……それが魔王だ。

  とてもじゃないが一ウィザードで敵う相手でもない。

  それほど世界は甘くは無く、優しくも無い。

  会えば確実に死ぬ。

  圧倒的な力量差が、実際に戦闘を行わずとも分かってしまう格の違い。




 「確かに何か力を感じるけど大した事ないし……こんな宝石、身につけてもパールちゃんの可愛さには敵わないしー」




  ケイの恐怖など知らずにその主は飄々とその宝石を眺めている。

  その宝石が何かはケイには分かっている。自分がこんな所にいる原因はそもそもその宝石にあるからだ。




  彼とその仲間が回収の対象としていた世界結界の外から降ってきた物体。

  それを月匣の出口を探している最中に偶然にも落ちているところを発見したのだが……それがピンチの始まりだった。

  ラッキーと思いそれに駆け寄ろうとしたところで、見たのだ。

  上空から同じ物を目指す一つの影を、その姿を。

  短い金のツインテールに、それを括る髪飾りの鈴、そして巫女服を纏った少女―――

  ケイは知っていた、その存在を。

  彼の裏界の大公、ベール=ゼファーに比肩しうる力の持ち主。

  裏界に存在する72の魔王の中でも五本指に入る実力者。




  “東方王国の女王”パール=クール。




  それが、ケイを存在のみで追い詰める者の名だった。




 「(というか何でお前はそんなに余裕があるんだよアギトっ)」

 「(いや、とことんピンチになると逆に頭が冷えるんだよな。こういう時こそ冷静にならなきゃいけないだろ)」

 「(分かっちゃいるけどさ……くそ、とりあえず深呼吸だ)」




  アギトに諭されて感づかれない程度に大きく息を吸って、吐く。

  それを何度か繰り返す内に徐々にだが思考は落ち着いてきた。

  少なくとも先程の様にパニック状態に陥ってはいない。

  自分がそんな風にテンパっている最中にどこかに去ってくれれば儲けモノだったのだが、魔王は未だに宝石を眺めまわしている。

  まだ危機の真っただ中にいるが先程よりは自分が多少マシになっただけ良しとする。




 「(んじゃ、どうするか……動いたらその瞬間に気付かれちまう)」

 「(一番確実なのはあいつがどっか行くまでじっとしている事だけど……もしこのタイミングであいつ等が来たらマズイよな)」




  そう、不安材料は決してケイだけではない。

  もしもこのタイミングで仲間の三人が自分達を探して、偶然にも今この瞬間に見つけてしまったら……

  結果は言うにも及ばず、一人残さずに皆殺しにされてしまうだろう。

  ケイとしてもそれは絶対に避けたかった。

  自分が死ぬのも、誰かが死ぬのも御免だ。

  絶対に、生きて生きて生き抜いてやる。




 「(っ、ケイまずい! 前!)」

 「(は?)」




  アギトに切羽詰まった声に思考から意識を引き上げられる。

  目の前には鋭い切っ先を持ついくつもの樹の根がざわざわと蠢いていた。

  普通ではありえない現象……確実に別のエミュレイターの物だった。




 「(マズった……!!)」




  ケイは己の迂闊さを呪う。

  パールに意識が向きすぎていたせいで周りに対する警戒が疎かになっていたのだ。

  普段なら危機察知能力はケイスケに続いて飛び抜けているケイだが、大きすぎる危険の前に他の小さな危険に気付けなかった。

  致命的だ。

  根に対処するために動けばパールに気付かれ、パールに気付かれない様に止まっていれば根に串刺しにされる。

  どっちにせよ致命的だ。

  許された選択肢は動くか動かないかの二択のみ。

  だがどちらを選んでも死ぬしかないのならゲームにすらならない。

  ずっと以前の選択肢で間違えていたのだ。

  とっくの昔にゲームオーバー……どうする事も出来ない結末。

  この世界は物語ではない。

  自分は一人で何でもできる様な主人公でもない。せいぜい場を盛り上げる脇役が良い所だ。

  死ぬしかないのか……?




 「ふっざけんなよ……」




  こんな所で、こんな結果で、満足して死ねっていうのか。

  腹が立った。

  こんな事になった世界に、自分を嘲笑うかのような運命に、背後の魔王に、目の前のエミュレイターに。




  怒りや憎しみといった負の感情は人を動かすには最も強い要素になる。

  ケイはそれが長続きしないタイプではあるが、普段溜めこんでいる分だけ表に出すと止まらない。




  だから、遠くから駆けてくる足音にも気付かなかったのか。

  それも今となっては後の祭りなのだが。




 「は……?」




  森中に火薬が炸裂する音が響いた。

  それは一つだけでなく二つ、三つと連続して響きケイの目の前で蠢くエミュレイターの樹の根を寸断無く全て撃ち抜いていく。

  それが銃による攻撃のモノだと理解したのは全ての樹の根が撃ち抜かれ横たわった後だった。

  そしてケイの下へ駆けてくる複数の足音、そして声。

  それは彼が良く知るもので―――




 「ケイ、無事ッ!?」




  同時に、決して直面してはならない最悪な場面に直面した事を示していた。

  仲間はケイを見つけた安堵感からか若干、警戒を緩めてしまっている。

  そして―――










 「あれぇ……誰よ、そこでコソコソしている奴」










  決して聞きたくは無い言葉が、耳を打った。




 「くそったれ……!」

 「お前ら、来た道戻れ! 早くっ!!」




  ケイが駆け出し、同時にアギトが叫ぶ。

  背後では爆発的に高まる暴力的な魔力の渦、そして灼熱と光を感じた。

  肌を焼く感覚に鳥肌が立つ。




 「っ―――!!」




  息が詰まる。

  全力でここから、一秒でも一瞬でも早く立ち去りたい。

  気持ちばかりが急いて景色が緩慢に動いて見える。

  必死に足を動かし、仲間に危険を訴えて―――










 「死んじゃえ」










  直後、太陽の如き灼熱の塊が襲いかかった。





















  Next「衝突 〜fierce fight〜」





















  後書き

  魔王登場、よりにもよってちゃん様。

  というかケイはどこであろうと不幸すぎると思うのですよ。

  つーか時系列を明確にしていなかったと今更気付く。

  時期的には「大魔王は世界滅亡の夢を見るか?」のオーディン・スフィアの一件のすぐ後辺り。

  なので当然の如く下がる男も世界の守護者も異世界に出張中でおりませぬ。

  何らかの形で出したいけどなあ……一ファンとして。

  で、ここで各キャラのクラスだけでも紹介しておこうかと思い。



  クレイル=ウィンチェスター 魔剣使い/アタッカー 火/風

  ケイスケ・マツダ 龍使い/ディフェンダー 土/水

  スバル・ナカジマ 強化人間→龍使い/アタッカー 風/地

  皇陣耶 転生者→忍者/アタッカー 虚/風

  高町なのは 勇者→陰陽師/ヒーラー 天/水

  武ノ内ケイ 魔物使い→侍/ディフェンダー 火/地

  ティアナ・ランスター 夢使い→魔術師/キャスター 火/天

  メイオ=テスタロッサ 大いなる者→魔術師/キャスター 天/冥 

  ヴィンセント・クロイツァー 吸血鬼/キャスター 冥/水


  メイオはもう私見ですw

  第一話と若干設定違うけど気にしない(ぁ



  あとBALDR SKYのFDが発売決定。

  BALDR SKY DiveX―――バルド地獄や究極サバイバルが楽しみですw



  ではまた次回―――






作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。